inti-solのブログ

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2017.01.03
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カテゴリ: 音楽
年末年始の休みも今日でおしまい、明日から仕事ですが、たまたま都心をうろついていて、有楽町の東京国際フォーラムで、「J-CULTURE FEST にっぽん・和心・初詣正月テーマパーク」というものをやっていたので、入ってみました。(実は、何かイベントをやっているな、と思って入ってみて、初めて内容を知った次第ですが)
十二単の着付けショーとか、和太鼓、琴の演奏、餅つきなどをやっていました。

十二単の着付けショー

十二単の着付けショー
カメラの放列がすごすぎて、私はここに割り込んで前から撮影する勇気はありませんでした。

十二単の着付けショー

和太鼓

琴の演奏

で、和太鼓を聴いていたら、その中で、フォルクローレによく出てくる6/8拍子系のリズムが出てきたのです。いろいろなリズムが次々と出てくる中のひとつでしたけど、あれっ?と思いました。私の記憶では、日本の伝統的な音楽に3拍子系は(したがって6/8拍子も)ないはずです。

それで思ったのですが、和太鼓って、私が演奏している、いわゆるフォルクローレといわれる南米の音楽と、多分同じ傾向があるのでしょう。
つまり、元をただせば日本の伝統芸能にルーツがあるはずですが、そのルーツからは相当にアレンジされて、あるいは他のジャンルの音楽や踊りの影響を受けて、かなり変化しているんだろうな、と。少なくとも、江戸時代や明治時代にあったであろう和太鼓の姿と今のそれとは、かなり異なったものでしょう。ひょっとすると、今の和太鼓の姿って、相当新しいものなのかもしれません。

でも、人間社会の中で生きて受け継がれている文化って、多分そういうものだろうなと思うのです。何百年間一切変化のない文化、なんていうのは、死んだ文化と同義語だろうと。
「伝統」という言葉がよく使われますが、どれだけの期間続けば「伝統」になるのかも、よく考えれば明確な基準はありません。30年も続けば伝統かもしれないけれど、戦前まで遡らないと、江戸時代まで遡らないと、という考えもあるでしょう。京都の旧家などに至ればは、江戸時代なんて新参者、1000年遡らないと、と言うかもしれません。

だけど、実際のところ1000年前、つまり平安時代の文化は、我々が今「古い伝統」だと思っている文化とは、相当に違います。
着物だって、女性が帯の結び目を後ろに回すようになったのは江戸時代以降のはずです。先に十二単の着付けショーの写真を載せましたが、十二単と、いわゆる着物では、もちろん系統的つながりはあるけれど、相当に違った衣類です。そして、今「着物を着る」と言って十二単を思い浮かべる人は、まずいないでしょう。
料理だって音楽だって同じです。
先に、日本の伝統的音楽に3拍子系はないと書きましたけれど、実際のところは分かりません。楽譜がないから、単に今に伝わらずに消えてしまっただけで、奈良時代や平安時代には3拍子の音楽があったのかもしれませんし、もっと新しく、安土桃山時代に南蛮渡来の3拍子の音楽があったかもしれません。
料理で言えば、江戸前寿司もてんぷらも、平安時代にはありません。その原型になったもの、たとえばなれ寿司などは平安時代にはありましたが、江戸前寿司は江戸時代にできたものだし、その中でも軍艦巻に至っては、戦後の登場です。

私が演奏している、いわゆるフォルクローレと日本で呼ばれている音楽についても、あんなものは伝統音楽でもなんでもない、という声もある。それはそのとおりです。あんな音楽はインカの昔、どころか100年前にすら、ありませんでした。
でも、まあ良いんじゃないか、と私などは思ってしまうのです。そういうことは全部承知した上で、でも好きなんだもん、としか言いようがないのです。
ただ、だから「これがアンデスの伝統音楽だ」みたいなことは、言わないほうが良い、とは思います。いや、それはフォルクローレに限ったことではありません。伝統という言葉は、あまり安易に振り回すべきではないのだろうと思います。





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最終更新日  2017.01.03 20:39:31
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