FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 6
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
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火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
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FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
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火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
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火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 1
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火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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聖良はいままで自分が育った家を眺めていた。初めて自分が養父にここに連れてこられたのは、5歳の時だった。ここに来る前の事は全て忘れてしまい、思い出そうとしても思い出せない。自分を誰かから引き取り、実の子同然に育てた養父なら、何かを知っているかもしれない―聖良はそう思い、鉄製の扉を開けた。軋んだ音がして、扉はゆっくりと開き、聖良は中庭をゆっくりと眺めながら玄関へと向かった。「聖良ちゃんじゃないの?」薔薇の手入れをしていた職員の1人が、そう言って聖良に駆け寄った。「お久しぶりです。」「ほんとに久しぶりねぇ。あなたがここを出た時は、確か警察学校に入る前だったわよね?あれから10年くらい経ってるのよね。お仕事はどう?順調?」「ええ。少し厄介な事に巻き込まれてますけど。」「そう、警察は何かと大変よね。院長先生なら教会にいらっしゃるわよ。」「ありがとうございました。」職員に礼を言い、聖良はゆっくりと教会へと向かった。両開きの扉を開けると、夏の陽光を受けて美しく輝くステンドグラスが、聖良を迎えた。祭壇に向かって静かに祈りを捧げている長身の神父が、ゆっくりと振り向いて聖良に微笑んだ。「来ましたね。」「ただいま帰りました、お義父様。」黒のカソックを纏った神父は、聖良に駆け寄り、優しく彼を抱き締めた。「随分と長い間会っていませんでしたね。少し痩せましたか?」穏やかな口調でそう言った神父は、聖良を見た。「何かと仕事が忙しくて・・それに今、あることでマスコミに追いまわされて迷惑しているんです。」「マスコミに?」信徒席に腰を下ろした聖良は、溜息を吐いた。「はい・・数週間前、ある王国の大使と名乗る男が職場に来ました。その男曰く、俺が昔行方不明になった皇太子だと言って・・俺は俄かに信じられなかったのですが、ネット上の動画サイトに投稿されたある動画に、小さい頃の俺が映っていた写真があったんです。確か俺がここに来たのは5歳の頃でしたよね?もしかしたら神父様なら何かご存じじゃないかと思って・・」聖良の言葉を聞いた神父は、俯いて黙り込んでしまった。気まずい沈黙が、一瞬流れた。「・・あなたは、もし行方不明の皇太子が自分だと判ったら、どうするつもりですか?」「それは、まだ考えていません。」「ならば、あなたにまだ教えることはできません。人は過去があってこそ現在があり、未来がある。でも過去にいつまでも囚われては、前には進めません。あなたは失われた記憶を躍起になって取り戻そうとしても、そう簡単には戻れません。それに、あなたはわたしの大事な息子・・もうそのことは忘れなさい。」「ですが、お義父様、俺は・・」「焦ってはなりません、聖良。主はまだあなたが記憶を取り戻すことを望んではいないのです。主の仰せのとおりになさい。あなたはまだ、その時ではありません。」神父はそう言って聖良に微笑み、愛用している懐中時計を取り出した。「もうこんな時間ですね。お昼は食べましたか?」「いいえ。朝早くに来たので・・」「ではお昼を作るのを手伝ってくれますか?あなたが来ると思って、チョコミントアイスをデザートに買って来たんですよ。」神父はゆっくりと信徒席から立ち上がり、教会を出て行った。彼は自分について何か知っていて、それを隠している―聖良はそう確信しながら彼の後について教会を出た。聖良が教会を出て施設の方へと向かおうとした時、誰かの視線を感じた。だが大して気にも留めず、そのまま施設の中へと入って行った。「聖良・・やっと会えた・・」門の前で1人の青年がそう呟いてゆっくりとその中へと入って行った。「成程、そういうことか・・」青年の背中を少し離れたところから見送っていた溪檎は、そう呟いて愛車のところへと戻って行った。にほんブログ村
2012年03月07日
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少女の遺体を載せた救急車がサイレンを鳴らしながら遠ざかるのを見送りながら、黒いフードを目深に被った男はポケットから携帯電話を取り出し、雇い主に電話した。“もしもし?”「わたしです。獲物は仕留め損ねました。」一瞬、向こうが沈黙したのがわかった。“そうか・・お前という奴が獲物を仕留め損なうなど、珍しいな。”「申し訳ございません。獲物は金髪蒼眼だと聞いたものでして・・」“言い訳は聞きたくない。いいかネロ、必ずや皇太子を殺せ。奴はお前の近くにいることを忘れるな。”「わかりました、ボス。」男は携帯を閉じ、ポケットから獲物の写真を取り出した。そこには男の雇い主の部下が隠し撮りした制服姿の聖良が映っていた。(必ずこの手で仕留めてやるぞ、皇太子・・)空が徐々に白み始め、朝が来ようとしていた。「ん・・」カーテン越しに伝わる太陽の光で、聖良はゆっくりとベッドの中で起き上がった。久しぶりの夜勤で身体のあちこちが痛い。やっぱりもう年なのかと思いながら、聖良はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。コーヒーを淹れている間に簡単な朝食を作りながらテレビを見ていると、昨夜銀座の交差点で女性がトラックに撥ねられて死亡したというニュースがやっていた。“死亡したのは東京都内の高校に通う西崎歌奈さん・・”キャスターのナレーションと共に画面に少女の写真が映し出された。聖良はその写真を見て愕然とした。そこには昨夜、自分にカッターナイフで斬りつけた少女が映っていた。(彼女が・・死んだ?築地署を出た後に・・一体彼女に何が・・)作り終えた朝食をテーブルに置きながら、聖良は画面に映し出された少女の写真を食い入るように見つめていた。「マジかよ・・」その頃、新宿歌舞伎町に近いマンションの一室で、裕樹もそのニュースを見ていた。歌奈とは遊びのつもりで付き合ったつもりだった。だが彼女は本気で自分の事を愛していて、黒かった髪を金髪に染め、ブルーのカラコンを付け、外見だけは聖良に似せようと頑張っていた。しかし一度歌奈から離れてしまった心を彼女は繋ぎ止めることはできず、裕樹は歌奈が次第に鬱陶しくなり、一方的に別れを切り出した。その結果歌奈は聖良を襲い、警察署を出た帰りに命を落とした。(馬鹿な女だ。俺が遊びで付き合ってたのに、マジになりやがって・・)産まれた時から親に蔑ろにされ、その存在を常に否定され続けてきた裕樹にとって、自分の家庭を持つことなど露ほどにも思ってはいなかった。よく親から虐待された子どもはそれを反面教師にして生きるというが、それは一部の人間だけで、大半は親にされたように自分の子どもを虐待する方が多い。自分もその人間の1人だということを、裕樹はわかっていた。幸せな家庭など自分に作れるはずがない。だから歌奈から妊娠を告げられた時には戸惑いと怒りしかなかった。それか、歌奈が自分とヨリを戻したくて嘘を吐いているのではないか、という疑念しか湧かなかった。産まれてくる命への喜びなど、一切なかった。「俺はまともな人間じゃねぇんだから、親になんかなれやしねぇ・・」裕樹は乾いた笑い声を上げながら、コーヒーを飲んだ。その時頬に冷たいものが流れているのを感じた。それが自分の涙だと気付いた時、こんな冷血な自分でも元カノの死を悼む涙を流すことができるのかと、裕樹は思った。(俺はあいつのこと何とも思っちゃいなかったってのに・・あいつの死を悲しむことはできるなんてな・・おかしいよな・・)裕樹は自嘲の笑みを浮かべ、炎天下の街へと出かけて行った。その頃非番の聖良は電車を乗り継ぎ、あるところへと向かっていた。「久しぶりだな・・ここに帰って来るの。」煉瓦造りのカトリック教会の前には“白百合の家”という表札があった。にほんブログ村
2012年03月07日
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頬の傷を消毒すると、鋭い痛みが走った。聖良は顔を顰めながらそこに絆創膏を貼った。「大丈夫か?それにしても通報悪戯だったなんて、ふざけんなっつーの。」聖良をカッターで切りつけた女を取り押さえた鞆田は、溜息を吐きながら回転式の椅子に腰を掛けた。「あの女は?」「留置所に居るよ。彼女知り合いか?」「彼女とは初対面だ。通報者の方は?」「厳重注意をして帰した。今日は全くついてないなぁ。」数分後、築地署に裕樹が入ってきた。「何で裕樹が・・」「彼女の家族に連絡したんだけどさ、家族は娘を引き取りたくないって・・」「そうか・・」裕樹と女性の関係は分からないが、さっき彼に酷い事を言ってしまったことを後悔した聖良は、彼と顔を合わせるのは気まずかった。「聖良、どうしたんだ、その傷?あいつにやられたのか?」裕樹は部屋に入ってくるなり聖良に駆け寄った。「たいしたことはない。それにしても、あれは事故だったんだ。彼女を責めないでやってくれ。」「わかった。」裕樹はそう言って頷いたが、彼の顔は怒りに満ちていた。やがて鞆田が女性を連れて来た。その瞬間、裕樹が女性に掴みかかり、彼女の顔を平手打ちした。「よくも聖良を傷つけやがったな!ガキは認知してやるからどっかに消えちまえ!」「あたし、そんなつもりじゃなかったのよ・・ただヒロちゃんと一緒にいたくて・・」裕樹はスーツの内ポケットから封筒を取り出し、女性に叩きつけるように渡し、そのまま去っていった。「待ってよヒロちゃん、待ってよぉ・・」女性はしゃくり上げながら、床に蹲った。「彼女を頼む。」聖良は同僚の1人に声をかけ、署を飛び出して裕樹の後を追った。「裕樹、待ってくれ!」聖良が署を飛び出して裕樹を追いかけると、彼の姿はもう見えなくなっていた。「裕樹・・」溜息を吐きながら、聖良は署へと戻ろうとした。その時、誰かに見られているような気がして彼は振り向いた。だがそこには誰もいなかった。(気の所為か・・)あの女性はこれからどうするのだろうかと思いながら、聖良は署の中へと戻っていった。「あの女性は?」「さっき1人で帰って行ったよ。あの子妊娠してるんだろ?どう見ても10代みたいだし・・親は一体何してんだろ。」鞆田は溜息を吐いて自分の席へと戻って行った。築地署を出た女性―歌奈(かな)は涙を流しながら夜道を歩いていた。彼女は、裕樹の子どもを宿している。親に反発して家を出て路頭に迷って男達に絡まられているところを裕樹に助けられ、彼と一緒に暮らすようになった。だが幸せはあっという間に過ぎて、裕樹は歌奈を捨てた。歌奈は裕樹が自分を愛してくれていると思い込んでいた為、何度も裕樹とヨリを戻そうとした。だがある日、彼女は知ってしまった。裕樹が自分ではなく、あの金髪蒼眼の警官―自分がカッターで顔を斬りつけた警官を愛していることを。自分はあの警官の代用品に過ぎなかったのだ。今更親の元には帰れないし、裕樹にも頼ることが出来ない。一体これからどうやって生きていけるのだろうか。しゃくり上げながら歩いていると、誰かが自分をつけてきていることに気付いた。怖くなって必死に走ると、相手も走って来た。ピンヒールで速く走れないので、歌奈はヒールを脱ぎ捨てて裸足で走った。夢中に走っていると、彼女の視界が急に眩しくなった。それがトラックのライトだと気付いた時には、もう遅かった。彼女の身体は宙に舞い、アスファルトの地面に頭から叩きつけられ、力無く地面に転がった。「人が撥ねられたぞ!」「誰か救急車を呼べ!」トラックの運転手が降りてきて、顔面を蒼白にさせながら歌奈に応急処置を施した。歌奈は薄れゆく意識の中で、野次馬の中から1人の男がじっと自分を見つめているのに気がついた。黒いフードを目深に被った男は、舌打ちして闇の中へと消えていった。「・・男・・男を・・追って・・はやく・・」「大丈夫だ、もうすぐ救急車が来るから。」「お・・と・・こ・・」救急車のサイレンの音が徐々に近づいてきた。だが歌奈はゆっくりと死の淵へと沈んでいった。(ヒロちゃん・・)冷たくなった歌奈の身体を、救急隊員が遺体袋に包んだ。その一部始終を男は交差点から少し離れたビルの入り口付近でじっと見ていた。「失敗したか・・次は仕留めてやる・・」男は舌打ちして、闇の中へと溶け込んでいった。にほんブログ村
2012年03月07日
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聖良は夜勤前に仮眠室に入り、布団を頭から被って目を閉じた。目を開けると、そこはまたあの庭園の中だった。“この子をお願いしますね、神父様。”数日前に夢の中に現れた女性がそう言って、自分を愛おしそうに見つめた。『任せてください皇妃様、この子をわたしの命に代えても守り抜いてみせます。』50代前半と思しき神父が自分に微笑みながら言った。その神父は“白百合の家”の院長で、自分の養父でもある橘聖太だった。養父が何故こんなところにいるのか、聖良には全く理解できなかった。―おじさん、何処行くの?聖良はそう言って、養父の法衣の袖を引いた。『きみはこれからおじさんと一緒に日本に行くんだよ。日本に行って、おじさんと一緒に暮すんだ。』―にほんって、いいところ?そこではだれもころされない?無邪気な質問をすると、養父は眉を顰めて悲しそうな表情を浮かべていた。『日本はとってもいい所だよ、きっと気に入るよ。』自分に笑顔を浮かべた養父は、そう言って幼い自分を抱きあげて、庭園を出て行った。そこからの記憶が一切ない。あの女性が誰なのかが全く思い出せない。ただ憶えているのは、庭園を出た時にあの女性が涙を浮かべて自分を見ていたことだけだ。何故あの女性は泣いていたのだろう?「橘、橘、起きろ!」誰かに身体を強く揺さぶられ、聖良はゆっくりと目を開けた。「もう夜勤始まってるぞ。」同僚の鞆田がそう言って仮眠室を出た。眠い目を擦りながら、聖良は仮眠室を出て行き、自分の席に着いた。夜勤組は自分と鞆田の他20人近くいた。書類仕事をしながら、聖良はこめかみを擦った。「まだ眠気飛んでないのか?」「うん、変な夢、見ちゃったから。」「変な夢?」「夢の中では、俺どっかのお城にある庭園にいてさ・・」聖良が夢のことを同僚に話そうとしたとき、デスクに備え付けられていた電話が鳴り響いた。「こちら築地署です、どうされましたか?」『あの、女性が倒れてるんです。苦しそうにお腹押さえながら・・救急車呼んだほうがいいでしょうか?銀座の交差点の近くです。』「すぐ行きますから。」聖良は同僚と共に銀座の交差点へと向かった。そこには腹を押さえて蹲っている女性がいて、通報者と思しき女性がおろおろした様子で辺りを見渡していた。「大丈夫ですか、どうされました?」聖良が蹲っている女性の方に近寄り、彼女に声を掛けると、女性はチラリと彼を見た。「・・あなたが、あの金髪のお巡りさんね。あたしのヒロちゃんを奪った・・」女性はボソリと聖良にしか聞こえない声で呟いた。「え?」次の瞬間、聖良は頬に鋭い痛みを感じた。「ヒロちゃんを返せぇぇっ!」女性は鬼女のような恐ろしい顔をしてカッターナイフを振り回し始めた。鞆田が彼女から凶器を取り上げ、取り押さえようとしている。頬の傷を押さえ、顔を上げると、通報者の女性と目が合った。彼女は口端を上げて笑みを浮かべた。その時初めて、彼女達に嵌められたのだと気づいた。「あたしのヒロちゃんを返せぇぇっ、この泥棒猫ぉぉっ!」女性の絶叫が、銀座の空に木霊した。にほんブログ村
2012年03月07日
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画面に映っていたのは、性描写が激しい官能小説だった。その小説には何度も自分の名前が出てきていることに、聖良は愕然とした。一体誰が、何の目的でこんなものを書いてネット上に公開したのだろうか?「この小説に書かれていること、本当なのか?今ネット上で話題になってるぞ。」「こんなの嘘っぱちだ!誰かが書いた想像の産物だよ、こんなもん!」聖良はそう言ってラップトップを閉じた。「このブログ運営してるやつ、もしかしたら昨夜会った奴じゃね?お前に袖にされたこと恨んでこんなことしたのかも・・」「裕樹が・・」昨夜自分にしつこく絡んできた裕樹に対して、冷たく彼を拒絶した。そのことで彼に逆恨みされたのだろうか?だがこんなやり方は卑劣極まりない。一体裕樹は、自分の何が気に入らないのだろうか。「聖良、今頃俺の事怒ってるかな・・」パソコンの前で裕樹はそう呟いてほくそ笑んだ。ブログに載っていた官能小説の所為で、聖良は同僚達からは変な目で見られ、上司には睨まれ、パトロール中には誰かが自分を見て笑っているのではないかと思い込み、頭が変になりそうな1日だった。「大丈夫か、聖良?今日夜勤だろ、無理しない方がいいぞ。」知幸が私服に着替えながら聖良を心配そうな顔で見た。「大丈夫。もうあの小説の事は気にしてないから。今度書いてるやつと対決しようと思ってる。」「そっか。でも気をつけろよ、あいつキレると何するわからなさそうな奴っぽいから。」知幸は聖良の肩を叩き、更衣室を出て行った。(今の内に仮眠でもしておこうかな・・)仮眠室へと向かおうと更衣室を出ようとした時、聖良の携帯がロッカーの中から鳴り響いた。(こんな時間に一体誰だろ?)聖良はロッカーを開け、携帯を掴んだ。液晶画面には、知らない番号が映っていた。「もしもし?」“聖良、やっと携帯に出てくれた。”裕樹の声を聞いた途端、携帯を床に叩きつけたくなった。「お前だな、ネット上にあんな小説書いたの。一体何のつもりだ!?」“俺はお前に振り向いて貰いたかっただけさ。今お前の職場の近くまで来てる。外に来いよ、少し話したいことがある。”聖良は溜息を吐いて、築地署を出た。「裕樹、何処に居る!?」「そんなに大声出さなくても聞こえてるぜ。」路地裏から裕樹が姿を現しながら言った。「話したいことって何だ?」「なぁ、お前彼女居るの?」「居るわけないだろう。それがどうかしたのか?」「じゃあ彼氏は?昨夜居酒屋で飲んでいた奴とは、どういう関係なんだ?」「あいつはただの同僚だ。そんなこと聞く為に俺を呼び出したのか?俺だって暇じゃないんだ。」聖良は裕樹に冷たく言い放ち、彼に背を向けて築地署へと戻って行った。「俺はずっと待ってるよ、聖良・・お前が俺を見てくれる、その日まで。」遠ざかる聖良の背中を見送りながら裕樹はそう呟いた。新宿の店に行くと、前付き合っていた女が自分を待ち伏せしていた。「店には来るなって言っただろ?しつこく付き纏うんじゃねぇよ、ウゼエ女。」そう言って店の中に入ろうとすると、女が自分の手を掴んだ。「今日産婦人科行って来たの・・そしたら・・」「俺はガキなんて要らねぇ。産みたかったら1人で育てな、認知くらいしてやるから。」「そう言うと思ったわよ。あんたはいつも、あの金髪のお巡りさんのことばっかり見てるもんね!」女は目に涙を溜めながら走り去って行った。「そうだよ、文句あっか。」一服して、裕樹はゆっくりと店の中へと入って行った。にほんブログ村
2012年03月07日
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「お前、こんな時間まで飲んで仕事はどうした?それに彼女だってお前の帰り待ってるんだろう?」「女なんかいやしねぇよ。俺は死ぬまで1人で生きてくんだ。」残っていたビール瓶ごとビールを飲み干すと、裕樹は虚ろな目をして聖良を見た。「なぁ聖良、お前どうして警官になっちまったんだ?給料安いうえにコキ使われるし・・碌な仕事じゃねぇのに。俺とホストやってりゃぁ毎日楽しく過ごせるのによ。」「警官になったのは、少しでもこの街の役に立てればいいと思ったからだ。それに俺にホストは向いてない。お前とは違うんだ。」「・・いつもお前はそう言うよな、上から目線でよ。」泥酔した裕樹はしつこく聖良に絡み始めた。「お前はいいよな、いつも皆から頼りにされて、優しくされて、好かれて、愛されて・・親から捨てられた俺とは違ってさ!」「そんなつもりで言ったわけじゃ・・」「謝ってももう遅いんだよ。お前なんか大嫌いだ。」裕樹はテーブルから立ち上がり、個室を千鳥足で出て行った。「ごめんな、不快な思いさせちゃって・・」聖良はそう言って俯いた。「呑み直そうぜ。それにしてもあいつ、何だかお前のこと好きみたいだな。」知幸は足音荒く居酒屋を出て行く裕樹の背中を見送りながら、ユッケを摘んだ。「何処が?あいつ、俺の事絶対嫌ってると思う。」「鈍いな、お前って。」知幸はボソリと呟き、ビールを飲んだ。「畜生、聖良なんか大嫌いだっ!」帰宅した裕樹は、パソコンに向かって鬱憤を晴らすかのように、キーボードを激しく叩いた。ワードの白い画面が次々と黒い文字で埋まっていく。裕樹の脳裏には、初めて聖良と出逢った時のことが浮かんだ。裕樹の母親は裕樹の誕生を望まず、中絶しようとしたが機会を逸して裕樹を産んだ。3歳の頃、両親から虐待され、更に預けられた親戚からも虐待を受け、見兼ねた近所の住民が警察に通報し、裕樹は児童相談所に一時的に預けられ、最終的に“白百合の家”に預けられた。その頃には裕樹は完全に人間不信になってしまっていた。全身には煙草を押しつけられた跡と、熱湯のシャワーを毎日浴びせられたことによるケロイドが残り、顔の左半分には大きなケロイドが残った。心身ともに深い傷を抱えた裕樹は誰とも打ち解けず、院長や施設の職員達にも反抗的な態度を取り、自分の殻に閉じ籠った。やがて施設の子ども達は裕樹を怖がり、彼はいつも1人でいることが多くなった。そんな中、唯一声をかけてきたのが聖良だった。“ねぇ、一緒に遊ぼう。”冬の陽光に照らされて美しく輝くブロンドの髪をなびかせた聖良の姿が、裕樹には太陽に見えた。その瞬間から、裕樹はずっと聖良に恋心を抱いていた。いつかその想いが聖良に届くと思った。だが鈍感な聖良はちっとも裕樹の想いに気付く様子もなく、私立の男子校に進学し、高校卒業と共に警察学校へ入学し、施設を出て行ってしまった。聖良という太陽を失った裕樹の生活は、荒れる一方だった。職を転々として、今は新宿でホストをやりながらなんとか生活してゆける状態だった。(畜生、なんであいつは俺の事を見てくれねぇんだ・・俺はこんなにもあいつのことを愛してるのに!)あの日、自分の心を優しく照らしてくれた太陽の輝きを取り戻す為に、裕樹はある事を企み始めた。いつか聖良が自分を見てくれると信じて。翌朝二日酔いに苦しみながら聖良が築地署に出勤すると、同僚の視線が全身に絡みついた。「どうしたんだ?」「聖良、これ見ろよ。」そう言って知幸が見せたラップトップの画面には、とんでもないものが映っていた。にほんブログ村
2012年03月07日
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「え・・」子どもの言葉を聞いて唖然としている聖良を、いつの間にか大勢の老若男女が取り囲んでいた。「お母さん、この人が僕達の皇太子様だよ!」さっきの子どもが聖良を指さしながら叫んだ。「本当だ、皇太子様だ!」「生きておられたのか!」「ありがたや、ありがたや・・」周りの者が次々と自分に跪き始めた。「人違いです。」聖良はその場から逃げ出した。「お待ちくだされ、皇太子様!」「どうか、わたしたちを救ってください!」「皇太子様~!」追いかけてくる人々をやっとのことで撒いた聖良は、路地裏でほっと溜息を吐いた。「人違いだって言ってんのに・・」昨日会ったあの大使も、さっきの人達も、自分を失踪した皇太子だと思い込んでいる。あの動画の所為で、浴びたくもない注目を浴びてしまう羽目になってしまった。静かに暮らしたいだけなのに、何故誰も自分をそっとしてくれないのだろうか。「俺、これからどうなんの・・」溜息を吐いて路地から抜け出そうとしたとき、誰かに背後から抱き締められた。「警官の制服も似合ってるが、ドレス姿の方がお前にはお似合いだぜ、お姫様。」タバコの吸い過ぎでハスキーになった声を聞いた瞬間、聖良は振り向いた。「裕樹・・」「久しぶりだな。」そう言って裕樹は聖良の腰に手を回した。癖のある黒髪を肩まで伸ばし、前髪を垂らして高級ブランド物のスーツを着ている裕樹は、かつて共に“白百合の家”で過ごした時よりも危険な香りがした。「髪切っちまったんだな、勿体無いことしやがって。俺の椿姫は何処行っちまったんだ?」裕樹の手が次第に聖良の内股へと伸びようとしていた。「裕樹、用がなかったら離してくれ。」「いいだろ、触っても減るもんじゃねぇし。なぁ聖良、お前ますます綺麗になったな。」裕樹はクスクス笑いながら聖良の耳に息を吹きかけた。「・・いい加減にしろっ!」聖良は裕樹の無防備な鳩尾に肘鉄を食らわし、路地から出て行った。「つれねぇなぁ・・ま、これから落としていくか・・」裕樹は口端を歪めて笑みを浮かべ、雑踏の中へと消えて行った。「ただいま戻りました。」「随分遅かったな、橘巡査部長。今までどこをほっつき歩いていた?」築地署に戻ると、直属の上司である西山則之警部補がジロリと聖良を睨んだ。「申し訳ありません。最近近辺で変質者がいるという情報を受けましたので、パトロールを念入りにしていたら、遅くなっておりました。」「・・そうか。」西山はブスッとした表情を浮かべながら、パソコンに向かった。「お前、ここ来てから世渡り上手くなってきたな。」自分の席に戻ると、知幸がそう言って聖良の肩を叩いた。「今日さぁ、幼馴染に迫られたんだよ、パトロール中に。」終業後、知幸と連れられて入った居酒屋の個室で、聖良はそう言ってジョッキの中のビールをひとくち飲んだ。「幼馴染って、お前と一緒に養護施設にいたっていうヒロキって奴?」「うん。何か昔は天真爛漫で屈託ない性格だったのに、今はどことなく翳がありそうで・・ファッションもブランド物のスーツなんか着て、派手になってさ・・」「誰が派手だって?」ハスキーな声がして、裕樹が聖良達の個室に入って来た。「裕樹、どうしてお前がここに・・」「酒飲みに来たんだよ。悪いか?今夜は俺と楽しもうぜ、お姫様。」裕樹は聖良の隣に座りながら店員にビールを注文した。にほんブログ村
2012年03月07日
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『わたくしはローゼンシュルツ王国皇女、マリアです。わたくしは22年前に失踪した兄を探しています。兄の名前はセーラ。現在わたくしの父は病床に臥せっており、もう長くはありません。もしこれをお兄様が見ていらっしゃるのなら、どうかわたくしに連絡を下さい、待っています。』画面の中で失踪した兄に向って必死に語りかける女性の目には、涙が浮かんでいた。聖良はテレビを消し、出来あがったオムレツを食べて出勤した。通勤ラッシュの電車内は非常に混雑していて、酸欠になりそうだった。なんだか周りの乗客が自分の事を見ているような気がしたが、そのことは余り気に留めずに目的地の駅に降りた。駅を出て、築地警察署へ向かって歩いていると、警察署の前に何故かマスコミが集まっているのが見えた。署長が何か取材を受けているのだろうかと思いながらマスコミの前を通り過ぎようとしたとき、彼らが一斉に聖良の方へと突進してきた。「あなたが22年前に失踪したローゼンシュルツ王国の皇太子だというのは本当ですか!?」「何故一度もご家族にお会いにならなかったんですか!?」「ローゼンシュルツ王国に戻る予定はおありですか!?」聖良はマスコミにもみくちゃにされながら警察署の中へと逃げ込んだ。「・・何なんだ、一体・・」金髪蒼眼という目立った容姿が仇となり、これまで何度かマスコミの注目を浴びてしまったことがあったが、今朝のようなことは初めてだった。「おはようございます。」「君はまた朝っぱらからシャイニーな魅力をマスコミに振り撒いていたようだね。君って本当、目立ちたがり屋なんだねぇ。」神経を逆撫でする厭味ったらしい声がして振り向くと、そこには天敵の鷹城溪檎警部補が立っていた。「おはようございます、鷹城警部補。本庁のあなたがこんな所におられるなんて珍しいですね。次期警視総監様ともあろう方が、油を売っていらっしゃるんじゃあありませんよね?」「・・わたしだって、好きでこんな所に来たわけではないよ。」溪檎の眦が上がり、こめかみには青筋が浮き立っている。「まさか昨夜の合コンのこととか?あれは失敗に終わりましたよ。まぁ鷹城警部補にはお見合いされるご令嬢が何人かいらっしゃるんですからそんなの関係ありませんよね?」「・・少しは言葉を慎み給え。」溪檎の頬が少し怒りで赤くなっているのに、聖良は気付いた。「今朝のニュースで君が20年前に失踪したローゼンシュルツ王国の皇太子だということが報道されるや否や、本庁から問い合わせの電話が殺到してね。回線がパンク寸前なんだよ。」「それはご愁傷様です。でも俺に責任取れって言われても無理ですよ。」聖良は作り笑いを浮かべ、さっさと更衣室へと入って行った。「よぉ、今来たのか?」制服に着替えた知幸がそう言って聖良の肩を叩いた。「うん。ちょっとマスコミに追いかけられてさ・・それに鷹城警部補に朝っぱらから嫌味言われたよ。やってらんねぇ~」「やってられないのは、こちらの方だ。」いつの間にか聖良の背後には溪檎が立っていた。「鷹城警部補、いつの間に・・」「君のシャイニーな魅力は何処から来るのかと観察しておこうと思ってね、本庁に戻る前に。」「観察しなくていいのでさっさと本庁に戻ってください。」「わたしは絶対、君を倒す!」謎めいた捨て台詞を吐いて、溪檎は更衣室を出て行った。「何かお前、鷹城警部補に目ぇつけられてんな。頑張れよ!」「・・何をだよ。」制服に着替えた聖良は、更衣室を出た。いつものように知幸とパトロールをしていると、背後から誰かに制服のシャツの裾を引っ張られた。振り向くと、そこには5,6歳位の男児が立っていた。「迷子かい、坊や?」子どもと同じ目線になるように聖良が腰をかがめようとした時、男児が歓声を上げた。「僕達の皇太子様だぁ!」その時、微かに遠くから地響きが聞こえた。にほんブログ村
2012年03月07日
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オーストリア・ウィーン。ローゼンシュルツ王国皇女・マリアは、今日もヴァイオリンのレッスンを受けていた。「もうちょっと感情を込めた方がいい音が出るんじゃないかな?」彼女の教師であるユリウスは、そう言って彼女を見た。「申し訳ありません、先生・・」「謝ることではないよ。君が思う様に弾いていいのだから。」レッスンを終えて教室を出て廊下を歩き始めたマリアの耳に、数人の女子学生達の声が聞こえた。「ねぇ、22年前に失踪したローゼンシュルツ王国の皇太子様が見つかられたって本当なの?」「そうらしいわよ。皇太子さまは今日本におられるんですって。ニュースでやってたわ。」「そこで皇太子様は警官をなさっておられるんですって。」(お兄様が、日本に・・)「それは本当なの!?」思わず教室の中に入って来たマリアを、女子学生達は一斉に驚きの表情を浮かべながら迎えた。「マリア様、今の話聞いてらして・・」「お兄様が日本にいらっしゃるって本当なの!?」「・・日本にいらっしゃるらしい、としか・・何でも、皇太子様は記憶を失くされているそうです。」女子学生の内の1人が、そう言って俯いた。「・・お兄様は、記憶を・・」「気を落とされないでください。きっと皇太子様は見つかります。」「・・そうね・・お兄様はきっと、何処かでお元気に暮らしていらっしゃるわよね・・」マリアは肩を落としながら教室を出て行った。学生寮にある自分の部屋に入ると、マリアは今まで堪えていた涙を流した。夢を叶える為、祖国から遠く離れたウィーンへ留学したものの、言葉の壁や周囲の人間のローゼンシュルツ人への差別や偏見に苦しみ、マリアは少しホームシックになっていた。そんな中、大使であるリヒャルトから、失踪した兄の消息が判ったという知らせを手紙で受け、もしかしたら兄に会えるかもしれないという思いが、今までマリアの心を支えていたのだ。だが、彼女達の話を聞いた今となっては、兄が何処で何をしているのかさえ判らないままで、兄と会える望みはなくなってしまった。「お兄様、一体何処にいらっしゃるの?」留学する際に持ってきた1枚の写真を見ながら、マリアは呟いた。それは、内戦が始まる前の、平和なローゼンシュルツ国内にある夏の離宮で撮られたもので、海岸で砂遊びをする自分と、それを見守る兄が映っていた。あれが唯一、兄と過ごした楽しい思い出だった。内戦がその後冬に始まり、兄は突然自分の前から姿を消した。22年間、マリアは様々な方法で兄の消息を追ったが、結果は空振りに終わった。両親―特に父は病の床に臥せっており、彼の命はもう長くはない。兄と再会するまで、諦めるわけにはいかない。マリアはベッドから降りて、机の上に置いてあるラップトップを立ち上げ、インターネットに接続した。フラッシュメモリを挿し込み、前に撮った動画をYouTubeに投稿した。(お兄様、必ずわたしが、お兄様を見つけ出してみせます。)世界中の何処かでこの動画を兄が見てくれることを願いながら、マリアはラップトップを閉じた。翌朝、聖良は朝日を浴びながら朝食を作っていると、つけていたテレビから突然自分の名前が聞こえて、フライパンを落としそうになった。“ローゼンシュルツ王国のマリア皇女がインターネット動画サイトで実の兄の情報を求めるという動画を投稿し、世界中で話題になっています・・”女性キャスターのナレーションと共に画面が切り替わり、画面に金髪に真紅の瞳をした若い女性が1枚の写真を持って切実な表情を浮かべて実の兄を探して欲しいと訴えていた。その女性が持っている写真に映っている男児は、紛れもなく幼い頃の自分にそっくりだった。にほんブログ村
2012年03月07日
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昼食を食べ終え、いつものように書類仕事をしていた聖良は、先ほど署長室に来た男の言葉を俄かに信じられないでいた。“お迎えに上がりました、皇太子様。” その男―ローゼンシュルツ王国大使と名乗った彼は、自分の名を確認すると、突然自分の前で腰を折り、跪いたのだ。それだけでも面食らったのに、彼は自分の事を皇太子様と呼んだ。この世に生を享けて27年、上流階級や王族といったセレブな人々とは関わった記憶は一切ないし、ましてや自分が王族だったらなんていう馬鹿らしい妄想ひとつも抱かずに生きてきた。(きっと誰かと間違えたんだ・・他人のなんとやらって言うしな。)聖良はそう思いながら溜まっていた書類を効率よく次々と処理していった。「聖良、もう飯食ったか?」肩を叩かれて振り向くと、警察学校で同期であり、築地署の同僚でもある山下知幸が聖良に微笑んでいた。「とっくに食った。それよりその笑顔、何か企んでそうな気が・・」「今日さぁ~、合コンに誘われてよ。メンバー足りないから、来てくれると嬉しいなぁ~って。」「・・お前、また俺を巻き込むのか。」数ヶ月前、知幸に誘われ合コンに初めて行った聖良は、そこで泥酔した男に絡まれてその男の顔面に裏拳を食らわし、後に署長から厳重注意を受けたことがあった。「あれはあのオヤジが悪いんだろ?聖良にセクハラするからさ。大丈夫、今夜はセクハラオヤジはいないからさっ!」「・・・」勤務終了後、押しが強い知幸に半ば引き摺られながら、彼と共に合コンが開かれているイタリアンレストランに入った聖良は、そこで顔見知りと会ってしまった。「君がどうしてこんなところにいるんだい?」銀縁眼鏡越しの黒眼が冷たく聖良を見つめ、形のよい唇は不快そうに少し歪んでいた。「知幸・・どうしてこんなところに鷹城警部補がいるんだ?」「俺達おまけみたいなもんだから、気にしなくていいって!」よりにもよってこんな所で本庁のエリート刑事、しかも自分を敵対視している鷹城警部補と会うのは、不運としか言いようがない。「珍しいね、君がこんなところに来るなんて。女性達に君のそのシャイニーな魅力を振り撒きに来たのかい?」少し酔っている所為なのか、鷹城警部補は早速聖良に絡み始めた。「メンバーが足りないと言うので、仕方なく来ただけです。あなたこそこんな所にいらっしゃるなんて思いもしませんでしたよ。いずれはお父上の跡を継がれる御方ですから、硬派だとてっきり・・」嫌味を嫌味で返し、聖良はニッコリと事務的な作り笑いを浮かべた。「まぁ、君には立身出世など夢のまた夢だろうね。」「出世なんて俺はこれっぽっちも考えておりませんよ。現場での仕事はやり甲斐がありますからね。」「現場での仕事ねぇ・・最近君をよくテレビで見かけるが、あれも仕事のひとつなのかね?」「マスコミは出来れば避けたいんですが・・あなたの方がテレビ映りよさそうなので、変わっていただきたいくらいですよ。何せ将来は次期警視総監様なんですから。」鷹城警部補は顔を真っ赤にして、乱暴に上着を掴むと出口へと向かっていった。「お前、何か言った?」「別に。嫌味を嫌味で返しただけだ。」ワインを一口飲みながら、聖良は溜息を吐いた。「お前なかなかやるな。でも本庁にあんまり敵を作らない方がいいぜ。」「口撃だけなら、あいつも愛しの父上様にチクッたりしないだろうさ。」「言えてるな。」聖良達が合コンをしているテーブルから少し離れたテーブルに、野球帽を目深に被った男が1人、座っていた。男はジーンズのポケットから携帯を取り出し、聖良の顔をカメラで隠し撮りした。にほんブログ村
2012年03月07日
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◇日本◇橘聖良(たちばな せいら)27歳本編の主人公。築地警察署に勤務し、日々真面目に働く。金髪蒼眼という容姿ゆえに否応がなしにマスコミの注目を浴びる。余り人づきあいが上手くない。橘聖太(たちばな せいた)70歳聖良の養父で、児童養護施設“白百合の家”院長。聖良の出生の秘密を知っている。鷹城溪檎(たかしろ けいご)29歳警視庁捜査一課刑事で、キャリア組のエリート。何かとマスコミの注目を浴びる聖良を快く思っていない。鷹城溪太(たかしろ けいた)65歳警視庁警視総監で、溪太の父。家庭を顧みない仕事人間で、閨閥作りに余念がない。鷹城華子(たかしろ はなこ)21歳溪太の1人娘で、有名女子大に通うお嬢様。気位が高く、我儘な性格。山下知幸(やました ともゆき)27歳聖良の同僚で、良き相談相手。溪檎に敵愾心を抱く。中山朝久(なかやま ともひさ)50歳警官歴30年のベテラン刑事。聖良達の頼れる先輩。西山則之(にしやま のりゆき)45歳聖良と知幸の直属の上司。嫌味な性格。源内昭造(げんのうち しょうぞう)52歳築地署署長。権力至上主義者。鳩江淑介(はとえ しゅうすけ)34歳帝朝新聞記者。失踪したローゼンシュルツ王国皇太子について調べている。聖良に興味を示す。松久麗華(まつひさ れいか)23歳渓檎の婚約者で、私立有名女子大の学生。松久拳四郎(まつひさ けんしろう)64歳麗華の父で、国会議員。渓檎の父・渓太とは40年来の親友。松久與利子(まつひさ よりこ)63歳拳四郎の妻。名門の旧公卿華族・西南家出身で、気位が高く自分と同じ身分の者にしか友情を示さない性格。春宮暁人(はるみや あきと)27歳聖良の幼馴染。聖良を女の子だと勘違いして、ファーストキスを奪い、結婚の約束をしたことがある。聖良のことが好き。中島裕樹(なかじま ひろき)29歳幼少の頃、家庭の事情で“白百合の家”に預けられ、聖良とは兄弟同然に育ったが、順風満帆な人生を送っている聖良に憎しみを募らせているが、彼に対して歪んだ愛情を抱いている。新宿でホストをしている。◇ローゼンシュルツ王国◇リヒャルト=マクダミア 32歳ローゼンシュルツ王国大使。国王の命令により、失踪した皇太子・セーラを見つけるが・・アルフリート=フォン=ローゼンシュルツ 60歳ローゼンシュルツ王国皇帝。反王党派による政権簒奪を防ぐため、リヒャルトに皇太子捜索を命じる。アンジェリカ=フォン=ローゼンシュルツ 54歳ローゼンシュルツ王国皇妃。聖良が時折幻覚を見る時に現れる“女性”。マリア=エリーゼ=フォン=ローゼンシュルツ24歳ローゼンシュルツ王国皇女。プロのヴァイオリニストを目指し、ウィーンに留学中。フリードリヒ=ユリシス=エリーゼ=フォン=ローゼンシュルツ 14歳ローゼンシュルツ王国第2皇子。病弱で、母想いの優しい性格だが、アンジェリカに蔑ろにされる余り、聖良を憎んでいる。ガンネルト=クライシュタイン 65歳反王党派のリーダー的存在。暗殺者を雇い、聖良の命を狙う。フリーゼ=クライシュタイン 27歳ガンネルトの長男。英国留学中に、聖良と出逢う。ローゼ=クライシュタイン 18歳ガンネルトの長女。検察官の夢を叶えるため、米国に留学中。ミカエル=ヴェントルハイム 27歳セーラ皇太子の幼馴染。実家は王室と姻戚関係にある。◇米国◇アリス=マクドゥス 18歳ハーヴァードロースクールの学生で、ローゼのルームメイト。父親は上院議員。ハリス=マクドゥス 69歳アメリカ合衆国上院議員。ローゼンシュルツ内戦時に従軍していたことがある。スティーブ=フェリシアーナ 56歳合衆国大統領。◇英国◇ロバート=ヘルネスト 27歳ヘルネスト伯爵家嫡子。ミカエルとは寄宿学校時代の同窓生。シャーロック=ミルトネス 25歳ロバートの親友。聖良と出逢い、彼に恋心を抱くようになるが・・エリザベス=ミルトネス 16歳シャーロックの妹。両親や兄がガブリエルの看病に懸りきりになり、幼い頃から蔑ろにされてきたため、深い孤独を抱えている。ガブリエル=ミルトネス 10歳シャーロックの末弟。聖良を兄のように慕うが・・ローラ=ミルトネス 57歳ミルトネス三兄妹の母。夫と共に聖良を歓迎するが、その真意は・・ウィリアム=ミルトネス 62歳ミルトネス伯爵家14代目当主。己の地位と名声の為に、聖良を邸に滞在させる。◇リシェーム王国◇アルハン=リシェーム 56歳リシェーム王国国王。リシャド=リシェーム 27歳リシェーム王国皇太子。腐敗した国を救おうと、日夜奔走するが・・アフマド 32歳リシャドの側近。シェーラ 36歳アルハンの第2王妃。実家は国一の富豪で、第2王妃という立場としての権力を濫用している。ホメイニ 50歳シェーラの従兄で、リシェーム王国警察長官。従妹同様、権力を濫用し、暴虐の限りを尽くしている。サリーム=リシェーム 30歳リシャドの異母兄で、リシェーム王国第1皇子。聖良を拉致し、アルハンに貢物として献上する。アルマド 48歳サリームの部下。トレードマークはいつも頭に巻いている真紅のバンダナ。粗暴な性格。
2012年03月07日
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“それ”は、突然現れる。仕事中でも、食事中でも、シャワーを浴びている最中でも。いつも同じ風景、同じ場所が現れる訳ではない。 仕事中に現れたのは中世ヨーロッパを思わせるような荘厳な城の風景だったり、食事中に現れたのは幕末の京の街だったり、シャワーを浴びている最中に現れたのは紅蓮の炎の中を逃げ惑う人々と、燃え盛る東京の街だったりした。それらが何を意味するのかがわからない。だがそんなことに構っていられない。俺はこの街を守る仕事をしているのだから。「お疲れ様です。」夜勤を終えて先輩の警官に声をかけると、相手も「お疲れ様」と言ってパソコンに向かった。 職場から住んでいるマンションからは地下鉄で30分ほどのところにあり、家賃は月5万で2LDK、浴室とトイレがあり、インターネット回線も繋ぎ放題の天国だ。決して楽ではない仕事の給料から、家賃や光熱費をはじめとする生活費を払い、食事は自炊したり抜くなりして、節約している。帰宅ラッシュを過ぎた電車は空いており、座席に半ば身を埋めるようにして目を閉じた。今度のは、色とりどりの花々が咲き誇る庭園の中に居た。「こんなところにいたのね。」 咲き始めた薔薇の花を眺めていて声が掛かり、見上げるとそこに俺と同じ金髪に蒼い瞳をした若い女性が立っていた。身に纏っているのは、上品な瑠璃色のスーツと、同色のレースの造花が載ってある帽子を被っていた。「暫くまた留守にするけれど、すぐに帰ってくるわね。」その女性は、そう言って俺を優しく抱き上げ、頬にキスをした。「皇妃様、急ぎませんと。」女性の傍に立っていた濃紺のスーツを纏い、銀縁眼鏡を掛けた女性がそう言って俺を見た。「そうね。じゃあまたね。」女性の背中を見送りながら、もう彼女と会うことはないのだと、何故か俺は知っていた。「・・またか。」慌てて最寄り駅を降りて駐輪場に停めてあった自転車に乗って自宅へと向かった。少し熱を孕んだ風が全身を包む。温暖化の影響なのか、今年の夏も連日猛暑が続き、熱中症で死者が出るというニュースが絶えなかった。夏は苦手だ。毎日猛暑の中で気絶しそうになるし、汗疹が出来る。マンションの駐輪場に自転車を停め、エントランスに入ろうとしたとき、1人の男とぶつかった。男は野球帽を目深に被っており、顔は見えない。中肉中背。色褪せたジーンズと、鷹のプリントがある赤いTシャツ。どうやらこのマンションの住人ではないようだった。「すいません。」「いえ・・」男は一礼して、エントランスから出て行った。首を傾げながら郵便受けを開けると、そこには差出人不明の手紙があった。封を切ると、手紙には不吉なメッセージがワープロでタイプされていた。“記憶が戻る前に、この街から出て行け。そうしないと、お前の命はない。”(ただの悪戯だな。) 金髪蒼眼の警官ということでマスコミに注目され、その所為でネットの掲示板に殺害予告文が書き込まれたり、脅迫状が送られたりしたことが何度かあった。この手紙も、そういった類なのだろうと甘く考えていた。だがそれは、間違っていた。2週間後、いつものように電車に乗り、職場へと向かっていると、誰かの視線を感じた。気の所為だと思いつつも仕事をしていると、突然何かが焦げた匂いがした。その瞬間、激しい爆風と紅蓮の炎が襲い、意識を失った。目を開けると、あの女性が立っていた。悲しげな表情を浮かべて、俺を見つめている。“ごめんなさい、あなたを守るには、こうするしかなかったの・・”女性に駆け寄ろうとしたが、俺の手を握っていた男性が行かせまいとする。―君のお母様にはいつかきっと会えるよ。それまではおじさんの元で暮らそう。そう言って男性は俺の頭を撫で、歩き始めた。自分に駆け寄ろうとした女性の目の前で、扉が非情にも閉まった。目を開けると、そこは病院の白い天井だった。「気がつかれましたか?」医師がそう言って俺を見た。「・・一体、何が・・」「それは知らない方がいいでしょう。」後日、自分が勤めていた警察署に、時限爆弾が仕掛けられ、それが爆発して40数名の死傷者が出たことを知った。数か月のリハビリを経て、現場に復帰したが、あの事件で負った心の傷は癒されないままだった。心に空いた大きな穴を抱えながら仕事をしていたある日のこと、昼休みになろうとしていた時に署長室に呼ばれた。「失礼します。」「来たね。君にお客様だよ。」来客用のソファに座っているのは、長身に夏だというのに黒いスーツを着込んだ黒髪に菫色の瞳をした、30代前半と思しき白人男性だった。「お客様?俺にですか?」「ああ。こちらはローゼンシュルツ王国大使の・・ええと、何でしたかな?」「リヒャルト=マクダミアです。今後もお見知りおきを。」「は、はぁ・・」男性はハンカチで額の汗をぬぐっている署長を無視して、ソファから立ち上がり、自分の方へと歩いてきた。ソファに座っている時も背が高いと思ったが、並んで立つとまるで大人と子どものようだ。(これでも160センチ以上あるんだけどな・・)学生時代背が低いことで色々とからかわれて身長について少しコンプレックスを持っていたので、目の前の男が巨大な山のように聳え立っているように感じて少し傷ついた。「セーラ=タチバナさんですね?」「はい、そうですが・・俺に何かご用ですか?」そう言うと男は俺に向かって突然跪いた。「お迎えに上がりました、皇太子様。我らがローゼンシュルツ希望の星。」一瞬、気まずい沈黙が流れた。俺の頭は男の言葉を受けて重大なエラーが発生したように、暫くフリーズして思考が働かなくなってしまった。大体、大の男が警官に向かって跪くなんて、普通ではない。それにこの俺が皇太子?質の悪い冗談だろうか?「あの・・冗談を言う為に俺をここにお呼びしたんですか?なら仕事に戻ります。」そう言って俺は男に背を向けて、署長室を出ようとした。「冗談ではありません。わたくしは皇帝陛下の名代として、あなた様をお迎えに上がりました。あなた様は600年続くローゼンシュルツ王家の直系の血をお引きになられる方なのです。どうかあなた様のお力でローゼンシュルツを独裁者の手から救い出して下さい。」「おっしゃっておられる意味がわかりませんので、仕事に戻ります。」こんな男の戯言に付き合っている暇はないー俺はそう思い、さっさと署長室から出て行った。食堂に入ると、昼休みはあと30分ほどで終わろうとしていたので、俺は慌てて食券を買い、日替わり定食を食べ始めた。何気なくテレビを観ると、そこには爆破され、瓦礫の山と化した建物が画面に映し出されていた。“現在、東欧のローゼンシュルツ王国の首都・リヒトでは、反王党派による自爆テロが多発しており、死傷者はこの1週間で200人を超えています・・”(またテロか・・)この前も中東で自爆テロがあり、大勢の犠牲者が出たとニュースでやっていた。争いをなくそうとすればするほど、それが不可能になるくらいに世界は大きく憎しみに歪んでゆく。日々の激務をこなしながら、本当に平和が訪れる日が来るのだろうかと俺は思っている。さっきの男は俺のことを、“希望の星”と言っていたが、俺はクリスマスツリーの天辺に飾られる金色の星じゃないし、そんなに大したこともしていない。多分あの男は誰かと俺を勘違いしているんだろうー俺はその時、そんな風に考えていた。祖国が存亡の危機に瀕し、暗殺者の影が俺に迫っていることも知らずに、俺は食堂を出て、いつも通り職場へと戻っていった。俺の所為で大勢の、罪のない者達の血が流れることも知らずに。
2012年03月07日
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