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人間は忙しくなると、どうしても優先順位の低いことから頭の中からこぼれていくらしい。「あとでやろう」そう思っていたことほど、きれいに忘れてしまうものだ。気づけば、もう10日。ほんの少し前のつもりだったのに、時間は驚くほどあっという間に過ぎている。毎日やることに追われていると、大事じゃないわけじゃないのに、後回しにされたことたちが静かに積もっていく。忙しさは充実の証でもあるけれど、ときどき立ち止まって、置き去りにしてきたものをそっと拾い上げる余裕も持ちたい。――そんなことを、カレンダーを見ながら思った。
2026年02月28日
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最近、ちょっとした体の変化を感じている。ここしばらくジョギングを続けていたおかげで、体重がすとんと落ちた。走ると体が軽いし、息も前より上がりにくい。鏡に映る自分も、なんとなく前よりスッキリして見える。「いい感じかもしれない」そう思った私は、その勢いのまま筋トレも始めた。といっても、特別な道具は何も使わない自重トレーニング。腕立て伏せ、腹筋、スクワット。思いついたものを、思いついた回数だけやる感じの、ゆるいスタートだった。でも数日続けても、思ったより筋肉痛がこない。「自重だから軽すぎるのかな」「効いてないってことかも」そんなふうに考えて、回数を増やしたり、セット数を増やしたり、少しずつ負荷を上げていった。体が軽くなっていたこともあって、動くのは苦じゃなかった。むしろ「まだいける」と余裕すら感じていた。そして今日。背中が痛い。いわゆる筋肉痛のような心地いい張りではなくて、奥のほうがじんわり重だるいような、なんとも言えない違和感。「これ、やりすぎたかもな」自重トレーニングなら安全、そんな思い込みもあった気がする。でも体重が落ちた分、支える筋肉もまだ戻りきっていなかったのかもしれない。フォームだって自己流だし、動画をなんとなく真似していただけ。効かせるつもりが、背中に変な負担をかけていた可能性もありそう。筋肉痛がない=足りないそう決めつけて負荷を上げていたけれど、「痛みが出ないところでちゃんと効いている」こともあるんだろう。今日はトレーニングはお休み。少し体を温めながら、回復を待とうと思う。運動って、頑張っているときは前に進んでいる気がするけれど、本当は「休むこと」も同じくらい大事なんだなと実感。焦らず、無理せず、でもやめずに。軽くなった体を、今度はちゃんと支えられるように。自分のペースで、少しずつ整えていきたい。今日はそんな静かな反省の日。
2026年02月27日
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暦の上ではまだ冬だけれど、もうすぐ三月だと思うと、季節はゆっくり春へ向かっているんだなと感じる。真冬の張りつめた空気とはどこか違って、寒さの中にも少しだけ柔らかさが混じってきた気がする。とはいえ、最近は雨の日が続いている。しとしと降る日もあれば、気づかないうちに細かい雨が降っている日もあって、洗濯物のタイミングにいつも迷う。空もどんよりした色が多くて、晴れ間がのぞくとそれだけで少し得をした気分になる。寒さも落ち着いたかと思えば、急に冷え込んだりする。暖かい日と寒い日が行ったり来たりしていて、コートを軽くするべきかどうか、毎朝クローゼットの前で少し考えてしまう。こういう時期は、季節が静かに入れ替わる途中なのだろう。はっきり「春です」とは言わないけれど、確実に空気は動いている。雨が続くのも、季節が次の準備をしている時間なのかもしれない。外を歩くと、冷たい空気の中にほんの少しだけ湿った匂いが混ざっていて、冬の終わりを知らせているようにも感じる。春はもうすぐ。そう思うと、この不安定な天気や行ったり来たりする寒さも、悪くないものに思えてくる。季節の変わり目は、どこか気持ちも揺らぎやすいけれど、だからこそ日々の小さな変化に気づけるのかもしれない。慌ただしく過ぎていく毎日の中で、こうして季節の足音に耳をすませる時間も大事にしたい。そんなことを思った、雨の一日。
2026年02月26日
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いま、ふと振り返ってみて少しびっくりしている。あの日のことを思い出してみると、「ああ、自分には余裕がなかったんだなぁ」と気づいたからだ。その日は特別に大きな出来事があったわけではない。でも、やることや考えることが重なって、気持ちもどこか慌ただしかった気がする。目の前のことをこなすことに意識が向いていて、周りを見る余裕があまりなかった。こうして時間が少し経ってから思い返すと、当時は気づかなかった自分の状態が見えてくる。あのときは普通に過ごしているつもりだったけれど、実は心のどこかが少し張り詰めていたのかもしれない。人は忙しいときほど、自分のことを客観的に見る余裕がなくなるものなのだなと、改めて感じた。だからこそ、ときどき立ち止まって振り返る時間も大切なのかもしれない。今日こうして思い返したことで、少しだけ自分のことがわかった気がした。
2026年02月25日
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今日は帰りがけ、空からポツポツと小さな雨粒が落ちてきた。天気予報では、明日の夕方まで降り続くという。どうやらしばらくは、傘が手放せない日になりそうだ。最初は遠慮がちだった雨も、時間が経つにつれてだんだんと本降りに。アスファルトを打つ雨音が、静かな夜のBGMのように部屋の中まで届いてくる。そんな夜の夕食は、おでん。湯気の立つ大根に、じんわりと味の染みた玉子、ほくほくのじゃがいも。だしの香りがふわっと広がって、冷えはじめた体を内側からゆっくりと温めてくれる。雨の日に食べるおでんは、どうしてこんなにもほっとするのだろう。窓の外では、街灯に照らされた雨が細い糸のように降り続いている。さっきまでのポツポツという音は、今ではしっかりとした雨音に変わった。静かな夜と、温かいおでんと、やわらかな雨音。慌ただしい一日の終わりに、こんな穏やかな時間があるのは少しうれしい。明日の夕方まで続くというこの雨も、きっと季節の移ろいを連れてくるのだろう。明日は少し早起きして、雨の朝の空気を感じてみようか。そんなことを思いながら、今日は静かに夜を過ごしている。
2026年02月24日
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今朝は、腹筋の痛みで目が覚めた。正確に言うと、「目が覚めた」というより「痛みで起こされた」。寝返りを打とうとした瞬間、ズキッとくるあの感覚。思わず顔がゆがむレベルで、マジに痛い。昨日のトレーニングのツケか、それともフォームが崩れていたのか。原因ははっきりしないけれど、とにかく腹筋が悲鳴を上げている。正直、今日は走るのをやめようかとも思った。ベッドの中で、もう一度目を閉じかけた自分もいた。それでも、着替えて外に出た。走り始めてすぐに分かった。「あ、今日はダメな日だ」と。スピードはまったく上がらない。キロ9分。ほとんど歩いているようなペース。それでも腹筋に響く振動が地味にきつい。呼吸を深くするだけでも、じわっと痛む。10キロがやけに長く感じた。途中で何度もやめたくなったけれど、とりあえず前に進む。速くなくてもいい。フォームが崩れても、格好悪くてもいい。ただ止まらないことだけを目標に。そしてなんとか、10キロ完走。タイムは全然ダメ。でも今日はタイムの日じゃなかった。今日は「痛みの中でどこまでやれるか」の日だったんだと思う。この痛みは、次につながるのかな。正直に言えば、劇的な成長を感じるような走りではなかった。むしろ不甲斐なさのほうが強い。でも、コンディションが最悪の中で投げ出さなかったこと。それは、目には見えないけれど確実に何かを積み上げているはずだ。速く走れる日もあれば、今日みたいな日もある。でもきっと、こういう日を越えた先に、少しだけ強くなった自分がいるかなぁ。できれば、そう信じたい。今はとりあえず、腹筋をいたわろう。次はもう少し軽やかに走れますように。
2026年02月23日
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今日はちょっと調子に乗りました。二月だというのに、まるで春のような陽気。空気がやわらかくて、「これは走らないともったいない」と思ってしまったのが運の尽き。気づけば10キロジョギング🏃走り終わる頃には、なかに着ていたシャツはぐっちょり。こんなに汗ってしょっぱいのかと、改めてびっくりしました。頬をつたう汗が口元に触れて、思わず「うわ、塩!」と笑ってしまう。体重を測ると78.8キロ。おお、ついにここまできたか、と少し誇らしい気分。でもそのあと、水を飲んで昼ごはんを食べたら――80.1キロ。あれ?一気に戻った数字を見て、一瞬フリーズ。さっきの78.8キロは幻だったのか?と。でも冷静に考えれば、走ったあとはほとんど水分が抜けただけ。体はちゃんと水と栄養を求めている。むしろしっかり補給できた証拠。体重は行ったり来たりするけれど、10キロ走れた事実は消えない。今日はそれで十分。数字に一喜一憂しすぎず、春の気配の中を気持ちよく走れた自分をほめてあげよう。さて、明日はどこまで走ろうか。
2026年02月22日
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今日、外に出たときの空気がやけに柔らかかった。 まだコートは必要なのに、頬に当たる風だけが少しだけ優しい。 「気のせいかな」と思っていたけれど、帰り道で小さなピンクを見つけた。桜だ。いわゆる満開の春の桜じゃない。 枝いっぱいに雲みたいに咲くあれではなく、 まだ余白の多い、ところどころに灯りが点いたような咲き方。でも確かに桜だった。2月に桜?と思いながら近づくと、 濃い色の花びらが静かに揺れている。 どうやら「春が来た」のではなく、 「春が先に来てしまった」らしい。毎年、春は一斉に始まるものだと思っていた。 けれど本当は、こんなふうに一輪ずつ、 誰にも気づかれない場所から始まっているのかもしれない。満開の桜は予定表に載るけれど、 今日の桜は偶然の中にあった。まだ冬の匂いの残る道で、 季節が少しだけ前のめりになる瞬間に立ち会えた気がした。春は、始まってから気づくものじゃなく、 気づいたときにはもう始まっているものなのだと思う。
2026年02月21日
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今朝、外に出た瞬間、ふわっと柔らかい風が頬をなでた。 「え、暖かい…?」 思わず足を止めて、空を見上げる。冬の空なのに、どこか春の匂いがする。まだ2月なのに、季節が一歩だけ前のめりになったみたいだった。ところが、用事を済ませて部屋に戻った瞬間、肩がきゅっとすくむ。 ……寒い。明らかに、さっきの外より寒い。どういうことなんだろう。外は太陽がちゃんと働いていて、空気は冷たくても光が温度を運んでいた。風も冷たいはずなのに、どこか丸くて優しい。歩いていると体も勝手に熱を作るし、血が巡る。人間もまた小さな暖房器具なんだと実感する。一方、部屋の中。 日が差し込まない壁、冷えた床、動かない空気。 静かすぎる場所は、体温まで止めてしまうらしい。 外の「冷たいけど生きている空気」と、室内の「冷たいまま留まっている空気」は、同じ温度でも別物なのだと知った。今日は、春が少しだけ予告編を見せに来た日。 でもまだ、本編は始まらない。 だから私は、もう一度だけ外に出て、あの風を確かめに行こうと思う。暖房の効いた部屋より、季節の動いている場所の方が、きっと暖かい。
2026年02月21日
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最近、ジョギング🏃に加えて自重筋トレを始めた。 腕立て、スクワット、体幹。いわゆる「ちゃんとしてる人」のメニューだ。 最初の数日は、ちょっと誇らしかった。体を動かすたびに「お、生活が整ってきたな」という気分になる。ところが今日、走り終わったあとに気づいた。 右の腰が、地味に痛い。激痛じゃない。 でも確実に存在を主張してくる、あの嫌なタイプの痛み。 歩けるし、前屈もできる。でも立ち上がる瞬間に「あっ…」と小さく声が出る程度には痛い。うーむ、どうしたものか。運動を始めると必ず現れる分かれ道がある。 「成長痛」と呼びたくなる希望の道と、 「故障の前触れ」かもしれない不安の道。体は正直で、昨日まで黙っていた部分が急に意見を言い始める。 しかも右だけ。なぜ右だけ。 フォームが崩れているのか、筋肉が眠っていたのか、それともただの張りか。このまま続ければ慣れて消えるのか、 それとも続けることで悪化するのか。 未来の自分だけが答えを知っている。とりあえず今日は、少しだけストレッチを長めにしてみた。 運動をやめるほどではない、でも無視するには気になる。 そんな中途半端な距離感の痛みと、しばらく同居することになりそうだ。健康になるために始めたのに、体の声の翻訳が一番難しい。 明日の朝、起きた瞬間の腰の機嫌で、方針を決めようと思う。
2026年02月20日
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前にも、体重のことを書いた。 80キロ台に入った、という小さな達成の話だった。あれからしばらく経つ。相変わらず体重は80キロ台を行ったり来たりしている。 増えてはいない。減り続けてもいない。 静かな停滞期というやつかもしれない。そして体脂肪率は、今日も18〜19%のあたり。 鏡の中の自分も、やっぱり“それなりに健康そう”で止まっている。 悪くはない。でも、目指していた感じでもない。不思議なもので、86キロだった頃の「減らしたい」は強烈だったのに、 80キロ台になると「ここから先」が急に遠くなる。 頂上が見えない山に変わったみたいだ。つまめる余白はまだある。 数字もまだ理想じゃない。 けれど、以前ほど焦っていない自分もいる。もしかすると変化は、体より先に感覚の方に出るのかもしれない。 劇的に変わらない日が続くことに、少し慣れてきた。派手な成果は出ていないけれど、やめてもいない。 たぶん今は、その状態を続けていること自体が、いちばんの変化なんだと思う。
2026年02月19日
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インフルエンザB型が流行しているという話を聞いた。 どうやら今回は「喉や高熱」よりも「胃腸に来る」タイプが多いらしい。周りでも、発熱より先に吐き気や腹痛が来た、という人の話をちらほら耳にする。幸い、いまのところ自分の体調は悪くない。熱もないし、食欲もある。 ただ、「大丈夫そう」と思っている時ほど油断しがちなのが冬の感染症の怖いところだ。とくに胃腸系は、崩れると一気に日常が止まる。動けないし、食べられないし、回復にも時間がかかる。今日はいつもより意識して手を洗った。 帰宅後すぐの手洗いに加えて、スマホも軽く拭いてみた。意外と触る回数が多いものほど盲点になる。 それから、水分も少し多めにとるようにした。乾燥すると免疫も落ちる気がするし、何より喉が守られている感じがする。夕飯は刺激の少ないものにした。 特別に体調が悪いわけではないけれど、「弱らせないこと」も予防のうちだと思う。体に優しい食事をとると、なんとなく安心感もある。毎年のことだけれど、流行のニュースを聞くと、生活の小さな行動が変わる。 体調が良い日は、それ自体がありがたい日なんだなと改めて思う。このまま、静かに流行が過ぎてくれますように。
2026年02月18日
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朝、カーテンの隙間から差し込む光はどこか柔らかいのに、外へ出た瞬間、頬に当たる空気はきっぱり冬だった。思わず肩をすくめる。 「やっぱり寒いな」と小さくつぶやく。吐いた息は白く、駅へ向かう足取りも自然と速くなる。でも、数日前はコートを開けて歩けるくらいの陽気だった。帰り道、手袋をポケットに押し込んで夜風を気持ちよく感じていたのを覚えている。その記憶があるから、今日の冷え込みが余計に身にしみる。ああ、これはきっと“三寒四温”だ。寒さが戻ってきたというより、季節が行ったり来たりしている感じ。冬が名残惜しそうに居座ろうとして、春に少しずつ押し返されているような綱引き。冷たい風はまだ吹くのに、空の色はどこか高く、夕方の匂いもほんのりやわらいでいる。コンビニの棚には桜のお菓子が並び始めていた。まだ早いだろうと思いつつ、結局ひとつ手に取る。冷たい指先に温かい缶コーヒー。冬と春を同時に持って歩いているみたいで、少しおかしかった。寒い日は、もう終わりが見えているから寒い。 本当の冬とは、どこか違う寒さだ。 先に春の気配があるからだと思う。また数日後には上着を脱いで歩く日が来て、油断した頃にもう一度冷たい朝がやってくるのだろう。そんなやり取りを何度か繰り返したあと、ある日ふと気づく。 「最近、寒い日がないな」と。今日の凍える風も、きっと春の一部。
2026年02月17日
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夜ラン、ちょっとだけ前進した日ここ最近、なんとか走れている。 「継続できてる」って言い切れるほど立派じゃないけど、止まらずに外へ出ているだけでも自分の中では上出来だと思う。ただ――やっぱり夜走るのはしんどい。朝の空気みたいな軽さはないし、仕事や一日の疲れが身体の奥に残っている感じがする。 最初の1kmは特に重くて、「今日はやめてもいいんじゃない?」って頭の中の自分が何度も話しかけてくる。それでも不思議で、3kmくらい過ぎると少しだけ楽になる。 呼吸が整うというより、気持ちが諦めて落ち着く感じ。 ああ、これが“慣れ始め”なんだろうか。まだ「気持ちいい!」って境地には遠い。 でも、走り終わったあとに家のドアを開けた瞬間の安心感は確実に変わってきた。 前は「やっと終わった…」だったのに、最近は「今日もやれたな」に近い。たぶん、走るのが楽になるって 急に訪れるイベントじゃなくて、 こういう小さな感覚の変化の積み重ねなんだろう。夜ランは相変わらずきつい。 でも、少しずつ“嫌じゃない時間”に変わってきている。そろそろ、楽しさの入り口くらいには立てるかな。
2026年02月16日
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昨晩のお酒が、思った以上に体に残っていた。目が覚めた瞬間から、頭の奥にじんわりと重さが居座っている。「これはまずいな」と思い、半ば強制的にシューズを履いた。外は冬の朝らしく、空気が硬い。最初の数分は身体が拒否反応を示すように重く、足取りも頼りない。けれど、呼吸が整ってくる頃には、胃の奥に残っていた酒気が少しずつ抜けていくのがわかる。冷たい空気を吸い込むたび、昨晩の宴席のざわめきが頭の中から遠ざかっていく。走り終えた頃には、完全ではないにしても、なんとか「社会生活可能レベル」までは回復した気がする。ジョギングというより、ほぼ解毒作業だった。――しかし、今日は京都でまた宴席がある。電車の時間を気にしながら、ぼんやりと支度を進める。正直、あまり気が乗らない。人に会うのが嫌なわけではない。ただ、連日の「楽しいはずの時間」に、身体がついてきていないだけだ。こういう日は、行く前が一番億劫で、行ってしまえばそれなりに笑っている自分も知っている。それでも、今日は少しだけ静かな場所で湯気の立つお茶を飲んでいたい気分だ。冬の朝の冷気がまだ指先に残っている。このままどこにも寄らず、真っ直ぐ帰れたらどれほど楽だろうか――そんなことを考えながら、京都行きの電車に乗る準備をしている。
2026年02月14日
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木曜日の夜、なぜかまったく眠れなかった。特別な理由は思い当たらない。 コーヒーを飲みすぎたわけでもないし、刺激的な出来事があったわけでもない。 それなのに、布団に入った途端に意識だけが妙に冴えてしまった。目を閉じても眠気は来ない。 代わりに、普段思い出さないことばかり浮かんでくる。昔の会話、些細な後悔、どうでもいい疑問。 「なんであの時ああ言ったんだろう」みたいな記憶が、夜になるとやけに鮮明になる。時計を見るたびに時間は進んでいるのに、眠りだけが来ない。 寝返りを打って、布団の位置を直して、また目を閉じる。 それを何度も繰り返しているうちに、空気が朝に近づいていった。結局、ちゃんと眠れないまま朝になった。---そして金曜日。午前中は意外と平気だった。 寝不足特有の、変に保たれた覚醒感。 少しぼんやりしているのに、動けてしまうあの状態。問題は昼だった。突然、来た。波というより、落下。 さっきまで普通だった意識が、一気に下へ引っ張られる。文字を読んでも意味が残らない。 同じところを何度も見ているのに理解できない。 気づけば数秒間、思考が止まっている。コーヒーも効かない。 集中しようとするほど、眠気が重くなる。ああ、これは木曜日の夜の請求書だ、と理解する。 体はちゃんと覚えていて、きっちり取り立てに来るらしい。---夜に眠れず、昼に眠くなる。 当たり前の話なのに、当日は妙に理不尽に感じる。今日は早く寝ようと思う。 きっと、眠れるかどうかは別として。
2026年02月13日
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昨日の夜、なかなか寝つけなかった。特に理由は思い当たらないのに、 布団に入った途端、目だけが冴えてしまうあの感じ。 体は休みたがっているのに、頭だけが仕事を続けている。静かな部屋で横になりながら、 どうでもいいことを延々と考えてしまう。 明日のことでもなく、過去のことでもなく、 「今考えなくてもいいこと」ばかり浮かんでくる。時計を見ては諦め、また目を閉じる。 それを繰り返しているうちに、夜が長く伸びていった。そして今日。そのツケがきっちり回ってきた。眠い。 とにかく眠い。我慢できるレベルではなく、 気を抜くと意識が途切れそうになるタイプの眠気。 まばたきのたびに、ほんの一瞬どこかに落ちている感覚がある。コーヒーも気休め程度。 集中しようとするほど、頭がぼんやりしてくる。 体が「昨日、寝てませんよね?」と確認を取りにきているみたいだ。夜に眠れないと、昼がこんなにも重くなる。 分かっているのに、毎回ちょっと驚く。今日は早めに布団に入ろうと思う。 眠れるかは分からないけれど、 少なくとも体には誠意を見せておきたい一日。
2026年02月12日
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今日は建国記念日。 祝日らしくゆっくりした朝になるはずだったのに、目が覚めた瞬間に聞こえたのは雨の音だった。静かな休日の朝というより、 しっとりと閉じ込められたような空気。窓の外を見ると、思ったよりもしっかり降っている。 出かける予定があったわけではないけれど、外に出られないと分かるだけで急に選択肢が減った気分になる。コーヒーを淹れて、特に急ぐこともなく時間を過ごす。 祝日特有の「何もしなくても許される空気」が部屋の中に漂っていた。午前中は結局、のんびりと過ぎた。 雨の日は時間の流れが少し遅い。 時計を見てもあまり進んでいない感じがするのに、気づくと昼になっている。昼過ぎ、雨が少し弱くなった。完全に止んだわけではないけれど、 「今ならいけるかも」と思える程度。思い立って少しだけ走ることにした。 冷たい空気と湿った匂いが混ざって、外の世界がやけに新鮮に感じる。体を動かすと、部屋にこもっていた重さが抜けていく。 長い距離ではなく、本当に軽く。 それでも十分だった。戻ってきた頃には、祝日の午後らしい静けさ。 頑張った感じもなく、だらけた感じでもない、ちょうどいい疲れ。そのあとは特に何もせず、ゆっくり過ごす。 雨の日の休日は、予定がないこと自体が予定みたいなものだと思う。大きな出来事はないけれど、 こういう日があると一週間が少し整う気がする。静かな建国記念日だった。
2026年02月11日
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日曜日の昼過ぎ、少し遅めの時間に外へ出た。朝のうちに溶けているかと思った雪は、思った以上にしぶとく残っていて、歩道のスロープは相変わらずカチンコチンだった。表面はツルツルで、光を反射して妙にきれい。でも、きれい=危険、というやつだ。歩行者の人たちは、みんな慎重によちよち歩き。まるで氷の上を初めて歩く生き物みたいで、その必死さがひしひしと伝わってくる。そんな様子を見つつ、「今日はランニングというよりバランス感覚のテストだな」と思いながら、私もスロープに挑んだ。走るのはもちろん無理なので、手すりにつかまり、スピードはほぼ停止。ランナーとしてのプライドは、いったん脇に置いておく。一歩、また一歩。かなり慎重だった……はずなのに、足元が一瞬すべった。次の瞬間、体が言うことを聞かず、そのまま転倒。「あ、やった」そう思ったけれど、衝撃は意外と軽かった。手をついたとき、手袋がしっかりクッションになってくれていたのだ。もし素手だったらと思うと、昼過ぎののんびりした気分が一気に凍りつくところだった。何事もなかった顔で立ち上がり、さっと周囲を確認。たぶん、見られていない。たぶん。もう一度手すりを強く握りしめ、今度こそ無事にスロープを通過した。昼過ぎでも油断は禁物。冬の雪道は、時間帯に関係なく牙をむく。そして改めて思う。手袋は防寒具じゃなく、安全装備だ。そんなことを実感した、ちょっとヒヤッとする日曜日の昼下がりだった。
2026年02月10日
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今朝、コーヒーを飲みながらニュースを読んでいて、妙に胸の奥がざわついた。「推し活選挙」という言葉が、やけに軽くて、でもやけに重たく響いたからだ。今回の衆院選の結果は、数字だけ見れば圧勝だ。けれど、勝った理由をたどっていくと、政策の話がほとんど出てこない。代わりにあったのは、動画、切り抜き、笑顔、逆境、ヒロイン——まるで物語だ。政治家を応援することが、「この人に任せる」でも「この政策に賭ける」でもなく、「この人を支えたい」「守りたい」になっていく。それって悪いことなんだろうか、と一瞬思う。誰かを好きになる気持ちは自然だし、政治が遠い存在でなくなるという意味では、むしろ健全なのかもしれない。でも、読み進めるうちに、だんだん不安の輪郭がはっきりしてきた。推しは、間違えても推しでいられる。批判されればされるほど、「かわいそう」で結束は強まる。政策の実現性や副作用は、後回しになる。その構図は、あまりに強い。ふと、「政党政治」という言葉が頭をよぎった。かつては、党と党がぶつかり合い、議会で削られ、修正され、妥協されていく中で政治は形を変えてきたはずだった。それが今、溶けるように、静かに消えていく。野党は弱い。リベラルは現実を語れない。安全保障の空気は変わったのに、言葉が追いついていない。その隙間を埋めたのが、「わかりやすい物語」と「推し活」だった。考えてみれば、私たちはもうずっと、複雑な説明よりも、一枚の画像、一本の動画、感情が動く瞬間を選び続けている。政治だけが例外でいられるはずがなかったのかもしれない。それでも、気になる一文が頭から離れない。「市場が唯一の野党になるかもしれない」という指摘。もし、選挙で止められず、政党でも止められず、世論も推しの熱量に包まれてしまったら、最後にブレーキをかけるのは、数字と相場だけになる。それは民主主義なんだろうか。それとも、別の何かなんだろうか。今日はまだ答えが出ない。ただ、「決められない政治」から「決めすぎる政治」へ向かうこの感じが、思っている以上に速く、静かで、そして少し怖い。コーヒーはもう冷めてしまった。でも、この違和感だけは、しばらく残りそうだ。
2026年02月10日
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朝、温度計はマイナス2℃を指していた。目覚ましより先に、布団の外の寒さが今日の厳しさを教えてくる。手袋をしているのに、指先はじんじんとかじかんで、息を吐くたびに白く曇った。家を出ると、道にはうっすらと雪。積もった、というほどではないけれど、油断すると一気に足元を取られそうな、あの感じだ。自転車にまたがり、ブレーキとハンドルにいつも以上に神経を集中させる。タイヤが雪を踏む、しゃりっとした音がやけに静かな朝に響く。慎重に、慎重に進みながら、「ああ、今週も始まったな」と思う。月曜日の朝特有の、少し重たい空気と、逃げ場のない現実感。それを全部、この寒さがまとめて連れてくるような気がする。それにしても、とにかく寒い。耳も頬も感覚がなくなっていくのに、なぜか頭だけは冴えていて、冬の朝の妙な緊張感を味わっている。ペダルを踏みながら、早く暖かい場所にたどり着きたいと思う一方で、この季節、この時間にしかない感覚を、少しだけ惜しんでいる自分もいた。今日も一日、きっと寒い。でも、こんな朝を越えていくことで、また一週間がちゃんと始まっていくのだと思う。
2026年02月09日
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今朝、いつもより少し早く目が覚めた。カーテン越しの光がやけに明るくて、スマホを手に取る前から、なんとなく「来たな」と思った。やっぱりだ。8時をすぎると今回の衆議院議員選挙、自民党の歴史的勝利。ニュースを追うたびに、じわじわと実感が湧いてくる。正直、ここまで明確な結果になるとは思っていなかった。でも振り返ってみると、高市首相の一連の戦略は、本当に隙がなかったと思う。言うべきことは言う。守るべきものは守る。そして、ブレない。その姿勢が、有権者にきちんと伝わったんだろうな、と感じる。「この人なら任せられる」という、あの感覚。数字以上に、そこが一番大きかったんじゃないだろうか。テレビで開票速報を眺めながら、「ああ、やっぱり政治って“空気”だけじゃなく、“覚悟”なんだな」なんて、少し偉そうなことを考えてしまった。今後、もちろん簡単な道ばかりじゃないはずだ。課題も山積みだし、反発もあるだろう。それでも、この選挙結果は一つの答えだと思う。覚悟を示したリーダーに、国民が覚悟で応えた。そんな夜だった。明日の朝も、たぶんコーヒーはうまい☕この高揚感を忘れずに、しばらくはニュースを追いかけてみようと思う。高市首相の次の一手、楽しみだ👍
2026年02月08日
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今日は夕方から仕事関係の飲みが入った。正直なところ、「またか……」という気持ちが先に立つ。気づけばここ最近、土日がきれいに休めた記憶がない。どちらかは仕事、どちらかは用事。カレンダーを見ても、連続した“完全オフ”が見当たらないのが地味にこたえる。とはいえ、今日の飲みも無駄ではない。仕事の延長線上とはいえ、顔を合わせて話す時間は大事だし、そうやって人とのつながりで回っているのが今の自分の仕事でもある。……と、分かってはいる。分かってはいるけれど、体と気持ちは正直だ。でも、ここで一つ救いがある。そう、日曜日は休みだ。たった一日かもしれないけれど、誰にも邪魔されず、アラームも気にせず、「何もしなくていい日」があると思うだけで、気持ちが少し軽くなる。土日の連続休みはなくてもいい。今はこの日曜日を、ちゃんと味わおう。それを楽しみに、まずは今夜の飲みを乗り切ることにする。
2026年02月07日
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週末は雪☃️が降るらしい。天気予報を見て、思わず画面を二度見してしまった。というのも、昨日も今日も、体感はまるで三月上旬。コートを前にして「今日はそこまでいらないかも」と思うくらいの暖かさで、正直、雪なんて言葉がまったく結びつかない。本当かなぁ、という気持ちが先に立つ。こんな陽気のあとに雪だなんて、にわかには信じがたい。でも予報では、夕方からぐっと冷え込むらしい。昼間の空気がやわらかかった分、夜に向かって切り替わる寒さは、きっと余計に身にしみるんだろう。季節の境目はいつも気まぐれだ。昨日と今日で油断させておいて、「まだ冬だよ」と念押しするみたいに、雪の話を持ち出してくる。週末、窓の外が本当に白くなるのかどうか。半信半疑のままだけれど、とりあえず今日は、帰り道の冷たい空気をちゃんと感じてみようと思う。
2026年02月06日
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今日は暖かくて、ランニング🏃にはちょうどいい気温だった。走り出した瞬間から体が重くならず、呼吸も自然に整っていく感じがする。しばらく走ると、じわりと汗ばんできた。不快というより、「ちゃんと動けているな」と思わせてくれる汗で、運動している実感が素直にうれしい。寒すぎると体がこわばるし、暑すぎるとそれだけで消耗する。その点、今日の気温は本当に絶妙だった。走ることそのものに集中できて、余計なストレスがない。距離やタイムよりも、体が温まり、汗をかき、気分がすっきりすること。それだけで十分、意味のある時間だったと思う。季節が少しずつ前に進んでいるのを、こうして体で感じられるのも悪くない。また走ろう、そう思える一日だった。
2026年02月05日
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年が明けて、2026年の仕事始めから今日まで、気づけば土日の休みが一度もない。カレンダーを見返して、はっとした。「あれ、ちゃんと休んだ日っていつだっけ」と考えても、思い出せない。毎朝、目覚ましで起きて、同じように身支度をして、同じように仕事へ向かう。平日と週末の境目が、だんだん曖昧になってきた。本来なら、土日は少し遅く起きて、コーヒーをゆっくり淹れて、何も考えずに過ごすはずの時間だった。それが今は、静かなオフィスや、人気の少ない街の中を歩きながら、「今日も仕事か」と心のどこかでつぶやいている。体は正直で、最近は疲労感が抜けない。寝ても、すっきりしない。夜になると、どっと重さが押し寄せてくる。それでも不思議と、仕事が回ってしまうから怖い。「まだいける」「もう少し頑張れる」と自分に言い聞かせながら、日々を重ねている。でも、こうしてふと立ち止まってみると、少しずつ、確実に疲れが溜まっているのがわかる。体というより、心の奥のほうに、じんわりと。週末がない生活は、思った以上に時間の感覚を奪う。「区切り」がないまま進む毎日は、気づかないうちに気持ちの余白も削っていく。だから今日は、こうして文章にしてみることにした。疲れていることを、ちゃんと認めるために。「疲れている」と言葉にするだけで、少しだけ気持ちが軽くなる気がする。まだしばらくこのペースは続きそうだけれど、どこかでちゃんと休もうと思う。しっかり休むことも、きっと大事な仕事のうちだと、今は素直に思える。2026年が始まって間もないけれど、すでに少し頑張りすぎている気がする。だからせめて、今日は早めに眠ろう。そんなことを考えながら、静かな夜を過ごしている。
2026年02月04日
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今日は節分。「よし、今年も豆まきするぞ」と意気込んで台所へ向かったものの、肝心の大豆がどこにも見当たらない。戸棚も引き出しも、冷蔵庫の奥まで探したけれど、ない。見事に、ない。どうしよう。鬼は待ってくれない。途方に暮れかけたそのとき、おやつコーナーに目が止まった。そこにあったのは、つやつや輝く甘納豆の袋。……豆、あるじゃん。しばらく考える。節分=豆。豆=甘納豆。理屈は、通っている。たぶん。よし、今日はこれでいこう。とはいえ、甘納豆をそのまま撒く勇気はない。後の床の未来が、あまりにも想像できる。べたべた確定である。そこで私はひらめいた。小袋ごと撒けばいいのでは?我ながら天才的な発想だと思いながら、小袋の甘納豆を手に取る。「鬼は外!福はうち!」ぽい、ぽい、と小袋が宙を舞う。もはや豆まきというより、お菓子配りに近い光景。でも気にしない。これは立派な豆まきである。なにせ中身は豆だ。しかも後で拾ってそのまま食べられる。清潔。合理的。現代的節分。そして何より、「福はうち」と言いながら甘い豆を撒くこの感じ。なんだかとても縁起がいい。甘々の福がやってきそうな気しかしない。最近ちょっとしたモヤモヤが続いていたけれど、今日でリセット。鬼もきっと、甘納豆の甘さに面食らって退散したに違いない。節分に甘納豆(小袋仕様)。来年もこれでいこうかな、と本気で思いながら、回収した小袋を開けて、ほくほくと甘納豆をつまむ夜でした。
2026年02月03日
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今朝、家を出たのは7時。外気温は0℃だった。手袋をしているのに、指先がじんじん痺れる。ポケットに手を入れても、冷えは布を通り抜けてくるみたいで、容赦がない。玄関のドアを閉めた瞬間から、空気が肌に触れるというより、刺さってくる感じがした。まだ眠気の残る頭のまま、駅までの道を歩く。吐く息が白くて、足音だけがやけに響く。冬の朝は、音が少ない。東北や北海道は、きっともっとずっと寒いのだろう。ニュースで見る雪景色を思い出しながら、「あれに比べたら」と思ってみる。でも、ここはここで、また別の種類のつらさがある。夏は息苦しいほど暑く、冬は思い出したように底冷えする。この土地の極端な気候に、毎年ちゃんと順応できないまま季節が巡っていく。そして帰る家も、なかなか手強い。二重サッシじゃない窓から、夜の冷気が遠慮なく入り込んでくる。暖房をつけても、部屋全体があたたまるまでに時間がかかる。頼りになるのは、こたつだけだ。こたつの中に足を入れて、ようやく「ああ、生き返る」と思う。上半身はまだひんやりしているのに、足元だけがぬくもりに包まれている、そのアンバランスさが、なんとも冬らしい。外で冷え切った指先は、家に帰ってからもしばらく自分のものじゃないみたいだ。マグカップを両手で包んで、少しずつ感覚を取り戻していく。今朝の通勤は、みんな少し無口で、足早だった。その無言の列の中で、ただ「寒いなあ」と思いながら歩いた時間が、妙に心に残っている。まだ、仕事は始まったばかりだけど、早く帰ってこたつに入りたい。
2026年02月02日
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もう二月。ついこの前、「あけましておめでとうございます」と言っていた気がするのに、気づけばカレンダーは一枚めくられていて、2026年の1ページ目はもう静かに閉じられてしまったらしい。時間って、なんでこんなに足音を立てずに通り過ぎていくんだろう。一月の記憶をたどってみると、何か特別なことをしたわけでもないのに、ちゃんと毎日があって、朝起きて、夜になって、眠って、また朝が来て。その繰り返しの中で、気づかないうちに30回以上も「今日」が終わっていた。たぶん、これが「大人になる」ということなのかもしれない。子どもの頃の一月は、もっと長くて、もっと濃くて、もっとゆっくり流れていた気がする。冬休みが終わって、新学期が始まって、お正月の余韻がまだ残っていて、なんだか時間がふわっとしていた。でも今の一月は、気づいたら終わっている。悪い意味じゃなくて、ただただ、早い。カレンダーを見ながら、「え、もう二月?」と声に出してしまった自分にちょっと笑ってしまった。こういう瞬間、ちょっとだけ焦る。「今年やろうと思ってたこと、まだ何も始まってない気がする」って。でもよく考えたら、何もしてないわけじゃない。ちゃんと毎日を生きていたし、ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと考え事をして、ちゃんと誰かと話して、ちゃんと疲れて、ちゃんと休んでいた。それだけでも、わりとすごいことなんじゃないかと思う。2026年は、まだ始まったばかり。でも、もう一ヶ月が過ぎた。この事実が、ちょっとだけ背筋を伸ばしてくれる。「ぼーっとしてると、あっという間だよ」って、時間が優しく教えてくれているみたいだ。二月は短い。だからこそ、少しだけ意識して、時間をちゃんと感じながら過ごしてみようかなと思う。寒い朝の空気とか、あったかい飲み物の湯気とか、夕方の空の色とか、そういう小さなものを、ちゃんと味わいながら。また来月、「もう三月?」って言っている自分がいるんだろうな。そのとき、今より少しだけ、「ちゃんと過ごせたな」って思えたらいい。とりあえず今日は、「もう二月かぁ」とつぶやきながら、ゆっくりコーヒーでも飲もうと思う。
2026年02月01日
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