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29歳の時にサラリーマンを辞めて家業の織物業に戻ってきた訳ですが、その2年後に新工場を建てて機械設備の一新をしました。それから丸20年間、年355日(盆と正月だけ停止)24時間エンドレス稼働で、月産20万メートルの織物工場を経営していきました。一口に「エンドレス稼働」と言っても当たり前ですが、それだけ工場を稼働させる分の注文(月20万メートル)を取らなければならなかったのです。月産20万メートルと言えば、ワイシャツ換算で13万着分です。年間で言うと240万メートル、ワイシャツ換算で150万着分。今考えると、恐ろしい数字です。パート含めてたった10人の従業員で、これだけの生産量だったのです。如何に「エアージェット織機」という最新マシンが凄かったか・・・その代わり、電気代も凄かったです。月150~180万円で、年間2000万円も関西電力に支払っていました・・・(驚)。そんな織物業を廃業直前5年前は、多品種小ロット生産が過激さを増し、注文を取っても1ヶ月後にはもう終わってしまいました。と言うことは、注文を取って「ひと安心」しても、もう次の注文を取るべきセールス活動を開始しなければなりませんでした。毎月約10品種も新しい織物を織っていましたので、もう頭はパニック状態・・・なんて事はありません(笑)。いちいちパニックになっていては仕事になりませんので、そこは自分がしなければ誰もできませんので、一種の「諦観」した冷めた平常心を持って、仕事を1つ1つ粛々と片付けるのでした。現場が多品種小ロットでひっくり返っているのに、不思議と私の頭はクール?だったのです・・・(笑)。私の頭の中で考えている事はただ一つ「仕事を100%埋めなアカン(織機を止めたらダメ)!」です。とにかく、仕事が途切れて織機(織物機械)が止まっているようでは赤字なのです。習慣とはエラいもので、年がら年中そんな事を24時間頭の中をグルグル駆け巡っていましたので、「そんな商売感覚」が身体の中に浸透していったのでしょう・・・(笑)。長年の習慣によってそれが自分にとって「普通」になっても、他人にとって「異常」に写りますが・・・(笑)。土日祝日が休みのサラリーマンから見たら、気の毒で「悲しい性」の持ち主だなと思われているでしょう・・・(笑)。確かに、骨身を削って毎日仕事をしていたかも知れません・・・だからこそ、妻子を養い会社も倒産させずに済んだのでしょう。サラリーマンとの大きな違いは「消化試合」ではなく、仕事全てが経験として自分の「実」につく事です。サラリーマンは基本的に60歳定年で一旦リセットでゼロになりますが(他社で通用しない)、経営者にとって60歳は単なる通過点で、60歳以降それまでの経験値(実績)が上乗せされて仕事がまだまだ出来る(社会から必要とされる)のです。日本人の平均寿命が男性81歳で女性87歳の長寿になっても、サラリーマンの目指すゴールが60歳では「人生の誤算」と言われても致し方ないでしょう。これからは年金問題(将来的には70歳支給開始で減額?)もあり、サラリーマンでもゴールを15年伸ばして75歳をゴールにした「会社に縛られない生き方」が問われる時代が近い将来間違いなく到来することでしょう・・・しかし、織物時代は毎日15時間働いても(80%肉体労働)、そこには不思議と「過労」も「ストレス」もありませんでした。織物業を辞めた今でも、休日無しで毎日12時間(80%デスクワーク)働いていますが、過労やストレスとは無縁です。その分、たまに海外旅行に行きますが(それでも旅先で日本からの転送電話を受け、モバイルWiFi持参でパソコンやスマホでトランクルームやスタジオの予約受付の仕事をしますが)・・・(笑)。しかし、そんな「100%仕事を埋めなアカン!」という感覚がトランクルーム経営にも影響を及ぼしていたのは言うまでもありません。実は数年前がトランクルームのピークで稼働率ほぼ100%でしたが、それ以降稼働率がだんだん下がってきたのです。「これはヤバい・・・何とか埋めなければ(空室対策を)」と、織物時代の執念?が蘇ってきたのです・・・(笑)。先ず考えたのが、正道であるトランクルーム客のネット集客。所謂SEO対策を強化したのです。そのメインは「ブログを毎日更新」でした。ブログとホームページはリンクしていますので、ブログをSEOを意識しながら書くことによって集客に結びつけるのです。ただ競合他社が増えてきて、大手チェーン店が金を掛けてSEO強化の乗り出したため、弊社の様な単独店舗で金を掛けずにSEOしても上位に食い込むのは至難の業になってしまいました。更にグーグルのアルゴリズムの変更によって数打ちゃ当たるが通用しなくなり、コンテンツが求められるようになったのです。そこで、もうブログ更新を毎日するのは止めて、1週間に1回程度にとどめて負担を減らし、他の事を考えることにしたのです。トランクルームの部屋にトランクルームのお客さんではなく、「発想の転換」をして他のお客さんに使ってもらう事を試行錯誤したのです・・・弊社「屋内型」トランクルームは更地にポンと置いた「屋外型」コンテナと違って、建物の中をパーテーションで区切って月極で賃貸しているだけですが、それを付加価値(防音&防振工事/楽器機材の設置)を付けて時間貸しでやろうと考えたのです。それが「リハーサル音楽スタジオ」起業だったのです。一般的なリハスタビジネスは都会の商業ビルのワンフロアを借りて営業する訳ですが、私は最初から常識的なビジネスセオリーを全く無視した逆発想だったのです。そして15畳のトランクルームの部屋を2つ合わせて防音&防振工事をしたのです。30畳の部屋が22畳になりましたが、これで120デシベルのバンドの大音量も外に漏れません。ここで織物時代の防音と防振工事の経験が役立つとは夢にも思いませんでした・・・「人生、無駄な経験は一つも無い(全ての経験は、あとで必ず役立つ)」とよく言われますが、正にこういう事です。人生で大事な事は「経験」で、頭で考えているだけではダメで、トライすること、チャレンジすること、ヤルことだと思うのです。頭の良い人は得てして考えすぎで行動に移すことが出来ずに「空転」しがちですが、起業経営者は思い立ったら吉日という「行動力」が不可欠で、ある程度モノ事を見切るバカでないと務まりませんが・・・(笑)。「独立起業」という言葉はカッコいいですが、実際始めてみると最初は社会(客)の反応(反響)がないのは当たり前で(収入ゼロ)、その時点で相当ヘコみます。社会の「冷たさ」をイヤと言うほど感じるのです・・・(涙)。しかし感じれば感じるほど、もっとシッカリしなければ・・・と、過去の辛かった数々の経験を思い出しファイトが湧きました。実際、起業1年で80%が倒産か廃業すると言われていますが、いつまでも売り上げが低迷していれば資金が回らないのです。如何にサラリーマン時代の会社の看板が大きかったか、親が築いた会社の土台がシッカリしていたか気付いても後の祭りです。トランクルームという「ハコ」があっただけで、全くゼロからリハスタビジネスを始めた訳ですが、その自信がその後「レンタル自習室」「卓球場」に繋がったのです。発想 → 企画 → 制作 → 集客(インターネット+チラシ配布) → 契約(会員制) → 集金 → 管理 この一連の「初めての」作業を、誰の手も借りずに自分一人で完結するのです。1から10まで自分でヤル事によって、イロンナ事が分かってきます。言葉を換えれば、色んな異次元の「風景」や「光景」が体験できます。この初めての体験が、脳ミソの活性化に繋がるのです・・・リスクも負わず同じ事の繰り返しを長年続けていると、脳ミソが腐って(海馬の退化)早くボケてしまうのは現代科学が証明しています。規模の大小に関わらず、ビジネスストーリーの仕組みはみんな同じです。大事な事は、規模は小さくても自分一人で完結する新しいストーリーを作ることによる「達成感」です。この達成感が、次の「自信」へと繋がるのです。まァ、リハスタで相当苦労しましたので、自習室や卓球場はその延長線上で何の努力も必要ありませんでした・・・(笑)。宅建(宅地建物取引士)に苦労して合格すれば、科目がある程度被っているファイナンシャルプランナー(2級技能士、AFP)や不動産コンサルティングマスター資格に合格するのにそれ程努力が必要ではなかったのと同じです。頭が柔軟で身体の無理が利く若い頃の苦労の度合いが大きければ大きいほど、その後の人生なんて楽勝・・・かも(笑)。若い頃にサボって(勉強や仕事で)、年取って苦労したり破綻するのは出来るだけ避けたいモノです。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.30
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毎週火曜日10:00から12:00までの2時間、弊社スタジオ0724で「ボランティア空手」を主宰してます。ボランティアという事で、スタジオを提供し無料で空手の基本を私が指導しているのです。8年前に沖縄空手「止揚会」の中村師範と出会い、30年ぶりに空手を再開しました。遡れば、関西外大体育会古武道部(現在は廃部)で林派糸東流空手を始めたのが、空手との出会いの最初です。父親の病気で織物工場を任された為2年で古武道部を辞め、その後地元貝塚市の沖縄空手本部流「盛道館(普久原朝盛師範)」に転向しました。しかし、当時同時並行でやっていたウインドサーフィンの方に興味が移った為(大学に本格的に学連加盟のレース志向の同好会創部のため)、3年ほどで盛道館を辞めてしまいました。結局20代前半に空手をやっていたのは2流派で計5年ほどでしたが、若かったので身体の中に染み込んでいます。そりゃ大学での稽古は週6日で毎日2,3時間です。身体を限界まで酷使し、週1回は寝屋川支部道場への出稽古です。当時の林派糸東流派は全空連の全日本大会や世界大会でもチャンピョンも出し、正に日の出の勢いのある流派でした。寝屋川道場にも全日本クラスの先輩がいて、激しい稽古に度肝を抜かれました。正式の試合では寸止め(寸前で止める=ノンコンタクト)でしたが、普段の練習では顔以外はライトコンタクト(軽く当たってもOK=内臓に届かない皮下脂肪2センチまで当ててもOK)が暗黙の了解でした。準備運動でも、ボクシングの亀田三兄弟も学んだ「本部派糸東流」の流れを汲んでいるのか、沖縄空手によく見られる2人相対して受けや蹴りを実際にヤリ合う「ぶつかり稽古」には痛さに顔を歪めたモノです・・・まァ、そんな激しい稽古をこの年でデキる訳でもありませんし、そんな事をしたら寿命を縮めてしまい、何のための空手か分かりません。ならば還暦を過ぎれば、どういった空手の練習方法がいいのでしょか・・・?昨年から止揚会の稽古を休んでいる私の練習メニューは、週1回のボランティア空手が中心ですが、1.ストレッチ&自重による筋トレ&スクワット&拳立て伏せ2.空手の基本(突き、蹴り、受け)3.型(平安1~5、バッサイダイ、ナイハンチン、セイエンチン)1は毎朝15分2と3は週1回。これに、実際に「当てる感覚」を身につける為に、サンドバッグやキックミットによる実際の突きや蹴りをたまにしています。年を取っても、空手は空手・・・あくまでも格闘技です。人間が本来持っている闘争心をキープするためにも空手は有効ですし、一生に1回あるか無いかの窮地に陥った時に使うスキルとしての空手という意義も大いにあるのです。大事なのはスキルよりも、「気(気力)」です。窮地に陥ったときに必要な「命を賭けて立ち向かう」気力は、何も格闘技だけに限りません。状況の度合いや波の上下があるにせよ、普段の生活や仕事でも同じ事です。この気力(勇気、気)が無ければ、相手(困難)に立ち向かうことも出来ませんから・・・特に毎朝20回の拳立て伏せの(正拳での)、シンドくなってくるラストはデコを床につけ、加重が最も掛かる肘と肩のミシミシという不気味な音を聞きながら腕を伸ばす「瞬間」が気力を絞らないと出来ません。60超えて、こんな事をヤッテいる自分に家族の冷たい視線を感じますが(年寄りは、もう無理をするなと)・・・(笑)。しかし、この拳立てによって正しい拳の握り方(人差し指と中指の第2と3関節を相手に当てる=力を入れる)を身体に覚え込ませ、イザという時に瞬時に拳を握る事ができて骨折を防げるのです。薬指と小指に力を入れるゴルフのグリップと正反対という「握り方の違い」を意識する事が大事で、これによって自分の身体をコントロールするのです。空手の1番の特徴はボクシングや柔道や合気道に無い蹴り(キック)ですが、「正拳突き」は空手の基本中の基本だと思うのです。「空手に先手なし」の言葉通り、こちらから先に攻撃を仕掛けては絶対ダメです(あくまでも「後の先」のカウンター狙いで)。まァ、物騒な世の中になりましたし、不思議なことに海外旅行に行くと空手の黒帯(ブラックベルト)と言うだけで尊敬の眼差しで見られます・・・(笑)。日本人の想像以上に世界中に空手が普及し、日本の文化の一つとして認知されている証拠で、2020年東京オリンピックに空手(全空連)が正式種目に採用されたのも納得です。という事で、8年前に30年ぶりに空手を再開した訳ですが、30年間全く空白があったと言えばウソになります・・・(笑)。実は、その30年間の12,3年はコナミスポーツやジョイフィットで「ボディコンバット」という格闘技エクササイズをしていたのです。このボディコンバットというのはニュージーランドのレスミルズ社が開発したスポーツクラブ向けのエクササイズプログラムで、世界中に発信しているのです。開発担当したニュージーランド人トレーナーは子供時代に日本の松濤館空手を学んでいたということで、実はボディコンバットのベースが日本の空手だったのです。2000年シドニーオリンピックから正式競技となっている世界的に空手よりも普及していると言われている韓国の国技でもあるテコンドーも、日本の松濤館空手をベースにアレンジした格闘技だったのです。まァそういった意味で、いきなり30年ぶりに空手に「復活」した訳でなく、12,3年ボディコンバットで「準備運動」していたのです。だから、割とスムーズにソフトライディング出来たのだろうと思います。オマケで言うと、リズミカルな音楽に合わせて踊る?ボディコンバットなので、ドラムに必要なリズム感も多少培われたかも・・・?そういう意味で、2年前に40年ぶりにドラムを再開しましたが、40年間だんじりの大太鼓を毎年チョットだけ叩いていたというのも打楽器を叩くという意味で「準備運動」になっていたのか・・・(笑)。大事なのは人間関係と同じで、全くの空白はNGで、何らかの形で少しでも「関わっていく」のがポイントになろうかと思います。唯一ウインドサーフィンだけ40年ずっと続けてますが、少ないときは夏に年1回だけでした。それでも翌年もやろうかという「気力」に繋がるのです。コレが「ゼロ」だったら、そのままフェードアウトしていたでしょう・・・君子の交わり・・・所謂「つかず離れず」が長続きのコツです。まァ、50代で「新しいスポーツにチャレンジ!」というのは、一見カッコイイようですが、シニアになってから「新しい動き(運動)」をするというのは想像以上に困難だと、ボランティア空手の指導でつくづく思いました。何故なら、50代ともなれば、これまでの生活習慣での日々の動作や運動、過去のスポーツ歴で筋肉の動きがほぼ決まっているからです。それを矯正しようと思えば、至難の業です。時間と根気が要りますが、新しい動きに耐えうる筋肉の強化(補強)をするのが先決で、そのベースの上に新しい運動テクニックを積み重ねれば出来ると思います。20年前に当時あったジャスコ貝塚のスポーツクラブでヒップホップを始め、その後ジョイフィットでもチャレンジしましたが、楽しいだけで結局上手く踊れませんでした・・・(涙)。ディスコダンスのフィーリングが身体に染み込みすぎて、新しいヒップホップというセンスがどうしても身につかない・・・努力が通じないという好例でしょう(笑)。若い頃に一度やっていれば、「勘」や「感覚」や「筋肉の動き」を思い出すのも時間の問題だけです。そして、海外旅行へ行ったりウインドサーフィンに行ったりするときはサングラスにネックレスというチャラチャラした格好で、日頃の海千山千の不動産業界で世の中の裏表を垣間見て生きてきたオッサンが、白い空手衣に袖を通すと心まで真っ白になり、黙想から稽古を始めると何故か?自分が純粋になった気がするのは錯覚か・・・(笑)。まァ、老化をジワジワと感じる年齢になりましたが、仕事を続けることによって記憶を司る脳の「海馬」の衰えを遅らせ、空手の全身運動で少しでも気力を充実させ、ドラムで音楽をもっと楽しみ(高校軽音部をスタジオライブで応援し、自らロックバンドに加入)、ウインドサーフィンのプレーニング(滑走)でドーパミン出まくり、ハワイロングステイで命の洗濯をして・・・これらでアンチエイジング効果を期待します・・・(笑)。てな事をイロイロ考え、モタモタしているうちに70歳になってしまいます・・・(汗)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.28
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日頃トランクルームや不動産屋、音楽スタジオや卓球場のビジネスをしていると、お客さんから「社長さんが近所に住んでいるから安心です・・・」てな事をよく言わます。確かに会社から自転車で1分の町内に住んでいます。イヤ、住んでいるどころか、このトランクルームの所在地こそが、正に江戸時代末期(文久年間)の150年前に私の曾祖父が2軒隣の本家(泉州弁で母屋)から分家(泉州弁で隠居)した場所で、私の「本籍地」だったのです。何かあれば、直ぐに駆けつけることが出来ます。「オーナーが近所に住んでいる」という料金や設備といった面以外の利点が、お客さんに安心感を与えているのでしょう・・・先祖代々名越に住んでいますし、もう還暦を過ぎていますので、50年前はあそこは田んぼだったとか、池だったとか、地元貝塚に関しては若手の不動産屋や他所から来た不動産屋よりも分かっているつもりですので、そういった不動産屋としてのメリットも計り知れないですねェ・・・逆に地元出身ではない同業者から客付けしてもらい、共同仲介の方向でビジネスを進めるケースにもって行ってます。昔は兄弟姉妹も多く親戚筋も3,4代遡れば、貝塚を中心に岸和田、泉佐野、熊取に会ったことも無い一族の数が天文学的に広がります・・・(笑)。それが、チョット物件調査にアチコチ行くと、「あの人知ってる・・・」「あの人と昔の親戚や・・・」と話がスムーズに運びます。そして泉州の地場産業であった織物業を長年営んできたメリットも大きいです。50年前の昭和40年代前半の織物業が泉州で全盛期だった頃は、貝塚市から岬町まで680社も織物業者があり(タイルやニットや毛織りや毛布は別で、岸和田市から和泉市は小幅の零細織物業者が多く1200社くらい)、町内だけで11工場もありました。単に工場の数だけで無く、町内だけで九州や四国から集団就職で来た何百人もの織物工場の従業員向けの駄菓子が7軒もあるほど(今はゼロ)、その「周辺産業」にも多大な影響を与えていたのです。単に同業者の織物業だけでなく、繊維関連の地元の運送業、撚糸業、サイジング、機料店、ヘタ巻き屋、産元、整経屋、経通し屋、メンテナンス屋、水道屋、工具店、電気工事店、工務店(建物に付随する職人)、部品メーカー、糸や布ブローカーといった長年の周辺産業とのコネクションも見逃せません。まァしかし、東京23区や大阪市内のトランクルームや音楽スタジオで、オーナー経営者が近くに住んでいるケースなんて殆ど無いでしょう。織物時代も夜中に機械が故障すると「ヘルド枠のロープが切れた」とか「コンプレッサー止まってしまった」とか「空調から水が出てない」とかでよく電話で呼び出されました。その度に、眠い目を擦りながら工場まで駆けつけたものです・・・これが、車で15分とか電車通勤とかだと「朝まで機械止めといて・・・」で大きな機会ロスになっていたでしょう。自転車で1分の距離だからこそ、夜中に駆けつけることが出来、経営者は24時間体制の「覚悟」さえ決めれば何の事はありません。覚悟・・・言葉を代えれば一種の「諦め」です。オーナー社長として会社に100%24時間全身全霊捧げるという「覚悟」です。本気スイッチが入るとか、ヤル気が身体の底から吹き出してくるとかいう表現でもイイかも知れません。まァ、一般従業員やサラリーマン社長では絶対出来ない「芸当」です。しかし、我々零細企業のオーナー経営者の多くは持っているモノだと思います。サラリーマンだと会社が倒産しても個人とは何の関係もありませんが(資産を奪われる事はない)、我々零細企業オーナーは借金をしていれば銀行に対して個人保証もしていますので、「会社の倒産=個人の自己破産」で、会社が倒産すれば不動産や金融資産など全て失い離婚や一家離散、自殺に追い込まれるケースも普通にあります。そんな事にならないように、我々は仕事に必死になり「覚悟」を決めるのです。弊社の場合バブルの1年前(1987年)に大規模な設備投資で約30%安く建物と最新機械設備を買い(何千万円も節約できた)、リーマンショックの2年前(2006年)で北京オリンピックの好景気に沸いていた中国に中古織機を高く転売でき、資産を何も処分せずに何とか廃業(転業)に持ち込みましたが・・・一応ファンナンシャルプランナー資格を持っている私でも株は長期保有で売買は殆どしませんし興味もありませんが、「安く仕入れ、高く売った」のです・・・(笑)。半年「判断」が狂っていたら(遅ければ)、大変な事になっていたでしょう・・・(汗)。いずれにしろ、この「覚悟」は親に言われたり教えられたからとか、本に書いてあったとかセミナーで勉強したとか尊敬する先輩の助言とかで生まれるモノではありません。ふとしたキッカケで天から降ってくるモノだと思います。私の場合は30年以上前に機械設備を全面的に入れ替え(設備更新)した時に、据え付けのメーカーサービス員から「機械の運転(据え付け)が完了する2週間後に我々は会社に帰りますが、それまでに全部貴方に使い方を教えますので、従業員に貴方が全て指導して下さい・・・」と言われました。病弱だった社長の父親は50代後半で頼りになりませんし、事前に1週間メーカーの研修を受けただけで、実際何も分かっていない自分が非常に心細くなりました・・・大袈裟では無く、あまりのプレッシャーに卒倒しそうになりました。社運をかけて新工場まで建設して何億も投資し、これで失敗したら本当に終わり・・・すべて自分に掛かっているという恐怖に全身が凍り付いたのです。一瞬、倒産、夜逃げというシーンが頭を過ぎりました。しかし、サラリーマンを辞め家業を継いで2年しか経っていませんでしたし、今更サラリーマンに戻るわけにも行かず、2人の娘も小さかったので、これは前に進むしかないと・・・そしてこの彼の言葉の10秒後に、天から降ってきたのか「ヨッシャー!ヤッテやろうじゃないか!」という恐怖から「ヤル気」に変わっていたのです。それまでの30年間の人生で、学業やトランペット、空手、ドラム、ウインドサーフィン、サラリーマン生活にしても、一生懸命やっているつもりでも「本気」を出していなかったのです。言葉を換えれば、30年間いい加減で中途半端に生きてきたのです・・・しかし、この時だけは「これまでとは何か違う・・」自分の潜在パワーを不思議と感じました。正にこの「瞬間」から約20年間、織物工場を24時間エンドレス操業(年355日)で突っ走ったのです。これが私の人生最大の「転機」でした。この転機がなければ、20年後のトランクルームへの転業も何も無かった訳です。もちろん不動産屋を開業することも、音楽スタジオも卓球場もあり得ません。今では、この織機メーカーのサービス員に感謝、感謝です・・・(涙)。数年前に堤真一主演の「俺はまだ本気出してないだけ」という映画がありましたが、殆どの人は一生「本気」を出さずに人生を終えるという「現実」の裏返しでしょうねェ・・・そういう意味で、たまたま31歳になって人生で初めて「本気」を出せたラッキーさに正に感謝、感謝だったのです・・・(涙)。30代40代の20年間に本気を出し切って、62歳になった今は「出し殻」になってしまいましたが・・・(笑)。そしてこの当時新築した織物工場が、用途変更して今の「トランクルーム貝塚 本館」です。ここが私の本籍地で、祖父や父がここで生まれたのです。という事で、本籍地でビジネスを展開できている自分は幸せだと感じています。割と順調に仕事が推移してきたのも、先祖のお陰かと・・・(涙)。トランクルーム周辺を、いつも先祖が天から見守ってくれているのか・・・まァしかし、5,600年以上も前からある名越の古い田舎の集落のド真ん中の道が狭くこんな不便な場所にある弊社トランクルームに、トランクルームだけでなくスタジオや卓球のお客さんが足を運んでくれるだけで感謝しかないです・・・(涙)。私が仕事に出向くのではなく(不動産仲介は別)、お客さんが来てくれる事(来店)によって私の通勤時間は1分で、他に沢山の仕事ができるのです。正に、こんな嬉しいことはありません・・・(涙)。この「職住近接」は電車や車通勤によるストレスもありませんし、事故に巻き込まれる可能性も殆どありませんので、東京ではIT系オーナー経営者が好んでこのスタイルを取り込んでいるようです。特に起業オーナー経営者は「アレもしたい、コレもしたい」といつも頭の中がアイデアや企画だらけで、時間がいくらあっても足りないのです。タイム・イズ・マネー・・・たとえ30分でも余計に中身の濃い仕事をしたい。悠長に電車や車に乗って通勤している場合では無いです。一般サラリーマンだと無理して会社の近所に住んでも、常に転勤(海外転勤、栄転、左遷)や解雇のリスクに晒されますので、それもどうかと思いますが・・・日本では普通にある妻子と離れる単身赴任も、世界から見ればチョット異常のようです。外国では家族との生活が第一で、そこまで社員の一生面倒を見るはずもない会社に忠誠を尽くすのはチョット考えもの・・・だと。ま、「職住近接」を言葉を代えれば、その分料金に還元できて、お客さんに低料金でサービス提供出来るのです。正に好循環で、お客さんが最も望んでいる事です。これからも、お客さんが1番望まれる「品質と価格の充実(お値段以上)」を第一に考えた商いを心がけたいと思います。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.24
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ここ数年、シャッター付ガレージから弊社トランクルームへの「借り換え」が何故か?多いです。基本的にシャッター付ガレージには車を保管するのですが、空いているスペースに家財道具を保管している人が多いのです(貸主の許可を得て)。ところが最近自動車業界では車体の大きいSUV(Sport Utility Vehiclの略称で、一般的にオフロード走破性が高く、一般道でも使える自動車を指す)がここ10年来ブームになっているため、ガレージ内に空きスペースが無くなるのです。一般的なシャッター付ガレージの幅は250センチです(長さは500センチ)。5ナンバーは車幅は170センチまでですので(長さ470センチまで)、まだ左右合わせて80センチの余裕があります(片側40センチ)。ところが、SUVの車幅の平均は約180センチですので、70センチしか余裕がありません。この10センチ車幅が広がった事によって、「どうも狭いなァ・・・」という顧客心理に変わったのだろうと思います。たかが10センチ、されど10センチです。SUV車は全長は長くはありませんが、全高が高いので圧迫感があるのも、心理的に追い打ちを掛けました。SUVだけでなく普通車も年々車幅が広がる傾向にあり、ホンダの新車シビックさえ車幅が180センチもあります。シビックと言えば、我々が若い頃に一世を風靡した車幅162センチくらいの「小型車」というイメージがあったのですが・・・そして、これまでガレージに置いていた家財道具を、どこに移そうかという「先」にトランクルームが浮かび上がったのです。ガレージだとシャッターの隙間からどうしても砂や埃が入るため、弊社のような「屋内型」だとそのような心配は一切ありませんから、弊社に白羽の矢が立てられたのでしょう・・・泉州エリアでトランクルームがメジャーになるまでは、シャッター付ガレージに車と一緒に家財道具を置いている人が割と多く、家にモノが溢れガレージに丸々荷物が入っている人も多いのです。近隣の3市1町(岸和田、貝塚、熊取、泉佐野)のシャッター付きガレージの月額相場は10000円から20000円くらいで、浜手や北に行くほど家賃相場が高くなる傾向にあります。弊社トランクルーム貝塚の最も多いタイプが月額8000円(税込み)で2トンショートトラック満載分の荷物が保管できますので、ガレージの半額程度の経費で済むところが人気の秘密かと思います。弊社は「貝塚不動産.com」として不動産仲介業も営んでいますが、他社が積極的にしない手数料の少ないガレージ仲介にも力を入れていますので、その辺の事情がよく分かります。逆にそういったオファーが多いので(弊社に集中する)、借主の事情によって弊社トランクルーム契約に至るケースもよくあります。その辺がトランクルーム1本では無く、不動産仲介業も営んでいる隠れたメリットだったのです。今回のシャッター付ガレージからトランクルームへの「借り換え」の主因が、まさかSUVブームが「追い風」になっていたとは、誰が想像したでしょうか・・・?というか、そこまで「SUVとトランクルームの関連性」を分析しているマニアックな人は、日本で私しかいないでしょう・・・(笑)。何故ならトランクルームビジネスは基本的にマンションが多い都会型ビジネスで、都会には土地活用コンサルティング的には言えばシャッター付ガレージは単価と利回りが低すぎて殆ど無いからです。シャッター付ガレージは、地価の安い地方や田舎しか成り立たないビジネスだったのです。それも少子化や若者が車を買わない時代で、地方でのシャッター付ガレージビジネスには逆風が吹いていたのです。更に、貝塚市以南は軽自動車には車庫証明が不要ですので、ガレージを借りずに路上駐車が多いという事情も追い打ちを掛けます。根本的に今のシャッター付ガレージの幅が250センチのというのが時代に合わなくなったのですが、車高の高いワンボックスが流行して久しいですが、それに築30年以上前の入り口(シャッター開口部)の低いガレージがもっと以前にマーケットに合わなくなっていたのです。しかし、何で日本は世の中SUV車ブームなんでしょうか・・・?そしてSUVと同じく車体がデカいワンボックス車も、日本ではまだまだ根強い人気があります。数年前にワンボックスカーが殆ど無いイタリアで見た、日本人より身体のデカいイタリア人が小さな車にマニュアルで乗っている光景に驚愕した(オートマは殆ど無い)のと対照的です。子供達が成長期だった20年前までは7,8人乗れるワンボックス車を乗り継ぎましたが、今は家内と2人なのでデカい車は不要ですし、合理的な私には似合いません・・・(笑)。というか、殆ど宣伝カーも兼ねた派手なブルーの軽トラに、車に全く執着心が無い私一人乗って済ませています。という事で、ここ10年のインターネットやスマートホンの普及で生活が一変したように(多くの業界が再編淘汰された)、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な変化が激しくボーダレスの世の中で先を見通すのが困難な時代ですが、現役でビジネスを営んでいる限り世の中の動きに目を離されませんねェ・・・しかし、世界的大企業で日本を代表する各自動車メーカーが世界的な「EVシフト」という大きな潮流に舵を取ろうとしている恐ろしいリスクに比べれば(社員も系列子会社や膨大な下請け企業群も危険にさらされる)、弊社なんかのエンドユーザー向けの零細企業経営なんて、これまで通り無借金経営を貫き大企業が参入しないニッチマーケットで地道に「経験値」を真面目にコツコツと積み重ねていけば何ら恐れるに足らないと思います。一発当てようとかボロ儲けしようとか思うから失敗するのであって、ちょうど私が得意とする空手の「バッサイダイ」の型のように、地に足がを着けて四方から突きや蹴りで攻めてくる敵を冷静に見ながら「順番」に片付けていけば無事だろうと思います・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.22
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先日まで娘3ファミリーと総勢12人で、フランスが本部で世界に70カ所のチェーン展開しているリゾートホテル「クラブメッド石垣島(沖縄)」に行ってきました。3年ぶりの2回目で「食べ放題、飲み放題、遊び放題」のオールインクルーシブタイプで一カ所で全て完結し(移動する必要が無い)、滞在中に子供を預かってくれるキッズクラブが有るため小さな子供がいる娘らを誘って行ったのです。夜はシアターでスタッフによるショーもあり、バーで昼はソファで横になってリラックスし夜は飲んだり踊ったりと・・・存分に楽しみました。 台風21号の翌日から旅行予定でしたが関空閉鎖で予定が大幅に狂ってしまい、どうにかこうにか今回の旅行が実現したのです。関空の機能が回復していないために直前まで伊丹発の那覇経由の予定でしたが、最後の最後で関空発着に変更できて本当にラッキーでした・・・(涙)。台風21号後の北海道地震で麻痺していた飛行機会社と宿のキャンセルと予約の段取りに、ホンマ仕事以上に疲れました・・・(笑)。まァしかし熱意が天に届いたのか、一般車の関空橋も出発の数日前に通行可能なり、ラッキーにラッキーが重なりました。3年前のクラブメッド石垣島は欧米系の客が3分の1くらいでしたが今回は10%くらいで、50%が日本人、残り40%が台湾、韓国、中国でした。スタッフの国籍も客の割合に準じているようでした。やはりビジネスはイロンナ条件や環境によって「流動的」ですから、それに併せて変わらなければいけないと言うことでしょうねェ・・・ファミリーで行きましたが、1番の楽しみは勿論ウインドサーフィンでした。マリンスポーツ責任者のバリ人と仲良くなり、ウインドサーフィンの道具のチューニングを細かくしてくれて助かりました。初日だけしか強風が吹かず1番大きいセイルが6.3㎡しかなかったため、初日しかプレーニングを楽しめませんでしたが、それでもキレイな海でウインドできて大満足です。前回もそうでしたが、ウインドの初心者レッスンでバタバタ倒れている沢山の外国人客がいましたが、一人スッとビーチスタートし数秒でプレーニング(滑走)する私を見て、「日本のジイサンでも出来るのに・・・」という彼らの唖然とした顔がオモシロかったです・・・(笑)。世界中で50代から70代のオッサンでウインドサーフィンが出来るのは(割とメジャーなのは)、欧米と日本だけですから。まァ、サッカーのキックや野球のバッティングは誰でも出来ても、ウインドサーフィンだけはいくら運動神経抜群でも初体験でのプレーニングは100%出来ませんから・・・今回ビーチで知り合ったもう1人のウェストハーネス持参のウインドサーファーも、70歳くらいの日本人男性でした。今年は例年になく仕事が忙しく海に3回しか行けませんでしたが、今回のビーチリゾートで「やはり海はサイコー」を再確認させられました・・・マリンスポーツはウインドサーフィンの他、SUP、カヌー、スノーケリングがありましたが曇っていて少し寒かったので人は少なかったです。あと予約が混んでいたりして前回同様テニスやアーチェーリーもしたかったのですが、スカッシュと卓球をしただけでした。しかし今回は、前回体験できなかった「空中ブランコ」を体験してきました。階段を上ってブランコの棒を持つまでは割と平気でした。しかし、イザ飛びだしてから恐怖に変わりました・・・(笑)。1番嫌いなジェットコースターの感覚に近い浮遊感に変わったのです・・・(恐)。練習でやった足揚げどころではありません。早く下に落ちたい一心で、コーチの声も耳に入らず3回で手を離しました。60歳超えて、こんな肉体的な恐怖を味わうとは・・・終わってから、しばらく興奮が収まりませんでした。「もう2度とやるまい・・・」と。しかし私の信条の一つである「モノは試し」で、恐ろしかった「経験」としてヨカッタかも・・・(笑)。空中ブランコなんて、普通の人で出来るチャンスは一生に1回もありません。それが出来たのですから貴重な経験でしょう・・・しかも、老人になってからなんて(笑)。まァ、ウインドだけでなく、空中ブランコが出来るなんて、普通の人より健康な証拠でしょう・・・(笑)。今回の旅行中も毎朝の「15分間ストレッチ」を欠かしませんでした。もう30年以上続けています。15分間ストレッチの内容は空手の準備運動をメインにこれまで経験してきたヨガやダンス、テコンドーやキックボクシングの準備運動を参考にして上下前後バランス良く緻密に計算され、身体の変化(変調)に準じてこれまで定期的にプログラム内容を少しずつ変えてきましたので、一般の人が行ってもこれまでのノウハウが詰まっていますので非常に優れたエクササイズにもなっていると自負しています。この15分間ストレッチのロングバージョンを、スタジオ0724での毎週火曜日10時からの「ボランティア空手」の前半に行っています。もうコレを済まさなければ、一歩も外に出られません(出歩く自信がない)・・・(笑)。考えて食事を取る(内容、バランス、量、回数、スピード)のもそうですが、このストレッチを今後も継続することが健康寿命を1年、2年と伸ばせると信じています。こんな何でも無い小さな事を10年、20年、30年とヤッテきたからこそ自信にも繋がって気力も充実し、62歳になった今でも元気に仕事が出来、空手やウインドサーフィンやだんじりの大太鼓(+ドラム)もそれなりに出来、今回「空中ブランコ」に挑戦できたのだろうと思います。大事なのは、結局「毎日コツコツ」という地道な小さな努力でした・・・そして、朝食抜きダイエット(毎日プチ断食)を続けて7年になりますが、その効果があっていくら「食べ放題&飲み放題」と言っても、胃が小さくなったのかそんなに食べれなくなったので、これ以上太ることは無いでしょう・・・やはり日々の運動量や消費量以上の太りすぎ(食べ過ぎ)は、身体のアチコチに不調を来す(病気を誘発する)原因になりますから・・・と言うことで、大人も子供も1カ所で楽しめて大阪から直行便で2時間で行けるクラブメッド石垣島に、出来ればこれから毎年行きたいなァと思います。娘ファミリーらが心から楽しみ、喜んでくれるのが何よりです。旅行が「趣味の一つ」と言うより、もう「生き甲斐」になっています。イヤ、旅をライフスタイルに組み込んだ「生き方」か・・・?その為には老後は「健康」「金」「時間」の3つが必要になりますので、せいぜい20年しか残っていない人生を悔いのないように生きるためにも(できるだけ「健康寿命」を延ばし100歳まで生きるつもり)、これからもまだまだハリキッて仕事中心の生活ですが、健康にも十分留意してボチボチやっていきたいと思います。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.17
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ついに本日、弊社リハサール音楽スタジオ「スタジオ0724」の会員数が、ついに1000人を突破しました。2年7ヶ月で達成した計算になります。900人達成が8月13日ですから、新会員が100人増えるのに2ヶ月しか掛かっていません・・・(驚)。800人くらいから、何故か増加率のスピードアップです・・・(驚)。一体、どうなってんの・・・?900人達成した時点で、「もうここまで来たのだから、いくら何でももうそれほど増えないだろう・・・・1000人達成はせいぜい12月(今年)中かな?」と高をくくっていたので、ホント嬉しい誤算です。しかし会員数1000人・・・正に感無量です(涙)。2年7ヶ月前は全くのゼロからのスタートでしたから、短期間でこれだけの会員ミュージシャンを集めたとは・・・これまでの長い人生で嬉しいことも(悲しいことも)沢山ありましたが、この会員数1000人達成は今年の4人目の孫誕生に継いで2番目に嬉しいです。今回1000人を達成しましたので、これからは1500人、2000とこれまでのような「100人単位」ではなく「500人単位」でブログで告知しようかと・・・そんなズボラな事はしません(笑)。これまで通り「100人単位」でコツコツと、初めて来られたお客さんに会員証を1枚1枚作って、そして了解を得て写真や動画をSNS(フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ライン)にアップしたりして、これまで通り会員さんひとりひとりを大事にしていきたいと思います。逆に、そういったこれまでのやり方が功を奏しているのかと思いますし、日本のリハスタ経営者でここまで「マメに」やっている人はいないだろうという自負しています。こんな「細かい芸」がデキるのも織物業で培った「多品種小ロット」生産テクニックからです。織物業の方が100倍難しかったので、スタジオ関連でSNSやSEOに精を出すなんて何でもありません。と言うか、織物業の場合「家業」でしたから好き嫌いに関わらず「やらざるを得ない」部分があり、相当自分自身に気合い(活)を入れなければ前に進めませんでしたが、スタジオは「半分趣味」的な部分がありますので、これが仕事を進める上で追い風(ストレスフリー)になっているのでしょう・・・もう若い頃のようなパワーも気力もない60オーバーの爺さんがまだまだ仕事をしようと思えば、どうにか工夫して好きな趣味(楽しみ)を上手に仕事に取り入れるしかないのです・・・(笑)。という事で、まだまだ会員数が増える気配に(どこから泉州エリアのミュージシャンが湧いてくるのか?)、驚きと共に「何故?何故なんだ?」という不思議感に包まれている自分がキモチワルくて仕方ありません・・・(笑)。そして来年増設予定の第2スタジオである「Bスタジオ」計画も着々と進んでいますが、うまくいけば再来年の第3スタジオにあたるドラム専用の「Cスタジオ」増設の素案まで出来ています。と言うか「Cスタジオ」増設までに、現在の卓球場3室の1室にミラーを取り付けて「ダンス兼用の卓球場」計画の方が早そうです。「ダンス兼用の卓球場」とは、文字通り卓球台を折りたたんで廊下に移動すれば、前面にミラーを設置しますので、ダンスの練習がデキるという意味です。これからも会員数が増えると、ダンスの個人練習の予約が増々取れなくなるという危惧からです。卓球場はそれほど混んでいないので、3室のうち1室を「ダンス兼用」にしても何の問題もありません。ダンスというのは、ヒップホップ、フラダンス、タヒチアン・・・そして今回の「ダンス兼用卓球場」の目玉は「フラメンコダンス」です。何と!普通のダンスだけでなく、一般的になダンススタジオでは絶対出来ない「フラメンコダンス」も出来るという事です。これも元々スタジオのフラメンコダンサーのメンバーさんからのアイデアやオファーからです。フラメンコ専用の靴の踵には100本の釘が打ってあり、それを思いっきり蹴るのですから普通のフローリングのスタジオでは床が壊れてしまいます。床を蹴る爆音に驚きましたし、普通の家では壊れてしまうのでは。踵には凄いパワーがあり、空手でもサイドキックやバックキックや後ろ回し蹴りは踵で蹴ります(前蹴りは中足、回し蹴りは背足や中足)。弊社トランクルーム貝塚「別館」1階の床には地下70センチ厚のコンクリートを打って(元織物工場なので)、「ある工夫」でフラメンコダンスが可能になるのです。そういった事情で、フラメンコダンスの練習出来るスタジオは大阪市内でいくつかあるだけで、泉州エリアでは殆ど無かったのです。ヒップホップやフラダンスに比べてマイナーでニッチ過ぎる「フラメンコダンス」のスタジオマーケットを確実に拾うことによって「エリアNO1」に成れるのです。こんな誰も見向きもしないニッチマーケットこそ、零細企業の取るべきビジネス戦略だったのです・・・それもフラメンコ専用で使っているのではなく、チョットしたアイデア(アレンジ)で普段は卓球場というのがミソで、卓球場と同じく「1時間500円(6人まで)」の利用料金を予定していますので、こんな競争力のある「フラメンコ(ダンス)スタジオ?」は無いかと・・・(笑)。名前ももう決まっています・・・「タブラオ貝塚」と(笑)。もちろん卓球台を室外に出せばトランクルームに早変わりしますので、1つの部屋がトランクルームと卓球場とダンスと文字通り「三毛作ビジネス」が可能です。そして、来年から計画している音楽バンドの「スタジオライブ」だけでなく、将来的にはフラメンコダンスのライブも卓球場で開催したいですねェ・・・それで、1人でも多くフラメンコの素晴らしさを知ってもらえば言うこと無しです。数年前にフラメンコ本場のスペインのタブラオで見たフラメンコダンスショーの感動が忘れられなかったのです・・・ボランティア空手も、現在スタジオの暇な毎週火曜日10時から12時まで行っていますが、こちらの卓球場に移動することによって、音楽スタジオの予約の緩和策になるでしょう。しかしこれほどスタジオ会員数が増えるとは(まだまだ増える気配が)?・・・「これほど泉州エリアにミュージシャンが潜んでいたのか・・・?」という根本的な疑問が最後まで拭われませんが・・・(笑)。夢か幻か・・・?「あんまり調子に乗って、トランクルームをレジャーランド化(音楽スタジオと卓球場)にするのは止めとき!」と家族から釘を刺されていますが、このアドバイスは案外当たっているかも知れませんねェ・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.09
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先日、「4トンロングトラック×2台分」の荷物保管のオファーが弊社トランクルーム貝塚に来ました。あいにく大きな部屋はどこも満室でしたので断ろうと思いましたが、一瞬考え直しました。「床面積11畳(高さ305センチ)の卓球場がイケるやろ・・・」と思い出したのです。卓球場に使っている3つの部屋(各11畳の個室)のうち1室を、折りたたみ式の卓球台を外に出せば荷物が入るのです。卓球場からトランクルームに1分で「早変わり」という事です。元々トランクルームの部屋で卓球場に用途変更しただけですので、その反対の逆発想しただけです。幸い、卓球場はそれほど混んでいません。3室あり、1室だけ1ヶ月の短期保管ですので、また卓球台を元に戻せば何の問題もありません。この今回の「4トンロングトラック×2台」の荷物の量というのがミソで、トランクルームでこれほど大きな部屋は大阪でも殆どなく、貸倉庫では小さすぎ(量が少なすぎ)短期契約はイヤがるのです。このオファー(仕事)に対応できるのは、大阪でも殆どなく、弊社くらいしかなかったのです。今回の「卓球場 + トランクルーム」というのも、ある意味二毛作ビジネスです。飲食業界で、朝から夕方までカフェで夜はバーというプロントが二毛作ビジネスモデルとして有名ですが、20年くらい前に大阪本町の伊藤忠ビル地下で初めて見たときはビックリしました。カウンターバックがひっくり返り、店員さんのコスチュームもメニューも17時ドンピシャに一斉に変更するのです。一瞬「何が起こったんや?大阪でも珍しくドッキリカメラ入るんやなァ・・・」と思いました(笑)。プロントはコーヒーのUCCとビールのサントリーの合弁だそうで、今では360店舗で売り上げ260億も稼いでいるようで、ナルホド企業努力しているんやなァ・・と感心します。という事で、単なる空間を荷物を置くスペースと卓球(ピンポン)プレイという一見関係なさそうな2つの用途を見つけ出した訳ですが、単なる空間でも発想を変えればそれだけポテンシャル(潜在能力)があるということです。我々人間は誰でも2つ以上できるポテンシャルがあると思うのです。それを引き出すために(見いだすために、分かるために)、若い頃からイロンナ事に全力でチャレンジする事こそ人生で最も大事だと思うのです。私も若い頃から勉強だけでなく、幼稚園児からだんじりの鳴り物(大太鼓、小太鼓、笛)、中学は野球部を2週間だけで後は陸上競技部(走り高跳び)、高校はラグビー部2週間だけで後はオーケストラ部(トランペット)、大学受験失敗&浪人(工学部建築学科、経済学部、文学部など)、結局入学して卒業したのは三流私立大学で、大学で体育会武道拳法部(空手)を2年で辞めて地元沖縄空手道場に通いながら大学にウインドサーフィン同好会を創部し、地元中学の同級生のバンドでドラムや高校同級生のフォークバンドでボンゴで参加、オーディオ小僧時代もせいぜいセットで100万円以内、サラリーマンで一生食べていくと父親に宣言したが4年でギブアップ、家業(織物業)に戻りシャットル中古織機を2年で諦め、その後は最新エアージェット織機で20年続ける、資格にしても難関の独占業務国家資格の弁護士や司法書士や税理士ではなく割と誰でもチョット努力すれば合格できる宅建士や2級FP(+AFP)や不動産コンサルマスターしか持っていない、パソコン歴23年だがプログラミングは組めない・・・と自分なりに一生懸命イロンナ事(好きな事)にチャレンジしてきましたが、全て中途半端に終わってしまいました(笑)。「何て!能力が無いんだろう!」と何十回も人知れず嘆いた事か・・・(涙)。最終的に自分は何が向いているかと言えば、零細企業の「経営者」しかありませんでした。1つの事に突出した能力はありませんが、中途半端にイロンナ事が出来るのが「逆に自分の強み」だと悟ったのです・・・(笑)。「1人経営」の会社に徹することが自分のポテンシャルを引き出せる・・・と。それが現在の「トランクルーム」「不動産屋」「音楽スタジオ」「卓球場」「レンタル自習室」と、1人で5つを中途半端に経営している姿に表れています・・・(笑)。また趣味の空手では20代前半に大学空手部と地元沖縄空手道場に通っていただけですが、生徒さんから月謝を取って空手道場を経営する能力はないので、スタジオの暇な時間帯(火曜10:00~12:00)にボランティアで空手の基本を教えたり、ウインドサーフィンもジャイブもウオータースタートも完璧に出来ませんし1年中しませんが「夏だけ細く長く」40年も続けていますし、ドラムも若い頃に少しカジッタだけですが、今自社スタジオのレッスンを受けていますが、まだまだバンドに参加できるようなレベルではありません。別に優れた能力が無くても、持っている中途半端な能力を活かせば(集めれば)、それなりに楽しく生きていける証明です・・・(笑)。人生、捨てたもんじゃないと。まァ今は、その自分の「強み」や「好み」を生かせる仕事が出来る幸せを噛みしめています・・・(涙)。ただ昔から、イロンナ事がソコソコ出来るというのは「器用貧乏」と言われています・・・確かにそうかも(笑)。そうならないように、シッカリ儲けたいと思うのですが・・・そして今回の契約は荷物の量が多く短期なのに加え、担当者泣かせのギリギリの納期でした。文字通り頭を抱え泣きそうな担当者を見かねて、私の責任で見切り発車(正式契約は後回し)しました。取引先は誰もが知っている全国大手チェーン店ですので、「次回からのオファーは全部うちに回してや・・・」と付け加えるのを忘れませんでした・・・(笑)。マスコミでもトップ新聞に記事が載れば(トップを押さえれば)、既に裏を取ってあるという安心感から他社が安心して取材に来るのと同じように(追随するものです)、12年前に朝日新聞に私の記事が載ると、他社の新聞社だけでなくラジオやテレビまで取材に来られました。それと同じように、大手チェーン店が弊社を利用してくれれば、きっと他社にも波及するはずです・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.09
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ここ1年くらい前からトランクルーム利用で増えてきているのが、スーパーマーケットやコンビニやファッション衣料といった物販の店舗の改装やリニューアル工事期間中に、在庫商品をトランクルームに一時的に短期間保管するという使い方です。所謂「法人契約」です。弊社トランクルームの約90%が「個人契約」ですが、残り約10%がこういった「法人契約」だったのです。これまでチェーン店だと本部倉庫に一旦戻すという作業や大手倉庫業者に一時保管のようでしたが、それだと在庫管理が煩雑になり(赤伝票を起こす必要あり)、店舗数が増えれば増えるほどデリバリー倉庫主任者の悩みの種だったようですし、一般営業倉庫だと費用が結構掛かります。それをこれまでのように本部倉庫に戻さず、店舗近くのトランクルームに一時保管という「裏技」にやっと最近気付いたという事でしょう・・・これだと、煩雑な業務が必要ありません。コスト面でも保管料の高い営業倉庫と弊社トランクルームの低料金では雲泥の差です。泉州エリアのトランクルームの90%がドア1枚の「屋外型」コンテナですが、弊社は数少ない「屋内型」トランクルームで、本館1階はドア3枚もありセキュリティが格段とアップしますし、夏場の温度も26℃までですので、これに目を付けた店舗経営各社から弊社にオファーが相次いでいるのでしょう・・・もちろん、賞味期限のある食品は店舗で売り切ってもらいますが、それ以外の商品ならトランクルームに保管しても大丈夫だったのです。弊社のような「屋内型」トランクルームが便利だ・・・という認識が一般社会の色んな方面や分野や業界にやっと浸透してきたというのが実感です(涙)。やっと市民権を得た・・・という感じでしょうか。12年前のトランクルームオープン当初は世間から「何をやっとんのか(やり始めたのか)?」という白い目(斜め目線)で見られていたと思いますし、もちろん私本人自身が「マンションが少なく家が広い泉州で、一体うまくいくのか・・・???」と一番心配していたのですが・・・(笑)。この楽天ブログを中心にホームページやSNS(フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ライン)や近隣3市1町の約2万軒のマンションへのチラシの配布(3回)、不動産業界のネットワークを活用したり、大手引越業者2社と業務提携したり、網の目のようなセールス網とインターネットのSEOが功を奏したのかと思います・・・それにしても織物業からトランクルームに転業して12年・・・長かったようで短かったです(涙)。いつの間にか還暦を過ぎ、娘3人も結婚して孫4人のお爺ちゃんです・・・(笑)。自分ではお爺ちゃんとは思いたくないですが、戸籍上オッサンではなくもう立派なジイサンです・・・(笑)。しかし何故、定期的に店舗改装するのでしょうか・・・?それは主に売り上げが落ちてきて、改装をする事によってこれまでの問題点を改め売り上げアップに繋げることを主な目的とします。要はテコ入れです。やはりビジネスは織物時代もそうでしたが、常にトヨタのように「カイゼン、カイゼン」していかないと売り上げが下がり、企業としての衰退していってしまいます。という事で、店舗の改装やリニューアルと言っても1,2ヶ月の短期間ですが、殆どのトランクルーム業者では「6ヶ月以上」の契約なっていて、そんな1,2ヶ月の「短期オファー」には対応していないという、言わばニッチマーケットだったのです。それは地主からトランクルームの運営管理を委託されているトランクルーム業者の存在があり、業者も従業員を抱え人件費等の経費の問題でそんな「小さな短期オファー」をいちいち受けれる体制ではなかったのです。要するにトランクルームは1年以上の長期契約が主体ですので、1,2ヶ月と行った短期契約はイヤがるのです。弊社トランクルームの場合は、業者に任せず(中間業者を入れず)地主1人で自ら運営管理していますので、そんな小さなオファーでも大歓迎だったのです・・・(笑)。弊社が兼業している「貝塚不動産.com」でも、月額5000円や1万円といった月極駐車場を積極的に仲介していますが、他社はそんな少額の仲介に精出せる訳にはいかないのと全く同じです。不動産会社経営者が宅建資格を持っていれば一人で契約を締結できますのでコストは安いですが、経営者が宅建を持っていなければそもそも一人で不動産屋が出来ませんし、誰か宅建所持者を雇わなければなりません(日本の不動産屋は従業員5人に1人宅建資格が必要)のでコストが高くというのは一般人が知られざる日本の不動産業界の構造(アメリカは従業員全員が宅建資格必要)だったのです。大きな利益は期待できませんが、確実で小さな利益を毎日コツコツ積み重ねることによって、地主の信用を築き、その先には相続案件や土地活用案件が待っている・・・という地域密着型不動産屋の気の長い戦略だったのです。まァ大手や中堅が「手を出せない分野」こそ、我々零細企業が低コストを武器に手を出すべき分野で、弊社トランクルームと同じように「音楽スタジオ」「卓球場」「自習室」と全て業界最安値にしているのも、このポリシーからでした。この「物販店舗の改装時の在庫商品のトランクルームでの一時保管」という新しいマーケットをトランクルームの近隣だけをターゲットにするのではなく、運送網が発達した昨今の現状を考えると「大阪府」全体とマーケットとして捉えなければなりません。そうすると、コンビニに限って言うと大阪府下で約4000店舗もありますから、改装サイクルが10年以上でもこれは相当美味しいマーケットだと思うのです・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.05
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昨日日本列島を襲った台風24号の避難先として、トランクルーム貝塚「本館」に娘ファミリーらと避難しました。先月の台風21号で自宅屋根の2畳分が吹っ飛び、300キロもある物置が倒壊した恐怖に、もう自宅では危ないと危機感を感じた為で、トランクルーム「本館」なら大きな重量鉄骨造でどんな大きな台風でも大丈夫だろうと判断したのです。トランクルーム貝塚「本館」1階は無窓ですが、2階の窓は防音のために「2重サッシ」にしていました。それを事前に更に布テープで補強しました。軽トラックに3ファミリー分の布団や毛布や食料や飲料水や孫のおもちゃ、更にワンちゃんのゲージを満載してトランクルームに運び、万全の準備をしました。各ファミリーの個室のトランクルームを準備し、机とイスがある2つの自習室を休憩所に使いましたが、これがなかなかイイ感じです。狭いですが、チョットした喫茶店風です・・・(笑)。まァしかし、トランクルームの個室というのがイイですねェ・・・これがポイントです。いくら一族ファミリーでも、雑魚寝は娘ファミリーでもイヤがるでしょう・・・各ファミリーがトランクルームの個室を確保できるのが、トランクルームを避難所として利用する際の最大の長所です。今日本で、地震や台風の災害で体育館が避難所として利用されていますが、ここでの最大の問題点は「プライバシーが無い(確保できない)」事です。そりゃ、親戚ファミリーでも雑魚寝はイヤですから、喋ったことも無い他人さんと隣同士で寝るのはイヤに決まっています。イヤ、そんな環境で寝れるハズも無いし、ストレスも頂点に達します・・・それがイヤで車の中に避難されている方も多く、エコノミー症候群になる方が多いのが社会問題化しています。避難所が個室であれば、この問題は一発で解決されますが、普段学校の体育館として使っていますので、行政が用意する避難先が体育館である限りこの問題は永遠に解決しないでしょう・・・先日の大阪にも大きな爪痕を残した台風21号のあと、主に湾岸部に住む方からの問い合わせが相次ぎました。非常用(避難)グッズや非常食をトランクルームに置いときたいという事です。あまりに多い問い合わせと現状の日本での避難所の問題点の両方を考えると、弊社トランクルーム貝塚でも何か世の中に貢献できることは無いかと更にもう一歩進めて、トランクルーム契約者さんが自然災害(台風と地震)で被災して自宅で住めなくなった場合に限り、条件次第で仮設住宅や賃貸住宅に入居できるまでの1週間程度はトランクルームを避難所として利用してもよい事にしました。そういう意味で、昨日は実際にトランクルームに泊まった訳ですが、外の風や雨の音が殆ど聞こえず快適でした。それも「元織物工場」の防音仕様で、100デシベルの織機(織物機械)の騒音を50デシベル低減するために一般住宅の2倍の厚みのあるALC壁を採用しているからで、優れた遮音性も兼ね備えていたのでする。これが自習室にも功を奏したのは言うまでもありません。南向きの高台にある自宅は普段夏は涼しくてイイのですが、毎年台風シーズンになるとまともに台風の南風が来ますので、その「ピューッ」という風の音と重量鉄骨造でも揺れるのと前にある竹藪がしなる光景に恐怖心が煽られます・・・そんな環境ですから最初から木造ではダメと言うことで、重量鉄骨造3階建てにしていたのです。それと、被災されるのは家族全員ですから子供もいるわけですしペットもいます。大人だけで無く子供も被災生活でストレスが溜まるのは同じです。孫や犬がトランクルームの廊下を走り回って遊んでいるのを見て、相当ストレスを発散できたと思いますし、自習室での食事や休憩で大人もリラックス出来たと思います・・・これなら避難所として太鼓判を押せると・・・(笑)。泉州エリアのトランクルームの90%を占める更地にポンと置いただけの「屋外型」コンテナ型だと夜の照明はもちろん廊下もありませんが、「屋内型」の弊社トランクルームでは荷物の出し入れがし易いように十分な廊下スペースを取った設計に最初からしていますので、子供や犬がいくら走ったり遊んでも大丈夫なのです。という事で、最近の地球環境の変化で台風や地震といった自然災害が多くなった日本で、トランクルームも単なるハコ(物を置くだけ)では能が無さ過ぎます。もっと付加価値のあるビジネスを展開しないと(考えていかないと)世の中の流れに置いていかれる危機感から、トランクルーム貝塚「本館」2階の事務所に不動産屋(貝塚不動産.com)、「本館」1階に自習室(レンタル自習室0724)を4室、「別館」1階に音楽スタジオ(スタジオ0724)1室と卓球場(貝塚卓球センター)3室・・・と展開していったのです。最も大事な事は、コスト競争力を付けるためにこれら5つのビジネスを一人でこなしているのです。世界の大きな潮流はITやAI、ドローンやロボットを利用して人を雇わない方向ですから・・・やはり、最も経費の掛かるのは人件費で解雇するのも難しい時代ですから、経営者ひとりで全方位的にイロンナ事が出来ないと零細企業の経営は難しいと思います。まァ、たまたま弊社トランクルームの場合は、元織物工場で簡単な倉庫と違ってかなりシッカリ建てた重量鉄骨造であったのが幸いしました。そして普通「トランクルームには水道とトイレが無い」という事が、避難所で一番の問題となる要件に相反しますが、弊社の場合「奇跡的に?」トイレ(温水シャワー付き水洗)と水道がある事が避難所にピッタリだったのです。単位モノを置く以外に「住む」事が可能だったのです(弊社トランクルーム規約では滞在や宿泊は禁止)。そういう意味で、トランクルームを「避難所」として利用することも想定内に置くことが他社との差別化に繋がると思うのです。あと、トランクルーム内に1室でもシャワー室を設ければ更にグッと便利になり、ネットカフェやマンガ喫茶というような旅館業法に抵触しないビジネスや、旅館業法の「簡易宿所営業」の許可を取って一般向けの民泊や弊社の音楽スタジオや卓球場を利用する高校や大学の軽音学部や卓球部の「合宿所」にも発想が広がります・・・(笑)。まァ、今日の妄想はこれくらいで・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.10.01
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