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【正午】村全体の投票率 42パーセント 60パーセントいかないと成立しないのに… 議員選挙は村・県・国ともに8割はいっているはず。 大丈夫かなあ。隣村N村はもう6割を超えた。S町も4割台、ただしここは50パーセントで成立だ。【午後3時】61パーセントを超えて成立。S町も成立。あとは、結果を待つのみ。【午後8時】小川村投票率79パーセント【午後8時30分】中条村開票結果長野市と合併 963票西山3町村で合併 942票自立 64票3町村の1角が崩れた。僅差だが、「結果を尊重する」はずだから中条村は脱退するはずだろう。となると、残りの2町村では合併はしないことになるらしい。【午後9時】信州新町の結果西山3町村と合併 2030票長野市と合併 1107票自立 755票うーん…【午後9時35分】小川村の結果西山3町村合併に賛成 900票反対 1442票これだけの差は無視できないだろう。反対の中味をどうとらえるのか。ああー、やっぱりそこをきちんと問いただしておくべきだった。さあ、イバラの道だけど、進まなければ…。
2004年10月31日
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いよいよ明日、西山3町村の合併について、住民投票が行われる。といっても、すでに事前投票が始まっているから、山は動いているのだけれど。ここ2~3日、合併推進派(議員有志)、自立=自律派(明日を模索する会、共産党)のちらしが、手渡し、郵送、新聞折込などの方法で配布されている。せめて、そのちらしをきっちりと読んでから投票してほしいなあ。読みさえすれば、どの方法が適切なのか、ある程度わかると思うのだけれど。子ガラスは帰ってこれず、自律票を1票失った。会社には、3町村の住民がいるので、白熱した議論になった。今日は土曜日だが出勤日で、でも電話や来客が少ないことをいいことに、それぞれの町村の情報を提示したりして。こんなの我が社では初めてのことだろう。願うことは、まず、投票を成立させること。そしてもちろん……自律…。八百万の神様、お願いねー
2004年10月30日
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まずは、定点撮影のもの。トップページの前日の鹿島槍と比べてみてね。***************朝、寒さで目が覚める。外を見ると、一面の霧。ウワァー、今日は晴れるぞ!とりあえず、昨夜、飲酒したので置いてきた車を公民館までとりにいく(テクテク歩いて10分)。もちろん、カメラを持って。暖気運転の間に、さあ撮ろう。ウッ、電池が入っていない。ああー、二日酔いか、私は…!朝飯を用意して食べて、急いで会社の鍵をあけ、暖房のスイッチを入れて、再び車で飛び出した。小学校の裏から上がり、J地区の入口へ。蓮華岳がきれいに見える。白馬三山は真白。鈴なりのりんごは真っ赤赤。でもでも、撮っていられない。朝の打ち合わせまであと少し。エ~ン… 爺ヶ岳と鹿島槍ヶ岳向こうに見えるは馬曲地区。もちろん、この村です。 馬曲に通じる道路と鹿島槍ヶ岳手前にCDがぶら下がっているのが見えるでしょ。不用になったCDを、リンゴをつつきに来る鳥除けに使っているんです。 さらに近寄ってみました
2004年10月29日
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村の原点を教えられたような気がする。崩壊した道路を、「誰かがなおしてくれる」のでなく、一人ひとりの技術を集めてなおしてしまう人たち。校舎は崩壊する危険があるから、ビニールハウスに地区の人みんなが生活する。トイレを作り、シャワーを作り、これも一人ひとりのできることから始めた結晶。飴玉と鞭に惑わされることなく、一人ひとりを活かして生きる。これが村の、集落の原点だって、テレビの画面を見ながら、教えられた。ありがとう。10月31日の住民投票でどういう結果が出るかはわからない。どちらにしても、私も、あの被災地の皆さんのような生き方をしたい。
2004年10月28日
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また崩れた、県道、長野-大町線。陸の孤島がまた始まった。N村で崩れたところは、聞くところによると、下水道工事の手抜きではないかという見方もあるそうだ。この前崩れた19号線とオリンピック道路の合流点の地滑りも、水ぬき工事をしてなかったそうだし…。競争入札(どちらも郵送入札ではない。それ以前の工事)により、少しでも安くするために、手抜きできるところは抜く…その結果が、結局大きな災害を生むことになる。N村から通うMさんは、下水道が使えなくなり、今晩から、トイレや風呂、もちろん台所使用もできないと困惑顔。「実家にでも行くかー」と帰って行った。朝から氷雨が降り、標高の高い所は今晩は雪になるだろう。新潟、兵庫、それぞれの被災地の人たちを思うと…。その地区だけでなく、災害予備地がたくさん控えている。この村を含む周辺も、その筆頭だ。「19号線のう回路だって、自衛隊が出動すれば、3日間くらいでできたはずだ」ニュースで長野建設事務所が「松本方面から長野に向かう大型車輌はなるべく国道419号か高速を使ってほしい」と発表したことに対して「規制しちゃえばいいんだよ。すれ違いできないのを承知で、大型が入ってくるんだから」「19号線が通れない分、大型が県道に入ってきて、二次災害的な部分もある」「新潟のやまこし村民の避難だって、ヘリコプターが足りないからと1日延びたが、イラクへはどんどん人も金も出してるくせに」「土建業者が不況で、社員をどんどん首にしたから、今、復旧を急げと言われても、手不足が深刻でだめ」「●●の崩落現場では、役場の職員が交通整理の旗振りをしていた」いやいや、すぐカッカッする私の弁ではありませんぞ。会社の中での切実な声なのです。いつ崩れても不思議のない山道を通ってきているIさん。何かあってからでは遅い。ああ、また、雨足が強くなってきた。もう、降るなよーッ!
2004年10月26日
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23日 合併住民説明会最終回地震の影響で15分ほど遅れて出席。説明ビデオ放映中。《説明担当者の弁》「今日、ご出席の皆さんは、各地区の説明会でお見かけした方が多いようですので、私の方からの説明は簡単にさせていただきます」 おいおいおい、今日の説明会は、その各地区での説明会に出席できなかった人のための会という意味もあるのだろうが…。《村長の弁》「年よりしょうは、このままでいいと言うけれど、そんな気持で住民投票されては困るんだ」を何度も繰り返す。 おいおいおい(村長を「おい」呼ばわりすると怒られるかな)、それって、投票するなってことなの?《議員Aの弁》 「財政の厳しさを知らせる具体的な例を出してもらえないか。住民を説得する資料がないと、中に入っていけない」 おいおいおい、これから民意を聞きに行くのかよ! これには村長もご立腹。「そんなこと、今頃やろうとするのは遅い。出せって言われればどんな資料も出すって前から言っているはず」 これだけは、村長の意見に大賛成だあ。《議員Bの弁》 「合併しなくても自立で行けるようなチラシを出して、村民をまどわす輩がいる。」 おいおいおい、まどわす輩って自立を含めて、自分たちの意志で合併するかしないかを住民投票で決めたいというグループのことかい。全く資料も持たず、民意も聞かず、言いなりの議員のあなたは、村民を惑わしてはいないかい?!《村長の弁》 議員のしょうは、このあとちょっと残ってくれや。 (自立派の議員は、この日なぜか1人もいなかった) まだ村民がいる場で、こんなこと言うべきじゃないよ、村長さん。合併賛成工作を両者でやるって、勘ぐられてもしかたがないよねえ。24日 村制50周年記念お祭りスペシャルinおがわ(要するに商工祭)商工会婦人部では、いつものおでん(一般販売用)500本とカレーライス(スタッフ用)230食を前日から準備。2日間、立ちっぱなしで、腰が痛く…それよりも何よりも、女の世界は恐い。うまくいって当り前。ミスがでれば、それはその年の役員のせいで(確かにそういう面も多いんだけど)、何年たっても批判が続く。ああー、やだなあ。私は、まだ役員の下っ端だけど、任期はもう1年やらねばならない。
2004年10月25日
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新潟中越地方の地震、新潟県では死者も出ているようですが、こちらも揺れました。夕方6時前、地震。「おっ、地震だ」といつものように、どのくらい揺れてるかなあなんてのんびり構えていたが、いつまでたっても止まらない。それどころか、揺れがひどくなり2階にいたのでは危険だと感じ、あわてて階下へ走る(手術以来走ったのは初めてだ)。義父の状態、病室の異常なしを確かめて、NHKTVをつける。待つこと1分くらい。すぐに報道が始まり、震源地は新潟県。さらに中越地方だとのこと。あわてて実家の母に電話。実家の方が中越には近い。青ざめた声を出していたけど、こっちも無事。岩室の友人に電話。つながらない。携帯はもちろん、固定もつながらない。混雑を知らせるアナウンスが流れるばかり。夫は親戚の法事でまだ帰ってこない。いつもいつも異常事態のときに限っていないんだ。今日は、村の合併説明会の最終日。この地区の説明会の際は入院中で出られなかったので、今日は必ず出席しようと思っていた。地震の恐怖が少し去って、夕飯の用意をしようとするが、TVでは「住民のみなさんは、あわてないで行動してください。まず火を消しましょう」を繰り返している。夫、やっと帰宅。なぜかこんな時にOさんがマツタケを3本持ってきてくれる。2人とも、車に乗っていて地震を知らず、ラジオで知ったそうだ。夫も帰宅し、地震も治まったようだから、マツタケを1本ホイル焼きにしようと…※印へ続く実況また地震、午後11時38分。コンピューターが揺れる。ミシミシミシと建物のどこかが鳴っている。・・・10秒程で治まる。※ガスをつける。来た! 第2波。さっきと同じくらいだ。ドーンという地響きがあり、続いて地鳴り。さっきよりは短いだろうか。ガスを止める。家の中でどこが安全か考えた。内部は全部危険。前の駐車場が一番安全だろうな。でもそのとき、義父をどうしたらいいのだろう????????台風のときとは別の恐さがある。もうテレビにくぎづけ。恐いから、椅子の背をしっかり握って…しばらくして第3波。また実家にかける。「1人で心配なら、今から行くよ!」「車で来ても、途中が心配だから。大丈夫だから」「じゃあ、様子もう少し見てみよう。何かあったら、必ず電話してね」「はいよ」小さい地震が結構続いてくる。テレビの中で、新潟中継の際に「あっ、今また揺れ始めました」という実況のあと、5秒くらいして、こちらも揺れ始めた。東京から電話。「今、揺れている」と伝えると、それからさらに5秒くらいして東京も揺れたそうだ。7時50分頃、再び地鳴りと共に揺れ、あとは小さい余震がいくつか。新潟の友人とは9時すぎに、固定電話からつながった。無事!良かった!さらに10時すぎ、子ガラスからメールが入った。「大丈夫か」って。こちらの固定からかけるとつながる。今、ニュースで知ったそうだ。サッカーしてたんじゃ、体には感じないだろう。私の実家にも電話したようだが、つながらなかったらしい。そうか、メールはつながるのか。子ガラスが小さい頃、体験した「新潟沖地震」と同じくらいのが、何度も来てると話したら「ウヘエ」とびっくりしていた。今のところ、我が家関係は皆無事。家族が遠くに離れているってことは、こういうときには、本当に心配になる。震源の浅い地震は、余震が長く続くそうだ。気をつけよう、みんな。
2004年10月23日
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昨日の日記に、岐阜と長野あたりに台風が入ったあたりで、進む方向を真東に変えたと書いたが、やはり、北・中・南アルプスの山々に影響されたらしい。21日の報道ステーションの気象情報で得た知識。台風は10000メートルあたりまで発達しているが、3000メートル級の山々が下部3000メートルで台風を分断し、台風は足元をすくわれた形になった。それで勢力がぐっと弱まったということだ。下からのエネルギーの補給がされなくなってしまったのだから、台風にとっては致命傷だ。それまで維持していた大きな暴風圏が、あっという間になくなってしまったのもそのせい。昨日も書いたあの田辺市で撮影された目を持った巨大な台風が、おどろおどろしく他を圧して中部圏に入ったとたん、足元をすくわれて自分の体を建て直すこともできずに、走り去ったと思うと、なにか笑える。被害を受けた地区の方々には不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、台風も生き物、決して機械ではないということを、別な形で教えられたような気がして、いささか親近感をおぼえてしまうのだ。**************この日記の途中で、ピーンという軽い音と共に画面が消えた。停電!えっ、台風はもういないのに。会社全体が消えている。時間は夜9時、なんにも見えない。手さぐりで窓のシャッターをあげると、ご近所はついている。自宅の方もついている…やや安心、人工呼吸機は止まらない…。えっ、じゃあなんで会社だけ?容量オーバーということはあり得ない。電源を調べても、スイッチは全部「入」のままになっている。こうなれば、ヒューズの問題ではなく元電源だと、夫に知らせたが、酔い宵良い気分の夫は「?;!:@?」の状態で話にならず。メーンスイッチも他のスイッチも全部OFFにして「私、しーらないッ」と翌朝までほったらかし。時々気にはなって「漏電-火災」なんてことになってないだろうなと自宅から覗いてはいたけど。で、翌朝、近くの電気屋さんに見てもらう。全ての電源を入れた……ちゃんとつくではないか!電気屋さん、にやにや笑いながら曰く「『切』になってればつきっこないよ」だって昨夜、電気が消えた時は確かに「入」になっていたけど電気はつかなかった。「切」にしたのはそのあとだと必死に説明。でないと、私の馬鹿げたミスで終わってしまうではないか!昨夕、すべて「切」にしたために、今朝、リセット状態で再起動みたいになったのかなあ。ということで、あと日記を今記入しているというわけなのです。台風の心も、電気の心も、私にはわからなあい。
2004年10月22日
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ヒトはハエ並?ハエ以下?「ヒトの遺伝子は、ハエやマウスとほとんど同じ2万2千個」という記事が新聞で紹介されていた。解説では、当初予想されていたヒトの遺伝子は3万以上とされていたが、ヒトゲノムを全て解読したら、ハエたちと一緒だった。生物の優劣は遺伝子の数ではなく、遺伝子によるたんぱく質の作り方、遺伝子同士の連携による働きなどの違いによのものだと考えられるのだそうだ。ちょっとショックな事実ではある。外国のSF映画に、タイムマシンかなにかの開発の際に、ヒトとハエがミックスされて「ハエ人間」になってしまうというのがあったが、絶対ありっこないという確信が揺らいできたよ。「ヒトは生物の中で最高の高等生物である」なんてのは、基本的に妄想であるといってもいいのではないか。だって、ハエはハエ同士で戦わないよね。なのに、ヒトはヒト同士で殺しあっている。アメリカの大統領選でも、どちらの大統領候補も「イラク戦争は止める」とは言ってない。「うまくやる」「下手な戦い」の次元だ。世界の警察という自意識過剰なアメリカが、他国での戦争をやめられないのは、「戦争でもやって軍需産業を活発にしないと、経済が成り立たない」なんて面もあるらしいし。いやいや、日本でも、経団連は「国際共同開発に参加できなければ最先端技術を得られず、生産基盤も維持できない」と7月に改憲論を視野に入れて、何度めかの「武器輸出三原則見直し」を提言したそうだ(信濃毎日新聞「非戦の回廊」より)ヒトは戦争のための知恵のみで、進化発展してきたのだろうか。やっぱり、ヒトはハエ以下なのかもね。********************陸の孤島昨夕からこの村は陸の孤島と化しました。国道19号線、県道長野-大町線、信州新線、おまけに高速道路まで、土砂崩れや迂回する車が集中したための事故などで寸断されました。朝、学校や会社に行ったまま帰るに帰れずという人が多かったそうです。家の裏山が妙な音を立てている、犀川の水が増えて溢れそう、ということで、昨夜は2人の社員家庭で避難勧告に従って避難。1人は今日欠勤しました。我が家は、何とか無事でした。土尻川の水は今までで最高位、あと80センチくらいで土手の上まで来そうでした。枕元に懐中電燈を置いて普段着のままでふとんに入りましたが、やっぱり心配なのは、寝たきり呼吸機付きの義父のこと。でも、無事に朝を迎えました。この台風、長野県に入ったとたんに、北東から真東に進路を変えたのは何故なんだろう。アルプスのせい?そのおかげで助かったようなものだ。朝から、村では「会議や予防接種の中止、道路状況」を、JAでは「食材の配達お休み」を、衛生組合では「衛生処理施設が破損で収集はしばらく出来ません」(下水に接続してない家庭も若干あるのです)と、有線放送で流しっぱなし。会社では、紙屋や宅配から「品物を届けられない」という電話が入り、休業状態。暇なのはちょっとうれしかったけどね。ヤフーで、和歌山県田辺市でとった「台風の目」の写真が載っていた。ドーナツの目みたいに、みごとに真ん中の青空部分が見える。その目の中に一度入ってみたいというのが、私の単純な願いの一つなのだ。********************ウワーイ、待ってた有線放送!「役場からお知らせします。通行止めになっていた長野-大町線が今日の6時(夕方)から、解除になり、通行できます」やっと1本、動脈が通った!
2004年10月21日
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長野県も暴風域に入りました。このあたりは風はあまりないのですが、雨がものすごいです。裏の土尻川がすごいことになってます。午後から見る見る間に水高が増し、夕方からは泥の強い臭いを伴ってきました。どうやら、どこか上流で抜けたのではないかということです。最初はゴミや小さい木が流れてきましたが、枝や根のついた大きな木が流れてくるようになりました。大丈夫かなあ。あっ、とりあえず、植木は屋内に避難。蛹になろうとしてうろうろしていたアゲハの幼虫は、屋根下に避難。夫はこんな時に、お寺の用事とかで夕方から出ているし…無事、今夜が乗り切れたら、また明朝お会いしましょう。全国の皆さんも、お気をつけてね。
2004年10月20日
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昨夜、夕飯をすませておもむろにパソコンの前に座る。ええー、つながらない!インターネット関係が全部つながらず、パニック状態。でも私1人では解決できず、今朝まで待ち、ybbの担当者へ電話。種々の指示を仰いでも解決できず、汗がたら~り。夫の友人(困った時の神様なんです)に教えてもらったり、ybbの担当者のラストの指示をやってみると……簡単に解決。なんのことはない、すべてのパソコン、プリンター、スキャナーの電源を切って、再起動しただけ。社内LANのどこかのタイミングがずれていたようだ。良かったァ。 *******************17日、1人で30分の村めぐり。 逆光なのですが、遠くのアルプス、見えますか。爺ケ岳から白馬三山方面。常念岳方面。空に浮かぶ山々のシルエットに、「ああ、しあわせだなあ」って…こんなに天上に近い集落もあるんです。砂防ダムの集合体。地滑り常習地帯を持つこの村。各地に砂防ダムがたくさん作られています。撮影している背中側は、平成元年に100メートルにわたって抜けた跡が復旧工事されています。通行注意の立看と熊に気をつけてやっと先程の天上に近い集落まで上がりました。トップのアルプスシルエットの写真は、その高みから写しています。あちこちで、脱穀作業。ずっと雨にたたられたり、稲が乾かなかったりで、やっと脱穀ができるようです。そして刈った草などを焼く煙りが幾筋も立ちのぼっていました。段々畑に近い水田を、大切に大切に使い、腰を曲げての苦労も煙りと一緒に昇華されて行くのかなあ。帰り道、杉木立から光の筋が…目と心で見た風景を、レンズを通して表現するには、オートマニュアルではだめ。夫とちょっとでもいいから一緒に村内を写してみたいなあ…自然の美しさに触れるときだけ、素直にそう思うのです。
2004年10月19日
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10月17日、朝6時の鹿島槍ヶ岳うっすらと朝日が映えています。えっ、よくわからない?なら、ちょっと近づいてみましょうか… ええっ、まだ見えない?ではでは、ググーッと 見えたでしょ!***************秋祭りに来てくれた母を送りがてら、長野市まで。赤飯を作る日なので、結構忙しく…。しかも、毎朝確認する鹿島槍ヶ岳が、今日はバッチリと見えている。初冠雪からすでに2日も経っているから、さすがにパウダー状の雪景色ではないが、モルゲンローテがすてきではないか。撮りに出かける暇はないので、定位置からの写真を撮る。だから、だから、なおのこと、9時出発は忙しかった。教会に行く母と別れて、信濃町の実家から足を延ばしてくれたSさんに会う。彼女の車に乗せてもらって、長野市の高台にある花岡霊園へ。霊園を通り抜けると、岩登りの練習場-物見の岩に行けるのだが、今日の2人は遠くからその岩を見ただけ。「○○さんと来たときは、アイゼンつけて登る練習してたっけね」「そうだっけ?覚えてないよ」「私らはつけなかったけど、○○さんがね」○○さんとは私の弟のこと。すっかり忘れていたシーンが、彼女のおかげでまた一つ生き返った。ひなたぼっこできる霊園内のベンチを見つけて、母差し入れのお団子を食べながら、いろんな話をする。いつも電話で話すとすぐに1時間くらいは過ぎてしまう。この日は電話でないから安心して話したが、気がつけば正午近い。どうしてこんなに時間が早いんだろうと思いつつ…。いつもいつもありがとねー。***************まりぃさんとの出会い実は今日、もう一つの大きな出会いがあった。家を出るとき、前述のSさんに味見してもらう「手前味噌」の他に、もう一つ「手前味噌」を用意した。行けるか行けないかわからないけど、行けたらいいなと取り敢えず持参…そして、万難を排し(?)勇を振るって訪ねてみた。あっ、あそこだ…メニューを見る(ふりをする?)「いらっしゃいませ」第一印象の声は、ちょっと恐かった??恐いというより、男まさりというか…(ごめん、まりぃさん!)そう思った途端、もうお味噌を出していた。「これ、お味噌です」(なんて言ったか、完全に忘れてる!)まりぃさん、ちょっと間があいて、そしてにこっと笑った。HPで何度か見せていただいたまりぃさんのすてきな表情になった。ホッコーヒーを頂きながら、どの位お話ししただろう。まっすぐに目を見つめて話す方だ。臆することなく、はっきりした声で語る方だ。常々、楽天HP上で、ユーモアの中に、鋭さを持っている人と感じていたが、実際にお会いして話すと、それが一層よくわかる。「平和を売るなんておこがましい」「むしろ皆さんのそれぞれの平和を私に頂きたい」この2つの言葉がとっても心に残っている。ただ、私は相当あがっていたようで、しっかりお聞きしたつもりが、文字にする自信がない。なんとなれば、まりぃさんの写真は撮ったのに、お店全体を撮るのを忘れたくらいだから。楽天のお仲間で、初めて実際にお会いしたまりぃさん。これからもよろしく!
2004年10月17日
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大字T地区の4部落から屋台4台と神楽6台が集まりました。さあいよいよ出発の合図変わりの花火があがり始めました。 (百姓野郎さんが携帯で撮った写真には遠く及びませんが、1秒前にシャッターを押すというアドバイスを守った結果、花火らしく撮れました。ちなみに花火までの直線距離は100メートル以内。手前の樹木がじゃましています) それぞれの家紋を入れた縦1メートルの提灯が、各々の戸口に下げられています。写真に撮ると、街灯が、提灯の雰囲気を壊しています。この町中を通って、お宮へ続く坂道へと屋台は進んでいきます。 お宮へと続く道の遠景です。右端に大きな幟が見えています。こんな雰囲気、好きですねえ。♪村の鎮守の神様の今日はめでたいお祭り日ドンドンヒャララー ドンヒャララー今日は夜祭りですが、明日は「村まつり」の歌と同じ風景があります。私は見にいけないけどね。今日は、忙しいので、これにて。
2004年10月16日
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ぼく、クロアゲハの終齢幼虫です。もうすぐ蛹になります。 わたし、アゲハの終齢幼虫です。クロアゲハ君よりも、ちょっとやさしい色でしょう。今秋、庭の隅にある山椒の木から、見かけた限り4匹の幼虫が蛹になるべく旅立ちました。(虫愛ずる姫君もとい、姥君、いやこれもちょっと酷。やっぱり故事にならって姫君でいこう)虫愛ずる姫君としては、とってもうれしい晩秋なのです。寄生バチなんかにやられずに、無事羽化してほしいのです。夕方、鹿島槍ヶ岳が姿を見せました。初冠雪です。明日のアルプスの姿は、すごいぞー。
2004年10月15日
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「皆さんは裁判員制度が心配だとか嫌だとかおっしゃっていますが、徴兵制度は日本にはないけれど、それよりは裁判員制度の方がいいでしょう」長野裁判所のA部長の言葉に思わず「ええーっ」と思った。あとを引き継いだ所長が「今の例えは妥当とは言えませんが…」とフォローしていたが…。これは、長野裁判所第一法廷での事実。************実は今日、午後から長野裁判所で、「刑事模擬裁判」があった。間近に迫ってきた「裁判員制度」の啓蒙のために設けられた模擬裁判だ。村の広報に載った参加者募集の記事を見て、友人3人と申し込んでおいたのは、手術前のこと。途中で、体の経過を見ながら参加できるか否かちょっと心配な時期もあったけど、予定どおり参加できた。仕事も空きの頃だしね。20人くらい集まった参加者の中から、裁判官3人、検察2人、弁護人2人、被告1人、証人2人の役を決め、残りは傍聴人。友人のSさんを裁判官の1人に押し出して。模擬裁判自体は、小学生の模擬裁判に使った脚本をちょっと手直ししたものを使い、流れ自体はとっても簡単でわかりやすいものだった。「○○銀行で、○月○日○時、行員をピストル様のものでおどし、現金200万円を奪った罪で起訴された長野花子の裁判」被告、証人共に決定的な証拠と判断できるものはなく、裁判官役の3人も「無罪」判決を下した。傍聴人役も有罪と判断した人は1人、ほとんどは無罪だと判断したようだ。「疑わしきは罰せず」の鉄則があるからそうなのだろうが…。ただ、「有罪だと思う人は?」と進行役が聞いたけれど、「無罪だと思う人は?」の問いはなかったので、有罪だと思わない人はすべて無罪だと判断されてしまった。 私は正直わからなかった。どちらの言い分も妥当だとは思わないし、迷いを吹っ切れるような証拠はなかった。で、「判断できない場合、こういう資料の提供をしてほしいと要求することは、裁判員としてできるのか」を尋ねてみた。原則的にこれはできないそうだ。「検察側も弁護側も有罪(無罪)にできるということで提出している証拠なので、それ以上のものはないはずだ」というのである。こんな馬鹿な話ってあるだろうか。与えられた不十分(だと裁判員が思っても)な証拠のみで、死刑か無期か、人の人生を決めていいのだろうか。「与えられた資料のみで判断しろということなんですか」司法制度を知らないズブの素人の質問かもしれないが、私は憤った。すると、所長がやはりフォローした。「裁判員全員が一致して、こういう資料が欲しいということになれば、それは要求できます」やっと気持が救われた…。しかし、無作為に選ばれ、しかも拒否できない裁判員制度。国民一人ひとりがかなり勉強しなければ、非常に危険な制度だと改めて感じた。1つの刑事裁判で開かれる公判は平均3回(全体の7割)、多くても7回くらい。期間は3ヶ月くらいが平均だそうだ。この期間と回数の中で、法に全く無知な人間が、法的判断をくだせるものなのだろうか。所長(この人の話は非常に好感が持てた)が「どうぞ、皆さんの力を貸してください」「一般の人たちから見ると、裁判官は一般の人たちとの意識や感覚や生活感にズレが生じているという意見が近年多くなっており、裁判員制度もそのあたりを考慮している」と話した。ズレが生じているならば、一般人が裁判官の方に近寄るのでなく、裁判官が一般人に歩み寄るべきだろう。プロに素人が近寄れなんてのはちょっと無理な話である。私は、自分の手で人の生死を決定することは、恐い。************このあとの質疑応答の中で、前述の「徴兵制度よりはいい」という発言が飛び出したのだ。比較すべきものではないだろう。このA部長(裁判官)の頭の中はいったいどんな構造をしているのか。全体に、非常に高圧的な説明と感じられ、素人に対してわかりやすく親切に説明するという感じではなかった。もし、こんな裁判官といっしょの裁判員になったとしたら、当然彼の主張に引きずり込まれそうな気がする。いや、高圧的に裁判員を自らの主張に引っ張りこむだろう。「もし彼が最高裁判所の裁判官になったら、国民審査できるのにね」といささかやけになって友人と話した。でも、とてもとても勉強になった半日ではあった。
2004年10月14日
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日本政府の紋が「五七の桐」なんだそうです。****百姓野郎さんと志津ママさんに、該当するHPをいくつか教えていただきました。どうもありがとうございます。わかったようなわからないような、難しいことがたっくさん書いてありました。以下は、私がわかったことを簡単に。どうぞ、みなさん、補充・訂正お願いします。***これは、明治政府が正式に決めたことのようです。天皇家の紋はもちろん「菊」。平安から鎌倉時代、天皇家は別に、桐・竹・鳳凰の三点模様も各所に使っていて、その中から桐だけが「五七の桐」として独立し、朝廷の紋としても使われるようになる。また、功あったものには朝廷から褒賞として下賜されるようになり、足利尊氏や豊臣秀吉などが下賜される。じょじょに、「五七の桐」は為政者の紋という格付けがなされ、「菊」に次ぐもの、または同格のものという性格を帯びる。このような経緯を経て、明治政府が正式に「五七の桐」を政府紋章とし、今に至っているのだそうです。なんだか知らないけど、「五七の桐」にもいろんな論考があり、よくわかりません。****************川越のお豆腐やさんに、友人が注文してくれた、巨大豆腐が届きました。(百姓野郎さんから、早速、アドバイスがありました。でも、もう一部食べてしまったので、全体像を写せないので、下に敷いているお盆のサイズを入れました。直径は20センチは確実、なによりもその高さにびっくり。肩までが優に15センチ。その上が丸く盛り上がっています。少しは巨大さがおわかりいただけたでしょうか…)病後の栄養にという友人の心根です。ありがとう。正式名は、ざる豆富「なごり雪」材料はこの村のJ地区の白大豆「ナカセンナリ」100%を使っているそうです。(夕飯の用意に行きます。ずくがあったら、味などを書き込みにまたきます)**********写真のままで、スプーンですくって取り皿に。最初は何もつけずにそのまま味を見ました。甘いんです。大豆の味というか枝豆(すみません、大豆と枝豆にこだわっています)のあの青い味がしました。あとは薬味やおしょうゆなどで。「うわー、でっかいなー」「うん、こりゃ、うまい。日本酒によく合うわ」※これは実は問題なのです。なんだかんだと言っては飲む量を増やしているんだから。もう、全く(怒)「チーズみたいな味がする」「これ、何日かかって食べきれるかやあ」ここまでが、夫の言葉。「甘いねえ。○○さんにおいしかったよって伝えて」「毎日ご飯の代わりに食べればいいや」ここまでが、義母の言葉。「今日と明日はこのままで。その次は湯豆腐で。味噌汁もいいね。最後はやっぱりけんちん汁にするぞー」は私の言葉。こんな、形も味もでっかーいお豆腐があるんだねえ。
2004年10月13日
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(おばあちゃん、顔にぼかしをかけました。ご迷惑になるといけないので)郵便局へ行ったついでに、ついでの方が長くなった。こんなおばあちゃんに出会えた。最初はね、大豆をたたいているように見えたの。だから、この前からの疑問「大豆と枝豆の違い」でも教えていただこうかなあと思って、車を止めた。そうしたら、なんと「そばたたき」だった。刈り取ったそば畑の中に、シートを敷いて、乾かしたそばを鎌の背で叩いて、実を落していた。鎌では落とせなかった実は、手で丁寧に。この写真はその時のもの。「おばあちゃん、写真を撮らせていただいていいですか」「写真撮ってもらうようないい格好してないわさ」と、身支度を整えようと…「そばを叩いている様子を撮りたいんですよ。そのままで結構ですから」やっぱり素性を明らかにしないといけないなと、「私、○○の○○です」すると、「ああ、そうかい」と笑顔がいっぱいになる。我が家の義父母も良く知っているし、息子さんと義弟は同級なんだそうだ。「去年、柿を取っているところに、どこかの人が来て写真撮らせてくれってせうから、撮らせてやって、柿も1袋あげた。前にも写真撮らせてって人たくさんいた。中には写真送ってくれるってせった人もいたけど、帰ると忘れちゃうんかなえ」「そうなんだ…。私もすぐにはできないけど、今月いっぱいには写真持ってきますね」このそばは、多分「長野○号」というんじゃないかって。茎の紅いものと、緑のものと、同じ種なのに「おらも不思議せえ。なんで違っちゃうんだろうなって」息子さん夫婦は勤めの関係で長野市に住み、ここのところ土日が雨天だったため、そばの刈り入れができず、昨日からの晴天で、少しずつやり始めたそうだ。1センチもないそばの黒い実を集めて、この畑からどのくらいのそば粉が取れるんだろう。「さあせえ、おらにもわからねえけど、さほどのことはないわせ」地道な作業と根性の集まりのようなそば粉。今度頂くときは、おばあちゃんの顔を思い出すね。
2004年10月12日
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ASEM(アジア欧州会議)のあとの記者会見。小泉さんが立つ演題のマイク下の正面に、「日本国」の文字と「五七の桐」の紋が入っているのに気づきましたか。 五七の桐(ごしちのきり)最初は小泉さんの家紋でも入れたのかなと思ったが、はっきりと「日本国」と明記してある。さて、日本の国に家紋ならぬ国紋があるのかなぁ。日の丸にあれこれ文句を言う私ではあるけれど、あえて国旗にせずに、国紋にしたのはどうしてなのだろう。初めて見たせいか、とても違和感があったんだ。調べてはみるけれど、どなたかご存じの方がいらっしゃったら、教えてください、簡単に。
2004年10月11日
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千曲川屋島橋付近運転は響く表面でなく、内部の切除したあたりに一番響く神経過敏になっているせいもあって、1時間30分は結構応えたよ以前なら、あっちに寄りこっちを見、雨にも台風にも負けずに志賀高原なんぞへ散策に行ったものだけれど今回だけは、スピード厳守、どこにも寄らない、ひたすら実家へそれでも疲れたぞーでも、行けたんだッ******10月10日、午後8時どこかで、秋祭りの花火があがっている。姿を見せない音だけの花火は、一層気にかかるあらら、私も意外と祭り大好き人間なのかしらん昨日、大騒ぎで通り過ぎて行った台風の爪痕がさほどなかった地域なのか爪痕があったからこそ、花火で勢いをつけているのか。それにしても首都圏を通る台風のニュースはものすごかった。NHKは午後から夜にかけて、台風オンパレード。地方はちょっとひがんでしまうよこの村でも、やっぱり地面の亀裂が何箇所か見つかった。だいぶ前からブルーシートをかぶせてあったその隣に小規模な崩落が起きて、ここからもくっきりと見える。あれはもう止まったのだろうか下にはデイ・サービスの施設がある。オリンピック道路が国道19号線と合流する地点が陥没して食堂と住宅がすっぽりと穴に落ち込んだ我が家から車で10分ええーっ、まさかあそこが…土に飲み込まれていく映像が、恐いというより不思議だった。台風はこれで打ち止めとしてほしい。明日は村民運動会天気は大丈夫だろうただし、全天候型グランドの小学校校庭に場所を移して実施するそうだなんとなれば今回は、「村制50周年記念運動会」だからまんがいち、合併が決まれば最後の運動会となる確かに50周年ではあるけれど、合併を視野に入れた運動会という気もする夫も私も病持ちということが伝わったのか、今年は選手依頼が来なかったちょっとホッなのだ秩父事件をとりあげた『草の乱』の上映が長野県下でもぼつぼつ始まる新聞でもテレビでも特集を組んだ『銃口』を見損ねた私、今度は絶対に『草の乱』は見逃さないぞ
2004年10月10日
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手術してちょうど1ケ月過ぎました。しっかり仕事はしています。もちろん残業も。夫曰く「パソコンにさわっているだけだからいいだろう」こういう考えの社長なんですよッ。回りに迷惑かけて悪いから、少しでも助けようと思って机に座ったのがまずかったかな。でも、1ケ月たつと、違いますねえ。心身ともにしっかりしてきますよ。「ちょっとやせた?」と友達に言われ喜んだものの、これはやせたのでなく、単に筋肉が衰えただけのようです。車の運転も、乗せてもらうより、自分で運転した方がお腹に響かないってこともわかりました。日本の道路がいかに、つぎはぎだらけなのかも、身を持って、いやいや、腹を持って知りました。母が、ここと実家とを何回も行ったり来たりしながら、家事全般を助けてくれましたが、いよいよ明日をもって手を引きます。慣れぬ家での家事をほんとうにありがとうね。明日は台風接近もあって、私が車で実家まで送っていきます。片道1時半、まあこの距離を楽々運転できるようになれば、長距離もぼつぼつ大丈夫かな。今年は鹿島槍ヶ岳の紅葉を見にいくことができずに、ごめんね。もう少ししたら、晩秋の信濃路を走れるようになると思うから、ちょっと待っててね。ありがとう。心から感謝の意をこめて…。
2004年10月08日
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やだあぁ~だんだん熊が近づいてきたよ~。夕方、長野市に配達にいったFさんが、戻るやいなや興奮した面持ちで話し始めた。「Nに消防車やパトカーが止まって、人が大勢出ていたから、どうしたかなと思った。火事ではなさそうだし…。そしたら、熊だって!」「ええ、あの県道沿いで?」「そう、川沿いの側で端から2軒めだってさあ」「川って、断崖じゃない」「うん、だから、川から登ったんじゃなくて、県道沿いにその家に行ったんじゃないかってさ」家から車で10分くらい。長野市N地区は、県道の両側に家がずらっと並ぶ。まったく、私の地域と似ている環境だ。今までは、周辺に熊が出没しても、まだ「よその話」って感じだった。でも、あの地域で出たとなると、ここも危ない。夕方になったら、外(家の外という意味。もちろん1歩出てもそこは外)には出ない。昼間でも安易に畑なんかに行かない。昨日の朝みたいに、朝霧に誘われて歩くなんてのも、危ない!危ない!家の周辺にえさになるような物を絶対に置かない!猿害のK村の職員も笑いながら、でも半ば本気に言った。「この村で猿や熊を追い出すから、今度はそっちの方へ行くよ」今日のN地区でも「追払えば、今度はそっちへ行くよ」やだ、やだ、やだ。やっぱり、恐いよー、熊は。てなわけで、商工会婦人部の会議がある今夜。歩いて行こうと思ったけど、車で行くことにした。
2004年10月07日
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朝、久しぶりに陽の光があたってきた。その光に誘われるように、朝の15分ほど近所を歩いてみた。ガスが上がりきらずに、まだそこここに残っていて、夏に比べて柔らかになった色に、さらにヴェールを被せていた。中山間地のこの村の、とってもとってもすてきな面だ。前面の畑は大豆(多分、大豆と枝豆の区別がいまいちはっきりしない私)。朝日が当たり始めて…北側の斜面。ベースは笹で、桜の木が多くて春先は見事。ただ、左上部には亀裂の入った斜面があり、水色のシートで長らく覆われているけれど、今回の大雨でも大きくはならなかったらしい。ホッ隣村のK村では、広報で2か月にわたって「猿害」の記事を載せている。「このまま作物を作っても、猿のために作っているようなものだ」という農家の声も載っていた。私の村では、今年、むじなに作物を荒らされるという話を多く聞いた。とうもろこしの周囲に金網を張っても簡単に破られる。新聞紙でもろこし1本1本をまいておいても、ちゃんと紙だけをむいて、持ち去る。隣村のN村では、熊が役場近くまで出てきたそうだ。もちろん、私の村でも山沿いでは出没している。日本全国で熊の被害が増えているが、死亡者が出たのは唯一長野県だとのこと。しかし、人間の命を奪う自然の生物は、なんといっても蜂がダントツに1番だとTVで解説していた。蜂に、熊に、むじなに、猿に…何とかうまく共存できる方法はないかなあでも、もっと恐いのは、ヒトかもしれない。今日もまた、刺殺事件が報道されている。
2004年10月06日
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表面についたカビを除き、おもしをはずしてほぼ1ケ月。おもしを置いていたときに、1センチ以上たまっていた汁(これが旨味?)も浸透して、ぽったりとしたお味噌ができた。「ぼつぼつ食べてみてもいいよ」という師匠のことばに、待ってましたとばかりに少し出してみた。まず、指なめ。「うん、うん」…ニヤッきゅうりにつけて食べてみる…ウフフフフッささぎをささがきに切ってじゃがいもを大きめのサイコロにわかめを入れて人参もいろどりに最後にみょうがを入れてそして、そして私のお味噌を溶き入れるすかさず火を止めてこっそり試食うーん、これはいい。糀の香りもして、甘くて…言葉では言い尽くせない。大豆も師匠の作ったもの糀も師匠のお米から味噌つくりもすべて師匠の指導で2月5日の日記「my お味噌だ!!」あれから8ケ月家の土蔵の中から、私のお味噌は世に出た「これ、私が作ったお味噌だよ」味噌汁を飲みながら夫に問う。「どう?」・・・「同じじゃん、今までのと」アホか、あんたの舌は!母にも義母にも、説明なしで。「今日の味噌汁、おいしいねえ」わかる人にはわかるのだ。
2004年10月04日
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山口村の越県合併に関して、9月議会提出でもめている県議会。「山口村民の意志を大切に」という質問に対する田中県知事の答弁に「長野県が溶けてしまうかもしれない問題を、県民みんなが議論するのは大切なこと」という意味あいのことばがあった。「長野県が溶ける」ぐっとくる言葉だった。私にとっては、新しい視点の言葉だった。市町村の合併の次に来るものは、道州制だと聞いている。日本の中央部にでーんと構えている長野県が、道州制の導入によって、分断されるのは目に見えている。中部地方の水源地であり、癒しの供給地である長野県の分断。山口村の一件も、議員と知事との思考次元(高低ではなく、しいていえば遠近または大小かな)が異なっているという人もいる。知事は、先にちらほら姿を表わしている道州制を見越して発言しているらしいが。「長野県が溶ける」以前に、すでに小さい町村は溶け始め、形を失っている。それを良しとするのは、人の心にあるはずの「ふるさと」が溶けはじめているのかもしれないな。このグローバルな時代に、いやだからこそ、「ふるさと」がくっきりと浮かびあがることは、とってもとっても大切なではないだろうか。知事が県民意向調査をするのが遅すぎたのははっきりとしている。でも、この「長野県が溶ける」というところから、もう一度合併の飴玉に踊らされることなく、自治体って、集落ってなんなのか、みんなで考えてみる必要はあるのかもしれない。
2004年10月03日
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小雨がぱらつきはじめた。今日は出勤日なのだが、会社には2人だけ。刷り方のY君は、1階で2色機を回している。2階で私は、楽天三昧。もちろん、手元にある仕事の校正出しは午前中に済んだ。だから、ルンルン……夫は役場で仕事、Rさんは、脱穀するからと半日年休、Iさんは子どもの運動会で1日年休、Fさんは痛風で早退。だから、私1人で好きなことをしているわけ…。こういうのがいい。これが日曜日だったら、日曜になんで仕事場にいなきゃいけないのッて思うでしょ。午後5時、Y君も「おやすみなさい」で帰宅。おっと、夫の足音…これから買物に行くことになっているのです。重いものは、お腹に響くからと夫を連れていきます。もとい、車の運転は夫なので、私は連れていってもらうのかな。「ねえ、お父さん、一人で行ってこれない?」「やだ!」一昨日、病院まで強硬に自分で運転して行ったのが裏目に出て、結構傷が痛むのです。そんなこんなで、行ってきまあす。
2004年10月02日
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10月1日、台風が塵・芥を共に連れ去ってくれて、北アルプスがくっきりと見えた。さすがに、まだ初冠雪とはいかないが、うっすらと雪化粧するのも、もう間近か。議会最終日の1日、村長が「O村合併に関する住民投票条例の制定について」を提案し、審議された。結果は、全員一致で賛成可決。ただし、その前に修正動議がなされたが、これは反対多数で否決され、そのあとで全員一致で可決された。《修正動議》附則 この条例は、公布の日から施行し、村長が第16条の規定による行為を行った日に、その効力を失う。↓村長が第16条の規定による行為を行った日から90日たってから、その効力を失う。第16条の規定とは「村長は、投票結果が確定したときは、速やかにその旨を告示するとともに、これを小川村議会議長に提出しなければならない。」で、最も恐れたことは第17条 村長は、住民投票の結果を尊重するものとする。これが、投票日の翌日にはもう効力を失うということ。うがった見方をすれば、投票結果を有線放送を使って村民に伝え、同時に議長に文書を提出してしまえば、17条も効力を失ってしまう。つまり、尊重する必要はないということになる。「昨日の投票結果を尊重し、諸々考えてみましたが、諸般の情勢から、やはり近隣合併が妥当と考えるに至りました」という結果になってしまうやもしれないのだ。自慢じゃないけれど、法律には滅法暗いので、この附則の意味がよくわからない。ご存じの方がいらっしゃったら、ぜひぜひ、教えていただきたい。《二者択一》投票は「O村がS町・N村との合併に賛成のときは○、反対のときは×」の二者択一。ちなみに、S町とN村は「三択」(近隣合併/自立/長野市との合併)。なぜ、この「三択」に歩調を合わせられなかったのだろう。二者択一では、反対の中味がわからない。この場におよんで、まだ含みを持たせるような選択をさせるその意図が全く理解できない。「自立」という言葉をあえて入れなかったその意図は…もし、「反対」が多かったならば、村は次にどういう方向に進もうとするのだろうか。条件的にも、村民意志でも、村長は、近隣合併に進む自信が持てたから、「住民投票をしてやろう」という気持ちになったのだろうか。議会でも、修正動議の際に某議員が「村長の言うことを信用しろ」と放言したという。また、村長自信も「信用できないのか」と怒りを露にしたという。どちらの方々も、「今まで、無条件で信じられるようなことをしてくださいましたか?」
2004年10月01日
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