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何かのサイトか誰かのブログでチラッと紹介されていたような気がしていた。それでブックオフに行った際、何の気なしに手にとって、他の本と一緒に購入したものだ。そして読み始めてしばらくしてから、この作品及び作者の広瀬正氏のことを改めて調べてみて、驚いた。つい最近の作品かと思っていたら、刊行は何と1970年、今から40年も前で、しかも作者の広瀬氏は、この2年後に鬼籍に入っておられる。しかしそんなことはつゆほども思わせない、素晴らしい作品だった。ふつう何十年も前の小説を読むと、時代設定の違いそのものにより作品の古さを感じるのはともかく、文体の違いが何となく時代を感じさせるということもままある。しかしこの作品はそれが全く無い。みずみずしい文章だ。もっとも「タイムトラベルもの」だから、時代設定云々ということはあまり関係ないが、この文章は今この時代に読んでも、充分に通用するように思った。プロットもしっかりしてるし、登場人物のキャラも一人一人がみんな、生き生きとしている。おそらくはこのあと何年経っても、全く色褪せない輝きを放ち続ける、そんな作品だと思った。それにしても、自分が小学校に入りたての頃に書かれたものを、今の時代のものと勘違いしてしまうなんて.....。【2冊同時購入ポイント3倍】マイナス・ゼロ改訂新版
2010年07月29日
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元来私はせわしない方が性に合っているのか、日曜日ともなるとほぼ一日中予定が詰まっていることが多い。もともとウチの店の休みが日曜日で、しかも夕方から開店するため、自分の自由にできる時間が日曜日の昼間しかなく、それ故にそこに何かと用事を詰め込まざるを得ない、という事情もある。しかし昨日と、その前の日曜日、つまり2週連続しての日曜日、珍しく私は何も予定がなく、店に出る以外は一歩も外に出なかった。これは非常に稀なことだ。実は昨日も、せっかく天気も良いからどこかへふらりとドライブでもしようかな、なんてことは考えてはいた。しかし先週一週間の猛暑の影響で、私のカラダは極限状態まで疲労が溜まってしまい、もはやドライブどころか、少しでも長く寝ていたい、というモードにスイッチしていた。こんなことは今まであまり記憶に無い。それだけ私の体力が落ちているのか、あるいはこの1週間があまりにハードだったのか、もしくはこの猛暑がいかに記録的だったのか......どれとも特定できないし、またどれも当てはまる。しかし少なくとも、そういう過ごし方を心地良く思っている自分は、明らかに以前とはちょっと変わってきているような、そんな気がしないでも無い。で、結局何をしていたかというと、半分以上は高校野球の地方大会をテレビで観戦していた。もっとも以前だったら、テレビではなく、クルマで15分ほどのところにある市営球場に、観戦に行っていただろうが......。
2010年07月25日
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1学期の終業式が終わると、中学3年生にとっては最後の舞台となる、中体連の大会が開催される。で、ソフトボールをやってるわが真ん中のムスメも、今年中3だ。そういえば、長男の野球ネタについては当ブログでも何度となく取り上げてきたものだが、この真ん中のムスメに関しては、全くと言っていいほど取り上げたことが無い。それもそのはず、このムスメの試合というのを、私は一度も見たことが無いのだ。いや、私はとても見たいと思っているのだが、当のムスメがそれを頑なに拒むのだ。そういえばちょうど1年前にも、同じようなネタでブログを書いた(→コチラ)。ただこの時はムスメもまだ控えメンバーで、レギュラーでもない選手の父親がしゃしゃり出ることを嫌っていたから、という理由付けがなされていたが、実はその後、ムスメがレギュラーとなってからも、再三観戦を拒否され続けているのだ。理由を訊いても「とにかく来ないで」の一点張りなので、取り付く島も無い。しかし私もやっぱり一度は見てみたい、という気持ちから、今回の中体連の大会には、ムスメに内緒でこっそり見にいこうと考えていた。ちょうど「巨人の星」で言うと、明子ねーちゃんのような立ち位置だ(笑)。さて大会が始まり、1回戦はコールドで快勝したが、この試合は私の仕事の都合が合わなかったので、初めから行くことを諦めていた。そして迎えた昨日の2回戦、この試合は私もちょうど後半からなら何とか見られる、ということで、仕事の都合がつき次第、掛け付けることにしていた。そして当日、サッサと仕事を片付け、試合会場まで車を走らせようとクルマに飛び乗ったその瞬間、現地に先乗りしている妻から電話が入った。何とたった今、コールド負けしたということだった。というわけで、ムスメの夏は呆気なく終わってしまった。同時に私がムスメの雄姿(?)を見る機会も永久に無くなってしまった。ちなみに最後の打席は、デッドボールだったそうだ。
2010年07月23日
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今思うとバカみたいな話だが、私は子供の頃、甲子園の高校野球大会で勝者の校歌が流れるのを、あくまでも選手の歌う肉声だと信じ込んでいた。さすがに甲子園レベルの学校の選手は、歌も上手いもんだなぁ、などと思っていたものだ(笑)。さてここ数年の間に、試合の後の校歌斉唱が、甲子園大会だけでなく、地方大会でも行なわれるようになった。しかしそこは地方大会のこと、いろんなハプニングにも見舞われる。先日私がたまたまテレビで見ていた県予選でのことだが、勝った高校が校歌を歌うべくホームベースのところに整列して、イントロが流れるのを待っていた。ところがなかなかイントロが出てこない。さすがにこれはおかしいと、選手たちもザワザワし始めた。そして整列してから30秒ほど経っただろうか、場内アナウンスで、「○○高校の皆様、申し訳ありません。CDがフリーズしてしまって、校歌が流せません。恐れ入りますが音を出していただけませんでしょうか?」というようなアナウンスが流れて、緊張の面持ちの選手たちも途端に笑顔に変わった。で、結局は応援席のブラスバンドが校歌を演奏して、それにあわせてナマ声で歌ったのだが、実はあとで新聞を見ると、同じ日に大分県の明豊高校も同じハプニングに遭遇していた、と書いてあった。明豊高校といえば、今や甲子園の常連の強豪校だが、それと同時にここの校歌をあの南こうせつが作ったということでも知られている。もっとも明豊高校はアカペラで歌ったようだが。そこで私が思ったのは、本番の甲子園大会でも、校歌のテープを流すのではなく、ブラスバンド+ナマ歌でやったら良いんじゃないか、ということだ。甲子園に流れるのが、あまりに出来の良い歌唱だったりするのが、私には以前から何だかウソ臭く感じていたのだ。もっとも学校側としては、あまりに歌が下手だと学校の威信に関わる、などという理由で反対するかもしれないが......(笑)。
2010年07月21日
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先日も参院選が行なわれたが、「参議院不要論」なるものが言われ出して久しい。「衆議院の“カーボンコピー”だ」などという意見もあるが、それは現状を見ればまさにそのとおりで、それならいっそのこと無くなっても差し障りはない、という考えに落ち着いてしまっても不思議は無い。しかしこの国があえて二院制を導入しているのには、それなりの根拠があるはずだから、その役割をきっちりと押さえておけば、「参議院不要論」など出てくることも無かろう。そこで先日来の選挙戦真っ只中の折、参議院はどうあるべきか、ということを私なりに考えてみた。まず大前提として、「参議院は衆議院のチェック機能を果たす」という原則がある。これはイメージとしては、さしずめ「監査法人」というところだろうか?ということは、衆議院とはその構成員の面で一線を画しておかないといけない。そこでまず条件として、「衆・参間のくら替え禁止」くら替えというよりも、一度どちらかで立候補→落選した人が、他方で立候補することもこの際禁じよう。それから、「参議院議員は国務大臣になってはいけない」ということも付け加えておこう。監査法人の一員が関与先の会社の重役だったらおかしいだろう。そして参議院がその機能を果たしていないという事実の裏には、「ねじれ」が生じているか否かにかかわらず、政党の“数の論理”に支配されている、という事情がある。参議院の議決が政党の力関係で決まるのであれば、それこそ不要だ。ここはやっぱり、そのパワーバランスから離れたところに立ち位置を定めなくてはいけない。よって、「参議院議員はいかなる政党にも属してはいけない」あるいはそれが無理なら、「各政党は参議院議員に対し、議決の際の党議拘束を強いてはいけない」このどちらかが必要になる。要するに参議院議員は、常に自由な立場で自分の意見を述べ、何のしがらみも持たない状態で採決に臨む必要がある。しかし「政党に属さない」ということになると、選挙制度自体も変える必要がある。当然ながら政党に対して投票する、「比例代表制は廃止」することになる。そうなると「全国区」と「地方区」で全議員を選び出すことになるが、もちろんその過程で、定員を思い切って削減することも忘れてはいけない。しかし、「比例区が無くなって、しかも全国区の候補者も知らない人ばかりだと、誰に入れたらいいか分からない」という声も出てくると予想される。で、ここは議員の知名度を向上させるために、あらゆる手を打たねばならない。もっとも手っ取り早いのは、ITの活用だ。今日びは動画サイトなど、タダで発信できるツールがいくらでもある。これをフルに活用して、自身の考える理念や政策について表現し、それをSMSやツイッターなどで側面支援をする。もしこれが面白いと評判になれば、広告代理店あたりを旗振り役にして、テレビやラジオといった既存メディアで、討論なりバラエティなりの番組を持ったっていい。放映権料はそのまま出演者のギャラとすればいい。こうして徐々に顔と名前を全国民に知っていってもらうのだ。議員の側にとっても原則的に無所属である以上、政党助成金の恩恵にあずかることは出来ないから、こういう番組に出て、自分の意見を言えば言うほど、ギャラとして跳ね返ってくるというわけだ。ただ国民もバカではない。露出が多くなればなるほど、同時に議員個々の「アラ」も必然的に目立ってくる。そういう意味では、高い知名度を得て当選した議員をふるいにかけるという点でも、これは一定の役割を果たすだろう。タレント議員とてウカウカしてられない。比例代表制が無くなれば、タレント候補の乱立、という事態も想像できる。もっとも私としては、別に有名人ばかりになってもそれはそれで構わないと思うが、重要なのは彼らが国会議員としてふさわしい仕事ができるかどうか、ということだ。今までのような参議院なら、特に目立った活動をしなくても、党の「数の構成員」として存在意義はあっただろうが、私の考える参議院ではそうも行くまい。それを見極める手段として、彼らの露出を高めて、できる限り自分の言葉でしゃべらせる、ということが必要になるだろう。物言わぬ議員たちは淘汰されていくことになるだろう。このように参議院を変えていけば、もう「参議院はいらない」などと言う人はいなくなるはずだ。もっとも実現性は限りなくゼロに近いが.....(笑)。
2010年07月17日
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今年も夏の高校野球のシーズンがやってきた。この県でも明日、いよいよ予選大会が開幕する。それに先立って先日、各チームの登録メンバーが記載された「高校野球特集」が、主催する新聞社から別刷りで出された。幸いにしてわが長男も、2年生ながら控えの末席に名前を入れていただくことができた。そうしたらその日の内から妻の携帯電話に、メールがワンサカと入ってきた。長男がかつて小学校や中学校で同じチームだった子のママ友たちからだ。いずれも長男のベンチ入りを祝福してくださるメールばかりで、ありがたいやら、(レギュラーでも無いのに)気恥ずかしいやら....。進んだ高校がみんなバラバラになって、交流自体ほとんど無くなってしまっているのに、みんなよく見てくれているんだなぁ、と改めて思った。本当にありがたいことだ。
2010年07月15日
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サントリーが「角瓶」の出荷調整に入った、というニュースが先日流れた。サントリーが現在躍起になってPRしている、ウィスキーを炭酸水で割る「ハイボール」という飲み方が、予想以上の人気を博し、「角瓶」が売れに売れて原酒が足りなくなってきたからだそうだ。まあこのところ明るい話題のなかった洋酒業界だから、これはこれで結構な話題だろうね。サントリー見込みが甘かったと言う声もあるが、あれだけ落ち込んでいた分母を考えれば、まあこれは致し方ないだろう。しかしながら私はちょっとモヤモヤした気分なのだ。別にサントリーを嫌ってるわけでも何でもない。この「ハイボールブーム」、いろんな要因はあれど、ひとえにテレビCMに引っ張られた部分が大きい。いや、大きい、というよりは、ほとんどその影響だと言っても過言ではない。それがなんだかとても“口惜しい”のだ。マスメディアの影響力については今に始まったことではないが、その影響力を実感するにつけ、現場の人間としては、言葉では言い表せない無力感に苛まれてしまうのだ。まあ、それだけに巨額な資金を投入しているんだから、当然と言えば当然だが。
2010年07月09日
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大相撲名古屋場所のNHKテレビ中継の中止が決まった。もっとも相撲にあまり興味の無い私としてはどうでもいいことだし、あくまでもNHKサイドの判断だからそれに口を挟むつもりも無い。しかし以前から、「名古屋場所そのものを中止すべきだ」という声が多く上がっていたことには、ちょっと違和感を感じていた。相撲界が賭博に絡んで、反社会的団体と繋がりカネの流れも有った、それに対するペナルティとして中止すべき、端的に言うとそういうことだと解釈している。この件でペナルティが必要かどうか、という件はさておくとしても、果たしてペナルティが必ずしも「中止」でなくてはいけないのか、それが疑問だ。責任の取り方、ペナルティのあり方なんてのは、ナンボでも考えられる。何なら全くのチャリティ興業にするっていう手もあるだろうしね。だいたい大多数の力士は、賭博に絡んでいないのだ、彼らまで割りを食うというのも考えものだし、年に一度のナマの相撲を楽しみにしている名古屋のファンだって、たまったもんじゃない。そしてこの興業に関わって仕事をしている人たちすべてに迷惑が掛かるということを、決して忘れてはいけない。安易に同列に見るべきではないのかもしれないが、何らかの不祥事に際して、「連帯責任」だの「自粛」だの「ケジメ」だのという美意識を振りかざしてコトを収めようとしてきた、これまでのあらゆる出来事とダブって見えて仕方が無い。しかしそんなことよりも、「“これ以上”誰にも迷惑をかけないように」ということを最優先に考えるべきだ思う。そういう意味では、今回名古屋場所が開かれることになったこと自体は、大変良いことだと思う。
2010年07月06日
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今回の参院選も、いつの間にか消費税増税の問題が大きな争点になってしまっている。私自身は、消費税もいずれは上げなきゃいけないだろうが、現時点では時期尚早、というスタンスだ。ただ議論の対象になるのは大いに結構だと思っている。しかしその際に声を大にして言いたいのは、「総額表示の義務化」をやめて欲しい、ということだ。要はプライスカードやチラシなどの表示を「外税価格」で、ということだ。もっともこんなことを言うと、「消費者の立場からすると、支払う金額がすぐ分かる内税価格の方がいい」という意見もあるだろう。しかしその一方で、内税価格だと自分がいくら消費税を払っているかよく分からない、つまり担税感が麻痺してしまう、という指摘もあるから、消費者の立場では一長一短だと言える。しかしこれが販売業者の立場から言わせてもらうと、「内税価格」の方がはるかに厄介なのだ。それは、税率改定のたびにいちいち価格を直さなければいけないからだ。「そんなくらいのこと....」とお思いの方もいらっしゃるかもしれないが、実際やってみなければその大変さはたぶん分からないと思う。プライスだけならともかく、商品説明なども織り込んだショーカードだと、全部作り直さなくてはいけない。それだけではなく、PCやレジに登録されている商品マスター、それが各得意先ごとに設定されている契約単価、さらにネット通販をやっているところは、個別の商品すべてについて価格を入力し直す必要がある。膨大な作業量になるのだ。もちろんこのような苦労があるからという理由で、消費者に不利益を強いることになるというのであれば、それは私たちの望むところでは無い。わがままを言うつもりは無い。あくまでも消費者の皆さんにご納得いただくことが前提だ。しかしながら、政治家や官僚が「内税表示」を強く主張するに当って、我々のこのような兆大な手間とコストが多少でも意識されていないとすれば、それは非常に残念なことだと言わざるを得ない。
2010年07月04日
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楽天が社内の公用語を英語にすると発表した。他には、ファーストリテイリングも同じようなことを公言している。私にはよく分からないが、「社内に英語の堪能な社員を増やす」とか「全社員がある程度英語でコミュニケートできるようにする」という言い方ではなく、「社内の公用語にする」というのだから、これはもう尋常ではない。ということは、社内での日本語の使用を否定するということか?個人的には、対海外のセクションに居る者以外には、英語の使用は必ずしも必須ではないと思うが、彼の会社はそのようには考えないのだろう。しかしながら、言語は文化そのものでもある。いくらグローバルな視野を持ち、海外との取引を拡充していくとはいえ、日本人社員を抱えていく以上、根っこにある企業風土まで従来の文化から切り離して考えるということは不可能だ。どうしても、というのなら会社ごと、とっとと国外に出て行ってしまえばいいではないか。単に私の感覚が古いということなのかもしれないが、言いようのない違和感を感じる。なんとも不愉快なニュースだ。
2010年07月02日
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