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最近、多くの海外の化粧品会社にコンタクトを取っているので、向こうからの反応が比較できて勉強になる。「海外の店舗で御社の製品を見つけて興味を持ちました。日本市場で販売したいのですが、サンプル、輸出価格、販売マニュアルを送っていただけませんか?また、日本の薬事法に沿う製品であるか調査したいので、全成分表もお願いしたい。」と、簡単な自社の自己紹介を添えて送ると、まず100%返事が来る。返事の種類としては:「日本にはまだ代理店がいないので、ぜひ話を進めたい。サンプルも無料で送ります。全成分は自社サイトに掲載されているので、ご覧下さい。輸出価格は添付しました。御社の会社案内とビジネスプランを見せて下さい。どうぞ宜しく!」というとても好意的なものもあれば、「御社とまだコラボレーションを組むとは決めていないので、近々会って話し会いを持ち、その際に御社のビジネスプランを発表してくれませんか。それまでは成分、価格等はお伝えできません。」という用心深いものもある。確かに日本市場は大きいので、パートナー選びはとても重要になってくる。今までの経験から言って一番大事なのは、直接会って話しをしてみること。その会社に行って直接会ってみると、メールのやりとりでは分からないことが多々分かる。会うことで、信頼感も生まれ、その後のメールのやり取りにも気持ちが込められる。一度、アメリカの化粧品を、全くのメールのやり取りのみで契約から輸入・販売にいたったことがあったけれど、やはりうまく行かなかった。相手の顔すら知らないので、なんだか輸出するほうも輸入するほうも、あかの他人のようで感情が入らない。商品が流れるだけ。私も早く、南仏の石鹸メーカーさんに会いに行きたいなぁ。どんな人々が作っているのか、どんな場所で作っているのか、この目で確認してきたい。でもその前に、早く全成分表送ってネ...。
2007年04月23日
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今日はなんだか仕事のことを書く気分になれないので、フランスの思い出を書いてみようと思う。**********************************************************パリの大学で通っていたCommerce International(国際ビジネス)学科のDESS過程の単位の一つに、企業研修(Stage)が義務付けられていた。研修先を見つけるのは就職活動同様に難しく、私もおそらく100社近く手紙を出したのだが、研修を受け入れてくれたのはたったの2社だった。そのひとつがボルドー近郊にあったボルドーワインのネゴシアン。その時日本は赤ワインブームで、日本向けの輸出が増えていたことが、私の企業研修を受け入れてくれるきっかけになったのだと思う。しかもその会社は東京に事務所があるということで、私は研修の半分をボルドーで、半分を東京で受けさせてもらうことができた。まず心配だったのがボルドーでの住居。車がなかった(しかもペーパードライバー)だった私は、会社の近くに住むしか方法がなかった。そこで提供されたのが、ブドウの収穫期にアルバイトの人々が泊まる小屋。一応シャワーもあり台所もあったけれども、入った瞬間にカビの匂いがするような、まさにホッタテ小屋だった。でも単位のためには文句も言ってられない。会社には3分で行ける場所だったので、8時からの出社でも余裕だった。私を受け入れてくれたのは、輸出部。フランス語と英語とドイツ語を話すMarie-Heleneが私の上司だった。いつもいつも電話の対応に追われていて、すごーく忙しそうだった彼女。そんな彼女をアシストすべく....なんていうのは大違いで、やはり研修生の仕事といえば、資料整理とコピー取り。ファイルに溜まっていた統計資料をきちんと並べて閉じなおすことをまず命じられる。その後は、日本向けの営業資料の作成。一度だけ、社長から直々に仕事を命じられた。よく覚えていないけれど、確かボルドーのネゴシアン50社の輸出額だったかを専門誌からひろいあげ、EXCELで一位から表にせよ、というようなことだったんじゃなかったかなぁ。日本人の研修生がどんなことをできるのか、試してみたかったのかもしれない。Marie-Heleneが心配して、「大丈夫?できる?」と気にしてくれた。一通り表が完成し、社長に見せに行く。緊張の一瞬(私の単位がかかっているのかも...)。「ここの順位は間違っているね。」確かに間違っていた。私の計算ミス。でもさすが社長。ぱっと表を見ただけで、他社の輸出額の間違いに気づくなんて!彼は確か創設者の孫にあたるのだけれど、経営者ってすごいなぁ、と思った瞬間だった。仕事は5時に終わった。で、家に着くのは5時3分。周りはブドウ畑しかないし、町といってもあるのは肉屋が一軒、パン屋が一軒、郵便局が一軒、わけのわからないお土産やが一軒。スーパーは徒歩で約30分のところにあるのみ。仮の宿にはテレビすらなかったので、アフターファイブははっきり言ってヒマだった。もし車を持っていたんだったら、ボルドーの街へ行って買い物でも出来たんだろうけど。しかたがないので、毎日ブドウ畑を散歩した。今考えるとちょっと危険だったかもしれない。年頃の女の子が一人でブドウ畑を散歩するなんて。しかもブドウの収穫小屋で一人暮らし。幸いにも何もなかったけれど、今考えるとちょっと無謀だったと思う。でも、こうして毎日歩いたブドウ畑のブドウ達が工場でワインになり、瓶につめられ、飛行機に乗って日本に渡り、東京のスーパーで再会した時には感動した。工場っていいなぁ...商品を作ってそれを海外に輸出するっておもしろいなぁ...。特にその商品が生まれた土地をよく知っている場合、お店でその商品達と出会うと感慨深くなる。きっとこの時から、私が進みたい方向性がなんとなく決まってきていたんだな。もっともっと先には、フランスの田舎になにかの工場を持つのも面白いかもしれない。旦那を工場長に、私は営業部長になって。
2007年04月18日
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サンプルの試験所から連絡があり、検査中の石鹸から法定色素が検出されたので、検査料金が追加になるとのこと。やっぱり...。「100%ナチュラルで、色素も天然素材から抽出したものです。」なんてメールに書いてきていたけれど、やっぱり法定色素が入っているんじゃないの!化粧品には許可されている色素とはいえ、これじゃあナチュラルとはいえないから厳しいかなぁ...。色がついていなかったら、石鹸のかわいさも楽しさも半減する。かといって、なるべく体によくないものは、使いたくないし。難しい所。日本向けフォーミュラとして、法定色素を天然色素に変えるよう交渉してみようか。でも、世界的に自然派思考が主流だし、この際根本的にフォーミュラを変えてみてもいいんじゃないの?本当のナチュラルに!あー、先週末からなんだか悪いニュースばかり入ってくる...。天気や体調が悪いと、気持ちが後ろ向きになってくる。こんなこと、これから待ち受ける困難に比べたら、まだまだ全然たいした問題ではないんだろうけれど。
2007年04月16日
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オーダーしたサンプルが全て届き、ホルマリン&色素等の分析試験結果を待っている間に、化粧品の輸入について進める。「製造販売業および製造業許可」なんて私にはとうてい申請できないと思い、知り合いの会社に輸入代行を頼みにいった所、もしかしたら私でも取れるかもしれないという。「旧制中学もしくは高校またはこれと同等以上の学校で、薬学又は化学に関する科目を修得した後、医薬品、医薬部外品または化粧品の品質管理又は製造販売後安全管理に関する業務を3年以上従事した者」が、総括製造販売責任者になれるのだという。大学はバリバリの文系だった私は、普通高校の化学をやっただけで良いのかどうか、早速都庁に聞きに行って来た。すると、高校の化学でいいのだという。ただし、高校の卒業証明書ではだめで、化学の単位収得証明書が必要とのこと。高校のことを思い出すなんて、何年ぶりだろう。ネットで母校を検索してみると、ちゃんとホームページがあるではないか!十数年ぶりに見る母校。あのころの思い出がよみがえる....。なんて思い出に浸っている場合ではないので、理由を詳しく書き、化学の単位収得証明書を発行してもらえるよう高校にFAXを送ってお願いした。十数年前に卒業した生徒が、「ちゃんと化学をとりました」なんて証拠、残っているのかなぁ...。高校だけでは心配なので、大学の一般教養で化学をとっていなかったかどうか、昔の成績表を引っ張り出して調べてみる。でも、生物、数学はとっているのに化学はなし...。あー、あの時「化学」を選択しておけばよかった...。単位がとりやすいからって理由だけじゃなく、もっと将来のことを考えて選択しておけばよかった...。でも、将来の自分が「フランスから石鹸を輸入しよう!」と考えるなんて、18歳の私には分からなかったわよね...。ほんと、人生あとから何が必要になってくるか分からない。
2007年04月12日
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昨日、7,8年前のアルバムを引っ張り出してきた夫。「ぼくって全然昔と変わってないよねー。きみは年取ったけど。」だって。よく言うわよ。自分だって最近お腹がでてきたって気にしてたでしょ!という訳で昔のころを思い出したので、まだフランス語がよく話せなかった頃の笑い話を2つ。*その1週末に旦那のアパートに泊まり(そのころはまだ結婚していなかったけれど)、朝御飯の準備をしていた彼に言われたこと:"Tu fais le lit? (チュフェ ルリ?:ベッドメーキングしてくれる?)"「ベッドのシーツをきれい直しといてね」と頼まれた私。"OK!" とはりきって返事をし、お米を研ぎだしてしまった。「今日の朝御飯にはお米を食べたいのね」なーんて勝手に思いながら。実はその頃の私はRとLの聞き分けがよくできず、"Lit(ベッド)"と”Riz(お米)”を間違えてしまったのだ...。どちらもカタカナ読みをすれば、"リ”だから。「お米炊いてくれる?」と頼まれたと思った大ボケな私。しばらく私の行動にきょとんとしていた旦那は、ようやく私の間違いに気づいて大笑い。この事件はのちのちまでフランス人の友人達に語り継がれていった....。*その2その週末は二人とも試験前で、旦那のアパートで試験勉強をしていた。すると突然、「ねえ、生理ある?」と聞いてくる彼。「えっ、あ?あの...」質問の意味が分からず、あわてふためく私。なんで私の生理なんて聞くんだろう???まさか私が妊娠したとかって心配しているのかしら....。あたふたしながら、とりあえず「い、今はないけど、もうすぐ来ると思うんだけど....,たぶん。」と答える。「じゃ、いいよ。」と平然とした顔で勉強を続ける彼。いったいあの質問はなんだったのだろうかと、試験勉強に手もつかず、しばらく考え続けてやっと分かった。"Tu as une regle? (チュア ユンヌ レーグル?定規持ってる?)"と聞かれたのを、"Tu as des regles?(チュア デ レーグル?生理来た?)"と勘違いしたのだ。単語の冠詞は大の苦手な私。複数形か単数形かで意味が全く変わってしまうこともあるのだ。しばらくたってから、「あ、あの、ものさしあるよ...」と、赤面しながら彼に差し出した。あのころはかわいかったなぁ...。
2007年04月09日
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今はボローニャ&パリへ出張されているクライアントの方々が多く、現地でのアポイントの設定が忙しい。私もボローニャ、いきたかったなぁ。でもチビちゃん達を置いていくわけにもいかないしなぁ。今騒がれている仏大統領候補のロワイヤル女史は、4人もお子様がいるのにバリバリ働いていて、すごいなぁ~、と今日本に来ている義母に言ったら、「でも彼女はお手伝いさんが二人とおかかえのベビーシッターさんがいるのよ。」やっぱりね。そうでもしなきゃ、大統領になんて立候補できないよね...。私にも家の近所に住んでいる健康な両親か,おかかえのベビーシッターさんがいればなぁ、と思う今日この頃。赤ちゃんのうちはまだ託児所に預けておけるからいいけれど、小学校にあがると児童館ぐらいしか行き場所がなくなってしまうから困る。かといって、一人で留守番させておくのも心配だし。お義母さん、もう定年退職してるんだし、日本に住んでうちの住み込みベビーシッターさんやってくれませんか??なーんて頼んだら、今度はフランスの義姉さんが困ってしまうし...。誰か、近所に児童館よりもアップグレードな小学生のための託児所を作ってくださーい!
2007年04月03日
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フランスから来ている義母と話していたら、こんなことを言っていた。「この間、パリでシュウウエムラの化粧品を買おうと思ったら、商品の後ろの表示が全部日本語だったのよ。で、そこにいたロレアルの店員に聞いたら、”この商品はぜんぜんよくないわよ”みたいなこと言われて。信じられなかったわ!」なんともフランスらしい話。ラベルが英語または仏語表記になっていないまま販売されているのも問題だけど、ロレアルの店員が自分の会社の商品の悪口をいうなんて。「日本じゃ化粧品を輸入販売する時は、必ず日本語表記したラベルを貼らなきゃだめなのに、フランスではしなくてもいいのかしら。」と言うと、「やっぱり日本はProtectionniste(保護貿易主義者)だ。ラベルを日本語表記するかどうかは法律で定めるべきではなく、自由にするべきだ。フランスでは表記を訳さないまま販売して売れないのはその輸入業者の責任であって、法律では定められていない。日本は外国製品より日本の製品の販売を有利にして、おかしい。」と旦那がいつものように口を出す。「別にProtectionnisteとは関係ないと思うんだけど。日本語表記が義務付けられているのは、それを使う消費者の安全を守るためじゃないの?」「いや、Protectionnisteだ!!!」とまた喧嘩になってしまいそうになるので、話題を変える。でも、確かに日本にすむ外国人にとっては、商品のすべてが日本語表記になっているので買い物がとても難しい。日本語表記ラベルが元のラベルの上に張ってあれば、それをはがして見ることもできるのだけど、大体はコスト削減のために輸入元の工場で日本語ラベルを貼ってもらうのだ。はいはい、言いたいことは分かったから、もうカッカしないでよ。私が石鹸を売るときは、ちゃんと英日語両方のラベル表記にするから!
2007年04月02日
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