FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
全262件 (262件中 51-100件目)
「何かしら、わたしに何か用?」愛美はそう言って歩きながら男の方を見ると、彼は愛美の隣を歩きながら絶えず話しかけてくる。(何なの、この人・・気味悪いわね。)男を無視して愛美は病院がある方向へと向かおうとすると、男が突然彼女の前に立ちふさがった。「何ですか?」「いや、別に。何処行くのかなぁって。」「あなたには関係ないでしょう、離してください。」「ちぇっ、わかったよ。」男はそう言って舌打ちすると、闇の中へと消えていった。「どうしたの?」「さっき病院に行こうとしたとき、変な男に会ったのよ。」「変な男?どんな人なの、その人?」「ええ。変質者かしら。」「やぁねぇ。ごめんね、夜道を一人で歩かせて。無理を言ってしまったわたしが悪いわね。」「いいのよ、そんなこと。それよりも愛子、余り無理しないでね。じゃぁ、わたしタクシー呼んで帰るから。」愛美はそう言うと、愛子の病室から出て行った。(変な男の人、ねぇ・・)愛美が言った“変な男の人”について、愛子は心当たりがあった。 夏休みが終わる数日前、愛子がバイトを終えて駅から自宅へと向かっていると、変な男に声を掛けられたことがあった。「君、今暇?」「いいえ。」「ねぇ、何だったら俺とお茶しない?」「すいません、時間ないので。」あの時は男を振り切って逃げたが、大学内の掲示板に“不審者に注意”という張り紙が張られていたことに気づいた。まだあの不審者は、あの近辺をうろついているのだろうか。「ただいま。」「お帰りなさい、愛美。一体こんな夜遅くに何処へ行っていたの?」「愛子のところにお見舞いに・・」「あの女が産んだ娘にあなたが気を遣うことはないでしょう!?」「ママ、どうしたのよ?愛子はわたしの親友よ?友達を心配するのは当たり前でしょう?一体どうしちゃったのよ?最近のママ、変よ!」「うるさい!」由利恵はそう言うと、近くにあった花瓶を愛美の方へと投げつけた。「一体何を騒いでるんだ!」「あなた、愛美ったらあの女の娘の見舞いに行ったそうですよ、こんな夜遅くに!他人の迷惑を考えない子って、いやぁね。」「愛美、今度見舞いに行くときはパパやママに一言言ってから行きなさい。いきなり居なくなったら、心配するだろう。」「ごめんなさい、パパ。次から気をつけます。」「わかればいいんだ。もう遅いから、部屋で休んでいなさい。」「はい、お休みなさい。」「待ちなさい愛美、まだ話は終わってませんよ!」背後でヒステリックな母の叫び声が聞こえたが、愛美はそれを無視して二階へと駆け上がり、部屋のドアを閉めた。 翌朝、愛美が下に降りると、もう由利恵は出かけた後らしく、居なかった。「パパ、おはよう。」「おはよう。」「ねぇ、ママは?」「ママは、病院に行った。」「もしかして、愛子のところに?」愛美は嫌な予感がして、愛子が入院する病院へと向かった。にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
胃潰瘍で入院してから数日が過ぎた頃、愛子の元に愛美の従兄・篤俊(あつしとし)がやって来た。「気分はどう?」「あんまり良くありません。それよりも、何をしに来たんですか?」「君の着替えを持っていくよう、愛美に頼まれてね。わたしも、君に話があるから丁度いいと思ってね。」篤俊は、そう言うと丸椅子の上に腰を下ろした。「お話ってなんでしょうか?気分が優れないので用件だけおっしゃってくれませんか?」「君は広田の家には入らないで貰いたい。それだけを言いにきた。」「入れともし頼まれても、お宅の一員になろうとは思っていませんから、わたし。もういいですか?」「わかった。」篤俊はさっと丸椅子の上から立ち上がると、病室から出て行った。「篤俊さん、来てたの?」「愛美ちゃん、今日は講義がある日じゃなかったのか?」篤俊が病院から出ようとしたとき、正面玄関で花束を持った愛美と会った。「二時限目の講義、教授の都合で休講になっちゃってね。まだ午後の講義までは時間あるから、お見舞いに行こうと思って。」「そうか。まぁ、彼女のことについては後で話そう。じゃぁ、後で。」「え、ええ・・」一方的に話を打ち切った篤俊の態度に困惑を隠せなかった愛美だったが、愛子の病室に行く頃にはすっかり彼のよそよそしい態度を忘れていた。「愛美、来てくれたの?」「うん。急に倒れたからびっくりしちゃった。ねぇ、もう大丈夫なの?」「数日休めば大丈夫だろうって、先生が言ってた。それ、何?」「あんたが休んだ分のノート。もうすぐ試験だからね。」「ありがとう。助かるわ。」愛美からノートが入った紙袋を受け取ると、愛子は彼女と他愛のないおしゃべりをして楽しんだ。「もう午後の講義が始まりそうだから、行くね。」「うん。じゃぁね。」愛美が病室から出て行った後、愛子はノートを一冊取り出してそれを見た。 そこには几帳面な愛美らしく、試験に出る箇所は蛍光ペンを引いてくれており、講義の内容を簡単に纏めていた。後期試験が始まる頃には体調は整っていると思うが、問題はレポートの方だった。パソコンを家に置いてきてしまったので、入院中にレポートが書けないとなると困る。『もしもし、愛子?どうしたの?』「あのね愛美、わたしが住んでるアパートの部屋に、ノートパソコン置いてきちゃったの。お願いなんだけど、わたしの部屋からノートパソコン持ってきて病院に来てくれないかな?」少し答えに窮しているかのように、愛美は暫く黙っていたが、彼女は愛子の頼みを二つ返事で聞いた。「ありがとう、愛美。ごめんね、こんな夜遅くに。」『いいんだよ、困ったときはお互い様だよ。』「じゃぁ、待ってるね。」パチンと愛子は携帯を閉じると、シーツに包まって目を閉じた。「え~と、302号室はここか。」 一方、愛子から頼まれて彼女が住むアパートへと来た愛美は、管理人さんに頼んで部屋の鍵を開けてもらい、部屋の中へと入った。「これね。」愛子が愛用しているピンクのノートパソコンを見つけると、用意していたバッグにそれとUSBメモリを入れ、部屋から出た。「ねぇ、そこの君。」「わたしですか?」 病院へと向かう途中、愛美は一人の男に声を掛けられた。にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
(まったく、冗談じゃないわ!どうしてわたくしが、あんな女の娘を今更引き取らないといけないの!) 自宅までタクシーに揺られながら、由利恵は初めて夫の裏切りを知った夜のことを思い出していた。 政治家の娘であった由利恵は、勝俊とは見合い結婚で、互いの家同士の利益を図る為の政略結婚で結ばれたカップルであった。見合いで結婚したものの、新婚の頃は勝俊とは毎年夏に軽井沢の別荘でテニスをしたり、週末にはクラッシックコンサートに行ったりするなど、仲睦まじいときがあった。 しかしそれも、周囲から跡継ぎの男児を期待されるようになってから、夫婦仲が徐々に冷え切ってゆき、勝俊の足は次第に自宅から遠のいていった。愛美を妊娠中、由利恵は通いの家政婦から、勝俊が飲み屋の女と会っていることを聞かされ、彼女は居てもたってもいられずに愛人が住むマンションへと乗り込んだ。「あなた、よくもわたくしを騙してくれたわね!この人でなし~!」髪を振り乱して夫の両頬を爪で引っ掻き、由利恵は女の部屋をめちゃくちゃにした。 その時、女は勝俊の子を妊娠していたのである。「わたくしが妊娠しているっていうのに、あの女に種付けして・・」「お願いだ、許してくれ!君を裏切ったことは大いに反省している!だからもう、彼女には手を出さないでくれ!」額を擦り付けんばかりに勝俊は由利恵に土下座したが、彼女は夫の不貞を許そうとはしなかった。「もう女には手を出さないわ。あなた、二つだけ条件を呑んでくれさえすれば、もうわたくし何もしませんから。」「それは?」「あの女には二度と会わないで!それと、子どもは認知しないこと!わかったわね!」 結局勝俊は渋々由利恵が出した条件を呑み、一人娘の愛美が生まれてから、彼は大人しくなった。 この20年間は平和そのものだった。自分を不幸のどん底へと叩き落したあの女が現れるまでは。「奥様、お久しぶりです。」いつものように友人と観劇に行った帰りにデパートで買い物をしていた時、あの女は馴れ馴れしく自分に話しかけてきた。「あなた、今更わたくしに何の用なの?」「奥様、最近お嬢様が柄の悪い男と遊んでいらっしゃるようですねぇ。」その女はそう言って口端を歪めて笑うと由利恵の前から去っていった。 勝俊があの女の娘を認知すると突然言い出したのは、由利恵が女と会った数日後のことだった。今更自分の前に現れてきて、一体あの女は何の目的で近づいてきたのか。いずれにせよ、自分と娘が暮らす家の敷居をあの女には跨がせないと由利恵は決意した。「ただいま、ママは?」「奥様はもうお休みになられました。」 愛美が帰宅して両親の寝室のドアをノックすると、中から返事がなかった。「ママ、寝ているの?」「なんですか愛美、騒がしい。何か用?」寝室のドアが開き、美白パック中の由利恵が不機嫌そうに愛美を見た。「あのね、愛子のことだけど・・」「あの子のことはもう忘れなさい!」愛美が愛子について由利恵に話を切り出そうとすると、彼女は愛美の鼻先でドアを閉めてしまった。(ママ、一体何があったのよ・・パパと愛子のお母さんとの間に?)にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
「君は叔父に近づいた目的は一体何だ?広田家の財産をあの女の代わりに乗っ取るつもりか?」「あたしは、そんなつもりじゃ・・」「やめろ篤俊、愛子さんを呼んだのはわたしだ!」「叔父さんは彼女に騙されているんですよ!」(“あの女”って、愛子のお母さんのことでしょう?一体パパと愛子のお母さんとの間に、何があったっていうの?)怒鳴りあう二人を見ながら、愛美は訳が解らず、ちらりと愛子のほうを見た。彼女はガタガタと身体を震わせ、蒼白な顔で事の成り行きを見つめていた。「あの、わたし・・帰ります。」愛子はそう言ってリビングのドアノブを握り玄関先へと出て行こうとしたとき、急に目の前が真っ暗になった。「愛子、どうしたの、しっかりして!」愛美の叫び声に、怒鳴りあっていた勝俊と篤俊は同時にリビングの床に倒れている愛子を見た。「どうした、愛美?」「愛子が急に倒れて・・彼女を病院に運びましょう!」「わかった。」 数分後、愛美達は都内の病院に居た。「ストレス性の胃潰瘍(いかいよう)です。暫く入院した方が良いでしょう。」「ありがとうございました、先生。あの子に会えますか?」「今は薬で眠っています。」ではわたしはこれで、と、愛子の担当医師は勝俊達に一礼すると廊下から去っていった。「ねぇパパ、どういうことなのか、説明して頂戴。」「そうだな・・何から話せばいいのか・・」 病院の喫茶室でコーヒーを飲みながら、勝俊はそう唸ると、静かに話し始めた。「愛子のお母さん・・吉家光子さんに会ったのは、彼女の勤め先であるスナックに偶然職場の上司の送別会で来た時のことだった。その頃わたしは、大学を出たばかりの平社員でね。今のように大きな後ろ盾もコネもなかった。しかし光子さんは、そんなわたしと付き合ってくれた。」「付き合ってたって・・愛子のお母さんとは古い知り合いだったのね?大学の入学式で会った時、初対面の振りをしていたじゃないの?そうしなければならなかったのは、隣にママが居たから?」「それもあるが、ママは光子さんとわたしとの関係を知っていた。」「じゃぁ、パパは愛子を実の娘として認知したってこと?」「するつもりだった。だが、ママがそれを許さなかったんだ。」「信じられない・・愛子とは出会った瞬間から気が合ったし、名前も同じ“愛”がついてたから、まるで姉妹みたいねって二人でよく言い合って笑っていたけど、まさか本当にわたし達が姉妹だったなんて。」愛子が実の姉だという衝撃的な事実を知った愛美は、これからどう彼女と付き合えばいいのかわからなくなった。「パパ、愛子を一体どうするつもりなの?広田の家に入れるつもり?」「そうしたいんだが・・お前は嫌か?」「全然構わないわ。今まで気が合っていたんだし、家族になっても上手くいくと思っているのよ。」「そうかしら?それは赤の他人として接していたからでしょう?血が繋がった姉妹としてあの子と付き合い始めたら、色々と衝突するんじゃないかしら?」「ママ・・」愛美が背後から声が聞こえたのでそちらを振り向くと、そこには訪問着姿の母・由利恵が立っていた。「あなた、わたくしは認めませんからね。あんな飲み屋の女が産んだ子どもを広田家の一員として迎え入れるなど、無理ですから。」由利恵はそう言うと、勝俊の頬を平手で叩いた。「ママ、やめて!」「あなたは何処までわたくしに恥をかかせるつもりなの!?」頬を打たれた勝俊が何も言わずに項垂れている姿を見て、由利恵は彼に背を向け喫茶室から去っていった。「ママ、待ってよ!」 愛美は慌てて由利恵の後を追ったが、彼女はもうタクシーに乗り込んだ後だった。にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
「また君か。何か用?」「ええ。ちょっとお話したいなぁって思って。」媚びる様な笑みを浮かべ、愛美はガブリエルを見た。「話なら、僕の方からはないけど?君の方に話があるっていうんなら、ここでもいいけど?」「おい、少しは気を遣えよ!」敬介がそう言ってガブリエルの脇腹を肘で突いた。ちらりとガブリエルが食堂の中を覗くと、好奇心を剥き出しにした寮生達が自分達の方を見ていた。「君たち、食事に戻ったら?見世物じゃないんだけど?」ガブリエルの声に、彼らは慌ててトレイを持って夕食を取りに向かった。 数分後、彼は人気のない中庭で愛美と向かい合っていた。「それで、話って何?」「わたしと、付き合って欲しいの。」「お断りだね。まず、君のように自分を安売りするような女とは、付き合えない。」「わたしは安売りなんかしてないわ!」「第二に、途中で人の話を遮る様な女は不快以外の何者でもない。」「だから、わたしは自分自身を安売りなんかしてないってば!」「殊更自分の非を認めようとはしない女は愚の骨頂だと僕は思ってる。そんな嫌いな女の条件が全て揃った君と、付き合うとでも?」口元に冷笑を閃かせながら、ガブリエルはじろりと愛美を見ると、彼女は急に押し黙った。「・・どうやら、異論はなさそうだね。」「ねぇ、どうしてわたしじゃ駄目なの?」「さっき言ったことが聞こえなかった?どうして僕が、君のような女と付き合わなきゃいけないの?君と付き合うことで何かメリットでもあるのかな?」「わたしと付き合えば、広田コンツェルンの娘婿としての将来は安泰だわ。それに、就職難にうちみたいな大企業で出世するには色々と都合が・・」「要するに、旧態依然の親族・家族経営をしているのか、君の実家は。そんな経営でバブル期に経営破綻した大企業が星の数のようにあるんだ。そんな誘い文句に簡単に乗る男が居るとでも?」ガブリエルの歯に衣着せぬ物言いに、愛美は言葉に詰まった。 このところ広田コンツェルンの経営は芳しくなく、社長である父は融資先の銀行頭取の一人息子と自分との縁談を進めようとしている。「何も言い返せないところを見ていると、図星のようだね。」ガブリエルはそう言うと、愛美を中庭に残して去っていった。 翌朝、愛美は父・勝俊に呼ばれて久しぶりに東京にある高級住宅街・蓮見台にある実家へと帰省した。「どうしたのパパ、いきなり呼び出して。」「愛美、お前に会わせたい人が居るんだ。」「なぁに、会わせたい人って?」リビングのソファに腰を下ろした愛美がそう言って勝俊を見ると、彼はどこか思いつめているかのような表情をしていた。「旦那様、いらっしゃいました。」「通してくれ。」「かしこまりました。」「失礼いたします。」 リビングのドアが開き、愛美と勝俊の前に現れたのは、愛子だった。「愛子、どうしてあなたがここに?」「愛美、この子は・・吉家愛子さんはお前と半分血が繋がった姉なんだよ。」「どういうことなの、それ!?パパ、わたし達にわかるようにちゃんと説明してよ!」愛美はそう叫んで勝俊に詰め寄ったとき、チャイムの鋭い音がリビングに鳴り響いた。「あの、わたし、また日を改めて伺わせていただきます・・」愛子はそう言うと、家政婦が持っていたコートを受け取ろうと腕を伸ばそうとした。「その必要はないよ。君のことは僕達の方で調べさせて貰った。」「篤俊(あつとし)さん・・」愛美は、愛子を見つめる従兄の顔に浮かぶ険しい表情を見て思わず息を呑んだ。にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
「じゃぁ、また明日ね~」「うん、また明日~」 一日の講義が終わり、愛子は教室の前で愛美と別れた。愛美は学生寮に住んでいるので、愛子が住んでいるアパートからは正反対の方向にある。(それにしても、あたしあんなこと言って大丈夫なのかなぁ?あいつらに目をつけられたりしないかなぁ?)図書館での一件を思い出した愛子は、今更ながらあのグループにこれからどんな目に遭わされるのだろうかという不安を抱きながら帰宅した。「あ、ガブリエルさん!」 一方、学生寮に帰るところだった愛美は、その途中でガブリエルの姿を見て彼に声を掛けると、彼は不機嫌そうに彼女に振り向いた。「何か用?」190センチもある長身に、均等に筋肉がつき、更に女である自分でも嫉妬するような美貌の持ち主を、どうしても愛美は落としたかった。 これまで欲しいものは何でも手に入れてきたし、高校のときは女友達よりも男友達の方が多かったし、彼らは自分をいつもお姫様扱いしてくれた。だから、ガブリエルから冷たくされたことに彼女はショックを受けると同時に、彼に腹が立った。(このわたしに冷たくするなんて、信じられない!)「もしかしてガブリエルさん、寮に住んでるんですか?」「そうだけど、それが君と何か関係でもあるの?」意を決して愛美がそうガブリエルに話しかけると、彼は冷淡な表情を浮かべて彼女を見た。「あたし、女子寮に住んでるんですよ。よかったら、途中まで一緒に行きません?」「断る。自分を安売りするような女、僕嫌いだから。」「え、今なんて・・」「じゃぁね。」愛美が馬鹿みたいに口を開けて呆然としている間に、ガブリエルは行ってしまった。(何よあれ、ムカツク~!いくら顔がいいからって、いい気になり過ぎよ!) ガブリエルが男子寮に入って靴を履き替えていると、同じ学科の吉田敬介が話しかけてきた。「なぁガブリエル、さっき広田に声掛けられただろう?」敬介はそう言ってニヤニヤしながらガブリエルを見た。「あの子のこと、知ってるの?」「知ってるも何も、あいつ、あの広田グループの社長令嬢だぜ?運が良かったら、お前玉の輿に乗るかもしれないぜ?」「僕、そういうのに興味ないから。じゃぁね。」ガブリエルがそう言って敬介の脇を通り抜けると、部屋へと入った。 高校生のときから日本で暮らしているガブリエルは、東欧の小国である故郷よりも日本の方が故郷だと最近思うようになってきた。それはひとえに、日本で育った母の血が半分入っているからだろうか。ガブリエルの母・セーラは、内戦時に日本人神父の養子となり、27歳まで日本で暮らした。そして父・リヒャルトとともに母国の土を踏み、紆余曲折を経てリヒャルトと結ばれ、高齢の祖父の代わりに国政に携(たずさ)わることになったのは、ガブリエルが高校を卒業する時だった。日本の大学へ進学するとガブリエルが母に伝えたとき、彼女は“頑張れ”と一言だけ告げ、何も言わなかった。不器用で照れ屋である母は、大っぴらにキスやハグといったスキンシップを取ることはなかったが、子ども達の自主性を尊重し、たまに叱られたりしたが、それは愛情ゆえからであった。(母上、元気にしてるかなぁ?)ふと母の声が聞きたくなり、ガブリエルはスマートフォンで国際電話を掛けた。『もしもし?』「母上、お久しぶりです。ガブリエルです。」『ガブリエル、こんな朝早くにどうした?わかったぞ、わたしの声が聞きたくなったんだろう?』「母上にはかないませんね。」『日本ではもう夕飯の時間だろう?余り夜更かしはするなよ。』「わかりました。お休みなさい、母上。」ガブリエルはそう言うと、スマートフォンの通話ボタンを押した。 夕飯を食べに食堂へと向かうと、敬介がガブリエルの肩を叩いて彼の隣へとやって来た。「なぁ、お前にお客さん来てるぞ。」「僕に客?」「ほら、あそこ。」敬介がそう言って顎で入り口の方を示すと、そこには嬉しそうにガブリエルに手を振る愛美の姿があった。にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
(あ、また来てる、あの人たち・・) 愛子が図書館に入ると、そこにはいつも図書館で騒いでる数人のグループが今日も居た。碌に試験勉強もせず、他人のノートやレポートを平気でコピーしては単位を取っているずる賢い連中を、愛子は嫌っていた。だが、自分が注意したところで彼らが何も変わるわけではない。愛子はなるべくグループと目を合わせないようにしながら、PCが置いてある場所へと向かった。 バッグからUSBメモリを取り出し、PCにそれを挿そうとした時、背後から悲鳴が聞こえたかと思うと、頭に何か冷たい物がかかった。「うわぁ、やっちゃった~」ケタケタと神経を逆なでする笑い声に愛子が振り向くと、そこにはあのグループの男子学生が立っていた。彼の近くには、静かにこの様子を見ている仲間がニヤニヤしながら立っていた。どうやら彼らはジュースを奪い合いになり、それが愛子の頭上にかかってしまったらしい。愛子は突然の出来事に呆然としながらも、レポートのデーターが入っているUSBメモリが濡れていないか確認した。幸い、USBメモリは濡れていなかったが、髪や服はずぶ濡れだった。「ごめん~」「それだけしか言えないの?」自分でもこんな大声を出せるなんて、愛子は思ってもいなかった。「あんた達、ここを何処だと思ってるの?遊びたいなら、よそで遊んでよ!いつもうるさく騒いで、こっちがどれだけ迷惑してると思ってるの!」「なんだよ、そんなにマジで怒ることないじゃん。」気弱な印象の愛子が突然大声を出したことに、ニヤニヤしていた男子学生たちは動揺し、周りから向けられる非難の視線に初めて気づいた。「どうしたの、何かあった?」愛子たちの前に、交換留学生のガブリエルがやって来た。彼は愛子達とは違う学科で、同じ講義を受けたことはなかったが、顔だけは知っていた。「いや、あの・・」「ちょっと、ふざけててこの子にジュース掛けちゃってさ・・」「ふぅん、君たちはいつもこんな所で騒いでるの?道理でいつもうるさい訳だ。」ガブリエルはそう言うと、グループを冷たく睨みつけた。「何だよ、俺達が悪いっていうのかよ!」「悪いに決まってるじゃん、馬鹿じゃないの?」彼らの会話を聞いていた近くの学生が、そう言って彼らを睨みつけた。「馬鹿騒ぎは外でやれ。全く、公共の場では騒ぐなと、パパやママに教わらなかったのか?」ガブリエルは口元に冷笑を閃かせながらそう言うと、そのグループは彼を睨みつけながらさっさと図書館から出て行った。「すいません、助けてくださってありがとうございました。」「いいんだよ。僕は当然のことをしたまでだ。それよりも、レポート頑張って。」ガブリエルは愛子の肩を優しく叩くと、颯爽と図書館から去っていった。「ねぇ、聞いたよ、図書館でのこと。あんた、あのグループに啖呵切ったんだって!?」「頭にジュースかけられて、カッとなって本音をぶちまけちゃった。」「いいんじゃない?あいつらの振る舞いにうんざりしている人たち、学内に結構居るんだよ。あ~あ、あたしもその世紀の瞬間に立ち会いたかったなぁ。」「そんなぁ、大袈裟に言わないでよ。」愛子がそう言って溜息を吐いた時、教室のドアが開いてガブリエルが入ってきた。「あ、君はさっきの・・」「初めまして、わたし、この子の友達で広田愛美っていいます、宜しく~!」愛美は愛子を押しのけ、ガブリエルの前に立って笑顔を浮かべた。「ちょっとそこ、退いてくれないかな?通れないんだけど。」「あ、すいません。」(わたしの情熱的なアプローチになびかないなんて、鈍感な男よね!)愛美はムッとした表情を浮かべると、さっと脇に退いた。にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
「はぁ、また駄目だったかぁ・・」自宅マンションの郵便受けに入った一枚の封筒を取り出しながら、就職活動中の吉家愛子(よしいえあいこ)は溜息を吐いてワープロ打ちの手紙を読んだ。“今回はあなたの希望に添えず、申し訳ございません。あなたのご健闘をお祈りいたします。”これで何社目だろうか。いつも書類審査の時点でこんな“お祈り”レターやメールが届き、なかなか面接まで行けない。リーマンショックで世界経済が破綻し、それまで買い手市場で就職活動を始めていた先輩達が次々と内定が決まったが、愛子の時はそれが一転してバブル崩壊時よりも最悪な就職難の中でスタートを切る羽目になってしまった。 卒業まであと1年4ヶ月しかないというのに、卒業後の進路が決まらないとなると愛子は焦りが募りつつあった。彼女は特に希望する職種などはなく、安定した会社で定年まで勤められる所なら何処でもよかった。だが、そんな会社はこの日本中を探しても何処にもないことを知っていた。しかし、諦める訳にはいかなかった。(マイナス思考は駄目よ、プラス思考でいないと!)気合を入れるため、愛子は頬を叩いて部屋から出て行った。「おはよう。」「おはよ、就活どうだった?」「全然駄目。これでもう100社目だよ?」「ドンマイ、ドンマイ。今は大企業だって危ない時代なんだからさ、焦ることないよ。」朝の講義が始まる前、愛子は同じ授業を取っている広田愛美がそう言って愛子を励ました。彼女は先週、アパレル会社から内定を貰っていた。「ねぇ、愛美は会社で何をしたいの?」「そうだなぁ、暫くはデザイナーの勉強でもしようかと思うの。本当は、ここの大学の服飾科に入りたかったけど、親が反対したんだよね。」「お嬢様は大変だねぇ。」愛美の父・勝俊は、日本でも有数の広田コンツェルンを束ねる会長で、一族代々男子のみが会社を継ぐしきたりがあるのだが、不運にも勝俊は息子には恵まれなかった。なので勝俊は、一人娘である愛美に相応しい家柄の男を娘婿としていずれは向かえ入れるつもりでいて、愛美に経営を学ばせようと大学進学を許したのである。「会社はどうするの?継がないの?」「親が敷いたレールの上で歩む人生よりも、自分で歩む人生の方がいいと思わない?」「そうだね。そうだ、今日バイト休みだから、あんたの就職祝いするね!」「うわぁ、ありがとう!」「じゃぁ今夜7時に、いつものお店で。」「わかったわ。」二人が話していると、始業のチャイムが鳴り、教授が入ってきた。「この後、講義あるの?」「ううん。締め切りが近いレポートあるから、図書館に行ってくる。」「気をつけてね。」愛美と別れ、愛子は図書館へと向かった。にほんブログ村
2013年03月10日
コメント(0)
ガブリエルと結婚してから半年が経ち、愛子はローゼンシュルツ宮廷での生活にすっかり馴染んでいた。とはいっても、周囲の貴族たちに対する愛子への批判の声が若干低くなっただけで、完全に自分が皇太子妃であることを認められていないことに、彼女自身うすうすと気づいていた。 その理由は、愛子に懐妊の兆しがないからであった。“まだ新婚なのだから焦ることはない”と、姑であるセーラは励ましてくれているが、それは彼女自身が不妊症ゆえ、かつて貴族達から心無い非難をされた辛さを嫁にさせたくないという気遣いから出た言葉だろう。セーラはガブリエルとナターリアという二人の子どもを出産したが、年齢的にもう出産適齢期をとうに過ぎていたので、自然と周囲は愛子に男児出産を願うようになるのだ。「皇太子妃様、余りお気になさることはありませんよ。」セーラとともに慈善団体の会合に出席した愛子は、そこでも跡継ぎのことを聞かれて言葉を濁した後に、女官の一人に慰められた。「子どもは天からの授かりものだというではありませんか。周囲がとやかく言う必要はございませんわ。」「そうね、余り気にしないようにするわ。」ガブリエルとは子どものことを何度か話し合ったが、彼は“そんなことは、自然に任せよう”と言ってくれた。「妊娠にはストレスが一番の大敵なのですよ。余り根詰めないようになされませ。」「わかったわ。」 そんな中、愛子はガブリエルとともにハプスブルク帝国へと向かった。ガブリエルの親友・アンジェリカ皇太子は、ちらりと愛子を見ると嬉しそうに笑った。「その人が、君を幸せにしてくれる女神様かい?」「ああ。それにしても、今回のことは・・」「もう言うなよ。今は独身に戻って自由を満喫しているんだから。」夫とアンジェリカが仲良くつれたってホーフブルクへと入っていく姿を見ながら、愛子は彼らの後をついていった。 その時、彼女は貧血に襲われ、地面に蹲った。「アイコ、大丈夫かい?」「ええ。あの、わたし・・」「もっと気をつけるべきだったね。まさか君が妊娠しているなんて思いもしなかったから。」「妊娠?」「ああ、先ほど侍医に診せたら、7週目に入っていることがわかった。」「よかった・・」愛子はまだ膨らんでいない下腹をそっと撫でた。「初めての子だから、色々と気をつけないとな。」「ええ・・お義母様達にも、知らせませんと。」「そうだな。」 二週間後、皇太子妃アイコが懐妊したというニュースが、世界中に瞬く間に知れ渡った。「もうわたしもお祖母様か・・普段の二人の様子を見ているとそろそろかと思ったが、まさかこんな早くになるとはな。」「そのようなことをおっしゃられて・・本当は嬉しくて仕方がないのでしょう。」「まぁな。」セーラはそう言うと、夫・リヒャルトを見て嬉しそうに笑った。 半年後、愛子は元気な男児を産み落とし、ローゼンシュルツ王国は新しい皇子の誕生に湧いた。―FIN―にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
愛子とガブリエルの結婚式は世界中に生中継された後、彼女の母国である日本は、“第二のロイヤルウェディング”と大々的に報道された。だが日本のマスコミとは違い、欧米のマスコミが関心を持っているのは、姑であるセーラ皇后と、嫁であるアイコ皇太子妃との仲であった。“アイコ皇太子妃、結婚披露パーティーにて昏倒。”“原因はセーラ皇后付女官たちによる嫌がらせか?”「全く、迷惑なことだな。」週刊誌の記事を読みながら、セーラは笑いながらそれを閉じた。「あの、何か書いてあったのですか?」「ああ。くだらない噂話だよ。アイコが気にすることはない。」「そうですか・・」「さてと、これからボランティア団体主催の慈善パーティーだ。行こう。」「わかりました。」 ガブリエルと結婚してローゼンシュルツ王室の一員となってから数ヶ月が経った。愛子は毎日公務に忙殺されながら、慣れぬ宮廷での暮らしも、セーラとガブリエルの支えられながら徐々に慣れていった。「皇太子妃様、ご機嫌よう。」「御機嫌よう。」「みんな、アイコのことを余りいじめないでくれよ。」「わかっておりますわ、陛下。いつだったかしら、結婚披露パーティーで粗相をなさった女官・・」「ああ、彼女なら暇を出した。」「そうでしょうねぇ。それよりも今度のバザー、楽しみですわね。」「ええ。」パーティーが終わった後、愛子はリムジンに乗り込んだ後、溜息を吐いた。「大丈夫か?」「ええ。でも、ああいう場所はやっぱり慣れません。」「社交場は何度行っても慣れないさ。華麗な世界だと思われがちだが、裏では他人の足を互いに引っ張り合い、本性を隠しながら笑顔の仮面を貼り付けているんだ。善人の振りをして近づく輩には気をつけろ。」「ええ、肝に銘じます。」「そうか、それはよかった。」 翌朝、愛子が目覚めると、日本の母からメールが来ていた。“愛子、あんたが向こうで色々と苦労しているのはわかるけど、良いお姑さんに恵まれてよかったわね。なかなか日本に戻ることは出来ないだろうけど、たまには顔を見せてよね、母より”たった数行の文章だったが、母からのメールは宮廷で不安な気持ちを抱いている愛子にとって、何よりも励みになるものだった。愛子は新規メールを開き、母への返事を書き始めた。“お母さん、こちらでは元気にしています。ごめんね、なかなか帰省できなくて。少し落ち着いたら、お土産を持って帰るからね。お義母さんはわたしのこと実の娘のように思ってくれてるから、嫁姑戦争は勃発しないかもね(笑)愛子より”「・・あの子ったら、馬鹿なこと言っちゃって。」娘からのメールを読みながら、光子は大声で笑った。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
「皇太子妃様、どうなさったのです!」「しっかりしてくださいませ!」何かが倒れる音と、女官達の悲鳴を聞きつけたガブリエルは女官達の元へと向かうと、そこには蒼褪めた顔をした愛子が倒れていた。「すぐに侍医を呼べ!」「はい、かしこまりました!」バタバタと慌しい足音を立てながら女官達が部屋から出て行くと、ガブリエルは自分の背後で貴族の令嬢がチラチラとこちらの様子を窺っていることに気づいた。「何か?」「あの・・皇太子様、わたくし、とんでもないことを・・」「少し話を聞こうか。ここでは人目がつくから、行こう。」「は、はい・・」ガブリエルが令嬢に腕を掴まれ、大広間から出て行く姿を、セーラは見ていた。「それで?君の所為だってどうしてわかるの?」「実は、皇太子妃様が倒れられたのは、わたしが変な質問をした所為で・・」「どんな質問をしたの?」令嬢は暫く迷った後、こう口を開いた。「実は先ほど女官達から皇太子妃様に対することを聞いてしまって・・それが事実かどうかを確かめたくて、皇太子妃様にそのことを尋ねました。」はじめは黙って彼女の言葉を聞いていたガブリエルだったが、その顔は徐々に怒りで赤くなりつつあった。「何て尋ねたの?」「お母様が、飲み屋を経営されているのは本当なのか、と・・」「そんなこと、君には全く関係ないはずだ!」「申し訳ございません・・」「君に変なことを吹き込んだ女官をここへ呼べ、今すぐに!」 数分後、愛子よりも蒼褪めている女官が令嬢に伴われながら部屋へとやって来た。「君か、この人にあることないことを吹き込んだのは?」「皇太子様、わたくしは・・」「言い訳はするな!よくもアイコを傷つけてくれたな!」ガブリエルは鬼の形相を浮かべながら女官へと詰め寄ると、彼女を突き飛ばした。「ただの冗談だったのです・・まさか気絶されるとは・・」「黙れ!この事は母上に報告しておく。君には暇を出す。」「そんな・・」「これ以上苦し紛れの言い訳をして僕を怒らせたかったら、よすんだな。あなたも彼女を連れてここから出て行ってくれ。そして、二度とその顔を僕の前に見せるな!」女官が恐怖の余り泣き叫ぶと、令嬢は彼女の腕を掴んで部屋から出て行った。「またあの女官か、つくづく懲りない女だな。」「母上、先ほどのやりとりを聞いていらしたのですか?」「ああ。ガブリエル、アイコの傍に居てやれ。妻が不安で居るというのに夫が傍に居てやれなくてどうする?」「わかりました。」セーラに頭を下げたガブリエルは、その足で愛子の自室へと向かった。「皇太子妃様、皇太子様がお見えですよ。」「申し訳ございません、折角のパーティーを台無しにしてしまいました。」「何を言うんだ、パーティーよりも君の身体の方が大事だよ。」パーティーが突如中止になってしまったのは自分の所為だと思い、愛子はガブリエルに詫びたが、彼は自分を責めるどころか自分のことを労わってくれた。「今日はもう疲れただろう?結婚式まで色々と大変だったから、ストレスが溜まってたんだよ。」「新婚なのに、情けないです。」「それは君が先に倒れただけで、僕も疲れがたまって倒れそうだったんだよ。何か欲しいものはない?」「安心したらお腹が空いてきました。ガトーショコラが食べたいです。」「わかった。少し待っていてね。」妻の額にキスしながら、ガブリエルは彼女の寝室から出て行った。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
「この度は、ご成婚おめでとうございます。」結婚式の後、王宮で行われる結婚披露パーティーで、愛子はガブリエルとともに周囲から祝福の言葉をかけられた。「ありがとうございます。」「セーラ様とは良い関係を築けそうですか?」「それはわかりません。」「あの方は人の好き嫌いが激しい方です。ですが、皇太子妃様は陛下に気に入られていられるようですから、安心ですわ。」「ねぇ、それは一体どういう・・」「あら伯爵、いらしていたのですね!」愛子が女官に詰め寄ろうとしたとき、彼女はさっさと何処かへと行ってしまった。(何なの、あの態度?)セーラとナターリアから嫌がらせについてきつく灸をすえられたにもかかわらず、女官たちの愛子に対する態度は相変わらず素っ気無い。彼女達が名家の出身であることを教えてくれたナターリアは、“血統主義のオールドミス”と彼女達をけなしていた。「あの人達の中には一時期、お兄様の花嫁候補として名乗りを上げた方が居たのよ。今回のあなたとお兄様との結婚が面白くないから、意地悪しちゃうんじゃないかしら?」 結婚式の前日、ナターリアはそう言って溜息を吐いた。「血統血統って、お祖母様たちの代でも民間出身の妃が居たのよ。それに、お母様だって王家の血をひいてはいるけれども、こちらに来られる前は民間人として暮らしていたの。それに、ハプスブルク帝国のミズキ皇后様だって、民間出身のお妃様だし。血筋なんて今は拘らなくてもいい時代になったのよ。」皇女という身分にありながら、血統主義に偏る宮廷貴族たちを、ナターリアは堂々と批判した。「ナターリアさん、わたし上手くやっていけるかしら?」「大丈夫よ、お母様とお兄様がついていらっしゃるんだから、心配要らないわ。だから周囲の雑音は気になさらないで。」「わかったわ。」「じゃぁわたしは向こうでお母様と話してくるから、これで失礼するわ。」「ええ。」ナターリアが去り、愛子は再び一人じっと会場の隅に立っていた。ガブリエルの姿を探すと、彼は友人達と何やら談笑している。彼の元へといきたいが、どんな会話が交わされているのかわからず、愛子は暫くここに留まることにした。「あら、あなたがアイコ様なの?」「はい、そうですが・・あなたは?」 突然誰かに肩を叩かれ、愛子が振り向くと、そこにはプラチナブロンドの巻き毛を揺らし、蒼いロングドレスを纏った少女が立っていた。胸元を彩る高価な宝石類を見て、彼女が何処かの貴族の令嬢だと愛子は悟った。「さっきあなたの女官達に聞いたのだけれど・・あなたのお母様、飲み屋を経営していらっしゃるって本当かしら?」令嬢の言葉を聞いた途端、愛子の中から全ての音が消えてしまったような気がした。 人々のざわめきも、楽団が奏でるワルツの音色も、全て。「あの・・わたしは・・」「皇太子様はあなたの何処に惹かれたのかしら?飲み屋を経営するあなたのお母様、あなたを皇太子妃にする見返りに、お金を貰ったのかしら?」完全に愛子を馬鹿にしたかのような態度を取る少女に、彼女は何も言えなかった。急に目の前が真っ暗になって、愛子はその場で倒れた。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
「アイコ様、失礼致します。」ガブリエルとの結婚式当日の朝、愛子は早めに朝食を済ませて純白のウェディングドレスに身を包み、教会へと向かうリムジンの到着を待っていた。「リムジンが着きました。」「そう・・いよいよなのね。」「余り緊張なさらないでください。さぁ、参りましょう。」「ええ、わかったわ・・」数人の女官たちにドレスの裾を持ってもらい、愛子はリムジンへと乗り込んだ。王宮近くの通りを見ると、そこは皇太子の花嫁を一目見ようと大勢の市民達が詰めかけていた。「わたし、大丈夫かしら・・」「大丈夫ですわ。美しいお顔が台無しになりますから、溜息をつくのはお止めになってくださいませ。」「ええ、わかったわ。」 やがて愛子たちを乗せたリムジンは、聖シャルロッテ教会の前に到着した。この教会は代々ローゼンシュルツ王族の結婚式や葬儀を執り行う由緒ある協会で、ここで結婚式を挙げられるのは王侯貴族だけとなっている。その教会で、爵位を持たぬ愛子が皇太子と結婚するーそのニュースは瞬く間に世界中に広がり、リムジンから降りてくる愛子の姿を捉えようと、何台もの取材陣のカメラが一斉にフラッシュを光らせた。 緊張した面持ちでリムジンから降りた愛子は、ゆっくりと教会の中へと入っていった。教会内部には、イエス=キリスト誕生と復活までを描いた壮麗なフレスコ画が描かれ、信徒席には王侯貴族たちが座り、愛子を観察していた。愛子が祭壇へと向かって歩くと、そこには軍服姿のガブリエルが立っていた。 真紅の絨毯がひかれたヴァージンロードを、愛子は父親代わりの舅・リヒャルトと腕を組みながら歩いた。「神の下で、この二人の若者は夫婦となりました。」司祭がそう言って愛子とガブリエルに微笑んだ後、結婚契約書を彼らに差し出した。愛子は震える手で署名すると、ガブリエルは彼女の緊張を和らげるかのようにそっと彼女の肩に手を置いた。「大丈夫だよ、リラックスして。」「はい・・」結婚契約書にサインし終えた二人に、司祭は祝福の言葉を掛け、彼らは神の下で永遠の愛の誓いを交わした。「ガブリエルさん、本当にわたしでいいんですか?」「いいに決まってるじゃない。もう僕は君のものだよ。」ゆっくりと教会から出てくる二人を、興奮した群集と壮麗な馬車が出迎えた。「さぁ、僕の手につかまって。」「はい。」ガブリエルは愛子を優しくエスコートして馬車に乗り込むと、金糸の刺繍を施した御者が馬に鞭を打ち、馬車は静かにリヒト市内中心部へと走り始めた。「皇太子様、万歳!」「皇太子妃様、万歳!」ローゼンシュルツの全国民、そして世界中から祝福を受けながら、愛子はこの日晴れてローゼンシュルツ王国皇太子妃となった。 それは愛子にとって人生最良の日でもあり、皇太子妃としての人生の始まりの日でもあった。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
「アイコ様、どうぞこちらへ。」リムジンからガブリエルにエスコートされて降りた愛子は、数人の女官達によって別室へと連れて行かれた。「あの・・」「よろしいですか、あなたはこれからローゼンシュルツ王室の一員となられるお方なのですよ、アイコ様。結婚式までにこの書物に書かれている項目に全て目をお通しくださいませ。」女官達の中で背が高い一人が、そう言って愛子に一冊の本を手渡した。「これは何ですか?」「王室典範です。ここには、宮廷のしきたりなどが書かれておりますから、こちらを参考にされるとよろしいでしょう。」「では、わたくし達はこれで。」女官たちが去った後、愛子は分厚い書物のページを捲ると、書物は全てロシア語で書かれていた。「女官たちに難癖をつけられたのかと思ったら、やっぱりね。」暫く経って、ドアが開いてナターリアが入ってきた。「こんなもの、読まなくてもいいのよ、お義姉様。」ナターリアは愛子の手から王室典範を取り上げると、窓を開けてそれを外へと投げ捨てた。「あの人達、お義姉様が民間出身のお妃だからって、嫌がらせを仕掛けてきたのよ。あんな幼稚なことをしても、すぐにバレてしまうのにね。」ナターリアはそう言うと、愛子の肩を優しく叩いた。「さぁ行きましょう、お義姉様。」「ありがとう、ナターリアさん。」「あら、わたくし何もしてないわよ?」 数分後、ダイニングルームに入ってきた愛子とナターリアの姿を見て、女官たちは気まずそうに彼女たちから目を逸らした。「あなた達、今回のことは黙っておいてあげるから、お義姉様に嫌がらせをするのは止めることね。」ナターリアが彼女たちをじろりと睨みつけると、彼女達はそそくさと部屋から出て行った。「馬鹿な人達。」「どうした、ナターリア?」「何でもないわ、お母様。」セーラがちらりと愛子の方を見ると、彼女は俯き唇を噛んでいた。「アイコ、後でわたしの部屋に来るように。」「はい・・」 夕食後、愛子がセーラの部屋へと入ると、彼女は窓の傍に立って外の風景を眺めていた。「失礼致します、陛下。」「そんな他人行儀な呼び方は止めろ。これからは家族となるんだから、お義母様と呼んで欲しい。」「あの、お義母様、お話とは何でしょうか?」「ナターリアから話は聞いた。女官たちにはわたしの方から厳しく言い聞かせておく。まぁ、この宮廷にはあいつらのように頭が固い連中も居るからな。」「やっぱり、わたしには無理なのでは・・宮廷のしきたりなど何も知りませんし、テーブルマナーだって・・」「そんなもの、毎日覚えればいい。わたしだって今はこうして皇帝として宮廷のトップに君臨しているが、ここに来る前は警察官として働いていたから、テーブルマナーも何も知らなかったんだ。」「まぁ、そうだったんですか?」「ああ。まぁ、今のわたしがあるのは、夫のお陰だと思っているよ。」セーラはそう言って照れ臭そうに笑った。「では、これで失礼いたします。」「余り無理しないようにな。」その夜、愛子はこれからの生活に対して抱えていた不安が、少し和らいだような気がし、久しぶりに熟睡した。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
「単刀直入に言おうか。こんな真似を二度としたら、タダじゃおかない。」「まぁ、あの写真をわたくしが送ったとでも?」そう言うと、由利恵はガブリエルを睨みつけた。「あなた、わたくしがどうして愛子さんを恨んでいるとお思いになるの?」「どうしてかって?あなたは、夫が外で作った女ーアイコの母親を恨んでいる。アイコは広田家から認知はされていないものの、広田氏はそうするつもりだ。それがあなたにとっては気に入らなかった。」「まぁ、良くご存知なのね。そうよ、あの写真を大使館を送ったのはわたくしよ。どうしてあんな子がローゼンシュルツの皇太子妃になられるなんて、おかしいじゃないの?本来ならば、愛美が・・」「あなたは、アイコを一方的に恨んでいる。その恨みを一方的にアイコにぶつけて、あなたは満足なんですか?」「うるさいわね!あなたに何がわかるというの、わたくしの気持ちが!わたくしは広田家でどんな思いで暮らしてきたか、知らないでしょう!?」由利恵は突然ヒステリックにそう叫ぶと、近くにあった写真立てをガブリエルに投げつけた。「奥様、どうかなさいましたか?」「この人はもう用が済んだそうよ!」「では、失礼致します。」ガブリエルは、広田邸を後にした。 数日後、成田空港で見送りに来た光子と別れを惜しみながら、愛子はガブリエルと共にローゼンシュルツ王国へと旅立った。「セーラ様、わたし宮廷のしきたりとか何も知りません。」「別にそんなことは気にしないでいい。」「でも・・」「やましいことを言う連中には、言わせておけばいい。わたしとガブリエルが守ってやるから、心配するな。」「ありがとうございます。」セーラに励まされ、愛子は少し緊張が和らいだ。 一方、皇太子の花嫁を迎える準備で忙しいローゼンシュルツ王国宮廷では、女官達が皇太子妃となる愛子のことを色々と噂をしていた。「ねぇ、今度皇太子妃となられる方の母親、何でも飲み屋を経営されているそうよ。」「まぁ、そうなの?」「そんな方が、この宮廷でやっていけるのかしら?」「そんなこと、わたくしたちには関係ないじゃないの。」彼女達はどうやって愛子という名の新参者に宮廷のしきたりを教えようかと陰湿な考えを巡らせていた。「お帰りなさい、お兄様。」「ただいま。」成田を出発した王国専用機がリヒトに到着し、空港で両親と兄、そして彼の婚約者を出迎えたナターリアは、そう言ってガブリエルに抱きついた。「お久しぶりです、ナターリアさん。」「まぁ、お義姉様。お久しぶりですわ。」「これから色々と、ご迷惑をお掛けすると思うけれど・・」「そんなこと、おっしゃらなくてもいいのよ。わたくしは、あなたの事を本当の家族のように思っているんだから。」「ナターリアさん・・」愛子がナターリアを見ると、彼女は嬉しそうに笑った。「お帰りなさいませ、陛下。」「ただいま。皆、これはガブリエルの婚約者で、アイコだ。宮廷のしきたりを陰湿な方法で教えようとする者は居るわけがないだろうが、宜しく頼む。」「もちろんですわ、陛下。」セーラの言葉に、女官達の笑みが少し引きつったのを、ナターリアは見逃さなかった。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
婚約発表の日、愛子は興奮と緊張の余り一睡も出来ぬまま、ガブリエルとともにローゼンシュルツ大使館での婚約発表記者会見に臨んだ。「この度は、ご婚約おめでとうございます。」「ありがとうございます。今回この婚約発表会見に至ったのは、マスコミの取材攻撃にアイコを守る為でもありますし、いつまでもダラダラと今のままの関係を続けてはいけないと思ったので、開きました。」「そうですか。では、次の質問へと移ります。ローゼンシュルツ王家の一員となられるアイコ様を、どのように支えますか?」「彼女は宮廷のしきたりといったものに疎い方です。これから彼女のことを気に入らない連中が、色々と煩く言うことでしょう。僕はそのような輩から彼女を守るつもりでいます。」「それは頼もしいお答えですね。お二人とも、お幸せに。」「ありがとうございます。では、これで失礼致します。」愛子の腕を取り、ガブリエルは記者会見場である大広間を後にした。「昨夜は眠れなかっただろう?ここには誰も来ないから、暫くゆっくりするといい。」「ありがとうございます。」無事に記者会見を乗り切れた安堵感からか、愛子は急に眠たくなってきた。 彼女はゆっくりと目を閉じながら、ソファに横たわった。「皇太子様。」「どうしたんだ、ロシェル?何かあったのか?」「アイコ様は?」「アイコなら、奥の寝室で休んでいる。」「そうですか。実は、こんなものが先ほど届きまして・・」ロシェルがそう言ってガブリエルに見せたのは、一通の封筒だった。何だろうと思いながら彼が封筒から中身を取り出すと、そこには愛子の顔にバツしるしがつけられた写真があった。「誰からだ?」「差出人の名前は書かれていませんでした。如何いたしましょう?」「無視しろ。」「かしこまりました。この手紙は処分致します。」ロシェルは、ガブリエルに頭を下げると、そそくさと手紙を持って廊下の角を曲がって消えた。あの写真のことが気になり、ガブリエルは探偵に命じて、ある人物の調査をして貰った。その結果、彼は彼女が住んでいる自宅へと向かった。「はい、どちら様でしょう?」「すいませんが、こちらは広田由利恵さんはおられますか?」「奥様はただいま、外出中でして・・」「そうですか。では奥様がお帰りになられるまで待たせていただきましょう。」ガブリエルはそう言って家の中に入ろうとする家政婦を押し切り、広田邸のリビングのソファに腰を下ろした。「奥様、大変です。あの方がいらっしゃいました。」「何ですって!?」居留守を使っていた由利恵は、ガブリエルが来たことに激しく動揺した。「どういたしましょう?」「もう居留守を使うなんて無駄よ。彼に会ってくるわ。」由利恵はリビングに入ると、ガブリエルを見た。「どうも、わざわざお忙しい中来てくださってありがとうございます。」「いえいえ、居留守をお使いになられるほどお忙しいのなら、お伺いするのを遠慮しようかと思いましたよ。」「まぁ・・」 ガブリエルの言葉に由利恵の笑みが若干ひきつった。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
数日後、愛子はガブリエルとともに実家の神戸へ帰省した。「まぁ、ガブリエルさん。お久しぶりねぇ。」「お久しぶりです、お義母さん。どうぞ、つまらないものですが。」「あらぁ、これあたしの大好物なのよ。ありがとう。」マカロンが入った紙袋をガブリエルが光子に手渡すと、彼女はいそいそとキッチンへと向かった。「今からお茶の支度するわね。」「いえ、遠慮なさらず。」「いいじゃないの、あたしの娘を嫁にもらってくれる何て言う人、ガブリエルさんだけだもの。」「お母さん、ちょっとそれどういう意味?」「いいじゃない、別に。さぁ、お茶にしましょ。」 数分後、光子に見送られながら愛子達は東京行きの新幹線に乗った。「あの・・ガブリエルさん、本当にわたしでいいんですか?」「いいに決まってるじゃないか。それよりも、これから忙しくなるよ。」「そうですね。結婚式の招待客リストとか、招待状出したりとか、色々としなければならないことが多いし・・」「まぁ、そういうことは全てこっちがするから心配しないで。これだけは聞いておきたいんだけど・・」「何でしょう?」「君が僕と婚約したことで、君に擦り寄ってくる連中が湧いてきたと思うんだ。その中で結婚式に招待しろっていう輩が居るかもしれない。そういう招待したくない奴らは招待リストに外してもいいから。」「そうですね。」愛子の頭の中で、大量の野菜を送ってくる親戚を招待リストから外した。「漸く出来た。」愛子は欠伸を噛み殺しながら、完成した招待リストを見た。「やっとできたね。」「ええ。」愛子が溜息を吐いていると、携帯がけたたましく鳴った。『愛子、どうして結婚式に招待してくれないの?』「だって伯母さん、披露宴で浪曲歌うんでしょ?いい加減親戚の結婚式を発表会の場にしないでくれる?」『だってぇ・・』「わたしもう眠いから、寝るね!」愛子は一方的にそう言うと、携帯の電源を切った。「野菜を送ってきた親戚から?」「うん。あの人過去に何度か親戚の結婚式を自分の稽古事の発表会にしてるのよ。だから招待したくないの。」「それは嫌だね。さてと、もう遅いから寝ようか?」「ええ。お休みなさい。」愛子はガブリエルとキスを交わすと、それぞれの寝室へと入っていった。 翌朝、ガブリエルが鬱陶しげに前髪をかきあげながら寝室から出てくると、キッチンで愛子が朝食を作っていた。「おはようございます。」「おはよう。何作ってるの?」「目玉焼きです。あの、嫌いだったら他のもの作りますから。」「いや、いいよ。それよりもマスコミに一日中追い掛け回されるのは嫌だろう?そろそろ記者会見でも開こうかなと思って。」「そうですね。いつ開きます?」「明日。」「え、そんな急に!?わたし、お洒落な服持ってないですけど・・」「そんなのスタイリストに任せておけばいいから。」「でも・・」ガブリエルは愛子と婚約発表の記者会見を大使館で開くことを決めてしまい、愛子はその日の夜、一睡も出来なかった。にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
あの日からーガブリエルからプロポーズされた時から、平凡な女子大生だった愛子の人生は大きく変わった。「今のお気持ちをお聞かせください!」「お式はいつですか!?」「どんなドレスをお召しになられるのですか!?」朝早く起きて愛子が自宅アパートから出ると、彼女を一斉にマスコミが取り囲んだ。「いえ・・あの・・」「ローゼンシュルツ宮廷で上手くやっていける自信はおありですか!?」矢継ぎ早に質問を浴びせられ、愛子は何も答えることができなかった。「アイコ、どうしたの?」ガブリエルと大学で会うと、愛子は溜息を吐きながら彼の隣に座った。「今朝、アパートにマスコミが来たのよ。一体何処でわかったのかしら?」「今やネットで個人情報が簡単にばれる時代だ。色々と用心した方がいい。」「そうね。今日は午前中の講義だけで終わるから、家でゆっくりしてるわ。」 午前中の講義が終わり、愛子はそそくさと大学を後にしてアパートへと戻った。(良かった、誰も居ないわ。)最近自宅前にマスコミが張り込んでいることが多いので、今日は珍しく彼らの姿がないことに気づいた愛子は、安堵の表情を浮かべながら部屋の中へと入った。今日はDVDを観ながら過ごそうー彼女がそう思いながらノートパソコンの電源をつけた時、玄関のチャイムが鳴った。(誰かしら?)インターホンの画面を愛子が見ると、そこには田舎の親戚が居た。『愛子ちゃん、開けて!』「あの、おばさんどうしたの?」『あんたが結婚するって聞いて、わざわざ来たのよ~!』「今、都合が悪いのよ。また今度にしてくれない?」『なんだぁ、折角来たのに。いいわ、じゃぁ玄関前にお土産置いておくからね。』「え、ちょっと・・」愛子が止める間もなく、玄関の前に何かが置かれる音がした。(全く、何なのもう・・) 愛子が溜息を吐きながらドアを開けると、そこには段ボール箱に詰まった野菜が置かれてあった。一人暮らしなのでこんなに要らないって言ってるのに・・愛子は呆れながら段ボール箱を抱えて部屋の中に戻り、ノートパソコンの電源を入れた。「あ、もしもしガブリエル?少し頼みたいことがあるんだけど、今いいかしら?」『いいよ。どうしたの?』「あのね、親戚が野菜を大量に送ってきて困ってて・・」『僕も困っててね。大使館のパーティーで使う食材が手に入らなくて。』「良かった。じゃぁ取りに来てくれるかしら?」『いいよ。』数分後、ガブリエルは段ボール箱に詰まった野菜を抱えながら、その足で大使館へと向かった。「皇太子様、それは?」「アイコの親戚が土産に置いて来た野菜だ。これでパーティーの食材が揃ったな。」「そうですね。助かりました。」大使館に勤めるシェフたちは、安堵の表情を浮かべた。その夜、ガブリエルから愛子に感謝の旨を伝える電話が入った。『ありがとう、今日は助かったよ。』「いいえ。じゃぁ、お休みなさい。」にほんブログ村
2013年03月01日
コメント(0)
セーラの訃報を聞き、素早く動いたのは司祭達で、宮殿内ではあわただしく葬儀の準備が行われた。 リヒャルトはセーラの言いつけどおり、彼女が生前使っていた執務室の金庫から一枚の書類を取り出し、それに目を通した。そこには、自分亡き後の皇位継承権について、ガブリエル皇太子とその妻・アイコとの間に生まれた子供の性別は関係なくそれを認めるというものだった。600年にわたって皇位継承権を持つのは男子のみとされていたローゼンシュルツ王室にとって、セーラの遺言は異例のものであった。「そんな・・お義母様がそのようなことを書かれていたとは・・」「もう時代は変わったと、あの方は察しておられたのでしょう。」葬儀の前、リヒャルトがアイコに書類を見せると、彼らは驚愕の表情を浮かべた。「もう男子のみが皇帝となる時代ではない。進歩しつつある時代の流れに乗らなくては、国の発展は望めぬと、最後に結ばれております。アイコ様、これであなたが貴族たちに後ろ指指されることもなくなりました。」「ええ・・」アイコはそういうと、涙を流した。 ガブリエルと結婚し、長男を出産するまでの間、彼女は民間出身の妃であるという理由から、保守的な考えを持つ貴族たちに苛められてきた。長男・竜が誕生してからも、病弱な彼のことを貴族たちは「期待はずれの皇子」と陰口を叩いていた。だがそのたびにアイコを守ってくれたのは、姑のセーラだった。彼女亡き今、アイコはセーラに代わってこの国を夫とともに支えようと決意した。「皇太子妃様、そろそろお時間です。」「わかったわ。」 セーラの葬儀は全世界で生中継され、王家の血をひきながら異国で警官として働き、流転の日々を過ごした彼女の数奇な生涯と、その死を人々は悼んだ。とりわけセーラが幼少期から青年期までを過ごした日本では、彼女の生涯を振り返る特集が組まれたスペシャル番組が放送されていた。「セーラ様がお亡くなりになられたことが、まだ信じられませんわ。この間までお元気でいらしたのに・・」「ああ、そうだな。」葬儀に参列したハプスブルク皇帝・ルドルフとその妻・ミズキは、教会から出てセーラの棺がゆっくりと皇帝一族の霊廟へと向かう様子を静かに見つめていた。「いつか、会えますよ。」「そうだな・・すぐにとはいかないが、いつかまた彼女と会える。その日まで、精一杯生きよう。」「ええ、あなた。」 リヒャルトは葬儀を終えた後、セーラの寝室へと入った。部屋の主亡き後、そこはセーラがまだ居るような気がしてならなかった。(セーラ様、わたしがあなた様に代わってこの国を守ります。だから安心して天国から見守ってください。)リヒャルトは静かに眼を閉じてそうセーラに語りかけると、そっと彼の頬を風が撫ぜた。まるで、あの世からセーラが来てリヒャルトに会いに来たかのように。「リヒャルト様、こちらにいらっしゃったのですか。」背後で声が聞こえ、リヒャルトが振り向くと、そこには皇太子妃付の女官が立っていた。「どうした?」「実はさきほど、皇太子妃様が産気づかれまして・・」「わかった、すぐ行く。」最愛の人を失った今、新しい命が生まれようとしている。(あなたのおっしゃった通りになりましたね、セーラ様。ひとつの命が死に、新しい命が生まれ次の世代へと繋がれてゆく。その血脈は決して絶えることはない・・)「リヒャルト様、お早く!」「ああ、わかった。」 新たな命の誕生を見届けるべく、リヒャルトはセーラの寝室から去っていった。―FIN―にほんブログ村
2013年02月12日
コメント(0)
2032年7月25日。ローゼンシュルツ王国皇帝・セーラ、死去。「セーラ様、しっかりなさってください!」「耳元で喚くな、うるさい・・」宮殿の奥―皇帝の寝室で、セーラは苦しそうに呼吸を繰り返しながら自分の枕元に立ち手を握る夫・リヒャルトを疎ましげに見た。「もうわたしは充分に生きた。心残りはもうない。」「これからわたしは一体どうやって生きていけばよいのですか?わたしはずっとあなた様と共に居たというのに!」「リヒャルト、黙れ。そしてこれからわたしがいう事をよく聞け。」泣いて自分にすがる夫を、セーラはまるで見えない鞭で彼の頬を打つかのような厳しい口調でそう言うと、彼を睨みつけた。「もうわたしは神の下へ逝くだろう。わたし亡き後、金庫に入っている書類に目を通すように。わかったな?」「はい・・」「身重のアイコをお前が一番に気遣ってやれ。ガブリエルに任せておいた方がいいかもしれんが、あいつは仕事の都合上、わたしの葬儀には参列できないだろうから。」「わかりました・・」先ほどまでの苦しそうな様子とは打って変わって、セーラはベッドから起き上がって背筋を伸ばしながら、リヒャルトの目を真っ直ぐに見つめていた。「お義母様!」寝室のドアが大きな音とともに開けられたかと思うと、寝室に妊娠8ヶ月のアイコ皇太子妃が入ってきた。「アイコ、そんなに急いで走るとおなかの子がびっくりするだろう。」「お義母様が危篤だと知って、急いで駆けつけてきたのです。夫にもこのことを知らせないと・・」「アイコ、ガブリエルはここに駆けつけたくても出来ない理由があるんだ。それを察してやれ。」姑の言葉に、遠く戦地で汗を流している夫の姿を思い浮かべながら、アイコは静かに頷いた。「まさか、こんなにも早くお別れのときが来るだなんて思ってもみませんでした。せめて、この子の顔だけは見てくださった後でもよかったのに。」「新しい命と引き換えに、一つの命が去ることは当たり前のことだ。それよりもリュウを気遣ってやれ。わたしの看病とお前の妊娠が重なって、あの子も色々と辛い思いをしてきただろうから。」「はい、わかりました。竜を呼んで参ります。」アイコは今一度、自分を支えてくれた姑の顔を見た。民間出身の皇太子妃として、宮廷で様々な嫌がらせに遭ったが、セーラが身を盾にして自分を守ってくれたことは決して忘れない。「わたしはリヒャルトと話があるから、ゆっくりでいいぞ。」「はい・・」アイコはセーラに頭を下げると、涙を必死に堪えながら寝室から出て行った。「リヒャルト、わたしはもうすぐ神の下に召される。だがこんな状態のお前を見れば、まだ安心して逝けないな。」セーラは半ば呆れたような顔をしながら、涙を必死で拭うリヒャルトを見た。「セーラ様・・」「まったく、お前はもうとっくに大人になったのかと思ったのに、こんなときに赤ん坊に戻ったのか?」セーラはそっとリヒャルトの手を握って彼を安心させ彼の顔を再び見ようとしたが、何故か視界が急に暗くなり全てのものが見えなくなった。「セーラ様、しっかりしてください!」セーラの異変に気づいたリヒャルトが医師を呼んでいる間に、彼女は静かに息を引き取った。 その死に顔は、笑っているようにも見えた。にほんブログ村
2013年02月10日
コメント(0)
「みんな~、ひとつずつプレゼントを交換していってねぇ!」「は~い!」プレゼントの箱をひとつずつ回しながら、子ども達は『ジングル・ベル』を謳っていた。「はい、そこでストップ!みんな、プレゼントを開けてね!」「は~い!」子ども達はプレゼントの箱を開けると、それぞれ歓声を上げた。「うわぁ~、これ欲しかったんだ!」「あたしの熊さん、戻ってきた!」笑顔を浮かべる子ども達を見ながら、聖太達職員は嬉しそうに笑った。「これ、俺が欲しかったゲームボーイだ!」裕樹がプレゼントの箱を開けると、そこには前から欲しかったゲームボーイが入っていた。「セーラは何もらったの?」「僕はこれ。」そう言ってセーラが裕樹に見せたのは、彼が欲しがっていた腕時計だった。「なぁセーラ、お前にだけは特別にこれで遊ばせてやるよ。」「いいの?」「いいに決まってるだろ!後で俺の部屋に来いよ。」「うん、わかった。」 交換会の後、裕樹とセーラはゲームボーイで遊んだ。「二人とも何してるの、早く寝なさい!」「は~い。」職員がやって来ると、裕樹はそう言ってそそくさとゲームボーイを枕の下に隠した。「あの人、怖いからな。上手く隠せよ。」「うん、わかった。」 セーラは次第に、実の家族のことを忘れていき、毎年クリスマスは聖太達と楽しく過ごした。そしていつしか彼は、完全に実の家族のことを忘れていった。「セーラ様、外をご覧下さい。素敵なイルミネーションですよ。」「ああ、そうだな。」セーラがリムジンの窓から外を見ると、都心のイルミネーションがまるで宝石のように街を彩っていた。「何だか、昔のことを思い出すな。」「昔のこと?」「ああ、横浜の施設で暮らしていた時、クリスマスをみんなで過ごしたことがあった。まだ俺が皇太子だと知らなかった頃は、平和だったな・・」そう言ってイルミネーションを見つめるセーラの横顔は、何処か寂しそうに見えた。「今は?こうしてわたしと夫婦となって初めて過ごすクリスマスは?」「まぁ、悪くはないな。」「そうですか、それは安心しました。」リヒャルトはそう言うと、セーラの手を握った。「これは?」「わたしからの、ささやかなクリスマスプレゼントです。」「ふぅん・・」セーラは小さな箱を手の中で暫く弄んだ後、包装紙のリボンを解いて箱を開いた。そこには、有名宝飾ブランドのネックレスが入っていた。「ありがとう。ホテルから戻ったら俺からたっぷりお返ししてやろう。」セーラはそう言うと、リヒャルトの首に腕を回し、彼の頬にキスをした。―FIN―にほんブログ村
2012年12月23日
コメント(0)
「だから、あいつらが先にセーラを苛めたんだってば!なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ!」「あなたがそう言っても、相手に怪我をさせたのはあなたでしょう!?」 セーラを苛めていた相手が入院し、裕樹は学校から連絡を受けて駆けつけてきた職員と口論していた。「本当に、今回は申し訳ございませんでした。」「全く、これだから施設の子は乱暴で困るのよ!親から碌に躾を受けていないから、顔を引っ掻いたりできるんだわ!うちの王子の顔に傷跡が残ったらどうするつもりなの!」平身低頭の職員に対し、裕樹に殴られた少年の母親は居丈高にそう捲くし立てた。「何が王子だよ、馬鹿じゃねぇのおばさん!豚みたいな顔して何処が王子だよ!」「何ですって、生意気な子ね!」「うるせぇ、俺は本当のことを言っただけだろうが!この豚親子が!」裕樹は親子を睨みつけると、廊下から荒々しく立ち去っていった。「裕樹、ごめんね。僕のせいで・・」「うるせぇ。俺はお前を守る為にやったんじゃないからな。勘違いするなよ!」裕樹はそう言うとセーラにそっぽを向いたが、彼はどこか照れくさそうな表情を浮かべていた。「ねぇ、もうじきクリスマスでしょう?クリスマス会、楽しみだねぇ。」「クリスマス会なんて、俺の家にはなかったよ。あいつら、俺のことを殴ったりしてた。クリスマスプレゼントなんて、貰ったことねぇよ。」 裕樹は実の両親から虐待を受け、里親先でも虐待を受けた末、「白百合の家」へとやって来た。そんな彼に、クリスマスの話をするなんて無神経だということに、セーラは気づいた。「ごめん、無神経だったね。」「いいんだよ。俺なんかのところに、サンタクロースが来る訳ない。ま、あの豚の泣き面見ただけでも嬉しかったけどな。」裕樹はそう言うと、にっこりと笑った。顔の片側に残る醜い火傷痕は、施設に来た頃は赤く焼け爛れて酷い状態だったが、何回か手術を受けて少しはマシになった。だが、完全に傷が塞がることはないだろうと、専門医から言われた。 それでもよかった、あの両親の元に戻されないのなら。「裕樹、もう行こう?ここ、寒いよ。」「うん、わかった。」 裕樹とセーラが施設に戻ると、案の定職員からこっぴどく叱られた。「セーラ、裕樹、余り先生を困らせてはいけませんよ?」「はい、わかりました。」「まぁ・・豚に豚と言っても罪にはなりませんからね。」聖太はそう言うと、ニヤリと笑った。 翌日、施設ではクリスマス会が行われた。「メリー・クリスマス。皆さんが来年も幸多い年となりますように。」「メリー・クリスマス!」子ども達にとって一番楽しみなのは、クリスマスのご馳走だった。七面鳥とチキン、そして弁当屋で予約したオードブルとピザを囲みながら、子ども達は笑顔を浮かべていた。楽しい晩餐の後、おまちかねのプレゼント交換会となった。にほんブログ村
2012年12月23日
コメント(0)
「あの子を、タチバナ神父の元に預ける。」「あなた、本気ですの、それは?」「ああ。あの子は皇太子・・いずれこの国を担う存在だ。酷だと思うが、そうするしかないんだよ。」「そんな・・なんてこと・・」アンジェリカはショックの余りその場で泣き出した。「あなた、いつか必ずあの子と会えますわよね?」「ああ、きっとまた家族と一緒にクリスマスを過ごせるさ。その日が来るまで、静かに耐えるんだ。」 専用機に乗り込んだ皇帝夫妻は、窓の外から次第に遠くなりつつある母国の風景を眺めた。「ねぇ、みんなはどうしたの?」「お母様たちは、安全な場所に先に行かれ、あなた様と会える日を楽しみに待っておられるのですよ。」 皇帝夫妻が亡命した後、誰も居ない宮殿の一室で、セーラは旅支度をしていた。彼が身に纏っているのは、襟の部分に白薔薇を象ったレースがあるワンピースで、長い金髪は結い上げられている。「どうして僕は、女の子の格好をしているの?」「それは、あなたの身の安全を守る為ですよ。」橘聖太はそっとセーラと同じ目線になるように腰を曲げると、そう言って彼に微笑んだ。「じゃぁ、みんなもう死なないの?」「ええ、そうですよ。」セーラの無邪気な言葉に、聖太は泣きそうになった。「さぁ、参りましょうか?」「うん!」聖太の手を、セーラは力強く握り締めた。その後、二人はイタリア経由で日本へと向かった。「ねぇ、まだ着かないの?」「まだですよ。この電車に乗ったら、もうすぐですからね。」成田空港から横浜へと向かう電車に揺られながら、セーラはいつの間にか頭を聖太の頭に預けて眠ってしまった。(セーラ様、いつかご両親と再会できるその日まで、わたしがあなたをお守りいたします。)やがて二人を乗せた電車は終点・横浜へと到着し、セーラは聖太とともに彼が運営する児童養護施設「白百合の家」で暮らすこととなった。「僕、ここで暮らすの?」「ええ、そうですよ。」「じゃぁ、あなたのことを今日からお父様と呼んでもいい?」「ええ、構いませんよ。」こうして、セーラの新しい生活が始まった。 施設での生活は、余り楽ではなかった。親から虐待を受けたり、経済的に育てられずに施設に預けた子どもらが集まる場所で、セーラは何処かその子どもらとは違ったところがあった。やがてセーラは小学校に入学することになったが、そこで彼を待っていたのは、陰湿ないじめだった。「おい、外人がいるぞ!」「おい、無視すんなよ!」セーラが教室に入ろうとしたとき、数人の男子児童達が彼の周りを取り囲むと、傘でセーラの足を突き刺した。「てめぇら、何してんだ!」ニヤニヤと笑いながらセーラを取り囲んでいるいじめっ子達の前に現れたのは、同じ施設で暮らす裕樹だった。「セーラに手ぇ出しやがったら、俺が承知しねぇぞ!」裕樹はそう言うと、いじめっ子のリーダー格の顔面に強烈なパンチを浴びせた。にほんブログ村
2012年12月23日
コメント(0)
西暦1994年12月24日、ローゼンシュルツ王国・白鳥宮。この日、王国中ではイエス=キリストの生誕を祝うミサが各地の教会で行われていた。「メリー・クリスマス。」「メリー・クリスマス、陛下。」白鳥宮で行われているクリスマス・パーティーには、皇帝夫妻と彼らの間に生まれた三人の子ども達―セーラ、マリア、そして皇妃・アンジェリカの腕に抱かれているフリードリヒの姿があった。セーラは長い金髪を蒼いリボンで結び、黒地の軍服を着ていたが、貴族達は彼のことを女児だと見間違うことが多かった。「お兄様はずるいわ。わたしよりも綺麗なんですもの。」セーラの隣に立っていたマリアは、そう言って頬を膨らませながら言った。「そんなことないよ。お前だって綺麗だ。」「おせじなんて言われても嬉しくありませんわ。」そう言って拗ねた妹の頭を、セーラは溜息を吐きながらポンポンと叩いた。「まぁ、どうされたのです?」そんな二人の前に、フリードリヒの乳母・レティシアが現れた。「みんな、お兄様ばっかり見ているのよ。わたしだって居るのに!」「まぁマリア様、機嫌を直されませ。あちらで美味しいお菓子をご用意しておりますから、一緒に参りましょう。」「ええ、わかったわ。」涙で潤んでいたマリアの紅い瞳はレティシアを暫く見た後、彼女とともに会場から出て行った。「セーラ、マリアは何処?」「マリアなら、レティーが連れて行ったよ。」「そう。セーラ、一緒にいらっしゃい。お前に会わせたい人が居るのよ。」「会わせたい人?どなたなの、お母様?」「それはお母様と一緒に行けばわかるわ。」 アンジェリカとともに、父親が居る場所へと向かったセーラは、そこで赤い司祭帽と白い法衣を纏ったバチカンの司祭が立っていることに気づいた。「神父様、紹介いたしますわ。この子が第一皇子のセーラです。セーラ、こちらはバチカンの、タチバナ神父様よ。ご挨拶なさい。」「初めまして、セーラです。」「あなたが、皇太子様ですね。」タチバナ神父はそう言うと、慈愛に満ちた眼差しでセーラを見た。「本当に皇妃様に良く似ていらっしゃる。」「よく言われますわ。神父様、セーラのことを宜しくお願いいたしますね。」「ええ。」タチバナ神父は皇妃の言葉に頷くと、包装紙で彩られたクリスマスプレゼントをセーラに渡した。「これを、僕に?」「ええ。あなたにですよ、皇太子様。」「ここで開けていい?」「勿論ですとも。」セーラがプレゼントの箱を開けると、そこには聖母マリアのメダイが入っていた。「これを肌身離さずお持ちください。きっとどんなことがあろうとも、マリア様があなたをお守りくださいますよ。」「ありがとう!」 その日が、一家揃って祝う、最初で最後のクリスマスとなった。翌年、ローゼンシュルツ王国にて内戦が勃発、戦火は首都リヒトにも迫りつつあった。「あなた、子ども達は・・」「マリアとフリードリヒはわたしたちと共に国外へ亡命する。」「では、あの子は?セーラはどうなさるおつもり?」「それは、タチバナ神父に頼んである。」「頼んである、ですって?」 アンジェリカの蒼い瞳が、大きく見開かれた。にほんブログ村
2012年12月23日
コメント(0)
2009年6月から書き始めたこの小説も、漸く最終回を迎えました。3年3ヶ月の間、色々とスランプがあり、更新が停まったことがありました。けれども、この物語のラストを書きたくて、キーボードを叩く手が止まりませんでした。そして遂に、ラストシーンを書けました。 最後はリヒャルトでも聖良でもなく、意外な人物が登場して終わりましたが。この場で改めて、この小説を読んでくださった皆様にお礼申し上げます。特に、わたしの小説に温かいコメントをくださった風とケーナ様、ふろぷしーもぷしー様、ゆり様、あみりん様、本当にありがとうございました。2012.9.28 千菊丸
2012年09月28日
コメント(0)
あの戦いから、1年半の歳月が経った。街には未だあちこちに弾痕が残るものの、人々の生活は戦いとは変わらず市場は活気に満ちていた。 そんな中、王宮では聖良は夜着から美しいドレスへと着替えている最中だった。「セーラ様、ティアラはどうなさいますか?」「いや、このサファイアのネックレスだけでいい。」「かしこまりました。」鏡に映る自分の顔を見て、聖良は否応なしにミカエルのことを思い出してしまった。 1年半前のあの雨の日、濁流へと身を投じたミカエルの遺体は発見できなかった。彼の生死は依然わからず、聖良は時折陰鬱(いんうつ)な気分に襲われた。「セーラ様、どうかなさいました?ご気分でも悪いのですか?」「いや・・」「ミカエル様のことを、考えていらしたのですか?」聖良は思わず女官の顔を見てしまった。「ああ。長い間会っていなかったのに・・彼から色々と酷い目に遭わされたのに、どうしても彼を憎めない。実の兄弟だからかな?」「そうでしょうとも。さぁ、参りましょうか。」「ああ・・」二人の女官に支えられながら、聖良は部屋から出て行った。 一方、王宮前広場では、バルコニーに国王一家がいつ登場するのだろうかと国民達が首を長くして待っていた。幾度も内戦で傷ついたこの王国は、22年もの時を経て復興への道を歩み始めていた。彼らにとって王室は国の象徴であり、共に自分たちと銃を手に取り戦った皇太子は“希望の星”であった。「あ、皇太子様だ!」「本当だ、出てきたぞ!」彼らが顔を上げると、国王一家がバルコニーへと出てきた。美しい宝石の勲章を幾枝にも肩に下げたアルフリート国王と、濃紺の落ち着いた色合いのドレスを纏ったアンジェリカ皇妃が国民達に向かって手を振ると、彼らは一斉に“王国万歳”と叫んだ。そして、聖良が登場するなり広場は歓声に包まれた。赤を基調とした美しいドレスを纏い、サファイアのネックレスを提げた聖良の姿は、威厳に満ちていた。「王国万歳!」「セーラ皇太子、万歳!」国民達は旗を振り、聖良たちに向かって口々にそう叫んだ。聖良は幸福に満ちた笑顔を浮かべながら、彼らに向かって手を振り続けた。「セーラ様、もうすぐ成田空港に着陸いたしますよ。」「そうか。日本に帰るのは久しぶりだな。」「ええ。」聖良は王国専用機の窓から第二の祖国を見た。『ただいま、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラ=タチバナ様御一行がご到着されました。』ラーメン屋で聖良の来日中継を見ていた山下知幸は、聖良の顔がアップになった途端溜息を吐いた。「すっかり雲の上の人になっちゃったなぁ・・」彼がそう呟いた瞬間、携帯が鳴った。「もしもし署長?え、俺がセーラ様の警護を!?はい、すぐ行きます!」半分食べかけのラーメンを残し、和幸はラーメン屋を飛び出していった。―FIN―にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(2)
「ミカエル様、セーラ様は怪我人です、どうか・・」「さがれ、リヒャルト。」「ですが・・」「さがれと言ったのが聞こえなかったのか?」聖良はじろりとリヒャルトを睨みつけると、ミカエルの元へと一歩近づいた。「お前とは決着をつけないとな、ミカエル。」「そうこなくっちゃ。」ミカエルはそう言うと、蒼い瞳を閃かせながら笑った。「こんな得物だと体力を消耗するから、これでどう?」ミカエルは長剣を聖良の方へと放ると、彼はそれを受け取り飾り房ごと鞘から刀身を抜いた。「悪くないな。」「周りを囲め、だが手出しはするな。」「はっ!」治安部隊が瞬く間に円陣を組み、聖良とミカエルの周りを取り囲んだ。緊迫した空気が流れる中、互いに間合いを取った二人は同時に地面を蹴り、斬り結んだ。「なかなかやるじゃない?日本に居たころよりも強くなったね?」「それはどうも!」聖良はそう言うと、ミカエルの向こう脛を蹴飛ばした。「どうして双子として生まれてきたんだろうね、わたし達は?」じりじりと聖良との間合いを詰めながら、ミカエルは涼しい顔をしてそう呟いた。「そんなこと、知るか!」「それもそうだね。わたし達の母上は不妊に悩んでいて、今は亡き皇太后様に内密で不妊治療を受けていたからね。全てじゃないけれど、不妊治療では多胎妊娠することが多いんだよ。」「お前の下らぬ薀蓄(うんちく)など聞きたくもない!」聖良はそう言うと、剣でミカエルの脇腹を薙ぎ払おうとしたが、寸でのところでかわされた。「そうかな?君にとって価値のある話だと思うけど?」ミカエルは不敵な笑みを口元に湛(たた)えながら、ちらりとリヒャルトの方を見た。「もし君が愛する人との子を成したかったのなら、不妊治療は最後の手段とは思わない?」「そんな未来のことを、考える余裕はない!」「ふん、可愛げがない兄上だ。」ミカエルは少し苛立ったように、聖良の脇腹を薙ぎ払った。ドレスの白い布が破け、聖良の白い肌に薄っすらと血が滲んだ。「言いたいことは、それだけか!」聖良は間髪入れずにミカエルの攻撃をかわした後、彼の右肩を切り裂いた。血飛沫が雨粒のように石畳の上に飛び散り、緋色の水玉模様を作った。「漸く本気を出してくれたね。」「抜かせ!」二人が斬り結んでいると、空を黒雲が覆い、雨が降り出してきた。轟く雷鳴と稲光りによって、二人の蒼い瞳が炎のように神秘的な光を放った。「はぁ、はぁ・・」腹部を負傷し、ミカエルとの戦いで体力を激しく消耗している聖良は、もはや立っていられるだけでも精一杯だった。だが強靭(きょうじん)な精神力が、萎(な)えようとする足を必死で奮い立たせる。彼はミカエルを睨みつけると、邪魔なドレスの裾を乱暴に破り捨てた。「ふふ、その意気だよ。君の憎しみがひしひしとわたしに伝わってきて気持ちいいよ。」「黙れ、この変態!」聖良はそう叫ぶと、ミカエルに向かって突進した。その姿を見た彼も、剣を構えて聖良に向かって走り出す。雷鳴が轟き、激しい雨音が全ての音を消した。 その中で、聖良とミカエルは互いの胸を刺し貫いていた。「そう・・それでいい。さようなら、兄上・・」ミカエルは苦しそうに呻くと、そう言って欄干へと向かうと、増水した濁流に自ら身を投じた。「ミカエル~!」激しい水音とともに濁流の中へと消えたミカエルに呼びかけた聖良だったが、返事は返ってこなかった。「嘘だ・・こんなの・・」そう呟いた聖良は、気を失った。にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)
「セーラ様、しっかりなさってください!」「セーラ様が死んだら、俺たちどうすりゃぁいいんですか!?」「セーラ様!」聖良が銃撃され、動揺した市民達の間に大きな隙が生まれた。「今だ、ユニットワン、行け!」『イエッサー!』アルフレッドの指示を受け、裏道に隠れていた海兵隊員が躍り出て市民達を撃った。 不意打ちを食らった彼らは反撃する暇も与えられず、地面に血を飛び散らせながら次々と倒れていった。「不意打ちとは卑怯な!」「セーラ様を撃ったのはこちらの戦意喪失を狙い、隙を作るため。うろたえてはなりません!」憎悪で爆発するのを必死に抑えながら、リヒャルトはそう叫ぶと市民兵達に指示を出した。「いいですか、敵が近づいてきたら、手榴弾を投げなさい!」「わかりやした!」「反撃されるおそれがありますので、治安部隊の皆さんは援護を!」「承知!」彼らはそれぞれ自分の持ち場へと戻り、敵を迎え撃った。手榴弾の雨と治安部隊の一斉射撃に、アルフレッド達の部下は次々と倒れていった。「くそっ、あいつら!」「どうします、サー?このままでは埒が明きません。」「あの黒髪を狙え。」「イエッサー!」 狙撃手がリヒャルトに狙いを定めて引き金を引こうとした時、突然誰かが彼の背後に回りこみ、短剣で頚動脈(けいどうみゃく)を切り裂いた。「貴様・・あの時の!!」「おや、憶えていてくれたんだ。嬉しいね。」ミカエルはそう言って口端を上げて笑うと、短剣を振り翳しアルフレッドの方へと突進した。彼の攻撃をアルフレッドはタガーナイフで受け止めた。「ふん、いい腕をしているな!」「貴族の子弟たるもの、剣術に長けていないと死ぬからね!」斬り結んだ二人はまるでダンスをするかのように優雅な円を描きながら徐々に間合いを詰めていった。だが、ミカエルが足を踏み外して大きく体勢を崩した隙を狙って、アルフレッドの攻撃が容赦なく襲い掛かった。「もう終わりだ!」地面に組み伏せられ、アルフレッドのタガーナイフが自分の頚動脈目掛けて振り下ろされようとしたその瞬間、空気が唸る音がした。「お前の相手はこの俺だ!」「貴様、生きていたのか。大した精神力だ。」アルフレッドはそう言うと、右腕に深々と突き刺さっている矢を乱暴に引き抜いた。聖良は間髪入れずに矢を番(つが)えて射ったが、どれもアルフレッドに致命的なダメージを与えなかった。「どうした、もう終わりか?そんな時代遅れの武器で俺が倒せると思っているのか?」憎悪に醜く顔を歪ませたアルフレッドが嗜虐的な笑みを浮かべながら聖良へと徐々に近づいてきた。じりじりと後退した聖良は、とうとう壁際まで追い込まれていった。(くそ、一体どうすれば・・)ギリギリと唇を噛み締めながら、聖良がこの状況を打開する方法を考えていると、視線の端に緑の民族衣装を纏った少女の姿が見えた。“彼女の姿を見たときは、飢饉が治まったり、戦いに勝つんだそうです。”「もうこれで終わりだな、セーラ=タチバナ。」「そうかな?」聖良は不敵な笑みを閃かせると、素早くホルスターから拳銃を抜き、引き金を引いた。「くそったれ・・」2メートルを超えるアルフレッドの長身が、まるで巨人が倒れたかのような轟音を立てながら地面に倒れたまま動かなくなった。「お見事だね、セーラ。じゃぁ、今度はこのわたしが相手だよ。」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)
平和な夜から一夜明け、再び貧民街に銃声が鳴り響いた。「怯むな、突き進め!」「一瞬でも隙を見せたら終わりだぞ!」市民兵達の奮闘で、病院を海兵隊の猛撃から守りぬいた。「くそ、どうなってる!このままじゃ首都陥落は難しいぞ!」「焦るな、わたしに良い考えがある。」「どんな考えがあるというんだ、ノーマン大佐?」「実は、この市民兵達を指揮している者が居る。その者の名はセーラ=タチバナ。」「皇太子が市民達を指揮して自ら戦いに臨んでいるだと?」「ええ。もし彼を抹殺すれば、市民達の士気は大いに下がるはず。すべてわたしにお任せください。」「わかった・・お前がそこまで言うなら信じよう。」「ありがとうございます。」(仲間達の仇は必ず討ってやるぞ、セーラ=タチバナ!)俯いていた顔を上げたアルフレッドのブルーの瞳は、聖良への憎悪に燃えていた。「お前達、出陣だ。」「イエッサー!」部下とともにジープに乗り込んだアルフレッドは、貧民街へと向かった。すべては、部下達の仇を討つ為に。「米軍が攻めてきたぞ~!」「バリケードを囲め!女子供を安全な場所を避難しろ!」病院は看護師達や女達が慌しく患者を安全な場所へと避難させ、武器を手に取った。「みんな、子供たちを守るんだよ!」「おう!」女達も、男達に交じって銃や銃剣、剣で果敢に戦った。皆、母国を守りたい一心で団結し、なりふり構わずに戦った。「見ろよ、あいつら逃げてくぜ!」「また俺達の勝利だ!」「ヤッホウ!」市民達が勝利を噛み締めて狂喜乱舞している様子を眺めながら、聖良は微笑んでいた。「これで、戦いが終わりだな。」「ええ。」「さてと、ここは彼らに任せて後は負傷者の手当てを・・」聖良がマシンガンを下ろして病院の中へと戻ろうとしたとき、一発の銃声が空気を切り裂いた。聖良は胸を撃たれ、ゆっくりと地面に倒れた。「セーラ様!」「リヒャルト・・無事か?」「死んではなりません、セーラ様!」「俺は大丈夫だ・・だから、戦え。」見る見る聖良の顔から血の気がひいてゆくのを見たリヒャルトは、彼の手を握った。「誰か、手当てを!皇太子様が撃たれた!」「皇太子様が撃たれただって!」「ああ、そんな!」先ほど歓喜に沸いていた市民達は悲愴な表情を浮かべながら聖良の方へと駆け寄った。「セーラ様、しっかりなさってください!」「セーラ様!」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)
「では父上、わたしは貧民街に戻ります。」「気をつけろよ、セーラ。」アルフリートに見送られ、聖良はリヒャルトとともに王宮を後にした。「リヒャルト、王宮で気になったことがあるんだが・・」「何でしょうか?」「あいつの姿が全く見えなかったな。」「ええ。どこかに潜伏でもしていらっしゃるのでしょうか?」「恐らく、王宮内のどこかにいるだろうな。一応、修道院の方を探してみるか。」 聖良達が修道院へと向かっていると、中の聖堂から啜り泣く誰かの声が聞こえた。「一体どうしたんだ?」「皇太子様・・実は、フリードリヒ様がお亡くなりに・・」「フリードリヒが?」「ええ。敵の攻撃を受けてお亡くなりに。どうか、皇妃様をお慰めになってください。」 フリードリヒの棺に取り縋り、アンジェリカはその死を嘆き悲しんでいた。「母上、気を落とさないでください。」「セーラ、わたくしは家族運がないのね。4人の子供たちのうち、生き残ったのはあなたとミカエルの2人だけ。これからわたくしはどう生きればいいの?」「俺がいます、母上。だからもうお泣きにならないでください。」「ありがとう、セーラ。もうお前だけが頼りよ。」アンジェリカはそう言うと、聖良に抱きついた。聖良は、そっと母の髪を梳いた。「わたしは外で待っております。」「そうか、わかった。俺は母上と少し話がある。」「では、失礼いたします。」リヒャルトは何か話し込んでいる親子を見ると、修道院から出て行った。 一方貧民街では、ヤン率いる王国軍が米軍を圧倒し、一気に劣勢から好転して優勢を保ち始めていた。「ここまでくれば、一安心だな。」「そうだな。」「でも油断は禁物だぜ。ヤン隊長が言ってるだろ、“油断した隙に敵が攻めてくる”ってな。」「ああ、わかってるよ。」市民兵達は酒を酌み交わしながら、束の間の平和を噛み締めていた。「こっちはうまくいっているようだな。」「皇太子様、お帰りなさいませ!」聖良が貧民街の病院へと戻ると、ヤン隊長達が恭しく彼を出迎えた。「いままでいがみ合っていたのが嘘のようだな。酒を酌み交わしているとは。」「ええ。一ヶ月前までは私たちはそんなこと考えられませんでした。あの時、セーラ様がわたしのことを許さなければ、どうなっていたか。」「互いにいがみ合っていたら、もっと多くの犠牲者が出ていただろう。だがもう、そんなことは心配しなくてもいいな。」「セーラ様、飲みましょうよ!」「あまり酒は強くないんだが、付き合ってやるか。」聖良はそう言って笑うと、ドレスの裾を摘んで市民兵達の方へと歩いていった。「初めて飲む酒だな。」「これは“火酒”といって、寒いこの国じゃぁ風邪予防として飲むんです。」「そうか。初めて飲むと喉が焼けるが、慣れてくると美味いものだな。」「そうでしょう?ワインもいいですが、これも最高ですよ。この酒には美味いつまみが合いますよ。」「そうか、食べてみよう。」「あなたのセーラ様は、市民達とすっかり打ち解けたようね。」「ええ。一時期はどうなるかと思いましたが、安心いたしました。」 リヒャルトは市民達と笑いあう聖良を見ながら、アリエステ侯爵夫人にそう言うと、彼女はくすくすと笑った。「ねぇ、知っていて?セーラ様は子ども好きなのよ。いずれ結婚したら良い母親になれるかもしれないわねぇ。あなたはどう思うの?」「さぁ、急に聞かれましても・・」リヒャルトはそう言葉を濁し、俯いた。 この戦いが終わったら、いずれ聖良は何処かの王族か皇族の元へと嫁ぐのだろう。自分以外の誰かに抱かれる日が来るのだろうと思うと、リヒャルトの胸は嫉妬で焼け焦げそうだった。「何を考えているの?」「いいえ、何も。」 これ以上酔って醜態を晒したくなくて、リヒャルトは一人部屋へと戻っていった。にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)
「セーラ様、漸く思い出されたのですね。」「ああ、お前を今まで混乱させてすまなかった。」「いいえ、あなた様がご無事なら、わたしは全てをあなた様に捧げられます。」「そうか。それよりもリヒャルト、これからどうする?」「あの弾薬庫で対峙した海兵隊のリーダー、手強いな。やつも俺の顔をしっかりと覚えただろうし、油断はできんな。」「ええ。あなた様を倒すまで、向こうは攻撃の手を緩めないでしょう。」 リヒャルトはそう言うと、聖良の髪を優しく梳いた。「セーラ様、夕食ができました。粗末なものしかありませんが、どうか召し上がってください。」「そうか。わかった。」病院で用意された夕食は、宮廷のそれとは違って貧相なものばかりであったが、住民達の真心が込められたものであった。「こうしてみんなで食事していると、孤児院に居たときのことを思い出すな。」「横浜に居たころのことですか?」「ああ。食べ盛りの子供が大勢居るというに、食事のメニューは野菜や魚、いい時には果物がついてくる程度で・・たまにハンバーグやカレーなんか食卓に出ると、みんな競ってお代わりしたものさ。両親そろった家庭の子と違って、生活は豊かではなかったけれど、幸せだったよ。」「やはりセイタ様の愛情に包まれたからですか?」「まぁな。俺はもし自分が一国の皇子であることもずっと知らずに、警察官として定年を迎えるまで働いていたら、それは平凡な人生だったんだろうなと。だが、それだけでは物足りない気分になっただろうな。」「ですが運命の女神はあなた様に試練を課し、その試練をあなた様は乗り越えた。わたくしはあなた様のことを支えるだけです。今までも、これからもずっと。」リヒャルトはそう言うと、聖良の手を握った。「リヒャルト、もし戦いが終わったら・・俺と付き合ってくれるか?」「ええ。」リヒャルトの頬が少し赤くなったが、聖良は見ていなかった。 翌朝、聖良が欠伸をしながら浴室でシャワーを浴びていると、誰かが浴室に近づいてくる気配がした。「リヒャルトか?」「はい、セーラ様。」「どうしたんだ、こんな朝早くに?」「陛下がお呼びです。」「父上が?」アルフリートからの急な呼び出しに、聖良は戸惑ったが、王宮へと向かった。「お久しぶりです、父上。」泥や返り血で汚れたドレスで謁見の間に現れた聖良を見て、宮廷貴族たちは一斉に眉を顰(しか)めた。だがアルフリートは、慈愛に満ちた顔で聖良を見つめた。「セーラ、久しいな。」「父上、お元気そうでなによりです。」「ああ。今日お前を呼び出したのは他でもない。お前が市民達とともに戦っているという噂を聞いたが、本当か?」「ええ、本当です。それが何か?」「お前はこの国の皇太子だ、セーラ。お前の命はお前だけのものではない、それはわかっているな?」 アルフリートは遠回しに市街戦から手をひけと言っていることに聖良は気づいた。「父上、わたしは最後まで市民達と戦います。」「それはもう、決めたことなのか?」「はい。わたしは閣議室で軍議を開くよりも、戦場で市民達と手を取り合って戦いたいのです。」「そうか・・お前はやはりあの方に似ておるな。血筋というものか。」アルフリートはそう言って溜息を吐くと、聖良を見た。「お前の言いたいことはわかった。まずは風呂に入り、着替えを済ませよ。」「わかりました、失礼いたします、父上。」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)
ローゼンシュルツ王国軍の弾薬庫へと着いた聖良達は、武器や弾薬を次々と運び出していった。「これで充分でしょう。あとは小型の手榴弾を持っていけば・・」リヒャルトがそう言いながら聖良の方を向いたとき、外から銃声が聞こえた。「もしかして、敵が来たのか?」「・・そのようです。」「くそっ、こんな時に!」聖良は舌打ちすると弾薬庫から外の様子を窺うと、そこには40人もの海兵隊員が弾薬庫を包囲していた。「この数を倒すのは無理か?」「さぁ、やってみないとわかりませんね。」「そうか。」聖良はマシンガンに弾薬を装填すると、弾薬庫から躍り出てそれを敵に向かって乱射した。不意を突かれた敵の何人かは、自分の身に何が起こっているのか知らず、銃弾に倒れた。「この調子ならいけそうだ。」「そうですね。」リヒャルトは聖良を援護しながら徐々に敵の方へと近づいた。コンテナに身を隠し、聖良は敵の大将を探した。「いいか、雑魚は相手にするな。大将を倒すんだ。」「わかりました。」「行くぞ!」ドレスの裾を翻し、聖良は海兵隊の前に現れた。「隊長、見てください!」「あれは・・ゲリラ兵か?」 黒煙が舞う中、一人の女が自分たちに近づいてくる気配を感じた海兵隊のリーダー・アルフレッドはいつでも狙撃できるように女に照準を定めた。女が煙の中から抜け、太陽の下にその顔を晒した。「あれは、セーラ皇太子では?」「まさか・・」アルフレッドがスコープ越しに女の顔を見ると、まさに彼女はセーラ皇太子その人であった。「どうします?敵国とはいえ王族に手を出したら、我々は・・」「構わん、撃て!」「ですが・・」「くずくずするな、アーチャー!」敵国の皇太子に向かって発砲することを躊躇っていた海兵隊員たちだったが、暫くして彼らは聖良に発砲し始めた。聖良は咄嗟にコンテナに身を隠し、応戦した。「セーラ様、ご無事ですか!?」「ああ。あいつら、俺が皇太子であっても攻撃の手を緩めないな。」「そのようですね。ここは一旦退却いたしますか?」「多勢に無勢だな。病院に戻って今後の作戦を立てるほかないな。その前に・・」聖良は手榴弾を取り出すと、素早くそのピンを外した。「あいつらに花火を見せてやろう。」彼は口端を上げて笑うと、メジャーリーグの選手並みに手榴弾を海兵隊が居る方へと投げた。「逃げろ!」手榴弾は彼らが逃げる暇も与えず、炸裂した。「行くぞ。」「はい・・」「くそ・・手ごわいな・・」炎の中から命からがら逃げ出したアルフレッドは、黒煙の向こうへと消えてゆく聖良の背中を睨みつけた。 その日の戦闘では市民兵200名と王国軍300名あわせて500名の国民が命を落とし、対して米軍側の死者は30名だった。「やっぱり今の戦力では到底米軍に勝つことなど無理です。」「あいつらはこの国を殲滅しようとしている。それだけはさせない。」「セーラ様・・」「あの内戦の二の舞は、絶対にしないぞ。」「セーラ様、記憶が戻られたのですか?」リヒャルトが聖良の言葉を聞き、驚愕の表情を浮かべながら彼を見ると、聖良は静かにうなずいた後、こう言った。「俺は全てを思い出したよ、リヒャルト。自分が皇太子であることも、この国を心底愛していることも・・何もかも思い出したよ。」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)
「許す。」「なりませんよ、セーラ様!そいつらは俺の親父を殺したならず者です!いつ俺達を裏切るのかわかりませんよ!」「そうだ、そうだ!」「もしかして、米軍を誘導したのもこいつらかもしれねぇ!」「みんな武器を持て!こいつらを一斉に始末してやろうぜ!」 貧民街の住民達は治安部隊を見るなり、殺意に満ちた眼差しで彼らを睨みつけながら口々にそう言って武器を手に取り、殺伐とした空気が辺りに漂った。当の治安部隊のリーダーは、聖良の前に跪いたまま何も言わなかった。まるで、彼らの叫びを受け止めているかのように。「お前達、もう止せ。」「ですがセーラ様、こいつらを許せとおっしゃるんですか?」「あたし達はこいつらに息子を殺されたんですよ!わが子を殺された母親がどんなに辛いか、お解かりでしょう!?」男達が戦いの声を上げる一方、女達は聖良の傍へと駆け寄っては情で訴えた。「それはわかっている。だが今、私怨を忘れて団結する方が大切だ。」「ですが・・」「くどいぞ、お前達。敵と戦う前に、味方同士で同士討ちを始めてどうなる?その隙をつけ込まれてますます劣勢にたたされるだけだ、違うか?」 聖良の言葉に、住民達は黙って俯いた。彼は治安部隊のリーダーを見下ろすと、こう言った。「お前がしたことは許されぬことだ。だが、今その責任を問う時間はない。だからこの戦いで俺達の役に立ってはくれまいか?」「ありがたきお言葉・・」「勘違いするな。俺は貴様たちの罪を許すといっているわけではない。あくまで一時的なものだからな。逃げられると思ったら大間違いだぞ。」「は、肝に銘じます!」「よろしい。では裏道の市民兵達を援護しろ。」「かしこまりました!」 治安部隊はマントを翻すと病院から出て行き、裏道で奮闘している市民兵への援護へと向かった。「くそっ、あいつらに全く歯が立たねぇよ!」「倒しても倒しても、数が減るどころか増えてきやがる。まるであいつらゾンビだぜ。」市民兵達がそう言いながら弾を装填していると、向こう側で爆発が起きて煉瓦造りのアパートが粉微塵(こなみじん)となった。「な、なんだぁ!?」様子を見ようとした市民兵の一人が裏道から一歩出た瞬間、彼の身体は紅蓮の炎に包まれた。「ギャァァ!」断末魔の叫び声を上げながら彼は火を消そうとしたが、炎の勢いは強く、彼は成す術もなく路上に倒れた。「ひぃぃ、あいつらは悪魔だ!」「地獄の炎に焼かれるなんて、俺ぁ嫌だ!」「俺もだ!」仲間が目の前で倒され、一気に戦意を喪失した市民兵達が撤退しようとしたとき、数発の銃声が聞こえた。「待たせたな、市民諸君!」「てめぇら、どの面下げてここにきやがった!?」敵である筈の治安部隊が突然加勢したので、市民兵達は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながら彼らを睨んだ。「わたし達は諸君を助けに参った!」治安部隊のリーダー・ヤンはそう言うと銃剣で敵の胸を貫いた。「何だかわからねぇけど、ありがてぇ!」「よし、やるぜ!あいつらには負けらんねぇよ!」家族を守る為、男達は敵だった者達と力を合わせ、戦った。「セーラ様、もうすぐ弾薬が底をつきます。」「そうか。長期戦になるだろうから、このままでは厳しいな・・」「貧民街を抜けた所に、我が軍の弾薬庫がございます。そこなら大砲もロケットランチャーもございます。」「早速向かうとしよう。」「ええ。」 聖良達は、貧民街を抜け王国軍の弾薬庫へと向かった。「隊長、弾薬庫に何者かの気配がします。」「敵か?」「そのようです。」「そうか・・ならば始末しないとな・・」にほんブログ村
2012年09月28日
コメント(0)
「今までどうしていたんだ?フリーゼに捕まってたんじゃないのか?」「ええ。ですが、突然少女が現れてわたしを逃がしてくれました。」「少女が?」「白いスカーフを頭に巻き、緑色の美しい民族衣装を着た、エメラルドの瞳を持つ少女でした。」「あんた、そりゃぁ“緑のナチア”だよ!」傍らで二人の会話を聞いていた老人がそう言ってリヒャルトを見た。「“緑のナチア”?」「妖精の一種で、幸福を運んでくれる使者なんですよ。彼女が現れる時は飢饉が止まったり、戦争に勝ったりするんです。」「そうか。彼女がお前の元に現れたということは、まだ望みはあるということだな。」「ええ、そうですね・・」リヒャルトがそう言って笑ったとき、激しい揺れが彼らを襲った。「一体何だ!?」「わたしが見て参ります!」 リヒャルトが病院の外に出ると、そこではバリケード越しに住民と王国軍が米軍を迎え撃っていた。だが敵の勢力差で圧倒され、住民達は次々と敵の銃弾に倒れていった。「ここは危険だ、裏道に避難しろ!」「皆さん、こちらです!」看護師達は王国軍を安全な裏道へと誘導すると、負傷者の手当てを始めた。次から次へと運ばれてくる負傷者の数は、減るどころか時間が経つにつれ増えていくばかりだった。「セーラ様、そこの薬を取ってください!」「わかった!」やがて薬も包帯も底をつき、聖良はドレスの裾を破いて包帯代わりにして負傷者の手当てに当たった。 漸く彼らが一息つけたのは、日没前のことだった。「セーラ様、お疲れでしょう。」「何の、これくらいのことで倒れるなんて・・」リヒャルトの前でそう強がって見せた聖良だったが、立ち上がった拍子に激しい眩暈に襲われて倒れそうになった。「まったく、言わんこっちゃない。ここはわたしがしますから、あなた様はあちらで少し休んでください。」「すまないな・・」 倒れるようにしてマットレスの上に横たわった聖良は、自然と疲労が襲ってきてゆっくりと目を閉じた。「セーラ様、起きてください。」「どうした、リヒャルト?また米軍が来たのか?」「いえ、そうではありません。」聖良が気だるそうにマットレスから体を起こすと、彼の目の前には救護院で住民達を殺害しようとしていた治安部隊が立っていた。「お前達、また住民たちを殺しに来たのか?」聖良は隠し持っていた短剣の感触を確かめると、治安部隊のリーダーを睨んだ。「いいえ、そうではありません、セーラ様。」そう言うとリーダーは、聖良の前で跪いた。「あなた様とともに、戦わせてください。わたくしを、あなた様の騎士に加えさせてください。」「その言葉を、信じろと?」聖良は冷たい眼差しをリーダーに向けると、彼は跪いたまま、聖良を見た。 その目は、嘘を吐いていなかった。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)
リヒャルトが踏んだものは、ここに居た子ども達が遊んでいたぬいぐるみの残骸だった。拾い上げてみると、そこにはところどころ血がこびり付いていた。「誰か、居ませんか~!」荒れ果てた中庭から救護院の中へと入ったリヒャルトは、瓦礫の山を避けながら奥へと進んでいった。だが一向に人の気配は感じられず、聞こえるのは雨音と何処かで瓦礫が崩れ落ちる音だけだった。もう諦めてリヒャルトが外へと出ようとしたとき、奥から微かな呻き声が聞こえた。 彼がそこへと向かうと、胸に銃弾を浴びて苦しそうに呻く司祭の姿が目に入った。「大丈夫ですか!?一体ここで何が・・」「米軍が突然攻撃してきた・・」司祭は苦しそうに喘ぎながら、リヒャルトの手を握った。「すぐに病院に・・」リヒャルトはそう言って司祭を見ると、彼は息絶えていた。彼は近くにあったビニール製のシートで司祭の遺体を覆うと、胸の前で十字を切った。 破壊し尽くされた建物の中で、生存者が居る可能性は低い。リヒャルトは苦々しい思いを抱えながら、救護院を後にした。 一方聖良は、救護院から焼け出された住民達から空爆の様子を聞いていた。「いつものように炊き出しを行っていたら、米軍の爆撃機がやって来て、あたしらの頭上に爆弾を落としたんです。あたしは咄嗟に地面に伏せたんですけれど、周りに居た人たちはみんな死んじまいましたよ。」老婆は恐怖でブルブルと震えながら、そう言うとロザリオを握り締めた。「そうか。民間人を襲ってくるとは、思いもしなかったな。」「セーラ様、あたしらはどうなるんでしょうねぇ?このままだと、米軍に嬲(なぶ)り殺されちまうんじゃないかと思うと、心配で夜も眠れませんよ。」「ここも攻撃にあったら、あたしたらはいったい何処へ行けばいいんです?」聖良に次々と不安と恐怖を訴える住民達の目には、深い絶望が宿っていた。自分は今、彼らに何をしてやれるだろうか。適当な言葉で彼らを慰めたり、中途半端な優しさで彼らを励ましたりすることは、逆効果だと聖良は思いながらも、彼らを安心させる術を持っていないことに気づいた。 何の力もないのに、皇太子であるというだけで、彼らは聖良を頼り、純粋に慕ってくる。そんな彼らに報いる為には、自分が強くならなければ―聖良がそう思っていると、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。「セーラ様!」 振り向くと、そこにはリヒャルトが立っていた。「リヒャルト、生きてたんだな?」「ええ。あなた様もご無事でよかった。」聖良はリヒャルトに抱きつくと、その頬にキスをした。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)
米軍は一時撤退し、王国軍は市街地にある空き店舗で休憩を取った。「セーラ様、どうしてこちらへ?」「本当は王宮へと向かおうとしたんだが、お前たちの姿を見ていると黙って見過ごせなくてな。」走りすぎて痛む足を擦りながら、聖良は椅子に腰を下ろした。「迷惑だったのなら、謝る。俺は国を捨てた卑怯者だからな。」「いいえ、セーラ様はわれらの星です!」「そうですとも!」「そうか、ありがとう・・」兵士達の思わぬ言葉に、聖良は涙を流した。 その後、休憩を取った後王国軍は貧民街へと向かった。今まで暴徒たちを鎮圧する為に武力行使を続けてきた王国軍に対する住民たちの眼差しは冷たく、時に悪意さえ感じられるものもあった。(覚悟はしていたが・・)まだ彼らは聖良のことを裏切り者だと思っている住民達が多いだろう―聖良はそう思いながら病院の前を通り過ぎようとすると、中から一人の看護師が出てきた。「セーラ様、お帰りなさいませ。」「俺のことを覚えていてくれたのか?」聖良の問いに、彼女は静かに頷いた。「暴動のとき、私たちにセーラ様はよくしてくださいました。今度は私たちの番です。」「ありがとう。」「奥にスープがあります。」「頂くとしよう。」 病院の奥へと聖良が進むと、そこには鳩江淑介の遺影が壁に貼られており、その下には彼の冥福を祈るキャンドルが灯されていた。「どうぞ。」看護師の案内で奥の部屋へと入った聖良は、そこで救護院で知り合った子供達と再会した。「セーラ様、遊んでぇ!」「ずるいぞ、僕が遊ぶんだ。」「後で遊んでやるからな。」子供達は聖良の言葉を聞いた途端、笑いながら部屋から出て行った。「騒がしくて申し訳ありません。」「あの子達の親は?」「それが・・数日前救護院が空爆に遭って・・その巻き添えになったあの子達の親は亡くなりました。だから、ここのドクターやナースが面倒を見ております。」看護師の言葉を聞いて、聖良の胸がズキンと痛んだ。救護院に居た人達はみないい人達ばかりだった。彼らは無事なのだろうか。「あまり大したものではありませんが、どうぞ。」「いや、食糧難で大変な時に、もてなしてくれてありがとう。」聖良に礼を言われた看護師はにこりと笑うと、部屋から出て行った。 一方、酒場の地下室に囚われたリヒャルトは、暴れて体力を使い果たし、眠っていた。(もう、駄目なのかもしれない・・)一生ここから出られないままなのかとリヒャルトが悲観的になりつつあった時、扉が軋んだ音を立てながら開いた。鍵束がジャラジャラと鳴る音がしたかと思うと、不意にリヒャルトの身体を拘束していた鉄製の手錠が外れた。 リヒャルトが目を開けると、自分の前には一人の少女が立っていた。白いスカーフを頭に被り、鮮やかな刺繍を施された民族衣装を纏った彼女は、エメラルドの瞳でリヒャルトを見つめていた。「ありがとう。」リヒャルトが少女に礼を言うと、彼女はニコリと笑って地下室から出て行った。身体の自由を取り戻したリヒャルトは、そのまま地下室を出て、ホテルへと向かった。だが、自分達の部屋には聖良の姿はなかった。もしかして貧民街に行ったのではないかと、リヒャルトが救護院があった方へと向かうと、徐々に何かが焼けた臭いが彼の鼻を突いた。 救護院は跡形なく焼け、残っていたのは鉄骨だけだった。「一体、これは・・」リヒャルトが愕然としながら救護院の中へと入ると、ブーツが何かを踏んだ感触がして、彼は地面を見下ろした。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(2)
聖良は、まだ5歳だった。そのころ、国内は内戦が激化し、首都リヒトもいつ陥落するかどうかの瀬戸際だった。「どうでしょうか陛下、この際セーラ様だけでも海外へ亡命させては?」「そうだな・・」「わたくしはこの子と離れたくはありませんわ!」アンジェリカ皇妃はそう言うと、聖良を抱き締めたまま離そうとはしなかった。「アンジェリカ、一生会えないというわけじゃないんだ。平和になったら、セーラを迎えに行ってやればいい。」「あなた・・」アンジェリカは泣きながら、聖良の手を離した。「セーラ、神父様の言うことをよく聞くのですよ。」「はい、お母様。」「皇妃様、そろそろ参りませんと・・」「わかったわ。」アンジェリカは女官に連れられて部屋へと出て行く際、何度も聖良のほうを名残惜しそうに振り返っていた。「陛下、ご安心ください。わたしがお二方の代わりに実の子のように愛情を注ぎます。」「頼むぞ、セイタ。」「あなた様に、神のご加護がありますように。」「では宜しく頼むぞ。」「さぁ、参りましょう、セーラ様。」腰を屈め、聖太は優しく聖良に話し掛けた。「ねぇ・・」「どうしたんだい?」「もう、ひとがしななくてすむの?セーラがにほんにいったら、だれもしなない?」不意に虚を突かれたかのように、聖太は目を伏せた。「ええ。誰も死にませんよ。だからともに参りましょう。」「わかった。」差し伸べられた逞しく優しい手を、聖良はしっかりと握った。 そして彼は、聖太とともに日本へと向かい、そこで彼の養子となった。記憶をなくし、自分が皇子であることも知らず、平和でありながら平凡な日常に埋没していった。 あの日、リヒャルトが来るまでは。「そうだ・・思い出した・・」自分はこの国から逃げた。だが、それは両親の精一杯の愛情だったのだ。いつの日か王国を復興する為に。その日のために、聖良へ王位を譲る為に、彼らは考えた末に自分の手を離した。だから―「俺は・・間違ったことはしない・・」聖良は閉じていた目を、ゆっくりと開いた。「くそっ、押されてるぞ!」「このままじゃ埒が明かねぇ!」米軍の猛撃に、王国軍は土嚢(どのう)の陰に隠れる以外なす術がなかった。もはや前進も後退も出来ず、彼らは絶体絶命の只中にあった。「もう、退くしか・・」兵士の一人がそう言って手榴弾のピンへと指先を伸ばそうとすると、それを何者かが奪い取り、米軍の戦車に向かって放り投げた。手榴弾は戦車の手前で転がり、大きな鉄の塊が黒煙と炎を噴き上げるさまを、兵士達は呆然と見つめていた。「怯むな、進め!」 ドレスの裾を翻しながら、聖良が兵士たちの前に立つと、彼らは歓喜と期待に瞳を潤ませて聖良を見た。「まだ希望がある。この俺が居る限り。」「セーラ様に続けぇ!」「怯むな、進めぇ!」突如として現れたセーラ皇太子の姿を見た途端、兵士達の士気は高揚し、彼らは果敢に敵陣へと突っ込んでいった。 7日間にも及ぶ市街戦が、火蓋を切って落とされた瞬間であった。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)
突然か弱い女性が隊員の命を躊躇いなく奪った光景を目の当たりにした海兵隊員達は、一斉に発砲した。だがミカエルは銃弾の間をすり抜け、巧みな剣技で残りの隊員達を倒した。「ふん、他愛のない。」 彼らの屍を跨ぎながら、ミカエルが中庭へと向かうと、そこにはディミトリの遺体が転がっていた。淡褐色の瞳は苦悶と絶望を残したまま、虚空を睨んでいる。「馬鹿な奴だよ、お前は。手駒なら手駒らしく振舞えばよかったものを。欲を出すからこうなるんだ。」「ミカエル・・兄様?」ミカエルが嘲笑を閃かせてディミトリの脇腹を蹴っていると、フリードリヒがその場に通りかかった。「どうしたの、それ?」フリードリヒは自分の方へと振り向いたミカエルのドレスが、返り血に塗(まみ)れていることに気づき、彼から一歩後ずさった。「さっき邪魔な虫けらを殺してきたのさ。」「ディミトリは・・死んでるの?」「そうだよ。」「ミカエル兄様が、殺したの?」「さぁね。フリードリヒ、おいで。」ミカエルはフリードリヒに優しく微笑むと、いとも簡単に彼の警戒心を解いた。「怖かっただろう?」「ううん、僕は男だから・・」「そう。ならよかった。」自分を抱き締めているミカエルの力が強くなったことに気づいたフリードリヒだったが、もう遅かった。「どうして・・兄様・・?」「お前も身の程を弁(わきま)えないから、こうなったんだよ。」酷薄な表情を弟に浮かべながら、ミカエルはそう言って彼に背を向けて歩き出した。「さてと、あとは父上だけか。」隊員の手からマシンガンをもぎ取ると、それを肩に担いでミカエルはアルフリートの寝室へと向かった。 一方ホテルを飛び出した聖良は、米軍と王国軍との間で繰り広げられている銃撃戦をかいくぐり、漸く王宮の裏口へと辿り着いた。(あいつは・・ミカエルは王宮に居る。)もう彼のお遊びに付き合っている暇はなかった。ミカエルとの決着を着ける時が来たのだ。 周囲に敵の姿がないことを確認した聖良が路地裏から飛び出て裏口へと一気に走ろうとしたとき、突然爆音が辺りに響いた。「くそっ・・」思わず悪態をついた聖良が見たものは、王国軍が次々と米軍の銃弾に倒れる姿だった。それを見た瞬間、彼の奥底に封じられていた忌まわしい記憶が、ゆっくりとその姿を現した。 まるで、このときを待っていたかのように。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)
ローゼンシュルツ王国首都・リヒト上空を旋回していた米軍のヘリは、王宮前広場に着陸した。「いいか、テロリストを見つけ次第射殺しろ!」「イエッサー!」40人の海兵隊員たちは、王宮の裏口へと侵入した。 俄かに外が騒がしくなったことに気づいたディミトリは、僧坊を飛び出して様子を見ると、そこには海兵隊がテロリスト達と銃撃戦を繰り広げていた。(もう米軍が来たか!)予想よりも早い米軍の介入に、ディミトリは臍(ほぞ)を噛んだ。ここからどう逃げおおせるかを考えた彼は、一旦僧坊に戻って金だけを持って逃げようと、身を翻した。「テロリストを発見したぞ!」だが運悪く彼は海兵隊員の一人に発見されてしまった。「わたしはテロリストではない、僧侶だ!」両手を上げてそう説明したディミトリであったが、彼らは疑わしい目でディミトリを見た。「念のために身体検査をしろ。」上官に命じられた隊員の一人が、ディミトリの全身をまさぐり、武器が隠されていないかどうかチェックした。「何も武器を所持しておりません。」「そうか。彼を解放しろ。」「ありがとうございます。」ディミトリは安堵の表情を浮かばせると、僧坊へと向かおうとした。無事に海兵隊の目をごまかしたという安心が、彼は油断してしまった。 ディミトリが動いた時、マントの下から短剣が転がり落ちたのを見逃さなかった隊員は、躊躇いなく彼を発砲した。「な・・ぜ・・」自らの血に白い頬を汚し、ディミトリはどうと地面に倒れ伏した。「俺達をなめてもらっちゃ困る。」隊員はそう言ってディミトリの顔に唾を吐き、止めを刺した。悪事の限りを尽くした破戒僧・ディミトリはそれに自らの慢心が招いた結果、それに相応しい最期を遂げた。「さてと、これからどうするかねぇ。父上を探すしかないか。」ミカエルがそうブツブツと独り言を言いながら廊下を歩いていると、こちらへとやって来る海兵隊が目に入った。ミカエルはわざとドレスを乱暴に引き裂き、さも誰かに暴行されたかのように見せかけると、悲鳴を上げながら彼らの方へと駆け寄った。「誰か、助けてぇ~!」「どうしました?」「テロリストが・・テロリストが閣議室に・・」ミカエルの迫真の演技に、隊員たちは少しも疑う余地もなく完璧にだまされていた。「閣議室はどちらです?」「あちらを曲がって右に・・」ミカエルは隊員の一人が銃を下ろして油断している隙に、彼が携帯しているダガーナイフを素早く抜くと、そのまま躊躇いなく彼の頚動脈に刃先を食い込ませた。「なっ・・」 突然のことで唖然とする隊員たちを前に、ミカエルは頬を血で濡らしながら、嫣然とした笑みを浮かべた。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)
「父上、動かないでください!」ミカエルがそう叫んだとき、武装した男達が閣議室に乱入してきた。「今からここは我々の指揮下にある。下手な真似をすれば容赦なく撃つ。」リーダー格と思しき男はそう高らかに宣言すると、天井に向かって威嚇射撃した。「ひ、ひぃぃ!」銃声に怯えた貴族議員の一人が男達に背を向けて閣議室から出ようとすると、リーダー格の男が彼に向かって発砲した。議員は銃声が響いた後、音もなく床へと倒れた。「彼のようになりたくなければ、大人しくすることだな。」「父上・・」「大丈夫だ。」顔色が悪くなったアルフリートを見て、ミカエルがそっと彼の傍へと向かうと、彼はそう言って笑った。「もしや、発作が・・」「薬はちゃんと持ってきてある。心配は要らない。」「そうですか。」アルフリートの言葉を聞いたミカエルは、彼が心臓の持病を抱えており、いつ発作が起きるかどうかわからぬ前に、この状況を何とか打開したかった。「わたしはローゼンシュルツ王国皇太子、セーラ=タチバナである。他の者はすぐに解放し、わたしだけを人質に取れ。」「セーラ、止めろ!」「心配には及びません、父上。」「ほう、そうか。では貴様だけここに残れ。」リーダーの男はそう言うと、部下達に人質を解放するよう指示を出した。「セーラ!」アルフリートはミカエルの方へと駆け寄ろうとしたが、男達に阻まれた。「父上、わたしは生きて帰ります。だから心配しないで待っていてください!」扉が閉まる寸前、ミカエルはそう父に向かって叫んだ。「さてと、邪魔者はいなくなったな。改めて自己紹介させて貰おう。俺はフリーゼ、悪名高きテロリストの息子だ。」「ふぅん・・何処かで見た顔だなぁと思ったよ。それで、ここに来た目的は何?」「先ほどチャットで、“本物”の皇太子様にある要求を出した。その要求とは・・」「“米軍介入を阻止せよ、さもなくばリヒャルト=マクダミアの命はない”だろう?」「これはこれはご慧眼(けいがん)でいらっしゃる。同じ顔をしていても、性格は全く違うものだな。」「お褒めにあずかり光栄です。まぁ君達の要求は多分あいつには呑めないだろうねぇ。何故なら・・」ミカエルは外から耳を聾するかのようなヘリの爆音が徐々に王宮へと近づいてくる気配に気づいた。「もう来ちゃったからね、米軍は。」「おのれ・・」悔しそうに唇を噛むフリーゼの横顔を見ながら、ミカエルは扇を開き、口元を隠して笑った。「どうやら読みが甘かったようだね。」ミカエルはそう言うと、颯爽と閣議室から出て行った。屈辱と怒り、そして敗北感に包まれたフリーゼを残して。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)
リヒャルトが囚われの身となっていることも知らず、聖良が漸く目を覚ましたのは昼過ぎのことだった。寝過ぎた所為で痛い腰を擦りながら、聖良はラップトップを起動させた。「相変わらず変化なし、か・・」チャットルームには誰も来ていなかった。ルームサービスでも頼もうかと思っていた時、携帯が鳴った。「もしもし?」『セーラ=タチバナ様ですね?』相手の男は、何故か聖良の名を知っていた。「お前は誰だ?何故俺の名を知っている?」『それには答えることができないな。それよりも今、何処に居る?』「そんなこと、教えられるわけがないだろうが。」『ふぅん、そう来たか。じゃぁ、俺が誰か教えておいてやろう。』相手の男がそう言って笑うと、移動する気配がした。それと同時に、チャットルームに一人のユーザーがログインしてきた。【初めまして。俺はフリーゼ。】(フリーゼ・・)聖良の脳裏に、あの舞踏会で会った青年の顔が浮かんだ。【いつの間に米国から帰国したんだ?】【祖国の危機に、大人しくしていられる筈がないだろう?ああ、そういえば君の騎士を預かっているよ。】 画面の右下にスカイプのアイコンが表示され、聖良がそれをクリックすると、そこには壁際で両手足を鉄製の手錠ではりつけられたリヒャルトの姿が映し出された。(リヒャルト・・)【彼に一体何をする気だ?】【さぁね。それは君次第だ。】【何が望みだ?】【米軍が近々この国に介入することは知っているだろう?セーラ皇太子、騎士の命が惜しいのなら、それをなんとしても阻止してみろ。タイムリミットは72時間後だ。】【そんなこと出来るはずが・・】【そうか。ならば、我々が大きな花火を打ち上げるしかないな。】 フリーゼは意味深長な言葉を残すと、チャットルームから退室した。「すぐに準備しろ。」「わかりました。」「一体何をするつもりだ?」「それはお前には関係のないことだ。俺はこれからこの腐った国の根を一掃し、新しい国を創造する。そう、神のように。」「貴様は狂っている・・」「そうかな?」そう言って振り向いたフリーゼの顔は、恍惚とした表情を浮かべていた。「まぁ、君は黙ってそこでみっともなく足掻いて見ているがいい、この国が崩壊するさまを。」「フリーゼ様、準備が整いました。」「そうか。では行こうか。」「待て!」リヒャルトは暴れたが、鉄の手錠はビクともしなかった。そんな様子を見たフリーゼは彼を嘲笑いながら地下室から出て行った。(クソッ、一体どうすれば・・)「暴徒たちの動きは急速に弱まっているな。」「ええ。あの噂が広まった所為で、一気に戦意が喪失したのでしょう。自然と暴動が沈静化されるのをあとは待つだけです。武力鎮圧なしでよかったですね、父上。」「ああ、だが暴徒たちに破壊された街を今後どうするか・・」 閣議室でアルフリートが椅子から立ち上がろうとした時、何かが窓ガラスにぶつかったかと思うと、激しい爆音が王宮前にこだました。「父上、ご無事ですか?」「ああ。」「一体これは・・」突然の出来事に唖然としながらミカエルが辺りを見渡すと、廊下から誰かがこちらへと歩いてくる足音が聞こえた。にほんブログ村
2012年09月27日
コメント(0)
「君は一体何者だ?」「それは後で話そう。拳銃をこちらに渡せ。」「わかった。」リヒャルトは相手を刺激せぬよう、相手に拳銃を渡した。「それで?」「俺についてきて貰おう。」男はそう言うと、リヒャルトの背中に銃を突きつけると近くに停めてあったバンに乗り込んだ。「出せ。」滑るようにライトバンは公園から出て行くと、何処かへと向かい出した。「一体何処に向かってるんだ?」「それは着いたらわかる。」「そうか。」余計なことはしゃべらない方が身の為だと思ったリヒャルトは、目を閉じた。数分後、男に揺り起こされた彼は、目を開けた。「降りろ。」「わかった。」 男たちに連れられたのは、何処かの酒場の地下室だった。薄暗く湿っぽい空気の中、リヒャルトが男達とともに歩くと、奥には部屋があった。「そこへ入れ。」「わかった。」重い扉を開けると、そこには四肢を鉄製の手錠で拘束されて壁に貼り付けられた数人の学生達が居た。「お前達、席を外せ。」「わかりました。」部屋から仲間が出ていくと、リヒャルトに銃を突きつけた男は目出し帽を脱いだ。「お前は・・フリーゼ!」「漸く会えたな、リヒャルト=マクダミア。セーラ皇太子の懐刀。」「この学生達はどうした?」「さぁ、それは・・新たな時代の生贄(いけにえ)だ。」フリーゼは口端を上げて笑うと、学生達に向け引き金を引いた。「君の目的は何だ?」「さぁな。お前とおしゃべりするにはじっくりと時間がある。お前達、死体を片付けておけ。」「わかりました。」フリーゼの部下はそう言うと、学生達の遺体を素早く部屋の外へと運び出した。「あそこの手錠へ手足を通せ。」リヒャルトが言われた通りにすると、そこにはまだ血がこびりついていた。「一体君は何をするつもりだ?」「さぁな。俺は父のようにはならないと決めていたが、やはり血は争えないらしい。」フリーゼは自嘲めいた笑みを浮かべると、リヒャルトの方へと近づいた。「今頃、お前の愛しいお姫様はどうしているのかな?」「貴様、セーラ様に何をするつもりだ!?」「それは、お前には関係のない事だ。」「セーラ様には手を出すな!」「それを決めるのはお前じゃない、俺だ。」 フリーゼはリヒャルトを睨みつけると、地下室から出て行った。(セーラ様・・どうかご無事で!) 身動きの取れない今、リヒャルトは聖良の無事を祈るしかなかった。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)
「いきなり入ってくるな、馬鹿!」「すいません・・」「少し待っていろ。」 数分後、夜着に身を包んだ聖良は、ラップトップの前に座った。そこには、アフマドからの緊急メールが届いていた。「なになに・・数日後に米軍が介入するだと!?」「それは、本当なのですか?」「ああ。アフマドは色々と米軍の知り合いが多いからな。確かな情報だろう。」「米軍が介入するとなれば、大変なことになりますね。」「そうだな・・」 聖良はそう言うと、アフマドへの返信メールを書き始めた。「さてと、例のチャットルームでも覗くとするか。」聖良がチャットルームを覗くと、そこには久しぶりにフリードリヒのハンドルネーム『ジゼル』の名があったので、すぐさまログインした。【やぁジゼル、久しぶりだね。】【ペガサスさん、お久しぶりです。最近ログインしないと思ったので、心配しましたよ。】【いやぁ~、就活してたんだよ。親がインターネットの代金が高すぎるって文句言われてさ。そろそろ自立しなきゃって思ってねぇ。】【へぇ~、そうなんですかぁ。】他愛のない会話から始めた聖良は、フリードリヒに“あの事”を話した。【ねぇ、最近ネットで米軍が介入するっていう噂を聞いたんだけど・・】【ええ、そうなんですか!?】どうやら、フリードリヒは知らなかったらしい。【怖いですねぇ・・】【そうだねぇ。国王陛下はどういうご決断をするのかなぁ?】【さぁね。】聖良は暫くフリードリヒが乗ってくるのを待っていると、別のユーザーがログインしてきた。【ねぇジゼル、これから二人で話さない?】【ごめんよ、今彼と話してるんだ。】【いいじゃん。そいつよりも俺のことが好きだろう?】(何だ、こいつ?) 聖良は訝しがりながらも、ユーザーに話しかけてみた。【あなた、誰?人の会話に突然割り込まないでくれる?】【うるせぇよ、馬鹿。俺はジゼルと話してんだ。言っとくがジゼルは俺のオンナなんだよ。】【黙りなよ。】【てめぇこそ黙れよ、カス。クソして寝ろ。】 捨て台詞を吐くと、そのユーザーは退室した。 聖良は溜息を吐いてラップトップを閉じると、ベッドに横たわった。「セーラ様、おやすみなさい。」「おやすみ。」 深夜、彼がベッドで寝ていると、枕元に置いてあるポケベルが鳴った。こんな時間に誰だろうと思いながら、リヒャルトは溜息を吐きながらポケベルのメッセージを見た。“明日の朝8時、ドミトリィ公園ににて待つ”(一体誰だ?) 翌朝、寝ている聖良をホテルの部屋へと残して、リヒャルトはコートを羽織ってドミトリィ公園へと向かった。だがそこには犬を散歩している老人以外、誰も居ない。ポケベルのメッセージは、一体誰が送ったのか―リヒャルトがホテルへと戻ろうとすると、突然背後から何者かに銃を押し付けられた。「そこを動くな。下手な真似をしたらお前の頭に風穴を空けてやる。」(くそ、ハメられた!)にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)
数日後、聖良が例のチャットルームへとアクセスすると、そこには見知らぬユーザーが自分のことについて他のユーザー達と議論していた。「荒れてるな。」「ええ。相手はイタイ中学生達でしょうか?」「最近はイタイ大人たちも居るぞ。今日はあいつは来ていないか。」「ええ。」 聖良がチャットルームを数分間眺めた後、ラップトップを閉じた。「リヒャルト、あの噂はどうなっている?」「今は情報社会ですからね。ブログやツィッターでどんどん拡散されて、嘘が真実になりつつあります。」「そうか。少し厄介だな。」聖良が溜息を吐くと、ドアをノックする音が聞こえた。「セーラ様、少しよろしいでしょうか?」「どうぞ。」「失礼いたします。」部屋に入ってきたのは、この救護院で古くから働く司祭だった。「何かトラブルでもありましたか?」「いいえ、ですがセーラ様に関する噂がここの地区の住民達に影響してしまって・・先ほどセーラ様を殺害する計画まで話している者もおりまして・・」司祭の話を聞き、聖良はここにこれ以上身を置くのは危険だと判断した。「リヒャルト、ここから離れるぞ。」「わかりました。」「荷物が少なくてよかったな。まぁ着替えとパソコン、携帯とiPod だけだからな。」バックパックにラップトップを詰め、それを背負った聖良は司祭に向き直った。「司祭様、短い間ですがお世話になりました。」「お待ちください、セーラ様!」司祭が引き留める間もなく、聖良とリヒャルトは救護院から去っていった。「これからどちらに行かれますか?」「まぁ、暫くはホテルにでも泊まるか。少し金がかかるが。」「そうですね。」 救護院から出た二人は、リヒト市内にあるホテルへと宿泊した。「さてと、シャワーでも浴びてくるか。」聖良はそう言うと、ドレスを脱ぎ捨て浴室へと入っていった。「セーラ様・・お願いですから、浴室でドレスを脱いでください・・」リヒャルトは溜息を吐くと、バックパックからラップトップを取り出し、それを起動した。 一通のメールが届いていることに気づき、リヒャルトはメールボックスを開くと、そのメールを開いた。“お前はもうすぐ死ぬ。”「何だ、これは・・」突然目の前に映し出されたメールに、リヒャルトは薄気味が悪くてそれを削除した。 すると、またメールが一通届いた。(今度は何だ?)リヒャルトがまたメールを開くと、それはアラビア語で書かれていた。送信者を調べると、それはアフマドからのものであった。(アフマド殿から・・)「セーラ様、大変です!」 突然浴室に入ってきたリヒャルトに、聖良は咄嗟にバスタオルで身体を覆った。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)
(誰だろう、こんな時間に・・) 突然チャットルームにやって来た『ペガサス』というネットユーザーに不審を抱きながらも、フリードリヒは彼の真意を探るために、キーボードを打ち始めた。【はじめまして、ペガサスさん。こんな朝早くからどうしましたか?】【別に。それよりも噂のことについて色々と聞きたいな。君が知っている範囲だけでもいいけど。】【う~ん、そうですねぇ。セーラ皇太子は僕の両親と姉を捨てて、自分だけ助かろうとしたんです。彼は卑怯者です。】【そりゃぁ、誰だって自分の命と国、どちらかを取れと言われたら前者のほうを取るものさ。】セーラ皇太子の肩を何かと持つ『ペガサス』に、フリードリヒは苛立ちながら人差し指で机の端を叩いた。【あなたは、裏切り者を支持するの?それじゃぁあなたは裏切り者と同じじゃないか?】【ひどいなぁ、僕は自分の意見を述べているだけなのに。どうして自分だけ違う意見を言ったらすぐに叩かれるんだろうねぇ?】どう彼の言葉に変えそうかとフリードリヒが画面を注視していると、別のユーザーがログインしてきた。“勝手なこと言ってんじゃねぇよカス、消えろ。”【君は礼儀というものを知らないの?ああ、君はママからパソコンを買って貰ってチャットデビューしたばかりの坊やかな?】“うるせぇ、殺すぞ!”【死ね、殺せって、それしか言えないの?おこちゃまはこれだから嫌だねぇ~】『ペガサス』はログインしてきたユーザーを軽くあしらうと、彼の言葉を完全に無視した。やがてそのユーザーは何の反応もなくなって退屈してしまったのか、退室してしまった。【ふぅ、やっとベビーシッターのバイトが終わったから、また君と話せるよ。】【それはどうも。あなたはどうやら、大人のようですね。】【どうかなぁ、それは。ママに色々と泣きつかないとインターネットもできやしない。実家住まいのニートってホント嫌になっちゃう。】【僕だって親に勉強しろって言われてウンザリしてるんだよ。テストの成績が悪いと、インターネットの契約を切るって言われてさぁ・・】 暫くフリードリヒは、『ペガサス』と雑談を交わしてチャットルームから退室した。「随分と楽しそうですねぇ。」「まぁね。ネット上では僕が皇族だということは誰も知らないし、普通のティーンエイジャーとして振舞える。それに楽しいし。」「それはよかったですね。でもあまりやり過ぎないようにしてくださいね。」「わかっているよ。」「まずまずってところだな。」聖良はラップトップを閉じると、溜息を吐いた。「まさか、相手がセーラ様とは向こうは思ってもみないでしょうね。」「そりゃそうだろう。ネット上では誰でも嘘が平気で吐けるんだ。俺は実家住まいで30近いのに未だ独身のニートっていう設定だが、お前は何かとイタイ中学生か。もうちょっとマシなものを考えられなかったのか。」「申し訳ありません、咄嗟に浮かんだ設定しか考えられませんでしたので。 罠に誘き寄せられ、標的はまんまと姿を現した。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)
突然のことで、聖良は一体何が起きているのかわからずにいた。バタバタと走り去る数人分の足音が聞こえたかと思うと、それとは入れ違いにやって来たリヒャルトの怒りに引きつった顔が、聖良の目に入った。「セーラ様、お風邪を召しますから、中でお召し替えを。」「ああ、わかった・・」 頭から水を浴び、全身ずぶ濡れとなった聖良の姿を見た住民達は彼を指差しながら笑った。「なんだい、あれは。何ともみずぼらしいお姿だこと。」「まぁ、あの姿じゃぁすぐに仲間にでも入れてあげようかねぇ。」「そんなことしたら、また裏切られちまうからやめなよ。」住民達は遠巻きに聖良を見ながら、嘲りの言葉を彼女に向けた。一体自分が何をしたというのだろう。昨日までは自分に好意的だった彼らが、急に態度を一変させるような出来事があったのだろうか。「リヒャルト、何があった?昨日まで彼らは俺に好意的な態度を取っていたのに、一晩明けたらさっきみたいに俺を笑いものにしていた。」「実は、ネット上である噂が広まっているのです。」「ある噂?」「ええ。」 部屋に入るなりリヒャルトはバックパックからラップトップを取り出して電源を入れて画面を聖良に見せた。そこには自分のことを“国を裏切り、海外へ逃げた臆病者”として紹介しているブログが表示されていた。「これは何処で?」「これは親サイトから転載されたものですから、このブログを作成したのは誰なのかは存じ上げません。」「だが心当たりはあるんだな?」「ええ。もしかすると・・あの方なのかもしれません。」リヒャルトがその名を言わずとも、ネット上で噂をばら撒いているのが誰なのか聖良には見当がついた。 漆黒の髪に紅い父親譲りの瞳を持った、ローゼンシュルツ王国第2王子にして、姉・マリア皇女を殺したのだと勘違いして自分を恨み、憎んでいるフリードリヒ。そして彼を唆し、常にミカエルとフリードリヒの傍に侍(はべ)っている漆黒の僧衣を纏った淡褐色の瞳を持った悪魔。彼らこそが、噂を流した張本人だ。「いかがなさいますか?」「決まっている。俺がただ黙ってやられると思うか?」「・・そうおっしゃると思いましたよ、セーラ様。」「今頃、あいつはどうなっているかなぁ?」 王宮内にあるフリードリヒの私室で、その持ち主はラップトップの画面を見つめながらニヤリと口端を上げて笑った。そこに表示されているブログには、フリードリヒの噂を鵜呑みにし、セーラを皇太子の座から引き摺り下ろそうとする団体がコメント欄を独占していた。「まずは良いスタートを切りましたね。」「このままゴールまで突っ走れるかなぁ?」「さぁ、それはランナーであるあなた様の腕次第です。持久力を長く保ちませんと、このレースには勝てませんよ。」「わかってるって。」 フリードリヒはそう言って笑うと、チャットルームへとアクセスした。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(0)
「これから、どうなさるおつもりで?」「決まっている、あの世間知らずのセーラを絶望の底へと叩き込んでやるのさ。味方だと思っていた人物に裏切られる・・彼にとってそれは最大のショックだろうねぇ。」くすくすと笑いながら、ミカエルはまるで歌うように言葉を紡ぎ出した。「恐ろしい方だ、あなたは。」「いまさら何を言う。さてと、もう遅いから休むとしよう。」さっと椅子から立ち上がると、ミカエルはドレスの裾を払って寝室へと入っていった。その様子を伏目がちに見ていたディミトリは、大仰な溜息を吐いた後、ミカエルの部屋から去った。(ミカエル様は抜け目のないお方だ・・油断しているといつこっちに矢が飛んでくるのかわからない。) ミカエルは自分以上の策士だ。ふとしたことで感情の揺れを表に出したら、すぐに気づかれてしまう。表情やしぐさ、言葉遣いといったものをつぶさに観察し、相手が嘘を吐いていないかどうか勘繰るのが、ミカエルだ。 その点では、まだあどけなさが残るフリードリヒなど可愛いものだ。彼は何かと操りやすいので、セーラへの憎しみを勝手にこちらが植えつければ、後はフリードリヒが好きにやってくれる。「ディミトリ!」「フリードリヒ様、このような遅い時間にどうなさいましたか?」修道院へと戻ろうとするディミトリの前に、フリードリヒが現れた。「お前にちょっと話があって。」「わたくしに?」「うん、昼間では話せないことなんだ。」「わかりました。」笑顔の仮面を咄嗟に被ったディミトリは、恭しくフリードリヒの手をひいて修道院へと戻っていった。「それで、お話とは一体なんでしょうか?」「ねぇ、ディミトリはあいつのこと、どう思っているの?」「さて、どなたのことでしょうか?」「だから、ミカエルのことさ!」苛立ったフリードリヒはそう声を上げると、ブーツで床を叩いた。「おやおや、もうあなた様は皇太子様が偽者だということに気づいていらっしゃったんですね。」「うん。本物には一度も会ったことがないけれど、あいつは偽者だってことに気づいたよ。まぁでも、次期国王としてはあいつの方が相応しいかもね。」「セーラ様が憎いですか?」「あいつはマリア姉様を殺したんだ。それに、内戦中の母国を捨てて安全な外国に逃げたんだ。そんな卑怯者、許すわけにはいかないよ。」「そうですか・・」フリードリヒの言葉を聞いたディミトリは、この皇子を利用してやろうという黒い感情が鎌首を擡(もた)げ始めた。「フリードリヒ様、さきほどおっしゃったことを、国民に伝えてはいかがでしょう?我が国の希望の星である彼が、国を見捨てた裏切り者だとわかれば、皆我々の味方をする筈です。」「いい考えだね、それ。早速始めようか。」「ええ。」 ラップトップの電源を入れたフリードリヒは、忙しくキーボードを叩きながら作業に取り掛かった。「こんなものでいい?」「ええ、完璧ですよ。あとは送信ボタンをクリックするだけです。」「わかった。」フリードリヒは満面の笑みを浮かべながら、「送信」ボタンをクリックした。 一夜明け、聖良はいつものように炊き出しを行おうとすると、やけに周囲の視線を感じることに気づいた。それらは全て刺々しく、冷たいものであった。(一体どうしたんだ?)首を傾げながら聖良が顔を洗おうとして井戸から水を汲もうとしたとき、派手な水音とともにバケツ一杯分の水が彼に突然降り注いだ。にほんブログ村
2012年09月26日
コメント(2)
「そ、それは・・」「あら、いいのよ。答えられないのなら。」アリエステ侯爵夫人は、そう言うと口元で扇を隠した。「わたしは、セーラ様を愛しております。昔から・・」リヒャルトは一呼吸置いた後そう言ったのを聞いたアリエステ侯爵夫人は、にっこりと彼に微笑んだ。「そう。あなた方の事情はよく知っているわ。あなたにとってセーラ様は命の次に大事な方なのよね?」「はい。どのような事があってもわたしはセーラ様を守りたいと思っております。」「それは男として、それとも騎士として?」「男として、です。」そう言ったリヒャルトの菫色の瞳は、決意の光が宿っていた。「・・そうか、報告をありがとう。下がってもいいぞ。」「はぁ・・」 一方、王宮ではミカエルが間諜に金貨の袋を手渡しているところだった。「あ、ありがとうごぜぇやす!」「これで娘の薬代には足りるだろう。早く行け、誰にも見られぬ内に。」ミカエルは嫣然とした笑みを間諜に浮かべながら、彼が部屋から立ち去るのを静かに見送った。「まさか、貧民街の住民を間諜として雇うとは・・素晴らしい作戦ですね。」カーテンの陰からディミトリが姿を現すと、ミカエルは退屈そうに頬杖をついた。「あいつらは金に困っている。我々は情報が欲しい。互いの利害が一致したところで、ビジネスは生まれるものだ。」「お見事ですね。あなたには次期国王の資格がございます。あんな平民育ちの者とは訳が違います。」「当然だろう。俺はヴェントルハイム家の後継者として幼い頃から帝王学を叩き込まれてきた。上に立つ者はこうであれと、常日頃養父(ちち)から言われていた。そして時折ビジネスの事も教えてくれたよ。」「お養父様は、なんと?」「“目の前に転がっているチャンスは決して逃がすな、必ずものにしろ”と。まぁ、養父の教えに従って生きていたからこそ、今の俺が居る訳だが。」ディミトリは思わずミカエルの顔を見た。 金髪に蒼い瞳―セーラ皇太子と瓜二つの顔をしているものの、その性格は全く違う。いつも冷静沈着で、平気で嘘を吐いて、それでいて他人を害することに少しも躊躇(ちゅうちょ)しない。 魅惑的で魔性を秘めたオディール―それが、ミカエル=ヴェントルハイムの本質なのだ。「どうした、何を考えている?」「いいえ・・」自分の心中を探られぬよう、咄嗟にディミトリは頭を振り、主に跪いた。「あなた様がいつ玉座につかれるのかを、考えておりました。」「ハッ、調子のいいことを言う。お前のような男と出会ってから、退屈しなくて済んだからいいか。」その言葉の端々に高慢さを滲ませながら、ミカエルはディミトリを冷たく見下ろした。 それは、生まれながらにして王者の品格を持った者の姿そのものであった。にほんブログ村
2012年09月25日
コメント(0)
「まさか、あなたがこのような場所にいらっしゃるとは、思いもしませんでしたよ。」「わたしは閣議室でふんぞりかえるよりも、現場を視察する方が性に合っているんだよ。君こそ、何故貧民街に?」 アレクサンドルの視線が、リヒャルトから聖良へと移った。「ははん、さてはどこかの深窓のご令嬢と奉仕活動か?君も隅に置けないな。」「違いますよ。ご紹介いたします、この方はセーラ=タチバナ様です。」「セーラ=タチバナ・・というと、セーラ皇太子様がこちらの方!?」アレクサンドルの瞳が、驚きで大きく見開かれるのと同時に、彼は聖良の方へと駆け寄ってきた。「いやぁ、お初にお目にかかります、セーラ様!お噂はかねがね。」「ほう・・」突然見知らぬ男に手を握られ狼狽する聖良だったが、すぐさま平静さを取り戻してアレクサンドルを見た。「リヒャルト、この方は?」「初めまして、皇太子様。わたくしはアレクサンドル=スロノヴァと申します。以後、お見知りおきを。」「その制服、もしや聖十字騎士団のものでは?」「よくご存知で!」「この国の皇太子が自国の軍隊を知らないのでは、恥だからな。それで、先ほどの治安部隊は誰の差し金でここに来た?」「はぁ・・それが、ここに内通者の密告で来たという情報を密かに得ましてね。」「内通者か・・」聖良はぐるりと辺りを見渡し、その中に内通者の姿を探した。「ここでは何だから、中で詳しくその話を聞こうか?」「わかりました。」救護院の中へと入ってゆく三人の姿を、一人の司祭が見ていた。「それで、その内通者とやらは見つかったのか?」「いいえ。恐らく、王国軍が放った間諜かと。なので、奴の尻尾も捕まえられませんでした。」「そうか。ということは、俺が貧民街に居ることはすでにバレているということだな。」聖良はそう言うと、紅茶を一口飲んだ。「暫く間諜を泳がせておいた方がよろしいでしょう。ではわたくしはこれで。」「ああ、気をつけてな。」「皇太子様のご武運をお祈りしております。」去り際にアレクサンドルは聖良の手の甲に接吻すると、救護院を後にした。「・・なかなか面白い男だな、あいつは。」「まぁ、良く言われておりますよ。わたしとは士官学校の同期なのですが、自由奔放で、身分の差など気にしない男でして。実力さえあれば誰でも騎士団に加えるような男ですからね。」そう言ったリヒャルトの顔は何処か嬉しそうだった。「さてと、仕事に戻るか。」「そうですね。炊き出しがまだ途中ですし。」聖良がリヒャルトとともに炊き出しに戻ると、そこには暴徒たちの魔手から逃れたアリエステ侯爵夫人の姿があった。「夫人、ご無事だったのですね!」「ええ。セーラ様のお陰ですわ。」アリエステ侯爵夫人は二人に笑顔を浮かべた。「あれからご主人とは?」「うちの人は宮廷に詰めておりますわ。手が足りないのでしたらうちの使用人たちを使ってくださいな。」「それはありがたい。助かります。」俄かに活気付いた救護院では、暴動で家を焼け出された人達が温かい料理に舌鼓を打っていた。「これからどうなるのでしょうねぇ、この国は?」「さぁ、それは誰にもわかりません。」 その夜、リヒャルトはアリエステ侯爵夫人と中庭で話しながら、満天の星空を見上げていた。内戦が起きる前の平和な時代と、暴動の嵐が吹き荒れる今でも、空に浮かぶ星の輝きは変わらない。「ねぇ、リヒャルト、あなたに前から聞きたいことがあるのだけれど・・」「なんでしょうか?」「あなた、セーラ様のことをどう思っておられるの?」「そ、それは・・」 突然アリエステ侯爵夫人からそんなことを聞かれ、リヒャルトは虚を突かれたかのような表情を一瞬浮かべた後、顔を赤く染めた。にほんブログ村
2012年09月25日
コメント(0)
ローゼンシュルツ王国で起きた暴動で、日本人記者が死亡したというニュースは、瞬く間に世界中に広がった。「陛下、躊躇っているときではありませんぞ!早く軍隊を介入しませんと!」「そうです!警官隊で暴徒たちを食い止めるのは時間の問題です!」「そうか・・」アルフリートが軍隊介入に二の足を踏んでいると、ミカエルが苛立だしげに扇を叩いた。「父上、さぁご英断を。こうしているうちにも刻一刻と時間が過ぎてゆきます。」「仕方ないな・・」眉間を揉んでいたアルフリートの手が、そっと離れた。「直ちに軍隊を介入し、暴動を鎮圧せよ。」「はっ!」 こうして、ローゼンシュルツ王国軍は暴徒鎮圧の為、静かに動き始めた。 一方貧民街では、聖良達が炊き出しを行っていた。「さぁさぁ、並んで!」「はい次の人!」救護院で彼らが炊き出しをしていると、一台のバンがリヒャルト達の前に停まった。「何ですか、あなた方は?」「我々は治安部隊だ。ここにテロリストが居ないかどうか家宅捜査する!」「お待ちください、ここには老人や子供、女性しかおりません。彼らは善良な市民です。テロリストはここには潜伏しておりません。」「女子供でもテロリストの可能性はある。さっさとそこを退け!」苛立った隊員の一人が、そう言ってリヒャルトの胸を銃剣の先で突いた。「誰の命令で動いているのかはわかりませんが、さっさとここから出ていってください。子供たちが怖がっているではありませんか。」「うるさい!」銃床で顔を殴られたリヒャルトを目の当たりにした市民達は、治安部隊に向かって一斉に罵声を浴びせた。「俺たちの旦那になんてことしやがる!」「薄汚い王家の犬どもめ!」「隊長・・」自分達を取り囲んでいる市民達の視線が憎悪に満ちていることに気づいた隊員が怖気づき、肩に勲章をつけ白いマントを纏った上官の方を向くと、彼は低い声で唸った後、部下達にこう命じた。「この暴徒どもを撃て。一人残さず殺せ。」隊員が一斉に銃剣を構えると、女や子供たちは泣き叫び、男達は武器を構えて一触即発の険悪な空気となった。そんな時、隊員たちの背後から蹄と馬の嘶きの音が聞こえた。「貴様ら、そこで何をしている!?」「しょ、将軍・・」「閣下、わたくしは国を混乱に陥れようとする暴徒どもを殲滅(せんめつ)しようとしているだけです、お気にならさず。」「暴徒が聞いて呆れる!みろ、彼らは食糧を求めに来た善良な市民ではないか!貴様の目は節穴か、アドリアン!」黒毛の馬に跨った男は氷のような声で白いマントの男を叱責すると、彼は悔しげに唇を噛み締めると、部下達を引き連れてその場から去っていった。「助けてくださってありがとうございます。」「おや、誰かと思ったらマクダミア殿ではありませんか。」そう言うと黒馬からひらりと優雅に男が降りてきて、リヒャルトに微笑んだ。 彼の名はアレクサンドル=スロノヴァ、聖十字騎士団のトップであり、リヒャルトとは長年の知己でもあった。―◇第4章・完◇―にほんブログ村
2012年09月25日
コメント(1)
全262件 (262件中 51-100件目)