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私には妹がひとりいて、遠方に嫁いだのだが、里帰り出産ということで帰ってきている。その妹が先日、無事に女児を出産した。そして今日退院してきたのだが、それと同時に母(つまり新生児の祖母)が「育休宣言」をした。妹と新生児の世話をするために、しばらくは店の仕事にはタッチしない、ということだが、まあそのための里帰り出産だから当然といえば当然だ。ただ明日からはいよいよ12月、私たちの仕事がもっとも忙しくなる時期だ。母の仕事といっても店番くらいのものだが、それでもひとり抜けるというのはイタイ。かといって代わりに人を雇うなどという余裕も無い。まあでもトラブルなどではなく、あくまでも慶事に派生する悩みだから、ここはひとつ覚悟を決めて乗り切ろう。しかし通常期なら私にも週に1~2回の早番(PM9時ごろに終われる)があったが、年内いっぱいはまず無理だろうな。それに12月は日祝日もすべて平常営業だから、文字通り休むヒマ無しの1ヶ月だ。体調を崩さないように、心して掛からねば。もっともいまだに親の手を頼っているようではいけないんだけどね.....。
2010年11月30日
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もうかれこれ2年半ほど前になるが、実家の物置から戦前の古い切手がいろいろと入ったストックブックが見つかったことがあり、このブログにもそのことを書いた。いずれは古切手商に鑑定してもらって換金しようと思っていたものの、なかなか機会がなく、というよりは生来の私のものぐさ性が災いして、ずっとそのまま放ったらかしになっていた。しかし今日、たまたま別な用事で名古屋に出ることになっていたので、絶好の機会とばかりにこのストックブックを携え、名古屋の古切手商を訪ねた。全部見るにはちょっと時間が掛かるので、ということだったので、その間私はランチをしたり本屋で買い物したりして、1時間ちょっと時間を潰した。そして期待に胸を膨らませながら再度古切手商を訪ね、店主の言葉を待った。 店:「500円です」 私:「ほーっ、どの切手が500円ですか?」 店:「いやいや、1冊分全部ひっくるめて500円です」 私:「.....えっ.....???」なんということだろう、さすがに私もテレビの鑑定番組並みの値段がつくなどとは思ってはいなかったが、それでもせめて「4桁」は期待していたので、あまりの落差にガクゼン....。店主曰く、ほとんどの切手に消印が押されているので、もうそれだけで価値は急落、ということだった。もっとも消印が押されていても、それがよっぽどレアなものであれば、それなりの値が付くらしいが、残念ながら私の持っていったものは、古いとは言えごくありふれたものばかりだったそうだ。しかし500円ぽっちならば、金にならなくとも手元に置いて眺めている方がまだ良い、ということで、そこでは換金せずに持って帰ってきた。またいずれ機会でもあれば、別のところで鑑定してもらおうかな、という気がしないでもないが、さていつのことになるやら.....。
2010年11月28日
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妻が友人からランチのお誘いを受けた。わりと最近出来たシャレたお店があって、そこへ行ってみたいわ、という友人に付き合うような格好でもあるらしい。どんなところだろう、ということで妻は前日に、そのお店を「たべログ」で検索して見てみた。するとどうだろう、クチコミ情報を見てみると、まだ開店して間もないので投稿は少ないものの、そのほとんどがあまり誉められた内容ではなかったのだ。「あまり期待しないほうがいい」というソフトなものから、「あの味でこの値段はちょっと無いんじゃないの?」、「○○円を捨てるつもりで行くならいいかも」、「たぶん私は二度と行かない」というような辛らつなものまであった。それを見て妻は心配になったらしく、「○○さん(その友人)に言って、お店を替えた方がいいかしら?」と言った。ただ私は、せっかく○○さんが提案したことなんだから、それを否定するというのは、彼女の顔を潰すことにもなるし、予定通りに行った方がいい、と妻を促した。だいたいクチコミ情報が今や侮れないとはいうものの、ただただそれに振り回されるというのは、あまりに主体性をかいた行動ではないか、あくまでも自分の目で見て判断するべきだ、とも付け加えておいた。そして先日、妻はその店に行ってきた。やっぱり「.....ん~、ちょっとね.....」という感じだったらしいが、さりとて非難轟々とまではいかない様だ。ネットでの情報はリアルな声なので貴重である、と同時に、所詮は無責任な垂れ流し情報である、という両極端な見解の狭間で、どうやって付き合っていけばいいか、改めて考えていかなければいけないなと思った。
2010年11月25日
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昨日は仕事で滋賀県の方へ行ったが、たまたま目的地の近くに、紅葉で有名な「永源寺」があることを知った。ちょうど時期的にも見頃のピークだし、せっかくだからということで、そのついでに紅葉見物に行く予定にしていた。さて仕事を済ませ、イザ永源寺へ!と思ったら、永源寺へ向かう国道が大渋滞で、ピタリと止まったクルマの列が、一向に動かない。しかしせっかくここまで来たのだし、幸いまだまだ時間はあるから、ということで、覚悟を決めて渋滞の列に飛び込んだ。2kmほどの距離を40分ほど掛かって、ようやく参道の入り口近くまでやってきたものの、今度は駐車場がどこも満杯。駐車場をウロウロと探しているうちに、今度はいつの間にか帰りの車列の中に紛れ込んでしまい、もはや戻れなくなってしまったので、この時点で諦めた。昨日あたりは、比較的標高の高いところを除けば、日本のかなりの地域で紅葉が見頃になっていただろうが、おそらくどの名所でも、同じような光景が繰り広げられていたのではないかと思う。ましてや昨日は天気も上々だったので、余計に人出も多かったことだろう。公共交通機関を利用すればいい、とも言うが、紅葉の名所といえばそうそう公共交通機関のアクセスの良い所ばかりでもなく、いきおいクルマに頼らざるを得ない。心の安寧を求めてそういうところに行きたいのに、その過程で嫌な思いをするというのも、なんだか本末転倒のような気がする。何が書きたいのか、自分でもよく分からなくなってきたが、こうなったら自分だけの「隠れた名所」でも探すとするか.....。
2010年11月22日
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ペットボトル入りのボージョレ・ヌーヴォーが、現地の生産者団体の働きかけによって、来年からは認められなくなる可能性が高くなってきた。(→ニュースサイト)ペットボトルの主な販売主体である大手スーパーなどは、成り行きに任せて静観するといったスタンスのようだが、こういったところがあからさまに反対の声を上げなかったことに、私は安堵した。いくら彼らが消費者利益を主張したところで、ワイン生産は農業と同じようなもので、消費者におもねるよりもまず自らのブランドを守るほうがよっぽど大切。国内のビールメーカーに圧力を掛けるようにはいかないのだ。ペットボトルが使えないとなると、当然ながら単価は上がるはずだが、私に言わせればボージョレ・ヌーヴォーの昨年あたりからの価格破壊ぶりは、ちょっと常軌を逸しているように感じる。大手スーパーは軒並み1,000円以下の価格を打ち出しているが、ペットボトルによるコスト削減のほか、円高、自社ブランド、大量仕入れ、といった要因があるとしても、こういった価格は俄かには信じられない。たまたま私がかつて一度口にした某「激安ヌーヴォー」が、トンデモナイ代物だったことも、あるいはトラウマになっているかもしれない。確かにノーマルで売られている物が高すぎる、という声もあって、それはそれで解らないでもないが、航空便で送られてくる以上、ある程度は仕方が無い。解禁日に拘らないのであれば、船便なら1,000円ちょっとで買えるので、そちらにすればよい。ボージョレ・ヌーヴォーについては、以前から「騒ぎすぎ」とか、「日本での過熱ぶりは異常」といったことが一部では言われてきた。確かにそれは認めるが、そこまで言うのなら、クリスマス、バレンタイン、ハロウィンなども同罪(?)だろう。いずれも本来の意義を逸脱して、商業主義主導によって上っ面のお祭気分のみを楽しんでいる、という意味では本質的に違いは無かろう。いや、別に私はこういった行事そのものを否定しているわけではない。ただ、現在の日本でこういった行事が暮らしに深く溶け込んでいるのなら、「ボージョレ・ヌーヴォー解禁」も同じ土俵で、“お祭”と割り切って考えればいいのだ。そこで思うのが、常軌を逸した価格破壊のことだ。例えばクリスマスケーキにしたって、日付を超えると途端にダンピングされるものの、それまではまっとうな価格で売られているではないか。バレンタインデーのチョコレートにしたって、どこが激安販売をしてるというのだ?お祭のツールとしての商品なら、価格よりもその中身(=ブランド、品質、付加価値など)の方が優先されるべきだと思うが、ボージョレ・ヌーヴォーに関しては必ずしもそうなっていないのが現状だ。個人的にはクリスマスケーキと同じように、各社が「質」で競うような商戦を繰り広げて欲しいと思っている。今回の「ペットボトル廃止」を受けて、これまでに破壊された価格が来年以降どうなっていくか注目したい。
2010年11月19日
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お酒の味の表現でよく、「飲み飽きのしない酒」というのがある。しかしこの文句を聞くたびに、私は首を傾げてしまう。いや、言わんとしたいことというか、ニュアンスは何となく分かるのだ。しかし「飽きる」という行為は、あくまでも個々人の“主観的”なものであって、普遍的なレベルで「万人が飽きることが無い」モノなど、この世には存在するワケがないのだ。どんなモノでも、飽きる人は飽きるし、飽きない人は飽きない。もっともこんなことでイチャモンをつけるというのも、大人気ないかもしれないが、元々実態の掴みにくいことゆえ、あまりいい加減な表記はして欲しくないと思うのだ。そしてコレをお読みの皆様にも、あまり根拠のない表現にゆめゆめ惑わされませぬように.....。
2010年11月16日
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このところ「知る権利」ということについて、考えさせられることがあった。「知る権利」というのは重要だ。ただこの「知る権利」については、大まかに2つに分かれると思う。ひとつは、何かをするために「これを知っておかないとハナシにならない」というもの。もうひとつは、単なる野次馬的な欲求を満たさんがためのもの。一応どちらも同列に認められているが、後者の場合、例えば芸能人に群がるリポーターなんかを見ていると、そんなものが大手を振って認められる必要があるのかな、という気にもなる。話は変わるが、「知る権利」の行使が何かの妨げになる、ということも考えられる。また同時に、「知る権利」の先にある対象物が、「知っておかないといけないもの」か、「知らないほうがむしろ良いもの」か、という問題もある。「知らないほうがむしろ良いもの」には、「知っていたところでどうにもしようが無いもの」というのも含まれるかもしれない。要するにこれらの要素が複合的に合わさった場合、例えば「知っていたところでどうにもしようが無いもの」を「単なる野次馬的な欲求を満たさんがため」に「知る権利」を振りかざした結果、何らかの不都合が生じる、ということもあり得る。ということは「知る権利」を求める一方で、知ろうとする我々がそれを知って如何にするか、というビジョンも同時に求められるのではないか。もっともそれは社会的な手続きとかではなく、ひとりひとりの心の中に内在するモラルであるべきだが。なんだか抽象的で分かりにくい文章になってしまったが、以上のことはあくまでも一般論的な呟きであって、特定の事象に特化して述べているものではないことを、改めて付け加えておきます。
2010年11月13日
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先日、毎年恒例の、デパートの「北海道物産展」に行ってきた。毎度人気の高い催し物だが、ここ最近ずいぶん様子が変わってきたようにも思う。まず全体的に、スイーツに掛けられる比重がどんどん大きくなってきている。もっともこれは北海道に限らず、どこの物産展にも共通している傾向だ。まあそうしなければ、なかなかお客を呼べない、という事情もあるかもしれない。ただでさえ毎回同じような出店が多く、マンネリに陥って飽きられるのを恐れているのだろう。しかし個人的には、ここ数年の間に彼の地に出来たモノよりも、より長い歴史を誇るネイティヴな食べ物の方に興味があるのだが。そしてちょっと驚いたことには、あの生チョコの『ロ●ス』が試食をさせていたのだ。今までは横綱のようにもっとデェ~ンと構えて、「早く行かないと無くなっちゃう」という存在だったが、このところ他のスイーツ店にやや水を開けられているのか、何となく必死さが目に付くような気がして仕方が無い。「どうか買ってください!」というオーラを振り撒きながら、一生懸命に試食を勧めている。スイーツの中でも栄枯盛衰があるということなのかな(と言っても私はいまだにここが一番だと思っているが)。栄枯盛衰ということで言うともうひとつ。私がここへ来て必ず買うもののひとつに、『森のいかめし』がある。これも以前は、手に入れるまでにずいぶんと並ばされたものだったが、今は昼時に行っても滅多に並んでるということはない。スグに買える。これも美味しくて、私などはまったく飽きることはないのだが、他の人たちには飽きられ始めているのかなあ。
2010年11月11日
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ドラゴンズの2010年が終わった。「クライマックスシリーズ(CS)廃止推進協議会」会長の私としては、リーグ1位のチームがCSで勝ち上がってきたチームに負けるなど、あってはならない、と檄を飛ばしていたにもかかわらず、あと一歩及ばなかった。ある意味、「弟子が師匠を超えた」瞬間だったかもしれない。ロッテ・西村監督は、中日・落合監督のロッテ時代の7歳後輩で、ロッテでは5年間一緒にプレイした間柄だ。別に直接師弟関係が有ったわけではなかっただろうが、落合は「かっぱえびせん」こと山内一弘氏を西村に紹介するなど、何かと面倒を見たことはあったみたいだ。私は落合監督を、「12球団で一番、勝ち方を知っている」監督だと思っている。ただしそれには、選手のパフォーマンスが想定内であれば、という前提が必要だ。今回は両チームの選手のパフォーマンスにおいて、わずかにロッテの方が上回っていた、ということだと思う。何か言い訳がましい言い方になるが、それでも落合監督は、「敗戦はすべて自分の責任」と言って、選手をかばった。彼らしいといえば彼らしいが、なかなか出来ることでも無い。とりあえず今回は完敗だ。まあ前向きに考えれば、次に向けての目標がまた設定されたと思えばいいのだ。最後に気になったことをひとつ。第6戦と第7戦を中継したフジテレビには、異例の長丁場にもかかわらず完全中継したことに対して、賛辞の声が多く寄せられたと聞く。なんでもこの2戦分の延長に関する損失額は3~5千万円にも上るというから、余計にその心意気には拍手を送りたい。ただ最後に西村監督の優勝インタビューが途中でカットされたことについて、轟々たる非難が沸き起こったことが残念でならない。文句を言いたい気持ちも分かるが、プロ野球ファンはプロ野球ファン以外の人たちへの配慮も忘れてはならない。この後の番組を早く観たいと思っている人にとっては、「決着がついたところまで観られたんだからいいじゃないか」と思っていることだろう。彼らはおとなしいからか、野球の都合で自分の観たい番組が振り回されることについても、滅多に非難の声を上げないから、野球ファンが気付いてないだけなのだ。相変わらずプロ野球ファンの人口が多いとはいえ、我々がチャンネルを独占できる道理は無いはずだ。断っておくが、これはドラゴンズファンの恨み節ではない。たとえ落合監督のインタビューであっても、きっと私は同じことを言う。
2010年11月08日
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昨日ナゴヤドームで行なわれた日本シリーズ第6戦は、延長15回引き分けとなったが、実はこの試合を、私の真ん中のムスメが観戦に行っていたのだ。というのも、彼女の仲のいい友達(仮にA子とする)の御宅が、知人から日本シリーズのチケットを2枚もらったものの、A子以外に行ける者がいなかったので、友人であるウチのムスメに白羽の矢が立ったわけだ。もっとも野球の「や」の字も知らない女の子だったら宝の持ち腐れだが、ムスメもA子も共にソフトボール部員なので、そのあたりは問題は無い。さて試合の方は投手戦の様相で淡々と進んでいったので、これは試合終了もそれほど遅くなることは無いだろう、と妻と話していた。ところが終盤ロッテに同点に追いつかれてからは、なんだかイヤな予感......お互いに決め手を欠き、なかなか点が入りそうも無い空気が漂ってきた。延長は最大15回までと聞いていたが、名古屋からこちらへ帰って来る電車の最終は23時40分、最後まで観ていたら到底間に合わない。そこでA子の親御さんと連絡を取って、最終電車に必ず間に合うように計算して、試合途中であってもナドームを出るように、A子宛に電話で伝えてもらった(A子は携帯電話を持っているが、ウチのムスメは持ってないので)。で、最悪もしも終電に乗り遅れるようなことがあったら、その時は私もクルマで名古屋まで走るよう覚悟はしていたが、ムスメらは結局ドームを23時ちょっと前に出て、予定通り(?)に終電で帰ってきた。私は妻と共にクルマで駅まで迎えに行き、A子も自宅まで送り届けた。ところで駅から自宅までの道筋には、この町随一の歓楽街があり、しかも土曜日の深夜0時過ぎということもあって、大勢の酔客でごった返していた。走ってくるクルマも構わずに道を占拠して歩く酔っ払いや、いわゆる「キャッチ」に精を出すオネエチャン、そんな人々が入り混じったある種猥雑な光景は、今まで中学生のムスメなどが目にすることがあるわけもなく、そういう光景にある意味カルチャーショックを受けていた様でもあった。そういえば乗って帰ってきた終電にも、酔っ払いと思しき人がいたりして、いつもとは少々様相が違っていた、というようなことも言っていた。まあこういうのも社会勉強だから、それはそれで別にいいのだが、そもそもムスメが終電で帰らざるを得なくなった原因を作ったドラゴンズの選手諸君には、猛省を促したいと思う(笑)。だってあれは「勝ってた試合」だったんだから。
2010年11月07日
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またまたしつこく「甘辛」のハナシだ(笑)。「甘い」というのは英語で言うと「Sweet」、これは特に問題ない。しかし「辛い」を英語で言おうとすると、どうなるだろう?「Hot」「Dry」「Spicy」「Salty」......いろいろあるが、それぞれ微妙に意味合いが違う。つまり日本語で言うところの「辛い」というニュアンスの中には、かなり多岐にわたる要素が、ごちゃ混ぜになっていると言えるのではないか。なるほど、そう考えると単に「辛口の○○」と言った時、それがどういった味を指すのかが分からなくても、無理は無いことなのかもしれない。そういえば私も詳しくはないが、英語では「Sweet」の対義語は「Bitter」として扱われていることが多いようにも思う。日本では伝統的に「甘辛」だけど、「甘さ」の反対は「苦味」であったほうがむしろ分かり易いかな。
2010年11月04日
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