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長年苦しんできたテーマは集団と個人の関係です。戦後の日本では「家」という長年のしがらみと個人ということがテーマであったように思います。
第二次世界大戦で苦しんできた村社会の日本は、どうしたことか戦後では感覚の上でアメリカ流の個人主義を受け入れ鬼畜米英の世相からから日米での共同防衛という方向に安易に向かいます。麻生総理もいまだに「核の傘」と表現するから苦笑せざるを得ません。
そうは言いつつも、私の苦しんできたテーマは小さな世界のことで、家族(最小単位の社会)とその中での個人という関係です。多分それはDNAの為せる仕業だと思うけど、家族は男と女が子孫を残す単位ですね?
男と女の役割分担が形成され、男は外で働く、女は家を守るのが正当のように思われています。そしてそれは日本では戸籍法(家族法)で当たり前のように扱われます。けれども消費社会が形成され女も外で働くことが当たり前になった今日ではこれまでの既成概念は崩壊してしまいます。
今度の選挙で子どもたちがどう行動するのか、それに注文をつけることはないけど、清き1票を投じない者にも意思はあると思っています。
今日は期日前投票をする予定だけどいろいろ考えることが多いです。
人間社会における組織と個人というテーマは永遠なのだろうと思いますね。いろんな政党が急に出てきたけどその辺の個人の深い思慮を考えている人達は少ないのでしょう。リーダーになろうという人達は個人の思いの集大成だろうと思うけどはたして個人の思いまで斟酌できるような人材は多くないと思っています。
だけど、投票によって意思を示すことは出来ます。では投票しない(出来ない)人達に意思はないの?その辺の思いやりというか配慮がリーダーや組織者に出来るのかどうか?人間の課題なのかな。
もう寝ましょう。
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