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2012年12月28日、15:30。金沢駅7番のりば。 掲示板には、トワイライトエクスプレス・札幌行きの表示があった。 やってきたのは、トワイライトエクスプレス・札幌行き(大阪11:50発、8001列車)。私にとってはただでさえ東京に住んでいて見る機会が少ない列車だ。それを金沢駅でじっくり見ることができるとは思わなかった。もちろん大興奮だった。 大阪~札幌間の所要時間は22時間2分(ただし、大阪発の場合)。走行距離は(大阪発は)1495.7kmに及ぶ(札幌発は1508.5km)。臨時列車を含めればもちろん日本一長距離を走る列車だ(定期列車に限れば、北斗星号が一番)。 光の加減で見づらくなってしまっているが、トワイライトエクスプレスの方向幕。 食堂車(3号車)の業務用扉を開け閉めする業者さん。扉を開けて食材(?)を車内に積み込んでいたと思う。 トワイライトエクスプレスのエンブレム。 しかし取ってつけたような感じがしたのは少し残念。色の加減が違っていて、シールで貼りつけているのではと感じたからだ。 ロビーカー、サロン・デュ・ノール(Salon du Nord)を指す表示。フランス語で「北のサロン」。北海道に向かう列車にふさわしい名前だと思う。 15:40、トワイライトエクスプレスが定刻通りに金沢を出発していった。 出発間際に見かけた車掌さんのブレザーが列車の色と同じダークグリーンだった。実に徹底しているのが印象的だった。 トワイライトエクスプレスを見られて大満足の私は改札口へ。 これから兼六園に向かおうと思っていたところだった。(その10)に続く。
Jan 30, 2013
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発車時刻が迫っていることを富山駅構内で知り、急いで切符を買い、改札を通って構内を猛ダッシュ。なんとか発車間際の電車に乗ることができた。その際、半自動ドアであることをすっかり忘れていたのだが、無事乗車できた。正にギリギリセーフだった。 乗車したのは、普通・金沢行き(14:13発、442M列車)。最新鋭・521系による2両編成だ。223系によく似た内装の車内を見て一瞬「新快速みたい!」と思ってしまった。クロスシートの車内は座席がほぼ埋まっていた。 なお、富山~金沢間のほとんどの区間で北陸新幹線(建設中)の高架橋を眺めることができた。全くチェックしていなかった工事の進み具合に驚いた。遅くとも2015年3月までになくなるであろう特急街道としての北陸本線を楽しむこととする。 富山~呉羽間にて。 521系の運転席。後面展望になってしまった。 小杉駅にて特急の通過待ち。 ちなみにこの442M列車にとっては1本目の特急通過待ち。しばらくして特急サンダーバード30号・大阪行き(富山14:19発、4030M列車)が高速で上り本線を通過していった。これぞ特急街道の醍醐味だ。 特急は富山~金沢間を36分で結ぶが、普通列車は75分前後でのんびりと結ぶ(でもあまりのんびりしすぎても困るので、高性能の普通列車が走っているのだろう)。 乗車したのはクモハ521-20だった。首都圏にいるとなかなか慣れない半自動ドアに戸惑った。 富山駅西部の主要都市・高岡(交通の要衝でもある)を過ぎ、列車は石川県を目指す。しばらくして石動駅(小矢部市の中心駅)で2回目の特急通過待ちである。 石動駅にて。521系の後方に北陸新幹線の高架橋が見える。 特急はくたか10号・金沢行き(越後湯沢12:39発、1010M列車)がご多分に漏れず、高速で上り本線を通過していった。 石動を過ぎると、進行方向左手側に北陸新幹線の線路が近づいてくる。その線路は北陸本線よりも下を走っているが、しばらくしてトンネルへ隠れていった。源平の合戦で有名な倶利伽羅峠(木曽義仲で有名)を過ぎると石川県に入り、倶利伽羅駅に到着。その後、津幡駅で七尾線と合流し、列車の運行頻度が少し増加する(津幡~金沢間では日中は1時間2~3往復)。輪島塗をイメージした茜色の415系が印象的だった。 森本、東金沢と、新幹線の高架下にある駅を過ぎ(宇都宮市内の光景に似ている)、列車はまもなく終点・金沢に到着だ。 15:28、金沢駅に到着。3面7線から成る大規模な高架駅だ。 私はしばらく駅構内を散策することにしたのだが、(その9)でかなりレアな列車がやってきた。
Jan 29, 2013
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今日、マイナビニュースでこんな記事を見つけた。 学校の先生に付けられていたあだ名……覚えてる? 授業中のしぐさに由来するあだ名、見た目に由来するあだ名、その他のあだ名と大きく3つに分けられていた。いずれにしても生徒に強烈な印象を与えた先生方であるのは間違いない。 ちなみに私の高校時代の先生方のあだ名はこんな感じだった。 担任(英語)のT先生 坊主頭だから「じゃがいも」 (たまに「太陽」とバカにされることがあった) 英語のK先生 マッチョにちょびヒゲだから「マリオ」 古文のS先生 顔立ちから「金正日」 (とあるクラスメイトは、「授業がある度に来日するという・・・」と冗談を言っていた) 校長先生 根拠のない噂から「脱税」 ちなみに現代文のM先生(1年生の時のみ)は、娘さんの趣味(と思われる)から「セーラームーン」とからかわれ、私のクラスの生徒からバカにされていた(2年生の時から現代文担当の先生が交代したのでそれ以後は呼ばれなくなった)。 こんな風に、外見に由来するあだ名が多かった。ただ、最後の校長先生の「脱税」は、とあるクラスメイトが「えっ、あの校長、脱税してんの!?」と真偽を確かめずに発言したことがきっかけかもしれないが、詳しくは今でも謎。
Jan 28, 2013
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これまでその1で「たまこまーけっと」を、その2で「琴浦さん」を紹介したが、もう一つ気になったアニメを見つけた。 ・僕は友達が少ない NEXT AIC Build制作。 ライトノベルとしては以前から知っていたのだが、アニメを見たのはこの前が初めてだった(しかもシーズン1ではなく、続編であるNEXTから見始める形となってしまった)。初めて耳にした時には「おっ、(自分で言うのも何だが)友達が少ない俺にぴったりの小説じゃん!」と思った。また、「ストレートなネーミングだなあ」という第一印象を持っていた。 だが実際に見てみるとこう考えてしまった。 羽瀬川小鷹はいい人なのに、顔で損している感じが否めなかった。このパターンは高須竜児(とらドラ!)と共通している。両親が海外出張?で不在の中、極度の中二病を患う妹の相手をし、料理を作り、クラスメイトに対してはツッコミを入れる。 一般論として中高生の女の子の場合、恋愛や交際の対象となり得る男の子の基準は、イケメンだとかトークが面白いかという、表面的なものばかり。外見より性格・人柄なんていう大人の交際が本格的に始まるのは大学生になってから、という人が多いかもしれない。 そして・・・、隣人部のメンバーはキャラが濃過ぎ!!容姿端麗・成績優秀なのに傲慢な性格で損している柏崎星奈(せなと聞いて、アイルトン・セナをイメージしたのは私だけか?)。しっかり者なのに仲間に対しても貴様呼ばわりするなど口の悪さで損している三日月夜空。理系の天才なのに性癖がメチャクチャという理由で損している志熊理科。いずれも強烈な印象を与える短所が自分の長所を消し去ってしまっているという、残念な美少女たちなのだった。 何という、今更感が否めない私なりの解説だが、これから小鷹がどんな日常に付き合わされるのか楽しみだ。ちなみに、兄・小鷹と妹・小鳩のネーミングは「タカ派」「ハト派」に由来するのか?
Jan 25, 2013
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3月16日の東急東横線~副都心線~東上線・西武池袋線の相互直通運転の開始まで残り2カ月を切った。そして22日にはいよいよダイヤ改正の内容が発表された。 ポイントは以下の通り。 ・東横線では(上下線とも)1時間あたり16~24本(日中は各停・急行・特急で計18本)の列車が設定されるが、渋谷発着(副都心線に直通せず)は4本のみとなる。直通する14本のうち東上線直通が2本、西武線直通が4本となる(思ったほど少ない。意外だ)。残りは6本が和光市止まり、2本が新宿3丁目止まりと発表された。 ・日比谷線との直通運転中止。 これは東急に大きなメリットがある直通運転であることを以前指摘した(昨年7月25日の日記)。その内最大と思うことがこれだ。車両規格の異なる日比谷線(18メートル3扉)との直通運転を解消することで、20メートル4扉の車両に統一できることとなり、ダイヤ作成時での制約がなくなるという点だ。 東急東横線のは現行のダイヤを若干修正したような印象を持ったが、白紙ダイヤ改正を印象付けたのが東武東上線だ。まとめるとこうなる。 ・60分サイクルから30分サイクルに変更。 現行ダイヤでは急行が5本(12分間隔)で、準急が3本(20分間隔)でそれぞれ運行されているが、新ダイヤでは快速が2本(30分間隔)、急行が4本(15分間隔)で走ることになる。まあ、現行ダイヤよりは少し分かりやすくなりそうだ。 ・急行より格上の快速を新設。 日中は30分間隔で池袋~小川町間を走る。停車駅は池袋、成増、和光市、朝霞台、志木、ふじみ野、川越、川越市、若葉、坂戸、東松山~小川町間の各駅。要するに、急行の停車駅から霞ヶ関、鶴ヶ島、北坂戸、高坂を抜いただけである。川越以遠の遠距離客のニーズに応えたものだろう。 ・地下鉄直通列車は減便。 思わず「あざとい」という言葉が頭をよぎった。東上線はよほど自分のターミナルである池袋に利用客を誘導したいらしい。 有楽町線直通、副都心線・東横線直通とも毎時2本ずつ。計4本しかない。副都心線開業以前は新木場行き4本・新線池袋行き4本の計8本だったのだが、これだと改悪としか言いようがない。 以上、3月16日改正ダイヤの第一印象についてだった。
Jan 24, 2013
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たまこまーけっとを紹介したその1に続き、私が個人的に注目しているアニメをもう一つ紹介したい。 ・琴浦さん AIC Classic制作。他人の心を読むことができる少女、琴浦春香の幼少時代から現在までの生活を描いたようなアニメだと思う(原作はまだ読んでいない)。主人公である春香の人物設定を読んでいて最初は「七海アオ(夜桜四重奏)か、この子は」と思った。 超能力の一種として「他人の心が読める」と紹介されているが、その裏では非常に悲しい過去があった。私もアニメ本編を見て暗い気持ちになった。 小学生時代から、クラスメイトから化け物呼ばわりされ、友達とも絶縁された。中学生時代に転校することを担任の先生に伝えたところ、先生は心の中で「ほっ、これで厄介者がいなくなる」とつぶやいてしまった。春香がこれを読んでしまって、先生からも見放されてしまったように感じたのは・・・どう言えばいいのか分からない。 中でも一番衝撃的だったのは、母が家出する場面。両親と一緒に過ごした幼少時代のことだった。「帰りが遅くなる」と言い残していた父だが、その原因がばれたのも春香の能力によってだった。彼女は父と母、両方の浮気相手の名前をばらしてしまったのだ。このため家族が崩壊したのだった。そして母が家出する際に春香に向かって言った一言。 「あんたなんか、産むんじゃなかった・・・!」 春香は勘当されたのだった。もう衝撃的だった。怒りと寂しさを感じた。 しかし高校生になって、真鍋という少年に出会った。彼は彼女のありのままの姿を認める最初の人だ。それが彼女の生活にどう影響してくるかが楽しみな作品だ。 ちなみに「名前が同じ」ということで鳥取県琴浦町(米子市の東側)とタイアップ企画があったりする。
Jan 23, 2013
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私的なことだが、私は2013年のスローガンを「俺の乱!」としている。具体的に書くと、様々なシチュエーションで自分は本気を出す!ということだ。勉強でも、仕事でも、就職活動でも、旅行でも。・・・そしてサブカルチャー(アニメ)でも本気を出したいと個人的に思っている。その一環として、今年は積極的にアニメを見ようとした。第1弾としてこれを見た。 ・たまこまーけっと 京都アニメーション制作のアニメ。キャラクターのデッサンが(当然のことだが)「けいおん!」に酷似していてびっくりした。ただ、私なりに感じた「けいおん!」との大きな違いは、女の子のみならず男性がよく登場することと、とある商店街の日常に焦点を当てたような作品だということだ。 物語の舞台(のモデル)となったのは京都市上京区の出町桝形商店街。京阪電車の出町柳駅が最寄り駅だ。 一見したところ、NHKの朝ドラに例えると「梅ちゃん先生」みたいな感じで、ほんわか・ほのぼのとした雰囲気だ(決して「純と愛」のような殺伐とした雰囲気ではない)。 たまこまーけっと : 「けいおん!」制作陣集結の新アニメ モデルは京都の商店街(1月14日、毎日新聞デジタル) ただ、放送前からアナウンスされていた「高飛車な鳥」はちょっとむかつく存在だった・・・。でも後になってどんな存在感を見せてくれるのだろうか。
Jan 22, 2013
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今日、母から聞いた話。 中学受験で頑張っている大阪のいとこ(2011年6月28日の日記参照)が、第一志望の私立中学に合格したとのこと。関西の某有名私大の付属学校に4月から通うことになりそうです。 本当にすごいです、この子は。もう私と弟を完全に超えたと思います。 私と弟は中学受験を経験していないので実感はできませんが、中学受験は高校受験以上に大変だということを聞いています。彼女は水泳の記録会もこなしつつ厳しい勉強もこなしていたというのですから、本当に脱帽です。中学生当時の私は非常にだらしのない男だったので。 果たして彼女がどこまで伸びるのか、一族の中で一番の勝ち組になれるのか?ささやかながら、楽しみに待ちます。
Jan 21, 2013
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富山駅に戻った私は連絡通路を通り、早朝に行った南口へ(その3参照)。そこには地鉄市内線の停留所があった。 地鉄8000形電車(1993年デビュー)。ただし5両と少数派だ(7000形が12両在籍)。大学前(富山大学)行き。 8000形が出発していった乗り場を撮影(南富山方を望む)。 私はここでは電車に乗らず、徒歩で富山駅南口の中心部を移動。オフィスビルや銀行の支店が立ち並ぶ通りで、賑わっているような印象だった。華やかな観光スポットがあるわけではなく、普通の生活があるような風景が私は好きなのかもしれない。 富山県庁。NHK富山放送局のすぐ南西にあった。 富山市立中央図書館のエントランスホールに飾られていた絵画。美術館のような一角だったが、絵が印象的なので撮影したのだった。 県庁前停留所付近を走る7000形電車。旧塗装だ。 雪化粧した公園の中の富山城。戦国時代(1543年)に築城されたお城だ。後に前田家によって大改修が施される。1609年に火災で焼失し、越中国の政治の中心は高岡城に一旦移ったものの、大坂の陣以後は再建された富山城に政治の中心が再び移された。そして明治の廃藩置県により廃城となった。現在のお城は戦後再建された模擬天守であり、中は富山市立郷土博物館となっている。 着陸態勢?の全日空機。伊丹空港のように「富山空港が近いのか」と思ったが、その通りだった。神通川沿いにある富山空港へは富山駅から連絡バスで25分というアクセスの良さだった。 9000形(セントラム)に飛び乗って富山駅に戻る。 ここで私が乗った電車は環状線と呼ばれる路線だ。2009年12月23日に開業したばかりの新しい路線だが、実は一旦廃止された路線を復活させたものだ。富山市中心部の繁華街の賑わいを取り戻すための一環だった。停留所の名前も国際会議場、大手モール、グランドプラザ前と、近未来的だったりする。 車内から富山城を撮影。 車内は第一印象としては、JR九州の通勤電車のようなイメージだった。 西町からは従来の市内電車に合流するのだが、個人的に気になったことがある。 総曲輪(そうがわ)という地名。 地元の方々には申し訳ないが「読めねえよ」と思ってしまった。でもよく調べてみたら、富山市最大の繁華街だったとのこと。・・・失礼しました。 乗車してきた9000形を撮影。デザインが実に印象的な電車だった。 この後、富山駅に向かい、乗る予定の金沢行きの発車時刻が迫っていることを知ると猛ダッシュで駅構内を走ったのだった・・・。 (その8)に続く。
Jan 17, 2013
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岩瀬浜の海水浴場(その5参照)を眺めた後、私は本題の岩瀬地区へ。 岩瀬浜駅から少し南に歩くと岩瀬運河(富岩運河)を渡る。その川沿い(?)に岩瀬カナル会館という観光客向けの施設があったので立ち寄ってみた。そこでは地元のお土産が売られている売店やカフェが入居していた。しかし私はその近くにあった「ノーベル街道」というのに興味を持った。 ノーベル街道という愛称が与えられたのは、国道41号線の富山市から岐阜県高山市中心部までの区間。ノーベル賞を受賞した4人の出身地がその区間に集中していることに由来する。 ・田中 耕一氏(2002年ノーベル化学賞受賞・富山市出身) ・利根川 進氏(1987年ノーベル医学生理学賞受賞・名古屋市出身だが小学生時代を富山県大沢野町で過ごした) ・小柴 昌俊氏(2002年ノーベル物理学賞受賞・愛知県豊橋市出身。岐阜県神岡町にスーパーカミオカンデを建設) ・白川 英樹氏(2000年ノーベル化学賞受賞・東京都新宿区出身だが小学3年時から高校卒業まで岐阜県高山市で過ごした) 帰宅後に「ノーベル街道」の写真を母に見せたところ、母も初耳で驚いた。それから私は「特定のエリアに集中しているのはすごい。自然環境以外の理由は何だろうか」と考えるようになった。 ノーベル街道ガイド(外部リンク) ノーベル街道・起点(岩瀬)の標識。国道41号線はここから高山経由で名古屋まで南下する。 岩瀬運河を渡った後に富山港方面へ右折する。 英語の他にロシア語表記があったのが日本海側の町らしくて面白いと思った。稚内でもそうだが、富山はロシア(極東部)と活発な交易や交換留学生といった交流でもしているのだろうか。 目的地である森家までは少し距離があった。その道中には様々な料亭や和菓子屋があったのだが、何となく目立っていたのはドラ焼きだった。とある店に立ち寄ってドラ焼きを2個買って食べてみた。よく見たら三角形だ。なぜなのか?お店の方に聞いたところ、日本海の波をイメージしたものだそうだ。 ドラ焼きと言えばドラえもん。ドラえもんと言えば藤子・F・不二雄。さらに彼の出身地が富山県(高岡市)という連想から私は納得していた。しかし調べてみると富山県では冠婚葬祭の際にドラ焼きを贈る風習があるらしい。それが彼にとって故郷のシンボルのように見えたのか、ドラ焼きが大好物という設定がドラえもんに取り入れられたのかもしれない。 ここには江戸時代、西廻り航路の寄港地として栄えていた頃の富山の街並みが残っていた(再現されたのもあるかも)。 物流の主力が海運だった江戸時代、蝦夷(北海道)から日本海側、下関、瀬戸内海を周る海運ルートを西廻り航路と呼んだが、これは現在でいう東名高速道路のような物流の大動脈だった。日本海側の町からあらゆる産物が大阪に集まり、大阪は天下の台所と呼ばれた。そして大阪からは最新の文化が発信され、日本海側の武士や商人は都会ファッションを楽しんでいた。 その産物の代表例が昆布だ。海運業者は日本海側の町から大阪への航路の途中、寄港地で商売をするようになった。例えば昆布(現在でも国産昆布の9割以上が北海道産)を北海道で仕入れ、それを山形や富山、終点・大阪といった寄港地で売りさばいた。1回の航海で(現在の価値で)1億円もの利益が出たらしく、商人は大層栄えたそうだ。 西廻り航路で活躍した船は北前船と呼ばれた。富山ライトレールの駅でも出てきた。 いよいよ、これが注目の北前船回船問屋・森家である。1994年12月に国の重要文化財に指定された建物だ。 街の景観に合わせて、北陸銀行の支店も回船問屋風になっていた。京都か、ここは。 時刻は13時前。近くの食堂でタンメンを食べた後、富山ライトレールに飛び乗って富山駅へと戻ったのだった。ちなみにアテンダントさんは乗務していなかった。それでも2両編成の電車の車内は小中学生の声で活気づいていた。
Jan 16, 2013
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黒部駅で富山行きの列車を待った私(その4参照)。列車到着のアナウンスの後、改札が開放されてホームに入った。 有人改札で「富山方面は1番線になります」という私に対しての駅員さんの案内が温かく感じられた(福井駅でもそう感じた)。 1番のりばに普通・富山行き(10:14発、540M列車)が到着。青一色の413系だ。 ちなみにほぼ同時に到着した反対側の3番のりばの列車は、普通・直江津行き(535M列車)。 列車は魚津、東滑川、滑川、水橋、東富山、富山の順に停車した。 初めて北陸本線に乗って感じたことは、線形が非常に良かったことだ。これに対して富山地方鉄道ではこまめに小さな駅があって、地域密着という感じだ。でも運賃が高く(富山~黒部間で870円。JRだと570円)、しかも時間がかかるのが難点だ。ちなみに魚津、滑川辺りから日本海は見えなかった(東富山で降りれば日本海に近くなるのだが・・・)。途中、気になったものとして魚津駅で「蜃気楼の町・魚津」という看板があったことだ。なぜ蜃気楼なのか、少し気になった。 10:44、定刻通りに富山に到着すると私は北口へ。 やってきたのは富山ライトレール乗り場。2006年4月に開業したLRT、富山ライトレールはJR富山港線を前身とする路線だ。JR富山港線時代には日中は上下とも1時間1本ほどだった列車の運行本数が、富山ライトレールとなってからは1時間4本(15分間隔)となった。1日全体の運行本数でも20本から3倍以上(66本。2006年4月当時)となった。さらにJR時代には475系といった普通の大型鉄道車両が走っていたのだが、ライトレールでは低床式の路面電車となり、大変利用しやすくなった。 2009年12月には富山駅南口を走る富山地方鉄道・市内電車で環状線が開通し、北陸新幹線開業(JR北陸本線の高架化)のあかつきには、南北での路面電車直通運転も計画されているとのこと。このように富山では路面電車の復権が進んでいる。鉄道ファンにとってうれしいことだ。 富山駅北の停留所にて。 11:00発の岩瀬浜行きに乗ることにする。エメラルドグリーン(黄緑か?)の電車だ。 富山ライトレールにはアテンダントの女性スタッフが乗務している。全ての列車に乗務しているのかと思ったが、いずれにしても別の意味で感激した(これはひょっとして日本でもこの事例は少ないだろう)。 電車は途中の下奥井まで路面電車として併用軌道を走る。下奥井から北は、JR富山港線から流用した線路を走る。まさにヨーロッパでよく見られるLRTの光景だ。 とある駅にて撮影した北陸銀行の広告。日本史の教科書に出てくる北前船は、もはや富山のシンボルかもしれない。 車庫と富山ライトレール本社のある城川原駅で、アテンダントが交代。 途中、大広田~東岩瀬間はかつてJRとして日本一短い駅間距離(0.5km)だったが、路面電車化に伴ってそうでもなくなった。その後、臨時駅から正規の駅に格上げされた競輪場前に停車。 終点・岩瀬浜に到着。ここでアテンダントの方から観光客向けの地図をいただき、岩瀬地区や海岸に向けて観光をすることにした。 岩瀬浜駅の全景。富山地鉄バスがフィーダーバスとして電車から乗り換える乗客を待っていた。 バスの後部に大きくひらがなのとの文字。 これは、そのバスが所属している車庫(営業所)を指す記号である。神奈川中央交通でも同様のことをやっているが、神奈中の場合には側面に小さく(例)「あ82」と書いてあるだけだ。 岩瀬浜駅から東に歩いて海岸へ。途中、古志の松原と名付けられた松並木を見かけた。 久しぶりに見た日本海。前回見たのが2007年9月に新潟でだった(大学のゼミ合宿)。 この岩瀬浜海水浴場。夏はにぎわうそうだが、この時期は年末年始。全く人がいなかった。 この中で、釣りをしている地元のおじさんと出会った。こちらから「こんにちは」と声をかけたところ、気さくに会話に応じてくれた。いい人だった。穏やかな太平洋を見慣れている東京人の私にとって、日本海は荒れる海に見えた。「冬の日本海は荒れる」という評判は本当だった。だがおじさんによれば「今日は平均的な荒れ」とのこと。釣りをしている傍ら、魚の話をしたり、これまでの経歴を話されたりと楽しい会話だった。 東には立山連峰が見えた。曇っていたのが残念。そんな中、寒中サーフィンしている2人組もいた。 次回(その6)は岩瀬地区を回る。
Jan 15, 2013
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14日、東京は久しぶり(7年ぶり)の大雪に見舞われた。思い出した、2006年1月21日もこんな感じですごい雪が降っていた(その夜、アルバイトに出かけていたので印象に残っている)。 自宅の真向かいの写真。お隣さんに通じる道が完全に雪で埋もれてしまっている。 「ここは北海道か?」 一瞬、そんな言葉が頭をよぎった。先月の北陸旅行でもこんな大雪には見舞われなかった。 大雪に埋もれた成城学園前駅。雪かきをする人も当然いたが、大変そうだった。やってもやっても雪が降るのだ。 小田急はもちろん、首都圏の鉄道のダイヤは大きく乱れていた。 成城学園前駅南口。東急バスも大混乱だった。 この日の東京は積雪8cm。それだけで電車やバスは大混乱だった。北海道の鉄道は強いのに。私も町中を歩いてみて、手足がかじかんできた。途中で嫌になったので図書館に行くのをやめて自宅に引き返したのだった。 そして、この日は成人の日。成人式に向かう振袖姿の女性にとっては最悪のシチュエーションだったに違いない。下駄(?)で行きたいところを泣く泣くブーツで移動。そして非常に寒い・・・。いろんな意味で思い出に残る成人式だったに違いない。
Jan 14, 2013
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電鉄富山駅に着いた私(その3参照)は珍しいものを見つけた。 タブレットだ。これは鉄道で1本の列車しか走れない単線区間での通行証だ。とても原始的だが分かりやすい。だが現在、JRの旅客路線では只見線(新潟県)を最後に使われなくなった。ここ、富山地方鉄道では昭和40年代にCTC(列車集中制御装置)が採用されるまでタブレットが使用されていたとのこと(駅員さん談)。 また、電鉄黒部駅には今はなくなってしまった銀行や保険会社の社名が入った15年以上昔の広告がある。 興銀のワリコー。日本興業銀行(みずほ銀行の前身の一つ。2002年に富士銀行、第一勧業銀行と合併)のことだ。 保険代理店の広告だが、これはもはや骨董品かもしれない。例えば・・・、 安田火災・日産火災(ともに損保ジャパンの前身。2002年に合併) 日本火災・興亜(ともに日本興亜損保の前身。2001年に合併) 大東京・千代田・同和火災(いずれも、2010年に成立したあいおいニッセイ同和損保の前身) 銀行や保険会社の再編で何が何だか分からなくなってしまった。 いずれにせよ、時代を感じさせる広告だった。 そんな中、一風変わった電車が黒部駅にやってきた。 西武鉄道から譲受したレッドアローをさらに改造した車両だ(地鉄16010系)。 これは「アルプスエキスプレス」と呼ばれる一種のジョイフルトレインだ。かの水戸岡鋭治氏がデザイナーを務めた。休日では観光特急「うなづき号」として活躍する。この日(12月28日)はちょうど運転のある日だったので出会えたわけである。 電鉄黒部9:21発の富山行きだ(特急うなづき4号、UN4列車)。 電鉄黒部駅の駅舎。スイスにありそうな山小屋風の駅舎に見えた。 ここからJR黒部駅に向かって歩くことにした。 立山連峰がよく見える交差点に出た。ここから北へ歩く。 第一印象としては、生活感のある道路だということと、「北陸は大雪だ」と旅行前から聞かされていたのに雪が全くないことに驚いた。 雪国の暮らしの知恵に見えた、用水路。雪かきした後、そこに雪を捨てるのだろうか。 1kmほど歩いてJR黒部駅に到着。ちなみに建設中の北陸新幹線の線路はだいぶ南を走っていた。 ところが電車が出たすぐ後に私は駅に着いてしまったため、次の電車まで30分以上待つことになった。この駅には売店と待合室(テレビつき)があった。そこでゆっくり待つことにした。 時刻表。 10:14発の富山行きに乗車する(その5に続く)。
Jan 13, 2013
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JR富山駅を後にして、ドトールで朝食をとることにした(その2参照)。なおここでスマホを充電中にニュースで松井秀喜の現役引退表明を知った。 写真左側が富山地方鉄道の電鉄富山駅。大通りの右側には路面電車(7000形)が走っている(やはり私はここでもハイテンション気味だった)。 ドトールで朝食を済ませた後に再び始動。生まれて初めて乗る北陸の私鉄、まずは富山地方鉄道。最高速度は100km/hを誇り、西武鉄道から譲り受けたレッドアローが最近大改造されたニュースを聞いたりと、話題には事欠かないローカル私鉄だ。 まずは黒部を目指す。 改札を通り、宇奈月温泉行きに乗車することにする。 3番のりばには、私が乗る本線(魚津、黒部方面)の宇奈月温泉行き(8:09発、117列車)の14760系(ややこしい車番だ・・・)。 隣の4番のりばには、不二越・上滝線の南富山経由・岩峅寺(いわくらじ)行き(8:10発、611列車)となる14720系が待機している。ちなみに岩峅寺という駅名がつい先日まで読めなかった・・・。 1番のりばに京阪電車の旧3000系・・・ではなく、京阪から譲り受けた10030系(早月加積発の本線普通・12列車)が到着。 4番のりばには約20種類ものヘッドマークが並んでいる。 さっさと宇奈月温泉行きに乗り込み、駅で買った北日本新聞を読みながら出発を待つことにした。この日(12月28日)の北日本新聞には、第2次安倍内閣の総務政務官に就任した地元出身の橘慶一郎衆議院議員(富山3区)に対するお祝いの広告が多かったのが印象的だった。 私が乗った14760系(2両編成のワンマン列車)は定刻通りに電鉄富山駅を出発。稲荷町で南富山方面と別れ、滑川・魚津方面を目指す。 なお、途中に新庄田中駅という駅に列車が停車した。後日調べたところ、私が来る1週間前の12月21日に開業したばかりの新駅だった。どうりで祝・開業という垂れ幕があったわけだ。 大きな川を何度もわたる。常願寺川だろうか。富山県は水の王国とも呼ばれる。 越中三郷駅にて。 東京ではそうそう見れない雪景色の中を列車が走って行く。この風景に出合えたことがうれしかった。富山をはじめとする北陸は大雪だと旅行前に聞いたが、このくらいがちょうどよいものだろう。 途中の上市でスイッチバック。 反対方向から来た富山行き(14760系、宇奈月温泉発の118列車)を撮影。 途中、ジャージ姿の高校生を車内で多数見かけるも、途中の駅で降りていった。滑川市内に入ると地鉄電車はJR北陸本線と並行して走るようになる。中滑川駅など、JR北陸本線にはないが地鉄電車にはあるというヘンテコな駅配置だ。広島電鉄でもよく見かける状況だが、利用者にとっては分かりづらいし、利用しにくいのではないか。統合駅というのも考えてみてはどうだろうか? JR北陸本線と並走。車窓の向こうには立山連峰がそびえ立つ。・・・実に雄大だ。 ジャージ姿の高校生の集団が途中で降りてから2両編成の列車内はガラガラになってしまい、地元のご年配の方々が多く見受けられた。 列車は経田(きょうでん)を過ぎるとJR北陸本線と別れ、南に向かう。 9:18、電鉄黒部に到着。富山駅から約1時間10分の旅だった。 (その4)に続く。
Jan 12, 2013
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6:20に富山駅に到着した私は、列車の撮影を始めた(その1参照)。 その時、直江津方から国鉄色の車両が5番のりばに入線してきた。 モハ474-46。急行色の475系だ。私はこの塗装を見て、1985年以前に常磐線を走っていた急行ときわ号を連想してしまった。 急行型車両457系シリーズの一つとして1965年にデビューした475系(実に半世紀近く活躍していることになる!)。前面方向幕が撤去されているのがやや不親切な感じで残念(広島地区も前面方向幕を使わないことで同様)。せめて行き先を表示してはどうだろうか。 この475系は、普通・直江津行き(6:49発、529M列車)となる。JR西日本の最東端に行く列車だ。なお、途中の糸魚川で列車番号が変更される(529Mから533Mへ)。糸魚川で36分間の長時間停車をするためだろう(私も東北本線縦断の旅で同様のことを経験した)。 6番のりばに681系による特急はくたか1号(6:44発、1001M列車)が到着。681系といってもJR西日本所属の車両だった。はくたか号=北越急行色の681系&683系という固定観念があった私にとっては、少し残念な写真となってしまった。 はくたか1号に乗り込む人たち。越後湯沢で上越新幹線に乗り換えて東京に向かうのだろうか(直江津を出発すると、越後湯沢までノンストップだ)。 2番のりば上の連絡通路より、工事中の高架橋を撮影。 1番のりばには、高山本線の気動車が停車していた。キハ120形というJR西日本のローカル線ではどこでも見られる軽快気動車だ。 普通・越中八尾行き(7:00発、846D列車)となる。越中八尾駅があるのは八尾町。2005年4月に平成の大合併により八尾町は富山市などと対等合併し、富山市の一部となった。 富山駅の外観だが、仮駅舎からずれて、工事中の高架橋が目立つ写真となってしまった。 その3に続く。
Jan 11, 2013
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2012年12月27日、夜。私の考えていたプランが実行されることになった。それは、まだ行ったことがない北陸3県への旅行だ。東京在住で、神戸出身の母を持つ私だが、北陸には全く縁がなかった。あるとすれば高校の同級生の母親が富山県出身であることや、母が学生時代(30年以上昔)に金沢・兼六園に行ったくらいだ。 その日の明るい内は仕事だった。きつい仕事に無事に耐え、急いで帰宅して出発の準備をする。自宅を出たのが27日22時だった。いざ小田急線に乗ろうとしたら、「江ノ島線で線路内に人が立ち入った影響により」、成城学園前22:11発の急行・新宿行きが運休になるというトラブルに遭遇した。見事に出端を折られた。はやる気持ちを抑えつつ、小田急線、JR中央快速線(これも定刻より遅れていた!)を乗り継いで無事に東京駅に到着。なんとか富山・金沢方面行きのバスに間に合った。 東京駅八重洲口23:10発の青春ドリーム金沢号、富山駅経由金沢駅行き。写真は富山駅到着時に撮影。バスは関越自動車道、上信越道、北陸道を経由して北陸を目指す(途中、上里サービスエリア、有磯海サービスエリアでそれぞれ休憩)。 車内は満員だった。一見したところ私と同世代の若い人が多いが、一組だけ家族連れ(母親と女の子)がいた。 28日6:20、富山駅に到着した。私にとっては初の北陸だ。だがとにかく痛いほど寒かった。まだ日の出前で暗かった。 観光するにはいくらなんでも早いので、とりあえず富山駅の構内に入る。2014年度に予定されている北陸新幹線の開業に備え、富山駅では高架化工事が行われている。そのため、新宿駅のように駅構内が複雑で、戸惑った。 ここで列車撮影タイム。 いつものようにテンションMAXの私。 見えてきたのは、青一色の電車だった(写真は413系)。JR西日本金沢支社管内を走る普通列車のイメージカラーとのこと。広島支社管内では黄色(俗に末期色と呼ばれているが)、京都支社や福知山支社では緑色(抹茶色)になっている。これは地域に合わせた塗装というよりは、単なるコスト削減策。事実、金沢支社ではこれまで2~3種類の塗装パターンがあった。この青一色に統一することでコストを少しでも削減しようというもの。裏を返せば、JR西日本のアーバンネットワーク以外のエリアでの経営は相当厳しくなっているのだ。 クモハ413-8。 私にとっては初見なので戸惑った。車両番号からして415系に近い存在なのは確かだと分かっていたが・・・。 ちなみにこの413系は、6:32発の普通・金沢行き(520M列車)として発車していった。 駅にあった出発掲示板。 従来の北陸カラーの475系?が4番のりばから出発。普通・泊行き(6:32発、527M列車)。 とにかく見知らぬ地でハイテンションな私なのだった。 (その2)に続く。
Jan 10, 2013
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7日の日記で宇宙法の話をしたのだが、それから連想させて今日は宇宙旅行の話をしたい。 初めに・・・、先月の総選挙期間中に橋下徹・大阪市長がツイッターで以下のようなことをつぶやいた。 「日本未来の党が提唱している卒原発プログラムは、10年後に火星旅行を実現させると言っているようなもの」 このツイートから、果たして2022年までに火星旅行が実現できるのか考えてみた。 結論。2022年までには実現できない可能性大。 まず、月に行くだけでも大変なのだが、火星旅行はそれ以上に大変である。アポロ計画の例を参考にしてみるが、月へは片道4日間の移動で済むが火星へは8か月もかかるそうだ。 地球から月までは約38万kmの距離だが、地球から火星までは約7834万kmだそうだ。 6人中4人が睡眠障害に=「火星旅行」実験、1年半で(8日、時事通信) 将来の火星有人探査に向け、ロシアの閉鎖的な施設で男性6人が1年半弱、模擬的な「火星旅行」を行う史上最長の実験を行ったところ、4人が何らかの睡眠障害を経験したことが分かった。米ペンシルベニア大やロシア生物医学問題研究所などの研究チームが7日までに成果を論文にまとめた。米科学アカデミー紀要電子版に発表する。 実験は地球から火星まで8カ月と10日、火星での活動に1カ月、地球帰還に8カ月かかると想定。2010年6月から11年11月まで、国際宇宙ステーション(ISS)に似た施設内で行われた。6人はロシア、欧州、中国のエンジニアや医師らで、手首に体の動きなどを測定する装置を付け、週休2日で作業を行いながら生活した。 睡眠障害の内訳は、眠りが浅くなる▽睡眠時間帯が遅くずれる▽慢性的な睡眠不足感から作業能率が落ちる―など。規則正しい食事や運動、照明の調節などにより、体内時計を維持することの重要性が改めて示された。 宇宙連続滞在の最長記録は、ロシアのワレリー・ポリャコフ飛行士が1994年から95年にかけ、ミール宇宙ステーションで達成した438日。ISSでは2015年春から、米ロのベテラン飛行士1人ずつが1年間滞在し、健康や作業に悪影響を与える要因への対策を検証する予定。 (引用終わり) これ以外にも課題は山積しており、例えばエネルギーや物資の問題。火星の大気(95%が二酸化炭素)から帰還用燃料を製造する無人工場を先行して送り込み、有人宇宙船は往路分のみの燃料で火星に到達し、探査後に無人工場で製造されていた燃料で帰還するというプランが提唱されている。 火星旅行が実現できるのは、早くても2030年代を待たなければならないだろう。 ちなみに私は先月、六本木ヒルズで「スタークルーズ」という体験型プラネタリウムに行って見た。土星旅行を疑似体験できるものだが、結論から言うと、土星旅行は嫌だ・・・。どんだけ時間がかかるのか(距離は約12億~約16億kmだそうだ)。
Jan 9, 2013
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私は科目等履修生として大学で勉強している。毎週月曜日にあるのが国際法の授業だ(高校公民の教員免許取得のために取っている)。 新年最初となる今日のテーマはずばり、宇宙。 私は宇宙と聞くとどうしても次のイメージが浮かんでしまう。スターウォーズに代表されるSF映画の中の未知なる世界としての宇宙。または、昴(谷村新司)という歌に代表される、ロマンチックな空間としての宇宙。 しかし実際の宇宙では、地上での国際政治の動きがそのまま反映されているのだ。 例えば先月、北朝鮮が「人工衛星」と称してミサイルを発射した。北朝鮮は「宇宙条約に基づく平和利用だ」と主張するが、日本、アメリカなどは「過去の国連安保理決議に違反している」と批判する。また、大陸間弾道ミサイルの脅威もそうだ。偽装船から核兵器が搭載されたミサイルを発射して、いったん宇宙空間へ飛ぶ。そしてそこから地上の目標に向かって落下する・・・というシナリオだ。 日本では2008年に宇宙基本法が制定された。非軍事から非侵略に定義・解釈が変更された。冷戦(もっと言えば55年体制も)が終わり、日本と自衛隊の世界平和と安全保障における重要度が高まっていることを象徴するかのような解釈変更だった。 授業が終わっても私は、やっぱりスターウォーズに出てくるような宇宙の方が良いと思った。未知なる星への旅行、探検。人と人との間のドラマ(確執、陰謀)・・・。日本中を旅行している私はこちらの方が面白いと思った。現実世界の宇宙は実に味気ない。
Jan 7, 2013
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例年よりやや遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!2013年も当ブログをよろしくお願いします! 今年も例年通り、家族で箱根駅伝を見ました。日体大の30年ぶりとなる総合優勝に感激しました(意外なことに思えました。思い出せば、21世紀初頭は駒大の黄金時代だったので)。 そんな日体大、昨年は総合19位と惨敗しました。「惨敗過ぎて、悔しさすら湧かなかった」とのこと。悔しさを通り越して呆然と立ち尽くしたのかもしれません。そこからの復活劇でした。惨敗からちょうど1年、熾烈な予選会を勝ち抜いて、全く別のチームのように生まれ変わった日体大がありました。 日体大の激走ぶりを見て、私も前々から思っていたことを改めて誓いました。 今年こそは本気を出す!! 同じ教員志望である(しかも交際相手がいる)弟には是が非でも負けたくない、そして同級生にも負けたくない、その想いを結実させたいです! まあ、レース中に東海大がいないことに初めて気づいて驚きましたが・・・。
Jan 3, 2013
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