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2008.08.14
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カテゴリ: Movie
<きのうから続く>

40年ぶりに夫婦は病室で再会した。ベッドの上の夫は両腕を差し出して妻を迎えたが、妻はそれを見ると、わざとゆっくり進み、夫の期待を裏切った。夫は妻の結婚指輪がまだあるかどうか、視線で確かめていた。彼女は指輪をはめていた。

マレーは父の顔に自分の顔を近づける母を見た。キスするのかと思ったとたん、母は動きをとめ、烈しく冷たい眼で父を凝視した。
――眼の前で死ぬのを期待している?
背筋が凍るような妄想がわいた。
「変わったと思う? 私……」
それが40年ぶりに夫に再会した妻の最初の言葉だった。

父はもうほとんど話をする体力が残っていなかった。喘ぎ喘ぎ話し、耳の遠い母は何度も、「えっ?」と聞き返し、ますます父を疲れさせた。マレーが割って入り、彼がこれまで彼女についてマレーに語った言葉を繰り返した。母はともかくも、神妙な顔で聞き入っていた。父は幸福そうだった。自分は幸せだとマレーに言った。マレーは心からほっとした。

最後に父は、次の映画は何か、封切はいつかとマレーに聞いた。マレーが答えると、今度は必ず見るからと言って満足そうに眼を閉じた。

翌日、パリに戻ったマレーに、父が亡くなったという知らせが届いた。

とんぼ帰りでシェルブールに向かい、1人で葬儀に参列した。そこで父の親友2人と会った。1人はエルベ博士という医師、1人はアルベリックという神父だった。
「また、あらためてご挨拶に伺います」
と言い残し、パリに戻った。

サン・ラザール駅から、劇場には歩いて向かった。道の途中で、通行人と眼が合った。脇の女性に、
「見ろ、ジャン・マレーだ。少しぐらい笑ったっていいのにな!」
と言うのが聞えた。

――俳優も人間なのにな。

マレーは暗い気持ちで、心に呟いた。あなた同様に、病気もあれば、気苦労もあり、悩みや悲しみもあるのだ。それでも、自分だけのことなら諦めよう。それほど、この仕事を愛していた。

マレーはスイスのサン・モリッツで静養していたコクトーに父のことを手紙に書いて送った。死の1週間前にようやくまみえたこと、今まで音信不通だったのは彼の意思ではなかったこと、彼の気高い態度には男としての友情すら感じたこと。

コクトーはコクトーで、マレーからしばらく手紙が来ないことで、何かあったのではないかと気に病んでいた。特に心配していたのは、アンリのことだったのだが。

「1959年3月10日 ぼくのジャノ まったく音信がないので心配しています。葉書一枚で大喜びなのですが。ぼくたちの間には、ある種の膜というか、へその緒のようなものがあって、少しでも引っ張られるとぼくには耐えられなくなります」(『ジャン・マレーへの手紙』より)

この手紙を送った翌日、コクトーはマレーの手紙を受け取って驚愕する。

さっそくコクトーは、もっとも早く着く電報をマレーに送っている。

「きみの手紙に動転。これからはぼく1人が君の父親。ぼくの心は君と君の家族の傍らにあります」

コクトーはさらに、手紙もしたためる。

「1959年3月11日 ぼくのジャノ 君の手紙には、文字通り動転させられました。死を迎えるときになってようやく生き始めた亡霊のような男性に、君はどんな友を見たのでしょう。何もかもが恐ろしく、何かしら神秘的な美しさをそなえています。信念を持ちましょう。愛しています。いまや、ぼく1人が君の父親。 ジャン」

「1959年3月13日 ぼくの善良な天使 ぼくはずっと考えていました。君のお父さんの美しくも恐ろしい冒険のことを。彼がもし、君という太陽いまみえず死んでいたら、君がもし、彼という太陽に暖められることを知らずにしまったら……愚かしい諍いのせいで最良のものを失ったと嘆くのは、本当に辛いことです。それに、君は彼のことを感じていました。君があのシェルブールへの旅を計画するのを、いくど聞かされたことか。君はムールーク(注=ムールークは8年前の1951年に死んだマレーの飼い犬)を身分証明に使うつもりでいました。そして、彼も君を待ち、君のことを夢見ていたはずです。父上の写真は持っているのですか。死の床で写真を撮ることができましたか。
ぼく1人が君の父となった今、ぼくは本当に彼のことが知りたい。ぼくの最愛のジャノ、18日には戻ります。君にくちづけを送ります。ジャン」(前掲書)


マレーは、再びシェルブールに行き、葬儀で会った父の親友のエレベ博士という紳士の家を訪ねた。そこでまたも、信じられない事実を知る。マレーは実は過去に一度、エルベ博士と会っていた。それは映画のロケでブルターニュにいたときで、ディナー・パーティの席で彼と話をしたのだ。彼は父の戦友でもあった。大勢の招待客と会話しなければならなかったマレーだったが、偶然父を知る人間に会えたことが嬉しく、親しく語り合った。

そのときのマレーの人柄に打たれた博士は、自宅に戻ってから、マレーにアルフレッド・マレー氏の現状を知らせる手紙を書いたのだ。アルフレッドは非常に孤独だった。彼は家族との思い出、そして父親としての後悔の念の中に生きていた。そして、ジャン・マレーの写真や記事を集めることだけが生きがいだった。「恐らく彼は私以外には、誰にも胸のうちを打ち明けていないでしょう」――親友の心中を察して、エルベ博士は書いたのだ。そんな彼に会ってやってはもらえないだろうか、と。

ところが、その手紙は、すべてを拒絶するジャン・マレーの返信とともにつき返されてきた。

「まったく預かり知らない話です」
すでに、その返事を誰が書いたかは明白だった。マレーは暗い声でエルベ博士に言った。
「その私からの手紙、見せていただけますか?」

ジャン・マレーと署名のある手紙は、実によくできていた。思い上がった冷たいスターからの拒絶の手紙。嫌味な道徳論まで並べる周到さだった。

「家族間の葛藤や内輪の争いは当事者のみの問題に収めたく思います」「仲介者はえてして、告白者に同情し、公平さを欠くものです」「確かに現在の私は名の知れた人間ですが、私は他人に忠告を与えて出すぎた真似をしたり、親密な関係を強要したりはいたしません。俳優にとって、これは絶対的な規律ですので」「あなたは私にとって『異邦人』にすぎません。ディナーの席でお近づきになった際も、私のファンに対していつもそうするように、愛想良くお答えしたまでです。しかし、人ぞれぞれの考えで、皆さんが私の身の振り方を規制しようとすれば、私は無人島にでも暮らさなければならなくなるでしょう。この私があなたのお仕事に余計な口出しをしたでしょうか?」「私に言わせれば、これは単なる品位と礼儀の問題でしかありません。誰もが同じ道徳基準のもとにいないことを残念に思います」「どうかお返事は無用に願います。再びお会いいたした節は、お近づきにならないよう、なにとぞお願い申し上げます」

あまりのことに涙も出なかった。
「これを書いたのは母です」
マレーは言った。
「父とぼくを会わせたくなかったんでしょう」
「私も、ディナー・パーティでのあなたの印象と手紙の文面があまりに違うので、驚いたんですよ」
「両親の離婚の事情、父から何かお聞きになっていらっしゃいますか。父は肝心のことには、口を閉ざしたまま亡くなりました」
「いや、私は何も……」
「この2通の手紙、いただいてもよろしいですか?」
「どうぞ」
マレーは礼を述べて、エルベ博士の家を出た。
「ジャン・マレーさん……」
最後に博士は言った。
「あなたのお父さんは私に、人間の気高さを教えてくれた戦友でした。本当に立派で、他人の冒涜まで黙って我が身に引き受けるような男です。――シェルブールの街角にあなたの映画のポスターが貼られると、あなたのお父さんは道で立ち止まり、こみ上げる思いを抑えて見つめておられた。あの姿は今も忘れられません」

打ちひしがれてパリに戻ったマレーは、耐え切れずにコクトーに電話した。コクトーはスイスから南仏のサン・ジャンに戻っていた。

「ロザリー(=母)のことは、怒っていないよ」
と、マレー。
「いつものことだと言えば、いつものことだからね。だけど、どうしてここまでしたのか。聞けるものなら聞いてみたい。本当のことは言わないだろうけどね。父が暴力男だったとか、愛人がいたとか、でっちあげの嘘がばれるのが嫌だったにしても、あまりにも行き過ぎていないか? そもそもどうしてあそこまで、父を貶めて、徹底的に会わせまいとしたんだろう」
「本当にロザリーは不幸な人だね。きっと何かあるんだろう。とても悲劇的な、彼女だけの理由が。それでなくては、こんな恐ろしいことはしないよ。考えれば考えるほど恐ろしくなる。聖者のようなエルベ博士が、君からの手紙を受け取って、君を敵だと思い込んで、どれほど苦しんだことか。申し訳ないけど、ぼくのジャノ。気分が悪くなる」
「ぼくだって、吐きそうだ」
「ぼくはロザリーにお悔やみの手紙を書いて、電報を打ったんだよ。それもこれも、黙っていると彼女がぼくと君との間に『地獄の機械』をでっち上げないか心配だったからだ。思ったとおりだったね。君とお父さんの悲劇がそれを証明してる」

<明日へ続く>





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最終更新日  2008.08.14 15:23:49


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