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4. 試飲試飲ワインは以下の通り。フライト1:粘板岩と石灰質土壌1. Pauly, Spaetburgunder trocken 2011 (モーゼル)2. Ralf Hass, Spaetburgunder Rose Feinherb 2012 (モーゼル)3. Meyer-Naekel, Blauschiefer Spaetburgunder trocken 2010 (アール)フライト2:青色粘板岩土壌4. Zur Roemerkelter, Honiberg Blauer Schiefer, Riesling Kabinett feinherb 2010(モーゼル)5. Batterieberg, Zeppwingert Riesling 2011 (モーゼル)6. Dr. H. Thanisch, Berncasteler Doctor, Riesling Spaetlese 2012 (モーゼル)7. Nicolas Joly, Coulee de Serrant 2010 (サヴァニェール/ロワール)フライト3:灰色・緑色などの粘板岩8. Weingut St. Urbanshof, Mehringer Riesling Alte Reben 2011(モーゼル)9. Prinz Salm, Felseneck Riesling GG 2012 (ナーエ)10. Nicolas Joly, Les Vieux Clos 2009(サヴァニェール/ロワール)フライト4:赤色・青色などの粘板岩11. Prinz Salm, Johannisberg Riesling GG 2012 (ナーエ)12. Heymann-Loewenstein, Winninger Roettgen Riesling (モーゼル)試飲解説を担当したT氏は、いつものように本質にまっすぐ切り込んでいった。モーゼルは雨が多く日照が少ない。これは果皮が薄くなることを意味する。果皮が薄いということは、フェノール分つまりタンニンが少ない、つまりゴリゴリしない。また雨が多いということは、葡萄にストレスが少ないことを意味する。多すぎたら問題だが、幸いモーゼルは急斜面でしかも粘板岩土壌なので水はけが良い。雨水の一部は表面に堆積する粘板岩の隙間を通ってその下の粘土に吸収されるが、粘板岩は表土に蓋をして水分の蒸散と土壌流出を防ぐ。この恵まれた給水環境のおかげで葡萄はストレスもなく成長するので、しなやかな酒質の、あたかも磨かれた水晶のようなワインとなる。さらに地中の岩石を迂回するようにして根は伸びるので、それだけ長くなり、粘土からより多くのミネラルを吸収することが出来る。つまり、ミネラリティのあるワインとなる。さて、試飲のフライト1は粘板岩と石灰質の比較。1.はモーゼル中流の粘板岩土壌のピノ・ノワール、2. はモーゼル上流の石灰質土壌のピノ・ノワールロゼ、3.はアールの粘板岩のピノ・ノワール。粘板岩土壌と石灰質土壌の比較だ。T氏によれば粘板岩土壌のワインは味わいの外縁部がソフトで中心が堅牢。一方石灰質土壌は逆で、外が堅牢で中心が柔らかい。たとえて言えば粘板岩は見かけは軟派だが気骨のある武士、石灰質は見かけは突っ張ってても中身は甘えん坊のツンデレ系。3.のアールの粘板岩のピノ・ノワールはゴリゴリ感があるが、これは降雨量がモーゼルよりずっと少ない550-650mmだからではないかと推定。試飲フライト2は青色粘板岩同士の比較。青色粘板岩のワインの特徴は、香りがフローラルで鼻を抜けて頭頂部に向かって伸びるとともに、味に雑味がなく肌理が細かいことにある。またふわふわとしてつかみどころがなく実態感に欠け、ある意味スピリチュアルな、あるいは霊的な気配感に満ちて、世俗とはかけ離れた世界を持つワインだとT氏。それが最も良く現れていたのは7.のクーレ・ド・セランだった。ハーブティーのような繊細な香りでアルコール感に乏しく、確かにスピリチュアルだ。そこは修道士の開拓した畑で、彼らは精神を覚醒させるようなワインを求めたが故に、青色粘板岩の土地を選んだのではないかと言う。一方モーゼルも香りは上方へ伸びてキレが良く澄んでいて、垂直的な構造が見て取れた。試飲フライト3は様々な色の粘板岩。8が灰色、9はナーエの緑、10がロワールの黄色、灰色など色々混じった粘板岩。青色に比べるとゴツゴツとした感じが目立ち、あまり伸びやかでもない。とはいえ、8のウルバンスホーフのアルテ・レーベンは非常にバランスが良く自然な広がり感を持つ。9.のナーエ特産緑色粘板岩は酸がやや分離して、さらにゴリゴリ感が気になった。10.のニコラ・ジョリーのノーマルキュベは酸化気味でやや散漫な味。青色粘板岩のクーレ・ド・セランとはいささか趣が異なり興味深い。灰色粘板岩は青色に比べると香りが地味で肌理が粗め、頭蓋への伸びも控えめで物質的・実体的な味とT氏。試飲フライト4は本来赤色粘板岩のセットの予定だったが、手違いで11.はナーエの赤色粘板岩、12はモーゼル下流の青色砂質粘板岩に黄茶や青黒色が混じる土壌の比較となった。11は9と同じナーエの生産者。T氏によれば赤色粘板岩のリースリングは香りは鉄っぽいミネラル感があり、上昇度は灰色と青色の中間で、表面の肌理は粗めだが内的な構造は灰色よりも緻密で垂直的、重心は灰色と同じく真ん中にあり、青色とは対照的に下の方への伸びがあるという。12は香味が開いてほどよく香ばしい熟成感のある甘みと奥行きで、素直に美味しく魅力的だった。青色粘板岩の、ある意味素っ気なく突き放すような感じとは若干違う親しみやすさで、赤と言われてもああそうか、と納得してしまう。 以上、モーゼルの4億年の歴史を振り返り、その多様性と特徴を探ったセミナーでした。ちなみにこの『いまどきドイツワインセミナー』はFacebookのTokioドイツワインサークルの主催で、誰でも参加できます。詳細はそちらをどうぞ。(以上)
2013/12/17
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トリーアに10年以上住んでいたとはいえ、セミナーでモーゼルのことを説明するのは、簡単なようでいてなかなか難しい。もともとあまりしゃべることが得意ではない上に、わりと大ざっぱな性格なので細かい話は苦手である。よく、心に響く言葉を語るには心で語らなければならない、と言う。わかってはいるものの、私のこよなく愛するモーゼルを言葉で伝えるのは、なかなか難しい。ほぼ毎月恒例の『いまどきドイツワインセミナー』の今月のテーマはモーゼルだった。前回のバーデンと同様に概論を私、試飲解説をT氏が担当。概論なので誰でもモーゼルの輪郭を把握できるように、地理・気候・土壌という基本からアプローチすることにした。ブレマー・カルモントから見える蛇行するモーゼル川。1. 地理モーゼルの水源はフランスはヴォージュ山脈にある。大体アルザスの裏手あたりだ。コブレンツでライン川に合流するまで544kmの高低差約700mを流れ下る。フランス国内の上流あたりは牧歌的で、川沿いの牧場で牛が草を食んでいるような、至極のどかな光景が広がっているが、メッツのあたりではおよそロマンチックとは言えない殺風景な工業地帯を流れている。それがフランスを過ぎ、ルクセンブルクとドイツの国境地帯に入ると途端に両岸の斜面に葡萄畑が広がる。そこから直線距離では約135kmのところを約243kmあまり、モーゼルは右へ左へと蛇行しながら父なるラインへと近づいていく。なぜモーゼルは蛇行を重ねるのか。土地の葡萄農民に言わせると、通り過ぎる一帯の景色があまりにも美しく、去り難いためだと言う。雄大な葡萄畑の斜面が織りなす光景は、既に約1600年前にローマ時代の詩人アウソニウスが『モゼラ』に詠んでいる通りだ。2. 気候次に気候を見てみると、モーゼルという産地がいかに冷涼であるかがわかる。モーゼル上流、つまりルクセンブルクに近い内陸では年間平均気温は約9℃にすぎないが、下流では約10.5℃と上流と下流で既に1.5℃あまり差がある。降雨量も同様に上流で約900mm, 下流で約670mm。バーゼルのブライスガウが809mmであることを考えると、上流の雨の多さは印象的だ。そして年間日照時間は約1370時間とブライスガウより300時間あまり短い。それだけ冷涼で、降雨量が多く、日照時間が少ないが故に粘板岩の急斜面が意味を持つ。つまり斜面で直射日光を葡萄樹のより多くの葉にあてるとともに、粘板岩の散らばる地面からの照り返しの光も得て、さらに粘板岩に日中蓄えられた熱が夜間の冷え込みを緩和し、そして粘板岩が水はけを良くするとともに、一度土壌に浸透した水分を上から蓋をするようにして蒸散を減ずるのである。ブラウネベルガー・ユッファー・ゾンネンウーアの畑。3. 粘板岩さて、その粘板岩は英語ではスレートslate, フランス語ではアルドワーズadroise、ドイツ語でシーファーSchieferと言う。粘土が堆積した後圧力と高温により軽く変性した結果、ある程度の厚さで剥離するようにして割れるものを粘板岩という。よくモーゼル地方では屋根瓦や壁の装飾に使われているのだが、それはもとを正せばおよそ4億年前のデヴォン紀に堆積した粘土である。4億年前と言ってもスケールが大きすぎてピンと来ないのが普通かもしれない。地球が誕生したのが約45億年前と言われている。それから比べるとけっこう最近の話ではある。当時、南にゴンドワナ大陸、北にローレンシア大陸という、二つの大きな陸地があった。その間にあったのが、ライン海盆と呼ばれる遠浅の海である。そこに陸地から雨や風で流されてきた細かい土の粒子が堆積して、3000~12000mというから富士山やエベレストよりも高く堆積した。堆積しただけでなく、大陸は徐々に移動しつつあった。日本とハワイは約6000km離れているのだが、現在も毎年8.3cm近づきつつあるという。つまり1億年で約8000km近づく、ということは、ハワイはやがて日本を通り越して中国大陸まで突進することになる。4億年前もゴンドワナ大陸とローレンシア大陸は移動しており、約2億年前には衝突してパンゲアという超大陸になった。その過程でライン海盆にたまったエベレスト並に堆積した粘土は膨大な自重と、大陸衝突の結果活発化した火山活動の熱で脱水・変性して粘板岩となった訳である。これが、今もモーゼルの葡萄畑の至る所にころがっている。ちなみにブルゴーニュの石灰質地層はジュラ紀でデヴォン紀の約2億年後、シャンパーニュは白亜紀でさらに1億年あまり新しい。ま、古ければ古いほど良いというものでもないのだが。モーゼルに堆積した粘板岩はやがて盛り上がり、現在モーゼル渓谷を挟み込んでいるフンスリュック高地とアイフェル高地となり、風化と浸食を受け、隆起と陥没を起こし、いくつもの氷河期と気温の上昇を経て、約1500万年前から260万年前に古モーゼル川がスレートの台地を彫り込んでいった結果、約300mの高さにそびえる急斜面と、谷底を蛇行する川からなる渓谷が出来上がったのである。3.1 粘板岩のヴァリエーションさて、粘板岩と一言で言っても様々な種類がある。まずデヴォンシーファー(粘板岩)と言った場合、これはデヴォン紀に起源をもつ粘板岩の総称であり、その中にも違いがある。まず色の違いだが、青みを帯びた黒っぽい粘板岩をブラウシーファーと言う。次に灰色のグラウシーファー、赤みを帯びたロートシーファー、さらにブロンズ調の緑を帯びたグリュンシーファー、他にも黒や紫もある。もともと粘板岩は青黒い、いわゆる瀝青(コールタール)に近い色をしているのだが、これが風化で色が抜けたり酸化したりして灰色になったり赤っぽくなったりする。モーゼルの場合粘板岩の組成は石英30%, イライト(雲母鉱物)30%, クローライト(緑泥石) 30%, 長石5%、磁硫鉄鋼、黄鉄鉱、海底腐植土に由来する炭化(瀝青)物質なのだが、このうちクローライトが風化で溶出すると、粘板岩の色は白っぽくなる。クローライトはまた二価鉄を多く含むので、これが酸化されると錆の赤っぽい色を帯びる。粘板岩はまた粒子の細かさによって砂質、シルト質、粘土質粘板岩に区別される。一般には直径1/256mm以下を粘土、1/16mm以下をシルト、2mm以下を砂と称するのだが、ライン海盆の位置によって、また堆積年代によって粘土質だったり、シルト質だったり砂質だったりする。これがモーゼル川沿いに位置をかえて分布している。フンスリュック・シーファーという生成年代が最も古い粘板岩は、モーゼル川の東側のフンスリュック高地寄りに、だいたいモーゼル中流域をカヴァーするようにして分布している。下流に行くとシルト質、砂質が増えて、砂が圧力と高温で変性した珪岩が増える。例えば下流のヴィニンゲンのウーレンにある、Roth Layと呼ばれる区画は粘板岩よりも珪岩が主体になっている。また、同じウーレンでもRoth Layの隣のLaubachと呼ばれる区画では、灰色の粘板岩に多量の貝や甲殻類の化石が混じっている。つまり石灰質の含有量が高く、それが区画ごとのワインの味わいに影響している。このように、色も粒子の大きさも異なる粘板岩が分布するモーゼルの葡萄畑は、蛇行によって斜面の向き、傾斜、地形、高度、風の通り道や岩石の大きさと土壌に占める割合、深さなど、そのテロワールは実に様々なヴァラエティに富んでいる。一説にはブラウシーファーは繊細さと冷涼感、ロートシーファーはニュアンスと気品が特徴とも言われるが、果たしてどうだろうか。概論の後試飲に移った。(つづく)
2013/12/17
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いつしかディナーは佳境に入り、バンドの演奏はハンガリー狂詩曲からディスコメドレーへと移った。流しの黒人歌手と白人のバイオリン弾きとともに、あちらへこちらへとワインのボトルを持って歩き回る生産者達が携帯とデジカメの標的になっているのを眺めていると「あなた、ドイツ語が話せるんですって」とひさしぶりにドイツ語で話しかけられた。振り向くと女性がボトルを持ってにこやかに立っていた。ドメーヌ・ベルターニャ(ブルゴーニュ)のオーナー、エファ・レー=シドルさん。「私の親戚はモーゼルでワインを造っているの。ケッセルシュタットをご存じ?」もちろん、知っている。トリーアの大聖堂の近くにはケッセルシュタット直営の居酒屋があり、9月から10月にかけてそこで濁り新酒を飲むのが楽しみだった。目の前に突然現れた彼女はケッセルシュタット醸造所のオーナー、レー一族のエファ・レー=シドルさん。1954年に設立されたドメーヌを1982年にレー一族が買収し、レー=シドルさんは1988年からオーナーだそうだ。トリーアという共通の話題が東京で、しかもドイツ語で出来るのはうれしかった。彼女の2008Domaine Bertagna, Vougeot Clos de la Perriere Premier Cruはまっすぐでエレガントな、力強いワインだった。ピーロート・エステート(ナーエ)のカタリーナ・ピーロートさん。もう一人、ドイツ語を話す人がいた。今回のイヴェントに唯一ドイツから出展している、ピーロート・エステートのカタリーナ・ピーロートさん。ピーロートのワインビジネスの中核となるワインを生産している醸造所のオーナー夫人だ。もともとワインとは縁のないデザイン業界で働いていたのだが、醸造所オーナーでピーロート社長の ヨハネス・ピーロート氏と結婚してナーエに嫁いできたのをきっかけに、ガイゼンハイムで国際ワインマーケティングを学んだ。ピーロート家は現在はワインの輸出入やネゴシアン業、旅行代理店など幅広いビジネスを展開しているが、そのルーツは1675年からナーエ地方で葡萄栽培とワイン造りを行ってきた醸造所である。1905年から醸造業に専念し、1926年にはナーエで最初に瓶詰めワインをリリースし、1940年代には今で言うダイレクトメールにあたる葉書で販売促進を始めた。フェルディナンドから家業を継いだクーノとエルマー・ピーロート兄弟は、終戦から8年後の1953年にワイン業界では初めて訪問販売を始めた。当時から、そして今でも一部ではあるが、ドイツでは顧客が醸造所を訪問して試飲し、気に入ったワインを買うのが普通だった。しかし受け身で待つよりもこちらから出向いて試飲させて販売してはどうか、ということで始めたのだそうだ。それから5年後の1958年には英国に進出、1969年には日本でのビジネスをスタート。まだ東京オリンピックからまだ間もなく輸入ワインが珍しかった頃だ。余談だが、ドイツの人気コメディ番組にLoriotというシリーズがある。5分前後のスケッチで、1976年から1978年にかけて制作され、現在も時々再放送される古典的名作だ。ドイツ人の気質が巧みに茶化されいて非常に面白い。そのうち一本が訪問販売をネタにしている。販売員を演じるロリオが次々とワインを開けては強引に試飲を勧め、音を立てて啜りながら味見して、ワインの説明にマニュアルを参照したり、顧客の見ていないところで自分のグラスのワインを植木鉢に捨てる様子はなかなかシニカルで笑えるが、今はもうそんなことはないだろう。やがて1985年にあの不凍液混入事件が発覚、オーストリアから問題のワインを輸入して自社ワインにブレンドしていたことから世間の批判を浴び、ピーロート社は倒産の危機に瀕した。そこから事業を立て直し、社名もWIV Wein International AGに変更。世界23か国の販売拠点の他にドイツ、フランス、ハンガリー、オーストラリア、南アフリカに所有する醸造会社を統括している。今も訪問販売が総売上4億6千万ユーロのうち2億7千5百万ユーロと約60%を占める(2010年, 参照: http://de.wikipedia.org/wiki/WIV_Wein_International)。現在カタリーナ・ピーロートさんの醸造所はナーエに25haあまりの葡萄畑を所有し、VDP高品質ワイン醸造所連盟が定めるグラン・クリュ畑も4つ所有している。カタリーナさんが手に持っていた2011 Pieroth Estate Dorsheimer Pittermaennchen Beerenausleseはチャーミングな甘口だった。ほんのりと蜂蜜と甘いベリー系のヒントがあり、口当たりは良く心地よいが、貴腐ワインとしてはやや軽めで余韻もおとなしい。ちなみに、この畑もグラン・クリュである。私の味覚センスが野暮すぎて、品の良さをわからなかっただけなのかもしれない。テーブルのワインクーラーにはバラの花束がボトルと一緒に刺してあった。会場で出会った生産者はこのほかにも何人かいる。オーストリアのローレンツ・ファイヴLaurenz V.のレンツ・モーザー氏に久しぶりに再会出来た。プロヴァインでも何度か会う機会があり、一度フランクフルト近郊のかつて貴族の館だったというホテルで開催された、プリンツ・フォン・ヘッセン醸造所の古酒がテーマの試飲会にも誘って頂いたことがある。2011年3月上旬のことで、その数日後に東日本大震災が起きた。あの時のこともいずれ書きたいと思いつつ、今日に至っている。今回モーザー氏は少し話しただけでたちまち消え去ってしまい、おかげで写真を撮りそこねた。彼のローレンツV. チャーミングとシルバーバレットは私の好きなグリューナー・ヴェルトリーナー。前者はクリーンでしっとりとした酸味があって、気軽に飲むぶんには申し分ない。後者は中身の詰まった飲み応えのあるタイプ。左からピーロート・エステートのカタリーナ・ピーロトさん、ドメーヌ・ドゥ・ラ・シタデルのアレクシー・ルース=アール氏、マス・ダン・ジルのマルタ・ロヴィラさん。隣のテーブルにいたプリオラートのマス・ダン・ジルMas d’en Gilのワインも個性的だった。2006 Clos Fontaは目を見張るほどに力強く筋肉質な凝縮感。2008年からビオディナミを始めたそうで、「ワインの香りが自然になった。自然ってどういう意味かって?森を思わせる香りね」と、オーナーのマルタ・ロヴィラさんは言う。モーゼルと同じスレート粘板岩土壌(プリオラートでは「リコレリャ」と呼ぶ)の斜面に育つ一本の葡萄樹から300g、多くて1Kgの収穫しかなく、ヘクタールあたりの収穫量に換算すると8~12hl/ha。名刺がわりに月齢カレンダーを配っていて、その日の月齢とビオディナミでどの農作業に適した日かがわかる。「これを見ると、月と一緒に我々も自然の一部だということを思い出すでしょう」と。コンサルティングはDreiskel (http://www.dreiskel.com/)に依頼しているがデメターの認証は受けていない。手続きが大変で年会費も高いからだそうだ。ドメーヌ・デゥ・ラ・シタデル(コート・デュ・リベロン)のアレクシー・ルース=アール氏。最後に南仏はコート・デュ・リュベロンのアレクシー・ルース=アール氏。彼の父が1989年に起こしたドメーヌ・ドゥ・ラ・シタデルDomaine de la Citadelleを「昔は継ぐ気はなかった」そうで、経営学を勉強したあと会社勤めをしていたという。しかしよくある話だが、「やはりワイン造りがしたい」と故郷に戻って跡を継ぎ、当初8haだった葡萄畑を現在は39haまで拡大した。古木で深くまで根を張った葡萄樹のワインという2010 Les Artemes赤はステンレスタンクで発酵したことを思わせるクリーンな赤いベリーの果実味、醸造技術で造られたワインという印象がやや気になるけれど、細く凝縮感のある長い余韻が続く。あっという間に時は過ぎ、22時を回った頃に閉会となった。急にひと気がなくなった会場はそれまでの熱気が急速に冷めて、穏やかな雰囲気につつまれていた。とりあえず、その日の夜に出会ったワインで伝えたいことは、これで全部だと思う。充実したひとときだった。(以上)
2013/12/03
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トリーアで学生をしていた一昨年までと同じで、相変わらずお金も時間もない。困ったものである。とはいえ、ワインは飲まないと書けないので、たまに声をかけて頂ければ出かけて行き、ほろ酔い気分で帰ってきてから見聞きしたことを、こうしてブログに書いたりしている。考えてみたら、トリーアにいた頃とやっていることはほとんど変わっていない。「今度醸造所行くけど、来る?」という友人の誘いに、博論に集中するかついて行くか、しばし頭を悩ませたものだ。行った後は気前よく試飲させてくれた醸造所に、せめてもの罪滅ぼしにとホームページかブログに訪問記を書いたりしていた。本当に罪滅ぼしになっているのかどうかも定かでは無いのだが、少なくとも私の気休めにはなった。そうやって10年以上ドイツに居座っていたわけだなのだが。イヴェント会場への入り口には長蛇の列が出来ていた。さて、それはともかく、今回お誘い頂いたイヴェントはピーロート・ジャパンの「レディス&ジェントルマン ワインメーカーズ・ディナー」。フランスを中心に世界各国から28人の生産者が来日、30醸造所のワイン178種類を東京と大阪の2会場で4日間にわたりプレゼンテーションする大イヴェントだ。夜7時前、青山一丁目のカナダ大使館の地下にある「青山ロビンスクラブ」に降りる階段はすでに長蛇の列が出来ていた。受付の脇にはミス・ブライダル2013に選ばれたという女性がピーロートのロゴの並ぶ看板の前に立って笑顔を振りまき、会場入り口には容姿端麗な男女がならんで訪問者を出迎え、赤い絨毯のしかれた通路を撮影用のライトが煌々と照らし、インタヴュー用のお立ち台まで用意されていた。まるでどこかのフィルムフェスティバルを思わせる。会場入り口で参加者を出迎える人々。こんな華やかなワインイヴェントは、一昨年3月のヴィースバーデンのVDP主催の舞踏会以来だ。もっとも、あちらでは生産者は訪問者と一緒になってディスコで夜通し踊っていたが、こちらではスターのような扱いだ。ディナーのテーブルにはそれぞれひとりずつ生産者が座り、参加者は彼らと身近に会話を楽しむことが出来る。ざっと見たところテーブルごとに8人前後着席していたので、参加者は約240名前後だろうか。まもなく始まった開会挨拶で、お立ち台に登った生産者がひとりずつ紹介される度に、会場のあちこちから拍手と声援があがった。シャンパーニュ2004 Champagne Boizel Grand Vintageの乾杯でディナーが始まり、手際よく料理が運ばれ、生バンドの演奏が流れる中をチャリティ抽選会のチケット売りが訪れ、キャロライン・ケネディ大使御用達というブランドCH Carolina Herreraの新作を纏ったモデル達が、会場のどこかでファッションショーをしているらしかった。私は日常との落差にめまいを感じた。ラヴァンチュール(カリフォルニア)の生産者、ステファン・アッセオ氏。私のテーブルに同席した生産者はカリフォルニア南部はパソロブレスの醸造所ラヴァンチュールL´Aventureのオーナー、ステファン・アッセオ氏Stephan Asseoだった。長髪にラフなシャツを着て、右手首には入れ墨が見えた。聞けば、フランス領ポリネシアで魚釣りして暮らしていた時に入れたものだという。「ここにはもっと大きいタトゥーが入っているんだ」とシャツに隠れた左腕上腕部をさすった。アッセオ氏はフランス出身の54歳。カリフォルニアに移住してから今年で15年になる。ブルゴーニュで栽培醸造を学んだ後、1982年にボルドー右岸のサンテミリオン近郊にDomaine de Courteillacを購入しワイン造りを始めた。今から31年前ということは、彼が23歳の時には既に醸造所のオーナーだったことになる。やがてサンテミリオンにChateau RobinとChateau Fleur Cardinaleの二つの醸造所を購入し、その評判が良かったのでChateau Guillot Clauzel (Pomrol)やChateau Corbin(St. Emillion)の面倒も見ていたというから、地元では腕利きとして一目置かれる存在だったらしい。つまり、アッセオ氏は醸造家としてかなり成功していたのだ。にもかかわらず、ボルドーのシャトーを売り払ってカリフォルニアに移住し、ワイナリーを起こした。「レバノンや南アフリカなど、色々なワイン産地に行って様々なスタイルを経験してから、造りたいワインのイメージが湧いたんだよ。でもそれはフランスでは実現不可能だった。アペラシオンの規制が邪魔だったんだ。生産地域によって栽培可能な葡萄品種が決まっていて、その産地のスタイルにあわせたワインを造らなくちゃいけない。そんな決まりで縛られたくなかったんだ」という。そして1996年から1997年の2年間、理想のワインを世界のどこで造るか探し回っていたそうだ。南アフリカへも行った。海の近くは暑すぎ、標高の高い冷涼な地域ではソーヴィニヨン・ブランなど品種によっては素晴らしいワインが出来る、テロワールは悪くないと思ったが、政治的状況が不安だったので止めたという。フランスのワイン造りの影響が強く、品質とコストパフォーマンスで成功を収めているチリにも行ったが、滞在して数日後奥さんがアッセオ氏に言ったそうだ。「いつまでここにいるつもりなの?」と。そして次に訪れたのがカリフォルニアだった。まずナパに行ったが、斜面は良いが谷間の土地は肥えすぎていて、葡萄栽培には向いていないと感じたそうだ。そして見込みのありそうな畑は非常に高価だった。あちこち見て回るうちに、南部のパソ・ロブレスの海に近い丘陵地帯で「ここだ」と感じたのだそうだ。「テロワールは『魔法の場所(マジック・プレイス)』なんだ」と、アッセオ氏が言うとき、その目に心なしか強い光が宿った気がした。そこはパソ・ロブレス東部の海に近い斜面で、大昔には海の底だった場所である。海洋生物の骨や貝殻だったケイ酸質や炭酸カルシウムを含む土壌に、葡萄樹は「まるで血管を伸ばすように」根を地下深くまで張るのだという。地中海性気候で昼間30℃を超える熱気は夜には海風に冷やされて5℃前後まで下がる。様々な向きの斜面の51haあまりの葡萄畑にはカベルネ・ソーヴィニヨン、プティ・ヴェルドといったボルドー品種と、シラー、グルナッシュといったローヌ系品種が栽培されている。ローヌの包み込むような懐の広さとボルドーの深遠な力強さを兼ね備えたワインが、彼の造りたかったワインのようだ。同じテーブルに座る我々に気さくに語っていたアッセオ氏は、語りながらワインのボトルをクーラーから取り出し、手のひらで温度を確かめながらボトルの上下を何度もひっくり返していた。用意してあったのは2011Cote a Cote, 2011 Optimus, 2011 Estate Cuveeの3種類で、いずれも赤ワインだったのだが、何本かをディナーが始まる前にアッセオ氏は白ワインと一緒にクーラーに入れて、時々触っては温度をみていた。その時見せた表情は、恐らく樽の中のワインに向き合う時と同じ醸造家の表情だった。アッセオ氏と彼の冒険の成果。個人的にはオプティムスとコート・ア・コートは似ていると感じた。どちらも口中で素直に広がり、軽やかでほのかにベリーの甘みがあり、親しみやすくエレガントで心地よい。口の中で果実味が翼を広げ、大空を滑空するような感じがした。前者はシラー50%、カベルネ・ソーヴィニヨン33%、プティ・ヴェルド17%で後者はシラー40%、ムールヴェドル38%、グルナッシュ22%。ラヴァンチュールのカリフォルニアらしい開放感と気さくさは、力強くむっつりとしたカベルネ主体のボルドーと比較すると一層際立つ。それに対してエステート・キュベは、渾身の一作であることを口に含んだ瞬間に感じさせる。力強さと濃厚さがあり、熟成のポテンシャルを示しつつも今飲んで十分に美味しい。凝縮感のあるブラックベリー、カシス、カカオなどのヒント。口の中の中央で柔らかく繊細な丸い味の塊が、トリュフチョコのように溶けていく感じ。シラー48%、カベルネ・ソーヴィニヨン28%、プティ・ヴェルド24%。どれも良いワインだった。ラヴァンチュールは英語のザ・アドヴェンチャーで、ボルドーを離れて新世界に乗り出した冒険から生まれたワインという意味だそうだ。「でも、アヴァンチュールといえば『恋の火遊び』という意味もありませんか」と聞くと、あれ、わからなかったの、という顔をした。たぶんヨーロッパ系の人には一目瞭然なので、あえて説明しなかったのかもしれない。ブルゴーニュ、ボルドー、カリフォルニア以外にパリ、フランス領ポリネシアに住んでいたことがあるアッセオ氏は、いずれ引退したらスペインで暮らしたいのだという。既にバルセロナの近郊カタロニアの小さな村に住居と葡萄畑を買ってある。「死ぬ時はそこで死ぬ。もう決めてあるんだ」と言う。小さな葡萄畑は自家用かと思ったら「いや、それでちょっとお金も儲けるつもり」と笑った。(つづく)
2013/12/03
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