inti-solのブログ

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2012.12.09
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カテゴリ: 政治
残念ながら、今回の総選挙で、自民党が政権に復帰することは間違いなさそうです。それが民意なら仕方のないことですが、下野して以降の自民党は、急激に極右政党化しており(その素地はもともとあったわけですが)、自民党の現在の主張がそのまま政権復帰後に政策として実行されたら、日本はおよそ自由でも民主でもないような国になってしまいそうです。
まあ、幸いなことに政権に復帰したからと言って野党時代に主張していたことがすべて実現できるわけではないのですが。

自民党の憲法改正案については、その原案が発表された当時に批判したことがありますが、改めて全文を読んでみると、その内容の酷さには唖然とします。

自民党憲法改正案(2012年版)

憲法は、基本的は「国家を律する法律」であって、国民を律する法律ではありません。日本国憲法に対して「権利ばかりで義務がない」という批判がよくありますが、そんなのは当たり前なのです。憲法とはそもそもそういうものです。国民を律するのは、憲法ではなく、その下に制定される様々な法律です。
殺人はどこの国でも非合法ですが、「殺人は禁止する」など憲法にうたっている国がどこにあるか。そんなことを規制するのは、憲法の役割ではないのです。
現憲法は、国民に対して3つの義務を課しています。勤労の義務(同時に勤労の権利でもある)と、子女に教育を受けさせる義務(同時に教育を受ける権利でもある)と、納税の義務です。必要にして充分な義務規定でしょう。たとえば、 米国の憲法 は、「国民の義務」を何一つ規定していません。
それにも関わらず、自民党の憲法改正案は、国民に対してやたらと義務を押し付けようとします。たとえば、こんな条項を新設しようとしています。

3条 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
 2 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。


憲法にわざわざ国旗と国家を規定する必要なんかないと思うのですが、仮に規定するとしても、それを国民に対して「尊重しろ」などと強いるどんな根拠があるのでしょうか。

さらに、こんな条項もあります。

十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

第十三条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。


この部分の現憲法の条文はこうです。

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。


「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」に置き換えられています。
公共の福祉 とは、人権相互の矛盾衝突を調整するために認められる衡平の原理のことです。つまり、権利はあなただけではなく他の人も持っているんだから、自分だけが濫用するのではなく、他人の権利も尊重しないといけませんよ、というのが現憲法の条文の趣旨です。
それに対して、自民党案の「公益」とか「公の秩序」というのは、「社会全体の利益」という意味になります。要するに、他人の権利を侵害しなくても、社会全体の不利益になるような自由は認めない、という話です。しかし、社会全体の利益というのは、曖昧で恣意的な解釈がいくらでも可能です。

たとえば、ものすごく些細な問題で言えば、喫煙があります。非喫煙者の前で煙草を吸って、副流煙で不快な思いをさせ、健康被害も与えることは、公共の福祉に反しますから、そのような行為が制限されるのは当然です。一方、喫煙所を設けて、その場所だけで煙草を吸うなら、非喫煙者には何の迷惑もかけないので、公共の福祉には反しません。ところが、わざわざ建物に喫煙スペースを設けなければならない、その喫煙スペースが脂で汚れるので管理が大変である、さらには喫煙者自身の健康被害は医療費の増大を招き、健康保険の収支を悪化させる、という意味で、公益には反しているということになります。つまり、喫煙室で一人で煙草を吸う行為ですら、公益という言葉を振りかざせば、制限の対象にすることが可能ということになってしまうわけです。
逆に、世の大多数の人間が喫煙者で、それが当然の行為、世の標準であるという社会的合意がある世の中の場合(かつての日本のような)、その中で非喫煙者が自分の権利を主張する行為は、「公共の福祉」においては、両者の権利を調整して互いの権利を侵害しない解決策(分煙)を図っていこう、ということになるのに対して、「公益」を持ち出すと、社会の多数派である喫煙者の利益が公益だ、少数の非喫煙者のために、分煙などという対策を講じるのは、社会的コストがかかるから公益に反する、ということになりかねません。(私は喫煙者ではありませんので、念のため)

つまり、公益という言葉は、社会の多数派の利益を最優先し、少数派の権利、少数派の自由を封殺する傾向と結びつきやすいのです。
確かに、多様な意見、多様な自由、多様な権利というのは、なかなか面倒くさいし、それを保障するには社会的コストもかかります。だから、そんな面倒くさいことはやめて、「公益」の名の下に多数派の都合で日本中を塗り固めてしまえば、楽ではあるかもしれませんが、それは全体主義そのものであるわけです。

さらに、「個人として」が「人として」に書き換えられている点も問題を感じます。あえてそのように書き換えるのは、「個人」は尊重したくない、個人主義否定のイデオロギーに立脚していると思われるからです。そうでなければ、わざわざこんなところを変える必然性がないのです。

第15条3 公務員の選定を選挙により行う場合は、日本国籍を有する成年者による普通選挙の方法による。

第94条2 地方自治体の長、議会の議員及び法律の定めるその他の公務員は、当該地方自治体の住民であって日本国籍を有する者が直接選挙する。


これもまた、ある意味で自民党の「お約束」です。外国人地方参政権を憲法で否定してしまおうという魂胆。

自民党改憲案
第18条 何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。

現憲法
第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

いかなる奴隷的拘束も受けない、という言葉を削除している。わざわざこの言葉を削除するのは、奴隷的拘束を(場合によっては)認めることを念頭においているのだと考えざるを得ません。そうでなければ、削除する理由がない。

第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。


第2項は、現憲法にはありません。ここでもまた、公益と公の秩序という言葉が持ち出されています。それに反するような表現の自由は認めない、というのです。
自ら「われわれは公益を害するぞ!」などと主張する集会や結社なんて聞いたことがありませんから、これは、外部から見て「公益・公の秩序に反する」と判断される場合、という意味になります。
現憲法でも、公共の福祉という縛りはありますが、公益・公の秩序という言葉が持ち出されると、前述のとおり、多数派の意向に反する活動や結社を、恣意的に制限できてしまいます。

第24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

これも、家族というのは私人の個人敵領域に属する問題です。そんなところにまで憲法が口出しするのはどうかと思います。

第28条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、保障する。
2 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。


現状でも公務員のスト権は制限されていますが、さらに第2項で、団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利の一部または全部を制限できる、つまり公務員の労働組合の存在自体を禁止できるようにしようというのです。
自民党にとって、公務員労組が気に入らない存在だ、というのは分かりますが、だから結社自体を禁止してしまえというのは、まさしく全体主義そのものです。

第36条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、禁止する。

現憲法では、「絶対に禁止する」です。その「絶対」を削除してしまった。つまり、拷問や残虐な刑罰を認めるわけではないけれど、禁止の強さは薄めようというわけです。

第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。


ここまで、これだけ恣意的に権利を制限できる条文を見てくると、緊急事態宣言などという規定がどれだけ恣意的に運用されるか、空恐ろしいものを感じます。
緊急事態の条項がないのは憲法の欠陥だ、という主張がありますが、そんなことはありません。憲法に緊急事態条項をおいていない国などいくらでもある。米国がそうですし、フランスの憲法にも緊急事態条項はないようです。

ともかく、こんなとんでもない憲法改正案が、このままでとおることは、今すぐにはないでしょうが、自民党が圧倒的多数を制してしまった場合は、来年の参議院選の結果次第で、その危険がないとは言えません。自民党の政権復帰自体は確定的ですが、こんなとんでもない憲法改正案が通ってしまうような事態だけは、何とか避けたいものです。





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最終更新日  2012.12.09 11:33:13
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