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今日は愛車のガソリンを入れに行った。ガソリン税が衆議院の再可決によって復活し、来月から大幅な値上げをするからその前に、という気持ちももちろんあるが、それよりもただ単にガソリンが空っぽ寸前だったのだ。報道などで見聞きしている限りでは、一昨日の日曜日あたりから、駆け込み需要によってガソリンスタンドにお客が殺到している、などと言われていたが、私のいつも行っているスタンドはそれほど混んでいるわけではなく、まったく待たずにすぐに給油できた。この地方の人が呑気だからなのかどうか知らないが.......。しかし今月初め、暫定税率期限切れのときには、各スタンドとも高い課税分の在庫を抱えていたということで、すぐに価格が下がったわけではなかった。もっとも市場の競争原理によって、それからほどなく120円台になったが、この時に一般庶民は「スタンドの在庫分」が値下げのタイミングに関係するということを学習した。つまりコレを応用すれば、今回仮に5月1日に再課税されることになったとしても、スタンドにはそれ以前に仕入れた在庫があるわけだから、すぐには価格を上げられない。本音としてはスタンドも即日アップを目論んでいるのだろうが、もしそうしたところで消費者やマスコミから、「安い課税で仕入れてる分くらいは安く売れ!」という批判に晒されるのは目に見えている。そうなれば今度は各スタンドとも、いつから価格を上げるか、ということで頭を悩ませることになる。お互い周りの様子を探りながら、ということになるだろうが、そうなればスペース的・資金的両面で在庫の貯蔵能力の高いスタンドが俄然有利になる。しかしそうでないところもある程度価格を周りに合わせなければならないとすると、中小のスタンドの中には、高く仕入れたガソリンを安い価格のまま、何日も販売せざるを得ないところが出てくるかもしれない。ひょっとしたらコレが経営を悪化させる決定的な要因になった、そんなスタンドがあってもおかしくは無いだろう。与野党の攻防のあおりを食らって潰れていくスタンドがあるとすれば、こんなバカバカしいことも無い。そういった人々の悲鳴は政治家の方々に届くのだろうか。
2008年04月29日
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私が購読しているあるメルマガで先日、「レジで釣銭を渡すときに、もう片方の手を下に添えて渡すのを多く見かけるようになったが、これは是か非か?」という話題が取り上げられ、ちょっと考えさせられた。というのも私自身、いつの間にかそれを真似しているからだ。なぜかと問われても、さしたる理由があるわけではなく、「何となく丁寧に見えるから」としか言いようが無い。しかし一度そういう所作が身についてしまうと、今度は逆に片手だけで釣銭を渡す行為が、何となくぶっきらぼうというか、雑に見えてしまう。かといってその他に両手を使う所作はないかと思っても、お札なら両手で差し出すことができるものの、小さな硬貨の端っこを両手でつまむなどというのは間抜けでしかない。まあこれは私があれこれ考えてもしょうがないことで、お客さんがどう思うかということの方がずっと重要だ。そういうわけで、これに関して「賛成」・「反対」のご意見をお待ちしております。
2008年04月27日
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我々の業界では1年に1度、アルコール類をどれだけ売ったかを税務署に報告する義務がある。だいたいこの4月の間に、前年4月から今年3月までの1年間に売った量を種類ごとに分けて、リッター換算で報告書に記入して申告する。そして最近では、この申告がパソコンから出来るようになった。いわゆる『e-Tax』という、あれだ。確定申告などで利用されることは多いようだが、酒類販売数量報告にも使えるということは知らなかった。私と同じように、それを知らない酒販店が多いだろうからか、今回組合の方で、税務署主催の『e-Tax』の体験会という機会が設けられた。もっともこれに先立って、電子証明書付きの「住基カード」を作らなければならない。導入当時いろいろと物議を醸した「住基ネット」であり、『e-Tax』も含めて私の中ではいまだに多少のわだかまりはあるのだが、組合活動に深く関わっているそのしがらみもあり、今回私もそれをやってみることになった。少し前に市役所に行って「住基カード」はすでに作ってあり、それを持ってさっそく酒類販売数量報告の電子申告をやってみた。初期設定に多少手間取ったものの、申告自体はわりとサッと済ますことが出来た。まあ『e-Tax』なるものも、所詮はお役所の省力化のために考え出されたものだろうから、サッと済ませられねばお話にならない。しかしいまだにセキュリティなどの面で疑問が無いではないが、でもそれを言い出したら、現在普通にやっているインターネットバンキングやネット通販なども同じようなものかもしれない。それよりも今は、これによる「スピード化」というメリットをもっと重視してもいいか、とも思っている。特に確定申告の時期の会場近辺の混雑振りには、私もいつも辟易しているからだ。「住基ネット」についても、一時は「国民総背番号制」に繋がるものとして批判が高かったが、他方メリットとしても計り知れないものがあることも事実ではある。その双方をバランスよく勘案しながら、使い方を見定めていくことも必要なのではないかな、とちょっと見方を変えた今回の体験だった。
2008年04月25日
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ウチが取引しているとある卸問屋から、信じられないようなことを言われた。担当セールスが電話を掛けてきて言うには、ある商品に関して、ウチに卸している納入価格が安すぎると、本社から指導が入ったので、○月○日から××円値上させて頂きます、ということだ。最近、ビール・焼酎とアルコール飲料のメーカー値上げが相次いでいるので、最初はその一環かなとも思ったのだが、よく聞いてみるとその商品のメーカーは値上げなどしていないという。つまり卸問屋の一方的な都合での値上げなのだ。よその業界ではどうか分からないが、少なくともウチの業界では、「メーカー値上げ」か「酒税の増税」以外の理由で価格が上がることは、まず無いと言っていい。だから私も、それはおかしいんじゃないか、といって、担当者に食って掛かった(電話だけど)。しかしその担当セールスとしても、本社がそう言って来てるから、としか言いようが無い。彼だって、ウチがこの話を飲まなければ、彼自身の査定に大きく響くのだろう。私があくまで突っぱねるなら、おそらく本社としては、それなら取引を切ってしまえ、という決断を下すだろうということは容易に予想できる。結局この商品に関しては、他に仕入れられるルートが無いということもあり、仕方なくその話は飲んだ。その代わりにその担当者に、思いっきり嫌味を言ってしまった。彼に悪態をついたところでどうなるものでも無いのに、そうしないではいられなかった。もちろん今では反省している。彼とて一介のサラリーマン、得意先の事情よりも、自分が会社からいい評価を得ることの方が重要なのだから。でも何だか割り切れないんだよな~。
2008年04月24日
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別に私のケチさ加減をひけらかそうというつもりではない。 ただ、モノを極限まで使い切ることに、えも言われぬ快感を覚えると同時に、使い込んだ赤エンピツに対し、そこはかとない愛おしさを感じるのだ。
2008年04月23日
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一昨日の夜メガネをかけようとしたら、いつの間にか左のレンズに、派手にひびがはいっている。私は基本的に日中コンタクトレンズを着用しているが、夜になればもちろん外すので、当然ながらその間はメガネのお世話になる。しかしこんなひびが入っていたら、さすがに使い物にならない。というわけで早速昨日、新しいメガネに造り替えるべく、メガネ屋に出向いた。このメガネ屋で前にメガネを作ったのは、いつ頃のことだったか、最早まったく思い出せないが、メガネ屋のカルテによると、何と20数年前だということだ。その間に一度、フレームだけ交換しているが、夜だけしか使っていないということもあって、レンズは結構長持ちしているわけだ。ただもちろん私の現在の視力は、当時に比べてかなり落ちているのは明らかなので、改めて測り直してもらったのだが、やはりかなり落ちている。ただ視力が落ちているだけなら別に仕方ないと思うだけだが、メガネ屋の主人が言うには、「お客さんの年齢ですと、そろそろ老眼への対応も考えたほうがいいですよ」。.......一番聞きたくなかったことだ(汗)。メガネ屋の主人の話によると、おおむね45歳前後を境に「遠視」が出てくるケースが多く、メガネの度をちょうど良く見えるレベルに合わせると、近くが見難くなるので、多少ゆるめに設定するのだと言う。ただそういう話は以前、コンタクトレンズを造り替えたときにも聞いていたので、「ああ、そうですか」と聞き流しておいた。ただ私と2歳しか違わないこのメガネ屋の主人が、現在かけているのが「遠近両用メガネ」だと聞いて、少なからずショックを受けた。若い若いと思っていても我々は、もはやそういう世代になってきているのだな、ということを痛感した。ところでこの今のメガネ、いつどんな状況でひびが入ったのか、思い当たるところがまったく無く、依然謎のままだ。しかし一昨日の土曜日の朝から、その日の晩までの間には違いなく、考えてみればその間には昨日のブログに書いた、長男の眼の打撲というアクシデントがあった。こんなことを言うと、実に非科学的なハナシに思われるかもしれないが、長男の眼を球が直撃したその瞬間に、私のメガネにもひびが入った、しかも同じ「左眼」に.........というと、なんだか「超常現象」もどきのストーリーみたいだが、ちょっと出来すぎか(笑)。
2008年04月21日
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今日は長男の所属する中学野球部の春季大会があり、私も久し振りに観戦に出かけた。1戦目は何とか勝ったものの、ベスト4を賭けた2戦目を落とし、残念ながらベスト4までは届かなかった。負けはしたものの、長男のプレイはいつもと変わりなく、私を安堵させた。というのも、昨日の練習の際、彼は球をもろに左眼に受けるというハプニングがあったのだ。監督から知らせを受けた妻が、すぐに彼を眼科に担ぎこんだのだが、そのときはあたかも『お岩さん』のような顔立ちになっていたそうだ。診察の結果、単なる「打撲」ということで眼球には異常なく、とりあえずはホッと一安心。翌日に大会があるということを告げた妻に医師からは、「痛みが残るようなら止めたほうがいい、決して無理をしないように」というアドバイスを返された。本人も「どうも視界が狭いなあ」とは言っていたが、キャプテンでもある彼はその責任感から、明日の状態がどうであれ、出るつもりでいたようだ。幸い腫れの引きも思ったより早く、痛みもほとんど無くなったようだったので、私もGOサインを出した。ただ彼はキャッチャーというポジションであり、このことがトラウマとなって、不必要に球を怖がったりすることは無いだろうか、という心配もあったが、それは杞憂に終わった。もっとも守備に問題は無くても、打撃の方は2試合とも散々の成績だった。ただこれについては、目の打撲を言い訳にするわけにはいくまい、技量の問題だ(笑)。しかしあとで考えてみると、これがソフトコンタクトレンズで良かったと思う。これがハードレンズだとか、あるいは以前使用していたメガネだったら、もっと悲惨な状況になっていたのは火を見るよりも明らかだ。またボールも軟球ではなく硬球だったら.......と思うと、背筋が凍りつく思いだ。
2008年04月20日
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ウチのムスメと同じ小学校区に、今難病を患っている子がいて、その子の為に有志の何世帯かで、千羽鶴を折ることになった。その音頭を取っているあるお母さん(仮に「Aさん」とする)が、私の妻とも懇意な関係にあることから、ウチでも家族揃って折鶴作りに精を出し、百数十羽を織り上げて渡した。それで終わりかと思ったら、昨日Aさんから連絡があって、あと数羽追加で折ってもらえないかということだった。そのときに妻がいろいろ話をした中で、ちょっと興味ある話題を聞いて来た。Aさんが千羽鶴の件を、ある別のお母さんに話したときに、その方から「千羽鶴のしきたり」について聞かされたらしい。どういうものかというと、(1)千羽鶴はキッチリ1,000羽でないといけない。(2)糸でつなぐ単位は20羽で、計50束。(3)鶴を糸で繋ぐときは、必ず羽を閉じた状態で。いやー、そんな細かいしきたりがあるなんて、私も妻も初耳だ。なんでもAさんにこのしきたりを教えた方も、病気を患うお子さんをお持ちなので、Aさんとしてもこのしきたりに関して、あまりむげには出来なかったようだ。それで最初に集まった折鶴が1,000羽に満たなかったので、各家庭に追加を依頼してきたというわけだ。また集まった折鶴のほとんどが、羽が開いたままだったので、それはAさん一家が総がかりで羽を閉じたという。しかしこういったのって「気持ち」のものだから、そんなに固く考えなくてもいいと思うんだけどな~。
2008年04月18日
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ジャイアンツがただ今、低迷中だ。シーズン開幕前の各メディア・評論家の予想では、オフの大型補強の成果が出てぶっちぎりの優勝、という声が大方だっただけに、このスタートの状況に首をかしげている方も多いかもしれない。しかし自慢するわけではないが、私にはこの結果は十分想定内だ。まあこのままで終わるとは到底思わないが、少なくとも2位以下に大差をつけて独走、という展開にならないことだけは確かに言えると思う。大型補強をしたから即勝てる、野球はそんなに甘いものでもないだろう。いくら戦力が分厚くても、それがキチンと機能しないことには何にもならない。ちなみにFA制度が始まって以降、ジャイアンツは毎年のようにいい選手を獲得している割に、2年として続けてリーグ優勝したことがない。しかも私のおぼろげな記憶の限りでは、特に目立って大型な補強をした年に限って、優勝を逃しているように思う。つまり乱暴な言い方をすれば、あれだけ球界を引っ掻き回し、他球団ファンの顰蹙を買った結果、当のチームは逆に弱くなっているという一種のパラドックスに陥っているのかもしれない。そんなことは私が今さら言うまでも無く、当の球団関係者の方々はとっくに気が付いているかと思うが、それでもジャイアンツは補強の手を緩めようとしない。これはひょっとすると、ジャイアンツが「ヒール(悪役)」であろうとしているからではないか。他球団のファンから嫌われるような振る舞いをあえて続け、常にいい勝負を演じながらリーグを盛り上げ、最終的には他球団に花を持たせる、ここのところのジャイアンツは見事にそんなヒールの役割を演じてきている。やっぱり「球界の盟主」たる者、リーグ活性化のために常に自らの存在意義をわきまえようというところなど、さすが天晴れである。かつては日本人の三大好物として、「巨人、大鵬、玉子焼き」などという言われ方をしたが、昨今ならさしずめ「巨人、亀田、朝青龍」というべきだろうか。言うまでもなく、「日本三大ヒール」として........。
2008年04月16日
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念願の新車がやっと届いた。前のクルマの走行距離は最終的に98,258kmで、結局10万kmに届かなかったが、このクルマはどこまで頑張れるかな?
2008年04月15日
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私がお客さんに酒の説明をするとき、かなり高い確率でこう訊かれる。「これ、辛口? 甘口?」日本酒や白ワインなどなら、我々もそういった言葉を使うこともあるので、まだ納得は出来るのだが、赤ワインだとか本格焼酎、果てはビールや洋酒などについても「甘辛」を問われるようになると、正直疲れてしまう。とにかく日本人というのは、「甘辛」にこだわる。というよりも、「甘辛」にしか判断基準を見出せないでいるかのようにも思える。ただ誤解の無いように言っておくと、それはもちろん、消費者が悪いというわけではない。今までその判断基準で、ずっと世の中が動いてきたから仕方ないと思う。味覚というのは、もちろん「甘辛」だけで判断できるものではなく、実に様々な要素が複雑に絡み合って構成されている。昔から「五味」という言葉があるように、少なくとも味覚は5つの要素、すなわち「酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味(カンミ、塩辛さ)」から構成されているといえる。ただ我々が普段酒を味見したり、それを言葉で表現したりするときには、これだけでは足りない。我々がよく使う表現として、「すっきりしている」、「コクがある」、「ボディが厚い」、「旨味がある」、「キレが良い」、などという表現がある。こうなると、「甘辛」の概念が「直線」であるならば、味覚の要素はもはや「平面」をも通り越した「三次元」の世界だ。それを「甘辛」という対立軸だけで表現するというのは、どだい無理な話だ。しかし多くのお客さんは、「甘口」なのか「辛口」なのか、どちらか白黒つけてくれ、とでも言いたげに、私の言葉を待っている。私が、「これはどっしりとしたコクの豊かなタイプで.......」などと説明していても、「で、辛いの?甘いの? 俺、辛口が好きなんやけど、辛口じゃないんなら止めとくわ」てな調子で、私の話の意図が通じないうちに、一方的に会話が片付けられてしまう。みんながみんなこんな調子では無いにせよ、ある意味象徴的な受け答えではある。話す側と聞く側の、感性の尺度が基本的にずれているというのは、結構深刻な問題だ。それが原因で、お客さんは自分の好みとまったく違う物を買わされたりすることも有り得る。ただ、だからと言って、これといった打開策がある訳ではない。私自身が、お客さんの感性を何とか推し量っていくしか無さそうだ。しかし心の中では、いつもお客さんにこう問いかけている。「そろそろ“甘辛”から脱却しませんか?」
2008年04月14日
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浅野忠信主演、今年度のアカデミー賞・外国映画部門にノミネートされた作品で、チンギス・ハーンの幼少期からモンゴル帝国統一を成し遂げるまでを追ったものだ。何せ日本人出演者は浅野氏のみ、しかも全編モンゴル語だ。おそらく事前に知らなければ、チンギス・ハーン役が日本人だとは気がつかないのではないか。台本のマスターにかなりの労力が費やされたことは容易に想像がつくが、その上に戦闘シーンなどでの体を張ったアクションなども随所にあり、彼の苦労も並大抵ではなかっただろう。そのことだけでも最大級の賛辞を贈られて然るべきかと思う。波乱に富んだ半生ながらも、映像的にはわりと淡々としたトーンで進んでいくが、それもこの国の持つカラーなのかな、とも思ったりもする。何せ雄大なモンゴルの原野が画面いっぱいに広がる様は、観ていて圧倒されっ放しだから、そこでの人間の営みなど所詮、相対的にはちっぽけなものなのだろう。
2008年04月13日
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私が仕事で使っているクルマがいよいよ危ない。スターター周りの不良が原因(おそらく)で、エンジンが一発で作動しない、ということは以前の日記に書いたが、それが日を追うごとに、エンジンが掛かるまでの時間が長く掛かるようになっていったのだ。先日などは出先で、あまりにもなかなか掛からず、半ば諦めかけていると、忘れた頃に「ぶるん、ぶるん、ぶるぶるるる.......」と、まるで私をあざ笑うかのように動き出したということもあった。出先でクルマがへたばってしまうなど、格好悪いにもほどがあるので、何とかしなくてはいけない。一応「A社」と「B社」の間で検討していた新しいクルマは、結局使い勝手の良さと予算の関係で、従来どおりの「A社」で購入することにしたのだが、その納車時期は来週半ばとなっている。それまで今のクルマだけでは心許ないので、「A社」のご好意により、代車を貸していただけることになった。それが今日届いたのだが、これがなんとバンではなく「乗用車」だ。一応リアはハッチバックになっているので、辛うじて荷物を積むことはできるが、さすがにバンと同じようなわけにはいかない。とりあえずしばらくは配達量に応じて、瀕死のバンとこの代車とをうまく使い分けていくことにした。ただ瀕死のバンが出先で立ち往生しては困るので、特に長時間でなければ納品の間中、いけないこととは承知しつつも、クルマのエンジンを掛けっ放しにしている。アイドリング・ストップが叫ばれている昨今の世相に背を向けるようで心苦しいのだが、チーム・マイナス6%の皆様に「今だけだから、どうか見逃して!」と心の中で叫んでいるのだ。
2008年04月12日
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夕方くらいに小腹が空いてくると、私はいつもコンビニでパンや肉まんなどを買って食べる、それが日課になっている。で、肉まんはもちろんだが、パン(私はもっぱら惣菜パンが多い)もレジで温めてもらうことが多い。ただそのときの温め方が、なかなか私の思うような仕上がりにならなかったりする。私はあくまで「ほんのりと」温まっている程度がいい。しかしただ単に「温めて」と言うだけだと、「チンチン」になってしまうことが多い。余談だが「チンチン」というのは、「アツアツ」と同義語である、この地方の言い回しなので、決して変な連想をしていただきませぬように。さて、パンの温まりようが私の意に沿わぬがために、私としてもいろいろと注文を付けることになる。始めのうちは「“少しだけ”温めて」と言っていた。しかしまだまだ私の理想に比べると、熱すぎる。そこで「“持って熱くない程度に”温めて」という言い方にしてみた。なるほどこれなら、幾分マシになった。ただレジで指示するのに、この台詞はいかにもまどろっこしいし、しかも店によって温まり加減にかなりバラつきがあるのだ。バラつきを無くすには、曖昧な表現は避けて、共通認識を示せばよい。幸いどこのチェーンでも、使用している電子レンジのスペックは、そう大して変わらないはずだ。ということで、「何秒」温めれば良いか、その理想時間を割り出せばいいことが分かった。そして何回かの試行錯誤を繰り返した後に、私が導き出した結論はコレだ!「“7秒”温めてください」でも店員さんには、ヘンな人だと思われてるんだろうな、きっと........。
2008年04月10日
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今日眼科に行き、診察を受けたところ、傷がついていた私の左眼はもうほとんど完治しており、コンタクトレンズも晴れて解禁となった。で、帰宅すると早速コンタクトレンズを装着した。2週間ぶりのコンタクトレンズということで、さすがにちょっと異物感が拭えないが、まあこれは時間と共に慣れていくだろう。とにかくメガネの度が非常にゆるく作ってあったので、この2週間は見づらくて大変だった。今日もあるお得意先に行ったとき、ある方(仮にAさんとする)に「このあいだ店の前で見かけたとき、手を振って呼びかけたんだけど、分かってた?」と言われた。ただそれを聞いたとき、私は一瞬何のことか分からなかった。しかしよくよく考えてみると、以前ウチの店の前で、私に遠目に手を振っていた正体不明の人がいたことを思い出した。実はそれがAさんだったというわけだ。度の弱いメガネで顔がはっきり見えなかったことと、この時たまたま私も急いでいたということに加え、Aさんがこの日はたまたま見慣れない「スーツ姿」で歩いていたことが、私を一層混乱させたのだ。だって私がいつも見ているAさんは、料理人のいでたちだからだ。実はそのことがしばらく引っ掛かっていたのだが、今日真相が判明して、一気に胸のつかえが降りたような気がした。やっぱり眼がはっきり見えてないということは、場合によってはあらぬ誤解の種になったりして、実にコワイことなのかもしれないな。
2008年04月09日
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今日、とある卸商社から納品された商品を検品していると、その中にどうも注文した物と違う物が来ている。一瞬悪い予感がして、慌ててFAXの発注書を確認すると.......あ~あ、やっぱり発注ミスだぁ~。発注するときに締め時間まで間がなかったので、慌てて発注書を書いたのが原因だろう。しかし困ったことに、この商品はあるお客さんからの取寄せ依頼が有って仕入れた商品なのだ。しかもそのお客さんには、今日入荷する旨を伝えてある。ちょっと特殊な商品なので、今さら近隣で間に合わすというわけにはいかない......。いろいろ思案したものの、これはどうしたってウチのミスなので、私がその卸商社に交換しに行くことにした。幸いその卸商社は名古屋にあるので、行って帰って3時間もあれば充分お釣りは来るだろう。しかし、ケチのついた仕事には、どこまでもケチはついて回るものらしい。国道1号線を一直線に進んでいこうとしていたところ、この道は車線が狭くて流れが悪そうだから、ということで、途中から併走する国道23号線にそれて行った。始めのうちこそスイスイと進んでいたのだが、しばらくするとこれがベタッと動かなくなってしまった。事故渋滞なのだ。何たる不運.......。最初から23号線をチョイスしておけば、この事故渋滞に嵌まらずに済んでたかも........と思っても、後の祭り。結局この渋滞を抜けるのに小1時間を要し、結果的に店に帰って来たときには、出かけてからすでに4時間以上が経過していた。まあ、今日はそれほど忙しい日でなかったから、まだ良かったんだけどね。
2008年04月08日
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今日は昨日に引き続き、うららかな陽気の絶好の外出日和。桜も見頃だなー、と思っていると、先日olive2004さんの日記に紹介されていた、見事な枝垂桜を思い出し、急遽観に行くことにした。これは私の家からクルマで小1時間のところにある、いなべ市の勝泉寺という所にあるものだ。非常に辺鄙な、分かりにくいところにあるためか、訪れる人はそう多くは無いようで、あまり俗化されてないことに密かな喜びを感じる。境内の桜(↑)も見事なものだが、境内からちょっと離れたところにある小さな墓地にも桜の木が1本植えられており、これがまた枝振りの良い、見事な桜だ。1本だけぽつんと生えているせいか、凛とした風格をより一層漂わせている。こんな桜の下に眠る故人はさぞや幸せだろうな。
2008年04月06日
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もう今くらいの時期になると、世間ではスギ花粉情報などもあまり耳にしなくなってくる。一般的にはもう花粉症の季節も峠を越えたようだ。ただ私はといえば、例年発作の始まりも終わりも遅い方(要は他人よりもワンテンポずれてる)なので、今なお発作は続いている。ほぼ一日中マスクをしているので、周りの人たちからは「大変だね~」という同情を集めてしまう。他にマスク姿の人をあまり見掛けなくなってきたから、余計に目立ってしまうのだ。ただ私がマスクをしているのは、よほど花粉症の症状がひどいから、というわけではない。それどころか、どちらかと言えば今年はラクな方だ。今年の花粉飛散量はかなり多くなる、というシーズン前の予測にもかかわらず、だ。マスクを着用する代わりに、薬をあまり飲まないようにしている。ちなみに今年は耳鼻科の医者には掛かっておらず、市販薬で間に合わせている。その市販薬も、通常なら1日3回×1回2錠=計6錠飲まなければいけないところを、朝たったの1錠飲むだけで、後はまったく飲まないのである。規定量の6分の1、これは今までの私から見れば、快挙と言っていいくらいのことだ。そして薬を減らした分、マスクで補っているようなものだ。それでも、花粉飛散量がかなり多いぞ、と言われた今シーズンを、何とか軽く乗り切れそうなのだ。マスクの効用については、かなり前の日記で書いたことがあるが、そして今年、私は新たな悟りを開いたような気になった。「ヘタな薬よりも、マスクの方が効果絶大!」眠くなることも無いしね。しかし今日くらい気温が上がる日は、外で動いているとマスクの中が汗で蒸れてくるのが、少々不快だ。
2008年04月05日
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昨日の日記でも書いたように、私が仕事で使っているクルマが、もうそろそろ買い替え時期にさしかかっている。もっとも買い替えるのはいいのだが、問題はどこのメーカーのクルマにするかなのだ。ちなみに私が使っているクルマは、もう何代も前からずっと「A社」のものだ。別にこのメーカーに特に義理があるわけではないのだが、極めて保守的な私の父が、特にメーカーを替えることを考えてなかったからだ。私も特にこの「A社」のクルマには不満があるわけではないので、何もなければ続いて「A社」のクルマに買い替えることだろう。ただここに新たな候補として、「B社」という存在が浮上してきている。「B社」のディーラーはここ数年、ウチの店で定期的にお買上いただいているという「実績」があるのだ。ちなみに「A社」も、かつてはウチの店で多少はお買上頂いていたこともあったが、金額的にも微々たるものだし、それにここ数年、まったく実績が無いのだ。だから「商売上の義理」というものを優先させるならば、「B社」で買いたいと思うのは、きわめて自然な成り行きなのかもしれない。しかし物事はそう簡単には運ばない。今私が仕事で使っているクルマというのは、いわゆる「軽ワゴン」タイプのものだ。ちょうど「スズキ・エブリィ」とか、「ダイハツ・ハイゼット」みたいなヤツだ。以前はもうちょっと大きなワゴン車を使っていたが、運ぶ物量も最近はそれほど多くはないし、歓楽街の狭い道に乗り入れることを考えると、この「軽ワゴン」がベストの選択であるのは間違いない。ただ「B社」というのは元々大型トラックを主体に扱ってきたところだけあって、私の希望する「軽ワゴン」はその扱いラインナップに無い。最も小さいタイプでも、「マツダ・ボンゴ」くらいの大きさになってしまうのだ。当然「軽ワゴン」とは価格もかなり違ってくる。なんとか「B社」でクルマを買ってやりたいと思う気持ちに変わりはない。しかし義理を優先すれば、あえて使い勝手の悪い選択をせねばならないわけだし、当然掛かる費用も膨らむ。そういうわけで、ここのところ悩んでいる。
2008年04月04日
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最近私が仕事で乗っているクルマの調子がおかしい。エンジンを作動させようと、イグニッション・キーをひねっても、ウンともスンとも言わないことが、2~3回に1回はある。ただどうやら、バッテリー不良ではなさそうだ。というのも、1回で掛からなくても、2回もしくは3回ひねればだいたい掛かるからだ。念のために給油に出向いた先のガソリンスタンドでバッテリーチェックをしてもらったところ、やはりバッテリーには異常無し、と出た。となると原因は別のところにアリか、ということで今日、車を購入したカー・ディーラーに相談に行った。その結果、考えられることは、スターター内部の損傷か、あるいはそこに至るまでの配線の不具合などではないか、という結論に達した。まあこのクルマも購入してから丸9年とちょっとで、走行距離は98,000kmに達しているから、そろそろどこが悪くなってもおかしくは無い時期だ。しかもこのクルマは商用車で、私の仕事の性質上、チョコチョコと乗ったり降りたりを繰り返しているから、一般車に比べてエンジンを起動させる回数ははるかに多い。「エンジンを起動させる機会が多いと、どうしてもスターターに負担が掛かって、その辺りからおかしくなってきますねー」とはディーラー氏の弁。結局クルマの余命も長くはないし、そろそろ新車に買い換えることも念頭に置いていたので、おカネを掛けて修理をすることは止め、新車に買い換えるまでの間は、だましだまし乗っていくしかない、という結論に達した。それはさておき、先ほどディーラー氏と話をしたときに、ふっと湧いたある疑問をぶつけてみた。「エンジンを切ったり入れたりの繰り返しが多いと、スターターに負担が掛かると言っていたけど、今『アイドリング・ストップ』が声高に叫ばれているよね、あれって確かに環境には良いかもしれないけど、スターターなんかの部品には良くないんじゃないの?」「おっしゃるとおり!」ディーラー氏は言った。「確かに極論すると、環境を守るか、部品を大事にするかの二者択一だと言えるかもしれません。ただ今は社会全体の気運として圧倒的に『環境』に傾いてますから、誰も部品のことは言わないだけなんです。」そうなのだ、我々はアイドリング・ストップを励行することで、スターターなどの部品の消耗を思いっきり早めているとも言えるのだ。もちろん、だからと言って、「アイドリング・ストップ運動」に水を差すつもりは無い。ただその運動に当たって、知らず知らずのうちに我々が余分にコストを負担しているということに、改めて気付かされたのである。
2008年04月03日
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先月末でガソリン税の暫定税率が期限切れを迎えたことを受けて、昨日から一部のスタンドではガソリンの価格を下げるところが出てきた。昨日や今日あたりは、その様子をマスメディアがレポートしているのが目に付いたが、その際に「赤字覚悟で」というフレーズが、お約束のように使われている。なるほど、今のガソリンスタンドの現状を表すのに、これほどしっくり響く言葉は無いかもしれない。しかしメディアがこの言葉を使えば使うほど、この言葉が独り歩きを始めているように感じるのは、私だけだろうか?ガソリンは安ければ安いに越したことは無い、消費者としては当然の感覚だ。そして消費者の代弁者たる「錦の御旗」を振りかざすマスメディアは、もちろんそういった感覚を後押しする。だから「赤字覚悟」という言葉の乱用はともすれば、「その店主の心意気や、あっぱれ!」というような、非常にポジティブなイメージを植えつけ、逆に赤字を恐れてガソリン価格を下げない小売店を、相対的にネガティブに映し出してしまう。言うまでもなく商売というのは、儲けがあって初めて成り立つもので、「儲け度外視」などという商売は基本的に有り得ない。まあ「損して得取れ」という考え方もアリだから、ここで価格を下げる下げないというのは、あくまでもその店主の経営判断によるだろう。しかしそこに必要以上にマスメディアの監視の目が介入すると、その判断も適正に下すことが出来なくなってしまうのではないか。今朝観ていたテレビ番組でも、レポーターがガソリンスタンドが乱立している通りに出て、定点観測するといったレポートをしていたが、放送している間にもガソリンの価格はみるみる変わっていく。そして、「その番組を観てガソリンを買いに来た」というお客のことを、嬉々として伝えているのである。まるで自分がとても良いことをしたかのように。報道だから事実を伝えるのは大事なことだ。しかし、たとえ恣意的でないとしても、特定の言葉を調子に乗って使うことで、視聴者に偏ったイメージを植えつけてしまう可能性がありはしないだろうか?値下げに踏み切ったスタンドにしても、経営的に如何ほどの苦労を背負い込んでいるか分かったものではないのだから、「赤字覚悟」などという美辞麗句を安易に使って美化しては、失礼というものだろう。しかしやっぱり一番の問題は、政府の対応ではないか。この問題が切羽詰るまで放置していたことはともかく、月初からのガソリン価格の下落を当然見越していたはずなのに、スタンド側に何らフォローする気配が無い。中小の小売業者を見捨てるつもりなのだろうか?
2008年04月02日
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