inti-solのブログ

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2024.06.01
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カテゴリ: 災害
栃木 那須町 高校生ら8人死亡雪崩事故 教諭ら禁錮2年判決
7年前、栃木県那須町で部活動として行われた登山の訓練中に雪崩に巻き込まれ高校生など8人が死亡した事故で、業務上過失致死傷の罪に問われた教諭ら3人に対し宇都宮地方裁判所は「雪崩の危険を予見することは十分に可能で相当に重い不注意で『人災』だ」などとして禁錮2年の実刑判決を言い渡しました。
2017年3月、那須町の茶臼岳で高校の山岳部が集まって歩行訓練をしていたところ雪崩に巻き込まれ、生徒7人と教員1人が死亡し多くの生徒がけがをしました。
この事故で生徒の引率などにあたった教諭の被告2名、元教諭の被告の3人が業務上過失致死傷の罪に問われました。
裁判では3人が当日の朝の時点で雪崩の発生を予見できたかが争点となり、検察が冬山登山の知識や経験があり予見できたと主張して禁錮4年を求刑したのに対し、弁護側は「必要な情報は収集していたが雪崩は予見できなかった」として無罪を主張していました。
30日の判決で宇都宮地方裁判所の瀧岡俊文裁判長は「8人の生命が奪われたことは非常に重大だ。学校活動の一環で安全確保が強く求められるなか、地形や新たな積雪などの状況を踏まえると雪崩の危険を予見することは十分に可能だった」と指摘しました。
そのうえで、「雪崩は自然現象で、確実な予測が困難であるとしても相当に重い不注意による『人災』だ。3人の刑事責任はいずれも軽視できるものではなく実刑を選択すべき領域に及んでいる」などとして、3人に対し禁錮2年の実刑判決を言い渡しました。(以下略)

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この雪崩事故については、当時記事を書いています。

那須の雪崩事故(追記あり)

7年前の記事のため、リンクを貼った記事等がだいぶリンク切れになってしまっていますが、もっとも重要な2枚の写真は今も生きていますので、これを見れば大筋理解可能かと思います。
事故発生当時報道されていたのはスキー場から雪崩現場を見上げた、この写真でした。

那須雪崩現場

この写真では、一見すると雪崩現場は尾根筋のように見えます。通常尾根筋で雪崩は起きない(起きても左右の斜面に流れてしまう)ので、ここを雪崩危険地帯と考えなかったとしても仕方がない、不可抗力の事故かもしれないと考えました。
しかし、事実は違ったのです。のちに、現場上空の航空写真が明らかになりました。そのため、上記記事は、大幅に追記して、趣旨も一変しています。

那須雪崩現場

下から見上げた写真で尾根であるように見えたのは、その向こう側が下からは見えないことによる目の錯覚に過ぎませんでした。実際は、現場は、なだらかな尾根と言えなくはありませんが、基本的には単なる斜面で、雪崩のリスクは充分にある場所だったのです。

以下、当時の報告書が公開されているので、それに基づいて経緯を検証していきます。

平成 29 年3月 27 日那須雪崩事故検証委員会報告書1
平成 29 年3月 27 日那須雪崩事故検証委員会報告書2

当時、那須一帯には雪崩注意報が出ていました。しかし
「雪崩注意報については、一日目の夜にテレビを見ただけなので、その情報は得ていなかった。二日目以降はテントなので雪崩注意報については分からず、携帯電話も古い型なので見なかった。」とあります。
いやいや、山に登って、テントであれ何であれ、学校の山岳部ともなれば、気象通報から天気図を書いたりするものだと思っていましたが。そこまでやらずとも、最低限翌日あるいは当日の天気予報を聞かないのでしょうか。ちょっとこれはぴっくりです。

この日は茶臼岳登山の計画だったようですが、これを変更して問題の事故現場に向かってしまいます。前述のとおり、雪崩注意報を知らなかったというのだから、この計画変更は雪崩リスクを考慮したものではなく、単に悪天候だったから、というだけのようです。
そして「雪が積もり天気がよくならない状況の中で、上まで行くのは無理であろうがスキー場付近での短時間の歩行訓練ならできるのではないか」と判断したということです。しかし、その「スキー場付近」の範囲はあいまいだったようです。
「スキー場の第2ゲレンデの一番奥の斜面は急で雪崩の可能性もあるので、近づかないこと」という注意があったと記載されているので、注意報の存在を知っていなくとも、雪崩リスクが念頭にはあったはずなのです。
ところが、スキー場「付近」で行う歩行訓練が「樹林帯を使って訓練しよう」に変わり、さらにその樹林帯の一番上部樹林帯が切れるところまで登ってしまった結果、雪崩に巻き込まれてしまったわけです。

これについて、報告書では「当初は私も樹林帯の先くらいまでと考えており、何回か「ここまで」と言ったが、生徒の要望もあった。大田原高校の生徒は、普段接している生徒ではなく、名前も分からなかったため、止められずに進んでしまった。大田原高校の生徒が岩まで行きたいといった気持ちとしては、今考えると、真岡高校の生徒が見えた時に競争意識が芽生えてもう少し上に行きたいと思っ
たのかもしれない。私が、生徒に対し、戻ろうと強く指示した際にその指示を奏効させる方向に仕向ける補完的な働きかけがあったらよかったのにという気持ちはある。ただ、最終的には、自分の中で、事故は起こらないだろう、大丈夫だろうという判断をしてしまったところに問題があると思う。」との引率教員の供述を記載しています。

那須一帯に雪崩注意報が出ていることを知らないから漫然と「事故は起こらないだろう、大丈夫だろうという判断」に至ったのであろうことは、想像に難くありません。その事実を知っていれば、いくら何でもそうは考えなかったはずです。そもそも樹林帯の上部まで行くという判断にすらならなかったはずです。
つまり、「雪崩注意報」という冬山に登るなら絶対に知っておかなければならない情報を入手しなかったことが、すべての原因と言わざるを得ません。
引率教員は何人もいて、トップリーダーはテント内ではなく近くの旅館に宿泊していたようです。その誰もが天気予報の雪崩注意報を見なかったのか、その辺りは報告書には書かれていません。
私の勝手な推論では、実際には雪崩注意報の存在を知っていた教員はいたのではないか、しかし、それを全体で共有し注意喚起を促さなかったが故にこうなってしまったのではないか、という気がします。いくら何でも、冬山に登って引率者の全員が全員、誰も天気予報を見たり(スマホ)聞いたり(ラジオ)しなかった、というのはいささか不自然に思えるので。
いずれにせよ、です。山、それも冬山に登って天気予報を見聞きしない、注意報の存在も把握しないで、何十人もの人を連れて行動するという時点で、まことに残念ながら「言語道断」という言わざるを得ないでしょう。

ただ、当時、前日までの数日間は降雪がなかったところに当日は朝からの降雪で、古い表面が凍った雪の上に新雪が積もった状態だったと報じられています。このような場合、古い雪と新しい雪の間に「弱層」と呼ばれる不連続面が生じて、雪崩が起きやすい状態になると言われます。だから、雪崩注意報が出ていたわけです。
雪崩注意報の存在を知らなかったにしても、この状況は雪崩の危険性があるということは、冬山の初歩の知識であろうと思います。引率教員は、雪崩に巻き込まれて亡くなった若い一人は冬山ほとんど未経験者だったそうですが、今回有罪判決を受けた3人は、いずれも冬山にある程度の経験を持ち、雪上訓練も受けていたようです。当然その程度の知識はあったはずなのに、何故その状況で雪崩リスクを考慮しなかったのか。

ともかく、教員1名と生徒7名の8人が一挙に亡くなるという大惨事になってしまいました。この判決について、一部のニュースサイトでは、何でもかんでも教員に責任を押し付けるな、とか、こんなことで責任を問われるなら教員のなり手なんかいなくなる、とかの感情的なコメントが目立ちます。
しかし、少しは冷静になれ、と私は思います。一般論として言うなら、私だって教員じゃないけど公務員だし、教員バッシングみたいなことに加担する気はありません。
でも、ことこの事故に関して言うなら、8人もの死者を出したという厳然たる事実があります。そして、その事故の原因は、いかに考えても不可抗力ではありません。引率教員の判断の誤りが原因であることはあまりに明白です。
したがって、この判決は妥当である、と言わざるを得ないものと私は思います。

※余談ですが、7年前の雪崩事故発生当時、記事を書いた時には、那須岳には5月に1回しか登ったことがなく、冬季に登ったことはありませんでしたが、その後 2021年1月に積雪の茶臼岳に登っています
3月ではなく1月だし、積雪量も事故当時より少ないはずです。ただ、峠の茶屋跡避難小屋までは風が強くて雪は少なく、その先で雪が急増する印象がありました。





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最終更新日  2024.06.01 10:05:49
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