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本日の弁当は「スクランブルエッグ・ピーマン」さて、私が少年だった1960年代から70年代初頭にかけての頃塩さえあれば御飯が何杯でも食べられる子供だった私は、おかずいらずの経済的な少年でした五目御飯や栗御飯、豆御飯といった味の付いた御飯はあまり好きではなかったので、それらが出た時は他の兄弟姉妹は喜んで食べているのに、私だけが食欲が湧かずにいました。その傾向は今現在でも残っており、やはり白い御飯が何よりも好きです。塩以外に海苔の佃煮や「きな粉」をまぶした御飯も大好物でした。きな粉は大豆から作られているので、豆腐嫌いだった私の貴重なタンパク源でした。
2012年08月29日
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本日の昼食は「やきそば」(玉葱・にんじん・キャベツ・鶏卵入り)さて、私が少年だった1960年代から70年代初頭にかけての頃具が無くても塩だけで握った「おむすび」は腹をすかした少年にはご馳走以外の何物でもありませんでした。当時は「ふりかけ」もアニメのおまけシールなどが入っていて、良く売れたんでしょうが私はシールなんかどうでもよく、「ふりかけ」が単純に好きでした。塩むすびと同じで、塩味だけが食欲をそそる「ふりかけ」なので、栄養的には物足りないと親は思ったのでしょう。あまり「ふりかけ」ばかりで御飯を食べる私は良く怒られたものです。おかずいらずの経済的な子供だった事は間違いありません。
2012年08月28日
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本日の夕食は「塩むすび」さて、私が少年だった1960年代から70年代初頭にかけての頃おむすび、いわゆる「おにぎり」は、どんな御馳走よりも大好きな食べ物でした。今のような暑い夏の日の夕暮れ時、陽射しをタップリと浴びて遊び疲れて帰ってきた私はとにかく腹が減って仕方なく、夕食前ですが「何か食べたい」と母親に訴えますと、おひつに分けられて残っていた冷や飯を塩だけでサッと握ってくれました。具も海苔も巻いてないシンプルなおむすびですが、それが格別に美味いのです。2~3個の塩むすびを平らげた私には、もう夕御飯は必要ありません。そして、再び腹が減るのは決まって夜中だったのです。
2012年08月26日
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京ヶ峯は標高170mほどの山です。 望遠撮影での京ヶ峯本日は岡崎と安城の境にある広大な田畑から東南東の方角に見える山、京ヶ峯を撮影してみました。頂上には神社も祀られているそうなので、一度登山してみたいと思っています。
2012年08月19日
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本日の昼食は「焼きそば」(玉葱、キャベツ)さて、私が少年だった1960年代から70年代初頭にかけての頃田舎育ちの祖母や両親から「狸や狐は化ける」という話を良く聞かされたものです。夏休みになると、毎年その田舎へ半月間泊まりに行ったのですが、田舎だから都会では見かけない狸や狐とどこかで出くわし、きっとお坊さんや綺麗な女性に化けて私の前に現れるのでは?と期待したものです。ところが、化けて出るどころか狐や狸の本体さえ見かける事は出来なかったのです。山と田んぼに囲まれた、それこそド田舎なのに、夜は蛍が飛び交うほどの真っ暗闇になるのに蛇ですら半月の間に一匹見るかどうかでした。冬場にイタチのような物が道を横切ったのを見かけた事はありましたが、あまり天然な動物類は見た事がありませんでした。今は山から猿が畑を荒らしに下りてくるらしく、最近田舎へ出かけた時も、道路を横切る猿の軍団を偶然見ました。どうやら猿の社会も不景気なようです。
2012年08月15日
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本日の夕食はスパゲッティ(玉葱入り)さて、私が少年だった1960年代から70年代初頭にかけての頃今時期になると決まって怪談や心霊現象にまつわるテレビ番組、もしくは巷でも子供が夜に集まると、そういう話になったものです。両親などは田舎出身ですので人魂を見たとか、狸や狐にばかされたなどという話をよくしてくれたものですが、中でも祖母は狐や狸が本当に人を化かすのだと毎日のように話して聞かせてくれました。狸や狐は人を化かすとき、女性の姿に化けたり言葉を話したりするそうなのです。特に狐などは油揚げが大好物で、それを買って帰る人を畦道で狙うそうなのです。綺麗な女の人がキセルでタバコをふかして「こんばんわ」と挨拶するのだそうです。それに見とれてボーっとしている内に、手に持っていた油揚げをサッとくわえて逃げていくというのです。狸などは椿の甘い蜜が好物だそうで、家主の名前を玄関から呼んで気をそらしている間に庭の椿を舐めるのだそうです。とても夢のある話じゃありませんか^^
2012年08月12日
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