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空気が小さな輝く粒子で満たされる。そこには確かに微粒子があふれ、濃度があるのだ。その中を分け入るようにグランジュテで跳ぶ。さっきよりも大きく、より高く、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ!アッサンブレは大きく斜め前方へ、跳んでは素早く足先をバッチュし、腕は遠くへ差し出し、空気を切り裂く。しかし着地時には、あくまでも腕は優雅にアンバーの位置に戻さなければならない。そんな繰り返しの中で、隣でステップを踏んでいた子が、振りを終えると自然と笑い出す。言葉も交わしたことのない、名前も知らない子だけど、私も言いようのない喜びが身体から湧き上がり、つられて笑う。可笑しかったわけじゃない、ただ踊れることが、跳べることが、この時間に在ることが、嬉しい。手応えを感じる。身体が歓喜の声を上げる。リズム、旋律、ステップ、流れ、先生の声、その空気を全身に浴びて、私は生きている瞬間を味わい尽くす。時間が、止まる。
2009.03.25
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佐渡の老舗ホテルにて。波の音を聞く。何もしない。無為の時間。仲居さんの言っていた言葉。「海がないと、どこへ逃げればいいかわからない、と思ってしまう」海なし県に生まれ育った私にとっては無い感覚で、非常に興味深く感じた。島に住む人の皮膚感覚。海のない場所での閉塞感。私にとって海は、昔から特別な場所で"自分のもの"ではない。むしろいざとなると、不安やとりとめなさ、危うさを感じてしまう。佐渡でも一番の景勝地である尖閣湾は、私以外にひとりも客がいなかった。まったくひとりで入場し、ひとりで見て回り、ひとりで写真を撮った。寂れた感じがした。風景は確かに素晴らしかった。こんな景色を独り占めできるなんて!入り組んだ湾、削られてむき出しになった岩肌、岩を洗う荒波、何故私はこんな厳しい自然の情景にばかり心魅かれるのだろう。鮮やかなビリジアンの海の色が目に刺さる。波は岩をうがち、逆巻き、白いしぶきを上げる。岩々はそそり立ち、鋭い首先を天に向かってもたげる。上へ上へ。まるでイグアナかオオトカゲが天を向いているように見える。オオトカゲの群れたち。岩々に囲まれたときのあの感じを何と言えばいいのだろう?岩、岩、岩。固く荒々しくそびえ、へだて、遮断する。断絶する。その感覚はある種、ざわざわと不穏な不安なものでもあるが、どこか嫌いではない、とも思ってしまう自分がいる。よく知っている馴染み深い感覚。何からへだてられ、遮断され、断絶されているというのだろう。バスの乗り継ぎで降り立った相川の街。次のバスの時間までほんの短い時間歩いてもふと辿り着くのは、昔の牢と刑場のあった場所だったりして、何故そうしたところに行き着いてしまうのか、自分でも不思議だ。他に遊郭や寺や古い建築物などへ行く道もあるのに。そこで"土壇場"という言葉は、刑執行の場を表す言葉だと始めて知った。土壇場。すさまじい言葉だ。路線バスに1時間揺られて港に戻る。太宰治の短編小説「佐渡」は、ユーモアにあふれ、じんわりと寂れた感じが漂う佳作で、幾度となく読んだものだが、"死ぬほど淋しいところ"とか"佐渡には何も無い"とか"旅行に来るところではない"などと書かれていながらもそれを味わいに行きたくなるのが不思議だ。ブルーグレーの海。ブルーグレーの空。船で佐渡を後にした。過去の自分に呼ばれ、過去にとらわれながらも強く感じたのはむしろ今の自分、だった。それは過去の肯定が前提にある。そして今回のとりとめないひとり旅も、やがて1つの体験、1つの思い出として確定するだろう。
2009.03.13
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新潟駅、在来線のフォームにて。次の列車を待っている。陽だまりの中、赤茶けた石畳の上を鳩がリズミカルに歩いていく。それをじっと見つめていると、ふと昔の自分の感覚が戻ってくるようだ。中学・高校の頃の感覚だ。静かな明るさ。明るい静けさ。たった2両の列車は、ゆっくりフォームを発車した。これからN大学前まで短い短いトリップが始まる。単線は阿賀野川を渡る。ジリリリーンとベルが鳴って駅に止まる。ドアは手動でボタンで開閉する。途中、無人駅もあるようで、車内前方にバスのように運賃箱と電光の運賃表が設けられているのが興味深い。もう北側に防風林が並々と見えてきた。あの向こうは、見えないけれど日本海なのだ。N大学へ行き、構内を歩き(院生にでも見えたのだろうか、スルーだった)建物の合間から以前来たときと同じように海が見える地点に着いたときにはやはりどきっとした。まだ海が見える地点が残っていたという事実に。そこから道を下って、海へ行ってきた。砂丘を歩き、しゃがんでぼーっとした。晴れて、波は荒かった。風はそんなに強くなかったが、少し寒かった。荒井由実の「遠い旅路」をつぶやくように口ずさむ。旧い曲だけど、私の中ではこの風景のBGMなのだ。ここに着いて、一瞬視界がひらけたときは解放感があったけれど、海そのものには18のときほどは感動はしなかった。あの頃はまだ海へ行く機会が圧倒的に少なかったからだろう、海が見られるだけで高揚したものだ。今の私には海よりも砂丘のほうが興味深かった。美しかった。遥かに佐渡が見えた。青くかすんで横たわっていた。そこへ向かうフェリーもゆったり進んでいくのが見えた。心がしんと静まりかえる一瞬。それを求めている。それがどうすると訪れるのか探っている。私が行くことのなかった大学。あそこに通っていたらどうなっていただろうか、などとは考えられない。N大学構内は木がたくさんあり、ゆったりしていて、てらいもなくいい空気感なのだが、ここに通っていたら・・とは思いもよらない。木々と光、落ち着いた建物の間を歩きながら、何故か思い浮かべているのはC大学の、ひんやりした壁、座りにくい椅子、無機質な廊下、なのだった。とても不思議な感覚だった。哲学を学ぶ前の自分、学びたいと願った自分、舞台もダンスも芝居も始める前の自分、KyoちゃんにもA子にもKにも出会う前の自分。
2009.03.12
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旅は、行く前から始まっている。旅を思いつき、計画し、想像し、準備していく中で、既に旅は進行しているのだ。心は動き、遥かな地を駆けているのだ。新潟へ向かう上越新幹線にて。何となく実感のないまま準備を進めてとうとう今日を迎えたけれど、いきなり雪国の風景が目の前にひらけ、不思議な気がした。東京から、埼玉、群馬、とそれは日常の延長だったのに、いきなりトンネルを抜けると、しんしんとした雪の風景が広がり、別世界、別空間に来たようだ。しかしこちらはこちらで日常が営まれている、ということの不思議さ。川端康成の名文は端的にして、この驚き、感嘆、不思議さを如実に表していることを改めて実感した。ここは標高365m、と越後湯沢の駅にペンキ塗りされていた。海抜と標高はどう違うのだろう?などとぼんやり考えたりした。線路が凍らないようにか、たくさんのスプリンクラーが湯気を上げて湯をふりまいている。厳しい黒々した木々のシルエットに、雪の山、雪に覆われた平地にはちょこんちょこんと家がかわいらしく立ち並び、その外壁の色がモノクロームの風景の中で色彩のしみになっている。上越新幹線の駅のフォームは、何故あんなにがらんとした印象を与えるのだろうか。寒い地域だからだろうか。天井が高いのだろうか。ガラス窓の向こうに雪化粧に覆われた山々が見えるからだろうか。まるで薄暗い倉庫の中のようにがらんとした空間を感じる。不思議だ。平野に来るとすっかり雪はなく、のどかな冬枯れた田が広がる。田んぼの合間に立つ小屋、木、電信柱。単線の線路にかかる小さな陸橋、踏み切り、橋。コンクリ工場の巨大な装置やショベルカーまで、新幹線ときの2階席の窓から遠くに見下ろすと、どうしてこんなにかわいらしく見えるのだろう。小さくかわいらしいジオラマ。武骨なものまでかわいらしく見える。いっぱいだった車内は、どんどん乗客が減っていく。越後湯沢、燕三条、長岡。今では座席にぽつんぽつんとしか人がいない。
2009.03.12
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