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Y染色体って何だろう。DNAなのか?
Y染色体は父から息子に受け渡される。女性には決して行かない。父から息子に受け渡される時にほんの少しまれに写し間違いが起こるそうである。けれどもそれは無害なミスプリントだそうだ。その後も脈々と受け継がれる。このミスプリントの系譜が太古から現代に連綿と繋がっているとのことだそうだ。
われわれの祖先は10数万年前にアフリカにいた。そして3回にわたってアフリカを脱出するのである。インド→ヨーロッパ→アジアを辿るのである。またアラスカを経由してアメリカに達する。それぞれの地で闘争と敗走があり流転を重ねる。そこに留まって文化、習俗が生まれる。
流れ流され最後に行き着いた場所。それが日本列島らしい。日本人のY染色体を分析すると雑多な系譜の混合が見られるという。つまり、日本人は人種の坩堝なのである。
長い年月の中で我々日本人が存在しそれのDNAは他の民族が持つ要素を重ね持つというのだ。私がその辺のことを深く理解するには当然知識不足であって受け売りでしかない。
ところで、姿かたちで民族・人種を区分してしまう傾向がある。例えば先進国での他民族・他人種が入り混じっているという言い方がされる。文化や宗教・習俗などは古代に比べて新しいものなのだがどうしても肌の違いや出身の国の違いなどが強調される。或いは稲作文化、肉食生活・・・などに既定されて物事を考え区別・差別化してしまう。
例えば日本は島国で他から侵略を受けることが無いと言ったりする。中山元国交大臣が「単一民族」発言をしたりする。中山氏はアイヌ文化を理解しない人物だから単純な人である。元某幕僚長などはどう表現するのだろうか?
ものごとを考える場合に既成の概念で考えないことが大事だと思った。日本人は流れ流れてたどり着いたいろんな人種を受け継いだ、人種のるつぼだという説を読んでいろんな側面から物事を見ていく必要があると思った。
つまり、10数万年の歴史を持つDNAの存在なのだ。私の身体の中やあなたの身体にも長い長い命が連綿と受け継がれ生かされているのである。身体やこころを大事にするという考え方は規範としての道徳観ではなく、DNAの仕業なのかもしれない。
社会の中で生きて生かされる我々はどうやって命の大切さを伝え共感しあっていくのがベターなのだろう。教育なのかな?メディアなのかな?政治なのかな?地域社会なのかな?家族なのかな?・・・と、いろんなことを考えております。
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