全3件 (3件中 1-3件目)
1

梅がそろそろ、咲き出した。庭の梅は、まだしばらく先か。いずれにしても、春は近い。
2013/02/19
コメント(2)

台北から新交通システムMRTで40分ほど北に淡水の町がある。まだ新しさの残る淡水の駅前にはユニクロの入った百貨店もあり、一帯は台北のベッドタウンとして開発が進みつつあるようだった。ミュージシャンの歌声が穏やかに流れ、川面にせり出すガジュマルの木陰に人々が集う。穏やかな陽射しに人々の心もなごむ。夕陽が沈むころ、漁に出る船があった。漁師の家族だろうか、母と娘がそれを見送っていた。淡水の良いところは観光地化しつつも、昔ながらの営みがそこかしこに残されているところかもしれない。空一面が茜色に染まり、やがて色褪せ、暮れなずんでいく。日常の喧騒をしばし忘れ、穏やかな気持ちで帰途についた。いつかまた来よう。
2013/02/02
コメント(0)

昨日も書いたが、台湾には日本で失われつつあるものが、あちこちで息づいている。とはいえ、それもいつまで続くか分からない。近代化の波は確実に押し寄せているし、日本が30年かけて辿った道を台湾が10年で追いつき、追い越さないと誰が言い切れようか。現在の台湾には昔から変わらないものと、急速に変貌しつつあるものが混在していた。光と影。台湾のセブン・イレブン。地下鉄。現在も建設が進んでおり、昨年の路線図と違う部分がある。台湾の首都台北市の一部は国際化していた。無国籍化と言い換えてもいい。とりわけ台北101の近辺は東京を歩いているのとあまり変わらない。幅広い歩道に街路樹や公園があり、あたかも都市計画の理想図をそのままリアルにしたかのような、快適でいささか味気ない世界が広がっている。台北101。台北101のショッピングモール。中正記念堂近くの国家音楽廰。中正記念堂の衛兵の交代。中正記念堂の周辺は文教地区なのだろう、国立図書館や学校が集まっている。1月の中旬というのにまるで5月のような日差しに街路樹が影を落としていた。そのすぐ近くの市場の片隅では、ちまきを作る人々の姿があった。その裏通りにある煤けた家並みの中に夫婦二人で切り盛りする小さな食堂があり、常連らしいお客が自宅の食堂のようにして過ごしていた。近代化の冷たさと昔ながらの生活感が、隣り合わせに存在している。台北の隣にある北新市は、役所の建物や銀行を除いて、20年、30年前の雰囲気が残っていた。築数十年になろうかという建物の屋上は樹木が生い茂っていたり、あるいは小屋が建っていたりして、発展に秩序が追い付かない様子が町のあちこちにうかがえる。大抵のアパートの窓には屋根のついたアルミの格子が張り出していて、物干し場所になっている。とってつけたような不ぞろいな格子で美観とは無縁だが、洗濯物の落下と雨を防いで実用的だ。そして今回一番の驚きは、トイレだった。下水道が老朽化していてトイレットペーパーを流すことができないので、使用後は便器のそばのゴミ箱に捨てる。トイレットペーパーにも二種類あり、日本でも一般的なロール型は一応流しても良いらしい。ただ、高層アパートの場合、低層階でトイレが詰まることが多いという。もうひとつはティッシュペーパーで、こちらは流すことは出来ない。必ず便器のそばにあるゴミ箱に入れる。だから、そうしたものをすべて持ち去ってくれる清掃車の「乙女の祈り」のオルゴールは、ことさら清らかに耳に響く。いつかは紙の流せないトイレや時刻表のないバス、煤けたような家並みも「そういえば、そんな時代もあったね」と懐かしむことになるのかもしれない。我々が昭和を懐かしむように。
2013/02/01
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


