FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 昼ドラファンタジー転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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「どうした、やめて欲しいのか?」「そんなつもりは・・」「なら、どうして欲しいのだ?」リシャドの黄金色の瞳が、悪戯っぽい光を宿した。「意地悪・・」聖良が唇を尖らせてそう言うと、リシャドは彼を抱き締めると、天蓋の中へと入った。そしておもむろに聖良の服を剥ぎ取り、潤った秘所に己のものを挿れた。「あぁ~!」充分に潤ったとはいえ、突然内部を貫かれて聖良はビクリと身を震わせた。「こちらははじめてか?」リシャドの問いに、聖良は静かに頷いた。「そうか・・」彼はふっと笑うと、おもむろに激しく腰を動かした。「そんな・・急に動いたら・・」「愛している、セーラ。誰よりも。」リシャドはそう言うと、聖良の唇を塞いだ。「あ、あぁ!」激しい抽送に、聖良は呼吸が出来ぬほどの激しい快感に襲われていた。「リシャド・・愛してる・・」首に提げた黒真珠のペンダントが、リシャドの動きと合わせて激しく揺れた。「お前に・・俺の全てを捧げたい。」リシャドは一層激しく腰を突き動かした。もう限界が近い。「リシャド・・」熱で潤んだ蒼い瞳が自分を見上げ、リシャドの理性は限界に来ていた。「俺の子を産んでくれ、セーラ。」リシャドはそう言うと、聖良の中に欲望を迸らせた。 カーテンが風を受け、ゆらゆらと揺れた。「ん・・」聖良が身じろぎすると、隣にはリシャドが寝ていた。どうして彼が寝ているかを思い出した聖良は、顔を赤くさせて寝台から降りようとしたが、リシャドがその手を掴んだ。「何処へ行くつもりだ?」「水を飲みに・・」「それなら侍女に運ばせろ。今日はお前を離したくない。」「全くもう、独占欲が強い奴だな。」聖良が苦笑すると、リシャドは裸の胸に彼の顔を押し付けた。「わたしはもう、お前なしでは生きられない。セーラ、どうかわたしの妻になってくれるか?」「もう返事はしただろう。それにしても、どうして俺が両性具有(ふたなり)だと解ったんだ?」「初めてお前を抱いた時からだ。知っているか、この国の守護神は両性具有の女神であるということを?」「それは知らなかったな。後で調べてみよう。」「そうだな。だが今はわたしと居ろ。」独占欲が強いリシャドに、その日聖良は振り回されて、結局一日中寝室から出られなかった。「明日は、色々と観光しよう。」「観光?砂漠に囲まれた国で何か娯楽でもあるのか?」「我が国を見縊って貰っては困るな。この国はアスコットレースで優勝したサラブレットの母国でもあるのだぞ。気晴らしにレースでも観戦しないか?」「いいな、それは。それよりも先にシャワーを浴びさせてくれ。」「解った。」漸くリシャドの腕から解放された聖良は、シャワーを浴びる為に浴室に入った。(痕つけすぎだろ・・)首筋から胸元まで、リシャドにつけられた薔薇色の刻印で覆われていた。愛されるのは嬉しいのだが、リシャドは少し過激すぎるところがある―聖良はそう思いながらシャワーを浴びた。 翌日、リシャドは約束通りにカリーハ市内中心部にある国営競馬場へと聖良をエスコートしていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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「やめてくれ、リシャド・・わたしが悪かった・・」喉元に刃を突き付けられ、傲慢なサリームの顔は原形を留めないほど腫れあがり、血が滲んだ唇で自分に対して命乞いをする姿を見て、リシャドは口元に冷笑を浮かべた。 今までこの男にどれ程酷い仕打ちを受けたか、数知れない。 リシャドの実母は、オアシスで羊を放牧する遊牧民の娘で、家計に困った父親が、たまたま自分達の村を通りかかった国王に娘を差し出した。娘には当時、婚約者が居たのだが、泣く泣く彼女は家の為に国王の元へ嫁いだ。遊牧民の村から華やかな王宮暮らしとなった娘を待ち構えていたものは、蛇のような陰険な後宮の女達だった。その中でも陰険だったのは、サリームの実母・ナリーハで、名家出身の彼女は娘をことごとく“羊飼いの娘”と馬鹿にしては国王やその重臣が集まる宴で恥をかかせた。 やがて娘は国王の子を身籠ったものの、ナリーハや彼女の取り巻き達による嫌がらせは妊娠してからますます酷くなり、彼女は心を病み、離宮でリシャドを産んだ後亡くなった。母の顔を知らぬリシャドは、離宮で働く女官達に大切に育てられ、そこでは彼は一人の人間として扱われていた。 5歳の時、国王が迎えに来るまでは。ナリーハは自分が産んだ息子・サリームが第一皇子、即ち皇太子の座を脅かすリシャドを激しく嫌悪し、母と同様陰湿な嫌がらせをした。5歳のリシャドにとって、義母に当たるナリーハが何故、自分には辛く当たるのか理解できずに泣き暮らす日々が続いた。そんなある日、剣の稽古でリシャドはサリームによってあやうく死にかけた。『貧しい羊飼いの息子は、この王宮に相応しくない。ここから出て行け!』自分と母への嘲りの声を聞いた瞬間、リシャドはサリームに飛び掛かり、彼の鼻の骨を拳で砕いた。あの頃はまだ子どもだったが、今は違う。「許しを乞うて、わたしが貴様を助けるとでも?」リシャドはそう言ってサリームを冷たい瞳で見下ろした。「ここで貴様との悪縁、断ち切らせて貰おう!」太陽の光がジャンピーアの刃を弾いて輝き、サリームの首めがけて振り下ろされようとした時、聖良がリシャドを抱き締めた。「何をするセーラ、離せ!」「そいつは殺す価値がない人間だ、リシャド!」「お前に何が解る、わたしがどれ程苦しんできたのかを!」「解るさ、家族を知らずに今まで生きてきた俺だから!」リシャドの深い孤独が、家族を知らずに生きてきた聖良は痛い程解った。横浜の施設では養父・聖太から深い愛情を受けて育っていたが、施設から一歩外に出ると、何故自分には両親が居ないのか、自分は何者なのかという深い孤独感と、自分は他人とは違う疎外感にいつも苛まれていた。「お前は俺と同じだ、リシャド。」「セーラ・・」「お願いだから、こんな奴の為に手を汚すな。お前の手は、もっとほかのことに使える筈だ!」“リシャド様、あなたはこの手でわたくし達を幸せにしてください。”幼い頃、自分に仕えてくれた老執事の笑顔と声が、リシャドの脳裡に甦った。「ありがとうセーラ、俺は間違った事をするところだった。感謝する。」「別に礼を言われる憶えはない。」聖良はそう言って地面にのびているサリームを見た。「こいつはどうする?」「放っておけ。それよりもセーラ、お前と甘い時間を過ごしたい。」リシャドは人目を憚らず、聖良の唇を塞いだ。「ん・・やめろ、こんなところで!」「どうした、俺が怖いのか?」挑発的な光を黄金色の双眸に宿しながら、聖良の華奢な腰を抱き締めた。「ん・・」部屋に入るなり、リシャドは聖良の唇を激しく貪り始めた。「リシャド・・やぁ・・」リシャドの逞しい手が、裾に潜り込み内腿を撫でる感覚がして、聖良は思わず悲鳴を上げた。にほんブログ村
2012年03月22日
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「これは、酷いな・・」リシャドはそう言うと、モニターに映る写真を見て唸った。 そこには、リシェーム王国の警察長官を務めるシェーラの従兄・ホメイニが職権を濫用し、民主化運動をしていた学生を逮捕して拷問している様子が映っていた。「このホメイニという男の所為で、自分の親兄弟を殺された市民がカリーハ中に居ます。わたしはジャーナリストとして、この情報を世界に発信する予定です。」「良くやってくれた、シュウ。我が国の報道は国王によって規制されているが、それは新聞やテレビ・ラジオだけだ。未だインターネットへの規制はないから、この情報を規制する前に流すことだ。」「そうですね。では今からでも流しましょう。」淑介はそう言ってモニターの前に座ると、キーボードを素早く叩いた。「これで、この国の風向きも変わるでしょうか?」「さぁな。それよりもサリームが飼っている狂犬、おかしな動きをしているそうだ。警戒を怠るな。」「承知しました。」淑介の部屋から出て来るリシャド達の姿を、サリームの側近が見ていた。「・・そうか、もうさがれ。」「はい。」(リシャド、この国を本気で変えようとしているのか。無駄な足掻きを・・)腰にジャンピーアを提げたサリームは、聖良が住まう後宮へと向かった。「セーラ様、お加減はいかがですか?」「少し気分が良くなった。サリーシャが作ってくれた蜂蜜水のお蔭かな?」「そうですか、それはよろしゅうございました。」サリーシャが安堵の表情を浮かべた時、サリームが部屋に入って来た。「サリーム様、何故こちらに?」聖良はそう言ってサリームを見ると、彼は乱暴に聖良を立ち上がらせた。「何をなさいます、サリーム様!」慌ててサリームを止めようとするサリーシャの頬を、彼は打った。「侍女如きがわたしに生意気な口を利くな!」床に蹲るサリーシャに駆け寄ろうとした聖良だったが、サリームに腕を引っ張られた。「何処へ俺を連れて行くつもりだ?」「それはついてくれば解る。おかしな真似をすると、これでお前の喉を掻き切ってやる。」サリームは鞘からジャンピーアを抜き、その刃を聖良の喉元に突き付けた。「おとなしくやられる俺だと思うのか?」聖良はそう言うと、サリームの足を踏みつけた。彼が悲鳴を上げて一瞬怯んだ隙を突き、警官時代に習った合気道で聖良はサリームを投げ飛ばした。「誰か、助けて!」「セーラ、どうしたんだ!?」廊下を走っていると、リシャドが運よく通りかかっていた。「リシャド、サリームが俺を殺そうと・・」「それは本当なのか、セーラ?」「ああ。俺を連れ去ろうとしているところを俺の侍女のサリーシャが見ている。」リシャドがじろりとサリームを睨むと、彼はリシャドを睨み返してきた。「お前は、兄である俺よりもそいつの事を信じるのか?」「ええ。あなたよりも、セーラの方が信用できます。」「ふん、貧しい羊飼いの女の腹から生まれた者が、一国の皇子をものになどできるものか、この身の程知らずが!」サリームの言葉は、リシャドの逆鱗に触れた。彼は悠然と立ち去ろうとするサリームの肩を掴むと、彼の横っ面を殴り飛ばした。「おやめください、殿下!」「おのれ、黙って聞いておれば・・」自分を制しようとするアフマドの手を振り払い、リシャドは怒りに任せてサリームの顔が変形するまで殴った。「お前など、殺してやる・・」 リシャドは怒りに満ちた顔をしてサリームを睨み付けると、彼が腰に提げているジャンピーアを奪い、その刃を彼の喉元に突き付けた。にほんブログ村
2012年03月22日
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「陛下、何をなさるんですか!?」聖良はそう言ってアルハンを睨むと、リシャドの方へと駆け寄った。「大丈夫ですか、リシャド?」「ええ、大丈夫です。父上、出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした。」リシャドはそう言ってアルハンに頭を下げると、後宮から出て行った。『セーラ、わたしの愛しい妻よ。』アルハンがゆっくりと聖良の手を繋ごうとすると、聖良はそれを邪険に払いのけた。『申し訳ありませんが陛下、わたくしは体調が悪いのです。これ以上体調を悪化させるような事はならさないでください。』それだけ言うと、聖良は部屋の扉を内側から鍵を掛けて閉じこもった。『陛下、わたくしが申し上げた通りでしょう?』第二王妃・シェーラはそう言ってアルハンにしなだれかかった。『シェーラよ、わたしを愛してくれるのはそなただけだ。』アルハンは寵妃に微笑むと、彼女の細い腰を掴んで彼女の部屋へと向かった。 一方、後宮を出たリシャムが廊下を歩いていると、異母兄・サリームと会ってしまった。「どうした、リシャム?うかない顔だな。」「兄上には関係のない事でしょう。」そう言ってリシャムはサリームの脇を通り過ぎようとしたが、異母弟の態度が気に食わないサリームは、彼の腕を掴むと自分の方へと引き寄せた。「お前、父上に気に入られているからといって、仮にも兄の私にそのような態度を取ってもいいと思っているのか?」「いいえ。」「ではそこに膝をついて私に対する無礼を詫びろ。」ただでさえ気が立っているというのに、サリームの軽い挑発に乗るわけにはいかなかった。「申し訳ありませんでした。」リシャムは頭を下げてサリームの脇を通り過ぎた。「サリーム、なんですかあの態度は?兄に対する礼儀を弁えていないとは・・」サリームの実母・ナリーハがそう言って遠ざかるリシャムの背中を睨みつけた。「母上、そう怒らないでください。あいつは皇太子といえども母親の出自は貧しい羊飼いの娘なのですから。」「ほほ、それはそうだわね。お前の敵ではなくなる日が近いかもしれないわ。サリーム、その為には早く良い妻を娶り、その妻には是非とも健康な男児を産んで貰わねばね。」「心得ておりますよ、母上。」そんな母子の会話を、リシャムの側近が柱の陰で聞いていた。「リシャム殿下、あの母子からの中傷にいつまでも黙っておいでなのですか?」「兄上達は放っておけ。我が母の出自がどうの、血がどうのだという中傷にはもう慣れた。」リシャムは羽ペンを動かしながら、自分の側近であるアフマドを見た。彼の母親とリシャムの実母が幼馴染である誼(よしみ)で、アフマドとは20年来の付き合いがある。「ですが、あの者を生かしておくと碌なことにはなりませんよ。」「恐ろしいのはリシェーム兄上ではなく、その母親のナリーハだ。あの女はシェーラとも繋がっているのだぞ。」「シェーラといえば、奴の従兄のホメイニが職権を濫用しているそうですよ。あの一族は性根が腐りきっています。」アフマドは吐き捨てるかのように言うと、部屋から出て行こうとした。「何処へ行く、アフマド?」「セーラ様の所です。」「今はやめておけ。それよりもわたしとともについて来い。」「はい。」リシャドとともに王宮を出たアフマドは、彼とともにカリーハの貧民街へと向かった。「リシャド様、お久しぶりでございます。」彼らがとあるアパートの一室に入ると、そこにはすっかり日焼けした帝朝新聞記者・鳩江淑介(はとえしゅうすけ)の姿があった。「ミスター・シュウ、君からの報告を聞かせて貰おう。」リシャドはそう言うと、部屋の中へと入った。にほんブログ村
2012年03月22日
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「そうですか。ルドルフ様、折り入ってお話したいことがございます。」リヒャルトがそう言って姿勢を正すと、ルドルフの顔が険しくなった。「セーラ様のことですか?」「はい。セーラ様は現在、リシェーム王国後宮に囚われているという情報を得ました。ですが、救出までには時間がかかるかもしれません・・」「セーラ様救出に力を貸しましょう。オーストリア=ハプスブルクと貴国とは旧知の関係にあります。」「ありがとうございます。」リヒャルトはそう言うと、ルドルフと握手をした。「こちらで夕飯を召し上がられますか? 遠方までおいでになられたのですから、ゆっくりと身体を休めてください。」「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて・・」 和室から出たルドルフとリヒャルトがダイニングへと入ると、ダイニングテーブルにはルドルフの妻・瑞姫の手料理が並べてあった。「大したものを用意できませんが、どうぞ。」「いいえ。育児や家事でお忙しいのに、もてなしていただいてありがとうございます。」リヒャルトはそう言うと、瑞姫は彼に笑みを浮かべてダイニングから出て行った。「リヒャルト殿、セーラ様とは長いお付き合いだとか?」「ええ。元々は皇妃様付の女官として仕えていたわたしの母が皇妃様と親しくしておりまして、わたしもセーラ様の遊び友達として王宮で過ごしておりました。けれど、セーラ様はその事を覚えていらっしゃいません。」リヒャルトは溜息を吐くと、幼い頃を思い出した。 あの頃は、世間というものを全く知らず、無邪気に遊んでいるだけで楽しかった。成人し、美しく成長したセーラを見つけたリヒャルトは歓喜に震えたが、彼が幼い頃の記憶を失っているという衝撃的な事実を知り、呆然となった。だが、いつまでも立ち止まってはいけない。一刻も早くセーラを救い出し、必ずローゼンシュルツへと戻る。(セーラ様、わたしはあなたを必ず助け出します。)「どうなさいました?」「いいえ。」ルドルフは、リヒャルトの紫紺の瞳が憂いの光を帯びていることに気づいた。「リヒャルト様と、何を話されていたんですか?」その夜、瑞姫はそう言って夫の隣へと横になった。「ローゼンシュルツのセーラ様のことで、色々と話していたよ。リヒャルト殿は幼い頃からセーラ様と一緒だったが、セーラ様は幼い頃の記憶を失ったままなんだ。それでも彼は、セーラ様を慕っている・・君は彼のことを、どう思う?」「どうって・・健気だと思います。相手が自分をたとえ忘れていても、彼は相手を一途に想い続けている・・それは難しいことだと思います。」「そうか。」瑞姫の言葉に、ルドルフは溜息を吐いた。 ゆっくりと顔を上げた聖良は、身体のだるさを感じた。「セーラ様、どうなさいました?」「大丈夫、少しだるいだけだから。」主の顔色の悪さに驚いたサリーシャに対して、聖良は彼女を安心させるかのようにそう言うと、寝台に入って横になった。数日前に初潮を迎えてからというものの、体調が優れない日々が多くなり、寝台から起き上がれるのはトイレと風呂の時だけだった。(いつまで続くんだろう、こんなの・・)聖良が眉間に皺を寄せながら下腹部の鈍痛に耐えていると、サリーシャが誰かと話をしていた。「セーラ様、リシャド様がお見えになりました。」「リシャド様が?」聖良がゆっくりと寝台から身体を起こすと、そこには白いトーブ姿のリシャドが心配そうに聖良を見つめていた。「体調が悪いと聞いたが、大丈夫なのか?」「余り・・それよりもリシャド、ここへは何を?」「セーラ、わたしはお前を妻に迎えることにした。」「え・・今なんて?」聖良がそう言ってリシャドに聞き返そうとしたとき、リシャドがその唇を塞いだ。「セーラ、もう苦しまなくともよい。わたしの妻となってくれ。」リシャドは聖良の前で跪くと、彼の手の甲に接吻した。(これって、プロポーズ?)突然のことに戸惑いながらも、聖良の答えは既に決まっていた。「はい・・あなたの妻になります。」その一部始終を見ていた数人の侍女達が、黄色い悲鳴を上げた。「その結婚、認めなくてよ!」鋭い声が中庭の方から聞こえたかと思うと、アルハンの第二王妃・シェーラが聖良とリシャドの間に割って入った。「下がれ、シェーラ。お前がわたし達のことに口出す権利は無い。」「あら、そうかしら? この者はまだ陛下の妻なのですよ。それなのに求婚をするとは、一体どういう神経をしていらっしゃるのかしら?」シェーラはそう言うと、リシャドに勝ち誇った笑みを向けた。「一体何の騒ぎだ、シェーラ?」野太い声が聞こえ、後宮にアルハンが姿を現した。「陛下、さきほどリシャド様があなたの妻に求婚をなさいましたよ。いくら親子といえども、これは見過ごせませんわよね?」「それは、本当か?」アルハンはそう言うと、リシャドを睨みつけた。「はい、父上。わたしはセーラを妻として娶ろうと・・」リシャドの言葉が終わらない内に、アルハンは彼を拳で殴っていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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「すいません、セイタさんの容態は・・」リヒャルトはそう言って通りかかった看護師に尋ねると、彼女は溜息を吐いて首を横に振った。「もう、長くはないそうです。せめて最期の時くらいは、息子さんと会わせてあげたいですね・・」その“息子”である聖良は、遠い異国の王宮で囚われの身となっていて、いつ救出できるかも解らない。 リヒャルトは溜息を吐いて病院から出ると、ルドルフ皇太子が結婚相手と住んでいるという日本海沿岸の町へと向かった。新幹線と在来線を乗り継いで3時間半の旅を終えたリヒャルトは、ルドルフ皇太子が住む家を探していると、周辺住民から、「それは高台の真宮様のお宅だ」という情報を得て、彼はすぐさま真宮邸へと向かった。 そこは昔ながらの武家屋敷と、瀟洒な洋館が並んで立つ豪邸であった。リヒャルトは深呼吸すると、玄関のインターホンを押した。『どちら様ですか?』『わたくしはリヒャルト=マクダミアと申します者です。ルドルフ皇太子様にお会いしたいのですが・・』『少しお待ちくださいませ。』数分後、玄関の戸が開いてリヒャルトが中へと入ると、そこには赤ん坊を抱いた若い女性が立っていた。「初めまして、わたくしはミズキと申します。ルドルフ様は今出かけておりまして、留守にしております。」女性はクイーンズイングリッシュでリヒャルトに挨拶すると、頭を下げた。「リヒャルト=マクダミアです。そちらのお子さんは・・」リヒャルトはちらりと女性が抱いている赤ん坊を見つめた。その赤ん坊は黒髪黒眼の容貌をしており、彼女の息子だとすぐに解った。「長男の遼太郎です。今5ヶ月になります。ここで立ち話はなんですから、どうぞ中にお入りになってお話しましょう。」「ええ。」女性に案内されてリヒャルトが入ったのは、武家屋敷の客間だった。「あなたがこちらに来られたのは、わたくしとルドルフ様の事で、皇帝陛下が何かおっしゃったのですね?」黒真珠のような澄んだ瞳で女性はリヒャルトを見つめながらそう尋ねると、彼は静かに頷いた。「実は、陛下はあなたとルドルフ様との結婚を快く思っていらっしゃらないご様子でして・・出来れば別れて欲しいとおっしゃっております。そしてわたしがその説得に伺った訳です。」「そうですか・・」女性が溜息を吐いた時、彼女の腕の中で眠っていた赤ん坊が目を覚ましてぐずり始めた。「よしよし、泣かないの。」女性が慌てて赤ん坊をあやしたが、赤ん坊は火がついたかのように激しくぐずり、手足をばたつかせた。「どうした、ミズキ?」その時客間の襖が開いて、ルドルフ皇太子が部屋に入って来た。「ルドルフ様、遼太郎が・・」「どれどれ。」ルドルフ皇太子は慣れた手つきで女性から赤ん坊を受け取ると、優しくあやし始めた。すると先ほどまで激しく泣いていた赤ん坊が泣き止み、ルドルフ皇太子の腕の中ですやすやと眠り始めた。「本当にお父さん子なんですね、遼太郎は。」「ああ。ミズキ、そちらの方は?」ルドルフの視線が妻からリヒャルトへと移った。「ルドルフ様、こちらはリヒャルト=マクダミアさん。わたし達の結婚について、陛下から・・」「そうか。」先ほどまで赤ん坊に優しく微笑んでいた穏やかな表情が一変し、ルドルフ皇太子は冷たい光を湛えた蒼い瞳でリヒャルトを見た。「父上は、わたしとミズキとの結婚を認めぬと、そう言ったのですね?」「はい。シュティファニー様との離婚は許したが、再婚は認めていないと。」「困った方だ、父上は。家庭内の問題を他国の大使に頼むとは。わざわざ来ていただいて申し訳ありませんが、わたしはミズキと別れるつもりはありません。」そう言ったルドルフの瞳には、強い決意が宿っていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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「失礼致します。」 リヒャルトが謁見の間に入ると、玉座には軍服を着こんだ1人の男性が、蒼い瞳で彼を見つめた。この男性こそが、オーストリア=ハプスブルク帝国皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフその人であった。「お初にお目にかかりまして、光栄にございます、皇帝陛下。」リヒャルトはそう言って優雅に礼をすると、皇帝は玉座からゆっくりと立ち上がった。「顔を上げろ。」「はっ」リヒャルトがゆっくりと顔を上げると、皇帝は彼の近くに立っていた。「お話とは、何でしょうか?」「実はルドルフの事なのだ。」「皇太子様の事でございますか?」皇帝の口からルドルフの話が出てくるとは思わず、リヒャルトは驚きの余り目を見開いた。「ルドルフは突然行方をくらましたかと思えば、日本で暮らしているというではないか。シュティファニーとの離婚にはわたしは同意したが、皇太子としてあのような真似は許さん!」皇帝の口調は穏やかだが、握られた拳が怒りで小刻みで震えていることに、リヒャルトは気づいた。「陛下、皇太子様についてわたくしは・・」「こんな事を・・今セーラ皇太子様が行方不明だというのに、わたしの口から恥ずかしい事を言うようだが、何とかルドルフを説得し、その女と別れるように言ってくれ。」「はぁ・・」皇帝の言葉に少し拍子抜けしながらも、リヒャルトはどう返事をすればいいのか迷った。 あと少しのところでマリア皇女殺害の犯人と聖良を拉致した連中の正体が解るというのに、他国の皇帝と皇太子の関係に口出しする暇はリヒャルトにはない。だが皇帝から直接お願いされるとは思いもよらず、もし断れば少々厄介な事になるとリヒャルトは予想できた。「解りました。陛下はご多忙の身。わたくしがルドルフ様を説得致しましょう。」「そうか、すまないな。セーラ皇太子様の事はわたしがお前の代わりに調べるとしよう。全く、ルドルフとの関係修復に他国の大使を使うとは我ながら情けない。」皇帝はそう言って溜息を吐いた。「ご心配なく。皇太子様を必ずや説得してみせましょう。」皇帝との謁見を終えたリヒャルトは、深い溜息を吐きながらホテルの部屋で荷物を纏めた。ようやく2つの事件の手掛かりをつかめたというのに、こんな大事な時にウィーンを離れなければならず、リヒャルトは少し悔しかった。だが皇帝陛下直々の頼みだから、断る訳には行かなかったし、聖良の養父が今どうしているのか、リヒャルトは知りたかった。 その夜、ホテルをチェックアウトしたリヒャルトはその足でウィーン国際空港へと向かい、日本へと向かった。(セーラ様、わたしは必ずあなたを助けます。それまで待っていてください。)聖良のロザリオを握り締めながら、リヒャルトは機内で眠りに就いた。 14時間のフライトを終えて成田へと着いた彼が空港の外へと出ると、初冬の風が冷たく彼の肌を突き刺した。リヒャルトはまず、聖良の養父・聖太が住む横浜へと向かった。電車を乗り継いで横浜駅からバスに乗った彼が「白百合の家」へと向かうと、その門は固く閉ざされていた。「あの、こちらにいらっしゃる神父様はどうされたのですか?」「ああ、神父様なら入院してますよ。何でも、持病が悪化したとかで。」近所の主婦に聖太の事を尋ねると、彼女は聖太の入院先である病院の住所を書いたメモをリヒャルトに渡してくれた。(セイタさんが入院とは・・セーラ様のニュースをお聞きになったせいだろうか?)リヒャルトは病院へと向かうタクシーの中で、実の息子のように愛情を注いで育てた聖良の身を案じる余りに聖太が倒れてしまったのではないかと思った。 病院の受付で聖太の病室を確認したリヒャルトがそこを尋ねると、ドアの前には「面会謝絶」と書かれたプレートがぶら下がっていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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リシェーム王国から遠く離れたウィーンでは、リヒャルトがマリア皇女殺害事件の真相を明らかにしようと、日夜奔走していた。(セーラ様は生きておられる。セーラ様を必ずお助けせねば!)マリア皇女の事件と、今回の事件は繋がっている―リヒャルトはそう確信した。彼は朝食を取る為、ホテル内のカフェへと入った。カフェには、旅行中と思われる日本人観光客の団体で賑わっており、彼らは次から次へと皿に料理を盛っている姿を、リヒャルトは半ば呆れながら見た。カフェに入る前にホテルから少し離れたブックスタンドで買った今朝の朝刊とゴシップ誌に一通り目を通した彼がコーヒーを一口飲むと、背後の方で数人の女性達が何やらひそひそと話をしていた。「ねぇ、皇太子様は今日本に居られるらしいわよ。」「ええ、本当なの?」「何でも、そちらの女性と結婚して、子どもまで居られるとか・・昨年シュティファニー様と離婚なさったばかりだというのに・・」彼女達の会話に耳をそば立てながらも、リヒャルトはゴシップ誌の記事に一際大きくページを割かれているものを見つけた。 そこには、現在失踪中のオーストリア=ハプスブルク帝国皇太子・ルドルフが黒髪の日本人女性と結婚式を挙げている写真が載っていた。欧州の社交界にデビューしてからというもの、リヒャルトもルドルフの事は知っていた。ヨーロッパ随一の美女・エリザベート皇妃の美貌を受け継ぐ聡明な皇太子ルドルフは、ウィーン宮廷のみならず欧州中、全世界の女性達が熱を上げている男性である。それゆえに、彼がベルギー王国王女シュティファニーと政略結婚とはいえ結婚したニュースを聞き、令嬢達は自分の部屋が水浸しになるほど泣いたというジョークを何処かでリヒャルトは聞いたことがあった。だが皇太子妃との間に一女をもうけたものの、自由主義で身分・階級に分け隔てなく人々を魅了するルドルフ皇太子と、ベルギー王女としての矜持と出自を鼻にかけ、貴族や上位聖職者、己に属する階級の者としか交流しない保守主義のシュティファニーとの仲は当然上手くゆかず、2人の離婚が成立したのは半年前の事だった。 シュティファニーと離婚後、ルドルフ皇太子は忽然と姿を消し、その消息は解らぬままであった。そのルドルフが日本人女性と結婚し、子どもまでもうけた事を知った女性達は恐らく、彼に熱を上げていたのだろうとリヒャルトは勝手に想像した。 ルドルフが親日家であり、かつて日本海沿岸部で起きた地震と津波により甚大な被害を日本が受けた時、彼は被災地復興の義援金だけではなく、震災で両親を亡くした子ども達の為のケアハウスや乳幼児を抱える家族連れの為のアパートメントの建築費などを己の資産に充てた事は世界中で報道された。その彼が日本人女性と結婚したことは自然の成り行きだろうとリヒャルトはそう解釈し、ゴシップ誌をロビーにあるゴミ箱に捨てようと一旦カフェの外へと出た。 その時、彼は不意に背後から何者かに肩を叩かれた。「リヒャルト=マクダミア様ですね?」リヒャルトが振り向くと、そこには厳つい顔をした数人の兵士達が立っていた。「はい、そうですが、あなた方は?」「失礼。わたくしは近衛隊のアルト=ヒルセンブルクと申します。皇帝陛下があなたにお会いしたいと申しております。」「陛下が、わたくしに一体何の用でございますか?」オーストリア=ハプスブルク帝国皇帝・フランツ=カール=ヨーゼフの名は聞いていたが、リヒャルトは彼とは全く面識もなかったので、何故急に呼ばれるのかが訳が判らなかった。「ここでは話しにくいことでして・・」「そうですか。わかりました。」カフェでコーヒー代を精算して部屋に戻ったリヒャルトは、手早く身支度を済ませてロビーで待機していたアルト達と合流した。「では、こちらへ。」用意されたリムジンに乗り込んだリヒャルトは、何故皇帝が自分を呼んだのかを、考え始めていた。 ホテルを出たリムジンは、一路皇帝が住まうシェーンブルン宮殿へと向かった。かつてこの国を治めた女帝・マリア=テレジアが暮らした絢爛豪華な宮殿へと初めて足を踏み入れたリヒャルトは、その美しさに目を見張りながらも自分を呼びだした皇帝の目的を探っていた。「陛下、リヒャルト=マクダミア様がお着きになられました。」「入れ。」扉の向こうから、荘厳に満ちた皇帝の声が聞こえ、リヒャルトは思わず姿勢を正した。にほんブログ村
2012年03月22日
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リシャドとの甘い夜を過ごした聖良は、彼からプレゼントされた黒真珠のペンダントを首から提げながら、自室へと戻った。「セーラ様、お帰りなさいませ。」侍女のサリーシャが主の顔を見るなり、嬉しそうに言った。「ただいま、サリーシャ。最近身体がだるくて仕方がない。」聖良はそう言うなり、寝台に寝転がった。「色々と気疲れいたしますものね。慣れない後宮での生活に加え、あの男には乱暴に抱かれているんですもの・・」サリーシャはぽつりとそう呟くと、刺繍台に針を刺した。「それはなんだ?」刺繍台の上には、優美なアラベスクで彩られていた。「ああ、これはわたくしの民族に古くから伝わる刺繍ですよ。砂漠の中で暮らすわたくし達は、家畜を管理するだけでは食べていけないので、男達は出稼ぎに、女達は手芸品を売って生活しているのです。わたくしの家も貧しくて、その上子沢山でしたから、わたくしは学校に行くのを諦めて王宮にお仕えする前はあるシークの家でメイドをしておりました。」「そうなの・・色々と大変だったんだね。俺も以前は警察官をして、毎日忙しく働いていたなぁ。」聖良はそう言うと、サリーシャは驚いた顔をした。「まぁ、セーラ様が?」「皇族っていう自覚がないんだよね、俺。というのも、自分がローゼンシュルツの皇太子だって知ったのが半年前だったから。それに、実の家族の記憶がないし・・」「そうなんですか・・それは辛いですね。」「でも、俺には支えてくれる人がいるから、大丈夫。サリーシャもその1人だよ。」聖良はそう言ってサリーシャの手を握ると、彼女は頬を赤らめて俯いた。「おやすみなさいませ、セーラ様。」「おやすみ、サリーシャ。」侍女が部屋を出て行った後、聖良はゆっくりと目を閉じた。 翌朝、下腹部に痛みを覚えた聖良がベッドから起き上がると、シーツが血で赤く染まっていた。「サリーシャ!」「セーラ様、どうなさいましたか?」「シーツに血が・・」部屋に入ったサリーシャは、血に染まったシーツを剥がすと、新しいシーツに取り替えた。「セーラ様、もしかして初潮を迎えられたのではないですか?」「え、初潮?」昔学校の保健体育の授業で習ったが、男である自分が初潮を迎えることなんてないだろうと思っていた。「男でも初潮を迎えることはあるのかな? ないと思うけど・・」「恐らく、セーラ様は男と女、2つの性をお持ちになられているのですわ。」「どういうこと?」サリーシャは、セーラの耳元で何かを囁いた。「今日は余り無理をなさらないでくださいね。あとリシャド様との営みはほどほどにしておきませんと。」「わかった・・って、サリーシャ・・」リシャドとの関係をサリーシャに薄々気づかれていたことを知った聖良は、顔を赤く染めた。「セーラ様、突然の変化に戸惑われるかもしれませんが、これもあなたが通る道なのです。」自分より年下のサリーシャは、聖良を優しく諭すような口調でそう告げると、部屋から出て行った。(俺が、両性具有なんて・・どうして今まで気付かなかったんだろう?)サリーシャの口から衝撃的な事実を知り、聖良は混乱しながらもまた下腹部の痛みに襲われ低く呻いた。「セーラ様、どうなさいましたか?」サリーシャとは違う侍女が部屋に入ってきた。「さっきから腹が痛くて・・痛み止めの薬があればくれないか?」「かしこまりました。暫く横になってお待ちくださいな。」(この痛みはいつまで続くんだろう・・?)数分寝台に横になっていると、先程の侍女が痛み止めの薬と水を持って部屋に戻って来た。「ありがとう。」薬を水で流しこむように飲むと、下腹部の鈍痛は嘘のように消えた。にほんブログ村
2012年03月22日
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「今夜はシークレットサービスは一緒じゃないのか? こんな所に居たら撃たれるかもしれないぞ?」隣のスツールに腰掛けている大統領にそう話しかけると、男はメニューを開いた。「ハリス、ここの名物はオニオンフライだ。昔よく食べたよな?」大統領―スティーブ=フェリシアーナはそう言って男を見た。「ああ。最近はお互い仕事が忙しくなってここに来るのは久しぶりだがな。」男―アメリカ合衆国上院議員・ハリス=マクドゥスは、バーテンにオニオンフライを2つ注文した。「なぁ、知ってるか? ローゼンシュルツ王国の皇太子のこと・・」「ああ。なんでもリシェーム王国の後宮にいるらしい。恐らく武装集団に拉致されたのだろう。」ハリスは、そう言うと1枚の写真を上着の内ポケットから取り出した。そこには、警官の制服を着た聖良が写っていた。「まさかあの警官が皇太子だったなんてな。」「ああ。俺も驚いたよ。」ウェイトレスが2人のテーブルにオニオンフライを運んで来たので、ハリスとスティーブはそれを摘みながら、互いの近況の事を話した。「最近、お前のところにあの反逆者の娘が来てるんだって? 大丈夫なのか?」「スティーブ、彼女は娘の親友だ。それに彼女はテロリストでも何でもない。変な偏見を持つのはよしてくれ。」ハリスはそう言って、親友をじろりと睨んだ。「悪かった、ハリス。最近色々と神経を張りつめさせなければならない状況でね。胃が痛くて堪らんよ。」オニオンフライを平らげたスティーブは、そう言って引き締まった腹を擦った。「ストレスは身体に悪いからなぁ。俺も色々と頭が痛いんだよ、娘のことで。」「親ばかも程々にしておけよ。」「わかっているよ。」2人は顔を見合せながら、久しぶりに大声で笑った。周囲はそんな彼らを怪訝そうに見つめていたが、それ以上彼らを気に掛けることもしなかった。 一方、リシェーム王国の“ホワイト・パレス”内奥に位置する皇太子・リシャドの寝室で、聖良はその部屋の主に組み敷かれて激しく喘いでいた。「やぁ、もう、駄目・・」身体の最奥までリシャドに激しく突かれる度に、細い腰が妖しく揺らめき、聖良は今ここにいるのが自分ではないような錯覚に陥りそうだった。それほどまでに、彼との情事に溺れつつあった。頭では、こんな罪深い関係は早く終わらせなければと思っているのに、リシャドに抱かれる度に拒めない自分がいる。「セーラ、愛してる。」耳元でリシャドが優しく囁き、内部に彼の欲望が爆ぜる感覚がして、聖良は気を失った。「辛かったか?」気怠い空気の中、リシャドはそっと聖良を抱き締めながら、彼を見た。「大丈夫。それよりも、お前は本当にいいのか? こんな罪深いことをして。」「何を言うんだ、セーラ。心から惹かれあい、愛し合ったわたし達は神に祝福されている。それよりも、お前に贈り物があるんだ。」リシャドは夜着を羽織りベッドを出ると、ナイトテーブルの引き出しから長方形の箱を取り出した。「それは?」「母の形見だ。幼い頃、いつか愛する人が出来たら渡せと言われた。」リシャドは箱を開いて黒真珠のペンダントを取り出した。「綺麗・・」「よく似合う。きっと天国の母も喜んでいるだろう。大事な息子に遺した宝物を、あの女に渡さずに済んで。」「ありがとう、大切にする。」聖良はそう言うと、リシャドの唇を塞いだ。(こんなに、幸せでいいのだろうか?)夜が明けるまでリシャドに愛されながら、聖良はそっと目を閉じた。(あの2人、最近頻繁に会っていると思ったら・・そんな関係だったのね。)扉の隙間から2人の密事を覗いていたシェーラは、聖良の雪のように白い肌をじっと見た。国王が求めてやまないその美しい彼を、自分の息子が抱いているのだと知ったらどう思うのだろうか。(楽しくなりそうね。)シェーラはにんまりとほくそ笑みながら、後宮へと戻って行った。にほんブログ村
2012年03月22日
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リシェーム王国の“ホワイト・パレス”の中庭で、聖良は溜息を吐きながら星空を眺めていた。東京では全く見る事が出来ない満天の星空は美しい筈なのに、聖良は何故かそれを見ても気持ちが晴れなかった。その原因は、“夫”のアルハンから連日連夜暴行され、心身ともに疲れきってしまっているからだった。いつこの地獄から解放されるのかわからぬまま、聖良はただじっと星空を眺めていた。(帰りたい・・日本へ・・)ふと脳裡に、日本で過ごした幸せな頃の思い出が過った。実の家族の記憶がなく、まだ自分が一国の皇太子だと知らずにいつも笑っていた時のことを。 あの頃にはいつも優しい養父や、裕樹や暁人とともに遊んでいた。もしあの頃のままであったのなら、こんなに苦しい思いはしなかった筈なのに。(俺はどうしてこんな所にいるんだろう?)あの日―自分がローゼンシュルツ王国の皇太子だと知らされてから、自分に密かに想いを寄せていた優しい幼馴染は心を病み、その兄からは憎まれ、もう1人の幼馴染とは激情に駆られるままに身体を重ねた。その結果、聖良は永遠に2人を失った。 ふと、頬を濡らす涙に気づいた。 (俺、どうして泣いてるんだろう? 悲しいことなんて、何もないのに。)涙をぬぐおうとした時、誰かが優しくそれを拭ってくれた。「大丈夫か? また父上に酷い事をされたのか?」そっと振り向くと、そこには心配そうに自分を見つめるリシャドの顔があった。「何でもない・・」聖良がそっとリシャドから離れようとすると、彼は突然自分を抱き締めた。「離せ。」「嫌だ、離さない。」彼は聖良を縛めている腕を緩めずに、彼の唇を塞いだ。「んんっ」口内を徐々に蹂躙し、蠢いているリシャドの舌を感じ、聖良は腰が抜けそうになった。ふらふらになりながらも何とか足を踏ん張って立っていると、リシャドはやっと聖良から離れた。「ずっとこうしたかった。父上にお前を紹介されてから、ずっと。」そう言ったリシャドの黄金色の瞳は、熱を孕んでいた。「俺は、お前の事を愛してはいけないんだ。だって俺は今まで愛している人を傷つけてきた。だから・・」聖良は俯くと、リシャドに背を向けた。「お前が好きだ。わたしはお前の苦しみを少しでも和らげてやりたい。それでも駄目か?」「リシャド・・」暫し、聖良とリシャドは見つめ合った。「リシャド、本当に俺でいいのか? この国では死刑になるかもしれないんだぞ?」「判っている。お前との関係が露見したら、皇太子の地位を追われるかもしれない。それでもわたしはお前が欲しい。」リシャドはそう言うと、大きな手で聖良の髪を撫でた。「リシャド・・」聖良はそっと、リシャドの頬に口づけた。やがて2人は、星空の下で愛し合った。「嫌だ、怖い・・」「大丈夫だ、わたしがいる。」リシャドの逞しい胸に顔を埋めながら、聖良は絶頂に達した。全てが白に染まり、彼は意識を手放した。「セーラ、これからはわたしが守ってやる。」リシャドは自分に抱かれて眠る聖良の金髪を優しく梳いた。 その頃、ワシントンDCの繁華街にあるバーのカウンター席では、1人の男が誰かを待っていた。男は左頬に走る傷を撫でながら、スコッチを一気に飲み干した。「待たせたか。」隣のスツールに腰を下ろす気配がして男がそちらの方を向くと、そこには変装したアメリカ合衆国大統領・スティーブ=フェリシアーナが座っていた。「久しぶりだね、スティーブ。」男はそう言って大統領となったかつての戦友に微笑んだ。にほんブログ村
2012年03月22日
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ミカエルは自分の首筋から腹部にかけてついた薔薇色の痣を見ながらほくそ笑むと、冷たい水を頭から浴びた。 火照った身体を濡らす冷水が気持ちいい。あの男との情事は刺激的でよいものだったが、まだまだ刺激が足りない。もっと刺激が欲しい。ミカエルはちらりとガラスに映る己の姿を眺めた。何から何まであの憎い双子の兄・聖良と瓜二つの身体。ただ一つだけ違うのは、左の肩甲骨の下に入れた蒼い薔薇のタトゥーだった。何か違うものが欲しくて、衝動的に入れたものだ。だがあの東洋人―ケイゴはそれが気に入らなかった。“親に貰った身体に傷を・・” 説教臭いことを言ったので、彼には少しお仕置きをしてやった。「さてと、これから変身しないとね。素敵なレディーに。」ミカエルはバスローブを羽織ると浴室を出て、ベッドに縛られた全裸の男を冷たく見下ろした。「何の真似だ、こんなことをして。」そう言ってきっと黒い瞳で自分を睨みつけた男の急所を、ミカエルは乗馬用の鞭で思いっ切り打った。「そこで大人しくしているんだよ、僕が帰るまでね。」ミカエルは満足気な笑みを浮かべると、キャリーケースから1本の注射器を取り出し、その細長い針を彼の分身に突き刺した。「やめろ!」「帰ってきたらいっぱい遊ぼうね。」キャリーケースを引きベッドルームから出たミカエルは、足早に化粧室へと向かうと、その中から1着の蒼いドレスを取り出した。「今日はきっと、楽しいパーティーになるね。」鏡の中の自分に話しかけながら、ミカエルはスツールに腰を下ろし、ミカエルは化粧を始めた。(こんな時にパーティーなんて・・) 燕尾服に袖を通しながら、リヒャルトは溜息を吐いた。今夜ウィーンに発つつもりだったが、昼食を終えて部屋に戻ると、フロントで彼は1通の招待状を受け取った。送り主は欧州の名家・ハプスブルク家の流れを汲むある公爵で、是非ともこのホテルの大広間で開かれる孫の誕生パーティーに出席して欲しいという内容だった。聖良救出が最優先事項だと考えている今、リヒャルトは貴族の社交場に顔を出すほどの心の余裕は持ち合わせていなかったが、招待状を送ってくれただけでもありがたいと思い、彼は身支度を終えて大広間へと向かった。そこには欧州の政財界の重鎮達や名門貴族達が顔を揃え、主催者の孫である青年に次々と祝福の言葉を述べていた。(せめて挨拶だけでも済まして失礼するか。)リヒャルトがそう思いながら青年に近づこうとした時、彼の前に蒼いドレスを着た女が現れた。シャンデリアの輝きに照らされた蒼い薔薇のタトゥーに、リヒャルトは見覚えがあった。(ミカエル様、何故このような場所に!?)リヒャルトの視線に気づいたのか、女がゆっくりと彼の方に振り向き、口端を歪めて笑った。「お会いできて光栄ですわ。少し2人きりだけでお話ししたいですわ。」「勿論、喜んで。」ミカエルは初な青年貴族とともに大広間から出て行き、彼の部屋へと向かった。部屋に入るなりミカエルは青年をベッドに押し倒し、彼のタキシードを乱暴に脱がした。「い、いきなり何を!」「2人きりになるってことは、セックスするっていう意味じゃない。それくらいわからないの?」青年を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、ミカエルは女物のパンティとガーターだけとなり、ガーターに挟んだ注射器を取り出した。「怖がらないで、たっぷり可愛がってあげるから。」ミカエルは恐怖の表情を浮かべている青年に微笑んでそう言うと、蛇のように身体をくねらせながら、ゆっくりと青年の乳首を舌で愛撫した。青年は快感に呻きながら、ミカエルの左肩を甘噛みした。それを見たミカエルは、妖艶な笑みを浮かべながら愛撫を再開した。にほんブログ村
2012年03月22日
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「ん・・」ウィーン市内の高級ホテルの一室で、溪檎は低く呻きながらベッドから起き上がり隣を見ると、そこに寝ていた者は既にいなかった。(一体何をしているんだ、わたしは。)溜息を吐きながら、備え付けの電気ポットの電源を入れ、湯が沸くのを静かに待ちながら、溪檎は昨夜のことを思い出していた。 昨夜、ここであの天使の名を持つ青年と関係を持った。彼に迫られた時、乗り気ではなかったのに、部屋に入り彼の唇で自分の分身を愛撫されると、いつの間にか彼を押し倒していた。“気持ちいいんでしょう?”そう言って蒼い瞳を妖しげに煌めかせた彼の顔は、皮肉にも自分が嫌いな男と似ていた。 橘聖良。 所轄警官でありながら、階級が上の自分に何かと嫌味を言い、いつも自分を苛立たせていた男。その彼が、ローゼンシュルツ王国の皇太子だと知ったのは数ヶ月前のこと。 輝く金髪に蒼い瞳を持った欧米人の容姿を持った彼が、何故警官になれたのか今まで不思議に思っていたが、その事情をあの青年から聞いて溪檎は納得した。外国人となることで、内戦時に殺されずに済むよう彼の両親が日本人神父に頼み、彼を養子にした。だから彼は警官になれた。だが、溪檎にはひとつだけ解せないことがあった。それは、聖良の記憶のことだ。何故彼は内戦時の記憶を失ってしまったのだろうか。何か精神的に衝撃を大きく与える出来事を目撃してしまったからなのか。それとも・・「何難しい顔をして考えてるの?」ふわりと柔らかな金髪が鼻先をくすぐったかと思うと、自分の前にはいつの間にかあの青年―ミカエルが跪いていた。「別に。それよりも君は、一体何が目的なんだ?」溪檎はそう言ってじろりとミカエルを睨んだ。金髪に蒼い瞳―聖良と瓜二つの顔を持った青年。「気になる?」ミカエルは嫣然とした笑みを溪檎に浮かべた。「気になるに決まっているだろう。まさか君と彼が血が繋がった兄弟だったとはね。血を分けた兄を殺すつもりなのか、君は?」「僕はあいつを兄だとは思ってはいない。僕を捨て、1人光の中へと逃げ込んだあいつをね。」ミカエルは溪檎のバスローブの裾を捲ると、彼の愛撫によって再び反り返り始めた彼の分身を見つめながらそう言った。「よせ。わたしはもう君とこんな不毛な関係を持ちたくない。」再び自分の分身を口に含もうとするミカエルをうんざりとした表情を浮かべて、溪檎は彼を押しやった。「不毛な関係? 昨夜僕の口淫で乱れたのは何処の誰だっけ?」ミカエルはそう言って鼻を鳴らすと、バスローブを少し肌蹴させ、首筋に残る薔薇色の痣を溪檎に見せつけた。「あなたはもう、僕からは逃げられないよ。僕と関係を持った者は、死ぬまで僕から離れられないんだから。」ミカエルは溪檎の分身を再び口に含むと、舌でそれを嬲り始めた。溪檎は唇を噛み締め、声を上げまいと必死に堪えた。やがて腰奥が妖しく蠢き、彼は欲望をミカエルの口内に解き放った。ミカエルはわざと音を立てながらそれを全て飲み干した。「言っておくけど、僕はあいつとは違う。己の欲望の為なら他人がどうなろうが関係ない。」「本当に・・悪魔だな。」溪檎は溜息を吐くと、自分を見ながら舌なめずりをしているミカエルを見下ろした。 ミカエル。 天使の名を持ちながら、他人を害する事を厭わぬ悪魔に魅入られてしまったことを、溪檎は後悔した。にほんブログ村
2012年03月22日
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ウィーンのホテルの部屋でリヒャルトが窓から月を眺めていた。(セーラ様・・)月を見ながら思うのは、たった1人の男―長い間探し続けていた大事な主の事だった。あの日本人記者から聖良のロザリオを受け取った後、彼から聖良がリシェーム王国の後宮で暮らしているということをリヒャルトは知った。(あの方が、何故後宮のような場所に。) 英国で謎の男達に襲われてから数ヶ月経つが、その間リヒャルトは必死に聖良の消息を探し続けた。マスコミが聖良死亡説を発表すると、世間もそれを支持した。だがそれでも、リヒャルトは諦めることができなかった。ずっと探し続けて来て、やっと再会する事が出来た聖良を失いたくないと思ったから。「もう、あの日から22年も絶つのか・・」祖国が紅蓮の炎に包まれ、全てが灰燼(かいじん)となった日。あの日の事は、生涯忘れることなど出来ないだろう。何故なら、聖良と生き別れた日だから。あの日の事を思い出すたびに、胸が締め付けられる。代々王家を守る近衛隊長を任命されてきたマクダミア伯爵家当主である父は、反乱軍によって王都が陥落寸前に陥ろうとも決して王都から離れようとしなかった。「リヒャルト、良く聞け。マクダミア伯爵家の男子として生まれたのなら、この身を盾にして、陛下と皇妃様をお守りするのだ。」幼い頃から父に叩きこまれた言葉。病弱の身でありながら、リヒャルトは自分なりに皇帝一家のことを守ろうとした。だが非力な子どもがどう足掻いても、戦火は収まらず、聖良は日本人の神父と共に彼の母国・日本へと亡命した。 あれから20年以上も歳月が過ぎ、王国大使として日本に赴いたリヒャルトは聖良と再会を果たした。それから彼とともに過ごした数ヶ月間は、リヒャルトにとって幸せな時間だった。 再び彼が、自分の目の前から消えてしまうまでは。(遠い異国の地で、国王の愛妾として過ごされるなど・・さぞや辛い思いで毎日を送られていることでしょう・・)ベッドに寝転ぶと、首に提げている聖良のロザリオをそっと触った。(セーラ様、あなたは今何をなさっておられるのですか? わたしがあなたの事をお慕いしている間に、あなたはどなたの事を想っていらっしゃるのでしょう?) 同じ頃、リシェーム王国の宮殿から少し離れた砂漠で、聖良は駱駝(らくだ)に揺られながら美しい月を見ていた。「綺麗・・」「そうだな。」駱駝の手綱を握っているリシャドはそう言って聖良に微笑んだ。「やっと、笑ってくれたな。」「ありがとう、あなたのお蔭だよ。」月が砂漠を幻想的に照らし、まるで聖良は夢物語の住人になったかのような気分だった。ふと、彼の脳裡に菫色の美しい瞳を持ったリヒャルトの姿が浮かんだ。(リヒャルト、今何処に居るの? 同じ月を眺めながら、あんたは俺の事を想ってくれているのかな?) 美しく幻想的な月を眺めながら、リヒャルトと聖良は互いの事を想っていた。「セーラ、帰るか。」「うん。」「飛ばすから、つかまってろよ。」リシャドは駱駝に何か声を掛けると、駱駝は宮殿の方へと駆けていった。彼の逞しい背中に抱きつきながら、聖良は何故か彼に惹かれてしまう自分から目を背けてしまいたいと思った。そうしなければ、何か大切なものが壊れてしまう気がするから。にほんブログ村
2012年03月22日
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やっと拷問のような時間が終わると、アルハンは満足して部屋から出て行った。激痛に耐えながら、聖良はゆっくりとベッドから起き上がり浴室へと向かった。「大丈夫ですか、セーラ様。」サリーシャがそう言って覚束ない足取りで歩く聖良を支えた。「大丈夫。」浴室に入り、聖良は身体を洗おうとしたが、激痛で上手く指が動かない。「お手伝いいたします。」サリーシャはそう言うと聖良の身体を泡で洗い始めた。「ありがとう。」やっと入浴を終えた聖良は、ぐったりとした様子で自室のベッドで横になった。「陛下は一体何をお考えなのでしょう? セーラ様にこんな酷い目を遭わせて。」サリーシャの侍女仲間の1人がそう言って溜息を吐いた。「そうですとも。セーラ様が可哀想ですわ。こんな異郷の地で無理矢理“妻”にさせられ、毎日無理矢理あんなことをされて。」「ええ。セーラ様は男なのに。」自分の境遇を哀れに思っている侍女たちが口々にアルハンに対する不満をぶちまけながら、仕事をしていた。「セーラ様、最近少しお痩せになりました。お食事だって少ししか召し上がっておりません。」サリーシャはそう言って俯いた。「それはそうでしょうね。」聖良は彼女達の声を聞きながら、久しぶりにゆっくりと眠った。「父上は居るか?」突然凛とした声が頭上から降って来て、サリーシャ達は顔を上げた。そこには、リシャドが立っていた。「リシャド様、陛下なら先ほどお出かけになりましたわ。お珍しいですわね、後宮嫌いのあなた様がこちらにおいでになるなんて。」「ああ。少しセーラ様に話があってな。彼は今何処に?」「セーラ様は今お休みになっておられますが。」「そうか。」「リシャド様、少しわたくし達の話を聞いてくださいませ。」サリーシャ達は聖良がどのような仕打ちをアルハンから受けているのかを全て話した。「それは酷いな。父上は一体何をお考えなのだ。外国の皇太子を攫うだけでも重罪だというのに、その上そのような真似をするなんて・・」リシャドは憤怒の表情を浮かべながら、聖良の部屋へと入っていった。ベッドの中で聖良がすやすやと寝息を立てながら眠っていた。その横顔は、少しやつれているように見えた。リシャドはそっと、聖良の頬を撫でた。「わたしがあなたを絶対にこの牢獄から救い出してみせる。」彼はそう言った後、いままで誰も見せることのなかった笑顔を浮かべた。「ん・・」聖良はそっと目を開け、蒼く澄んだ瞳でリシャドを見た。「起きたか?」リシャドは聖良に優しく声をかけた。「あなた、怒っている顔よりも笑顔が似合うね。」聖良はそう言って初めて見る異国の皇子の笑顔を見た。「そうか? ここではいつも気が抜けないからな。久しぶりに笑ったのはいつのことなのか思い出せないな。」「そう。俺も日本に居た頃はいつも笑っていたような気がしたんだけど、もうそれも忘れかけてたかな・・」聖良は溜息を吐いてリシャドを見た。「そうか。」リシャドは数奇な運命によってこの異郷の地で暮らすことになった聖良を救う為に、この国を変えようと思った。「これからはわたしがお前を守る。」聖良にそう言うと、リシャドは再び笑顔を浮かべた。「ありがとう。」柔らかな笑顔の裏には、激しい炎が燃え盛っていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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部屋に戻ったリヒャルトは、マリア皇女を殺害した犯人の事を考えていた。何故、マリアをあんな回りくどいやり方で殺し、ガンネルトの息子に罪を着せようとしたのか。“彼”の目的がいまいちわからない。リヒャルトが溜息を吐いて眉間を揉んだ時、ナイトテーブルの上に置いた携帯がけたたましく鳴った。「もしもし?」『リヒャルト、久しぶりね。』「母上?」母親が自分の携帯にかけてくることなど滅多にないのに、何故この日に限って。『あなた、ウィーンに居るんでしょう?』「はい、そうですが・・」『実はね、わたくし達もウィーンに居るのよ。それでね、あなたに会わせたい方がいるのよ。』母親は一方的に見合いの日時と場所を告げると、通話を打ち切った。(結婚か。)母親との電話の後、リヒャルトは溜息を吐いてベッドに寝転がった。今まで結婚など、考えた事もなかった。生まれつき病弱で、子どもを作ることができない身体である自分は一生独身でいるしかないと思っていた。それに、今の彼には聖良がいた。恋人でも人生の伴侶としてではなく、絶対的に忠誠を誓う主として彼を慕い、守って来た。これからもそんな人生が続くと思っていたのは、どうやら自分だけだったらしい。(セーラ様・・)あの日本人記者から渡された封筒をバッグの中から取り出し、何度も読み返しては手あかに塗れた聖良の手紙を、リヒャルトは広げた。“俺は大丈夫。あんたと再会できる日まで、俺は待っているから。”短い文章の中に、彼は生きているという希望の光がリヒャルトの胸を灯し続けていた。 その夜、ホテルから少し離れたレストランで、リヒャルトは両親と、花嫁となる見合い相手と食事をした。「リヒャルト、こちらはイルゼさんよ。」「初めまして。」そう言って頬を赤らめ恥じらいながら見合い相手の女性・イルゼはリヒャルトを見た。「リヒャルトです、どうぞ宜しく。」社交界デビューして以来身につけてきた作り笑いを浮かべたリヒャルトに、イルゼは嬉しそうに彼に笑みを返した。食事はとても良かったが、両親やイルゼとの会話はちっとも楽しくはなかった。病弱で役立たずの自分をわざわざ貰ってくれるという女が現れ、彼女と結婚できるというのに。本来喜ぶべきことであるのに、リヒャルトは心が満たされないでいた。部屋に戻ったリヒャルトは、激しい疲労感に襲われてベッドに入った。目を閉じて夢の住人になると、そこにはいつも聖良の姿があった。夢の中で、自分は彼を欲望のままに貫き、己の性欲を満たしていた。そしてそこから目覚めると、下半身の昂りを見ながら己の欲望を思い知らされる。聖良が失踪して以来、その状態がいつも続いた。男同士であり、決して結ばれぬ者同士であるというのに、リヒャルトは聖良が恋しくて堪らなかった。(セーラ様、必ずあなた様をこの手で救い出してみせます。)リヒャルトは聖良のロザリオに口づけながら、また一日が始まるのを静かに待っていた。 一方、リシェーム王国の後宮では、聖良が悲鳴を上げながらアルハンに組み敷かれる屈辱に耐えていた。「ああ、お前は何度抱いても足りないな。」にほんブログ村
2012年03月22日
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(今セーラ様に呼ばれたような気がしたが、気のせいだろうか?)リヒャルトはそう思いながら、ホテルへと向かった。「おや、誰かと思えばリヒャルトさんではないですか。」ロビーに入ると、背後から誰かに声を掛けられた。リヒャルトが振り向くと、そこにはロンドンに婚約者と居た筈の溪檎が居た。「奇遇ですね。こちらへは観光で?」「いいえ、仕事です。それよりもあなたは婚約者と婚前旅行ですか?」リヒャルトが口元に笑みをたたえながらそう言うと、溪檎は不機嫌な表情を浮かべた。「いいえ。彼女はもう日本に帰りました。それに、彼女と婚約は解消いたしました。」そう言った溪檎の瞳には、リヒャルトへの憎しみが宿っていた。「そうなのですか。てっきりお似合いのカップルだと思っていましたのに、残念ですね。」リヒャルトはさっさとエレベーターホールへと向かいながら、ちらりと溪檎の方を見た。 溪檎は、エレベーターホールへと遠ざかってゆくリヒャルトの背中を睨みつけていた。日本に居た頃から、彼は聖良の次に気に食わない男だったが、今でもそれは変わらない。初めてあのパーティーで会った時、彼は敵意を含んだ視線を自分に送り、主である聖良を守ろうとしていた。国の為に尽くそうと思い、幼い頃から抱いて来た警察官の夢を実現し、出世街道を邁進してきたが、その間溪檎の心からは純粋な正義感や忠誠心といったものがなくなり、後に残ったのは私利私欲の為に人を利用し、自らがのし上がる為の野心だけだった。 それに比べて、リヒャルトは聖良に対して自分がかつて持っていたものをおしみなく捧げ、周囲が彼の死亡説を信じる中、唯一人聖良の生存説を唱えている。その真摯な眼差しや態度が、憎らしい。綺麗事ばかり言う彼の唇や、聖良に向ける美しく澄んだ菫色の瞳が。(彼は気に食わない。癪に障る。)「どうしたんだい、怖い顔して。美男子が台無しだよ。」背後から白い二本の腕が伸びてきて、溪檎の思考を妨げた。「さっき、あなたが嫌っている男に会いましたよ。」「ふぅん、そう。まだあの犬は、ご主人様を探しているんだね。」くすりと、桜色の唇の端を歪めて笑いながら、ミカエルはちらりと溪檎を見た。「君はあいつの事が嫌いなんだろう、僕と同じように。だったらあいつを苦しめてやろうじゃないか?」ミカエルは嫣然とした笑みを溪檎に浮かべた。(同じ顔をしていても、彼はあいつとは全く違う生き物だ。)ミカエルから彼が聖良の双子の弟という事実を知り、最初は信じられなかったが、少し冷静になって考えてみると、聖良と瓜二つの顔をしている理由が判った。同じ血を分けた兄弟でありながら、底知れぬ悪意を蒼い瞳の底に宿らせるミカエルと、悪意や憎悪といった感情を斬り捨てる聖良。2人のこの違いは何なのか、溪檎はまだわからずにいた。「どうしたの?」「い、いいえ。何でもありません。」「そう・・じゃぁ仕事をする前に、少し楽しまないとね。」ミカエルの白い手が、徐々に溪檎の下腹の方へと下りて来た。「申し訳ありませんが、わたしは・・」次の言葉を継ごうとした溪檎の唇を、ミカエルはそっと塞いだ。「婚約者とは一度も寝ていないんだろう? だったら義理立てする必要ないじゃないか。」そう言った彼の瞳は、欲望でぎらついていた。溪檎は、ミカエルの唇を塞いだ。その瞬間、彼はこの悪魔に魅入られてしまった自分に気づいたが、もう遅かった。「2人だけで楽しもう。」ミカエルは部屋に入るなりそう言うと、ベッドにダイブした。溪檎は欲望の赴くままに、彼の衣服を乱暴に脱がした。にほんブログ村
2012年03月22日
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「それは、本気なのですか?」リシャドはそう言って上機嫌な父親を見た。「ああ、本気だ。あいつが気に入った。すぐにわたしのものにしたい。」「何でも急過ぎませんか? 明日は母上の命日だというのに・・」「ああ、そうだったか。だがわたしにはもう関係のないことだ。」アルハンは素っ気ない口調で言うと、さっさと部屋から出て行った。(なんて男だ、あれほど母上を苦しませた癖に、母上が死んだ途端忘れるなんて・・)リシャドは溜息を吐いた後、父親の部屋を出て中庭へと向かった。そこには、聖良とアルハンの急ごしらえの結婚式会場があり、新郎であるアルハンは、新婦である聖良の到着を待っていた。 その頃後宮では、サリーシャや他の侍女たちによって花嫁衣装を纏った聖良が溜息を吐きながら自室から出てくるところだった。「本当に陛下はセーラ様とご結婚なさるおつもりなんでしょうか?」「冗談で花嫁衣装を贈ってくる奴なんかいないって。それよりもよく俺のサイズが判ったな、あの助平親父。」ぶつぶつとアルハンに対する恨み事を言いながら、聖良は後宮の廊下を歩いていた。「あら、誰かと思ったら。」あと少しで中庭に着くという時、聖良にとって最も会いたくない人物が侍女を引き連れて彼の前に現れた。「あら、どうも。」「どうも、じゃないわよ。新入りの癖に陛下に色仕掛けで落とすなんて、何て生意気なのかしら。」「酷い言い方ね。わたしはあの親父が大嫌いなのよ。あんな助平親父、あなたみたいな女にお似合いよ。」聖良はそう言い捨てるとシェーラを突き飛ばし、中庭へと向かった。「おお、待っていたぞ、我が花嫁よ。」白い婚礼衣装に身を包んだアルハンが両手を広げて聖良の方へと駆け寄って来た。聖良はそんな彼の姿を見た瞬間、吐き気を催して芝生の上に何もかもぶちまけたくなったが、我慢した。 その後、アルハンと聖良の結婚式が行われた。 急なものだったので、出席したのは親族と重臣達のみで、式も簡素なものですぐに終わった。「ああ、やっと終わった。」そう言うなり、聖良はサリーシャを連れて部屋へと戻ろうとしたが、アルハンが彼の腕を掴んだ。「今日からお前はわたしのものだ。サリーシャ、お前は1人でセーラの部屋に戻れ。」「は、はい・・」サリーシャはそう言ってちらりと聖良を見た。聖良は、“大丈夫だから”とサリーシャに目で伝え、アルハンとともに中庭を去った。アルハンは自室に入るなり、聖良をベッドに押し倒した。「これでお前は、わたしのものになるのだ。」アルハンは口端を歪めて笑うと、聖良の花嫁衣装を乱暴に剥ぎ取った。聖良は恐怖で身体を震わせたが、ここで泣くものかとぐっと歯を食い縛った。「お前の肌はとても美しい。この肌も、この髪も、この瞳もわたしのものだ。一生、わたしのものだ。」アルハンは聖良の耳元でそう優しく囁いたが、聖良にとって彼の囁きは悪魔の囁きにしか聞こえなかった。 翌朝、アルハンが部屋を出て行ったあと、聖良はそっと目を開けた。唇は声を上げまいと噛み締めていた所為か、そこはうっすらと血が滲んでいた。聖良は呻きながら、ゆっくりと首に提げている短剣に触れた。「リヒャルト・・」血が滲んだ唇で呼んだのは、いつも自分を守ってくれた従者の名だった。「セーラ様?」ウィーンの街中で、リヒャルトは聖良に呼ばれたような気がした。にほんブログ村
2012年03月22日
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「え? 陛下が本気で俺を第四王妃にするって?」 リシェーム王国の宮殿内にある自室で身支度をしていた聖良は、侍女から突然の知らせを聞いて彼女の方を振り向いた。「ええ。何でも、あなた様を気に入られたとかで。それよりも、お気をつけください、セーラ様。」そう言って侍女―サリーシャは聖良を見た。「気をつけるって、あの第二王妃に?」聖良の言葉に、彼女は静かに頷いた。「どうやら、あのパーティー以来セーラ様のことを敵視されているようで。後宮に入って日が浅いのに陛下のお気に入りとなられたことが余程悔しいようでして・・」「俺、あんなオバハンに興味ないから。」聖良がそう言った時、こちらへと駆けてくる足音が聞こえた。『失礼いたします、陛下がお呼びです。』(来たか。)あのパーティー以来、国王は聖良を何かと口実を作っては呼び出し、その身体を弄ぼうと企んでいたが、今まで聖良は彼の申し出を撥ね除け、自室に籠っていた。「じゃぁ、俺行くから。」「お一人で、大丈夫なのですか?」「俺男だし、何かあればこれがあるし。」聖良は首に提げている短剣を取り出した。「行ってらっしゃいませ。」部屋を出て、中庭へと向かうと、そこには自分を待ちくたびれた国王が不機嫌そうに籐椅子に座っていた。「来たのか、セーラ。こちらへおいで。」国王―アルハンはそう言って聖良に手招きした。「今日は一体、何のご用です?」「決まっているだろう。お前を抱きたいのだ。」アルハンは聖良の華奢な手を掴むと自分の膝に彼を座らせ、服の隙間から手を滑り込ませ、聖良の胸を触った。「すべすべした肌だ。今から夜が待ちきれない。」聖良は嫌悪の表情を浮かべると、短剣でアルハンの手を突き刺した。彼はすぐさま聖良を突き飛ばし、痛みに悲鳴を上げた。「今度触ったら、手だけじゃ済まないぞ。」聖良はアルハンの手から短剣を抜くと、その刃先を彼の首筋にあてた。「ふふ、気が強いな。そういうところも気に入っているぞ。」アルハンはそう言って笑いながら、聖良に微笑んだ。「今夜、盛大な式を挙げる。その時にまた会おう。」「お断りだ、誰がお前なんかと。」「ここの主はわたしだ。お前はわたしの命令に黙って従うのだ。」アルハンは聖良の手首を捩じり、再び彼の身体を自分の方へと抱き寄せ、彼の頬にキスして中庭から去って行った。「助平親父め・・」聖良はアルハンの背中を睨むと、自室へと戻っていった。「セーラ様、陛下はどうでしたか?」「どうも何も、あの助平親父、今夜俺と結婚式を挙げるとか言いやがった。」「今夜ですか?」リーシャがそう言って目を丸くした。「何だか嫌な予感がするな。」聖良は溜息を吐いた。「セーラ様、陛下から贈り物です。今夜の式に着るようにと。」リーシャの傍に居た侍女が、長方形の箱を持って聖良の方へと駆け寄って来た。聖良が開けると、そこには純白の花嫁衣装が入っていた。(あの親父、本気だな・・)「父上、お話しがあるのですが。」「入れ。」「失礼致します。」リシャドがそう言ってアルハンの部屋に入ると、アルハンは純白の婚礼衣装に袖を通していた。「父上、その恰好はどうなさったのですか?」「リシャド、今夜わしはあのセーラと結婚式を挙げる。」父親の爆弾発言に、リシャドは絶句した。にほんブログ村
2012年03月22日
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リヒャルトがウィーンでマリア皇女殺害事件の調査をしている頃、ミカエルは地中海に浮かぶイタリアのリゾート地・シチリア島で優雅な休暇を過ごしていた。「ローゼンシュルツワインもいいけど、イタリアワインの方が好きだな。」そう言ってミカエルはグラスに注がれたワインを飲み干しながら、自分と向かい合わせに座っている東洋人の男を見た。「ローゼンシュルツがワインの産地だったなんて、初耳ですね。」東洋人の男はそう言って眼鏡のフレームに触れた。「みんな知らないだけさ。彼らが知っているローゼンシュルツといえば、テロや内戦といった血腥いものばかり。本当は風光明媚な美しい国なのにね。」「そういえば、あの方がイギリスで行方不明になったと聞きましたが、あなたがその件に関与しているのでは?」眼鏡の奥で黒い瞳を光らせながら、東洋人の男はそう言ってミカエルを見た。「あれは彼らが独断でやったことさ。今回の件は僕は無関係だ。それよりもミスター・タカシロ、君は日本でセーラの同僚だったと聞いたけど?」「正確に言えば同僚ではありません。彼はわたしの部下でした。もっとも、彼は所轄警官で、わたしは本庁の人間でしたから、余り接点はありませんでしたが。」「そう。君はセーラのことを嫌っているんだねぇ。」ミカエルは蒼い瞳を煌めかせながら、溪檎を見た。「あいつはわたしの大切な弟を殺したようなものです。弟はあいつの所為で来るってしまった。」溪檎は吐き捨てるような口調でそう言うと、クラッカーを口に放り込んだ。「じゃぁ利害関係は一致するね。僕もあいつが憎い。本来なら僕に与えられる筈だった全てのものを生まれながらにして手にしたあいつをね。」蒼い瞳の奥底に、聖良への激しい憎悪の炎が溪檎には見えたような気がした。「ねぇ、これから楽しい事をしないかい?あいつの生存を信じている馬鹿な番犬の為に、素敵なプレゼントをあげようじゃないか。」ミカエルがそう言って溪檎の前に取り出したのは、ビニール袋に包まれた何かだった。「それは?」「少し人に頼んで作らせたものさ。出来るだけあいつに似せるよう頼んだんだけど、どうかな?」溪檎はビニール袋の中を覗き、吐き気を堪えた。「君の反応でそうなら、あの番犬はご主人様の死を知って嘆き悲しむ事だろうねぇ。」「どうしてそんな事をするんですか?一体何故彼らを憎むのです?」溪檎は常軌を逸したミカエルを見つめながら言った。「君にだけ教えてあげる。僕とあいつは双子の兄弟なのさ。だから同じ顔だし、あいつの影武者にもなれたんだ。その事を知っているのは僕の養父母と皇妃様だけさ。」ミカエルから思わぬプレゼントを貰った溪檎は、呆然とした表情を浮かべながら彼がリヒャルトへの“プレゼント”を抱えてプールから去って行くのを黙って見送った。 一方ウィーンでは、リヒャルトが滞在先のホテルでマリア皇女殺害の真相にもうすぐ辿り着こうとしていた。(間違いない・・マリア様を殺したのはあの男だ・・)リヒャルトが疲れた目を擦りながらベッドに倒れ込んだ時、サイドテーブルに置かれていた電話が鳴った。「もしもし。」『リヒャルト様ですか?お客様にお会いしたいと言う方がフロントにいらっしゃっているのですが・・』 フロントから電話を受け、リヒャルトは部屋を出てロビーへと向かった。そこには、1人の日本人記者の姿があった。「リヒャルトさん、ですよね?」「そうですが、何か?」「セーラ皇太子様から、これを預かって参りました。」そう言って記者は、リヒャルトに一枚の封筒を差し出した。リヒャルトはすぐさまその場で封筒の封を切り、中身を確認した。そこには聖良が日本に居た頃持ち歩いていた愛用のロザリオと、手紙が入っていた。(セーラ様は生きておられる!)周囲が死亡説を唱える中、ただ1人聖良の生存に賭けていたリヒャルトにとって、彼からの手紙は特別なプレゼントだった。にほんブログ村
2012年03月22日
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聖良が英国で武装した男達に拉致されて消息を絶った事件が起きてから数週間が経った。 リヒャルトは男達の正体と、彼らを雇っている黒幕の正体を暴いて彼らを刑務所送りにしたが、肝心の聖良の消息は掴めなかった。(わたしはセーラ様をお守りすることができなかった。セーラ様をお守りすると誓いながら、わたしは・・)そう思いながらリヒャルトが溜息を吐いてウィーンの街を歩いていると、背後から強烈な視線を感じて彼は振り向いた。 そこには、ヴァイオリンケースを肩に担いでいる大学生風の青年が立っていた。「わたしに何かご用ですか?」「すいません・・あの、リヒャルト=マクダミアさんですよね?」青年はそう言うと、リヒャルトを見た。「俺はマクシミリアンです。マリア皇女様と同じウィーン音楽院のヴァイオリン科の学生です。」「マリア皇女様をご存知なのですか?」「はい、皇女様とは同じ学科でしたから。」「そうですか。」数分後、リヒャルトはマリア皇女の同じヴァイオリン科の学生から貴重な情報を得た。「皇女様に、恋人がいらっしゃった?」「はい。何でも皇女様のルームメイトによると、時折メールを送っていた方がおられたようです。」マクシミリアンはそう言うとコーヒーを飲んだ。「そのルームメイトが、現在何処にいるのかわかりますか?」「まだ寮にいると思います。名前はローゼ。これが彼女の住所と電話番号、携帯の番号です。」マクシミリアンからマリア皇女のルームメイトの連絡先が記されたメモを渡されたリヒャルトは、その足でマリア皇女のルームメイト・ローゼの元へと向かった。「どなた?」部屋のチェーンロックを開ける音がして、美しい赤毛の女性が顔を出した。「ローゼさんですね?わたくしはこういう者です。」リヒャルトは警戒する女性―ローゼに向かって名刺を差し出した。「どうぞ、お入りください。」マリア皇女がルームメイトと寮生活を送っていた部屋は、こじんまりとしていて清潔感がある部屋だった。「あなたにお一つ、お聞きしたい事があるのです。先ほど皇女様と同じ学科の者から得た情報ですが、皇女様に恋人がいらっしゃったとか。」「ええ、確かにいました。あの子のパソコンは警察に押収されましたが、すぐに返されました。普通、殺人事件があるとなかなかそういったものは返って来ないでしょう?気になってわたし、マリアのパソコンを調べてみたんです。そしたら・・」ローゼはそこで言葉を切り、テーブルから身を乗り出した。「パソコンのデータが、何者かによって消されていたんです。」「それは、確かなのですか?」「ええ。でもマリアが生前、もし自分が死んだらデータのバックアップを取って置いて欲しいと言われました。」ローゼは椅子から立ち上がると、机の引き出しから何かを取り出した。「どうぞ。」彼女がそう言ってリヒャルトに差し出したのは、紺色のUSBメモリだった。「これにマリアのパソコンに残されていたメールの送受信記録と、ブログのデータが残っています。どうかあの子を殺した犯人を見つけてください。」「わかりました。ご協力頂いてありがとうございました。」リヒャルトはローゼに微笑むと、USBメモリを彼女の手から受け取った。「マリア様、これであなたを殺した犯人の情報に一歩、近づきました。待っていてください。」ボソリと呟いたリヒャルトは、学生寮を出て宿泊先のホテルへと向かった。 その夜、リヒャルトは部屋でローゼから受け取ったUSBメモリをパソコンに挿し込んだ。「まさか、そんな・・」マリア皇女がメールのやり取りをしていた“恋人”の正体を知ったリヒャルトは、愕然としてパソコンの画面を凝視していた。 メールの文末にはいつも、見覚えのある紋章があった。その紋章が何処の家のもので、それが何を意味するのかを、リヒャルトは知っていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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―セーラ様 また、誰かが呼んでいる。―セーラ様 聖良がゆっくりと目を開けると、そこには菫色の瞳を煌めかせながら自分を見ている1人の少年が立っていた。―こんなところで寝ちゃ駄目ですよ。 その少年は、何処かで見たような気がした。誰だろうと思いだそうとしていると、遠くから自分達を呼ぶ声が聞こえた。―皇太子様、どちらにおられますか~!―リヒャルト~! ガバリと身を起こすと、少年は優しく自分の手を差し出した。―見つかっちゃいましたね。 少年の手を握り、聖良が声のした方へと向かうと、美しいドレスを纏った貴族の女性達がおろおろとした様子で2人を見た。―まぁ皇太子様、お召し物がこんなに汚れてしまって・・ 女性達の1人がそう言うなりバッグからハンカチを取り出して聖良の服に付いていた泥汚れを必死に拭い始めた。―リヒャルト、あなたがついていながらどうしてこのような事が・・あの方に知れたら大変な事になりますよ。―申し訳ありません、母上。―全く、しょうがない子だこと。 リヒャルトの母親らしき女性がそう言うと菫色の瞳を細めながら少年と自分を見た。―さぁ参りましょう、皇太子様。母君様達がお待ちになられておりますよ。 2人の女性に手を引かれ、自分とリヒャルトは森の奥から出て行った・・。「ん・・」 不思議な夢を見た後、聖良が低く呻きながら目を開けると、そこには昨夜と変わらぬ部屋が広がっていた。(一体あれは何だったんだろう。もしかすると俺が失った記憶の一部?) ゆっくりとベッドから身を起こした聖良は、ハイヒールを履いて昨夜浮腫んでいた足を軽くマッサージした。学生時代には演劇部で女役を務めていたからハイヒールを履く機会が何度か数える程度にあったが、専らスニーカーなどの動き易い靴しか履いていなかった聖良にとって、昨夜のように長時間ハイヒールを履くのは初めての経験だった。「おはようございます、セーラ様。昨夜はお休みになられましたか?」朝食を載せたトレイを持ってサリーシャが部屋に入って来た。「おはよう。昨夜は何だか色々と疲れたなぁ。今日はゆっくりと休めればいいんだけど。」「そうですわね。セーラ様、昨夜シェーラ様とひと悶着あったと聞きましたが、本当ですか?」「まぁね。飲み物取って来いって言われたから断っただけ。俺パシられるの大嫌いだから。」サリーシャは聖良の言葉に目を丸くした。「ここでシェーラ様に歯向かった方はセーラ様だけですわ。わたくし達皆、シェーラ様の顔色をびくびくしながら見ておりますから。」「大変だねぇ、サリーシャも。俺も警官だった頃はこんな外見もあってか、色々と周りに気遣ってたなぁ。まぁ、上司の嫌味には黙って耐えていたけど。」 それから暫く、サリーシャと聖良は世間話や互いの事を話し合いながら楽しい時を過ごした。「サリーシャって何人家族?兄弟とか居る訳?」「両親と妹2人と弟が3人。家が貧しいので、行儀見習いも兼ねてこちらで働いております。」「学校は?」「仕事の合間を縫っては勉強をしています。」サリーシャはそう言って聖良を見た。「セーラ様のご両親・・ローゼンシュルツ国王夫妻はどのようなお方なのですか?」「俺、本当の家族の記憶がないんだ。でも日本には育ての親がいるけど。それに友達も・・」 そう言いかけた聖良の脳裡に、辛い思い出が過った。「セーラ様?」「何でもない、大丈夫。」心の動揺を隠すかのように、聖良はサリーシャに笑みを浮かべた。 一方、リヒャルトはリシェーム王国から遠く離れたウィーンで、聖良の実妹・マリア皇女が殺害された事件を調べていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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リシェーム王国第二王妃・シェーラに向かってそんな言葉を発した女性は涼しい顔をして言葉を継いだ。「あなたは沢山の指輪やらネックレスやらでじゃらじゃらと飾り付けている癖に、真珠のネックレスひとつくらい無くなってもどうってことないんじゃなくて?」 女性はそう言うとシェーラに勝ち誇ったような笑みを浮かべ、大広間から去って行った。「きぃ、あの女絶対許すものですか!」女性に言い負かされたことに怒りと屈辱を覚えながら、シェーラは激しく地団駄を踏んだ。 その様子を、聖良は唖然としながら見ていた。「あの女は誰だ?」「ああ、シェーラを言い負かした奴か?あれは第三王妃のジャズミンだ。シェーラとは犬猿の仲でな、顔を合わせるとしょっちゅう言い争ってる。後宮では彼女付きの女官達と、シェーラ付きの女官達との間で派閥争いが起きてる。」「へぇ、そうなのか。」後宮での複雑な人間関係を知った聖良は、これからどう後宮で暮らしてゆこうかと思い始めていた。「なぁ、どこの派閥にも属せずに後宮で暮らしている奴は居るのか?」「俺が知っている限り、いないな。“長いものに巻かれろ”が後宮での掟だ。」リシームはそう言うと聖良を見た。「まぁお前は国王の貢物だから、あいつらは手を出せない。陛下の物を傷つけると厳しい処罰が待っているからな。お前の身は安全だ、今のところは。」「今のところはって?それ一体どういう意味・・」「セーラ様、陛下がお呼びです。」リシャドに聖良が詰め寄っていると、サリーシャが息を切らしながら彼の元へと駆け寄って来た。「陛下が?何でこんな時間に?」「それはわかりませんが、お急ぎください。陛下は人に待たされる事を一番嫌うお人ですから。」「判った、すぐ行く。」足元に纏わりつく民族衣装の裾を捲り上げ、聖良はサリーシャと共に大広間から出て行った。「随分と遅かったな。他の男と話しでもしていたのか?」国王の居室へと向かうと、そこには不機嫌な表情を浮かべた国王・アルハンが長椅子に横たわっていた。「申し訳ありません、陛下。日本の記者の方とお話ししておりまして。」「日本人の記者とか。そういえばお前の容姿は紛れもなく欧米人そのものだが、国籍が日本だったな。久しぶりに日本語で会話したら日本が恋しくなったか?」アルハンは一国の皇太子でありながら外国籍を持つ聖良に並々ならぬ好奇心を持っているようで、聖良の顔を覗き込むながらそう質問した。「ええ、少しは。まだ一国の皇太子だという自覚がありませんし。それよりも陛下、わたしに一体何のご用で?」「セーラよ、わしの妃にならぬか?」アルハンはそう言うなり逞しい腕で聖良の華奢な腰を掴むと、自分の方へと引き寄せた。「わたしは男です。それにお妃様ならシェーラ様やジャズミン様がおられるのでは?」何とかアルハンの腕から逃れた聖良は彼から一歩後ずさった。「あやつらは煩くてかなわぬ。それに飽きたしな。どうだ、わしの妃となればいい暮らしが出来るぞ。それにお前の身の安全も保障される。」じりじりと自分の方へと迫って来るアルハンの荒い息が吹きかかる度に、聖良はその気持ち悪さで大理石の床に嘔吐しそうになった。「陛下のお気持ちは嬉しいのですが、わたしは所詮陛下に捧げられた貢物に過ぎません。妃などという身分はわたしにとっては勿体ないものかと。」なんとかこの男から逃れなければーそう思った聖良は冷や汗をかきながら必死にそんな言葉を紡いだ。「その謙虚な態度がますます気に入った。わしはもう決めた事は変えぬ。今宵は慣れぬ宴で疲れたであろう。さがってよいぞ。」何とか貞操の危機を乗り越えられたと安堵した聖良はそそくさと部屋から出てゆくと、後宮にある自分の部屋へと戻って行った。(はぁ、疲れた。あの変態に目ぇつけられるなんてついてないな、俺。)次から次へと降りかかって来るトラブルの数々に、聖良はすっかり疲労困憊(ひろうこんぱい)してしまい、ベッドに横たわるとすぐに寝てしまった。にほんブログ村
2012年03月22日
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「あなたがまさかこんなところにいらっしゃるとは、思ってもみませんでした。」 鳩江淑介はそう言って目の前に立っている白人女性―英国で突如消息を絶ったローゼンシュルツ王国皇太子・聖良を見た。「俺もまたあなたと会うなんて思ってもみませんでした。」聖良は深い溜息を吐きながら記者を見た。「何故あなたがこんなところに居られるのですか?」「恐らく、悪徳警官に嵌められたんじゃないかと思います。」聖良の脳裡に、襲撃を受けた時の光景が浮かんだ。警察署を出てからすぐに、武装した男達に包囲された。負傷したリヒャルトを残し、聖良は男達に拉致されてこのリシェームへと来た。「悪徳警官?」「ええ。ある事件で警察署を後にした時、突然武装した男達から襲撃を受け、気が付いた時には船底に転がされておりました。俺を拉致した人間と繋がっている者達が一枚噛んでいるのではないかと。」聖良はそう言うと、バッグの中から一枚の封筒を取り出した。「これを、ローゼンシュルツ王国大使・リヒャルトさんに渡して下さい。俺がここに居て無事だと言うことを、必ず彼に伝えて下さい。」「わかりました。必ず伝えます。」淑介は聖良から封筒を受け取り、それを素早くタキシードの胸ポケットに入れて中庭から立ち去った。彼が大広間へと戻ってゆくのを確認した聖良は、ゆっくりと大広間へと戻って行った。「あら、遅かったじゃないの。」神経を逆なでするような声がしたのでちらりと辺りを見渡すと、前方に過剰に着飾った女が一人、聖良を睨みつけていた。「ごめんなさい、少し人とお話ししていて。」「新入りの癖に生意気ね。わたくし喉が渇いたわ。」「お飲み物ならご自分で取りに行けばよろしいんじゃないかしら?」聖良がそう言って女を見ると、彼女は眉間に皺を寄せながら腕輪がついた腕を揺らし、飲み物が置いてあるテーブルへと向かった。(面倒臭い女に目をつけられちゃったな・・) あの女とは初対面だと言うのに、聖良が一国の皇太子である事を知っているのか、それともただ単に珍しい貢物として国王の関心を自分から奪われたからだと思っているか、彼女は何かと聖良に突っかかって来た。 これまで金髪蒼眼の容姿でありながら日本国籍を持っている事を色々と言われたりした事がある聖良にとって、ああいう類の人間の扱い方は心得ていた。 この宮殿内の人間関係はまだ把握できていないが、あの女を敵に回すと碌でもないと言う事は解っていた。だがそんな事であんな女に尻尾を振る気などなかった。 聖良は溜息を吐きながら、短剣を取り出した。(リヒャルト、必ず助けに来てくれよ。俺はあんたの事、待ってるから。)「こんなところで何をしている?」 突然、背後から声がして聖良が振り向くと、そこには昼間中庭で会った青年が立っていた。「それはこっちの台詞だよ、何でこんな所に・・」「わたしはこの国の皇太子だ。公の場に出席しても何ら差し支えない。」青年はそう言って聖良を見た。「あなた、名前は?俺はセーラ。」「わたしはリシャドだ。お前は父上の新しい貢物だったな?」「ああ。だが俺はローゼンシュルツ王国の皇太子だ。それよりもさっきの女は誰だ?」「あの女はシェーラ。父上の第2王妃で、後宮の主だ。お前、あの女に喧嘩を売っただろう?あの女は自分に歯向かった相手に対して執拗に嫌がらせをするぞ。」「御忠告有難う。」聖良は青年の言葉を鼻で笑いながらシャンパンを飲んだ。「まぁ、ここであの女に歯向かった奴はお前だけだ。少し胸がすいたな。」がそう言って笑った時、向こうで人が言い争う声がした。「何だろう?」リシャドと聖良が声のする方へと向かうと、そこでは件の第2王妃と見知らぬ女が言い争っていた。「あなたね、わたくしのネックレスを奪ったのは!」美しい顔を醜く歪ませて女性に食ってかかる第二王妃に対し、相手は涼しい顔で応対していた。「何のことかしら?陛下のお気に入りだからって、良い気になっていないこと?」にほんブログ村
2012年03月22日
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謎の男達の追跡から逃れた淑介は安アパートの自分の部屋に入り、ノートパソコンを素早く立ち上げてカメラのデータのバックアップを行った。(一体あいつらは何者なんだ?テロリストか?)男達に顔を見られた以上、この国に居るのは危険だ。バックアップを取ってノートパソコンを閉じて荷造りを始めると、机の上の携帯がけたたましく鳴った。「もしもし。」『鳩江か。』通話口越しに聞こえる渋い声は、淑介の勤務先で帝朝新聞社社会部デスク・広田の声だった。「お久しぶりです、デスク。」『鳩江、そっちの生活はもう慣れたか?』「慣れました、と言いたいところですが、先ほど市場でテロがありまして、主犯格と思われる男達に狙われましてね。これからここを出るつもりです。」『そうか。招待状なんだが、届いてるか?』「招待状?何のです?」『今夜ホワイト=パレスで絢爛豪華な宴が開かれるそうだ。タキシードは持って来たんだろうな?』淑介はここ一週間自分宛てに届いた郵便物の中から、蜜蝋で封を押された招待状を見つけると、クローゼットの奥深くにしまってあるタキシードを取り出してベッドの上に置いた。「ありましたよ、タキシードも招待状も。それよりもデスクは今、どちらにいらっしゃるんですか?」『俺か?俺はお前の安アパートの前に居るぜ。』淑介が窓を開けて外を見ると、そこには太鼓腹を揺らしながら自分に向かって手を振る広田の姿があった。「デスクも人が悪いですよ、来るなら来るっておっしゃってくださればよいものを。」その夜、リシェーム王国の白亜の宮殿―“ホワイト=パレス”の大広間で開かれている絢爛豪華な宴の中で、タキシードに身を包んだ淑介はそう言って隣のボスを見た。「何言ってやがる、俺は思い着いたらすぐ行動する性格だってこと、知ってるだろ?それにこの国には何かを感じるんだよ、何かを。」「またデスク十八番の“俺は何かを感じる”ですか。まぁその勘が今まで外れたことはありませんよね。」淑介はそう言ってシャンパンを飲んだ。その時、ファンファーレとともに煌びやかな民族衣装と宝石で着飾った一人の女が大広間へと入って来た。艶やかな黒髪を結い上げ、自分を見つめる招待客達を満足そうに深緑の双眸で見つめる女の顔に、淑介は見覚えがあった。「確か彼女はリシェーム国王の・・」「第二王妃・シェーラだ。高慢ちきで自己中な女で、後宮の主だ。」「綺麗な女だけどなぁ。」「馬鹿、『綺麗な薔薇には棘がある』っていう言葉があるだろ。まぁ、今この王国はあの女の親族が権力を掌握して牛耳ってるからな。そこらへん棘どころか毒だらけさ。」広田が皮肉めいた口調でそう言った時、第二王妃が登場した時よりも大きなざわめきが入口の方で聞こえた。「また綺麗なお姉ちゃんの登場か?ビキニ姿だったらいいけどなぁ。」「冗談止めてくださいよ、広田さん。」淑介は上司の腹を肘で軽く小突くと、入口の方を見た。そこには、蒼い布地に金糸の刺繍が施された民族衣装を纏った白人女性が民族衣装同様豪華な刺繍を施されたピンヒールの音を響かせながら入ってくるところだった。女性の胸には、中央に嵌めこまれたルビーの短剣がさがっていた。(もしかして、彼女が・・)「すいません広田さん、ちょっと失礼します。」淑介はそう言うなり女性の方へと向かった。その時、女性と彼の目が合った。「あなたは、確か・・」女性は蒼い瞳で淑介を見ると、そっと彼に手を差し出した。「少し、あちらでお話ししませんか?」「ええ、喜んで。」淑介は女性の手をそっと握った。やがて二人は大広間から離れ、人気のない中庭へと向かった。にほんブログ村
2012年03月22日
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「今日も暑いな・・」 日本の夏ほど湿度が高くないものの、直射日光が絶え間なくコンクリートに降り注ぎ、その照り返しの熱によって気温が高くなることにうんざりしながら、半年前に東京からこの熱砂の王国へとやって来た鳩江淑介(はとえしゅうすけ)は、そう言いながら今日も溜息を吐いていた。 日夜東京で様々な事件の取材に追われていた彼は、英国滞在中に突然失踪したローゼンシュルツ王国皇太子・セーラがこの王国にいると睨んで上司を説得させ、特派員としてここにやって来た。淑介にとって初めての海外旅行は高校の時修学旅行で行ったニュージーランドだけで、久しぶりの海外赴任に期待に胸を膨らませながらリシェーム王国へとやって来たものの、そこで彼を待っていたものは灼熱の太陽と閉鎖的な社会と人々、そして安アパートの寝具に潜む南京虫だった。はじめは慣れぬ異国での生活にホームシックにかかり、馬鹿な事をするんじゃなかったと思い始めていた淑介だが、今ではもうすっかりこの国での暮らしに慣れたし、特ダネをつかむまでは日本には帰らないと決めていた。だが、自分の思い通りに事が進まないというのが人生である。特ダネどころか、一日中街をぶらついている生活を淑介は半年も続けていて、少し無気力になり始めていた。(やっぱここに来たのは間違いだったのかなぁ。勘に頼るなってデスクには散々口が酸っぱくなるほど言われたのになぁ。)肩を落としながら深い溜息を吐き、淑介は市場の方へと向かった。そこには新鮮な果物や魚介類などを扱う店や屋台が軒を連ね、現地民の買い物客や外国人観光客などで賑わっていた。照りつける太陽から身を守るようにして、淑介は市場から少し離れた所で瑞々しい果物を売っている屋台へと立ち寄った。『今日も暑いねぇ、兄ちゃん。』すっかり顔なじみになった屋台の親父がそう言って淑介にところどころ黄ばんだ歯を見せて笑った。『ええ、本当に。日本みたいに湿度が高くないのがいいですね。』滑らかなアラビア語でそう答えた淑介は、木箱に入った果物を見た。『今日は特別にエジプトから仕入れた葡萄があるぜ。マンゴーも。』『じゃぁ2つとも貰おうか。』淑介はポケットから財布を取り出し、葡萄とマンゴーの代金を払って屋台を出た。『まいどあり。』親父が笑顔を浮かべながら淑介に向かって手を振った。淑介も親父に向かって手を振り返し、安アパートへと戻って行った。一方、淑介が住む安アパートから少し離れたアパートの一室で、数人の男達が何かを話し合っていた。『もう準備は出来ているか?』マシンガンを持ったリーダー格と思しき男がそう言って仲間の顔を見た。『ああ、完璧だ。』仲間はマシンガンの銃弾を腹に巻きながら、男を見た。『そろそろ時間だ、行くぞ。』男達は部屋を出ると、駐車場に停めてあったジープに乗り込んだ。「早く食べないと、腐っちまうなぁ・・」屋台で買った葡萄とマンゴーが入った袋を下げながら、淑介は額の汗をハンカチで拭った。後少しでアパートに着くと彼が思った時、彼は猛スピードで自分の向こうへと突っ込んでくるジープを慌てて避けた。「ったく、危ねぇ車だなぁ。」淑介は舌打ちしながら砂嵐を巻き起こして走り去ってゆくジープを睨んだ。安アパートに到着した彼は、自分の部屋がある階数へと階段を昇り始めた。その時、市場の方から黒煙が立ち上った。(まさか、さっきジープに乗っていた奴らが・・)元来た道を戻って、淑介は市場へと向かった。「なんだ、これ・・」そこに広がっていたのは、禍々しく燃え盛る紅蓮の炎に包まれた市場の残骸と、数分前人間だったものの肉片だった。吐き気を堪えながら、淑介はいつも持ち歩いているカメラで惨劇の舞台と化した市場を撮った。『カメラをこちらに寄越せ。』後頭部に拳銃のようなものを押し当てられ、淑介は両手を上げた。相手が銃をゆっくりと下ろそうとした時、彼は素早く相手の向う脛を蹴り飛ばして市場から逃げ出した。にほんブログ村
2012年03月22日
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聖良はそっと目を閉じて青年の演奏を聴いた。青年が奏でる楽器の音色は、どこかもの悲しいが懐かしく聞こえた。幼い頃に養父が奏でていた琵琶の音色と似ているからだろうか。『リシャド、お客様だ。』アルハンがそう言って青年に声をかけると、青年はゆっくりとアルハンと聖良を見た。彼はゆっくりと額にかかる漆黒の髪を掻きあげると、ゆっくりと楽器を置いて立ち上がり、二人の方へとやって来た。『父上、その方は?』『今日からわたしのものになるセーラだ。』アルハンは聖良の腰を抱き寄せながら青年を見た。『・・そうですか。』青年は興味がなさそうな口調でそう父親に言い放つと、二人に背を向け、楽器を手に取った。「息子が無礼な態度を取ってすまないね。あいつはああいう奴なんだ。」愛想笑いを浮かべたアルハンは、そう言うと聖良を見た。「今宵はお前を歓迎する宴を開いてやろう。それまでに後宮で身支度をするがいい。」「わかった。」やっとこの助平親父から解放されるのかーそう思った聖良は安堵の溜息を吐いた。『サリーシャ、居ないのか?』『陛下、わたくしはこちらに。』廊下の向こうから、民族衣装の裾を翻しながら1人の少女がアルハンの方へと走って来た。『サリーシャ、今日からわたしのものになるセーラだ。これから後宮へセーラを連れて行って宴の時間まで身支度をしてやれ。』『かしこまりました。』そう言った少女の緑の瞳が、聖良を捉えた。「は、初めまして。今日からお世話をさせていただくサリーシャと申します。」少女―サリーシャは主のアルハン同様、美しいキングス・イングリッシュで聖良にそう自己紹介すると、彼に向かって頭を下げた。「セーラです、宜しく。」聖良はサリーシャに手を差し出して彼女に微笑んだ。彼女は差し出された聖良の手に戸惑いながらも、そっと自分の手を彼の手に重ねた。「こちらこそ。」『サリーシャ、セーラを早く後宮へ。』アルハンが少し苛立った様子でそうサリーシャに命じると、先ほどまで笑顔を浮かべていた彼女はまるで尻に火がついたかのように飛び上がると、彼に向かって頭を下げた。「さぁ、こちらへ。」中庭をサリーシャとともに出る際、聖良はちらりと異国の皇子を見た。彼は楽器を奏でる手を止め、金色の瞳で聖良を見た。その瞳に見つめられた聖良は、金縛りにでも遭ったかのようにその場から動けなくなった。「セーラ様?」サリーシャの声で我に返り、聖良は足早に中庭から出て行った。背後に纏わりつく視線を感じながら。「サリーシャ、聞きたい事があるんだけれど、いいかな?」「何でも申しつけてくださいませ。」サリーシャはそう言って先ほどのように屈託の無い笑みを浮かべた。「中庭で楽器を弾いていた人―リシャドとかいったけど、その人ってどういう人なの?」聖良の質問を聞いたサリーシャは、少し押し殺した声で話し始めた。「あの方はこの王国の皇太子であらせられます。ですが、陛下は皇太子様―リシェム様には王位を継がせないおつもりのようです。何でも、リシャド様のお母君様は、低い身分のお生まれだそうで。」「へぇ、そう。色々と複雑なんだね。俺をここに連れて来たサリームって奴はあのおっさんの事恐れてたようだけど?」「ここでは陛下の存在は絶対唯一のアラーのようなものなのです。何もかもが、陛下の御心によって決められるのです。」サリーシャはそう言いながら、後宮へと続く廊下へと歩き出した。深い溜息とともに。にほんブログ村
2012年03月22日
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侍女に連れられて中庭へと続く長い廊下をサリーム達と歩きながら、聖良は王宮内の柱や壁などにアラベスク模様が施されていることに気づいた。 アラビア圏らしいなと思いながら彼が歩いていると、中庭の方から琵琶のような音色が微かに聞こえて来た。「きっと父上が奏でていらっしゃるんだな。父上はウードの名手だから。」サリームはそう言ってちらりと聖良を見た。「ウード?」「アラブの民族楽器さ。君の国にもそういう楽器があると聞いたよ。」「琵琶の事か?そういえば昔、父が良く弾いていたのを聞いたような気が・・」聖良の脳裡に、幼い頃に見た琵琶を奏でている養父の姿が浮かんだ。「ローゼンシュルツ国王陛下が異国の楽器を奏でるなんて、初耳だね。」「父といっても、俺を日本で育ててくれた義理の父の方だ。」サリームは好奇心に満ちた視線を聖良に送った。「君には父親が二人もいるのか。羨ましいな、わたしには父親が一人しかいないからね。しかも暴君の父親が。」「それは一体どういう・・」聖良がサリームにそう言った時、自分達を案内していた侍女が突然足を止めた。「どうした?」「どうやら陛下に先客がいらっしゃるようです。」サリームにそう告げた侍女の美しい顔は、少し青ざめているように見えた。「先客だと?父上に会いたがる者などいる筈がないだろう。何せ、父上はこの国では憎まれているのだからな。」吐き捨てる様な口調で彼がそう言った時、廊下の向こうからこちらの方へとやってくる人影が見えた。それに気づいた侍女が慌てて地面に平伏した。何事かと侍女を見つめる聖良の腰に、突然浅黒い両腕がにゅっと伸びてきて彼を捕えた。『父上、お久しぶりでございます。』『サリーム、久しいな。この金髪の女神は誰だ?』聖良の背後で酷く掠れた低音が聞こえたので、聖良はゆっくりと肩越しにその声の主を見た。 そこには身長が2メートル近くある大男が民族衣装の裾を翻し、どこか威圧的な雰囲気を出しながら立っていた。『父上、女神ではありません。ローゼンシュルツ王国のセーラ皇太子でいらっしゃいます。余りにも美しいので、父上に貢物として彼に献上しようと思いまして。』先ほどまでは聖良に対し傲慢な態度を取っていたサリームはそうアラビア語で言って大男の前で恭しく跪いた。『ほう、これは良い物を貰ったな。金髪碧眼の女神など、滅多にこの国では手に入らぬからなぁ。』大男―サリームの実父であり、リシェーム王国国王・アルハン=リシェームは、上機嫌な様子で聖良の短い金髪の匂いを嗅いだ。生温かい男の息が項にかかり、聖良はその気持ちの悪さから思わず鳥肌が立った。少しアルハンから一歩後退すると、彼は口端を上げてにやりと笑いながら聖良を見た。『何だ、怯えているのか?大丈夫だ、わたしはお前を急に襲ったりはしないから安心するがいい。』アラビア語でそう自分に話しかけるアルハンの赤銅色の瞳には、明らかに欲望の炎が宿っていた。「では父上、わたし達はこれで失礼いたします。」サリームはそう言って部下とともにアルハンに頭を下げたあと、元来た道を侍女と共に歩き始めた。時折野鳥の美しい鳴き声が聞こえてくる廊下には、異国の王とその哀れな貢物が残された。「わたしと共に中庭へ行こう。そこで楽しい一時を過ごそう。」アルハンはキングス=イングリッシュで聖良に話しかけると、彼のほっそりとした手を引っ張るなり、廊下の向こうに広がる中庭へゆっくりと歩き始めた。「お前に会わせたい奴がいる。」やがて国王に連れられて聖良は棕櫚の木が生い茂り、色鮮やかな羽根を広げてやかましく鳴く孔雀達がいる中庭へと入って行った。 噴水の前には強い日差しを避けるための白い天幕が張られており、その中央には一人の青年が胡坐を掻いて琵琶のような楽器を奏でていた。にほんブログ村
2012年03月22日
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砂嵐の中、リシェーム王国第1皇子・サリームとその部下・アルマド、そして彼らに拉致された聖良を乗せたジープは一路王宮へと向かっていた。(今頃、リヒャルト達何しているんだろう・・)聖良はそっと服の中に隠していた短剣を金の鎖ごと取り出した。短剣の中央に嵌めこまれているルビーが異国の太陽を受けて真紅に輝いた。「それ、何だ?」先ほどから一言も発しない聖良が何かおかしな事をしないかと監視していたアルマドは、そう言ってちらりと彼が握り締めている短剣を見て英語で彼に尋ねた。「なんでもない。それよりも、王宮までどれ位時間がかかる?」「あと4,5分で着くぜ。また逃げようと思ってんなら無駄だぜ、王宮の庭には侵入者避けの猛獣が放し飼いにされてるからな。お前が王宮から逃げ出そうとしたらあいつらが容赦なくお前の綺麗な顔を牙と爪で切り裂くだろうよ。」アルマドは聖良に恐怖を与える為にゆっくりとした口調でそう言うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべて彼を見た。だが、聖良は平然とした様子で自分を見つめるだけだった。「ちぇ、薄気味悪い奴。なぁお前、どうしてこんな所に拉致されたか知りたいか?」「別に。どうせあの悪徳警官と男爵が裏で繋がっていただけのことだ。」聖良は短剣の鞘から刀身を抜き出し、それを天に向けて翳した。「お前の国は今内戦の只中だ。お前の父ちゃんにたんまりとお前の身代金を払わせて、この国の財政を潤そうって腹なのさ。」「そんなに苦しいのか、この国は?」「ああ、何せこの国には・・」「おしゃべりはそこまでにしておけ、アルマド。」氷のような冷たい声が運転席から聞こえ、アルマドはそそくさと聖良から背を向けた。「セーラ皇太子、君にいくつか質問したい事がある。」「何だ?」「君は何故、日本人でありながら外国の皇太子なんだ?それに君と同じ顔をした男は一体何者だ?」サリームは赤銅色の瞳で聖良を見つめながら言った。「わからない。俺には日本で暮らしていた以前の記憶がない。それにあいつの正体は俺にもわからない。」「そうか。一つ助言してやろう。父上の前で今と同じような質問をぶつけられたら、適当にはぐらかすがいい。」サリームは聖良の答えを聞いて興味を失ったようで、ぶっきらぼうな口調でそう言った後、ハンドルを握ってジープの速度を上げた。港を出発してから5分後、賑やかな市場を抜けたジープはやがて閑静な住宅街へと入って行った。その先に見えるのは、眩いほどの美しい白亜の壮麗なサリーム王国の宮殿だった。「美しいだろう?だが美しいのは外だけさ。」サリームはそう言って自嘲めいた笑みを浮かべると、さらにジープの速度を上げた。住宅街を抜け、王宮の門前にジープが差しかかると、民族衣装を纏った数人の守衛がサリームに向かって敬礼し、植物文様の彫刻が施された門を開いた。王宮の広大な庭にはアルマドの言葉通り、豹やライオンなどの猛獣が放し飼いにされており、彼らは棕櫚(しゅろ)の木の下で昼寝をしていたり、毛繕いをしていたりと、その姿は普通の猫と大差はないように見えた。ふと聖良が後ろを向くと、先ほど通った門がゆっくりと閉ざされてゆくところだった。(もう、ここから逃げることはできない。)「着いたぜ、足元に気をつけな。」先にジープから降りたアルマドとサイードは、足早に王宮の中へと入って行ったので、慌てて聖良は彼らの後を追いかけた。 「サイード様、お帰りなさいませ。」王宮の中へと入ったサイード達を、数百人はいるであろうかという使用人達が一斉に彼らを出迎えた。「父上は?」「陛下なら中庭におられます。」鮮やかな民族衣装を纏った侍女がそう言って中庭の方へと歩き出した。
2012年03月22日
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「瑞姫(みずき)、本当にいいのか?」「ええ、お父様。もう決めたことです。」 真宮家のダイニングルームで、瑞姫はそう言って当主である父・栄祐(えいすけ)を見て次の言葉を継いだ。「もうこちらへは帰りません。生活費は自分で稼ぎます。」「瑞姫・・」 栄祐は何かを言いたそうに口をもごもごと動かしていたが、彼の隣に座っていた継母・顕枝(あきえ)が代わりに口を開いた。「まぁ瑞姫さん、何も大学なら家から通える範囲のところを受験したらよろしかったのに、何故あんな遠方に・・」「あそこなら声楽が学べますから。それに昔、夢を誰かさんに潰されるような事は決してないでしょうからね。」瑞姫がそう言って継母を見ると、彼女は口端をきつく結んで俯いた。「盆と正月には必ず帰ってくるんだぞ。それに女の1人暮らしは何かと物騒だから・・」「大丈夫です、お父様。下宿先のマンションはセキュリティが高いところに決めましたから。わたしは荷造りがありますので、これで失礼。」瑞姫はさっと椅子から立ち上がると、父に背を向けてダイニングから出て行き、2階の自分の部屋へと向かった。 ドアを開けて彼女が部屋の中に入ると、そこには引っ越し用の段ボール箱が所狭しと置かれていた。高校を卒業した瑞姫は、首都圏内にある女子大に合格し、大学から近いマンションで初めて1人暮らしをすることになった。 実母・黒羽根が瑞姫を出産直後に亡くなって以来18年間、瑞姫は継母・顕枝の手で育てられたが、彼女とは全く反りが合わず、いつしか義理の母娘の仲は完全に冷え切ってしまっていた。中学時代、瑞姫は宝塚を目指してバレエや声楽、英会話や日本舞踊のレッスンに毎日励んでいたが、栄祐も顕枝も彼女の宝塚受験に反対した。「スターになれるのはほんの一握りよ。それに華やかな世界には裏があるっていうじゃない。いじめも酷いらしいし、瑞姫さんがやっていけるような所じゃないと思うのよ。」口調こそは穏やかそのものだったが、義理の娘が己が敷いたレールの上を歩かない事に対して、顕枝は遠回しに非難していた。両親の反対に遭ってでも宝塚を受験しようと決意を固めていた瑞姫だったが、栄祐が交通事故で入院したこともあり、断念した。 宝塚への夢を諦めた代わりに、瑞姫は声楽が本格的に学べる大学を選び、受験勉強や声楽のレッスンに励んだ末に、私立の女子大に無事合格した。(わたしは漸くこの家から出て行ける。もうあの人と毎日顔を合わすこともない・・)段ボール箱に書籍や衣類などの荷物を詰めながら、瑞姫は反りの合わない継母と漸く縁が切れると思ってせいせいしていた。「姉様、入っていい?」ドアが躊躇いなくノックされ、その隙間から幼い義理の弟が部屋の中を恐る恐る覗きこんでいた。「真珠(まじゅ)、入ってもいいわよ。荷物を詰めるのを手伝ってくれる?」「うん。」真珠はそう言って部屋に入ると、瑞姫とともに荷物を詰め始めた。「姉様、ここを出たらもう会えなくなっちゃうの?」「そんな事ないわよ。夏休みや冬休みには遊びに来てもいいのよ。」瑞姫が真珠に微笑んで優しい言葉を掛けると、彼は安心したかのような表情を浮かべた。顕枝との仲は完全に冷え切り、彼女を母と呼ばなくなってもう何年か経つが、真珠を産んでくれたことに、瑞姫は密かに感謝していた。母と義理の姉の不仲を知りながらも、真珠は瑞姫を純粋に慕ってくれているし、瑞姫も真珠と居る時だけ心が安らいだ。「真珠、宿題やったの?」「あ、忘れてた。」「後はわたしがやるから、宿題をしなさい。」「おやすみ、姉様。」「おやすみ、真珠。」ドアが閉まり、再び独りになると、瑞姫は黙々と荷造りを再開した。「これでよしと・・」一通り荷造りを終えると、瑞姫はベッドに入って目を閉じた。 翌日、彼女は朝の5時に目を覚ますと眠気覚ましにシャワーを浴び、着替えやパソコンが入ったスーツケースを持って階下へと降りていった。
2012年03月20日
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「畜生、待ちやがれっ!」バンダナ男がそう叫んで聖良に追い着こうとしたが、彼の足は聖良より遅かった。聖良は船を降り、港で雑踏の中に紛れ込んだ。時折停泊している豪華客船から追手が来ていないか確認したが、今のところ追っ手は来ていなかった。リシェーム王国の貿易港は様々な人種の者達が入り乱れていた。聖良はスーツの内ポケットから携帯を開いてリヒャルトの番号にかけたが、繋がらなかった。嫌な予感がした。リヒャルトはあの男達に殺されてしまったのだろうか?(そんな事を考えるな。今は生きる事だけ考えろ。)胸を張って前を向いて歩いていると、突然路地から1台のジープが現れ、聖良の前に停まった。「この野郎、俺の脛を蹴りやがって!」運転席に座っていたバンダナ男が勢いよく飛び降りて、聖良の腹に強烈な蹴りを喰らわした。激痛に聖良は身体を折り曲げ、地面に蹲って咳き込んだ。「これは脛の分だ。今度俺様に逆らったらこんなもんじゃ済まさねぇぞっ!」バンダナ男は聖良の顔面に唾を飛ばしながら彼の腹に2発目の蹴りを入れた。「そこまでにしておけ、アルマド。」音楽的な響きをした声が、ジープの助手席側から聞こえてきた。「すいません、サリーム様。」バンダナ男は慌てて聖良からさがった。「皇太子には手荒な真似はするなと、何度言ったらわかる?わたしの召使ならわたしの言う事を素直に聞いて欲しいものだな。」「申し訳ございません、サリーム様。」先ほどまで横柄な口調で話していたバンダナ男は一転し、助手席に座る長身の男に向かって恭しい口調で話している。「わかればいい。お前は勇敢な戦士だ、アルマド。もっと頭を使え。」長身の男の視線はバンダナ男から聖良へと移った。「部下が乱暴をしてすまないね、セーラ皇太子。自己紹介が遅れたね、わたしはサリーム、このリシェーム王国の第1皇子だ。」瑪瑙(めのう)の瞳を輝かせながら、長身の男はそう言って聖良の全身を舐めるように見た。「今からわたしとともに王宮へ来て貰おう。美しい君を見たら、父上も機嫌を直される事だろう。」「嫌だ、と言ったら?」「その時はこの男に君の肋(あばら)を1本折って君を黙らせるだけだ。これ以上痛い思いは嫌だろう?」恋人に囁くような優しい声でサリームは言ったが、その言葉の端々には毒が含まれていた。「・・わかった。」「それでいい。アルマド、もう一度言うが皇太子には手を出すなよ。」サリームは主に無礼な口を利いた聖良を殴ろうと拳を鳴らしていた部下を睨みつけながら言った。「へい・・」「どうもお前は気が短すぎるようだね。さっさと出してくれ。ここは暑くて堪らない。」「す、すいませんっ!今出しますんでっ!」バンダナ男は慌ててジープのギアを引き、ジープを発進させた。聖良達を乗せたジープは周辺に小さな砂嵐を巻き起こしながら王宮へと疾走した。(リヒャルトはきっと生きている・・あの人があんなところで死ぬ訳がない・・きっと俺を助けに来てくれる・・)傍らにいつも自分を支えてくれたリヒャルトの姿がないことに不安を覚え、リヒャルトに頼り切っていたことに気付いた聖良は、深い溜息を吐いた。「どうした、気分でも悪いのか?」「何でもない・・」ジープが巻き起こす砂嵐から顔を守るために、聖良は目を伏せた。―◇第2章・完◇―
2012年03月18日
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ミルトネス伯爵邸で意識を失い、目を覚めた聖良は、暗い船底に閉じ込められていた。 一体何故船底に閉じ込められているのかがわからずに、聖良は必死に両手足を縛っているロープを解こうとしていた。その時、突然船底に光が入って来た。“まだ抵抗する気か?諦めな、お前は奴隷として売り飛ばされるんだ。”迷彩服を着て、頭にバンダナを巻いた男はそうアラビア語で言って葉巻の煙を聖良の顔に吹きかけた。聖良は息が苦しくなって激しく咳き込んだ。「俺を何処へ連れて行く気だ?奴隷として売り飛ばされるとはどういう意味だ?」「良く喋る野郎だなぁ。お前が居る所は豪華客船の船底で、この船は中東の王国・リシェームに向かってるのさ。俺はお前を国王の貢物として運んでやっているのさ。」英語で聖良の問いに答えたバンダナ男は、脂が染みついた黄色い歯を覗かせながら笑った。「俺が何者か、あんた達は知ってるんだろ?俺を拉致するよう命じたのは誰だ?あの男爵か、それともミカエルか?」「男爵様ってのは俺の知り合いでも何でもねぇし、ミカエルって奴の事は知らねぇ。でも男爵様のお知り合いからあんたのことを聞いてね。」「男爵の知り合い・・もしかして、あの警察署長か?」「ここでこれ以上お前とお喋りするほど、俺は暇じゃねぇ。上でそろそろパーティーが始まるんでね、失礼するぜ。」「待て、せめて水か食べ物を置いていってくれ!」聖良の声を無視して、バンダナ男はさっさと船底から出て行った。両手足が拘束され、何日も絶食状態の聖良の体力は限界だった。(いつまで続くんだ・・こんな状態で・・)聖良は溜息を吐いて項垂れた。首にかけていた短剣に嵌めこまれているルビーが自分を励ますかのように美しく光った。(俺はこんな所でくたばる訳にはいかない・・リヒャルトは命懸けで俺を守ろうとしてくれた。国王の貢物になろうが、奴隷になろうが、俺は必ず生き抜いてやる!)聖良はゆっくりと目を閉じて、眠りに就いた。その頃、船上では華やかなパーティーが開かれ、欧州の貴族や王族をはじめとする上流階級の人間や、中近東の富豪達がシャンパンやワインを片手に談笑していた。その片隅で、バンダナ男は漆黒のタキシードに身を包んだ長身の男と話をしていた。「皇太子の様子はどうだ、アルマド?」「船底で大人しくしてます。あいつ日本人なのに顔立ちは西洋人そのものですね。混血児か何かですかい?」バンダナ男―アルマドはそう言って首を傾げた。「皇太子は西洋人だ、馬鹿者。国籍だけは日本人だ。内戦の折に彼を養子に迎えた神父が日本人だったらしい。」「あいつを国王陛下の貢物として献上したら、俺達は何をすればいいんです?」「それは皇太子を陛下の元に献上してから言う事だな。まぁ、父上はすぐに皇太子の事をお気に召されるだろう。美しいものは人種や男女の隔てなく愛でられるゆえ。アルマド、礼金はたっぷり弾んでおくぞ。」「ありがてぇ。」「ただし、港に着く前に皇太子を餓死させるな。せっかくの貢物が骨と皮だけだったら、父上はさぞがっかりされることだからな。」「へい、わかりやした。」アルマドは恭しく長身の男に礼をして会場から出て行った。船のスピードが徐々に落ちている事に、聖良は気づいた。もうリシェームの港に着いたのだろうか。暗闇の中で藻掻いていると、再びバンダナ男が船底に入って来た。「港に着いたぜ。ロープは解いてやるが、妙な真似したらお前を鮫の餌にするなんざ俺にとっちゃ朝飯前だからな。」「わかった・・」ロープをバンダナ男に解かれた聖良は、そう言うなり男の向う脛を蹴り上げ、走り出した。
2012年03月18日
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ミルトネス伯爵夫妻が我が家で起きた惨劇を知ったのは、末子・ガブリエルの入院先の病院の待合室だった。エリザベスの誕生パーティー前夜、ガブリエルの容態が急変し、ローラとウィリアムは交代しながらガブリエルの看病に当たっていた。ガブリエルの看病に懸りきりとなり、疲れきっている妻と交代したウィリアムは、ひと息入れたくて病室からカフェテリアへ向かっていた。待合室の前を通りかかると、テレビの液晶画面に我が家が映っていた。『先ほど、武装した男達がミルトネス伯爵邸に乱入し、伯爵の長男・シャーロックさんと長女のエリザベスさんがダイニングルームで射殺体となって発見されました。地元警察は、2人を殺害した犯人はミルトネス伯爵家に滞在中のセーラ皇太子を狙った者の犯行であると発表し・・』(なんてことだ・・そんな・・)突然の悲劇に、ウィリアムは絶句した。ガブリエルには兄と姉の死を知らせないでおこう―彼はそう決めてガブリエルの病室に戻った。そこには顔面蒼白になってテレビを見る妻と、絶望に打ちひしがれたガブリエルの姿があった。「お父様、このニュースは本当なの?お兄様とお姉様が死んだって・・」「残念だが。お兄様とお姉様は神様の元に召されたのだよ。ガブリエル、お前はお兄様達の分まで生きなければならないよ。」ウィリアムは末息子の手を握りながら、突然家族を襲った悲劇に涙した。隣では妻が啜り泣いていた。重苦しい空気が、病室に満ちていた。一方、男達と戦ったリヒャルトは、腹と背中に銃弾を受け、瀕死の重傷を負って地面に横たわっていた。薄れゆく意識の中で、彼は今や事件現場となった伯爵邸に群がる報道陣のざわめきを聞いていた。ゆっくりと身体を起こそうとするが、身体が動かない。(セーラ様・・)聖良は無事だろうか。伯爵邸の中で遺体となって発見されていないだろうか。もしそうだとしたら、自分が生きている価値がない。長い間やっと彼を探し当て、彼との間に絆が生まれ、それを育みつつあったのに、それが全部断ち切られてしまう。彼の死によって。(セーラ様・・)心の声で主の名を呼んでも、答える声はない。代わりに聞こえてきたのは、数人の足音だけ。「誰か倒れているぞ!」「救急車、誰か救急車を!」救急ヘリに搬送されるまで、リヒャルトは野次馬の中に聖良の姿を探した。目を開けて、広がっていたのは病院の白い天井だった。身体を起こそうとすると、白衣を纏った医師がそれを制止した。「まだ起き上がってはなりません。脊髄を損傷しなくてよかったですね。」「セーラ様は・・皇太子様は・・何処に・・」「あなたはまだ気が動転しているのです。今から鎮静剤を打ちますから、暫く休んでいてください。」「セーラ様を・・探して・・あの方を・・助けて・・」医師が鎮静剤をリヒャルトの腕に注射し、リヒャルトは深い眠りの底へと落ちていった。リヒャルトの病室から3部屋先の病室では、容態が快方に向かったガブリエルは、この日退院することとなった。「さぁガブリエル、お兄様とお姉様にお別れを言いに行きましょうね。」喪服姿のローラがハンカチで目元を拭いながら、ガブリエルの車椅子を押した。「セーラ皇太子様は、今何処にいらっしゃるのかな?ご無事だといいんだけど・・」「大丈夫だよ、ガブリエル。あの方はきっと神様が守ってくださるよ。」ウィリアムはガブリエルの頭を優しく撫でながら、一足先に病室を出た。ロンドンから遠く離れたカナリア諸島近海を、一隻の豪華客船が航海していた。その船底には、両手足を縛られた聖良が閉じ込められていた。
2012年03月18日
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「リヒャルト、待って!」聖良は外へと飛び出したリヒャルトを追って、リムジンから出た。「セーラ様、車にお戻りください!危険です!」「でも・・」聖良が再び口を開きかけた時、再び銃声が響いた。「危ない!」リヒャルトは己の身を盾にして、主を銃弾から守った。左肩に激痛が走った。「リヒャルト、肩が・・」被弾し、血が噴き出した左肩を見て、蒼白した顔面で聖良はネクタイを外して傷口を縛った。「早く、邸の中に・・ここはわたくしが食い止めますから・・」「そんな・・あなたを見捨てて逃げられない!」「行きなさい、わたくしに構わずに!あなたには大勢の民があなたの帰りを待っていることを忘れないでください!」「リヒャルト・・」「あなたはローゼンシュルツ希望の星、ここで命を落としてはなりません!」後ろ髪を引かれる思いで、聖良はリヒャルトを残して伯爵邸の中へと走って行った。「皇太子が逃げたぞ!」「追え!」リムジンを尾けていた黒塗りの車からマシンガンで武装した男達が出てきて、聖良の後を追おうとしたが、リヒャルトは彼らの前に立ちはだかった。「皇太子様に・・セーラ様に手出しはさせない!お前達の相手はこのわたしだ!」菫色の瞳を殺意で燃え上がらせながら、リヒャルトは男達に銃口を向けた。「そこを退け、雑魚には用はない!」「わたしが雑魚だと?雑魚は貴様達の方だ!」「黙れ、王国の犬め!」リーダー格がリヒャルトに突進し、銃剣を振りかざした。「皇太子様、どうなさったの?」伯爵邸のダイニングルームに駆け込んだリヒャルトの返り血を浴びた聖良を見て、エリザベス達は息を呑んだ。「突然車が男達に襲われて・・リヒャルトがあいつらと戦ってる・・彼を助けないと!」聖良はそう言うと、激しくせき込んだ。「落ち着いて下さいな、今水を持って参りますわ。」「早く彼を・・助けないと・・」聖良はエリザベスから手渡された水を1杯飲むと、意識を失った。「セーラ様、大丈夫ですか!?しっかりしてください!」シャーロックは意識を失った聖良の頬を叩いたが、何の反応もない。「誰か救急車を!人が倒れた!」「お兄様、どうしましょう・・このまま皇太子様に何かがあったら・・」「馬鹿なことを言うな、エリザベス!皇太子様はきっと助かる!」「一体何がどうなっているんでしょう?わたくし達には何がなんだか・・」エリザベスがそう言ってゆっくりと立ち上がった時、ダイニングルームの窓が吹き飛び、ガラスの破片が雨粒のように彼らに降り注いだ。「手間をかけさせやがって。」迷彩服を着て、頭にバンダナを巻いた男が窓から入ってきた。「お前は何者だ!」「今から死ぬ者には知ったこっちゃねぇだろう!」シャーロックは男の凶弾に倒れ、エリザベスは悲鳴を上げてダイニングルームから逃げようとしたが、彼女もまた、男の凶弾に倒れた。バンダナ男は2人が死んだのを確認すると、聖良を抱きあげてダイニングから出て行った。「皇太子様は確保した。ずらかるぞ。」バンダナ男の言葉に、リムジンを銃撃した男達が顔を上げた。「あの番犬は?」「もう駄目ですよ、あいつは。確実に急所を撃ちましたからね。皇太子様を何処にやるんです?」「それは俺が決めることだ。」バンダナ男は部下に銃口を向け、躊躇い無く引き金を引いた。「後で死体を始末しとけ。」男が運転する車は、港へと向かっていた。
2012年03月18日
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「こちらです。」刑事がそう言って会議室の中へと入った。「一体何がどうなっているのですか?」「それはこちらの台詞です。あなた方のお仲間の中で、男爵に買収された者はいますか?」聖良が単刀直入にそう刑事に聞くと、彼は聖良から目を逸らして俯いた。「署長を含め、皆男爵様のいいなりです。男爵様は長年この警察署と癒着し、数々の不正を行ってきました。」「警察は正義の味方であるにも関わらず、悪人の手下になるとは・・呆れたものですね。」聖良は冷たい口調でそう言い放つと、パイプ椅子から立ち上がった。「これ以上あなたのお話を聞かなくても、ここが腐敗しきっていることは良くわかりました。わたしの部下に会わせて下さい。」「では、こちらに・・」刑事と共に聖良は、リヒャルトがいる取り調べ室の前に立った。取調室のガラス窓からリヒャルトの姿を覗いた聖良は、彼が少し痩せていることに気付いた。“本当に、あなたは事件に何の関与もしていないのですね?”『わたしは何もしておりません。』取調室から流れるスピーカーから流れるリヒャルトの声は、凛としていた。刑事は取り調べ室のドアを叩いた。「少しここでお待ち下さい。」取り調べをしていた刑事が顔を上げ、彼と何やら話をしていた。数分後、彼はリヒャルトを連れて取調室から出てきた。「セーラ様、ご無事でしたか。」「リヒャルト、俺の所為で・・」「いいのです、あなた様がご無事ならば。」リヒャルトはそう言って聖良に微笑んだ。「彼をすぐさま釈放してください。」「わかりました。男爵に何と言われようが、無実の人間を牢に繋いでおく理由はありませんですからね。」刑事はにこりと笑ってリヒャルト共に廊下の向こうへと消えた。「セーラ様、お手間をかけました。」無実が証明され、釈放されたリヒャルトはそう言って聖良に頭を下げた。「あんたを嵌めた連中は、いずれ天罰が下るから安心していいよ。それよりも、嫌な事は忘れてパーティーを楽しもう。」「パーティーですか?」「うん。今夜エリザベスさんの誕生パーティーをするんだ。」リヒャルトと聖良を乗せたリムジンは警察署を出て、ミルトネス伯爵邸へと向かった。そのリムジンを望遠鏡で見ていた警察署長は、携帯で男爵の番号にかけた。『わたしだ、何か動きがあったか?』「リヒャルトが釈放されました。今皇太子と共にミルトネス伯爵邸へリムジンで向かっております。」『そうか・・報告ありがとう。』携帯を切った署長は、望遠鏡で再び遠ざかるリムジンを見た。「何者であろうと、お前達の好きにはさせない・・」聖良とリヒャルトを乗せたリムジンは、後少しでミルトネス伯爵邸へと到着しようとしていた。「今日は色々とあって、お疲れになったでしょう。パーティーの方は欠席されて、休まれてはいかがですか?」「そういう訳にはいかないよ。ちゃんと出席すると言ったんだから。リヒャルトも来たら?」リムジンの後ろに、黒塗りの車がゆっくりと近づいてくるのを、2人は気付かなかった。ミルトネス伯爵邸の正門が見えてきた時、リムジンが急に減速した。「どうしたの?」「さぁ・・一体何が・・」リヒャルトがそう言って後ろを見た時、リムジンが突然銃撃された。「伏せてください!」ホルスターから拳銃を取り出しながら、リヒャルトはリムジンのドアを開けて外へと飛び出した。「リヒャルト、待って!」
2012年03月18日
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「まぁ皇太子様、そうおっしゃらず・・少しだけ、わたしのお話を聞いて頂いたらお帰しますから。」「わたしを匿ってくれた老夫婦は無事ですか?」「ええ、彼らには手荒な真似はせぬように、部下に命じておきましたから。」「そうでしょうか?ここへ連れてこられる前、あなたの部下が老人を殴っているを見ましたが?」聖良がそう詰め寄ると、男爵はバツの悪そうな顔をした。「嘘吐きとはお話したくありません、帰らせていただきます。」「皇太子様、お待ちくださいっ!少しだけ、金を貸していただければ・・」「お断り致します。」聖良は椅子から立ち上がり、男爵に背を向けて居間から出て行った。「・・畜生、あの野郎この俺様を舐めやがって・・何が皇太子様だ、ただのクソ生意気な青二才じゃねぇか。」男爵はそう毒づくと勢いよく椅子から立ち上がり、聖良の後を追った。「皇太子様、お待ちください!」声を張り上げながら男爵が玄関ホールまで追いかけてきたので、聖良はあからさまに嫌そうな顔をして彼を見た。「何ですか?あなたとお話しすることはないと言った筈です。」「お願いです、どうかわたしとお時間を・・でなければあなたの忠実な番犬が大変な事になってもよろしいのですね?」男爵の言葉で、ドアノブを持っていた聖良の手が止まった。「リヒャルトに何をした?」「今のところは、何もしておりません。もし皇太子様がわたしの話を聞いて下さるのなら、別ですが。」卑しい目つきで自分を見て舌なめずりする男爵に、聖良は吐き気を催した。こんな腐りきった性根の持ち主が、この世にいるなんて信じられなかった。「・・わかりました。では5分だけですよ。」「そうですか。ではさっきの所で・・」「いいえ、ここで結構です。」冷淡な口調で言いながら、聖良は男爵を睨みつけた。「お話とは何でしょうか?わたしをこれ程までに足止めさせようとなさるのですから、余程大切なお話なのでしょうね?」「実は、あなたのお父君の敵がまた内戦を起こすつもりらしいとの情報が入りました。」「あなたもそれに関わっているから金を貸して欲しいと?」男爵はその言葉を聞いて狼狽したが、すぐに平静な振りをした。「あなたの番犬は、わたしが懇意にしている警察署で取り調べを受けています。あなたの失踪と拉致に深く関わっているとしてね。もしこの場で金を貸していただけないのなら、彼の命はないと思ってください。」「あなた達悪党に払う金など一ペンスもありません。」男爵を見もせずに聖良はそう彼に殊更冷淡に言い放つと、男爵邸を出てその足で警察署へと向かった。「ここにわたしの失踪と拉致に関与していると思われる男が取り調べを受けていると聞きましたが、彼は何処に居るのですか?」突然警察署に現れた失踪した皇太子の出現に、警官達は驚愕の表情を浮かべていた。「失礼ですが、あなたは・・」「わたしが誰であるか、あなた方はご存知の筈です。」心の中では男爵への怒りと憎悪が渦巻いているが、聖良はそれをおくびにも出さずに毅然とした態度でそう言い放ち、警官達を睨んだ。「皇太子様。」躊躇いがちに声を掛けた1人の刑事に、聖良は険しい表情を浮かべて彼の顔を見た。「あなたは今回の事件の責任者ですか?」暖房が効いていた室内は、聖良が現れたことで彼は空気が凍るように急激に室温が下がったような気がした。「わたくしが、今回の事件を担当しております。詳しくは、あちらで・・」「何故何の罪もないわたしの側近が捕えられているのか、充分に納得がゆくようにご説明ください。」そう言って警察署に入った時から怒りの鎧を纏っていた聖良は、ミカエルと同じ冷たい炎を宿しながら、刑事と共に会議室の中へと入った。
2012年03月18日
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「あの男達は、一体何者なんですか?」老夫婦の家に身を隠した聖良は、老婦人が淹れてくれたカモミールティーの香りを嗅ぎながら言った。「あいつらは、この村の領主様であるヘグースト男爵様がお雇いになられた男達だよ。何でも男爵様は最近色々と汚い商売をするようになってねぇ・・あっちの領主様であるミルトネス伯爵様とは大違いだ。」老婦人はそう言って大きな溜息を吐いた。「わたしを攫った男達は、一体何が目的で・・」「多分、最近ミルトネス伯爵家に滞在しておられるセーラ皇太子様を男爵様が無理矢理滞在させたい為に動いたんじゃないのかねぇ。男爵様は権勢欲が強くて虚栄心が強いお方だからね。」「そうなんですか・・」シャーロックやミルトネス伯爵夫妻から、ヘグースト男爵の話は一度も聞いた事がなかったが、闇の商売をしてまで金儲けをしようという男爵を、伯爵夫妻は心底軽蔑し、嫌悪していることなのだろう。同じ貴族であっても、先祖代々の領地と財産を守り、慎ましい生活を送るミルトネス伯爵家と、己の欲を満たす為だけに成金趣味に走る男爵とは、矜持や品格といったものが全く違っている。「伯爵様と男爵様の仲はお悪いんですか?」「悪いも何も、お2人は親の代から一言も口を利いていらっしゃいませんよ。成金趣味のこちらの男爵様と、本物の貴族であるあちらの伯爵様とは全く反りが合わないんだよと、子どもの頃父がそう申しておりましたよ。」老婦人は椅子からゆっくりと立ち上がり、キッチンの棚に置いてあったクッキーの箱を持って再び椅子に腰を下ろした。「息子夫婦がロンドン土産に買ってきてくれたものです。何処のスーパーにでも売っている安物ですから、お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞ。」「いいえ、こうして匿ってくださるだけでもありがたいのに、ご親切にもお茶まで頂いて・・有難く頂きます。」聖良はクッキーを一口食べた。上質なキャラメルが口の中で溶けて、男達に拉致されて強張った聖良の心を少し解してくれた。「さっき警察に連絡したので、もう間もなくこちらに来る筈です。」「警察に連絡したからといって、あなたの身の安全が保証されるとは限りませんけどね・・」老人はそう言って聖良を見た。「それは・・どういう意味ですか?」「男爵様は警察と深い繋がりがあってね・・金さえあればどんな悪事でも見逃すよう、署長と取引したそうですよ。」「そんな・・」地元警察の腐敗を知った聖良が愕然としていると、突然ドアが蹴破られ、彼を公爵邸から拉致した男達が雪崩れ込んできた。「やっと見つけたぞ、男爵様がお呼びだ!」男は窓から逃げようとする聖良の腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。「この爺、よくも俺達を騙しやがったな!」男達の仲間がそう怒鳴りながら老人を殴った。「お願いです、許して下さい、お願いです・・」命乞いする老婦人の声を聞いた聖良は彼らの方を見ようとしたが、男に無理矢理車に乗せられ、彼らが結局どうなったのかは知らないまま、ヘグースト男爵邸へと連れて行かれた。「ようこそ、セーラ皇太子様。」男達に男爵邸へと連れて行かれ、居間に通された聖良は、濁声を聞いてゆっくりと顔を上げた。そこには、背が低く肥満体の男がじっと自分を見つめていた。「お目にかかれて光栄です、皇太子様。わたくしはアントン=ヘグースト男爵と申します。以後お見知りおきを。」肥満体の男はそう言って聖良に腰を折って優雅に挨拶した。「わたしを拉致したのは何が目的ですか?客人であるわたしを滞在させる為に、こんな乱暴な犯罪紛いのことをするとは思いませんが。」「皇太子様、あなたに折り入ってお話があるのですが・・」「あなたのお話など、最初から聞くつもりはありません。」聖良が冷淡な口調で言うと、男爵の小さな目が怒りに燃えていた。
2012年03月18日
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突然何かに入れられ、上下左右に車の床に転がりながら、聖良は呻き声を漏らした。耳を澄ますと、数人の男達の声がした。「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」「大丈夫だ、ボスはたっぷりと礼金を弾んでくれるだろうさ。」「そうでないと俺達は路上で暮らす羽目になる。」訛りの強い英語を話している男達はそう話し合いながら、何かを飲んだりしている。車が何処かへ向かっているのかは分からないが、男達が闇の商売に関わっている者であることは会話を聞く限りでわかった。ここからどうやって逃げ出そうかと考えているうちに、車はいつの間にか停まり、男達が次々と降り始めた。「こいつはどうする?中まで運ぶか?」「やめておけ。袋の口は縛らずに置いておけ。ボスに渡す前にこいつが窒息死してたら、こっちの責任になっちまうからな。」男達の話し声と足音が完全に遠ざかるのを確認して、聖良は袋から這い出てバンの後部座席から外へと出た。携帯は万が一の時にスーツの内ポケットに入れておいたので、無傷だった。聖良はリヒャルトの番号にかけるが、電波の状態が悪いのか、なかなか繋がらない。今度は警察にかけてみたが、呼び出し音が鳴るだけで、誰も出ない。(誰か出てくれ、早く・・)公爵邸からさほど遠くないことを願いながら、聖良はひたすら人気のない道を走った。再度警察にかけると、呼び出し音の後に警官の声がした。“もしもし、こちら警察ですが・・”「もしもし、今男達に何処かへ攫われて逃げているところです。お願いです、助けに来て下さい!」“そちらの詳しい住所をお願いいたします。”「住所はK公爵邸から少し離れた所のX村の前です。時間がないんです、早く助けに来て下さい!」“確認が取れましたら、直ぐそちらへ向かわせます。”「だから早く助けてください・・もしもし?もしもし?」聖良の耳には、ダイヤルトーンの音が冷たく聞こえた。村に入ると、聖良は一番近くにあった民家のドアを叩いた。「助けてください、何者かに追われているんです!助けてください!」ドアが壊れそうなほど激しく叩いたが、中からは何の反応もない。「お願いします、誰か助けて!」漸くドアが開き、老夫婦が顔を出した。「中にお入りなさい。」聖良の叫びを聞いて事情を察したらしい老夫婦は、彼を家の中へと入れた。(良かった・・これでひと安心だ・・)男達にいつ捕まるかもしれないという緊張と恐怖から解放され、聖良はほっと安堵の溜息を吐いた。だがその時、外から男の怒鳴り声がした。聖良がそっと窓から外を覗くと、憤怒の表情を浮かべた男達がドアを激しくノックしていた。「ここに男が逃げたはずだ、そいつは何処に居る!」「わしらは何も知りません。申し訳ねぇです。」男達は舌打ちして、元来た道を戻って行った。「お2人とも、助けていただいてありがとうございました。」聖良は老夫婦にそう言って頭を下げた。「困った時はお互い様ですよ。」一方、リヒャルトは警察署で警官の尋問を受けていた。「本当にあなたは皇太子様の失踪に何も関わっていないのですね?」「何度も申し上げた通りです、わたくしは皇太子様の失踪になど関わっておりません。」(セーラ様、一体どちらにおられるのですか?ご無事だといいんですが・・)
2012年03月18日
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「誰にも気づかれてないか?」気絶した聖良を麻袋に入れたボーイの1人が、そう言ってもう1人のボーイを見た。「ああ、誰にも見られていない、大丈夫だ。」「すぐここからずらかるぞ。何せこいつには鼻が利く番犬が居るからな。」数人のボーイ達は公爵邸の裏門に停めていた黒のバンに次々と飛び乗り、誰にも気づかれることなく公爵邸から消えた。「セーラ様を誰かお見かけしませんでしたか?」聖良の姿がないことに気付いたリヒャルトは、招待客達から彼のことを聞いたが、誰も彼が何処に居るのかは知らなかった。「どうかなさいましたか?」公爵夫人が怪訝そうな表情を浮かべながらリヒャルトにそう言って近づいてきた。「セーラ様のお姿が、先ほどから何処にもいらっしゃらないのです。もしかすると、何者かに連れ去られたのかもしれません。」「まぁ・・なんてことでしょう・・すぐに招待客名簿と、従業員名簿を書斎からお持ちしますわ。」顔面蒼白になりながら、夫人は足早に邸内へと入って行った。数分後、夫人の通報により地元警察が公爵邸に到着したので、リヒャルトは聖良失踪時の様子を警官に話した。「わたしが食べ物を取りに行った時には、あちらの・・兎の彫像があるところにいらっしゃいましたが、数分後にはまるで煙のように消えてしまわれました。目を皿のようにして探しましたが、何処にもいらっしゃいませんでした。」「何か皇太子様に変わった様子はありませんでしたか?たとえば、何者かに脅迫されていたとか?」「いいえ、特に何も。ですが皇太子様のことを脅迫される人物でしたら、心当たりがございます。」リヒャルトは警察にミカエルの事と、鹿狩りの際に起きた事故は彼が関係していることなどを話した。「その話を、完全に信用してもいいのですね?」「それはどういう意味でしょうか?わたくしは先ほどから真実だけをあなた方にお話ししております。わたくしが皇太子様の失踪に関わっているとでも?」菫色の瞳に怒りの炎を宿らせながら、リヒャルトは警官達を睨んだ。「そういう訳ではありません。ただ、あなたのお話は少し信憑性に欠けていると申しているだけです。出来れば、署の方で詳しい事をお聞かせ願いますか?」「わたくしは何も疚しい事などしておりません。それはこの場にいらっしゃる皆様が証明してくださる筈です。」「ですが・・状況証拠だけではねぇ・・」真実を述べているだけなのに、尚も自分を疑おうとしている警官達に、リヒャルトは憤って彼らを怒鳴りつけてやろうとした時、1人のボーイがか細い声で何かを話し出した。「何かおっしゃりたいことがあるのですか?」警官の1人がそう言ってボーイを見た。「皇太子様が失踪される前・・どなたからは存じませんが、1枚のカードを皇太子様に渡されるよう、同僚のボーイから頼まれました・・」「その同僚は今何処にいらっしゃいますか?」「皇太子様が失踪される前は僕と一緒に給仕していましたが、何処にも居ません・・」リヒャルトは夫人から渡された従業員名簿に目を通した。この日雇われたボーイは16名だが、現在残っているのは5名。リヒャルトは邸から消えた5名のボーイの氏名を手帳に書き込んだ。「すいませんが、この名簿に目を通していただけないでしょうか?」「何か深刻なことでも?」「どうやらここから消えたボーイが皇太子様失踪に深く関わっていると思われます。至急、この5名の前科と住所、経歴を調べてください。」リヒャルトはそう言って5人の氏名を書き込んだ手帳のページを破いて警官に渡した。「わかりました、調べてみましょう。但し、あなたの疑いが晴れてからですが。」 この期に及んで、まだ自分を疑っているのかーリヒャルトは、今にも全てを焼き尽くすほどの激しい怒りの炎が、身体の奥底から燃え上がるのを感じた。
2012年03月18日
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ミカエルの声がしたので、聖良は慌てて携帯を閉じた。するとまた携帯が鳴った。『ふふ、驚いた?何故僕が君の番号を知っているのか、知りたい?』「お前・・一体何が目的なんだよ!」『そう熱くならないでよ。電話じゃぁ話せない事もあるから、明日会わない?』「・・わかった。」罠かもしれないと思いながらも、聖良はミカエルと明日会う事を約束し、携帯を閉じた。ミカエルと会う事をリヒャルトに話そうかと思ったが、やめた。「セーラ様、もうお時間ですが。」ドアの向こうから苛々した様子のリヒャルトの声が聞こえた。今日は園遊会の招待状が何通か来ていて、そのうちの最初に出席する園遊会までもう時間がないのだ。「すぐ支度するから、待ってて。」聖良は慌ててクローゼットから用意されていたスーツを取り出して着替え、バッグに携帯と財布を入れて部屋を出た。「お待たせ。何処かおかしくない?」「大丈夫ですよ。さぁ、参りましょうか。」リヒャルトはそう言うなりさっさと廊下を歩いて行った。聖良は早足で彼の後を追いかけて行った。「さっき、エリザベス様と何をお話ししていらしたのですか?」「色々と。日本に居た時の事とかをちょっとね。」「まだ日本が恋しいですか?」「まぁね。俺の第2の故郷だし。」リヒャルトはスーツの内ポケットから1通のエアメールを取り出した。「あなた様のお義父様からです。朝食の後渡そうと思いましたが、お話し中でしたので。」「ありがとう。」リヒャルトから養父の手紙を受け取ると、封筒を開けて読み始めた。「何と書いてあるのですか?」「色々・・孤児院の閉鎖は来年になるって。それと今年のクリスマスに一緒に過ごせなくて寂しいって。クリスマスかぁ・・もうそんな季節になったんだ。」「もう11月の半ばですからね。もうすぐ最初の目的地に着きますから、降りる準備をしてください。」「わかった。」最初の目的地であるK公爵邸に着くと、そこには既に大勢の客が集まっていた。「セーラ皇太子様、ようこそいらっしゃいました。我が家自慢の庭をじっくりとご覧になってくださいませ。」ホステスとして園遊会を取り仕切っているK公爵夫人は、そう言って聖良とリヒャルトに微笑むと、忙しそうに会場の向こうへと歩いて行ってしまった。「何だか愛想が無いなぁ・・」「夫人はお忙しいのですよ。客がこんなに大勢居ては、色々と大変なのでしょう。」リヒャルトはボーイが運んでいる盆からシャンパンを受け取ってそれを飲みほした。「食べ物を少し取って参ります。」「わかった、ここで待ってる。」リヒャルトが食べ物を探しにビュッフェテーブルへと向かった後、1人のボーイが聖良にカードを手渡した。「これはどなたから?」「それは存じ上げませんが・・必ず皇太子様にお渡しするようにと言われましたので。」「ありがとう。」ボーイが立ち去った後、聖良はそっとカードを開いた。“いつもお前の事を見張っているぞ。”血文字で書かれた不気味なメッセージを見た聖良は身の危険を感じ、ビュッフェテーブルへと走った。後少しでビュッフェテーブルに辿り着こうとした時、背後から何者かに殴られ、聖良は気絶した。にほんブログ村
2012年03月18日
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気まずい朝食の後、エリザベスが聖良の部屋を訪れた。「皇太子様、昨日は心配してくださってありがとう。」「いいえ。それよりももうすぐ誕生日なんですね?」「ええ・・でも、お父様達はわたしの誕生日など忘れてしまっているわ。」「そんな事ありませんよ。きっと覚えていらっしゃる筈です。」聖良はそう言ってエリザベスを慰めた。朝食の様子からみて、彼女は長い間孤独に耐えてきたのだろう。弟の事しか考えていない両親と兄に囲まれて。「皇太子様、わたしね・・弟のように愛されたかった・・いつも家族の中で置き去りにされて、寂しかった・・だから、弟のように病気になれば、お父様達はわたしを愛して下さるかと・・」「そんな考えは間違っています。わたしは日本の孤児院で育ちましたが、そこでは健康な子も、病気の子も分け隔てなく院長先生は愛情を注いでいました。」「皇太子様は、日本の孤児院でお育ちになられたの?」エリザベスが驚きで目をぱちくりさせながら聖良に言った。「お兄様から聞いていませんでしたか?わたしはローゼンシュルツ王国の皇太子でありながら、日本人神父の養子となって日本人として暮らし、警察官として今まで過ごしてきました。自分の出生の秘密を知ったのは、ついこの間です。」それまで日本人として過ごしてきた聖良は、自分が一国の皇太子であることなど知る由もなかった。だがあの3年前の悪夢に未だ苦しめられている時、リヒャルトから出生の秘密を知らされ、運命の歯車が静かに廻り始めた。これから何が自分を待ちうけているのかがわからない。(ミカエルは、何故俺を憎んでいるんだ?)冷たい炎を瞳に宿した自分と瓜二つの容貌を持った青年の姿が脳裏に浮かび、聖良は恐怖で身震いした。あの男がいつ自分の命を狙っているのかがわからない今、余り外出しない方がいいだろう。もし外に出たら、彼は自分の頸動脈に嬉々として喰らいつくだろう―「皇太子様、どうされました?」ふと我に返ると、心配そうな表情を浮かべたエリザベスが聖良の顔を覗き込んでいた。「・・何でもありません。少しボーッとしてしまって・・すいません。」「いいえ、わたしの方こそ。わたしの下らない話で皇太子様のお時間を取らせてしまって、申し訳ないと思っておりますわ。」「そんなに自分を卑下しないでください。わたしは余り日本に居た時のことを他人に話した事がないので、少し昔の事を思い出してしまっただけです。」「皇太子様は、日本に居た頃と今とでは、どちらが幸せだと感じられますか?」エリザベスの問いに、聖良は答えに詰まった。「今の方がいいと言えば嘘になります。日本に居た頃は今とは違って何も考えずに楽しく毎日を過ごしていましたけど、今は背負うものが沢山ある。広大な国土と、わたしの帰りを待ってくれる国民、そして皇太子の責任と義務・・自分が何故一国の皇太子なのかと考えたことが何度かありました。けれども、運命の歯車から逃れない。」聖良はそう言って首に提げている短剣を取り出した。ローゼンシュルツ王国王位継承権の証を持っている限り、もう昔には戻れない。後ろを振り返らずに、ひたすら前に突き進むしかない。「今日はお話を聞いてくださってありがとうございました。」「こちらこそ、楽しい時間を与えてくれてありがとう。また、お話しましょう。」笑顔で部屋から出てゆくエリザベスを見送った後、聖良はソファに横たわって溜息を吐いて、目を閉じた。何時間か眠った後、携帯の着信音で聖良は目が覚めた。(誰からだろ?)携帯を開いて液晶画面を覗くと、「非通知」となっていた。出ていいのかどうか迷ったが、電話の相手が知りたくて通話ボタンを押した。「もしもし?」『やぁ、愛しのドッペルゲンガー君。』にほんブログ村
2012年03月18日
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「シャーロックさん、ちょっとお話してもよろしいでしょうか?」昼食の前に、聖良はシャーロックを書斎へと呼び出した。「お話とは、何でしょうか?」シャーロックはそう言ってチンツ張りの椅子に腰を下ろした。「エリザベスさんのことなんですが、彼女はあなたやご両親が弟さんの看病にばかり懸りきりになって、その所為で彼女が深い孤独を抱えているのではないのですか?」「エリザベスは・・妹は手がかからない子だと昔から両親は言っていました。それに、妹は弟の事で良く我慢してくれています。そんなことは、ありえません。」シャーロックは聖良の言葉をきっぱりと否定した。「それはあなたの思い込みです。エリザベスさんはあなた達の前では辛い顔を見せないかもしれない。でも、あなた達の見えないところで彼女は独りで苦しんでいるんだと思うんです。」「他人の家庭の事情に口を挟まないでいただきたい。妹はあなたがおっしゃっているように孤独を抱えていません。」「ですが、手遅れになる前に・・」「あなたに我が家の何が判ると言うのですか?弟は今必死に病気と闘っているんです、わたし達家族が我慢しないで一体誰が弟を支えてやるというのですか?もう不愉快極まりないお話はこれ以上しないでいただきたい!」シャーロックはきつい口調でそう言い放つと、椅子から荒々しく立ち上がり、書斎から出て行った。一人残された聖良は、呆然とした様子で目の前でドアが閉まるのを見ているしかなかった。「我が家の何が判るのか、か・・確かに、シャーロックさんの言う通りかもしれないなぁ・・」聖良は溜息を吐きながら、ソファから立ち上がった。「セーラ様、こんなところにいらしたのですか。」リヒャルトがそう言いながら書斎に入って来た。「先ほどシャーロック様が険しい顔をされて廊下を歩いておりましたが・・一体彼と何があったのですか?」「実は・・」聖良は先ほどエリザベスの話をしてシャーロックと口論した事をリヒャルトに話した。「そうですか・・エリザベス様が・・」「俺、日本では孤児として育てられてきたから、何となく判るんだよね。養父が他の子を可愛がったりしていると嫉妬したり、寂しい気持ちになったり・・何度かそういう気持ちになったことあったから。」「エリザベス様は深い孤独を抱えていらっしゃるんですね・・ガブリエル様も。」「ガブリエルはご両親やお兄さんに大事にされてる。けどエリザベスさんは、家族の中で1人だけ浮いているような気がするんだよね。」「これから昼食の時間ですね。エリザベス様の事について、ミルトネス伯爵夫妻にも話をなさった方がよろしいかと。」「そうだね。」聖良とリヒャルトが書斎を出てダイニングに入ると、シャーロックが険しい表情を浮かべながら聖良を睨んだ。エリザベスの席を聖良が見ると、彼女の席は空いていた。まだ体調が優れずに、部屋で1人昼食を取っているのだろうか。「エリザベスは何処に居るんだ?」「あの子なら、またお部屋で昼食を頂いておりますよ。暫くは一緒に食事をしたくないんだそうです。全く、ガブリエルが大変な時に、我儘もいい加減にして欲しいものだわ。」吐き捨てるような口調でそう言った伯爵夫人の言葉の端々には、棘が含まれていた。「お前の言う通りだ。エリザベスは一体何を考えているんだか。」ミルトネス伯爵夫妻とシャーロックがガブリエルの事で団結している中、エリザベスは深い孤独の中で苦しんでいることを、聖良は改めて知った。それと同時に、3人と聖良との間に、深い溝が出来始めていた。にほんブログ村
2012年03月18日
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「お兄様、お帰りなさい。」シャーロックが溜息を吐きながら紅茶を飲み、スコーンを齧っていると、ダイニングにエリザベスが入って来た。「ただいま。こんな遅くまで起きていたのか?」「ええ、お兄様が帰って来るの待っていたのよ。今日は何処に行っていたの?」「ガブリエルの所だよ。」兄の口から弟の名前が出た途端、エリザベスの表情が急に強張った。「そうなの・・」「エリザベスもガブリエルの所にお見舞いに行ったらどうだ?あいつ、姉様に会いたいって言ってたし。」「わたし、行かないわ。もうすぐ大事な試験があるんだもの。」「そうか。余り無理しないようにな。」「わかったわ。お休みなさい、お兄様。」「おやすみ。」シャーロックは妹の頬にキスをした。エリザベスはダイニングを出て部屋に入り、試験勉強を再開した。だが弟の事ばかり考えていて、勉強に集中できなかった。生まれつき病弱なガブリエルの看病に両親や兄はかかりきりとなり、いつも自分は幼い頃から蔑ろにされてきた。誕生日は盛大に祝って貰えるが、家族で過ごすクリスマスや感謝祭の際は両親や兄は弟の病室で一緒に過ごし、自分は広いダイニングでご馳走を食べながら3人の帰りを夜遅くまで待っていた。エリザベスは両親や兄の愛情を一身に受ける弟が憎かった。「あなたは五体満足に産まれて、病気や怪我ひとつもせずに育ってくれて良かったわ。神様は何故ガブリエルに意地悪をされたのかしら?」母はそう言って病弱なガブリエルの身体を嘆いていた。父は仕事に忙しく、家庭をあまり顧みない仕事人間だったが、ガブリエルのことになると、手術や検査の前には必ず彼に付き添い、彼の病気を治す名医の元を訪れたりした。兄は時間があったら遠く離れた病院へ弟を見舞いに行き、食卓ではいつも弟の話ばかりしていた。その中で、エリザベスは孤独な心を抱えながら3人の話に相槌を打ち、耳を傾け、愛想笑いを浮かべながら聞いていた。いつもガブリエルの事を憎み、恨みながら。(何故わたしはお父様やお母様、お兄様に愛されないの?ガブリエルばかり、どうして愛されるの?)エリザベスはベッドに横たわり、声を押し殺して一晩中泣いた。翌朝、聖良とシャーロックがダイニングに入ると、そこにはエリザベスの姿は見当たらなかった。「エリザベスさんは?」「妹は体調が優れないとかで、部屋で朝食を取っております。」朝食後、聖良はエリザベスの部屋のドアをノックした。「エリザベスさん、いらっしゃいますか?」「皇太子様ですの?何かご用かしら?」「体調が優れないとシャーロックさんから聞いたものですから・・心配になって来てみました。」「嬉しいわ。あの人達はわたしのことなんか気に懸けやしないから。」乾いた笑い声とともにドアが開き、エリザベスが聖良を部屋に招き入れた。部屋の中にはスナック菓子の袋が机の近くに山のように積まれていた。「あのお菓子は・・」「寂しくなるとつい食べてしまうの。特に、ガブリエルの検査や手術の前は。」エリザベスはそう呟くと椅子に腰を下ろし、スナック菓子の袋を開けてポテトチップスを頬張りながら、昨夜中断していた試験勉強を再開した。聖良は深い孤独を抱えているエリザベスの姿を見て声をかけようかと思ったが、安易に深入りするのは失礼だと思い、声をかけずに部屋から静かに出た。 聖良が部屋を出た後、エリザベスは浴室に入って先ほど食べたポテトチップスを便器の中に全て吐き出し、嗚咽した。にほんブログ村
2012年03月18日
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「皇太子様は、わたくしのことがお嫌いなの?」ショックで唇を震わせながら、麗華はそう言って聖良を見た。「そういう事で言ったわけではありません。あなたとは関わりたくないと思ったから申したまでです。」「それはわたくしのことが嫌いだと、はっきりおっしゃっているようではありませんか。わたくしは皇太子様の事を諦めませんわ、絶対に!」麗華はキッと聖良を睨みながらそう叫ぶと、大学寮の中へと入って行った。彼女を追いかけようと思ったが、疲れていたので聖良は携帯でタクシーを呼んでミルトネス伯爵邸へと戻った。「パーティは如何でしたか?」ダイニングに入ると、そう言ってシャーロックが聖良に微笑んだ。「パーティーといっても、顔を出す位でしたから、そんなには・・それに、招待して下さった方の事は余り好きではないので・・」「レディ・レイカはあなたの事を大層ご執心だと聞いておりましたが、あなたにはその気がないのですね?」「ええ、寧ろ彼女のような女性は苦手です。押しが強すぎるというか・・自己中心的というか・・」聖良が溜息を吐きながらスコーンを摘んでいると、メイドが慌ててダイニングに入って来た。「シャーロック様、女性の方が皇太子様とシャーロック様にお会いしたいとおっしゃっておられるのですが・・」「その方はどんな方だ?」「ロンドンから来たとおっしゃって、赤いドレスをお召しになっておりました。」「・・そうか、ではお通ししなさい。5分だけ話すと伝えておいてくれ。」「かしこまりました。」数分後、麗華がダイニングに足音荒く入って来た。「皇太子様、さっきのパーティーでの事、やはり納得がゆきません。わたくしの何処に落ち度があるというのです?一体何をお考えなのですか?」「それはさきほど申した通りです。あなたには興味がないと、はっきり申した筈ですが?」「それはわたくしに婚約者がいるからということですの?ならばあの方との婚約は白紙に戻しますわ。はじめからあの方とのご縁談は、閨閥作りの為の結婚でしかなかったのですもの。警察官僚の妻よりも、わたくしはローゼンシュルツ王国皇太子妃の方が良いですわ。」そう言った麗華の瞳には、激しい欲望が宿っていた。いずれは一国の王妃となるという欲望が。「あなたはわたしよりも、ローゼンシュルツ王国皇太子妃という身分が欲しいのですね?」「わたくしの望みは、ロイヤルファミリーの一員になることです。それ以外の望みはありませんわ。」麗華の言葉を隣で聞いていたシャーロックは、苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。「もう5分経ちましたので、お帰り下さい。今のお言葉を聞いただけで、あなたのわたしに対するお気持ちがわかりました。」「ですが、まだお話しは終わっては・・」「どうぞ、お帰り下さい。」慇懃無礼にそう言い放つと、聖良はダイニングから出て行った。「シャーロック様、皇太子様にわたくしとの事を考え直していただくようにおっしゃってくださらないこと?」「申し訳ございませんがレディ・レイカ、わたしはあなたのプライベートに於いては何の役も立ちません。」シャーロックは冷たい口調で言うと、傍に控えていたメイドに声をかけた。「お客様のお帰りだ。慎重に玄関まで送るように。」「かしこまりました。」麗華は憤怒の表情を浮かべながらシャーロックを睨みつけた後、ダイニングから出て行った。「・・全く、あんな女性がいるなんて信じられないや・・」シャーロックは溜息を吐いてそう呟くと、紅茶を一口飲んだ。にほんブログ村
2012年03月18日
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シャーロックと共に、聖良はロンドン市内にある病院を訪れた。「本日は忙しい中、わざわざ来ていただいてありがとうございました。」「いいえ・・」「弟の病室はこちらです。」長い廊下のつきあたりに、シャーロックの弟の病室があった。「ガブリエル、入るよ?」「シャーロック兄様なの?」病室の中からか細い声が聞こえた。「ガブリエル、今日は兄様が大切なお客様を連れて来たよ。」弟に微笑みながら病室に入ったシャーロックは、そう言って聖良を弟に紹介した。「皇太子様、初めまして。ガブリエル=ミルトネスです。」ベッドの上でコバルトブルーの瞳を輝かせながら、ガブリエルは憧れのセーラ皇太子に挨拶した。「初めまして。」聖良はそう言ってガブリエルに微笑み、優しく手を握ってくれた。「またお時間があれば、弟に会ってやってください。」聖良と共に弟の病室を後にしたシャーロックは、そう言って聖良を見た。「今は忙しくて中々自分の時間がとれませんが・・何とか時間を取って会おうと思います。」「そうですか・・弟が喜びます。これであの子の病状が良くなるといいんですが・・」病院内のカフェテリアで、シャーロックは椅子に腰を下ろしながら溜息を吐いた。「弟さん、何処が悪いんですか?」「生まれつき心臓が悪くて・・産まれてから一度も病院の外に出たことはありません。両親やわたしは弟の看病にかかりきりで・・妹の事は全く気にかけてませんでした。」聖良の脳裏に、ミルトネス伯爵家での最初の夕食の席で不機嫌そうな表情を浮かべた少女の姿が浮かんだ。「妹・・エリザベスには、随分と寂しい思いをさせました・・きっと弟にわたしを取られて悔しい思いをしてきたことでしょう・・」「そんな事ないと思いますよ。妹さんも、きっと解ってくれている筈です。」「そうですか・・そうなら、いいんですけど・・」その日、2人が病院を出たのは6時を過ぎた頃だった。「すいません、遅くまで付き合わせてしまいまして・・」「いいえ、俺は1人っ子で育ちましたから、何だかガブリエルが実の弟のようにあの子が見えてしまいました。弟さんのご病気、早く良くなるといいですね。」「ええ・・ところで今夜はパーティーに出席されるのでは?大学は何処に?」「少し顔を出す程度にしようかと思ってますから、長くはかかりません。」聖良はそう言って招待状に書かれた大学の住所を見せた。「では、わたしはここで。本日はお付き合いいただいてありがとうございました。」「こちらこそ、素敵な時間をありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい。」タクシーから降りた聖良は、パーティーが行われている大学寮へと向かった。パーティーは丁度始まった所で、学生達がシャンパンやビール、食べ物を盛った皿を片手に談笑していた。「あら、皇太子様、来て下さったのね。」数人の女子学生と談笑していた麗華が聖良の姿に気づき、彼の方へと駆け寄って来た。「麗華さん、少し静かな所で話せませんか?」「ええ、いいですわよ。」外に出て、聖良は深呼吸をして麗華を見ながら言った。「麗華さん、今後このようなパーティーへのお誘いは一切しないでいただきたい。」聖良の言葉を聞いた麗華の瞳が、驚きで大きく見開かれた。「何故ですの?理由をおっしゃってくださいな。」「俺はあなたには興味はありません。ですからこのような場所に誘うのは、迷惑です。」言葉を継いで聖良は麗華を見ると、彼女はショックと怒りが綯い交ぜになったような表情を浮かべていた。にほんブログ村
2012年03月18日
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「麗華さん、どうして英国に?あなたは日本に居る筈じゃぁ・・」聖良は紅茶を飲みながら、麗華を見た。「現在、英国の大学に留学中ですの。溪檎さんはわたくしの我儘に付き合っていただいて、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)で研修中ですの。」「そうなんですか・・」聖良はちらりと麗華の隣に座っている溪檎を見たが、案の定彼は眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げていた。「皇太子様、この後何かご予定はありますの?」「本日は特に何も・・」麗華はバッグの中から1枚の封筒を取り出した。「わたくしの留学先の大学寮で、今夜7時からパーティーがありますの。よろしかったらいらっしゃってくだされば嬉しいんですけれど、如何かしら?」(嫌ですとは言えないな・・)「ええ、喜んで。」聖良がそう言って封筒を麗華から受け取ると、溪檎があからさまに不機嫌な表情を浮かべた。「あ~、疲れた・・」朝食後、聖良は部屋に戻り、ソファに横たわりながらそう呟いた。「お疲れ様です。あの方はどうやらセーラ様にご執心のようですね。」リヒャルトがマドレーヌを聖良に渡しながら、ソファの隅に腰を下ろした。「彼女とはあんまり会わないようにしようって昨夜決めたのに・・向こうが誘ってくるんじゃぁ断れないよなぁ・・」「体調が悪いとおっしゃればよろしいのでは?それか、今夜からの予定を今から入れましょうか?」「どっちも向こうの事嫌がってるのバレバレじゃん。今夜はパーティーに行って、そのあとはっきりと今後パーティーなどのお誘いはお断りいたしますと言うから、予定は入れなくていい。」「ですが、あちらがもし嫌だとおっしゃったら、その時は?」「その時は諦めるしかないな・・」聖良は溜息を吐きながら、マドレーヌを一口齧った。「麗華さん、皇太子様の何処がお好きなのですか?」麗華が聖良をパーティーに招待したことで不機嫌となった溪檎は、そう言って婚約者を見た。「皇太子様の何処が好きかなど、今はわかりませんけど・・あの方には何か惹かれるところがありますの。」「それが僕には無い訳ですか・・」「溪檎さん、嫉妬されてるの?可愛らしいこと。」麗華はふふっと笑いながら、ミルトネス伯爵家の長い廊下を歩き始めた。(この人と話していると調子が狂う・・一体何をお考えなのか、わからない・・)溪檎は溜息を吐いて、麗華の後を歩いて行った。「皇太子様、少しお時間よろしいですか?」渡英してからというもの多忙を極めた聖良はベッドで休んでいるところだった。ノックの音と共にミルトネス伯爵の嫡子、シャーロックの声がしたので彼はベッドから起き上がり、ドアを開けた。「今休んでいたところだけど・・何か話したい事でも?」「実は、僕の弟に会っていただきたいのですが・・」「あなたの弟さんに?弟さんがいらっしゃるのですか?」「ええ、弟・・ガブリエルは、産まれた時から入退院を繰り返してきて・・今は家族の元を離れてロンドンの病院で闘病生活を送っております。」「そうなんですか・・」「弟は皇太子様が我が家に来るのを楽しみになさっていて・・一度だけでも会って下さいませんか?」シャーロックの真剣な瞳に、聖良は彼の弟に一目会ってみたい気がした。「わかりました。これから支度します。」「そうですか、ありがとうございます。」聖良はシャーロックに微笑んで、ドアを閉めて身支度を始めた。「セーラ様、どちらへ?」「シャーロックさんと少し病院へ行ってくる。」「お気をつけていってらっしゃいませ。」にほんブログ村
2012年03月18日
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「麗華さん、こんな所にいらしていたのですか。」「溪檎様。」皇太子と良く似た女性を見かけた後、麗華は婚約者の方へと向き直った。「どなたと話をしておられたのです?」「セーラ皇太子様に良く似た方ですわ。もしかして皇太子様のご兄弟なのではないかと声を掛けましたけど、知らないとおっしゃって・・」「他人の空似とはよく言ったものですよ、麗華さん。その事は早く忘れて僕と踊りませんか?」溪檎はにっこりと笑って、婚約者に手を差し出した。「ええ、喜んで。」彼女は彼の手を握り、踊りの輪へと加わった。「会いたくない方とは、一体どなたとお会いしたのですか?」ミルトネス伯爵家へと戻るリムジンの中、ハイヒールを脱いで足をマッサージしている聖良に、そう言ってリヒャルトは疑問をぶつけた。「日本で籠城事件があっただろ?覚えてない?「マツヒサ事件ですね、覚えておりますよ。それが何か?」「あの時俺らと一緒に居た人質の中に、松久議員のお嬢さんがいてさ。俺、そのお嬢さんに夜這いをかけられたんだよね。」「それは、本当なのですか?」「嘘だったら話してないよ。俺が皇太子だと知ると、急に色仕掛けで俺に迫るようになったんだよ・・彼女には婚約者がいるのにさ。」「日本に居る筈の彼女が何故英国に?」「さぁ・・それは解らないな・・でも彼女が居るってことは、もう1人厄介な人物が居るってことだよな・・」聖良はそう呟いて、溜息を吐いた。何だか嫌な予感がする。あんなところで、日本に居る筈の麗華と再会するなど、思いもしなかった。籠城事件の後、聖良は退院してからすぐにリヒャルト達による“皇子様教育”を受けて忙しい毎日を過ごしていたので、麗華のことなど考える暇もなかったし、彼女の事は余り考えたくなかったので、次第に彼女の事は聖良の中で自然消滅しつつあった。余り嫌な事は考えたくないが、もしかしたら麗華は溪檎と共に英国に居るのかもしれない。婚約者がいる身で、彼女はまだ自分の事を諦めていないのだろうか。(さっきの事があるし、余り舞踏会とかそういう集まりに出るのは避けよう・・厄介な事が起きたら嫌だし。)「リヒャルト、俺明日から舞踏会とかそういう集まりには余り出ない事にしようと思うんだけど・・」「社交界の集まりを無視できませんよ。一国の皇太子となれば、尚更です。」「そうか・・」今後麗華と会わない事を願いつつ、聖良は帰路に着いた。自分の部屋に入るなり、聖良はベッドに身を横たえてドレスを着たまま寝た。「セーラ様、入りますよ?」ドアをノックしたリヒャルトは、中から返事がないので部屋の中に入ると、ベッドに着替えもせずに横たわる聖良の姿を見た。「起きてください、セーラ様。着替えを済ませてからお休みになってください。」リヒャルトがそう言って聖良を揺り起こすと、彼は不満そうに低く唸りながら目を開けた。「今夜は疲れてもう動けないのに・・」「せっかく用意したドレスが皺になってしまいますから、お早く。」化粧を落とし、夜着に着替えた聖良は再びベッドに横たわって目を閉じた。翌朝、あくびをしながらダイニングへと入って行くと、そこにはミルトネス伯爵家の者以外に、日本人のカップルが1組、聖良とリヒャルトの席の近くに座っていた。(うわ・・嫌な予感が的中しちまった・・)苦虫を噛み潰したような顔で聖良が椅子に腰を下ろすと、向かいに座っていたカップルの女―麗華がにっこりと自分に微笑みかけた。「お久しぶりですわね、皇太子様。」にほんブログ村
2012年03月18日
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「どうして僕が君が警官である事を知っているかって?君が日本にいた頃密かに君のことを観察していたからね。」ミハエルは驚愕の表情を浮かべている聖良に向かってそう言うと口端を上げて笑った。「君は僕と一度会った事があるのに、全く気付かなかったね。」「もしかして、あの時の・・」聖良の脳裏に、マンションでぶつかった男の姿が浮かんだ。「あなたが、俺の職場に爆弾を届けた犯人?」「それは違うな。まぁ、あの脅迫メモを寄越したのは僕だけど。爆弾はあのテロリストが用意したものさ。」ミハエルは聖良の方へと一歩ずつ近づきながら淡々とした口調で言った。「俺を狼に襲わせたのもお前だな?一体どうしてそんな酷い事を・・」「君が憎いからに決まっているだろう?だって君の所為で僕は一生日陰の身だからね。」ミカエルは冷たく光る蒼い瞳で聖良を睨みつけながら、舌打ちした。「僕は君によく似ているだろう?まるで鏡に映したかのように。何故だか知ってる?」聖良は静かに首を横に振った。「まぁ、その事はいずれ話す機会があると思うから、今ここでは話さないよ。これから僕は君を憎み続けるつもりだからね。」ミカエルは聖良に背を向けて、歩き始めた。「何なんだ、あいつ・・」意味深長な言葉を投げつけて自分から去っていくミカエルの背中を見つめながら、聖良はそう言って溜息を吐いた。(俺を付け回したり、憎んだりする理由は何なんだろう?ストーカーで粘着質な性格なのかな?でも俺、あいつに何かしたかな?)ミカエルに憎まれる理由を考えながら大広間へと戻ると、隅でロバートとシャーロックが何か熱心に話しこんでいる。(何話してんだろ?)好奇心に駆られた聖良は、そっと2人の方へと近づいて行った。「・・だから、諦めろって、シャーロック。皇太子様はお前の事を・・」「僕は真剣なんだ、ロバート。この想いは誰にも止められないよ。」「大火傷する前に諦めた方がいいぜ。」(大火傷?諦める?何話してんのかさっぱり分からねぇ・・)聖良は2人の元をそっと離れた。「セーラ様、ご無事だったんですね。」リヒャルトは聖良の姿を見ると、そう言ってほっと安堵の溜息を吐いた。「無事も何も・・フリーゼって人からは何も情報引き出せなかったよ。あと、ミカエルって奴、俺のストーカーで影武者だった。俺が日本にいる間、色々と俺の事を観察していたって。」「ミカエル様は、他に何とおっしゃってましたか?」「俺の事憎んでいるって言ってたけど・・俺、あいつに何か酷い事した?」「もしかすると、それは・・」聖良の言葉を聞いた途端、リヒャルトの顔が曇った。「何か知ってるの?」「いいえ・・それよりもセーラ様、もう用事は済みましたから、お暇いたしましょう。」「うん。」ドレスの裾を摘みながら、大広間を出ようとした聖良は誰かに腕を掴まれた。「あなた、少しお話ししたい事があるんだけれど、よろしいかしら?」振り向くと、そこにはあの籠城事件で何かと自分にモーションをかけてきた松久麗華が立っていた。(何でこんなところに彼女が!?日本に居るんじゃなかったのかよ!?)「何かしら?」「あなた、セーラ皇太子様とはお知り合いなの?」「い、いいえ。わたくし他に用事を思い出したわ、それでは御機嫌よう。」麗華の手を振り払い、聖良はそそくさと彼女の元から去って行った。「いかがなさいましたか、セーラ様?」「ちょっと会いたくない人に会った。」聖良はそう言って顔を扇子で扇いだ。(もう彼女とは関わり合いになりたくないな・・)にほんブログ村
2012年03月18日
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フリーゼは目の前に立っている女が父と敵対関係にあるローゼンシュルツ王国の皇太子だとは、俄かに信じられなかった。皇太子が舞踏会に出席するとミカエルから聞かされた時、皇太子は自分の事を心底憎んでいるに違いないと思っていた。「父が、国王陛下にした事は許されるべきではない。俺はここで父が今まで犯してきた罪に対して謝罪しようとも思わない。俺と父とは違う人間だ。」そう言って皇太子を睨みつけたが、彼はドア付近で立っているだけで、何も言わない。「皇太子様、あなたはわたしがテロリストの息子だからこの舞踏会でひと騒動起こそうとしているのだと思っているのでしょう?テロリストの子どもはテロリスト、そう思っていらっしゃるのでしょう?」「俺はそんな事は思ってなどいない。」聖良は扇子で顔を扇ぎながら言った。「あなたは誰かに命じられて、この舞踏会に来たのでしょう?」フリーゼはそう言って、聖良の反応を見たが、彼は何も動じない。「お前との話はこれまでだな、無駄足だった。」ドレスの裾を摘み、聖良は部屋から出て行った。その頃舞踏会が行われている大広間では、リヒャルトがシャンパンを飲みながら周囲を観察していた。長身で凛々しい軍服姿の彼は、何処に居ても目立っており、貴族や財閥の令嬢達が彼を品定めするように遠巻きに見ていた。(セーラ様は一体何処へ行かれたのだろう・・)先ほど大広間でフリーゼと踊っているのを見たが、飲み物を取りに行って戻った時には2人の姿はもうなかった。正体がバレてミカエルが雇った殺し屋に殺されたのだろうか?(無事で帰ってきてくださればいいが・・)聖良の事で気を揉んでいると、視線を感じてリヒャルトは隣を見た。「やぁ、奇遇だね。お前とこんな場所で会うなんて。」ワイングラスを優雅に掲げながら、ミカエルはそう言って笑った。「あなたは何故、舞踏会に・・」「おや、知らないのかい?ヘルネスト次期伯爵とは古い知り合いなのさ。僕は正式に招かれたゲストだから、ここに居てもいいのさ。お前とは違う。」「お言葉ですが、わたしも正式に伯爵家から招かれたゲストですよ。それよりもミカエル様、フリーゼは一体何処にいるんでしょうねぇ?先ほどからお姿が見えないのですが。」「僕が知っている訳ないだろう、あいつの秘書でも何でもないんだから。それより皇太子様のドレス姿は目を見張るほどの美しさだねぇ。彼が男である事が惜しいよ。」ミカエルはククッと笑いながらワインを一気に飲み干した。(こちらの動きは何でもお見通しですか・・侮れませんね・・)「リヒャルト、これだけは言っておくよ。僕の邪魔をしたら、お前と皇太子様を殺すよ。一度しくじったけれど、今度は必ず仕留めてみせるからね。」冷やかな炎を瞳に宿しながらミカエルはそう言って、リヒャルトから離れた。そんな彼の背中を見ながら、リヒャルトは溜息を吐きながら聖良の帰りを待っていた。(正体バラしたのはマズかったかな・・)大広間への階段へと繋がる長い廊下を歩きながら、聖良は溜息を吐いた。リヒャルトから聞かされたフリーゼのイメージは、父親に似て血も涙もないテロリスト、というものだったが、会ってみると彼は父親を憎み、テロリストの息子として迫害されることへの哀しみと苦しみを背負った、どこか物悲しげでクールな青年だった。テロリストの情報は彼から聞けなかったが、いずれまた会うことになるだろうから、その時また聞き出せばいいことだ。(ちょっと早まったことをしたかな・・)「久しぶりだね、セーラ。」階段を降りようとした時、聖良は誰かに声を掛けられて振り向いた。そこには、ミカエルが立っていた。「ミカエルさん・・」「君は警官の制服も似合うけど、ドレスも似合うね。」「どうしてそんなこと知って・・」にほんブログ村
2012年03月18日
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「俺はフリーゼ、あなたは?」「わたくしはエカテリーナと申します。」予めフリーゼと接触する際に名乗る偽名を使い、聖良はそう言ってフリーゼを見た。「国はどちらで?アクセントからすると、東欧出身のように思えますが・・」「ほぼ正解かしら。ロシア出身なの。」リヒャルトから叩きまれた嘘の設定をすらすらと述べた。「ほう、ロシア?どこのご出身ですか?」「サンクトペデルブルクですわ。フリーゼ様は一体、何処のご出身ですの?」「俺はローゼンシュルツ出身でね。父は世間からテロリストと呼ばれている男ですよ。」「まぁ・・」敵方の人間と接触できたことへの興奮を抑えながら、聖良は驚いた振りをしてフリーゼを見た。「エカテリーナさんのご両親は何をなさっておいでで?」「わたくし、産まれてすぐ両親を亡くしましたものですから、あまりよく覚えておりませんの。家族はサンクトペデルブルクにいる大伯母だけですの。その大伯母も亡くなりましたし。」「天涯孤独なのですか・・俺は父の他に妹が1人いますが、父の所為で妹と俺は毎日生き地獄でしたよ。22年前の内戦で母国内からは反逆者の子どもとして迫害を受け、英国で留学してもテロリストの子どもとして白眼視され、迫害を受ける・・何故俺はあんな男の息子として産まれたのかが嫌で嫌で堪りませんよ。」フリーゼは初対面の相手に、今まで誰にも話していなかった父に対する怒りの感情を勢いよく吐き出した。「今までお辛い思いをなさってきたんですのね・・解りますわ、その気持ち。」聖良はフリーゼに同情する振りをしながら、彼の手をそっと握った。「仮面舞踏会」が終わり、フリーゼはそっと聖良の手を離した。「つまらないことを色々とお話ししてしまい、申し訳ありませんでした。では、わたくしはこれで・・」「まだあなたとお話ししたいわ。ここでは人目がつきますし・・」何とかミカエルに見つからないように、フリーゼと2人きりで話さなければ―そう思った聖良は咄嗟にフリーゼの手を掴んで、大広間を出て2階へと向かった。階下の活気あふれる様子とは違い、伯爵家の者が使用する寝室や書斎がある2階は人気が全くなかった。聖良は適当に空いている部屋を開け、その中にフリーゼと共に入った。「こんな所に連れて来て、一体わたしに何の話がしたいのですか?」「少し、あなたのお父様のことをお話ししたいと思いまして。」「父のことはもう話した筈です。これ以上あの男を話すことなどありません。」「それが、わたくしにあるんですの、フリーゼ様。何故なら、あなたのお父様の所為でわたくしの父が散々苦しめられてきましたから。」聖良はそう言ってバッグの中から短剣を取り出した。「まさか、あなたは・・」「初めまして、フリーゼ様。わたくしはセーラ。ローゼンシュルツ王国皇太子です。」正体をバラすなとリヒャルトが舞踏会の前に口が酸っぱくなるほど言っていたが、正体を隠して彼とこれ以上接触するのは難しかった。「皇太子様が何故このような場所に?しかも女装をしてまで・・」「言ったでしょう、あなたのお父様について少し聞きたいことがあると。」「あなたは何をお望みですか、皇太子様?父の手下であるテロリストのアジトの居場所ですか?」ワルツを踊っていた時とは打って変わって、フリーゼは険しい表情を浮かべて聖良を睨んだ。「お父様に関する様々なことを。」反逆者の息子と王の息子。共に敵対する立場にいるフリーゼと聖良は、暫く互いを睨みつけ、静かに相手の出方を待っていた。にほんブログ村
2012年03月18日
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