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もうかれこれ10数年も働いてくれた我が家のVHSビデオデッキが、そろそろおかしくなってきた。まだ動くには動くのだが、テープ取り出し口のフタが開かなかったり、早回しや巻き戻しなどのスピードがひどく遅くなってきたのだ。動かなくなってから慌てるのもイヤなので、今のうちに買い換えようということになった。買い換えるなら、もちろんDVDレコーダーだ。というわけで今日、早速近所の家電量販店で購入してきた。平日は時間が無いので、接続作業は今度の連休にでもするつもりだが、買ってみて改めて思うのは、今まで撮り溜めたビデオテープのことだ。我が家には兆大なビデオテープライブラリーがあるのだが、おそらく半分くらいは「一度も見ていない」ものだと思われる。忙しくてなかなかテレビを見る時間の無い私は、とりあえず見たいと思うものを撮っておくのだが、考えてみればテレビを見る時間が無いほど忙しい身でありながら、撮ったビデオを観る時間がとれるはずも無い。よく、「そのうち時間が出来たら○○しよう」というのは「○○できない」と同義語である、という話を聞くが、私のビデオテープライブラリーなどまさにその典型だ(笑)。しかしながら、普段はほとんど観もしないくせに、いざVHSビデオデッキがDVDレコーダーにその座を奪われるとなると、いよいよ行き場の無くなるビデオテープに未練が起こってくるのも、無理からぬことかもしれない。とりあえずVHSビデオデッキが何とか動くうちに、重要度の高いものから順番に、DVDレコーダーにダビングしていくことにしたが、到底全部は無理だろう。そうなると、お蔵入りとなってしまうテープも数多く出てしまうのは必至だ。何だかもったいないなあと思うものの、考えてみればCDの登場に伴って同じようにお蔵入り状態になっている「カセットテープ」も、数多く存在していることに気がついた。ごくたまにふっと聴きたくなるものもあるが、それでもカセットテープが聴けないからといって、私が日常生活を送る上で何ら不自由を感じないというのも、これまた事実なのだ。ビデオテープもそういう存在になっていくんだろうなあ。
2008年10月31日
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いろいろとスッタモンダしていたWBCの日本代表監督に、巨人の原監督が就任することが決まった。当初は星野監督をという声が大勢だったのが、ファンの反対論やイチロー発言の影響などもあり、「日本シリーズで勝った日本一監督を代表監督に」という、まことに訳の分からない結論になろうとしていた。最初それを聞いたとき、私は思わず「えっ!?」と思った。だってもし日本一が西武になった場合、就任1年目の若い渡辺監督が代表監督になるわけである。いや、渡辺監督の資質がどうかということではなく、あくまでも客観的に見た場合、まだ経験の浅い彼が適任かどうか、ということだ。これが最も丸く収まる、などと楽観的な主張をしていた人達は、もし日本シリーズで西武が優勝したら、果たして何の疑問も持たずに渡辺監督をアメリカに送り出しただろうか、そのあたり疑問が残る。もしそれで惨敗でもしたら、監督選びが批判にさらされるのは必至だろうに。それだけ決め方自体がいい加減だったということだ。その後早々に原監督に決まったというのも、ある意味そういう「危機感」の裏返しだったのかもしれない。とにかくこんな場当たり的な決め方は、もうこれっきりにして欲しいね。そもそもは代表監督の位置づけが不明瞭なことが、根本的な原因ではないかと思う。例えばサッカーのように、長期にわたって代表監督を務める人物を、現役監督以外から選任しておいたほうがいいと思う。今は大会のたびに監督やスタッフを選んでいるが、これでは今回のように、監督選びが難航すればするほど、準備期間が不足してしまう。それで通用するほど国際大会が甘くないということくらい、過去の経験から分かり切っているはずである。少なくとも大会の1年以上前には代表監督が決まっていた方がいい。それでも1年という期間は、次の大会のための準備期間として長過ぎるということは決してないだろう。その間に出来る限り多くの試合を見て、戦力を見極める。過去の大会のデータを分析して、戦術を練る。ライバル国の選手を見に、海外へ飛んでもいいだろう。何せやることはいくらでもあるはずだ。本気で優勝を狙う気があるのなら、今回のようなドタバタなど起こるはずはないと思うのだが.......。
2008年10月29日
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昨日に続いて「表ブログ」ネタをもうひとつ。「表」の方ももう10数本の記事をアップしてるが、早くもお互いにコメントをやり取りする“ブロ友”が出来てきた。その中のひとりに、わりと近くにお住まいで、ウチの店の存在を以前からご存知の、ほぼ同年代の女性の方がいらっしゃる。その方が先日、ウチの店にいらっしゃった。特にアポもなく突然訪ねて来られたのだが、その時、あいにく私は留守だった。たまたまその時店に居たのは私の父だったのだが、父は私のブログのことがよく分かっていない。ブログの話はしたことはあるが、元々年齢的にもそういう方面には弱いのである。で、その女性は父に対し、私とはブログを通して知り合った云々.......という説明をしたわけだが、父としては何となく胡散臭いものを感じてしまったようだ。父はすぐに私に連絡を取ったが、たまたま私はすぐ近所にいたので、5分ほどお待ちいただくことにして急ぎ店に戻った。もちろん私も彼女と会うのは初めてで、お互い名刺交換などしながら挨拶している光景を、当の父は怪訝な表情で見つめていた。また彼女は手土産にケーキを持ってきてくださったが、どうも私が戻る前に父に渡そうとしたところ、受け取りを拒否されたのだそうだ。どうも父は、全く見ず知らずの人が突然尋ねてきて、しかもケーキなど差し出されたことに、余計な警戒感をあらわにしたようである。とりあえず私は彼女に、父の非礼を詫びた。彼女が帰ったあとで、父の納得いくように説明したことは言うまでもないが、父も「新手の詐欺」か何かではないかと直感的に思ったようだった。まあ私がこれまでブログをやってきた4年半の間、誘導的なコメントやトラックバックを使って有害サイトに誘い込もうとする輩はいるものの、ブログ上で全くの別人格に成りすまして、詐欺などの行為をはたらくという話は全く聞いたことが無い。ただ、元々が顔も見えない見知らぬ者同士のコミュニケーションである以上、そういう悪人が紛れ込んでいないとも言い切れない。しかし私自身、「書く文章」にはどうしても人柄が滲み出るもので、別人格を装おうと思っても、そう簡単にはできないと思っている。そしてそれを信じられなければ、ブロガーなど到底やってられないと思う。今はとにかく、ブログが犯罪などのツールとして変に利用されないことを祈るばかりだ。
2008年10月27日
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以前にお話しした私のふたつ目の「表ブログ」、とりあえず今のところ順調に稼動している。だいたい「裏ブログ」(=この楽天ブログ)と同じくらいのペースで更新しているが、ただ書いているときの感覚、これが全く違うのには我ながら驚いた。以前も書いたように、この裏ブログは家族も含め、周りには内緒でやっているが、新しく始めた表ブログの方は、ウチの顧客にも大々的に宣伝して公開している。つまり「裏」の方は読む人が全く特定されていないのに対して、「表」の方は明らかに読むであろう人がハッキリしている。これは結構疲れるものだ。元来気が小さく、いわゆる「気にしい」の私だから、読む人の顔が頭に浮かぶたびに、「こんなことを書くとあの人はどう思うだろう?」とか、「こんな表現じゃあの人に誤解を与えないだろうか?」とか、そんなことばかり気になってしまうのだ。ところがこちらの「楽天“裏”ブログ」の方へ来れば、とりあえず知った人はほとんどいないわけだから、自分の思っていることが何でもストレートに書ける。これがなんと気持ちのいいことか!そういうわけでこちらの方に書くときは、ついつい筆が軽くなってしまうのだ。私にとっては「癒し」の場所でもある。
2008年10月26日
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現在中1の真ん中のムスメ、コイツがなぜか、オジサン達に人気がある。オジサンというか、よその子のお父さんたちだ。イベントなどで子供を連れてきたりしているときに彼女がいないと、「あれ!?今日は○○ちゃん来てないの?」などとガッカリされることも一度や二度ではない。中には「オレは○○ちゃんのファンだ!」と、臆面もなく公言している人もいる。物を貰ったりすることもある(大したモノじゃないが)。彼女はどちらかと言えば、同学年の女の子の中では極めて「地味な」存在だ。背も低くて「お子ちゃま」然としているし、いまどきのファッションなどにもトンと興味が無く、まず同学年の男子にもてるタイプでは無い。歳のわりにはしっかりしているところはあると思うが、それこそ小学生の中に入っても埋没してしまいそうな存在だ。何がオジサンたちの心をそそるのか..........「ガリレオ」じゃないが「全く分からない」(笑)。まあ何にせよ、とりあえず「好かれてる」ということは、「嫌われる」よりは良いことだとしておこう。ただ今はまだいいが、これが10年後にも同じようにオジサンにもててるようでは、さすがに困るけどね(まるでオヤジ殺しだ)。
2008年10月24日
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今年の夏の甲子園は、大阪桐蔭高校が制した。と書くと、何だかネタ的にはずいぶん古く感じるが、私がここで触れたいのは大阪桐蔭のプレーについてではなく、彼らのユニフォームについてのことだ。その胸の部分には、ローマ字で「TOIN」と書かれ、「O」の字の上に「長母音」を示す横棒が引かれてある。いまどきならおそらく「TOHIN」などと書きそうな学校も多いと思われるだけに、彼らのこのユニフォームには拍手を送りたいと思う。言うまでもなく「長母音」を示す横棒(あるいは「^」)を用いるのは、正しいローマ字のルールであり、どこの学校でも「H」の文字を長母音に用いることなど教えていないはずだ。にもかかわらず、当たり前のように「H」の文字が長母音として氾濫しているというのは、いったいどういうことだろう?プロ野球のユニフォームの背中側の選手名を見ても、「OHTA」だとか「GOTOH」だとか、ごくごく普通に使われている。まあこれらの名前はまだ実害が無いからいいとしても、例えば「大石」とか「大矢」とかいう名前をこのパターンでローマ字表記すると、「OHISHI」、「OHYA」......つまり「オヒシ」、「オヒャ」としか読めないのだ。「桐蔭」だって、「TOHIN」と書けば「トヒン」になってしまう。これは明らかにおかしい。そこで最初の疑問に戻るが、いったい何時からこのような間違った用法が氾濫し出したのだろう?私の頼りない記憶をたどっていく限りでは、やはりあの「王貞治」氏に行き着く。それまで番号しか書かれてなかったユニフォームの背中に、ローマ字で選手の名前を入れることになった、そこで王さんの名前を入れる段になって、どこかの誰かが気を利かして、「こんなのいいよね」とか何とか言ってあえて「OH」とした、そうするとその後に出てくる「長母音」の入った名前の選手も、横棒なんか野暮ったいということで真似をする........大方そんなところではないだろうか。もしこの仮説が正しいとしたら、王さんはともかくとして、その他の「加藤さん」や「伊藤さん」、あるいは「大島さん」や「香田さん」などのローマ字表記にまで、「OH」を使う必然性は全く無いわけだ。子供たちに誤ったローマ字の使い方が浸透しないためにも、即刻プロ野球選手のローマ字表記は改めたほうが良いと思うのだが、如何だろうか?ただ現実には、「長母音記号」にも不都合はある。今のところ、パソコンで表示できないことだ。しかしそのあたりは、現代の技術の粋を結集すれば、何とか表示できそうな気もする。だいたいフランス語やスペイン語にも、文字の上にくっつける記号のようなものはあるからね。
2008年10月22日
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イチローが間近に迫ったWBCの、日本代表監督の人選の問題に関して、「最強のチームをつくると言う一方で、現役監督から選ぶのは難しいでは、本気で最強のチームをつくろうとしているとは思えない」という発言をしている。彼はこの時の取材で、「もう一度、本気で世界一を奪いにいく。WBC日本代表のユニホームを着ることが最高の栄誉であるとみんなが思える大会に自分たちで育てていく。シンプルなことなんですけどね」「大切なのは足並みをそろえること。(惨敗の)北京の流れから(WBCを)リベンジの場ととらえている空気があるとしたら、チームが足並みをそろえることなど不可能でしょう」というようなことも語っている(以上のニュースソースは→こちら)。いずれも非常に的を得ている。そのあたりは私も納得だ。しかし正論だからそれで良いかと言うと、そういうものでもないだろう。彼はあくまでも、一プレーヤーとして監督に選抜されてプレイをする立場の人間だ。そんな立場の彼が、しかも代表にも選ばれてないうちから、監督選びに口を出すというのは、いかがなものだろうか?いくらなんでも、少々差し出がましくはないだろうか?これでは「何様のつもりだ!」という声が聞こえてきてもおかしくないだろう。彼を敬愛する一ファンの立場からも、もうちょっと自重した方がいいのでは、と思った。
2008年10月20日
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以前のブログで報告した、小学校の恩師を囲んでの飲み会が予定通り、昨日開かれた。そしてこれに参加できない私もまた当初の予定通り、仕事の手が空いた隙を狙って、会場に駆けつけた。会場に入るなり、先生は一目で私の存在を認めてくれ、懐かしそうに手を振った。挨拶もそこそこに、先生にお酌をしつつ、早速昔話に花が咲いた。それにしても恐れ入ったのは、30年以上も前の教え子のことを(特定の事柄だけとはいえ)、事細かに覚えておられるということだ。私たちにとっての先生は特別な存在であっても、先生方からしてみれば我々はおそらく何千人という子供の中の一握りでしかないはずだから、本来記憶の中に埋没してしまっても全く不思議ではないのに、だ。あるいは顔を見た瞬間に、フラッシュバックのようにふぅ~っと蘇って来るものなのかもしれないが、ある意味、教師という職業に従事している中で備わってくる能力なのかな、とも思ったりもした。今年御歳74歳になられた先生は、さすがに容貌こそ老いは隠せないものの、背筋もシャンとして、お声も昔とさほど変わりがない。もっとゆっくりとお話していたかったが、私の都合で20分ほどで失礼させていただいた。他にも何十年か振りに顔を見た同級生連中が何人か居たのに、ろくに話も出来ないままその場を後にした。何とも心残りだ。ただ幹事の計らいで、せめて私が居る間にということで、私が退座する間際に、中途半端な時間にもかかわらず、記念撮影をしてもらった。写真が出来上がるのが楽しみだ。先生にはあとでこちらから、お酒でも送ろうと思っている。当日お酒を酌み交わすことが出来なかった、そのせめてもの代わりとして.........。
2008年10月19日
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納品を終えてクルマに戻ると、開け放していたリアドアの上に、どこかのネコがちょこんと座って、私の帰りを待ってくれていた(笑)。 すぐに退かすのもかわいそうだったので、写真を撮ってしばらく眺めていた(私はネコ好きだ)。
2008年10月17日
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昨日来店されたあるお客さんが、1本のワインをドンとカウンターの上に置いてこう言った。「これってコルクやったんやねえ」見ると確かにウチで売っているワインだ。どういうことかというと、このお客さんは昨日ウチでこのワインを購入された。ところがいざ飲もうとしたら栓がコルクだったので、開けられないのだと言う。コルクかスクリューキャップか、という問題ではなく、それ以前のこととして、このお客さんの頭の中には、ワインを飲むのにコルクを抜く道具が必要だ、という認識が無かったわけだ。何とか尖った物を総動員してコルクを削り取ろうとしたようだが、もちろんコルクというものは、そんなことで何とかなるような代物ではない。結局中途半端に削り取ったまま、力尽きてウチの店に持ってきたわけだ。そしてそのお客さんの苦労話を聞きながら、あとは私がソムリエナイフで抜いてさしあげた。ワイン好きの人にしてみれば、なんとマヌケなお客だろう、と思われるかもしれない。いや、ワイン好きの人でなくとも一般的な認識として、ワインを開けるのにコルク抜きが必要ということは常識ではないか、と思われる方が大多数かもしれない。ただ世の中には様々な人が居るわけで、普段滅多にワインを飲まない方にしてみれば、こういった常識を知らないことで責められる筋合いも無かろう。少なくともその商品を売る立場としては、「想定内のこと」として考えなくてはいけない。「常識」というのは、時に傲慢であったり、時に我儘であったりするものだ。「常識」に対しては、常に謙虚に向き合いたいものだ。
2008年10月15日
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私の卒業した小学校は、ほぼ全員がそのまま同じ地区の中学校へ持ち上がる。そのせいか、中学校の同窓会は今までに何度もあったが、小学校の同窓会というものは一度も無い。中学校の同級生とメンバーが全くダブるわけだから、当然と言えば当然だ。そういうわけで、中学時代の恩師には同窓会などの機会に会うこともあるが、小学校の恩師に会うことは、まず滅多に無いと言っていい。ところが先日、ひょんなことから、小学校時代に受け持っていただいたある先生を囲んで、飲み会をやろうという話が持ち上がり、私にもそのお誘いが来た。その先生には私も小学時代の3年間も受け持っていただき、一方ならぬお世話になった。当然出掛けて然るべきなのだが、その酒宴が土曜日の夜に行われるということから、その時間に仕事を休めない私はちょっと困ってしまった。幹事に相談してあれこれ考えた結果、配達の仕事があらかた終わった段階で幹事に連絡を入れ、その時点で宴が続いているようなら駆けつけようか、ということにしておいた。しかし土曜日の夜は何時に仕事が片付くか、フタを開けてみるまで全く予想がつかないから、ひょっとすると顔を出せないかもしれない.........幹事にはそう伝えた。ところが全く想定外だったことに、幹事がそんな私の事情を、当の先生に伝えていたそうだ。そして信じられないことに、その話を受けて先生が言われるには、「いいよ、あいつが来るまで待つから」このひと言を伝え聞いた私は、いたく感激してしまった。かといって、恩師を長時間待たせるわけにもいかないので、結果的に宴の参加は諦め、その代わり仕事の途中で空いた時間を見計らって、たとえ5分でも10分でも先生に会うために顔を出すということに落ち着いた。宴は今週の土曜日である。
2008年10月13日
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株価暴落と円高を伝えるニュースを見ながら、ぼんやり考える。主に製造業に頼っているこの町では、不況の荒波をまともに浴びるのは必至。当然ながら企業の業績は悪化し、あらゆるところにそのツケは回ってくる。まずこの歳末の忘年会は間違いなく縮小されるね。事実、宴会場のある複数の飲食店から、「いつもこの時期にはとっくに予約の入っているお得意さんから、まだ何も言って来ない」といった類の話を聞かされている。そして忘年会と同じように、お歳暮も間違いなく縮小されるだろう。一般のお客さんに目を転じてもやっぱり、酒など飲んでいる場合じゃない、といったムードになってしまいそうだ。外で飲むのももちろんだが、一般家庭で飲む分には特に顕著だ。嗜好品なんて、真っ先に削られる対象のものだからね。どうしても飲みたい人は、とにかく単価を落とす。すでに「ビール」→「発泡酒」のシフトは終了して、「発泡酒」→「新ジャンル(=第3のビール)」のシフトの真っ最中で、もはや発泡酒すら売れなくなってきている。このような状況のまま進んでいくと、無事に年を越せない飲食店や酒販店が何軒も出てきそうだ。少なくともウチがその中に入らないようにしたいものだが。かといってそのための対策など、正直なところ何も考えられない。向かってくる荒波があまりに大きすぎて、その前ではどんな付け焼刃式の対策を講じてみたところで、全く意味が無い。変革が必要になってくるときもあろうが、今はただ、あくまでも自分が正しいと思った商売を愚直に積み上げていく、それ以外の道はないように思う。
2008年10月10日
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何とも不可解な話がいきなり飛び出してきた。日本プロ野球機構(NPB)は、ドラフト指名を拒否して海外プロ球団入りした選手が帰国後の一定期間、NPB球団と契約できないとするルールづくりを進めているという。今秋のドラフトの目玉候補と目されていながら、メジャー行きを表明している、新日本石油ENEOSの田沢純一投手を牽制しているのは明らかだ。なんと了見の狭いことだろう、これではまるでイジメみたいなものではないか。この制度に従うと、もし田沢選手がドラフト指名を蹴ってメジャーに行き、仮に数年でお払い箱になって日本に帰ってきたとき、そこからNPB球団と契約するまでに、さらに2年間の浪人生活を経なければいけないということになる。脂の乗り切った時期の2年間の空白というのは如何にも勿体無い、日本球界の損失だ。ただこれが例えば江川や元木のように、どうしても某G球団に行きたい選手が他球団から受けた指名を拒否して、大学・社会人に進んだり浪人したりする、という「意図的な」ものならば、このような「縛り」を設けるのもアリだろう。というのもこの場合は、ドラフト制度の趣旨を根底から覆すに等しい行為だからだ。しかし今回の田沢選手のケースは、全く異なる。NPBの中で球団を選り好みするのを私は良しとしないが、NPBとメジャーとの選択の中で、メジャーに挑戦するという自由は保障されるべきだと思う。実際今のところ、アマチュア選手がNPBを経ないでストレートにメジャー入りすることを禁止する決まりは無いしね(紳士協定はあるらしいが)。よって彼には何の落ち度も無いわけで、あるのはただ、NPBの危機感だけだ。よっぽどメジャーを眼の敵にしているようだが、いくら締め付けを強めたところで、選手のメジャー志向というのは最早抑えられまい。「良い選手の海外流出は、日本の野球人気の低下につながる」というようなことを、球界関係者やマスコミはことあるごとに口にするが、何のことは無い、それは今に始まったことではなく、野茂選手に続いて何人かの選手が海を渡り出した10年ほど前あたりから、すでに何度となく口にされてきたことだ。しかしその10年の間に、本当に野球人気は低下したのだろうか?低下したのは地上波のG戦中継の視聴率だけで、特に地元密着に徹したパ・リーグ各球団は、それなりに成功を収めているではないか。とにかく、つまらない“泥縄式”のルールづくりに精を出すよりも、日米間の選手交流に関するメジャーとの合意を取り付けることの方が先決だろう(ポスティング制度も考え直す余地があるだろうし)。また田沢選手のようにアマチュアからストレートでメジャー入りした選手が、夢破れて帰国した場合の、NPB球団入団に関するルールづくりも必要だ。現行では通常ドラフトにかけられることになっているようだが、メジャー経験という実績を引っさげた選手がアマチュア選手と一緒、というわけにも行かないだろう。例えば自由契約選手と同じ扱いでウェーバー公示にかける、というのもひとつの手ではないか。どちらにしても、田沢選手の後を追うようにして海を渡るアマチュア選手は今後も増えると思うが、野茂・松井・イチローレベルになってメジャーに骨を埋められる選手など、そうそういるはずはない。そんな「中途帰国組」を上手く組み入れて、NPBを活性化することが出来れば、決して日本球界の損失になることはないだろう。かつて新庄はメジャー流の「野球の楽しみ方」を持ち帰ってきて、日本ハムを一躍人気球団にしたし、中村ノリは日本シリーズMVPを獲得し、石井一久は今も西武のローテーションピッチャーとして活躍している。そういった具合に、日米(韓・台も含めて)の人材交流がさらに進めば、また新たなプロ野球の魅力が生まれるのではないだろうか。そのための制度づくりを、まず先にやってもらいたいのである。
2008年10月08日
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私の大好きな俳優、緒形拳さんが急逝された。報道などを見ていると、「昭和の名優」という表現が多く目に付くが、私にとっては平成に入ってからの、ちょっと年老いたくらいの役柄が好きだ。リカーマン的には「キリン一番搾り」のCMも懐かしく思い出されるが、なんといっても大河ドラマでの彼の名演が非常に印象深い。『太平記』での、足利尊氏の父・貞氏役、『毛利元就』での、元就の好敵手・尼子経久役、そして昨年の『風林火山』での、上杉謙信の名参謀・宇佐美定満役.......いずれも地味だが、重要な役回りをサラリと演じていた。演技にことさら重厚さがある方ではなかったと思うが、他のどの共演者も持ち得ない、何かしら強烈な存在感があった。もう彼の演じる姿が見られなくなるのは寂しい。心よりご冥福をお祈りします。
2008年10月07日
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先日、外回りが終わって1日分の集金の精算をしていたときのこと。.......どうやっても現金が2,700円多い。何度も計算し直したり、入金の覚え書が変な所に紛れていないか確認したりしたが、やっぱり2,700円多い。しばらくいろいろと考えていたが、とっさにあることに気がついた。「2,700円」という金額が、ミソだ。これは例えば、相手に3,000円渡すところを間違って300円しか渡さないと、2,700円の誤差が出る、そういうことに違いない。調べてみるとちょうど今日、3,000円のお釣りを渡したはずのお得意先があったが、どう考えてもこのお得意先には、今日は小銭しか渡した記憶がない。そう、単なる釣銭の「一桁間違い」だ。結局これで「2,700円」の謎は解けた。その後慌てて2,700円を握り締めて、そのお得意先に駆けつけたのは言うまでも無い。めったに無いことだが、我ながらアホなハナシだ。ただ、似たようなことは結構よくある。例えば私の妻は毎日、金庫の中のおカネを数えて帳簿と合わせているが、そのときにもよく「○○円足りない(or 多い)!」と報告してくる。そこで誤差の金額を尋ね、それが「9の倍数」だったら大方「一桁間違い」だったりする。つまり5万円の現金があるところを、間違って5千円として勘定してしまい、45,000円の誤差が出る、そういうパターンだ。カネが合わなければ、まず「9の倍数」を疑え、これがウチの店でカネ勘定をするときの鉄則になっている。「アホ」な間違いをしないためにも(笑)。
2008年10月06日
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偽善エコロジーある意味、非常に衝撃的な内容の本だ。今まで私たちが当然と思っていたこと、そうするべきだと啓発を受けてきたこと、そういったものが全く逆だったり、あるいはほとんど意味の無いことだったりする、そんな事柄がこれでもかというくらい、徹底的に書かれている。いかに「エコロジー運動」というのが、特定の業者や団体の利権にまみれているか、そんなことにも厳しい論調が向けられている。ただ、だからといってここに書かれていることを鵜呑みにするのも、それはそれで危険なことかもしれない。今私たちに必要なことは、双方の主張をよく吟味した上で、最終的に自分のアタマで考えて判断するという、「主体性」だと思う。そのことに気付かされるということだけでも、この本の価値は充分にあるだろう。そしてもちろん、そのために必要な情報やデータを、国や公的機関、そして民間企業は正しく提示しなければならない。しかし残念ながら今、それは充分なされているとは言えない。
2008年10月03日
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今日配達で、市の郊外のちょっと遠いところにある、「A」という得意先を訪ねた。いつもは単にそこを往復するだけだが、今日はたまたま別の「B」という、これまた郊外の得意先からも注文があり、一緒に積んでいくことにした。つまりウチの店を出て、「A」→「B」と回って帰ってくる、「三角形コース」だ。その「A」と「B」の間はクルマで20分ぐらいだが、幹線道路を2本つなげば単純な道のりだ。ただ今日は時間に余裕もあったし、ちょっと気が向いて、行ったことのない田舎道を通ってみることにした。で、これが予想していたよりも、はるかに素晴らしい風景の中を走るのだ。市内の道は大方通ったつもりでいたが、まだまだ身近に私の知らない素晴らしい風景があるものだな、と何だかちょっと得をしたような気になった。
2008年10月01日
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