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楽天日記を、毎日付けるのは、大変。まわりの諸先輩の日記を読ませてもらうと、よくまとまってして、独自性が富んでいて、なおかつ、毎日、書いてる! う~ん、それができない・・・。別に、なにもしていないワケじゃないんですけどねぇ。しかし、私の母教会や仲間に送っている、「神学生報告」は、おかげさまで好評のようだ。昨年末まで、この神学校にいた、M師からも、こんなメールをいただいた。----------手に取るようにわかるニュースをありがとうございました。生活の中で神学しているという感じですね。当方、アメリカから送った荷物が船便を含め全部とどきました。3ヶ月かかりましたけど、ちょっとプチタイムマシン的で楽しい箱あけ体験でした。待っていた聖書全巻の朗読CDもあり、早速コンピュータにセーブしています。・・・(以下、省略。)---------最近、久しぶりにもらった母親からの手紙にも、「シンのメールが面白いので(母教会で)有名です。」 とあった。が、一言、クギを刺された。「誤字に注意、献身と堅信、関心と感心など」 だって。相変わらずのキビシイ母上です・・・。
2004年03月31日
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今朝の5時、お隣の岡崎先生が日本へ帰っちゃいました。友人の家(サンディエゴだったかな)に寄るらしいけど、とりあえずもう、セントルイスにはいない。昨晩は、台湾人のリン師と先生の3人で、カフェテリアで、最後の晩餐。魚のフライとごはんでした。その後、先生の部屋から、もらえるものを、譲り受けたりした。夜になっても、部屋がかたずいてなく、しかも、図書館へいったり、人に会ったりしていた。先生は夜中になっても、隣でバタバタしていた(笑)。譲ってもらったものは、自転車、テレビ(ビデオ付き)、電気スタンド、勉強デスク、イス(3つも!)、カーペット、缶詰等の食料、置き時計、書籍(ヘブライカと文藝春秋)など。私の部屋は、ものだらけで身動きがとれません。・・・でも、これで日本人神学生は、ついに、私独りになってしまったなぁ。この気持ちをわかってくれるリン師が、うまく言い表してくれました。「オカザキがいなくなるのが、2つの意味で悲しい。ひとつは、共に生活した友人と別れるという、悲しさ。もうひとつは、帰国するオカザキを想うと、ホーム・シックになるという悲しさ。」 と。私にとっても、そのような気持ちなのです・・・。岡崎師には、飛行機の中で読んでもらおうと、最近の私の報告から、岡崎師が登場するものをセレクトして渡しました。岡崎師とは、短い間だったけど、学びに対する姿勢など、さまざまなことを学ばせてもらった。昨年、私がこの神学校に入学するときは、不安はだったけど、先生から励ましてもらい、なんとか神学生になることができた。7月から先生は、四国のほうの教会へ派遣されるという。岡崎師のこれからのご活躍を、主に期待しています。
2004年03月30日
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私の愛蔵文庫のひとつ、『だめだこりゃ』(新潮文庫)をS姉に貸したら、こんな感想をもらいました。--------こりゃ、だめだ:いかりや長介(注:ちょっとだけ、違います(笑)。)はっきり言うと、私はドリフタ-ズをおそらく無関心と軽蔑の中間くらいでしか見ていませんでした。この本を読ませてもらって、ちょっと印象かわりました。こんな謙遜な人めったにいないですよね。自分のことを本気で四流だと思っているのを、そう思っていると告白できてしまっているのがすごい。私は、自分がそういう謙遜さのないやつだとわかっているので、自分のほうがよっぽど嫌なやつだった、と。もちろん、だからと言ってドリフを好きになったとはいえないけれど、新しい見方でこのいかりやさんを見ることになって、良かったです。・・・(以下、省略。)--------なるほど。おっしゃることも分かります。が、ちょっと、親父のことをなんか言われたような感じで、あとに残りますね・・・。
2004年03月29日
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ただいま、朝の11時。もう教会から帰って来ました。それでも、朝6:55には、神学生仲間のエド兄の車で教会へ向かい、第一礼拝に出席。その後、聖研にも出席して、満たされました。(食事は、いつも出ない・・・悲しい。)今日の聖研の時間は、ホンジュラスへ宣教旅行にいった信徒たちの証しを聴くことができ、非常に励まされました。中米の地域のうちで、もっとも貧困な国といわれるホンジュラス。場所は、米国フロリダの先端より、もっと南へ下ると、メキシコ、グアテマラなどの国があって、そのひとつが、ホンジュラス。言語は、スペイン語。12歳までの教育しか、無料で学べないという。566万人ぐらいの人口のうち、25パーセントの人々が、文字の読み書きができないという。月100ドル稼ぐのがやっと、という厳しさ。20代で、四人の子供を育てる母親がいたり、父親が家出して、働き手のいない家庭など、問題は数多し・・・。信徒たちの働きは、おもに医療的サポート、そして宣教。眼が悪くても、メガネが買えない。そんな見えないで暮らせている人たちに、眼の検査をし、メガネをつくり、提供する。もちろん、すべて無料だ。そんな奉仕を続けるなか、信徒たちはホンジュラス人の笑顔や感謝に励まされる。また、米国にいたときよりも主の恵みを、強く意識し、感謝できるようにされてゆく、という。この働きは毎年、続いている。来年も1月末から2月にかけて、奉仕しにゆく、という。医学の専門でなくても、スペイン語ができなくても、あなたのタレントにあった奉仕ができるので、心配するな、だって。彼らの情熱を聴かされ、パワーポイントによる写真を見せられ、感動。私もいきたくなってしまいました。無理なんだけど・・・。でも、教会は、やはり宣教できるようになって、成長するのだ、と改めて感じました。私の派遣先教会、ホーリークロス教会は、大人の教会です。すばらしい。ホンジュラスの地図:http://www.ne.jp/asahi/ayuca/home/honduras/honduras.htm
2004年03月28日
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デボーションについて、私はただいま勉強中です。本当に、「継続は力なり」です・・・。以前、母教会のY兄、デボーションをちゃんと教わっていないなぁ、と言ってました。私の机の上には、 1.「ルターによる日々のみことば」、 2.「希望と信頼に生きるーウイリアム・バークレーの1日1章」、 3.「デイリーブレッド(和訳)」(04年3月から5月) 等々、あるのですか、どれもたまに、パラパラ見るだけで終わってしまいます。私が想うに、日々のチャペルで読む、聖書箇所から、短い箇所を選んでやってみたいなぁ。つい先日も、こんな御言葉を聴きました。ヨハネ5:31~32より・・・ 「もし、わたしが自分自身について証しをするなら、その証しは真実ではない。わたしについて証しをなさる方は別におられる。そして、その方がわたしについてなさる証しは真実であることを、わたしは知っている・・・」私は想うのです。聖書を初めて聴く人に、どのようなみことばを伝えられるか、と。これは、牧会者として、私の聖書理解の経験と、センスが問われているのだ、とも感じる。このみことばは、聖書という書物が、イエスさまを証しするものなのだ、ということをはっきりさせている。たんなる、知恵の書、信仰の書、歴史書ではない。ヨハネ5:39でイエスさまが、 「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。」 と語るように。と、すれば、おのずと聖書の読み方がわかってくる。『創世記』から読み始めても、なかなか自分だけでは理解できないのだ、と。イエスさまを証しする方がいる。それは牧会者でも、伝道師でもない。父なる神さま、そして聖霊だと想う。とはいえ、私も主の働き人から、聖書の読み方を教わって、お説教を聴いて信仰をもったのであるが。「神の言葉の初歩」(ヘブ5:12)を教わるために・・・。祈り:主よ。みことばを与えてくださり、感謝します。あなたのことばである、イエスさまと出会うことができた喜びを、私が受けたように、他者にも伝えさせてください。あなたをしたい求め、みこころに導かれて歩む者を得るために。苦しみ・悩みが、多少なりともあります。どうか、この僕を清め、平安と力をお与えください。
2004年03月27日
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午後、寮に戻ると、ロビーで箱からなにやら取り出している、ダニエル兄がいました。聞いてみると、「カラオケ・マシーンだよ」とのこと。へ~、と一応、関心はしたのですが、私はあまり興味ももたずに部屋へ。ところが10分後、「スタン・バイ・ミ~、スタン・・・!」と大音量の声が廊下から響いてきたのでした。どうやら、わが寮のロビーがカラオケルームへと、変身した瞬間だったようです。なんだか、いやな予感がしてきたぞ・・・。晩は、岡崎師の送迎会をかねて、寮の10人の仲間たちと日本食レストラン「セキ」へゆきました。天ぷら・巻き寿司・カツどん・牛丼・・・などを注文し、みんなで分け合って、美味しくいただく。アフリカ人のアモス兄が、鉄火巻きに初挑戦。それほど、お気に召さなかったようですが。でも、「サッポロ・ビール」まで注文する人もいて、皆、はしゃいでいました。とても愉しい食事になりました。結局、10人で飲み食いして、180ドル。先生の分は皆で出し合って、割り勘にしました。その後、「今度は、サケを飲みながら、寮でカラオケ・パーティをしよう」と、誰かが言い出す始末。岡崎先生も、最後なので、その気のようです。お付き合いせねば。寮に帰ってロビーで一息ついていると、スティーブ兄が部屋からサケの中ビンをもってきました。それには、なんと「月桂冠」のラベル(!)が付いているではありませんか。どこで手に入れてきたのか・・・。今晩は、なんだか、やけに日本びいきな寮の連中です。さて、ダニエル兄のカラオケ機材は、CD-Gという、特別なCDを入れると、TV画面に歌詞が表示されるというタイプ。付属されていたCDには、あまり私の知っている曲がありませんでしたが、ビートルズの「ティケット・テゥー・ライド」なら歌えそう。そんなこんなで、仲間たちがそれぞれの歌唱力で歌うのを、聴いていました。いつのまにか、岡崎師がいません。あまり愉しくないので、部屋に戻ってしまったのかなと想っていると、なんの、「黒田節」を取りにいっていたのです。 「♪酒は飲め飲め 飲むならば 日の本一の この槍を 飲みとるほどに 飲むならば これぞまことの 黒田武士~♪」 と、ほろ酔いの岡崎師も負けていません。ちょっとだけ、苦学・留学生活を忘れられる夜となりました。今度は私も、中嶋みゆきの「地上の星」を歌ってやろう、と密かに想っています。
2004年03月26日
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礼拝学のクラスの小テストがあり、散々でした。けっこうな量のテキストを読んで準備したつもりでしたが・・・。答案用紙をみたら、真っ白って感じ。まったく。でも、このクラスは、嫌いじゃありません。また、ばん回します。先日、岡崎師の日本語聖書研究会が終了しました。(岡崎師は、来週、帰国しますので。) 求道者もいるのに、小教理問答、ルター派と他の教派、2種の義などを教わりました。ふ~、疲れた。洗礼についても、今日学びましたが、問答書から読んで、ローマ6章をちょっと開いたぐらい。私としては、それらを学ぶ前に、福音をじっくり読んで、イエスさまを知ることこそ、最初にすべきことではないのでは、と感じずにはいられません・・・。先輩なので、モンクはいいませんが、私ならこうする、と考えながら参加しました。いまはとにかく、神学の勉強をしながら、いろいろな角度から聖書をみれるように、努めています。なかなかデボーションができません。チャペルでちょっとゆっくり過ごすようにはしているのですけどね・・・。時間が足りない~。聖書を愉しく、わかりやすく教えられるようになりたいです。
2004年03月25日
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いかりや長介氏が亡くなってしまったことが、身内でもないのに悲しくて・・・。「全員集合」を観て育ったので、お父さんのような存在だったなぁ、と想う。怖さのなかに、やさしさとユーモアがあったなぁ。いかりや氏は、何を残してくれたのか、デボーションをもって考えています。今日のチャペルで、「放蕩息子」(ルカ15:1~2、11~32)からの説教がありましたが、父なる神さまは、さらに偉大なお父さま。遺産相続を先取りして去っていった息子を送り出し、スッカラカンになって戻ってきたダメ息子を走って迎え入れるような温かい心をもつ父親のように・・・。いかりや氏は、自伝のなかで、このようなことを語っていました。・・・もめ事なども、なぜか私の手にゆだねられ、バンドマスター(リーダー)のような扱いをさせられていた。しかし、不思議と事はうまく収まった。戦中世代なので、アンサンブルを大切にするように教わった、という性格にあるのかもしれない。・・・いかりや氏が多くの人々から惜しまれているのは、そのアンサンブルを大切にした人だから、ということか。他人ならば、いかりや氏を戦後の復興期に頑張って、働くことが何よりも好きだったおじさん、と言うこともできるだろう。しかし、私には、彼が戦争による苦しみや悲しみを負った人々から、悩みを笑いに変えて、励まし続けた人、という気がしてならない。戦後50年が経ち、我々は物質で満ち足りるようにはなった。とはいえ、いかりや氏は、我々の心がまだまだ満たされていないことを知っていたのではなかったか。いかりや氏から、「今の若い者は・・・」なんて、せりふを聞いたことはなかった。それは、誰からも尊敬の心をもって接し、若い人からも貪欲になにかを学んでいたから。だから、年を重ねるごとに、かっこよくなってゆく人にみえた。ダビデ王は、息子に王位をゆだねて死んでいった(列王記上2:10~11)。でもソロモン王は、大国イスラエルを治めることができたのか。最後の最後で、主への信仰を失ってしまったのではなかったか。イスラエルの民への愛情を失くしてしまったのではなかったか。主よ。父なる神からゆだねられたみことばを、そして愛情を、たしかに継承できるように、我々を励まし、強め、導きとおしてください。アーメン。「あなたがたが知っているとおり、わたしたちは、父親がその子供に対するように、あなたがた一人一人に呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く勧めたのでした。御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなたがたを招いておられます。」(1テサロ2:11~12)
2004年03月22日
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ドリフのいかりや長介が亡くなってしまいました。報道によると死因は、原発不明がん頚部(けいぶ)リンパ節転移だそうだ。私は、『だめだこりゃ』(新潮文庫)という、いかりやの自伝を読むほどのファンだったので、とても残念です。「8時だヨ!全員集合」は、16年もやってたのか。私が生まれる前からだ。すごい。「全員集合」には、坂を駆け上がるっていうコントがあった。でも、高木ブーがそれで、アキレス腱を切ったとか。危ないコントだったらしい。教育上よくないっていうコントも、たしかにあった。食べ物を粗末にするっていうのが。パイ投げとかも、ドリフがしていた。ひげダンスだって、果物を使ってたし。ドリフはエロいっていう友人もいた。それは、「ドリフの大爆笑」の影響だろう。私もおばあちゃんと観てて、赤面したことがあったっけ。でも、それは、構成作家まかせにしてたからだろう。「全員集合」のほうは、いかりやが最終チェックをしたり、コントを書き起こしたりしていたらしい。それから、お母さんの井戸端会議みたいなコントもあったのを思い出す。子供になったり、親父になったり、ようは速攻で、着替えて出てくるってやつ。ジュリーとか、ゲストのアイドルや俳優たちが、ドリフといっしょになって、コントしてるってのも面白かった。少年時代、私は歌謡曲には、あまり関心はなかったけれど。小学生のとき、「全員集合」から、オレたちひょうきん族の「たけちゃんマン」に切り替えるやつが出てきて・・・。私もどっちみようか迷っていた時期があったなぁ。でもドリフの囚人の脱走コントは、面白かったな。監視のいかりやが来ると、テレビに向かって「きたぞ~!」とか叫んでた。いまより良心的な笑いだった気がする。72歳かぁ、最近は、俳優としてもいい味だしていたので、もっと彼を観たかった・・・。ご冥福をお祈りします。
2004年03月21日
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韓国ドラマの面白いところは、脚本にいくつかのパターンがあることだろう。よくあるのが、「出生の秘密」をテーマにしたもの。赤ちゃんのとき、間違って他の赤ちゃんと入れ替わってしまい、後で両親が気づくなり、本人が知るなりして、悩むとか。ほかに面白いのは、交通事故などで、意識を失った(植物人間状態にあった)人が、何年か立って治り、意識を取り戻すと、以前とはまったく違う環境になっている、というのもある。親友(義兄弟)と想っていた人が実は悪人で、嘘で固めた世界に作り変わっている、なんていうパターン。また、海外留学しにいって、3年後に彼女と再会する、なんていうのも、しょっちゅうある。でも、なぜか飽きないだよなぁ、なぜだろうか。過去、現在、未来という時間の隔たりを、うまく編集してみせられると、ちょっとしたミステリーになるし、彼と彼女はなぜ、別れたんだろう、なんていう些細な詮索も、面白く想えるからかも知れない。やはり、恋愛もの、プラス、謎説きものってのが、ミソだろう。話は変わるが、先日のチャペルでの説教には、驚かされた。ある神学生がルカ10:25~37の「善いサマリア人」の箇所から説教したのだが、ありきたりにキリスト者はあのサマリア人のように・・・という感じで終わろうとした、そのとき、正面からみて右側の祭壇に座っていたドクター・ヴォルツ氏が、急に席を立ち、「その説教、ちょっと待て!」と発言したのだから。実は、これは演出で、律法の説教を聴いて終わるのではなく、福音、つまり、イエスさまこそ、あの半殺しの目に遭ったユダヤ人であり(油とぶどう酒と包帯。イザヤ53章。)、自己正当化する、律法学者とはまったく違う発想をもて、という教えだったのだ。ショックだったのは、私が知っていると想ったあの有名なたとえ話を、実はちゃんと理解していなかったということに気づかされたから。私もまだまだ未熟者です・・・。でも、これ、使えるなぁ。
2004年03月18日
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週末は、インターネットの韓国ドラマ(各一話は無料。)を観まくってしまい、愉しかった。日本でも、「冬のソナタ」がヒットしたようですが、私は第一話だけの感想でいうと、まあまあ。ちょっと、彼がスーパー高校生(転校生)なので、男から観て、共感がもてないのがその理由・・・。あんなやつ、もてて当たり前だろ!同じ俳優(ペ・ヨンジュン)が出ている「ホテリア」というホテルの内側を描いた作品のほうが面白い。内容は、あるソウルにあるホテルが舞台。コック長や、女性管理職の人間などの働く姿に共感できる。が、そのホテルの社長が心臓発作で急死してしまい、買収されそうになり、未亡人となった社長婦人が、ある人物を米国のラス・ベガスから連れてこようとする、という話。ホテルのサービスが行き届き、客の日本人には日本語での対応をする、というところが笑えた。社長のバカ息子が、ボーイとして働いているが、買収する側の社長の娘を好きになってしまったり、話が盛り上がりそうな感じ。肝心の、「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンだが、第一話の終わりでちょっとだけ登場。米国でバリバリで働いているビジネスマンだが、ホテルを買収したい側の社長に見込まれ、帰国するという筋書きらしい。ラス・ベガスでのロケもあり、日本のTVドラマとは、お金のかけ方が違うなと想った。そんな直球の韓国版ソープオペラもいいが、「勝手にしやがれ」という異色な変化球ドラマも興味深かった。このドラマの主人公は、かっこ悪いワル。刑務所から出てくるところから物語が始まる。ボクスというこの男、スリの常習犯。ヒロインのバンド好きの女の子から、お金を盗んで行っちゃった、というぐらいで、まだ恋には発展していない。でも、物語としては、他のドラマにはない、人間模様の面白さがあり、主人公にも共感がもて、だんだんかっこよく見えてくる始末・・・。他にも、出生の秘密を含みつつ、服飾デザイナーを目指す女の子が日の目をみるのか、という話や、お決まりの三角関係による恋愛の話や、高校教師が高校生を好きになってしまうタブーな恋愛ものなど、韓国ドラマの深さに恐れ入った。日本のTVドラマより、脚本がしっかりしているように想える。(日本の少女漫画キャンディ・キャンディを元ネタにしたドラマもあるが。)韓国の豊悦や、キムタク、竹野内豊、おまけに的場浩司など、男優陣もしっかりしているなぁ。日本のドラマは、木村拓哉と田村正和が競演した「協奏曲」という建築家のドラマ以降、私はよい作品に出会ってない気がする。韓国ドラマブームで、日本のTVドラマが触発されてゆくことを願いたい。----------ご興味のある方は。http://www.aii.co.jp/contents/douwa/dramakan/vod/index.html#sonata-vod
2004年03月17日
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今日は、歴史神学の宿題に没頭しています。フランスの歴史家で、マルク・ブロックというひとの『歴史家の仕事』という本の英訳を読んでるんですが、むずかしくて、頭に入ってゆかない・・・。私は著者がどんな人物で、なにをしたのか、とかいう背景が解からないと、著作に手が出ない。そこで、インターネットで調べたら、ほとんど和訳されている、日本でも有名な歴史家だった。・・・私の無知です。この本は、未完ですが、著作のなかでは一番有名な、歴史学のすすめ、らしい。東京の図書館では、みなかったけど。彼はフランスでヒットラーに対抗して、処刑されてしまったそうです。歴史学というのは、興味あります。でも体系的に学んでないので、いま学ぶのがよい機会かなと想います。歴史神学のドスト教授は、なかなかくせのある、太ってて面白い先生。私は、歴史神学は、ほとんど知らないので、講義もMD録音しています。組織神学とは、違った視点なので、講義は毎回、愉しみにしています。でも、前回は、小論文の書き方、特に哲学的な考え方ってかんじの授業でした。でも、宮崎監督の「千と千尋の神隠し」を娘と観たとか、その神学的解釈とかもしてました。人はだれでも、バイアス(偏見)をもってる。どうせもつなら、神さまのバイアスをもて、だって。その先生の東洋文化の解釈ってのは、けっこうバイアスしてましたが(笑)。ではまた、マルク・ブロック読みます。
2004年03月13日
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先日、礼拝論のクラスで、デボーションについて聴きました。米国では、青年会がさかんなので、以前、教わったことでもありましたが、ルター神学に裏打ちされたというのを聴くのははじめて。1.レクティオ。聖書箇所を読む。主からのみ言葉をインプットする。2.メディタティオ。リフレクション(熟考、内省)、黙想。しかし、東洋的なひとつのものを集中するとか、自然と一体となるとか、無を求めるというものとは異なる。3.オラティオ。祈り。4.テンタティオ。仕事場へ。信仰をテストする。試練・誘惑を受ける。なるほど、17歳のときに教わったQT(クワイエット・タイム)とは、多少違う。特に私が気になったのは、2.の黙想ということ。東洋的っていわれて、ムキ(怒)!でもじゃあ、どうしたらいいの。眼をつぶって考えるということでいいのだろうか・・・。たぶん、連想するってことらしいが。列王記上1:1~4のデボーションを。ダビデ王は、70歳に近い(サムエル下5:4)。ちょうど長嶋監督ぐらい。小娘アビシャグとは、肉体関係にはならなかった、という。たのむよ、当たり前でしょ?でも、ダビデ王のお気に入りでは、あったらしい。妻のバト・シェバに、「なんかようか」みたいなこといってるので(1:16)。しかし、人の眼に”美しい”と写った、アビシャグが、選ばれるというのは、どうなんだろう。主は、人の心をみて選ぶ方。ダビデ王の跡を継ぐ者は、どのように選ばれるのか・・・。主よ、私を選び出し、さらに働き人としても召してくださる、あなたを賛美します。導きのなかで充分に整えられますように、この僕を強めてください。
2004年03月09日
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正直、ショックです。今晩の聖研は、私の担当だったのですが、私と岡崎師とウェスレー師の三人だけ!岡崎先生のリクエストで賛美歌を5曲も歌って、だれか来るのを待っていたのですが・・・。では、今日はこの辺でお開きということで、という感じで、帰りたくなりましたよ。でも岡崎師が、チャリティー精神?で私の聖研が聞きたいとおっしゃったので、一応やりました。その結果は・・・。『列王記』まるごと一章分なので、朗読にも時間がかかりました。が、いかんせん、いつものようなリアクションがない。説教をさせられているようでした。でも、ダビデ王の側近たちがアビシャグを選んだようにではなく、またアドニヤが自らを選んだようにでもなく、主は、ダビデの子、ソロモンを王として選んだ、という話に、二人とも聞き入ってくれました。最後の、「神さまは、なにを基準として、我々を選ぶのか」という質問に関して、岡崎師より、大変よい指摘をいただきました。救いのための選びと、主のための働きのための選びを区別したほうがいい、ということでした。なっとく。私がうまく言えなかった点でした。信徒の方や、求道者のまえで聖研することが、私にとっての「やりがい」だということに、改めて気づきました。サトミ家に電話したら、教会の用事が重なってしまった、とのこと。しかたないですね。でもこの聖研は、またブラシ・アップして、再利用するもんね~。明日から神学校再開です。やるぞ~。
2004年03月07日
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私は、求道者の婦人の家で、すき焼きを食べ過ぎて、苦しいです。いま、やけに喉が渇くので、氷水の飲んで、マスマスお腹がふくれてきました。おはずかしいかぎり。婦人のすき焼きには、まず牛肉、ごぼう、しらたき、豆腐、えのき、それに、ほうれん草。さすがに、春菊は手に入らなかったそうです。また、岡崎先生の好きな「おふ」はなかったそうです。が、私はおふなんて入れたこともないので、気にはなりませんでした。婦人は東京出身の方なので、だいたいスタイルは同じなのですが、「ごぼう」というのは、私がいったから買ってきてくださったそうです。あれ、ふつう入れませんか?ごはん二杯に生卵三個。肉は、BSE問題なんて気にもせず、食べられるだけ食べました。大変、感謝してます。ウプ。昨日から喉が痛くて、ちょっとだけ咳き込んでいますが、今日のセント・ルイスは温かかった。人が妙に温かで、変な感じ。でも聖研も婦人と岡崎師と私の三人だけでしたが、もりあがって愉しかったです。ところで、長嶋監督、大丈夫かな。脳こうそくで、入院中とのこと。息子の一茂さんが「神さまにお祈りするしかない」と記者会見で語っていたのが印象的でした。私は、巨人嫌いの長嶋とゴジラ松井好き。その2人がいない、いまとなっては、巨人軍自体はどうでもいいのですが。長嶋さん、お祈りしてます。
2004年03月06日
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昨日の午後、神学校の寮に帰ってきました。ティム師には、本当にお世話になった。いまはなにもお返しできないけれど、いつか・・・。帰りの車中で、幼児洗礼についてや、日本人宣教、ティムの教会について語っていました。しかし、幼児洗礼については、うまくいえなかった。南バプテストでは、認めていません。私は勉強不足で、よく解かっていませんが、「大人であろうと小人であろうと、神が人を選ぶのであって、その逆ではない」というのが、ルター派の解釈なのかな。ティム師いわく、「カトリックの習慣を継承しているだけ。聖書的根拠にかける」、など手厳しい。今回、私の料理の腕には、自信を失いました。も~鮭はいい。やはり一に素材。ニに料理具(包丁もセラミックで切れないし。まな板も使わせてもらえなかった。それに、調理ばしがほしかった。)三にいつも料理していること、かな。昨日のお昼は、カルボナーラを作って、それはけっこうおいしかったのですが。麺をゆでながら、クリームソースを、なんていう、手際などがいまいちでした。いずれ中華街で、でっかい角包丁を買いたいです。昨晩、寮の仲間とインスタント・焼きそばを食べましたが、青海苔は入ってるのに、紅しょうががなくて、さびしい想いをしました。仕方ないので、「鮭の香」というふりかけをかけて食べました。見かけは紅しょうがなのですが、また鮭・・・。
2004年03月05日
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一昨日の夜は、DVDの『パイレーツ・オブ・ザ・カリビアン』をティム夫妻と観賞。ジョニー・ディップが船をもたない船長役。意外にも、三枚目に徹していて好演していた。魚好きのティム師が、鮭を丸一匹、解凍してしまったので、大変。鮭カレーに、焼き鮭。私は、愛蔵料理本『ケンタロウのにんにくとうがらし』から、“鮭のバジルクリームソース”のレシピで試行錯誤したのですが、生クリームがないので、牛乳を、白ワインがないので、アップルジュースを代用。さて、どんな味だったか、ご想像にお任せします・・・。ティムから借りた音楽CDを聴いていたら、大学時代、彼とルームメイトだったので、当時、聴いていた懐かしい曲がけっこうあった。マイケル・カードというクリスチャンシンガー・ソング・ライターが気に入った。午後、ウィラー君という少年が、数学の宿題を教わりにやってきたので、私もちょっとお手伝い。一応大学で、微積分まではしたのですが、数学は得意ではありません。彼は中2ということで、どうなることかと想いましたが、習っているのは算数に近い(笑)ので安心しました。このウィラー君、父親がティムの教会の執事をしている。が、母親が再婚したので、義理父がいるという境遇にあり、ちょっとかわいそう。でも義理兄とは、仲が良さそうだし、なにより彼の性格は明るい。以前、ティム師の奥さんが、彼の宿題の面倒をみている最中に、モーツァールトのCDをかけてみたという。が、落ちつきのないその性格には、まったく効果がなかったそうです。昨晩は、夜10時に、ティム一家とウォルマートへ。必要としていたプリンターを50ドルで買ってしまいました。ケンタッキー州はレキシントン市を拠点としている、レックスマーク社の製品。あとは明日のお昼に食べたい、平べったいスパゲッティーと生クリーム。白ぶどうジュースも購入。(お酒と名の付くものは、料理酒でもだめらしい。コテコテの南バプテストなティム師・・・。)帰宅と同時に、『ロード・オブ・ザ・リング』のパート1を観ようとティムが言い出したので、付き合いましたが、眠くなって途中で断念。ティムも奥さんもこの映画がよほど好きらしく、私にどうしてもみせたがるのですが、SFと魔法と神話が同居したようなフィクション作品なので、ちょっと面倒。でも、指輪をめぐって人間の欲望と争いを描いた大作のようです。次回、またみせられると想います。
2004年03月04日
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へッリックというところは、大豆とトウモロコシ畑に囲まれた町。郵送されるものは、郵便局まで取りにゆかねばならないのだ。食料などの買出しも、となりの町までゆくという。なんとも平和そのもの。本当にのんびりとした休暇になっています。昨晩は、TVでアカデミー賞の授賞式をティム一家と観ました。『ラスト・サムライ』の渡辺謙は残念ながら、助演男優賞を取れなかった。『ロード・オブ・ザ・リング』が総なめという感じ。私は観てないので、なんとも。ティム師の奥さんが、ニコール・キッドマンら女優陣のセクシーなドレスに、見入っていた。こちらの安チョコ、ケーキ、クッキーのたぐいは、甘すぎて食べられません。ティム師の奥さんが作ったというオートミールチョコというのを1ついただきましたが、もう結構という感じ。でも、安チョコでも、「ドーヴ」のダークチョコというのは、食えます。以前、おみやげに日本へもって返ったときも、なかなかの評判でした。それにしても日本のチョコは、なぜか美味しいと想えます。先週、「いちごポッキー」を買って、寮の仲間と食べました。おじさん三人で、チョコを美味しがっているさまは、絵になりませんね。
2004年03月03日
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夕礼拝が、6時からありました。朝礼拝ほどではないですが、熱心な子供からおばあちゃんまで、20人以上いたでしょうか。さすがは、ティム師。説教の使いまわしはせず、ヘブライ1:1~4の講解でした。どうやら『ミカ書』が終わり、今週から『ヘブライ人への手紙』をじっくりと進めるようです。彼の説教や聖書研究会は、大変参考になります。米国人にしてはめずらしく、御言葉中心の解き明かしというスタイル。そして現代の我々にどう適応させるのか、についてを語り、十字架もしっかりと語っています。この説教では、「ぶどう園と農夫」(マルコ12:1~11)を引用し、メッセージを語る者(天使・説教者)ではなく、そのメッセージを送られる方、もといメッセージそのものである、イエスに眼を向けよと語る。ちょっと面白いな、と想ったのが、「相続者」(ヘブ1:2)に関する解釈。私ならば、前者が亡くなることで相続できる(使徒7:5、エフェ2:13)と解釈してしまうところを、王の変遷期には、王位が重なることがあるように、イエスは創造者であり、神でもある、と説明していた。ダビデ王とソロモン王がともに立った時期があったように(列王1:39)。なるほどでした。
2004年03月02日
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いま私は、イリノイ州のティム師の家にいます。ティム師のゴルフ解説を聴きながら、T・ウッズのマッチプレーを観ているところです。今朝は、彼の教会で主を礼拝しました。ティム師による説教は、使徒3章の「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」という箇所でした。生まれてから40年(使徒4:22)、自分の足で歩いたことのない男をペトロとヨハネが癒すのです。神殿の門の前で、人々の足を見ながら、小銭を求めている男に、「私たちを見ろ!」といって。彼に必要なものは、お金でしょうか。それとも、身体の癒しでしょうか。癒された男は、歩いて神殿のなかへ。午後3時の祈りのときであったのに、歩き回り、踊り、主を賛美し、人々を驚かせたという。他人の眼を気にすることもなく、喜びを、感情をむきだしにして・・・。ティム師の家には、アニーという、白と薄茶色の猫がいます。8か月でいたずら盛り。面白いですよ。お昼は、奥さま特製のチリ・ビーンズ・スープを2杯もいただきました。チーズとクラッカーも入れて、うまかった。
2004年03月01日
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