コッツウォルズ(Cotswolds)地域は、
ロンドンの西200キロメーターの所にある丘陵地帯。
遥か向こうに点在する町や家、
その周辺に広がる丘、
晩秋の牧草地は
冷たい風が吹き抜ける枯れ野。

コッツウォルズの
コッツ(Cots)は羊小屋、ウォルズ(wolds)は丘を意味する。
「羊が丘」というところか。
14世紀から15世紀にかけて、
羊毛産業の絶頂期を迎えたイギリス。
コッツウォルズは世界最高級の羊毛生産地として繁栄し、
その財で羊毛商人たちは豪華な家々を建てた。

(ボートン・オン・ザ・ウォター、Bourton-on-the-water : 美しい小川と石橋。
小川にはカモや白鳥が泳ぐ。橋を渡れば、ライムストーンの人家が立ち並ぶ。)
コッツウォルズの風景の典型、
ライムストーンの家並み
蜂蜜色した壁の家々
一
(ボートン・オン・ザ・ウォターのライムストーンの家並み。200年の時空を超えて今もある)
蜂蜜色の柔らかな黄と黄葉の黄が
見事にハーモーニーして
秋色のコッツウォルズ

(ボートン・オン・ザ・ウォターのホテルの紅葉。あざやかなオレンジが鄙びた風景に色を添える)
この地域は石灰岩の地層が横たわっており、
少し掘り起こせば、ライムストーンが簡単に手に入る。この地方の家々の壁が蜂蜜色なのは、
この石のせいである。

(バイべリー:Bibury ライムストーンの鄙びた家並みと秋の庭。村全体が公園のよう。)
300年におよぶ長い時間を呼吸して、
ライムストーンの壁は微妙な色あいに移ろって
現代の田園風景にしっとりと溶け込んでいる。
コッツウォルズ地方の中央に位置するバイベリー:
画家でもあり、詩人でもあり、社会思想家でもある
ウイリアム・モリスをして、
「イングランドで最も美しい村」と言わしめたバイべリー。
紅葉した蔦のからまるホテルの
ライムストーンの壁も秋色
(バイベリーの墓地)
繁栄したころの村の羊毛商人たちのお墓だろうか?
300年余りの風雪に耐えて、苔むす墓石。
静かな村のなかに黙して佇む墓群。
私たちに時の重さを伝えている。
あり余る富に任せて、
当時としては豪華な家並みが村ごとに作られた。
その往時の姿を今にとどめて、
中世にタイムスプリットできる田園風景。
コッツウォルズ地方の北端にある
ストラットフォード・アポン・エイヴォンは
(Stratford-upon-Avon)
古くから農作物の集散地、職人も多く集まり町は活気に溢れ、
ギルドを母体とする自治組織によって運営される、
豊かで自由な雰囲気の街であった。

白壁と木組みの家並みが美しい
ストラットフォード・アポン・エイヴォンの街のストリート
この町は
文豪シェークスピアが
生まれ育った町でもある。
(シェークスピアの生家)
シェークスピアは1564年4月(ガリレオを同年)にこの街に
皮革製品を扱う職人・商人を父とする裕福な家に
8人の兄弟の長男として生まれた。
彼の幼い時、父親は町長にもなり、町一番の名士であったが、
少年期には経済的に行き詰まり、没落した。
(ストラットフォード・アポン・エイヴォンの街を走るバス。シェークスピアの像が描かれている)
豊かな富、自由な雰囲気や、美しい豊かな自然溢れる町と
彼の生い立ちの紆余曲折が、
後に不朽の名作を創造する源泉となった。
時代や人種を超えて、
今なお人々の心に鮮烈に生き続けている
シェークスピアが創造した人物たち。
シェークスピアの名前を知らない人でも
ハムレットやロミオやジュリェットやシャイロックなど、
現代の多くの人が一度は耳にした人物たち。
(シェークスピアの妻・アン・ハサウェイの家。彼は18歳のとき26歳のアン・ハサウェイと結婚。
5か月後に長女誕生。20歳の時には双子が誕生。20歳でもう3児の父親。しかし、彼は
人間について、さまざまな事を学んだトラットフォードをやがて一人で出てロンドンへ。)
シェークスピアは
ルネッサンス期の人である。
中世がキリスト教神学に支配され、
神が世界の中心、
すべてが神を頂点とする世界に組み込まれ、
人々もキリスト教の倫理観に従属して生きていた。
ルネッサンスは
この中世の神学から解き放たれ、
ギリシャ・ローマの古典の大らかな人間性にあこがれ、
人間を謳歌しようとする文芸・芸術の人間再生運動である。
(シェークスピアの妻・アン・ハサウェイの家。立派な茅葺の家。
夫シェークスピアは20歳から20数年間ロンドンで劇団作家として活動。
ロンドンに出てから5年ほどで頭角を現し、それから20数年で30数編の戯曲を書いた。)
シェークスピアが創作した劇中人物たちは、
ギリシャ・ローマ時代に手本を求めながらも
ギリシャ劇を止揚して、
人間の深い内面を暴き出して、
それを生きた劇中人物として形象化した。
それまでの演劇が
言葉に縛られ教条的になっていた人物に
生きたリアリティを与えて、劇中で躍動する人物を
シェークスピアは創りだした。
人間の価値観を認め、
「自我」を発見した人物像、
まさに、
シェークピアは中世の人間像とは対極にある
「近代」の人間像を形象化した。
シェークスピア劇が、
21世紀においても、
さまざまな解釈で演じられているのは、
このシェークスピアが創造した人物の革新性にある。
シェークスピアの作品は
汲めども尽きない近代の人間の本質を
その深いところで形象化している。
18世紀になると、
イギリス産業革命を推進した羊毛産業は、
綿織物やシルクにその座を奪われ、
コッツウォルズは衰退した。
産業革命の原動力となった
石炭産地と工業地帯を結ぶ鉄道網から
外れたコッツウォルズは、
時代の波から取り残され、
美しい自然と古い町並みがそのまま残された。
シェークスピアの演劇には
イギリスガーデンを四季おりおりに彩る
バラやハーブが
劇中の小道具として巧みに配置されている。
シェークスピアの植物にたいする深い造詣、
これは、もちろん、
この豊かで美しいコッツウォルズの自然の中で
育まれたものである。
そして、
300年後の今なお、
シェークスピアの生きた同じ自然が
コッツウォルズの田園風景のなかに
息づいているのを知るのである。
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