inti-solのブログ

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2012.05.03
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カテゴリ: 政治
本当なら今日は よこはまパレード に参加の予定でしたが、雨天で明日に延期となったため、今日は家にいます。
今日は65回目の憲法記念日です。1947年の今日、日本国憲法が施行されました。それ以来65年間、日本は高度経済成長を遂げて世界有数の豊かな国となり、また戦争を行うこともなく戦死者も出さない平和な国でもありました。民主主義の国でもあるし、国民の基本的人権が保証されている自由な国でもあります。

もちろん、すべてが完璧なわけではなく、問題点はたくさんあります。でも、大筋においては、まあ良い国と言って良いだろうと私は思います。世界で一番良い国とは言えませんが、かなり良い国の部類とは言えるでしょうし、同じ日本の中で比較すれば、1945年以前より1945年以降の方がずっと良い国だと断言できます。
で、戦後の日本が大筋で良い国であったのは、日本国憲法のおかげである、とまでは私は言いません。だけど、憲法は「国のかたち」の根幹を規定する法律ですから、戦後の日本がおおむね良い国であった背景の一つにはこの憲法の存在があった、という程度のことは言えるだろうと思うのです。

もし憲法第9条がなければ、日本はベトナム戦争に派兵していた可能性があります。お隣の韓国は、ベトナム戦争に派兵し、5000人近い戦死者を出すとともに、いくつかの虐殺事件まで引き起こしています。日本がもしベトナムに派兵していれば、おそらく似たようなことになったでしょう。そうならなくて済んだのは、まさしく憲法第9条のおかげなのです。

この憲法を変えろ変えろという人が少なからずいます。しかし、私は今の憲法を変える必要はないと思います。前述のとおり、この憲法の体制下で日本はおおむね良い国であったし、現在でも内容的におかしなところはないからです。
もちろん、前述のとおり、細かく見れば日本にも様々な問題点はあります。しかし、「憲法を改正しろ」と言っている人たちの主張や改正案の内容を見ると、それによって日本が現在より良い国になる、現在の様々な問題が解決するとは、とても思えないのです。

たとえば、当ブログで度々バカにしている産経新聞は、本日の「主張」でこんなことを書いています。

憲法施行65年 自力で国の立て直し図れ 今のままでは尖閣守れない

(前略)占領下で日本無力化を目的に米国から強制された格好の現行憲法では、もはや日本が立ちゆかなくなるとの危機感が共有されてきたためだ。
憲法施行65年の今日、はっきりしたことがある。それは自国の安全保障を他人任せにしている憲法体系の矛盾であり、欠陥だ。
(中略)
国の守りが危殆(きたい)に瀕(ひん)していることを指摘したい。2日も中国の漁業監視船が尖閣諸島周辺の日本の接続水域を航行した。問題は、日本の領海を侵犯しても、現行法では海上保安庁が退去を求めることしかできないことだ。
仮に中国側が漁民を装った海上民兵を尖閣諸島に上陸させ、占拠しても、現行法の解釈では、自衛隊は領土が侵されたとして対処することはできない。代わりに警察が出動し、入管難民法違反などで摘発するしかないのだ。
これは政府が自衛権の発動に厳しい枠をはめているためだ。「わが国に対する急迫不正の侵害」など、自衛権発動には3要件がある。それも「他国」による「計画的、組織的」な「武力攻撃」に限定している。(以下略)

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産経は、片方の口では「日米同盟が大事」と壊れたレコードのように連呼しながら、もう片方の口では「自国の安全保障を他人任せにするのはけしからん」というのです。「同盟」というのは安全保障を(その一部を)他国に委ねることに他なりません。しかも、力関係から見て日米は決して対等ではありません。日本に限らず、米国は世界一の経済大国・軍事大国なのですから、世界のどの国であれ、米国と同盟を結べば、その立場は対等ではなく従属的なものになります。つまり、産経は思い切り矛盾したことを主張しているわけです。
日米の経済力や軍事力の力関係は、憲法とはまったく無関係に存在します。従って、産経がやり玉に挙げるようなことは、憲法を変えたって何も変らないのです。

「中国の漁業監視船が尖閣諸島周辺の日本の接続水域を航行した」ことをやり玉に挙げていますが、「接続水域」は領海ではありませんから、航行することは国際法上何も問題がありません。いや、領海だってそうなのです。国連海洋法条約の第17条は
「すべての国の船舶は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、この条約に従うことを条件として、領海において無害通航権を有する。 」
と定めています。(漁船が漁を行うことは無害通航ではない)
憲法をどう変えたところで、「接続水域」はもちろん、領海に入った外国の艦船を攻撃してよいことにはならないのです。

「仮に中国側が漁民を装った海上民兵を尖閣諸島に上陸させ、占拠しても、現行法の解釈では、自衛隊は領土が侵されたとして対処することはできない。」というのは、いったい誰の「解釈」なのか不明ですが、漁民を装おうが何を装おうが、中国軍指揮下の民兵が武装して日本の領土(尖閣諸島)に上陸するなら、それは中国軍による攻撃なのですから、「他国」による「計画的、組織的」な「武力攻撃」ということになるでしょう。なお、自衛権発動の3要件というのは、産経が主張するようなものではなく


2この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
3必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと


の3つであるというのが 歴代日本政府の解釈 です。

産経は、こんなことも主張しています。

【欠陥憲法】(4)家族・教育 「個人」「権利」偏重で荒廃
(前略)憲法の基本原則がことさら強調され、個人の「自由」「権利」を絶対視して「義務」を軽視しがちだったのが戦後民主主義だったともいえる。子供を産み育て、老父母の世話をする昔ながらの“義務”は置き去りにされていった。
(中略)
足立区の年金不正受給事件を受けた法務省の調査では、戸籍上「存命」しながら、死亡届の不提出などで「所在不明」の100歳以上の高齢者は約23万4千人にのぼった。
「家族」は国や社会を構成する基礎単位であり、憲法に保護・尊重条項を設けている国は多い。しかし、日本国憲法にはその家族条項がなく、家族の“崩壊現象”に歯止めがかからない。しかも、民主党政権は、社会保障や税について「世帯単位から個人単位へ」という基本原則の大転換を打ち出し、配偶者控除など「家族」優遇制度の廃止を進めようとしている。(以下略)

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子どもを産むことは「義務」じゃないでしょう、生まれた子供を育てるのは義務だけど。

憲法というのは、先に書いたように国のかたちの根幹を規定する法律、別の言い方をすれば「政府をしばる法律」です。個人を縛る法律ではないのです。従って、憲法で個人を縛れなどというのはまったくおかしな話なのです。
だいたい、ちょっと考えれば分かることですが、憲法が変ったところで、家族のあり方が変るわけがありません。憲法を変えれば家族の崩壊が食い止められる、と本気で思っているとしたら、阿呆過ぎます。
憲法が家族崩壊の主因なら、日本国憲法制定から65年も経ってから家族の崩壊が起こるのはおかしなことでしょう。

産経が嘆くような「家族の崩壊」は、はっきり言ってしまえば先進国といわれる国々はたいてい経験していることです。言い換えれば「豊かさの代償」とも言えます。もう一つ、都市化の進行とも関係しているでしょうね。だから、「昔の家族は良かった、昔に戻りたい」と産経が本気で思っているなら、日本が貧しい国に戻らなければ無理なのです。だけど「昔の家族は良かったから、昔の貧しい日本に戻ろう」とは、さすがの産経も言わないわけです。

それに、昔はどれだけ「子供を産み育て、老父母の世話をする昔ながらの“義務”」が守られていたのでしょうか。それが守られていたなら、乳母捨て山も嬰児の間引きも、娘の身売りもなかったはずですけどねえ。程度の差はあったと思いますけど、結局のところは潜在的なものが顕在化した、ということではないのか、と思うのです。

それにしても、常々思うのは、産経や右翼的思考の持ち主は「自虐史観」を非難して日本に誇りをという割りには、今の日本に対してはとことん「自虐的」で誇りを持っていないんだなあ、ということです。





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最終更新日  2012.05.03 19:03:09
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