inti-solのブログ

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2018.01.27
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テーマ: 戦争反対(1248)
カテゴリ: 戦争と平和
野中広務氏死去 元自民幹事長、官房長官
京都府の地方議員を振り出しに自民党幹事長や内閣官房長官などの要職を歴任し、国政と京都政界で大きな存在感を発揮した元衆院議員の野中広務氏が26日夕、京都市内の病院で死去した。92歳だった。京都府南丹市出身。
旧制園部中卒。旧園部町議、同町長、京都府議、副知事と地方自治の道を歩み、1983年の衆院補選で初当選。村山富市内閣で自治相・国家公安委員長として初入閣した後、小渕恵三内閣では官房長官、森喜朗内閣では党幹事長として政権を支えた。小泉純一郎元首相の構造改革路線とは相いれず、2003年に政界を引退。その後も戦争体験を踏まえ、憲法改正に反対の立場から活発に発言を続けた。昨年11月に京都市内で倒れ、入院していた。

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野中広務元官房長官が亡くなりました。野中氏のすべての主張や業績に賛同するわけではもちろんありませんが、自民党の中で、数少ない、本当に尊敬できる政治家であったと思います。一度だけ直接お目にかかったのが、写真の集会でした(1対1で話をしたわけではありません)。2008年12月13日、9年余り前のことです。南京大虐殺71周年の集会に参加して講演してくれる自民党の(元)国会議員など、野中さん以外に誰がいるか。平和への熱い思いをもった方でした。


野中広務さん


野中広務さん


笠原十九司さん


俵義文さん

9年も経った今、その講演内容の詳細は、鮮明には覚えていません。
1925年生まれの野中氏は、戦争末期に徴兵されているものの、直接的に南京での戦闘に従軍した経験はもちろんありません。ただ、氏が旧園部町の町長だった時代、まだ日中国交回復前の中国を、支持者らとともに訪問したことがあるそうです。そのとき、確か長江を船で南京に向かったと言っていたと記憶していますが、野中氏に同行した支持者の一人が、船が南京に近付くとともに、急にガタガタと震えだしたそうです。聞くと、自分はかつて南京攻略戦に参加して、虐殺に参加してしまった、そのときのことを思い出して、と、南京大虐殺の体験を話してくれた。という趣旨の話であったと記憶しています。

ご冥福をお祈りします。

追記
野中氏の講演を聞いた当時、当ブログに記事を書いていました。(写真は今回の記事が初公開ですが)

南京事件71周年 12・13集会

改めて読み直すと、細部の記憶がずいぶん間違えていました。旧園部町長時代ではなく、京都府議の時代です。詳細はリンク先の当時の記事をご覧下さい。





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最終更新日  2018.01.27 21:07:28
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