2005年02月18日
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テーマ: たわごと(26936)
カテゴリ: カテゴリ未分類
大阪府は7億円を使って大阪市以外の少中学校に警備員を配置

学校も怖くなりましたねぇ~
いつからそんなに治安が悪くなったの?
と思いますが、、、

私は夜中に会社から家に帰りますが
最近24時間の店が増えて
帰り道そんな店に立ち寄ると
深夜3時を過ぎていても20歳前後の男女が買い物をしています
そんな姿を見ると日本はまだまだ安全か?
と思いますし

そんな中東京都の石原都知事は歌舞伎町にいる不法外国人を取り締まろうとしています
俗にやっと東京都対中国マフィアの対決?!って感じでしょうか?

いったい日本の治安はどーなっているんでしょう?



今年に入り改めて60年前の日本を偲ばせる資料を読みました
その資料の中には戦死を目前とした兵士の遺言なども含まれています
その遺言のあて先は
妻に宛てたもの
両親に宛てたもの
子供達に宛てたもの
そして恋人に宛てたもの
様々ありました

その遺言の中に面白い言葉を見つけます
それは「仕合わせ」と言う言葉です
当時はこの漢字が流行っていたのか
「仕合わせ」と書いてしあわせと読むようです

当て字かな?!と思いつつ意味を考えてみると
なかなか深い意味だなぁ~なんて思います

そんなこんなで少し幸せについて考えてみました(笑)

幸せって何でしょう???

お金が沢山(金銭欲)あれば幸せなのか?
社会に自分が評価(名誉欲)されたら幸せなのか?
好きな人と一緒に居ることが幸せなのか?
何が幸せなのでしょう???

あの戦争を経て少しづつ幸せの定義が違ってきたように思います

仕合わせ
私が解するに
仕とは相手に仕える事だと思います
私も滅私奉公をした経験があります
自分の自由な時間をなくし24時間相手の為だけに自分の時間を使いました
私が使った相手は養父なのですが、、、
毎朝4時に起き養父の仕事の準備をして
養父の仕事を手伝います
朝6時に一緒に朝食を食べますが
その時も養父の給仕をして食べ終わると後片付けをします
それが終わると出かける養父の用意をして
一緒にでかけて行きます

養父と供に帰ってきますと
すぐに風呂の用意をして
終われば夕食の準備に取り掛かります
養父と供に夕食が終われば
やっと10分ぐらいの入浴タイムがあります

そして毎晩お客様が来られるので茶室の準備をして
20時ぐらいから2時間ほど
養父とお客様の談義を茶室にてサポートします

その後は事務処理が残っていますので
それが終わると就寝します
そして朝4時起きと言う日を繰り返します

こんなことをして得たのは華道の免許と茶道の免許でしたが
今の実生活には何も役に立てません(泣)
しかし仕事の息抜きとして某所へ行き
茶室でお茶を飲みながら練りわさびを楽しむには役に立ちます(笑)

相手に仕えると言うのはなかなか苦しいものです
私の滅私奉公もまだ20歳前後であったから何年も出来ましたが
今からそれをするとなると出来ないでしょう?!
まぁ~わかりませんけど・・・
でも苦しいことかな?!

例えば、あるカップルが居て
女性の方に男性に仕えてみれば?と言えばどうなるでしょう???
「なんでそこまでせなあかんねん!」
と怒られるでしょう
男性には会社に仕えてみれば?と言うと
すぐに組合に訴えられます

しかし
「仕」の後に「合」が付きますので
お互いに仕え合うことになればどうなんでしょうか?
女性は男性に仕え 男性は女性に仕える
重いと思うかもしれませんが
行動ではなく気持ちがそうした気持ちだとどうでしょうか?

幸せとは・・・
となればどうしても自分中心的な欲になってしまいます
その考えの中には相手の気持ちなど考える隙間もありません

仕合わせとは・・・
になると右手と左手を合わせるようなものなのかな?!
右手と左手を合わせると音が生まれるように
お互いの素直な気持ちが合わされば充実感
と言うものが生まれそうな気がします
そうそれは音が鳴った瞬間に互いの温もりが伝わるように
きっと本当の人の温もりが解るように思われるのです

「君の為になら死ねる」
と言う薄っぺらい言葉が流行っている昨今
終戦まじかに戦死した神風特攻隊の遺言を載せます

神風特攻隊の中にはアメリカの大空襲で家族を失った人も志願していました
「今から会いに行きます」
と思いながら戦死したのでしょうか?

ここで有名な日記を

 愛児への便り

     海軍大尉 植村真久 命

          神風特別攻撃隊大和隊
          昭和十九年十月二十六日
          比島海域にて戦死
          東京都出身 立教大学卒 二十五歳


 素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入つたこともありました。素子が大きくなつて私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。

 私の写真帳もお前の為に家に残してあります。素子といふ名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思ひやりの深い人になるやうにと思つて、お父様が考へたのです。

 私は、お前が大きくなつて、立派な花嫁さんになつて、仕合せになつたのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬま丶死んでしまつても、決して悲しんではなりません。

 お前が大きくなつて、父に會ひたい時は九段へいらつしやい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちやんを見ると真久さんに会つてゐる様な気がするとよく申されてゐた。またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がつて下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあつても親なし兒などと思つてはなりません。父は常に素子の身辺を護つて居ります。優しくて人に可愛がられる人になつて下さい。

 お前が大きくなつて私の事を考へ始めた時に、この便りを讀んで貰ひなさい。

 昭和十九年○月吉日     父
 植村素子へ

 追伸、素子が生まれた時おもちやにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教へて上げまず。


これは靖国神社が発行している
「英霊の言乃葉」に載っている文です

興味があれば「英霊の言乃葉」で検索してみてください
簡単に一部読むことができます



戦時中の仕合わせは悲しい結末でした
平和な現代ではどうでしょうか?
悲しい結末にはならないと思います

仕合わせ・・・これは先祖が私達に残してくれた遺産だと思います

もし幸せとは・・・
と思い悩んでいる人が居れば
この仕合わせも解決策の一つなのかもしれません


皆さんが幸せになります為に
仕合わせの相手に巡り会えますよう
お祈りして本日は終えたいと思います

             2月18日
                    ルッチェ





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最終更新日  2005年02月19日 06時23分09秒
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