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今朝はゆっくり朝食のあと、11時頃かみさんから声がかかった。 「また金峰町の木花館に化粧品を買いに行きたいのだけど」少し退屈気味の私は すぐ反応して、OKを出す。 12時前自宅を出発。途中以前うどんがおいしかった“金峰山”に寄って天ぷらうどん と小ご飯で昼飯をすます。ここの天ぷらうどんの天ぷらは大きいのが2匹、しかも別皿 で出てくる。それで650円は安いし、うまい。 そのあと道の駅“金峰木花館”に寄り化粧品や野菜の苗や花の苗などを買う。 他にも2,3カ所物産館などに寄る。 それから鹿児島市にとってかえしたが、時間があったので、マリン・ポート鹿児島 に寄ることにする。ここは前知事の時代に錦江湾を埋め立てて外国船などの寄港 を誘引するために作られたもので、賛否両論あり、未だに完工はみていない。 私も県財政の苦しい中でのある意味無駄な投資と思っていたので、行ったことは なかったが、後学ののため寄ることにした。感想は省きます。 今日はデジカメを忘れて行ったので、肝心な証拠写真はありません。 今日の総走行距離は94Km。
2009.01.04
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正月3日、朝食は昨日城山観光ホテルで買ってきたパンですませて、皆で箱根駅伝 に釘付けになる。 しかし昼前になると、孫二人が退屈してきたので、婿殿と近くの公園に連れ出した。 たこ揚げである。それにも疲れた頃、今度はジージが一緒に持っていったグランドゴルフ の指導が始まった。小1と小4の孫たちも結構興味を示し、1時間くらい遊んだ。 1時頃帰って、餅やスープ、煮豆などで簡単な昼食にしたが、食べる量は多い。 そして3時過ぎには娘一家は帰って行った。 今度は“七草がゆ”を狙って7日の昼に来るらしい。 今度は婿殿のお父さんも一緒にみえるように伝えることだった。 こうして今年の正月も静かになった我が家で終わろうとしている。 駅伝は早稲田かと思っていたが、東洋大学の粘り腰にあって、2位。 東洋大学は初優勝とのこと。 高校サッカーは鹿児島城西の圧勝でベスト8。これからも楽しみだ。 写真は昨日初詣に行った、照国神社の公園にある島津斉彬公の銅像である。 あの篤姫の父親となって、幕府に送り込んだ人としても有名になった。
2009.01.03
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正月2日、同じ鹿児島市内に住みながら昨夜から泊まり込んでいる娘一家と一緒に 7人で照国神社に初詣に行く。 元旦は毎年叔母一家や姉一家が年賀に来るのでおせち料理を作ってもてなし、2日 に島津斉彬が祭神の照国神社に初詣というのが鹿児島に帰ってからの我が家の習慣 になっている。 今日は少し冷たい風は吹いたが、最高の日和となり、人出もものすごい。 お札を買ったり、記念撮影をして、12時40分から予約を入れておいた城山観光ホテル のバイキングに向かう。 ここで皆、欲張って大食いし、又帰りにホテル内のベーカリーでパンを買って帰る。 娘も婿も食べることに命をかけている感じだ。一体どういう家族なのだ。 帰って「鹿児島城西」と大阪桐蔭」のサッカーを見ていたが、1対1から鹿児島城西が 1点追加。このままいって勝てばいいのだが。
2009.01.02
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あけましておめでとうございます。 なんてのんびり言っておれない新年を迎えました。 いよいよ今年5月20日、会社生活から完全リタイヤしなければならないからです。 思えば前職を含め47年2ヶ月の会社生活が全て終わってしまうのです。 と言って、昔の隠居という概念ではくくれない今日この頃の世情なので、のんびり 出来るわけでもないし、またのんびりしようとも考えてはいません。 昔読んだ藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」の一節をこの元旦に思い出しました。 曰く「隠居することを、清左衛門は世の中から一歩しりぞくだけだと軽く考えていた 節がある。ところが実際には、隠居はそれまでの清左衛門の生き方、ひらたくいえば 暮らしと習慣のすべてを変えることだったのである。」とある。 まあ その時はそのときということで、正月の掛け軸もも観音さまから、掛け替えた。 現在91歳になった叔母が私の還暦祝いに9年前描いて贈ってくれたものだ。 だるまさんの絵に「至誠」という文字入りであるが、この文字は孫に書かせた合作で 私のお気に入りの一幅である。 これからその叔母や親戚一同が年賀にやってくる。 なにはともあれ今年も皆さんにとって良いとしでありますように。 そしてよろしくお願い致します。
2009.01.01
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