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老犬が不調である。朝食を終えた老犬にご褒美のおやつをやっているとき、喉に痞えたらしく激しくむせ込んだのが事の起こりである。喉のゼイゼイ音が続くので麻酔をして調べてもらったら異物が詰まっているのではなく軟口蓋の肥大のせいだという。 抗菌剤を一週間ほど飲んでるうちは落ち着いていたが、薬が無くなるとふたたび騒ぎ出した。結局、蓄膿症の疑いという診断でふたたび抗菌剤と消炎剤を飲み始めた。薬を飲みだす前の二日間ほどは、ぐずり鳴きする犬に付き合って、30分寝ては起き、1時間寝ては起きというような夜を過ごすことになった。 薬のおかげで老犬は普通のペースに戻ったので、私の睡眠不足を取り戻そうとほぼ一昼夜横になって過ごした。これで私の体調は万全と思って、布団から這い出したら腰が痛くてまっすぐに立てないのだった。長く寝込むと腰が痛くなることは風邪引きの時にはときどきあった。普通に過ごしていればすぐに良くなるのが普通で、今回も昼過ぎにはなんとか恢復した。 かくして、睡眠不足も腰痛もなく、元鍛冶丁公園に向かったのである。元鍛冶丁公園から国分町を越えて一番町へ。(2017/12/22 18:19~18:35) 今年最後の金デモだが、参加人数はいつもどおりで特に変化はなさそうだ。サンタクロースに扮した三人が目立っているが、一番町に出てしまえばこの時期のサンタクロースはそれなりに街の雰囲気に馴染んでしまうに違いない。 デモの列が街の雰囲気に馴染んでいるというのは、それはそれでいいことのように思える。一方で、街中のデモをするというのは「ある異和」を伝えることでもある。馴染みつつ差異を伝えることができればいいのだが……。一番町(1)。(2017/12/22 18:37~18:40) ノーベル平和賞が発表され、授賞式も終わってしまえば、話題としては少しばかり気が抜けてしまったが、今年最後のデモの日にこの地球に残された〈希望〉を見ておきたい。 世界の125ヶ国の賛成で核兵器禁止条約が採択されたこと、その条約にアメリカに従属することを選び続ける自公政権は反対したこと、恒例だったジュネーブ軍縮会議における日本の高校生のスピーチを外務省が取りやめにしたこと、ノーベル平和賞が「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に送られたこと、授賞式で被爆者のサーロー節子さんが受賞演説を行ったこと、日本政府がノーベル平和賞を黙殺したこと。 こうした諸々のニュース、特に東アジアの三流国の属国政権の思惑のはるか高みでサーロー節子さんの受賞演説は響き渡っている。 今年七月七日、世界の大多数の国々が核兵器禁止条約の採択に賛成した時、私は喜びでいっぱいになりました。私はかつて人類の最悪な側面を目撃しましたが、その日は最良の側面を目撃したのです。私たち被爆者は七十二年の間(核兵器が)禁止されることを待ち続けてきました。これを核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。 責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありません。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が覆い隠すことはもはやありません。「抑止力」とは、軍縮を抑止するものなのだということはもはや明らかです。私たちはもはや恐怖のキノコ雲の下で暮らすことはありません。 核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。あなたたちはそれぞれ、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっているのです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。 世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。 私は十三歳の時、くすぶるがれきの中に閉じ込められても、頑張り続けました。光に向かって進み続けました。そして生き残りました。いま私たちにとって、核禁止条約が光です。この会場にいる皆さんに、世界中で聞いている皆さんに、広島の倒壊した建物の中で耳にした呼び掛けの言葉を繰り返します。「諦めるな。頑張れ。光が見えるか。それに向かってはっていくんだ」 今夜、燃え立つたいまつを持ってオスロの通りを行進し、核の恐怖という暗い夜から抜け出しましょう。どんな障害に直面しようとも、私たちは進み続け、頑張り、他の人たちとこの光を分かち合い続けます。この光は、かけがえのない世界を存続させるために私たちが傾ける情熱であり、誓いなのです。一番町(2)。(2017/12/22 18:41~18:48) サーロー節子さんと共にノーベル平和賞の受賞演説を行ったのは、「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」事務局長のベアトリス・フィンさんだった。その演説は、核保有国すべてを名指しつつ、人類の未来を指さすものだ。 市井の人々の行動により、これら草の根の努力の頂点として今年、これまで仮説だったものが現実へと前進しました。核兵器という大量破壊兵器を違法化する国連条約が、122カ国の賛成で採択されたのです。 核兵器禁止条約は、この世界的な危機の時にあって、未来への道筋を示しています。それは、暗い時代における一筋の光です。 さらに、それは私たちに選択を示しています。 二つの終わりのどちらをとるかという選択です。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。 前者の選択を信じることは、愚かなことではありません。核を持つ国が武装解除できると考えることは、非理性的なことではありません。恐怖や破壊よりも生命を信じることは、理想主義的なことではありません。それは、必要なことなのです。 私たち全員が、この選択を迫られています。そして私は、すべての国に、核兵器禁止条約に参加することを求めます。 米国よ、恐怖よりも自由を選びなさい。 ロシアよ、破壊よりも軍備撤廃を選びなさい。 イギリスよ、圧政よりも法の支配を選びなさい。 フランスよ、テロの恐怖よりも人権を選びなさい。 中国よ、非理性よりも理性を選びなさい。 インドよ、無分別よりも分別を選びなさい。 パキスタンよ、ハルマゲドンよりも論理を選びなさい。 イスラエルよ、抹殺よりも良識を選びなさい。 北朝鮮よ、荒廃よりも知恵を選びなさい。 核兵器の傘の下に守られていると信じている国々に問います。あなたたちは、自国の破壊と、自らの名の下で他国を破壊することの共犯者となるのですか。 すべての国に呼びかけます。私たちの終わりではなく、核兵器の終わりを選びなさい! この演説文を読みながら、1992年に亡くなった反核の哲学者ギュンター・アンダースを思った。ヒロシマ、ナガサキから始まる『核の脅威』に対する人類の「アポカリプス不感症」を非難しつつ警告を発し続けた哲学者の死から25年、核保有国を孤立化させつつ、世界は核廃絶の未来に向けて動き出した。未だ遠い未来には違いないが、未来を手繰り寄せる確かな一歩になるだろう。 いつか私たちは(あるいは、私たちの子どもたちは)2017年7月7日を歴史上のメルクマールとして記憶することになるにちがいない。青葉通り。(2017/12/22 18:49~18:55) わが家の老犬は、要介護犬である。オシッコのときもウンチのときも抱きかかえて広瀬川の堤防に出る。水は抱きかかえて飲ませるのだが、首の力が衰えいるので、ときどき鼻ごと水に突っ込んで噎せてしまう。2、3日前からシリンジで水を飲ませ始めた。食事は自力で食べているのだが口先に餌がないと食べられないので、これまた付きっ切りである。普通のドッグフードを食べているが、すでに流動食の準備はできている。 そんな老犬とのバタバタの暮らしの中で読んだ一篇。死ぬ日まで天を仰ぎ一点の恥じ入ることもないことを、葉あいにおきる風にさえ私は思い煩った。星を歌う心ですべての絶え入るものをいとおしまねばそして私に与えられた道を歩いていかねば。今夜も星が風にかすれて泣いている。 尹東柱「序詩」 [1] 若いころ、こんな抒情にあこがれていた。いや、こういう抒情を描ける心性に憧れていたというべきか。 尹東柱24歳の詩である。その4年後、日本に留学していた尹東柱は福岡刑務所で獄死する。友人が朝鮮独立運動を行っていたこと、ハングルで詩を書いていたことを罪に問われたという。 復古ファシズムの時代に、ファシズムに圧殺された詩人の抒情詩を読む。意図したわけではないが、いずれ意味あることになるかもしれない。[1] 尹東柱詩集(金時鐘編訳)『空と風と星と詩』(岩波書店、2012年)p. 9。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2017.12.22
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12月13日、広島高裁は広島地裁の決定を覆し、四国電力伊方原発3号機の運転を禁じる司法判断を示した。その理由として阿蘇山の大噴火による火砕流の危険性を挙げている。 脱原発弁護団全国連絡会ホームページに掲載されている高裁の「決定要旨」は、「火山事象による危険性」について、原子力規制委員会の火山に対する判断ガイドに基づいて次のように述べている。(1)原子力発電所の立地評価(設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に影響を及ぼす可能性の評価)につき,火山ガイド(原子力規制委員会が策定した安全性審査の内規)は,以下のとおり定めている。①原子力発電所から半径16Okmの範囲の領域(地理的領域)に位置し,将来の活動可能性がある火山について,原子力発電所運用期間中(原則40年)の火山の活動可能性が十分小さいかどうかを判断する。②①の火山の活動可能性が十分小さいと判断できない場合は,原子力発電所運用期間中(原則40年)に発生する噴火規模を推定する。③②の噴火規模を推定できない場合は,当該火山の過去最大の噴火規模を想定し,設計対応不可能な火山事象(火砕流)が原子力発電所に到達する可能性が十分小さいかどうかを評価する。④③の火砕流が原子力発電所に到達する可能性が十分小さいと評価できない場合は,原子力発電所の立地は不適となり,当該敷地に原子力発電所を立地することは認められない。(2)本件では,伊方原発の地理的領域に位置し将来の活動可能性のある火山である阿蘇カルデラ(伊方原発から約13Okm)について,現在の火山学の知見では,伊方原発の運用期間中に①の火山の活動可能性が十分小さいと判断することはできず,②の噴火規模を推定することもできないから,③により阿蘇カルデラの過去最大の噴火である阿蘇4噴火(約9万年前)の噴火規模(火山爆発指数〔VEI〕 7)を想定し,火砕流が伊方原発敷地に到達する可能性が十分小さいかどうかを評価することになる。しかし,四国電力が行った伊方原発敷地周辺の地質調査や火砕流シミュレーションからは,阿蘇4噴火の火砕流が伊方原発敖地に到達した可能性が十分小さいと評価することはできないから,④により伊方原発の立地は不適であり,伊方原発敷地に原子力発電所を立地することは認められない。 9万年前の阿蘇山噴火の火砕流は海を越えて山口県まで達したとされている。同規模の噴火が起きれば、海を越えて伊方原発に達するだろうということは容易に想像できる。 しかも、7300年前には九州南方の鬼界カルデラの巨大噴火が起きているばかりではなく、日本には多くの場所で過去に巨大噴火が起きている。朝日新聞デジタル(12月14日付け)の解説記事には次のような一文があった。 国内で過去に巨大噴火が起きた場所は洞爺湖(北海道)、十和田湖(青森、秋田県)をはじめ、各地に広がる。観測経験は世界でも乏しく、「予測は困難」というのが多くの火山学者の見方だ。原発立地の前提として、巨大噴火の十分な想定を求めた今回の決定は、火山国の日本で原発を運転すること自体の是非を問うている。高裁が原発の運転差し止めを命じたのは初めてで、その意味は重い。 広島高裁の判断を適用すれば、日本には運転を認められる原発はほとんど存在しえないことになる。高裁での初めての差し止め判断ということの意味も大きいが、火山噴火の危険性が原発運転差し止めの重大な根拠とされたことの意味はさらに大きい。これからも原発のさまざまな危険性を指摘する司法判断が一つ一つ積み重ねられていって、いずれ将来には原発の安全を担保する根拠が皆無になる日が待ち遠しい。 原発をめぐるいいニュースに元鍛冶丁公園に向かう足取りは軽い(ような気がした。年の割にはだが……)。元鍛冶丁公園から一番町へ。(2017/12/15 18:35~18:39) 「久しぶりのいいニュース」という言葉で始まる主催者挨拶は、当然のことだが、広島高裁の伊方原発運転差し止め決定の話題である。続くフリースピーチでもこの話題が続くのかと思ったが、主催者以外は触れることがなかったのは意外だった。 広島高裁の決定は喜ぶべきことにはちがいないが、気がかりな点もある。一つは、地震や津波の危険性を否定していることだ。伊方原発沖6~8kmを中央構造線(断層帯)が走っていて、南は阿蘇山、熊本まで、北は関東まで続いている。熊本地震の震源地が中央構造線に沿って分布していたことはよく知られている。 東電1F事故そのものが地震と津波によって起きたにもかかわらず、原子力規制委員会は地震の危険性を明らかに軽視しているのだが、広島高裁決定もそれを肯ってしまっている。 電力会社が見積もる原発立地点における基準値振動は、これまで観測された最大振動値よりもかなり低い値をとっている。問題の伊方原発は基準値振動を650ガルとして申請されたが、熊本地震のときに益城町ではその2.4倍の1580ガルの振動が観測されている。同じ中央構造線に沿う地域なのに伊方近辺の振動が特別弱くなる理由があるとは思えない。 もしかしたら東電1F事故が起きたゆえに地震と津波は可能性がありすぎて、行政も司法もそれを危険視することを意識的に避けている(タブーとしている)のではないかと疑ってしまうような流れである。 もう一つの気がかりは、先に引用した朝日新聞デジタルの解説記事に次のような記述があることである。 この決定は、大規模噴火の発生確率は低頻度で、無視し得るものとして容認するのが「社会通念」と言及し、そのリスクを考慮するかどうかは政策判断だとした。今回の広島高裁決定に先立つ広島地裁決定も、こうした「社会通念」を考慮する考え方を引き継いだ。 広島高裁決定も、噴火のように、甚大な被害は及ぼすが頻度の低い自然災害に対して、目立った国民の不安や疑問もないとし、「社会通念」への理解は示している。 しかし、それらをもって判断の枠組みを変えた福岡高裁宮崎支部や広島地裁の判断は「限定解釈」であり、新基準の趣旨に反していて許されない、と強く批判した。 阿蘇山は30万年間に4回の大噴火を起こした。およそ8万年に1回の確率である。原発の寿命を40年とすれば、その期間に大噴火が起きる確率はほとんどないと受け止めてしまう「社会通念」が共有されてしまうと、広島高裁の判断に対して否定的な判断が生まれてしまう。 しかし、阿蘇山の最後の大噴火は9万年前だったので、確率的にはもうそろそろ起きてもいいのだ。そのような実感を人々はリアルに持つことができるのだろうか。それが問題なのだ。想像力は、このような実感力をともなってはじめて行動をうみだす認識となる。だが、残念ながら「8万年に1回の大噴火の確率」を、多くの人は「大噴火はほとんど起きない」と受け止めてしまうだろうし、それが多数を形成すれば「社会通念」になってしまう。そんな社会通念に今後の司法判断が流されてしまうことが心配なのである。 さらに残念なニュースがもう一つ。伊方原発の運転差し止めを決定した広島高裁の野々上友之裁判長が今月で退官するという。正しい判断をする裁判官が一人いなくなるというのはやはりとても惜しいことではある。一番町(1)。(2017/12/15 18:35~18:39) 一番町は人で満ちている。とくに定禅寺通りから広瀬通りを越えて中央通りまでの間は人、人、人である。前方を眺めると、デモが通り抜けていくことができるのかと心配になるほどである。先導するお巡りさんもときどき前方の人に注意をうながしていた。 定禅寺通りの「SENNDAI光のページェント」は12月8日から12月31日まで開催される。17:30に点灯して、消灯は日曜から木曜までは22:00 金曜と土曜 は23:00 で、クリスマスイブと大晦日に消灯が1時間遅くなる。 12月22日が今年最後の金デモなので、来週もこの人混みの中を歩くことになる。これだけ人が多いと手を振って応援してくれる人も増えるので、それが嬉しいと語るデモ人もいる。一番町(2)。(2017/12/15 18:39~18:45) 原子力産業(原発事業)は、世界的なレベルで見れば衰退の一途をたどっている。広島高裁の決定によって伊方原発は再稼働できない状態に陥ったことに同期したわけではないだろうが、そんなニュースが相次いだ。 たとえば、、日刊工業新聞のサイト『ニュースイッチ』の12月10日 付けの「原子力産業は絶滅の危機? 政策コンサルタントが報告した数字」と題する記事がある。 「世界原子力産業現状報告2017」を執筆したマイケル・シュナイダー氏が自然エネルギー財団で「すでに原発はピークアウトしている」と語った講演の記事で、例えば、原子炉数は2002年の438基がピーク、運転容量は2006年の 368.2GW(2017年7月351GW)、発電シェアピーク(全電源設備に占める原発の割合)は1996年の17.5%が最大、発電量ピークは2006年の2660TWh(2016年2476TWh)、新規稼働ピークは1984、85年(30基以上/年)で2015、16年はともに10基となっており、すべての数字が年々減少していることを明らかにして、次のように結論した。「原子力産業の衰退は地球規模で加速。2017年に建設が始まった原子炉は1基(第三四半期まで)。生き残りに必要な最低限の増加率を下回っており、原発は絶滅の危機に瀕している。」 明らかに原発は絶滅危惧種となり、アメリカではすでに原発の大量廃棄時代に突入した。原発建設企業は次々に廃業、身売りを行い、その債務を日本の無能な企業に押し付けたりしている。そして今アメリカでは、廃炉を専門に請け合う企業が活躍する時代になった。その企業の廃炉の現場のルポルタージュ「原発廃炉を担う米プロ企業現場ルポ ――丸ごと管理、費用抑え速く」が12月10日の日本経済新聞電子版に掲載されている。 事故を起こした東電1Fの廃炉は東電自身が行うことになっているが、「電力会社に(廃炉は)できない」と現場責任者が断言する廃炉専門会社エナジーソリューションズ社は、現在2基の廃炉が完了間際で、さらに2基の廃炉に取り組んでいる。アメリカでも、廃炉の全工程を丸ごと請け負える企業は他にないという。 このエナジーソリューションズ社は、廃炉技術を日本原電の東海原発の廃炉などにノウハウを提供するのだという。つまり、日本は原発建設の不良債権をアメリカから押し付けられ、これから盛期を迎える廃炉事業でアメリカに大枚を支払う時代に突入するのである。原発に固執する政治家、官僚、企業経営者からなる「原子力ムラ」住人の無能が没落傾向にある日本経済をさらに崖っぷちに押し出そうとしているのである。 「原子力から脱却しないと日本は二流国に陥る」という記事は12月14日の『日経ビジネスonline』に掲載されている。 これは、ドイツのメルケル首相のブレイン、ジェレミー・リフキン氏のインタビューをまとめたもので、ドイツはアメリカから始まった第2次産業革命の時代から第3次産業革命へと舵を切ったというのである。 第3次産業革命では脱原発を前提とする新しいエネルギーのインフラが必要となり、デジタル革命としての「コミュニケーション・インターネット」、「エネルギー・インターネット」、そして「輸送インターネット」を進展させ、「太陽光と風力という限界費用がほとんどゼロの安いものを使えるように」するのだとして、日本について次のように述べている。 第3次産業革命では生産性が上がり、環境負荷はどんどん下がり、ライドシェアや民泊などの新しいビジネスと新しい雇用の機会を生み出します。日本は電気通信、ICT、自動車、電機といろいろな産業で世界トップクラスにあり、まさにこのインフラを構築するのに必要なものがすべてある。 それなのにまだ依然として原発に頼っている。昔ながらの原子力から脱却できないということが、日本が第3次産業革命を進められない最大の理由だと思います。 新しく原発を建設することは非常に愚かなことです。結局は取り残される資産になるからです。第3次産業革命のエネルギーは分散型でなければいけない。日本は早く決断を下すべきです。 「日本は電気通信、ICT、自動車、電機といろいろな産業で世界トップクラス」というのは、いまやお世辞か皮肉にしか聞こえないが、決断するのに遅いということはないが、日本には知性溢れる合理的判断をする政治家や官僚はいるのだろうか。 12月12日の『産経ニュース』には「仏、太陽光発電に3兆円 原発依存率引き下げへ」という記事が掲載された。 原発大国のフランスでも、マクロン政権は原発依存率を引き下げ「太陽光と風力という限界費用がほとんどゼロの安い」エネルギーへ向けて、「野心的な」事業にに着手するという。現在のフランスの太陽光発電量は7.4GWだが、フランス電力(EDF)はその4倍に相当する30GW(1GW=100万kW)の太陽光発電所を建設する計画を発表したのだ。 このような世界のエネルギー動向を見据えながら、もたもたと何の決断もできない日本の政官界、経済界を諫めるような論評が10月21日の『PRESIDENT online』に発表されている。 三菱総研理事長の小宮山宏氏は「日本も原子力発電ゼロは「達成できる」――今や再生可能エネルギー「後進国」」のなかで「脱原発は世界の潮流。売国や中国も再生エネルギーに舵を切った。このままでは日本は乗り遅れる」と主張している。 実際に、2016年に世界で実行された発電所投資額の70%が、再生可能エネルギーに向けられています。ちなみに投資額の25%が火力発電所で、原発の投資額は5%に過ぎません。 再生可能エネルギーには大きく5種類、水力、風力、太陽光、バイオマス、地熱があります。このうち、その土地で一番安いものを選べばいいのです。日照時間は短くても風が強いというところは風力、水が豊富なところは水力、森林が豊富なところはバイオマス、アイスランドのように火山が多いところは地熱発電を使えばいい。世界では、その国や地域に合った再生可能エネルギーを選択し、どんどん開発を進めています。それがこの、投資額の70%という数字に表れています。 現在日本では、原発に反対している人の方が多いのに、原発を稼働させ、原発事故が起きたときの避難演習をしたりしている。ほかにも、サイバーテロに襲われたらどうするか、北朝鮮が原発周辺に爆弾を落としたらどうするか、と、リスクや不安要素は本当にたくさんあります。こうした不安を抱えて「イヤな思いを持ち続けるコスト」を、将来も抱え続けるのは本当にいいことなのか。しっかりと考えるべきでしょう。 以上の記事のいずれも「原発はさっさと止めるべだ」という主張だが、掲載したジャーナリズムは『日刊工業新聞』、『日本経済新聞』、『日経ビジネスonline』、『産経ニュース』、『PRESIDENT online』だったというのはちょっとした驚きである。 これらのジャーナリズムは、(ネトウヨふうに言わせてもらえば)原発に反対する「反日左翼」的なジャーナリズムではない。どちらかと言えば、(三菱総研というシンクタンクも含めて)現代日本の政治を是として、そのもとでの経済発展に資するような「愛国右翼」的要素の強いジャーナリズム(組織)である。 このようなジャーナリズムばかりの記事を拾い集めたのは単なる偶然にすぎないが、そろって脱原発から再生可能エネルギーへの転換が望ましいという意見に集約されるのは偶然ではないだろう。 日本という国家を運営するシステムは、エネルギー問題に関する統一的志向性が崩壊し始めているのではないか。国家システムのごく一部の妄執が「新しい原発を!」などという世界レベル的には三流国なみの発言として顕われているのだとしか思えない。国家を運営するシステムに亀裂が入っているのだろう。日本のもっとも愚かな部分に権力が集中してしまったゆえの狂気に満ちた悲劇である。 このままでは、日本にはガラパゴス化した原発を抱えたまま衰亡していく未来しかないということだ。青葉通り。(2017/12/15 18:46~18:52) それほど寒くない仙台の街のデモは終わった。かつてコンパクトデジカメで冬デモをとっていたときには、タッチパネルで操作するのでいちいち手袋をはずさなければならなかったが、今の一眼レフにはタッチパネルがないので助かる。 操作のために手袋を脱ぐのが嫌なのは冷たさのせいではない。脱いでポケットに入れ、ポケットから出して嵌めるという繰り返しをしているうちに、いつの間にか片方が無くなっているということに悩まされるからだ。 今日も、両手が揃った手袋をしてデモから帰るのである。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2017.12.15
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ここ2週間あまりでイマニュエル・ウォーラーステインを3冊、プリーモ・レーヴィを3冊、それに歌集と句集を1冊ずつ読んだ。このペースが長続きするはずはないが、二週間に限って言えば退職直後の読書量に匹敵する。 ひとえにわが老犬のおかげである。元気なころは朝晩2回の散歩に合わせて排泄も済ませていたのだが、最近は回数が増えて1日に4回ほどに増えた。老犬は私の枕元で寝ていて、夜中の12時から3時ころの間に必ず1回は起こされる。そこから本読みが始まる。もちろん途中で寝込んでしまうが、その分は予定外の読書時間となっている。 加えて、この2週間の間に老犬は膀胱炎となって排泄が2~3時間おきという状態が2日ほど続いた。きびしい寝不足になったが、読書はやたらに進んだ。抗菌剤の服用で老犬の膀胱炎はすっかり良くなったが、その分私の読書のペースは元に戻りつつある。 そう言えば、寒さが厳しくなったというのに最近は風邪を引いていない。体調がいいことも読書量に関係しているにちがいない。読書は体力勝負なのである。元鍛冶丁公園から一番町へ。(2017/12/8 18:15~18:33) 金デモを2回続けて休んだ。本が読めたことが訝れるほど雑用が立て込んだのだった。その中に旧職場の大学関連の集まりが2回もあって、どちらも役員や幹事となっていて口実を捻り出してさぼるということができなかった。 私の休んだ2回の金デモには出張の多い若いスタッフが参加できて、デモの写真を撮っていた。今日はカメラが2台になると思っていたが、彼はまた出張らしく欠席だった。ただの偶然だが、よくしたものである。 今日から「仙台光のページェント」が始まって、市街の交通量も人出もがぜん多くなっている。渋滞に巻き込まれた金デモカーが10分以上も遅れて到着した。 フリースピーチの最後に、1月14日の金デモは14:00集会、14:30デモ出発の昼デモとなり、デモ終了後に「2018いよいよ正念場 みんなで語ろう! 飲もう! みやぎ金曜デモ新年旗開き」を仙台市市民活動サポートセンター6階セミナーホールで行うという案内があった。昨年までは忘年会ならぬ「望年会」だったが、休日にうまく重なったので新年会になったということらしい。一番町(広瀬通りまで)。(2017/12/8 18:34~18:39) 35人のデモは、一番町に出て「光のページェント」が行われている定禅寺通りから遠ざかるように青葉通りに向かって南下する。「光のページェント」に向かう人で一番町はごった返している。珍しそうにデモを眺める人が多いが、中には手を振ってくれる人もいる。 一番町のイルミネーションも「光のページェント」にタイミングを合わせたらしく、満艦飾と言っていいように飾り立てられている。一番町(広瀬通りから青葉通りまで)。(2017/12/8 18:41~18:43) イマニュエル・ウォーラーステインの名前は、『ローザの子供たち』[1] という本で知った。ローザ・ルクセンブルグの資本主義の世界性(「資本主義世界経済」)という思想を受け継いだアンドレ・グンダー・フランク、サミール・アミン、ジョヴァンニ・アリギなどとともに「ローザの子供たち」として紹介されている。 ウォーラーステインは、資本主義は国境を越えて世界に広がる「世界システム」であり、資本の蓄積・収奪関係によって世界は「中核core/半周辺semi-periphery/周辺periphery」の三つの地域に分けられるとした。 今回読んだ3冊は、『知の不確実性』[2]、『社会科学を開く』[3]、『史的システムとしての資本主義』[4]で、前に読んだ『ユートピスティクス』[5]、『ヨーロッパ的普遍主義』[6]と合わせて5冊を読んだことになる。 ウォーラーステインは、世界システムとしての資本主義は終末期に入っており、50年やそこらで資本主義は崩壊するだろうと主張する。しかし、資本主義の後にどのような世界システムが成立するかは予想できないと断言する。ローザの子どもらしく、かつての「正統マルクス主義者」のように資本主義の後に社会主義がやってくるという一国社会主義を前提にした脳天気な段階発展論を否定する。かれは、複雑系の不可逆的な非均衡プロセスのように初期条件の微妙な差が結果としての新しい世界システムの性質に大きな影響を与えるだろうと考え、民主主義や社会主義を求めるこれからの運動が重要な意味を持つと主張している。 プリーモ・レーヴィは、アウシュヴィッツから生還してラーゲル体験を作品化しているユダヤ系のイタリア人作家である。レーヴィは、ジョルジュ・アガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの』[7]で収容所体験の重要な証人として多くの引用とともに紹介されていて、ずっと気にかかっていた作家だった。 市立図書館で、たまたま『プリーモ・レーヴィは語る』[8]というレーヴィのインタビューを収録した本を見つけたが、アウシュヴィッツ体験を書いた作品のずっと後のインタビューを読んでももどかしいばかりで、『これが人間か』[9]と『溺れるものと救われるもの』[10]をあらためて借り出してきた。 『これが人間か』は、かつて『アウシュヴィッツは終わらない』というタイトルで翻訳出版されていた本の改訂版で、1943年12月にパルチザンとしてファシスト軍に捕らえられ、アウシュヴィッツに送られ、1945年1月にソ連軍に開放されるまでを描いた作品である。また、『溺れるものと救われるもの』は、アウシュヴィッツやファシズムについての評論集である。 アガンベンが言うように、レーヴィばかりではなくアウシュヴィッツから生還した人間たちは証言するのだが、いわば〈不可能な証言〉として語るのである。……ここで繰り返すが、真の証人とは私たち生き残りではない。これは不都合な考えだが、他人の回想録を読んだり、年月を置いて自分のものを読み直して、少しずつ自覚したのである。私たち生き残りは数が少ないだけでなく、異例の少数者なのだ。私たちは背信や能力や幸運によって、底にまで落ちなかったものたちである。底まで落ちたものは、メドゥーサの顔を見たものは、語ろうにも戻って来られなかったか、戻って来ても口を閉ざしていた。だが彼らが「回教徒」、溺れたものたち、完全な証人であった。彼らの証言が総合的な意味を持つはずであった。彼らこそが規準であり、私たちは例外であった。(『溺れるものと救われるもの』 p. 87) そして、第二次世界大戦終戦から28年後、いまから30年以上も前にレーヴィがファシズムについて次のように語るのである。ファシズムは死んだどころではなかった。ただ身を隠し、ひそんでいただけだった。そしてファシズム自身のせいで起きた第二次世界大戦の大災害から、ようやく抜け出してきた社会に、ずっと適合した形をとっていた。前よりも分かりにくく、もう少しもっともらしい衣裳をつけて、再度姿を現わそうと、だんまりをきめこんでいる最中だった。(『これが人間か』 p. 233) いま日本では、「だんまりをきめこんで」いたファシズムがあからさまに胎動し始めている。「再度姿を現わ」してきているのだ。ウォーラーステイン流に言えば、未来の世界システムはファシズムということだって否定できないのだ。進歩は必然ではない。われわれはそれを求めて闘っているのだ。しかも、この闘いの形式は社会主義対資本主義というようなものではなく、比較的階級性の薄い社会への移行か、階級を前提とした何か新しい生産様式――史的システムとしての資本主義とは違うが、さりとて必ずしもそれより良いとはいえないもの――への移行か、という闘いなのである。(ウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』p. 158) 革命の闘いで死んだローザ・ルクセンブルグの子どもと思えないような温和な闘いにいくぶん不満が残るが、ウォーラーステインは思想家ではない。社会学者なのである。いずれにせよ、「それを求めて闘かう」しかないのだし、なによりも「それ」をしっかりと見極めるしかないのだ。青葉通り。(2017/11/17 18:50~18:54) 読み終えた句集と歌集は、『大道寺将司句集II 鴉の目』[11]と『道浦母都子歌集 花高野』[12]である。大道寺将司も道浦母都子も〈1968年〉前後の時代を激しく闘い抜き、前者は死刑囚として生を終え、後者は戦い抜いた心性を厳しく美しい言葉として詠みつづける歌人として生きている。 『鴉の目』の句は『棺一基 大道寺将司全句集』[13]収録作品と重複しているが、次のような句を抜き書きしてみた。揺れやまぬ生死(しょうじ)のあはひ花芒(すすき) (p. 71)鬼ならぬ身の鬼として逝く秋か (p. 89)凍返る地に反戦歌甦れ (p. 95) 道浦母都子の歌は、『全歌集』[14]に収められた作品群と比べれば、予想以上に柔らかく優しくなった。歌集から3首を。しんなりと首垂れているダチュラ もうわたくしはうなだれないの (p. 37)「シニア左翼」と呼ばれるわれも揺り椅子にくつろぐわれもいずれも私 (p. 83)このスニーカーで国会前に行ったのだ靴ひも洗う寒の真水で (p. 229)[1] 植村邦彦『ローザの子供たち、あるいは資本主義の不可能性――世界システムの思想史』(平凡社、2016年)。[2]イマニュエル・ウォーラーステイン(滝口良・山下範久訳)『知の不確実性――「史的社会科学」への誘い』(藤原書店、2015年)。[3] イマニュエル・ウォーラーステイン+グルベンキアン委員会(山田鋭夫訳)『社会科学を開く』(藤原書店、1996年)[4] イマニュエル・ウォーラーステイン(川北稔訳)[9(岩波書店、1985年)[5] イマニュエル・ウォーラーステイン(松岡利通訳)『ユートピスティクス――21世紀の歴史的選択』(藤原書店、1999年)[6] イマニュエル・ウォーラーステイン(山下範久訳)『ヨーロッパ的普遍主義――近代世界システムにおける構造的暴力と権力の修辞学』(明石書店、2008年)[7] ジョルジュ・アガンベン(上村忠男、廣石正和訳)『アウシュヴィッツの残りのもの――アルシーヴと証人』(月曜社、2001年)。[8] プリーモ・レーヴィ(マルコ・ベルポリーティ編、多木陽介訳)『プリーモ・レーヴィは語る――言葉・記憶・希望』(青土社、2002年)。[9] プリーモ・レーヴィ(竹山博英訳)『これが人間か』(朝日新聞出版、2017年)。[10] プリーモ・レーヴィ(竹山博英訳)『溺れるものと救われるもの』(朝日新聞出版、2014年)。[11] 『大道寺将司句集II 鴉の目』(海曜社、2007年)。[12] 道浦母都子『歌集 花高野』(角川書店、2017年)。[13] 『棺一基 大道寺将司全句集』(太田出版、2012年)。[14] 『道浦母都子全歌集』(河出書房新社、2005年)。 読書や絵画鑑賞のブログかわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)日々のささやかなことのブログヌードルランチ、ときどき花と犬(小野寺秀也) 小野寺秀也のホームページブリコラージュ@川内川前叢茅辺
2017.12.08
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