inti-solのブログ

inti-solのブログ

2012.01.31
XML
テーマ: 戦争反対(1248)
カテゴリ: 戦争と平和
中学授業で「百人斬り」 自虐的教育を報告 日教組教研集会
富山県で行われている日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会(教研集会)で30日、日中戦争の南京戦で報道された日本軍の“百人斬(き)り”を事実と断定して中学生に教える教育実践が報告された。
“百人斬り”は歴史的事実として認められておらず、教科書にも載っていない。日教組が長年続けてきた日本軍を誇大に悪く描く自虐的な歴史授業がいまだにまかり通っている実態が浮かび上がった形で、識者は「極めて不適切」と批判している。教研集会は同日終了した。
“百人斬り”は昭和12年、東京日日新聞(現毎日新聞)に掲載され、旧日本軍の元将校2人がどちらが先に日本刀で百人斬るか競争を始めたという内容。
真偽をめぐっては、報道に立ち会った元カメラマンが「戦意高揚のための記事で、あり得ない話だ」と証言したほか、毎日新聞が平成元年に発行した「昭和史全記録」でも「事実無根」と自社の報道を否定。
さらに、両将校の遺族による名誉毀損(きそん)訴訟でも東京高裁が18年、「甚だ疑わしいものと考えるのが合理的」と指摘している。
ところが、長崎県新上五島町立中学校の男性教諭は「加害の事実」を教える平和学習として、“百人斬り”の新聞記事や写真を生徒たちに見せ、「日本は中国に攻め入って、たくさんの中国人を殺しました」「戦争になったら、相手国の人をたくさん殺せば殺すほど勲章がもらえてたたえられるんです」「だから殺されたのは兵士だけでなく、一般のお年寄りや女性、子供たちもです」と語りかけていた。
生徒たちは授業後、「中国人は日本からされたことをすごく許せないと思う」「事実を知った今、つらい過去と向き合い、立ち向かうことが償いだと思う」といった感想を述べていた。
元将校2人は南京の軍事法廷で無実を訴えたが、記事を根拠に処刑された。また“百人斬り”は戦後、中国が一方的に主張する「南京大虐殺」の象徴的な出来事として宣伝されてきた。
拓殖大学の藤岡信勝客員教授は「事実でない中国のプロパガンダを教えるという意味で問題。わが国の歴史に対する愛情を深めさせることを求めた学習指導要領にも反しており、極めて不適切だ」としている。

-----

何というか、タイトルをみただけで記事の中身が予想でき、かつその予想を全く裏切らない内容です。
両将校の遺族による名誉毀損訴訟の結果がどうなったか、この記事だけを見たら、両将校の遺族が勝訴したかのように見えてしまいます。
いうまでもなく、事実は両将校の遺族の全面敗訴です。

東京高裁が18年、「甚だ疑わしいものと考えるのが合理的」と指摘している。

と記事にありますが、確かにそのような文章はありますが、実際の文面は以下のとおりなのです。

同記事の「百人斬り」の戦闘戦果は甚だ疑わしいものと考えるのが合理的である。
しかしながら,その競争の内実が本件日日記事の内容とは異なるものであったとしても,次の諸点に照らせば,両少尉が,南京攻略戦において軍務に服する過程で,当時としては,「百人斬り競争」として新聞報道されることに違和感を持たない競争をした事実自体を否定することはできず,本件日日記事の「百人斬り競争」を新聞記者の創作記事であり,全くの虚偽であると認めることはできないというべきである。


産経の記事が、判決文のごく一部だけを切り取って、実際とは逆さまの文意に仕立て上げていることがよくわかります。
さらに、この裁判の過程で、二人の少尉と同じ第16師団歩兵第9連隊第3大隊に所属※し、南京戦に参加した 望月五三郎氏の証言 が発掘されています。そこには、百人斬りが戦闘行為ではなく「抵抗なき農民を何んの理由もなく血祭にあげる行為」であったことが赤裸々につづられています。

報道に立ち会った元カメラマンが「戦意高揚のための記事で、あり得ない話だ」と証言した

という話も同様です。確かに元カメラマン佐藤振壽氏が法廷でそのように主張したことは事実ですが、同時に「両少尉はこれから百人斬り競走を始めると話していた。両少尉が当番兵を取替えっこして斬った中国兵の数を数えると聞いたが、信じなかった。」とも証言しています。「信じなかった」も、「あり得ない話だ」も、彼の感想です。感想は証拠ではありません。一方、「両少尉が話していた」というのは、感想ではなく目撃証言ですから、証拠能力があります。
この裁判の原告は訴状でなんと言っていたか。判決文によると、

原告らは,そもそもいわゆる「百人斬り競争」を報じた本件日日記事自体が,浅海記者ら新聞記者の創作記事であり,虚偽である旨主張する。

とあります。当の原告側の申請した証人が、原告の主張の根本部分を完全否定する証言をしてしまったのですから、この時点でこの裁判は決着がついてしまったのです。実際、判決文でも、この証言について

本件日日記事に事実として書かれていることが虚偽ではなく真実である旨(両少尉から取材した事実に粉飾を加えていないという趣旨であると理解される。)を一貫して供述している

と認定しています。
しかし、驚いたことに、この原告側の完全自爆証言を、原告側は「すばらしい証言」と自画自賛していたという点です。どう考えたって、自らの首を絞める致命的証言なのに、そうと気がついていないとしたら、原告側の弁護団というのは弁護士としての能力はいったいどうなっているのかなと首をかしげます。
ちなみに、このときの原告側弁護団の一員が、今や自民党国会議員である稲田朋美です。

※二人の少尉と望月五三郎氏は、ともに第3大隊の所属。当時の第3大隊の編成は、歩兵4個中隊(第9~12中隊)と機関銃小隊・歩兵砲小隊からなっていました。野田少尉は大隊の副官、向井少尉は歩兵砲小隊の小隊長、望月氏は歩兵第11中隊の所属です。向井少尉を砲兵と勘違いしている記述をたまに見かけますが、歩兵砲の指揮官です。歩兵砲とは、歩兵部隊に所属する小型の砲(山砲や迫撃砲)のことです。歩兵大隊や歩兵連隊に所属するので、大隊砲とか連隊砲とも呼ばれます(向井の場合は大隊砲)。
なお、1個大隊というのは国により時代により兵力はまちまちですが、おおむね500人から800人くらい。1個中隊は同じく100人から200人くらい、小隊は30人から50人くらいです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012.01.31 23:20:32
コメント(11) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: