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明日はリバーシング+サウンドヒーリングワークショップ。今日は、みかさんの家に、楽器を持って行き、打ち合わせをしてきました。打ち合わせといっても、最近お互いに感じていることをつらつらと話しただけなんですが最近のみかさんとシンクロしている部分もあり今回のテーマや私の中のいろんなことがクリアになってきました。やっぱり、今日話すことができてよかった。みかさんは、私が出会ったヒーラーの中でも、最も信頼できる方の一人。例えば、ヒーリングの料金の設定一つにとっても、また癒しやヒーリングについての捉え方も私は彼女の考え方や捉え方がとても自然に受け入れられるのです。今日、みかさんと話していてあらためて思ったのがこれまでずっと、私は自分のことをヒーラーとはとても思えなかったということ。レイキヒーリングをやり、レイキを教えているレイキマスター&ティーチャーではありますがけして、ヒーラーではない、そう思っていましたし、そのレイキマスターとしてでさえ私に本当にやっていく資格があるのか?実は、去年の夏頃まで、私は心の奥で、ずっとそう感じていました。それは自分を卑下することでも、恐れでもなく自分の内と向かい合ってきた中で感じていたこと。もちろん、レイキを伝えてゆく自信みたいなものはあったものの、ヒーラーではないと感じていました。そして、みかさんが今日、「ずっと、自分のことをヒーラーなんてとても思えなかった」そう感じてきたと言われて、ああ、本当にこの方は信頼できるとあらためて感じました。彼女ほどの素晴らしい才能と努力を持ってしてもそんな風に感じてきたのだ、それは彼女が本当に真摯に自分の内と向かい合ってきたからこそですから。これは極端な言い方なのですが、人は人を癒すなんてことはできない。自分を癒すことができるのは自分しかないということ。ヒーラーという立場の人は、それをサポートしてゆくだけ。そういう意味で、「私は人を癒す力があります」と自分で言っている方は私はどこか信頼していないのかもしれません。時々「ヒーラーになるにはどうしたらいいですか?」とか「どういう人がヒーラーに向いていますか?」などというご質問を頂きますが、その質問は、私にとっては「私はどのくらい自分自身を愛し、すべての人やものを愛することができますか?」と言っているのと同じだと思っています。ヒーラーになりたい人を癒したいそう思っていること自体が、ある意味ではエゴですから。ヒーラーが完全に愛の状態にいない限り本当の意味での癒しは起こらない、相手を自分が癒そうとした途端、そこに相手をコントロールしようとするエゴが存在している、最近、そのことをつくづく感じています。そう、先日、ここに書いたように、サウンドヒーリングであっても、癒そうと意図すれば、それは違った方向に導いてしまうのですから。何かのヒーリング技術を修得したから、ヒーラーになれるそう思っている方もいますが本当の癒しは技術やテクニックではないことをいつも感じます。自分の内を見つめれば見つめるほど見たくないものも見ていかなければならなくなります。天とつながるのは、ある意味、簡単なことなのかもしれません。でも、しっかりと肉体を持ったこの次元で、自分の内側を見ていく必要があるのだと今日、みかさんと話しながら、強く感じました。そして、今思えば、私の中で、去年の6月のペルーの旅の後ぐらいから、何かが変わり始め、最近、少しだけヒーラーとしての覚悟みたいなものができてきたように思います。(もちろん、あくまでもヒーラー=癒しをサポートする人という意味でですが)覚悟というのは、達観しないで、小さなことに向き合ってゆくことだとみかさんが言われていました。そう、以前の私は達観してしまっていたのですね2年ほど前まで、私は今生でアセンションすることばかりを考えていた時期がありました。その時期の私にとっては、お金とか仕事とか人間関係とか、ある意味、どうでもよかったのです。でも、最近、ようやく、私たちが、わざわざここに肉体を持ってやってきたことの意味をわかりはじめてきたように感じています。そんな時期に、みかさんと出会いこうして、一緒にワークショップを開けることができるのは私にとって、天の恵みであって、本当に大きな転機だったのだなあとつくづく感じています。まさに変容の時期だったのですね。そして、今回、とても感動したのは先日、おさむと植物を使ったワークをやった時のこと。私とおさむは、その時、完全に愛の状態にいたのですが2人で、みかさんへ愛と感謝のエネルギーを送ったのです。それは、遠隔レイキではなく、ただ2人が感じていた光のエネルギーを送ったのでした。「このエネルギー、みかさんにちゃんと届いているかしらね~」そう私たちは言っていたのですが私たちがエネルギーを送ったその頃に、彼女が丁度地下鉄に乗っていて、降りた瞬間に、急に祝福のエネルギーがど~んとやってきて、号泣したという話を、その翌日に聞きました。彼女はしっかりと私たちが送ったエネルギーを受け取ってくれていたのでした。ああ、やっぱりつながっている。やっぱり、大切なことは、ただハートなのだ自分が愛の状態にいることだけ。ただ愛を光を送ればそれでいいのだ。テクニックや技術なんて、二の次のこと。そのことをしみじみと感じています。明日のリバーシングワークショップまたいろんなことがやってきそうですが、ただ愛の状態でいたいなあと思っています。何があったとしても、完全に守られているのですから。ラブ@Monument Valley 今度の旅もここに行きます。
2010年04月30日
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あなたは、けしてひとりぼっちでないことを知ってほしい。例え、周りに誰もいなくても。家族も恋人も友人さえもいなくても。たくさんの目に観えない存在たちから守られていることをどうか知ってほしい。だからこそ、あなたは今ここに存在しているのだから。あなたがここに生まれてきたのはけして偶然ではないのだから。あなたはこの世界に必要な人間であることを知ってほしい。愛されている存在であることを。祝福された存在であることを。どうか、風の音を聴き、木を抱きしめて太陽の光を全身で感じてみて。あなたがどんなに祝福された命を受けているのかを感じることができるから。ここに今、存在していることが、どんなに素晴らしいことかを感じることができるから。あなたは幸せになるために、この世界に生まれてきたのだから。時々、思いっきり落ち込んでもいい。泣いてもいい。でも、あなたはけしてひとりではない。この世界とつながっているのだから。身体は別々でも、意識はすべてつながっているのだから。どうか、いつもそのことを覚えていて。だから、今日、あなたは、ここに来てくれたのだから。ありがとうLOVE
2010年04月30日
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先日の交流会の感想を頂いたので、またこちらでシェアさせてくださいね~ありがとうございますまずはMさんから先日のレイキ交流会、素晴らしかったです。特に変容というテーマは私には必要なものだったので、参加できて本当に良かったです。レイキサークルは前回よりもパワーを感じ、指の間にもビリビリとエネルギーが伝わってきました。そして変容の瞑想では、先生の言葉がすんなりと心に響いて、感謝したい人たちの顔を思い浮かべていくうちに涙が出てきました。心が洗われるような、素敵な体験でした。そしておさむさんのサウンドヒーリングも素晴らしかったです。ギターの音色を生で聴いたことが無かったのですが、あまりにも優しくて、温かかったのですっかり癒されました。色々な種類の音色があると本当に想像力を掻き立ててくれますね。前半はまるでスライド写真を見ているかのように、いろいろな情景が浮かんでは消え、各々はつながりはなく、殆どが初めて見る光景だったのですが、なんとなく懐かしい気がしました。今年は自分にとってまさに変容の年のようです。前よりも積極的になり、活動的になり、それによって後悔することもありません。逆に最近は、いろいろなことに感謝することが増えました。先生の仰るように、感謝の気持ちを抱くと心が落ち着きますね。読んでいて、心がほっと暖かくなりました感謝できる方は、幸せを感じる力のある方。その人が幸せであるかどうか?は、その状況で決まるのではなくその人に幸せを感じる力があるかどうか?なのですから。すべての瞬間に大いなる祝福を、幸せを感じていること、それこそが、魂の本質なのですものねそして、こちらはSさんの感想です。交流会の中でのりこさんが「自分はこうだ、と決めつけないで。レイキのことも、感じないと思ったら、感じなくなってしまう」とおっしゃっていたことがとても心に残っています。そういえば私はいつも自分のことを決めつけてしまっているように思いました。自分の言った言葉で、私は自分をがんじがらめにしているのかもしれません。そんな風に感じ、いつも通りレイキをして休み、日曜日に二つのことが起きました。一つ目は、主人にレイキをした時のこと。頭が痛いと言う主人に、一時間半レイキをしたんです。レイキをしている間、彼は母に甘える子供のように安心しきって身を任せてくれました。(注?主人はバリバリの亭主関白な九州男児で、普段は全くもって私に甘えるようなことはありません。笑)そして主人に言われました。「お前のレイキ、すごいなー。」すごくすごく、嬉しかったんです。二つ目は、なーんと私のアレルギーにレイキが効果をもたらしました。これにはビックリ。私はひどいアレルギーをもっていて、目があまりにも痛くて夜眠れない時があるんです。レイキをするとましになるかなと思い、目にレイキをしました。すると、ましになるどころか、全く目のかゆみがなくなり、これにはかなり感動!!!もっと早くすれば良かった。自分の目に「ごめんね」と謝ってしまいました。私にはレイキの力がないのではないのか、というのは実はそう表現する時点で既に誤りで、レイキは「私」のパワーではなく、「宇宙」のパワーだから、そのパワーを素直に受け取ればいいのかなと、そう思えるようになりました。だからのりこさん、ありがとうございます。私は今回、とっても大切なことを学んだような気がします。例えば、レイキを受けに来られる方の中でまだクラスを受けて間もなくてほとんどヒーリングもやっていないのに、または、まだクラスを受けてもいないうちから「私はエネルギーを感じにくい人なのです」とか「私にはこういう(ヒーリングの)力はないのではないかと思うのです」と言われている方がいらっしゃいます。その言葉や思考によって、自分の潜在意識は、そのように思い込むことになりよりエネルギーは感じにくくなるしヒーリングの力はないと感じるようになってゆきます。私たちの思考は、私たち自身をコントロールしてしまいますからここまでしかできないと決めつけることによって、自分の内なる声を無視してしまったり新たな可能性に気づかなかったりします。もちろん、好きじゃないこと、興味がないことはやる必要はないし別に出来なくてもいいですが、自分がやっていること、これからやりたいこと本当はできたらいいなあと思っていることに関して限界を作ってしまわないことは大切。自分にはどんな可能性でもあると感じていれば天からのメッセージをしっかり受け取って、自分の道を進んでゆくことができますね。変容するということは、より自分の本質に気づいてゆくこと。自分の本質は、無限の可能性を持った存在ですから♪だから、その可能性を与えてくれている天に感謝ですし周りに感謝なのですね~。周りの方々が素敵に変容されていくにしたがって、ますます私も自分の本質に近づいていく感じがしています。ありがとう~@Acoma New Mexico
2010年04月29日
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今日は『ガラスの仮面』のお話。ご存知、美内すずえの長編アニメですが、学生時代に夢中で読んだのが最初で、それから何度か読んだもののもうかなり昔のことで、続きも読んでいないのでその後、紅天女はどうなっているのか、知らなかったのですが今44巻まで出ているのですね~と、つい先日、おさむがこのガラスの仮面の2005年に放映されたテレビ番組をネットで見つけてちょっと見てみたら、不覚にもはまってしまいました旅行の前にやっておくことがいろいろあるのに~~でもやっぱりおもしろい♪北島マヤが、あれだけすごい才能を持ちながら、いつも「私には何の取り柄もない」と思うところや、毎回のように、酷いいじわるをする登場人物が現われてマヤが困難に陥れられることになるところなど、古い時代のアニメだなあと感じるところは多々あるもののそれでも、見ていてわくわくするし、続くを見たくなります。こちらでガラスの仮面の映像が見れます。51話まであるようです。私は、まだ半分ぐらいなので、残りを見るのは旅の後になりそうですが。ガラスの仮面 2005年版ということで、これを見ていたら懐かしくなったので今日は趣向を変えて?私の音楽のご紹介です~「梅の谷の伝説」私がこのガラスの仮面の中のメインの物語紅天女のお話にインスパイアされて作った曲です。おさむとのユニット、ソラリスのCD「木霊の住む森」の中の2曲目に入れています。チェロのソロの部分は、おさむと2人での作曲。NY在住のチェロ奏者の方に演奏してもらいました。こちらのサイトで「木霊(こだま)の住む森」の2曲目「Legend of the Crimson Forest』をクリックすると試聴できますので、もし、お時間のある方は聴いてくださいまし。Mother Earth Sound 「梅の谷の伝説」 Song by Norico 紅の谷に住む木々のささやき 遥かな昔の幻を映す 深い森を越え、消えるこだま追う 夜のしじまへ 千年の時を舞う梅の伝説 はかない悲恋の面影を語る 赤い霧の道 ひびく神の声 光渦巻いて 天地を揺らす あなたが残したものを この身が朽ち果てるまで 受け継いだ魂の恋人 風となって舞い上がり 水となって流れゆく 哀しみの時を凍らせ 永遠の夢、咲かせる久々にソラリスの宣伝もしちゃったよ~
2010年04月28日
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キネシオロジーのセラピーでは自分の目標(ゴール)を設定してそれに対して、潜在意識を調整することをやることが多いのですがたぶん、これまでに一番多くみなさんが目標にしているゴールは「自分に自信があります」ではないかな~と思います。実は、これ、本人の(表の)意識では自分に自信がないとは思っていないのですが潜在意識では、自分に自信を持っていなかったとわかることがけっこう多いのです。昨日も自信とは一見関係がなさそうな問題についてセラピーを行っていたのですが、その根本原因をいろいろ探っていくうちに結局、潜在意識は「自分に自信がない」と感じていることが分かり、それが、そういう問題につながっていたのだということがわかりました。なので、「自分に自信があります」を目標設定にして潜在意識を調整したら、その最初の問題も調整されていました。実は、今日来られた方もこの自信に関しての調整を行ったのですがここ最近、3、4人続けてキネシオロジーのセラピーでやっていて、シンクロしています。自分に自信がないから、ヒーリングやセラピーを受けても自分の感覚に自信が持てず、それがピンと来ないことにつながってしまっていたり自分に自信がないから、他の人の目や評価が気になってしまっていたり自分に自信がないから、他の人にコントロールされてしまうのが怖いという恐れを持ってしまっていたり、、自分に自信がないと潜在意識が感じていると、様々な問題につながってゆきます。そういう時に、その問題に関して調整しても、上手く行かないことがあるので、まずは「自分に自信があります」で潜在意識を調整することが多いのです。キネシオロジーのセラピーでは、セラピーを受ける方がゴールを決めるのであって、セラピストはそれに従って調べたり、調整していくだけなのですがそのゴールがよくわからない方や、根本的な問題に気づいていない方も多いので、最近は、一つ一つについて確かめながら一緒にその方のゴールを見つけてゆく作業も、大切だなあと感じています。この自信がない理由なのですが、特に何か挫折を味わったから自信がないというわけではなく自分の表面的な意識では気づいていないのに、潜在意識は自信がないと感じている、ことがあります。これは、幼少の頃からのことを含め、様々な原因がありますからこれも人それぞれなのですが。周りから見て、本当に素敵な人だなあと思うような方でも、その方の潜在意識では自信はないと感じているというのはほんとうによくあります。一方、自信がありすぎると、謙虚さが足りなくなると思っていらっしゃる方もいますが、自信があることが、謙虚でないことにはつながりませんし本当の自信は他人との比較の中からは、生まれて来ませんから他の人を見下したり、自分が一番などということにはなりません。他の人との比較で得た自信は、もし、別の人が自分より勝っていると感じればすぐに失われてしまいますしね。なので、本当の自信ならいくら持っていてもいいと私は思います。自信は、自分自身を信頼すること。そして、それは、自分に対してだけでなく人生の中で起こることのすべてを、この宇宙を信頼することから生まれてくるのです。なので、困難や障害が起こって、それを乗り越えて来られた方の中に自信を持っている方が多いのはやはり、人生の中で何が起こったとしても、結局は上手くいくことがわかっているので本当に自分の人生を信頼してゆくことにつながり、それが自信になってゆくから。そういった意味で、私がこれまでいろんな困難や問題を経てきたのは今から思うと、私の財産なのだなあとつくづく感じて感謝で一杯になります。セラピーやヒーリングの場で、例えどんな方が来られても、大丈夫だという自信が私の中のどこかにいつもあるのは、そのおかげですから。また、昨日の交流会のような変容のワークや豊かさのワークなどができるようになったのもこれまで失敗や上手く行かなかった経験が多くあったからこそですしほんとうに失敗も含めて、人生のすべては素晴らしいことへとつながってゆくのだなあと感じます。なので、今、何が困難があるとか、上手く行っていないと感じている方こそどうぞ自信を失わずに、自分を信頼していてほしいなあ、と思います。人生の中では、無駄なことは何一つ起こりませんものね海の中では自信がないの
2010年04月26日
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昨日のレイキ交流会も無事終了、とても楽しく過ごしました今回も、私とおさむを含めて12名。うちレベル1の方が4名、レベル3が5名とバランスもよかったです。毎回そうなんですが、集まってくださった方々も、ほんと素敵な方ばかり。終止和やかで、楽しい雰囲気でした。今回はテーマが「トランスフォーメーション」ということもあってか、やはり、最近、変容を感じていらっしゃる方が多かったようです。実は、昨日の朝、6時半頃、私は目覚めると咳が止まらず、喉が痛くなっていて、風邪の初期症状が出ていました。原因は明白交流会の前日に、交流会のお茶会のためのおやつを作っていて、それをいろいろ味見していて、つい食べ過ぎてしまっていた上に、その日の夕方、夕日を見に行ったのはよかったのですがとても寒くなって、身体が冷えてしまったからです過食に冷えや疲れが重なると、風邪をひきます。過食していなければ、少々疲れたり、冷えたりしても大丈夫なのですけどね。やっぱり、身体はてきめんに反応してくるな~と思いつつ、こんな咳が出ていたのでは、その日のガイド瞑想が出来ないので何とか始まる前までに治さなくてはそう思って、まずは30分ほど、胸にレイキをあてました。胸のレイキのポジションは、免疫や新陳代謝と関係が深い胸腺にも関係しています。この30分の胸へのレイキだけで、咳は止まり、ほぼ回復しました。その後、免疫に関連している脾臓と、消化に関係する小腸のリンパ点の刺激、そして、身体の各リンパ節を軽くマッサージ。最後に、エプソム塩入りのアロマバスに入って、完全復活。やっぱり、レイキはすごいなあ~と、レイキ交流会の当日の朝にあらためて感じていたのでした。効く時は、けっこう即効で効きますしね♪ということで、トランスフォーメーションのガイド瞑想も無事終えることができました。おさむ曰く、今回のガイド瞑想がこれまでの中で一番しっかり入ることができた、とのこと。参加された方の中でも、ガイド瞑想中に自然と涙が出てきたといわれていた方がいらっしゃって、よかったな~と。自然に涙が出てくるのは、潜在意識にその言葉が届いているからですので♪この交流会の時に行っているガイド瞑想は、私のオリジナルです。事前にテーマに添って、思いつくままに文を書いてゆきそれを何度か、自分で読みあげながら、それがイメージしやすいものであるかどうか不自然な言葉でないかどうか、アファメーションとしても機能するかどうかなど、チェックして文を練り上げてゆきます。これまでは、その文を完全に丸暗記してから行っていたのですが今回は暗記せず、時々、紙を見ながら、またその場の自分の感覚のままに言葉を変えて行ってみたら、その方が自然だったようです。今回は、ガイド瞑想にパワーストーンや石を使ったワークも取り入れてやりました。さて、このトランスフォーメーション(変容)なのですがみなさんにも説明したのですが、チェンジ(変化)との違いはチェンジは、小さな変化であり、根本的な変容とは違うことトランスフォーメーションは、本質に気づき、根本的に意識が変わること。なので、例えば、仕事を変わるというようなことに関してもいくら仕事内容が変わったとしても、同じ意識を持って同じような問題を繰り返していたら、それは変容とはいえないということ。このトランスフォーメーションワークに関しては、瞑想の前に、それぞれ、ここ数ヶ月ぐらいに感じているトランスフォーメーションとまたそれに関して感じていることをノートに書き出し、発表してもらったのですがこれがまた素晴らしかったです。それぞれが、いろんな意識の変容に気づき、しっかり、自分の内を見つめていていや、もうみんなすごいなあ~とあらためて感じたのでした。私自身のここ数ヶ月ぐらいの変容に関しても、かなりいろいろあるのですがこういう交流会やリバーシングの会を開いて、グループで意識を高めてゆくことの素晴らしさについて、強く感じるようになったのもここ最近のことですし、こうして、いろんな方たちの素晴らしい変容をサポートしてゆくことが私が、より本質に気づいてゆくことへとつながってゆくと感じています。さて、おさむのサウンドヒーリングも、これまでとは、ちょっと変わって今回はネイティブアメリカンのドラムは使わず、ギターが初登場。いや、とうとうギター出てきちゃったのね~という感じですがとても優しさを感じたとか、いきなり視界が開ける感じがしたなどみなさんにかなり好評でした。サウンドヒーリングの間ビジョンが観えたとか、身体が重く感じたなどいろんな感想があって同じ音を聴いているのに、これだけ違った感じを持つのって本当におもしろいです。今回、おさむの奏でる音が、よりピュアになったような感覚がありました。先日のワークで、私が音に意図をこめてはいけないということ実感したことを書きましたが、おさむは、今回のサウンドでしっかりとそれを実行していました。自我が入ると高度なテクニックは、時にツーマッチな感覚になるのですが天とつながった状態の時に、テクニックを使うと、それは素晴らしい感覚になります。私自身の感想では、最初、サウンドヒーリングが始まってすぐに全身がびりびりとしたエネルギーに包まれ、こりゃすごいな~♪と感じていたのですがクリスタルボウルの音で、あっという間に別の世界に行ってしまいましたところが、その後、ギターが鳴り始めた途端、す~~~っと意識が戻ってきたのでした。私にとって、ギターは、この世界での音、グラウンディングであり音楽なのだということをあらためて感じました。参加者の中でも、ギターの時は音楽としてメロディーを追っているといわれていた方がいらっしゃいましたが、確かに、単なる音として捉えなくなる分、別の世界に行ったり、別のビジョンを観たりすることは少なくなるのかもしれませんがその代わりに、音楽による癒しは感じることができるしそれはそれで素敵だなあと思います。おさむのサウンドヒーリングもいろんな方向性が出てきてますます今後も楽しみです。こちらは、サウンドヒーリングが始まる前の風景。目隠ししているから、ここに載せてもいいよね?今回からサウンドヒーリングの間は目隠ししてもらうようにしたのですが、やはりその方がより音に深く入れるので、よかったです。そうそう、おさむはちょうど8日間のコロンクレンジングの真っ最中で昨日は断食中だったのですが、終わった後、身体がとても軽く全く疲れていなかったそうです。やっぱり食べ過ぎの方が、身体は疲れてしまいますね~(交流会のおやつ食べ過ぎだったかも)次回のレイキ交流会は6月に行う予定でいます。今回も定員一杯で、何人かお断りしてしまったので(ごめんなさい!)次回はできれば2回、行いたいと思っています。昨日もそうだったのですが、もうみんなでこういうワークをするとすごいエネルギーで身体が熱くなるので、7月8月はさすがにこの家では熱過ぎで無理そうなので、交流会お休みかな~と。さて、今日はこれからレイキのクラス。今日はレベル3のクラスなので、また深いものになっていくことでしょう。気分を一新して、全力で望みたいと思います~~ギターのある風景
2010年04月25日
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昨日は、アースデーでしたね私は時間がなくて、行けなかったのだけれどおさむは笛やネイティブアメリカンのドラムを持ってセントラルパークで母なる大地への奉納演奏に行きました。おさむが演奏を始める前まで、雨がぽつりぽつりと降っていたそうですが、演奏を始めた途端に止んでその上だけ、ぽっかり晴れていたのだそう。そして、演奏が終わった途端、また雨が降り出したのだそうです。きっと、演奏を喜んでくれたのでしょうねさて、私の方は、昨日は、仕事の合間に、途中まで描いていた作品を完成させました。このところ、絵を描く時間がなくて、昨日を逃すと、これからあと1ヶ月間は、絵に取りかかることができなかったので。旅の前に仕上げたいなあと思っていたので、出来上がってよかった~♪こちらが、出来上がった作品。私のパワーアニマルアースデーに完成したので、母なる大地に感謝とともに捧げますさて、明日はレイキ交流会♪どんな会になるか、楽しみです~今日は、昼からレイキのセッションが一つ入っているだけなので、それから準備に取りかかります。今日から、5月3日からのアリゾナの旅まで、ノンストップ旅の準備は、すべておさむに任せて、私は今やるべきことに専念しています。今日は、ほんといいお天気こうやって掃除したり、準備をするのも楽しい♪夕方には夕日を見に行けたらいいな~~♪今を精一杯生きよう~~
2010年04月23日
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今日は足のウオノメとスニーカーのお話。(先日は至高体験で、今日はウオノメ?何でもありよね~)実は、私は長い間、足の裏のウオノメに悩まされてきました。(そんな告白をされても困る?)ちなみに、たことウオノメの違いは、ウオノメは白い芯があって押すと痛いのに対してたこは押しても痛くないのだそう(って、どうでもいいかしら?)私のウオノメは、両足にあって、これまでありとあらゆるウオノメ取りやたこ取りのリムーバーやパッチを使ってきました。が、完全に芯が取れていないためか、取ってすぐは大丈夫でもしばらくするとまた出来てくるのです。そのままにしておくと、もう歩く度に痛んで、足を引きづりながら歩くことになってしまいますので定期的に取らなければなりません。「私はいくら身体が健康になってもこのウオノメとだけは、一生縁が切れないのかしら?」と、嘆いておりました(たかがウオノメ、されどウオノメ)そのウオノメとさよならしたのが、数年前にある靴と出会ってから。それはMerrell(メレル)という登山メーカーのスニーカー。それまで、どんなスニーカーを履いてもウオノメは痛んでいたのにMerrellを履き出してから、全くウオノメの痛みがなくなりました。スニーカーをこのブランドに変えてからは一度もウオノメができておらず、今は、ちょっと堅い部分はあるものの、押しても痛くないし、もう芯もありません。このメーカーのスニーカーと出会ってからは、他の靴やスニーカーをほとんど処分しました。というわけで、私がスニーカー以外の靴を履かないのは単に履く機会がないというだけでなく、ウオノメのためでもあるのですけどね。と、先日、レイキのクラスに来られた方が変わったスニーカーを履かれていてそれがMBTというブランド。何でもマサイ族の歩き方をモデルに作られたスニーカーで砂の上を歩くような感覚であるけるとのこと。あ、これはいけるかも?と直感的に思って、ちょうど私と同じサイズだったので試しに履かせてもらうと、底が厚く、そして底は丸くなっていて、ただ立っているだけでふらふらします。すぐに上手くは歩けませんがこれを履くだけで、自然と身体の歪みが矯正され正しい歩き方になるので、疲れにくくなるそう。ちなみにこちらは、MBTの日本語HPなるほど、先日アレキサンダーテクニックで歩き方を矯正してもらったのですが、私は足のかかと部分に体重をかける癖があるのでこのスニーカーなら、かかとは丸くなっていて体重をかけれないので、自然と矯正されそうです。早速、ネットで購入して先日到着。昨日、初めて履いてみたらまだ慣れないせいか、確かに不安定なので、ふわふわした感じ。普段使わない身体の筋肉を使っているのを感じます。階段の上り下りなどは、ちょっと不自然な感じがするのですがまっすぐの地面を歩いている分にはよさそうです。しばらく履いてみないとわかりませんが問題のウオノメも、このやわらかな感覚だと大丈夫そうただ、このスニーカーだと、ちょっとグラウンディングができない感じです。特に電車の中で立っていたり、座っていたりする時に私はなるべくグランウンディングをするようにしているのですがこの靴だとそれが、上手くできない感じで、なんか心もとない。しばらく履いてみて、慣れたら変わるかしら?近くの公園を歩くのはいいかもしれません。また、しばらく履いてよかったらご報告いたしますね~やっほ~~
2010年04月22日
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昨日の夜、自分で胸にレイキを当てながら、こんな天国みたいに気持ちいいものって、他にあるかしら~と感じていました。まるで、天国で暖かな雲の中に浸かっている感じ日によって感じ方は違いますが、昨日のレイキは、それぐらい気持ちよかったです。時々、レベル1を学んですぐの方の中で「手を5分も一つの箇所に当てるのががまんできません」と言われる方もいらっしゃるのですが、実際、私も最初のうちはそうだったので、その気持ちもよくわかります。でも、不思議とそれが変わってゆくのですよね~今は、1つの箇所に1時間だって当てておくことができるし気持ちよ過ぎて、もう永遠にこのまま手を当て続けたいと思う時があります。一度、この気持ちよさを味わってしまったら、少々のことでは満足できなくなってしまうかもさて、そのぐらい気持ちいい自己ヒーリングなんですがでも、やっぱり他の人にヒーリングしてもらうとまた別の気持ちよさ♪以前、みかさんに自己ヒーリングでは、ヒーリングしきれない部分も出てくるのでもっとのりこさんが個人セッションを行っていった方がいいとアドバイスしてもらったことがあるのですが確かに、自己でメインテナンスするだけでなく時々、他のヒーラーのメインテナンスを受けるのも大切なこと。私のところにもクラスを受けた後も、定期的にヒーリングセッションや復習レッスンを受けに来られる方が何人かいらっしゃいますがヒーリングした後、みなさん言われるのが「やっぱり自己ヒーリングより気持ちいい」そりゃ、そうですよね~自分でやるより深く入ることができるし自分では手が届かない背中の部分も受けることができます。また自己ヒーリングでは、ヒビキも感じないので、自分のどこにエネルギーが必要かもわかりづらかったりしますが他の人にやってもらえば、より効果的にヒーリングができます。なので、一番いいのは、そうやってクラスを受けた後も時々、私のところにレイキセッションを受けに来て頂くことなんですがでも、私は仕事でこれをやっているので、ちゃんとお金も頂かなければならないし人によっては、それほど経済的に余裕がない方もいらっしゃるかもしれません。それで、少し前から思っていたのがクラスを受けた方同士のヒーリングエクスチャンジ。レイキのクラスを受けた後で、他の人へのヒーリングを行いたいけれど自分の周りにあまりヒーリングに興味がある人がいなくてチャンスがないと言う方もけっこういらっしゃるのでそういう方たちが、お互いにヒーリングしあうヒーリングエクスチェンジの機会があればもっとヒーリングのレベルが上がっていくなあと。ヒーリングを行う練習が出来て、またヒーリングを受けることもできるし。特にいつかは、マスターコースを受けたいと思っているような方はできるだけ多くの人をヒーリングした方がいいですしね。(なので、レベル1~3の方が対象になりますが)とはいえ、私が一人一人のスケジュールの調整したりする時間はないので、月に1度か2度、今月のヒーリングエクスチャンジ希望の方の名前を募って、それをリストにして、希望者に送り、その方たちが、自分が行いたい日を、その方自身でリストの方たちにエクスチャンジ希望のメールを送るようにして、場所はどちらかの家で行うように、お互いで決めてもらうようにしたらいいかなあと。と、これは、まだ私が考えているだけで実際、上手く機能してゆくかどうかわからないのですが。試しに、アリゾナの旅から戻ってきたら、ちょっとやってみようかな~と思っています。きみもエクスチャンジしたい?
2010年04月21日
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前の日記の続きです。さて、昨日のこのワークを行う前日に、 私たちは、あるシャーマンサークルに参加していました。 そこで、シャーマンの太鼓によるジャーニー(意識による旅)を行いました。 たった10分ぐらいのものでしたし、私たちは、 特にはっきりとしたビジョンを観ることはなかったのですが、 その後で、みんなで体験をシェアした時に ほぼ全員がすごいビジョンを見ていて、 その壮大なストーリーを話していました。 それを聴きながら「本当にこの人たちはこれを観ていたと思う? たぶん話作っているよね」 と私とおさむは後で言い合いました。 日本人なら、こういうことはまず起こらないのですが アメリカ人は、とにかく自分が発言したり主張することを重要視するので、 見てもいないビジョンをでっち上げてでも、話すだろうと。 シャーマンがどんどこと太鼓を10分間鳴らしただけで (しかもおもちゃのような小さな太鼓だったし) みんながこんな信じられないビジョンを観て、ジャーニーを行ったなんて ちょっと信じられませんでした。 そして、昨日、そのことを思い出しながら、 ああ、私たちは知らず知らずのうちに ジャッジしていたのだということに気づきました。 体験をシェアすることは、素晴らしいことなのですが その時に、完全に愛の場にいないと、 比較してジャッジすることになってしまうのです。 例え、その人たちがストーリーやビジョンを作り上げていたとしても それはそれでいいのですね。 ビジョンを作っていることそのものが、ビジョンを観ていることに 他ならないのですから。 例えば、昨日も、このビジョンを(潜在的にですが) 作っているといると言えばそうだし、 自然と観えていると言えばそうなのです。 イメージを作ることと、観えることの違いは何もないのだということに あらためて気づきました。 そして、こういうシェアリングは気をつけなければいけないなあと感じました。 今度のレイキ交流会で、サウンドヒーリングを行った後に みんなでその体験をシェアしてもらおうと思っていたのですが これはある人にとっては「私はそんなすごいビジョンを観なかった」とか 「私はそんな風にエネルギーを感じなかった」と比較することになってしまうのだと。 判断したり、比較したりしてしまうと、その体験そのものが その枠でしか捉えられなくなってしまうのですね。 大切なことは、ビジョンを観るか観ないかではくその時、自分が何を感じているかが全てなのです。さて、ワークを初めて5時間ぐらいたって、 異次元のビジョンも観えなくなり、周りの風景もしっかりみえて 歩けるようになったので 私たちは夕日を見に、近くのサンセットパークに行きました。 この日の夕日は、パーフェクト(太陽はいつでもパーフェクトですが) 全く雲がない晴れ渡った空に輝く太陽が私たちのセレモニーを 祝福してくれていました。 なんという幸せ。 どこにも行く必要なんてないんだなあ、 太陽はいつもそこに輝いているのだから。 ああ、もう生きているだけでいい。 存在するだけでいいんだ。 何かを達成する必要なんてない。 何者にもなる必要はない。 ただただ自分自身でいる。 ありのままでいればいいのだ。 それから、家に戻って、今度は2人で音楽を聴きました。 昼間、ビジョンが強烈だった時には、ヘミシンクのDVDの音楽をかけていて それも私たちのビジョンととても合っていてよかったのですが 夜になって、パットメセニーやバロックや タンゴなど、最近、あまり聴いていなかった音楽を聴きました。 ああ、音楽って、生きることへのcelebrationなのだ。 今、ここに存在する喜びその瞬間瞬間を祝うこと。 私たちは、次々といろんな音楽をかけながら 笑い、泣きました。 哀しみも悲しみも喜びもすべてが美しい。 私たちが感じる感情はすべて美しい。 そして意外にもソラリスの音楽も素晴らしかった(←かなり自画自賛) 14年ぐらい前に作った私たちの音楽を聴いていると 当時、闇から何とか光の世界行こうともがき、 いつかきっと行けると信じながらも まだ何も観えていなかった私たちの意識が伝わってきて それもまた、愛おしく美しいと感じました。 ああ、やっぱりすべては完璧だった。 あの時期に、苦しんだり、悩んだりしたこともすべて素晴らしかった。 だからこそ、今、この瞬間に、光の中にいることの素晴らしさを 感じることができる。 闇も光も、すべては美しい今回のワークは、前回にも増して、素晴らしい体験でした。その体験の中では、ビジョンはほんの一部の要素に過ぎないこともわかりました。限りない気づきがありました。またレイキの奥深さもあらためて感じることができました。そして、ただここの存在していることの喜びを感じていました。あの感覚を普段の意識の中で少しでも感じていることができますように。 すでに光の中にいること。 それを思い出すだけ。 いつの日か、この感覚を多くの人たちとシェアしたい。 そして、ここに今存在している一瞬一瞬をCelebrateしてゆきたい。 全ての生は、祝福されています。 すべての存在にありがとう意味不明なところも多々あるかもしれませんが 読んでくださって、ありがとう。 らぶ
2010年04月20日
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昨日、私とおさむは、植物を使ったワークをやりました その体験を再びここでシェアしたいと思います。 ジャッジや判断を手放して、ただこういうこともあるのだと 受け取って頂けたなら、 本当にうれしいです。 ありがとう~このワークの初めに、私たちのこの旅が完全に守られているように、 アセンテッドマスターや高次元の存在たちに祈りを捧げました。 このワークは、私たちの内在している意識がそのまま反映されるので 恐れや不安を持たず、完全にすべてを信頼して行う必要があるのです。 今回は、前回に比べると、視覚に来るのは遅く、 最初、意識だけが覚醒している感じでした。 『今回は、ビジョンなしで、学ぶ必要があるということなのかしら?』 そういっていた矢先に視覚に入ってきました。 『ふふ~何でもすぐに結論を出そうとするのは悪い癖だね~』 様々な色に変化してゆく美しい羽や渦巻きや泡の中で、 私たちは泳いでいました。 本当に美しい世界 壁もドアもこの次元のものは何も見えなくなり、 完全に別の次元のものを観ていました。 前回と同じように、大いなる祝福を受けて、 その圧倒的な愛の中で、私もおさむもわんわん泣きました。 そして、笑いました。 私たちは、何も必要がない、ただ存在するだけでいいのだ その感覚を再び思い出しました。 前回もそのことを強く感じたのに、また普段の生活の中では その感覚を忘れてしまっているのですね。 そして、今回のワークは、音の素晴らしさを あらためて体験することになりました。 私たちが完全に光の中にいた時、 おさむがネイティブアメリカンのドラムを鳴らし始めたのです。 すると、私がそれまで見ていた光や祝福のビジョンは消えて いきなり、暗い世界へと場面が一転しました。 そして、胸に重い圧迫感を感じました。 一体何なのだろう?これは私の中の闇なの? こんな重い部分が私にもあったのかしら? そう思って、見ているのですが、私の中に 恐れや不安の感情は、一切ないことに気づきました。 とても暗い中にいて、ど~んと重い雰囲気なのに、 私自身には恐れは全くないのです。 その時に、急にトイレに行きたくなって、行ったのですが トイレに入った後に、それが何だったのかわかりました。 それは、おさむが音にこめた意図=自我に反応していたのでした。 ああ、そうなんだ 音を鳴らす時に何かを意図してはいけないのだ。 何かビジョンを観させようと意図すれば、それは 聴き手を間違った方向に導いていってしまう。 おさむは、知らず知らずのうちに、太鼓を叩きながら 私に何かビジョンを見せようと意図してしまっていたのです。 おさむは最近、シャーマニックワークを学んだために逆にそれをちょっと意識してしまったのかもしれません。そのことが本当によくわかったので おさむに話して、全く意図せずにただ音を鳴らしてもらいました。 そうすると、また私は深い安心感とともに、 光の世界に戻りました。 ああ、本当に音ってすごい ♪その人そのものが、ダイレクトに伝わるのだから。 だからこそ、サウンドヒーラーは、完全に自我をなくし 無の状態で音を鳴らす必要があるのだ。 ただ無心に音を鳴らす。 このことが普段の意識の中では、いかに難しいことか。 レイキも相手を癒そうとか治そうとか意図することなく ただ無心に手をあてることが大切なのですが 知らず知らずのうちに意図してしまうことがあります。 音を鳴らす時も、完全に無の状態でならす必要があるのですね。 そして、無の状態とは光の状態であることも気づきました。 ただただ光の状態でいる。 そうすればエゴが入り込む余地はないのですから。と、考えてみれば、これはすごいことです。 昨日のように完全に光の中にいる状態では、それは簡単なのですが 私たちの普段の意識の中では、ついエゴが出てきてしまいますから。 サウンドヒーラーとは何と大変なことなんだろうと。 いくら素晴らしいクリスタルボウルを鳴らそうが、 その人にエゴがあれば、音にそれが入ってしまうのです。 逆に言えば、使う楽器は何だって構わない。 例え何の楽器を鳴らしたとしても、サウンドヒーラーが光であれば そのヴァイブレーションは伝わってゆくのだと。 そして、もしも、音楽家やヒーラーに訓練や練習が必要だとしたらそれは、ただ天とつながり、光の状態になるためなのだと。私たちは、今週末に自宅でレイキ交流会、 また、5月1日にマンハッタンのコアセンターにて みかさんと一緒にリバーシングワークショップを開き そして5月3日からは、アリゾナ&ニューメキシコの旅に出発する予定なのですが 今回、このワークをそれらの前にやることができたのは、 本当に素晴らしいタイミングでした。 今度のリバーシングワークショップのテーマは光。 これはみかさんが『テーマは光ではどうですか~?」と 提案してくださったからだったのですが 今回、事前にこのワークを行ったことで、 完全に私たちの準備が整った感じです。 そして、そのテーマを提案してくれたみかさんってほんとすごい♪(もしかして、ここまで観えていた?)また、今度のアリゾナの旅で、 聖地での奉納を行う予定なのですが その準備として、おさむはシャーマニックなリチュアルやセレモニーの やり方を学んでいました。 でも、リチュアルやセレモニーで一番大切なことは ただハートを捧げることなんだということが、 今回、本当によくわかりました。 私たちは、ただ愛を感謝を捧げればそれでいいのです。 大地に空に、地球に。 そこに何のテクニックも技術も必要ないのだということが あらためてわかりました。 制限字数をオーバーしてしまったので、半分に分けて、次回に続きま~す。
2010年04月20日
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先ほど制作した自主映画を公開いたします~って、これは私を直接知っている方でないと、おもしろくないかもなのですがぜひ、見てみてくださいませ。ロードするのに、1、2分の時間がかかりますが。(数字が0になったらスタートします)クリック↓↓The Heroふふ~こんな遊びが一瞬でできちゃうのってすごいですよね。映画の中で、英語では、There is one personと紹介されているので、2人の画像だとちょっと違ってくるですが、まあ、そのあたりはよしとしてちなみに、元画像はこちらです。2008年のセドナ。おさむの髪がまだ短い~ぜひ、みなさまも、一度、ヒーローになってみてくださいませ♪きっと笑えます(最後のMake a movieのところをクリックすれば簡単に作れます♪)
2010年04月18日
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おさむがこれまで働いていたマクロビのレストランがクローズしたので、おととい仕事納めで、彼は昨日から約1ヶ月のバケーションに入りました。それで、昨日のレイキのクラスの後は、久々におさむとの時間。このところ、私は早寝早起きしているので、おさむが家に仕事から戻ってくる前にはさっさと寝ているしおさむが起きた頃には、私はレイキのクラスやセッションの準備や何かでゆっくり話す暇もなく、ずっとすれ違いでした。それで、昨日の夜は久々に2人でワークしようということになり瞑想するか、チャクラ活性ワークにするか、と言っていたのですが少し前に私はスピリチュアルダンスクラブのワークショップに参加してから、踊ることの楽しさを再認識したので2人でスピリチュアルダンスをすることにさっそく、部屋を暗くして、キャンドルの光のもと、川の流れの音楽をかけながら、ゆっくりと身体を動かしてゆきます。それから、2人でバンダナで目隠しして、音楽はマントラの軽快な音楽に合わせ、好きなように身体を動かしてゆきます。わ~い♪気持ちいい~~まさに身体中の細胞が蘇ってゆく感じ。最高のエクスタシーこんな気持ちいいこと、なんで今までやらなかったのかしら?しばらく踊った後は、シンギングボールの音楽で、シャバサナ。極楽~~いつか、家でスピリチュアルダンスパーティをやりたいなあ。おさむのサウンドヒーリングやシャーマンワークと組み合わせて。もちろんアルコールなしね音楽に合わせて身体を動かした後に、おさむのクリスタルボウルの演奏を聴くのはきっと素晴らしいはず音楽に合わせて、身体を動かすのは、創造性とセクシャルエネルギーを高め、第2チャクラ活性につながりますし身体を動かすことで、エネルギーもより感じることができますしね。と、さすがにこれはレイキ交流会とは言えないのでスピリチュアル交流会とでも言おうかしら?これから、もっと踊ることを生活に取り入れてゆきたいな~踊るっていっても、バレエじゃないのよ~
2010年04月17日
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あ~~もう幸せだ~~人生何十年やってきたけど、こんなに幸せな日々があったかしら?それぐらい、今、幸せです。いえ、もちろん、これまでも、ずっと幸せを感じて生きてきたのだけれど。でも、やっぱり今が一番幸せ。これ以上望むことはないなあ。先日、新月の日に願い事をしようと思ったのだけれど、何も出てこなかったよ。だって、すでにすべての願いは叶っているのだものだから、願いを叶えるためのレイキボックスも、レイキのクラスのレベル2で使い方を教えてはいるけれど、実は、私自身は、もう随分と使っていないのです。もちろん、これからこうしようとか、あんなことをしてみたいとかはたくさんあるけれどそれだって、流れに従うだけで、もしできなかったらそれはそれでいいし。もし、それができなかったら、また別の道が開けてくるものだし。引き寄せの法則を使うまでもなく時々、チャレンジや困難もやってくるけれど、その時にできる限りの自分のベストを尽くせば、必ず、後から大きな喜びが待っている。それがわかっているから、もう何も怖くない。いつだって、何かを始めたければ始めることはできるから。何も恐れるものはないよね。自分の人生を100%信頼しています。それができたのは、この人生で出会い、つながってくれた、たくさんの方たちのおかげ。その方たちが幸せを感じる度に、自分らしく生きる道を見つけてゆく度に私の幸せ度が増えたいったのだなあと。ほんとうにありがとう~幸せ度100%今、これを読んでくれているあなたも、どうか幸せ度100%でいますように。ラブ失敗することもたまにはあるけれど。。それもまたいいよね
2010年04月16日
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例えば、テレパシーとか人の心を読むサイキックとかいうと何か特別な能力のように感じますが人間なら誰でも他の人の感じていることを感じる力があります。昔から以心伝心という言葉がありますがこれは何も親しい間柄だけではなくても自分が感じていることは、あるレベルで相手にも伝わっているのです。自分が相手のことを苦手だと感じていたら口でいくら相手に合わせていようとも必ず相手もそれをどこかで感じ取りますし相手のことがとても好きで、尊重していたら直接、特にそのことを言わなくても、相手に伝わります。例えば、会社や職場で『この人は何も分かっていない』『この人はたいした仕事はできない』『この人は本当にだめな人間だ』そんな風に思っていたとしたら、それは口に出さなくても、また例え相手が意識の上ではそれをわからなくてもどこかで、しっかりとそれを受け取っています。そのどこかというのは、その本人のハイヤーセルフ、つまりその人の本質であったり守護しているガイドであったり。だから、相手に直接言っても伝わらないと感じる場合は相手のガイドやハイヤーセルフに対して、心の中で声をかけてみると、そこから相手に伝わる(というよりハイヤーセルフはその人自身なのですが)ことが多いのです。もちろん、その相手がどれだけガイドからのメッセージを受け取ることができるかにもよりますので、例えば、もうガイドもさじを投げてしまうような自分の本質と全くつながることができない人だと伝わらないこともあるかもしれませんがでも、それでもその人の心の中で何かがふっと芽生えることがあるのです。と、先日、レイキのレベル3クラスを受けた方からこんなメールを頂きました~了承を得たので、シェアいたしますね~ありがとうございます~早速ですが、レッスンの後、悪いエネルギーを発しないように気をつけていまして、昨日からボスのハイヤーセルフにも 早速話しかけるようにしています。”色んな状況があるだろうけども、人に接する時は respectな気持ちで対応して下さいね。”と 話しかけてみました。 すると 本当に驚いた事に彼の話す物腰がやわらかくなり、一つ一つの事柄に”Thank you"と 言ってくれるうえ、昨日は2時間15分も早く終わっていいといってくれました。今日は 終わるのが遅くなりそうな感じでしたので、ボスのハイヤーセルフに ”昨日は 早く帰らせてくれて 感謝してますが、私は7時までcommitしているので どうか今日、7時までに終わらせてください。”と話しました。すると7時5分前に 現れて もう終わっていいと言ってくれました。悪いエネルギーを発っしないように心がけていると 道やバスや電車の中でも やっぱり人の対応が違うのが解ります。 これは 本当に大変な事ですね。 実は 茂木健一郎が訳したマーシー シャイモフの書いた本に 似たような事を書いあるのを読んでいたのですが、今ひとつ効果があがらずに、すっかり忘れていたのですが、のりこさんから教えて頂いた方法の方が 断然効果てきめんです。 ありがとうございます。ボスに靴下を履かせる時(彼は 自分で腰を曲げて靴下を履けません。)も プロテクトをしていると こちらの気分も全然違います。これから もっともっと パワーアップをしていくように心がけます。こんな風にすぐに結果が出るとわかりやすくていいですよね~ちなみに、レイキのレベル3では、レイキの真髄といったことも学んでいくので、時々こういう話になることがあるのですがこれは必ずしも、レイキのクラスの内容として決まっていることではありません。さて、ここで大切なことは、けして相手を変えようとはしないということ。相手のハイヤーセルフに話しかけるのも、それはあくまでも相手を尊重し、感謝をこめてお願いするといった感じです。誰だって、自分を変えようとしている人のことは好きにはなりません。ありのままを認めた上で、自分はこうしてほしいのだという自分の意志を伝えること。これは、直接相手に何かを伝える上でも、大切なことだなあと思うのです。もちろん、これは苦手な相手とがまんしてつきあわなければならないとか、自分の感情を抑えなさいということではないので自分と合わないと感じる人と無理して一緒にいる必要は全くないです。また、相手からのエネルギーを受けないようにプロテクションしておくことも大切なこと。でも、本当に相手に対する意識を変えることで、相手が別の表情を見せることがあるのです。以前、私が働いていた職場で、いつもイライラしていて人に対して嫌な態度をとる方がいて、みんなから嫌われている上司がいました。誰もが彼のことを悪く言っていて、私も口では悪くは言わなかったものの心の中では、正直、苦手だなあと感じていました。でも、いつも不機嫌そうな態度のその人がとてもうれしそうに話をするお客さんが一人いました。その人が来ると、彼は別人のように人がいい感じで振る舞うしそのお客さんも彼のことが好きで、仕事上のつきあいだけでなくプライベートでも一緒に食事をしたりしているようでした。それを見ていて、ああ、そうか~この人はみんなが自分のことを嫌いだとわかっているので余計に自分の中の嫌な部分を出してしまうんだなあ。そうわかったので、これまでの彼に対する先入観を変えてみることにしました。そこに現われている嫌な態度を取る彼を見るのではなく彼の本質を見て、心の中で彼のガイドに話かけるようにしたのです。すると、すぐに彼は私に対してあまり嫌な態度をすることがなくなりました。特にやさしくなったわけではないけれど明らかに何かが違うと感じました。それはエネルギーとして感じるのです。そうして、その人は、本当はみんなに愛されたいのにただこれまでの自分のやり方や考え方を変えることができず上手くやっていけないのだということが、本当によくわかったのです。どんな人であっても、自分のことを好きでいたり大切にしてくれる人のことを嫌いにはなりません。例え、直接口に出さなくても、そう自分が感じていれば相手に伝わるのです。(もちろん、好きな気持ちや感謝の気持ちは、言葉にして伝えてゆくことが大切ですね)いつの日か、私たち人間が進化してゆけば、言葉で伝えなくても誰もが心(テレパシー)で伝え合うことができる時代がやってくるのでしょう。そうすれば、こんな面倒なことも起こらないですね。だって、感じたこと、考えたことが、すべて周りに伝わってゆくのですから。たった今、自分が感じていることや思っていることが、相手にすべて伝わっているとしても大丈夫かどうかいつも自分に問いかけてみるといいかもしれませんね テレパシー練習中
2010年04月15日
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昨日の夜、アレクサンダーテクニックのワークショップを受けてきました。アレクサンダーテクニックに関しては、1年以上前に一度クラスを受けたことがあって、このブログにもアップしたのですがそれから、なかなか学ぶ機会はなく、そのままになっていました。このHope Martin先生は、以前も受けた先生でアレキサンダー歴20数年のベテランの方。今回は、彼女のスタジオにてのワークショップでした。今週は、ずっとレイキのクラスが入っていて、あまり時間の余裕がなかったのでこのワークショップに行こうか行くまいか迷ったのですが、やっぱり、受けてみてよかったです~前回のクラスの時は、主にメディテーションの時の姿勢で、あぐらをかいた時の姿勢についてやったのですが今回は椅子に座った時の姿勢と、歩く姿勢。実は、私は一昨年に、アレクサンダーテクニックではなく美しく歩くためのレッスン6回コースというのを別の先生から受けたことがあったのですが、練習不足もあって、なかなか美しく歩くことはできず、ちゃんと歩くというのは、難しいものだなあと感じていました。でも、今回、Hope先生に私が立った時の姿勢を直してもらってびっくり。目をつぶって、先生が手で私の首や背中をやさしくさわりながら私の身体の歪みを直していくのですがだんだん身体が前につんのめっていくような感覚。『どう?身体が前に傾いているように感じるでしょう?それでは目をあげて、鏡を見てみて』そうして鏡で横の姿を見てみると、ほんと身体は前には傾いておらず、まっすぐになっています。つまり、私は身体をまっすぐに歩いていたつもりが背中をいつもそらした形になっていたのですね。その形を身体が覚えてしまっていたので、いつも自然にそうなってしまっていたのですが、実は、身体は後ろにそり、かかとに重心がかかって、あちこちに不自然な力が入ってしまっていたのです。今回、先生に矯正してもらってあらためて認識しました。誰もが猫背がよくないことは知っているので、姿勢をよくしようと、逆に身体をそってしまっているケースが多いのだとか。みんなそれぞれ、まっすぐに座ったり歩いたりしているつもりでいて身体のどこかに力が入っていたり、微妙に傾いていたりするのですね。見た目には、わからない程度のずれであっても先生に直してもらうと、傍目に見ても明らかに違うのがわかります。ここまで微妙な調整は、本当に熟練のアレクサンダーテクニックの先生でないと難しいのでしょう。全員が、矯正してもらうと、姿勢だけでなく、顔や雰囲気そのものも違ってみえるから不思議。Hope先生曰く、ヨガなどを何年やっていても身体の自然な使い方ができていない人は多いのだそう。先生は、ヨガのクラスなどでも、あぐらの姿勢や座った姿勢などを指導しているそうですが、誰もが「こんなに身体が楽なものなの~」と驚かれるのだとか。ちなみに、今朝、その姿勢を意識しながら20分ほど外を歩いてみたら、まだちょっと前につんのめる感じがして慣れないのですが、なんかいい感じかもクラスでは、座った姿勢から立ち上がる時に、どこの骨が動いているか足を上げたら、どこの骨が動くかなど、骸骨の模型や自分たちの身体を触りながら、実感してゆきます。普段、無意識で動かしている身体の動きを意識すること。アレクサンダーテクニックは、姿勢を矯正するというものではなく、今の自分の身体や精神の状態を感じるということなんですね。先生曰く、それは、今この瞬間を感じること、今を生きることにつながってゆくということ。なかなかクラスのスケジュールが合わないのですが機会を見つけて、これからもっと学びたいです~サボテンたち、クリスタルと一緒にガラスの入れ物に植え替えてみました。
2010年04月14日
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これまでも、何度かここに書いていますが、このところ、私の中で、これまでにも増して、スペースクリアリングの熱が高まっています昨日もカレン・キングストンの『ガラクタ捨てれば自分が見える』の続編『がらくた捨てれば未来が見える』を読み直して、さらにモチベーションを高めています。この本は何度か読み直していたのにも関わらず、今回初めて気づいたのですがカレンさんって、リバーサーでもあったのですね以前はリバーシングのことを知らなかったので、その記述を読んでも全然、心に残っていなかったのです。リバーサーというのは、みかさんのようなリバーシングワークを行うヒーラーのこと。身体や精神のクレンジングも、空間のクレンジングも同じように大切なものですから、カレンさんがリバーサーというのもとても納得ができます。さて、不要なものの処分は、これまで少しずつやってきたので、服やくつ、本などはかなり処分できました。以前は2年間、一度も着ない服や靴は処分していたのですが最近は、1年に1、2度しか使わないものは、処分決定♪1年に1回使う程度だったら、もしそれがなくても大丈夫のことが多いからです。くつに関しては、ブーツやヒールなどは、ほとんど処分してしまったので今は、数足スニーカーを持っている程度。私は、会社勤めをしているわけではないので普段、スニーカーしか履かないからです。ヒールも、何かパーティーなどがあった時のために、と持っていたのですが少々のパーティだったらスニーカーで行けるし以前はたまに行っていたオペラやバレエなども、今は全く興味がないのでそういう靴や服を着る機会もなくなりました。そんな服や靴をはいていかなければならない高級レストランなども最近は行きたいとは思わないので、以前より生活がずっとシンプルになってうれしいこちらの人は、無料であげます広告を出すと、何人もの人から連絡がありその日のうちに引き取りにきてくれるので、処分したい時にすぐに処分できて助かります。先日も、広告を出したら、スモールサイズと書いたにも関わらず全然スモールではない女性が引き取りに来られました彼女は、無理矢理、その服を着て、「大丈夫、ぴったりよ」といって持っていかれました先日から、とりかかっているのが、キッチン。これまでもかなり処分したのですが、まだ使わないお皿やワインスタンド、キッチン雑貨などが残っています。ワインなんて、飲む時は、1本買ってきてすぐに飲んでしまうのでスタンドに置く暇なんてないのにねまた、処分していく中で、使っていなかったものをあらためて再利用することができるものもあります。例えば、使っていないお皿をキャンドルホルダーにしてみたり。こういう新たな発見があると、またスペースクリアリングが楽しくなります。心も身体もスペースもクレンジングクレンジングすればするほど、新たなもの(物だけではなく)が入ってきて人生がより豊かになってゆく感じがします。もちろん、処分するものばかりではなく、増えてゆくものもありますがその時、その時の自分にとって、本当に必要なもの、大切なことをいつも見直してゆきたいなあと。昔は、必要だったもの、大切だったことでも今はもう必要ではないというのは、たくさんありますから。スペースクリアリングは、今を生きることにつながるなあと感じています。これは、最近、我が家にやってきたサボテンたち♪今度、別の容器に植え替えてあげよう。
2010年04月13日
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来週末にレイキ交流会をやることにしたのでそのテーマは何にしようかな~と考えていたのですが、やっぱり今回は「トランスフォーメーション(変容)」でいくことにしました。おさむも、もうすぐ今の仕事を辞めることになって、まさにその時期だし、最近、ここに来られる方で変容の時期にいらっしゃる方が、とても多いのです。そんなことをおさむと話していたら、今日のレイキのクラスの方も、また昨日のレイキのクラスにいらした方もかなり変化の時期を迎えていらして、今、こういう方たちが多くなっているのかはたまた私の周りに多いのかはわかりませんが、ほんとうに不思議。さて、昨日来られた方のお話が、とても印象に残るお話だったのでここでシェアさせて頂きたいと思います。その方(仮にEさん)は、以前はお料理の先生をされていてこれまで、いろんな方たちと、料理を通じて関わって来られた方。ところが、ここしばらく、タイミングが合わなかったりして、お料理教室をお休みしていたのだそう。そんな時に、ある方から前世療法の本を借りたのをきっかけに彼女から求めたわけでもないのに、次々とスピリチュアルやヒーリング関係の本を借りたり、もらったりして、中には全く同じ本もあったりしてこれは、何かのメッセージ?と感じるようなシンクロニシティが起こり始めたとのこと。これまで料理を通じて、人を楽しませたり、喜ばせたりすることが大好きだったEさんは、本を読んでいくうちに、こういう世界にとても興味が湧いてきて自分自身が、ヒーリングを学び、人のために何かを行ってゆくということを考えはじめたのだそうです。それで、まずはレイキを学んでみようといろんなご縁から、私のところへいらしてくださったのでした。さて、そんな中で、ある時、直接面識がないにも関わらずたくさんの精神世界やヒーリング関係の本を彼女にくださった方がいらして、お礼を伝えようと、お話をしたそうですがそうしたら、その本をくれた方Aさんのお話というのがまた素敵なドラマがあったのです。そのAさんの家に、ある時、どろぼうが入ったのだそうです。盗られていたのは、パソコンやカメラなどの高価なもの。ところが、不思議なのは、ドアにはしっかり鍵がかかったままで窓や他のところからも入った形跡がなかったのです。Aさんの家では、玄関の外に鍵を隠しておいていてその場所を知っているのは、家族と掃除の女性だけだったそう。その掃除の女性は、もう何年も来てもらっている人でとても信頼していたので、絶対に犯人ではないと思ったそうなのですが一応、警察の取り調べなどがあったとのこと。その時、A さんがふと疑問に思ったのは、Aさんの家では、犬を飼っていていつも知らない人が家に入ってくると、吠えるそうなのですがなぜ、今回はどろぼうはスムーズに入ることができたのか?ということ。「この子(犬)は何か知っているんじゃないかしら?」ここがAさんのすごいところなんですが、犬の言葉がわかるというサイキックの人に連絡をして家に来てもらったのだそう。まさに、少し前にご紹介した「動物と話せる女性ハイジ」みたいな方がいるのですね。それで、そのハイジさん(ではないけれど)が、この犬の話を聞いて犬からのメッセージを伝えたところによると『ママ、ぼくね(その犬は、Aさんのことをママと呼んでいるのだそうです)ずっと伝えたかったんだよ。この前、40代ぐらいの○○な男の人が家に来て(その男性の容姿を伝えたのだそう)家の中に入っていったんだよ。でも、ぼくは、その男の人を何度も見たことがあったから全然怖くなかったんだよ。でも、しばらくすると、その人が、ママたちのパソコンやカメラを持って外に出てきたので、おかしいな~と思って庭の外までついていって、見てみたんだよそうしたら、いつも家に来るお掃除の女の人が車で待っていたんだ」そんなことをその犬は伝えてきたのだそうです。もちろん、ハイジさん(じゃないってば)は、そんな事件があったことは知りませんので犬の言葉をそのまま伝えているだけです。その犬の伝えた男性の容姿は、お掃除の女性の旦那さんであることはすぐにわかったそうです。そして、その旦那さんが、最近、失業したことも聞いていたのだとか。という経過で、どろぼうが、何年も信頼していたお掃除の女性とその旦那さんだったことを知ったAさんなのですが、この方の素晴らしいところは「とにかく、物はもうなくなってしまったのだし、犬がこう伝えていると伝えるわけにもいかないし彼らにとってその物が役に立ったのなら、それでいいわ」と一切警察にも伝えることなく、胸にしまっておいたのだそう。普通ならば、信頼していた人に裏切られたという思いの方が強くなると思うのですが、本当に素晴らしいです以前、何かの本で「もし、どろぼうに入られて物を盗られたらその物は、自分より必要な人のところへ移っただけだとと思いなさい」というようなことを書かれてありましたが、まさにそういう捉え方をされているのですね。そして、Aさん自身も、かなりスピリチュアルな方でその時に、あるメッセージが降りてきたのだそう。それは「物を手放しなさい」というもの。Aさんは、それで、これまで大切にしてきたたくさんの本を処分することに決めたまたまEさんの旦那さまを知っていたので、奥さんに渡して、と全部あげたのだとか。そして、それを受け取ったEさんの方は、たまたま(ではないけれど)そういう世界に興味を持ち始め、スピリチュアルやヒーリングなどの本を読みはじめた時。まさに、与える人と受け取る人が、意識の上ではしっかりとつながっているのですねこのお話でもそうなのですが、変容の時には、一見、自分が望んでいなかったことが、起こったりするのです。そういう時に、自分の人生を信頼し、しっかりとメッセージを受け取って、変容を受け入れているAさんの話は、本当に素晴らしいし、また、自分に起こりはじめた変化に気づいて、新しいことに挑戦はじめたEさんもまた素敵です。変容のドラマは、いろんな方に起こっているのですね。そしてまた、レイキはこのような変容を加速させることが多いなあと感じています。そのトランスフォーメーションがテーマの来週のレイキ交流会、どんな会になるのか、楽しみです~@Grand Canyon 急速に変化するものもあれば、何千年もかけて少しずつ変わってゆくものもありますね。
2010年04月11日
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今日は、昨日参加したシャーマンサークルについてのご報告です~これは毎月1回、ウエストビレッジにある学校の体育館で行われているもので誰でも参加できます。会が始まる前の風景。こんな場所で行われています。シャーマニックサークルというより、趣味のサークルのような健全な雰囲気?(そもそもシャーマニックサークルは健全なものですが)今回の参加者は40~50人。比較的年配の方が多いですが、若い方もいます。会場の真ん中には、Offering(捧げもの) のスペース。最初に、各自が持ち寄ったドラムやラトルをみんなで鳴らして会がスタートします。一人、ネイティブアメリカンの長老の合図で、一人ずつ名前を言った後何人かのシャーマンたちが、みんなをまわって浄化します。通常は、セージの葉によるスマッジングによる浄化なのですがこの場所ではスマッジングはできないということでシャーマンたちは、クレンジングウォーターを一人一人に吹きかけその後、ラトルの音で浄化します。それから、7つのダイレクションへの祈り。これは、前回のスピリチュアルダンスのワークショップでもやったのですが東西南北、そして天と大地、中央の7つにそれぞれ祈りと感謝を捧げるセレモニーです。それから、部屋が暗くなり、キャンドルの光のもとみんなで、時計回りに歩きながら、各自、ラトルや太鼓を鳴らし大地や空や自然への感謝を捧げ、祝い、踊ります。実は、このセレモニーは、私とおさむが5月に訪れる予定のアリゾナやニューメキシコの聖地や遺跡でやろうとしていること。おさむが、ネイティブアメリカンの聖地で、祈りを捧げ、笛や太鼓で奉納したいというので2人でセレモニーをやろうということになりました。で、おさむ曰く『のりこ、俺がその場で奉納演奏をするから、それに合わせて踊ってくれる?」は~今度はネイティブアメリカンの踊りなのねはい、踊りでも何でもやらせて頂きますということで、5月にはネイティブアメリカンダンサーになる予定の私です。(なわけないですが)さて、そのセレモニーを行った後、いよいよシャーマニックジャーニーのスタート。各自が横になって、目隠しをし、シャーマンたちが叩く太鼓に合わせてスピリチュアルジャーニーを行います。これはまさに私のパワーアニマルを知るチャンンス先日、おさむがパワーアニマルを見るためのワークショップを受けてきたお話をこちらで書きましたが2人だけだと、ドラムを叩く人がいないので、パワーアニマルを見つけるのは、なかなか難しいのだそう。熟練のシャーマンになると、一人で見つけてくるそうです。ということで、今回は、2人で手をつないでのスピリチュアルジャーニー。おさむが、ローワーワールドに行って、私のパワーアニマルを見つけてくることになりました。シャーマンたちが太鼓を叩き始めます。と、15分ぐらいのけっこう短い間で終了でした。私の方は、自分のイメージしたものが観えてくる感じではあったもののほとんどはっきりしたビジョンは観えずそれがローワーワールドの世界なのかどうか、正直よくわからなかったのですが終わった後、おさむに『どう?私のパワーアニマルわかった?』と尋ねると『たぶん、イルカだよ。4回以上観えたのはイルカだったから。他2回イーグルで、1回がくじらだった』と言います。きゃ~~やった~~私のパワーアニマル、イルカだ~~と喜んでいたら、おさむが『でも、それはのりこがイルカだったらいいな~と思っているのを知っていたのでそんな風に観えたのだと思う』確かに、ヒプノセラピーなどでもそうなんですがこういうのは自分で意識すると、それが観えてくるものなのでどこまでが本当のビジョンなのかわかりづらいのですよね。(それでもその意識にあがってくるということが、すでにそこにアクセスしているわけなのですが)でも、どちらにしても、私はイルカが大好きなんだしちょうど、今、イルカの絵を描いているところで、ご縁があるということでとりあえず、私のパワーアニマルは、イルカということにしておこう♪ということになりました(パワーアニマル、こんな適当な感じでいいのか?)とにかく、一応、私のパワーアニマルも見つかったことだし(しかも誕生日だったし。。ってもしかして、これ誕生日プレゼント?)これから、さらにパワフルになるかしら~ちょうど、今日、レイキのクラスに来られた方とたまたま前世の話をしていて、彼女の前世はネイテイブアメリカンのシャーマンだったという話を聞いたのですがけっこうネイティブアメリカンに縁がある方って、いらっしゃるのですね~。私自身は、ネイティブの前世だったということもないと思うのですが(前世はいろいろあるので、そのうちの一つぐらいはあるかもしれないけど)ネイティブアメリカンの世界観や自然観は、深く感じることが多いのでこういうサークルは、参加していて、何だかとても自然な感じがします。今月は、また別の場所であるので行ってみようと思っています。
2010年04月10日
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今日は私のバースデー昨日から、メールでいろんな方からお祝いのメッセージを頂いて感謝感激。お祝いの言葉って、ほんとうにうれしいものですね。ああ、生まれてきてよかった~そして、今日まで生きてこれてよかった~~年ととるごとに、誕生日に、そう感じるようになりましたが、今年は一番強くそう感じているのかもしれません。ほんとうに感謝ですさて、今日は、おさむがバースデープレゼントとしてアーユルヴェーダのシロダーラをプレゼントしてくれることになりました。シロダーラは、アーユルヴェーダのトリートメントでは最も有名なトリートメントで、脳のマッサージとも言われていて、第3の目のところに暖かいオイルを流し続け瞑想状態にするというもの。様々な症状に対する治療法としても効果的だそうです。私はエステやフェイシェルなどは、ほとんど興味がないのですがこのシロダーラだけは、一度受けてみたいと思いつつ、なかなか機会がなかったのですが、今回、みかさんの友人でアーユルヴェーダをされていらっしゃる方がブルックリンのパークスロープにいらっしゃるということで、受けてみることに。しかも、そのシロダーラの最中に、おさむが耳元でクリスタルボウルを演奏してくれることになりましたサロンは、緑多いパークスロープの小さな一角。シロダーラの前に、ミニフェイシャルがついているとのことでまずはフェイシャル。これがとてもよかったです♪普段フェイシャルなんて行かないし、というより、ケミカル入りのクリームなんて使われたら嫌なので、行きたくないというのが本音なのですが、ここは彼女が添加物を一切使わず、完全に自分で手作りしたものを使っているそうなので、安心。アーユルヴェーダのフェイシャルは、乳酸や、老廃物を取り去るために指の腹で強くマッサージしながら、本来の顔に戻すことをするのですがこれがけっこう痛いのです。でも、老廃物がなくなってくると、痛くなくなるんだそう。ミニフェイシャルといっても、かなり念入りにやってくださって終了する頃には、かなりリラックス。おさむがフェイシャルの間もクリスタルボウルを鳴らしてくれていたのでより深くリラックスできました。それからいよいよシロダーラ。額に暖かなオイルを流してゆくのですが、これが予想と違ったのは、第3の目だけに集中的に流していくものだとばかり思っていたらオイルの入った壷を動かしながら、額全部に流してゆくのですね。ああ、第3の目だけに流してほしいなあ、その方がきっと深く入れるのに~~そう感じたのですが、彼女曰く、そのようにするものなんだそう。(これはやり方はいろいろあるのかもしれません)最初は、もう首の後ろや身体中がむずむずして、こそばゆい感じなんですがだんだん慣れてきて、深くリラックス。とても気持ちよかったです~シロダーダの時間自体は15分ぐらいで、あっという間に終了したのでもっと受けたかったな~~シロダーラは、ヒーリングというよりここでは、エステのトリートメントの一つなのでしょうね。正直、瞑想状態のような「深く入る」という意味では、私はレイキの方が遥かに深く入ることができますがフェイシャルを受けた後、深いリラックスを感じたい人にはお勧めです~本場インドでは、何日間もトリートメントやデトックスをやって最後の仕上げにシロダーラをするそうで、それは本当にすごいらしいので、いつか、そんなシロダーラを受けてみたいな~。終わった後は、かなりすっきりして、デトックスされた~という感じ。肌つやはいいし、顔のしわも薄くなっているしフェイシャルって、やっぱり即効的に効果があるものなんですね。これから、アーユルヴェーダのフェイシャルだったらたまには受けたいなあと思いました。おさむのクリスタルボウルも耳元でじっくり聴くことができてよかったしバースデーの素敵なプレゼントとなりました。そして、今回、さすがだなあと思ったのは、彼女は、私の手首を触って脈拍をみただけで私の体質をピタリと言い当てたこと。アーユルヴェーダをされている方にとっては当たり前のことなのかもしれませんが、すごいですね。ご存知のようにアーユルヴェーダでは、ピッタ、ヴァータ、カパ体質と体質を分け、体質ごとに食べ物から生活のパターンまでよいとされていることが違うのすが私は、以前自分で調べた時には、カパ体質でないことは明らかだったのでたぶんピッタとヴァータのコンビネーションだなあと思っていたのですがやっぱりそうでした。おさむもピッタ&ヴァータなんですが、おさむの方がピッタが強いというのも彼の体質や好みを考えると、深く納得です。さて、今夜はこれからマンハッタンで行われているシャーマニックサークルに参加して、シャーマンのリチュアルを行ってきます。これは月1回、行われているもので、前回はおさむだけが参加したのですが今回は、たまたま私のバースデーで、一緒に参加することに。その後は、オーガニックレストランでのお食事。わ~い♪毎日が誕生日だったらいいのにな~~(って、ほとんど毎日好きなことやって、誕生日状態かしら?)シャーマニックサークルのご報告は、また次回~~レイキやブログやその他を通じて、いつも支えてくださっている方々、どこにいても、つながってくださっている方々これまで出会うことができたすべての方々おかげさまで、また素敵な誕生日を迎えることができましたありがとうラブ
2010年04月09日
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前回の続き、ライフレッスンの中で、今回は「遊びのレッスン」から。『わたしたちは、生涯愉快に過ごし、遊ぶために生まれてきた。遊びは単に子どもの気晴らしではなく、人生の力であり、生命力である。遊ぶことは、人生を最大限に生きることである』『人間のあらゆる側面は遊ぶことによって楽しくなり、意味のあるものになる。遊びは大人に若さをとりもどさせ、ポジティブな活力をもたらす。こどもが最初に覚えることのひとつは、遊びである。それは自然な本能的な活動である』『遊んでいる余裕がないという人がいるが、遊びは余裕の産物ではなく本能だから、本来遊ばすにいること自体に無理があるといわなければならない。遊びは人生のバランスを取って、精神を活性化させる作用がある』『仕事と遊びは必ずしもべつの領域に属するものではない。仕事の中に遊びを見いだすこともできる。日々の仕事の中にたのしみを見いだすことができれば人生を楽に乗り越えることもできる。ただ、残念なのは、ともすれば目標達成主義におちいり達成できないことに不幸を感じてしまいがちな人が少なくないことである』『人生をきまじめに考え過ぎたとき、人は遊ぶことを忘れる。生産的に遊ぶことを覚える前の、ひたすら純粋に遊んだ時代のことを思い出す必要がある。ハートが全開し、遊びに夢中になり遊んだ後に罪悪感など感じなかった、あの時代を取り返す必要がある』『年齢、場所、状況を問わず、われわれはまた遊びを再開することができる。遊びのセンスは内部に眠っているのだから、それをゆり起こしてやれないいだけだ』『自分に遊び時間を与えることが出来ない人はじつは他人にあたえるものがなにもない貧しい人である」『遊びとはつかのまの気楽な時間ではなく遊びのためだけ捧げられた、じっさいの時間のことである。遊ぶためには仕事から、生活の深刻さから逃れなければならない』『どんなことでも遊びになりうるが、遊びが生産的なものになってしまいがちだということだ。純粋に歩くことを楽しんでいる間は散歩も遊びだが運動のために日課として義務的におこなう散歩は遊びではなくなる』日々の生活の中で、遊びを見いだすことって、大切なことですね~私の1日は、毎朝、今日のメッセージ、オラクルカードを引くという遊びからスタートオラクルカードは、ポジティブなメッセージのカードしかないしまた、自分の好きなように受け取れるので、単純に楽しい。例えば、今日のカードは、ガネーシャの『YES』と大天使ガブリエルの『幸運』何かを尋ねてYESが出たわけではないので、これは、自分の思う通りに進みなさいということ。もちろん、私はカードを引かなくても、自分の思う通りに進むしどんなことでも『ラッキーだ~』と思う方ですがこういうちょっとした遊びで、1日がより楽しく過ごすことができるなあと思うのです。そういう小さな遊びの時間が、1日の中であると生活が新鮮になる感じがします♪公園で拾った葉っぱを使って、コラージュを作ってみたりふっと思いついて、写真をいろんな角度で撮ってみたり、、私は、ふと、そんな遊びを思いたったら、例え、それが今すぐやる必要がないことであってもすぐにやってみます。そのほとんどは、たいしたことではないし、その楽しさは、他の人にはなかなか伝わらないことなのでおさむにさえ言わないことが多いし、ささやかな一人だけの遊びの時間。他の人から見ると、無駄な時間なのかもしれませんが、私にとって純粋な喜びの時間なのです。と、先日、友人が「自分の仕事や将来に結びつかないようなことであってもやりたいと感じたらやっていくことって、大切だということに最近、気づいたの」と言っていました。確かに、それをやることにどういう意味があるの?とかそれで仕事に結びつくのとか考えると遊びはできなくなってしまいますね。でも、一見、この無駄に思えるような遊びの時間こそが人生を豊かにしていくのだなあと感じるのです。以前、脳科学学者の茂木さんも、そんなことを書かれていました。脳科学の見地から言えば、この純粋にわくわくする遊びをすることが脳を活性化するものなのだそうです。一方、生産的なものは遊びではなくなるというのもよくわかります。そういう意味では、ヒーリングというのは、私にとって遊びが仕事になったようなものですが、かといってもう純粋な遊びとは言えないのだなあと。昔は、自分が気持ちいいから、とか楽しいから、という理由だけでやっていたことが今は、レイキのアチューメントのために、自分自身がいつもエネルギー的に浄化されている状態を保っておくためであったり、ヒーリングについて、より多くのことを学んで、ここに来てくださる方々のために役立ててゆくためであったり。もちろん、それらはすべて私のためになっているわけですし喜びなのですが、純粋な遊びという面では違うのかもしれません。そう考えてみると、音楽は、一度として遊びだったことはないし絵は、作品として描く時は、遊びではないけれどちょっと遊びで描く小さな絵やイラストは、純粋な喜びかな。少し前に、おさむと2人でドラムをたたいて合わせたのだけれどこれは、それで何かを目的にするのではなく、ただ2人でその時間を楽しんでいることができてああ、こんな風に歌うことも、これから純粋に楽しんでゆけたらいいな~と感じました。私にとっての最大の遊びはやっぱり旅。これは誰かに伝えるためでも、ヒーリングされるためでもなくただ単に楽しみたいから。もちろん、結果的にそこでヒーリングを行ったり、それを伝えてゆくことになったとしてもそれが目的ではなく、ただ自然の中に身を委ねることが私のエネルギーチャージであって、生命力の源だなあと。以前、コスタリカに行った時に、旅が好きで好きで、昔は1年中旅ばかりしていたという方が旅行代理店をされていたのですが15年以上たった今ではもう、休暇があってもどこかに旅なんて行きたくない家でのんびりしていたい、と言われていました。どんな好きなことでも、それを仕事にしてしまうと、純粋に楽しめなくなってしまうのかもしれませんね。(それでも、好きなことを仕事にできることは、とても幸せなことですが)最近、遊んでいない~と言われる方~ぜひ純粋な喜びのための遊びの時間作ってみてくださいませ~~イルカって、遊びの名人ですよね~♪
2010年04月08日
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前回の続き、『ライフレッスン』から今回は怒りのレッスンに関して、ご紹介します~♪怒り自体は、悪いもよくもなく、感情の一つの形に過ぎませんが、それを抑圧し、ためこんでしまうと、精神や身体をむしばむエネルギーとなってゆきますし、また怒りのままに、爆発させたり、ぶつけたりすると、そのエネルギーは相手も自分も傷つける結果になってしまいます。なので、怒りを感じたら、それを溜込まず、その感情をそのまま受け取った上でリリースしてゆくことが大切ですね。私自身は、昔なら怒りを感じた状況でも、今は別の感じ方をすることが多いのですが、それでもたまに怒りを感じることがあります。そういう時に、なぜ自分は怒りを感じたのかを後から見てみると根本的な問題は自分の中にあって、相手の言動そのものによるものではないということがよくあるのです。このライフレッスンで書かれてあることは、怒りはほとんどの場合「恐れ」の現われ。この本であげられている例えとして怒りーあなたが来なかったから怒っている背後の恐れーあなたに捨てられるのが怖い怒りーきみが遅刻したから怒っている背後の恐れーきみに軽視されるのが怖い怒りーあなたがあんなことを言ったから怒っている背後の恐れーあなたがもう愛してくれなくなるのが怖い例えば、「相手が遅刻したから怒っている」こういう状況ってよくあることでしょうが、もし、その相手が、遅れたことに本当に申し訳ないという感じで謝っていたとしたら、普通はあまり怒りの感情は湧いてこないものです。(え?それでも腹が立つ?)でも、それが「遅れても当たり前~」みたいな感じで来られたとしたら「この人、私のことを尊重していないのかしら」という想いが怒りの感情として現われてくるわけです。自分が尊重されていない、大切に思われていないと感じるのは、怒りの感情をもちやすい状況だと思うのですがそれはもとをたどれば、「恐れ」の感情から発しているのですね。だから、普段から、自分のことを尊重してくれていると感じている相手に対しては例え、少々の行き違いがあっても、怒りの感情は湧いてこないものだなあと感じます。怒りの背後に隠れている恐れを見ること。かといって、恐れを抱いていた自分を責める必要はなくそれはそういうものがあるんだなあと認識するだけでオッケーだと思うのです。本の中から抜粋『処理されない恐れは怒りに転化する。恐れの感情を無視している時、あるいは、自分が恐れていることに気づかない時恐れは怒りに転化してゆく』『自分の恐れに直面するよりは、怒り続けている方が容易なものだかそれではいつまでたっても背後にある問題を解決することはできない。むしろ、当面の問題を悪化させるのが関の山だ。なぜなら相手は怒りにはうまく応答してくれないからだ。どなりちらしても、相手に非を認めさせることはまずできない。たとえ根拠のある恐れを抱いている場合でも度が過ぎた怒りは、その根拠を失わせてしまう。たとえば、遅刻ばかりする部下に文句を言い続けていても状況は変わらない。しかし「やる仕事はたくさんあるのに、それができなくなるんじゃないかと思うと怖いんだ」といえば、部下はあなたの怒りに傷つけられることなくあなたの恐れに応答してくれるだろう』私とおさむが、ちょうど1年ぐらい前に植物園に行った時のこと。ちょっとだけ、桜の木の下で瞑想をしていてふっと気づけば、そばにいると思っていたおさむがおらず、しばらくの間、おさむを探し続けたことがありました。そのあたり一帯を探しても、おさむはいません。なんで、私に一言も言わず、一人で勝手に遠くに行ってしまうの~~?そう思ったら、だんだん腹がたってきて植物園内で、おさむとようやく出会った時には、怒り最高潮それから、おさむは別に私を置き去りにしたわけではなく彼も私をずっと捜していたことがわかったのですが何で私は彼に置き去りにされたと思い込んで、怒ったのかしら?と思って自分の内面をのぞいてみたら、「私はおさむに大切に扱われていない」という恐れがあったことに気づいたのですそれで、家に戻って、すぐにキネシオロジーの筋肉反射テストで調べてみたらピンポン『私はおさむに大切にされています』で筋肉の反射はオフ。私の潜在意識は、おさむに大切に扱われていないと感じていたことがわかったのでそれを調整したことがありました怒りの感情を持ったことによって、自分の表面的な意識ではわからなかった潜在意識の思い込みに気づいてゆくこともあるのですね。そして、つい先日も、私は「怒りのレッスン」を行ったところです私はレイキのクラスを受けた方へは、やってみて何かわからないことがあったり困ったことがあったらメールで質問してくださいね、とお伝えしているのですが中には、毎回のように「これをやってもいいですか?」「これはどうすればいいですか?」と尋ねてこられる方がいます。そんなこと、とりあえず、自分でやってみればいいのにな~とかちょっと考えればわかることなのにな~と思うようなことでも毎回お返事していたのですがある時、あまりにもそれが続いたので、ふっと怒りの感情が湧いてきました。あれ?私は何でこんな小さなことに怒りの感情を持っているのかしら?そう思って、よくよく自分の内面を見ていったらそれは「くだらないことに自分の大切な時間を奪われてしまう」という恐れの感情から、来ていたことに気づいたのです。ああ、そうか、これは相手の問題ではなく、自分の問題なんだ。私自身が自分の時間を大切にすればいいだけなんだ~そうわかったので、答える必要がないと判断した質問には答えないようにしたら、すぐに相手に対する怒りはなくなりました。こういう時、相手の意向に添わなかったことに対して罪悪感を持たないことも大切だということも、あらためて感じました。実際、その相手の方もあまり深く考えずに、とりあえず質問してみただけということが多く、私がいちいち答えなくても、大丈夫なのだなあということもわかりました。もちろん、そういう場合でも、自分の中だけで完結せず相手に伝えるべき必要がある時もあるでしょう。そう、このライフレッスンにも書かれてあるのは「わたしたちは、他人に対して怒るだけでなく自分自身に対して腹を立てる。例えば、自分の感情を犠牲にして他人のご機嫌をとろうとした時には自分を裏切ったことに腹を立てる。自分に対して取るべき待遇を取らなかった相手にたいして怒ることはあるが、じつは自分がしかるべき待遇をうける人間であることを最初に表明しなかった自分自身に対して怒っていることに気づいていないことが多い』自分が嫌だなあと感じているのに、それをやってしまった自分自身に腹が立っているのですね。それを自分に対する怒りだと気づかずに、相手への怒りにすり替えてしまっているわけなのです。怒りのレッスン、恐れのレッスンほんとうに日々、いろんな気づきや学びがありますね~
2010年04月06日
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NYは、今日もいい天気先日から始めた、早寝早起き、なかなかいい感じです。といっても、12時前に寝て、7時に起きるぐらいなのでそれほど早寝早起きでもないのですけどねなにしろ、私が宵っ張りなのは、たぶん小学生の頃から。20代前半は、会社で働いていたので、朝はそれなりに起きていましたがそれでも当時から夜中2時すぎないと寝ない人でした。12時前に寝るというのは、私の中では、けっこう画期的なことなのです。おかげで、ここ数日、おさむとはすれ違いの生活になってしまい、今日の昼間に久しぶり~という感じになりましたが。さて、今朝は、コピー屋に行く用事があったのでビレッジに行って、製本を頼んだ後、待っている時間にワシントンスクエア周辺をぶらぶら。 通りには、マグノリア(モクレン)の花。それから、ユニオンスクエアのファーマーズマーケットへ。マーケットで、バンドがニューオリンズジャズを演奏していて観客の中から、2組のカップルが踊っていました。うまいなあ~♪こんな風に踊れたら、楽しそうクランベリーとアーモンド入りのオーガニックのグレインのブレッドがとてもおいしそうだったので、買ってきました。パン類は、私は食べ過ぎると、エネルギーがダウンするのがわかるのであまり食べないようにしているのですがたまにはおいしいパンを食べたくなります。窓辺にテーブルを寄せてブランチ。砂糖なしの手作りキーウィジャムと♪ごく日常的なことでも、この春の暖かさの中では何だか特別なことに感じます暖かいって幸せだ~~
2010年04月05日
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今日は、素晴らしくいいお天気昼間は夏のような暑さで、みんな半袖で歩いていました。普通、レイキのクラスは週末には必ずといっていいほど入るので日曜日にオフだったのは、約3ヶ月ぶり。先月は時間がなくて、結局1日もヨガのクラスには行けず、yoga passbookも使っていなかったので、今日は、ソーホー近くのgolden bridge yogaに行ってみることにしました。ここは、私の憧れのヨギ GURMUKHが、もう一人のヨギと設立したヨガスタジオです。以前はよく、彼女のクンダリーニヨガのDVDを、家で見ながらやっていました。こちらはそのビデオの一部。彼女の58歳の時の映像です。ほんとうに美しい~~一度、このスタジオに行ってみたいと思いつつ、最近は、クンダリーニヨガはほとんどやっていなかったし、まだ肩の動きが完全ではないので、今日は、通常のクラスではなく、メディテーションを中心としたヒーリングサークルのクラスに参加してみることに。ここは1階はヨガウエアや本を売っているブティックになっていてとてもきれいです。前のクラスが終了して、人々が2階から降りてきた後スタジオに入り、横になっていたのですが他に誰も来る気配はなし。受付の人が、先生はちょっと遅れると連絡してきてくれます。それからしばらくして、インド人の若いさわやかな男性の先生が入ってこられました。と、結局、参加者は、私一人今まで、NYでヨガのクラスは、いろいろ行きましたが、参加者が一人だったことなんて、一度もありません。NYのヨガスタジオでは、メディテーションのクラスであっても比較的、どこも一杯のところが多いので、これにはびっくりしました。後から気づいたのですが、今日はEaster Sundayのホリデーだったので少なかったのでしょうね。日本ではどうだかわからないのですが、NYのクンダリーニヨガのクラスでは先生は、少し高いステージの台の上に座って、生徒を指導することが多くここもそのスタイルです。広いスタジオの中で、その壇上の先生と向かいあう形で、私はマットを敷き先生はそれでもマイクを使って話し、通常のクラスと同じように行われ何だか私一人のために申し訳ないような気になってきます。ということで、かくしてヒーリングサークルは、プライベートレッスンとなりました最初にクンダリーニヨガのマントラを一緒に唱え、それから、呼吸法に入ります。そして、例のごとく、手をのばしたり、ひいたりなどの動きを延々と続けながら、火の呼吸を続けます。クンダリーニヨガの動きって、永遠に続くかと思うぐらい長いんですよね。久々にこういう動きをやったので、やっぱり数分続けると、かなり手がだるくなってきます。でも、当然、先生の視線は、私一人に注がれていますし適当に途中で休むわけにもいかず、がんばって続けました~それから、横になってのシャバサナ。と、先生は、私一人のために、ゴングを鳴らしてくれます。この広いヨガスタジオに私一人で横になってのサウンドヒーリング。ああ、なんという贅沢先日、レイキのクラスに来られた方も、このゴングを聴きたいのでここのクンダリーニヨガのクラスを受けると言われていた方がいましたが、私もクンダリーニヨガが好きな理由は、このゴングのみといっても過言ではないかもしれません。ゴングの深い音と身体全体に伝わってくる振動でしばらく、宇宙空間に漂っていました。やっぱり、ゴングもこの大きさだと、うちにあるゴングとは音の深さが全然違うな~。おさむが聴いたら、欲しがりそう。(こんなのが家にあったら、近所から苦情が来るでしょうが)それから、最後はチャンティング。マントラを唱えながら、音楽に合わせて歌います。先生もとてもよい先生でしたし、とても楽しいクラスでした~しかも、yoga passbookのお試し券で、プライベートレッスンが受けれるなんて感謝♪夕方はサンセットパークへ。先週から暖かくなったので、この公園へ夕日を見に行くことも復活してレイキのクラスやヒーリングが終わった後は、ここで夕日を見ています。今日の夕方は曇っていたので、あまり観えませんでしたが晴れた日には、たくさんのプラーナが飛び交っているのが観えます今日も素敵な1日をありがとう
2010年04月04日
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先日、友人から借りた、エリザベス キュープラー ロスの『ライフレッスン」を読んでいてまだ最後まで読んでいないのですが、とても素晴らしい本でしたので、ご紹介したいと思います。先日も少し書きましたが、エリザベス キュープラー ロス博士は、精神科医であり、終末期医療の第一人者として、たくさんの末期の患者と接しており、死後の世界の研究でも有名な方ですが彼女自身が脳卒中で倒れ、闘病生活を強いられるようになりこの本はその頃に書かれたものです。この本は死後の世界のことではなくこの人生の中で起こるさまざまなことから、私たちが何を学ぶのかといったことが書かれてあるのですが、多くの実例とともに、とてもわかりやすく書かれてあります。項目は愛のレッスン、ほんものの自己のレッスン人間関係のレッスン、喪失のレッスン力のレッスン、罪悪感のレッスン、時間のレッスン、恐れのレッスン怒りのレッスン、遊びのレッスン、忍耐のレッスン、明け渡しのレッスン、許しのレッスン、幸福のレッスンと分かれてあります。どれも、ほんとそうだなあと深く納得できる内容でした。許しのレッスン、人間関係のレッスン、怒りのレッスン、罪悪感のレッスンなど私のこれまでの人生のカリキュラムの中でも、大きな位置をしめていたように感じます。そして、この項目の中で私が最も苦手なレッスンは「忍耐のレッスン」なのですがそれもごく最近、少しだけ学んだ気がしていますということで、今日は、その項目の中の喪失のレッスン(ページ83~109)から、一部を抜粋してみますね。『わたしたちはいずれ、すべてのものを失うが、最終的に問題となるのは喪失そのものではない。家、車、仕事、お金、若さ、そして愛する人でさえ、じつは借り物にすぎない。すべてのものと同じように、愛する人も永遠に自分のものではありえない。しかし、その真実に気づいたからといって悲しむことはない。むしろ反対に、その気づきによって、地上に行きているあいだに味わいうる多くの素晴らしい経験にたいする正しい認識があたえられるのである』『喪失は、人生の中でもっとも苦しいレッスンのひとつではあるが人は喪失なくしては成長できず、喪失なくしては人生を変えることはできない。ユダヤ人の社会に「多くの結婚式で踊る者は、多くの葬式で泣く」という古いことわざがあるが、友人の数が多ければ、それだけ喪失を味わう機会もふえるのである。もし、あなたが喪失の痛手に苦しんでいるとしたらそれはそれだけ豊かに人生の祝福をうけていたからである』『悪のない善がなく、影のない光がないように喪失体験のない成長がありえないことは確かである。奇妙に思われるかもしれないが、成長をともなわない喪失もまたありえない。そこが理解しにくいところであり、だからこそわれわれはこんなにも喪失にとらわれてしまうのだろう』『その両義的なしくみを、がんで子どもを失った両親のケースから学ぶことができる。喪失の直後、両親は「この世の終わりだ」といって嘆いた。ところが何年かのち、両親はその悲劇を通じて、人間的に成長をとげていた。もちろん、子どもを失う経験など、できることならぜったいにしたくはなかった。だが、両親は喪失体験のおかげで、おもってもみなかった境地に到達することになった。すなわち「あの子が最初から生まれてこなくて、あの子を一度も愛したことがない人生よりもあの子を愛し、そして失った人生の方がよかった」と思えるようになったのである。愛する対象を持った経験がないことと一度はそれを持ち、失う経験をもったこととはくらべものにならないほど大きな違いがある』『喪失による成長は、外から見てすぐにわかるようなものではない。しかし、確実に成長している。喪失の痛手を味わった人はいずれ強くなり、より全体性に近づいてゆく』『喪失というと、愛する人、いのち、家、財産などを失うような大きな喪失をかんがえがちだが、小さなことが大きな喪失になるというケースもふくまれる』『愛する人を亡くすことは、まちがいなく最もつらい経験のひとつである。ところが、離婚や生き別れで相手を失った人が死別だけが究極の喪失ではないことに気づくことがある。相手が生きているのがわかって、その相手と生活をともにできないという現実が、相手がこの世から永遠にいなくなるよりも苦痛が大きくあきれめるのが難しいという場合もあるのだ』『人はみな、自分だけの時間、自分だけの方法で喪失を体験する。人間には拒絶という、すばらしい恩寵があたえられているからだ。だから、その時期がきた時に、はじめてその感情を経験する。感情は、われわれがそれを感じる用意ができるまで、安全なところに貯蔵されている。両親を失った子供には、しばしばその例が見られる。おとなになり、対処できるようになるまでは、両親の死に悲嘆をかんじないこどもが少なくないのだ』『過去から逃げさることはできない。過去の悲しみはしばしば、悲しみを味わう準備ができるまで未決状態のまま凍結される。あたらしい喪失体験が、過去の喪失の悲しみを再現するひきがねになることもある。つぎに別の喪失を体験するまで、最初の喪失にはなんの感情もいだかないこともあるのだ』『愛する人、とりわけ生前に複雑な感情の対象だった親が亡くなったとき深刻な葛藤に悩まされることがよくある。喪失にショックを受けているにも関わらず、素直に悲しむことができないのは自分を愛してくれなかった人の死をどのように受け取ったらいいかわからないからである』『喪失が複雑なものであろうとなかろうと喪失を体験した人はみな、自分の時間、自分の方法でいずれは癒されてゆく。そのプロセスのパターンやそれにようする時間は、人によって異なる。悲嘆はつねに個人的なものである。そして、一カ所にとどまることなく、人生を歩みつづける限りすべての人は癒される』『喪失体験の癒しには多くの段階がある。その準備ができたら、まず喪失を実感し、その事実を事実として認めることだ。拒絶という恩寵のはたらきに身を任せ、こころに感じるべきことを感じているだけだと銘記すればいい。そうすれば、苦しみから逃れる唯一の方法は苦しみを味わいつくすことだという真理が見えてくる』『むかしの喪失を癒すためのレッスンが、つぎの喪失も回避できないのだという気づきの中に存在する場合もある。人生の中に喪失を防ぐ手だてはないと悟ることが、古い喪失の癒しになるのだ。喪失を警戒しすぎることによって、わたしたちは逆に喪失を招いている。愛する人を失わないようにするために人を愛さずに遠ざけていればそのこと自体が喪失になる』『ほんとうに重要なものは永遠に失われることはない。うけとり、あたえてきた愛が失われることはないのだ』いくら深い喪失の中にあっても、いつか必ず癒される時が来る。このことは、私が強く実感してきたことでした。私もこれまで生きてきた中で深い喪失を味わったのだけれどその体験のおかげで、今、この生で体験していることのすべてが愛おしいと感じることができるようになったのだなあと。そして、その結果として、全体性つまり、ワンネスを感じるようになったと言えるのかもしれません。(この本では全体性と訳されていますが原文はワンネスーOnenessなのではないかな~と)失わなかったら、気づかなかったことって本当にたくさんありますね。どんな人でも、いつかはこの世界を去り別の世界へと旅だってゆきます。それまでに、いかに多くのレッスンをこなしてゆくのか。そして、どんなに形は失われたように感じてもその時、受けとった愛や、与えることができた愛は永遠に失われることはない。それだけが永遠へとつながってゆくのだなあと。また他のレッスンの項目で、なるほどな~と感じたことがありました。ここでまたご紹介したいですが機会がある方は、ぜひ読んでみてくださいね~いのちあるものは、すべて、いつかはその形を失ってゆきます。でも、そこに存在していたことが大きな意味を持つのですね。
2010年04月03日
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昨日は、亜子先生のコロニクス(腸内洗浄)に行ってきました。この亜子先生のコロニクスは、NYに住んでいる健康志向の方なら知らない人はいないというぐらい有名なところです。私のところにレイキを受けに来られる方も多くが受けていらっしゃって前々から知っていたのですが、私は特に腸は問題ないそうだから、必要ないかも~と思って、今まで行ったことはありませんでした。でも、最近、ちょっと忙しかったせいもあって、断食もできていないし、コーヒーエネマもしばらくやっていないししかも、ここしばらく、夜中におさむが持ってくるマクロビクッキーを食べるくせがついてしまってちょっとこれは一旦リセットが必要だ~と行ってみることに。亜子先生は肌がとてもきれいな方でやさしくて、いろんなことをご存知で、噂通りの素敵な方でした。まず、私のお腹を触って「この辺りに便のカスがありますね~」と言われます。さすが、お腹の脂肪との違いもわかるのですね長年の経験から、触っただけで腸の様子がほとんどわかるのだそう。マッサージベッドに横になり、管をいれてからその腸内にこびりついているものをふやかすために、注入が始まります。注入されるのはお湯だそうですが、ほとんど入ってゆくのは感じません。そして、亜子先生がお腹をマッサージしてくださって便意を催してきたら、注入を止めて水を抜きます。抜く際に、腸内のカスが出てゆくのが、透明な管から見えます。ちなみに、これは洗腸であって、浣腸とは違うので腸の中、全部にお湯が行き渡るそう。(詳しくは、ihealingのAsamiさんのブログにも書かれてあります)この日は、朝から何も食べないで行ったのですがやっぱりたくさん出てきました「順調に出ていますよ~」亜子先生は、そう言われて、お湯を入れる、マッサージ、そして抜くを繰り返して腸内のカスを全部出してしまいます。自分でコーヒーエネマするよりも、ずっと楽というか、全く苦しくないし、それほどがまんもしなくていいしいつのまにか、どんどん出ていく感じで、コロニクスが、こんな楽で気持ちいいものだとは思いませんでした。これはカスを吸い取っているのではなく腸の自然な動きだけで、排出されていくのだそうで身体に全く負担はないとのこと。亜子先生は、流れている便の状態を見ながら「繊維質のものをよく食べられていますね。それと豆類もよく取っているようで、いいですね」と言われました。管の中を流れてゆくのカスを見るだけで、普段、その人が何を食べているかもよくわかるようです。やっている間、亜子先生にいろいろ疑問に思っていたことを聞いてみました。まずは、コーヒーエネマのこと。もともと、新谷先生が、コーヒーエネマを勧められていたので私は数年前から時々やっていたのですがエドガーケイシーの本の中には、エネマは、病気や不調の時ならいいけれど普段からやるのは、腸の働きを弱めると書かれてあって本当のところは、どうなのかしら?と思っていました。これに関して、亜子先生は「確かにエドガーケイシーはそう言われていますよね。私もそれに関しては、ずっと疑問だったのですが」と前置きされた上で「普通の便が出ていても、全部出きれない部分はあるのでそういう時に週に1日などエネマを活用するのはいいと思います。でも、便秘の方が便秘を治す努力もしないでエネマすればいいや~となってしまうとよくないということですよね」と、ごく納得できるお答えが戻ってきました。確かに、それぞれの体質にもよりますしね。コーヒーエネマは、私は毎回わくわくするくらい好きなのでたまには楽しんでやろうと思います。それと、私が何度かやったBlessed Herb社のコロンクレンジングも合う方と合わない方がいるようです。これは、この会社の製品の中にPsyllium(シリアム)という成分が入っていてこれ自体はとてもよいファイバーだそうですが水に溶けると、ゴム状になる性質から腸の壁が入り組んでいるタイプ(このあたりは、亜子先生の言葉を曖昧にしか覚えていないのですが)だと腸の壁に張り付いてしまうのだそう。私の身体には合っていたようですが中には合わない人もいるのですね。また、みなさんは、ここにどのくらいの頻度で来られるのですか?とお聞きしたところ、それは目的によって様々だそう。肉や乳製品をよく取られている方や遺伝的に大腸ガンになりやすい方は、大腸ガン予防のためによく通われているようですし、また断食の効果を高めるために、断食中におとずれる方やまたダイエット目的の方や、お肌の調子を整えたい方など様々な理由で来られるようです。「のりこさんは、食事も特に問題ないし、毎日、排便もきちんとあって腸の動きもとてもいいので、頻繁に来られる必要はありません。もし、次回来られるのなら、断食の最中などに来られると違いがわかっていいですよ~」とのことでした。すべてが終了して、すっきりした後食事や食事時間についてのお話があります。アルカリ性食品と酸性食品のバランス新谷先生が推薦している食事のバランス消化能力を高めるための生活習慣。この中で、タンパク質と炭水化物を同時に取ると消化に時間がかかることのは知っていたので「なるべく別々に食べるようにはしているのですがやっぱり、どうしても納豆とごはんとかテンペとか食べてしまうんです」と私が言うと、「発酵食品のタンパク質は、炭水化物と一緒にとっても大丈夫なんですよ。だからご飯に納豆やテンペはオッケーなのです。最悪なのは、肉とご飯だけ食べるようなタイプの方です」と亜子先生が教えてくれました。これは知らなかったことなのでよかった~♪私は普段のタンパク質は、テンペか納豆が多いので問題なさそうです。また、少量だったら、炭水化物とタンパク質を一緒にとっても大丈夫とのこと。またアルカリ性食品と酸性食品のバランスはこれは80%対20%ぐらいがベストと言われているのですが私は普段、穀物を食事の50%ぐらいはとっているので「穀物はほとんどが酸性食品ですが、私は50%ぐらいは取っていますが」とお尋ねすると、「のりこさんの場合は、肉や砂糖などの酸性食品を取っていないし野菜を取っていれば、穀物の量が多くても大丈夫なんです。実際、新谷先生も穀物は食事の50%をしめるのがいいと言われていますから」ということでした。また、私は、普通は玄米を食べているのですが最近は、試しにしばらく白米を食べていて、身体の調子の変化を見ていることを伝えると「そういうのがいいですよね~こだわりすぎないことも大切ですから」と言ってくださいました♪そして、消化能力を高めるために、一番大切なのは食事内容よりも、食事時間や睡眠時間なんだそう。人は20歳ぐらいまでは、成長ホルモンがでるのですが成長が終わった後の大人の身体では、夜10時から2時までに修復ホルモンが出るのでそれが、老化を遅らせたり、デトックスにその時間に食べたりすると、その修復ホルモンが消化に使われるため他のところの修復ができなくなるのだそう。また、この時間はできれば、ぐっすり眠っているのがその修復ホルモンを最大に活用する方法なのだそう。夜10時に就寝~~私は、毎日、就寝時間が夜2時を過ぎてしまうのでせめて夜12時までには寝るようにしたいなあと前々から思ってはいたのですが。よし、これを機に心機一転、夜11時を目標にすることにしました。「たぶん、のりこさんの場合は問題はそこだけですね~」と亜子先生が言ってくださったので、もうすっかりやる気になって早速、昨日から夜11時に就寝を始めましたと、ちゃんと続くかしら~もし、続かなかったら、キネシで調整しようおさむの帰宅時間が夜1時頃なのでおさむが仕事の日には、彼と話もできなくなってしまいますが。どちらにしても、彼も今月で今の仕事は辞めるのでまた何か変化があるかもしれません。腸内洗浄もとっても気持ちよかったですしまた、自分の腸の働きを確認できてためになるいろんなお話を聞くことができて本当に行ってよかったです。次回は、半年後ぐらいに、断食やBlessed Herbのコロンクレンジングの最中に行ってみたいと思います~今日から4月。NYは、とてもよいお天気です
2010年04月01日
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