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2026年02月02日
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カテゴリ: 旅の記憶
車はラク!ナビのいう通りに進んで、桜井から割とすぐに懐かしい甘樫丘が見えて来て、右折すれば向原寺さまの豊浦宮跡でした!あとで地図を見たら、豊浦駐車場というものがあり、そこに車を停めれば甘樫坐神社さまにも歩いて行けたのでしたが、とにかく道が狭く車を置く場所もない(としか思えなかったので)私だけ車を降りて向原寺さまの門前で記念撮影。他の車の道を塞ぐといけないので、大急ぎでその場所を離れました。飛鳥に来ると必ず行く甘樫丘、そこから難波宮の方向に沈む夕陽を見るときに、真下に見えていた豊浦の集落。もっとゆっくりしたかったです。
車は甘樫丘バス停の前を通り、次の目的地、飛鳥水落遺跡に向かいます。以前も来たのですが、やはり中大兄が初めて作った水時計とのことで、よく見たかったのです。時を掌握するのは権力者の象徴で、その漏刻からの鐘の音に合わせて、眼の前に広がる飛鳥の宮の人々が動いていたということ。
中大兄は、母斉明天皇が力を尽くした、百済の応援が失敗に終わり、母を亡くし白村江の戦いで新羅に敗れたあと、国内の政治の充実に力をそそぎ、東アジアの国々とは平和的外交に力を尽くした、ということで今まであまり関心のなかった天智が、ちょっと私の中で株を上げて来ているのです。
水落遺跡は、柱の跡に座り良さそうな高さの柱がのどかな日差しを浴びていました。眼の前の田んぼの向こう、飛鳥宮跡の広々とした景色は、なかなか良いものでした。
 二百メートルくらい先に石神遺跡があり、ここは饗宴施設だったとのこと。地方の豪族や、北の蝦夷などをもてなし、この飛鳥の朝廷の新しい文化や技術を見せつけたらしい。大きな井戸の遺跡が、残っていました。北方や新羅の壺などがここで発掘されたそうです。
韓国時代劇「善徳女王」の春秋(チュンジュ)も少年の頃に飛鳥に来ていたらしいので、ここに来たのかも、と思いました。のちに高句麗、百済を破り三韓統一をなしとげた新羅の武烈王です。日本書紀には、日本に来た時の彼の様子を、眉目秀麗なイケメンだったと書いてあるそうです♪





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最終更新日  2026年02月02日 17時03分49秒
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