inti-solのブログ

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2013.11.10
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カテゴリ: 政治
町村氏、知る権利「優先間違い」 特定秘密保護法案めぐり
自民党の町村信孝元外相は8日の衆院国家安全保障特別委員会で、国民の「知る権利」に関し「国家や国民の安全に優先するという考え方は基本的に間違いがある」と述べた。特定秘密保護法案をめぐり安全保障の重要性を強調する狙いとみられるが、野党側から知る権利軽視との指摘も出そうだ。
審議で町村氏は「『知る権利は担保しました、しかし個人の生存が担保できません、国家の存立が確保できません』というのは、全く逆転した議論ではないか」と質問した。

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町村の言い分には、それこそ基本的な間違いがあるように、私には思われます。「知る権利」というのは、「国民の安全に優先する」ために必要不可欠な条件です。人間は「考える葦」と言います。「知りたい」というのは、人間の人間たる根源的な欲求と言ってもいい。それがあるからこそ、人間はここまで文明を発展させてきたとさえ言えます。
生命と衣食住のみが保たれれば人間の安全は保障されるわけではないのです。「国家や国民の安全は確保します。でも、具体的に何がどうなっているのかは秘密です」と言われたら、大抵の人は「任せておけば安心だ」とは思いません。誰でも不安に思います。
人間は必ず間違いを犯すものであり、それは組織も同様です。政府だって間違えるときは間違える。そんなことは、日本でも外国でも、時代を問わず過去にいくらでも例のあることです。
町村の発想は、「寄らしむべし、知らしむべからず」という、江戸時代的な時代錯誤の発想そのものです。そして、そんなものをいくら振りかざしたたころで、誰が付いてくるのでしょうか。政府の公式発表のみを信じろ、などと言われたって、誰も信じません。政府が報道を制約し、知る権利を妨害すればするほど、政府の公式発表を検証する手段が失われれば失われるほど、人々は政府を信頼しなくなるのは間違いないでしょう。

「知る権利は担保しました、しかし個人の生存が担保できません」とも言ったそうです。
知る権利を否定するような強権的な政府が、個人の生存をどれだけ担保してくれるのかは、大いに疑問です。およそ、国家が国民に対して暴走を始めたときほど恐ろしいものはありません。異論を封殺したり、知る権利を否定するような強権政治こそが、個人の生存を脅かす最大の脅威であると言って過言ではないと、私は思います。

結局町村の言い分は、為政者が統治する側の都合だけでものを言っているのです。統治される側がそれをどう受け止めるかという発想がまるで欠落している。そういう意味で、町村というのはほんとうにバカな政治家としか思えません。進んで政府に対する国民の信用を落とそうとしているわけですから。





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最終更新日  2013.11.10 23:55:16
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