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昨日も書いたが、台湾の人はなにかと大らかな気がする。スクーターの乗り方にしても、バスの時刻表がないことにしても、どんぶり勘定の食堂の会計にしても、あんまり細かいことに目くじらを立てる人達ではないようだ。例えば、犬にしてもみんな放し飼いである。首輪をつけているので飼い犬とわかるのだが、ひもでつながれていないことの方が多い。店先などで外を見ているか、だれか食べ物を持っている人の近くで分け前を期待しながら大人しく座っていることが多かったが、不思議と吠えない。ある時、喫茶店にふらりとどこかの犬が入ってきた。お客とすこしじゃれた後、そのまま床に寝そべって寝てしまった。従業員もいたが誰も追い出そうとしない。インドの牛のように、台湾では犬に対する信仰でもあるのだろうか?スクーターで市場の狭い通りを走り回ることができるのも、おおらかな気質あればこそだろう。北新市の市場には活気があふれていた。建築基準法はどうなっているのかと思わせる高層アパートの近くの街区にある市場には、魚、肉、野菜、漬物、衣料、台所用品など日常生活に必要な様々なものを売る間口の小さな店や屋台が所せましと軒を連ねていた。とある街角では、おばさんが散髪屋を営業していた。考えてみれば、散髪は椅子と鏡といくつかの道具が一式あれば、どこでも営業できるものなのだ。市場の近くには寺院があった。誰を祀っているのかよくわからなかったが、屋根の上は非常にカラフルな竜が舞っていた。平日の昼間でも訪れる人は絶えず、真剣に祈る人の姿もみられた。信心深さも台湾の一つの特徴ではないかと思う。どの寺院に行っても結構にぎわっている。台北市最古の寺院である龍山寺もまた、平日夜にもかかわらず盛況であった。願掛けをしているのか、それとも無心の信仰心なのかはわからなかったが、熱心に祈りをささげる姿は印象的だった。龍山寺の近くの地下街には占い師の集まる一画がある。占いは台湾名物の一つだが、金瓜石や九份の霊気や寺院の賑わいからして、占いの存在もまた自然な気がする。もっとも、金欠で不信心かつ小心者の私は、運勢を見てもらうことはしなかったけれど。道を歩いていると心和む光景に出合うことも少なくない。考えてみれば、おおらかさや市場での人々のコミュニケーションの多さは、日本でも数十年前は、どこでもごくあたりまえの事だったのかもしれない。
2013/01/31
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昨日も書いたが、台湾人はスクーター民族である。その昔、北京あたりで朝夕は自転車の洪水になると読んだ気がするが、それが台湾ではスクーターに置き換わったと考えて良いかもしれない。自転車もたまに見かけるが、圧倒的多数はスクーターである。とにかく、スクーターなしでは生活できないと考えているフシがある。現地に行く前に一応どんな光景が見られるのかネットで検索したら、3人でスクーターに乗っている家族を流し撮りした白黒写真があった。お父さんが運転して、子供がその前に、お母さんが後ろに乗っている光景であったが、おそらくライカで撮ったのだろうか、表情までとてもシャープで背景は綺麗にながれて、美しかった。うわ、こんな乗り方あるのか、日本ならすぐに道路交通法違反で罰金ものだ、と思ったのだが、現地ではごくあたりまえに、そこらじゅうをそんな感じで走り回っていた。大抵は子供がハンドルと運転手の間に立つか、場合によっては補助席に座り、運転手の後ろにもう一人座っている。子供は馴れたもので、嬉しそうに笑顔で乗っていることが多い。そして家族の中には、犬も含まれる。足元に犬を乗せて走っているスクーターも時々いて、犬の方も馴れたもので大人しくしている。主人がスクーターにまたがる前に、率先して乗車して発進を待つ犬もいた。とはいえ、見ていて危なっかしいこともある。一度はお母さんが乳児を片手でかかえて、片手で運転して走っていた。私は原付に乗ったことが無いのでわからないのだが、ブレーキとアクセルをすべて片手で操作できるのだろうか?まぁ、出来るから乗っていたわけなんだろうけど。さらに子供達は幼いころからスクーターに慣れているとみえて、運転を覚えるのも早いようだ。例によって三人乗りのスクーターを見かけたところ、どうも運転手の指先が細い。よく見たら、小学校5, 6年生の男の子が弟二人を前と後ろに乗せていた。台湾には原付免許の年齢制限はあるのだろうか?なぜここまでスクーターが好まれるのかというと、一つには車より廉価なことと、場所をとらないことが挙げられる。維持費も安い。二つにはバスの運行時間が決まっていないので、時々ひどく待たされることがある。バス自体は一回15NT$(約45円)で本数もルートも多いが、分かりにくくて乗り換えが必要なこともある。運がよければ目的地へむかうバスがすぐ来るが、来ない時は2, 30分待たされる。そうして辛抱強く待っている目の前を、スクーターの群れがビュンビュンと走り抜けていく。バスに乗っていても、その横をすり抜けて行ったりして、けっこう危ない。事故が起こらないのだろうかと思ったら、案の定一度だけ事故現場を目撃した。同乗者はノーヘルのことも多いし、警察ももうちょっと取り締まったらどうかと思ったりするが、そこは台湾のおおらかさの表れなのかもしれない。信号が青で横断歩道を渡っていると、右折するスクーターが突っ込んでくる。歩道はスクーターで埋まっているのでやむをえず車道を歩くと、スクーターが後ろから追い抜いて行く。市場の雑踏の中もスクーターが通るのは、なかなか根性のあることだ。それでも台北よりも南の高雄のほうがマナーが悪いと台北の人は言う。そんな訳で、台湾を歩く時はiPodはやめておいたほうがいい。エンジン音に耳をすまして、ひっかけられないよう気を付けて歩くことだ。
2013/01/30
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昨日も書いたが、台湾は食事が安い。どこの町にも屋台の立ち並ぶ通りがあり、大抵の食堂は店先に屋台があり、お持ち帰り可能となっている。こうした屋台や食堂に原付で乗り付けて、跨ったまま下りずに買って帰るのが台湾流だ。しかも家族連れで。今回の台湾行きに備えて、一応ガイドブックを本屋でパラパラとめくってみると、どのガイドも食事情にページをかなり割いてある。あとはマッサージと温泉とお土産で、史跡や観光スポットはほんの申し訳程度にしか載っていない。日本人が台湾ですることは、その時点で大方決まってしまったようなものである。が、実際行ってみると、それだけ食のヴァラエティに富んでいて、魅力的かつ身近なテーマだったことが分かった。屋台の中にも人気店があるようで、行列の出来る屋台もあった。ファミリーマート前にあった屋台。屋台の後ろにはテーブルとイスがあり、そこで食べることもできるし、持ち帰ることも出来る。相場的には、だいたい一食30~60NT$ (90~180円前後)であろうか。たまに食べる度にそのコストパフォーマンスに感動する松屋の牛めし280円よりも安い。そして町や夜市によって名物があるという。臭いと噂の臭豆腐は100円前後だった。油で揚げてあって、たしかにちょっと肥溜め的な臭いがしないでもないが、わりと美味しい。台北近郊の淡水の名物、厚揚げ豆腐に糸こんにゃくの入った阿給(アゲェイ)と鉄玉子も、安くて素朴で素直に美味しかった。臭豆腐(奥)と牛肉麺。淡水名物の阿給と鉄玉子。夜市の焼売屋台。一個10NT$(30円)。台湾の人は朝からこうした屋台や食堂で料理を買う。朝食専門の食堂もあり、ドイツのパン屋のように、人々はそこに揚げパンや豆乳を買いに来る。屋台も早朝から営業していて、スクーターで出勤途中のスーツ姿のサラリーマンが、例によってまたがったままお粥を買って行ったりする。昔は多分、それぞれ自前のお弁当箱を持参したものと思われるが、現在は大型のお持ち帰り用コーヒーカップのようなフタつき使い捨て容器に入れてポリ袋に入れて手渡してくれるので、バイク乗りはそいつをハンドルにぶらさげて走り去るのである。朝食専門店。大なべの豆乳。ほのかに甘くてやさしい味。また、セルフサービスの惣菜屋もある。バイキングのように紙製の弁当箱に食べたいものを適当に詰めて会計のおばさんに渡すと、目分量でいくらか決まる。「大体一人前ね」と思ったら60NT$くらいになるようだ。鳥の唐揚げも揚げたてのアツアツで美味しかった。辛くて香ばしいスパイスをかけてもらったそれは、台湾ビールによくあった。アヒルの頭を揚げたものもあったが、あれはそのまま齧るのだろうか。セルフサービスの惣菜屋。屋台にあったアヒルの頭。ちょっとグロテスク。台所のない賃貸アパートが少なくないというのもわかる気がする。屋台がそのまま台所なのだから、下手に自分で作るよりも安上がりかもしれない。ただ、いつも屋台だと食べ飽きるので、時々自分で作るそうだ。屋台からは生活感と人々のバイタリティが伝わってくる。台湾の人々は元気だ。
2013/01/29
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九份への入り口は坂の途中にあった。見晴台のようなバス停からは彼方に海が見えた。その向かいにあるセブン・イレブンの脇が、どうやら九份の町への入り口のようであった。私の想像では、「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルともなったこの町は、しっとりと雨に濡れた石畳に昔ながらの家並みがそのまま残り、赤い提灯の行列にそって坂を上ると、町の上から海が見える、鄙びた町であった。だが、それは間違いだったことに気付くのに、それほど時間はかからなかった。狭い通りの両側に立ち並ぶ土産物屋と食堂は活気に満ちて観光客にあふれていた。中国本土からの団体客の大声に、個人旅行の日本語の会話が時々混じり、欧米からの観光客もちらほらと見かける。二三歩ごとに様々な試食や試飲を日本語や中国語で勧められた。とある脇道に趣のある茶店があった。広々とした店内には古風な趣があり、いくつもの鉄瓶が湯気をたてている。壁には茶の入った甕様の容器や茶器が美しく並ぶ。せっかくなので一杯いただこうかという気になった。が、席についてからお品書きを見て、私は思わず目を剥いた。お湯代が一人100 NT$(約300円)で、茶葉100gを購入してそこから淹れてもらうシステムなのだが、一番安いものでも600 NT$(約1800円)。残った茶葉は持ち帰るとはいえ、一杯のお茶のために二人で800NT$ (約2400円)もここで支出するのはためらわれた。長年の貧乏暮らしに慣れており、さらに台湾の屋台で一食せいぜい60NT$ (約180円)でほぼ満腹できるというのに、日本なら黙っていても無料で出てくる一杯のお茶のために、食事の10倍以上を支出するのは、まさに湯水のごとくお金を使う浪費のような気がして、ウェイトレスに詫びてそのまま退散した。台湾ではお茶はまさに嗜好品なのだ。後で知ったところでは、こういうお茶専門の喫茶店を茶芸館とよび、様々な種類の茶葉をとりそろえている。産地と品種、気候と製法により個性が異なり、お湯の温度も茶器も変えるという。なんだかワインの世界に近いものがあるようで親しみを感じるが、どちらも懐具合が気にかかる。我々の入った茶芸館にはギャラリーが併設されていた。立ち入ると、小さな白磁に入ったお茶を勧められた。我々が普段飲み慣れている烏龍茶とは少し異なる品よく澄んだ香りで、ほのかな甘味と香ばしさが心地よかった。そしてなにより、先刻は高くて手が出なかったお茶を、こうしてふるまってもらえたことがうれしかった。階段の多い町をしばらく彷徨っているうちに、雨が降ってきた。雨脚は次第に強まり、我々ばバス停へと急いだ。こういう時に限って、傘を持っていない。カメラをしまい込み、瑞芳の駅へと向かうバスの停留所を探した。さっきまでの好天が嘘のようだ。坂道を勢いよく流れる雨水を避けつつ走りながら、金瓜石の黄金神社を思い出した。この雨は、神社がお参りにこなかったことを悲しんで降らせているのかもしれないように思われ、次回はきっと行きます、と心の中で手を合わせた。
2013/01/28
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台北から小一時間あまりで、列車は瑞芳の駅に着いた。そこからバスに乗り換え、金瓜石へ赴く。曲がりくねった山道を人里離れた場所へと分け入る様子は、10数年前、初めてトリーアからルーヴァー渓谷へ行った時のことを私に思い出させた。「あれ、なんだと思う?」彼女が指差す方を見ると、小さな家が立ち並ぶ斜面があった。農夫たちの小屋だろうか。聞けば、全て霊廟、つまり墓なのだという。その反対の斜面に位置する金瓜石の町の背後にある、勧済堂の上から巨大な関羽の像が見下ろしていた。学校らしき建物も見えるが、それにしても人気がない。金瓜石は日本が統治していた頃、金山として栄えた鉱山の町である。最盛期の1930年代には日本人従業員が747人というから、その家族を含めれば1000人前後の日本人が住んでいたものと思われる。さらにその数倍の台湾人が働いていて、潤沢な資金に物を言わせてテニスコート、温泉、病院などが建設され、至れり尽くせりの生活を送っていたという。その金山も1987年に閉山されてから、町は過疎化の一途を辿っていた。その対策として2004年に金瓜石黄金博物園がオープンした。日本家屋も修復され、往時の生活を偲ばせる。園内のあちこちに石段がある。整備された石段もあれば、時の流れから取り残されたような、半ば朽ちかけた石段もある。登り切ってしまったら、もとの世界に帰る道を見失いそうな気がした。とある石段の先には鳥居があった。1933年に建立された黄金神社で、かつてはお盆の祭日には参道が幟と提灯に彩られ、賑やかに祝われたという。登ろうかどうか迷ったが、今は鳥居と石灯籠がいくつか残るだけのようだった。近くを渓流が海へと向かって流れている。春、桜の花が咲く頃は、まさしく桃源郷の趣をみせるという。鉱石を載せたトロッコの線路があった道が、いまは見晴台へと続く散歩道になっている。途中、1月半ばというのに一本の梅か桃の花が咲いていた。見晴台からは見渡す限りに海と岩肌が続く。トロッコははこの斜面を下り、精錬所へと運ぶ船に積みかえられたのだろう。海への散歩から戻り、博物園の入り口あたりにある展示室で当時の道具などを眺めていると、彼女が急に無口になった。「気持ち悪いの」心なしか少し青ざめている。朝ごはんの豆乳にあたったのかもしれない、という。少し休んでから、なるべく早くその場を離れた方が良い気がして、バス乗り場へと急いだ。時の流れの中で蓄積された何かが、この一帯には濃厚に漂っていた。後で聞いた話だが、やはりかつて金山として栄えた隣町の九份---「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルとなったことでも知られる---では、7~8月の鬼月には、人はしばしば亡霊に会うという。今も残る地底奥深くまで続く坑道が、異界との通路になっているのかもしれない。帰りのバスに乗る我々を、斜面に佇む霊廟がじっと見つめているような気がした。
2013/01/27
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最近iPhoneにでドイツのニュースを時々見ている。ZDFとARDという日本で言うNHKのような位置づけにある放送局だ。トップニュースを100秒でまとめたコーナーがあり、もっぱらそれがお気に入りだ。最初は懐かしさから見ていたのだが、そのうち日本のニュースとは、話題の取り上げ方がかなり違うことに気が付いた。ドイツのニュースなのだから日本と違って当たり前なのだけれど、それにしても違うのは、国内の話題と海外の話題の比率である。日本の場合、大抵のニュース番組は国内の話題が9割方を占めている。一方、ARDとZDFがネットで配信しているニュースの8割方が、ドイツ国外の話題である。今しがたチェックしたところでは、トップニュースはベルリン市長の不信任決議の否決だったが、その他はマリの内戦へのフランス軍による反イスラム過激派支援、アメリカのアフガン駐留撤退計画、中国の長雨で地滑りがあり46人が犠牲になったこと、オーストラリアの山火事、ロシアの火山活動など、日本のニュース番組では聞いたこともない各国の話題が、100秒でまとまっている。見るたびにそうか、そんなこともあったのか、という発見が多い。私が見ているのがインターネットで配信している要約版だから、ということなのかもしれないけれど、それにしても視野が広い。ひとつには、ドイツには様々な国からの移民が多く、縁者のいる国のニュースに強い関心を持つ視聴者が少なくない、ということもあるのかもしれない。しかし数週間前、インドで女学生が暴行されて死亡したことで大規模なデモがあった時など、なぜドイツの放送局がこの話題を熱心に取り上げるのかと、私にはちょっと不思議だった。確かにインド系移民も多いが、それだけが理由ではないという気がした。ニュースを取り上げる際の価値観が、そこに反映されているのではないか。インドだけの問題ではない普遍性を持った話題と判断されたのではないかと思われた。さて、この話題は日本でどれだけ知られているだろう。新聞はやや遅れてフォローしていたが、テレビではほとんど話題にも上らなかった。結局のところ、日本とは関係のない、関心を持たれにくいニュースだったのかもしれない。私はどうもそのあたりに、日本の内向き加減を感じてしまう。個人レヴェルでは視野の広い人々も多いのだろうけれど、視聴者の関心をひくような、それも身近な、もしかしたら自分にも起こるような話題という観点から、大抵の報道番組は構成されている気がする。もっとも、私もそれほどテレビを見る方ではないから断言は出来ないけれど。というのも、個人的な怨恨による殺人事件や交通事故など、そこまで徹底的に検証する必要があるのかと思うような話題をしつこく、それも複数の局が同時に取り上げていることが多く、見ていて気分が悪くなることが少なくないからだ。日本人の国際化がもう数十年も前から言われている。個人的には語学よりもむしろ、関心の多様性と情報の価値観が問題なのではないかと思う。ここではマスメディアの、とりわけテレビ局の役割が大きい。もうすこし広い視野を報道番組で常に提示し続けない限り、日本人の国際化が進むとは思えないのだが、どうだろうか。というようなことを、iPhoneの小さな画面を見ながら思った。
2013/01/12
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初詣。一年を新たな気持ちで迎える行事。家族の健康と幸運を祈り。どこのお寺も神社も長蛇の列。甘酒に日本酒を一升瓶から大胆に投入。大盤振る舞いで景気が良い。祈る人々。樽酒に…ではないけど、それも良いかも。
2013/01/02
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