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今日は大晦日。日本ではもう明けていますね。今年、最後のキネシオロジーのセッションは、とても楽しく終了しました。また、昨日のセッションは、今度また、詳しくお話できるかもしれませんが猫へのキネシオロジーのセッション。これも涙の感動のセッションでした。これから、イーストビレッジにそばを食べに行ってきます♪おさむが、「これだけいろんなことが変容しているのに、大晦日にそばを食べるところだけは変わらないんだね」と半分あきれていましたが、確かに、他のことは特にこだわらなくても、年越しそばだけは必ず食べなければ気がすまない感じがします。昔、大晦日にそばを食べる誓いでも立ててしまったのかしらね親愛なるみなさまへ今年も大変お世話になりました。実際にお会いしている方々はもちろんのことこうしてここに来てくださっている方々へもいつも支えられて生きているなあと感謝しています。ありがとうございますどうぞよいお年をお迎えくださいね。らぶ☆
2010年12月31日
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先日、またキネシオロジーの素敵な感想を頂きましたので今日も、ここでシェアさせて頂きます~ありがとうございます~前回で5回目のセッションを終えたのですが、どんどん私という人間性が良い方向へ向かっているのがわかります。私が今、発しているオーラも以前とは全く違ったオーラを発しているようです。特にピンクポマンダーが必要とキネシで出てきたので、これをつけるようになってから、女性からも男性からも、お褒めの言葉をたくさん頂くようになりました。今までこんなに集中的に褒められるなんて事はなかったし、これはきっと私のオーラが変わったんだなって実感しています。そして、なんとなく必要な人たちを引き寄せている感覚があるのです。(私が引っ張られているのかな?)なんか、来てる来てる。っていう感じ。このオーラで生涯共にする伴侶も引き寄せていてくれる事を願います!24日イブと25日の夜はお家で愛犬と一緒に過ごしたのですが、本当に至福の時間でした。今までの私なら、きっとこの大イベントのクリスマスという日を寂しさと孤独感で、空しさの中で過ごしていたに違いないと思うのですが、今の私は、ここにある今という時間を楽しんで、幸せを感じて一人で過ごせました。そして、前回のセッションで進路を調整してもらい一つ気づいた事があります。何がやりたいという具体的な事はまだ分からないのですが、私がする事で、人に喜ばれる事。その人にとって助けになる事。私と話をしたり会う事で幸せを感じてもらえる事が、私は好きなんだなとそういう方向にいけたらなと思いました。キネシオロジーと典子さんのおかげで、精神的にも人間的にもいろんな気づきと成長があり、人生が面白く思えるようになりました。そして、人とのふれあいが今はとても楽しくこれからもっともっと沢山の人たちと関わって行きたいと思えるようになりました。この方は、進路や人間関係などの問題がテーマで調整を行ったのでオーラの調整が目的ではないわけですがオーラは、私たちそのものを表すエネルギーフィールドですから。自分の内面が変わっていけば、もちろんオーラもどんどん輝いてゆきますし周りの人たちはそれが観えなくても、無意識レベルで(意識レベルでも)わかりますから、同じ環境にいても、自然といろんなことが変化してゆくと思います。ちなみに、この方が使っているピンクポマンダーはハートを開いてゆき、無条件の愛をサポートするオーラソーマですがけっこう(潜在意識で)選ぶ方が多いです。オーラのエーテル体に作用します。ホルモンバランスを整え、またクラニオセイクラルにもよいそうなので神経系の調整にも効果を発揮しそう。そして、例えクリスマスでも一人でいて至福の時間を過ごすことができるのはとても素敵なことだと思います。一人でいる時間を大切に愛おしく感じることができるのは本当に誰にとっても必要なこと。そして、そんな方は、もしパートナーができた時にはお互いにとってよい関係を築くことができるようになるなあと。そして、人に喜んでもらうこと、幸せに感じてもらうことが自分は好きなんだ、と気づいたことも素敵♪例え、どんな仕事をやっていたとしても人に喜んでもらうことを幸せだと感じる心は、大切ですものね。もちろん、それが度が過ぎてしまって、人のために自分を犠牲にしてしまってはいけませんが自分も他の人も幸せになれる道を探してゆく、そうすれば、自分が進むべき道も必ず見えてくることでしょう。よくライトワーカーといいますが周りに喜びや幸せの光を流していく人ならば、例えどんな仕事をしていたとしてもライトワーカーだなあと思います。さて、今日はこれからレイキのクラス、そして、夕方から、キネシオロジーのセッションが入っています。今年もあと3日間、全力で走りま~す(←全力で走っているつもり)エプソム塩のソルトバスは、オーラのデトックス♪冬はやっぱりシャワーだけでなく、湯船に浸かってのんびりしたいですね
2010年12月29日
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今回は、ちょっと昔のNYの思い出話など。私が初めてニューヨークに来たのは1990年の冬。何だかんだでもう21年なんですよねその間、2、3年間は、日本に帰っていた時期があるので合計すると18年間ぐらいですが、それでも随分と長くなりました。NYに最初に来た時、私は誰もNYに知り合いもおらず所持金が全部で確か500ドルぐらいだったと思うのですがそれを持って、生まれて初めての海外であるNYに、旅行ではなく、いきなり、引っ越してきたわけですから今から考えると、それは若さというのか、無謀というのか、、あまり深くは考えていなかったことは間違いなさそうです1990年の頃のNYと、今とでは、かなり変わりました。NYに最初に到着したのは、夜だったのですが当時のJFKは、今から思い出すと、混沌とした印象で、やっとのことで、荷物をピックアップし、防弾ガラスが重々しいイエローキャブに乗ってこれまた混沌としたイーストビレッジに着いた時には、「ひゃ~何だか飛んでもないところに来ちゃったなあ」なんていう気持ちになりました。当時は、たくさんのホームレスが通りにいましたし娼婦やドラッグを売る人たちも、イーストビレッジの家の外に1歩出ればごろごろしていました。(そういった方たちを通りに見なくなったのは、ジュリアーニ市長になってからです)今の安全な雰囲気のNYとは、まるで違っていて私は、最初にNYに来た時には『お財布を持って外に出ないように』と、知り合った人にアドバイスしてもらいました。地下鉄の切符売り場やその他のところでお財布を取り出すと、お金を持っているとみられて襲われるからです。お財布さえ持てないなんて、なんというところじゃ~と思いつつ、そのアドバイスに従って、それからお財布を持つのをやめ万が一、襲われた時に手渡すための現金20ドルは、いつでも持つようにして(お金を少しでも渡さないと殺されると言われていたので)いつもポケットに直接、お金をいれていました。実際、その当時のNYは、危ないこともたくさんあって私がNYに住み始めて、ちょうど1ヶ月後に私のアパートの上の階に住んでいた人の家に強盗が入りその方が殺されたり、私も通りで変な人に追いかけられたり、帰り道に襲われて、バックをひったくられたりといろんなことがありました。当時のNYでは、車の中に何か一つでも物を置いていたら車のガラスを叩き割られて、それを盗られるのでいつも通りには、叩き割られたガラスのかけらが残っていました。当時の私の友人で車を持っている人たちはどんな小さな物でも車内に残さないようにしていましたしそれでも夜中に叩き割られていることはよくありました。なので、常に周りの状況に気を使うという習慣がここで暮らしている間に、すっかり染み付いてしまってやっと安心して、街にお財布を持って出かけることができるようになったのはそれから何年も後のことです。今では、地下鉄内で、ノートブックのコンピューターを開いている人もいますし、ニューヨークは本当に安全な街になったなあとつくづく感じます。それでも、その頃にしみついてしまった周りへの警戒心みたいなものは、無意識レベルで残っているのか時々、シャスタなどにいって、車に鍵をかけるのを忘れたりすると一瞬、ヒェ~となったりニューヨークでも、常に自分の持ち物への意識などはあるのですがでも、昔は地下鉄でうたた寝するなんて、あり得なかったのに、ここ近年は、地下鉄に乗れば、大抵、身体のどこかにレイキしながら、うたた寝していますもちろん、あまり安心し過ぎてはいけませんけどねさて、初めて、日本からNYにやってきた時私はNYでの仕事だけは、すでに日本で決まっていたので、初めて着いたその日に、JFK空港から、直接、仕事場に向かい、早速、その日の夜から働きました。(それもけっこうむちゃくちゃな話ですが)その仕事というのは、クラブでのキーボードの演奏。そのクラブは、生バンドが入っていて、そのバンドのバックでお客は歌うことができるということが売りのお店でした。私は夜7時から朝の4時まで(実際は朝6時すぎまででしたが)そのバンドのキーボーディストとして、演奏するという仕事。という話で、雇われたはずだったのですが実際、NYにやって来てみると、キーボードの演奏の合間にバーテンダーとしての仕事があり、むしろ、そちらがメインでした。もともと、お酒はむちゃくちゃ強かったし好きだったので、バーのお客と話ながら、毎晩、浴びるようにお酒を飲み、ほとんど前後不覚になりながら演奏して朝方には、そのまま店のみんなとカードでのギャンブルにあけくれ昼間になって眠るという本当に今から考えると、あり得ない日々を過ごしていました。(こんな私が今や、ヒーラー、セラピストだなんて人生ほんと何でもありですね)3ヶ月ぐらいそういう生活を送ってある日、ふと鏡を見るとゾンビみたいな顔の自分がいて「ああ、こんなことを続けていたら、早死にするなあ」なんて思ったことを覚えています。その頃の私は「今を生きる」のではなくただ刹那的に生きていたのでしょうね。その当時の私の口癖は「人生暇つぶし」でしたから。でも、その仕事は確かにハードでしたが、あれはあれで楽しかったのは間違いないですし、そういう時期も私にとって必要だったのだろうなあと。いろんな体験をしたことで、今、セラピーを行う上でのプラスになっていることは間違いありませんから。どんな経験でも無駄なものは、何もないですね。そして、当時のイーストビレッジには、アーティストがたくさん住んでいましたから毎晩、店にやってくるお客の多くはそういったアーティストたちでしたし私はすぐに、そういう人たちと親しくなってそれまで知らなかったいろんな世界を知りました。当時、NYで人と知り合えば、必ずと言っていいほど聞かれた質問は『どうしてNYに来たの?』ということ。どうして?というのは、どういう目的で、という意味です。今では、誰でも、特に何かの目的がなくてもNYに来られますが当時は、何かを目指していたり、何かを達成したいと思ってニューヨークに来ているという人がほとんどでした。そんな質問をされる度に私は「何の目的もないです。ただ、ニューヨークに住もうと思ってやって来ました」と答えていました。日本で音楽の才能の限界を感じて、NYに来た私にとっては何かを目指すことそのものをやめたかったのです。そんなある日「人生暇つぶしですから」そんな風に答えた私に、バーで出会った2人のアーティストがお互いに顔を見合わせながら「ふふ~あなたの目はそうは言っていないよ」と言うのでした。そして、私に精神世界の本や哲学や科学について教えてくれました。瞑想というものを最初に教えてもらったのもアインシュタインや科学に興味を持ち始めたのも才能だの何だの考えず、自分のやりたいと感じるままに何でもやってみようと思い始めたのもその当時に出会った人たちの影響がありました。今から思うと、みんなではないけれど、そこで出会った人たちは人との出会いというものは、すべて目に観えない宇宙の采配で大いなる存在からのメッセージであって人生の中で何よりも大切なものなのだということを、魂レベルでわかっていた人が多かったように感じます。だから、初めて出会った瞬間に、古くからの親友のように安心して自分のすべてをオープンにできる、そんな出会いがよくありました。そうして、私は、次第に刹那的に生きるのではなく本当に魂の喜びを感じるような生き方をしようと思うようになりました。今の私にとって、喜びを感じて生きるというのは、一瞬一瞬が最高に満たされているということであって未来のために、今を犠牲にして生きることでも、また、自分の内なる声がやりたいと感じることをやろうとせず、その場限りの楽しみや遊びに逃げることでもありません。(もちろん、その場限りの遊びも日々の生活の中では必要ですけれどね)でも、その両方を体験してきたからこそ、今、そう言えるのかもしれないなあと。刹那的に生きてみたり、または逆に自分は不足している、もっと修行や学びが必要だと感じながら、常に何かを求めて生きていたり、その両方の時期が私にとって必要だったのでしょう。今では、おさむも私もスピリチュアルな学びのために修行をする必要なんて何もない、ということを知っているわけですがでも、これまで修行のようなことを一度もやらなかったとしたらそうは感じなかったかもしれませんから。「修行は必要ないことを知るために、修行をしてきた」そんな風にも言えるかもしれません。ブレインジムのポールデニッソンも「がんばらないことが大切だ、ということを学ぶためにがんばって苦しんだ経験も自分にとって必要だった」というようなことを書かれてあって、深く納得しました。もちろん、経験しなくても、わかる人もいることでしょう。みんなそれぞれが今、経験していることに、何も間違いはないですね。先日は、全く逆の意味だと書きましたがもしかすると、自由に自分の使命を求めることも自分の使命から自由になることも本質は同じことなんじゃないかしら?と。(って、あくまでも誤訳は誤訳だ~)時代はどんどん変化していますし、私たち自身も変化してゆきます。大昔から変わらず、存在している真理もありますし時代とともに変化してゆくものもあります。そして、私にとって、今も昔も変わらない真理は人との出会い、人とのつながりの大切さ。そして、それは、きっと、これから先、例え、何をしていたとしてもきっと変わらない部分だなあと。なんて、今日は、とりとめもない話かもどうして、こんな話をしたくなったのかしら~と、自分の内をよく見てみると私にも何かができるかしら?とか自分を変えることができるかしら?とかそんな不安を持っている方々へ、いつも伝えたいなあと感じるのです。例え、あなたが、今、どんな状態であったとしても日々、思うように行かないことが多かったとしても何が自分にとってのベストの道なのかわからなかったとしても、大丈夫。何で大丈夫なの?って言われてそれを言葉で説明しようとすると、何だか嘘っぽい感じがするので難しいのですが私の中では確信していることだから。絶対に大丈夫なんです!(敢えて絶対という言葉を使いますが)少しでも何かが伝わったらいいなあと願いつつ、、、読んでくださってありがとう~もぐらさんは、元気で暮らしているかしら~♪
2010年12月28日
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昨日のニューヨークは、1日中、今年一番のすごい雪嵐。もう、久々にこんな大雪の日で、風もすごかったです。昨日のセッションの予約は3人入っていて、こんな吹雪の中、来ることができるかしら?と思っていたのですがみなさん、来てくださって感謝。今朝になって、雪はやんで空は晴れています。今日の午前中のセッションの方はニュージャージーから車で来られる方なので、さすがにキャンセルになりましたが、午後からの予約の方も、地下鉄が動いているのかどうかわかりませんが道を歩くのも大変そうです。外を見ると、家の表のゲートが、雪で空かない状態になっています。これから、家の前の雪かきをおさむにやってもらわないとさて、今年も、残りあと数日。今年は、31日までセッションの予約が入っているのでお休みは元旦のみです。おかげさまで、今年はさらに多くの方と出会うことができて、いろんな方々と深く関わってゆくことができました。本当に感謝です。このブログをいつも読んでくださっている方々へもおかげさまでとても励みになっています。本当にありがとうございます~みなさま、どうぞ、今年残り少ない日々を楽しくお過ごしくださいね♪雪だるま、作りたいな
2010年12月27日
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今日もIH キネシオロジーの感想のご紹介です。こうして多くの方がセッションの感想を送ってくださって、感謝で一杯です。ありがとうございます。先日は、ありがとうございました。IHキネシオロジーのセッションは、予想してたより凄かったです。潜在意識って、何でも知ってるんですね!(当たり前ですが)なぜなら、上げたテーマより、今私に必要なことをちゃんと知っていてそれを先に、ヒーリングへと導いてくれた。おかげさまで、私が全く気ずいていなかった、ある女性から受けていたエネルギーを解除してもらった。魂もあんなにも分裂していたなんて!びっくりしました。それも、ヒーリングして頂いて本当にありがとうございます。自分の内なる声を聞ける!なんて、うれしい。本当は、ずっと前から、いつも私に声かけてたことでしょうが、聞こえなかったのですね。それから、ヒーリングの道具があれこれ出て来て!楽しかった。昨日先月みたリアルな夢の事思い出しました。私と娘2人の3人で街を歩いていると、突然、ある小さい四角い部屋の中に瞬間移動して、そこには椅子に腰掛けた一人の男性が(マジックの世界への入り口の門番)いました。何が起こったのか驚いている私に向かって本当に嬉しそうに、自信ありげに言いました、マジック無しでは、人生はつまらない” マジックがあるから人生は楽しい!”と目が覚めて、その夢がリアルで、クリアに覚えていたことを覚えています。(何故か?いつもメッセージをくれるのは男性です。)まるで、ハリーポッターの世界が現実にあるんだよ!って、教えられた感じです。そのことを、思い出しました。そして、もしかしてこの夢が私に伝えたかったのは、典子さんが教えてくれたよーに人生は、楽しいもの!だってこと。そして、スピリットはいつでもどこえでも瞬間移動ができるのだってこと。シャーマニックジャーニーのような、感じですかね。何かが始まるような気がして、とてもわくわくしています。ほんとうに人生はマジックそのマジックを起こすのも起こさないのも自分次第です。自分の中の無限の可能性という杖を使えばどんな奇跡も可能になります。それは年齢に関係なく、そして、今、どんな問題を抱えていたとしてもすべての人は、それぞれの人生を最大に生きるための潜在的な力があります。今、ちょうど『ブレインジムと私」という本を読んでいるのですがブレインジムの創始者ポールデニッソンが小さい頃は学習障害として、本の読み書きや人前での発言ができずとても大変な時代を送っていたことが書かれてありました。「自分が限界だと認識しているものが何であれ、あなたも私と同じようにその限界を乗り越えることができるのです。そのためには、あなた自身が自分の夢を知りまるでその夢が実現したかのように人生を送ることが必要です。そして自分のやり方で動く必要があります。身体を動かしながら、潜在意識をフルに発揮するために必要な方法を体得するにつれて、あなたが本来持っているベストを尽くす基盤となる力や能力を発見することでしょう。そして、そのプロセスを楽しむことでしょう」そして、そのためには「無理してがんばるのをやめる」ことが大切だと言われています。この本については、とても素晴らしいのでまたあらためて紹介しようと思っていますが私たちは、本当に自分自身について知らないことが多いですね。よく「自分らしく」という言葉がありますがこれはいろんな意味で、誤解を招く言葉なのかもしれません。自分らしいことがどんなことを差すのか、わかっていなければ例えば、自分は人と話すのが苦手な人だから、話さないとか、自分は本を読むのが苦手な人だから、本は読まないと、自分で限界を作ってしまうことにもなるわけですから。だからといって、どうやったら人と話すことが楽にできるようになるのか本を読むことがスムーズにできるのか全く検討もつかず、出口がないように感じている方が、世の中には本当に多いのでしょう。多くの人たちが、自分が持っている本当の力を知りそれをそれぞれ発揮していけるようになったら本当に素晴らしい世の中になるなあと。これからも私がまた新たなことを学んでゆくにつれてキネシオロジーのセッションもどんどんと進化してゆくでしょうしまさに無限の可能性があるなあ、と、わくわくしています<PS>私が先日書いた『I am free to pursue my destiny 』の訳は、私は自分の使命を追い求めることから自由になりますではなく「私は自分の使命を自由に追い求めます」となって、全く逆の意味でした。free fromとなれば、~~から自由になるfree to は、~~を自由にできるですよね。なぜ,これまで気づかなかったのか(汗:)私が適当に訳してしまったので、クライアントの方もこれを読んでも私の訳の間違いに気づかずにいてしまったようです。適当に訳してしまって、ごめんなさい!!(平謝り)指摘してくださった方、本当にありがとうございます~
2010年12月26日
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メリークリスマス~~みなさま、このホリデーシーズン、いかがお過ごしでしょうか?(以前は、こんな風に飾りつけしていたのですが生活をシンプル化してからは、何百もあったオーナメントも全部人にあげました)昨日のイブは、午後から、友人と映画『バーレスク』を見に行きました。これは何人かの方がおもしろかったよ~とお勧めしてくれたので見にいったのですが、その方から教えてもらったところによるとバーレスクというのは、舞台で音楽に合わせて,ダンサーが踊りながら、どんどん脱いでゆくショーで(最後までは脱がない)アーティスティックにエロティックにゴージャスに見せるショーだそう。もともとは、高級キャバレーのショーだったそうで伝統的なものだそうです。ちなみに、こちらが、近年バーレスクを復活させたバーレスクの女王といわれているDita Von Teeseの映像。Dita Von TeeseDita Von Teese 2 (シャンパン)セクシーの科学彼女は脱いでいても、ちっともいやらしくないというかむしろ上品さが漂っているのですよねさて、映画の方ですが、このDita Von Teeseのクラシカルで上品なエロティックとはちょっと違っていかにもミュージカルのようなダンスと、歌のショーという感じ。私は単純に、この踊りやショーを楽しめましたが映画としては、内容が深いわけでもないし、よくありがちなアメリカンドリームのお話なのでこれは賛否両論かもしれません。個人的には、私はこの熱唱型のボーカルというのが苦手でこれでもか~これでもか~とひたすら声を絞り出して歌い上げ、なんかもう押し付ける感じがtoo muchで歌だけ聞いていると疲れるので、けして家では聞きたくないタイプの音楽なのですがこういう舞台や映画の中で豪華でセクシーな衣装を着て、ダイナミックな踊りと一緒に見ているのは、やっぱり目が引き付けられるし、見ていてわくわくします♪好き嫌いを抜きにしても、やっぱり抜群に上手いのは間違いないし、こんな風に踊って歌えるなんて、とてもおなじ人間とは思えないなあ、とそして何よりシェール。現在64歳だそうですが、やはり美しく、人間的な深みも感じさせて、圧倒的な存在感と個性でこの人だから、この映画に魅力が出るのだなあと感じました。映画の中では、クラブバーレスクを舞台に繰り広げられる人間模様なのですが嫉妬あり憎しみあり、実際、こんな世界では、役を取っただの取られただの日常茶判事でしょうし、男女関係も含め、どろどろした感情が渦巻いていて大変な世界なのでしょうね。それにしても、こういう人間性はどこから生まれてくるんだろうどういう子供時代を過ごせば、こんな風になるのかしら?なんて、漠然と考えていました。だって、オーナーや周りの人に「あなたなんて及びじゃないのよ、引っ込んでいなさい」といわれてもけしてめげずに「私の踊りを見て~。私は何でもできるわ」と何度も食い下がってゆくその自信と押しは、とても普通の日本人には真似できません。ここまで自分に対する絶対的な自信を持って、人がどう思うが、関係なく自分を売り込んでいく押しの強さがあれば世の中、ほとんどのことは、達成できるんじゃないかしら、なんて思います。しかし、そうやって得た華やかな成功も常に満足することはなく、次なる成功へと向けて、心休まることは永遠にない、なんだか、そんなところが観えてくるようでした。映画ではもちろん、そういったところには焦点を当てていなくて主人公はただお金や名声といった成功より、最終的には人の愛、人とのつながりを選ぶということになるわけですがその辺りの話の持っていき方も、ありがちなパターンかもしれません。とはいえ、やっぱり豪華なショーを見る感覚でこの映画を見るのはお勧めです。1時間40分、まるで実際に目の前でこんなショーが繰り広げられているかのように別世界に入り込めました。さて、夜は、おさむも加わって、お気にいりレストランCounterへ。ここは、数年間、私とおさむが通ったレストランですが実は来年の2月一杯でクローズすることになったと聞いて、とても残念。ここは、雰囲気もとてもいいし、ベジタリアンで、オーガニック。ワインもすべてバイオダイナミックやオーガニックでしかもおいしいし、私たちにとってNYでの救いのレストランでした。NYには、他にもベジタリアンでオーガニックなレストランはいくつかありますが、ここと比べると、店の雰囲気、料理の味、ワインのセレクト、料金、などを総合すると、やっぱり、ここが一番だと感じてしまうのです。昨日行ったら、もう店じまいのためかワインリストもなくなっていて、選択がかなり少なくなっていたのですがまた2月末までに何度か行きたいと思っています。そして、今年も素敵なクリスマスと年末を過ごせることに感謝。先日は、私がWorld Visionでサポートしている2人の女の子チリに住むカーラと、ホンデュラスに住むカレンからも手書きの絵とともに、素朴なクリスマスカードが届きました私は誰にもクリスマスカードや年賀状を送らないことに決めているのですがこの子たちには、年に数回の手紙やカードでしかつながることができないので必ず送っています。(でも、こちらにカードやメッセージを送ってくださった方、ありがとう~)世界中の子供たちが、愛に満たされたクリスマスを過ごすことができますように
2010年12月25日
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先日、IH キネシオロジーのセッションを受けてくださった方から素敵な感想を頂きました。ありがとうございます!!今日もどうもありがとうございました~!キネシオロジー 4回目セッション、今日も愛にあふれたセッションでした☆回数を重ねるごとに、どんどん私のもっとディープな部分のヒーリングになっていって、顕在意識では、分かりえない自分の深い部分のダメージを癒すことができて、本当に素晴らしいですね~!ここ数回のセッション後の感覚は、ディープなレベルのヒーリングなので、じわじわと私の生活に変化として、着実に現れています。今日は、夢と目標を達成することを受け入れる☆という、大きな愛をうけとりました。最近は、自分の思考や感覚が、自分の人生をつくるんだということをしみじみ感じていて、自分で好きなように、人生を描くことを与えられているのに、どうして描くことができないんだろうな~って思っていました。潜在意識で、何かブロックがあったんですね~これからは、本当に自分が喜びと愛にあふれた、楽しいことを探して、自由に生きてみようと思います。魂は永遠ですが、今の私の肉体での人生は一度きりですもんね~自分らしく輝くぞ~☆人生には、間違いなどないすべて学びで恵みであるって思って、古い思考や感情は、手放します。私の人生は、私が創造します☆私は、この恵みと喜びを感謝の心で受け取ります☆私は、私の夢、目標のベストを受け取るに値します☆そう思えるようになってますよ~調整完了~イいぇーイ☆やはり、周りからではなく、すべては、まず自分の中にあるんだな~って思います。自分自身が幸せで、愛と喜びにあふれていることが何よりなんですよね。それが、まわりの人の幸せにつながってるって、思うようになりました。だって、私たちは、もともと一体ですもの~!キネシオロジーのおかげで、これから、いろいろなインスピレーションとか、ワクワクした感覚が爆発しそうです~どうしよう~(笑)!ありがとうございました~☆のりこさんのセッションは、いつも愛であふれています~☆うーん、言葉の端々からきらきらエネルギーが溢れてくる感じほんとそう、すべては自分の中にあるし自分自身が幸せで喜びに溢れていることそれが何よりも大切なことですね。もちろん、人のために何かをすることは素晴らしいことですがまずは自分自身の魂の喜びに目をむけていないと進路を決めるにしてもこれで私は人に貢献できるのだろうか?私にこれができる力があるのだろうか?ということにフォーカスしてしまいますからどう生きていったらいいのか何をやっていいのか、わからなくなるのです。そうではなく、自分にとって、本当に喜びと感じることわくわくすることをやっていくそれが仕事になるのか、人に貢献できるのかどうかは、やってみないとわかりません。でも、最初から、それを考えて進む道を選んでゆくと何かがずれてくるように感じます。私も最初にレイキを始めた時にはこれを仕事にしよう、なんて全く思っていなかったわけですしもしも、そんなことを考えていたら、私にはそんな力はないなあと、たぶんやっていなかったでしょう。そして、もしレイキに出会わなかったら、キネシオロジーにもサウンドヒーリングにも他のヒーリングにも、出会わなかったでしょう。それがどこにつながっているのかなんて誰にもわかりません。例え、サイキックの方に未来をリーディングしてもらったところでその未来は、いくらでも自分で変えてゆくことができるしそれだけが自分の未来ではないのですから。ですから、もし、少しでもやりたいと感じることがあるのならそれが自分にできるかどうか?それをやって何になるのか?それを続けていくことができるのか?それで人の役に立つことができるのか?そんなことをあれこれ考えず、ただやってみる。それが自分にとって喜びをもたらすものなら続ければいいしそうでなければやめればいいし。やめたなら、また別のわくわくをやってみる。他の人がどう思うか、どう評価されるのかではなくあくまでも、自分の内なる感覚に従ってゆく。そうしないと、例え、何をやっていたとしても心からの満足感は得ることはできないし、いつもずっとどこかに不足を感じて生きることになります。もし、やりたいことが見つからない、またはやりたいことがあるのに、なかなかその道に進めないそういう方は、それを防いでいる潜在意識の中にあるものを見つけて、取り除いていく。(そのためにこういったヒーリングやセラピーがあるわけですが)私たちは、本来は、誰でも喜びの人生を歩いてゆくことができる力を持っているのですから。そうして、何をやっていたとしてもいえ、何もやっていなかったとしてもいつも生きる喜びに満たされていることができればそれは、もうこの世での目的を果たしたことになるなあと。そして、自分自身が喜びの光で満たされていれば、必ず、周りにその光を流してゆくことができる。いえ、正確に言えば、科学者アーヴィンラズロが唱えているように自分の意識が変われば、その瞬間に、周りへの影響があるのです。肉体は別々でも、私たちはつながっているのですから。そして、そう、究極的には、すべて一つのものなのですから
2010年12月22日
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先日のレイキ交流会+サウンドヒーリングの感想を頂きました。シェアしてくださって、ありがとうございます~昨日もとっても充実した交流会でした。ありがとうございました!!魂の中に肉体がやどっているんですね~キャー 不思議だけど 納得できました!!経絡のこともとても面白かったです。これからもっと勉強してみたくなりました。それからおさむさんのサウンドヒーリングまたまた素晴らしかったですね~前回は涙があふれてきたのですが今回は、目を閉じてアイマスクもしているのに自分自身が物凄く明るい光に包まれたのが見えた、、、んです、、?自分で見ながら、えっつ???これ何かしらーとビックリそして今までにないほどたくさんのビジョンが、現れては消えて(ひょっとして、とっても気持ちよくって眠ってしまっていて夢をみていたのかもしれないのですが)50分があまりも短く感じて~~~どうかどうかまだ終わりでありません様に~~~~と祈っておりました。サウンドヒーリングで見る光やビジョンって後で考えると夢みたい~と感じるのですがでも、やっぱり夢ではないんですよね~その証拠に、え?これ何かしら?とか、これすごい~とか、終わってほしくない~と客観的に見ている自分がどこかにいるわけです。私もサウンドヒ-リングに限らず、たまにレイキなどでもそうなる時がありますが、そういう光や色が観える時はそれはそれは気持ちよく、幸せな気持ちになります。でも、私の場合は、ヒーリングが終わって、しばらく経つと、その映像をよく思い出せなくなっています。さて、次の方は、とてもはっきりとしたリアルな映像として見られた方です。昨日はありがとうございました~♪お勉強会はとても面白かったです!とってもわかりやすかった!何となくしかわかっていなかったオーラのこと、昨日はいろいろわかってすっきりしました。何となくですが、私が弱いのはアストラル体なのかな。。。と。そう思ったら自分が今まで苦しんできたことが何となく理解できたような気がしました。人からのエネルギーを受けやすいのも納得できるのです。アルコールはあまり良くないのですね~。ワインが好きなのでちょっと残念ですが、量は少なくしていきます。サウンドヒーリング、感動しました!楽器や音が作るパワーに圧倒されました。細やかな振動が体を包み、時には優しく、時には力強く、体と脳のマッサージ受けているようでした。途中で寝てしまったような気がしたのですが、ギターの音色が始まると頭の中ではきれいな景色が目の前に現れ、まるでマッサージチェアのある映画館で3D映画でも見ているようでした。涙が出るくらい感動的な映画(夢?)でした。小さな男のがずっと走っているのですが、その子がお母さんを探しているのです。その子を私がずっと見ていて、髪の毛のうねりが見えるくらい近くまでいるのですが、その子には私が見えない。途中で気がついたのですが、彼は母である私を探しているのに私にはもう肉体がなく、でも彼に近くにいること一生懸命訴えていて後を追いかけているのです。でもやっと彼が私を感じたのか足を止め、私の方をじっと見上げるのです。ママ?って言うのです。その時私に肉体が戻りその子をきゅっと抱きしめたのです。ハッピィーエンド!その後現実に戻りました。見た映像はとても色がきれいでした~~~。男の子の顔、髪の色まではっきり見えて、母親である女性も最後に見えました。自分の過去世なのかな???それにしては映画を見ているようでした。ゴングの音と振動は体から細かい砂のようなものがさらさらと落ちていくようできっといらない不要なゴミが砂となって落ちていったのですね。本当に素晴らしい体験をさせていただきました。おさむさん、のりこさん、ありがとうございました。私はこんな映像は見たことがないのですがこういう映像が観える方は、はっきりとリアルに観えるのですよね。その顔の皮膚の感触や、時には匂いや音まで感じられるのだそう。自分の過去生、または未来の映像、または別の次元へのアクセスなのかわかりませんが、以前にも何人かいらっしゃたのでおさむに、ヒプノセラピーを学んで、ヒプノ+サウンドヒーリングをやったら?なんて言ったぐらいです。今回は、このお二人の他にも、「おさむさんのアコースティックギターのときにピンクのお花に囲まれて、愛の存在になる感覚を味わいました」という感想を送ってくださった方もいらっしゃいましたおさむのサウンドヒーリング、ますますいい感じです。もっと多くの方に聴いてほしいなあ。(というか、彼がもっと活動の場を広げていけば、聴いてくれる人も増えるのでしょうけれどね)さて、昨日は皆既月食の満月でしたね。そして明日は冬至です。日本に住んでいる私の友人が、明日の冬至の日に、私とおさむが去年に訪れた、あのペルーのピサックの遺跡でポールとセレモニーを行うことになっています。明日は、私も、あの聖なる地に想いをはせて、NYから祝福のエネルギーを送りたいと思っています。Love&Blessings☆@ピサック
2010年12月21日
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今回は男性の方からのキネシオロジーの感想を頂きました。男性からこういった感想を送ってくださる方は少ないので、とてもうれしいです。ありがとうございます♪先日は、キネシオロジーのセッションをありがとうございました。あのセッションで調合して頂いたエッセンスは、まるで魔法の薬のように(そう、ファンタジー映画のストーリーのように)効果がありました。セッションの中で、7歳で身体が反応した時、子供の頃の記憶を思い出せませんでした。でも、家に戻って、その時の記憶がありありとフラッシュバックしてきました。(ほとんどそのことを忘れてしまっていました)実際、私は記憶違いをしていて、そして、今、古い記憶を正しく思い出すことができました。そして、それから、失われた記憶が、どんどんと蘇ってきました。まるでそれを映画を見ているかのように、まるで日本に置いてきた古いアルバムを開いたかのように、楽しんでいます。そのアルバムには、私の生まれてからのすべての写真が載っていてまるで、古い友人や出来事などを訪れているかのように、幸せな気持ちになりました。最も驚いたのは、私の潜在意識が選んだ7歳の時の悪い記憶がもはや、全く悪い記憶ではなくなったことです。(まさに、のりこさんがセッションの中で「私は愛を持って、赦し、受け入れます」と言われたように)たった2時間の 1回のセッションが、私のすべてを変えました。次回のセッションが待ちきれません。このセラピーが、もっともっとポピュラーになって(まるでNYのヨガのように)世界中に広まってゆくことを願います。もしこれがヨガみたいに世界中に広まったらすごいことになりそうです~今回のテーマとして、この身体が選んだのは「家族」でした。そして、セッションの目標を探ってゆくと「私は自信を持って、人に対してオープンにしてゆきます」という目標に辿り着きました。子供の頃の家族との問題が、自分に自信を持つことや人とのコミュニケーションや人に対してオープンにしてゆくことをブロックしていた原因でした。私のところにキネシオロジーのセッションを受けに来てくださるのは私が女性ということもあってか、ほとんどが女性なのですがそのセッションに来られている女性の方々が自分の旦那や彼にこういうヒーリングやセラピーを勧めてみても、彼から「あまり興味がない」と言われる方が多いそう。また、男性の方は、テーマとして持ってこられるのは身体的な問題や、集中力や記憶力、仕事の能率などのテーマが多いです。日本人の男性は、過去を癒したり、家族や恋愛のことなどのヒーリングを行う必要があるのは、精神が弱い人や女性のためのものなどという意識があるのかもしれませんね。ですが、男性こそ、そういうヒーリングを必要としている方が多いと感じます。今の時代、女性の方が、どんどん解放されていますしねさて、この方は、「7歳」に身体が反応したのですがセッション中は、それが何であるのかわかりませんでした。小さな子供の頃のことを覚えていないのはごく普通ですし、例え、思い出さない場合でもセッションは進めることができますが、不思議なことに、そのセッションを行っている途中や、セッションの直後、またはセッションからしばらく経ってから突然、思い出すケースが多いのです。これは、例えば、「7歳の時に何が起こったんだろう?』とそこに意識を向けることで、潜在意識の中のメモリー検索がスタートし探し出して、顕在意識(私たちが知覚している意識)まで、あげてくるのですね。そして、この方が言われているように例え、辛いことが過去にあったとしても、その過去が、本当に癒され、そこから何かを学ぶ貴重な体験となった時それは、もはや辛い過去にはならないのです。私たちは、現在も未来も、そして過去さえもすべて変えることができます。そのためには、単に私たちの内側を変えるだけのこと。そのことが本当に理解できた時、過去のことを癒したり、手放したりする必要があるのはけして、精神や心が弱いからということではなくこれからの自分の人生を、自由に創造していくためにあるということがわかります。過去を癒すことは、今を変えるということ。私たちは、誰でも本来は、魂の望むまま、自由に喜びを感じながら生きてゆくことができる潜在的な力があるのですから。ヒーリングは、単にそれをブロックしているものを取り除いてゆく作業ですね。ということで、これから男性の方々が、もっとこういったセラピーやヒーリングに目を向けて潜在意識に眠っている過去の感情やトラウマを癒しより自分自身を自由に解放してゆくことができたら社会も大きく変わってゆくことでしょうね
2010年12月20日
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一昨日、フェルデンクライスのセッションを受けました。たまたま、フェルデンクライスを行っている方に家に来て頂く機会があったので、実現したのですがその日が、ちょうど交流会の前日でほんとバタバタだったのですが、やっぱり受けてみてよかったです。フェルデンクライスは、呼吸に意識を向けながらゆっくりとした簡単な動きを行うことで柔軟性や機能性を高めてゆくエクササイズです。これがやってみると、ヨガなどと比べても、超スローで、簡単な動きだし横になって行っていると、だんだんリラックスして眠くなってきます。最初は、こんな動きで効果あるの?という感じなのですが、少しずつバリエーションが出てきます。例えば、最初は、左に肩をゆっくり動かすだけ、といった動きをやってしばらく休憩し、それから、右に腰を動かすだけという動きをやってしばらく休憩しそれから、左に肩を動かしながら、右に腰を動かすという動きをやってしばらく休憩し次に左に肩を動かしながら、右に腰を動かし、視線は左に動かすという動きをやってしならく休憩しという風に毎回の動きの後に休憩をいれながら少しずつ変化してゆきます。ああ、これ、左脳と右脳のつながりをよくするな~とすぐに感じましたブレインジムもそうですが、身体の左側と右側の動きに意識を向けて簡単な動きを行うことで、左脳と右脳のバランスが取れてくるのですよね。実際、筋肉を動かすのは紙一枚の動きであってもいいそうで例え全く動かさなくても、そのように動かしているという意識を向けるだけで効果があるというのが、とても納得でした。私たちの意識というのは、実際の身体の動きや機能性を変えてしまうぐらい大きな力がありますから。また、自分の筋肉や呼吸の状態が今、どんな状態にあるか?というところに意識を向けるので普段、特に意識していなかった微妙な身体のずれや歪みに気づいたり感覚が鋭くなってくると感じました。調べてみると、フェルデンクライスは、中枢神経システムに作用するとのこと。たぶん、私の父のように、脳梗塞で身体的な機能障害がある人にも有効なのではないかと思います。幸い、私の父は、かなり回復して日常生活を行う分には、ほぼ問題がないのですが先日、母と話したら「リハビリの運動もすぐに疲れてしまうから、やろうとしないのよ~」と言っていましたから、そういう風に、体力が落ちていたり、身体の動きが制限されているような人でも、この微妙な動きだけで、身体機能の回復に向かうことができるのはいいですよね。でも、一つだけ、このエクササイズの難点といえば、時間がかかるということ。一つの動きが終わる度に、休憩が入るわけでこの休憩時間が、筋肉がアジャストする時間として大切とのこと。なので、一連の動き、例えば肩の柔軟性に関する動き一つを行うにしても左右両方を行えば、最低1時間はかかるということでした。私はとりあえず、3つの動きを教えてもらったのですが2時間半の中で全部は終了できず、片方だけ行って、とりあえず教えてもらいました。「後から、必ず、もう片方の動きをやってくださいね~」と言われたにも関わらず、結局、まだやる時間はなくてそのままやっていないのですが20分だけ空いた時間に、ちゃちゃっと行うなんていうのはあまり効果が上がらないようです。実は、このフェルデンクライスをIH キネシオロジーの調整法の一つとしてまたはサポートテクニックとして使えないかしら?とちょっと考えていたのですがここまで時間がかかるのは、無理だなあと。キネシオロジーで、肩や腰の痛みなどのテーマで調整を行う場合この要因として、感情的なものやエネルギー的な問題もよくありますがもちろん、フィジカルな問題が要因だというケースもあります。例えば、普段、身体の動きに慢性的なくせがあったり同じ筋肉ばかり動かしていたり、姿勢が悪かったりといったことがあれば、やはりそれを変えてゆく必要があるでしょう。そういう要因からその痛みや不調が起こっている場合はこのフェルデンクライスは、とても有効なメソッドではないかと思います。また、呼吸と身体の動きに意識を向けてゆくという意味でも普通のエクササイズよりも効果的に働く可能性があるなあと。つい先日も、骨盤の矯正に関するキネシオロジーのセッションの中でサポートテクニックとして「フェルデンクライスが有効」と出てきたので、それができる方をご紹介したのですが私自身ができれば早いかも~と、思ったもののこれだけ時間がかかるのは、キネシオロジーのセッションの中では使えないですから、やはり、もしセッションの中でこの方法が有効だと出てきた場合は他で受けられるようにお勧めするのがよさそうです。どちらにしても、私は今の時点では、日々の生活にレイキ、ヨガ、瞑想、それに加えて最近はタントラのブレスワークが加わっているし(このブレスワークが、とってもいい感じなのよ)これに加えて、フェルデンクライス1時間なんて練習している時間はなさそうなのでたまにやってみる程度になりそうですが。う~ん、いろんなボディワークやセラピーやヒーリングはそれぞれに素晴らしい効用があるので全部やってみたい気持ちになって困りますね。いやもう、肉体から、コーザル体から、あらゆる次元での問題に幅広く対応して行こうなんて、やっぱり欲張りすぎかしら~ということで、普段からボディワークやエナジーワークを何も行っていない方や身体が堅過ぎて、ヨガやストレッチも辛い方やなかなか日々の生活の中でリラックスできない方や姿勢や偏った身体の動きを矯正したい方や怪我や病気で、身体的な動きに制限がある方や体力がなくて普通の運動ができないなど様々な方に、フェルデンクライスはお勧めだと思います♪(と、一回セッションを受けただけで、勧めてしまう私)
2010年12月19日
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今日のレイキ交流会も、無事終了。毎回、そうですが、今回もまた素敵な会となりました。いつものように、参加者は、私とおさむを含めて12名。今回は、初参加の方も4名いらっしゃったのですがみんなリラックスして、最初から旧友のような和やかな雰囲気。昨日の夜に、今日のテーマ、ヒューマンエネルギーフィールド(オーラ)についてみなさんに話す内容を、ざざ~と書き出し、今朝、いくつかの修正を加えてほんとギリギリセーフだったのですが(完璧主義を手放してからというもの、妙に心に余裕があるので、最近、何でも取りかかりが遅いのよ)思いついてやってみた経絡の実験も、上手くいきました。この実験で、経絡が肉体の中にあるわけではないことを理解してもらえたかなあと。これがわかれば、刺さない鍼治療がなぜ効果があるのかも納得します♪今回の内容は、私がこれまで様々なワークやクラスを受けてきたり本で読んだりして学んできた内容に加え日々のレイキやキネシオロジーのヒーリングセッションの中で実感として捉えている内容なので、これが正しい見方かどうかはわかりませんしブログには書けない内容もあります。(もっとも、すべてにおいて、正しい見方も間違っている見方もないわけですが今後、私の中で変わってゆく可能性があるという意味で)もともと、オーラ、つまり微細エネルギー、ヒューマンエネルギーフィールドについては例えば、バーバラアンブレナンが提唱しているものやインドの考え方や、神智学などといろいろ違います。IHキネシオロジーは、オーラについては、ごく基本的なモデルを使っていてこれは、モデルをよりシンプル化して、手順に組み込みいれようという意図なのだろうなあと。今回、参加者の中から質問があったオーラの層とチャクラとの関連などについては、バーバラアンブレナンなどが唱えているものとIHキネシオロジーではかなり捉え方が違っているのですが、このあたりは、これからもっとセッションを行う中で臨床結果を見ながら、私なりに捉えていけたらなあと思っています。ともかく、エネルギーフィールドもコーザル体から上の話になると、超スピリチュアルな世界おさむが交流会が終わった後「考えてみれば、今日の内容って、天使のワークよりスピリチュアルな内容だったよ」と言っていましたが、確かに、そうだったかもしれません。でも、肉体に魂が宿るのではなく魂の中に身体が存在すると捉えてゆくことでエネルギーフィールドのことも理解できるし意識も変わってくるのではないかなあと。みなさんからの質問の中には『潜在意識というのは、どのレベルまでを差すのか?』『魂はどこまで広がっているのか?』『IHのセッションで行われる魂の統合というのは、どう捉えたらいいのか?』といった、深い内容も多かったですし「いや、その部分は私も疑問なのよ~」というようなものもありましたからみんなオーラについての勉強は初めてといいながらもしっかりと話についてきてくれていたようです(たぶん)今回、時間配分が、1時間ぐらいでオーラについての勉強は終了する予定がふと気づけば1時間半を越えていたので、急いでまとめて次のサウンドヒーリングに移ったのですがおかげで、ヒーリングやセラピー以外の日々の生活の場でオーラをケアしていく様々な方法を、お伝えすることをすっかり忘れてしまっていました。せっかく、昨日、あれこれ考えて書き出していたのに残念でも、時間が押したせいで、最後のレイキマラソンを取りやめて急きょ、2人一組のワークに変えたのですがこの間、おさむが笛やクリスタルボールなどを使ってサウンドヒーリングをやってみたらこれが予想以上にいい感じこれまで、サウンドヒーリングはサウンドヒーリングレイキはレイキ、で別々に行っていたのですがサウンドを聴きながらレイキをするというのはまた、違った効果があります。おさむの音も、サウンドヒーリングだけの時のサウンドとは、違った感じになるし。これからのレイキ交流会では、レイキマラソンなしでこれでいこうと一人の人にみんなで手を当てるレイキマラソンはみんなのエネルギーを感じれるのでいいのですが、一人辺りの時間がたった8分ぐらいでも全員に回ると、それだけで2時間近くなったりエネルギーもすごいし、立ちっぱなしになるので、最後の方になると、ふらふらになります。考えてみれば、交流会でレイキマラソンをやらなかったのは今回初めてですがこのサウンドヒーリング+レイキの方がずっといいということに気づきました。時間が押してしまったのが、逆によい結果になってよかったです♪さて、おさむのサウンドヒーリングは、みなさんにはいつものように床に横になって聴いてもらったのですが、私は今回、初めて、床に座ったまま聴いてみました。寝ながら聴くのとは、受ける感覚が全く違いました。座ったままだと、意識はいつもここにあって飛んでいかないのですが、サウンドヒーリング中ずっと髪の毛が全部上に引っ張られているような強いエネルギーを感じて50分の時間も、いつもより短く感じました。横になった方がリラックスできるのは間違いないですが座って聴くのも集中できる感じです。今回、おさむはエンジェルチューニングフォークも使用していてこれがまたよかった~♪やっぱりレイキ交流会は楽しいです。この12人ぐらいの人数も、多すぎす少なすぎず、ちょうどいい人数だし。終了した後のみんなの晴れ晴れした顔を見ていると、とても幸せな気持ちになりますもっといろんな人に参加してほしいなあと思いつつスペース的にこれ以上、1回の人数は増やせないし、またスケジュール的にも、2、3ヶ月に1度のペースがやっとですが来年も無理せず、交流会続けてゆきたいなあと思っています。
2010年12月18日
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今日はキネシオロジーは入っておらず、レイキのクラスのみ。クラスでは、リラックスした素敵な時間を過ごすことができました。今年も矢のように過ぎて、もうあと約2週間。みなさん、今年最後の日々をどう過ごされているかしら?NYは、最近、かなり冷え込んで、マイナスの日々です。と、私はバハマから戻って、カーラのタントラに行った次の日からはキネシオロジーのセッション続きで、ほとんど外に出る時間もなかったのですが先日、窓のつけかえの工事が行われたのでその日は、家の中が外の気温と同じぐらいになっていました大家さんが、新しい窓に作り直してくれるということで古い窓を取り外して、新しいのに付け替えるだけだと思っていたら、家の全部の家具を動かすことになって、家の中で数人の業者の方が、電気ドリルでガガ~~と始め、家の中は、いきなり工事現場と化しましたリビングとセッションルーム、反対側のおさむの寝室、そしてキッチンの計6つの窓を全部取り替えて、工事が終わった後の掃除も大変。おかげでキッチンもすべて、年末大掃除となりましたでも、これまでは窓枠のところに手をかざすと、外の冷たい空気が染みでてきていたのを感じていたのですが今度の新しい窓になって、全く冷気が入って来なくなり暖房がちゃんと効くようになって、部屋が随分と暖かくなりました私たちが住んでいるのは2階建ての家で、2階は私たちだけで、1階に大家さんであるアメリカ人男性がジェフが一人で住んでいます。家の広さといい、サンセットパークに近いロケーションといいすべてが私たちの望んでいた通りの家だったし某有名IT企業に働いているジェフは、造形アーティストでもあってとても気さくでいい人だし、何より、いつも旅行や出張ばかりで、ほとんど家にいない人なので、おさむがアフリカンドラムをがんがん鳴らしていても、全く問題なし。でも、冬の防寒対策だけが毎年のテーマで最初の1、2年は、窓枠にテープを貼ったりしたのですがそうすると、冬の間、窓を開けれないことになり換気も悪いし、スマッジングなどもできなくなってしまいます。セントラルヒーティングだけでは無理と、電気ストーブも購入したもののリビングは、他の部屋としきりがなく続いているので暖かくならず、今年はどうしたものか~と思っていたのですがこの新しい窓になってかなり改善されました。高いお金をかけて、全部の窓を代えてくれたジェフに感謝、感謝でした。ちなみに、彼は、来週からまた1ヶ月、アジアを旅するそうで、アメリカの会社というのは、やっぱり余裕があるところが多いのでしょうか。さて、あさっては今年最後のレイキ交流会。つい先日まで、今回のレイキ交流会では何をしようか、全く頭になかったのですが、参加メンバーを見てみたら、たまたま参加者全員、一度は私のIHキネシオロジーのセッションを受けてくださっている方たちならば、人間のエネルギーフィールドについての勉強をいくつかのキネシオロジーを使った実験を取り入れながら、やってみよう♪と思い立ちました。これを学ぶと、私たちの存在というのはどこまでを示すのか病気や疾患は、どのレベルで起こっているのか?また、それぞれのヒーリングやセラピーがエネルギーフィールドのどのレベルに作用するのかそういったこともストンをわかりますしキネシオロジーやレイキや様々なヒーリングやセラピーについての理解も深まるかなあと♪ということで、今から資料作り。交流会は、それなりに準備も後片付けも大変ですが私がこれまで学んだことや、セッションを行う中で気づいたことを、私なりにグループの中で伝えてゆくのはやっぱり楽しいです。集まるメンバーによって、毎回、雰囲気も大きく変わりますし。久々のおさむのサウンドヒーリングも楽しみ♪今回、また新たな楽器を使っての試みを行うようです2010年の残り2週間、最高に楽しみたいと思います~
2010年12月16日
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先日、バッチフラワーのAgrimonyをご紹介しましたがバッチフラワーの中でよく出てくるエッセンスの中にELMというエッセンスがあります。これは、仕事ややらなければならないことに、プレッシャーや責任を感じていたり、自分が上手くその状況を乗り越えて、よい仕事ができるかどうか自信がないような状況の時に(潜在意識が)選ぶエッセンスです。これも本当によく出てくるエッセンスで、数えたことはないのですが2、3日に1回ぐらいは、クライアントさんのどなたかが選んでいるように感じます。それほど、多くの人は、仕事や家事や勉強など「やらなければならないこと」をいつも抱えているということでしょう。筋肉反射テストで、中学生の子もこのエッセンスを選びますから、子供でも勉強のプレッシャーを抱えているということです。私たちの多くは、いつのまにか、小さな頃からずっとそんなプレッシャーを感じながら生きているのかもしれませんね。先日のバハマで、ホリスティック医療のバーマン先生が『ねばならないことは、何一つない』と言われていましたが多くの「ねばならない」を私たちは知らず知らずのうちに抱えてしまっています。「もっと勉強しなければならない」「この仕事を~~までに終わらさなければならない」「もっと痩せなければならない」「人と上手くつきあっていかなければならない」「早くメールのお返事を出さなければならない」(←これ少し前までの私)先生は、日々、自分の考えや言葉にどれだけ「ねばならない」があるかを見つめてみなさいと言われていました。私は昔から、この「ねばならない」が好きではなかったのですがもしも「~~ねばならない」という考えが浮かんだ時には、それを「~~したい」に置き換えることができるかどうか自問自答してみます。「もっと勉強したい」「この仕事を~~までに終わらせたい」「もっと痩せたい」「人と上手くつきあってゆきたい」「早くメールのお返事を出したい」そんな風に置き換えてみて、それで、もし自然に置き換えることができたならいくら大変なチャレンジであっても、その実現に向けて行動します。でも、もしも、置き換えるのに心のどこかで抵抗を感じるのならそれはやめるか、別の方法を模索します。(なので、一昨日、ここに書いたように自分の目標や約束を簡単に変えてしまうことにもつながるのですけれどね)自分が本当はやりたいと感じているのにできていないということとやりたくないと感じていて、できないことでは大きく違います。やりたいと感じているのにできないのならそれは潜在意識を調整したり、癒したりしてゆく必要がありますがやりたくないと感じているものはできなくていいのですから。「自分が本当にやりたいと感じることだけをやってゆく」そんなことを言ったら、学校の勉強はしなくてもいいの?仕事はやらなくてもいいの?その責任はどうなるの?なんて言われる人もいるかもしれませんが実際のところ、本当にそれを自分が望むことでないのならやる必要はないと私は思います。もちろん、やらなかったことに対する結果は自分で全部請け負うことになります。勉強したくないから勉強しないとなれば、学校の成績が下がるでしょうがそれによって、影響を受けるのは自分でしかありません。でも、人生、いつでも勉強したくなった時にすればいいのですから。遅すぎることなんて何一つありませんし親や周りの人から言われたからやることは、自分が進むべき道ではないと私は思います。でも、自分でも勉強をしたい、自分には勉強が必要だと思っているのにも関わらず、できないのならそのできない理由を探して、変えてゆく必要があります。また、例えば、家族を養うために、自分の好きではない仕事を「やらなければならない」と考えている人もいるかもしれません。でも、ただ自分が犠牲になってそれをやり続けているのならそれは何かが違うということです。何か別の道を探してゆく必要があるのです。ということで、かれこれ5年前になるのでご存知の方も多いでしょうがAPPLEの創始者スティーブジョブズ氏の講演から印象的な言葉から抜粋してみますね。これはスタンフォード大学卒業祝賀スピーチです。 <日本語翻訳:市村佐登美さん>3つ目は、死に関するお話です私は17歳の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。 「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。 そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」それは、私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝、鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。 「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、 今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て・・・外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て・・・こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば、自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。 全くその通りなのですよね。『ねばならないこと」と思っているのは外部からの期待、自分のプライド、屈辱や挫折に対する恐怖そういうところから起こるのです。ですから、自分が「ねばならない」と思っていることが本当に自分の望むことなのかそれとも周りからの期待や、自分自身のプライド、挫折に対する恐れなのかしっかり見つめてゆくことが大切ですね。そうして、もしそのことが、自分が心から望むことがないとわかったなら周りからどう言われようとも、それをやめたり、変えてゆく勇気も必要だと思います。例え、どんな状況であっても、私たちはやりたくないことをやるために生まれてきたわけではないのですから。この世での人生を終えた時に、後悔しないようにその日、その日が人生最後の1日だと思って、自分のやりたいように生きること。そうすれば「ねばならない」は何一つなくなりますね(そんなこと、そう簡単にはできないって?自分の内側が変わればできるのよ~これが)
2010年12月15日
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これまで何度か書きましたが、IHキネシオロジーのプロトコル(その問題に関わっている深い要因)として「不要な誓い」というのがあります。これは、例えば、結婚の誓いで「この人をずっと愛し、ともに人生を過ごします」などと神や周りの人たちの前で誓って、それが最終的に離婚などということになった時にその誓いはもはや不要となっているのに、潜在意識の中に残ってしまっていて知らず知らずのうちに、それからの人生の支障になってしまうというようなことです。でも、いろんなセッションの中で感じるのは、離婚した人が結婚の誓いを潜在的に引きずっているケースは、それほど多くはないなあということ。これは、離婚する際に再び心の中で「この人とはもう二度ともとに戻らない」などと誓っているからかもしれませんねこれまで私がセッションを行った中で多かったのは、神の前や周りの人たちに誓っているケースより自分自身に誓っているケース。例えば、子供の頃に辛いことがあって「自分は幸せになる価値がない」と強く想ったことがその後の人生で、ずっと幸せになることをどこかで拒んでいたり。または、おさむのケースのように「父に認められるような素晴らしい音楽家になる」と子供の頃に強く想っていて、それがあったから、練習をがんばってきたのだけれどいつのまにか、その想いが、父に認められなければならないというプレッシャーや父の好きな音楽をやらなければならないという罪悪感につながりそれが彼が自由に音楽を表現していくことへの妨げになっていたり。もちろん、本人はそんな想いを持ったことさえ、忘れているケースがほとんどです。つまり「不要な誓い」というのは、強い「想い」と言えるのです。長く残っている誓いには、必ず強い感情が伴っています。一度、強く想ったことが、年月を経て、もうその想いを手放していい時になってもまだ潜在意識の中に残って、いろんなことに影響を及ぼしています。この誓いを持続させる人、強い想いを持ちづづけている人(けして本人は自覚していないのですが)の中には何度も誓いが出てくる人がいておさむの場合も、今生でもこの不要な誓いが何度か出てきたし今生ではない時(前世?)にも、これでもか~と誓っていました。でも、私はこれまでセッションを受けた中でもまた自分自身に対してセッションを行ってきた中でも、他のプロトコルは出てくるのですが、この「誓い」は出てこないのです。「どうして、のりこは、誓いが出てこないの?」とおさむに聞かれるのですがもちろんこれまでの人生の中では、これからこうするぞ~と心に誓っていることはよくあったものの、誓った端からその誓いを破ることも多いし(先日のヨガの誓いも早速)それに対して、全く罪悪感を抱いていない自分がいます。おさむは、私のそういった面をいつも見ているので「ほんと、のりこはいいかげんやなあ」とあきれられることも多いのですが。だから、自分が強く想ったことを実行し、それを長く持続させてていくような強い意思力のようなものを持った人というのは、一つのことに対して追求していく力を持っていて、素晴らしいのですが一方で、人生の中で流れが変わってきても、その最初の想いに忠実すぎてそれにとらわれてしまうこともあると言えるのかもしれません。どんなにこうなりたい、という強い想いがあったとしてもそれがすべてではないですから、それがもはや違うと感じたら方向転換することも必要と言えるかもしれません。いいかげんな人、と言われるぐらいがいいかも?(とこれは自己弁護?)そして、古い感情や想いは、やっぱり手放してゆく必要があります。自分自身への誓いは、いわば自分への約束。「約束を破る」というと、どこか罪悪感を感じるかもしれませんが「約束を変える」と捉えると、罪悪感を感じにくいですよねそう考えると、そもそも、何かに対して誓ったり、約束したり、強く願ったりすることって必要ないとも言えますが一方でその誓いがその人の成長のために必要だった期間もあったのですから一概にそれを否定することはできません。先日、ヒロイックエイジというSFアニメを見たというお話を書きましたが、その中で、宇宙の創造主が設定した誓いに翻弄されて、自分の望む生き方ができなくなった人類(というより宇宙人)が「こんな誓いなんてなければいいのに」と思い苦しみ最終的に、その誓いは破られるのですがそこに至る過程の中で、大きな学びや収穫があるというお話でした。う~ん、日本のアニメって、やっぱり奥深い♪誓いも強い想いも願いも約束も、いつかは必ずそれが必要なくなります。この世のすべてのことは変化してゆきますから。今、その瞬間瞬間の自分の感覚に忠実に生きてゆくこと。そして、こうすればよかった~と思うような後悔の念を残さない生き方を選ぶこと。そうしないと、また来世でその想いを叶えるための人生を歩かなければなくなるかもしれませんしねそして、これからも「もはや不要となった誓い」は、ばんばん解いていこうと、誓った私でした
2010年12月13日
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キネシオロジーのセッションの中で、調整にフラワーエッセンスが必要だと出た場合筋肉反射テストで選んでゆくのですが、私が持っているエッセンスの中で、まだ一度も選ばれたことがないエッセンスもあれば毎回のようによく出るエッセンスもあります。そして、クライアントの方の潜在意識が選ぶフラワーエッセンスを見ていると、いろんな傾向がわかってきます。その多くの人が選ぶエッセンスの中にバッチフラワーのAgrimonyというエッセンスがあります。これは、自分の感情に蓋をしたり、自分の感じていることを周りの人に話さないという傾向がある方が(潜在的に)選ぶエッセンスです。このAgrimony のエッセンスの効用としてあげられる「自分の感じていることを周りの人に分かち合ってゆく」ということに関して、最近、いろいろ感じることがありました。これができない人って、日本人には案外多いのでしょうね。日本では、あまり自分の感情を表すことや人に自分が感じていることを話すことをよしとしない部分もありますし、潔くないと感じる風潮があるのかもしれません。私は昔からかなりオープンな方だとは思いますが人にシェアするのは、自分の中ですでにその問題が解決ができたものに関してのみ、そこから何か学び、それを昇華した後はどんなことでもシェアできるのですが、それがまだ自分の中で解決されていない時には例え、おさむであってもあまり言わないことが多かったです。これは一つには、例え話したところで、何の解決にもならないことがわかっているから。もちろん、セラピーやヒ-リングなどの場では感じていることをセラピストやヒーラーに話す必要があるでしょうがそれ以外では、自分自身で解決してゆくしかないですしそれを周りの人に話したところで、単なる愚痴や不平不満になりかねません。起こっていることのすべては、例え、意識していなくても自分が招き引き寄せているものであって、自分の選択の結果。私は愚痴や人のことを悪く言うことが何よりも嫌だったので、そういうことを言っている自分を赦せないと感じていたのですね。だから、おさむとの生活の中で、これまで、いろんなことを話していても愚痴や他人を悪く言うような会話は、思い出す限りありませんでした。お互い、すべての責任は自分にある、ということがわかっているので例え、何か私が話したとしても「それはのりこ自身が招いたことでしょ」ということになることはわかっていたし私も「全くその通りよね」ということになってしまうので話す必要性を感じていなかったのです。でも、そういう私が最近、特にこのIHキネシオロジーを初めてから変わってきたなあと。例え、それが問題の根本的な解決につながらなくても、また例え、それが愚痴っぽくなってしまったとしてもその時、その時で、信頼できる人たちにシェアしてしていくのも大切なことだなあと感じるようになりました。つい先日も、ちょっとしたことが起こって私の中で「これはどう自分の中で折り合いをつけていくのかしら?」「一体私はここから何を学ぶ必要があるのだろう」と思っていました。その問題というのは、私がやったことが相手に受け入れられず、認められなかったという事実。もちろん、これは相手の方が悪いのではなく私のやり方に問題があったことは間違いないことでした。でも、その方に対しては、仕事としてではなく、サポートしてきたつもりでいてこれからも私ができる限りのことをしていこうと思っていたのでこの方なら理解できるかも、とどこかで期待していたこともあって(そこに私のエゴもあったのかもしれません)感じたことをそのままお伝えしたのですが価値判断されてしまい、やはり真意はわかってもらえなかったのだなあととてもがっかりもしていました。でも、バハマで過ごしている中で深く自分のうちとつながる感覚があってああ、いいんだ、自分を理解してもらえなかったことに対して例え怒りを持ったとしても、ただそれを感じて、解放してゆけばいいだけなのだということがストンと腑に落ちた時があってそうしたら、その瞬間にその問題はあっさりなくなっていました。そして、バーマン先生の「悪い感情というものは何もない」という言葉が、さらに大きな意味を持って、私の中に入ってきました。それから、NYに戻って、おさむとそのことを話す機会があったので「実はこういうことがあったんだよ~」といういきさつを話したのですが、おさむが即座に「それはひどいわ、腹立つなあ」と言ってくれた時に、さ~~と私の中で、何かが昇華されていくのを感じました。すでに私の中では、その問題はすでに解決したことであってそれに対する怒りの感覚はなかったのですがもっと素直に怒りを感じて、分かち合えばそれでよかったのだなあ、と。それまでは、自分のことを理解してもらおうとすること自体がエゴだと思っていたのですが、例え、そうであったとしても、感情を感じて、解放してゆく必要があったのです。怒りは、もっとも私たちに気づきを与えてくれる感情だとバーマン先生が言われていたように本当に学ぶことが多いですね。IHキネシオロジーの「魂からのメッセージ」というリストの中に『腹を立てたり、怒りをぶちまけたり、怒りのあまりに何かを決心してもいいんだよ」というメッセージがあります。怒りをぶちまけていい、なんてすごいメッセージですが怒りを感じることにたいして、自己非難しないことが何よりも大切だということ。まさに、ちょうど今日、セッションに来られた方の中でその言葉を選んだ方がいらっしゃって、深く納得しました。私はこれまで、人に対しては「素直に怒りを感じてもいいのですよ」と言い続けてきたのに、自分自身が怒りを感じることは、まだ完全に赦していなかったのでしょうね実際、あまり怒らなければならないようなことは、最近ほとんど起こらなかったこともあるのですが今回のことは、そのことを私自身が感じ、実感するためのレッスンだったということに、気づきました。そうしたら、そのきっかけをくれた相手の方へ感謝の気持ちが自然と内から湧き出てきました。けして、きれいごとではなく、そこから本当に学ぶことができればやっぱりすべては感謝になってゆきますね。以前、友人で、普段は滅多に愚痴っぽいことは口にせず自分一人ですべてを解決してしまう人がその時、抱えていた問題について、心の葛藤を話してくれた時に私は信頼されているんだなあと感じて、とてもうれしかったことがありました。もちろん、その方は、すぐに自分自身で解決してゆくことができる人であるのはわかっていたので、私は心配もしていなかったのですがそれでも、シェアしてくれたことに感謝でした。起こっていることのすべては意識しているいないに関わらず自分自身が引き寄せていることであって自分の責任であることは間違いないにしてもそれをふまえた上で、周りの信頼できる人たちに自分が感じていることを分かち合ってゆくことは必要だということをつくづく感じています。Agrimonyのエッセンスは、自分の感じていることを人と分かち合わない人だけでなく自分の感情そのものに蓋をしてしまう傾向がある方もよく選びます。例えば、潜在意識の中では孤独だと感じているのに自分でそれを感じないようにしていたり、悲しみを感じないようにしていたり。そういう感情のブロックは、傷つきたくないという自分自身をプロテクトするために起こっているのですが、でも、その感情を一度はしっかり見つめない限り、本当の意味でそこから抜け出せないのです。自分の感情をしっかり向き合い、そしてそれを人と分かち合ってゆくこと。もちろん、自分が気づかないような深い無意識の部分での癒しが必要なことも多いですし、それだけでは解決できないことも多いのですが少なくとも、自分一人で抱えているより、心は軽くなってゆきますから
2010年12月12日
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先日、またIHキネシオロジーの感想を頂きました。シェアしてくださって、本当にありがとうございます今日もまた、パワフルなセッション、ありがとうございました。 魂の統合がでてきてほしいな、とおもってたら、出てきてよかったです。目標としてでてくるわけではないんですね。今まで出てきたことがない調整法やサポートが沢山でてきて圧倒されました。理性で付いていくのは無理でした。。と、いっても、もう最近は、セッション中は、頭のスイッチ切っているのですが、それでも、です!一番、驚いたのが、自分の魂からのメッセージです。 その前に目標設定していた言葉とほぼ同じだったからです。 ゾクッとしました。 やっていただいた数々のヒーリングも、いつもより力づよく、エネルギーが循環しているのがよくわかりました。微妙に目標設定の言葉が違ってもオンにならなかったり、散らばってしまった魂の欠片が自分戻り、直感を信じて人生をわくわく歩んでいる想像をするように、、といわれ、やって足りないと、オンにならなかったり、本当に面白いです。 魂の欠片が一瞬で元に戻ってくるのも驚きましたが、そして戻ってきた後も、再度調整が必要になったりするところも、反射で教えてくれ、とても細やかだなと思いました。魂の統合後、まだはっきりわかりませんが、いつもと違う感じです。身体のスカスカ度が無い感触があります。 魂の統合が100%になった今、どんな毎日になるのかとても楽しみです。今回のセッションの目標設定は「直感を信じて、わくわくして人生を歩いてゆく」だったのですが、その問題に関わっていたのが、魂の統合問題。分裂してしまった魂を統合するワークでした。魂の統合の調整は、人それぞれ、かなり効果が違うのですがこの1回のセッションによって、劇的に変わる方もけっこういらっしゃいます。生きるエネルギーがわいてくる方もいれば、素直に自分の感じていることに従って、行動するようになったりそれまで、何かいつも不足を感じていたのに、このままでいい、という安心感が出てきたりはたまた、それまでがんばりすぎていた人は自分以外のものになる必要を感じなくなって、肩の力が抜けて、立ち止まる余裕ができてきたり。。さて、この方は、この後、次のセッションを受けに来られたのですが以前、エネルギーコードが問題だと出てきていたのがこの魂の統合の後、切れているのがわかりました。これは2回目のメールから。前回の魂の統合で、以前調べてもらって、がっちりつながっていたエネコードが切れていてうれしいです!!前回のセッションの後、つながりが”切れた”感触があったんです。 10年もの位だったので、本当に嬉しいです!! しかし、皆、本来完璧なのに、自分で色々くっつけて生きにくくしていくのが良くわかります。 認識がある今は、やたらにくっつけませんが、この事をしらなかったり、子供の時などは、切り離しが難しいですね。 こういうこともあるので、優先順位って重要なのですね。身体は知ってるのかしら。 健気です。はい、もちろん、身体はすべて知っていま~すIHキネシオロジーのセッションでは、身体が優先だと指し示したものを優先的にその日のテーマとして、セッションを行いますがその優先の選び方が、もう素晴らしいのです。身体はどれを先に調整したらいいかの順番を本当によくわかっているので、最も効率的な優先のテーマの選び方をします。例えば、進路について調整したい、と思っていても自分に自信を持つ、とか自分を信頼するなどのことができていないと、進路について調整できないので先に自分への自信を優先テーマに選んだり。また、例えば、ある方にとって、今の問題は仕事と健康と恋愛と人間関係だったとします。その方としては、恋愛を今日のテーマとして選びたいと思っていたとしても健康がテーマとして選ばれたりします。でも、健康をテーマとしてセッションを進めたら根本的な要因はつながっていて、そのセッションが終わると恋愛の問題も調整されていた、ということもあります。もし,恋愛をテーマにセッションをスタートすれば、恋愛しか調整されないけれど健康をテーマにセッションをスタートすれば、恋愛も健康も調整されるそんな場合は、身体は最初のテーマとして健康を選ぶのです。これは、目標設定にカギがあります。身体は、ものすごく賢いので、どれをテーマとしてセッションをスタートすれば、今のその人にとって一番効率のよい目標を設定できるのか?ということをよくわかっています。なので、やはり身体が優先だと示したテーマに従ってセッションを行った方がいいのです。昨日のセッションでも、やはり身体は絶妙なテーマの選び方をしました。最初にカテゴリー別に調べていったら人からのエネルギーを受けていると出たのですが潜在意識はエネルギーの問題ではなく、進路を優先テーマに選びました。そして、「進路を決めます」などの目標でセッションを進めていったら、その過程でその進路の問題にエネルギーコードが関わっていることが判明しました。もし、エネルギーコードをテーマにセッションをスタートすればそれが進路に関わっているとはわからないので「進路を決めます」などの目標は出てこなかったわけです。だから、身体は進路をテーマとしてセッションをスタートさせるのです。そういったことを毎回、セッションの度に目の当たりにしていると、いつも『なるほど~そうこられましたか~。いやはや、お見それしました」とヒレフしたくなります。(もちろん、私が心の中で秘かに感じているだけですが)自分は今、どうしたらいいかわからない、と、その方がどんなに混乱したり迷ったりしていたとしてもその方の本質の部分では、どうすればいいか、何がベストか、すべてをわかっています。そこに、一つも例外はありません。人によっては、身体(潜在意識)がとんちんかんなエッセンスを選ぶ、なんてことはないのです。選ばれたエッセンスを見ると「はは~このエッセンスを選ぶということはこの方の中にこういう問題が内在していてそれを調整してくれ、と言っているのね」と身体が伝えようとしているメッセージが明確に見えてきます。セラピー受ける方にとって、どんなテーマを選べばいいか、どんな目標に設定すればいいか、どんなヒーリング法が必要かその方の潜在意識は、過去、現在、未来のあらゆる視点から、ベストのものを導きだしてゆきます。結局、私たちはみな、別のところからアドバイスや指針を得る必要はなくそれぞれが持っている内なる叡智にアクセスしていけばいいだけ。(普通は、思考がそれを邪魔しているわけですが)そして、キネシオロジーは、私たちが内なる叡智につながってゆくプロセスとして大きく貢献できるセラピーだなあといつも感じます。すべての人が内に持っている図り知れない叡智に感動する毎日。本当に人間ってすごいです
2010年12月10日
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いや~私にしては、珍しい日記タイトルですよね(汗)実際、最近、ほとんどファッションには興味がなかったのですが一昨日は友人で音楽エンジニアの竹やんのセットアップで「パワースポット、シャスタの歩き方」の著者、高原操さんとお会いしてきました。「シャスタの歩き方」は、未だにこれがシャスタに関する唯一のガイド本。当時、あまり知られていなかった聖地シャスタを日本に紹介し、広めることに大きく貢献された方です。私はシャスタには3回行ったのですが3回とも操さんに偶然出会いました。これもまた不思議なご縁。私はブログで顔を知っていたせいか初めてお会いした時も、前から知っているような感覚でした。その操さんが、現在、取り組んでいるのが、着物。斬新なデザインや生地を使って、これまでにない着物を創られていて、既成概念にとらわれず、自由に表現していく操さんらしい作品です。最近、ボストンに引っ越されてきて拠点を東海岸に移動されたので、ニューヨークにも活動の場を広げられるそう。シャスタでお会いした操さんは、ニューヨークのパワフルなエネルギーがとても合っている方なので、ニューヨークで再会しても全く違和感がなかったです。超直感人間の彼女のお話は、セドナのイルさんとネイティブアメリカンの長老たちと着物撮影を兼ねた、巡礼の旅を行った時のお話やシャスタとのつながりやシャスタ秘話など、とてもおもしろかったです。さて、その操さんに、着物着ます?と尋ねられていや~どう考えてみても、最近は、ずっと家でヒーリングのセッションを行う毎日だし着物を着る機会なんてないなあと。以前はオペラやバレエなどもたまに行っていたのですが、最近はあまり興味もなくなっているので行かないですしパーティなどにも滅多に顔を出さないし、、(ってお誘いを断っていると、いつの間にかお誘いも来なくなってしまうのよね)なので、気がつけば、最近の、私のファッションといえば家でも外でもヨガパンツのようなストレッチ素材のパンツ。そしてスニーカーパタゴニアのような機能的なものばかりで(もしくはユニクロ)女性らしい服やファッション性があるものなんて、持っていないのです。でも、ユニークな服や美しい服を着るのって、楽しい気持ちになりますよね。今では楽なものしか着なくなってしまった私も以前は、いろいろと工夫したりコーディネートを考えるのは好きでした。特にライブの時などは、好きなものを何でも着て、あれはあれで楽しかったなあ♪いつか、伝説のユニット、ソラリスのライブが復活したら(←伝説にしてしまおう)操さんの着物を着て、歌うのも楽しそう♪(って、そんな日が来るのか~)タントラも始めたことだし、女性らしい服とか、着てみるのもいいかも。(といいつつ、やっぱりヨガバンツの日々のような気もしますが)楽しくて、個性的で、おしゃれな着物に興味がある方は、ぜひ操さんのブログをチェックしてみてね。ということで、以前の私のライブの写真を本邦初公開(ファッションの話題から、たまにはソラリスの宣伝をしてみようという魂胆)←自分がミュージシャンであることを、最近、すっかり忘れてしまっていた。。雪の刺繍が気にいって購入したドレス。自分で適当に布をはぎ合わせて創った衣装。そして、もはや伝説と化したソラリス。やっぱり、おさむも私も若いなあ。。(このころは、もっと女性性エネルギーも解放されていたような気が)@Brooklyn NY
2010年12月09日
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先日、レイキヒーリングセッションの感想を頂きました。掲載の了承を頂いたので、ご紹介させてくださいね。ありがとうございます~レイキって直接からだには触れないと思い込んでいました。ちょうどその頃、ストレスがすごかったのでしばらくは心がざわざわしている感じで、あまりリラックスした気持ちにはなれませんでした。レイキ中にどんな心の状態でいたらベストなのか、聞くのを忘れて、(せっかくだから願望のイメージングとか、それとも瞑想のように心を無にしたほうがいいとか)思っているうちに、のりこさんの手がすごくあつくなってきてだんだん気持ちよくなってきました。ごちゃごちゃしたものが、消えてシンプルな感情だけが残って行くかんじでした。のりこさんが私の胸と背中に手を当ててるとき、ずーんときて2メートルくらい深い海の底に一旦沈んで一気にふわって浮かび上がったような体(意識?)の感覚があってちょっとびっくりしたけど心地良かったです。よく眠りに落ちそうになって一瞬体がピクッとしてふっと目が開いたようなかんじにもちょっと似てました。そして、のりこさんの手の位置に合わせて、自然と自分のからだに感謝したい気持ちでいっぱいになりました。足のときは、健康な足で、毎日歩いてくれてありがとう、というように。普段から自分の体には感謝していますが、あのときは本当に感謝と愛しい気持ちでいっぱいになりました。体のパーツが全部健康で、毎日使うことができて、ありがたくて、うれしくて仕方ない、という気持ちでした。自分のやりたいことなどあれこれ欲とか、一切なくてそこにあるのは、いま存在している自分、生かされている自分、感謝の気持ちだけ。風邪で朝、出ていた咳も夕方家に帰って、気がついたらほとんど出なくなってました。そして、その頃ケンカが多かった夫の存在も、ありがたくて、なんていうか子供を思う親の気持ちのような、母性のような気持ちで彼に対してゆったりした、優しい気持ちでいる自分に気づきました。要するに、この日愛に満ちた気持ちでいっぱいでした! レイキ後の体の感覚は、私の場合2週間くらい時差ぼけのようにちょっとだるかったです。仕事では、ある試練があったのですがそれに対して「絶対乗り越えてやる」と思えて、そしてそれを乗り越えた今、自分を褒めてます。ほんとよくやったよ、不利な状況で。。あいかわらずストレスフルな仕事ですが、自分軸というか、そういうのがちゃんとあるから絶対大丈夫なんですよね。のりこさん、ありがとうございました。レイキ、キネシオロジーを学びたいと思っているので、また今後もよろしくお願いします。読んでいて、私までとても優しい気持ちになりました♪レイキは、自分で学び、日々の自己ヒーリングの中で自分を癒し、波動を高めて、本来の自分へと戻してゆくものと私は説明していますので、基本的には1度セッションを受けたからといって劇的に何かが変わるということではないのですがそれでも、1回のセッションの中でいろんな気づきがあったりその時の不安やストレスが解消されたり、風邪や肩こりや腰痛などの身体の調子が改善されたりすることはあります。レイキセッションの中では、特に願望をイメージするとか、無になるなどの必要はありません。(というか、思考が出てくるのは自然なことなので無になれって言われても、普通は無理ですしね)ストレスや不安などを抱えている方は、セッションの初めには頭の中でそういう考えや感情がぐるぐる回っていることもあるでしょう。ですが、セッションの中でレイキを受けているうちに、だんだんそのことを考えれなくなり、深くリラックスしてくることが多いです。またリラックスする前に、溜めていた感情が一気に出てくる方もいますしこの方のように感謝の気持ちが出てきて、涙が出てきたり、全身が暖かくなったり、電流のようなエネルギーを感じたり、光を感じたり。また、意識はどこかにあるのに、身体は眠っている状態になることもよくあります。これらの効果は、もちろん、レイキを流す人によって違ってきますし受ける人のその日の心身の状態によっても変わりますから私も毎回、受ける度に違った感覚になります。やはり、流す人がピュアな気持ち、ゆだねて行うことが大切だなあと。また、中には、レイキのフルセッションを受けても、全く眠くもならないし、こういった変化を何も感じられないという方もたまにいらっしゃいますが、大抵、そういう方は、エネルギーの流れが滞っていて最初は、上手くレイキのエネルギーが流れていかないのですがそういう方でも、2回、3回とセッションを受けてゆくうちにほとんどは、深いリラックス感を得たり、様々な変化を感じたりするようになるようです。また、以前にも書いたように、レイキヒーリングの後にだるくなったり、風邪っぽくなったり、熱が出たり、頭痛がしたりといった浄化作用が起こる場合もありますが、これは効果が上がっている証拠。レイキの場合は、それほど大きな浄化作用は起こりにくくあっても、大抵は1、2日で終わりますが、かなりストレスや不調を抱えている場合にはたまに1、2週間続くようなこともあります。とにかく、よい水をたくさん飲んで、浄化を促すことが大切。レイキでは、その時、その人にとって、必要なエネルギーが流れ必要な癒しが行われます。レイキは、ただ無心に手を当てるという、最もシンプルなヒーリング法でありながらパワフルで繊細。本来、人は誰でもハンドヒーリングができる力があります。(レイキに限らず)先日、ヒロイックエイジというSFアニメを見たのですがそれは、宇宙に進出し、進化した人類の様子が描かれていてそこでは、病院のような治療というのはなくて、すべてが、ハンドヒーリングでの癒しが行われていました。(それは、レイキというより、いわゆるサイキックヒーリングでしたが)いつか、こんな時代が来たらいいな~
2010年12月08日
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先日、掃除と片付けがテーマで調整された方から感想を頂きました。了承を得たので、紹介させて頂きますね。こうやって感想をシェアしてくださるといろんな方の参考になりますので、とてもありがたいです~♪先日はヒーリング、ありがとうございました。その後の経過ですが、片付け、全く手が付けられていなかったものが段ボールケース二つ分、なくなりました!片づけ始めると大した量でないことに気がつきましたが、それまでは手をつけたら永遠にかかるだろうと勝手に思い込んでいたようです。キッチンも徐々にですが食事後に片付けをできる日ができました。毎晩使った後の食器が朝まで~が何年も続いたのに、朝起きてキッチンがきれいなことがあるだけでも幸せ感じます。本当に不思議です。。。でも怖い気もします。誰かわからない人のエネルギーコードとつながっているために人生が狂ってくるなんて。もし今家族との諍いなどもそれが原因だとしたら、なんだか切ないですね。人間として生きている意味を考えてしまいます。その反面、こんな簡単なことなのか☆!!とおまじない気分で呪縛から解放されていく自分に希望を見出してもいます。のりこさんのセッション、本当にすごいです。とにかく気分が違うのです!!この方が掃除と片付けができなかった要因として人からのエネルギーの影響を受けているということが、あがってきました。私もセッションがスタートするまでは、これがエネルギーコードから来ているとは予想していなかったのですがしかもその相手は、ほとんど顔も覚えていない15年以上前の知り合い。それが本当かどうか?はわからなくても身体がそう指し示している以上、それで調整してゆくしかありません。掃除や片付けができなかった理由が、人からのエネルギーの影響だなんて普通は信じられませんよね。でも、これまでも何人もの方が、エネルギーコードを切った途端これまでの心身の不調が嘘のように改善しているのを見ているとやっぱり人のエネルギーの影響は大きいのだなあと。人から何らかのエネルギーを受けている場合は、セッションの始めから、エネルギーが優先問題だ、と身体が伝えてくる場合が多いです。そうしないと、例え別のことをテーマにセッションを行ったとしてもヒーリング効果が上がらない可能性があるので、まずそれを優先に調整するべきだと身体は伝えてくるのでしょう。今回の掃除のケースのように、最初の優先テーマがエネルギーと出なかった場合は、セッションを進めてゆくまでわかりませんが最初にエネルギーの問題が優先だと出た場合まずは、どんなエネルギーの問題なのかを調べます。人からのエネルギーと一言で言っても様々です。それが、親しい友人や同僚や元彼や両親などの場合は今後の関係もありますし、きちんとエネルギーコードを切断し、相手にも愛と赦しと祝福のエネルギーを送る必要があるためやはりそれを優先テーマとしてIH キネシオロジーのセッションをスタートします。でも、それが、よく知らない人からのエネルギーだったり、会ったばかりの人のエネルギーなどの場合はIHキネシオロジーのセッションは行う必要がない場合も多いのでクイック調整できるかどうか、身体に聴いてみます。もしクイック調整でオッケーが出たら、エネルギーを浄化するためにさっと調整し、そのエネルギーの影響をなくしてからその日の本題のIHキネシオロジーのテーマを選ぶようにしています。(これは私のやり方で、他のキネシオロジストがどうやっているのかはわからないのですが。もちろん、IHキネシオロジーを行ってもいいのですがそのためだけにIHのセッションを受けられるのは、もったいない気がしてしまうので)この感想の方とはまた別の方ですが、先日、セッションに来られて最初から何か様子がおかしいなあと感じていたのですが調べてみると、やはり、人からのエネルギーを受けていてその影響で、心身が不安定な状態になっていました。そして、その問題が優先テーマだと出たのですが、調べてみるとちょうどその日、初めて会った人からの強い怒りのエネルギーの影響をまともに受けていることがわかりました。その方は、なぜ相手が怒っているかもよくわからず、2時間もその人の怒りの暴言を黙って聞いていたそう。そういう時、はっきり自分の言いたいことを伝え相手の感情が収まらないなら、さっさとその場を立ち去ることができればいいのですが。やはりそういったエネルギーの影響を受けてしまいやすい人は自分自身の様々な要因を改善してゆく必要があります。さて、人からのエネルギーを切るためのクイック調整ですが私は、エッセンスや、オーラソーマやクリスタルボールなどその方が必要だと出たものをいくつかやっていきます。そうすると、大抵、すぐにエネルギーの影響はなくなります。そのエネルギーコードを切るためのオーラソーマで一番出るのがクイントエッセンスの中のエルモリヤ。人のエネルギーの影響を受けやすい人は、常備しておくといいかもしれません。また、ヒーラーやセラピストなど人のエネルギーの影響を受けやすい立場にある方にも有効だと思います。またフラワーエッセンスでは、やはり浄化力の強いアラスカンエッセンスがよく出ます。中でもポーテージグレーシャーやグレーシャーリバーやPurificationなど。クイック調整では、それに第6チャクラ対応のクリスタルボールまたはチューニングフォークなどを使って、経絡の調整なども行いますが例え、それがなくてもオーラソーマやフラワーエッセンスだけでも充分効果あります。レイキができる方は、頭のトップ、クラウンチャクラや第3の目へのレイキも効果的です。そして、何よりも自分自身を変えてゆくこと。霊障の場合もそうですが、人からのエネルギーを受けやすい人というのは毎回のように受けてしまう人もいます。そういう人は、やはり、受けないように自分の波長を変えてゆくしかありません。どこかで波長が合ってしまっているから、受けてしまうのですから。そのために上記のようなエッセンスを使ったりするのもいいですがやはり「私は他人のエネルギーの影響を受けない」と意図することも大切だと思います。(そう強く意図していても、影響を受けてしまうケースもたまにあるのですが)やはり自分自身の浄化は必要だなあと。自分のエネルギーがクリーンな状態だと、低いエネルギーの影響は受けませんから。そして、自分自身のエネルギーのベストの状態を知らないと、エネルギーを受けているのか、いないのかもわかりません。自分自身のエネルギーの状態がわかっているともしも、人からのエネルギーがあったらあれ?何かおかしいな?と感覚的にすぐにわかりますので、対応できます。もちろん、常にしっかりとグラウンディングできていれば、ほとんど人からのエネルギー影響は受けなくなります。また、デバイン(大いなる存在)の力でエネルギーを切ってもらうのもいいです。天使やアセンテッドマスターなんて、怪しいと思われる方もいるかもですが要はエネルギー体ですから。フラワーエッセンスやオーラソーマと同じです。フラワーエッセンスは、花の成分が入っているわけではなく花のエネルギーが転写されているだけですが即効的に筋肉の力が変わるのを実感すると誰でもエネルギーのすごさを感じられるのです。大天使ミカエルは、人からのエネルギーを切断するのには代表的なエネルギーです。私は数年前にサイキックヒーリングのマスターコースを受けた時に初めて、大天使ミカエルを呼んで、呼べばそういう存在が、本当に自分のところに来てくれることを知ったのですが真摯にミカエルを呼んで、エネルギーのコードを切ってくれるようお願いしても効果はありますしサイキックプロテクションフレームを使うのもいいと思います。ちなみにサイキックプロテクションフレームについては、こちらから。でも、実際問題として、こんなことを知らない方も多いので長い間、人からのエネルギーの影響を受けたままで精神的、身体的、感情的に様々な影響を及ぼしてしまっています。私がこれまでIHキネシオロジーを行ってきた短い期間の間でも、これだけ多くの方が、人からのエネルギーの影響を受けているところを見ると世の中には、全く気づかないうちに影響を受けていて日々の生活を送っている方が多いのだろうなあと。あ、念のために、もちろん、掃除や洗濯ができない理由がすべて人からのエネルギーの影響というわけではありませんでも、ただ何の原因もなく、やりたいことができないというのはないと私は思っています。掃除をやりたい、またはやる必要があると感じているのにできないでいる要因が、どこかにあるのは確かなことですから。だから、もし、そういったことが、今できていないからといって、けして自分自身を責めないでほしいなあと思います。できない理由を探してゆく作業が、自分自身を深く知ることであって、自分にとって必要な学びなのですから。
2010年12月07日
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昨日、気温26度Cのバハマからニューヨークに戻ってきました。NYに到着した時の気温は1度C。一気に、あのバハマの暖かさが吹っ飛びました。やっぱり、暖かいところっていいなあと、バハマの余韻に浸っている間もなく今日はわくわくドキドキのタントラのセッションの日でした。タントラ、いや、もうすごかったです。その詳しい内容は、とても公共の場では書けませ~んでも、予想以上に素晴らしいセッションでした。セッション中は、私も真っ裸ですが、カーラも真っ裸まさか女性とセックスすることになろうとは思いませんでした。(ってほんとうは、わかっていたのですけれどね)やはりタントラのキーとなるものは、呼吸。以前、タントラの呼吸に関しては、グループレッスンを受けていたものの最初は上手くできなくて、カ-ラが何度も見せてくれながら指導してくれます。左脳は使わず、右脳を活性化させること。そのための目の使い方(右脳は左目とコネクトしているので)そして、筋肉の使い方。それぞれのチャクラのエネルギーを感じ、コネクトしてゆくこと。自己表現とコミュニケーションの仕方。最初にこのセッションを受ける前に事前にアンケートに答えなければならないのですがそれには、これまでのボディワークやヨガ、エナジーワークの経験の有無両親からのセクシャリティに関する教育、パートナーとの関係、自分との関係(自分自身を愛する、信頼することができているどうか)などを記入します。タントラは単にセックスのテクニックではなくあらゆるスピリチュアルな学びの総合みたいなもの。両親から、または社会から受け取っているセックスへの抵抗などがあれば、それを取り除いてゆく必要がありますし自分自身のすべてを愛し、安心していることが大切になってきます。そして、チャクラのエネルギーを活性化させ、思考を働かせるのではなく、ハートを開いてゆく。清水さんが、ブレスワークの時に、同じように言われていましたが頭で考えてやると上手くいかないのですね。セッション中は、もう自分でも信じられないエネルギーでした。まさにワンネスの体験2時間のセッションだったのですが終わった後には、2人で真っ裸で踊っていました(いや、冷静に思い返してみるとすごいのだけれど)カーラが、のりこは、身体的、感情的、精神的にも何の問題もない、もうあなたはreadyよ(準備ができている)と言ってくれました。ready、というのはタントラマスターになるための準備です。実は、今日のセッションは、来月のタントラマスターコースに参加できるかどうか、ということを、カーラが見てみる、という意味もありました。タントラマスターコースは修了証も出ますから、これを終了すればタントラを教える資格ができます。これまでタントラ経験がない私がタントラのマスターになるためのコースに参加できるのかしら?と尋ねたのですが、カーラ曰く、タントラのマスターになるために大事なことはその人自身のスピリチュアリティやエナジーワークとともに人々が安心してセクシャリティに対して分かち合える雰囲気を持っていることや、ハートを開いて、分かち合ってゆく勇気をもっていることだから、のりこは、大丈夫よと励ましてくれました。「のりこ、セックスは神が私たちに与えてくれた喜びなのよ。だけど今、多くの人にとって、セックスは、喜びどころかストレスになってしまっている。そして、世の中は、セックスに関して、歪められた情報や思い込みが浸透してしまっている。あなたが、これから、少しずつでも、人々に正しくセクシャルエネルギーを解放し、その喜びを感じることができるようにやっていくことは、世界のために大きく貢献することになるわ」そして、この呼吸法を毎日、必ずトレーニングすることを約束させられました。また、パートナーとの関係において、普通は、例え、女性がタントラをマスターしてもそのパートナーである男性は、女性からセックスを学ぶことはプライドが傷つくので嫌がる人が多いそう。でも、たぶん、私のパートナーは、そんなプライドはなさそうですカーラは、「それは素晴らしいわね。タントラを彼に教えるというより、彼にエネルギーを与え、一緒にクリエイトしていくのよ」と言ってくれました。教えるという行為自体が、男性性エネルギーを高めることになるとのこと。やはり、私は、男性性エネルギーが強いので、より女性性エネルギーを高めてゆく必要がありますからパートナーに対して教えていたのでは、高まらないのですね。もっとも、タントラマスターになったからといって私自身が人々に対して、カーラのようなセッションを行ってゆくつもりは今のところはないのですが(たぶん)多くの女性が抱えているセクシャリティの問題に関していろんなアドバイスができるでしょうしちゃんと学んでいて、けして損はないなあと。もちろん、これは、キネシオロジーのセッションでやるべきところからは遥かに越えてしまっていますけれどね。それにしても、どうして私はここまでやるのかしら?と思ったら、やっぱりすべての原動力は、バーマン先生が私に言ったように好奇心なのかなあと。自分の中にある、まだ未知の部分を知りたいという好奇心。ということで、新たな世界に突入してしまいました。(いや、まさに、今日のセッションは新たな世界でした)去年の秋に、初めて、みかさんの足もみのセッションを受けた時に私がセクシャリティに関してのワークショップを開いているのが観えるというようなことを言われたのですがその時は、正直、ピンと来なくて本当に、私がそんなことをやるのかしら~と思っていたのですが。あ、でも心配しないでくださいね。いくらキネシオロジーでセクシャリティに関する調整を行ったとしてもいきなり服を脱がせるようなことはやりませんから(って当たり前です)人生、先のことは誰にもわからないところが、おもしろいところですね。
2010年12月06日
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バハマ7日目。今日は、バハマ滞在の最後の日でした。昼間はバーマン先生のホリスティック クラニオセイクラルセラピーのプライベートセッションを受けました。天国には行かなかったですが終わった後、上半身が軽く、エネルギーがす~っと、通っているのを感じました。この超スピリチュアルな先生と出会うことができて、ほんとうによかったです。講話の中では、ポールシフトの話なども出たので、いろいろ質問したのですが「きみは、何でも興味を持っているんだねえ。すべてを知りたいんだね。きみの前では、滅多なことは言えないなあ、あぶないあぶない」なんて、冗談を言われてました。確かに、私は好奇心だけで、これまでやって来たようなところはあるかもちなみにポールシフトについては、『ポールシフトは電磁気的な移動が起こるということで、例えて言うなら、身体の中の腎臓と胃の位置が逆転するようなもので地球の表面的には何も変わらないけれど、中身が違うってことなんだよ』と言われていましたが、もし、腎臓と胃が逆転したら、身体はかなり変わるでしょうね。その起こりうる時期については、わからないとしながらも私たちの意識レベルによるところが大きい、というようなことも言われていました。(私はこういうの好きなのですが、やっぱり、この先生、一般レベルから言うと、かなりぶっとんでいると思うのですが)やはりバーマン先生が行っているのは、普通のクラニオセイクラルセラピーではないとのことで、ホリスティッククラニオセイクラル。(その違いは、まだよくわからないのですが)また、新たに学んでみたいことができてうれしいです。午後の時間はハンモックの上でレイキ。というより、いつのまにか、お昼寝 明日の朝のヨガのクラスが最後ですが今日の夕方のクラスは、これまでで一番、気持ちよかったです。最後のシャバサナ(大の字になって寝るポーズ)の時には完全に意識が今、ここにあって、すべてに気づいている状態。いわゆる深い瞑想状態で、久々にヨガでこの感覚になりました。終わった後も、マインドも意識もとてもクリアになっているのを感じました。(シャバサナの時に意識がどこかに飛んで行ってしまうのも、気持ちいいものですけれどね)この最後の時間のために、ヨガをやっているようなものだなあといつも感じます。1日2回、2時間ずつのヨガを1週間続けたら、そりゃあ、かなり、身体もエネルギーも違ってきます。(プラス、きれいな空気と美しい海と太陽とおいしい食事ですから)でも、こんなことは、普段は時間的にもなかなかできないなあと。今日のディナーの時に、バージニアでヨガを教えているという方と知り合って、いろいろお話したのですが「私も1日2回、4時間ヨガやるなんて、いつもはとてもできないわ~せいぜい1日一回、1時間がやっと。それさえも無理の時があるし」と言われていました。私もこれからは、少なくとも1日1時間半できれば2時間は、必ずヨガをやろうとかたく心に誓ったのでした。(誓いを解くのは、得意で~す)←IHキネシオロジーでも、いつも解いているし、、って違うか世の中にはいろんなヨガがあって、それぞれいいところがありますが私がシバンダヨガの好きなところは、プラーナヤーマを丁寧に行っているところ。プラーナヤーマとは、ヨガの呼吸法でプラーナ=生命エネルギー ナヤーマ=拡張させるという意味で、呼吸のトレーニングのこと。昨日の夜の瞑想の後にも『呼吸の科学』と称してプラーナヤーマが、実際の私たちの身体にどのような影響を与えるのか呼吸器系、心臓、神経システム、消化器系と図で示しながら、説明がありました。そして、ある聖者と弟子のお話で「先生。神はどこにいるのですか?』と弟子が聖者に聞くと「神は呼吸の中にいる」と答えたという詩を紹介していました。呼吸は神。あのブレスワークでの体験を思い出してみると、納得します。さて、今夜の瞑想とチャンティングも終了しました。チャンティングは、Dairy Kiritanのメドレーを毎回歌うのですが朝晩、同じメドレーを繰り返していると、だんだん1日中そのメロディが頭の中で繰り返されてきます。このアシュラムにずっといるスタッフやヨガの先生や長期滞在の人たちは、みんな毎日、よく飽きないなあとと、これは、音楽というより、マントラを唱えることに意味があるもので飽きるとかいうものではないのでしょうが。ということで、次回の日記は、たぶんNYから。明日の夜には、ニューヨークに戻ります。NYは、ここ2、3日、かなり寒いそうであの寒さの中に戻りたくない、という感じなのですが、でも、愛するダーリンのところに戻らないとね(と、ノロケてみたものの、そのダーリンに『寒いNYに帰りたくないな~』と言ったら「帰ってこなくてもいいよ」との冷たいお答え。。そんな~~)バハマ日記読んでくださってありがとう~♪らぶ&ハグ
2010年12月05日
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バハマ6日目。バハマのシバナンダヨガのアシュラムの食事は、おいしいですこれまで出た中で、おいしくなかったものは何一つありませんでした。もちろん、高級レストランのようにはいきませんがバハマの他のところでは、たぶん、こんな食事は食べれないので(ベジタリアン少なそうだし)ほんと助かります。食事は、乳製品は使うベジタリアン。ビュッフェ方式で、ポテトリークスープやコーンスープ、ビーンスープなど必ず1種類はスープがあってどれもおいしい。それと生野菜のサラダ、ボイルやソテーした野菜、それとメインがパスタやラザニアやカレー、野菜パンケーキなど、日替わりでけっこう凝ったものが出てきます。それにライスやグレイン、パンなどが並べてあります。先日のナスのパスタソースもおいしくて感激したのですが今日はカレーで、インドカレーというよりココナッツ風味のタイカレー。それに焼きたてのパンもあって、とてもおいしかったです。料理のすべてに、心がこもっている感じ♪こちらはアシュラム内。(って、アシュラムから一歩も出ていないのだからアシュラム内の写真しかないのだけれど) ヨガをやっているそばで、さえずっていた鳥♪シバナンダヨガに滞在している人種を見るとたまに、地元の黒人の方も見かけますが、ほとんどはNYなどから、バケーションに来ているアメリカ人、それも白人ばかりです。一昨日から今日まで、夜の瞑想の後は、ハヌカの祝いの歌やセレモニーが行われました。ハヌカって、ユダヤ教のお祭りだよね?それが、どうして、インドのヨガのアシュラムで祝うのかとても疑問だったのですが、やはりユダヤ人が多く滞在しているからでしょう。ほとんどの人が、ハヌカの歌を知っていて歌っているのを見て、驚きました。前回もそうでしたが、今回も日本人には出会いませんでした。というより、アジア人も、スタッフの2、3名のインド人の他はいないようです。でも、受付の人と話をしたら、開かれているワークショップによっては日本人もたくさんやってくるのだそう。特に日本人が多いのが、シータヒーリングのワークショップだそうです。「もう日本人の通訳が必要なのよ~。日本から来て全く英語を話さない人もいるから」と言われていました。シータヒーリングは、日本で人気があるので日本から学びに来られる方も多いのでしょう。例え、英語を理解できなくても、日本からはるばるバハマまでクラスを受けに来られるというのは、みんな思い切りがいいなあと。たぶん、女性ばかりなのでしょうね。日本の女性は、本当に行動力がありますから。(というより、男性が行動力ないのかな?)いえ、こちらでも、バーマン先生のワークショップを受けている方は全員女性でした。うーん、女性だけが、先にアセンションするんじゃないかしら?ということで、明日は最終日。最後のバハマの1日を楽しみます~
2010年12月04日
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バハマ6日目。昨日のバハマの日記を、今読み返してみると何だか気合い入った文だなあといや、その前の日記を読み返してみてもそうなんだけれど書くという行為のために、自分の内面を見つめてみるとこういう文になってしまうことが多いのですが、書いたものが、けして私の感じていることのすべてではないのですよね。いえ、時には後から読み返すと、全く自分が感じていることとは違ったものに感じられることもあるので言葉で伝えてゆくことの難しさを感じます。例えば、昨日の日記を読むと「アセンションに向かってまっしぐらに進むぞ~」というニュアンスだし、実際、そういう想いもあるのは確かなのですが一方で「アセンションなんて、いつかそうなる時はなるし、ならない時はならないのだから、すべては天にお任せだなあ」と思っている部分もあるわけです気合いというのは、自分の人生を創っていく原動力になるわけですが一方で、コントロールしようとしたり、抵抗したりということにもつながってくるかもしれませんね。コントロールや抵抗を手放すこと。フラワーエッセンスでも、そういう効用のものは多いのですが私たちはつい、自分の力の範囲に及ばないところまでコントロールしようとしてしまいます。自分の人生は自分でクリエイトしていくことは確かなことですが一方で、自分が生かされていることに感謝しすべてを天にゆだねることも大切。Surrender(サレンダー)ゆだねること。でもサレンダーは、けして、何もしないということではないなあと。ヨガのポーズの中で、足先を持って前屈するポーズは、サレンダーのポーズと言われていますが先日、久々にこれをじっくりとやった時に、先生からゆだねなさい、と言われても膝や太腿の裏側ががつっぱって痛くて、「こんなに痛いのに、ゆだねられないよ~」という気持ちになったわけです3分ほどそのポーズを保っている間は、サレンダーどころか、心の中は、struggle (もがく)に近いかもところが、3日が過ぎ、筋肉痛もほぼなくなってきてくるとその膝や太腿の裏側がストレッチされるのが、心地よく感じるようになりリラックスして、ゆだねることができるようになってきます。もし、最初から、こんなのは無理とやらなかったとしたらもしくは、できるところまでやらずに、完全に手を抜いてやっていたとしたらこの心地よさはけして得られなかったなあと。つまり、ゆだねるためには、とりあえず、今、自分ができることはやってみなくてはいけないということ。例えば、家を探すのに、いい家が見つかるかどうか?は天にゆだねられているわけですが何もしなくて、ただ待っていても見つかりません。不動産を回ったり、広告を見て探したり、友人に尋ねたり、という行動があって初めて、その結果は天にゆだねるということになるわけです。すべてを天にゆだねるといっても、最初っから、何にもしないで何か変化を待っていても、何も起こりませんから。ゆだねることと、あきらめることは、全く違うこと。自分が今、できることをやっていったら、後はゆだねる。時には、もがくようなこともサレンダーの前には必要なのかもしれません。このバランスが難しいところなのかもしれませんね。自分ができること、というのが、どこまでやることなのかわからなくなる時もありますから。前屈をやるのに、あまりにも無理しすぎて、身体を痛めてしまってはもとも子もないわけですしね。結局は、自分の内なる感覚に従ってゆくしかないなあと。自分の身体がどこまでやったら大丈夫なのか?また精神的、感情的にも、自分が無理をしていることが、わかっていないとゆだねるポイントもわからなくなります。ということで、人生の中では、ゆだねるためのレッスンも大切なのかもしれませんね。レイキは、まさにサレンダー♪自分の力で癒そうとか治そうとかするのではなく宇宙のエネルギーレイキにすべてをゆだねて、無心で手を当てる。癒されようと癒されまいと、その結果は天におまかせです。昨日話した、マントラを唱えたり、祈ったりというようなことも大いなる存在に畏敬の念を持って、ゆだねてゆくためのレッスンなのかもしれません。バーマン先生は、このあたりのバランスがとても取れている方だなあと感じます。日々、様々なことを学び、アセンションへのプロセスを説かれマントラ瞑想には限界がある、そう言われる一方で講話の会場に入る時も、スワミシバナンダの写真に向かって、頭を床に伏せてから入られるし毎朝毎夜の瞑想やチャンティングも欠かさず、参加されて、深く敬意を払われているのを見ると自分ができる最大限のことをやりながらその結果は、天や宇宙にすべてをゆだねるという彼のあり方が見えてきます。ということで、今日のアファメーション♪「私は今、できることをやったら、その結果はすべて天にゆだねてゆきます」さて、今日もバハマはよいお天気いろいろ感じたこと、伝えたいこともあるのですが、これからは、ゆだねる時間。ビーチでレイキに行ってきま~す
2010年12月04日
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昨日のバーマン先生の講話は、もうシビレましたたぶん、これを聞くために、私は今回、このタイミングでここに来たのだろうなあと。クラニオセイクラルセラピーについての説明でまさか、こんな話を聞くことになるとは夢にも思いませんでした。今回の講話のテーマは『アセンションのプロセスとクラニオセイクラルセラピーについて』つまり、私たちのアセンション(次元上昇)についてのことでした今回の講話の内容を簡単にまとめると。私たちがCreater(創造主)に近づいてゆく道は、終わりのない道のようである。人は、何千年もの間、輪廻転生を繰り返し、このスピリチュアルな道を歩いてきた。だが、最近、このプロセスが加速している。なぜなら、母なる地球は、すでに5次元レベルに入ったからである。最近、頻繁に起こっている地震や津波、竜巻といった災害はその浄化のためののプロセスである。少なくとも2050年までには、このプロセスは終了する。(マヤの予言のことなどにも触れていましたが)すべての生き物たちが、そこに向かう準備をしている。動物たちは、個々の魂ではなく、種でアセンションする。私たち人間は、それぞれの波動を上げてゆく必要がある。それは、私たちの魂が求めていることである。私たちは、みんなで一緒にアセンションに向かわなければならない。スピリチュアルな道は、必ずしも上昇するだけとは限らない。場合によっては、次元が下がることもあるのだ。そこに確証はない。私たちの魂は、ダイヤモンドのファセットのようなものだ。様々な角度から、光が当たる度に、新たな輝きが現れる。魂ースピリットはすべてのエッセンスである。スピリチュアリティが上がるにつれて、魂が光輝いてゆく。クンダリーニ上昇の時に、すべてのチャクラの準備が整っている必要がある。無条件の愛であるハートチャクラ、デバインとのコネクションであるクラウンチャクラ大地とのつながりであるルートチャクラ、その他、すべてのチャクラが浄化され、readyの状態になっていかければクンダリーニ上昇は、危険なものとなってしまう。健康、という言葉は、身体、精神、魂のすべてが調和されている状態である。ホリスティックということも同じ意味だ。私たちは、身体レベル、感情レベル、精神的レベル、スピリチュアルレベルあらゆる次元を含めての存在なのであるから例え、感情や精神や魂レベルでの問題であってもそれらは、すべて身体に影響している。私たちは、Central Nervous system (中枢神経系)からサトルエネルギーを取り入れる。ある人はスピリチュアリティが上がっていても、肉体的に問題があったりまたは、肉体的に問題はなくても、スピリチュアリティに問題があるとサトルエネルギーを取り入れることができない。クラニオセイクラルセラピーは、Central Nervous system を整えサトルエネルギーを正常に取り入れることを促しそれぞれの波動を上げてゆくためのものである。と簡単に言うと、こんな内容だったのですが(正確な捉え方でない部分もあるかもしれません)つまりは、先生は、クラニオセイクラルセラピーを私たちのアセンションへと向かうプロセスを促進するためにかなり有効なものとして捉えているということ。もちろん、あらゆるセラピーやヒーリングは、肉体や精神や魂レベルでの癒しや浄化を行うものなので最終的には、それぞれのアセンションのために有効なものであるのは間違いないと思いますが、そういう明確な意図を持って、セラピー行っているということに、かなり驚きました。これは、もちろん、他のクラニオセイクラルセラピーをされている方たちがそうだというわけではなく、バーマン先生だからこそでしょう。先生は、医学やホリスティック医療に限らずインドのヨギや聖者についてや、様々なことを研究されている方で「学ぶことに終わりはない」と言われていました。私はすごい~と心が震える想いで聞いていたのですが講演が終わった後、質問は?と50人ぐらいの参加者に聞いてもシーンとしています。普通、こういう場では、アメリカ人はどんどん質問するのにみんな、この内容をどう捉えていいかわからない、といった表情でした。講演が終了した後も、誰も先生の近くに行かないのでこれはチャンス~と、先生に近づいて、お話することができました。先日、プライベートセッションを受けてから先生は、ボケボケの私をなぜか気にいってくれて「You are so cute。きみのスピリチュアリティとそのユニークなキャラクターはとってもいいよ」と褒めてくださったのですが(たぶん褒められていると思うのだけれど←勘違い?)昨日は、レイキのことや、日本の最近のスピリチュアリティのこと、なぜか神道のことまで、いろんなお話ができました。それで、先日のセッションについても「私が思っていたクラニオセイクラルセラピーと随分違ったのですが」と聞いてみました。先生曰く「あれはほんの一部なのだよ」といって先日は、まずは肉体的なブロックを取り除く必要があったとのこと。なので、次回のセッションで、メインとなるプロセスを行うのでもう一度セッションを受けなさいとのこと。(前回のセッションでもそう言われたのですが、その時は2回も受ける気はなかったので)「今度は天国に行くよ」とバーマン先生。(天国へなら、ビーチで自己レイキしても行けるのですが)ということで、あさっての最終日に、再び、先生のプライベートセッションを受けることになりました。私はアセンションに関しては、これまで、いろんな本を読んだり、マヤの長老の講演を聞くために日本に行ったり、NYでアセンションに関する講演を聞いたりしていたのですが2年近く前から、アセンションに対する意識が急に薄れていました。というより、あえて、そのことは考えないようにしてただ目の前のことに向き合ってゆく、という姿勢でいました。たぶん、そのおかげか、この2年間でかなりグラウンディングできたように感じます。今回、このシバナンダヨガに来て、以前来た時とは自分の中の感覚が何か違う、とすぐに感じたのは、そういう違いを感じたのだなあと。今から思うと、以前は、スピリチュアリティばかりに目が行っていて地に足が着いていない状態だったのですね。例え、小さなことであったとしても(本当は小さなことも大きなこともないのですが)それを一つ一つ解決していかなければ、結局、そこには向かえないのです。例え、祈りを捧げ、マントラを唱え、Kirtanを毎日一生懸命に歌っていたとしてももし、自分の中にある感情や、日々の問題から目をそらしてしまっては、そこには向かえないのだということ。(先生もマントラを唱えるだけの瞑想は、限界がある、というようなことを言われていました。もちろんこれは、マントラや祈りが意味がないということではなくそれだけでは限界はあるということなのですが、シバナンダヨガでそういうことを言われるのですから、すごいです)そして、ここ2年近くの間、キネシオロジーやその他のヒーリングを通じて、そういう問題に取り組んでゆくことの重要性を感じてきました。(レイキはどちらかと言えば、より高い次元での浄化や癒しに向かうように感じます)私たちは、それぞれ抱えているパートナーとの問題や、人間関係、仕事の問題やお金やセクシャリティなど一つ一つの問題にきちんと取り組んで、解決していく必要があるのです。私がここ最近、アセンションという言葉を避けようとしていたのはアセンションという壮大な言葉を使うことによってそういった問題から目をそらすことになってしまうかも、と感じていたからでした。でも。それでも最終的に誰もが向かうところが、そこにあることは間違いないこと。そのことは充分にわかっていたのに、考えないようにしていたのは再び、自分が地に足が着いていない状態になってしまうことを怖れていたのかもしれません。そして、今回のこのバーマン先生との出会いはもうそんなことを言っている場合ではなく覚悟を決めなさいと天から言われているように感じました。先生は、けしてニューエイジ的な感覚でのアセンションについて語っているのではなく、それぞれの感情を正直に見つめることや身体的にも精神的にもあらゆる次元での準備を整えることを、伝えているのですから。ということで、覚悟はできました~(ってどういう覚悟かといえば、まだよくわからないのですが)もちろん、これまでと同じように、いやそれ以上にそれぞれが抱えている様々な問題について、一つ一つ、丁寧に向かい合ってゆきたいなあと思います。そして、その上で、この最終的に向かうべきところを意識していること。そして、レイキやIHキネシオロジーというツールを使えば身体的、精神的、スピリチュアル的、あらゆる次元での問題に対応していくことができると確信しています。やはり、これからクラニオセイクラルにセラピーついても学んでIHキネシオロジーの中で使ってゆきたいなあと。(あ、タントラも先生は、セクシャリティの大切さも触れていました)今回のバハマでの滞在は、単に身体を休め、リラックスする目的でクラニオセイクラルセラピーはおまけのようなものだったのですが思わぬ収穫となりました。何よりも、こんな意識を持って、ホリスティック医療を行っている方がいるということを知って、たくさんの勇気をもらいました。感謝やっぱり人生って最高におもしろいです。@バハマ シバンナダヨガアシュラム
2010年12月03日
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今朝は、通常のテンプルでの瞑想ではなくて浜辺を歩く瞑想、サイレントウォークの日でした。夜明け前の浜辺をアトランテスホテルの方角に向かって歩きます。私はみんなよりちょっと遅れてしまったので、のんびり写真を撮りながら岬の先端に到着して、それから日の出の方向に座って、瞑想そして、チャンティング。黄金の太陽が登ってきます今日も太陽の恵みと大地と素晴らしい1日に感謝。朝のヨガのクラスは、これまた個性的な先生でした。ヨガの先生というより、変わった発明でもしていそうな感じの方『先生によって、ヨガは、少しずつ違ってきます。Today is Love」そう言って、オームを唱えるのも、まずは自分に対して、次は、ここにいる人々に対して、次はこのシバナンダヨガにいる人や生き物たちに対して、パラダイスアイランドすべての人や生き物に対して、バハマに対して、南の島々に対して、地球すべての生き物や大地に対して、太陽系に対して、そして銀河系に対して、そてて銀河系を越えたすべての存在に対して、と広がっていきます。宇宙に届けるという意識を持ってオームを唱えるだけで、何かが違った感じ。つい先日、おさむと私たちの銀河系とそれを越えた宇宙についての番組をyoutubeで見たばかりだったのでその映像が浮かんできました。母なる自然との一体になることヨガは愛、調和、平和そのもの。宇宙とのユニティ。「ヨガは哲学ではない。経験だ。肉体と精神と魂が一体化し、ワンネスを感じる経験だ」そんな言葉を先生は、次々と言いながら、一つ一つのポーズに愛とワンネスを感じるよう伝えます。鳥のさえずりを聞きながら、風を感じながらのヨガはまさに母なる自然との一体化を感じます。ちょっと変わったアーサナをさせて先生が毎回やって見せるのだけれど、正直、けして上手いとは言えないしみんながバラバラでもオッケーだったりかなりアバウトなクラスでしたが、よかったです。ほんと先生によって、全く違うクラスになるのはおもしろいです。さて、午後からヨガセラピーのワークショップを取った後はビーチに寝っころがって、のんびり。ここに来て初めて、ゆっくり1時間ぐらいレイキの自己ヒーリングを行いました。波に身体も心も溶けてゆく感じ。バーマン先生が、地球の75%は水。そして私たちの身体も75%が水だと言われていましたが波のうねりが、私の中の水のうねりのように感じます。ああ、天国~~目を細めて空を見てみると、白いプラーナがきらきらと舞っています。とってもきれいプラーナは見ていて飽きないんですよね。昨日までの筋肉痛も、かなりよくなって、今日は身体が軽い。家の中で自己ヒーリングをするのも気持ちいいけれど自然の中のレイキは、格別。明日もビーチでレイキしよう♪滞在型の旅は、ゆっくりのんびりできますね。今回は、このシバナンダヨガアシュラム以外の場所は一切行かないので、本当にリラックスできます。今夜は、これから、また瞑想とチャンティングの後はバーマン先生の講話があります。今日はどんなお話があるのか、楽しみです♪
2010年12月02日
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バハマ3日目。昨日の夜中から大雨となり、朝まで降り続いていましたが、午前中には、雨が晴れてきました。このあたりは、夜になったら雨が降って、朝には晴れるパターンが多いみたいです。こちらはダイニングエリア。ビーチ沿いにも食事の時のテーブルがあります。一昨日、初日のヨガのクラスにがんばりすぎてしまったため昨日は1日全身が筋肉痛今日もまだ残っています。これが過ぎると、かなり楽になるとは思うのですが。ヨガのアーサナは、2008年に来た時は、ほとんど問題なくできたポーズも今は、腕と肩の付け根が固まってしまっているので、半分ぐらいしかできません。コブラのように背中をそらすポーズは問題ないのですがホールウィール(身体を弓なりにそらし、手の平と足をつけるポーズ)のように腕の力を要するものはお手上げ状態。あと、ショルダースタンドなどもけっこう辛い。ヘッドスタンドなんて、もってのほかで、ドルフィンさえ苦しい状態です。でも、以前の自分と比較したって始まらないし今、できることをやるのがヨガですしね。ヨガの先生は、これまで受けた5回ともみんな違っていましたがクラスの中でやることは、ほとんど同じでも、先生によって、ヨガは随分違ってくるなあと、つくづく感じます。今朝のヨガの女性の先生のクラスは、とっても好きでした。プラーナヤマ(呼吸法)もそれぞれのアーサナの指導も、とても丁寧。みんなに細かな気配りをしているのが感じられます。辛いポーズをついがんばってやっていると『スマイル~』と言われて、ああ、そうだった、スマイル、スマイル、と力を抜きます。一方、夕方のヨガの先生は、白人の男性ですが、前世はインドの修行僧でしょ?と言いたくなるような風貌のヨギ。最初に『ヨガとは何ぞや?』とかなり哲学的な話からスタートします。そして、かなりの熱血ティーチャーでした。『胸を張って!ハートを開いて!もっと!ハートを開いて!ハートはいくら開いても壊れない。神はハートが壊れるようにあなた方を創っていない」「あなたはできる。神はあなたにすべてを与えている。昨日からは何も生まれない。今、この瞬間に生きるのだ」と毎回のポーズの指導で、神が出てくるしこの2時間のクラスに彼の人生のすべてをかけているかのように熱い言葉がほとばしります。今この瞬間にいること。今に生きること。私も毎回のヒーリングセッションはその時間に自分の持っている力のすべてを尽くしています。それは、時としてやりすぎになってしまうこともあるのですがこの先生を見ていると、よし、私もつき進もう~、なんていう気持ちになりました。(やっぱり気合い入っているかしら?)さて、今日のバーマン先生のクラニオセイクラルセラピーの講演ですが今日は、ガーデンのヨガスタジオで少人数で行われました。朝のヨガのクラスの時は、この広いスタジオが一杯になったのですが今回の参加者はほんの10名。今日のテーマは、感情とホルモンのバランス。まずはすべてのエレメントを構成している4大元素のことや感情と月と地球の密接な関係のことなどスピリチュアルな内容からスタートしました。女性は、特に月のエネルギーを受けやすいので女性の方がより感情的でありその分、抵抗せず身をゆだねているので、男性より心臓病などの疾患が少ないということ。また、地球のサトルエネルギーという言い方をされていました。そのサトルエネルギーを私たちのチャクラに取り入れていること。おもしろかったのは、途中で、参加者の一人が「メモを取ると講演に集中できないし、記録できないのでこの講演の内容を後で本などで読むことができますか?」という質問をしたのですが、バーマン先生は「あなたが必要な時に、必要な記憶は取り出されます。記憶はすべてアカシックレコードにあるのですから」と答えていました。おお~そんな話になりますか~という感じですがたぶん、彼女はそんなレベルで質問したわけではなかったと思うのだけれどつまりは、例え、メモが取れなくても、今この瞬間に集中していなさい、ということなのでしょう。そして、すべての感情に悪い感情というものはない。感情は、生きている証しであり、私たちに何かを伝えるためのメッセージ。特に怒りは、最も大切なメッセージを伝えてくれる。悪い感情を持つことがいけないのではなくどんな感情であっても、それをLet go(手放す)しないで、持ち続けているのが問題なのだ。そして、感情のマネージメントはトレーニングだとも。感情が問題なのではなく、判断、比較が問題。判断を手放しなさい、比較を手放しなさいそうすれば、問題そのものがなくなってゆく。自分の感情に素直になりなさい。ただ、起こったことを受け入れなさい。「~ねばならない」ものは何もありません。と、後半は、まるで、ヴィパッサナー瞑想の講演のような内容でした。でも。。例えば、あの人はこんなことを言ったから、私のことを悪く思っているはずだという判断は、起こることへの恐れや人生に対する信頼のなさから生まれます。自分が本当に愛され、守られていて、起こることに間違いはないという絶対的な安心感の中では、人に対する判断も生まれませんから。だから、判断を完全に手放すためには結局、自分自身を完全に受け入れて、人生を信頼していることや今に生きることが、必要とされるなあ、そして、結局は、そのためのヒーリングやセラピーなのだなあ、先生のお話を聞きながら、そんなことを考えていました。今回は、実際のクラニオセイクラルセラピーをどのように行うかはやらないようで、残念なのですがこの先生のお話を聞いているのはおもしろかったです。先生は、昨日のプライベートセッションで私がクラニオセイクラルを学びたいと伝えると「私のいるモントリオールまで、クラスを受けに来なさい。プライベートクラスが必要なら開いてあげるから」と言ってくださいました。(バーマン先生は素晴らしいのですが、モントリオールまで行くなら、ロスの本間先生のところに行きたいなあ)そして、昨日受けたバーマン先生のプライベートセッションなのですがこれがクラニオセイクラルセラピーなのか正直わかりませんでしたというのは、クラニオセイクラルセラピーというのは脳脊髄液の流れをスムーズに流れるようにするために、優しい繊細なタッチで、触れるもの、というように私は理解していたのですが先生がやったのは、整体みたいな感じで身体をあちこっちとひん曲げて、むちゃくちゃ痛かったのです。一度も優しいタッチで、なんてことはやりませんでした。昨日は全身筋肉痛だったこともあって、本当に痛い思わず「これ、クラニオセイクラルセラピーなのですか?」と言うと、先生は、わはは~と笑って「サウンドヒーリングだよ」なんて冗談で交わされてしまいましたがセッション中は、フラワーエッセンスやクリームなども使っていました。先生は、レイキマスターでもあるそうで様々なヒーリングを取り入れて行っているようです。最初に私がレイキをやっていることを伝えたのでエナジーヒーリングではなく、もっとフィジカルなセラピーを行ってくれたのかしら。でも、私の痛いところをすぐに押さえて「何でそんなにずっと忙しいの?」と聞かれました。私は忙しいなんて一言も言っていないのですが私の身体は忙しいと言っていたようです。このバハマ滞在中に、身体を休ませてあげなきゃね。(と、この筋肉痛は、休ませてあげた結果なのかなあ ^^;)ということで、バハマでの生活は続きます~。
2010年12月01日
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