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私は20日(土)の22時半に仕事を終えた後、バスタ新宿へ直行しました。なぜ帰宅せずに新宿に向かったかというと、21日の午前中に大阪府内某所で試験を受けるために夜行バスに乗りたかったからでした。 9月下旬にあった私学合同採用説明会での説明会に参加させていただいた縁からです。説明会会場での面接を経て履歴書を提出し、大阪府の現地での採用試験を受験することになりました。 23:20発 青春エコドリーム21号 王寺駅行き(京都駅、JR奈良駅経由) 片道6400円(1か月前に購入)は新幹線の半額以下で大助かりなのですが、相変わらずの4列シート。毎度のように、夜行バスでは熟睡できませんでした。事実上の徹夜。 余談。土山サービスエリア(滋賀県)で2度目に休憩した時のこと。「出発時刻になっても乗客が1人戻ってきていない」という理由で20分出発が遅れました。それでもこの夜行バス、京都駅にほぼ予定通りの時刻(6:40頃)で到着しました。 その後、京都タワーの地下3階にある大浴場でサッパリし、身だしなみを整えました。朝食は京都駅・山陰本線のりば近くのうどん屋で取りました。 会場となる学校はJR京都線の沿線にあったので、JR京都線の電車で移動。試験は9:45に始まり、11:15に終了。読解が大変でした。あとは学校側が手配していただいたスクールバスにお世話になりながら最寄り駅まで移動しました。 会場最寄り駅から普通電車で京都駅まで戻り、そのまま新幹線乗り場へ移動。帰りはのぞみ126号・東京行きに乗車。自由席の車内で爆睡しました。 この日、私が関西で行ったことは・・・、 ・風呂に入った。 ・うどんを食べた。 ・英語の試験を受けた。 これだけです。関西での滞在時間は約6時間。いくら私が関西に縁があるとはいえ、史上最短だと思います。
Oct 21, 2018
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福沢諭吉旧居の見学を終えたらもう10時過ぎでした(その9参照)。「はるばる大分まで来ちゃった。どうやって東京へ帰るんだよ・・・」と自分のことながら呆れてしまいました。それでも小倉でやり残した用事を終えて帰京しなければなりません。翌日には仕事も控えていたのですから。 中津駅のみどりの窓口で中津~小倉間の特急券(自由席)と小倉~新横浜間の新幹線自由席券を購入。乗車券は中津から町田まで通しで購入しました。 10:29発 特急ソニック18号・博多行(3018M列車) 日豊本線は小倉~行橋間は普通列車が毎時3往復で運行されています。しかし小倉から中津まで行く普通列車は毎時1往復しかありません。やや急いでいる状況だったので特急で移動しました。 JR九州の特急に初めて乗車します。 例によって自由席に乗り込みましたが、春休み中だったためか満席で座れず。小倉までデッキで立ちっぱなしとなってしまいました。 883系による特急ソニック18号は物凄い俊足を見せ、日豊本線を北上します。小倉には11:03に到着でした。 小倉駅にて。 福岡県が最後の活躍の舞台となってしまうのか、国鉄世代の交直流電車・415系。 (左)11:08発 普通・下関行(5150M列車) 2番のりば (右)回送列車 3番のりば 私は駅の改札を出て、南口のバスターミナルへ。 西鉄バス(28番系統)に揺られて小倉北区内を移動。 私は市役所前で下車。勝山公園を横切り、県庁の出張所へ向かいました。 小倉合同庁舎(9月に別の場所へ移転)を通り過ぎ・・・。 福岡県小倉総合庁舎に入居している県民情報センターへ。ここでは教員採用試験の過去問情報(論文試験、集団討論のテーマなど)を収集しました。 情報をいただいた後、すぐに西鉄バスで小倉駅に戻りました。そして職場へのお土産を買って、新幹線ホームに移動。 のぞみ30号・東京行(12:50発)で帰京したのでした。 (終わりに) 近い将来の引っ越しのための視察も兼ねて福岡に出かけました。事実上の故郷である東京を飛び出すのはかなり勇気のある決断でした。現在は期待より不安(緊張)の方が大きいです。 しかし、行動しなければ何も始まりません。やらずに後悔するより、やってから後悔したいです。私は大学生時代、両親からヨーロッパ留学(担当者が「希望者が少ない」と嘆いていた)や司法試験挑戦を提案される度に生返事してきました。それは、東京から出て生活することを本気で考えていなかったから。また、「一人だけ全然違う道を選ぶと目立つから嫌だ。その他大勢と同じでありたい」と願った自分がいました。現に、私の法学部時代の知り合いの中で弁護士の資格を取る、あるいは留学する、といった特別な体験をする人は少なかったです。「その他大勢と同じでも、まぁいいか」と思ってしまった自分がいました。アニメでもヨーロッパゆかりの作品(「ご注文はうさぎですか?」、「きんいろモザイク」、「ブレンド・S」など)が多い中、こんなアニメ大好きでもある人間になるんだったら、どうしてもっとチャンスがあるうちにヨーロッパに行かなかったんだろうと、ちょっと後悔しています。 その自分が「どうしてもやってみたい」ことの決断の背景にある感性を信じたいです。
Oct 17, 2018
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私は先日、「クライマックスシリーズ(CS)を廃止せよ!」というタイトルで日記を書きました(13日の日記)。遅くとも8年前からの自分の思いを文章にぶつけたのです。しかしそれから数日が経過し、「結果的に言い過ぎたのでは」と思ってしまった箇所がありました。 自己批判、自戒の念を込め、改めて文章を投稿します。 1:私が「エセ日本一球団」と罵倒したロッテ、中日の両球団は重大なルール違反を犯したわけではありません。 →2007年の西武みたいにアマチュア選手に裏金を渡したのか?日本シリーズで相手チームを侮辱したか?試合中に重大なルール違反を犯したか?答えはいずれもNoです。ルールに則って正々堂々と勝負したのに、「史上最低の日本シリーズ」というのは言い過ぎた表現でした。 2:「リーグ優勝しなかったチームが日本シリーズで優勝するのは暴挙」というのに、サッカー・J1リーグで優勝しなかったチームが天皇杯で優勝するのは「暴挙」だとは思わないのは何故か? →我ながら大きな矛盾です。 同じことはヨーロッパチャンピオンズリーグ(CL)にも当てはまります。顕著な例はスペイン。スペインリーグはバルセロナが優勝。でも、ヨーロッパ王者はレアルマドリード('17~'18年シーズンは3位だった)。私の主張に沿えば「国内リーグで優勝を逃したレアルマドリードにはヨーロッパ王者になる資格は無い」あるいは「国内リーグで優勝を逃した浦和レッズがアジア王者になるのはけしからん!」というべきではないのか。それを疑問に思わないのは自己矛盾にもほどがあると思いました。 CS、日本シリーズはそもそもペナントレースから切り離された大会(言わばカップ戦)です。個人成績もペナントレースとは別にカウントされます。リーグ戦にはリーグ戦の面白さ、カップ戦にはカップ戦の面白さがある。同列で論じるのには無理があるのではなかろうかと、考えざるを得ませんでした。 3:試合の経過を一切見ないで大会を批判するのはどうかとも考えました。 →私は2010年秋、パ・リーグのペナントレースが終了してからはプロ野球の試合を一度も見ておりません。その最大の理由は日本シリーズの結果に端を発し、東日本大震災による開幕延期でプロ野球を見る気力が完全に失せたからです(さらに震災前後に、私の身辺に大きな変化が起こっていたからです)。 しかし、私は少なくとも2010年の日本シリーズに関して、試合の経過(内容)を一切見ずに結果論だけで語っていました。それ以降のCSや日本シリーズも同様です。野球を見ない人による批判なんて、「部外者による騒音」でしかないと考える人もいます。 4:私が「クライマックスシリーズの廃止」や「新しいプレーオフ制度の検討を!」と声高に主張したことで、世界が変わるのか? →答えはNoです。「プロ野球ファン自体を辞めた」私が、しかもネットという限られた空間で声高に主張している。オーナーでも監督でもない私個人の力なんてたかが知れています。 5:大会創設の経緯を気にせず、試合観戦を素直に楽しむという心は無いのか? →「どんなに納得できない経緯があろうとも、試合が盛り上がればそれでいい」という気持ちのゆとりを自分は無くしてしまっているのではと感じました。実際、2004年のパ・リーグのプレーオフ準決勝(西武VS日本ハムの最終戦)をYouTubeで見たことがありますが、終盤で日本ハムが同点に追いつくなど見応えのある試合でした。 ~結論~ 私は東日本大震災以降、プロ野球に対して急速に興味を無くしました。現在も心を固く閉ざしています。「CSはふざけた大会だ」、「けしからんやり方で優勝したロッテ、中日は絶対に許さない」など好き勝手なことを書いてきました。 しかし、CSが始まってから10年以上が経過しています。現在私は30代に突入したばかり。人生まだまだ長いのに、いつまでも若年寄で、頑迷固陋(がんめいころう)な姿勢を守ってて良いのだろうか。良いはずがありません。だから私は将来のことを上手に考えられないのでしょう。 世の中の「常識」というのは移り変わります。2003年当時の「常識」と、2018年現在の「常識」は全く違います。15年間で一人の人間、そして社会は大きく変化します。学生時代に教授から伺った言葉に、「昔の自分の学説からの自由」というのがあります。いつまでも昔に習った知識のまま留めるのではなく、日々精進することを誓います。
Oct 15, 2018
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4月2日。私にとっては初めての大分県です(その8参照)。 中津駅。確かにここは大分県ですが、この駅がある中津市は最も福岡県寄りにある都市。この駅から西へ約1km移動すれば山国川が現れ、そこを渡ればもう福岡県です。 大分県の中で3番目に人口の多い中津市(約8万3000人)は、中津城(1964年再建)や犬丸天満宮を始めとして歴史的な見どころが多い町です。その中でも最も注目すべきは、福沢諭吉旧居です。今回は一万円札でお馴染みの福沢諭吉の旧居を訪ねます。 移動途中に見かけた、大分銀行の支店。福沢通支店ってほぼそのまんまですね。 上記の大分銀行の支店から500メートルほど北へ向かって歩き、細い路地に入って東へ歩くと間もなく目的地です。 まずは「福澤先生旧宅の図」から。はじめに注意点として書きたいことは、福沢諭吉は現在の大阪市に生まれ、幼いうちに大分県に引っ越したことです。そのうえで、写真に書かれている紹介文を引用します。 福澤先生1歳と6か月の時父が急死したため、天保7年(1836年)秋、母子6人で大坂の中津藩蔵屋敷から藩地の中津に帰って来ました。最初の住んだ家は残っていませんが、この宅跡にその家がありました。今残されている旧居は、後年に移り住んだものです。 これが幼少時代を過ごした旧宅の跡地。 その後、福澤記念館への入場料(高校生以上:400円)を払い、展示資料を見学しました。 「学問のすすめ」のレプリカを実際に触ることができます。 ヨーロッパに派遣された際の記録。 彼は1862年、(正確には)文久遣欧使節団の通訳としてヨーロッパに派遣されました。ロンドン、アムステルダム、サンクトペテルブルクなどの視察を通して英書、物理書、地理書などを買い込み、日本に持ち帰りました。当時の日本には無かった様々な風習や制度(銀行、郵便、徴兵、選挙など)を目の当たりにし、近代化を進める日本には洋学の普及が不可欠だと確信したそうです。そして1868年には自らが開いた蘭学塾を慶應義塾と名づけ、教育活動や啓蒙活動に熱心に取り組んでいったのです。 (続く)
Oct 14, 2018
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私は東日本大震災以降、プロ野球の試合を一度も見ていません(球場での観戦含む)。震災以前はパ・リーグ(特にオリックス)を中心に野球の記事を書いていました。しかし震災以降は、オリックスファンどころかプロ野球ファン自体を辞めたと言っていいでしょう。 最大の原因は、クライマックスシリーズ(CS)です。この大会のせいで、プロ野球を素直に楽しめなくなってしまったのです。リーグチャンピオンが出場できない日本シリーズなんて、何の価値もない。リーグ戦2位または3位のチームが日本シリーズで優勝することは、日本シリーズの権威を否定する暴挙であると常々考えています。 「史上最低の日本シリーズだった!(激怒)」(2010年11月8日の日記) 私は地球で最後の一人になったとしても、「2007年、2010年日本シリーズは、史上最低の日本シリーズだった」、「日本一の価値を貶めた、ロッテと中日の罪は重い」と言い続けます。 私はアンチ巨人という立場ですが、2007年にリーグチャンピオンの巨人がCSで敗れて日本シリーズ出場を逃した際には、生まれて初めて巨人に同情しました。 かつて私が同様のことを上記の2010年11月の日記に書いた際、「ロッテも中日も悪くないですよ。このルールを決めた方が悪いのでは?」という意見を掲示板に書き込んで下さる方もいました。 優勝チームには確かに’理不尽’・・・それでもCSが面白い4つの理由(11日、Full-Count) 現在では「ペナントレースとCS・日本シリーズは別々の大会」と考えている人も大勢いらっしゃるかと思います。たとえリーグチャンピオンが日本シリーズに出られなかったとしても、リーグ戦1位チームがリーグチャンピオンだという事実は変わりません。 また、リーグ2位・3位から「下剋上」を果たして日本シリーズに出場した例は、2004年にパ・リーグでプレーオフ(CSの前身)が始まって以降、日本シリーズに出場した延べ25チームの中で・・・、 2004年 西武 2005年 ロッテ 2007年 中日 2010年 ロッテ 2014年 阪神 2017年 横浜DeNA 以上の6例しかありません。確率論だけで言えば、リーグチャンピオンが日本シリーズに進出する確率は76%。 世間ではCSに賛成の方々も大勢います。上記のFull-Countの記事に関するYahoo!のコメント欄を見ると、以下のような意見を見かけます。 ・「ほとんどのチームがシーズンの最後の最後まで日本一の夢を見れる。上位のチームには勝ち数と興行面でのアドバンテージがある」 ・「1年間強い事と短期決戦に強い事は別物」 ・「CSや交流戦が無かったころの、「セパ頂上決戦」という印象が強いから違和感を覚えるのであって、そうではなく、『完全に別物の最終決戦』と思えば、割り切れると思いますけどね。何より消化試合が減って、最後まで楽しめますし。なのでCS賛成派です。 by広島ファン」 ・「リーグ戦とは別物と考えれば今のルールであまり不満はない。CS以降は勝ち進めばタイトルが増えるおまけという感じ」 ・「外野がごちゃごちゃ言わず1位チームが勝てばいいんだよ。1勝とホームのアドバンテージあるし。圧倒的な力の差で勝ってきたんだろ?余裕でしょ。これで敗退したら単に弱いって事だよ。日本一の権利無しって事!本当に強いなら広島、西武は勝ち上がって当たり前。心配すんな」 ・「結局上位チームのファンが負けるのが怖いからCS廃止論が出てくるんだろ。こんだけ休養期間あって借金持ちのチームに負けるなら所詮その程度の強さということ。下位チームのファンがシーズンを最後まで楽しむためにもCSを残そうという心の余裕が上位チームのファンにはないのかな?」 ・「CSも日シリもお祭り。年俸には全く関係ない。リーグ優勝が1番価値がある。ただそれだけのこと」 ・「CSが出来てから3位までに入れば下克上日本一も夢じゃないって球団やファンもモチベーション上がるやん。逆に優勝チームは負けたら日本シリーズ出れないからあぐらかいてる暇なくなるわけだし消化試合も減るし、現状のルールで何の問題もない」 ・「一部のカープファンはCSなくて良いとか言ってるけどさ。5年前に久しぶりに3位になってその恩恵を受けたのも俺達カープファンな訳で。2位のタイガースを甲子園でやっつけたじゃん。ジャイアンツにはスイープされたけど(笑)盛り上がったよね。2年前の横浜とほぼ同じなんだよ。シーズンの始めに決まってるルールにいちゃもんつけるくらいならチームと選手を応援しよう。自分たちに不利になったらルールにいちゃもんつけるのはカッコ悪いぜ」 意見をまとめると、「CSにはリーグチャンピオンに有利な環境が与えられているにもかかわらず、2位・3位チームに敗れて『下剋上』を許すのならば、日本シリーズ出場の資格はない」というものでした。 しかし私は、周囲が「CSは盛り上がっている」と言われても、それでも私は納得できません。 クライマックスシリーズはJリーグでいうルヴァンカップのような位置づけにして、ゴールデンウイークに実施する別枠の大会として開催した方が分かりやすいのかな、と考えました。 (後日追記) 過激な主張ならびに自分の姿勢に対して思うことがありましたので、自らの考えを訂正します。自戒の念を込めて15日の日記を書きました。
Oct 13, 2018
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2018年4月2日(月)。神戸で家族と一旦別れ、一人で福岡の視察を続けている私です(前回までの内容・・・その7)。 午前7時半過ぎにはホテルをチェックアウト。小倉駅へと向かいます。 九州第2の都市・北九州市の玄関口、小倉駅の朝です。当然のことですが朝の通勤ラッシュと重なり、混雑しています。 8:04発 普通・中津行き(2529M列車) 2番のりば 私はこれから大分県へと向かいます。そのため、日豊本線の下り普通列車に乗車します。 北九州市でも小倉南区の南部あたりから田園地帯が広がり始めます。 電車は行橋という主要都市を過ぎ、県境へと近づきます(このあたりでは普通列車は毎時1往復へと減っています)。 9:04、中津に到着。私にとって初めての大分県訪問です。これで44都道府県を訪問したことになります。 写真左側に停車中の電車は815系による普通列車・大分行き(9:14発、633M)です。 中津どまりの2529M列車からは、大分方面への普通列車へと乗り換えられます。 9:08発 特急にちりんシーガイア7号・宮崎空港行き(5007M列車) 博多(7:31発)から日豊本線を縦断して宮崎空港(13:18着)まで行く、現在のJRで最長距離の特急列車です。 この783系・ハイパーサルーンは、国鉄民営化直後の1987年に登場。全国のJRグループの中で最初の新型特急車両でした。 特急を見届けた後で、改札口へ。 大分県中津市は1万円札で有名な福沢諭吉の出身地。「これでもか」と言わんばかりに諭吉をアピールしていました。 (その9へ続く)
Oct 10, 2018
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この日、埼玉県から教員採用試験(高校・地理歴史)の最終合格者の発表がありました。 最終結果・・・落ちました。 8月26日の日記参照 正直に言うと、今まで埼玉の採用試験を受けてきた中で一番悔しかったです。今回は個人面接で「上手くいったかも?」と物凄く自信がありました。しかし、2次試験の筆記で大問1つ(中国史)まるまる分からなかったのと、最後の集団面接で失敗した箇所があったのが原因だと思われます。 これで私には来年春以降、関東に残る理由がなくなりました。しかし、私学では常勤や非常勤の枠での教員募集がありますので、それに賭けたいです。
Oct 9, 2018
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この日は新宿区で会社の合同研修会がありました。私の勤務する個別塾は首都圏一円に校舎を展開していますが、その全校舎から500人以上の講師が参加しました。8時間半に亘る長丁場の研修会でしたが、先輩としての自覚をどのように持つか考えさせられた1日でした。 元々学習塾の業界は、人の移り変わりが激しい業界です。大学生の方がアルバイト講師として働いているパターンが多いので、当然ですが5年も10年も経てば全く違う顔ぶれになっています。私のように5年以上働いている人がいる一方で、(様々な事情で)1~2か月で退職する人もいます。私の入社時からの知り合いは、T部長とK部長(川崎市内の校舎の塾長。T部長とほぼ対等な立場)の2人だけだと思います。T部長とは入社3週間目で知り合いました。K部長は当時、新人研修の担当者でした。 私の同期はおそらく全員(様々な理由で)辞めていると思います。今年春には、多くの生徒から慕われていたS先生(先輩)が退職されました。そして来年春には、私が大田区から府中市に異動した際に知り合った講師の皆さんの多くが卒業される予定です。私も彼らと一緒に卒業する予定です。 今回の研修会は、私にとっておそらく最後の研修会になるでしょう。 私は昨年の今頃から、「2019年春を以て退職」、「(チャンスがあれば)福岡に引っ越す」と上司に言い続けてきました。また、社内での自分の立ち位置についてこの半年間ずっと考えてきました。電話番を担当しなくなり、自分が先輩として他にできることは何かを考えた際に、自分にできるのは「来年度に主力になるであろう後輩講師の方々に技術や方法を伝える役目」ではないか。自分はその役割に徹しなければならないと考えるようになりました。 自分は後輩たちからすれば「頼りない先輩」として、T部長からは「不甲斐ないベテラン」として見られ続けると思います。それでも、昨年自分が作った未来の予定を実現に持っていくために、自分のできることを精一杯やっていきます。 それが、私のこの会社での最後のご奉公だと思っています。
Oct 7, 2018
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チェックインしていたホテルで少し一休みした後、再び外出しました(前回までの内容・・・その6)。小倉駅北口の東横インから新幹線や鹿児島本線の線路を通り抜け、砂津チャチャタウンへと向かいました。 西鉄バス北九州 70系統 小倉駅からほど近い、西鉄バス車庫の所在地・砂津(バスターミナル)から乗り込みます。 このバスは戸畑区の戸畑渡場から鹿児島本線の線路に沿って東へ進み、小倉駅入口、砂津、門司港駅を経由して田野浦(門司営業所)まで行く路線です。このバスでレトロ桟橋通り(門司港駅付近)まで向かいます。 バスはかつて走っていた路面電車のルートをなぞるように東へ進みます。 かつての西鉄北九州線は1985年まで門司(JR門司港駅よりさらに東)~折尾間を結んでいました。1978年に京都市電が全廃されると、北九州市は(営業距離では)日本一の路面電車の町となりました。 1985年に門司~砂津間と、戸畑駅方面への路線が営業を廃止。平成に入り、1992年10月には砂津~黒崎間が廃止になりました。そして2000年11月にJR陣原駅が開業したのと前後して、熊西~折尾間が廃止。残った黒崎~熊西間は2015年に筑豊電鉄に合流したことで、西鉄北九州線は名実ともに消滅しました。 しばらく揺られた後、私はレトロ桟橋通で下車。そこから門司港駅付近へ。 周囲はすっかり真っ暗になってしまいました。 今回は来る時間帯が遅すぎましたね。この日一日に起こった出来事を振り返り、自分はこれから1年間どう生活していけば良いのか、考えさせられました。 夕食に焼きカレーをいただきました。 20:00発 快速・久留米行き(4259M列車) アンニュイな気持ちで811系のクロスシートに着席しました。出発から12分ほどで小倉に到着。その後、小倉駅の駅ビル内部を少し散歩した後にホテルへ戻ったのでした。 以上で福岡での1日目が終了です。 (その8へ続く)
Oct 6, 2018
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この日、私は久しぶりに「まんがタイムきららMax」(11月号、芳文社)を買いました。「ごちうさ」や「きんいろモザイク」、「ステラのまほう」などが連載されているこの雑誌ですが、私はとあるゲスト作品に注目しました。 森永ミキ先生「旅する海とアトリエ」 主人公の女の子(七瀬海)が1ページ目の表紙でポルトガル国旗を持っていたのが気になりました。 「これはただの海外旅行じゃない。言ってみれば、私のルーツを探す冒険だ」 その一言からお話が始まりました。そして、読んでみて私はとても感激しました。 物凄く熱いリスボン推し!しかもユーラシア大陸最西端のロカ岬も登場!2014年夏にリスボン、ロカ岬へ行った私としてはとても熱くなる展開でした。 これまで「スペインをテーマとしたマンガはたくさんある」という先入観があったためか、ポルトガルに焦点を当てたマンガはとても新鮮でした。 私のヨーロッパ旅行記(2014年夏) →ポルトガル、ベルギーを訪問。ポルトガル編は(その1)~(その5)に該当します。 昨年11月5日の日記「ウソ・・・リスボンの知名度、低すぎ!?」 (あらすじ) 主人公・七瀬海(ななせ・うみ)は、初めての海外旅行としてポルトガルに出かけた。リスボンの空港に到着直後、スリを盗まれるところをバックパッカーにして画家の安藤りえに助けられる。この偶然の出会いをきっかけに、2人はリスボンをスタート地点として世界中を旅する・・・。 成田から直行便が飛んでいるスペインを選ばず、敢えて(日本からの直行便がない)ポルトガルを選んだことがとてもロックで玄人好みだと思いました。私はベルギーとの結びつきが強いのですが(父を経由して知り合った友人が多く住んでいる)、ポルトガルは「チャンスがあったらもう一度行ってみたい国」ナンバー1です。 早くも次回以降のお話が楽しみになりました。
Oct 5, 2018
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9月30日の夜から東京では暴風雨が強くなっていきました。台風24号は関東地方にも大きな傷跡を残していきました。 東京とその近辺に住む人々にとっては、全てが異例ずくめの日だったと言えるでしょう。台風接近に備え、JR東日本では20時以降の在来線を運休。小田急も深夜は運休。東海道新幹線も夕方以降は全便が運休という、おそらく初めての出来事でした。数年前からJR西日本では台風への備えとして15時をもって在来線の運転を打ち切る「予告運休」が実施されてきましたが、JR東日本も同様のことをやると聞いて驚きました。 私は30日、母校である高校の学園祭に出かけたのですが、最終的には14時で繰り上げ終了になりました(本来ならば16時で終了)。それほど強い台風が来る、という危機感の表れだったかもしれません。 そして本当の恐怖は深夜でした。 私は0時を過ぎても書類を書いていたのですが、暴風がアパートを打ち付けているのです。ビュービューと騒音と言っていいほどの大音量の風。そして(アパートの4階に住んでいるためか)、暴風の影響か部屋がガタガタ揺れる。その強さは震度2~3くらいの地震のようでした。 こんなに怖い!と思った台風は生まれて初めてでした。沖縄や九州の人々は夏中こんな心配に悩まされているのかと思うと・・・まだまだ自分は甘いと思いました。
Oct 1, 2018
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