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2019.08.15
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カテゴリ: 戦争と平和
令和に誓う不戦、陛下初参列「深い反省」…戦没者追悼式
15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれた。天皇陛下も皇后さまとともに初めて参列、先の大戦への「深い反省」に言及するなど、上皇さまのお言葉の内容をほぼ踏襲された。
式では、正午の時報に合わせて参列者全員で黙とうをささげた。陛下はお言葉で、「過去を顧み、深い反省の上に立って」と、上皇さまが戦後70年の2015年に盛り込んだ「深い反省」に言及。戦陣に散り、戦禍に倒れた人たちに追悼の意を表し、世界の平和と国の発展を祈られた。
安倍首相は「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この誓いは、昭和、平成、そして、令和の時代においても決して変わることはありません。今を生きる世代、明日を生きる世代のために、国の未来を切り拓いてまいります」と式辞を述べた。

---

「反省」を口にしたのが天皇だけで、首相はその言葉を言わなかった、予想どおりのことではあります。
310万人は、自然死で亡くなったわけではなく、それは当然、人災だったわけです。しかも、日本の犠牲者だけでも膨大な人数ですが、アジア太平洋全体では一桁多く、正確な数字は分からないけれど、2000万人以上が犠牲になっています。日本が侵略を行ったことによって生じた犠牲です。
「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。」という言葉はよいのですが、先の戦争について反省も検証もすることなく、どうして同じことを繰り返さないといえるのか。それでは「二度と繰り返さない。」という言葉も、真実味が感じられません。
先の大戦への真摯な反省の念を首相が放擲し、天皇家だけが最後の砦になっている、残念ながらこれが今の日本の現状です。戦後74年間、日本は戦争に参加せず、戦争による死者もほとんど出さずに来たわけですが、それもこの先いつまで続くか、この状況では危ういと思わざるを得ません。

来年は戦後75年、ということになります。3四半世紀経ってしまった、ということです。わたしが子どものころ、というのは1970~80年代のことですが、社会には多くの戦争経験者が御存命で、というよりも、まだまだ現役で仕事をしていました。敗戦時20歳だった男性の多くは兵役に取られていたと思いますが(1943年までは満20歳、それ以降は満19歳で兵役検査があった)、その人たちは、1980年の時点で55歳ですから、ほとんどがまだ引退はしていなかったはずです。戦争体験を主体的に語るかどうかは別にして、そういう経験を持つ人は社会に大勢いました。しかし、今では敗戦時20歳だった方は94歳ですから、そのほとんどが亡くなっています。
母は敗戦時小学校1年生ですが、川崎生まれなので空襲を経験しています。おそらく、その母が戦争体験者(経験をちゃんと記憶しているという意味で)としてはもっとも若い世代と思いますが、すでに80歳を超えています。
子どものころは近所の駅前で「傷痍軍人」がアコーディオンを弾いたりというのを目撃していましたが、それも70年代いっぱいか、せいぜい80年代初め頃までだったでしょう。

近年の日本の右傾化の原因は、様々な複合要因によるもので、単一の原因によるものではないでしょうが、社会の中から戦争の恐ろしさを実体験として知る人がほとんどいなくなってしまったことが戦争への忌避感を低下させている、ということも理由のひとつとしては(必ずしも最大の原因ではないにしても)あるだろうと思います。喉もと過ぎれば暑さ忘れる、という奴です。

話は変わりますが、来年が75周年ということで思い出されるのは24年前の1995年の「戦後50年決議」です。今にして思えば、村山内閣の、現在に残る最大の成果がこの決議及び村山首相自身の談話(村山談話)であったと思います。だって、安倍政権ですら、その談話を「引き継ぐ」と言わざるを得ないくらい(当時、安倍自身は決議に反対して欠席しているくらいだから、腹の中では嫌々なのでしょうが)重いものですから。
前述のとおり、通常この種の国会決議は全会一致で決議されるものですが、残念ながらこのときの決議は全会一致とは程遠い状況でした。いうまでもなく、村山内閣は自民党・社会党・さきがけの3党連立政権でしたが、安倍をはじめとする自民党内の強硬右派から大量の欠席者が出る一方、その自民党内強硬保守に譲歩しすぎた文面が不満で、社会党からも決議への欠席者が出ます。野党である共産党は出席して反対票を投じました。同じく野党の新進党も大半が欠席しました。それでも衆院では賛成多数で決議が採択されましたが、参院では議決すらされなかった。

戦争に対して反省したり謝罪したりする気がない右派連中がこの決議に反対するのは、彼らの主張から考えてもある意味当然と言えます。しかし、左派がこの決議を「不十分」と反対したのは、現在の視点から見れば誤っていたように私には思えます。
そりゃ、確かに充分な内容ではない、とは私も思います。でも、政治的力学の問題で、これ以上の内容の決議が成立する可能性はありませんでしたし、その後の流れから考えると、後の時代に鳴ればなるほど成立する可能性は厳しくなっていったであろうことは容易に想像できます。
理想的な文面の決議でないなら反対、というのは、結局何の決議もされない、ということにつながります。
結果的には、それでもかろうじて決議は成立したし、またこの状況があったから村山首相は決議に加えて自ら談話を発表した、ともいえます。その後の村山談話の「歯止め」としての存在の大きさを考えると、内容が「不十分だから」という理由による反対は、一歩間違えればすべてをぶち壊すリスクもあった、その点は大いに反省すべきであると私は感じました。すべてが自分たちにとって「充分」な内容などということはまず実現できないのですから。





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最終更新日  2019.08.15 23:53:52
コメント(41) | コメントを書く


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Re:74回目の敗戦の日(08/15)  
そうですね、植民地の開放ってのは建前で侵略って色彩が強いと思いますよ、
当時の世界情勢、日本が置かれていた立場、正しい歴史認識に基づく正しい反省が必要でしょうね。

日本が戦争を起こしたのは戦争がしたくてしたくてしょうがない戦争狂だったからじゃあない、
植民地支配が進んだ当時のアジアで他国に支配されることなく独立を保つためには富国強兵も必要だったのでしょう。
が、何時しか日本は引き際を見失い、勝てない戦争に追い込まれて行った、

日露戦争の直後、まあそのくらいが日本の引き際だったのでしょうね、当時のアメリカは他のことで手いっぱいで中国への進出が遅れた、
日露戦争の時、満州がロシアに支配されるより日本の方がマシと考えたアメリカはむしろ日本に友好的だった、が、やがてなかなか思うとように動いてくれない日本は邪魔になった、
経済制裁で締めあげられた日本は追い詰められ戦争へと突き進んでいく・・・・

結果論ですがアメリカが欲しがってた中国の利権なんかあげてしまえばよかったのですよ、日本はアメリカとだけは戦争しちゃいけなかった、
当時のアジアがどういう状況だったのか、その中で日本はどういう立ち位置にいたのか、なぜ戦争という道を選んだのか、選ばざるを得なかったのか、
日露戦争で大きく国力・軍事力に勝るロシアに勝ち、日本は大国の仲間入りを果たした、そんな中同じく国力・軍事力に差のあるアメリカにも勝てると思ってしまったのでしょうね、

あの戦争は敗戦国側だけが悪だったんだ、日本だけがすべて悪かったんだなんて反省じゃあまた同じような状況になった時にまた同じような過ちを繰り返すでしょうね。
なぜその道を選んでしまったのか、選ばざるを得なかったのか、どうすべきだったのか、
昭和天皇や当時の軍首脳部が愚かだったから、なんてことじゃあ反省にならないでしょうね。

当時の日本だって好き好んでアメリカとの戦争を始めたわけじゃあない、既に大国の仲間入りを果たしていた当時の日本はどうすべきだったのか・・・・
日露戦争だって長引けば国力に差のある日本には不利、どこかで誰かが止めてくれなければ日本は戦争を続けられなかったでしょう、その時はアメリカが止めてくれた。
止めるものもいない見つけられない状況の中、引き際を見失ったとしか言いようがない、
歴史にもしもを求めても詮無いことではありますが、アメリカに中国への利権を認め、日本本土と朝鮮半島、満州の一部くらいを守ることに専念して、拡張路線を捨てられていたら、
韓国なんか未だ日本の一部だったかもしれません。

>日本の犠牲者だけでも膨大な人数ですが、アジア太平洋全体では一桁多く、正確な数字は分からないけれど、2000万人以上が犠牲になっています。日本が侵略を行ったことによって生じた犠牲です。

それは日本だけの責任では断じてない、当時のアジア各国は他国の植民地支配の下にあった、それは日本がなくても何ら変わることはない、
当時のアジアが植民地支配から脱して独立国として自立するには結局多くの血が流れることは避けられない、日本に責任が無いわけではないがその責任の全てが日本にあるわけじゃあない。
(2019.08.16 06:11:31)

Re[1]:74回目の敗戦の日(08/15)  
Alberich さん
ふぁみり〜キャンパーさんへ

>あの戦争は敗戦国側だけが悪だったんだ、日本だけがすべて悪かったんだなんて反省じゃあまた同じような状況になった時にまた同じような過ちを繰り返すでしょうね。
>昭和天皇や当時の軍首脳部が愚かだったから、なんてことじゃあ反省にならないでしょうね。

”悪”と”愚”は違います。マッカーサー元帥は”日本人は12歳の少年だ”と言いましたが、これはドイツとの比較だそうです。
  ドイツは大人で”悪”であっても”愚”ではない。いわば確信犯で悪いと
  分かっていても自国のプラスになれば敢えて行う。これに対して日本は…
という事でしょうか
私は日本が悪かった事は国民に知らせて反省すべきだと思います
(日本だけがすべて悪かったとは言えないかもしれませんが日本の方がかなり悪かったと思いますし、何より負けてしまえばすべて悪です) それと同様に日本がいかに愚かだったかという事はきちんと認識して反省すべきだと思います。そうしなければ、また同じような状況になった時にまた同じような過ちを繰り返すと思います。


>アメリカに中国への利権を認め、日本本土と朝鮮半島、満州の一部くらいを守ることに専念して、拡張路線を捨てられていたら、韓国なんか未だ日本の一部だったかもしれません。

第二次大戦での敗戦はなかったかもしれませんが、その後もっと悲惨な状況になり(敗戦した)現在のような繁栄は得られなかったと思います。
仰るように、満州事変を起こさず満州の権益をアメリカに渡し第二次大戦で連合国側に付けば、第一次大戦時と同様にほとんど戦争に被害なしで巨大な利益が得られたと思います。しかし第二次大戦の戦勝国でも戦後に植民地独立闘争がありました。イギリスは(うまく損切して)早期に独立を認めたので大きな混乱はありませんでしたが、フランスは独立を認めず(アルジェリア等で)泥沼の植民地戦争を行いました。日本が戦勝国になっても戦後に朝鮮半島の独立問題があると思いますが、フランス式の泥沼の植民地戦争になると思います。泥沼の戦争の後に独立を認めさせられ、独立で意気上がる(日本に非友好的な)統一朝鮮がすぐ隣にあり、国内の体制は(戦前の)大日本帝国のままというのは悪夢だと思います。


>>アジア太平洋全体では一桁多く、正確な数字は分からないけれど、2000万人以上が犠牲になっています。日本が侵略を行ったことによって生じた犠牲です。
>当時のアジア各国は他国の植民地支配の下にあった、それは日本がなくても何ら変わることはない、当時のアジアが植民地支配から脱して独立国として自立するには結局多くの血が流れることは避けられない、日本に責任が無いわけではないがその責任の全てが日本にあるわけじゃあない。

仰る事がよく理解できないのですが、アジア全体で2000万人以上が犠牲になったのは日本の侵略によるためであり、日本が侵略をしなくでも第二次大戦後には植民地の独立闘争があったと思います。日本が侵略した場合のほうが侵略しなかった場合より、植民地支配から脱して独立国として自立する際に流れた血が少なくて済んだとはいえないと思います。 (2019.08.16 21:31:54)

Re[1]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

>植民地支配が進んだ当時のアジアで他国に支配されることなく独立を保つためには富国強兵も必要だったのでしょう。

国を守るために「富国強兵」政策を取るのと、外国を侵略するのでは、ずいぶん差があります。明治期の日本の行動は、「独立を守る」というよりも、欧米列強に追いつき追い越せ(欧米並みに他国を植民地支配することも込みで)ということだったわけです。

>アメリカが欲しがってた中国の利権なんかあげてしまえばよかったのですよ

そのとおりですが、残念ながら当時の日本の主観では、「中国の利権は俺たちの血と汗で得たもの」だから(実際には中国自身から奪い取ったものに過ぎないけれど)その選択肢を取ることができなかった。合理的な判断力が失われていたということです。

>日露戦争で大きく国力・軍事力に勝るロシアに勝ち、日本は大国の仲間入りを果たした

客観的に見れば、全然そんなことはありません。日露戦争は日本にとっては総力戦、しかしロシアにとってはそうではありません。
ベトナム戦争でベトナムが米国に勝った、アフガニスタン戦争でアフガニスタンの反政府ゲリラが旧ソ連軍に勝った、それによって米国の威信は大きく揺らぎ、旧ソ連は崩壊の大きな要因にはなりました。しかしそれは、ベトナムやアフガニスタンが大国になった、という意味ではありません。

現実的に見て、日露戦争時、日本はもういっぱいいっぱいで、それ以上戦争を続ける能力はありませんでした。日本政府自身もそれが分かっていたからこそ、講和条約に応じ、講和内容に不満な大衆による日比谷焼き討ち事件があっても、それを撤回しなかった、いやできなかったのです。
ところが、政府もマスコミも、日本が戦争でどれほど疲弊していたか、とてもこれ以上戦争を続けられる状態ではなかったか、については何も言わず、ただ戦意を高揚する勇ましいことしか言いませんでした。それは、戦後についても同じです。何も知らない国民が、「ロシアに勝って日本は大国だ」と思ってしまった。。「日本よい国強い国」だけ言ってりゃあ、そうなるに決まっています。
ウソも百回繰り返せばなんとやら、やがて日露戦争が遠いむかしになり、為政者も代替わりしてしまえば、為政者自身ですらそのうそを信じてしまう始末です。

>あの戦争は敗戦国側だけが悪だったんだ、日本だけがすべて悪かったんだなんて反省じゃあまた同じような状況になった時にまた同じような過ちを繰り返すでしょうね。

意味不明です。何故そういう理屈になるのかが理解できません。
私も、日本「だけ」がすべて悪かったなんて思わないし、そんなことは一度も主張したことはありません。米国のやったことも、相当あくどいし、旧ソ連も同様。
しかし、少なくとも2点のことは言えます。第1に、戦場となった中国はじめとするアジア太平洋地域の国々に、何か責められるべき点があったわけではない、ということ。第2に、日本「だけ」が悪かったわけではないけれど、かといって日本がなにかよいことをした、などという点も見出すことはできない、ということ。

「日本だけが悪かったわけではない」「日本はよいこともしたが負けたから認められなかっただけだ」などという「反省」からは、同じような状況になったとき、同じことを今度は失敗しないように上手くやろう、という「教訓」しか出て来ようがありません。 (2019.08.17 07:42:50)

Re[1]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

つづき

>当時の日本だって好き好んでアメリカとの戦争を始めたわけじゃあない

残念ながら、戦争を主導した軍部、特に陸軍首脳部の秀才たちは、本人の主観はともかく、客観的には、求めて対米開戦に突き進んだ、と言われても仕方がないでしょうね。

>日本本土と朝鮮半島、満州の一部くらいを守ることに専念して、拡張路線を捨てられていたら、韓国なんか未だ日本の一部だったかもしれません。

ありえるわけないでしょう。そんなことが可能なら、ベトナムは今でもフランス領で、インドは今も英国領、アフリカは欧州各国の植民地のままです。そうなっていない、という時点で「韓国なんか未だ日本の一部」なんて、妄想以上のものではないことは歴然としています。
「満洲」にしたところで、そこに住んでいるのは中国人(「満洲国」成立の時点でもそうです)である以上、中国がそれを黙ってみているはずがなく、泥沼の戦いの果てに維持できなくなって手を引く以外の選択肢はなかったでしょう。

>それは日本だけの責任では断じてない、当時のアジア各国は他国の植民地支配の下にあった、それは日本がなくても何ら変わることはない

だからなんですか?
あなたの言い分は、他の強盗犯が押し入っている最中の家に自分も押し入って、先入者を押しのけて強盗を働いても、「自分だけが悪いのでは断じてない」と言っているのと何も変わりません。そんなもの、なんら情状酌量の余地はありません。
繰り返します。日本「だけ」が悪い(日本以外の国は何も悪くない)などとは、誰も言っていません。しかし、それは「日本は悪くない」ということとイコールではない。
当時のアジア諸国は植民地支配の下にあったといっても、最大の犠牲者を出した中国は植民地支配を受けていたわけではない(むしろ、日本の植民地支配を受けていた、と言ってよいかもしれないが)。しかも、「植民地支配を受けているから日本さん助けてください」と頼まれたわけでもない。独立に際して血は流れたにしても、2000万以上もの犠牲を伴うものではなかった、ということを考えれば、あなたの言い分はまったく妥当性を欠きます。 (2019.08.17 07:43:28)

Re:74回目の敗戦の日(08/15)  
仙石 和三  さん
おはようさん。
何か論議で抜け落ちている箇所があるような。

・この敗戦の日(戦況的には敗戦でしょう。)
しかし、天皇陛下がポツダム宣言受諾したのは史実。
陸軍が本土決戦まで覚悟していた戦争を終結させたのです。
日本国内的には『終戦の日』です。
ですから国体護持は当然の話の結果です。

・その国体護持のための連合国側との確認作業で終結が遅れたけれど。
(敗戦国に間違いは無いけれど左翼が戦犯国と言うのは言い過ぎ。)
戦犯者なら戦勝国側にも敗戦国側にも存在した。
勝てば官軍で戦勝国側だけ裁かれないだけのこと。
それも事後法でした。(後付された法で裁かれた。)

・次に
これが連合国相手の戦争であったと言う事です。
ですから『戦略として』真珠湾攻撃とほぼ同時に連合国側の植民地を攻撃して有利に運ぼうとするのは戦略としては当然です。
小磯内閣は後の独立を約束していたのです。

・日本軍は武器を持たない原住民と戦争をしていない。
武器を持った『米英蘭』を相手の戦争です。
(戦争なら戦略は付き物です。)


◎韓国に於いては日清戦争で一旦は独立させて大韓帝国の時代があったのですが自立しようとしなかった。
さらにロシア側に靡こうとしていた。
・ロシアの南下政策を許すと日本までが危険になる。
それを防ぐ意味でも日本が介入する必要があったのです。
日露戦争までして。
その後に韓国の近代化を手伝う目的が日韓併合です。


◎中国に於いては日清戦争での利権があった。
後に『辛亥革命』で中華民国となる。

・満州はロシアと隣接した国境で防御の要でした。
防御の要の満州を手に入れたく小細工したのが昭和6(1931)年、9月18日、満州の奉天郊外の鉄道爆破。柳条湖事件です。
(満州が防御の要でも策士策に溺れて強引過ぎた。)

※マッカーサーが昭和26年5月3日、米上院軍事外交合同委員会の公式の場で行われた質疑応答で、連合国側の経済封鎖で追い詰められた日本が、「主に自衛(安全保障)上の理由から、戦争に走った」と述べた。マッカーサーは「太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の政治的過ちは共産主義者を中国において強大にさせたことだと私は考える」とも発言。


◎米にも真珠湾攻撃して事実上の宣戦です。
(主に)自衛目的の『連合国相手の戦争で戦略』です。 (2019.08.18 08:10:59)

Re[1]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
仙石 和三さん

>日本国内的には『終戦の日』です。

公式の命名はそうでしょうし、それを否定すべきとは思いません。しかし、事実として日本が戦争に負けた日であり、それを「敗戦の日」と表現することもまた、なんら間違いではありません。
一個人の私的ブログにおける表記を、いちいち政府の公式見解にあわせる義務はありません。

>ですから国体護持は当然の話の結果です。

天皇という存在は戦後も存続したにしても、その位置づけは戦前と戦後では違います。「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」という戦前の「国体」はなくなりました。

>戦犯者なら戦勝国側にも敗戦国側にも存在した。

だから、私も日本「だけ」がすべて悪かったなんて思わないし、そんなことは一度も主張したことはありません。
ただし、日本(とドイツ)の方が連合国よりも相対的に悪の程度、戦争犯罪の規模が相当に大きかった、ということは言えます。何と言っても、中国侵略にしても対米開戦にしても、日本から戦争を仕掛けた事実は動かし難い。

>日本軍は武器を持たない原住民と戦争をしていない。
>武器を持った『米英蘭』を相手の戦争です。

そういう言葉遊びをしても仕方がないのですよ。現に日本はアジア諸国に攻め込んで、いくら「戦争の相手は米英蘭」と言い訳したところで、多くの現地住民を直接間接に死なせていることは歴然としています。それは日本が攻め込まなければ起こらなかったことです。

>日清戦争で一旦は独立させて大韓帝国の時代があったのですが自立しようとしなかった。
さらにロシア側に靡こうとしていた。~
>その後に韓国の近代化を手伝う目的が日韓併合です。

相手側の事情を完全無視して、「自分たちの主観と都合」だけでものを語る典型ですね。
自立しようとしなかった、というのが国内の混乱、近代化の立ち遅れという意味であれば、確かにそういう側面はあるかもしれません。しかし、それは独立を奪ってよい理由になるんですか?ならば、イラクとかアフガニスタンとかアフリカ諸国の多くはもう一回欧米諸国の植民地になるべきだ、ということになるし、旧ソ連のアフガン侵攻なんて、「よいことをしたのだ」ということになりかねませんが。

一独立国がどこの国に接近するのも、その国の自由ですよね。まして、韓国は、元々は清朝の属国だった。それを日本が日清戦争によって無理矢理に切り取ったのです。そのまま日本と接近することをよしとしない勢力が国内に多いのも、あるいみ当たり前でしょう。

ありていに言って、例えば幕末の頃、清朝が日本に攻め込んできて占領したとして、(もちろん、実際には清朝にそんな力はありませんでした。あくまでも過程の話として)「日本は欧米列強に不平等条約を押し付けられ、このまま行くと英米の属国にされるので、助けてあげるために兵を送ってあげたのです」と言われたとして、日本人の誰が「ありがたや」と思うのか、ということです。

>マッカーサーが昭和26年5月3日、米上院軍事外交合同委員会の公式の場で行われた質疑応答

細かいことですが、元号は日本以外では通用しないので、国外の事象の日付を元号で表記するって感性って、私には理解できません。

で、マッカーサーが言ったことが事実なら、当時の日本人は精神年齢12歳ということになります。あなたが否定する戦犯の追及を猛烈に(ただし、天皇を除く)やったのも、マッカーサーの意向によるものです。
にも関わらず、マッカーサーのその部分の発言についいてだけ、無批判に肯定するというのは、私にはご都合主義以上のものには見えません。

>米国が過去百年間に犯した最大の政治的過ちは共産主義者を中国において強大にさせたこと

米国がどう頑張ったところで、それを阻止することなどできなかったでしょうね。そして、その後様々な紆余曲折はあり、ずいぶん大きな失敗もあったにしても、70年後には、その「共産主義者」たちは中国を経済的には資本主義国として世界の超大国にのし上げた。やはり、トータルで考えれば、彼らは成功したんじゃないですかね。もっとも、中国が貧困にあえぐ弱小国であり続けてくれたほうが米国の世界支配のためには都合が良い、という意味では別の結論が出るのかもしれませんが。 (2019.08.18 09:18:48)

Re[2]:74回目の敗戦の日(08/15)  
仙石 和三  さん
inti-solさんへ

『要点だけ』
>>日本軍は武器を持たない原住民と戦争をしていない。
>>武器を持った『米英蘭』を相手の戦争です。

>そういう言葉遊びをしても仕方がないのですよ。
現に日本はアジア諸国に攻め込んで、いくら「戦争の相手は米英蘭」と言い訳したところで、多くの現地住民を直接間接に死なせていることは歴然としています。それは日本が攻め込まなければ起こらなかったことです。


◎言葉遊びでなく史実ですから。戦争に戦略は付き物ですよ。
・敢えて侵略されたとするならば先に侵略していた連合国側の言い分でしょう?
それでは何かご不満でも?

(現地人の死を言われていますが・・)
ならば・・自ら命を犠牲に独立を選択して戦った現地人の意志は?
・英蘭相手の独立戦争で合わせて80万人の死者ですよ?
(小磯内閣は独立を約束していたのですよ?)
(英蘭は直接現地人を標的にしたのですよ? 犠牲者80万人です。)

『以下、参考に。インドネシア独立戦争』
原爆投下により日本が敗戦後に再度、インドネシアやインドへ侵攻したオランダ、イギリス軍を相手に、4年5ヶ月にわたる戦争で、80万人が犠牲になったが、結果的に、インドネシアは武力闘争と外交交渉によって独立を達成し、1949年12月にインドネシア連邦共和国が成立し、さらに連邦構成国がインドネシア共和国に合流して、1950年8月15日に単一のインドネシア共和国が誕生した。 日本が敗戦後の残留日本兵達はインドネシア独立の英雄としてカリバタ英雄墓地に祀られている。


>相手側の事情を完全無視して、それは独立を奪ってよい理由になるんですか?
>一独立国がどこの国に接近するのも、その国の自由ですよね。まして、韓国は、元々は清朝の属国だった。それを日本が日清戦争によって無理矢理に切り取ったのです。そのまま日本と接近することをよしとしない勢力が国内に多いのも、あるいみ当たり前でしょう。

◎そうです。ある意味で当たり前です。
・ただし、大韓帝国として独立させています。 
・しかし、何処の国でも(大韓帝国でも)意見が一致していることは珍しいです。
日露戦争に勝ったことで日韓併合でも日本側に靡いたのは韓国です。
(※言わんとすることは理解できるので例え話は不要です。)

・日本に於いてもですよね?右とか左。
それで政権を握り舵取りする政党があります。その最大政党の意見が左右しますね。

(以下引用・抜粋)
・伊藤博文の暗殺を受け、韓国側からの提案である一進会の上奏声明等を経て韓国併合の話が持ち上がる。この時、自称

会員100万人を誇る韓国最大政党である「一進会」は併合推進派であった。
(省略)
1910年(明治43年)8月22日に韓国併合条約は漢城(現:ソウル特別市)で寺内正毅統監と李完用首相により調印され、29日に裁可公布により発効し、大日本帝国は大韓帝国を併合した。


◎マッカーサーが日本人は12歳発言の件
マッカーサーが言った事は、「民主主義において、アメリカやドイツが45歳ならば、日本は、まだ12歳の少年、ドイツ人は経験を積んだ大人にも関わらず戦争を犯したが、日本人はまだ経験の無い子供だから戦争を起こした」、というもの。
当時のドイツが国際秩序を破ったのは、意識してやったのであり、国際情勢に関する無知のためではない。しかし、日本は、まだ白紙の状態に近かったため、ヒトラー・ドイツの悪い手本を見習ってしまった、という事です。

・『余談』当時、この『日本人は12歳』マッカーサーの発言を馬鹿にされたと勘違いしてマッカーサー神社を予定していたのですが取りやめたことがあったのです。
※(ドイツとの比較で日本を擁護しているようにも受け取れますが?)

(以上で俺からは出た感があります。不足があればまた。)
(2019.08.18 14:45:40)

Re[3]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
仙石 和三さん

>言葉遊びでなく史実ですから。戦争に戦略は付き物ですよ。

史実として、日本軍は多くの現地住民を殺しています。で、先に欧米が侵略していたから、後から同じことをやっても許される、などという言い分はとても理解の得られる代物ではないでしょうよ。

>『以下、参考に。インドネシア独立戦争』

太平洋戦争の戦場となった国は非常に多いのに、「日本が独立を助けた例」として取り上げられるのはいつもインドネシアだけなんですね。つまり、それ以外の国では、そのような事実はない、という理解でよろしい、ということなのでしょう。
で、インドネシアの独立戦争の犠牲者は80万人だったそうですが、太平洋戦争におけるインドネシア(オランダ領東インド)の犠牲者は、その5倍の400万人に達するとされています。
しかも、日本はインドネシアを独立させるつもりはなかった。1943年に日本の「大東亜共栄圏」構想に基づいて日本占領下の各「独立国」(実態はその多くが日本の傀儡政権ですが)の首脳が東京に集まって、「大東亜会議」が行われていますが、そこにインドネシアの首脳は参加していません。独立国ではなく、日本(特に陸軍)は独立させる意思がなかったから。
戦後になって残留日本兵がインドネシア独立戦争に参加したことと、太平洋戦争当時の日本政府(軍部)の国家意思は別の問題。

>日露戦争に勝ったことで日韓併合でも日本側に靡いたのは韓国です。

軍事的な圧迫によってそれを強いたのは日本です。それこそ、日本に靡こうとしない王族を、王宮に乱入して暗殺するようなこと(乙未事変)や、日韓議定書に反対する閣僚を拉致するようなことまでやって、です。それを、自由意志に基づいて韓国が日本に「靡いた」などということは不可能です。

「一進会」の会員100万人と言うのは公称値であり、実態は不明ですが、それよりはずっと少なかったと思われます。しかも、彼らは「併合派」ではない。彼らが求めていたのは、日韓の対等な立場による「合邦」であり、日韓併合後その実態に落胆、失望する者が非常に多かったようです。
いずれにしても、当時の韓国は選挙による政党政治ではなかったので、一進会が国民の多数の支持を得ていた証拠などなりもありません。

ありていに言って、中国軍が東京を占領し、意に沿わぬ「反中派」の政府要人を排除したり威嚇するような状態で「尖閣諸島は中国領土であることを確認する条約」でも結ばされたとしたら、あなたはそれを是とするとは思えないんですがね。

>(※言わんとすることは理解できるので例え話は不要です。)

あなたにとって不要かどうかなど、知ったことではありません。わたしは必要だと考えるから書く、それだけのことです。このやりとりを見るのは私とあなただけではないから。

>マッカーサーが日本人は12歳発言の件

まず事実として、米国はともかく、ドイツと日本の間に「45歳と12歳」などという民主主義の歴史の差はありません。第1次大戦までのドイツ(ドイツ帝国)は、議会と普通選挙(男子のみ)も一応はあったけれど実権はなく、民主主義などと言える代物ではありませんでした。1925年以降太平洋戦争までの日本と大同小異。ドイツが(制度上)民主主義国だったのは1919年からナチスによって全政党が禁止された1933年までの14年間に過ぎません。
しかも、実際のマッカーサーの発言は
「ドイツ人は成熟した人種でした。アングロサクソンが科学、芸術、神学、文化において45歳の年齢に達しているとすれば、ドイツ人は同じくらい成熟していました。しかし日本人は歴史は古いにもかかわらず、教えを受けるべき状況にありました。現代文明を基準とするならば、我ら(アングロサクソン)が45歳の年齢に達しているのと比較して日本人は12歳の少年のようなものです。」
というもの。「民主主義において」などとはひとことも言っていない。「科学、芸術、神学、文化において」と言っている。
あなた、あるいはそのコピペ元には、「嘘をつくのもいい加減にしろや」としか言いようがありませんな。 (2019.08.18 19:28:07)

Re[4]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
追記

そもそも、マッカーサーの公聴会での発言を

>連合国側の経済封鎖で追い詰められた日本が、「主に自衛(安全保障)上の理由から、戦争に走った」と述べた。

と訳すこと自体、訳としてきわめて怪しい。
その部分の原文は

They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was largely dictated by security.

です。それを

日本は、もしそれら※の供給が断ち切られたら1000万人から1200万人の失業者が生じることを恐れていました。それゆえ、日本が戦争に突入した目的は、主に安全保障の理由によるものです。

※その前の段落で言及している、綿、羊毛、石油製品、スズ、ゴム、その他多くの物、を指す

と訳しているわけです。でも、Securityは、「安全保障」とも訳し得るけれど、それだけではありません。たんに安全、とか安心、とか、保証など、様々な意味があります。そして「失業者が1200万人も出るかもしれない」リスク、つまり不景気になるリスクを避けることは、普通は「安全保障」とは言いません。
したがって、この場合Securityを「安全保障」と訳すのは、限りなく誤訳に近いし、ましてや、「自衛」などという訳は論外です。大量の失業者が出るのが恐いから外国に攻め込むことを「自衛」とは、いかなる文脈でも言いません。
(そもそも、Securityが安全保障を意味する文脈だったとしても、それを「自衛」などと訳すのは明らかにおかしいですが)
実際のところは、経済的な安心のため、くらいの訳が正しい。 (2019.08.18 20:37:17)

Re[1]:74回目の敗戦の日(08/15)  
Alberich さん
仙石 和三さんへ

>これが連合国相手の戦争であったと言う事です。

仙石殿の仰る”連合国”には中国も含まれるのでしょうか?


>ですから『戦略として』真珠湾攻撃とほぼ同時に連合国側の植民地を攻撃して有利に運ぼうとするのは戦略としては当然です。

『戦略として』という事であれば、そもそも欧米と戦争するという戦略(政略?)自体に問題があったと思います。


>小磯内閣は後の独立を約束していたのです。

開戦当時の東条内閣も約束していたのでしょうか?小磯内閣はサイパン陥落の責任を取って東条首相が辞職した(させられた)後の内閣です。勝っている時は何も言わず敗戦が決定的になってから言われても信頼性は薄いと思います。


>・日本軍は武器を持たない原住民と戦争をしていない。
武器を持った『米英蘭』を相手の戦争です。

フィリピンやベトナムでは植民地軍の敗退後は現地の人がゲリラとなって日本軍と戦いました。 (2019.08.18 20:58:14)

Re[3]:74回目の敗戦の日(08/15)  
Alberich さん
仙石 和三さんへ

>※マッカーサーが昭和26年5月3日、米上院軍事外交合同委員会の公式の場で行われた質疑応答で、連合国側の経済封鎖で追い詰められた日本が、「主に自衛(安全保障)上の理由から、戦争に走った」と述べた。

マッカーサーは当時”国家の方針に従わない”という理由で解任されています。仙石殿が仰った事は、”当時そのように思っていた人がいた”というだけの事だと思います。


>当時のドイツが国際秩序を破ったのは、意識してやったのであり、国際情勢に関する無知のためではない。しかし、日本は、まだ白紙の状態に近かったため、ヒトラー・ドイツの悪い手本を見習ってしまった、という事です。

これは、重大な犯罪を犯しても少年法で保護されたようなものだと思います。
仙石殿は日本がこの様に評価される事が日本にとって名誉な事だとお考えでしょうか?

(2019.08.18 21:25:13)

Re[2]:74回目の敗戦の日(08/15)  
Alberichさんへ
さて私用でしばらく出かけていましたので返信が遅くなりました。
遅くなりましたが順番に返信いたします。

Alberich さんへ
なるほど日本は「悪」ではなく「愚」だったとおしゃりたいのですかね。
まあ「戦争がしたい」国々に乗せられたという点では「愚」であったかもしれませんね。
負けてしまえばすべて悪、逆に言えば同様な「愚」なり「悪」を犯していても買ってしまえば裁かれることはなかった、
そういう意味で反省という事であれば「負けなければ何をしてもいい」ということにしかなりませんね、
確かに先の戦争で日本は負けた、負けたことが「愚」なり「悪」であるというのなら負けなければいい。
同様に植民地支配を行っていた国々も買った国々は裁かれていない、同様に残虐なことをした国々も買った方は裁かれていない。
これを許すなら戦争の正義とは「勝てば許される正義」弱肉強食の正義です、ならば負けなければ、暴力も許される、植民地支配も許される正義です。

>第二次大戦での敗戦はなかったかもしれませんが、その後もっと悲惨な状況になり(敗戦した)現在のような繁栄は得られなかったと思います。

まあこればっかりはそのIFの先を見て見なければなんとも言えませんね、ただ日本はその敗戦があり近代化したという面はあります。
なので今の日本があるのはその敗戦があったからとも言えますね。

>日本が侵略した場合のほうが侵略しなかった場合より、植民地支配から脱して独立国として自立する際に流れた血が少なくて済んだとはいえないと思います。

そうですね仮に日本が侵略を行わなかったとしても、同様かそれ以上の血が流れた、当時は植民地支配のただなか、時代そのものが狂っていたとも言えますね。
そしてそういう狂った時代を作ったのは日本だけではない、むしろ日本はその狂った時代に国際社会進出し、支配される道ではなく、支配する側の道を選んだとも言えますね。
当時のアジアの被害、2000万人以上の犠牲はたとえ日本が侵略戦争を起こさなかったとしても流れた血です。
(2019.08.18 22:26:16)

Re[2]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-solさんへ
inti-sol さんへ
>明治期の日本の行動は、「独立を守る」というよりも、欧米列強に追いつき追い越せ(欧米並みに他国を植民地支配することも込みで)ということだったわけです。

追いつき追い越さなければ支配される側になっていた時代です、当時のアジアで独立を保っていた国がどれだけあったと思っているのでしょうか?

>「日本だけが悪かったわけではない」「日本はよいこともしたが負けたから認められなかっただけだ」などという「反省」からは、同じような状況になったとき、同じことを今度は失敗しないように上手くやろう、という「教訓」しか出て来ようがありません。

いいえ逆ですよ、あなたの言うその相当あくどかったという米国もロシアも何も裁かれることはなかったんですよ、そこから得られる反省は「負けなければ何をしてもいい」「侵略戦争だって勝てば許される」という反省にしかなりませんね。
そういう理屈はその相当あくどかったという米国やロシアを裁いてから言うべきでないですかね?
同様のことをやり一方は裁くけれど一方は裁かない勝てば官軍の正義から得られる教訓なんて負けなければ何をしてもい弱肉強食でしかありません。

>ありえるわけないでしょう。そんなことが可能なら、ベトナムは今でもフランス領で、インドは今も英国領、アフリカは欧州各国の植民地のままです。そうなっていない、という時点で「韓国なんか未だ日本の一部」なんて、妄想以上のものではないことは歴然としています。

どうでしょうね~、こればっかりは時代のIFですからそうなってみなければわかりませんが、ただ絶対にないとは言い切れませんよ、日本が当時進めいていたのは行ってみれば同化政策、であって愚民政策ではない。
そんな理屈が通るならすっかり同化してその国の国民となってしまったアイヌやインディアン、エスキモーたちはどうなるのでしょうね?、北海道は独立国になってなければおかしいですね、まあ沖縄も・・・・
中国のチベット、ウイグル、モンゴルなんかも同化政策です、これらも独立してなければおかしいことになりますね。

>あなたの言い分は、他の強盗犯が押し入っている最中の家に自分も押し入って、先入者を押しのけて強盗を働いても、「自分だけが悪いのでは断じてない」と言っているのと何も変わりません。そんなもの、なんら情状酌量の余地はありません

いいえ違いますね、日本がやったことはいわば強盗が押し入って奪い取った金品を強盗を叩きのめして奪い取ったってところです。
もちろん強盗だからと言って叩きのめすのが正義とは言いませんが、だからと言って金品を奪われた強盗が、自分のやったことを棚に上げて相手を裁く正義なんて「盗人猛々しい」ってところじゃあないですかね(笑)

>「日本は悪くない」ということとイコールではない。

誰が日本は悪くないなんて言ったんですかね?、そもそもその時代は強盗が肩で風切って歩く狂った時代だったんですよ、そんな中で「悪くなかった」くになんてただ一方的に叩かれ侵略され支配された国だけなんじゃあないんですか?
その狂った時代に独立を保ち生き抜いていくがそういくつもあったとは思えませんけれどね?
それとも何ですかね、もし次にそういう状況になった時には無抵抗で支配を受け入れろとでもいうつもりですかね?

>最大の犠牲者を出した中国は植民地支配を受けていたわけではない

が日本がそうしなかったとしたら、結局は他国が侵略し領土を切り取られるか支配を受けるかしかない状況だったんじゃあないんですかね?
当時中国の権益を狙っていたのは日本だけじゃあない、日本が手を出さなければ他国が喜んで手を出していた、結局は同程度の犠牲は避けられなかったんじゃあないんですか?
ということを考えれば、あなたの言い分はまったく妥当性を欠きます。
(2019.08.18 22:27:09)

Re[3]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

>追いつき追い越さなければ支配される側になっていた時代です

つまり、被害者になりたくなければ加害者になるしかない、というわけですね。そういう理屈が被害者の側の同意を得られる可能性はない、と言ってよいでしょう。

>そこから得られる反省は「負けなければ何をしてもいい」「侵略戦争だって勝てば許される」という反省にしかなりませんね。

歴史に対して不誠実な自国絶対主義者(例えばトランプみたいな)だったら、そういう「反省」をするかもしれませんね。
しかし、現実に日本は戦争に負けた。いや、単に負けたということよりも、被害を与えた各国の不平を圧殺できるような強大な国力があるわけではないのが、米国やかつての旧ソ連とは違うところ。
「負けなければ何をしてもいい」「侵略戦争だって勝てば許される」まことに腹立たしいことながら、米国はそれを公言しても生きていけるでしょう。でも日本はそんなことを公言していては国際社会の中で立ち行かなくなることは明らかです。

>同化してその国の国民となってしまったアイヌやインディアン、エスキモーたちはどうなるのでしょうね?

アイヌやアメリカ先住民、イヌイットは、近代的な意味での独立国家を形成したことはありません。だから彼らの独立が奪われてよい、ということではないけれど、いくら国内混乱と近代化の立ち遅れがあったとは言っても、曲がりなりにも独立国としての歴史を有する韓国/朝鮮とアイヌやアメリカ先住民、イヌイットとを同列におくのは、あまりに痛すぎる。
そういう考えからは、バルト三国が何故旧ソ連から独立したのか、チェコとスロバキアが何故別の国になったのか、ユーゴスラビアがどうしてひとつの国であり続けることができなかったのか、理解することは難しいでしょうね。

>日本がやったことはいわば強盗が押し入って奪い取った金品を強盗を叩きのめして奪い取ったってところです。

強盗に押し入った相手(つまりアジア諸国)に対して何の被害も与えなかったのなら、その比喩も真実味はありますが、実際には多くの被害を与えているので、その比喩はまったく不適当。

>誰が日本は悪くないなんて言ったんですかね?

そういうことを叫ぶ人はずいぶん大勢いますけどね。

>そもそもその時代は強盗が肩で風切って歩く狂った時代だったんですよ

違いますね。
確かに、欧米列強が世界各国を切り取り放題に植民地化した時代があったことは事実です。しかし、1930年代はすでに、そんな時代ではなかった。欧米諸国は、植民地を「まだ手放してはいなかった」けれど、そうなるのも時間の問題という時期でした。まして、「これから新たに植民地化」などということが許容される時代ではありませんでした。

>日本がそうしなかったとしたら、結局は他国が侵略し領土を切り取られるか支配を受けるかしかない状況だったんじゃあないんですかね?

はて、それがもし事実なら、第二次大戦で日本が負けた後、ソ連なり米英なりが中国を占領して支配していたはずですが、そうはなっていませんね。中国東北に侵攻したソ連軍は1945年12月にはサッサと撤退していますし、米英なども中国に軍を送ることはしませんでした。
確かに中国はアヘン戦争での敗北以来外国からの圧力に屈して、租界を切り取られたり小規模な軍の駐留を認めさせられたりはしたけれど、あの広い国土の大部分に兵を送って占領しよう、なんてことをやろうとした国は、日本以外にはないのですよ。まして、1930年代にもなってからね。
権益をもつことと、占領して軍事的に支配することは、イコールではありません。 (2019.08.18 23:42:50)

Re[4]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-solさんへ
>アイヌやアメリカ先住民、イヌイットは、近代的な意味での独立国家を形成したことはありません。だから彼らの独立が奪われてよい、ということではないけれど、いくら国内混乱と近代化の立ち遅れがあったとは言っても、曲がりなりにも独立国としての歴史を有する韓国/朝鮮とアイヌやアメリカ先住民、イヌイットとを同列におくのは、あまりに痛すぎる。

同化ということでは何にも違いなんかありませよ、それに沖縄は琉球王国として独立してません。
独立国としての歴史?、そもそも朝鮮半島は下関条約の締結まで清の冊封国ですけれど?、いわば日清戦争の恩恵で他国に独立させてもらった国ですけれど?
歴史的状況で言ったら琉球王国と大差ありませんけれど?

>確かに、欧米列強が世界各国を切り取り放題に植民地化した時代があったことは事実です。しかし、1930年代はすでに、そんな時代ではなかった。欧米諸国は、植民地を「まだ手放してはいなかった」けれど、そうなるのも時間の問題という時期でした。まして、「これから新たに植民地化」などということが許容される時代ではありませんでした。

植民地主義体制がほころびを見せるのは「第二次世界大戦後」ですけれど?、これはその大戦によって支配する側も疲弊し植民地を押さえつける力が無くなったからですけれど何か?
そもそも日本が朝鮮半島や満州に進出したのはロシアの南下政策に対抗する意味合いが強いですけれど何か?
(2019.08.19 00:16:37)

Re[5]:74回目の敗戦の日(08/15)  
仙石 和三  さん
inti-solさんへ

>史実として、日本軍は多くの現地住民を殺しています。で、先に欧米が侵略していたから、後から同じことをやっても許される、などという言い分はとても理解の得られる代物ではないでしょうよ。

◎同じことではないです。
※笑われますよ。血を流さない戦争があったら教えてください。
■東南アジアでの戦争の目的は列強からのアジア開放と日本に不足の資源です。
■それと、現地住民を無残に殺したのはオランダ軍です。

>太平洋戦争におけるインドネシア(オランダ領東インド)の犠牲者は、その5倍の400万人に達するとされています。

◎ネットでは調べましたが『でっち上げ』とされています。
じゅうたん爆撃か原爆でも落とさなければこんな数にはならん。
インドネシア政府のオランダへの当て付けからでっちあげという説もあるし。
数に信憑性が無い。
日本軍とオランダ軍と交えたのも長い期間でなかったです。
日本敗戦後に独立義勇軍『ペタ』による独立戦争でもオランダ軍による4年以上で被害者80万人です。


■日本軍が真珠湾攻撃をして宣戦したからには穏やかには済まないことは明白。
こんなことは誰もが判ることです。誰でもね。

■当時のフランクリン・ルーズベルト(アメリカ合衆国の第32代大統領)は戦争をしないことを公約に掲げて大統領になりました。それでアメリカ世論の賛同を得るために、日本を絞めつけて日本からの攻撃を待っていたのです。

★『英訳を一字一句正確にするまでもない。』
資源の少ない『無い無いづくし』の日本がABCD包囲網で資源を止められていた史実。
さらに所謂、米に入り込んだスパイ(ハリーホワイト)案の最後通牒『ハルノート』です。
手をこまねいてどうなるか?ジリ貧は間違いない。
ですから戦争に走ったのです。(自存自衛です。)
※ですから、東条英機の東京裁判での証言(自存・自衛)は正しい。
■マッカーサーが言うように無い無いづくしの日本が資源を止められて戦争に走ったのは事実。
つまり、自存自衛であることで間違っていない。
【高校の教科書にも数年前から載っているという話もあるようです。】

◎大東亜戦争は自存・自衛・列強からのアジア開放を含んだ戦争で間違っていない。
(列強からアジア開放することが資源の少ない日本の自存・自衛にも繋がる最終手段でした。)
先の戦争に於いて日本軍が連合国側の植民地を攻めた理由です。
(資源を融通して貰わなければ戦えない。)
(力を合わせなければ連合国相手には戦えない。)
(不足している物を出し合い協力して連合国と戦う。)
だから【大東亜戦争】だったのです。
太平洋戦争の呼称は敗戦後に米におしつけられた呼称です。

■日本軍はオランダ軍に投獄されていたスカルノ(タレントのデビィー婦人の旦那さんで初代インドネシア大統領)を開放しています。
スカルノ(初代インドネシア大統領)は親日家で日本が敗戦後に連合国軍が再度、侵攻してくる前に独立声明文を読み上げました。しかし、独立を認めないオランダ軍との間で長きに独立戦争をしました。
これから先はインドネシアがどうなったかは先の説明した通りです。

つづきあり。
(2019.08.19 03:55:49)

Re[6]:74回目の敗戦の日(08/15)  
仙石 和三  さん
つづきです。
-----
>太平洋戦争の戦場となった国は非常に多いのに、「日本が独立を助けた例」として取り上げられるのはいつもインドネシアだけなんですね。

◎もっと自分で調べたら?中・韓・蘭?以外は親日の不思議。
■ビルマの独立運動家、政治家であるバー・モウも日本を頼っていました。
日本占領下のビルマでバー・モウがビルマ国の独立を宣言。
「日本ビルマ同盟条約」に調印し、連合国に宣戦布告していますよ。

■戦争が勝利で終わっていたら独立させられた国も数多くあったろうに。
それでも日本が敗戦後15年程でほぼですが独立している。
(独立に火をつけたのは日本。)


◎大東亜会議の出席者は日本 (東条英機首相) ,中国 (汪精衛行政院長) ,満州国 (張景恵国務総理) ,タイ (ワン・ワイタヤコン首相代理) ,フィリピン (ラウレル大統領) ,ビルマ (バ・モー首相) で,自由インド仮政府の C.ボース主席も陪席した。太平洋戦争の完遂,大東亜各国の共存共栄秩序の建設,自主独立の尊重,互恵提携をはかり,「大東亜を米英の桎梏 (しっこく) から解放」するという共同宣言 (いわゆる大東亜共同宣言 ) を発表した。

■インドネシアは戦争中で独立をしていないので大東亜会議に出席はできなかったようです。
★ただし、大東亜会議の時、インドネシアからスカルノ、ハッタが来日しており、正式に参加できなかったところ、天皇陛下が皇居に招いという話があがっています。


不思議だね~♪ 大東亜会議に出席した人数が多いこと~♪
何故に侵略したとされる日本が頼られるのかね?(爆 
矛盾していませんか~♪
左翼の侵略説が嘘みたい~。この辺でいいだろう~♪ぷっ


【追伸】
よく日本では『日韓併合』と呼んでいますが、
列強諸国が承認し、歓迎していています。
本来なら合邦と呼ぶべきでしょう。
呼び方は違えど合邦と同じです。

※今回は長いから読むのに疲れると思うわ。
(2019.08.19 04:02:14)

訂正あり。Re[7]:74回目の敗戦の日(08/15)  
仙石 和三  さん
×中国 (汪精衛行政院長)  
○中華民国代表 (汪精衛行政院長)
(2019.08.19 05:15:43)

Re[5]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

>そもそも朝鮮半島は下関条約の締結まで清の冊封国ですけれど?

冊封国だろうがなんだろうが、曲がりなりにも「政府」と呼べるものを持っていた時点で、アイヌ、アメリカ先住民、イヌイットとは同列には論じられませんし、沖縄は、実質的には過去400年は日本の一部(あるいは日本の属国)だった歴史があるので、これまた同列には論じられません。
前述のとおり、あなたの言い分からは、バルト三国が何故旧ソ連から独立したのか、チェコとスロバキアが何故別の国になったのか、ユーゴスラビアがどうしてひとつの国であり続けることができなかった事実を説明できませんね。

>植民地主義体制がほころびを見せるのは「第二次世界大戦後」ですけれど?

すでに第一次大戦後の講和において、「民族自決」という概念が基本原則になっており、第二次大戦前の時点において、少なからぬ国々が独立しはじめていました。
確かにアジアアフリカの多くの国が続々と独立したのは第二次大戦後ですが、それは第二次大戦の結果唐突にそうなったわけではない。確かにどこの国にも守旧派というものはおり、植民地の利権を持つものとの綱引きは続いていたけれど、それはあくまでもまだ残っている植民地を維持するか放棄するか、というレベル。1930年代の時点で、「今から新しい植民地」なんて話が論外であったことは論を待ちません。
たとえて言えば、既存不適格で現在の建築基準法では認められない建物があるんだから、今の建築基準法など守らずに新しい建物を建てたっていいだろ、というのと同じレベル。 (2019.08.19 07:08:00)

Re[7]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
仙石 和三さん

それにしても、あなた「これで最後」をにおわすような発言をして、それを守ったことないですね。今回もそうだろうと思ったら、案の定だ。いい加減、そういう発言をしても自分じゃ守れないことを学んで、そういう発言は控えたら?

>笑われますよ。血を流さない戦争があったら教えてください。
>■東南アジアでの戦争の目的は列強からのアジア開放と日本に不足の資源です。

笑われるのはどっちですかね。血を流さない戦争はない、当たり前です、そんなこと。それを承知で東南アジアに攻め込んで、現地住民に被害を与えたことをそう免罪しろと?
戦争目的は、明らかに「日本に不足の資源」であり、その目的をごまかすための「アジア解放」に過ぎないんですよ。

>ネットでは調べましたが『でっち上げ』とされています。

あきれ果てた言い分ですな。「ネットで調べた」ことは全部自動的に真実ですか?「UFOは実在する」って書いてあれば、それは事実ですか?
この数値は、インドネシア政府代表がサンフランシスコ講和会議の席上で発言した公式の数字です。そして、このときのインドネシア政府のトップは、あなたたちが高く評価するスカルノ。その数値がもし「でっち上げ」だとするなら、どうして独立戦争の犠牲者が80万人という数字だけ信じられるのですか?
「オランダへのあてつけ」で数字をでっち上げたというのが事実なら、そのオランダと戦った独立戦争の犠牲者数の方がよほど怪しいと考えるのが自然です。

で、犠牲者が出た原因ですが、主に「労務者」「兵補」として徴用されたまま戦地に置き去りにされた人々と、餓死者でしょうね。そもそも、日本軍の戦死者の大半は餓死です。日本軍が餓死しているのに、日本軍が占領している地域の住民が餓死と無縁でいられるわけがない。ジャワ島こそ、食糧はある程度自給できても、それ以外の島では、食糧自給は難しかったでしょうからね。そして、現地住民と日本軍の衝突、日本軍による現地住民の殺害も起こっています。あなたたちには「不都合な真実」でしょうけど。

続きは後刻。 (2019.08.19 08:22:51)

Re:74回目の敗戦の日(08/15)  
tckyn3707 さん
随分と村山談話を持ち上げておられるが、戦後70年に出された安倍談話の内容を知ってて書いたのであれば悪辣な印象操作としか言えません。

きちんと先の戦争について安倍談話で総括されていますし、反省の記述もあります。

安倍さんを批判するのは自由だが、事実に基づかない憶測で印象操作するのは頭隠して尻隠さずですよ。は

きちんと安倍談話を検証した上で批判すべきかと、先の戦争に関する海外での評価は村山談話よりも安倍談話です。また80年、100年で談話が出るとは思いますが、戦渦の反省は国家として続くと私は思いますね。 (2019.08.19 09:03:37)

Re[8]:74回目の敗戦の日(08/15)  
仙石 和三  さん
inti-solさんへ

>それにしても、あなた「これで最後」をにおわすような発言をして、それを守ったことないですね。

◎あんたさんは何処に眼をつけているのかね?
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

(以上で俺からは出た感があります。不足があればまた。)

■不足があればまた。 としてある。
読んでないのかい? あれま~ しっかりしろや?
レスが煩わしいならレスを入れなくてよいから。  


>それを承知で東南アジアに攻め込んで、現地住民に被害を与えたことをそう免罪しろと?

◎そんなことは言っていない。
酷なようだが戦争に被害は付き物ですわ。
■戦争だから敵側も都度の調印に応じているだろう?
■英蘭の植民地から独立するには何れは通ること。
独立するって時には血を流すこともある。
生易しいものでない。これは日本だけのためでない。
資源だけが目的なら真珠湾攻撃は不要だろう?

>戦争目的は、明らかに「日本に不足の資源」であり、その目的をごまかすための「アジア解放」に過ぎないんですよ。

◎大東亜戦争中に独立させた国があることを知らんのかい?
遡って読んでみい?
それでも誤魔化しと言えるかね?
『列強からアジアは解放されただろう?』
悪の役は日本だけどな?


>この数値は、インドネシア政府代表がサンフランシスコ講和会議の席上で発言した公式の数字です。

◎それは昨日、書き込む前に統計を見て知っている。
民間人300万~400万人。
ただ、そのはっきりした理由が不明だった。
推測のような物ばかりで。
それでソースを出さそうと思ったが。

■そこで突っ込みを入れてみたわけよ。
あんたのは嘘でないが省いている。
その省いていたのは印象操作目的かね?
※あのまま突っ込みを入れないと日本軍が残忍にも民間人を殺害したと勘違いする者もいた筈。

◎日本軍の戦争は無駄な殺戮が少ないのが特徴だからね?
例えば
前線で日本軍が数百名しかいないのに敵陣に使いを出して
2日後には味方と合流する、と大ぼらを吹かして降伏を迫る。
返答を急がれよ! とか。

◎南京攻略時もビラを撒いて攻め入ることを知らせた。
これに恐れをなして逃げ出す。
ゲリラが出ないように家捜し後は安全な者だけに目印に腕章を付けさせた。
あの毛沢東でさえも日本軍が南京を落とした後の半年後に
『日本軍は包囲戦は多いが殲滅は少ない』と言ったほどです。
つまり、南京大虐殺というものは無かった。
(こぜり合いはあったが。)
当時、現地にいたニューヨークタイムズ東京支社のヘンリー・ストークスの証言です。


>で、犠牲者が出た原因ですが、主に「労務者」「兵補」として徴用されたまま戦地に置き去りにされた人々と、餓死者でしょうね。

◎これも昨日調べて『推測ばかり』を読んでいた。
※俺のインドネシア独立戦争での80万人の数字はブログを作った際に調べ上げたものです。当時の古~い動画でも調べたもの。

【インドネシア独立戦争と日本軍】
https: ←を下のアドレスに付け加えてから
//www.youtube.com/watch?v=1ZHr0PoiAd4

又はユーチューブで検索するとあります。
インドネシア人が誇らしげに独立戦争を語っています。

※レス不要。 (2019.08.19 18:45:55)

Re[6]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
仙石 和三さん

さて、続き。

>『英訳を一字一句正確にするまでもない。』

あなたの妄想などどうでもよいのです。マッカーサーが何を言い、何を考えたか、という問題ですよ。あなたが聞いて喜ぶような「太平洋戦争は日本の自衛戦争だ」などという発言を本当にしたのか、という問題です。
マッカーサーが本当に「太平洋戦争は日本の自衛戦争だ」と思っていたとするなら、東京裁判での厳しい戦犯追及とは理屈が合いません。まして、同じ公聴会の中での一連の発言、
「アングロサクソンが科学、芸術、神学、文化において45歳の年齢に達しているとすれば~日本人は12歳の少年のようなものです。」
「日本人は全ての東洋人と同様に勝者に追従し敗者を最大限に見下げる傾向を持っている。アメリカ人が自信、落ち着き、理性的な自制の態度をもって現れた時、日本人に強い印象を与えた」などの日本を徹底的に見下す発言が出てくるはずがないのです。これらの発言から確実に言えることは、マッカーサーは日本に対して同情心は持っていないこと。したがって太平洋戦争が日本の自衛戦争だなどと考えているはずもないのです。(そもそも、そんなこと、言ってもいないけど)

だいたいね、マッカーサーは鬼畜米英の首魁、というのは冗談にしても、フィリピンに対する植民地主義の守護者だったわけで、そんな人物に褒めてもらうことが、そんなにうれしいかねえ。

>つまり、自存自衛であることで間違っていない。

では、世界中か背経済制裁を受けている北朝鮮が戦争に打って出たとしても、「自存自衛」の正義の戦い、ということになりますな。

>大東亜戦争は自存・自衛・列強からのアジア開放を含んだ戦争で間違っていない。
>ビルマの独立運動家、政治家であるバー・モウも日本を頼っていました。

ビルマのバーモウは、最終的にビルマ独立派の中でも孤立しました。当初はアウンサウンら他のビルマ独立派の活動家も日本軍に協力しましたが、彼らの多くは日本軍に幻滅して、後に抗日戦に転じています。日本軍が指導して組織したビルマ国民軍ですら最後は日本軍に対して武装蜂起しました。
孤立したバーモウは最後は日本に亡命、後に帰国したものの、もう政治的影響力はありませんでした。

何故、そうなったか分かりますか?
統計によると、ビルマの首都ラングーン(現ヤンゴン)の物価は、1941年12月を1とすると、1943年6月にはその10倍、44年12月には100倍、45年8月には1800倍にも達しています。日本軍が財政的な裏付けのない軍票で物資を徴発するばかりで、何も供給しないからです。
どんなに御立派なお題目を掲げたとしても、食わせられなければ話になりません。人は霞を食って生きていくことはできないのでね。こんな経済破綻を招いて、「大東亜共栄圏」なる高邁な理想に支持が集まるわけもなし。

>左翼の侵略説が嘘みたい~。この辺でいいだろう~♪ぷっ

妄想もいい加減にせいや。
前述のとおり、確かに欧米の植民地支配にはきわめて問題がありました。だから、日本軍が攻め込んできた当初、それに期待した独立運動家は確かに存在しました。でも、彼らの大半は、遠からず日本に幻滅して離反していった。そうしなかったのはごく一部に過ぎません。

で、「この辺でいいだろう」も所詮すぐ破るわけだ。 (2019.08.19 19:48:40)

Re[9]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
仙石 和三さん

>不足があればまた。 としてある。

だから?
「以上で俺からは出た感があります」って、全然出てなかったのにそんなことを書いてみただけ、ということですな。

>酷なようだが戦争に被害は付き物ですわ。

そういわれて、「ごもっとも、大東亜共栄圏万歳」などとアジア諸国が思ってくれるとでも?
唯我独尊の極みとしか言いようがありません。

>大東亜戦争中に独立させた国があることを知らんのかい?

先の投稿で触れたビルマ(現ミャンマー)。
しかし、その実態はすでに指摘したとおり。日本軍が占領し、しかも財政的な裏付けのない軍票で物資を徴発しまくって経済破綻を招くような状態。それのどこが「独立」ですか。与えたのは「大東亜共栄圏」のお題目だけで、あとは奪うばっかり。それが独立なるものの実態です。
だから、当初は日本軍に期待したビルマ独立派も、バーモウ以外の大半は日本に愛想を尽かして、日本軍が育てたビルマ国民軍ともども対日武装蜂となったわけ。

>日本軍の戦争は無駄な殺戮が少ないのが特徴だからね?

嘘をつけ。敵も味方の死屍累々。日本軍が諸外国と比較して特別に残虐だった、とは思わないけれど、特別に殺戮を避けたとはそれ以上に思えないですな。

>つまり、南京大虐殺というものは無かった。

この記事の主題からは外れるから深くは書きませんが、南京大虐殺は間違いなく存在した。人数には諸説あるけれど、おおむね10万人前後の捕虜、投降兵、一般市民が殺された。多くの証言証拠(日本軍の将兵自身が記録したものも数多く含む)あり。

>あのまま突っ込みを入れないと日本軍が残忍にも民間人を殺害したと勘違いする者もいた筈。

これぞ印象操作の最たるもの。
日本軍が残忍にも民間人を殺害した、そういう例は間違いなく存在したわけですが、それで400万人殺した、などとはわたしは一度も書いたことがない。それどころか、この記事でこそ触れてはいないけれど、日本に戦没者310万人のおそらく過半数は狭義の戦死ではなく戦病死という名の餓死であること、戦場となった中国東南アジアの戦争犠牲者にも相当多くの餓死者が含まれることは何度も指摘しているところ。

>レス不要。

お断りします。 (2019.08.19 20:24:47)

Re[1]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
tckyn3707さん

書いておられることの意味がさっぱり理解できません。今回の(去年も、その前年も、のようですが)戦没者追悼式で「反省」を口にしなかったことは歴然たる事実です。

なお、確かに戦後70周年の安倍談話には「反省」という単語はあるけれど、「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。」という表現。過去の「お詫びを表明してきた」時点での歴代政権において、安倍は入閣していないから、「自分自身の言葉」としては反省とできるだけ言いたくないんだな、ということは見て取れます。

いずれにしても、これは私の評価であってあなたの評価ではありません。どうせあなたが村山談話を高く評価などしないことは容易に想像がつくけれど、そのことは私の評価になんら影響しません。 (2019.08.19 20:40:16)

Re[25]:74回目の敗戦の日(08/15)  
tckyn3707 さん
inti-solさんへ

まぁ貴方の評価で世の中は動いているわけじゃないし、世間は圧倒的に安倍さんたる与党を支持しているから精々安倍がーで気張ってやですね。

リアルな国民の村山さん評価は民主党の鳩山さん、菅さんレベルですから、私は安倍談話によってようやく戦後レジームから脱却できると思いましたね。戦後生まれには戦争責任なんてありませんから(笑)

因みに75歳以上の人口比率13、8%、85歳以上4、3%、95歳以上は0、4%です。

日本の戦争責任ガーと喚いているの中国、韓国、北朝鮮と君ら左翼だけでしょう(笑) (2019.08.19 21:06:59)

Re:74回目の敗戦の日(08/15)  
Alberich さん
>なるほど日本は「悪」ではなく「愚」だったとおしゃりたいのですかね。

私は、(かつての)日本は「悪」であり「愚」だったと思います。


>まあ「戦争がしたい」国々に乗せられたという点では「愚」であったかもしれませんね。

満州事変も真珠湾も日本は他の「戦争がしたい」国々に乗せられたのではなく、自らの意思で行ったのだと思います。


>負けてしまえばすべて悪、逆に言えば同様な「愚」なり「悪」を犯していても買ってしまえば裁かれることはなかった、

負ければ悪を正当に償わされるが勝てば誤魔化せる という事だと思います


>そういう意味で反省という事であれば「負けなければ何をしてもいい」ということにしかなりませんね、

その様な状況に対して、ふぁみり~キャンパー殿は「負けなければ何をしてもいい」と思われるのでしょうか?
私は「負けて償わされる事をしないようにしよう」とか「勝ち負け(戦争)に関係ないようにしよう」と思います。


>確かに先の戦争で日本は負けた、負けたことが「愚」なり「悪」であるというのなら負けなければいい。

”負けなければいい”と思えば負けないのであれば、こんな簡単な事はありません。
先の戦争で日本は(「悪」かどうかは置くとしても、負けても当然と思われる位)「愚」だったと思います。昨今の大企業の状況や調査捕鯨や韓国の水産物輸入制限への対応を見ると、状況はあまり変わったとは思えません。そんな状態では(万が一)もう一度戦争をしてもまた負けると思います。
「愚」というのは”愚直”というようにそれ自体は悪い事だとは思いません。過去に罪を犯してもそれを認め償って、その後は愚直に正業に励んで成功した事は称賛されるべきです。他国もそれを認めているから(戦後の)日本の評価が高いのだと思います。
”悪い事をしても負けなければ良い”という方針とは全く別の方針で成功したのですから今後も現在の方針を続けるべきだと思います。


>そうですね仮に日本が侵略を行わなかったとしても、同様かそれ以上の血が流れた、
>当時のアジアの被害、2000万人以上の犠牲はたとえ日本が侵略戦争を起こさなかったとしても流れた血です。

2000万人以上の犠牲の大部分は中国での犠牲者ですが、ふぁみり~キャンパー殿は日本が侵略を行わなかったら、その分(国共内戦等の)犠牲者が増えたとお考えでしょうか?


>そもそも日本が朝鮮半島や満州に進出したのはロシアの南下政策に対抗する意味合いが強いですけれど何か?

それはロシアに対して言う事ではあっても、朝鮮半島や中国の人に言う事ではないと思います。
その考えであれば、大陸の国が
  米国の海洋政策に対抗するために日本に進出(侵略)する
という事も認められる事になります。 (2019.08.19 21:31:51)

Re[26]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
tckyn3707さん

あなたの言っていることは、論にもなっていない。自分の意見は世間の多数派だぜ、と言っているだけ。だから何?としか言いようがない。
多数派の一員であることくらいしか、誇れるものがないわけですか?

みっともないねえ。 (2019.08.19 21:37:51)

Re[28]:74回目の敗戦の日(08/15)  
tckyn3707 さん
inti-solさんへ

反省に誇るも何もないと思うが(笑)
私は先の戦争総括は村山談話よりも安倍談話の方が秀でているし、貴方の安倍談話評価は悪意に満ちたうすぺっらい印象操作でしかないわけです。

反省に優劣をつけてどないすんのなんですよ。反省なら猿でもできます。(笑)

海外から見れば、反省の日本は見飽きたと私は思うけどね。(笑)

戦後賠償と謝罪は二国間条約で済ませたし、更に経済協力、途上国には今でもやってますから、このスタンスでやっていけば国際的な評価は更に上がると思いますよ。

まぁ貴方は認めたくない不都合な真実とは思いますけど。もう日本に反省を求めているの朝鮮半島位じゃないですかね。(笑)中国とは普通の関係になりつつありますから。

アベちゃんの4選はないみたいだから、安心して下さいアベちゃんは来年で辞めますよ。まぁそれまでは気張ってやーですね(笑)政権交代になればいいですね(笑) (2019.08.19 22:23:39)

Re[29]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
tckyn3707さん

議論ではなく喧嘩を売ることが目的なら、もう投降はお断り。
以降投降禁止。
(2019.08.19 22:27:47)

Re[7]:74回目の敗戦の日(08/15)  
仙石 和三  さん
inti-solさんへ

◎やはり、あんたは気持ちに余裕が無く突込みどころばかり眼を点にして探してるのと違うか?大丈夫か?そろそろ気持ちが切れてパヨが登場しないか?妄想で書き換えるな?

>「この辺でいいだろう」も所詮すぐ破るわけだ。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

(正)左翼の侵略説が嘘みたい~。この辺でいいだろう~♪ぷっ

つまりな?左翼の【侵略説崩壊】って意味。
それを『ネタにチョス』行為はこの辺でやめておいてやろうかの意味(爆
勝手な妄想解釈だけはやめなさいや?


>「太平洋戦争は日本の自衛戦争だ」
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

ちが~う。『自存自衛』が正しい。
俺はマッカーサーの証言とはちょっと違う。
東条英機の東京裁判での証言が正しいと考える。
あんた結構読解力があると思ったら無いのに驚いた・・。
極端な(理解し易くした)例え話にまでマジに突っ込みを入れたし。


>何故、そうなったか分かりますか?

◎近現代史は趣味で昔から興味があるわけよ。
左翼の妄想に付き合う時間は惜しいけどおまけだ。
いろいろとデーターはPCに保存してあるから、今回だけサービスだ。
その辺の箇所だけ。バーモウのことも知っているから必要なし。

◎それと俺の文脈をあんたの妄想解釈で書き直さないように。
(コピー改竄禁止 発見した場合、著作権侵害で百万円請求します。)(爆


以下、おまけ。
昭和18(1943)年以降の各国の状勢

1.日本
昭和20(1945)年無条件降伏

2.中華民国
昭和13年(1938)年日本の支援で汪兆銘を首班とする国民政府樹立
昭和20年(1945)年崩壊

3.タイ国
独立継続維持

4.満州国
昭和20(1945)年 崩壊

5.フィリピン
昭和18(1943)年 独立 ホセ・ぺ・ラウレルが大統領に就任
昭和20(1945)年 米国統治下に戻る
昭和21(1946)年 独立

6.ビルマ
昭和18(1943)年 独立 ウーバーモウが国家元首に就任
昭和19(1944)年 独立政権崩壊
昭和20(1945)年 ウーバーモウは日本に亡命
昭和23(1948)年 1 月 4日 独立

7.インド
昭和22(1947)年 8月15日 独立
インドの国会議事堂の正面にはチャンドラ・ボース、右にはガンディー、左にはジャワーハルラール・ネルーの肖像画が掲げられている。

関連史実 フランス領インドシナの解体と独立
昭和20(1945)年3月 9日 ベトナム
3月12日 カンボジア
4月 8日 ラオス
昭和20(1945)年8月 インドネシア 独立
昭和32(1957)年 マラヤ連邦 独立


せっかくだけど今は教えを頂く事はないな~
間に合ってるわ♪ 他を当たってみたら?お疲れ。ぷっ (2019.08.19 22:50:21)

Re[8]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
仙石 和三さん

いろいろ御託を並べておられるが、私のコメントに対する反論は何一つないですね。

「左翼の妄想」に付き合ってもらうようにお願いした覚えなどないもんで、そうおっしゃるなら、お互い無駄な時間を浪費する必要はないんじゃないですかね。

Alberich さんがあなたにコメントしているけれど、あなたは無視を決め込んでいるようでもあり、議論ではなく喧嘩を売るだけの輩をこれ以上のさばらせておく気はなくなりました。

あなたも投稿禁止。 (2019.08.19 23:03:00)

Re[1]:74回目の敗戦の日(08/15)  
Alberichさんへ
状況が微妙なので先に返信します。

>満州事変も真珠湾も日本は他の「戦争がしたい」国々に乗せられたのではなく、自らの意思で行ったのだと思います。

まあこれは考え方ですがその点については私は微妙だな~と思いますが。。。。

">負ければ悪を正当に償わされるが勝てば誤魔化せる という事だと思います
"

なるほどそれは一理ありますね。

>その様な状況に対して、ふぁみり~キャンパー殿は「負けなければ何をしてもいい」と思われるのでしょうか?

まああくまでも私の考えですが・・・・
そういう勝ち負けで善悪が決まるような状況は改善されるべきと思いますね、負けた国は正当に償わされるが勝てば誤魔化せる、ではなく。
勝っても償わされるという状況にしなければ戦争はなくならないと思いますよ。
勝者の罪こそ率先して裁くべきが持論なんでね。。。。

どうも勘違いされてるみたいですが日本は悪くないといってるわけでも日本は悪いこともしたが良いこともしたなんて言ってるわけでもない。
日本が支配した国がその影響で発展した面がないかと言えばあると思いますが、それは日本の都合でしたことです、朝鮮半島に投資しインフラを整備し教育を施したのは、
日本のためですから。。。自国の都合であって他国の発展に寄与しようと思ってしたわけじゃあない、
日本も悪かったが他の国も悪かった、時代そのものが狂ってた、ならそんな狂った時代にならないようにってのが反省なんじゃあないのですかね。

>2000万人以上の犠牲の大部分は中国での犠牲者ですが、ふぁみり~キャンパー殿は日本が侵略を行わなかったら、その分(国共内戦等の)犠牲者が増えたとお考えでしょうか?

いいえ変わらなかったと思いますよ。

>米国の海洋政策に対抗するために日本に進出(侵略)するという事も認められる事になります。

日本には米軍の基地がありますから有事には当然狙われるでしょうね、それが戦争というもの。。。。

まあどうも上の状況を見ると私も書き込み禁止かなとも思います、
そうなった後も私にこの件で言いたいことがあるなら私のブログにお書きください、
スレチは気にしなくて結構です。
(2019.08.20 00:27:17)

Re[6]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-solさんへ
中国の冊封体制は冊封国の個別の事情でかなりその関係にばらつきがあるんですが
朝鮮の場合毎年貢物をし「従属していた」記録が残ってますね。

そもそも日本統治時代、日本からの重圧や搾取に苦しみ独立を目指す動きが活発だったかというとそうでもない、
当初はそういう動きも少なからずあったんですが少なくとも半島では1930年代の後半から日本を事大主義の対象とする意識が浸透し、三・一独立宣言文の起草メンバーの多くが親日に転向した。
その後、抗日運動家はすっかりなりをひそめ、独立する気運など全くないしそもそも独立したいという意識すらなかった。
若干動きが出たのは日本の敗戦が濃厚になってから、この時点で既に半島唯一の独立運動団体になっていた建国同盟がようやっと独立に向けて動き出したってところ。
日本の敗戦が濃厚になるまで、独立運動はどんどん下火になり、独立運動家は次々と親日に転向して行ってるんですよ。
当時要注意人物としてマークされた独立運動家の実に40%が親日に転向、37%が態度保留、既に半島ではすっかり独立運動は下火になってるんですけれど?
すっかり民衆の支持を失った独立運動は独立運動家が独立資金として一般市民から金品を強奪する事件も発生し、怨嗟すら買ってる状況。。。。

まあこんな歴史のIFを論じ合ってもあまり意味はないが、こんな状況の中、日本の敗戦がなかったとしても韓国は独立できていたはずだとか言われてもね~~
まあそう思いたいなら思ってればいいですけれど。。。。

>「民族自決」という概念が基本原則になっており、第二次大戦前の時点において、少なからぬ国々が独立しはじめていました。

残念ながらそのような動きがあったのはヨーロッパの一部くらいで当時のアジアではそのような動きはほとんどありませんでしたよね。
当時のアジアではイギリスやアメリカなどが植民地として魅力のある国はほとんど抑えていました、今から植民地を広げようという国がなかったって言ってますが既に植民地として魅力のある国は押さえてしまってて、他に魅力のある地はまあ中国くらいしかなかったからってだけですね。
第二次世界大戦直前の各国がどこを植民地にしていてその植民地の状況がどうだったかとか全く把握してないようですね。
「植民地を維持するか放棄するか、というレベル」ってどの口が言うんでしょうね~~
当時アジアの植民地を放棄する動きなんてほとんどないですけれど。。。。
アジアの多くの国が続々と独立したのは第二次大戦後ですが、それは第二次大戦の結果そうなったわけです。

とはいえです、当時の日本の置かれていた状況からすれば、さらなる拡大って政策が間違いであったことだけは確かですね、
あなたはもっと前のコメントで日本は日露戦争後大国の仲間入りを果たしたというコメントに客観的に見れば全然そんなことはないとか書いてますが、
第二次世界大戦直前の日本の国力は、アメリカやロシアよりは落ちますが、同じく枢軸国側だったドイツやイタリア、連合国側だったフランスあたりと同等、
あなたにとっての「大国」はアメリカとロシア「だけ」のようですが一般的にはそんなことはありませんね、
それらの国々と肩を並べる国力を既に持っていたのですから、それを維持することだけを考えてりゃ良かったんですよ。
既に他国の植民地となる心配なんか無い状況の国だったんですから。。。。

それとどうでもいいんですがね・・・・

>議論ではなく喧嘩を売ることが目的なら、もう投降はお断り。

とか言ってますが、その前のあなたの彼に対するコメントが十分喧嘩を売ることが目的のコメントになってると思いますがね。。。。
言葉尻とらえるようですが

>多数派の一員であることくらいしか、誇れるものがないわけですか?
>みっともないねえ。

こういうのを一般的には「喧嘩を売る」と言います。
(2019.08.20 00:31:30)

Re[7]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

従属していたにしろなんにしろ、統治機構、政府が存在していた時点で、アメリカ先住民、イヌイット、アイヌとは同列には論じられません。
また、曲がりなりにも日本本土には国会があって議員が選出されていたけれど(沖縄だって1912年から衆院選があった)朝鮮半島には国会の議席は割り当てられず、もちろん選挙もない、朝鮮語の抑圧や創氏の強制など、とても対等な立場ではありませんでした。
そもそも、他のアジアアフリカ諸国が次々と独立していった中で、韓国だけがそうならなかっただろうと考える根拠が、あまりに薄弱です。

>三・一独立宣言文の起草メンバーの多くが親日に転向した。

独立宣言に調印した「民族代表33人」のうち、Wikipediaに日本語記事がある18名のうち、親日派に転向したのは2人です。日本語版の記事のない15名の中から、2人が親日派に転向しているようなので、合わせて4人。「多くが転向」というのは表現としてあまりに妥当性を欠くでしょうね。

>残念ながらそのような動きがあったのはヨーロッパの一部くらいで当時のアジアではそのような動きはほとんどありませんでしたよね。

いいえ、エジプト(トルコから)、アフガニスタン(イギリスから)などは戦前に独立しています。
日本が「独立させた」というフィリピンは、1934年の時点で10年後の独立を約するフィリピン独立法が米国で制定されており、独立準備政府も作られていました。もちろん、それは米国の傀儡政府ではあったでしょうが、それを言えば「大東亜共栄圏」下の「独立国」なんて、みんな名ばかりの独立に過ぎません。

>第二次世界大戦直前の日本の国力は、アメリカやロシアよりは落ちますが、同じく枢軸国側だったドイツやイタリア、連合国側だったフランスあたりと同等

第二次大戦直前(大戦中も同様)の日本が、本当にドイツ、フランス、イタリアと「同等」の国力だったと思います?
残念ながら、当時GDPという経済指標はなかったので、それによる比較はできませんけど、工業力の質量、その生産基盤、社会的インフラ、すべてにおいて、ドイツのほうが日本より圧倒的に上だったことは歴然としています。大戦中の航空機、戦車ほか兵器や電子装備の生産量、性能、品質、どれをとってもドイツのほうが圧倒的に上ではないですか。日本のほうが優れていたのは軍艦の数だけで、それもナチスが政権をとるまでは軍艦の保有が大きく制限されていたことが原因です。
フランスもイタリアも、第二次大戦においては途中で敗北しているため、兵器の生産量では日本より下ですけれど、工業力の質量、その生産基盤、社会的インフラにおいては、日本よりは上でした。イタリア人はあんまり戦争に向いていない、ということは言えるでしょうけど、それは別の話。
ドイツが誇るダイムラーベンツ601エンジン、このエンジンを日本のイタリアもライセンス生産したけれど、日本製(陸軍用のハ40、海軍用のアツタ)は故障が多くて使い物にならなかったのは有名な話。しかし、イタリアがライセンス生産したものは、そういったことはほとんどありませんでした。
また、当時のイタリア陸軍の自動車化も日本よりはずっと進んでいました(戦車の性能はあまり高いとはいえなかったけれど)。

>こういうのを一般的には「喧嘩を売る」と言います。

いいえ、売られた喧嘩を買っただけですが。

---
まぁ貴方の評価で世の中は動いているわけじゃないし、世間は圧倒的に安倍さんたる与党を支持しているから精々安倍がーで気張ってやですね。
日本の戦争責任ガーと喚いているの中国、韓国、北朝鮮と君ら左翼だけでしょう(笑)
---

この発言が、あなたの目には「喧嘩を売っている」ようには見えない、というなら、私とあなたでは言葉に対する感覚が全然違う、としか言いようがないですね。ならば

韓国怪しからんと喚いているのは産経、WILLと君らネトウヨだけでしょう(笑)

と書いても、それは「喧嘩を売ってはいない」ということになるんでしょうね。 (2019.08.20 20:31:07)

Re[8]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-solさんへ
まあ取りあえず私は投稿禁止にならなかったようなので続けます。
まあいずれにしても他人の喧嘩ですから、私には関係のないことなので。。。。

>独立宣言に調印した「民族代表33人」のうち、Wikipediaに日本語記事がある18名のうち、親日派に転向したのは2人です。日本語版の記事のない15名の中から、2人が親日派に転向しているようなので、合わせて4人。「多くが転向」というのは表現としてあまりに妥当性を欠くでしょうね。

なるほど、しかし一方で三・一事件を代表する抗日運動を行い総督府に要注意人物としてマークされていた7600人の内3000人以上が親日派に転向いています。

>それは米国の傀儡政府ではあったでしょうが、それを言えば「大東亜共栄圏」下の「独立国」なんて、みんな名ばかりの独立に過ぎません。

そうですね支配の形が変わったということですね、結局のところ植民地に対する義務は負わず、権利だけが欲しい、形だけは独立させたがあがりはきっちりとる、多大な影響力を残し実態としては植民地と変わらない。
名ばかりの独立だ、それについてはその通りと思いますよ、これについても日本に限りませんけれど。。。。

アフガニスタンね~~
アフガニスタンって第一次アフガン戦争でイギリスを降し、第二次アフガン戦争で負けて保護国になったんだけれど、外交権は渡したけれど自立支配だけは譲らずこれ保ったままなんですよね・・・・
アフガニスタンがイギリスに植民地として搾取されてたかっていうと度重なるアフガン戦争で激しく抵抗されてそもそもそこまで至ってない。
エジプトの独立なんてエジプトの宗主国オスマン帝国がイギリスと開戦したために切り離されただけでイギリスは名目上独立を認めたけれど思いっきり支配体制に組み入れてますけれど?
オスマン帝国の植民地をイギリスが奪いとった事例でしかありませんね。
当時は植民地は解放に向かってたんだって例にしちゃあまりにもじゃあありませんかね~~

>第二次大戦直前(大戦中も同様)の日本が、本当にドイツ、フランス、イタリアと「同等」の国力だったと思います?
>残念ながら、当時GDPという経済指標はなかったので、それによる比較はできませんけど、

残念ながらそれはその後の歴史研究でほぼ推定されています。

第二次世界大戦直前の各国のおおよそのGDPは以下と言われています。
日本=2017億ドル

アメリカ=9308億ドル
ロシア=4200億ドル
イタリア=1510億ドル
ドイツ=2428億ドル
イギリス=3156億ドル
フランス=1641億ドル

もっともアメリカはこのt期まだ急激な成長の途中でここから数年でピーク17155億ドルまで伸びてる、日本との国力の差が相当にあったのは確かですよ、
ただそれ以外の国って・・・・大差ないですよ。

まあ諸説ありますので絶対じゃありませんけれど。。。。
ただ近年の歴史研究ではドイツ、フランス、イタリアなどと大差ない「同等」の国力だったというのが有力だったと思いますが?
私は別の主張を信じるんだというのならまあそれは止めやしませんが・・・・
(2019.08.20 22:53:00)

Re[9]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

>しかし一方で三・一事件を代表する抗日運動を行い総督府に要注意人物としてマークされていた7600人の内3000人以上が親日派に転向いています。

その話の真偽のほどは検証していませんが、事実としてもなんら不思議ではありません。
ナチスに占領されたフランスですら、少なくともドイツ軍の勢いがあった間は、みんながレジスタンスに立ち上がったわけではない、大多数は首をすぼめて嵐の過ぎ去るのを待っただけだし、第一次大戦ではドイツ軍と戦って英雄となったペタン将軍を筆頭に、対独強力に走った人は大勢いました。
みんながみんな腹の座った活動家ばかりじゃない。弾圧されれば恐いし、そこに甘い水の誘惑を与えられたら宗旨替えをする人が続出するのは、人間の性として不思議なことでも何でもありません。東南アジアの独立運動家の中にだって、そうやって植民地当局に取り込まれた人など、大勢いるでしょう。
日本だって、自民党のウルトラ保守派の参院議員だった板垣正は、シベリア抑留中は共産党員でした。

>第二次世界大戦直前の各国のおおよそのGDPは以下と言われています。

繰り返します。当時GDPという経済指標はありません。だいたい、その数値は植民地を含んだものか否か、金額の基準はいつの物価水準か(現在の物価水準に換算したものだとすると、交換レートの時代による差、物価の比較自体が品目によってとてつもない差が出る)、現在でも同じだけど国全体のGDPと国民一人当たりの差(昨日の記事でのテーマ)など、ほとんど目安にもならないものです。

そして、歴然たる事実として
1941年から44年までの航空機生産数日本約58000機対ドイツ約92000機、戦車・自走砲生産数ドイツ約37000両対日本約4000両(数にも大差があるけれど、性能となると更に絶望的な大差があった)、国内輸送力の要となった機関車の製造数、日本D51型約1100両(これでも日本では史上最多製造された機関車)、D52型約300両に対して、ドイツは52型だけで6200両、他に50型も大量に作られている。
多分調べれば他にもいろいろ数字は出てくるでしょうけど、日米ほどの差ではないにしても、明らかに日独の生産力(の基礎になる工業力全般)には相当の差がありました。量だけではなく質の面でも。 (2019.08.21 00:05:27)

Re[10]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-solさんへ
>みんながみんな腹の座った活動家ばかりじゃない。弾圧されれば恐いし、そこに甘い水の誘惑を与えられたら宗旨替えをする人が続出するのは、人間の性として不思議なことでも何でもありません。東南アジアの独立運動家の中にだって、そうやって植民地当局に取り込まれた人など、大勢いるでしょう。

そうですね、多くのアジアの国々が宗主国の弱体化をきっかけに自ら闘い独立を勝ち取っていった、日本の敗戦が濃厚になりその支配力が弱まって韓国も同様にと言いたいところですが、多少独立運動は活発になったんですが韓国では今一つその活動が盛り上がらなかった、結局韓国はほとんど戦うことなくただ他国に与えられて独立したわけです、
これ韓国の韓国光復軍の主要メンバーの言葉なんですが・・・・
「韓国軍は、日本軍を打ち破ることは一度もなかった。私は日本軍を撃滅して、わが同胞を解放したかった。最後まで、日本軍に制圧されたままの解放なんて、結局何もなるまい。日本帝国はひとたび滅びても、より逞しく再建されるだろう。その時日本人は、庚戌国変の時より残酷に我々を奴隷にするだろう。その時、わが同胞は日帝と闘う気力を持っているか。自力で日帝から解放することも出来なかったわが同胞に、とてもそんな力があるとは思えない」
まあ実際には大日本帝国が再び復活して韓国を支配するなんてことは起きなかったんですが、他のアジアの国々が自ら闘い独立を勝ち取っていたなか、
戦うことをせずただ与えられて独立した韓国が、日本の敗戦がなくとも自ら戦って独立を勝ち取っていった他のアジアの国々と同様に独立を勝ち取れていたはずだというのは根拠が希薄ですね。
日本が弱体化し、戦おうと思えば戦えたはずの時に戦えなかった韓国が、日本の敗戦もないのに戦えたという根拠は一体どこから来るのだろう?

>1941年から44年までの航空機生産数日本約58000機対ドイツ約92000機、戦車・自走砲生産数ドイツ約37000両対日本約4000両(数にも大差があるけれど、性能となると更に絶望的な大差があった)、国内輸送力の要となった機関車の製造数、日本D51型約1100両(これでも日本では史上最多製造された機関車)、D52型約300両に対して、ドイツは52型だけで6200両、他に50型も大量に作られている。

まあ確かにこの時代って激動の時代で、ちょっとした時間のズレ、視点のズレで大きく結果は変わるんだけれども。。。。
あなたの視点、そうとうにズレてますよ。
当時の日本は満州に進行をはじめようやく陸軍に多少は重きを置くようになってきたところではあったのですが、もともと島国だった日本は依然として陸軍に重点を置かない体質でした、対してドイツはその逆、輸送についても日本の地理的条件から言えば機関車よりも輸送船の方がずっと重要だったんじゃあないのですか?
日本が戦局を維持できなくなった直接的原因はその重きを置いていた海軍がコテンパンにやられたからですけれど?
なら聞きますがその時代の戦艦・航空母艦・潜水艦・輸送艦の生産数はどうなんです?
日本とドイツで言うなら重点を置く兵種が違ってただけ、

それに第二次世界大戦直前と言ったはずですが?
その期間って第二次世界大戦「前」でしたっけ?、経済制裁と戦火で生産力の落ちた時代を比較してもしょうがないんじゃあありませんかね~~

そもそも私は日本はこんなに強かったんだから戦争という選択をしても不思議はないなんて言ってるわけじゃあないですよ、
結果論ですが、どう贔屓目に見てもアメリカとの国力の差は歴然でアメリカとだけは戦争すべきじゃなかった、中国への権益を渡してでも戦争を避けるべきだった、
既にそれだけの国力になってるんだから、無理にそれ以上拡張を望むべきでなかった、
と言ってるんですよ。

既に元の論点からかなりズレてきてますのでこの辺で終わりにしませんか?
議論なんてのは互いの信じる根拠に基づいて言いたいことを言いあってそれでも平行線になったらそこが止め時、後はそれぞれが自分で判断すればいい。
どちらかが止め時だと思ったらあとは返信しなきゃいい、あなたももはや平行線で止め時だと思ったら返信しなきゃいい、少なくとも私はそれで一向にかまわない、
こちらもそう思ったら勝手に止める、
で、今私は止め時だと思ってるので、新たな視点、論点、情報のいずれかが加わらなければ以後この件で返信はしません。
(2019.08.21 22:58:02)

Re[11]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

>日本が弱体化し、戦おうと思えば戦えたはずの時に戦えなかった韓国

そんなことをいえば、マレーシアとシンガポールは?フィリピンは?(フィリピンは、抗日ゲリラは激しかったが、戦後米国が再び戻ってきてからは、左派フク団の反米ゲリラはほぼ鎮圧され状態での親米政権による独立だった)、北アフリカの一部を除くブラックアフリカの大半は?
みんながみんな、「戦って得た独立」とは限りません。もともと、日本人とは明白にことなる民族であり、言語だって違うのに、仮に第二次大戦がなかったとしても、そのまま日本の植民地の状態で収まり続けることができたはずがないのですよ。

>その時代の戦艦・航空母艦・潜水艦・輸送艦の生産数はどうなんです?

先のコメントに指摘したように、ドイツは第一次大戦に敗北したため、ベルサイユ条約で海軍の保有を厳しく制限され、艦艇36隻以下、1隻1万トン以下に制限されていました。だから、戦艦・空母・重巡はもてなかった。
太平洋戦争が始まってからの時期に限って言えば、日本は戦艦、重巡洋艦は1隻も作っておらず(大和級は開戦前にほとんど完成していた)、空母も正規空母は実質5隻に留まります(それ以外は改装空母)。ドイツは確かに1隻も完成はさせられませんでしたが。
潜水艦については、ドイツの艦は日本のものより小さいけれど、1000隻以上作っているので、日本より遥かに多いです。その総合性能も、日本潜水艦よりは上です。 (2019.08.22 07:07:27)

Re:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
追記しますと、そもそも、日本はドイツやフランスと戦争したわけでも、戦争しようとしたわけでもありません。仮にもし(実際はそんなことはないけれど)当時の日本の国力がドイツやフランスに匹敵するものだったとしても、それは抽象的な意味しかありません。実際の戦いの相手だった米国には勝てるはずがなかった以上、自らの国力を過大評価していた、としか言いようがありません。 (2019.08.22 07:25:57)

Re[11]:74回目の敗戦の日(08/15)  
inti-sol  さん
ふぁみり〜キャンパーさん

さらに追記
慌てて投稿したので最後まで見てませんでした。
打ち切りの件了解。
(2019.08.22 08:07:54)

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