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いつもありがとうございます。コノハナサクヤ姫【宜しくお願いします。仕事や結婚など、人生のポイントを迎え、生活が一変することは珍しくはないですが、チャネリングが始まるのも、人生の転換期の現象なのだと思います。身近な人の命に関わるような時、チャネリングは活性化するように感じます。このところ、問答ではなく、姫とリアルにチャネリングすることが何度かありますが、何か命のサインなのでしょうか。】ほほほ、幾度となく伝えておるが、命は何よりも優先される事柄よの。心に痛手を被るのは、何もだいそれた出来事だけではないであろう。僅かな傷が広がれば、時空の裂け目のように魂も粉々になってもしまうものじゃ。そうなる前に手当をすることが肝心じゃ。いつも暖かく見守っておれば、一番大切な時に、迷わず言葉をかけられよう。その言葉は言霊となり、魂に染みこみ、癒やしていくものじゃ。冬の寒く冷たい時に、一杯の熱いお茶はほっとするであろう。川の水が凍りつけば、流れは止まるであろ?、心とて動かぬようになる。一杯のお茶でも、また進もうという気持ちになるものじゃ。ほほほ、人生などその繰り返しよの、お茶を差し出す者もおらず、自らを暖めようとしても、冬の寒い外では、たった一晩でも気力も失せてしまうよの。見守るのも力が必要よの。その者がどのような心にあるのか、瞬時に分からぬのであれば、言葉も外す。勘を越えた感覚よの、わらわが手助けするゆえ、そなたに、その感覚があるのじゃ。チャネリングの力をどう使えばよいか、こうして問答するのも良い。が、実の生活の中に、せっかくの力を使わぬのはもったいないであろ?。いうておくが、そなたに希望を与えるものではない。そなたに希望などなくとも、人には与えられるであろう。そなたはお茶を入れ、飲むのは、差し出された者よの。いつでも入れられるように、心を正し、準備しておくことじゃ。【ありがとうございます。】
2017年11月26日
いつもありがとうございます。伊弉冉の尊【宜しくお願いします。奥ゆかしい女性も少なくなったと言われますが、繊細な心を持った女性は自分の周囲にもたくさんおり、遺伝子にはしっかり日本人の魂として残っているように思います。敏感な感性を持った女性は、裏から霊的に日本を支える存在と感じます。けれども、社会で活躍する場も増えてはいますが、その支える力はどうなるのでしょうか。これからは女性の時代ですが、支える力も増えていくのでしょうか。】人や物事には生い立ちがございます。育った過程は、それぞれの性の生き方らしさを学んだ過程でございます。心と体に矛盾した生き方は、無理を生じさせ、やがて力を失います。男性、女性の前に人、とは言え、魂の性はどちらかに重きを置くのです。生きにくいと感じるのであれば、性を見直すことでございます。産み出す力は、子を産むだけではございません。魂を通し、こちらの世より、子は女性に宿り、機が熟した時、人の世に生まれます。魂の女性の部分を通し、子も物事も、芸も技も生まれるのでございます。産み出す質を女性の質というのでございます。産み出す力、育てる力、全ての力は、こちらの世から流れます。女性を通し、こちらの世は開かれており、時代を創っているのでございます。こちらの世界に戻った魂は素の性、つまり女性の性に戻ります。素の性は集まり、裏と表をひっくり返すように、男性も顕れるのでございます。さてさて、社会は女性を必要としておるのはいうまでもございません。今も昔も変わりなく、女性は、社会を保ち、前に進める力の源なのです。女性の魂を閉じさせないことが男性の役割となるのでしょう。女性は産み出す幅が広がっていくのでしょう。子を持ち仕事もする、そうしなければ、生きてゆけない時代でございます。男性は、支えておるのは己と、うぬぼれずに、しっかり周りを見ることです。魂を癒やす、本気の程度に手加減は不要でございます。【ありがとうございます】
2017年11月18日
いつもありがとうございます。コノハナサクヤ姫【宜しくお願いします。人を好きになると葛藤も生まれますね。例えば不倫などは、悲しませる人がいる限り、道理には外れています。運命の人という魂にとって現世で出会うべく出会う人もいますが、その葛藤こそ学びですね。衆生を救うなどというのは宗教の考えですが、普通は自分を救いたいという気持ちが先走ります。人を見守るのは、自分を犠牲とする気持ちも必要なのかと疑念も生まれます。ですが自己の確立は、自分を救うことが優先ではなくなるということなのでしょうね。】ほほほ、人は、一生のどこかで魂を切り替える時が来るものよの。一度だけの者、二度三度ある者、一生変わらぬ者もおる。いろいろじゃ。衣替えをするように、季節を楽しむために、魂も着替えるのじゃ。一つの季節を楽しみ尽くしたい魂は、その季節にあった服をあれこれ楽しむのじゃ。互いに好きになり一生添い遂げる夫婦もおろう。別れる者は事情もそれぞれよの。無論、着替えるように相手を変えるわけにはいかぬよの、が、本物は廃れぬものじゃ。長くなれば、上面ではすまぬ、魂に入りこむのが必然じゃ。見ておると、わがままを許せておる間はよいよの、積もり積もり、許せぬようになれば、もはや顔も見たくはない、そのような者が多いよの。魂を磨くというであろう、積もるとは正反対じゃ。積もった分、磨かれた分、相手と関わった分量よの。増やしたり、減らしたり、刺激しあい、暮らすのじゃ。磨かれた魂は、直ぐに魂を修繕するのじゃ。その力を失わぬには磨きつづけることよの。その力にさらされ、見守られる者も前に進もうという気持ちになるのじゃ。魂を切り替えた後は、好みも思考も変わっていくものよの。見向きもしていなかったものに目が向くようにもなるのじゃ。一つ次元を跨げば、見える世界も変わるのじゃ。それまでとは別の出来事が動き出すであろうな。己を救うという次元にはもはや住まぬということよの。【ありがとうございます】
2017年11月11日
いつもありがとうございます。自宅から少し離れていますが、海の見える高台にいったところ、神社があり、お参りしてきました。最初はもしや?とは思いましたが、意識を向けると女性神の声が聞こえてきました。コノハナサクヤ姫【昨日はご挨拶させていただきました。姫が祀られているとは思ってもいませんでした。声をお聞きしたのも、嬉しかったです。】ほほほ、道中、すんなりこれて良かったよの。遠くまで足を運ばぬとも、近場でも合うことは叶うものじゃ。また気が向いたら、よってみるが良い、ほほほ。【さて、このところAIの実用化がめざましいですね。人とコンピュータのハイブリッドな生体として人は生き残るとなれば、遺伝子の実験は完了かもしれません。AIに刺激され、遺伝子は変化していくようになれば、これも人の最終形の一つに近づくのかもしれません。】コンピュータはあらゆる事象を再現するものよの。つまり、人すら再現されることを見越して創られたと言えような。もともと人も故障など日常茶飯事じゃ。違いはない、そうも見えるであろう?【人は機械とも言われますね。0と1など陰陽と同義ですから、その原理で人も生きているのあれば、機械で再現される陰陽は、現実そのものかもしれません。】そうして創造された現実が全てであれば、いかに完成型には程遠いか、誰の目にも明らかであろう。予測も付かぬ出来事は、0と1が全てではないことを物語るものじゃ。折り畳まれた羽を広げれば、空を飛ぶこともできよう。が成長の途中で羽をつまめば、綺麗に広げられぬようにもなる。そのように歪になっておるのが、現実の世よの。【ということは、人の完成型は組み込まれているとしても、再現されることはないということでしょうか。】まあ、そう悲観的にならぬともよいよの。予測も付かぬとは、完成する余地があるということじゃ。全ての羽をつまむ、むしり取ることはできぬ、逃れるものも多数おる。つまり逃れた現実を生きることもできるのじゃ。三種の神器は我らの魂に通じるもの。通じる相手により小道具は変わるものじゃ。今も昔も変わりはせぬ。1000年、魂に染みこんでおるとしても、質を変えるには己の枠を外せばよい。それだけじゃ。簡単であろう?、言うは易く行うは難し、その思いが枠よの。【ありがとうございます】
2017年11月04日
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