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先日、ボストンに出発する前に、キネシのセッションに来てくださった方からうれしいご報告を頂きました。そのまま掲載してもよいと快諾してくださったので、ここに掲載させて頂きます。ありがとうございます♪これは、これまで私が行っていたキネシオロジー(タッチフォーヘルス)を使ってのセッションです。ちなみに、この方は、鼻の下のある部分だけに、かぶれがあってそれがしばらく治らないという問題で、来られました。のりこさんのところにうかがって、その日からフラワーエッセンスを取り出して、次の日は鼻のかぶれた部分はまだかなり赤くて、腫れていました。BFや彼の家族に医者に行けとものすごい勢いで言われて、まあ、このまま治らなかったら、周りもうるさいし、いったん医者に行くか・・・とあきらめモードで思ってました。ところが次の日から痛みがひき始めて、すごい速さでかさぶたみたいのができ、皮がむけ始めて、赤みもどんどんひいていきました。今は肌はすこしピンクですが、もう皮もむけていなくて、かなりスムーズになっています。まだかぶれていた部分になんとなく違和感があって、完璧に症状が消えたとは思えないのですが、ものすごい速さで治ってきたのは確かなようです。会社でもびっくりされて、今日はキネシオロジーについて色々説明させられました(笑)キネシで過去の自分の思いに気づいたからか、フラワーエッセンスのせいか、自分の頑固さ、思い込みの強さとかにも少し目が向くようになりました。このエッセンスはもう少し、継続して取ってみたいです。キネシでこういう結果と出た時、私以上にのりこさんの方が「本当かしら?」という表情をされてたように思います。私はあの時、何故か治っても治らなくても、自分の忘れていた思いに気づけてすごく良かったと強く思いました。後から、自分に対して「人と違うことを認めない」、という価値観が実は、仕事、人間関係、その他本当に色々な場面で今の自分の心理・行動パターンに影響していたことが分かってきました。結構強い思い込みで、手放すのには時間がかかりそうですが、スピリチュアルになる過程で、絶対必要だったのは確かなようです。最初、鼻のかぶれは、食べ物に関係しているのではないか?ということで普段とっている食べ物を持ってこられて一つ一つ調べてみたのですが、いくつか、身体に合っていないものはあったもののそれは、お菓子類など、誰もが反応しやすいものだけであってそれほど顕著な反応は現われませんでした。それで食べ物ではなさそうですし、化粧品や洗剤などの日用品も安全なものを使うように気を使っているとのことでアレルギー的な反応でもなさそうということで、他にもいろんな原因を探していこうということになりました。それで身体が反応したのが、「スピリチュアル」というキーワード先日のおさむの時にもこのキーワードが出てきましたが、今回は何だろうと特定していくと、「エネルギー」と出ます。エネルギーというのは、人から受けているエネルギーなのかそれとも自分が出しているエネルギーなのか見ていくと自分が出しているエネルギーだと出ました。ふむ。これではよく意味がわからないので年齢ごとに調べてみることに。そして出てきたのは20歳。20歳の時のエネルギーに関すること、ということで思いついたことを言ってもらったら、その当時、他の人と自分は違うという意識が強くてそれがいけないことのように感じていた、ということ。それでは「私は他人と違うという意識」で身体の反応を見てみるとピンポンということで、それに対する潜在意識の調整を行うことになりました。そして、身体の反応から、調整方法はフラワーエッセンスと決まりました。調整後、とてもすっきりした、と言われて、それはよかったのですが、果たして、これで鼻の下のかぶれが治るかどうかは正直、私にはわかりませんでした。私たちの身体の症状として出てきているものは、ただ単に身体の構造や栄養的な問題だけではなく、本当に様々な思いや意識や感情が出てきていることが多いので全く予想もしなかったことが、原因となっていることがよくあります。ですから、かぶれの原因が、20代の「他人と違ってはいけないという意識」に関連していてもけして、おかしくはないのですが、かといって、本当にそれを調整しただけで、かぶれが治るか?は、わかりませんから。なので、このメールに書かれてあるように、私はセッションが終わった後に「本当かしら?」いう表情をしていたのですねこの方の場合は、例え、このセッションで、かぶれが治らなくても、自分の中の忘れていた思いに気づくことができたので、来てよかった、と言ってくださったのですが私としては、「皮膚のかぶれ」のために、ここに来られた方に例え、他の問題が調整できても、そのかぶれが改善しなかったとしたらよかったですね~と単純には言えないなあ、などと思っていたのです。ということで、このメールを頂いた時にはああ、やっぱり、身体の反応のままにセッションを行ってよかったな~とあらためて感じました。先日もマチルダが「筋肉反射テストで、身体の反応に従って進めてゆきさえすればあなたたちは、けして間違うことはありません」と言っていましたが、その通りだなあと。今回のケースは、身体の症状として出てきているものがいかに私たちの意識や感情やエネルギーと深く関わっているか?ということを再認識するのに、とてもよいケースだなあと感じています。この方の、かぶれが起こったのは、「他人と違ってはいけない」という意識や価値観をもうそろそろ手放すことが必要だよ~という身体からのメッセージだったのでしょうね。私たちは、みんな違っていて当たり前なのですから。それぞれ違うからこそ、宇宙全体の中ではバランスが取れて、つながっていられるのです。身体からのメッセージ、素晴らしいです~
2010年06月30日
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クラスでのことをアップしようと思ったのですが昨日、早速、おさむへのIHキネシオロジーのセッションを行ったのでそれをアップします。まず、最初に彼がやってみたいと思っているテーマが今回、ワークするテーマにふさわしいかどうか、身体に聞いてゆきました。そうすると、今回はどれもノーと出ましたので、別のテーマを探ってゆくことにしました。感情のチャートから、(潜在意識の中で)問題となっている感情を選んでゆきます。これまでは、私がいろんなキーワードを言いながら筋肉反射テストを行っていたのですがもう、その必要はなく、私が彼の筋肉をテストしながら、片方の指でチャートをなぞってゆくだけで、彼の潜在意識が持っている感情が見つかります。おさむは、その間、チャートを全く見ていないので、全くどんな言葉が選ばれるのか(頭では)わからないわけで、完全に彼の身体が選んでゆきます。そして、今回選ばれた感情は「赦せないこと」それについて、思い当たることがあるかどうかをおさむに聞いてみると、特に心当たりがないとのこと。なので、身体に聞きながら、誰に対して赦せないと思っているのか調べました。そして、出てきた答えが、彼は、自分自身に対して赦せないという思いを持っているということ。それに関しても、おさむはピンと来ないと言います。これまでのキネシだったら、何の出来事に対して自分を赦せないと感じているか?を特定してゆき、それに対して調整することが多いのですが、IHキネシオロジーでは、その段階でもっと情報が必要かどうか?を身体に聞いてノーと出たら、次のステップに進むことができます。もし、その時点でもっと情報が必要ならば次のステップには進めないようになっているのです。それで今回は、テストで次に進めると出たのでそのまま手順を進めてゆきました。目標設定(この場合は「完全に自分を赦します」というもの)をしたり、無意識レベルでの情報を集めて、サーキットに入れてゆきます。そして、ヒーリングの段階になって筋肉反射テストでわかったのが、脳のディープレベルスウィッチングがこの「赦せないこと」に関係しているということ。ディープレベルスウィッチングとは、何らかの理由で、左右の脳の神経回路が上手く行われていないために記憶力や、判断ミスなどが起こってしまうという問題です。なるほど~ここで、すべてがつながりました。おさむは、以前から、ちょっとしたミスや注意不足が多くてこれまでも、本当にいろんな問題がありました。実は、ここでバラしてしまうのだけれど先日、マサチューセッツへの旅の途中で、車がいきなり止まってしまったのはレンタカーを借りて、4時間ほど走っている間に、おさむが一度もガソリンの量をチェックしていなかったために、ガス欠で止まったのでした。(トホホホ、、、)まさか借りたばっかりのレンタカーにあまりガソリンが入っていないなんて、思わなかったというのもわかるのですが、「もちろんガソリンは入っている」というおさむの言葉を私も疑わず、ガス欠が原因とはレッカー車が来るまでわからなかったのです。(おさむの名誉のために書かなかったのだけれど、ばらしてしまった~~)そして、前回のアリゾナの旅の時にも何度かそういうことがありました。そして彼自身、ミスや失敗をする度に「なんで、俺はこんな避けられるミスが多くて、注意力がないのだろう」と自分自身に対して赦せない思いを持っていたのですね。そして、記憶力や読解力に関しても、スムーズに行かないと感じることが多くいつも脳がちゃんと働いていないような気がしていたのだそう。それで脳の現在の統合状態を見てみたら、けっこう低いパーセンテージが出てきましたIH キネシオロジーでは、イエス、ノーというだけではなくそれが何%なのかを表示することができるのです。例えば、食べ物が自分の身体に合っているとしてもそれが80%合っているのか、それとも60%ぐらいなのかを表すことができます。それから、脳の統合のためのヒーリング(調整)を行いこうして、おさむの脳は見事に統合されたのでした。(ほんとかい!って感じですが)そして、最後にこの脳の統合を受け入れ自分を完全に赦すことを、彼自身で宣言します。実は、このディープレベルスウィッチングは、多かれ少なかれ、多くの人に起こっています。今回のクラスの中で、私も脳の統合をしてもらいました。マチルダがクラスの中で言ったことは、IHキネシオロジーのセッションを受けるとこれまでのいろんな問題が、自分自身がだめなせいではなくいろんな状況から、そうなってしまっただけだということがわかって安心する人が多いとのこと。確かに、私もおさむが注意不足や判断ミスで失敗した時に、「なんで、そんなことも気づかないのかしら?」とつい彼自身を責めるようなことを言ってしまったことがあったことを思い出して、今回、とても反省しました。(ミスしたくてミスしているわけではないことは、よくわかっているのであまり言わないようにはしていたのですが、先日彼が飛行機会社を間違えて、NYに戻るのが18時間遅れた時には、さすがに言ってしまいました)でも、そういう注意不足が、脳の神経回路の問題が関わっていたなんて。。そして彼自身、その失敗によって、自分自身を赦せないと感じることにつながってしまっていたのですねIH キネシオロジー、やはりかなり深いセッションができます。ということで、脳が統合された彼がこれからどうなるのか楽しみ
2010年06月29日
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昨日の夕方に5日間のインテグレイテッド(IH)キネシオロジーのクラスが終了し夜中にボストンからNYに戻りました。私の予想をはるかに超えた、素晴らしいクラスでしたIH キネシオロジーの創始者であるマチルダは、本当に素敵な人で彼女との出会いは、私の人生の中での大きな宝物の一つになりました。早口でおしゃべりで、感情表現が豊かで、冗談を言っては、けらけらとよく笑い、その大柄な身体全身から愛のエネルギーが溢れていて、彼女のそばにいるだけで、その暖かなエネルギーに包まれるのです。参加者の一人が「ああ、私は彼女のスピリットが欲しいわ」と言っていましたがクラスの間中、誰もが彼女の大きな愛に包まれて、完全に心を開いているのを感じました。今回の参加者は14名。キネシオロジストはもちろんのことカイロプラクター、鍼灸師、マッサージセラピスト、サイコセラピスト(心理療法)レイキプラクティショナーといったそれぞれの専門分野で活躍している方が多かったですが一人、ヒーリングのクラスを受けるのは今回初めてと言う方もいてその方がまたとても感がいいので、みんなに驚かれていました。どの方もみんな素晴らしい人たちで、クラスは、終止和やかで楽しい雰囲気に包まれていました。クラスが、行われたのはボストン郊外に住む今回の参加者の一人の自宅。家に7つもバスルームがある大豪邸で、緑に囲まれた美しい家でのクラスは何かの勉強に来たというより、どこかの山荘にバケーションに来たかのような気持ちになります14人が2人一組になって使うための、7つのマッサージテーブルが、あちこちの部屋に分かれて、配置され、落ち着いてセッションができるように、完全な体勢が整っていました。私はそこから約20キロ離れたキッチン付きのホテルに滞在し同じくそこに泊まっていた参加者の車で、朝夕送り迎えをしてもらったので一度もタクシーを使う必要もなく、何もかもとても恵まれていました。さて、クラスの内容は、もう目から鱗の連続でこんなことができるの~という驚きと喜びに満ちていました。インテグレイテッドというのは、統合される、という意味ですが、マチルダが「IH キネシオロジーは、あなたたちがこれまで学んできたものを無駄にしません」と言っている通り、あらゆるヒーリングを統合することができるヒーリング。レイキもフラワーエッセンスもタッチフォーヘルスもサウンドヒーリングもこのIHキネシオロジーの中で、効果的に使うことができます。そして、何よりもすごいのは、ホログラフィックに(全体的に)ヒーリングを行ってゆくということ。人間は、身体だけでなく、心や霊、魂、その他、あらゆるエネルギーのシステムの全体の一部として存在しています。例えば、ある症状や問題がある場合にそれが一つの原因や出来事から起こっているだけではなく様々な要因で、起こっていることがよくあります。これまでのキネシオロジーでは、その問題がどこから起こっているのか?を調べて、それに対して調整する、ということを行ってきたのですが他にもいろんなことが関わっている場合は1回の調整では無理で、また次の時に別の原因を探ってゆくことが必要となってきます。例え「そうじがなかなかできないので、できるようになりたい」そんな一見シンプルな問題に関しても、実は、身体の機能自体の問題や栄養やあるいは、子供や胎児だった頃の出来事や感情、あるいは他の人からのエネルギーや過去生まで関わっていることもあるのです。そのため、問題が深い場合は、何度もセッションに来てもらう必要もありました。ところがIHキネシオロジーでは、様々な次元で起こっている要因を一つのセッションの中で情報として集め、それをまるでコンピューターのホルダーに入れるように、身体のある部分に一時的に集め、一気にそれを消去する(ヒーリングする)という方法なので、深いレベルでのセッションが1度でできます。今回、このIHキネシオロジーを学んだことは、私にとってヒーラー、セラピストとしての大きな自信へとつながりました。最後の日に参加者の一人が「これまで私はキネシオロジーを学んでも、自分のことをキネシオロジストとは言えなかった。でも、今日から私はキネシオロジストであると堂々と言えます」そんな感想を述べていましたが、私も、キネシオロジストとしてまだまだ学びが不足している、もっといろいろ学ばなければ、というこれまでの思いが、このIHキネシオロジーを学んでなくなりました。もちろん、このIHキネシオロジーではあらゆるヒーリングテクニックを統合できるので、セラピストがヒーリングテクニックをたくさん持っているほど使えるものも多くなりますから、そういった意味ではこれからも学んでみたいことはあるのですが、私が今、できることだけでも、IHキネシを使えば、実に多くのことに対応できることがわかったからです。マチルダ自身、このIHキネシオロジーを創立するまでに16種類のキネシオロジーを学んだそうですがいつも「なぜこんなに複雑なんだろう、もっとシンプルにできないのかしら』と思い続けていたのそう。そして、もう一つ、今回、とても大きな収穫だったのは、日本人のみではなくアメリカ人に対しても、私はこのIHキネシオロジーのヒーリングを行っていくことができるという自信もできたこと。日本語でも難しい内容であり、ディープな事柄を扱うのに英語でのクラスが完全に理解できるかしら?という不安がクラスの前には、若干あったのですがクラスが始まってすぐに、全く問題なかったことがわかりました。私にとって、特にイギリス英語はわかりづらいことが多いのですがヒーリングに関する内容は、マチルダが超早口で話しても、ほぼ全部理解できるのです。マチルダが「日本人は、自分たちの英語力に関して不満を持っている人が多いのだけれど全く問題ない人が多いのよね~。今回、あなたも最初にそう言っていたけれど蓋をあけてみれば、誰よりもあなたが先にできるようになったのだから」と言ってくれました。彼女は、そんな私に自信を与えてくれるかのようにみんなの前で、私のヒーリングの進め方を褒めてくれることが何度かありました。これは、もちろん私の英語力うんぬんよりも今回、事前に日本語テキストを読んでいたことが大きかったので手順を覚えるのも、スムーズにヒーリングを進めてゆくことも早かったのですが、それと同時にIHキネシオロジーでは、とにかくマッサージテーブルの上で、相手の話を聞いたり、感じてもらいながら、筋肉反射を行い、それが必要な情報だとわかれば、サーキットにぽんぽんといれてゆくだけなので例え、英語でのディープな内容であっても、自信を持って進めてゆくことができるのです。無限の可能性を持ったインテグレイテッド キネシオロジーを知ることができて本当に幸せですさて、私が今回学んだ内容や実際に受けたことに関しては、またこれから詳しくアップしてゆきたいです~♪
2010年06月28日
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私たちは、マサチューセッツのラコタ族の平和の祈りのイベントに参加するために次の日の朝、レンタカーを借りて、NYを出発したのですが、予想外のハプニングがありました。4時間近く走って、あと20キロぐらいでイベントの場所に到着するという時突然、車がエンストしてしまい、全くエンジンがかからなくなってしまったのですちょうど、私たちの車が止まった前にあったのが、車の保険会社のオフィス。助けを求めようと、そのオフィスに入っていくと、その小さなオフィスで2人の女性が働いていました。それから、何が原因か、バッテリーを一緒に調べてくれたりレンタカー会社に連絡を取るために電話を貸してくれたり連絡を待っている間もオフィスで待たせてくれて、とても親切にしてくれました。そして、待つ事、約3時間以上。レンタカー会社から差し向けられた、私たちの車を乗せるレッカー車が来てすぐ近くのトヨタの販売店へ。私たちがレンタカーした車がトヨタ社だったのですが、たまたま近くにトヨタのサービスセンターがあったのも驚きでした。そこで、車を見てもらって修理し、ようやく出発できたのが、夕方7時半頃。残念ながら、ラコタ族のイベントはすっかり終わってしまっていて私たちはそれには呼ばれていなかったんだね~ということになりましたがその日のうちに、車が戻ってきて出発できたことは、不幸中の幸いでした。また、そのオフィスにいた女性2人は、突然、車のトラブルだと言って入ってきた私たち2人に何の躊躇もなく、本当に親切にしてくれて、こんな方たちと出会ったことは、本当にラッキーでした。そのうちの一人、リンダは、アリゾナ出身の人で最後まで私たちを心配してくれて、ハグして別れました。リンダがレッカー車が来るのを待っている間「あなたは、こんな状況の間もずっとCalmなのね」と私に言います。実際、こんなところで車が止まっても、生死に関わるようなことではないですからいつかは解決することはわかっているので、落ち着いていられます。でも、もし、これが先日のアリゾナの「この世の果て」(私たちがさ迷った場所)のような車一台通らないような場所で、起こった出来事だと考えたら、それは、ほとんど死を意味するかも?と、ぞっとしました。さて、おさむは、このイベントへの参加のために、わざわざレンタカーしてマサチューセッツへやってきたわけで、私は翌々日には、そのまま、ボストン郊外のワークショップへ参加するのでいいものの一体、今回2人でここまで来たのは、何のためだったのかしら?とにかく、その日は予約していた近くのホテルに泊まり、次の日の朝、私たちはボストンに到着しました。車の中で、この日どこに行こうか考えていてふっと、リバーシングワークショップの時に、みかさんが9月にボストンにクジラウォッチングに行くと行っていたことを思い出しそれに行ってみることに1日2回、ボストン水族館の前から、クジラウォッチングの船は出ているのですが朝10時出発の便の10分前に、船着き場に到着。約3時間半のクルーズです。私はクジラウォッッチングに行ったのは、かれこれ15、6年ぐらい前のこと。その時は、ほとんど見れなかった記憶があるのですが今回、ぜひ現われてほしいね~と行きの船の中で、2人でくじらに意識を集中して呼んでみました。と、1時間ぐらい走った頃、船が止まり、くじらが現われます。親子のくじら。これは、また別の3匹のくじらの親子。そして、突然、くじらが、船のすぐ近くに現われたので、びっくり。今回、望遠レンズを持ってくるのを忘れていたのですが、全く望遠レンズは必要ありませんでした。次々とくじらは現われてくれて、こんなにたくさん見れるなんて感動。白く見えるのは、くじらのヒレ。空もくじら雲。くじらが、私が立っていた場所の目の前にやってきた時、私の中で突然、感情がわき上がってきて、涙が止まらなくなりました。くじらを見て、こんな風に感じるなんて、全く予想していなかったのでびっくり。上手く言葉には言えないのですが、絶対的に守られているような意識に満たされてきてぼろぼろと涙が出てきました。(最近、泣いてばっかりだなあ)クジラが潮を吹いて、それが私たちに降り掛りました。私は、パシィフィック社のくじらのシーエッセンスを時々取ったりしていますがこれはまさにくじらのエッセンスそのものくじらというのは、父性の象徴。父のような深い愛と叡智と思いやりを与えてくれる存在です。今回のリバーシングワークショップのテーマとしっかりつながっていました。どうやら、くじらに会うために、今回、私たちはここに来たみたいだね~ここに導かれた理由は、ラコタ族でなかったようです。出発する前は、くじら見学という発想はなかったのですが前日にみかさんから、たまたま話を聞いていたのもすごいタイミング。その話を聞いた時は全くピンと来ていなかったのですが、行きの車の中でピンと来たのは、おもしろいものだなあと。こうして、クジラと出会って、私たちの今回の父性のワークが統合された感じです。ラコタ族のイベントがなければ、2人でここに来ることはなかったでしょうしまた、ラコタ族のイベントに参加したら、もしかすると、くじらを見に行くことがなかったかもしれないのでやっぱり上手くできているのでしょうね。さて、その日のうちにボストンから北へ1時間のホテルへ移動しおさむは次の日の朝、私と別れて、一人NYへと戻りました。そして、私は、次の日から5日間のIHキネシオロジーのクラスがスタート。そのお話は、また
2010年06月22日
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この日、みかさんのリバーシング+おさむのサウンドヒーリングワークショップを行いました。いや、もうすごいワークショップでした。その前日、私とおさむとみかさんとミーティングを開いたのですがそこでの話が、けして軽いものではなかったこともあって「ああ、明日はかなりヘビーなワークになるなあ」ということは容易に予想できたし、私自身のエネルギーもちょっと重くなってきていました。当日の朝、さてこれは一体どうしたものなんだろう、私は、どんな風に自分の状態を持っていったらいいのかしら?そんなことを思い、瞑想したら、目の前に飛び込んできたのは観音様の写真ああ、やっぱり慈愛しかない。そんな風に感じて、観音様のフラワーエッセンスを取りました。観音様のエッセンスは、ハートがオープンになるのですがいつも他人に情が深く入り過ぎてしまう私にとっては、それをさらに加速させてしまう感があるので、こういうみんなでのワークの時は取ったことがなかったのですが何だかこの日は、そうせずにはいられない感じでした。当日の朝9時半に集まって、私とおさむとみかさんと3人のアシスタントの方、計6人でのワーク。この日は父の日ということでテーマは父性。呼吸のワークをした後、6人それぞれ、父に関することをシェアリング。この時点で、私はもうポロポロ涙でした。私は、小さい頃から、頑固者だけど、情が深い父が大好きで何も言わなくても、父の愛は、痛いほどに伝わっていたのでそういう意味では、とても恵まれていたのかもしれません。そして、去年、父が脳梗塞で倒れ、一時期、全く子供のようになっていてその時、初めて父にレイキをすることができて大人になって、父とこんなスキンシップができたことが、本当にうれしいことでした。私がアメリカに戻るという日、昔なら、そんなことには全く動じないふりをする父が、素直にわんわん泣くのを見ながら、まるで自分の子供から行かないで、と引き止められているようで、とても辛かったのですが、私の中で愛がさらに深まるのを感じました。父は人から愛を受け取ることが本当に下手な人だったので、こんな形で、愛を受け取ることができるように神様は彼に脳梗塞というものを与えたのかもしれないそんなことを感じました。そして、私がどちらかと言えば受け取り下手なのも、そういう父をそのまま受け継いでいるのだなあと。この日、みんなに父のことを話しているだけで、泣けてきました。さて、11時から、参加者20名が入って来られます。そして、予想通りというか、最初から、これは大変なことになりそう~という感じがしました。前回はテーマが光だったせいか、テーマを知らないで来られた方もライトなエネルギーで、最初からみんなが調和していたのに対してこの日は、それぞれ抱えているものが違って、全くばらばらのエネルギー。こういうワークに慣れている方と、全く初めてという方抱えている問題がかなり深いものがある方と、比較的そうでない方。そして、最初の自己紹介の時点で、それぞれに、様々な浄化やレジスタンス(抵抗)が起こりまじめもうそれは単なる自己紹介ではなく、すでに、完全なワークとなっていました。正直、この父性がテーマというのが、ここまで重いものになるとは思いませんでした、父という存在がいかに私たちに人生に大きく関わっているかみかさん曰く、母よりも父のワークの方が大変ということでしたがまさにそのことを実感しました。特に女性にとって、父との関係というのはその後の男性との関係や女性性の問題に大きく関わってきます。どなたかが自己紹介の時「今日って、つまりは男に頼れない女の集まりだったのですね」と言われていましたが、まさに、私も含め、この日集まった多くの方にそういう傾向が見られました。父性が欠落していたり、それがゆがんだ形であったりすると女性は男性に対して、また時には同性に対しても、甘えたり、受け取ることができなくなるのですね。どちらかと言えば、今回集まった方たちは父との触れ合いがあまりなかったという人たちが多くそういった意味でも、この父性がテーマの日にそういう人たちが(潜在的に)集まって来られたのかもしれません。最初からこんなにヘビーだったら、途中でギブアップする人がいるんじゃないかしら?という感もありつつ、何とか26名の2時間近くにも及ぶ自己紹介が終了。この後、呼吸のワークを行い、みんなで飛んだり撥ねたりした後2人一組になってのワークを行います。そこで、みかさんが直感で思いついたというワークも取り入れたのですが、私はみんながワークをやっているのを見ながら「ああ、いいな~私もこのワークやりたいな~」そう思って、ふっとみかさんの方を向いた瞬間彼女が、一緒にやろう、と手招きしていました。もうみかさん、私の心の声、すぐにキャッチするんだからそうして、みかさんと2人でワークしましたがこれは私にとって、予想以上に素晴らしいワークでした。もう、うれしくてうれしくて、ぼろぼろと泣きました。ああ、これができただけでも、もう充分だ、と感じるくらいそれは、私にとって、大きな意味を持つワークでした。最初のうちは、「一体何をやらされるのかしら?」そういう不安を持っていた方たちも、この2人一組のワークぐらいから、それぞれがオープンになりしっかりそれぞれにこのワークが働いているのがわかりました。ここで、一気に場のムードが変わりこれでもう大丈夫という感じがしていました。こういう流れを作っていくみかさんの力は、やっぱり素晴らしい♪さて、かなりみんな解放されてきていてそれから、本番のリバーシングのスタートです。2人一組で、一人がリバーシングを受ける方一人が、それをケアするシッター役を行います。本当に今回はすごかったみんなから出てくるエネルギーのすごさに私は何度も立ち上がった途端、目眩がして倒れそうになりました。こんな風にぐらんぐらんするエネルギーを感じることは滅多にありません。その度に、水を飲んだり、リンパ点や任脈の流れを整えてグラウンディングをして、またみんなのところを回りますがまたしばらくすると、ふらふらになります。これは、私が感情移入しすぎるために起こっていることはわかっていたのですが私はリバーサーとしてのテクニックがあるわけではないしまた、みかさんのようにリーディングができるわけでもないのでもう全身全霊の体当たりでいくしかないような気がしてしまうのです。今回わかったのは、リバーシングの呼吸をスタートして最初の頃の方がみんなから出てくるエネルギーが重いということ。後半になってくると、浄化されてくるためかエネルギーはかなり軽くなってくるのを感じました。また、今回は、それぞれのペースが全く違っていました。5月に行ったリバーシングのワークショップの時はみんなのエネルギーがとても調和していたのでおさむのサウンドに合わせるようにして、同じようなペースで変化が起こっていたのに対して今回は、それぞれみんな別のペースで、別々のことが起こっていました。なので、前回は人数が20人もいたとは思えなかったのに対して今回は、ものすごく人数が多いように感じました。最後に、みかさんも「今回は100人ぐらい来た感じがしました」と言われていました。でも、いくら抱えてきたものが違っていても、一人一人に触れてゆくとその人たちがこれまでもってきた痛みや苦しみを共有していくように感じます。そして、その方のある部分が癒されると、私の中の何かも癒されてゆくのです。みんなそれぞれ違っていても、しっかりとつながっている、そこにいた、一人一人がみんなとても愛おしくて涙が止まりませんでした。(こんな感情移入して、ぼろぼろ泣いて、エネルギー受けてるのは、ヒーラーとしては失格かも)一方、サウンドヒーリングの方ですが今回、おさむは、全体的にサウンドを鳴らすことよりも一人一人を回って、耳元で鳴らしたりと、個人的なワークを行っていました。これがまた、一人一人がスペシャルという感じとなりそれぞれにいろんな効果をもたらしていることを感じました。そして、最後はギタリストおさむの本領発揮。後で何人もの人が、このギターのところで泣いたと言われていました。おさむは、今回、たった一人の男性ということもあってみんなを包み込む力強いエネルギーだったように感じます。考えてみれば、おさむも随分、成長したんだなあ以前は、人前で話すことを特に苦手としていた彼ですが、今は、サウンドヒーリングの時だけでなくシェアリングの場でも、しっかり自分が感じていることをみんなに伝えることができるようになっていますし。(ちなみに、今回の参加者で、人前で話すことが苦手だという方も、多かったのですが、周りが受け入れる体勢でいるからかみんなちゃんと話せているのですよね~)2回のリバーシングワークが終了し、シェアリングの時間。約1時間半のシャアリングの時には、もう最初の頃のみんなの表情とは明らかに違っていました。みんなとても優しい穏やかな表情。「こんなに人が暖かいものだとは思わなかった」「こんなに愛があるなら、世の中捨てたもんじゃないと思った」「本当にパートナーの人が自分の子供のように感じた」などと言われていた方が多かったですが。このワークをやっていくうちに、それぞれみんなが初めて会ったパートナーや周りの人たちを自分の子供のような気持ちで見守っていたのを見ていて、本当に美しいなあと感じました。おさむ曰く「いや、女性っていうのは本当にすごい。これまで、こういったことを何もやったことがなくても、すぐに真摯にワークに取り組んで、自分をどんどん解放していくのだから。俺はそのピュアさに感動した。たぶん理屈や頭が優先している男だったらこうはいかないよ」といっていましたが、私もつくづくそのことを感じます。すべてが終了したのは、夜の8時近く。最後はもう感動ヘビーだっただけに、達成感も大きく、本当に素晴らしいワークショップでした。みかさんと抱き合って泣きました。この日、集まってくれた勇気あるピュアな方たちに本当に感謝でした。今回、みかさんが、私とおさむをとても信頼してくれてワークショップの前日に彼女が今、抱えていることを率直に話してくれたこともとてもうれしく、さらに絆が深まったように感じています。その信頼関係が、今回のワークショップにしっかりとつながっていました。こんな貴重な体験をすることができて、本当に幸せです。(でも、できれば、次回のワークは軽めのお題でいきたいな~)さて、私とおさむは、次の日の朝には、NYを出発して今は、ボストン郊外に来ています。今回、やはり体力的には、かなり厳しかった~今日の夜になって、ようやく体力が回復しています。ボストンでのお話は、また今度~読んでくださってありがとう~
2010年06月20日
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(しばらくアップしないといいつつ、ついアップしている私です)最近、思考が現実化するスピードが、早くなってきているように感じています。これを引き寄せようとか無理に思わなくても、かなりの確立で現実化してしまう。ある意味、今、自分がどんな状態でいるのかを見せられているようです。最近、こうなったらいいな~とふと思ったことがすぐにそうなることがあって、小躍りしたくなるような、うれしいことも、ちょっと信じられないようなこともありました。そして、先日、またおもしろいことがあったので、これは忘れないうちに、ここに書いておこうと。友人と久々に会って、カフェで話をしたのですがその時に、その友人がBed Bugにやられた、という話をしたのです。ベッドバグとは、日本語で言うと南京虫なのですが、ニューヨークではけっこう増えているらしく、少し前に偶然道で出会った友人も同じようにやられたと言っていました。このベッドバクにやられると、そのベッドは捨てなければならなかったり家中の壁に穴をあけて、殺虫剤をまいたり、服も全部クリーニングに出さなければならない、など、とにかく大変なことになるそうです。で、その友人の話を聞いているうちに『そんなのが、もし、うちにやってきたらいやだな~」と、私はいつのまにか、心配モードになっていたのでした。ベッドバグが来てもいないうちから、心配しても全く仕方がないのですがその夜、何となくすっきりしないまま、ベッドに入りました。そうしたら、何と、次の日、朝起きたら私の足に大きな虫さされの跡が二つあるではないですかえ~~??ベッドバグ~~??前の日に話を聞いたばかりで、ちょっと信じられなかったのですがもしかして、その友人の服にでも付いてた?などと、友人にあらぬ疑いまでかけながらこりゃ大変なことになるな~と思ったのですが、その虫さされは、どんどん火ぶくれのように膨らんでいって、猛烈なかゆみが出てきました。こんなかゆみは初めてというぐらいかゆいのです。で、結局、いろいろ調べた結果それはベッドバクの仕業ではないことがわかりました何の虫だったのかは、まだわかりませんがでも、蚊以外の虫にさされたことなんて、ここに住んでからただの一度もなかったのになぜ、友人からそんな話を聞いた夜に、そんな虫にさされたのか、本当に不思議。まるで、私の思考が即現実化したとしか考えられませんでした。そこで、その心配のエネルギーを浄化したらもう、それ以来、虫には刺されていません。すべでのカルマを清算すると、思考が即現実化するなどと言われますが、ある意味、これまで思考が現実化するスピードが遅いので、助かっていた部分もあったものの即実現となると、本当に自分の状態をクリアにしておく必要があるなあと。そうして、今日、オラクルカードを引いてみたら「The law of attraction 』(引き寄せの法則)まるで作り話みたいなのですが、ほんとうなのです。もし、私たちが、今、それぞれ感じていること、考えていることがすべて即現実化したとしたら、それは一体どんな世界になるのでしょうね(写真アップする暇なしなので、このままアップしま~す)
2010年06月19日
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あ~いろいろ書きたいことはあるものの、何から書いていいかわからない状態です去年の3月に本間先生のキネシオロジーのマスターコースを受けてから1年余り。それから、いろんなケースをやってきた中でかなり深いところに原因があると考えられるものに関してもっと深いレベルでのセラピーができたら、と最近考えていたのですが今月、インテグレイテッドキネシオロジー(IHキネシオロジー)の存在を知って、ピンと来て、調べてみたら、そのワークショップが今月ボストン郊外で行われることを知り急きょ、申し込んで、クラスを受けることになりました。キネシオロジーには、様々な種類があり私が本間先生から学んだTFH(タッチフォーヘルス)やカイロプラクティックや整体などでよく使われている治療法であるアップライトキネシオロジーや先日ワークショップを受けた、教育キネシオロジーであるブレインジムやウェイン・トッピング博士が行っている、栄養学と組み合わせたキネシオロジーなどいろいろありますがこのIHキネシオロジーは、魂レベルの深いヒーリングを行う、かなりスピリチュアルなキネシオロジーです。創始者の一人、イギリスのマチルダは、心理学者でありヒプノセラピストであり、神経言語プログラムのマスタープラクティショナー。内容がかなり難しそうなので、はたして英語でのクラスについていけるかな~と漠然とは思っていたのですが、先日、マチルダ本人から連絡があり、日本語のテキストを日本から取り寄せてはどうか?とアドバイスくれました。ボストンの主催者から私が日本人であることを聞いたのだそうで英語がネイティブスピーカーでないのは私一人なので気を使ってくださったのですね。とてもありがたいですこのIHキネシオロジー、これで、どんなことができるかと言うと例えば、インナーチャイルドの癒しや自己破壊プログラムの解除不要なエネルギーコードの解除や不要な誓いの除去、チャクラクリアリング、身体の状態を本来のあるべき姿(青写真)に戻す扁桃体に入っている受胎から3歳までの不必要な記憶の除去など、まるでミステリースクール系キネシオロジー例えば、過去の誓いの除去。先日のおさむのケースのように(「私は意図して苦労をします」という誓い)自分がはっきり覚えているケースなら、今の方法でもある程度やっていけばアクセスできますが、IHキネシオロジーでは幼少の頃や無意識下での誓いなど、本人は全く覚えていないケースもアクセスすることができます。以前、シャスタのヒーラー、オマカユエルが私が前世で行った誓いの除去を行ってくれたことがあるのですが、それにけっこう近いかもしれません。もちろん、これはキネシオロジーですので、すべての手順は、筋肉反射テストで調べながら行ってゆくのであくまでも本人の身体の指示に従うため無理して調整したりすることがなく安全です。また、脳の視床下部に近い扁桃体には、お母さんのお腹にいた時の記憶も入っているそうでそれがネガティブな記憶だった場合、いろんなことに影響を及ぼしてしまいます。それを、IHキネシオロジーを使うと除去することができるのだそう。また、自己破壊プログラムとはこれは心理学で使われている用語なのだそうですが例えば、過食などのケースで、もう食べたくない、と思っているのに食べてしまうとか最初から失敗することをイメージして失敗する、など、もともとそれが発生した時には自分を守るために無意識で行ったものが本人の意志とは無関係に、潜在意識に根付いてしまっているケースなどです。そのプログラムが働いていると、いつまでも同じパターンを繰り返してしまうことになるのだそう。このインテグレイテッドキネシオロジーを使えるようになれば、かなり深いところへのアクセスができそうです。そして、今回、マチルダとメールでやり取りする中で彼女の暖かな人柄が伝わってきて、ますますクラスが楽しみになりました。さて、そんな中、他にもいろんなことが同時進行で起こっているので常に自分の中心にいないと、何の準備から先にするべきなのか、今、自分がするべきことの優先がわからなくなってしまいそうになります。あさっては、再びみかさんとのリバーシング+サウンドヒーリングワークショップを開きます。最初は、申し込みが少なかったので、今回は少人数になるかも?と思っていたのですが先日、定員の20名に達しました。今回はどんなワークショップになるかしら♪そして、その次の日には、おさむとマサチューセッツへ出発しラコタ族の平和の祈りのイベントへの参加、その後、ボストン郊外へ移動して、キネシオロジーのクラスです。もしかすると、明日からしばらくの間、ブログのアップはお休みするかもしれません。がんばって勉強してきま~す。
2010年06月18日
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先日の交流会のご感想を頂きました。掲載の了承を頂いたので、その中からいくつかシェアさせてくださいね。ありがとうございます~☆Oさん先日は楽しい交流会をありがとうございました。交流会に出ると、身も心もすっきり「デトックス」した気分になります。特に今回の交流会は、目からうろこでした。本当に感動しました!!!あのように目で見える形でレイキパワーを体感すると、モティベーションが一気に上がります。☆Kさん昨日は有意義な時間をありがとうございました。楽しくていつまでものりこさんのお宅にいたい気分でした。グラウンディングやプロテクション、遠隔レイキ、分からないけど使えている、というのが不思議で驚きでした。ふだんからもっと使う機会を増やしていきたいと思います。だんだん顔なじみの方も増えてきて、とてもリラックスできました。色々な方のお話を聞くのもとても勉強になります。そういうお話を聞いていくうちに、自分の中の問題も、解決していくことができるような気がします。ゴマクッキーも豆乳のプディングも、愛情がこもっていてすっごく美味しかったです。食事について、体によい、悪いと言われているものをあまりに気にしすぎるのはよくないとおっしゃってくださった時、嬉しかったです。最近は、ちょっと気にしすぎて、料理を作るのも食べるのも、あんまり楽しくなかったからです。主人にも悪いなぁ、と思っていたのでこれからは、もう少し許容範囲を広げて楽しくやっていこうと思います。(レイキもあることですし。笑)。おさむさんのサウンドヒーリング、今回も素晴らしかったです。クリスタルボウルの響きが特に印象に残りました。カードのメッセージは本当でしたね。体の中をゴムボールくらいの白い光の音の玉が、不規則な軌道に乗って「ぐわん、ぐわん」とめぐっていく感覚が今でも忘れられません。あれは何だったんだろう、もう一度体験してみたいです。☆Aさん土曜の交流会、またまた素晴らしかったです。毎回新しい発見や学びがあって、とても楽しかったです。その上、レイキマラソンで癒され、おさむさんのサウンドヒーリングで癒され、最初の願い通り、Re-energizeされて帰りました。グランディングワークは私にとってとてもタイムリーなワークショップでした。のりこ先生がキネシオロジーを勉強なさって、それをレイキのワークショップに取り入れられたことは素晴らしいアイディアですよね。そしてワークショップにおさむさんのサウンドヒーリングがプラスすると、他にはない、本当に贅沢なワークショップだと思います!!!今回はサウンドで意識が遠のくことはあまりなかったのですが、また空から下にいる人を見ている自分がいました。金髪の白人女性が私の方を笑顔で見上げてくれていました。一体誰だったのかは分かりませんが。そしてクリスタルボールの音を聞いてると、その音に完全に包まれている感じがして、安心します。ギターの音色、本当に魅了されますね。前半の終わりの方だったと思うのですが、非常に感動するメロディーがありました。でもあれは全て即興ですよね?あの瞬間の感動なので、それだけによけい感動したのかもしれません。レイキと出会ったおかげで、自分が受けた感動を、周りにも分けてあげることが出来て嬉しいです。☆Yさん先日はありがとうございました。参加できてとてもよかったです。レイキはもちろんなのですが、サウンドヒーリングとグラウンディングワーク!とてもすばらしかったです。今回はほんとにクリスタルの音が脳でというか頭でぐるぐるまわっててまずそれが不思議だったのと、眉間のところが、ものすごくくすぐったくてしかたないくらい感じました。これが複数でするときの醍醐味だとおさむさんがおっしゃってましたが、ほんとに皆さんのパワーとまじってすごいことになってたのだなと思いました(表現できなくてすみません。。) あとグラウンディング!!あんなに目に見えて効果があるのだとわかって、ますますレイキに頼ってしまいそうです。私がプロテクションを送ったときできるかどうかドキドキしましたが、効果ありでうれしかったです!たくさんのネガティブパワーより一人がプロテクトすることでその人が守られるなんて。いや、ほんとに愛の力ってすごいものなのですね。最近いわゆる”想念は伝わる”ということをよく考えさせられることが多いのですが、この日の実験でますます実感しました。そこまで深刻にならなくてもいいのかもしれないですが、胸の中で思うことにも人は責任をもたないといけないですよね。でもレイキのアチューメントを受けてから念を感じ取ることにより敏感になったと思います。そうそう、そして私はよく人の気を感じ取ってふらふらしたり、人がいらいらしていることにもすぐ影響をうけたりするのでグラウンディングワークで地にしっかりと根付きたいです。楽しみにしてたお菓子もおいしかったです♪ありがとうございました。あれだけ甘みがあるのならもう砂糖はほんとにいらないですね。自分でも作ってみたいです。みなさんが、レイキの効果やグラウンディングを実感されてよかったです~。そして、おさむのサウンドヒーリングも好評なので、ほんと交流会に取り入れていってよかったな~~♪レイキと出会ってよかったとつくづく感じるのはレイキそのものの素晴らしさもありますがレイキを通じて、たくさんの素敵な方たちを出会えたから。だから、交流会は、レイキのクラスとはまた違った喜びがありますね。LOVE@New Mexico
2010年06月16日
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最近、いくつか頂いたメールの中に「立て続けに、けがをしたのですが、これにはどんな意味がありますか?」とか「大切にしていたお守りが壊れたのですが、これはどんな意味がありますか?」とか「今度も彼と別れることになったのですが、これはどんな意味があると思いますか?」など「その出来事にどんな意味があるのか?」というご質問がありました。え~、率直に申し上げますと、私には意味わかりませ~んその人にとって意味がないことは起こらない、と私は思っていますが出来事そのものに意味はありません。意味を見つけるのは、その人自身です。そこからどういうメッセージを受け取るのか?は人それぞれであって『お守りが壊れるのは、こういう意味です』ということではないのです。例えば、前回のリバーシングのワークショップの時に会場に運んだおさむのクリスタルボールが割れていました。では、これにどんな意味があるのか?その楽器を使っているのはおさむなので、私にとってはそれは何の意味もありませんでしたが、おさむはそこに意味を見いだしていました。そのクリスタルボールは、ハートチャクラに対応しているものだったのですがおさむは「たくさんの楽器を持っていなくても大丈夫。自分自身のハートを開いていきなさい」というメッセージだと受け取ったのだそうです。そして、その日、いつも彼のサウンドを聴いている私が聴いていても、クリスタルボールが足りないなどと感じることは全くなくむしろ、いつもよりも素晴らしい演奏だと感じました。ちょうど、その頃、おさむは、自分の収入のすべてをつぎこんででも、次々と、素晴らしいと感じる楽器を購入しようとしていました。でも、例え多くの楽器を持っていなくても、彼自身が光の状態でいることができればそれでいいのだということを、彼はこの時に深く理解したのです。実際、彼は、子供のおもちゃのような小さなラトル2本だけを使って聴いている人を深いリラックスや、変性意識状態に持っていくことさえできます。その時、そのクリスタルボールが割れたことは、おさむにとって、そのことを思い出すために、とても大切な意味を持ちました。でも、別の人だったら、それはまた違った意味になるでしょう。クリスタルボールが割れたこと自体には何の意味もありません。形あるものは、どんなものであっても、いずれその形を失うことは間違いないしそれが今、そうなったからといって、悪いとかいいとかいうことではありませんから。意味は、その人自身が感じるもの。それはピンと来るという感覚なので、考えたらわかるというものでもないし無理して意味を見いだす必要はないと私は思います。私は、何かが起こった時、それに対して自分はどう感じているのか?とか、どう対応してゆくのか?ということは内観してゆきますがこの出来事にどういう意味があるのか、がすぐにはわからなくてもわからないままにしておきます。ここでも何度か書いたと思いますが、もう15年以上前のことですが、私は轢き逃げの交通事故に合いました。当時、私は、日本で結婚しようとしていた人と別れることになって、心身ともに疲れて、一人NYに戻った直後でNYで働きはじめた仕事で、誤解されて、くびになり急性胃炎で倒れて、救急車で運ばれ、(まあ、一般的に言うならば、災難続き?)そして、その後に、この轢き逃げの交通事故だったのですが病院で意識を回復した時に、最初に感じたのは「あ~私は生かされたのだ」ということ。そして、こういうことが続くのは、きっと何か意味があるんだろうな~と漠然と感じました。ならば、そのことの良い悪いをジャッジすることなくそのまま受け入れようと。実際、その交通事故は、私の人生の中の大きな転機になりました。今は、その事故の意味は、自分なりにわかっていますがその当時は、どこかで何かを感じてはいたもののはっきりとわからなかったのです。おさむと2年半の間別れていた時期にもその当時にはわかりませんでしたが今では、あの別れていた2年半があったからこそ2人の意識が変容して、今の2人の関係を築けるようになったということが、よくわかります。でも、もしも私が、それから別の素敵な人と出会い、その人と結ばれたならおさむと別れたことは、また別の意味を持つことになるでしょう。だから、出来事が起こったその時には、その意味がわからないことが多いのです。ということで、その出来事の意味は、他の人にはわからないのですよね。出来事は、それ一つが独立して存在するのではなくいろんなことと関連しながら起こっていますから。おさむが、いろいろと楽器を買おうとしていた時にたまたまワークショップでクリスタルボールが割れたことから、その意味を自分で感じたのであって私には、そのメッセージや意味は受け取れないのです。例えば、けがということをとっても、いつも忙しくしている人ならば「これは、焦らず、一度立ち止まってゆっくりしなさい」という意味だと受け取るかもしれませんし普段の自分の身体に対するいたわりが欠けている、という意味に捉えるに人もいるかもしれませんしけがをした時に、周りのやさしさに気づいてその怪我は、周りの人への感謝を思い出すための意味だと受け取る人もいることでしょう。それぞれが受け取った意味に、どれも間違いはないですよね。そういうことでいえば起こることは、その人の魂からのメッセージだと言えるかもしれません。でも、かといって、すべてを深刻に捉える必要はないと思います。わかる時になれば、自然とわかりますし例え、他の人に意味を見いだしてもらっても、本当の気づきにはなりませんから。この人がこういっているから、または一般的にこう言われているから、これはこういう意味があるのだ、ではなく、自分で何かの意味を感じればそういう意味になるし例え、その時は、わからなくてももしかすると、1ヶ月たって、または10年たってから意味がわかることもあるかもしれません。(この世を去るまで、わからないかもしれないけど)どちらにしても、自分にとって必要がないことは起こらないので大丈夫。答えはすぐにわからないところが、おもしろいところでもありそして、一度こうだと思った答えさえも、年月ととともに変化してゆくところも、またおもしろいのですこんなところに顔♪(この石の存在の意味は)
2010年06月15日
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昨日の夜、おさむが「自分の音楽活動を広げてゆくことを防いでいるものは何か?」をキネシオロジーで調べてほしいと言ってきました。彼自身、自分の才能や実力に問題ないと感じているのにも関わらず自分の音楽を広げてゆくことに対して、何かスムーズにいかないというジレンマを抱えているようです。それじゃあ、そのテーマでやってみよう♪ということで、筋肉反射テストで身体の反応を見ながら人間関係や仕事、または環境などいろいろキーワードで調べてゆきます。それでおさむの身体が反応したキーワードが「スピリチュアル」え?スピリチュアル??おさむは、全く意味がわからないというのでスピリチュアルに関するキーワードを思いつく限りあげていって再び、身体の反応を調べてゆきます。前世、クリスタル、エネルギー、アセンテッドマスター、守護霊、などなど、いろんなキーワードをあげても、身体はどれにも反応しません。でも、スピリチュアルというキーワードには確実に反応しています。それで、キーワードではらちがあかないので、年代ごとに調べてゆこう、と年齢を調べていったら、21歳と24歳に身体は反応しました。「21歳、スピリチュアル」この二つから、何か思い出すことない?そう尋ねると、おさむは『あ!もしかして?』そう言って、そのおさむの頭にひらめいたキーワードを調べてみるとピンポン身体は見事に反応して、それがおさむの音楽を広げてゆくことを防いでいる要因だとわかりました。それは、彼が20代最初の頃に、深く傾倒していた「グルジェフ」の本。グルジェフは、思想家であり、作曲家でもあるのですが「意図的な苦労こそが、魂を進化させる」というような思想を持っていた方だそう。(私は本を読んだことがないので、知りませんでしたが)おさむにとって、この頃の『スピリチュアル』といえばグルジェフだったとのこと。20代前半、ボストンのバークレー音楽大学に通いながら毎日、寝る時間以外は、ずっとギターの練習をしていたというおさむは当時、このグルジェフの思想にすっかり傾倒していて人生は修行だ、苦労しなければならない、というのが、潜在意識にすっかり組み込まれてしまっていたのです。だから、音楽活動においても、簡単に広がってはいけなかったわけなんですね。意図してでも、苦労しなければならなないのですからもちろん、おさむは、頭ではそんな風に思っていなかったでしょうがその潜在意識に組み込まれた信念体系が、彼自身が音楽活動を広げてゆくことを防いでいたというわけです。おさむは、グルジェフに関しては、もう今の自分の価値観とは相容れないと感じ数年前にはすべての本を手放したそうですが若い頃に、しっかりと身体にしみこんでしまった意識は未だに残っていたのですね。いや~おもしろい♪そう考えてみれば、私たちは、周りの人から言われた言葉や読んだ本や映画などによっていかに、いろんな思い込みを持っているかということ。よくあるのが世の中は甘くない、とか自分の好きな仕事では生きていけない、とか人より努力して、がんばらなくては、成功しない、など、多くの人たちは、自分自身の潜在意識をそのように変えてしまっているわけなのです。そして、その思い込みによって、自分の可能性に蓋をしてしまっているのですね。ということで、グルジェフの本に関して、おさむの潜在意識の調整を行いました。おもしろいのは、筋反射を調べていて、反応があったところを見ると「非現実的な目標、孤独、強迫観念」といったキーワードが浮かびあがってきたこと。ボストン時代の彼は、ほとんど他人と接することなく、ひたすらギターの修行にあけくれていたそうです。(その後、彼がNYに来て、私と出会った当初もそうでしたけどね)←今から思うと、私はよくそんな人とつきあってたよね~今回の調整方法は、NV点(神経血管反射点)2分間ほどNV点のポイントに軽く触れていましたが、その間、おさむは、その当時の自分の感情や想いをはっきりと思い出したとのこと。調整後、再び、筋反射テストで調べてみると晴れて、おさむの潜在意識は、自分にはもっと修行が必要だ、という捉え方をやめ音楽を広げてゆくことに関しての抵抗感を手放したことがわかりました。めでたし、めでたしセラピーが終わった後、おさむは曰く「何だかものすごく気持ちが軽くなった~~」Yeah~~♪もう修行は終わりだよ~~これまで、おさむのセラピーをやってきた中で彼が持っていたこの潜在意識の思い込みに関しては出てくることはなかったのですが、今、その思い込みを手放す時期に来たためにアクセスできて手放すことができた、ということなんでしょうね。やっぱりすべてはベストタイミングで起こるようになっていますね。@Taos, New Mexico
2010年06月14日
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昨日は、レイキ交流会を開きました。集まってくださったのは定員の10名で、それに私たち2人で計12名。今回は遠隔などを行うためレベル2以上に限定したので、レベル2が6名で、レベル3が4名でした。今日のテーマは、3月の交流会の時にも行ったプロテクション&グラウンディングワーク。やはり、これみんなでやるとおもしろい。ちゃんと遠隔ができているのか、プロテクションができているのか目に観えてわかります。前回の時もそうなのですが、私は中にはできないパターンもあるかも?と思っていてそれはそれで、なぜできなかったのかを検討してみるのも学びになると思っていたのですが、やってみると、みんなしっかりプロテクションや遠隔ができているのがわかって驚きます。詳しくは、3月にあさみさんがブログに詳しく書いてくださっていますがこの実験は、筋肉の反射テストで、その人がプロテクションできているかグラウンディングできているか?というものを調べてゆきます。例えば、通常、何もしない状態で、みんなで、一人の人にネガティブな念(ここでは腕が下がれという念)を心の中で送ると、その人の身体の流れ(経絡)は乱れ、筋肉の力は弱くなり、筋肉反射テストをすると腕は下がります。と、最後に一人の方から「これは、みんなから腕が下がれという念を送られていると私が知っているから、腕が下がるのではないですか?」という質問がありました。なるほどもっともな疑問です。普通は、頭で弱くなると考えているから筋肉の力が弱くなる、と考えてしまいますよね。こういう率直な質問があると、みんなの気づきにつながります。では、実際、どうなのか、実験してみることに。その方が、後ろを向いている間、私がみんなにジェスチャーで腕を下げるエネルギー(ネガティブエネルギー)なのか上げるエネルギー(ポジティブエネルギー)なのかを合図します。そして、みんなが今、どちらのエネルギーを送っているのかをその方は知らない状態で、筋肉の反射を調べました。結果はやっぱり彼女の筋肉の反射は、ネガティブエネルギーの時はオフつまり、腕がさがりポジティブエネルギーの時はしっかりオン、下がらない状態になりました。実際、筋肉反射テストで導きだされる身体の反応は頭で考えていることとは違うので周りのエネルギーの影響を受ければ反応するし、受けていなければ反応しないのです。ということで、この実験から、例え、周りがどんな想いやエネルギーを持っているかを自分が知らなくても、自分の心身の状態は周りに左右されている、という結果がわかります。例えば、これに関しては今回実験していないのですが部屋の中で一人がネガティブなエネルギーを持つだけでその部屋にいる他の人の身体は反応します。つまり、仕事場や地下鉄や電車やお店の中で、居合わせた人たちのエネルギーも知らず知らずのうちに受けている可能性があるのです。もちろん、そのネガティブなエネルギーが個人に対して向けられたものなら、かなり影響を受けてしまうでしょう。でも、プロテクションやグラウンディングがしっかりできていれば例え、何人もの人がネガティブエネルギーを持っていたとしてもそれによって、自分のエネルギーがダウンすることはないのです。ということで、レイキのレベル2のプロテクションや遠隔を学んでも今一つピンと来ないとか、あまり使っていないという方にとってもこうやって実感してもらうと、モチベーションが上がるかなあと。うん、これは、やっぱりレイキレベル2以上の方には一度は受けてほしいワークだなあ♪さて、おさむのサウンドヒーリングですが、今回はまたさらによかったです。私にとっては、これまでの中で最高のサウンドヒーリングの一つでした。昨日の朝、おさむはオラクルカードを引いたら「クリスタル」が出てきたそうでこの日はクリスタルボールがいつもよりフューチャーされていたのですがそれがまたすごい(言葉では上手く言えないけれど)ゴングやラトルのサウンドも、とてもよくていつのまにか私はすっかりあちらの世界へ~~と、ギターが鳴り出した途端、す~~と意識がもどってきて、グラウンディングしてゆくのがわかります。そうして、ギターに聴き入っていると、幸せで涙が溢れてきました。生きていることの喜びそれが全身から溢れてきて、光の中にいました。ああ、やっぱりおさむはギタリストだ~~彼は完全に上とつながっていました。私が言うのも何だけど、ほんとすごい♪このレイキ交流会、おさむのサウンドヒーリングが楽しみだから参加するという方もいらっしゃって、今や、サウンドヒーリングは、レイキ交流会にはかかせないメニューとなりました。この夏は、野外での交流会ができたらいいなあと考えています。みんなでピクニック気分で集まるだけでも、楽しそう今回、初めてみんなで写真を撮りました。レイキマラソンも終了し、みんなリラックスしていい表情。おさむを囲んで、ハーレム状態?
2010年06月13日
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今日は新月です。正確には、NYは明日の朝7時に新月に入りますが今日の夜は、新月の遠隔レイキの会です。さて、今日は、先日、レイキのレベル2を学んだ方から遠隔レイキのご感想を頂いたので、ご紹介いたします~ありがとうございます昨日の午前10時から30分、日本にいる母親にレイキを送りました。その前の夜に電話で話した時、母の右手、右足がしびれているとのことで、レイキをならいはじめたことを伝えて、送ってみようか?と聞くと、「送って欲しい」との事でした。昨晩、電話でどうだったかを聞くと、「ぐっすり眠れて、今日はしびれもなく、とても快調!」とのことで、二人で不思議だね~、でも効くんだね~!となんだか嬉しくなりました。これからもちょくちょく送ってみることにします。母の不調は神経的なストレスの影響も多いようなので、私がレイキを送るということでかなり改善されると思います。その後、父とも電話で話し、今度は父にも送ってみるとの話になっています。こんなご報告を頂くと、とてもうれしいですね。みなさんから、時々、遠隔レイキのご報告を頂くのですが受け取る相手の方が、特にエネルギーに敏感だとかいうことでなくてもいろんな効果を実感されることがよくあります。私は基本的に、遠隔はSol Y Lunaのヒーリングのメニューにいれていないのですが時々、ご要望がある場合には、3回コース、5回コースという感じで行っています。(1回のみもありますが)その場合も、ハンドヒーリングを行うときと同じように部屋の浄化や、自分自身の心身の状態を整えることは、必ず行いますしそれに合わせて、その日のスケジュールを立てますから、私にとっては、遠隔も、家に来て頂くのとそれほど変わらない感じがします。さて、話はちょっと変わりますが、「レイキのクラス(伝授)の前の日にお酒を飲んでもいいですか?」というご質問を時々頂きます。私自身は、クラスの前の日は、お酒は飲みませんが、クラスを受ける方には、自己判断でお願いします、とお伝えしています。飲まないにこしたことはないでしょうがビールちょっとぐらいだったら、大丈夫の人もいるでしょうし飲まないで、と言われたから飲まないとか飲んでもオッケーと言われたから、がんがん飲むということではなく自分の身体や精神の状態は、その方自身で感じて管理するということが大切だと思うからです。私は、おさむから「のりこは、まじめだね~」と半分からかわれながらもレイキの予約が入っている前の日には、例えビール1杯であっても飲まないのですがそれは、私にとっては、少量であっても、お酒を前日に飲むと翌日、エネルギーがダウンするのを感じるからです。(飲んだその日はの気持ちはアップしますが)レイキのクラスを受ける方にとってはこれが人生一度のレイキ1のクラスであったり、レイキ2のクラスになるかもしれないと思うとクラスやヒーリングの当日には、私の心身をできるだけベストにもっていきたいと思うのです。ということで、お仕事として引き受けているものは、対面であっても遠隔であっても、ある程度、気を張って?行っていますが(仕事なのですから、当たり前ですけれどね)毎月、新月と満月の日に、行っている遠隔レイキの会の場合はみんなでレイキを送り合うという楽しみで行っているので、それほど気を使うことはなく、リラックスして楽しんでいます。のんびりしすぎて、始まる時間ぎりぎりまで、別のことをやっていたりすることもでも、気合いをいれて?最初に瞑想したり、浄化してからしっかり送ったりすると、やっぱり、よりエネルギーを感じるみたいです。このレイキのクラスを受けてくださった方を対象に行っている遠隔レイキの会も、なんだかんだで5年目。継続することが苦手な私が遠隔の会だけは、旅の間以外は、かかさず行うことができているのは遠隔そのものの気持ちよさもありますが、こうして、みなさんと、どこにいてもつながっていれるという喜びがあるからなんでしょうね。今回は、どなたが参加してくださるかしら?といつも思うのですが、今日も多くの方が参加してくれそうです。前回も、参加者が多く、また素晴らしい満月の夜だったせいかかなりエネルギーを強く感じた、という方が何人もいらっしゃいました。明日は自宅でのレイキ交流会なので、その準備にも追われていて、今日は、まだゆっくり座っていないのですが遠隔レイキの会の間だけでも、静かにエネルギーを感じ、新月の前にクリアリングして、明日からの新たな月を、また豊かに創造してゆきたいです~みなさま、どうぞ素敵な新月の日をお過ごしくださいますように
2010年06月11日
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2010年も、6月の半ばにかかって、もうすぐ半年になるんですね~あさって12日はレイキ交流会、来週20日はみかさんとのリバーシング+サウンドヒーリングワークショップの予定です。最初は、その次の週26日にも、今月2回目のレイキ交流会を開く予定でいたのですがところが、何度調べても、私の潜在意識に聞いてみるとこの2回目の交流会はノーと出ます。私の家には、冷房がないので、7月近くになってこの時期に、12人がこの部屋でレイキマラソンなど行うと、熱さで死者が出る?などと考え、エアコンを購入することも、検討したのですがやはり、エアコン購入はどうしても気がすすまない。いろいろ考えて、やはり今月末の交流会はやめた方がいいのかな~と思っていたらちょうど、ある方からメールを頂きました。その方は、最近、ベンデュラムを練習されていらっしゃるそうのですが「何度ペンデュラムで調べても、26日の交流会の参加はノーになるんです、私は呼ばれていないのかしら?」と言われるのですこの方のメールを読んだ途端、ああ、やっぱり26日はやめた方がよさそうとピンと来て、すでに、お知らせをみなさんに送った後だったにもかかわらず、26日の方はキャンセルさせてもらいました。答えがすでに自分の中にあっても、すぐに決断できない時にはこうして、他からポンとやってくるものですね。そして、その後すぐに、私が興味を持っているキネシオロジーのインテグレイテッド ヒーリングのクラスがボストン郊外で23~27日まで行われることがわかり、主催の方に連絡を取ってみたら、受付は過ぎていたにも関わらず急きょ、参加できることになったのでした。ああ、こういうことだったのね~さらに、私がボストン郊外へ出発するのは22日の予定だったのですが昨日、マサチューセッツでラコタ族の平和の祈りのイベントが行われることを、きくちゆみさんがtwitterでつぶやいていらっしゃってそのイベントが行われる日が21日とわかりおさむがそれに参加したいと言い出したので、2人でそれに参加することに。レンタカーで、21日のイベントに参加の後22日に、キネシオロジーのクラスが行われるボストン郊外の街まで彼に送ってもらうことになりました。こちらが、ラコタ族が呼びかけている平和のイベントです。http://www.wolakota.org/menu.html今月は、ゆっくり家で過ごす予定だったので思ってもいなかった展開になりました。ということで、あさってのレイキ交流会、ここ数日は、比較的涼しいので大丈夫そうです。実は、この日のために、というわけではないのですが思い立って、アイスクリームメーカーを購入しました。豆乳アイスクリームが家で簡単に作れたらいいなあとそのマシーン昨日届いたのですが、1時間回してもアイスクリームは固まらずこれって、周りに氷をいれて、電気で回すだけという超原始的?な作りなんですね。まるで、「母をたずねて3千里」のマルコが、お母さんに会いに行くお金を作るために、アイスクリーム屋をやった時に使っていた手動のアイスクリームメーカーと、あまり変わりないなあ。(ってかなりマニアックな引き合いでごめんなさい。先日、このアニメを見たばかりだったので)これ、4クォート分(1パイントのアイスクリームが8個分)が作れるものなので、かなりでかいのです。アイスクリームメーカーというより、大きなバケツあさっての交流会までに、アイスクリーム作りが成功したらいいのですが。ということで、いろいろと予定外のことが起こっていますが、まあ「人生はすべて予定外のことの連続」だと言えるかもしれませんね~脚長な自分
2010年06月10日
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先日の日記で、キネシオロジーの筋肉反射テストで出てくる答えはハイヤーセルフの答えというわけではない、と書いたのですが、ただ、いつも私が感じているのは、その方が、この問題を解決したい、とか、私はこういう風に変わりたい、とか特に目的はないけれど、急に思い立ってレイキやセラピーを受けてみようとここに来てくださるタイミングみたいなものはハイヤーセルフや高次元のところで決めているのだろうなあということ。あらゆることには、癒されるべきタイミングというのがあってそれを大きなる自己=ハイヤーセルフがこのタイミングだと決めるのでしょうが、それが、何か、目に観えない力で引き寄せられるようにシンクロしていることもあってそのタイミングはいつも絶妙だなあと感じます。レイキのクラスやヒーリングに来られた方には何かしら、深いご縁を感じることも少なくないですしキネシオロジーのセラピーの場合は、ある程度、はっきりした問題やテーマを持って来られる方が多いのですがその問題やテーマが、その時の私の問題とリンクしていたりすることもあります。少し前ですが、私はある時、しばらく食べ過ぎが続いていた時期があってそのことはわかってはいたものの、「いつでも調整すればいいわ~」と、あまり問題視はしていなかったのですがその週に過食に関しての問題がある方が、3人続けてセラピーに来られたことがあってああ、これはどうみても、私にこの問題を調整しなさいというメッセージだと気づいたり。女性性エネルギーの解放が、今の私のテーマだなあと思っていた時は立て続けに、同じようなことを感じている方が来られたり。本当に、世界はつながっているなあと感じることが多いのです。「ニューアース」のエックハルトトールの言葉に「いうまでもなく、究極的には、「他人」など存在しません。わたしたちが会っているのは常に「自分自身」なのですという言葉があるのですが、まさにその通りだなあと。これはヒーリングやセラピーの場だけではなくあらゆる場でそういうこと言えるのでしょうね。例えば、自分の内面が平穏でなかったり焦っていたりすると、地下鉄や銀行やお店などで、あまり感じのよくないな~というと出会ったりすることがあります。逆に、先日、とても穏やかなエネルギーに満ちた状態で買い物に行った時は、キャッシャーの人が、とても、素敵な女性でお互いに目を見つめて、暖かな言葉をかわすことができたり。お会計をしているほんの短い間であってもその場に愛のエネルギーが流れるのを感じました。そういう時は相手を見ていてああ、今日の私はとてもいい(エネルギーの)状態なんだな~ということがわかるのです。そうやってみれば、宇宙のやり方は、とてもシンプルと言えるのかもしれませんね。自分の目の前にいる人を見てみれば、今の自分の状態がわかるわけですから。これはホオポノポノの世界の捉え方。まさに、今日のレイキのクラスに来られた方ともそういうお話をしたのですが自分の内側が変われば、世界も変わるのですよね。これは、以前ここにも書きましたが「自分(の潜在意識)が感じている通りに、現実は作られる」ということと同じこと♪「引き寄せの法則」というのも、そういうことですしねですから、本当に自分の願いを引き寄せられるかどうか?というのはいかにクリアリングできるかどうか、だと言えるのでしょうね)かと言って、周りがこういう状態なのは、自分がだめだからだ~と自分自身を責める必要は全くないのです。そこに何かが起こっているのは、何かが起こる必要があるということですから。起こっていることをジャッジすることなく、ただ受け入れていく。そういう状態を作っている自分の中の必要のない思い込みや感情をクリアリングしていくと同時に、すべてを委ねてゆくことが大切だなあと感じます。この渦巻きが気になる~~♪
2010年06月09日
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昨日、今日とNYは本当に最高のお天気暑くもなく、寒くもなく、心地よい風が吹いてただ外にいるだけでも、心が踊ります。そんなお天気の中、この日は、友人とMOMA現代美術館へ行ってきました♪今、MOMAで行われているのは、写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンの大回顧展。私は全く写真には詳しくないのですが、20世紀を代表するフランスの写真家だそうです。これが、もうすごいのは入り口に彼が回ったところを記した巨大な世界地図が貼られてあるのですが、現在でも、これだけのところを回るのは、とても困難だろうと思うほどこの当時(1940年代~)に、世界中のあちこちを訪れていること。世界地図には彼が通った軌跡も描かれていて、ここは飛行機、ここはバス、ボート、ここは自転車!と彼が何を使って移動したかまで記されています。さて、このカルティエ・ブレッソン、様々な歴史の場面で、決定的な瞬間を捉える写真家として知られているそうですが、おもしろいのは、例えば、大統領演説を撮るのに彼が撮っているのは、周りの群衆の表情だったり必ずしも、新聞に掲載されるような表の写真を撮っているのではないのですね。そして、写真を見ていると、そこで人々がどんな気持ちで何を話しているか、までひしひしと伝わってくるのです。ああ、このおばあさんは、自分のことをいろいろ聞いてほしくて誰かれ構わず、話しているんだろうな~とかああ、この黒人の若者は、人種差別をされて、怒りに震えているんだな~とかこの青年たちは、自分たちの夢や希望に胸が高鳴っているんだな~とか人々の一瞬の表情を捉えて、例え、それがどんな状況なのか知らない人にでもはっきりと伝わってきます。その1枚の写真を見ているだけで、そこに様々なストーリーが浮かんでくるものもたくさんありました。例えば、霧の中の橋のふもとに倒れている一人の人。それを見ていると、昔見たイタリア映画のワンシーンをありありと思い出して切なくなったり。(友人によると、その映画の日本語タイトルは「愛の嵐』だそうですがその映画の最後のシーンで、霧の中の橋の上で銃殺されるというシーンが印象的だったので)普段、あまり写真展を見に行かないせいもあって、写真の撮り方に対しても、いろんな勉強になりました。構図の取り方も、普通の写真(普通って何?というつっこみはなしね)のような構図ではなくて、ポートレートでも一見バランスが悪いような、無駄なスペースが多くあったりするのですがそれが新鮮な感じがします。すべて、モノクロ写真ですがコントラストがほとんどない、ボーっとした印象の写真も多くあってそれもまた違った効果を生み出していました。展覧会はかなりの量の写真で、一つ一つ見て回ると時間がかなりかかります。これでも彼が人生で撮った写真のほんの一部なんでしょうね。彼は96歳まで長生きしているので、ほぼ1世紀を通じて世界中の様々な出来事を、人々の瞬間を捉えてきた人なんだなあと。アート関係の学生でもある友人の話によると今回のMOMAでのカルティエ・ブレッソンの大回顧展には何年もの月日をかけて準備されてきたそうでフランス語、英語が堪能なアートの学生たちのボランティアを募ってリサーチを行ったり、膨大な資料を整理したりするのだそうです。確かに、これだけの展覧会を開くのは本当に大変だろうなあと容易に想像できます。彼は1965年に日本にも4ヶ月訪れていて、日本全国を回っています。残念なことに、今回の回顧展では、彼の日本の写真は4点ほどしか展示されていなかったのですが外人が撮る日本のありがちな風景ではなく視点がおもしろいな~と感じる作品でした。(というか、なぜこんな風景を撮りたいと思ったのか、意味不明の写真もあり)また、現在MOMAではピカソのエッチングやリトグラフを集めた展覧会も行われていて、それもまた素晴らしかったです。ピカソのデッサン力のすごさ、またそこから大胆にデフォルメしていく過程がよくわかります。そして、その作品を仕上げてゆくスピードの早さにも驚きました。リトグラフに、完成した日付が記されているのですが、本当に短期間で、どんどん完成させているのです。もうほぼチャネリング状態で、天から降りてきて作品を作り続けているとしか思えないほどアンリ・カルティエ・ブレッソンの大回顧展は今月6月末ぐらいまで、行われているそうなので、NYに住まいの方はぜひ♪すぐに影響される私は、手持ちの写真をモノクロにしてみました。かなり安易@Monument Valley@Taos,New Mexico@Taos, New Mexico@New York
2010年06月07日
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今日は、とてもかわいい小学6年生の女の子のセラピーを行いました。たまにお子さんに対するセラピーの要望もあるのですが子供の問題の場合は、両親の状況に関係が深いことが多く子供に対してセラピーを行わなくても、両親が変わることで子供も変わっていくパターンもあるのでまずは、お母さんやお父さんだと私は思っているのですが例えば、その子どもが、お母さんのセラピーを見ていて自分もやってみたい、と言った場合などには、行うことにしています。その場合でも、必ず、お母さんには席を外してもらっています。そうしないと、子供が本当に感じていることが引き出せないからです。子供への筋肉反射テストや調整は、ちょっと難しいところもあるのですができるだけ、楽しく行うのが大切だなあと。セラピーが苦痛になってしまったら、元も子もないですしね。子供は、考えもしなかった発想をするので、子供とのセッションは、あらためて私自身の気づきにつながることもあります。さて、キネシオロジーのセラピーに関して、他の方のことは書けないので先日行った、おさむへのセラピーを症例としていくつか書いておくことにしま~す。おさむは、私の実験台のようになっているのでこれまでいろんな問題について、やってきたためかなりいろんなものを手放してきていて、もう問題を探すのが難しいほど。そこで、問題のつり上げ、つまり頭(顕在意識)では問題だと思っていなくても潜在意識で問題としていることをピックアップしてゆくのですが今日は、年齢ごとに調べていって、おさむの過去のトラウマを探してゆきました。これは、本人が全く覚えていなくても、私が年代を言いながら、筋反射テストを行うとおさむの身体は反応します。9歳で筋肉が反応したので9歳の時に彼と関係していた人、家族や友人について調べていったらお姉さんに侮辱されたこと、というものが出てきました。反応したキーワードは、怒り。おさむは、はっきりとどの時のことかは思い出せないそうですが、何となくそういう状況は、自分の中で感じることができる、ということで、その状況に対しての調整を行いました。次に「人間関係を広げてゆきます」というキーワードで筋肉が反応しました。つまり、おさむの潜在意識は人間関係を広がてゆくのは嫌だと感じているということ。もちろん、広げていかなくてもいい人はそのままでいいわけですがおさむは、これから広げてゆきたい、ということで調整することに。今回は、彼の潜在意識が、人間関係を広げてゆくのを嫌だと感じるようになったもともとのきっかけや原因となっている出来事を探っていくことに。そうすると、17歳で反応そのころの人間関係を探っていったら、友人、女性、で反応。17歳の時に思い出す女性の友人を一人一人、頭で考えてもらいながら筋肉の反射を見ていったら彼がある人を思い出した時に、大きく反応しました。「え~びっくり。あの人の存在が、俺が人間関係を広げてゆくことを防いでいる原因になっていたなんて」とおさむはびっくりしていましたが、そこにある感情を調べてみると「緊張」というキーワードが。ふふ~、わかりやすいもちろん、彼は、私にはその人がどんな人か、どういう想いを持っていたか?など一切話しはしなかったのですが、彼女に対して、緊張しているというのは彼女のことが好きだったのでしょうね。で、その夜、おさむが「その時、俺の想いは叶わなかったんだよね~」とポツリ。そう、その時、たぶん彼が感じていた自分のことをわかってもらいたいのにもらえない、上手く自分を表現できない、緊張するという思いからそれが大人になって、彼が人間関係を広がてゆくのを防いでいる原因の一つになっていたということなのでしょう。さて、潜在意識の調整方法ですが、普通は、全身の筋肉の状態を調べてから調整を行うのですが、おさむの場合は、超お手軽調整出てきた感情やキーワードから私が適当にピンと来たフラワーエッセンスを選んで調整したりシータヒーリングで使うような方法で、調整を行いました。(って、実際、シータヒーリングを学んだことはないのですがたぶん、こんな方法かしら?と想像しているやり方)もちろん、レイキでも調整可能です。その他、肉体的な問題としては、背中が時々痛むというので、彼のエネルギーフィールド(オーラ)の部分を筋反射で調べて、反応があったところを修復。痛みというのは、いろんなレベルで起こっているのでオーラを探っていっても、筋肉反応があるのです。これは、先日、フランス人のキネシオロジストの先生のクラスを受けた時に集中的に行った方法です。この方法をやっていると、けっこう腕を押される人の腕が疲れてくるので、長くはやれないのですがとりあえず、今回の修正したあとすぐは背中の痛みを感じなくなったとのこと。もし、また出てくるようであれば、他の調整をしていく必要があるでしょう。そして、背中の他に、時々、仕事が終わった後で腰の疲れがあるということなので、調べてみたら、それは仕事の上で人とのコミュニケーションに対する「恐れ」の感情からだと判明。もっとも、おさむは新しいところに働きだしたばかりなのでそういうことも起こりやすくなるのでしょうが、人とのコミュニケーションに関しては、もっと調べてみれば、他にもまだ出てくるかも。(余談ですが、先日のお話で、彼はどちらの店にするか迷っていたのですがA店に決めました。決めた時は全く迷いがなく、すっきりしていたよう)さて、たまには私も調べてもらいたいな~~ということで久々におさむに筋肉反射テストをしてもらって私の今の問題を見てもらいました。最近は、自分の身体に意識を向けて、内観していれば潜在意識が感じている問題に気づくことが多いので調べなくても、すぐに調整できたりすることもあるのですがそれでも、筋反射で調べると問題はやっぱりいくつか見つかりました。その問題のうちの一つが私の体型に対してのものやりたいことがたくさんあるのはいいのだけれど最近、つい運動不足で、ここしばらく、ろくに身体を動かすこともなかったので下半身、特にお腹の脂肪はますますすごいことになってしまってそれを改善したいと思いつつ、何もしなかったわけなんです。ああ、やっぱり潜在意識ではこれは嫌だ~って言ってるのね~(って、頭で考えてみても嫌ですが^^:)ということで、とりあえず、自分の体型に関するストレス調整を行ったのですが一念発起、お腹の脂肪取り大作戦を行うことにしましたその結果はまたここでご報告いたします~~♪@Santa Fe
2010年06月06日
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前回の日記、セントジャーメインからのメッセージの続きです。悪を正すことには、バランスの歪みがあります。 片方は正しく、もう片方は間違っていると裁き、価値判断する限り、安らぎを得ることはありません。 そこに平和はありません。 あなたが対立の中に生きているとき、これに反対しあれに敵対し、政府に反対し、経済や唯物論や政治や・・・それがたとえいかなるものであっても、何かと対立しているかぎり、あなたは心安らいではいません。 平和に生きてはいません。 あなたの対立の目的が平和であっても、何かに対立しているなら、あなたは平和に生きてはいません。 何かを間違ったものとして見るなら、それはすべて対立です。 それは多くの人にとって、受け入れるのが難しいことかもしれません。 でも、それでもかまいません。 大丈夫です。 あなたの道は、最終的にはあなたを安らぎヘと導くでしょう。 安らぎは、それ自体がバランスとハーモニーであることを知っています。 それがあなたの自然な状態であるということも。 あなたの「我、実在なり」は、絶えずあなたを招いているのです。 この安らぎと平和を体験するように・・・ あなた自身の内なる安らぎを求めなさい。 あなたの存在の内側で、対立を秘めている領域のおおいを取りはずしなさい。 あなたの対立の中核となる原因を意識の明るみに出して、そして、それと和解しなさい。 あなたになされた不正が原因で何かに敵対しているのなら、その不正と和解しなさい。 その和解の中にこそ、安らぎはあるのです。 あなた自身の存在に内なる安らぎが生まれるまで、あなたが平和を手にすることはありません。 ええ、不正はあるでしょう。 そして、そう、正しい行いもあるでしょう。 しかし、戦いと対立の時は終わりました。 静かな安らぎの時が始まっています。 あなたに敵対するものを愛することができるなら--本当に愛することができるなら -- 恐れで反応することなく、むしろ愛で応えるなら、 そのとき、あなたの世界は変容し、その真実の姿を取り戻すでしょう・・・ それは平和と安らぎです。 ただ、あなた自身の生命(いのち)でありなさい。 清らかに公正でありなさい。 あなたの行いの結果を、すべて考慮しなさい。 原因と結果を認識しなさい。 あなた自身に対する影響だけでなく、他のすべてに対する影響、全体への影響も考慮しなさい。 あなたがたとえどんな良いことをしても、それがあらゆるレベルで安らぎと共鳴していないなら、私たちはこう言います、あなたは平和に生きてはいないと。 このような場合、平和というあなたの言葉は、単なるリップサービスにすぎません。 あなたの内なる世界で共鳴していないものを、外なる世界に創造することはできません。 行動と思考と言葉のすべてにおけるあなたの選択が、あなたの本当の意識の状態です。 平和のおとぎ話もファンタジーも、何ひとつ必要としません。 平和とは、天からあなたの頭上に降りてきて、人類の汚れた創造物のすべてを洗い流してくれるような何かではありません。 今、あなたの内なる平和に生きなさい。 そうすれば、それはあなたのまわりにも姿を現し、対立の最も闇のデモンストレーションさえも変容するでしょう。 今、ひと息ごとに、安らぎに生きなさい。 生命に安らぎを吹きこみなさい。 安らぎには偉大なるパワーがあります。 そして、安らぎの中にこそ、平和と安らぎに調和しないすべてのものの解決策が存在します。 あなたが本当に地球の平和を望むなら、あなたが地上で心安らかでありなさい。 地球を敬いなさい。 互いを敬いなさい。 戦いをやめなさい。 対立をやめなさい。 人を裁くのをやめなさい。 競争をやめなさい。 非難するのをやめなさい。 愛し始めなさい。 思いやりを持ち始めなさい。 意識と覚醒と慈しみをもって行動を始めなさい。 平和を語り、平和を思いなさい。 平和的に行動しなさい。 平和を夢見なさい。 心安らかにありなさい。 平和を実現した時と場所、生き方を夢見なさい。 ユートピアでもかまいません。 平和と協調、愛と喜び、ハーモニーとバランス・・・ 平和のその夢の中では、世界のすべての問題に解決策が見つかり、平和が実現されるでしょう。 平和を望むなら、心安らかにならなければなりません。 だから、心安らかでありなさい。 自分が対立に陥っているのに気づいたら、そのときはあなたの「キリストなる自己」に尋ねなさい・・・ 「私は何に対立しているのでしょう? すべてが神で、私が神であるなら、それなら、なぜ私は 私自身に対立するのでしょうか? 私が安らぎを見いだすのを助けてください。 私は対立を手放します」 意識を上昇させるには、闇と光の中間に安らぎを見つけなければなりません。 あなた方の多くが、安らぎは最も純白の光の中にあるという見方をしています。 また、確かに、安らぎはそこに見つかります。 しかしながら、すべてのエネルギーが和解して理解されるまで、 最も純粋な光を手に入れることはできません。 その和解と理解は、二極性の中間のスペースに存在します。 そのバランスと一様性の場所に、安らぎが見つかります。 安らぎは二極性の片方でももい一方でもありません。 その両方のバランスです。 白い色とは、すべての周波数の色々が一様にバランスのとれた総体なのですから。 世に出て、二極性のひずみを観察しながら、それでもなお、 あなた自身が内なる安らぎにあるなら、 あなたは安らぎとともに別の贈り物も運んでいます。 変化と刷新、平和と希望、そして虹色のハーモニーです。 しかしながら、二極性のひずみを観察して、 あらゆる不正と平和の欠如にフォーカスをあてるなら、 そう、そのときあなたは安らぎをなくし、 あなたがフォーカスをあてるそのものを創造してしまいます。 あなたに敵対する人々の間に座し、 彼らの感覚を慈しみをもって受け入れることができるなら、 あなたは平和を見つけたことに気がつくでしょう。 そしてあなたの真実とバランスのとれた英知において、 あなたは平和とバランスを実演して見せているのです。 見た目には対立しているように見えるものに対して、対立することもなく。 世界を歩きながら平和を想像し、姿を現しつつある平和にフォーカスをあてるなら、そのとき、あなたは平和を創造しています。 心安らかなとき、あなたはどんなところにいますか? 対立しているときは、どんな状態ですか? あなた自身に対立する勢力に、安らぎをもたらしなさい。 そうすれば、世界は鏡となって、その安らかな平和をあなたに映し出して見せるでしょう。 あなたの外なる世界は、あなたの内なる世界を正確に映しだす鏡です。あなたが安らかな平和にあるなら、世界はあなたとともに、 仲良く平和であることでしょう。 世界中が好転するまでに、あなた方のいったい何人が、 対立することなく心安らかに世を歩けばよいのでしょうか? 私たちはこう言います、いとしい子たち。 それは、あなた方が思うより、ずっと少ない数でよいのです。 安らぎに満ちた、ほんのかすかな身振りにさえも、 そこには無視できない価値があります。 愛と安らぎが一瞬でも純粋に体現されれば、世界を変化させ奇跡を生むことすらできますから。 純粋な愛と安らぎがあれば、あなたの眼前で武器が崩れ落ちるかもしれませんし、弾丸は空中で止まるかもしれません。 兵器を商う死の商人の、最も闇のハートさえ溶かせるかもしれません。 ことは本当に、それほどシンプルです。 愛と安らぎは、愛と平和を創造します。 私たちは心からお願いします。 いま世界に描き出されていることに、気を落とさないでください。 多くのことを生みだしてきた歪みにも、やがて平和が訪れるでしょう。あなた方はみな、内なる平和をにないます。 平和は真実です。 平和は、安らぎは、あなたそのものなのです。 しかし、その顕現を創造するかしないか、それはあなたしだいです。 あなた自身の生において、安らぎを重視しなさい。 自らの意識に安らぎをもたらしなさい。 安らぎの導き手となりなさい。 そうすれば、まもなく、あなたのまわりのすべてに安らぎを見るでしょう。 他の人々はあなたの手本にならい、そして世界は平和になるでしょう。 あなた方を愛しています。 平和と安らぎを熟考してもらうために、私たちは安らぎの中にあなた方を残します。 あなたが心安らかでありますように。 あなたの顕現する世界に、平和が訪れますように。 私は・・・あなた方の平和に、あなたの安らぎに仕える者 ・・・ 聖ジャーメイン ・・・ @Arizona
2010年06月05日
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私たちの多くは、小さな頃から、世界を二つに分けて捉えるように育てられてきました。良い人と悪い人強い人と弱い人正義と悪強者と弱者光と闇成功者と脱落者勝つ人と負ける人癒すものと癒されるものつい私たちは、それは間違っている、とかそれは正しい、とか価値判断を下し、あの人は悪い人だ、などと裁いてしまいます。でも、そのあり方が、対立を生み出し、永遠に戦いを続けることになっているということに気づいてから、少しずつ私の中の何かが変わりはじめました。この二元論ですべてを捉えている限り、私たちの真の平和はないし私たちは分離したままであり、魂の成長はないということに。2年前にセントジャーメインの詩に出会いました。セントジャーメインは、実在の人物であったとされるアセンテッドマスターです。聖山シャスタにとても縁が深いマスターであり、プロテクションや浄化や私たちが光を持って進むための様々なことをサポートしてくれています。(先日お話したリーは、生前からセントジャーメインとともによく働いていた方です)以前、ここに書きましたが、私が体験した至高体験の中で完全に光の中にいた時、そこには何も対立はありませんでした。そこには、闇の存在でさえ、悪いものとして存在していなかったのです。ただただ、すべては愛すべき存在でした。悪も善もない、ということの本当の意味を、この時に強く実感しました。でも、日々の生活の中では、つい、私も価値判断してしまいます。(先日の日記のように)あのやり方は間違っている、この考え方が正しい、そんな時に、ふっとこのセントジャーメインの詩を思い出すと、それがす~っと手放されてゆくような気がします。レイキやキネシオロジーが私に合っていると感じるのはそこに対立がないから。こう感じなければならない、とかこれが正しいというものがないからなのでしょうね。100人いたら、100人それぞれの感じ方や捉え方があっていいのです。今日は、このセントジャーメインの言葉から、抜粋いたしますね。どうぞ、私たちが完全に対立を手放すことができますように。平和とは、安らぎとは存在のひとつの状態です・・・ すべてのものとハーモニーとバランスを保って、 いまここにあることです。 安らぎは、光と闇の間のスペースに存在します。 それは二極性の間での完全なバランスです。 安らぎとは二極性の両極を理解することであり、 何ものにも対立を見ることはありません。 安らぎは対立を知りません。神が対立を知らないように。 神は、神自らに対立することはありません。 しかしながら、あなた方の自由意志において、人類には選択肢があります-- 自らに対立するか、あるいはバランスを創造して内なる「源なる神」を完成させるかの選択です。 もっとも、ひとが対立を選択できるのは、分離の幻想の中にいるときだけです。 恐れはまた別の幻想ですが、これが対立をうみだします。 すべての対立は、恐れによって動機づけられています。 それは永遠に続く下降スパイラルです。 あなたが恐れと対立を、もううんざりというほど満喫するまで、それは続きます。 その最後の瞬間、あなたはついに「万能なる、我、実在なり」が輝きを放つのを許し、恐れと対立から愛とバランスへとシフトするでしょう。 対立を手放す選択をするとき、あなたは自らの「神なる自己」に明け渡すという選択をしているのです。 あなたが善や正義の立場に立つとき、あなたはただ、それに対立するもの-- 例えば憎悪とか戦争とか -- に対して反感を抱き、これを攻撃しています。 それは、あなたが対立しているということです。 この対立という空間の中で、あなたは憎悪や戦争と同じエネルギーに巻き込まれているのです。 しかし、ああ、あなた方はこう言うでしょう・・「私たちが戦争に反対するのは平和のためなんだ!」でも、私はあえて言います。 平和は対立とは無縁なものです。 安らぎは対立を知りません。平和とは、心安らかだから平和なのです。 自分は平和的だと言いながらも、あなたの兄弟がおこなった間違ったこと、あるいはおこなわなかったために道を誤ったことを責め、くどくどとこれを繰り返すなら、そのとき、あなたの心は安らいではいません。 少しも平和的ではありません。 あなたが体制と戦い、世界の不正に反発し、そして兄弟たちと競争することに時間を消耗するとき、あなたは心安らいでいる状態にはありません。 すべての状況を、正誤や善悪、白か黒かに分極化させては、安らぎは生まれません。 対立があるところに平和はありません。 あなた方は平和を望むと言います。 平和(Peace)を手にするためには、あなたが心安らか(Peace)でなければなりません。 ハートの炎の中で、安らぎに慣れ親しむようにならなければなりません。 心安らかであるただひとつの道は、他の人々が彼ら自身の体験を味わうのを許すことです。 たとえそれが、あなたにとっては、どれほどの闇の行為に思えたとしても。 あなたが安らぎの中にあれば、彼らの闇があなたに影響することはありません。 むしろ、彼らの内にキリストの愛と光と安らぎを見るでしょう。 それが彼らの本性、真実の姿であり、あなたが安らかな意識にあるときだけ、そこに気がつき、それを悟ることができるのです。 他の人々のふるまいや態度、権威や行為あるいは価値判断に共感をおぼえないなら、それはあなたがハーモニーの状態にない、共鳴していないということに気がつくチャンスです。 しかしながら、太陽神経叢のあたりが苦々しくむかつく時は、じゅうぶんに警戒しなさい。 自らの内側に不満の憤激が燃え上がっていたら、気をつけなさい。 このような時に行動すると、まさに戦争や敵対にふさわしい行為をもたらすものです。 正義と憤激の行動は、安らかな行為ではありません。平和活動とは言えません。 それは敵対行動です。平和とは、心安らかだから平和なのです。 平和は敵対とは無縁です。 「でも、ただくつろいで何もしないでいたって、何の役にも立ちやしない」と、あなた方は言うでしょう。 それは実際にそうかもしれません。 しかし、敵対することは、ただ、さらに多くの戦争を生むだけなのです。 ならば、ひとは何をなすべきなのでしょう? 平和とは、心安らかだから平和なのです。 心安らかでありなさい。 そうすれば、平和を手に入れるでしょう。安らかに生きなさい。 心安らかでありなさい。安らかに息を吸い、息を吐きなさい。 安らぎを目にして、平和を夢見なさい。 平和の名のもとに、対立を正当化してはなりません。 天の平和は、戦いも正当化も必要としません。 地上に天国をもたらすためには、あなたはただ、あなたの本性、真実の姿なるものに、自らを明け渡さなければなりません。 すべての魂の内なる「我、実在なり」は対立とは無縁です。 それはただ安らいでいるだけです。 対立に備えて自ら武装するとき、あなたは、あなたそのものである愛と光から自らを遮断します。 光をマントでおおって、闇の中に閉じ込めてしまいます。 こうしてあなたは、あなたが対立している相手そのものと同じになってしまうのです。 戦争を行う者を目にして彼らは悪であると非難するとき、その非難によって、あなた自身が悪そのものになります。 その一方の極、悪の「反対」側に平和をすえる限り、平和を手にすることは決してありません。 「反対」というからには、そこに対立があるわけで、それは二極性と二元性が存在するということであり、それによって三次元密度の現実へと、ますます深く引き込まれてしまうのです。 平和を達成するために戦争という手段に訴えるなら、それはただ、さらなる対立をうむだけです。 平和を探し求めても、見つかることはありません。 平和とは、安らぎとは、探し求めることができないものだからです-- それはただ、体験されうるだけです。 平和とは、心安らかだから平和なのです。 恐れを利用して対立をうみ、あなたそのものである光からあなたの気をそらしてしまうのは、低次のマインドであり、人間のエゴです。 対立を構築したのは人間です。私たちはあなた方にこう言います・・ 「対立を溶かしなさい!」 対立があなた方の役に立つことはありません! 平和に、安らぎにフォーカスをあてなさい。 そうすれば、あなたはますますそれを創造するでしょう。 対立にフォーカスをあててみなさい。 そうすれば、ただ、さらなる対立が生まれるだけでしょう。 理解しなさい。 健康や幸福、愛と喜び、恍惚とするような歓喜は、内なる安らぎが生みだすものなのです。 病気や欠乏、批判と闘争、そして痛みは、対立が生みだすものです。 これらの苦悩のすべてを、あなたはいったいどうしますか? これらを正そうと努力奮闘するかぎり、あなたはたださらなる対立を続けるだけなのです。 うわべでは、あなたはこう言うかも知れません・・・「私は心安らかな人です。私は何に対しても対立することはありません」 純粋なハートで正直に、自らの内側深くをのぞきこんでください。 あなたが自らに課した対立という刑罰のすべてを、自分自身で手放しなさい。 二極性の世界では、多くの人が、鋭い批判で他人を裁く立場から活動しています。 これは正しい道、あれは誤ったやり方と言い放ち、正誤間の空間をますます大きく広げながら。 きわめて正しいという新しい一方の極が現れるごとに、二極性はなお一層拡大し、そして、きわめて誤りというその反対の極が出現します。 振り子は、この対立勢力の両極間を果てしなく揺れ続け、さらに対立を深めるのです。 制限文字数になったので、次の日記に続きます。
2010年06月05日
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スピリチュアルなことを学んでいる方がキネシオロジーのセッションを受けられた時に、よく間違えられるのですが筋肉反射テストで出てくる答えは、今、潜在意識の中で何が問題か、とか、どうしたらいいか?ということであってけして、未来のことがわかるわけではないということです。例えば『~~で働いた方がいいですか?』ということを筋肉反射テストで身体に聞いてみて例え、イエスだったとしても、それが本当に自分にとって進むべき道であるかどうかは、わからないのです。つまり、何らかの理由で、そちらに行った方がいい感じているだけ、ですから、その理由となっているものをヒーリングして修正すれば変わる可能性があります。例えば、前にやったのですが、パートナーと出会うためのキネシオロジー。キネシオロジーは、占いではないので素敵な彼と出会うかどうか、なんてことはわかりません。でも、自分にとってどんなパートナーが必要なのか、とか自分の潜在意識はパートナーが必要だと感じているのか?を知ることはできます。人によっては、パートナーが欲しいと頭で思っていても潜在意識では「今、彼ができたら時間がない」とか「自分のことを一からわかってもらうのは大変だ」とか感じているかもしれませんし、もし、潜在意識がそう感じていたとしたら例え素晴らしい人に出会っても、パートナーになるための行動に移せないということになるのです。なので、潜在意識を調整して、いつでもパートナーと出会える準備をしておこう、ということなのです。さて、未来のことはわからない、といいつつ私たちは遊びで、未来のことを筋反射で調べたりします旅行の日程なども、筋反射で調べた結果に従うことがよくあります。まあ、身体がそう言っているんだから、とりあえずそっちに進んでおこうと。また、前回、おさむと旅の途中で、どちらに進んだらいいか?を筋肉反射テストで調べながら、行くところを決めていったことを書きましたが不思議なくらい、後でそうしてよかったね~と思える結果になりました。例えば、おさむが行く気満々だったトレイルでも、調べると筋肉反射テストではノーと出たりするのがおもしろいところです。でも、これは道の選択ですから、すでにその道が存在している場合、現在の選択になるのです。例えば、まだ読んだこともない本が自分に必要かどうか?をキネシで調べたりすることもできますし、アロマを何滴取るのが必要か?ということもキネシで調べることができます。その人がそのアロマや本について、全く知らなくても、身体は反応するのです。ただ、それについて、ある程度、情報を知ってからテストをした場合と全く知らない状態の時にテストした場合とでは、答えが違ってくることがあります。(これについては、またいずれまとめてみたいなあと思っていますが)でも、極論でいえば、何を選んだとしても、間違いはないと思うのです。例え、自分の思っていた方向と違っていても、その失敗もその人にとって大切な経験となるのですから。できるだけ回り道をしたくない、という気持ちもあるでしょうがその回り道だと思っていたことが、後から大きな意味を持ってくることなんて山ほどありますしね。未来は知るものではなくて,創ってゆくもの。決断や選択をしなければならないことって、人生の中で幾度もありますがどちらを選んだとしても、自分らしく生きていくことができるようにクリエイトしていきたいですね。
2010年06月04日
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前回の日記を書いた後で、気づいたことがあったので今日2つ目の日記になりますが、またお話させてくださ~い。前回の日記へのコメントに「ムキになっているのを感じた」とコメントくださった方がいましたが、全くその通りで私も書きながら「何をムキになっているのかしら?」と感じていたわけなんです。「ヒーラーやセラピストがお金を取らなければならない理由」をここまで上げて説明する必要もないだろうとたぶん、このブログに来てくださっている、ほとんどの方はわかっていることでしょうし(そうでなければ、ここには来られないでしょうから)それで、その時は、信頼する友人に自分のことをわかってもらいたいという意識なのかな?と思っていたのですがこれをアップした後、少し内観してみて、すぐにそうではないことに気づきました。私が反応していたのは、私の中にある「受け取ることに対する恐れ」の感情だったのです以前、ここにも何度か書いたのですが、私は受け取ることが下手な人で、いつも受け取ることより与えることをやってしまう人でした。これが、どこかが来ているかはよくわかっていて私の両親、とくに父親から来ていました。私の父は、自分たちが質素な食事をしていても、外では大盤振る舞いするような人でしたし、二言目には「お金に汚いやつは、人間として最低だ」と言っていました。そんな父を尊敬していた私は、大人になって例え、自分にお金が充分になくても、人に奢ったりするような人になりました。以前、妹に「なんで初めて会った見知らぬ人に、そこまでしなければならないの?」と怒られたことがあったのですが、私はそういう風に与えてゆくことで自分の価値を見いだそうとしていたのかもしれません。その後、そのことに気づき、やたらめったら人に与えるようなことはしなくなったのですがそれでも、自分がやっている仕事に対して正当なお金を取ることも時々躊躇することがありました。正当な料金を頂くことが、大切だとわかっていてもそうすると、何か自分が心が狭い、極悪非道の人間のように思えてくるのです。そして、ヒーラーやチャネラーなど、いろんな方たちに出会う度に与えることと受け取ることのバランスが取れていないことを指摘されました。そして、ようやく、去年頃から、それが自分にとっても相手にとってもよいことではないということにあらためて気づいてお金にしても何にしても、受け取ることと与えることのバランスを意識するようになりました。つい「そのお金はけっこうです」と言ってしまいそうになる自分がいたり私がやるべきこと以上のことをやろうとしてしまうのですね。以前、本間先生のキネシオロジーの調整を行った時にも「お金」に対して調べてみたら、身体(潜在意識)が反応したので、それについて、詳しく調べていったことがあるのですがそれは、「お金に対する不安」ではなく「お金に汚い人だと思われなくないという恐れ」だったということがセラピーを通じて、わかったのでした。その時に、潜在意識を調整したつもりでいたのですが、今回、このように反応したというのは、調整が戻ったということなのでしょう。また調整し直すことにしま~すつい先日、セドナのイルさんに出会った時も私のそんな面を全く話してもいないのに「のりこさんはgiver(与える人)だね~」と言われてドキっとしたのですが、イルさんもgiverなので、そのことがよくわかるのでしょう。もちろん、それは悪い意味ではないのでしょうが私の中で、与えることと受け取ることのバランスを取る必要があることをまたしみじみと感じていました。そんな矢先に、昨日友人から、「ヒーラーやセラピストが報酬を受け取るのは嘘くさい」というコメントがあったので、私の中の潜在意識が反応してしまったのです。それはその人だから反応したのではなく私とつながっている方だったら、誰であっても、たぶん反応していたでしょう。先ほどの日記は、その方に対するものというよりむしろ、自分自身に対して、言い聞かせていたものだったのかもしれませんね。ということで、自分の中に、まだ残っていた恐れに今回気づくことができて、それを気づかせてくれたその方に感謝しています。あ~前回の日記を書いた時は、何かもやもやしていたのですが今、自分の潜在意識の感じていたことがわかって、すっきりした~~ありがとうございます♪
2010年06月03日
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昨日、ヒーラーやセラピストは、人間愛でその仕事を行っているならばお金を取っている人は胡散臭いというコメントをtwitterで友人がしていました。そういう風にヒーリングやセラピーを受け取っている人がいることは以前から知ってはいましたが。胡散臭いと言われて、正直、ちょっとがっかりもしましたが(直接お会いしたことはなくても、大切な友人だと感じていたので)でも、世の中には、ヒーリングやセラピーに関してそのように捉えている人が、まだまだ多いということなのでしょうね。実際、ヒーリングやセラピーの世界には、確かに胡散臭い人たちもたくさんいてそれを受ける方たちは、充分に気をつけなければならないことも事実。でも、真摯にヒーリングやセラピーを学んで、訓練や練習を積んでいる人たちもたくさんいます。例えば、セラピストを例にとってみればアロマテラピーのセラピストでも、ミュージックセラピストでも、栄養コンサルタントのセラピストでもカウンセラーでも私がやっているキネシオロジーのセラピーでも、フラワーエッセンスのセラピストでも、どれも熟練の先生や講師について、学ぶ必要があることでありお金も時間もかかります。そして、一度学べばそれで終わりというものはなかなかなくて生涯をかけて勉強しても、学びきれないような深いものばかりです。そして、準備を行い、時間や労力をかけて、そのセラピーを行っているのです。レイキは1日クラスを受ければ、その日から、誰でもレイキヒーリングができるようになるという、超お手軽ヒーリングですがレイキマスターとしてやっていくには、いろんなことを学び実践して経験を重ねていく必要があります。もしも、その方たちが、ヒーリングやセラピーでお金を受け取れないとしたら別のところで生活費を稼がなければならないでしょう。ヒーラーが、他の仕事で労力や時間を使って、くたくたに疲れてしまったとしたらそれで、他の人へのヒーリングを行っていくことができるかしら?セラピストが、そのセラピーをより深く学ぶための勉強にかけてゆく時間もなくなるかもしれません。それができる方は、そうすればいいのですがそうなれば、ヒーラーやセラピーを行うことができる人は、今よりずっと減ってしまいそれを必要としている人たちが受けることはできなくなるでしょう。愛があれば、ヒーラーはお金を取らないのが当たり前だ、という考え方は愛があれば、教師は無料で教えるのが当たり前だ音楽家は無料でコンサートをするのが当たり前だ医者は無料が当たり前だ、などといっていることと全く同じこと。愛は、ヒーラーやセラピストだけではなく、すべての職種にとって必要なものだと私は思います。一方、日本では、欧米のようにカウンセリングを受けたりすることが一般的でないこともあって、こういうサービスにお金を払うという発想がない方も多いのでしょう。先日もホリスティック医療を学ばれている方が栄養のアドバイスをプロに受けるという方が日本では少ないと言われていました。もちろん、ヒーリングやセラピーの場でその方の実力やそのヒーリングやセラピーの種類によって妥当な料金というものがあります。安いからいいとか高いからよくないとかではなくあくまでも、それに見合った妥当な金額であることが大切だと思います。どうみても、実力や、労力以上の価格を要求しているところもありますが、受ける方がそれを見極めていくしかないのです。まだかけ出しのヒーラーやセラピストならば最初は自分自身の経験を重ねていくために、無料や安い料金で行っていく必要もあるでしょう。でも、ある程度の経験を積んだ後、プロとしての意識を持ってやっている方は、きちんと妥当な料金を取るものです。人は無料で受け取ったものには、無料の価値しかおきません。もしも、私がレイキのクラスを無料で行ったとしたら誰も真剣にレイキを学ぼうとしないでしょう。それだけのお金や労力をかけてでも、学びたいせっかくお金をかけたのだから、真剣に学ぼうという意識が大切なのです。だから、例え親しい友人であっても、私はきちんと料金を頂いています。(レイキのクラスに関しては、おさむに対してさえ料金を頂きました)実は、そういうことについて、先日もセドナのイルさんとお話したばかりでした。彼女曰く、例え、親しい友人関係であっても、セラピーやヒーリングの場でお互いにきちんとお金を払ったり、受け取ることができない人とは、つきあわないと言われていました。そういうことを曖昧にしていると、必ずどこかで関係が崩れてくるからです。お金=汚いもの、という意識が、どこかにあるとヒーリングやセラピーでお金を取ることを汚いことだと思うのかもしれません。でも、お金は、単なるエネルギーでしかありません。もしも、お金というものがなかったとしたらヒーラーが、ある人にヒーリングを行ったらその代わりにその人は音楽を奏でるかもしれないし、ある人はパンを焼くことでしょう。ただそれだけの話なのです。もちろん、ヒーラーやセラピストが、貧しい国に出かけて無料で奉仕したり、子供たちに無料でセラピーやヒーリングを行ったりすることはとても素晴らしいことだと思います。それは、個人に対して行っていることではなく、社会全体に対して行っているということだからです。と、いつになく熱く語ってしまいました普通はそんな意見を聞いたとしても、聞き流してしまうのですが大切な友人には、わかってもらいたかったという、私の中の執着心かもしれません執着があるのなら、手放していく必要がありそうです。いくら親しい人であっても、人それぞれいろんな考え方がありますし例え、自分のやっていることを理解してもらえなくても、それは仕方ありません。読んでくださってありがとう~この空の色はニューメキシコ特有の青さ♪
2010年06月02日
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ミクシィの中で、たまに見かけるそっぺさんの詩です。今日、きくちゆみさんのブログをのぞいていて、見つけました。そっぺさん、いつも、かなりダイレクトなのですがよく伝えられているなあと思います。ありがとうございます♪「ぼくはうし」 そっぺ ぼくは牛です 普段はしゃべることはできないんだけど 今日は特別に人間語を話せる魔法をかけてもらったんだ 今ね、日本の宮崎県っていうところで 口蹄疫という病気が流行ってるよね ぼくら牛とか友達の豚とかヤギとかキリンとかシカとか… 足の爪が偶数に割れてる動物の間で感染する病気なんだ 自然界に生きる僕らの仲間が感染してもさ 大病にはならないんだけど 家畜として飼育されてるとさ なんせ人口密度?家畜数密度?が濃いからさあ すぐにドバーっと感染しちゃって 症状は口とか足とかが水ぶくれになって 食欲が落ちるから体重が減るんだよね そしたら人間にとっては 肉質が悪くなるとかで価値が下がるみたいで そうなると育てる意味がなくなるみたい そして感染速度の速い病気だから もう、殺すしかないんだって 一緒に住んでる仲間の1人でも感染してたら 全員殺されるんだって もしも人間界でさあ クラスに1人でもインフルエンザに感染したら その学校の生徒全員殺します 社内で1人でもインフルエンザに感染したら その会社の社員全員殺します 町内で1人でも感染者が出たら その町の住人全員殺します って決まりができたらどうだい? ぼくらはそんな決まりの中で生きて、殺されていくんだ もっとも、その理由で殺されなくったって ゆくゆくはもっと恐ろしい目に遭うんだけどさ ぼくらを育ててくれてる農家さんは泣くんだよ ごめんな ちゃんと育て切らないうちに殺してしまうことになって ごめんな 怖い思いをさせて ごめんな 元気なおまえまで巻き添え食わせて ごめんな って、涙を流して泣くんだよ。 その光景はきっと日本中の多くの人に ぼくらのことをかわいそうだと思ってもらえたと思う ぼくらはさ どの段階が人間の言う ちゃんと育ち切った状態なのか知らないけどさ やっと一人前になったかなって思った頃に 突然トラックがやってきて 育ててくれた人に手を振って見送られて 知らないとこだけど恐ろしくて怖いってことは感じ取れる場所へ 連れて行かれて 怖くて足がすくんでると電気棒でお尻を叩かれて前へ進まされて 額に電気ショックを当てられて気絶して 目が覚めたら足の1本をヒモで縛られて逆さ吊りになってて なんだよやめてくれよってもがいてもとれなくて のどをズバッと切り裂かれて 血がどくどくと流れ出して ぐるじい、、だずげで… と訴えてるのに 足とか腕をどんどん切り落とされて体がバラバラになっていって 意識はいつまでも残っていて… こんな一大事なのに誰も助けてくれないし 育ててくれた人はもう知らん顔だし 日本中の誰もが知らん顔 みなさんにお初にお目にかかるのは スーパーのパックの中 ちなみにどんなにバラバラにされても 意識はちゃんと残ってるんだよ だれがどんな風にぼくらを飲み込んだのか 見届けてるんだ 胃袋の中に入って消化されたって 意識は残っているんだよ まあそれは今はいいけれど ともかく そんな切ない最期よりも 育ててくれた人が涙する目の前で 血を出さずに殺されて 運がよければ焼いてもらえ その手間がかけられない場合でも ちゃんと埋葬してもらえる 手も足もくっついたまま埋葬されて 手を合わせてもらえるんだ 日本中の人からも かわいそうね、って思ってもらえる この病気で死ぬ方が ぼくらにとっては穏やかな気持ちで成仏できるんだ 今回のできごとはさ 世界中にいるぼくらの仲間で話し合って 決めたことなんだよ この方法しかなかったんだ ぼくらの気持ちを伝える方法は これしかもう思いつかなかったんだ どんなにたくさんの人間たちに迷惑がかかろうとも もうぼくらにはこれしかなかったんだ ただ、わかってもらいたい一心だったんだ 日頃、ぼくらがどんなに悲しい思いをしているのか ってことを… だからおねがい 被害額がいくらだとか 損失がどうだとか 保障がどうだとか 畜産業がどうなるとか 他の業界への影響がどうだとか 責任は誰にあるのかとか その心配をしながらでもいいです どうか問題の本質に目を向けてください いくら保障をしても 畜産農家を支援しても 地域を支援しても 募金をしても 問題の本質から目を逸らさないでください 人間という生物は本当に栄養学的に ぼくらを日常的に食べないと生きていけないのか ぼくらに対するこのような残虐行為が 人間どうしの争いに影響を及ぼしていることはないのか ぼくらを食べるために飼育することは 地球の環境にとって最善なのか 地球上では全ての人に行き渡る充分な量の穀物があるのに ぼくたちを養うためにそれが行き渡っていない ということはないのか ぼくらをこんな風に扱うことによって 人間としての魂の成長は得られるのか … 援助や募金をするのなら 畜産農家さんたちが別の職業につけるように どうか支援してください 屠殺業者さんが別の職業につけるように 支援してください 精肉業者さんが別の職業につけるように 支援してください ぼくらが家畜制度から解放されるように 環境を整えてください ぼくらを食物として扱わない 新しい文明をつくる努力をしてください ぼくにしゃべれる魔法をかけてくれてありがとう ぼくらの気持ちをブログや日記、ツイッターなどで 伝えてくれている多くのみなさん ありがとうございます 最後まで読んでくれて どうもありがとうございました ぼくはうしですそっぺ 追伸: ひとつ言い忘れてたことがあったんだけど というか、本当は言ってたんだけど取り消してたことがあるんだ でも大切なことだからやっぱり言うことにしたよ それはね ぼくらは人間が大好きだってこと ぼくらはね 人間が大好きなんだよ 人間のために働くことが大好き 重い物だって力持ちだから平気だし 退屈な作業だって飽きずにできる 一生懸命働いて人間の役に立って 喜んでもらってかわいがってもらえると すっごく嬉しいしもっと役に立ちたいと思うんだ ぼくらが人間にできない仕事をやって 人間たちがぼくらのお世話をしてくれるなら ぼくらは死んだあと人間たちに 食べてもらうことも喜びのうちなんだよ ぼくらをかわいがってくれる大好きな飼い主さんが 食べ物がなくてお腹を空かしているならば ぼくは喜んでこの身を捧げるよ ぼくらと人間はそういう関係だったんだと思うんだ 大好きな人のためなら死ねる 人間のみなさんもぼくらもその気持ちは同じだよ 長くなっちゃったね 読んでくれてありがとう また魔法をかけてもらって お話できたらいいな ありがとう うしより 私は肉は一切食べませんが、私自身が以前、普通に肉を食べていたのでベジタリアンの人たちがいくら動物愛護の立場で訴えても響かない人には響かないことをわかっています。ただ、今の酪農の現状が、かなり酷いのはまぎれもない事実。私もおさむも、この悲惨な現状を知ってしまった後では、肉を普通に食べることは、もうできなくなってしまいました。もちろん、肉を食べることで生きていくしかない地域もありますし映画アバターに描かれていたように、動物の命と魂を人間と同等のものとして扱い、自分たちの命の中に取り入れるという考え方で、自らが食べる分だけを狩猟によってとり、感謝と祈りを捧げて頂く。もしもそういう生き方ができるのなら、私も肉を頂くのかもしれないなあ、とも思います。そっぺさんが言われているように、殺されても、浄化されないままだと、その悲しみや苦しみの意識は残るでしょう。うしさんたちが、本当に喜びを持って生きて、人間と共存していくことができる社会になりますようにてんとう虫見つけた~~
2010年06月01日
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