2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全2件 (2件中 1-2件目)
1
こちらでも先週末、感謝祭「鍋パーティー」を執行しましたよ。おいしかった~。 女の子1人と男3人、計4人です。仲間のキッチンを借りて、一応、私が鍋の準備(お鍋は、平凡な”鳥の水炊き”でした。)と茶碗蒸しを担当。ダシは、”だしの素”を使ってしまいましたが、乾燥しいたけも使用。こちらでは、中華食材店があるので、白菜、しょうが、にんにく、長ネギ、大根、揚げ豆腐、うずらの卵(これは、茶碗蒸しに使用。)等、が手に入ります。が、肝心の”手作り豆腐”が腐っていて、使えなかったのが、うかつでした。残念・・・。鶏肉は、ささ身、骨付きのスティック、それに鳥ミンチも団子にして入れました。 鶏ガラスープを作るのには、圧縮鍋が必要らしく、普通のアルミ鍋では、うまくいきませんでした。でも、皆、美味しそうにしてたので、良かったです。茶碗蒸しには、鳥のささ身を細かく切ったものと、先ほどのうずらを入れて、青いものがないので、ねぎも刻んだものを入れました。”三つ葉”が手に入らないので、”しそ”を入れるつもりだったのですが、私の部屋から取ってくるのを忘れて、また失敗。しそは、私の部屋で栽培しているのです。”赤カブ”栽培のほうは、失敗に終わりましたが、出てきた葉っぱを食べられる”しそ”は、うまくいってます。クリスマス休暇前に、食い尽くすつもりです。春にまた植えます。 ”鍋”仲間との会話は、「日本語と英語」についてとか、結構、まじめな話が多かったです。彼らはクリスチャンではないので、宗教掛かった話には、乗ってこないのですが、それでも、私の意見は聞いてくれます。面白かったのは、彼らの専門である医学系の発想で、「人はどうやって言語を理解するのか?」というもの。子供が成長する過程で、言語を聞いて、教わって、覚え、体得してゆく。子供たちは、決して文法やシンタックスを理解して、言語の自分のものにするわけではない。本当のバイリンガル(二ヶ国語を両方しゃべれる)の子っていうのは、いないのでは? どちらかの言語に偏り、どちらかの言語で感情をよりストレートに表現するのではないだろうか、というような話をしてました。仲間の一人は、「言語には、なにかキー(鍵)となる、要素があって、単なる名詞、動詞、接続詞、助詞、形容詞の集合体ではないのではないか」というようなことを、言ってました。彼いわく、「でないと、自分で新しい文章を作り出すことはできないはずだ」というのです。私は、すかさず、「それは、創世記にある、”神の息吹”じゃないかな」と答えたのですが、あまり誰も乗ってこなかったのがさびしいところ。----------------さて、今週から、冬学期が始まってしまい、かなりの宿題が日々あるので、四苦八苦してます。まず、「説教学2」では、旧約テキスト、新約の奇跡のテキスト、たとえ話、お葬式用説教を創作せねばなりません。そのための教科書も、三冊ほどあります・・・。「組織神学2」では、ピイパー氏の教義学2の本、ルターの奴隷意思、その他、2つの小冊子を読んで、レポートも、デボーション(簡単な説教のようなもの)も書く予定。歴史神学のクラスでは、ニケヤ会議からカセルドン会議についての考察小論文があり、実践神学では、読書感想文4つ、とこれくらいかなぁ。宿題を日本へ持って帰りたくないのだけど・・・。きびし~。
2005年12月02日
コメント(0)
学校内の寮生活、バイトから解放され、先週木曜日から、神学校の友人ビル兄と、ミネソタ州へいってきました。セントルイスから北へ約10時間。しかもピックアップ・トラックで、ミズーリ州からアイオワ州、ミネソタ州と北上。午前7時過ぎから出発し、午後10時過ぎに、ビル兄の実家のあるセントクロウドにやっと着きました。 横断したアイオワ州は、凹凸のないフラットな畑ばかりで景色の変化に乏しく、ちと退屈でした。が、ビル兄とは年齢も近く、彼自身ベトナムで英語講師としていたという経歴もあり、車中ではアジアの話や、海外ミッションの話などで盛り上がっていました。ミシシッピ川の源流が始まるというミネソタ州には、なんと湖が大、小、約1000コ以上あると聞きました。アイオワ州より丘や坂があり、水も豊富なので、景色の富んだ美しい州です。しかし問題は、とても寒いこと。お隣はもうカナダですし、セントルイスより確実に温度が低くなるのを、ガソリンスタンドで給油するたびに感じました。車道には少々雪も積もっていましたし。ビル兄いわく、真冬になれば、レイク(湖)が凍ってしまうので、その上を歩いてテントを張り、特別な円形の穴を開けるドリルで氷を割り、釣り糸をたらす、というのがミネソタの風習なのだそうです。漫画で見たエスキモーの生活みたいなことが、ここでは行なわれているらしい・・・。 今回の旅の目的は、ミネアポリスの教会で行なわれた、神学校の友人ブランドン兄の結婚式&レセプションに出席することでした。結婚式は土曜の夕方からでしたが、私とビル兄は余裕を持って、木曜日に出発。ビルの実家で木曜の晩、金曜を過ごし、ビル一家とゆったりとした交わりももてました。金曜の晩には、さらに我々の神学校仲間、トム兄とブラジル人の交換留学生、クレシュー兄がやってきました。ビルの家には、ご両親しか住んでいないので、地下室のゲストルームと長いすのある居間で寝泊りさせてもらったのです。ビル兄のご両親はとても暖かいご夫婦で、よかった。金曜日には、アジア系食材店に連れて行ってもらい、餃子の皮、にら、お酢等を買い込むことができました。よってその晩には、ビル兄の末っ子の弟デビットさんもやってきて、中華料理パーティーとなったのです。私は、ケンタロウご飯の料理本を持参していたので、餃子をつくり、ビルの母上は、春巻きをつくってくれました。2年ぶりの手作り餃子で満腹! 友人ブランドン兄の結婚式は、ブライドのジョイ姉の母教会でバプテスト系教会でした。ちょっと雰囲気が違い、我々ルター派神学生には戸惑いみたいなのもありましたが、なかなかの結婚式でした。新郎新婦の過去のメールの一部を朗読したり、新婦のお父さんのお祈りがあったり、新鮮でした。新婦の弟さんが牧師として式を取り持ったのは、どうかとも想いましたが、まぁ、よい結婚式でした。レセプションは別の会場でバフェ形式。チーズ、クラッカー、ビーフサンドイッチ、サラダ、等々。バプテストのせいか、シャンペンもワインもなかったのは、物足りなかったですが、皆車ですし、仕方がないかも。私はカメラ持参で、張り切って新郎新婦を撮っていました。この結婚式では、さらに神学校の親友、トーゴー人のチャールズ兄もやってきていて再会。彼はその晩我々とともにビル兄の実家で過ごしました。次の主日は、ビル兄の母教会で礼拝に出席。なかなかコンテンポラルな礼拝でした。最後の晩は、また私の餃子、それにチキンカレー、とんかつ、鳥かつ、母上の春巻き、ごはんというメニュー。半年前に買っておいたパン粉をやっと使える日がきました。油で胃にもたれるので、私はキャベツと、ウーロン茶を推奨していたのですが、あまり解ってくれてなかったのがサビシイ。でも皆、ガツガツ食べてくれました。 ビルの母上から、「サザン・ビスケット」という南部のブレックファースト(朝食)のレシピを伝授してもらったり、とても愉しい滞在となりました。神学校に帰ってきて2日後、ビル兄から聞いたのは、ご両親がシンをアダプト(養子)にしたい、と言ってたとか(笑)。でも愉しく、そしてリフレッシュできました。運動不足のうえ、食べ過ぎたので、ちょっと太ってしまいましたが・・・。
2005年12月01日
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1
![]()
