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「砂漠の自然の風物の中で、一つ選ぶとすると、乾河道ということになる。一滴もない河の道だ。大木なのになると川幅一キロ、砂州がそこを埋めたり、大小の厳石がそこを埋めたりしている。荒れに荒れたその面貌には、いつかもう一度、己が奔騰する濁流で、砂漠をまっ二つに割ろうという不逞なものを蔵している。そしてその秋が来るのをじっと待っている。なかには千年待ち続けているのもある。実際にまた、彼らはいつかそれを果たすのだ。たくさんの集落が、ために廃墟になって沙漠に打ち捨てられている。大乾河道をジープで渡るとき、いつも朔太郎まがいの詩句が心をよぎる。-- 人間の生涯のなんと短き、我が不逞、わが反抗のなんと脆弱なる!」 井上靖 「乾河道」より ゴビ砂漠を描いているようなのだ。天山山脈の雪解け水がオアシスを潤すところ以外はこのような風景なのだろう。いわゆる西域の風景なのだ。 「空に飛ぶ鳥なく、地に走る獣なし」と言われる世界いらしい。 「人間の生涯のなんと短き、我が不逞、わが反抗のなんと脆弱なる!」 この言葉をよんで、原発汚染の事を考えた。 「わが不逞、わが反抗の何と脆弱なる。」 原子力を制御できていない現状を見て、人間の力の無力さを感じざるを得ない。 今日の昼食 お味噌汁も付け合わせのオクラのおひたし風のものも美味しかった。でも、鯖半身は少し多い。四半身でいいよと思った。
2013.10.31
以下は車椅子探偵進藤クララさんのAmeba Blogからの引用です。“車いすの入店拒否” 先日、またこのようなニュースがありました。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131024/k10015517331000.html こういったニュース、ほぼ店側が責められる内容ですね。 障がい者団体から抗議受けるほど? 本当にそんなひどい話だったのでしょうか・・・ 車いすユーザーがどのような状態で、 どのような行動をとったのかなどほとんど書かれていません。 唯一店側の「電動車いすの客が店内を動き回り危なかった」 という1文がありました。 報道する前に、そこをもっと聞いてみたらどうなのかと、 私は感じます。 以上がブログの一部からの引用です。 受け入れる側の都合がありますから、障害者といえども危険だと判断されたら、入店拒否は当然だと思うのですが、いかがでしょう。 障害があると言うことは、健常者のように動けないと言うことですが、電動車椅子に乗っている人には、遠慮なしに狭い場所で動き回り、危険を感じさせる人もいます。 障害者だから、何でも許されると思うのはいかがなものかと思います。
2013.10.30

食品偽装問題で社長の辞任に至ったようだが、当然だと思う。結果的に何といいわけしようとも、顧客をだましていたことの責任はホテルとしてどう取るのかを明らかにしない、トップの辞任にさほどの注目すべき店は無い。 先日函館に行ったときの話だ。楽天トラベルで予約したときに、「天然温泉」という表示にひかれて取った宿が、実は知内町から温泉を運んでいると知ったときにがっかりした。 これも偽装だと思う。 温泉成分分析書がなかったから、温泉とさえいえないと思うのだが、こんな事が許されていいはず無いと思う。この温泉と語るホテルは、函館の松風町にある。 こんな表記を許している楽天トラベルにも責任はあるように思う。 人をだまして関心を引きつけ商売しようという根性が気に入らない。 函館土産の松前漬けがこんな風にお洒落になったみたいだ。 Bar Regaloさんの写真をいただいたのだが、私の函館土産が元だが、にんじんと切干大根を付け加えている。 日本酒にはばっちりだと思うが、白ワインの辛口あたりもいいと思う。
2013.10.28
閑吟集より (岩波文庫より)77 和御料思へば 安濃津より来たものを 俺振りごとは こりゃ何事 安濃津は三重県津市の古名 薩摩の坊の津、筑前博多の津とともに中世の三箇の津で、貿易港として栄えた。大意は 「おまえさんを思えばこそ、はるばる伊勢安濃の津からやってきたのに今さら俺を振るなんてこったい」78 何を仰るぞせはせはと 上の空とよなう こなたも覚悟申した 前の77と連作風の歌で 「何をおっしゃっているの、そんなにしつっこく。口先ばかりで、あなたの心のいい加減なことは、私もちゃんと覚悟しておりますわ。」と切り返した女のこたえ。79 思ひ初めず紫は 濃くも薄くも物は思はじ 「紫の色に心はあらねども深くぞ人を思ひそめつる」新古今和歌集大意は 「いっそ思いそめさえしなければ紫の色(または紫草)のように、濃くも薄くも深くも浅くも物思いなどしないでしょうに。」 恋の悩みを縁語で巧みにまとめたもの。 染料の濃淡に物思いの濃淡を掛ける。 思い初めに染めを掛け、紫の語を導いている。恋模様を描いた歌を取り上げてみましたが、次は片思いの人を励ます歌。80 思へかし いかに思われん 思はぬをだにも 思ふ世に これは宴曲「真曲抄」の中の「対揚」の一節。 「思ふ」の畳語的な語呂の上の興味が中心という。大意は 「愛してみなさいよ。その人からもきっと愛されることでしょう。自分を思ってくれない人をさえ、愛しく思う世の中ですもの。」 軽妙なタッチで相手に語りかけていく感じが味わい深いものだ。 しかし寒い。朝起きたらテレビで6℃と言っていた。寒いのもいやだけど、雪がいやになっている。スキーをしていた頃は待ち望んでいた季節が、嫌いになっている。
2013.10.28

楽天ニュースから紹介します。 ホテルによると、少なくとも平成18年4月のメニュー改編以降、7年以上にわたり、メニューに「芝エビ」とされているのに「バナメイエビ」、「車エビ」とされているのに「ブラックタイガー」を使用していた。ホテル側は今年7月、他のホテルで同様の表示問題が発覚したことを受けて行った内部調査で、エビの表示が事実と異なることを確認したが、公表は行わなかった。 今月22日に阪急阪神ホテルズ系列のレストランで表示問題が発覚したことを受けてあらためて調査したところ、エビ以外にも外部製造したパンを「自家製」としたり、容器入りのストレートジュースを「フレッシュジュース」としていたことも判明した。 ホテルは今月24日、3メニューの問題を消費者庁に報告。「意図的ではなく、偽装にはあたらない。従業員のトレーニング不足だった」と弁明している。社内処分は行わないという。 以上が楽天ニュースからの引用ですが、どう思われますか。 トレーニング不足で片付く問題なのですかね。そんなこと言うなら、ただすいませんと行っているだけの方がいいように思いますね。 ズルをしていい思いしようというその根性が許せませんね。 札幌も寒くなってきました。晩秋の感ありです。ナナカマドのみが真っ赤です。 銀杏もこんなになっています。
2013.10.27
ホテルの食品偽装が様々出てきている。現場で働いている連中がわからないわけは無いと思う。意思疎通が不十分だったと行っていたように思うのだが、Hホテルの会見を見ていて思ったことは、客を馬鹿にしているとしか思えないと言うことだ。 地鶏でも無いのに地鶏だと行って商品の価値が高いように見せたり、車エビといって、ブラックタイガーを使うなどは、食品偽装と言うより、詐欺ではないのかと言いたい。 魚の養殖には、寄生虫を防ぐためにホルマリンを使ったり、成長促進剤をつかったり、抗生物質を投与したりと聞く。 食の安全という事が怪しくなっている。養殖の魚なんぞ食べ続けていたら大変なことになるだろう事は、想像に難くない。水俣病のようなことが症状こそ違え、現れてきてはいないかと、不安になる。 酪農だって、輸入飼料の中に何が入っているのか不安だし、養鶏なんぞ怖くていえない。 だから、鶏とは書かずに地鶏といっていたのだろうが、だましたことに変わりは無い。ブラックタイガーなんぞ成長過程のえさに大量の薬品が用いられていることは言うまでも無いことだ。 自然な食餌活動で成長した魚とくらべて、養殖の魚の怖さがここにある。ハマチの養殖をしている人たちは、決して自分の家ではその魚を食べないと聞いたことがある。 自分で食べられないものを、どうして売ることができるのだろう。不思議でたまらない。 韓国食品の異常さを伝えるニュースもあった。 その問題の根本は何なのだろう。その一つに、農協や漁協が金融機関になってしまっていることがあると思う。組合員に大金を融資して、事業を拡大させそこからの返済利息で利益を上げたり、肥料や必要な資材を組み合い指定という形で売り、儲けるそのあり方が、組合員に重大な問題につながっているように思う。
2013.10.26

孟すっかり行きつけになった感のある、歩夢歩夢でミックスフライがメインのお昼でした。 原発汚染水で国会でも様々取り上げられているが、どうも泥縄のような気がする。 後手後手というか、こんな物作る段階で予測してなければいけなかったことだと思うようなことばかりが、対策としてやっとやられるという感じだ。 今になってドタバタしている。こんな奴らに原発を運営する能力なんてありゃしねえと思うのは、私だけだろうか。 秘密保護法だってさ。治安維持法につながる不気味さを感じる。誰のための秘密をまもるのだろうか。政治に携わるのものの秘密を保護しようとしていて、本当にそれが国民に隠すべきかどうか、何年たったら後悔するかと行ったことを置き去りにしているように思う。 法律によって政治家を、そして官僚を守るための法律など、本当に必要なのだろうか。
2013.10.25

無性に蕎麦を食いたくなって、狸小路まで出かけた。狸小路五丁目のそば屋でたべたのは牡丹十割蕎麦。 商っているおばちゃんが行っていたけど、新そばは水のはじきが違うんだと。とにかく香りがいい。うまかった。日本酒もうまかったことを付け加えたいと思う。昔と比べて、北海道の地酒のレベルはかなり高くなっていると思う。 酒の肴の親子とじもいいね。
2013.10.24
昨晩は寝床の中で子母沢寛の「勝海舟」文庫本の第二巻を読んでいた。11時くらいに眠りについたのだが、夜中、何回かのくしゃみが出て、鼻水が出た。少し熱も出ていたようだ。朝6時に起きてみたら、すっきりしていたが、なんだったのだろう。 日本酒1合くらいと、ウィスキーをダブルでロックで一杯飲んで寝たのだが、風邪を引いていたのが、就寝中に症状が出て直ってしまったように思える。 時々、こんな事がある。熱が出るのだが、朝にはなおっているということが。 幕末を命じ政府側から書いた小説は多いが、子母沢寛の「勝海舟」は幕臣の側から見た、幕末と明治が描かれていると言っていい。 勝小吉、勝海舟の父親だがヶなりの剣術かだったとは初めて知った。幕末の剣聖とも言われる男谷精一郎の叔父であることも初めて知った。 なかなか魅力的というか、破天荒な人だったようだ。「私心」という物をどこかに置き忘れてきた人のようだ。 実にさっぱりとした、思いやりのある典型的な江戸の下町の人間というのだろうか。 勝海舟が皮肉屋で口の悪いのは、この父親譲りのようだ。 実におもしろい。物語は第二巻では、その父親の死から、勝が咸臨丸で渡米し帰国するあたりの幕末の歴史が描かれている。 旧習にとらわれ先例を守ろうとする官僚的な人間たちと、日本の将来を真剣に考える進取の気性の人たちのあり方が、物語の骨子となっているといえよう。 なかなか、おもしろく読ませてもらっている。
2013.10.24
閑吟集より (岩波文庫より)75 庭の夏草 茂らば茂れ 道あればとて 訪う人もな 夏草は恋心の繁き思いに悩む意にもたとえられる。 待ち人の訪れぬ女の歌か。(解説より) 恋の歌としてみるよりは、孤独な閑居の様として読みたいと思う。76 青梅の折り枝 唾(つ)が唾が唾が やこりょ 唾が引かるる 「唾を引く」は酸い物を見て口中に唾液の出る意 「やこりょ」は一種の囃子詞。「和御料」ではと言う人もいる。 和御料は親愛な人を表す。 (解説より) 青梅の折り枝は、若い女性を表しているのだろうか。 若い女性を見て唾が出てくるなんて、ちょいと失礼なのかな。そんなことは無いなあと思うけど、地下鉄の駅で40代くらいの女性に見とれたことがあった。品があって、スタイルが抜群だったんだ。 まだ私にもそんな気持ちがあったのかと、驚いたことがある。 今日はたらちりを食べながら日本酒を飲もうと思う。でも、その前に午前中、かかりつけの内科に行って血液検査だ。 痛風を発症してから、血液検査は欠かせない。4ヶ月に一回のいやな時間がやってくる。 それだけで血圧が上がるような気がする。
2013.10.23
物語は、国立大修士課程修了の遠間憲太郎と中卒のカメラ量販店社長の富樫重蔵との間の友人関係を中心に展開していく。 その中に、母親の虐待にあって、心を閉ざした子供圭輔が登場する。この物語の主人公は圭輔なのかとさえ思うほど、著者の力点が置かれている。 様々のことが描かれているのだが、その中には印象的な言葉がいくつもある。 「人情のかけらもないものは、どんなに理屈が通っていても正義やおまへん」 この言葉が私の一番のお気に入り。 「いつ死んでもいいように、まず清潔に生きたいな。」この筆者の小説には必ずと言っていいほど、読む人の旅情を誘う場所が描かれている。 『フンザはパキスタンのカラコルム渓谷のなかにあって、三つの名峰に包まれている。ディラン、ラカボシ、ウルタルで、どれも七千メートルを超える山である。」 筆者は桃源郷という言葉を使って描いている場所なのだが、行ってみた思う場所だ。 「心根」という言葉が出てくる。 遠間も富樫も実に心根優しい人たちなのだ。50を過ぎた二人が、心を閉ざした圭輔のために、できる限りの努力をしていく姿が印象に残る小説なのだ。 お人好しの馬鹿と言ってもいい人たち、何の血縁も無い親に捨てられたと言っていい子供のために、関わっていく姿は、すがすがしいものがある。 読み終わってみて、損をしてもいい人に優しくありたいという気持ちが増幅していくような思いを持ったのだから、本当にいい本を読んだのだと思う。
2013.10.22
岩波新書の「ワインの常識」を借りてきた。 今から7000年ほど前のメソポタミアの遺跡から、ワインの醸造の証拠と言われる酒石酸が見つかっていたとは、初めて知った。 ワインの醸造はギリシャ、ローマ時代あたりからかと思っていたのだが、人間と酒とは切っても切り離せない物らしい。 大学時代の寮でよく、あいつは「バッカス」だなどと友人を揶揄したこともあった。 ローマのガリア進出から、今のフランスでもワインの醸造が盛んになったと言うことだ。 ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュなどいろんな産地が紹介されているが、私は個人的にプロヴァンスの白を魚介料理で楽しみたい。 イタリアワインも楽しそうだ、メディチ家の所有していたセラーの名前が今でも出てくるところに歴史がある。 日本で言えば、足利家所有の酒蔵とでも行ったところだから。 日本では、仏教が酒を禁じていたけれども、キリスト教の世界では修道院がワインの醸造に熱心だったのだという。 修道院は基本的には、自給自足の生活なのだと言うから、何でも作ったのだろうし、特にキリスト世界ではワインは特別なのだと思う。 何でもいいのよ、うまければ。これが酒飲みの本音だろうと思う。 でもこの本を読んでいて、アルゼンチンのワインやイタリアのワインを飲んでみようと思ったということは、世界が広くなったということなのだろう。 シェリー酒などもやってみたい。 日本酒も古酒にしてみたらおもしろいのかもしれない。沖縄の泡盛などは10年を過ぎると、実に飲みやすくなるように思う。 酒の本を読んで、新たな楽しみを見つけようと思う。 話は全く変わりますが、時事問題で一言。 楽天ニュースの内容に仰天。以下楽天ニュースからのコピーです。「もんじゅが長く止まったトラブルの原因を精査すると、機器の設計時に原因があった。設計時にトラブルの種が埋め込まれると、作業員が一生懸命やっても(トラブルが)起こるまでわからない」 集中改革期間がスタートした1日、原子力機構の松浦祥次郎理事長は同市の河瀬一治市長との会談でこう述べた。思わず耳を疑った。もんじゅが長期運転停止に陥った根本原因は、設計を担当したメーカー側にあるというのだ。松浦氏はこうも続けた。「(トラブルは)原型炉では往々にあることだ」 確かに平成22年8月の炉内中継装置の落下事故はメーカーの設計ミスが一義的な原因とされている。しかし、安全上の問題をメーカー側に頼りすぎていたのは原子力機構に他ならない。過去の重大事故やトラブルを防止できなかったのは「安全に対する未熟な倫理が組織の根底にあった」(原子力機構幹部)からこそだろう。 以上の内容を見ると、原子力機構とは何もしないで高給を取る団体なのかと思う。こんなレベルの人たちが原子力の安全管理に当たっていて、適正な管理運営ができるはず無い。 原子力発電の設備に無知な連中が管理していて、何も起こらない方が不思議だったのである。 おそらく東電もそうなのでは無いかという疑念が生じた。何かあったらメーカの責任だといえるのは一般消費者の話で、国の補助金で原子力の管理運営を任されて、給料をもらっている人間の無責任さに腹が立って仕方が無い。 何も知らないから、安倍総理のように汚染水は完全にコントロールされているなどと、いい加減なことをいえるのだ。 こんな国で原子力は無くしていくより仕方が無いと、あらためて感じた。
2013.10.20
閑吟集より (岩波文庫より)73 仰(おしや)る闇の夜 仰る仰る闇の夜 つきもないことを大意 あなたが 仰る闇の夜なんてとんでもないことですわ、つきもないのに。 月も無いから付きもないをかける 不相応な、とんでもないの意 男に対する女からのしっぺ返しの歌74 日数ふりゆく長雨の 日数ふりゆく長雨の 葦葺く廊や萱の軒 竹編める垣の内 げに世の中の憂き節を 誰に語りて慰まん 誰に語りて慰まん 『源氏物語』須磨の巻 「垣のさまよりはじめて、めづらかに見給ふ。茅屋ども葦葺ける廊めく 屋などをかしうしつらひなしたり。・・・長雨の頃になりて・・・ 竹編める垣しわたして・・・」(光源氏閑居のさま) などからきているということ。「ふり」は経りと降りの掛詞。降りから長雨と続け、長雨の脚と葦とを掛ける大意 毎日降り続ける長雨にこの閑居の、葦葺きの細殿の萱の軒端、竹垣の中に 淋しく住まう私は、ほんに世の中の憂きことを、誰に語って心を慰めようか。 秋の長雨の中に孤独をかみしめている作者が居る。 鍋物のおいしい季節になりましたね。先日NHKで酒盗を入れた鍋を紹介していました。私のところにも、枕崎産の酒盗があるので、近いうちに鱈鍋に入れてみようと思っています。
2013.10.20

昨日の昼食は歩夢歩夢で酒の西京漬けがメインでした。 函館の焼き鳥弁当で有名なハセガワストアで買ってきたトラピストのクッキーをお土産に持っていったら、とても喜ばれました。 自分でも時々コーヒーのお供にしています。 函館土産の定番です。
2013.10.19

南茅部にある縄文文化センターで中空土偶をみた。国宝に指定している、その証書の紙も和紙ですごい物だ。 何故か、写真を撮影する気になれなかったので、パンフからの物で我慢してください。 宗教的な荘厳さを感じて緊張した。神々しいのだ。見に来てよかった。 帰り道で国道五号線の道路脇にアイスの店を発見、大沼から森町寄りのところだ。 おいしい、また寄ろうと思うが、12月から3月までは冬期休業だそうです。 ちょうど昼時に道の駅黒松内にさしかかったので、休憩タイム。 ここの道の駅は、焼きたてパンとピザが有名。また、町内で作られているチーズやベーコンなどが知られている。とおもったら、黒松内産のワインもおいていた。 それで昼だったので、パンを購入し、コーヒーも注文してそこでたべることにした。 カボチャがおいしい。左側の中身がカボチャです。
2013.10.18

去年は近くの温泉に泊まって、翌日行ってみたのだが、月曜日で休館日だった。それで今回改めて、休みでないことを確認してから再訪した。 台風の影響か、ものすごい雨。縄文センターの外観を取ることは断念した。 縄文時代中期の土器らしい。こんなのもあった。 目的の中空土偶は神々しい物で、撮影をためらった。近いうちにパンフレットからのものを、載せる予定です。 隣接している道の駅で栗とバニラのミックスソフトをいただきました。紅さんごめん。一口たべてから撮影しようと思い立ったので、少し欠けています。 今日のお昼は久しぶりに歩夢歩夢。 鯖の塩焼きがメイン。半身は少し多いね。 その後で、近くにできたアイスのお店spoonで、トリプル。 アールグレイとマカダミアナッツ、生チョコだって。 おいしいんだこれが。
2013.10.17

急に思い立って、函館へ あんまりきれいな写真ではないのでごめんなさい。きれいなところは車が止めづらかったりで、私の記憶には残っているのですが。 そういうわけで、中山峠経由で函館へ向かいました。休憩は豊浦の道の駅、ホタマルバーがなる物をいただき、その後で、イチゴソフトを味わいました。ソフトにイチゴが練り込んであって結構美味です。 ホタマルバーがは、ホタテのフライを挟んでありました。まあまあかな。 続編は明日以降にします。ちょいと疲れているので。
2013.10.16

舞台は戦国時代、織田信長の家臣で後に明智光秀の家臣となる、斉藤内蔵助の妹菜々の話だ。 岐阜から、土佐の長宗我部に嫁ぐのだが、土佐という国のありようが描かれていておもしろい。 土佐の中村の地に応仁の乱を避けて、今の言葉で言えば疎開した貴族がいたことを初めて知った。一条家がそれだ。 何よりも読んでいて、長宗我部元親に対して、菜々の目から見た人間分析がおもしろい。 また、幕末土佐藩の郷士制度の発端となる兵制についての記述もあり、興味深い。 この著者には、長宗我部の土佐時代の後に来る山内家の物語も書いているので、そちらも併せて読むと、江戸時代の土佐藩のあり方の一端を知ることができる。 斉藤内蔵助は、江戸時代に三代将軍家光の乳母となり、大奥の土台を作ったとされる、福こと春日局の父親としても知られている。 細かいことはさておき、この著者の作品は、人間の心理に対する分析とも言う考察が、話の流れを損なうくらい綿密になされているのだが、それが物語に膨らみを与えているという点で、ほかの作家にはあまり見られない歴史への愛着と言うべきものがあると思う。 今日はこれから函館に行きますので、明日の夜までと言うか、明後日の朝まで、ブログはお休みします。
2013.10.15
徒然草より (講談社学術文庫 三木紀人)第十九段 をりふしの移りかわるこそ (秋の部分) 「七夕祭るこそなまめかしけれ。やうやう夜寒になるほど、雁鳴きてくるころ、萩の下葉の色づくほど、早稲田刈り干すなど、とりあつめたる事は秋のみぞ多かる。また野分の朝こそおかしけれ。 言ひつゞくれば、みな源氏物語・枕草子などにことふりたれど、同じ事また、今さらに言はじとにもあらず。おぼしき事言はぬは腹ふくるゝわざなれば、筆にまかせつゝ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。」 旧暦では7、8,9月が秋だ、現代の暦とは異なっていることは知られていよう。今の北海道では、やうやう夜寒になるころといえる。 雁が来るにはまだちょっと早い。札幌から少し離れるが、宮島沼(美唄)や、ウトナイ湖に、大群で訪れる渡り鳥たちの姿は、感動する。 札幌近郊でのこの十月の中旬くらいが紅葉のピークらしい。野分は台風のことだろう。中山峠の紅葉も見事なのだが、定山渓から小樽に抜ける道路沿いや、伊達市大滝から白老に抜ける道、オロフレ峠あたりが今の時期、紅葉の名所だろう。 思っていることを言わないでいると、腹がふくれるような気持ちになるから、筆の赴くままに書くと、言っている。 今の私の気持ちもそうなのだと思う。 人に見せる物ではないと言っているけれど、ブログは誰か読んでくれないかなと思って書いている。誰かとつながっていたいから書くし、自分の存在の証なのだと思っている。 こんな料理を作ってみようかと、教えられることもある。 秋もだんだんと深まってきた。雪の降らないうちに、函館に行って中空土偶を見てこようと思う。 今は函館市になってしまったが、昆布で有名な南茅部にある、縄文文化センターに展示しているらしい。 先日伺ったBar Regaroの店主もすすめていたから、近いうちに行く。 函館には何度も行っているけれども、周りに気を遣うせいか、自分の行きたいところに行っていない。毎年のように行っているのに。 一度はみたいと思っていた、四稜郭の跡地に知り合いが連れて行ってくれたのは、もう二十年も前のことだ。それ以外に自分が行きたいと思っていたところで行けたのは、函館山、当然夜景を見るために何度も行っているのだが、草々きれいな夜景に巡り会うわけではない。 高田屋嘉兵衛資料館などにも今回は行ってみることにする。 「もののあはれはあきこそまされ」と言うではないか、併せて歴史を感じてこようと思う。 函館の公会堂には、同行者を連れて行きはするのだが、まだ入ったことが無いので、今回は行ってみよう。
2013.10.13
70 しめぢが腹立ちや よしなき恋を管筵 臥して見れども居らればこそ 苦しや独り寝の 我が手枕の肩替えて 持てどももたれず そも恋は 何の重荷ぞ注 世阿弥作 謡曲「恋の重荷」の一節 恋の苦しさを肩の重荷の苦しさに すり替えた趣向現代語訳 標茅が原ではないが、腹立たしいことよ。及ばぬ恋をする身は管筵に臥したところで寝られるはずがない。何度も寝返りを打ち、手枕の肩を替えてみても、その肩を持ち上げることができない。さても恋とは何という辛い重荷であろうか。 以上解説より 恋する身の切なさが伝わってくると思う。相手があることだからね、恋は。何を思っているのか、考えてみたってわかるはずがないし。
2013.10.13

インドネシアから輸入したワタリガニの缶詰なんて物を初めて見たので、買ってきてみた。 どうやってたべるかはまだ考えていません。 ブログをお読みの方の中で何かいいアイディアをお持ちの方はお教えくださるとありがたいです。 かに玉かな、鍋に入れようかなとか思案中です。 今日のメインはヒラメの刺身、付け合わせにほうれん草のおひたしと、切干大根の煮付け、ポテトサラダを少々。
2013.10.12
水産放浪歌富貴名門の女性に恋するを純情の恋と誰がいうぞ。暗鬼紅灯の巷に彷徨う女性に恋をするを不情の恋と誰がいうぞ。雨降らば雨降るもよし風吹かば風吹くもよし月下の酒場にて媚を売る女性にも純情可憐なる者あれ。女の膝枕にて一夜の快楽を共に過さずんば人生夢もなければ恋もなし。響く雷鳴 握る舵輪 睨むコンパス六分儀吾等海行く鴎鳥 さらば歌わん哉吾らが水産放浪歌一心猛くも鬼神ならず 男と生れて情はあれど母を見捨てて浪越えてゆく 友よ兄等よ何時また会わん二朝日夕日をデッキに浴びて 続く海原一筋道を大和男子が心に秘めて 行くや万里の荒波越えて三波の彼方の南氷洋は 男多恨の身の捨てどころ胸に秘めたる大願あれど 行きて帰らじ望みは待たじ 何故か気になる歌だ。大学の寮で耳に入ってきてから、よく酒を飲んでは歌っていた。 前口上は好きではないが、歌詞とメロディは何故か心にしみる。興味がある方はYou Tubeへhttp://www.youtube.com/watch?v=4YvfoBuR5dc 海辺に育って、子供の頃よく船にも乗っていたためなのだろうか。学校から帰ってくると、一人で櫓を漕いでおきにでたり、船外機を使って船釣りにいったものだ。 海原にふねをとめて碇を下ろし、船の上でうとうとする気持ちの良さは母に抱かれているような気持ちになったことを思い出す。 でも、今はもう秋。海上は肌寒い風が吹く季節だ。 石狩湾ももうすぐ秋のシャコのシーズンがやってくる。
2013.10.11
今日は、北海道は雨の予報。今接近中の低気圧と前線が通過すると寒気が入ってくるらしい。 そろそろ暖房かな。試験的に一回は暖房に着火してみたけど、本格的な運転はまだだ。 札幌周辺でも木々が色づき始めている。こうなってくると朝夕は寒くなってくるのだ。 都ぞ弥生という北大恵迪寮の寮歌の二番が豊かに稔れる石狩の野に 雁(かりがね)遥々(はるばる)沈みてゆけば羊群声なく牧舎に帰り 手稲の嶺(いただき)黄昏(たそがれ)こめぬ雄々しく聳ゆる楡の梢 打振る野分(のわき)に破壊(はゑ)の葉音のさやめく甍(いらか)に久遠(くをん)の光りおごそかに 北極星を仰ぐ哉注 楡はエルムと読んでいる 北大の北西側は、この歌が作られた当時は牧場だったようだ。今でも、北大構内には広大な農地が存在するが、それが北や、北西方向にずっと続いていたということなのだと思う。 手稲の山に黄昏がこめると、当時は今のように明るくないから、しんとした冷気の中で、北極星がはっきりと見えたことと思う。 湯豆腐の季節だ。冷気が足下から忍び寄る季節は、鍋物がおいしくなり、種々の果物が出回る季節でもある。 太めの私としてはアルコールの後の果物は避けて通りたいのだが、たまにはたべてみようかと思う。 余市や仁木のブドウが最盛期だし。
2013.10.11
万葉集から 山上憶良 風雑(まじ)り 雨ふる夜の 雨雑り 雪ふる夜は すべもなく 寒くしあれば堅塩を とりつづしろひ 糟湯酒 うちすすろひて しはぶかひ 鼻びしびしにしかとあらぬ ひげかきなでて 吾れをおきて 人はあらじと ほころへど寒くしあれば 麻ぶすま 引きかがふり 布肩衣 ありのことごと 着そへども寒き夜すらを われよりも 貧しき人の 父母は 飢ゑ寒からむ 妻子どもは乞ひて泣くらむ この時は いかにしつつか 汝が世はわたる 天地は 広しといへど 吾がためは さくやなりぬる 日月は 明しといへど 吾がためは照りやたまはぬ 人皆か 吾のみや然る わくらばに 人とはあるを 人なみに 吾もなれるを 綿も無き 布肩衣の 海松(みる)のごと わわけがされるかかふのみ 肩にうちかけ 伏いほの まげいほの内に ひた土に 藁ときしきて 父母は 枕のかたに 妻子どもは あとの方に かくみゐて憂ひさまよひ かまどには 煙ふきたてず こしきには 蜘蛛の巣かきて 飯かしぐ 事も忘れて ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて 短きものを 端きると 云へるがごとく しもと取る 里長が声は ねやどまで来立ちよばひぬ かくばかり すべなきものか 世の中の道 反歌 世の中をうしとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば うしとやさし・・・つらく恥ずかしい 術もなく苦しくあれば出で走り いななと思へど児らにさやりぬ 苦しいから家を出て走って行ってしまいたいとおもうけれど 児らに後髪ひかれていけなくなってしまう代表的な貧窮問答歌を紹介しました。 どんなに苦しくても現実から離れることができない、それが人間であると歌っています。 昔から人の悩みは変わらないのですね。 そこで気分転換に一首 しるしなき物を思はず一杯(ひとつき)の 濁れる酒を飲むべくあるらし 大伴旅人 役にも立たないことを思わないで、一杯のにごり酒をのんだほうがよい。
2013.10.10

鮭のホイル焼きがメインのお弁当 食後のコーヒーが100円というのがうれしい。
2013.10.09

子供の頃から、足が悪いと言われ馬鹿にされたことも何度もある。自然に自分でもできなくても仕方がないかと思うようになっていた。 でも負けん気だけは人一倍強かったように思う。水泳もスキーも大学時代には頼まれて人に教えるレベルに達していた。 水泳は平泳ぎ、私が中学時代の泳法規則では股関節がほとんど開かないキックが違反ととられていたのだが、ミュンヘンでの田口選手以来そうではなくなった。 足の裏でしっかり蹴っていることが認められればOKと言うことだった。 大学4年の時50mを36秒程度で泳いでいたから、平泳ぎとしては速いほうだろう。 スキーは苦労した。足の長さが右が左より5cmほど長いので、急斜面に行くと、右足に荷重がかかりすぎてしまうのだった。何度小樽天狗山の旧コースで50mほど背中で滑り落ちたことだろうか。 そのおかげだろうか、どこの急斜面に行ってもそう恐怖感は持たずにすんだ。 でも、この年になるとスキーはやめておいた方がいいと思うようになった。なにより、重たい道具を担いで、スキー場に行く気がしなくなったのと、スキー場でレンタルしている道具では、不満に思うことが明らかだから。 障害者として30年手帳を交付されているが、一度も障害福祉司という人に会ったことがないように思う。 行政は自分から声を上げない限り、近寄っては来てくれないようだ。 そのことは、生活保護の問題でも同じようである。フランスでは公務員が積極的にホームレスの解消のために歩き回っているのだと言うが、日本でそれをやっているのは、ほとんどがボランティアだという。 障害者がどんな生活をし手いるかを日常的に把握しようとしないでいるから、札幌の白石区でのように、姉妹そろって餓死というようなことが起きるのだと思う。 行政とは何なのだろうか。公務員だけが仕事をしないでおいしい生活をするために存在するのかとも思ってしまう。 北方領土返還運動にも、そんな気配があるようにも思う。知り合いのおばさんについて、その関係の団体にお金を借りに行ったときの職員の横柄な応対は今でも許すことができないほど、腹が立つものだった。 公務員が偉いのかい?と言いたくなってしまうことが、過去に何度もある。障害者はともすると、自分から声を上げることのできない事がある、そのことを考えて、もっと積極的に行政は生が謝の実態を把握すべきだし、障害者手帳を申請すべきかどうか悩んでいる人たちにも、もっと手をさしのべるべきだと思う。 お口直しに、小樽出抜小路のBar Regaloさんの芸術作品をどうぞ。
2013.10.09

今日の肴は シシトウには過去に今金の桜田旅館(今はありません)でひどい目にあったことがある。5本の中の一本をたべたら、下がしびれ唇までのしびれてきた。コップに二杯ほど燗酒を流し込んだ直らなかった。 シシトウの中に青唐辛子でも入っていたのだろうか。 法螺吹は、中富良野産の米を使った高砂酒造の純米酒。 結構いいかもしれない。 それを飲み終わったので、食後酒はニッカの竹鶴。 You Tube で倍賞千恵子を聞いている。高校時代の友人の家で聞かせてもらってから、40年の月日がたっているが、改めて日本語の響きがきれいだと思う。 桜貝の歌、あざみの歌、忘れな草をあなたに、琵琶湖周航の歌 その後マリア・カラスのアベマリアをきいたが、何というきれいな声なのだろう。
2013.10.08

閑吟集より (岩波文庫より)67 生らぬ徒花 真白に見えて 憂き中垣の夕顔や注 生らぬ徒花・・咲いても実を結ばぬむだ花 暗に成就しない恋 憂き中垣・・気遣いな中垣 中に仲をかける 大意 実のならぬあだ花が真っ白に咲いているが、二人の中もまたならぬようだ。気にかかる中垣に白く咲く夕顔のはなよ。 失恋の歌だろうか。あきらめが漂う。69 待つ宵は更け行く鐘を悲しび 逢う夜は別れの鳥を怨む 恋ほどの重荷あらじ あら苦しや注 「待つ宵に更け行く鐘の声聞けば飽かぬ別れの鳥はものかは」(新古今和歌集) 恋路に悩む女性の嘆きの歌 恋ほどの重荷・・・恋慕の情が募って堪えがたいこと 大意 一人待つ夜は、むなしく過ぎてゆく鐘の音を恨めしく思い、逢った夜はまた別れの時を知らせる夜明けの鶏を恨めしく思う。本当に恋ほど心の重荷はあるまい。ああ苦しいことよ。 恋をすると身の回りの変化ににも敏感になるのでしょうね。鐘の音や、夜明けの鶏の泣き声にも感情が高まっていくのでしょう。 「恋の切なさ、恋の悲しさ」 黒い花びらという歌がありましたよ。 「だからもう恋なんてしたくないのさ」と歌っていましたね。 秋になるとつい感傷的になってこんな歌を思い出すこの頃でした。 こんな時はやっぱり酒ですよね。Bar RegaloさんのTwitterの写真を載せます。
2013.10.08
朴大統領は就任以来、日本に対し「過去を直視せよ」と迫り、安倍晋三首相との首脳会談も拒否している。例えば、8月15日の光復節の演説でも、「過去を直視する勇気と相手の痛みに対する配慮がなければ未来を開く信頼を重ねていくことは厳しい」と述べた。だが、韓国兵に暴行されたベトナム人女性や虐殺されたベトナム人遺族に、「過去を直視する勇気と相手の痛みに対する配慮」を示すことはなかったのである。 以上は産経ニュース 西原正さんからの引用です。 韓国の日本に対する避難は、いかにおかしいものであるかがわかると思います。自国民の犯罪的行為については口をつぐみ、過去の日韓協定で解決ずみの問題を蒸し返しているのは、何なのでしょう。国と国との間で結んだ条約を無視するような国に対しては、政府はもっと国際社会に知らせていかなければならないでしょう。 自分ができないし、しようとしないことを他人に要求するほど、厚顔無恥な国とまともにつきあうことなどないと思いませんか? 先日久しぶりに行った小樽で、女性店主が一人でやっているバルに入った。 Bar Regalo 小樽市色内の出抜小路にある。https://pbs.twimg.com/media/BVxewDRCMAEO4VO.jpghttp://t.co/I20nAa99Vn どうもバーテンの修行をなされた人のようだ。何せおじさんにはちょいと恥ずかしいくらい、しゃれた店。 ビールとウィスキー(ニッカの余市)のロックばかりを飲んだ、無粋な客だと自分で思った。 カクテルを頼むべきだったかなと反省しきり。 会話も楽しいし、コーヒーメニューもいろいろあるようだし、軽く食事をした後に、行って小樽のことをいろいろ聞いてみる楽しみができた。また来月になったら行ってみようと思う。 彼女のブログのアドレスを紹介します。 http://bar-regalo.jugem.jp
2013.10.07
閑吟集より (岩波文庫より)59 我が恋は 水に燃え立つ蛍々 物言わで笑止の蛍 注 「音もせで思ひに燃ゆる蛍こそ鳴く虫よりもあはれなれけれ」(後拾遺集) 蛍は「火垂」で思ひ(火)の縁語。忍ぶ恋や片恋の悩みにたとえる 「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」(鳥虫 山城) 以上解説より 蛍が片思いの象徴であることを初めて知った。鳴く蝉との比較での蛍のはかなさが片恋を示すのだろうか。 60 磯すまじ さなだきに みるみる恋となるものを注 59が片恋に悩むわが身を蛍にたとえたのに対し、これは一目惚れの恋ゆえに募る思いを、海辺に打ち寄せる海松布(みるめ)・・『見る目」にたとえた女の歌 一目見れば恋になるから、海辺には住むまい 風の寒さが身にしみる頃となってきた。湯豆腐がうまい季節だ。秋の食材、キノコ、鮭などがスーパーで目立つようになってきた。鍋をやるのも一人暮らしは寂しい。 でもおいしいんだよ、鍋物は、 酒のちゃんちゃん焼きもいいななどと、酒の肴のことばかり考えているけど、そろそろ来月の函館旅行の計画を立てて、予約する物はしなくては。 メインは南茅部の縄文文化交流センターへ行くこと。 函館の居酒屋でいっぱいやること。
2013.10.06

昨日は、夕方から中央バスに乗って小樽へ行ってきた。降りたのは住吉神社前、国道五号線を渡って、南小樽駅方向へ向かう。 市立小樽病院も古くなったものだ。女子校だった双葉も共学になっていた。1974年から札幌暮らし、来年で40年だものな。 いつもは車でうろつく小樽の町を、てくてく歩くのもいいもんだ。来る途中の車窓から石狩湾がはっきりと見え、望来や厚田方面が見えていた。 何かよく帰ってきたねと、迎えられている気分だ。 目的の砂場に到着。 聞いてみるとアルコールは置いていないとのこと。いつもは車だったので確かめてなかった。残念。日本酒で蕎麦というもくろみは潰えた。 でも蕎麦は食べる。 砂場を出て、バス通りに出た。「本局前」で下車。 出抜小路を見たことがなかったので、入り込んだ。 観光地化された居酒屋風のところはパスして、「ばる れがろ」に迷い込む。ビールを頼んだ。つまみは栗原のかまぼこ。 カクテルが売りの店のようだが、次に頼んだのはチリ産の赤ワイン。ちょいと甘いけど、おいしい。 続いてニッカの「余市」をだぶるで、ロックです。 10月に入って客が少なくなったという。 ちょいと小腹が空いたので、おなじ出抜小路内のおたるなるとへいき、鶏の唐揚げを買ってもどり、店主と二人でそれをつまみながら、お話をした。 本当に客が来ない。でも実に楽しい時間を過ごし、時計を見たら午後10時だ。4時間近くも楽しませてもらって感謝感謝。 そろそろ帰ることにする。
2013.10.05

閑吟集より (岩波文庫より)50 何ともなやなう 何ともなやなう うき世は風波の一葉よ 注 「何ともなや」は、元来「あら」に付いて、失望・落胆・自嘲・諦め などの気持ちを表す当時の慣用句で「しょうもないことよ」と深く悲しみ 嘆く意 人の身を波風にもまれる一葉の小舟にたとえるのは、中国および当時の五山 の詩文に多い。52 ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に 味気なの世や 注『金剛経』の「一切有為法 夢幻泡影の如く 露の如く 亦電の如し」 上記二首とも無常観が基調の調べになっている。特に説明はいらないと思う。 仏教的な諦観の中にあるのか、どう波間に浮かぶのか、定めとしか言いようのない、人生に対する思いがここにはある。 還暦近くまで生きてきて、大して荒波に出会ったと思えないが、それでもあっちに流され、こっちにたどり着くという、人生の不思議さが感じられ、思い出されるこの頃だ。 昨日の夕食 キノコがあったので、鍋にすることにした。魚も肉もない。そこで考えたのが、ベーコン。 昆布でだしを取り、そこにキノコ、長ネギ、ベーコン、にんじんを入れ沸騰させて、少し冷ましてから、豆腐を入れ醤油を足して、豆腐が動いたら加熱をやめた。 豆腐は熱を加えすぎるとおいしくないからだ。鍋から豆腐をとり、削り立ての鰹節をかけて、ちょいと生醤油をかけていただく。これが実にうまい。鰹節は枕崎かつお公社から送ってもらった本枯れ節。 これを肴に日本酒を一杯。何故か昨日はそれ以上飲む気がしなかった。 その後、池波正太郎の「編笠十兵衛」をよむ。 忠臣蔵を題材とした小説だ。 やはり池波正太郎はいいね。つい引き込まれてします。蕎麦がうまそうに描かれていて、たべたくなってしまう。
2013.10.04

歩夢歩夢でハンバーグランチ 和風ソースがおいしかった。味噌汁というのはちょいとどうかなと思ったけど、わかめのほかに、少しとろろ昆布が入っていたので、おいしい。
2013.10.03

昨日の夕方つけたいくらの丼とフノリの味噌汁 まだちょいと粒が小さいけれど、秋味だ。
2013.10.03
閑吟集より (岩波文庫より)41 げにや弱気にも 乱るるものは青柳の 糸吹く風の心地して 糸吹く風の心地して 夕暮れの空くもり 雨さへ繁き軒の草 傾く影を見るからに 心細さの夕べかな 心細さの夕べかな注 世阿弥作かとされている謡曲「稲荷(別名和泉式部)」の一節 大意は 「まこと風邪で悩み伏す弱い心は、風邪に吹き乱れる青柳の糸のように 心細い限り。夕暮れの空も曇り、軒の草に雨が激しく降り注いで、日影も 傾きかけている様子を見るにつけても、心細さがつのりゆく夕方である ことよ。」 繰り返しが心細さの表現を深いものにしている。 柳の風に吹かれる様が、心の表現になっているのだろう。 いつの時代も人間の孤独感は変わりのないものと思う。天候が悪くなると、一人でいることに不安を感じるのは仕方のないことだが、今年はも水の災害が多い。 今年の四月に、高野山から南紀の白浜へ向かう途中で見た土砂崩れのあとは、こんな山が崩れるのかと思うほど、すさまじいものだった。崩落から2年立っているというのに。
2013.10.02

狸小路五丁目の韓の香りで、ビールの肴に豆腐キムチ、そして厚岸の生牡蠣 実に大きくて牡蠣を食べたという満足感があった。 北海道には、厚岸、サロマ、寿都、知内などの牡蠣の名産地があるが、昨日食べた厚岸の牡蠣は、絶品だった。一皿2個で700円。一個スーパで袋に詰められている牡蠣の3個分はあるおおきさだった。 二皿頼んだのだが、おなかがいっぱいになってきたので1個は近くに座っていた人にたべてもらった。 その人も「おいしい」とにっこりしてました。
2013.10.01
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