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本日も当ブログ「Nishikenのホームページ」にお越しいただき、ありがとうございます。 まことに勝手な報告ですが、本日をもちまして当ブログの更新をしばらく休止することにしました。更新再開は今年10月頃を予定していますが、休止期間がより長引く可能性もあります。突然の報告であることをお詫びいたします。 休止の最大の理由は、私自身の将来設計や求職活動に専念したいからです。30代に突入し、10年後、20年後にどうなっていたいのか(年収は?結婚は?老後はどうしたいのか?)。残念ながら私にはまだ具体的なイメージはできません。 思えば6年前の2012年2月8日、私は当ブログの更新休止を一度宣言しました。その際には「惰性でブログを更新することが多くなった」こと、「仕事(アルバイト)や(教員採用試験など)勉強に忙しい」こと、を主な理由として挙げました。 第1次休止の際には、4か月間、更新を休ませていただきました。 再開初期には政治に関するニュースや意見の表明を再び行うようになりました。しかし2013年からは方針を変更して、アニメに関する記事を多数書きました。元々第1次休止の際に、「名前は知っているけど、内容は全く分からないマンガ、アニメについても楽しみたい」と書きました。今までの5年3か月間、120作品以上ものアニメを視聴しました。アニメに関するネタ、(表面的に過ぎませんが)業界の事情について知ることができたのは良かったです。そのような意味で、所期の目標を達成したと言ってもいいでしょう。 現在放送されている、「スロウスタート」、「ゆるキャンΔ」、「りゅうおうのおしごと!」のレギュラー放送が終了したら、5年間続けてきたアニメオタクとしての活動を一旦終了します(他に「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」など3作品も視聴中ですが、それらについては途中終了という扱いにします)。 また、旅日記についても「FUKUOKA!」というシリーズが終了したことで、ブログ執筆を前提とした取材などの活動をしばらく休止します。 本当に、自分を追い込まなければならないと思います。そのためには、必ずしも必要のないコンテンツを思い切って捨てるしかない。つまり、ブロガーとしての活動ならびにアニオタとしての活動を一旦終わらせるしかないと判断しました。普段の生活の中で、仕事している最中でも、ブログをどうやって更新しようかと、頭から離れたことはありませんでした。ネタ探しに集中している日々が多かったです。しかし、その日々ともしばらくお別れです。 今回は何の前触れもなく、突然の報告となってしまったことをお詫びします。 また、会いましょう!活動再開から6年間、そして通算13年間、ありがとうございました! 2018年3月12日 Nishiken
Mar 12, 2018
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お父さんへ。60歳の誕生日、おめでとうございます。還暦という人生の中で大きな節目を迎えたことを長男として嬉しく思うと同時に、複雑な心境になりました。 父と一緒に過ごしてきた31年間は、長いようで短かったです。父は私たち2人の息子のことを、時には厳しく、時には頼もしく見守ってくれました。そして時には親身になって相談に乗ってくれました。また、仕事や人付き合いに一途ですがその側面で、ギャグを言うようなキャラクターでもありました。7年前、神戸で祖父の葬儀がありました。送迎バスで火葬場に移動中、一行は東灘区内で野生のイノシシに遭遇しました。その際、父はなんと言ったか。 「おいしそう」 幼い頃からジビエ料理を親しんできた父ゆえの発想だったと思います。父のその一言で、沈みがちだった参列者一同の雰囲気が和み、ドッと笑い出しそうになりました。 思えば私と父との関係は、必ずしも順風満帆なものではありませんでした。高校生から大学生にかけての時期、私は父と言い争いをすることが多かったです。その中で、私には謝らなければならないことがあります。 第一に、父の故郷を侮辱したことです。私たち兄弟は本来、父の故郷で生まれました。私は母の生まれ故郷である神戸にはかなりの愛着があります(現に私の本籍地は神戸市のままです)。しかし一方で、父の生まれ故郷に対して愛着がわき始めたのはつい数年前(2014年頃)のことです。 父の実家で生まれたことについて弟は「自慢してもいいことだ」と、それなりに誇りを持っているように感じました。これに対して私は、2014年頃までずっと嫌悪感を抱いていました。母に対して「なんであんな男と結婚したんだ」と迫ったこともありました。私がその話をする度に、母からこっぴどく叱られました。「大学院まで行かせてもらってさ。ヤイヤイ言われながらも、パトロンとしてあんたの人生を応援してきたんだよ!?」そのような趣旨でした。 しかし、私はとある方法でそのコンプレックスを吹き飛ばし、アイデンティティに変えていきました。コンプレックスを吹き飛ばしてくれたものは、アニメでした。特に、「きんいろモザイク」の九条カレン、「ラブライブ!サンシャイン!!」の小原鞠莉といった、日本人と外国人とのハーフのキャラクターが、私の認識を変えてくれました。 第二に、弟への接し方をめぐって対立したことです。私は2013年頃まで、まるで小姑のように弟に接していました。生活態度を注意したり、「投票に行け」と言ったり。保護者のような言動をとっていた理由は、両親の負担を減らしたかったから。そして、自分の兄としてのリーダーシップをアピールしたかったから。この2つが大きな理由です。 弟を誰がどう叱るのか、誰も得しない主導権争いでした。当時の私を振り返ってみると、他人のことに興味がないくせにかなり出しゃばっていました。「ちびまる子ちゃん」のお姉ちゃんのように年下の兄弟の学習面での面倒を見るようなことはしませんでした。「アイドルマスター」の高槻やよいのように、かなり年下の弟・妹の分まで愛情を注いで家事を手伝う・・・ようなことはしませんでした。私は兄としてどう振舞うべきか、真剣に考えたことはありませんでした。そんな私に対して父は常日頃から何て言ったか。 「お前には関係のないことだ」 他人の生活態度を注意する暇があるのなら、まずは自分の将来・生活態度を心配しろ、と言いたかったのではと思います。また、父親としての権威を傷つけられたことへの憤慨もあったのではと思います。 兄としてのリーダーシップをアピールしたかったがために、弟は絶大な迷惑を被ることになりました。だから、弟は兄である私にますます反発したのではないでしょうか。上っ面だとかきれいごとばかり言うロマンチストで、自分に都合の悪いことは言おうとしない。彼からはそんな男にも見えたでしょう。「Nishikenみたいな男になっちゃいけないな」と反面教師にされたかもしれません。相手にナメられないために放送禁止用語を言ったり、「全ての国々を快く受け入れる」という私の世界観に反発したりしたのでしょう。こんな事態になったのは兄である私のせいと言っていいでしょう。 人の上に立つこととは、それ相応の義務を背負わなければならない。私は将来、子どもを持つかどうかは分かりませんが、自戒の念を込めて書かせていただきました。 父と同時に、弟に対しても、謝罪したいと思います。 父はこれまで様々な世界を見てきました。 ヨーロッパはベルギーを中心として様々な国に行きました。30年以上昔にはソ連時代のレニングラード(現・サンクトペテルブルク)へ出かけたことがありました。また、会社勤めだった頃は出張として韓国、香港、シンガポールへ出かけたこともありました。2001年頃には「老後はポルトガルへ移住したい」と夢を語ったこともありました。 また、専門分野である情報工学だけでなく、経済学や建築学、各地域の文化、哲学、飛行機、高速鉄道、スポーツ(サッカー、野球、アメフト、ツールドフランス、F1など)・・・様々なことに対して貪欲に知識を吸収していきました。そんな父に私は憧れます。 そして父は時には、物覚えの悪い息子に手を焼いたことがあったかと思いましたが、子育てだとか家族サービスで手を抜いたことはありませんでした。私たち兄弟がまだ幼かった頃、都内の様々な場所に連れて行ってくれました。二子玉川、駒沢公園、砧公園(いずれも世田谷区)といった近場だけでなく、田園調布の教会、秋葉原、向ケ丘遊園(2002年閉園)などといった遠いところまで連れて行ってくれました。 私の旅行好きの原点は、おそらくここにあるのではと思います。 世田谷区から関東へ。関東から全国へ。そして日本から世界へ。私の世界をどんどん広げていきたいと思います。 いつまでも、私の憧れの存在でいて下さい。これからもよろしくお願いします。
Mar 5, 2018
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小田急では今月17日の大規模ダイヤ改正に先立ち、代々木上原~梅ヶ丘間の地下複々線化工事が3日に完成しました。また、登戸駅の改良工事(1番のりばの整備)も同じく3日に完成。これで、代々木上原~登戸間が完全に複々線化されました(登戸~向ヶ丘遊園間は引き続き、下り1線・上り2線の三線です)。 私は4日、新宿方面行きの電車に乗車し、新しくなった東北沢、下北沢、世田谷代田の3駅の様子を簡単にですが見てみました。 東北沢駅は駅構内で緩行線と急行線が別々のトンネルに分かれるという特殊な構造。仮ホーム時代から何となくですが完成予想図を伺い知ることはできましたが、実際に完成すると、その特殊な構造に感心してしまいます。本設ホームから出っ張った構造の仮設ホームが特徴的でしたが、それはもう見納めです。 下北沢駅は今回の工事の中でも最も難しい区間だったかと思います。2013年3月22日まで営業していた地上ホームの真下にシールドトンネル(急行線。先に完成)と、開削工法でのトンネル(緩行線。今回完成)を掘るという大規模な工事となりました。 各駅停車から眺めると、丸っこい天井の急行線に比べ、走っている緩行線トンネルの天井が高く感じるのが印象的です。 世田谷代田駅もレアケースな形での地下化といって言いでしょう。地下化が実現した5年前、現・急行線トンネル内に仮設ホームが設置されました。そこからエレベーターや階段で改札口までつながっていました。しかし緩行線トンネル完成により、仮設ホームは役割を終え、明るい照明で、広々としたホームが特徴の本設ホームに移動となりました。仮設ホームがあった旧のりばは、非常時の避難通路として残されるのか、それとも完全に撤去されるのかどうかは分かりませんが、いずれにしても数奇な運命を辿った駅と言っていいでしょう。 代々木上原~梅ヶ丘間の地下化(連続立体交差事業)が開始されたのは2004年9月のこと。完成まで約14年かかりました。小田急線の複々線区間の東端が梅ヶ丘駅まで延伸されて以降、この区間はラッシュ時のボトルネックとなりました。私も新宿行きの急行・準急にほぼ毎日乗車していて、経堂あたりまではかなりスピードを出すものの、豪徳寺付近からは列車が詰まっているために減速し、梅ヶ丘から先はノロノロ運転。世田谷代田~下北沢間で完全に止まる、という流れがお約束のように感じました。 でも、これは学生時代の「良い思い出」「笑い話」として、心の中にとどめておきます。 3月17日、いよいよ新しい小田急が本領を発揮します。ますます期待しています。
Mar 4, 2018
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春!希望の春! そう声を大にして言いたいような、すっきりとした天気の日に、心機一転を心がけて気持ちを切り替えられるのは幸せなことだと思います。 当ブログ「Nishikenのホームページ」は開設13周年を迎えました。 Neues Zuhause, Neue Identitaet, Neuer Traum. ドイツ語で「新しい家(本拠地)、新しいアイデンティティ、新しい夢」を意味します。 昨年の大みそかに表明した計画は、少しずつですが進めております。来年春までに新しい本拠地に移り、そして2021年までには家庭を持ちたい・・・とひそかに考えております。 ブログの更新が滞り気味になっており、申し訳なく思っています。それでも、これまで定着している鉄道、旅行、アニメ、スポーツを主なテーマとして取り上げていきたいと考えております。 今後ともよろしくお願いいたします!
Mar 1, 2018
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