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よく「公序良俗」という言葉を聞く。「公序良俗」とは、「公の秩序と善良の風俗」 ということ。英語では、"public order and standards of decency"と言うそうだ。 "decency" とは、「言葉使い・行動などの礼儀正しさ・上品さ」ということ。こんな表現がある。He doesn't have the (enough) decency to say he's sorry.―彼は、「すみません」と言えないほどの礼儀知らずだ。 犯罪なども、「なぜ犯罪が違法か。それは実質的には、公序良俗に反することによるからである」(広辞苑)との説明がある。 要するに、人の社会を正しく成り立たせるために、人々が定めた規範が「公序良俗」というものなのだ。だから、犯罪などにも「公序良俗違反容疑」という名のものがある。 人間は、もとはと言えば、動物なので、理性が働かなくなると、こうした「公序良俗」という決まりからズレた者も出てくるんだろう。 なぜ私がこんなことを書いているか、というと...先日、私の日記のコメント欄に、明らかに「公序良俗違反」に値するような内容が、5件も、書き連ねてあったからだ。 内容は、私の日記と何ら関係のないこと。目を覆いたくなるような下卑た言葉の羅列。イタズラで、やったにしても、ひどすぎるので、即座に削除してしまった。なぜこんなイタズラを...と思う。しかし、ブログというのはどんな人でも見ることができる。中には、ズレた人物もいるんだろう。 いずれにせよ、私のサイトやブログは、「公序良俗違反」を目的としたものではないので、見当違いもはなはだしいと思った。今後、「公序良俗」に反する書き込みは一切止めて欲しいし、もしまたこのようなことがあれば削除します!―今のところは、こう言うしかないようだ。
September 30, 2005
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今日、講談社からやっと、小泉八雲の『耳なし芳一・雪女』が届いた。書店に行けば、あるかもしれないが、ここ3年ほど、本やゲームやダイエット?食品など、買い物はネットで済ますことが多い。 これは講談社の「青い鳥文庫」で、小学上級からのを買った。代引きや送料などを考えると、ネットで物を買うには、郵便振替が一番安い。ほんの650円ほどの本が、700円程度で済む。 息子が、最近の流行で、仕方がないけれど、「本を読む」という習慣が身についていない。学校・宿題以外は、ゲームに浸っている。私が10歳の頃は、とにかく読書が楽しくって仕方がなかった。読書で、どんどん漢字を覚えていった。だから、小学校時代の私の唯一の「ホッと」できる時間は、「国語」だった。 息子は、夏休みの読書感想文に、やはり「講談社・青い鳥文庫」の『注文の多い料理店』を選んだ。そこで、子供の読書熱をあおりたい一心で、さりげなく、「何か他に欲しい本、ある?買ってあげるから」と言うと、怖い話が好きな息子は、迷わず『耳なし芳一・雪女』を選んだ。 本が届くと、最初から読まずに、面白そうな所を探す。彼の場合、それは『ろくろ首』だった。 ―もとは剛のさむらいだった僧侶の回竜が、旅の途中、山奥に踏み込んで、野宿をすることになる。そこを通りかかった、ひとりの木こり。「私の家は草葺のあばら家ではございますが、お坊様の夜露はしのげましょう。ぜひ、おいで下さい」 今で言えば山梨県の山中。化け物が多く出没する、とは聞いていたが、回竜は、親切で礼儀正しい木こりの家に、一晩世話になることにする。 木こりの家には他に4人の男女がいた。みな礼儀正しい、丁寧な、洗練された物腰。とてもこんな山上のあばら家に相応しくない。そこで、回竜は、「あなたがたは、もしや、もとは立派な家柄の出ではございませんか」と問う。 そこで、「主」(あるじ)と呼ばれている木こりが、笑って答える。「いかにも。私どもは、もとは名の知られた名家でございましたが、私が若い頃、女や酒におぼれ、また、あまの戦で多くの人を殺めたのでございます。そこで家は没落し、このような山中のあばら家で、人の目を忍んで暮らす身となりました。家の再興を願う気持ちもございますが、それも叶わず、ただこの上は、戦で死なせた人々の魂を毎晩、とむらうだけでございます」 この心がけに感心した回竜は、この主が天国で幸せになれるよう、お経を唱えてあげようと言う。そうして、行燈の灯りをたよりに、夜が更けるまでお経を読んでいた。だが、窓の外の滝の音を聞いているうちに、のどが渇いてきた。 「このふすまの隣は広間で、家人が5人、就寝中だ。こっそり広間を抜けて外に出れば、水のみ場があったな。そこでのどをうるおすとするか」 そこで、回竜はそ~っとふすまを開けて、広間を通り過ぎようとした。その瞬間。月明かりに照らされた、家人の寝床が浮かび上がった。見ると、なんと!5人とも首がない! しかし、肝の座った回竜は、一瞬ぎょっとしたものの、考え直した。「はは~ん。こいつは、ろくろ首の屋敷に招きこまれたか。中国の書物では、首がどこかにさ迷っている間に、主の胴体をよそに移してしまえば、二度と首は、胴体にくっつくことはないそうだ。おまけに、戻ってきた首は、3回、地上に、鞠のようにはねた後、死ぬらしい。一度、試してみよう」 こう考えて、主の胴体を窓から谷底に投げ落としてしまう。それから、あばら家の裏の、杉林の中に身を潜める。そこに見たものは、なんと、飛び交う5つの首だった...! ここまでと、このあと、回竜が、次々と襲いかかる5つのろくろ首を、そばにあった若枝で、刀よろしく、はったはったと退治する場面は、とても迫力がある。結局、主の首だけが、僧侶の袈裟のたもとに喰らいついたまま、死んでぶら下がるのだが、息子はよっぽど面白かったらしく、ふだんはやらない音読を、私にしてくれた。 ところで、この小泉八雲の『怪談集』は、英文で書かれてある。恐ろしい内容や、世にも不思議な話を、美しい英文で書かれてあるところがこの作家の優れた点のひとつと思う。 八雲は、よく知られているように、日本に帰化する前は、「ラフカディオ・ハーン」という名前だった。正式には、「パトリック・ラフカディオ・ハーン」だそうだ。1850年に生まれ、1904年に亡くなった。「ラフカディオ」という名は、地中海に浮かぶ「レフカス島」からとった名前らしい。 ラフカディオは、ギリシャ人の母と、アイルランド人のチャールズ・ハーンというアイルランド系の軍医との間に生まれる。母親はカトリック系の古いギリシャ正教徒だが、父方の実家は、プロテスタント(新教徒)であって、アイルランド社会になじめなかった。 のちに父と母は離婚し、母はギリシャに帰り、故郷の島の男と再婚。父の死後、ラフカディオは、祖母の妹サラ・ブレナンに引き取られるが、ブレナン家も没落してしまう。 それから、ラフカディオの放浪の旅が始まった。彼の社会での出発点は、アメリカの新聞記者だった。フランス語に秀でるなど、文章の才能が豊かだったので、世界中を旅しては、紀行文を寄せる。そうして、最後に辿り着いたのが、「神々の国 日本」だった。 アイルランドで、宗教にもまれて、決して幸せではなかったハーンは、日本という国が、実に多彩な神々を崇めている、そのことに、人間の穢れのない純粋な心を見出したのだという。 また、日本が明治維新以後、西洋をお手本にして、近代化を急ぐ中、ハーンは、西洋人でありながらも、日本の民間の古い文化・伝承に興味を深めていった。この対比はとても興味が深い。 人間というのは、自分の姿がよく分からないのだ。違う人、特に異なった文化を持つ人によって、その良さや特質を発見してもらうことが多い。今でも、日本を訪れる欧米の人の方が、日本の古い文化に非常に興味をもち、とうとう日本名まで作り、帰化するケースが多い。 ハーンは、そのような欧米人の走りだったのではないだろうか。ともかくも、日本に馴染み、日本人の心を「民間伝承」という形で書き綴った、彼の業績は素晴らしいものだと思う。目がもっと、良くなれば、ハーンに関する本を更に、読んでみたいものだ、と感じた。
September 29, 2005
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この間、もう一度『ハリーポッターと秘密の部屋』を観た。この中に、ハリー役のダニエル君の直筆を見ることができる場面がある。 ハリーが、ホグワーツの中に「秘密の部屋」という、先生方も恐れる部屋があることを知る。その中には、謎の怪物バジリスクという、蛇のような恐竜のようなものが棲んでいる。たまたま、ハリーが一人で学校の回廊(撮影場所は「グロスター大聖堂」)を歩いていると、奇妙な声が聞こえる。 「殺す...血の臭いがする...殺してやる...引き裂いてやる...」 これは学校の壁の中にある配管を、バジリスクがうごめきながら、発している声なのだが、これはハリー以外には、誰も聞くことができない。 ハリーは「パーセル・マウス」という、蛇と話せる特殊な能力の持ち主だからだ。ハリーは赤ん坊の時、天敵ともいえるヴォルデモートという邪悪な魔法使いによって、額に「伝説的な」稲妻の傷を負った。その時、ヴォルデモートは意図せずに、自分の力の一部を、ハリーに与えてしまった。 だから、ハリーは「パーセル・タング」(蛇語)を、自分でも意識せずに話すことができるし、また、蛇の言葉を聞くことができる。 自分でも知らなかった特殊能力や、次々と3人の「マグル(=人間)」の血を引いた生徒たちが石にさせられる、という怪事件によって、ハリーは「秘密の部屋」について、更に詳しく知りたいと思う。 ハリーは、そんな時、たまたま、トイレで、誰かの日記を拾う。その日記には、Diary と書かれてあるのに、1頁も何も書かれていないという、奇妙な日記だった。 ある晩、ランタンの灯りを頼りに、その日記に、羽ペンで、インクを垂らしてみる。すると、インクは日記のページに吸い込まれるようにして、消えてしまう。不思議に思ったハリーは、そこで、自分の名前を日記に書いてみる... ここで、初めて、ダニエル君の文字を見ることができるのだが、まだ12歳なので、とても分かりやすい、丸っこい字なのだった。 My name is Harry Potter. ハリーが自己紹介をしても、その文字はすべて、日記のページに吸い込まれて消えてしまう。それに対して、50年前の「日記の中の記憶」である16歳のトム・リドル(実はヴォルデモート)が、もっと大人びた文字で、返事を返す。(というか、返事の文字が浮かび、また消える。) Hello, Harry Potter. My name is Tom Marbolo Riddle. そこでハリーの次の質問。 Can you tell me anything about the Chamber of Secret?―「秘密の部屋について、何か教えてくれますか?」 再び浮かんできた答えは "No." だったので、ハリーはがっかりするが、次の瞬間、またトムからの返事が浮かび上がる。 But I can show you. Let me take you back to fifity years ago.―「しかし見せることはできます。あなたを50年前にお連れしましょう」 この日記のやりとりで、ハリーは50年前のホグワーツへと、日記の中から発せられる強力な光に吸い込まれて、過去へと連れて行かれるのだった。 私はこのストーリーも魅力的だけれども、ふっと、ダニエル君の可愛い文字を見ていて、「もしファンレターを書いて、返事がもらえたら、一生の宝物にしたいわぁ~」と思ってしまった。 このサイトの「お気に入り」に入れてある、「Pottermania」をいうサイトでは、ファンレターの宛先が掲載されている。熱心に書けば、ダニエル君他、エマ・ワトソン(ハーマイオニ役)など、他の俳優からも、早くて1~2ヶ月で、お返事がもらえるそうだ。 あるファンに届いたエマ・ワトソンのお返事には、タイプで打った手紙と、自分の写真2枚、あとダニエル君と、ルパート君(ロン役)3人で写った写真に、それぞれの肉筆のサインが書かれたものが同封されてあったそうだ。 ちなみに、ダニエル君へのファンレター宛先は、次の2通り。 To Mr.Daniel Radcliffe●c/o ARG Talent 4 Great Portland Street London W1W 8PA United Kingdom●c/o Harry Potter Productions Leavesden Studios P.O. Box 3000 Leavesden Hertfordshire. WD25 7LT. United Kingdom ダニエル君のお父様によると、このどちらに送ってもいいそう。それ以外に送付した場合は、返事に時間がかかります、とのこと。 ぜひ送ってみて、お返事がもらえたら、すご~く嬉しいだろうなあ♪しかし、ダニエル君は今をときめく、全世界に名を知られた少年俳優。なかなか忙しくって、もらえないんじゃないか?だとしたら、あのとってもキュートなエマちゃんでも、いい!ぜひもらいたいものです★
September 28, 2005
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長い夏休みが終わり、今日は後期の初日。昨夜は心して、12時に就寝したので、午前6時には起きることができた。なぜかいつも、初日は少し緊張する。もう15年も教壇に立っているのに。 後期は、教えるクラスは1回生の Low-Intermediate (基本レベル)クラスが2クラス。去年は、態度が最高に悪くて、ほとほと手を焼いたけれど、今年はみんな、おとなしい。でも、最初の授業では、教科書を買ってきていない学生がほとんど。 仕方ないので、事前に用意していた、教科書のコピーと、授業の流れを説明した「計画書」を配布。私がいつも、また時折、授業で強調するのは、「予習」と「授業中でも、躊躇なく辞書を引く」、また「自分なりの『英語表現集』を大学ノートにまとめる」―この3つ。 なぜこれらを強調するかというと、この3つを実践しない学生がほとんどだからだ。特に、「自分だけの『英語表現集』ノート」は、とても大切だと思う。 単なる「英語⇒日本語の意味」に留まらず、その単語を使った文例を、少なくとも3つから5つはノートに書いておく。そのために、おおぶりの大学ノートが必要なのだ。こうして書いて整理しておけば、必ず、その単語は頭の隅に入る。また、どんなタイミングでその単語を使うか、英文の構造も自然に身についていく。 そして、また、学習した単語を「忘れる」ことを、恐れてはいけない、とも強調するのが常だ。「人間は忘却の動物」なのだから、忘れたって、当たり前。忘れたら、何度でも、手作りの『英語表現集』を見直せば良いのだから。 ところで、後期で使うテキストは、去年も使ったものだ。久しぶりに読んでみると、内容は Pre-Intermediate 「準中級」なので、英文は平易である。 しかし、この内容を「会話」でスラスラと話せるか?そう思うと、「これはけっこう、練習がいるぞ」と感じた。 第1回目なので、「授業計画」や「学習上の注意」「評価基準」などを説明したため、テキスト本文は、最初のユニットの第一Paragraph (段落)を読むだけで終わってしまった。 最初の Paragraph は、こういう英文だ。 TRAVEL AGENTS Most travelers ask a travel agent to plan their trip for them. Your travel agent may get you a good price if you plan your trip in advance. This is because airlines, hotels and rental-car agencies offer low prices to people who reserve early. You also pay less if you avoid vacation times (such as summer, Christmas, New Year, Thanksgiving, etc.). During these peak seasons many people are traveling and companies charge higer prices. On the other hand, during the off-seasons, fewer people are traveling. Airlines reduce the cost of their tickets, hotels offer cheap rooms and car-rental companies provide special deals. If you are a good planner and can travel out of season, you will be able to travel cheaply. 文中で、赤字で示した単語をよく理解した上で、英文を黙読。次に意味がつかめたら、声に出して音読。それからテープを何回も聴いてみる。頭に入ったな、と思ったら、今度は覚えている部分を声に出してみる。 この繰り返しで、「単なる挨拶に終わらない英語を話す力がつく」のではないか、と、久しぶりに大学のテキストを見て、実感した。 この段落の要点は、こうだ。「オフ・シーズンに旅行代理店に頼めば、割安の価格で旅行ができる。夏休みや年末年始はピーク・シーズンなので、旅行代金が高くつく。この時期を外せば、航空会社も、ホテルも、レンタルカー会社も、料金を割り引いてくれる。それが上手な旅行の計画法だろう」 ちなみに、学生用のテキストには、テープがついてこない。だから、私は毎年、希望する学生に、120分のテープを持参させて、ダビングをして渡すことにしている。やはり英語の学習にはリスニングは欠かせないからだ。今年は、何名の学生が申し出てくるだろうか。
September 27, 2005
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明日は大学の後期の最初の日。長い夏休みがあったというのに、やっと昨日、講義1回目に使うプリントの原稿が仕上がった。それで、ギリギリになって、町のスーパーで、人数分コピーをする羽目になった。 自分でも信じられない。どうして、こう準備が遅いんだろう。夏休みが2ヶ月もあるということで、甘えているんだな、きっと。とにかくコピーは今日、絶対しなければ。明日は朝6時半に家を出て、8時45分には大学に着いていないといけない。それからコピーしていたら、間に合わない。 最近はお買い物や外出には、子供を連れて行く。一緒に出かける時、近頃出来たたこ焼き屋さんで、たこ焼きを食べる。それから、お昼ご飯の代わりに、近頃発見した「讃岐うどん」のお店で食事をする。それが私も、子供もとても楽しみにしている。 たこ焼き屋さんは、以前は別の人がトラックで、マンションの公園近くまで来て、商売をしていた。それで、買い物帰りなど、そのたこ焼き屋さんを見つけると、息子が必ず走っていって、買うのが楽しみだった。 「ここのたこ焼き屋さんはさ、最高においしいよね!」 そう言って、息子は「たこせん」も1枚買っていた。「たこせん」というのは、大きなおせんべいの中に、たこ焼きが入っているもの。これも、とてもおいしかった。 でも、トラックのたこ焼き屋さんは、マンションの管理人さんに、なぜか商売を禁止されて、もう来なくなった。がっかりしたけれど、代わりに、お買い物センターに、たこ焼き屋さんのお店ができた。それでも、子供は「トラックのお店の方がおいしかったね」と言っている。 「讃岐うどん」のお店は、長い間、お買い物センターにあったのだが、小さくて目立たない入り口なので、気がつかなかった。以前、息子が風邪を引いて、お腹をこわしていた。だから「うどん屋さんって、ない?」と探していたら、薬局の人が教えてくれたのだった。 今ではこの「讃岐うどん」のお店が、息子の最高のお気に入り。 「ここのうどんって、もう最高においしいよね~!」 中は、こじんまりとして、木造のお店。鬼やお多福のお面が、カウンターの上に飾ってある。全体に「和風」だ、と息子が言う。おつゆの味が最高においしい。「北海道の昆布をだしに使っています」という説明が、壁に風流な筆書きで、かけてある。 私はよく、ヨーロッパの宮殿などをテレビで見て、「素敵ねえ」と思う。けれど、ベッドとか、ソファーや椅子などを見ると、豪華すぎて、かえってくつろげない感じがする。やっぱり木の香りのする家や、お店にはホッとする。そこらへんが、日本人だからかな、と思う。
September 26, 2005
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今日は、珍しく新聞の番組表を見た。ふだんはテレビの画像を見ると、目が疲れる。ずいぶん長い間、「テレビ番組」というものから遠ざかっていた。けれども、今夜は久しぶりにテレビを見た。それは、「プロジェリア」という難病に冒された少女の話だった。 カナダ人のアシュリーは、今年の5月で14歳になった。彼女は生後3ヶ月の頃から、「プロジェリア」にかかった。その病気は、私が今までに聞いたことも、見たことも、想像したこともない病気だった。それは、通常の人の10倍のスピードで老化していくという病気である。 遺伝子病だというが、未だに原因不明だそうだ。世界中に30人ほどしか患者はいない。800万人に一人の運命。日本にも、二人ほど症例が報告されたらしいが、はっきりしない。患者の平均寿命は13歳。アシュリーは、その平均寿命を超えた。心は14歳の少女なのだが、肉体はもう100歳以上なのだ。 この病気は共通して、はっきりとした特徴がある。髪や眉毛、睫毛が抜ける。頬がげっそりとこけ落ちる。鼻が細くとがり、鳥のくちばしのようになる。頭部だけが大きくなり、骨が硬化するために、身長が伸びなくなる。主な症状は、動脈硬化による心筋梗塞、脳梗塞などで、それが死因にもなるということだ。 大半の患者は7歳ほどで亡くなる。アシュリーは、生まれた時は、大きな青い目に金髪の、とっても愛らしい赤ちゃんだった。お母さんのロリーは黒髪に黒い瞳の、とても美しい人。でもわが子が生後3ヶ月を過ぎる頃、急に頬がこけ、髪が抜け始める異変に気づいた、という。慌てて病院に行くと、医師にこう言われたそうだ。 「お嬢さんは、プロジェリアです。普通の人の10倍のスピードで老化していく病気です。治療法は、残念ながら、まったくありません。お引取り下さい」と― アシュリーが1歳になる頃、ロリーの夫は、「こんな恐ろしい運命を背負った娘と暮らしていく現実に、耐えられない」と言って、彼女と別れてしまった。ロリーはまだ18歳だった。厳しい両親に反抗して、何度も家出を繰り返していた彼女は、この時、数年ぶりに、親のもとを訪れた。老人のように変貌していく赤ん坊を抱いて... 「お母さん、私はどうしたらいいの。私の産んだ娘がこんな運命を背負っているなんて...この現実と、どうやって向き合えばいいの?」 このことがきっかけで、ロリーと母親は、和解したという。孫のアシュリーのために、娘を精神的に支える決心をしたという。 ロリーは17歳でアシュリーを産んだので、アシュリーにはひいおばあちゃんもいる。その曾祖母よりも、14歳になったアシュリーは年老いて見える。でも、心は普通の14歳の少女そのもの。ピアスをしたり、好きな男の子とパソコンでメールやチャットをしたり... 私が驚いたのは、こんな辛い現実にあっても、お母さんのロリーが微笑みながら、アシュリーとの毎日を送っている、ということだった。毎朝、普通に「おはよう。よく眠れた?」と声をかけるロリー。その日1日だけでも、アシュリーにとっては、1ヶ月の時間が過ぎていってしまう。それを十分理解しながらも、親子ふたりして、愛し合って、大切に1日を過ごしている。 「普通の親なら、子供の将来の姿を思い浮かべるでしょう。でも、私にはそれができないの。それなら、せめて、今、アシュリーがしたいと願うことをさせてやりたいのよ」 アシュリー自身も、自分がもう長くはないことを知っている。だから、ロリーに、"I'm ready to die." 「死ぬ準備はいつでもできてるわ」と言うのだそうだ。それが日常。そういう日々を積み重ねて、ロリーは娘を大事に育ててきた。 アシュリーが小学校を卒業する日が近づいた時、ロリーはアシュリーの小さな体を抱き上げて、カーペットに寝転びながら、「今度は中学生ね!もう小学生じゃ、ないのね~!あなたが、中学生になるのね~!中学生よ~!」と嬉しそうに、愛おしそうに微笑んでいた。その笑顔が素晴らしく素敵で、忘れられない。 「この子が中学生になっても、先は長くはないんだわ」と、もし私がロリーの立場だったら考え込んでしまう。とても笑えない。でも、ロリーはアシュリーと笑いあい、抱きしめあって、有頂天になっている。アシュリーも、「ママったら、そんなに抱きしめないで。痛いよ」と笑っている。 その二人の姿は感動的だ。「前向きだ」とか「けなげだ」なんて言葉は、この親子にはもはや似つかわしくない。もっと、深いものがある。言葉では言い表せないものが... アシュリーは、中学生になる頃、同じプロジェリアの、米国の少年ジョンと知り合った。二人はパソコンを通じて、毎日のようにメールを交わした。ジョンは、アシュリーに向けて、"I miss u (=you)" 「君に会いたいな」とメールして来てくれる。そこで、アシュリーは、カナダから飛行機に乗って、12時間かけて、彼に会いに行った。 それから二人は度々会っては、お互いの心を打ち明けあった。本当に心から理解しあえる存在が、ジョンだった。ジョンはもう15歳だった。プロジェリア患者としては、最年長だった。 私は、このジョンにも驚いた。自分というものをしっかり持っていて、自己表現も素晴らしい。「人生で大事なのは、長さじゃないんだ。『いかに生きるか』が一番大事なことなんだ。僕の夢は、自分のロックバンドを作ることさ。今、練習中なんだ」と言って、演奏しているところを見せた。その腕前はもうプロ並みだった。 そのジョンも、15歳と半年ほどで、この世を去ってしまった。死因は、心筋梗塞だった。ジョンが亡くなった後、アシュリーはしばらく泣いていた。だがある日、夜空に風船を飛ばした。ジョンへのメッセージを記して... 「あなたは、天国でひとりぼっちじゃないわね。私も、死んだらあなたに会えるもの。そうしたら、また一緒におしゃべりしましょう」 アシュリーは、ジョンの死によって、世界で最年長のプロジェリア患者となった。13歳の春。そんな時、母親のロリーが再婚した。街の教会で知り合った人と。アシュリーに、新しいお父さんができた。アシュリーの病気を十分理解して、一緒にロリーと人生を歩もうと、誓ってくれた人。 この男性も、優れた人だと、私は思った。難病の娘を抱えた女性と結婚することは、なかなか難しいと、尻込みする人が多いのではないだろうか。実際、アシュリーの実の父親さえ、ロリーから去って行ったのだ。そして今年アシュリーは5月で14歳。昨年、ケヴィンという弟も誕生して、一家は4人になった。 こうして、アシュリーにはどんどん新しい日々が流れていく。普通なら、ケヴィンの成長も、お姉さんとして楽しみにしながら暮らすことができる。実際、彼女は弟をあやしたり、離乳食を食べさせたりして、ケヴィンの存在と成長を楽しんでいる。でもそれは、「今」この時を、楽しまなければならないからだ。いつ死が訪れるか分からないアシュリーにとって。 アシュリーは世界中のプロジェリア患者の子供たちに、最年長の患者として、励ましのメッセージを届けたい―そうロリーに話した。そこで、アシュリーがソファーに座り、メッセージを読みながら、語りかける姿を、ロリーがビデオに撮影した。メッセージは、アシュリーが自分で考えて書いた。何度も撮りなおしながら、ようやくビデオが完成した。 「もし、あなたが私のように、プロジェリアで...外に出た時、人からジロジロ見られても...気にしないで。病気なんだからって。苦しい時や、辛い時は、何か楽しいことを考えるの...ペットのこととか。私はハムスターを飼っているの。あとはね...何か人の喜ぶことをしてあげて。人が喜ぶことをするとね、とっても気持ちがいいよ」 人間は誰でも、年老いていく。また、死は誰にも訪れる。それはなぜなのか、分からない。母親のロリーは、アシュリーを「天使」と呼ぶ。 「人間がなぜ年老いて、死ぬのか...それを人間に考えさせるために、神様がアシュリーを、天使として私たちに遣わして下さったんだと思うの」 この番組を見て、実際、何て恐ろしい病気だろうと思った。けれども、この現実を受け止めて、愛情深くアシュリーを育てるロリーの姿は、なんと気高いのだろうと感動した。そのようなロリーに愛されて生きている、アシュリーも幸せなのではないだろうか。 日本には、幼い子供を実の親が虐待するという、酷い事件が多い。そんな中で、難病を抱えたアシュリーは、今生きている、その瞬間瞬間を、宝石のしずくのように大切に育まれている。改めて「人間にとって、本当の幸せとは何だろうか」...と考えさせられる番組だった。
September 25, 2005
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昨日は運動会で、主役の息子は今日から花の3連休。私が運動会で走ったわけでもないのに、ビデオ撮影で走り回ったせい?何だか疲れを感じている。 疲れていなかったら、「キッズプラザ大阪」に行こうか...って約束していたんだけれど。 「今日は疲れちゃった」と言うと、「じゃあ、その代わりにビデオを一緒に観よう」と言ってくれる。『ハリーポッターとアズガバンの囚人』を、きちんと最初から観ていなかったので、それを観ることにした。 この映画では、魔法界の牢獄「アズガバン」から脱走した、シリウス・ブラックが登場。シリウスは、昔、ヴォルデモートに味方して、ハリーの両親を死に追いやった殺人犯と疑われている。 でも、ハリーの両親を裏切ったのは、シリウスとは違う「ねずみ男」のペティグリューという魔法使いだった。シリウスは、本当は心優しい魔法使いで、ハリーの名付け親でもあったことも分かる。 この映画の好きな所は、「狼男」に変身するけれども、普通はとっても優しいルーピン先生が登場する場面。ルーピン先生も、シリウス・ブラックも、昔、ハリーの両親の親友だった。両親を知らないハリーに、ルーピン先生が、「ハリー...君の目はお母さんそっくりだね。君のお母さんは、人の美点をよく見抜くことのできる、素晴らしい女性だったんだよ」という場面がいい。 この時、ハリーも微笑んで、母親リリーのことを思い浮かべている。その表情が素敵。ハリーは、母親を深く愛しているので、リリーの悪口を言う叔母さんに腹を立てて、激しく怒りをぶつける。ふだんはおとなしいハリーが激怒する場面が、この3作目の最初に出てくる。 ハリーは魔法使いだから、怒ったりすると、杖を使わなくても、魔法が自然と憎悪となって、叔母さんを襲う。それで、叔母さんがあらあら~っと言う間に、風船みたいに丸く膨れて、空高く浮いていってしまう場面に笑ってしまった。 それから、ハリーを初めてホグワーツ魔法学校から迎えに来てくれた、森番のハグリッドが、「魔法生物」の先生に昇格する。ハグリッドは、ハリーに、「バックビーク」という、馬に翼が生えたような、大きな鳥のような獣との挨拶のしかたを教える。そのあと、ハリーが、生徒の中では一番に、バックビークの背に乗せてもらって、自由に空を飛ぶ場面が大好き。 ここの音楽がとても美しくて、何回聴いてもうっとりしてしまう。全体的に、『ハリーポッター』の音楽は素晴らしいので、サントラ盤CD にもなっているそうだ。 いつもだったら、全部終わりまで観るのだけど、何か昨日からの疲れが取れないようで、途中まで観て、クタクタになってしまった。 ほんの3年ほど前までは、「DVD って何?」という調子だったんだけど...人間の生活って、意外と新しいものに適応できるようになっているみたい。今じゃ、「DVD って楽しいなあ~」の毎日なんだから、不思議?!
September 24, 2005
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今日は運動会。新学期の始まった翌日から、毎日練習が3時半から4時過ぎまであった。息子は5年生で、高学年ということで、ただ競技を行うだけでなく、低学年の子のリレーの順位をつけたり、「ヨーイ、ドン!」と先生がピストルを撃つ時の補助(ピストルに弾を詰めていくなど)といった仕事がいろいろとあった。 それを「演技補助」と言うのだそうだ。これを子供は気にしていて、「演技補助、うまくやれるかなあ~ああ、心配」と言っていた。それに「運動会の花」である「組体操」で、逆立ちや側転が上手くできないとかこぼしていた。 「先生がね、『本番で失敗は、人に笑われるから絶対にダメだぞ』なんて言うんだよ。組体操で、一人だけ転んじゃったら、やっぱり目立つよね...ねえ」と、あれこれ心配していた。 私は、子供たちになぜ「失敗は笑われるからダメ」なんて言うんだろう、と驚いたし、正直腹が立った。 先生だったら、「失敗は誰にでもあることだから、気にしないで頑張ろうね」と言う方が、子供の前向きな気持ちを引き出すんじゃないか。 そう思って、息子に「あのね、ひとりくらい転んでも、そんなに周りの人は気にしないものなのよ。それより、『頑張っているんだな』って、感心するわよ。オリンピックの選手だって、失敗するじゃない。でもママは、ああいうのを見るとね、『この人も努力しているんだなあ、偉いなあ』って、その失敗を笑うどころか、感心しちゃうよ」と言って、励ましていた。 ところが、運動会当日、朝9時から始まるのに、昨夜よく眠れなかった私は、午前中の競技を見に行ってやれなかった。午前中は、5年生は、竹の棒を赤と白で引っ張り合う「竹取物語」と、「リレー」があった。その二つが見れなかった。 とっても残念だったし、息子に悪いことをしたなあと、反省しきり。運動会で頑張るのは、やっぱり家族に見てもらって、応援してもらうことがあってこそ、頑張ることができるのに。子供の気持ちになって考えてみると、本当にズキーンとする。去年の運動会は、目の調子が全く悪く、おじいちゃんとおばあちゃんが代理で見に行った。今年は絶対、と思っていたのに... そこで、お昼から大急ぎでビデオカメラとデジカメをバッグに詰め込んで、小学校(家から徒歩10分!の近さ)に駆けつけた。5年生の競技は、あとは、プログラム一番最後の「組体操」だけ。これは精一杯、張り切って撮影した。 すごく広々とした運動場なので、あらかじめ、5年生の席で息子を見つけて、運動場のどこら辺で演技するのか聞いておいた。ところが、演技が美しい音楽とともに始まると、息子の姿がさっぱり分からない。「仕方ないか...朝日新聞の『ののちゃん』(4コマ漫画)にも書いてあったもんなあ。ののちゃんのお母さんとおばあちゃんがこう言ってたな。『明日はのの子の運動会やで。頑張ってカメラ撮らなアカンで~』『そやかて、運動会ってのは、いつも、のの子はどこや、のの子はどこや、で終わってしまうねん』って...」 息子から、それでも、「組体操の音楽はばっちり撮っててね。すごくかっこいい音楽だから」と言われていたので、グラウンド全体を撮るようなつもりで、最初は撮影していた。 それでも、「うちの子はどこかな~」と思いながら、角度を変えたりしながら、歩き回って撮影したので、だんだんくたびれてきた。おまけに毎年、こんな山の上の小学校なのに、運動会の日だけ、真夏のようにカンカン照り。やっと、苦労の甲斐あって、子供の姿を見つけることができた。 なんだかこういう時は、宝くじに当たったかのような喜びなのだ(宝くじに当たったことは生まれてから一度もないが...)。「この場所を押さえたら、こっちのものよ~」あとは、どんどん撮り捲り。アップにしたり、オーバーラップにしたり。「あ~やっと、運動会の使命を果たせたよぉ~」という感じ。演技が終わった後、5,6年生はなぜか「入場門」から「退場」?していったが、それもばっちりカメラに収めた。そのあと、息子の席に走っていって、コカコーラを飲ませた。律儀な息子は、「運動会でコカコーラ、いいのかな。お茶じゃなきゃ」なんて心配する。「だって今、お茶ないもん。それに、のど、渇いたでしょっ?」 家に帰ると、早速「ねえ、組体操のビデオ見せて」と来た。それを見せながら、午前中行ってやれなかったことをまた反省してしまう。「ねえ、ごめんね。ホントにごめん。リレーとか、頑張ったのにねぇ...来年は最後だから、ちゃんと午前中から来るよ、きっとね」と言うと、息子は「ん~...まあいいってことよ」「え?」「だから、気にしなくってもいいって、いいって」などと言う。 ついこの間までは低学年で、「高学年のお兄ちゃんになったら、組体操だよね」と言っていたのに、いつの間にか1,2年生は息子よりも小さく見えるようになってしまった。何だか名残惜しいな。あとこの子が3年間くらい、小学生だったらなあ...なんて、無理なことを考えたり。それにしても日々、成長しているなあ...精神的にも。子供の成長って、かけがえのないものです、ハイ。
September 23, 2005
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よく「英語は勉強するな」と言われるけれども、それは「会話が苦手で...」と尻込みする人への激励の言葉なのかも知れない、と最近ふと思った。Englishtown のキャッチフレーズにさえ、"Stop studying! Start speaking!"とある。でも Englishtown では、文法の基本を確認すること、分からない語彙は辞書で調べること、表現を豊かにすることを奨励している。だからキャッチフレーズと矛盾している。そこで、"Stop studying!" というのは、「辞書や文法だけの英語では、話せるようにならない」ということを伝えようとしているんだろう。「ある程度、知識を蓄えたら、あとはどんどん話そう」という意味なのかも知れない。 つい先日参加した会話クラスでは、「予期せぬ状況」というのがテーマだった。そこでよく使う文型は、「仮定法」だった。案外、この仮定法は難しいものとされている。「もし...だったら、...するだろう」この表現を英語で話す練習が十分でなかった私は、発音は誉められたものの、「仮定法」をきちんと復習しないとダメだな...と勉強不足を痛感した。 そこで、手元にいつも置いてある英文法の参考書(旺文社刊:『よくわかる英文法』1973年)をおさらいしてみた。仮定法は3つの種類に分かれる。●現在または近い未来のことを予想する時 ex.) If itis fine tomorrow, we can go on a picnic. ●今叶わない願望を話したい時 ex.) If I were rich, I could travel all around the world./ If I were younger than now, I would try to study at college once more./ If he gave up smoking, he might soon be well again./ I wish it were true.●過去の出来事を悔やむ時If I had been with you then, you would not have done such a ridiculous thing!「もし僕があの時君のそばにいたら、君だってあんな馬鹿げたことはしなかっただろうに!」 この中で、手を焼くのは3番目の表現かも知れない。でも主に会話クラスで取り上げたのは、2番目の表現だった。「今叶わない願望」―例えばこんな質問があった。"What would you do if you had a large amount of money?"「もし大金持ちだったら、どうしますか?」私の答えはこうだった。"Oh, if I had a large amount of money, I would quit my current job and save those money!"「お金持ちなら、今の仕事をすぐ止めて、貯金をします!」でも、あとでこう付け足せば良かった。"I would quit my current job immediately, save those money, and start working from home using my computer, that is to say, SOHO!" 「大学での仕事はすぐに止めて、いわゆるSOHO という自宅勤務を始めたい」と言えば良かった、というか、後になって言うべき内容が膨らんでくる。そういう時は惜しかったな、と思う。 Englishtown で「会話クラス」に参加するようになって、それまでインストールはしていたものの、あまり使わなかった朝日出版社の電子辞書『E-DIC』に関心が高まった。この辞書には「会話作文英語表現辞典」「対話例 最新和英口語辞典」「アメリカ口語辞典」「現代用語例文集」などが搭載されている。その中でも、今私が役に立つなあと思うのは、最初のふたつ。 まず「会話作文表現辞典」で、if を入力して検索すると、例文が 488 件ヒットする。多くは「現在や未来を予想する表現」だが、こんな具合だった。1. A house ages more quickly if it's not lived in. 「家を空けておくと、痛むのが早くなる」2. The neighbors are bound to complain if you turn up the TV. 「テレビの音量を上げたら、きっと近所から苦情が出るよ」3. I saw a French movie and it almost made me feel as if I were in Paris. 「フランス映画を観て、まるでパリにいるような気分になったわ」4. I guess that would be correct if (it were) looked at from only one party's point of view. 「一方からだけ見ればそれは正しいんだろう」5. It was a narrow escape, if there hadn't been a life line...「命拾いをしたよ。命綱がなかったら、今頃は...」 また「対話例 最新和英口語辞典」でif を検索すると、1049 件ヒット。こんな具合だった。1. "I get depressed from spending all my time at home indoors working."―"It's bad for you if you don't go out and get some sun once in a while." 「ずーっと家にこもって仕事してるとうんざりだね」「そりゃ外に出て日に当たらないと体に悪いよ」2. "I wonder if I should give some money to show my gratitude."―"That would be rude, wouldn't it?" 「感謝のしるしにお金はどうかな」「そんなことは失礼に当たるんじゃないか?」3. "Can I count on you for tomorrow night?"―"Certainly. I'm prepared to stay up all night if necessary." 「明日の晩は君を当てにしていいんだね?」「もちろんです。徹夜してもいい覚悟ですから」4. "What would you do if you suddenly came into a fortune?"―"It'll never happen, so what's the point of even considering it?" 「もし急に大金が舞い込んだらどうする?」「そんなありえない話をしたって仕方ないじゃないの?」5. "I wonder if I expressed it the wrong way."―"Could be. Just one turn of phrase can change the way a person takes something." 「まずい言い方をしたかもね」「そうだよ。言い方ひとつで人の受け取り方は違うんだから」 このように、気になる表現など、「これは英語ではどういうかな」と思ったら、この辞書を引いてみる。すると実に豊富な文例がぎっしりなので、その中から自分が覚えたい例文をピックアップして、「ユーザー辞書登録」をしておけば、復習に役立つ。「買ったけれど、あまり大した辞書でもなかったような...」と思っていたが、とんでもない思い違いをしていたものだと思う。これで定価3800円なので、損はしないと思う。やはり英語には、ある程度の勉強が欠かせないことを再認識させられてしまった。
September 22, 2005
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毎年、8月になると市役所から手紙が来る。私はいわゆる「女手ひとつ」で子供を育てているWorking Mother なので、「児童扶養手当」を受けることができる。毎年、実生活に何らかの変化がなかったか、「現況報告」をしに来て下さい、という手紙なのだ。(なぜ「女手ひとつ」か?...まあいろいろありまして...) 市役所は電車では途中乗換えがあるが、5つ目の駅を降りてから、15分くらい歩いた所にある。降りた駅は、規模の大きなショッピングセンターがあって、けっこう賑やかで好きな所だ。 おととし来た時は、おいしいラーメン屋さんがあったので、去年、子供を連れて行った時は、そのラーメン屋さんでお昼を食べる約束をしていた。でもなぜか道に迷ったのか、とにかくいっぱいお店があるものだから、お目当てのラーメン屋さんは見つからず、別のラーメン屋さんに入った。子供は歩きつかれて、お店のベンチに横になってしまった。 市役所に行く、というと、まずその賑やかな駅前を思い浮かべて、決して嫌なことではないのだが、いつも真夏の真っ盛りに行かなければならないので、「明日明日」と思っているうちに、8月は終わってしまう。 それで、お詫びの電話を入れると、「9月でもいいですよ」とのこと。今度は「9月7日から21日までに来て下さい」との手紙が来た。 それでも、まだ暑いし、体調が悪かったりして、とうとうギリギリの今日、21日に行くことになった。こんなにギリギリに来る人は私だけなんじゃないか?名前を係の人に覚えられてしまった。(顔も...) いつも遅れて顔を出すくせに、私はずうずうしくも、係の人にこう言った。「この現況報告が、毎年真夏の真っ盛りなので、暑くてなかなか来れないんです。現況報告は、郵送で済ますことはだめなんですか?」 係の人は、市役所でまず住民票をとってもらい、それを提出してもらった上で、現況についていろいろと尋ねることもあるので、やっぱり直接出向いて欲しい、と答えた。 今日は、慌てて出かけたので、印鑑も忘れていた。それなのに、「郵送にして」なんて、あつかましい質問が我ながら飛び出すなあ~と、呆れた。市役所の人も呆れただろうな。 今年は一人で市役所に行ったが、去年までは毎年子供を連れて出かけていた。道すがら、外国風のきれいなレストランがある。(写真がそのレストランです。)まだ低学年だった息子は、とにかく「蝉」に夢中。 「早く帰ろう。おいしいラーメン屋さんに行こうよぉ」と私が誘っても、「ちょっと待って」とレストランの庭でかしましく鳴く蝉を捕まえようと必死になっていたことを思い出す。 暑い夏は外出は嫌だが、大好きなきれいな駅前までの道には、いろんな建物やお店があって、何度も歩いた所。市役所の用事は面倒だけど、これからは「この用事が済んだら、駅前で大好きなラーメンでも食べよう」と考えて、ハンコを忘れずに、頑張って早めに出かけよう。
September 21, 2005
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私の住むマンションは、すごい山奥なので、昼間は結構子供たちの姿が多いが、夕方薄暗くなってくると、人気がなく、しーんとあたりが静かになる。何も考えなければ、どうってことはないが、「何だか不審者でも出没しそうな雰囲気だなあ」と思うと、とても怖い。 おまけに起伏に富んだ山の中を切り開いて造ったので、うっそうと木々が生い茂っている。坂道が多い。そして街灯がとっても少ない。 夜、勤め帰りなど、一人の時は、坂道の向こうから誰かが来る気配がすると、ドキッとする。こんな環境でも、あたりは一戸建てが建ち並ぶ、ニュータウンなのだ。 4年前の夏休みの最初、7月の終わりに、息子を連れて、果敢にも、山の上にはどんな家が建っているのか、探検に行ったことがある。夜、マンションから、山のてっぺんに人家の明かりが見えたからだ。 ややもすれば蛇やスズメバチなどに襲われそうな山の中を、一応階段が続いていたので、どんどん登っていった。それから舗装された道に出たとたん、道の左手にはとてつもない豪邸が建ち並んでいた。 ちょっとやそっとで買える家じゃなかった。普通の人が考える2世帯住宅を3倍にしたほどの規模。「こりゃ~普通の人が住んでるんじゃないよ。会社の社長とか、芸能人か、パイロットとか、宝くじが当たった人とか、それか大泥棒の家だよね」なんて子供に言いながら、珍しいので、ビデオに撮った。この超高級住宅街の入り口には警備員が常駐していて、怪しい人物が豪邸街の方に登っていかないか、目を光らせている。 お金持ちはいいけれど、あんまりすごい家を建てると、不審者が心配なのか、どこもアコムのセキュリティ・システムを玄関に備え付けていた。しかし、不審者というのは、何も大金持ちばかりを狙うわけじゃない。最近は、ごく普通の家庭の子供を狙ったりする。ここ1週間ほどで、3回も小学校からの「不審者のお知らせ」が届いた。 ひとつは、午後4時頃、小学校から用事を済ませて帰る途中の保護者が、不審な車に付け狙われた。また、やはり午後5時頃、女子中学生が帰宅途中に、背後に足音が聞こえるので、振り向くと、若い男に携帯のカメラで写真を撮られた。その2日後、今度は駐輪場で、小学生の児童3人に、いきなり無言でニヤリと笑いながら刃物を突きつけた男が出たらしい。 これら3件とも、被害者は逃げたので、無事だった。去年、奈良で小学生の女の子が新聞配達人に誘拐されて殺害されたが、あれは11月のことだった。秋風が吹くと、不審者が現れるのはなぜだろう。 また、うちのマンションの立体駐車場の2階で、手ぶらの男が、駐車してある車の中をいちいち覗き込んだり、ドアの鍵を開けようとしているのを最近見かけた。家のお手洗いが壊れたので、子供の手を引いて、1階にある共同トイレに行く途中だった。夜の10時半頃。視力が2.5 の息子が見つけたのだった。 「ママ、あそこ、変な人が車の間を歩いてるよ。見える?」私は視力が0.01 なので、遠くがぼやけて、よく見えなかった。「あっ...ほら、今車の中、覗き込んでるよ。車のドアを調べたりしてる...」そういえば、立体駐車場の所々に設置されたライトの灯りで、歩き回っている男の姿が見えてきた。我が家は7階なので、その共用廊下から駐車場を見下ろしていた。 「こんな時間にさ、普通は駐車場をうろうろしないよね。外出から帰って、車を駐車場に止めたら、後はすぐ帰るもんね。あれさ...『車上荒らし』だよ」と私は言った。「何?『車上荒らし』って?」「うっかり車の鍵をかけるのを忘れる人がいるからね、それを狙って、車を開けて、中にあるお財布とかパソコンとか携帯とか、大事な物を盗むんだよ。泥棒なのよ」 そのうち、不審者は駐車場の1階へと降りた。私たちはお手洗いに行くのに、エレベーターに乗って、1階へと降りた。「怖いね...あの変な人と鉢合わせになったらどうしよう」すごく心配だった。1階のエレベーターホールと、立体駐車場とは隣合わせで、行き来は自由。でも幸い、そんな心配は無用だった。 アメリカの例にならって、日本でも性犯罪の前科を持つ不審者の、現在の住居を情報公開しようという動きが一時あった。あれはどうなったんだろうか。小学校でも、相変わらず校門に鍵はかけてないし。 マンションでは、地区全体で、登下校する子供たちの通学路に大人が交代で「立ち当番」をするなどして、「大人が子供を見守っている街」という印象を、不審者に与えようとしている。果たして、このような手段で、不審者は出没しなくなるかどうか。
September 20, 2005
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大学の先生って仕事では、よく「自転車操業」という言葉を使う。あらかじめ、セメスター(学期)の最初に、シラバスといって、その学期でどんな内容で、どんなスケジュールで学習を進めるのか、また学生に対する評価基準なども明記したものを作っておいて、新1回生などに配布する。 そこまではカッコいいんだが、セメスターもあと残り3週間ほどになってくると、既にシラバスの予定はもろくも崩れ去っている。やるはずだったテキストのChapter をこなしてない、やるはずだった小テストは省略。 それでも何とか講義?を続けるために、「あーこのChapter, やりたかったんだけど、やっていたら、中途半端で終わっちゃうし...」そんなわけで、「自転車操業」で、毎日毎晩、あちらこちらのテキストや新聞記事などから時間内に終わるような教材を、自分で作る。そーいうのを、「自転車操業」って、みんな呼んでいる。 私より格が上のプロフェッサーまで、「いやもう、ハッハハハ、自転車操業ですよ、ハハハハハ」なんておっしゃると、ホッとするというか、親しみがこもるというか、いや逆に「同じ自転車操業なら、同じくらいのお給料にしてくれてもいいんじゃな~い?」とイジイジするというか... 前期の最後のあたり、7月になってからは、本当に毎日大変だった。夜中の3時くらいまでプリント作り。起きるのは6時。3時間しか寝ていない。ナポレオン並みの睡眠時間で、片道3時間の大学まで出かける。京都に着いて、大学方面のバス停に、いつもは行くが、そこまで行く気力がもはやない。そこで、「もう650円かかったっていいや」という気になって、タクシーを止める。ラッキーなことに、530円くらいの安いタクシーを拾ったこともある。 タクシーの運転手さんは、話好きが多い。睡眠不足で、クーラーのきいた涼しい車内でウトウトしている私にいろいろ話しかけてくる。私が大学で英語を教えている、と分かると、こんなことを言う人がいた。 「今は観光シーズンですよねえ。修学旅行生とか、あと外人さんも、ようけタクシー乗りはりますワ。外人さんが乗りはると、もうあきませんね。何ゆうてはるのか、さっぱりわからへん、ねえ」 私は、「それでも、有名な観光地に行く外国のお客さんは、同じことを言うんじゃないですか?『金閣寺』とか『清水寺』とか」と言った。 「そうですねえ。まあ、『キンカクジィ』とか、おっしゃってますねえ」「それも、『金閣寺』のあとに『テンプル』つけるでしょ、"Kinkakuji-Temple"って」「ああ、つけますねえ。お寺って分かってるのに、なんでテンプル言うんでしょうかねえ」「あと神社は『シュライン』を最後につけますよね」「え?『スライン』?」「いえ、『シュライン』って」 「はあ~何とか、外人さんと少しは話せるようにならなアカン、思うてるんですがね、英語覚えるの、難しいですワ」「いい方法は、決まり文句を紙に書いて、お宅の目のつく所にいつも貼っておくのが一番ですよ。『どこまで行かれますか?』とか『京都観光はいかがですか?』とか」「ああ~なるほどねえ」 いろいろ話しているうちに、大学の正門を潜り抜け、学部の建物のすぐそばまで乗せてもらった。親切な運転手さんは、大学の正門が見えたあたりで料金のメーターをストップしてくれた。他にもそういう親切をしてくれた運転手さんが何人かいる。学部のそばまで乗せてもらわないと、もうフラフラだったから、本当に助かった。 「この世はもちつもたれつ」って、こんな感じかな?タクシーの運転手さん、どうもありがとうございました。英語頑張って下さい。
September 19, 2005
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昨日外出した時から、ちょっと風邪気味だった。でも今日のEnglishtown のトピックは「お気に入りの本」だったし、週に最低2回、できたら3回は参加しようと思っていたので、夜の8時から45分参加してみた。 今日の先生は女性で、イギリス人。珍しく先生が自分から自己紹介をしてくれて、パソコンの画面上に自分の写真と簡単な紹介文を表示してくれた。金髪で、眼鏡をかけて、30代くらいの先生。ちょっと声がかすれていて、聴き取りにくいところがあった。 最初に、"What genre are there in books?"と質問された。「本のジャンルかあ~」と思っているうちに、他の5人の参加者が、次々と"history, detective story, horror, comic books..." と答えていくので、私は頭を絞りつつ、電子辞書をいじりながら、「え~と他に何があるかなあ...」わたしの順番が来たので、こう答えた。"Well, there are genres such as essay, autobiography, biography, magazines, and newspaper articles." すると先生は驚いて、"What?Newspaper articles? We are talking about BOOKS. Newspaper articles are not books, OK?"とかすれ声で注意した。 あ~そういえば、そうだったぁ。私は「本=読むこと=reading」と、いつの間にか勘違いしていたのだった。こういう風に、生徒に、いろんなイメージを頭の中に引き起こさせるレッスンは、brainstorming と言う。数人の間で思いつくままアイディアを出し合う方法のこと。こうやって、語彙を豊富にさせる、ということらしい。 他の質問はこんな具合。"How often do you read books?" "How many books have you read?" "What kind of books do you read?"などなど。 質問自体は、中学生程度の英語だが、答えるとなると、結構知識を要するんじゃないか?中には「あなたの好きな本の名前と、ストーリーや登場人物、なぜその本が好きなのか理由を話して下さい」というのもあった。 私は風邪気味でだるかったせいか、そりゃ好きな本はゴマンとあるけれど、その本の説明まで話す気分になれなかった。それで、私の答えはこうだった。 "I am really a bookworm, for reading is a wonderful thing and a good relaxation for me. I read books about about three or four times a week, and I have read so many books that I can't count. So I've said just now, I love reading. I've once read Tales of Genji, which was written about one thousand years ago, and is very wonderful story. But since three years ago, I've been suffering from eyestrain, so small fonts in novels make me very exhausted. Reading the Internet news are much better. I'm not tired from reading online news, probably because they are written in bigger fonts, so reading many topics or blogs can be a new style of reading for me." また、「好きな本」に関してはこう答えた。"My eyes are likely to be exhausted, so just looking at the portfolios of old Hollywood stars, such as Audrey Hepburn and Elizabeth Taylor, they are my favorite actresses,... and a scanning the explanations about their works, including their lives, are sometimes a good pastime for me." だいたいの主旨は、こうだった。 「私は本当に『本の虫』(bookworm) なんです。1000年前に書かれた『源氏物語』も読んだことがありますが、素晴らしい物語です。ですが私は、3年前から眼精疲労(eyestrain) を患っているので、小説などの細かい活字は目がすごく疲れます。オンラインニュースなどの方が、活字が大きいので目が疲れません。だから、オンラインでいろんな話題やブログなどを読むのが私にとっては読書の新しいスタイルなんです。また先ほど言いましたように、目が疲れやすいので、昔のハリウッドスターの写真集などを眺めたり、その俳優の作品や生涯に関する説明をざっと眺める(scanning)のが、私にはうってつけの気晴らしです」 最後に、先生は"Now the class is over. Do anyone have question―about today's topics or about me?"と皆に尋ねた。 私は「挙手」のアイコンをクリックして、こう尋ねた。"Excuse me, I have a question. Irene, are you speaking from England now?" すると先生の答えは「いいえ」だった。え?じゃあ東京からでも話しているのかな?なんて思ったとたん、先生は、"I'm speaking from Hungary now."と答えた。 私はびっくりした。なんでイギリス人なのにハンガリーにいるの?こんなことを考えたりするのも、風邪でぼーっとしていたせいだ。日本人だって、世界中、どこにでもいるじゃないか! Englishtown の「ライブレッスン」はインターネットの持つ強みを活かして、世界中の人が英語を勉強できるようなシステムを構築している。だからアメリカ人の先生が、ギリシャやスペインから話していたって、一向に構わないに決まっている。 最後にこのIrene(アイリーン)先生のコメントは?今回は至極あっさりとしていた。"Some very good answers today. Well done." 「今日はとても良い答えができましたね。けっこうでした」 ―先生によって、こんなにもコメントに差があるのかぁ。前回の先生たちはすごい量のコメントだったので、「あら...」と気が抜けた。でも8月から続けている「会話クラス」もこれでやっと8回目。9月からではすでに4回目。もっと1ヶ月以内に8回に到達するよう頑張ろう。
September 18, 2005
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今日は、母と息子と3人で、K市に出かけた。息子に持たせる携帯電話の登録更新が、プリペイドシートを買っても、登録できないので、TU-KA のお店に行ったのだ。 なぜ登録できないかは、長い間、携帯を使わなかったので、登録してあった電話番号が無効になったせいらしい。健康保険証と、NTT西日本の領収証を持参して、あとはTU-KA の店員のお姉さんにお任せ。この店員さんは、最近結婚してモルジブに新婚旅行に行った従姉妹によく似ているので、どこか懐かしかった。 息子と、最近はこの携帯の更新のため、毎週土曜にはK市に出かけている。出かける前に、お腹が空くので、ローソンでおでんを買って、お昼代わりに駅のベンチで食べるのが楽しみ。なんでおでんでも、おにぎりでも、外で食べるとおいしいのかな。 K市は、阪急デパートや西友や、ジャスコや他にも大型ショッピングセンターを2箇所もかかえた大都会だ。私の住んでいる静かな、人気(ひとけ)の少ない山間のベッドタウンとは大違い。当然、空気が悪いなあと感じる。おまけに車の量も多く、バスロータリーも大きい。それなのに、横断歩道はほとんど信号がついてない。危なっかしい街だ。 この街は、駅前は賑やかでいいが、バスに乗れば、あれよあれよと閑静な住宅地へと辿り着く。以前、今の山の上でなく、通勤に便利なこのK市に住もうと考えたことがある。でも、予算内で買えるマンションはなく、ほとんどがエレベーターのないすすけた団地しかなかった。あとはきれいな3000万以上の一戸建て。とても無理だと諦めた。 息子とおでんを食べて、K市に着いて、携帯の用事は無事済んだ。あとは、私の靴を買った。私は指先が上品でないので、あまり靴が合わない。おしゃれな靴も履けない。でも何とか、つま先の柔らかい、黒い靴を買った。 こんなことをしてると、もう時刻が7時過ぎ。息子はK市に来ると、必ずお気に入りのお寿司屋さんに行きたがる。もう今日で3回目。小さなお店なので、お店の人に顔を覚えられてしまったようだ。ひとつのお皿におなじお寿司が2個並んで158円~300円ほど。一番安いのを3皿、200円台のを1皿ずつ注文して、二人でいつもは2100円。今日は母がおごってくれたので、少し違うものも注文して、合計3200円ほど。 外出というのは、本当に気が晴れるのにちょうどいい。今は世界中の人が一日中パソコンの前に座っている。ある人は1日10時間パソコンの前だそうだ。それにメールだけでなくて、ホームページやブログを作る人はゴマンといる。 知り合いの人に、私のHP を紹介したら「よくできますね。ずぼらな僕にはできませんよ」とメールが返ってきた。確かに根気がないとHP 作成なんて、退屈で嫌になるだろう。たまたま私は凝り性なので、HP を作るのが楽しくて、続くんだろう。 でもパソコンを1日中していると、健康に悪い。だから、デジカメを持って、街を探索したり、乗ったことのない路線で知らない街に出かけたりしてみると、案外投稿する記事などやフリーページのアイディアも浮かぶだろう。掲載写真は、夕暮れのK市を撮影したもの。これからは、外出が本当に重要だなぁと、つくづく感じた。
September 17, 2005
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もうすぐ大学の後期が始まる。あと10日なのだけど、準備ができてない。でも大学といえば、思い出すことがある。前期のこと。普通、講師控え室に私は荷物を置いて、休憩したり、簡単な調べ物をする。 教授とは違って、講師なので、自分の荷物はそう多く保管しておく場所はない。教材などを事務の人に印刷してもらったものは、ロッカーみたいな場所にランダムに置かれる。だから、他の講師の先生がどんな教材を用意してあるのか、自由に手に取って見ることができる。 前期の終わり頃、使った辞書を元の場所に置こうとして、ふと変わった教材のプリントが目に入った。それはある少女漫画をコピーしたものだった。学生に渡して授業に使うらしく、資料として、プリントの右上に、肉筆で番号が書かれてある。 今は、各地の大学で、「コンテンツ学部」というのが出来て、そこで「漫画コース」(学科)というのが設置されるようになった。大学で、漫画の描き方のノウハウを、本物の漫画家を教授に迎え、学ぶことができる。これはまだ新しい試みだが、10年以上前だったら、とんでもない考えに違いない。今の大学は、本当に柔軟性に富むようになった。それも少子化の影響なのであって、目新しいコースで、学生を惹きつけようとの大学のサバイバル戦略でもあるらしい。 私が手にとった少女漫画は、作者や作品名が分からなかった。それにどんな先生が、どんな授業を計画して、こういう資料を作成したのか、皆目分からなかった。でも、2頁ほど、眺めていると、作者の意図していることが、何となく掴めて来た。 どうも、テーマは「幼児教育」のようなのだ。 まずは、お砂場で幼稚園ほどの男の子ふたりが砂山を作り、無心に遊ぶ姿を、ふたりの母親が見守っている場面。男の子はひとりは「勇気」君で、もうひとりは「守」?だったかな。勇気君のママは、守君のママにこう言う。「うちの勇気はね、私立に入れようと思っているの。だから塾に通わせているのよ」 守君のママは、内心「すご...」と思いながらも、「そ...そう?でも...子供は伸び伸びと育てた方が...」と答える。 ところが、勇気君のママは「あらダメよ。放っておくと、子供って、それなりに育ってしまうのよ。だから頑張ろう」と微笑んできっぱり。 この「それなりに」という言葉が、守君のママの心に深く突き刺さった。彼女は、息子の手をぎゅーっと握り締めて、つぶやく。「守...私立なんかに入れなくっても、私たち、ダメ人間なんかじゃないからね...頑張ろう」 結局、勇気君一家とは離れたくなったらしく、彼女はよその町に移る。そこでも、勇気君にライバル意識があるのか、彼女もまた、幼い息子を「私立小学校」に入れるために、幼児向け進学塾に通わせている。幼児でも、塾が終わるのは、午後6時か7時頃。守は、塾の入り口に突っ立って、よだれを垂らしながら、ぼけ~っと夜空の星を見つめている。 だいたい、守君は勇気君とは違って、おっとりとしたのんびり屋さんらしい。それが周囲にはあまり、賢くなく見えるらしい。守君のママは、慌てて「守!ごめん!遅くなって!」と迎えに来る。「さ、帰りましょ」と息子の手を引く。「ねえママ...ここからは、小熊座は、見えないね...」 母親は、守と仲良しだった勇気君との仲を引き裂いたような後ろめたさを感じているが、「ここは空気が悪いのよ」と言う。守は急に「ねえ...勇気君、元気かな...」「勇気君のことはもう関係ないの。私たちは、今、勇気君の家から遠く離れた場所にいるのよ」こう言って、母親は息子をせかす。 これらの台詞がしっかりしていることと、絵が繊細な線ながらも、自分のスタイルを持っていること、どこか最近の岩館真理子さんの画風ににていることから、作者は分からないながらも、いっぺんでファンになってしまった。 2ページ目は、守君のおじいちゃんが、守君の妹に、天体望遠鏡を触らせている場面。しかし冒頭で、守の母親(この人が主人公?かもしれない)が、自分の父に呟くシーンがあった。どうもおじいちゃんは、幼い孫息子を塾に行かせていることに、懸念を感じているらしい。それに対する言い訳として、主人公がこう言う。「お父さん...お父さんには私の気持ち、分からないでしょ。私たち姉妹は、学校の成績が良かったものね」 さて、おじいちゃんは守にも天体望遠鏡を使わせたい、と孫娘に言う。すると、その女の子はお兄ちゃんを徹底的に馬鹿にする。「ダメでしゅ!守くんみたいなお馬鹿ちゃんに、望遠鏡が分かるわけ、ないでしゅよ!」 このような娘の家庭を見ながら、祖父はふっと溜息をつき、夜空を見上げる。「なんと我々は満天の星に囲まれていることか。いや...こんな空はモンゴルで見上げた夜空よりはちっぽけなものだ。人間はもっと広い夜空のような心を持てないものか―」 多分、こういう台詞や話の筋からして、「子供にとっての教育」をテーマにした作品だと思う。これを資料に使うということは、多分、教職課程の先生のプリントだったのかも知れない。 後期にも、そのプリントはあるかなあと思う。ぜひ、この少女漫画の作品を通して読みたくなった。でも困ったことに、作者や作品名が全くわからない。どなたか、ご存知の方は、BBS を通じて教えて下さい。
September 16, 2005
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息子が何回となく、一緒に『ハリー・ポッター』の映画を観るうちに、登場人物の名前を覚えてしまった。その中で、「みんな名前には同じようなものが多いね」と言う。「何が共通しているの?」「だって、男の人の名前にはみんな、最後に『-ス』がつくよ」―そうだっけ?息子は紙に覚えた限りの名前を書いて見せた。 その後、『ポッターマニア』というサイトにある『ハリポタ辞典』というコーナーを参照すると、男性の登場人物はこんな具合だった。 Albus Dumbledore アルバス・ダンブルドア:ホグワーツ魔法学校の校長。元は変身術の先生。Argus Filch アーガス・フィルチ:学校の管理人。Rubeus Hagrid ルビウス・ハグリッド:森の番人。Remus Lupin リーマス・ルーピン:「闇の魔術に対する防衛術」の先生。狼男でもある。Severus Snape セブルス・スネイプ:魔法薬の先生。 Seamus Finnigan シェーマス・フィネガン:ハリーと同級のグリフィンドール寮生。Marcus Flint マーカス・フリント:スリザリン寮のキャプテンでハリーより5年上級生。Terence Higgs テレンス・ヒッグズ:スリザリンのシーカー(「クィディッチ」という箒に乗って戦う魔法界のサッカーで、一番得点を狙える選手)。 だいたい、『ハリーポッター』はウェールズ出身の作家J.K.ローリングの作品だし、どこか普通の英語とは違った不思議な響きを持つ人名や、建物の名前や、呪文がよく登場する。だからじゃないかなあ、と前から思ってはいた。ウェールズ Wales 地方というのは、イギリスの南西部に当たる所。昔はブリテン島にはケルト人が住んでいたが、ローマ軍の侵攻により、ケルト民族は、現在はアイルランド・スコットランド・ウェールズ・フランスのブルターニュなどに散在している。妖精伝説や多くの民話・神話が豊富な民族としてよく知られている。 ローリング女史は、現在はスコットランドのEdinburgh エディンバラに住んでいる。居住地がロンドンを中心としておらず、要するにケルト民族の地に根をおろしている。『ハリーポッター』の魔法の世界が豊かな想像力に支えられているのは、作者がケルト人の血を引く人だからかも知れない。小説でも、映画でも、その魅力や奥深さは「言葉の豊かさ・響きの美しさ」によるところが多いと思う。 「-ス」で終わる人名に限らず、他にもハリーのライバルの少年、「ドラコ・マルフォイ」とか友人の少女「ハーマイオニ・グレンジャー」Hermione Granger とか、おっちょこちょいのキザな「ギルデロイ・ロックハート先生」Mr. Gilderoy Lockhart とか、どこか普通のイギリス人とは違った風変わりで、不思議な名前がいい。それにハリーの寮を昔作ったのは「ゴドリック・グリフィンドール」Godric Gryffindor, マルフォイの寮を作ったのは「サラザール・スリザリン」Salazar Slytherin という魔術師だった。これらも、平凡なイギリス風の名前ではないところが魅力的だ。 ちなみに、Wales 関係の人名や地名を紹介しているサイトがあって、これを参照にすると、いろいろと風変わりで魅力的な名前が多い。例えば、人名ではこんな具合だ。●Goronwy Owen ゴロニュイ・オーウェン:Wales の詩人。1755年、ロンドンの「カムロドリオン」(Wales 文化支援団体)の秘書。●Owain Gwynedd オワイン・グウィネズ:北Wales, Gwynedd の王。グリフィス・アプ・カナンの次男。(1100-70)●Owain ap Gruffydd オワイン・アプ・グリフィズ:ポゥイス城最後の王。マドック・アプ・マレディズの子孫。(1354-1416)●Giraldus Cambrensis ギラルドゥス・カムブレンシス:Wales の聖職者・地誌学者。(1146-1220)●Griffith Jones グリフィス・ジョーンズ:聖職者・教育改革者。巡回学校の創始者。(1684-1761)●Vavasour Powel ヴァヴァサ・パウエル:ピューリタン神学者。(1617-70) 地名にも、ケルト的な神秘的な名前がある。例えば、村の名前にAberfan 「アベルヴァン」。また、行政都市のAberystwyth 「アバリストゥイス」は有名。ここは西Wales のカーディガン湾に面する大学の街でもあり、Wales 大学の中でも最も古いアバリストゥイス校や、Wales 国会図書館がある。 また、Anglesey 「アングルシー」島の駅には、世界一長い名前の駅として知られるLlanfairpwllgwyngyll-gogerychuyrndrobwll-llantysiliogogogoch 「スランヴェイアプヌスィグヌイングィス-ゴゲリッチウイルンドラブヌィス-スランティスィリラゴゴゴッチ」がある。(このカタカナ読みは、ちょっとこのWales 紹介サイトの「Wales語の発音」を参考にしたものなので、正確ではない...ところが多々あると思います。) 何だかどんどん呪文の世界に入っていくような感じがしてきた。Dinas Emrys 「ディナス・エムリス」:北Wales,グイナント渓谷のディナス湖付近の地名。またWales には、英語とか英文学に触れたことのない人でも知っている、有名な Stonehenge 「ストーンヘンジ」がある。ローマ人が古代造った町のひとつにBath 「バース」という、その名の通り「お風呂の町」があって、温泉が楽しめるそうなのだが、そこから更に南下すると、Salisbury 「ソールズベリー」平原にこの古代定住民族の造った環状巨石群遺跡がある。 いわゆるstone circle の代表格のようなものだ。新石器時代から初期金属器時代の祭祀・埋葬に関連した遺構ということだ。内側のcircle に使用されている33個の祖粒玄武岩は、300kmも離れた南Wales の丘陵地帯から運ばれてきたという。多分、「世界七不思議」のひとつに入っていたように思うが、Wales, ケルト民族の世界は、ここに触れた以上に、魅力的な人名や地名、伝説などに満ちている。 私は大学院で、Wales 出身のある詩人に関する研究をして、その後いくつか論文を書いた。でも、その詩人は英語で詩を書いていた。それでもその言葉のリズムや躍動感や神秘性・生命力のようなものには、英語を超えた魔力のような牽引力があった。私は院生の当時、それが多分、Wales語に由来するものだろう、と触れるに留まっていた。うっすらと、Wales, ケルト、といったものに惹かれていたことは確かで、だからその詩人を選んだのだと、今では思う。でもWales 地方自体には、そんなに魅力を感じることはなかった。 それから随分経って、『ハリーポッター』のおかげで、Wales やケルトに対する興味が本格的になった感じがする。私の恩師の教授は、もう大学を辞職されて、田舎でのんびり老後を楽しんでおられる。私は、その先生の文学や詩に対する深い情熱と天才的な、霊感的な才能に惚れこんでいた反面、厳しい、話しにくい人柄だったので、恩師と仰ぎながらも、敬遠していたような気分で、院生時代を過ごしたのだった。「今になって、Wales の魅力を知りました」なんて年賀状に書いたら、叱られてしまうかも知れない。
September 15, 2005
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前回の Englishtown の英会話クラスのトピックは"Discussing art and artists" で、翌日のテーマは "English for Adapting to Life Abroad" だった。毎日参加するに越したことはないけれど、「海外生活への適応」というのは、経験がほとんどないので、話をするのは気が乗らないし、疲れていたので止めた。その次の日のトピックは "Ideas for celebrating birthdays" 「誕生祝いのアイディア」というのだった。 「何だ、お誕生日のお祝いなら何とか話ができるかも」と思っていた。でも例によって子供の宿題を見てやっているうち、タイミングを逃してしまった。だから14日のうちには会話クラスに参加できなかった。それでも不眠症気味で、なかなか眠れない。それで、また起きて、パソコンのメールを整理したりしていた。時間は午前3時半頃だった。 子供の時は「午前3時」なんて言うと、「草木も眠る丑三つ時...」などと言われて、要するにその時間に決まって、幽霊が出る、と言い聞かされていたので、本当に怖い時間だった。おまけに、今は亡き父方の祖母が、なぜか怪奇番組が好きで、子供の頃、夜中にお手洗いに起きると、祖母の部屋から不気味な「ヒュ~...ドロドロドロ...ドーン、ドンドンドン...」という音がいつも聞こえてきた。祖母はテレビをつけっ放しでいびきをかいている。ふと見ると、テレビの画面に「四谷怪談」のお岩さんが映っている、というのが常だった。 あの時はなんであんなに「午前3時」が怖かったんだろう?考えてみると、子供だったし、時計もアナログだったからじゃないか?と思う。昔、うちの時計は古き懐かしき時代の象徴みたいな、木製で小型のボンボン時計だった。今は居間の時計はアナログだけど、パソコンの時計はデジタル。パソコンの時計を見る分には、「03:30」とあるだけなので、怖くも何ともないんだろう。 私は本当に気まぐれで、もう寝たらいいのに...と思いながら、急に会話クラスに参加してみたくなった。思い切って、午前3時50分にEnglishtown のホームページにログインして、午前4時になるのを待った。以前よりもすんなり「会話クラス」が表示された。午前4時5分だった。今度の先生は Sean (ショーン)という男の先生だった。Englishtown の先生は、男の先生でも発音が分かりやすくて、きれいな人が多いように思う。普通、英語圏でも、女性の方が発音がきれいだと言われるらしい。やっぱりEnglishtown では、英会話の先生だから、男女に関係なく、発音がきれいなのだと思う。 参加者は、私を入れて最初4人ほどだったが、時間が時間なので、すぐにひとり、ふたりと抜けて、授業が始まって10分も経つと、私と先生だけになってしまった。こんなことは珍しい。1回45分の授業で、月8回で2400円なので、1回300円という格安のライブレッスンを、私がほとんど独り占めしたような形になった。 今回は、前回のDaniel 先生の忠告をしっかり守ろうと思って、ゆっくりと確実に、丁寧に発音した。先生と二人で、モデル会話を相互に音読したりした。また、6種類ほどの、お誕生日パーティに関係する写真と、単語とをマッチさせるクイズや、画面上の文章の穴埋め問題もあった。そのあと、"Do you think the theme to celebrate a birthday a good idea?" という質問があった。 私はこう答えた。"Yes, of course. A birthday is a very, very important and memorial day for each person. A birthday is the very precious day because it is just one time in a year." 先生は、"Do you celebrate your birthday?" と訊かれた。日本人の傾向として、大人の誕生日というのはあまりお祝いしないけれども、子供のお誕生日というのは大切にお祝いする。そう思って、私はこう答えた。"Oh, I'm already an adult, so my birthday is not always a big celebration. Most Japanese think that adults don't need to be celebrated when they are over 30 years old. I want to celebrate my mother's birthday, but she don't want to, because she is too old. She is now 75 years now. But I give her a birthday card with a flower gift every year. As for my son, he is still a child, so we celebrate his birthday as a precious one...preparing a birthday cake, putting candles on it, and I give him a birhday present such as toys or games, sing him Happy birthday to you...it is a very traditonal way of celebration." 先生は陽気な人らしく、鼻歌交じりで質問を考えたりしていたが、この答えに満足してくれたようだった。1対1の会話レッスンが午前4時45分という、普通だったら「こんな時間に何やってんの?」という時刻に終わろうとしていた。先生は私に、"So...finally, do you have any questions to me?" と言うので、"Yes, I do. How should I call you? Your name or just "sir," which is the best choice?" と尋ねた。すると、"Oh, please call my name. My name is Sean." 「ショーン」先生と言うのだった。 その後、ショーン先生の講評はこうだった。"Good job! That was a really great class. It was so good that you were my only student. I think we did some good work today. Your pronunciation was excellent, but you need to work on improving your vocabulary as that is the best way for you to improve you English. Best wishes. Sean." 先生は、よほど1対1が嬉しかったようなのだ。「よくできました!本当に素晴らしい授業でしたね。あなたがただ一人の生徒で、本当に良かった。今日はなかなか良い勉強が一緒にできたと思います。あなたの発音は優れたものでした。でも語彙をもっと豊富にする必要がありますね。語彙の豊かさが英語の上達への最良の方法だからです」というコメントだった。 前回の先生と合わせて、英語を話すのに必要な要素として、「発音の明瞭さ・正確さ・ゆっくり明瞭に話すこと」に「語彙の豊富さ」が加わった。これらは本当に大切なものなんだなぁ、と痛感させられる。日本人でも、これらの要素がないと、「あの人の話はよく分からないね」となるから、なおさらのことだ。 Englishtown は、全体に先生が丁寧で熱心で親切だと思う。でも先生によっては、早口だったり、発音が不明瞭だったりするし、コメントも、"Excellent! Keep up good work." だけだったりすることが、最初の頃はよくあった。Daniel 先生とSean 先生は丁寧な発音で、熱心な先生だったと思う。たまたま良い先生に指導してもらって、幸運だった。それにしても夜明けに英会話。すごく稀な体験だ。本当は普通に寝て、8時ごろから始めるのが理想的なのだ。早朝なら、またこういうマンツーマンの感激が味わえるかもしれない。
September 14, 2005
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昨夜は午前12時10分からEnglishtown の会話クラスに入った。"Talk about arts" というのがトピックのテーマだったが、まず最初に自己紹介をした。先生によって自己紹介は省略される場合もあるが、私は自己紹介の時、趣味として「パソコンでネットショッピングをしたり映画を観たりすること」と答えた。 すると先生は、"What kind of movie do you like to see?"と訊くので、"Well, recently I like to see the series of Harry Potter...Harry Potter and the Philosopher's Stone and Harry Potter and the Chamber of Secrets. My son and me sometimes see them and enjoy them."と答えた。すると、先生や参加した生徒の名前の横に「拍手」アイコンがパチパチと現れた。お互い、顔が見えないので、気持ちを相手に伝える手段が「拍手」「ニコニコマーク」アイコンなんだろう。でも、教える先生の写真があった方が、相手に「話す」という心構えができて、もっといいんじゃないかな。 次の先生の質問は「あなたの家にはアートがありますか?」というものだった。私の答えはこうだった。"Well, first, there is a photograph of my son in his baby time. Second, on the wall, there are pictures of the Pocket Monster's characters. My son and me have drawn together." ところが、先生はポケモンのことを知らなかった。そこで、"What is the Pocket Monsters? Please explain that." と訊かれた。私はまさかポケモンの説明をすることになるとは思わなかった。だが会話なんてこういうものだ。相手は予測しないことを訊いたりするものだ。それで、考え考え、こう答えた。"Well,...ah...the Pocket Monsters are a kind of cartoon characters. But they are made into game characters and movies. Nintendo, the famous Japanese company, created them. Their movies made a big hit in Japan and in America in the past...so, all the Japanese and American children, especially elementary school children or younger children love these characters." 先生は、"Oh, thank you. Your explanation was very good. I see." と言われた。その次は、「あなたの街にはアートがありますか?」だった。最寄の駅の前には、人の手をかたどった、抽象的な彫刻がある。そこで私は、"Yes, there is a sculpture in front of the station, which shapes like human hands,...so it symbolizes humanity, friendship, and love."と応じた。 他にも、「この写真を見て下さい。これは何でしょうか?これはアートと言えるでしょうか?」という質問もあった。何だか薄い緑色の透明なケースにネコのような動物が入っている写真。猫かな...と思っているうちに、私の答えの順番が回ってきた。"Next, it's your turn. What do you think it is? Can you say it is an art?" んん~...これは剥製の一種かも知れないと思って、こう言った。"Ah...well, I can't think this is an art. I think rather it would be something like a sample. So, if it is exhibited in some place, I feel it's a poor animal. I can't call it an art." また、「現代美術は好きですか?」という質問もあった。私の答えはこうだった。"Actually, I don't like modern arts. But I like the Picasso's work...ah...especially his masterpiece Guernica, because Picasso painted the victims of war in a small Spanish village...but such works as abstract, I don't really understand them." こういう答えも、案外すらすらと話せる部分と、つっかえてしまう部分とがある。それにやっぱり会話だから、自分が用意していたような意見は、発表する機会はなかった。だからその場に応じて答えを模索する。そうするうちに、言いたい言葉が口から出てこなかったり、「ん~」と考えながら話すことになる。あまり私が手間取っていても、他の参加した人の発言の時間を取ってしまう。こうやって話した内容を日記にまとめても、必ずしもこの通りではなかった部分もあって、急に思い出したりした部分は焦って話したり... あまりバランスの取れた会話ではなかったような気がしたのは確か。先生は、午前12時45分を過ぎると、「それじゃ終わりの時間ですね。皆さん、よくできました。私はもう休みます。またお話しましょう。頑張って勉強を続けて下さい」と言われて、「退室」してしまった。生徒も、黙って「退室」するわけにもいかず、"Thank you everyone. See you again. Good night"などとお互い挨拶を交わして、パソコンの会話クラスを"exit"する。 夜だったので、もう先生はお休みかしらと思ったが、しばらくして、午前1時過ぎ頃、「コメント」をクリックすると、私への講評がびっしり書かれてあって、驚いた。こんなにたくさんコメントを書いた先生は初めてだった。 "You had no problem with today's topic. You should concentrate on your accuracy. Make an effort to speak slowly and clearly. Remember to concentrate on using the correct article (a, an, the, etc.) at the correct time. I recommend making a recording of yourself reading a passage. Listen to it and then rerecord it and make an effort to make your pronunciation sound more like your teachers. You speak well but improving your pronunciation will take you a step closer to fluency. I hope to see you in class again soon. (Daniel)" 要するに、「あなたは達者に話すことはできますが、発音や冠詞などの正確さに努めて下さい。ゆっくりと、明瞭に話すよう努力して下さい。試しに、ご自分の声を音読したものを録音することをお薦めします。それを聴いて、もう1回録音して、お手本の発音にそっくりになるよう努力することです。発音を改善することで、より流暢な会話ができるようになります」ということなのだった。 ここまで書いてくれるのはありがたいなあ、と思った。同時に、「あ~やっぱり、ポケモンの説明とか、ピカソの話とかでけつまずきながら話したからなあ...」と反省した。あの時は焦って、早口になってたなあ。 よく英会話というと「ペラペラ」という言葉が人の口から出る。「あの人ペラペラだよね」とか。でも私が早口になっていたのは、「ペラペラ」を意識したのではなかった。ただ焦っていただけ。英語圏の英会話の先生の求めるものは、「流暢さ」、fluency なのだが、それは「早く話す」ことじゃないのだ。正確で明瞭な発音と、ゆっくりした話し方。それが英会話の上達の近道だ、ということを学ぶことができた。
September 13, 2005
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昨夜は珍しく良く寝られた。こんな日は朝から何をやってもいいな、という感じがする。こんな時こそ英語の勉強などは昼間の明るいうちにできる。朝食をゆっくり食べながらそう思った。それで、パソコンの前に座って、Englishtown のホームページにログインした。ところが、こんな時に限って、「スクール」画面が表示されず、エラーになってしまう。「会話クラス」に入るには「スクール」画面が表示されないと駄目なのだ。この時は「今週の会話クラストピック」を調べるつもりだけだったけれど、がっかりした。「せっかくやろうと思っていたのになあ...」 仕方ないので、別の用事を済ませ、汗をかいたので、シャワーにかかった。お風呂のあとは、案外疲れる。案の定、お昼寝してしまった。やや遅い昼食をとったあと、もう一度パソコンをオンにして、検索バーに"Englishtown" を入力して検索すると、「オンライン英会話ならEnglishtown」とあったので、それをクリック。ログインすると、今度はあっさりと「スクール」画面が出てきた。「あ~なるほど。こういう方法もいけるのか」と納得。 今日の会話トピックは"Talk about arts" だったので、アートに関連ある語句をメモ帳にまとめていた。paint, exhibition, water, sculpture, decorate,... そうしていると子供が友だちを連れて帰ってきた。彼らの目的は、最近はパソコンで『ハリーポッターと秘密の部屋』のゲームをすることなので、「ねえ、ちょっとやっていい?」...あれ、もう3時過ぎか。「5時くらいまでいいでしょ?」...まあいいか。そこで午後はパソコンは子供たちのものになった。 夕食後、子供がお風呂に入った。9時から会話クラス、入ろうかな... そう思って、パソコンの前に座る。でもちょうど9時になったとたん、お風呂から上がってた坊やが「ママ~髪乾かして」と来た。ああ~せっかく...と思ったけれど、じゃあ10時からのに入ろう。しぶしぶドライヤーで髪を乾かしてやった。男の子の髪は短いのですぐ乾く。まだ大丈夫かな?乾かし終わって時計を見ると、9時15分。9時10分までに入らないと、次はまた1時間後なのだ。仕方ない、10時からのに入ろう。 子供は漢字の宿題をする前に、お風呂でほてったので、ゲームをすると言う。今度はSP で。「じゃあ、漢字はそのあと?」「うん、10時前からする」「え?そんなに遅くから?」時計を見ると、もう9時半を過ぎていた。「ふーん、漢字って言っても2文字でしょ?自分でできるよね。ママ、パソコンでしたいことあるし」こう言って、パソコンの前に座った。9時55分...58...59...まさに10時になったとたん、またもや「ママー、漢字の宿題一緒に見て」と来た。あ~もう...せっかく...と言いそうになった。でもこれは朝のうちから英語をやらなかった私が悪いから、そう思って、宿題を見た。 「漢字2文字」といっても、「絶」ならそれを7回ほど書いて、筆順を記入して、部首を記入して、6個ほど熟語を考えて書いて、それから「絶」を使って短文を書く、という宿題。この他「可」という字も同じようにしなければならない。私の役目は、そばについて、熟語や短文を考えてやることなのだ。私も熟語が思いつかない時がある(6種類、小学生に分かるような熟語、という条件で)。そこで、姉が中学生の時使っていた「漢和辞典」を持ち出して、子供に分かるような熟語を探し出す。短文は、子供が自分で考える場合が多い。「マンモスは、大昔に絶滅した」とか「今度の運動会では、赤組が勝つ可能性がある」とか書いていた。 宿題が終わると、おしゃべりも交えての宿題だったので、時間は10時45分になっていた。今度の会話クラスは11時から。でも先日の会話クラスで、クラスの時間内に私のパソコンのボイスコントロールのセッティングを、先生から指示されたことがちょっと気にかかって、うまくいくかな...と少し弱腰だった。今日はもう、止めようかな...あー、どうしよ...そう思っているうちに、11時15分になっていた。ああ、今日はもうあと午前12時からか...何だか疲れたな。もう寝て、明日午前中、会話クラスに入ろうかな... けれども、今夜ぐっすり眠れて、明日の午前中(同じトピックは翌日の午後12時台のクラスまで)会話クラスに入れる、という保証というか、自信がない。そう考えると、「やっぱり今夜12時からやろう。久しぶりだし」と考え直した。またもやパソコンの前に座った。11時55分にログインして、「スクール」画面を表示するうち、案外時間がかかる。もう12時5分になった。「会話クラスに参加する!」をクリックしても、場合によっては、パソコンの不具合で、Virtual Class が表示されず、失敗する。今度もなかなか表示されない。12時9分...10分。「お腹が何だか張るし、しんどいな...」と思った瞬間、ギリギリでクラス画面になった。 そこで5回ほど、自分の意見を述べるチャンスに恵まれたが、会話なので、当然だが、自分が用意していたような答えを発表することはほとんどできなかった。ゆっくり考えていても、焦る時がある。自分ひとりが長々とダラダラと話していても駄目だし...それでもやっぱりこのクラスに入ると、45分がすぐ過ぎる。先生は、"Now the class is over. I'm going to sleep. Good bye, everyone. See you again. Good night." と言われて、退室されたが、すぐその後、5人ほどの参加した生徒全員へのコメントを書く仕事があったらしい。私の「スクール」画面からコメントをクリックすると、早速びっしりと講評が書かれてあった。 「24時間いつでも自宅で英会話」というのがオンライン英会話の歌い文句なのだが、深夜のクラスの先生は、眠たくないのかしら。それとも、日本で深夜といっても、外国では時間がずれているから、大丈夫なのかもしれない。以前夜更かしして、午前2時ごろクラスに入ると、先生が"Hello, I'm speaking from South Africa now." などと話していたので、南アフリカでは朝なのかしら、と思ったことがある。いずれにせよ、朝「今日は体調もいいし、英語びよりよね」なんて思ったのが嘘のよう。結局英会話クラスは翌日の午前12時からになるとは自分でも驚いた。
September 12, 2005
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今年2005年9月11日はアメリカの同時多発テロからちょうど4年に当たる。私は日記などの日付にすぐ「2001」と書きそうになることが多いので、もうあれから4年もたったのか...とびっくりする。 4年前の9月10日の晩は、お風呂でつるっと滑って転び、左足の小指を思い切りざっくり切る大怪我をした。あと2週間ほどで大学の後期が始まるので、治るかと心配したが、幸いアロエを買っていたので、その葉を切って、患部に当てて、絆創膏で固定した。固定する時は、まだ1年生だった息子が上手に手当てしてくれた。 翌日11日も足が疼いて、辛かったので、横になっていた。テレビはあったけれど、ニュースもつけていなかった。新聞は購読していなかった。たまたま夕方、朝日新聞の人が購読の勧誘に来た。節約のため、新聞は止めていたが、母が「どうしようか?1年だけとってみる?」と訊きに来た時、「そうだねえ。新聞くらい読みたいね」と私が答えたので、契約した。まさかその時アメリカで大変なことが起きているとは思わなかった。 翌朝12日から、朝刊が届くようになった。まだ足が痛くて、まともに新聞を読む気がしない。朝起きたら新聞が届いている、それだけで嬉しかった。まずは足の怪我の手当てから。アロエを取り替えながら、第1面の見出しよりも、下の欄の「天声人語」を何となく眺めていた。「...昨日は飛行機が貿易センタービルに突っ込むシーンを何回もテレビで見た。本当にあの映像は1日中流れていた...」という文章が目に入った。 「あれ?昨日アメリカで何か事件でもあったのかな?」とハッとして、それで第1面を改めてよく見た。その時にはアロエが効いてきて、痛みを忘れていた。というより事件の報道写真と記事に気をとられていたのかも知れない。物を知るというのは不思議なことだ。その時から、全く関心のなかったニューヨークの「世界貿易センター」や、全く知らなかった「オサマ・ビン・ラディン」という名前が、私の頭の中にしっかり定着してしまった。これは、当時の日本人ほぼ全体も同様だったと思う。みんな、「オサマ・ビン・ラディン」などという人物は聞いたこともなかった。 けれどもあの日以来、この元サウジアラビア国籍の人物は、世界的に有名なテロリストとなった。しかしそれ以前、1990年代の終わり頃から、世界の各所でテロ事件が起きていたし、それらの事件にはこのラディンが関係していると噂されていたのだが、そういうことも、この2001年9月11日の同時多発テロ以降、知るようになったことだ。 あまりに悲惨で恐ろしい事件だったので、私は新聞を回収に出す気になれず、しばらく物置に積んでおいた。あとで、スクラップ帳にまとめるつもりでいた。それでも、翌年の2002年になって、眼精疲労を急に患ったので、スクラップはそのうち止めてしまった。目が疲れるからだった。2002年の8月頃、だいぶ目も調子良くなっていたので、この同時多発テロのことをやはり知っておきたいと思い、たまたま書店にあったこの事件をまとめた特集冊子を買った。 そこには例のあまりにも有名な事件の瞬間の写真と共に、オサマ・ビン・ラディンとはどういう人物か、ということも書かれてあった。実家はサウジアラビアの大富豪。その財力には政府も一目置いていたほどだったとか。1970年代、ラディン一族は北欧に旅行した。その時の写真が掲載されていたが、右寄りに当時14歳ほどの少年オサマが写っていた。当時の流行を取り入れて、やや長髪、パンタロンに似た裾の広いジーンズをはいた、平凡な少年に見えた。 彼が変わったのは、大学に入ってからと言われる。大学で、「イスラム過激主義思想」の教授に出会い、その影響を強く受けた。そこで、青年オサマの頭の中には、「アメリカ=富める者・支配する者」対「イスラム=貧しき者・支配される者」という世界観が構成されてしまった。彼はそこで、実家の財力にものを言わせて、ありとあらゆる武器を購入し、「イスラム過激派」に賛同する仲間を世界中から呼び集めた。有名な国際テロ組織「アルカイダ」の誕生である。 そこで、30代頃から本格的にテロ活動を行うようになったので、既に90年代に世界の各地で起きたテロ事件には「オサマ・ビン・ラディン」が関係している、と言われるようになった、ということらしい。20歳の頃にはまだ若い感性が宿っている。そういう時期には、何らかの思想の影響を受けやすい。それが良い思想なら、その人の人生はその後も平穏で確実な幸福が築かれる。でも悪の思想なら、その人の人生には、いつも何かしら事件がつきまとうようにもなるだろう。ビン・ラディンは不幸?にして、後者だった。 あのテロ事件以後、あまりの酷さに、とうとうサウジアラビア政府は彼から国籍を剥奪し、ラディンは国外追放となった。今も支持者や部下に匿われて、どこかに潜んでいるのだろうか。アフガニスタン戦争は、ラディンがアフガンのどこかにいるらしい、との情報から、アメリカが始めた「対テロ戦争」だった。アメリカは、「狙うのはビン・ラディン独りのみ」と言いながらも、誤爆の連続。罪のない多くの人々、幼い子供たちが殺されてしまった。 イラクもアメリカから「大量破壊兵器を隠している」と疑われ、今度はイラク戦争が始まった。またもや多くの罪のない人々が命を奪われた。イラクは同時多発テロ事件に、哀悼の意を表しなかった国でもあった。米大統領から見ると、「哀悼の意を表しない国=テロリストの国」なのだ。「対テロ戦争に快諾しない国」もまた、アメリカの敵と言われるようになった。 しかし、つい最近、同時多発テロ4年目の日を前に、大統領の側近の中からこんな意見が出た。「本当にテロリストを軍事力で封じ込められるのか?テロリストというのは、『テロリズム』という思想の現われなのだ。思想が間違っているのだから、ここはもう軍事力を駆使するより、彼らの思想の方向転換を図ってはどうだろうか?」...確かこんな内容だった。でも、ブッシュ大統領は即座にその意見を引っ込めさせた。 「今『対テロ戦争』という言葉を捨てたら、それこそテロリストたちの思うつぼだ。我々が弱音を吐いていると彼らが思った時、再びテロが起きるだろう」というのがブッシュ氏の考えだった。しかし、いつまでも武力を行使していては、悪循環をどこで断ち切ることができるのだろうか。もちろん、「アルカイダ」という国際テロ組織自体の思想を変えることなど、困難で途方もない、解決の糸口もないように思われる。そうかといって、更なる「対テロ戦争」で、罪のない一般市民が殺されることを、4年前の犠牲者たちは決して快く思いはしないだろう。天国から、彼らの魂は今も戦いの終わらないこの世界を見て、本当に癒されるだろうか。
September 11, 2005
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昨日の晩は息子と『ハリーポッターと賢者の石』を久し振りに観た。息子の選択はいつも「音声=日本語」。それで「たまにはさあ、英語の本当の声を聴きたいよね、ダニエル・ラドクリフとかルパート・グリントとかの」と言っていた。今夜は私が「久し振りに『秘密の部屋』観たくない?」と誘った。坊やが私のパソコンに触れるのは、DVD鑑賞と、エレクトロニック・アーツの『秘密の部屋』CD-ROMのゲーム。だから『秘密の部屋』のストーリーは頭に入っている。 今夜は夕飯のあと、「算数の宿題してから映画観ようね」と言って、宿題に付き合ってから、夜の9時過ぎから映画を観た。その時、息子がDVDの音声設定をし損なったので、字幕は日本語、音声が英語のまま、映画がスタートした。「あれ?」と首を傾げていたが、私は「いいじゃない。お話分かっているでしょ。英語で聞いても」と言うと、「うん。そうだね」となった。 主役3人の子供たちや他の出演者はほとんどイギリス人で、イギリス英語なのがいいなあ、と思う。イギリス英語は、アメリカ英語と違って、滑らかじゃない。どこか引っかかるような発音だけど、きれいで、しっかりした精巧な彫刻みたいな美しさがある。ダニエル・ラドクリフの発音も崩したところがない、正統的な英語、ていねいな英語。第1作目とは随分違って、声が低くなっている。子供って、11歳と12歳とでは、あんなに成長するんだなあ。 私がこの『秘密の部屋』でお気に入りなのは、ギルデロイ・ロックハート先生。「闇の魔術に対する防衛術」の先生だ。この科目の担当は、前作ではクィエル先生といって、ターバンを巻いた中東出身のような雰囲気の先生だった。この先生は英語もあまり流暢でなく、異国人らしさを漂わせ、おまけに大人しく優しそうに見える。だから最初はただの脇役に見える。でも物語の最後になって、実はハリーの両親を殺し、ハリーの額に稲妻の傷を負わせた「ヴォルデモート卿」が弱りながらも寄生していたのが、このクィエル先生だったということが分かる。 ハリーが偶然手に入れた「賢者の石」を使えば、ヴォルデモートは再び蘇り、魔法界で権力を握ることができる、と言う。そこでヴォルデモートと一体になったクィエルがハリーを襲うが、「賢者の石」の魔法で、ハリーは思いがけなくクィエルの体をボロボロに崩し、砂にしてしまう。 こういう経緯で、第2作目の「防衛術」の新しい担当となったのがロックハート先生というわけだ。この先生はたくさんの自称「名著」を執筆した魔法界のスターみたいな人で、「日刊預言者新聞」にもハリーと一緒に自分の顔写真を掲載させたり、伊達でおしゃれでハンサムな気取り屋。自分の教室にはいっぱい自分の肖像画を飾り、「傑作」と自ら絶賛する『私はマジックだ』という本を出版して、そのファンレターへの返事を書くバイトをハリーにさせたりする。 女生徒たちはこのハンサムな先生にうっとり。でも男の子たちは「なんだかうさん臭い」と感じている。最初の授業で、長々と自分の「栄誉」を紹介したあと、捕らえたての「ピクシー妖精」を籠から放って、生徒たちに「さあどうしました、捕まえてみたまえ!」と自信満々。それでもあまりピクシーたちが暴れ回るので、教室は大混乱。慌てて先生は下手な呪文を唱えて、杖を振り回すが、全く効果なし。おまけに自分の肖像画を妖精たちに持って行かれて、手のつけようがなくなった先生は、ポーズを崩さないように微笑みながら、「ああ、みんな、ピクシーを籠に入れておくように」と言い残して教室から逃げ出してしまう。結局混乱をおさめたのは、優等生ハーマイオニの呪文「イモーピラス!」だった。 この『秘密の部屋』Harry Potter and the Chamber of Secrets では、1000年前に造られたという「秘密の部屋」に棲む怪物バジリスクという大蛇を操る50年前のヴォルデモートが、人間たち「マグル」から生まれた「純血ではない」魔法使いの生徒たちを次々に襲い、石に変えてしまう、というシリアスな筋立て。それなのに、カッコばかりつけて、魔術の下手なロックハート先生が何かとへまをする所が面白いし、笑える。 この話題の映画を英語で聴いていて、息子も分かる所がちょっぴりあったらしい。「来いよ」を"Come on!" とか「黙れ!」が"Shut up!" とか。私は黒髪のいつも陰気なスネイプ先生が「黙れ!」と言うのを"Silence!"と聞いたので、「サイレンス!」って言ったね、と息子に言うと、「え?『シャラップ!』じゃないの」との答え。結構英語に興味ありそうに観ていたようだった。先生が授業で「よろしい」と言う場面は"Excellent."とか、ハリーが先生に話しかける場面では、丁寧に、"Yes, sir."とか、"No, sir. I cannot understand."とか。「丁寧に話しているんだよね」と説明すると、「ホントだね」と応じていた。 やっぱり外国映画はその国の言葉で俳優が話すのを聴きながら観るのが、本当の雰囲気が味わえて楽しい。今度は『賢者の石』も英語で観てみたくなった。
September 10, 2005
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英語の教材にはいろいろあって、10万から20万するものを売りつけるものから、手頃な値段で学習効果も高い、というものもある。一番格安なのは、以前日記にも書いた、ラジオ講座。だが私は「英語伝」が薦める「反復学習に最適」という、Magic Talkers に以前から興味があった。現在Englishtown の会話クラスに時々参加しても、案外簡単な言い回しが口からすらっと出てこないとか、よく使うべき挨拶など(感謝や反省など)の表現が、いまひとつ豊富ではないと、よく感じることが多い。 そこで、あれこれ迷ったが、「これ以上の投資は英語教材にはしない」という不退転の決意?で、Magic Talkers の最新型を購入してみた。(これはサイトのアフィリエイト・コーナー「あちらのお店★こちらのお店」でも詳しく紹介しています。) 英語を教える立場の者として、「反復学習」がどれほど効果があるかを身をもって体験しておきたいし、案外知らない決まり文句が口から自然に出てくるよう、訓練しておきたいし、さらには息子が中学生になった時に、英語に興味を持ってもらえるよう、前準備として買ったわけなのだ。 届いたMagic Talers は、本当に携帯を折り畳んだくらいに小さい。こんなに小さくて大丈夫?と思ったが、ちょうどDSのようにタッチペンがついていて、電源をオンにすると、画面にハープの音色と一緒に"Wizard in a pocket―Magic Talkers"との文字が現れる。後はメニュー画面。一番左のTALK をタッチペンで触れれば、●MAGIC ●OBUNSHA ●New Time ●LC (=TOEIC Listening Comprehension) という4つのメニューが表示される。 とりあえず"MAGIC" を触れると、たちまち「日常英会話」「旅行英会話」「ビジネス英会話」「TOEIC テスト対応トレーニング」の4つのメニューが表示される。まずどんなものか「日常英会話」に触れてみる。そのあと画面下の "SETUP" を触れると、練習の設定として、「ノーマル学習」「対話学習」「後追い学習」などがあり、「ノーマル学習」を選び、文章の反復回数を、例えば「3回」に設定する。 その後「日常会話」として、1「人間関係」2「対話に有効な表現1~2」4「感情表現」5「食べ物」6「買い物」7「家(賃貸家屋・公共料金)」8「交通」9「電話での会話」10「レジャー・趣味・文化」11「健康」12「公共施設で」13「紛失・事故・盗難」...と多岐に渡るトピックが載っている。これらはすべて、本当に「日常」に欠かせないものばかり。 「英語伝」の学習マニュアルでは、「最初の1ヶ月は自分に興味のあるトピックを学習」「次の1ヶ月は自分に現在必要な内容を学習」「3ヶ月目は挨拶などから順序良く学習を進める」のが良いとあったので、まずは私は「対話の準備」を聴いてみた。すると心地良い「キンコーン♪」という鐘の音が鳴って、5種類くらいの短い会話が始まる。例えばこんな感じだ。A: Can I talk with you?―B: Sure, go ahead.A: Can I have a word with you?―B: What's the problem?A: I'd like to talk with you.―B: Okay. また、「対話中に」During Conversation は、こんな具合。A: Do you want to talk about something else?―B: I'm not done yet.(何か他の話題でもどう?―いえ、まだ話は終わっていません)A: Hear me out.―B: I don't want to talk about that.(話を聞いて下さいよ。―その話題は触れたくありません)A: Where was I?―B: You were saying that you want to rearrange the furniture.(どこまで話しましたっけ?―家具の配置換えをしたいというところまで話しました) これらをゆっくりモードに設定もできるし、標準スピードにも変えられる。しかも私は文章の反復回数を3回に設定し、文の間隔を4秒に設定したので、これらの1文1文が3回いちいち繰り返される。例えば最初の、"Can I talk with you?" が3回繰り返されるという仕組み。その間に自分で音声を頼りに口に出して言う練習ができる。 他にも数え切れないほどの学習量とメリットがある。「TOEIC 対応トレーニング」などは、1「慣用的表現」2「頻出表現」があり、それぞれアルファベット順に調べて、音声を聴いて覚えることができる。例えば1「慣用的表現」では、"A" にタッチペンで触れると、1「~するところ」2「~によると」3「結局」などなど、8「最後まで」...11「~する限り」...16「少なくとも」までの内容が盛り込まれている。 例えば「少なくとも」では、次のような英文が載っている。At least he's tall./ I need at least a week to do the job./ It'll take at least twenty-five minites....これらが最初の設定どおり、1文につき3回繰り返される音声を聴くことができる。 Englishtown も楽しいけれど、今度はこのMagic Talkers に夢中になってしまった。イヤホン付だとホントによく聴こえる。でもイヤホンだと外れたりして、やりづらいと思っていたら、Englishtown のヘッドセットでも十分音声がクリアに聴こえる。とにかく新しく何かを始めるというのは本当に楽しい。 私は気が多いのかも知れない。だからEnglishtown とMagic Talkers とラジオ講座の3本立てで、(使い終わった大学のテキストとテープもあるし)英語の生涯学習の、楽しみの要素を生活に散りばめておこう。それにしてもあまりにMagic Talkers に夢中になる余り、また夜更かしとなってしまったのが困りものでもある。
September 9, 2005
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今日は学校で夏休み作品展があるので、ぜひ行かねばと思った。今日が最終日なので、例によって午後の2時でもきつい(「きつい」というのは「だるい、疲れた」の九州弁です)と感じた。やっぱり行くのやめとこうかな...そう思ったが、2時ちょうどに息子が友だちを連れて帰宅した。「ねえ今日作品展だよね。行くからね」と言うと「うん」と嬉しそう。やっぱりその顔を見ると、行かずにおれない。 デジカメとスリッパだけ持参していった。高学年の作品は「多目的室」に展示されていた。ピアノと、最新式のパソコンが置いてある部屋。息子の作品「万華鏡」は、名札をつけて、5年生の作品群の中に埋もれるようにして、ちょこんと飾ってあった。 普段は他の子供と我が子を比べたりはしないけれど、名札の名前の書き方が、もうちょっときちんとした字だったらいいのにな、と思った。字を書くのは好きな子だったが、4年の時から、大量の漢字や計算テストを「5分でやりなさい」などと言われるようになって、自分の名前は丁寧に書いていると、それだけで時間がかかるので、雑に書くようになったらしい。 作品展の名札の名前も、細く、斜めに曲がったままで書かれていた。つい、他の子の、堂々とした書きっぷりと比較してしまう。「もっと、名前は丁寧に書くのよ。世界に一つしかない名前なんだから」とか、「字は人を表わすとも言うのよ。弱々しく書く人は、元気のない人と思われるし、乱雑に書く人は、大雑把な人と思われるしね」と普段から言い聞かせていた。それでも、学校では、やはり「名札に作品名と名前を書いて出して下さい」と言われると、去年からの慌て癖が出たらしい。 それでも、まだ10歳前後の幼い子供たちが、めいめいの想いで作った作品を丁寧に展示してあるのを見に行ったのは、やはり良かったと思う。その中でも、自分の子供の作品は、何と言っても愛しい。字が曲がってようが、やはりそんなことは二の次よね。そう思って、「万華鏡」をカメラに収めた。
September 8, 2005
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久しく「早寝早起き」が守れていない私。8月はすごかったな~昼夜逆転が身について。冷蔵庫に数年前、俳句のような川柳のようなものを貼った。「残りの人生40年 体が大事 体が資本 早寝早起きぜひ守ろう」...この紙はいつしかはがれて、どこかに行ってしまった。と同時に私の悪癖が戻ってきたような気がする。 息子が言うには「今まで遅く寝ていた人が、早く寝ても寝つかれないんだよ。だから少しずつ早く寝るようにしたらいいんだよ。夜の1時半には寝るとか、そういう風に始めたら」ということだ。うちの坊やは保健の授業が大好き。体の仕組みや病気の話は、一度聞いたら頭に入るんだそうだ。 我が家にこういう、ミニ・ドクターがいるので、今日から少しずつまともな生活に戻ろう。それに明日は小学校で夏休みの作品展がある。最後の日だし、作品の展示は子供たちが自分の手で行ったのだそうだ。だから、「ママが見に来てくれなきゃ、意味がないんだけど」と坊やは言う。ぜひ行こうと思う。 ところで、夜型を反省しつつも、またしも明け方に床に就いたために、昼間はぼーっとしている。息子が友だちと遊んで、帰ってきたのは5時半ごろ。それでもやっぱりだるいな...という感じ。すると「ねえ、管理棟の所でコーラ買ってきていい?」と息子が言った。「じゃあ、ママの分も買ってきてね、ジンジャーエール」と私は240円を握らせた。 坊やは時計をチラッと見て、「すーぐ戻るからね!」と張り切って買いに行った。3分ほどで「ただいまあ~」と帰ってきた。すると、「ねえ、すごい大事件が起きたよ!」と言うので、何かと思ったら、彼が買ったペプシコーラに穴が開いて、中のコーラが、自動販売機から取り出した途端、ジュジュ~っと吹き出したらしい。 「なんで穴なんか開いたの?」「コーラが落ちて来る所にね、画びょうが置いてあったんだよ、針を上向きにして」...これを聞いてびっくりした。私のジュースは、もう1台の販売機から買ったので、そこには画鋲は置いてなかったらしく、穴は開かなかった。これは悪質な悪戯だな、と思った。息子が「でも中のコーラは飲めるから」と言って飲もうとしたが、私は止めさせた。万が一、画鋲の先に毒物でもついていたら...そう思って、「これは明日管理人さんに言おうね」と私は言った。 息子は、「ごめんね」と言うので「何で謝るの?」と訊いても、うまく説明がつかない様子。「ああ、自分が『コーラ買ってくる』って言わなかったら、お金を使わずにすんだから、って思っているの?」と尋ねたら、「うん、そう...」と考え込んでいる。 生活していて、昼間が中心なのが普通の人間だから、私は、こんな奇妙な事件が起きると、「夜型で、昼間はボンヤリしてたら駄目だな。自動販売機に悪戯が仕掛けられたりするんだから、一緒に買いに行ってやらないと危ないかも」と反省させられた。いつもは一緒にジュースなどを買いに行くけれど、たまたま一人で行かせたら、こんな事件に遭遇すると、過保護になるつもりは全くないが、身近な自動販売機も何だか心配になる。 それにしてもひどい悪戯だ。マンションは、最新のはオートロックで外部の人間は入れないようになっているのが多いけれども、うちのマンションは中古。それでも、悪戯をするのは案外マンションの住民だったりすることもある。「敵は本能寺」ってこういうこと?
September 7, 2005
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「英語伝」でラジオ英会話の勉強法を読んだので、久しぶりに書店でNHKの「英会話中級」9月号を買ってみた。「ビジネス英会話」は夜10時45分から始まるし、「英会話中級」は午後の2時30分からと、再放送は夕食時の午後7時5分から始まる。なんでこんなお腹の空いた時に再放送があるのかが謎だ。 本棚で空いた120分テープを探して、番組の始まる時刻に携帯のアラームをセットしておいた。ラジカセに録音のタイマーをセットしておけばいいのだが、やり方を忘れたし、古いラジカセなので、説明書を失ってしまってどうしようもない。私は例によって昼間は眠くなるので、午後2時過ぎの録音は無理だろう。案の定、寝てしまった。 次は仕方ないので午後7時5分からアラームをセットしておいたので、今度は携帯が鳴ると、ラジカセの前に直行できた。この「英会話中級」は高校生レベルでの内容で、語彙や文法は基礎があるが、会話の表現力を固めたい人にはちょうどいいのではないかと思う。 例えば高校生の健が学校での話をする時、いろいろ使える表現がたくさん盛り込まれている。高校3年なので、卒業後の進路を決めるためにスクールカウンセラーと面談しなければならない、という話を友人のルークにする。でもルークは進学よりもフットボールの試合の方が面白いよ、と答える内容がなかなか現実的で楽しそう。 健の台詞はこんな感じだ。―Have you seen the schedule for the meetings with the school counselor yet? All the seniors have to meet with her. I guess it's to get us prepared for college―looking into different schools, trying to decide on a career, getting signed up for tests―that kind of stuff. 「Have you seen~」は「~を見た?」「All the seniors」は「最上級生はみんな~」「I guess~」は「きっと~だよ」「get us prepared for~」は「僕たちに~の準備をさせる」「decide on~」は「~を決める」「that kind of stuff」は「そんな感じさ」という意味。 つまり、「スクールカウンセラーとの面談の日程、もう見た?最上級生はみんな面談しなきゃいけないんだ。きっと僕たちに大学への準備をさせるためじゃないかな―いろんな学校を検討したり、職業を決めようとしたり、試験に申し込んだりとか...そんな感じだよ」と言っているわけ。ここでいろいろな具体例を挙げるのに、looking into..., trying to..., getting...というような表現を使っていることも良い例。それで最後に...that kind of stuff を持ってくるのも知っておくと便利。「まあそんなところかな」とか「だいたいこんな感じ」と漠然に言葉を結ぶことって、人間多いんじゃないかな、考えてみたら。 それに対して楽天的なルークはこう答える。―I'm sure that will be fun. I don't have any idea what I wanna do, other than be out of school. 「I'm sure~」は「そりゃきっと~だよ」「I don't have any idea 」は「何も思い浮かばないよ」「other than be out of school」は「学校を卒業すること以外に」という意味。 つまりルークはこう言っている。「(面談は)そりゃきっと楽しいに決まってるよ。僕には、学校を卒業する以外に、したいことなんて何も思いつかないけど」...皮肉を言うときにも I'm sure that will be fun. と来るなんて、なかなか。それに「学校を卒業するより他に」と言う時、どう言うんだろう?と分からなくなる。普通は"except my graduation" なんて、難しい表現をあれこれ考えがち。でもこの場合のように、other than be out of school とさらっと言えばいいのだ。 英文で赤や緑にした部分は、私が大事だとか、気が利いた表現だと感じてしたもので、こんな具合にテキストは、自分が「これ使えるな」「これは覚えておこう」と思う部分にマークをつけておく。そうしてストーリーの流れを楽しみながら、何回も読み、何回も聴く。そして自分で音読して、覚えたなと感じたら、声に出して言ってみる。こういうことで、自然に英語のリズムや言い回しが頭に定着する。あとは録音したものをテキストをなるべく見ずに何回も聴くことが大事だなと思う。 普通の日常会話で、やや細かいニュアンスを伝える力をつけたい人には、この「英会話中級」はちょうど良いと思う。10月からは担当の先生が変わるので、ちょっとまた雰囲気が違うだろうが、実用の面を重視してストーリー展開を楽しくしていく姿勢は同じのようだ。「これ覚えたって実際の会話ではこの通りに行かないんじゃない?」という考えは持たない方が得策。 ところで、この「英会話中級」の録音は午後7時5分から15分だった。その時の録音はうまく行った。しかし、次の「ビジネス英会話」の時間にまた携帯が鳴り、ラジオの前に座ってオンにすると、今度は「ガーピーガガー」というひどい雑音に混じって、講師の先生の声がかすかに聞こえる状態になってしまった。午後10時45分。3時間の間に電波に何が起こったのか?雑音の中で「みなさん、こんにちは。ビジネス英会話の時間です...Hello, everyone. Thank you for joining us!"...」という声が途切れ途切れに聞こえてくるのはとても寂しい。仕方ないので今日は録音は諦めてしまった。 「ビジネス英会話」は、日曜日の午前11時から、1週間分の再放送がある。せめてその時、ラジオがちゃんと聴けたらなあ...と願っている。
September 6, 2005
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私は2000年に、「やさしいビジネス英語」に夢中になって、毎晩11時にはラジオの前に走って、録音を小まめにしていた。私が始めた最初のトピックは"The Homeless" だった。あの番組は、単にビジネスの場面で使う「プレゼン」とか「電話応対」「会議・交渉・打ち合わせ」といったものに限らず、一つのテーマに沿って、今この世界で何が問題になっているのか、最もtrendy となっているトピックを中心に、文化・教養の面を織り交ぜて、一つのVignette (ヴィニェット:創作劇)として話を展開するものだった。 登場人物は、ニューヨークのある広告会社に勤務する様々な文化的背景をもつチームのメンバーたちで、年齢層も20代~50代と幅広い。ユダヤ系、プエルトリコ系、パリ支社から移籍したメンバーやイギリス人、などなど。もちろん普通のアメリカ人も。だから、特にイギリス人を演じる女性は本当にイギリスの発音で、アメリカ人の話し方と全く違う。 声優たちに加えて、そのトピックの多様性も良かった。「教師が少ない」とか「10代の消費者市場」「インターネット詐欺の取り締まり」「在宅勤務」「車椅子の旅を助ける」などなど。そういった様々な世相を、広告会社という仕事柄、どのようにクライアントから委託されたように、広告に反映されるか、様々な資料を閲覧したり、会議を開いたりなどの場面もあるが、そうした仕事内容から、自然と多様な世間の様相をメンバーたちが話し合う...こういった番組の作り方が工夫されていて、とても好きだった。単なる「実用」に留まらない「教養・文化」の雰囲気が、とてもためになった。 実際、番組担当の杉田先生は、「ビジネスマンといっても、いつもプレゼンばかりをしているわけじゃありません」と語っておられた。あれから5年、今度は2001年からは、9月11日のテロの話が2002年にわたって、よくトピックの中に登場した。アシスタントはずっと松下クリスさんだったが、確か2003年から独立・起業を始められたので、別のアシスタントの方になった。それから番組名も「ビジネス英会話」となって、確か2004年度は講師の先生も変わられた。でもまた今年、担当は優しくて穏やかな杉田先生と、とろけるような、柔らかな発音の美しい松下クリスさんになった。とても嬉しい。 それにしても、あれだけせっせと録音し、テキストを買っていたのに、それらはクローゼットの中であちらこちらに分散している。いつか片付けようと思いながらも、体調が悪かったり、パソコンにのめりこんだり、出かけた日は疲れてやる気が起きなかったり...ラジオで勉強しようと思ったら、きちんと一つの本棚にテープとテキストを並べておく習慣じゃないとだめだな。 さて、先日紹介した「英語伝」だが、このラジオ学習に関して、とってもいいことを紹介している。 ―『ラジオで英語学習』― ...上で紹介したM さんもそうですが、ラジオを使って英語学習している方の、ちょっとした学習のコツを書いてみました。1.「興味のある講座で」―自分のレベルに合った興味のある講座で学習すると、継続しやすく、学習効果も高いです。2. 「録音して何度も聴く」―カセットやMD などに録音して何度も聴くと、学習効果が倍増します。3. 「ためない」―その日か翌日には録音した内容を聴く。NHK ラジオ講座は平日毎日あるので、録音したらためておかずに学習する習慣をつける。4. 「生活の中に入れる」―できるだけ決まった時間に聴くように。生活の中にラジオ講座の学習時間を作ってしまう。5. 「テキストと一緒に学習」―テキストは500円以内ですので、テキストで英文を確認しながらメモしたり、ボロボロになるぐらい何度も繰り返し学習する。6. 「継続」―継続が大切です。3日坊主にならないよう、気楽に長続きできる方法を、自分なりに工夫しながら続ける。 こう書かれてあって、締めくくりはこうだ。「ラジオ講座でも継続するのが大切です。ラジオを聴いていると英語の耳もできていく!毎日の生活の中に学習時間を入れて見て下さい。初めは大変ですが、それが習慣化すると、ずっと楽にはなるはずです。通勤時間はお薦めです。平日毎日通勤するので、その時間を使わない手はないです。お試し下さい。」 上に紹介した中で(おとといもそうだけど)赤い部分は、私の考えで赤い色にしたものだ。つまり、これらの要素はすべて大切だが、全部きちんと実行するのはなかなか大変だ。せめて次のような3つの要素が最低限必要だと思う。1.「自分のレベルに合った興味のある講座で学習」―これは私の経験からいって、まさしく本当に効果のある方法だ。大学でも毎年、このことは必ず薦めるし、強調する。英語を上達させたいからって、いきなりレーガン大統領のスピーチはチンプンカンプンで、政治に興味のない人は「勉強になる」なんてとっても思えないだろうし。むしろ自分の好きなスターの話や、映画や本、スポーツのことを書かれたトピックを英語の雑誌や新聞などから探して読むのがよっぽどいいし、ラジオ講座ならレベル別にいろいろな番組が揃っているので、英語の勉強にうってつけだろう。 2.「カセットやMDなどに録音して何度も聴く」―「これを聴いて覚えたからって、実際の会話に役立つだろうか?」なんて疑念は禁物。自分の気に入ったトピックは、テキストでも内容が分かっているんだから、今度は音楽のように何度も聴くことだ。楽しみながら、というのも大事だ。「英語の勉強は辛く苦しいんだよぉ~」なんて固定観念も禁物!耳に馴染んで頭に入った英語は、実際の会話のときに、自分でも「あれっ?覚えてた!」という感動と共にすらっと口に出るものだ。 5.「テキストに書き込んだりメモをとったり、ボロボロになるまで一緒に勉強」―よく「テキストの予習・復習なんて意味がない」などと授業アンケートに書く学生がいるけれども、絶対にそんなことはない。とても意味のある大事なことだ。私は中学から高校にかけて、英語の中間・期末試験範囲が発表されると、その範囲の英文を何度も読み込み、声に出して何度も読んだ。すると頭に入ってくる。「入ったな」と思ったら、今度は湯船につかりながら、大きな声で復唱したものだった。「英語の勉強・上達にテキストは不必要」とか「あのめんどくさい文法は要りません!」なんて、英語教材の宣伝文句によくあるが、なぜ日本人を誤った勉強の方向へと導くんだろう。 このテキストに関しては、面白い話がある。日本では有名なある演劇団のリーダーが、英国の演劇を学びたいと、留学を思い立った。でも英語にはまったく自信がない。そこで、NHKの「ラジオ英会話」を1年ほど聴き続けて、なんと全部暗唱した、と言うことだ。もちろん、毎日少しずつその日の内容を、繰り返し口に出せるまで暗唱していった、という意味なのだろう。おかげで、英国の演劇団でも、周囲の連中の言っていることが分かり、コミュニケーションは「なんとか、こんな僕でもできました!」とのこと。それでも留学の時は、英会話テキストを1年分、ボロボロになったのを段ボールに詰め込んで持って行ったとか。 その他、「英語伝」には「その日の学習はその日のうちに。ためないこと」や「できるだけ決まった時間に聴くように」や「継続が大切です。特に通勤時間はお薦めです」と懇切なアドバイスがある。でも「つい聞き逃しちゃって...」とか「今日はサボっちゃった。もう駄目?」という人のために、NHKは別売CDを用意してある。(ちょっと前まで「別売カセット」だった。)ラジオできちんと録音できなければ、このCDで学習する方法もある。まあ、決まった時間や継続、というのにあまり神経質にならない方が、案外継続する?ものだ。2日や3日、間が空いたっていいじゃないか、くらいの気持ちで。これならCDという強い味方もいるし、なんとか継続?しそう。 「3日坊主」は、英語では、"He/She can stick to nothing." という。これは「何をやっても根気よく続かない」という意味で、日本語のように期間を「3日」とは限定してない。この英語の表現の方が、「そんならどんなことでもstick to してやり遂げて見せようじゃない?」ってやる気にさせてくれる感じがする。 それに普通の人なら、通勤時間は語学学習に最適だ。でも私は疲れやすいし、三叉神経の冷えもあって、片道3時間という最高に最適の空き時間を、ほとんど寝て過ごしている。往復6時間。1日起きている時間の半分を、前期は通勤に費やしているのに、もったいないことだと思うが、仕方がない。 おまけにラジオ講座を聴きたくても、山の上に住むようになってからは、電波状態が最悪。「ガーピー」の合間にかすかに人の声が聞こえる。こんなじゃ英語番組を録音できない!パソコンは使えるが、携帯のメールは自宅からは「圏外」のマークしか表示されず、せっかくのメールも「送信が中断されました」の繰り返しでストレスがたまる。ラジオが聴けて、録音できれば、最高に安い料金で英語が勉強できるのだが...ここはもう、CDを買うしかないかな。何かとお騒がせのNHK だが、こういう教育番組ではなかなか味のあることをやっているじゃないか。NHKもまだまだ捨てたものでもないか?って感じだ。
September 5, 2005
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10歳の息子にはTU-KA のプリペイド携帯を持たせてある。最近友だちの家に行ったり、そのまま近くの公園で鬼ごっこや昆虫採集、歩いて近くのコープまで友だちに付き合ったりすることが多くなってきた。行動範囲が広くなってきたわけだ。でも息子に家に携帯でかけさせると、時間がかかる。「あっ...あのね。ぼく...」とごにょごにょ。私が「6時に帰るって言ったのに、もう6時半じゃない。どこにいるの?」と訊くと、「あのね...ええっと、健吾くんのうちで遊んでね、それから、ええと... マンションのエントランス」―ここまで話していきなり「ツー、ツー」なんである。 「え?今エントランスで遊んでいるの?」と言ってももう遅い。それでも1分もするとバタバタバタと元気な足音が聞こえて「ただいま~」となる。「ねえ。なんで急に携帯切るのよ」と訊くと、「えっ?切ってないよ。急に続きを話そうとしたら、切れちゃった」と、こんな調子なのだ。だから坊やにかけさせるよりは、私から「今どこ?もう6時半よ」と訊いた方が早いし、せこいが、電話代も損しなくて済むんじゃないか。あの「プリペイド携帯」ってのは、使いすぎの心配はないが、「あのさあ、今さあ、駅の近く」相手が「え?どこの近く?」「だからぁ、駅の近くって言ったの」「ああ、そうなの。今から帰るの?」「そう、今からバスに乗るよ」...これだけで「只今の通話時間は1分45秒です」という機械的な女性の声が流れる。 プリペイドシートをコンビ二で買っても、極端な時はまた、次の月に3000円分を買い求めて、また番号を登録したこともある。でも普通の携帯の契約で、下手にインターネットにアクセスすると、月額使用料がどど~んと1万5千円、なんてことも度々だった。だからプリペイドにしたのだったが... 息子のTU-KA が、プリペイドシートを3000円分買ったのに、新規登録できなくなった。訳がよくわからないので、直接お店に行って訊こうと、今日はTU-KA のある駅まで、息子と一緒に出かけた。でも目的の駅に着いたら、ちゃんとネットで調べたはずのTU-KAのお店がない。仕方ないので、駅員さんに訊いた。「あのー、携帯電話のTU-KAホン関西のお店はこの近くにありませんか?」 すると駅員さんは「あ、ちょっとお待ち下さい」と言って、やっぱりネットで地図の検索をしていた。「ここから左をまっすぐ行って、それから右にですね、お店がすぐありますよ」と教えてもらった。外は台風の接近で小雨が降っていた。私は子供の手を引いて、左に行き、右を曲がった。でもそこにあるのはお団子屋さんとパチンコ屋さんだった。 だんだん外が薄暗くなってきたので、足も疲れたし、お腹も空いた。「ねえ、きっともう携帯のお店、あっても閉店してるかもよ。今度の週末にまた来ようよ。今日は何かおいしいもの食べて帰ろうね」と私が言うと、坊やは目ざとく、「あれ?『たらふく横丁』だって!」と食堂街を見つけた。「ああ、ここがいいかもね」と私が言うと、「ねえ、『ダイアゴン横丁』みたいだね」なんて言っている。ハリーポッターの世界を、10歳の坊やはどこでも見ることができるんだなあ。 結局、子供の好物のお寿司を食べて帰ることとなった。帰りは夜9時半。それにしても変。TU-KA はいったいどこに消えたんだろう?
September 4, 2005
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よく家のポストに舞い込んで来るチラシ。英会話教室のもの。その広告のキャッチフレーズは、「なぜ日本人は英語が話せないの?」というものだった。内容は例によって、日本の英語教育への批判だった。 ―「勉強」では身につかない英会話力―中学・高校で6年間も英語を勉強したのに、それだけでペラペラ喋れるようになった人はほとんどいないはず。それは、文法を丸暗記したり、単語を詰め込んだりするような「読み・書き」を重視した方法で、読み書きに必要な知識は得られても、外国語を聞き、話す力を習得するのに適した方法ではないからです。― じゃあ、どうすればいいの?その答えは「海外留学」または「英会話学校に入学すること」となっている。英会話習得には非常に高額の資金を投入しなければならないという、宣伝意欲満々の広告だということがすぐ分かる。 それは単純に考えればそうなるには違いない。ただ読んだり書いたりだけじゃ、話したり聞いたりする力が備わるはずがないもんね。多くの人はこう考えている。しかし、私に言わせると、この考え方はあまりにも短絡的だ。実は「読む」力を養成することは、相手の話を理解する力に繋がるのだ。また「書く」力を鍛えることは、「話す」力のアップに直接関係がある。日本人の英語教師は、「文法」や「単語」ばかりを年中詰め込んではいない。中にはそういう「まずい」教授法を頑なに続ける教師もいるだろう。だが、人と話したり、聞いたりするのに、なぜ「文法」や「単語」を敵視する人が多いのだろう。まず文の構造を理解し、語彙を増やすことは、豊かなコミュニケーションの構築に十分必要だと、なぜ理解できないんだろうか。 私がたまたま購読することになった「英語伝」というメールマガジンは、このように書いてある。E-Mail: info@eigoden.co.jp ―英語が上達した人たちの共通点―短期間で英語が上達した人たちがやっていることは似ています。●1.「よく聞くこと」―いろいろなトピックで英語を聞いて、英語の音に慣れる習慣ができています。(ラジオ教材などを録音して)何度も同じ英語を繰り返して聞いています。●2.「繰り返す」―自分が覚えたい(使いたい)英語例文を繰り返して聞いて、口に出して練習しています。●3.「調べる」―分からない単語や表現はその都度調べて語彙を増やしています。●4.「後追いの発音練習」―聞いた手本の英語の後について、自分で発音するリピート学習をしています。●5.「復習する」―前回、前々回に行った内容も含めて学習して、自分で使える、理解できる英語になるよう学習しています。●6.「シンプルな英語」―英語でコミュニケーションできる方は、シンプルで短い英語を覚えて使おうとしています。回りくどい表現より通じるから。●7.「間違いを恐れない」―間違いを恐れず、会話で英語を使う姿勢があります。●8.「継続する」―毎日5分や10分でも、英語に触れる時間を自分なりに作り、覚えやすい方法で学習しています。●9.「目標がある」―自分で何か目標を作って(例えば日常英会話とか)その目標達成に向けて学習しています。(上達速度が全然違います)●10.「工夫する」―学習が三日坊主にならないよう、工夫しています。自分の興味ある内容や、学習したくなる方法、五感を多く使うなど、学習の仕方を自分なりに工夫しています。 要するに、「英語が上達する人たちは、確実に実践して継続しています」とまとめ、「『なるほど~』と思ったら、自分なりに工夫して、上のいくつかをぜひお試し下さい。(全部でなくてもOK です。)2週間も続けていると、習慣化して、生活の中に学習サイクルが組み込まれます。そうなったらしめたもの。英語上達の路線に乗ったようなものです。」と締めくくっている。 上に挙げた方法を全部実行するのは無理かもしれない。でも、1.「よく聞く(いろいろなトピックの英語を何度も聞く)」2.「繰り返す(口に出して練習する)」3.「調べる(分からない語彙はすぐその場で調べる=必然的に語彙が増える)」と、あとは、7.「間違いを恐れず英語を使う」―この4つは英語の上達を望む人の必須事項だろう。 私はこの「英語伝」のメッセージを読んで、「これこそ私が長年やってきた英語学習法だった」と驚いた。世の中には「英語は勉強すべきだ」との信念を持つ人がいることを知って、嬉しく思った。だから「英語は勉強したら上達しない」という広告のコピーに惑わされる人が多いが、やはりそれは大きな誤解だ。英語を上達させたいと思ったら、努力が必要なのだ。もちろんラジオ講座などの音声を利用して、英語の耳を鍛える必要があるだろう。それにしても「聞き流し」で英語が上達すると思ったら、それは間違いのもとなのだ。次回はラジオ講座の活用法を紹介した記事を掲載したい。
September 3, 2005
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今日、やっと息子と待望のポケモンの2005年新作『ミュウと波導の勇者ルカリオ』を伊丹の映画館まで観に行った。今日は伊丹の方では最終日で、しかも最後の時間帯に行った。間に合ったのはいいが、私は午後4時15分からきっかり始まると思っていたら、延々といろんなCM や上映予告が20分ほどあった。これなら、焦りまくって出かけなくても良かったんじゃないのかな。 伊丹といっても、JR 伊丹である。以前はJR 伊丹に行きたいなあ~と思っていた。と言うのも、JR 伊丹駅前には去年だったか、「伊丹ダイヤモンドシティテラス」という、大規模な商業施設が出来たからだった。ショッピングセンターはもちろん、今日出かけた超大型の映画館もどどーんとある。だから「映画観に行くんだったら、伊丹TOHO プレックスだよね」と言っていた。だから今日は念願が叶った日だったわけなのだ。 でもJR 伊丹に行くには、まず阪急宝塚まで行かねばならない。それから有名な、JR に繋がる歩道橋を渡って、JR 宝塚の駅に行く。私は今年の4月25日のことを思い出した。あの朝も、JR宝塚から「快速」に乗って、尼崎経由の「同志社大学前」の電車に大勢の人が乗っていたんだっけ...阪急路線に住む人、福知山方面に住む人、みんなJR宝塚駅から「快速」に乗って、そしていったん伊丹駅でオーバーランして...そしてそのままその電車に乗って、そして脱線して、尼崎のマンションに激突したんだった... それを考えていると、JR宝塚駅で改札を通り、プラットフォームに行くと、例の事故当時と同じデザインの車両が止まっていた。よく見ると、「同志社前行き快速」と書いてあった。何だか心が痛んだけれど、快速に乗ると、速いし、伊丹には停車する。「あらぁ、あの快速だねえ」と息子に言いながら、車両に乗り込んだ。 息子も事故を知っているので、「ねえ、なるべく後ろの方に座ろう。後ろなら脱線しても大丈夫だよね」と言う。車両はほとんどが濃いブルーの座席に変わっていたが、一部の座席は、あの凄惨な大事故の時、新聞で見た青っぽい柄物のままだった。事故で引っ繰り返った車両のドアから、その青っぽい柄物の座席が見え、吊革や広告が捻じ曲がり、裂けていた写真。 事故の後、6月中旬に線路が復旧し、すぐに翌朝ラッシュが戻った、と報道されたが、中には「二度とJRは使いたくない」と言って、阪急を利用する人もいたらしい。あれからスピードを制御する安全装置も取り付けられたが、実際JRを利用している人に尋ねると、「やっぱりJRは速く感じる」とのことだった。 私は普段阪急を利用するが、阪急の特急と同じくらいの速さのように感じた。怖くはなかったが、こうしてJRに乗り合わせた人たちの中には、あの脱線事故で家族や親戚や友人を失った人もいるのかも知れない...そう思ってやるせなかった。JR宝塚を過ぎると「中山寺」「川西」そして「伊丹」という風に、とんとん拍子で着いた。そして、映画を楽しんだ。帰りはラッシュで座れなかった。「伊丹」「川西」...そして「宝塚」。4月25日のあの日、何事もなければ、500人余りの犠牲者の人々は、こうやって帰途に着いたのに。 あの事故に関しては、「可哀想だね」とか「運が悪かったんだよ」なんて言葉は決して言うべきじゃないだろう。そんな生半価な言葉はもう通り過ぎている。それ以上の何か。何と言ったらいいのか、分からないが、ほんの子供の映画を観るために、事故に関わりのあったJR伊丹駅を利用したのは、何とも亡くなった人々に申し訳ないような...そんな気がする。別に自分が悪いことをしたんじゃないのに。でも、何か大きな事故や事件に巻き込まれて、助かった人は、皆一様に「自分が助かってしまって、何とも辛い。申し訳ない気がします」と言う。昨日の日記で書いた、ロシア学校テロ事件で助かった少女は、泣きながら、「私ひとりが助かってしまった。友だちは死んでしまったというのに。こんな思いとともに、これから先、生きてなんていけない」と言っていたのを思い出す。 このような罪悪感は、死者と生存者との溝があまりにも大きく深いからだろうと思う。いや、それ以上に言葉にならない悲しみの底があまりにも深いからだろうか...私は事故に巻き込まれて助かった生存者ではないにせよ、脱線事故の犠牲者の人々の心を考えるといたたまれない気持ちになる。事故からまだ4ヶ月。まだ事故は風化されるべきじゃない。そんな時に、偶然とはいえ、事故を起こした電車と同系の車両に乗って、事故の跡をたどった。犠牲になった人たちも、事故に遭わなければ、この伊丹で日常を楽しんでいたはずなのだ。辛さ哀しさの源はここにあるのだろうか。
September 2, 2005
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去年の9月1日はロシア南部の北オセチア共和国で学校占拠自爆テロ事件が起きた日だった。それをなぜか明確に覚えている。というのも私は別のサイト『RONMAMA ROOM』にそのことを割と克明に書き残していたからだった。遠い遠い、聞いたことのない見知らぬ国での出来事だったが、この国でも大きな町ベスランの、ベスラン第一学校が、ほぼ隣接するチェチェン人たちのテロリストに襲われたのだった。 欧米の学校は、新学期は秋、9月1日から始まる。このベスラン第一学校は規模の大きな学校で、小学校から高校まで兼ねている。事件の日の朝は、新1年生が思い思いにお母さんから制服に愛らしい大きなリボンやネクタイをつけてもらって、両親と手を繋ぎながら、入学式に臨んでいた。皆、いつもと同じ、毎年と同じ風景が始まるのに期待でいっぱいだった。 でも入学式が始まって、校長先生のご挨拶が始まった途端、銃声が鳴り響いた。入学式や新学期で、子供たちでなく父兄も大勢参加していた。それらの人々はテロリストによって、体育館に閉じ込められた。まだ蒸し暑い9月の始めだったので、人質となった1000人あまりの人々は、あまりの暑さに仕方なく上半身裸の状態になっていた。人質たちは3日間、何も食事を与えられず、手を頭に上げた状態で過ごさなければならなかった。体育館の中央には、「見せしめ」として、15歳から18歳ほどの少年たちが17人、次々と射殺されて、荷物のように積み上げられていた。 犠牲者の血が床を流れ、暑さで遺体の腐臭が蔓延する中、子供たちはテロリストによって、「歌を歌え。踊ってみせろ」などと要求された。飲み物がなくて、人質の人たちは、犯人が用意したバケツの中に用を足していたが、その中の尿を飲む子供さえいた。体育館のバスケットの中には爆発物が仕掛けられていた。その様子が、事件が起こって2日目、新聞やテレビで「恐怖の体育館」として放映された。一部の人たちは悪臭と暑さから、ほとんど服を着ていなかった。 そして3日目、警察部隊が体育館に突入したが、それ以前に体育館内で自爆が起きた。うまくその瞬間逃げた子供や大人もいたが、テロリストによって射殺された人が多かった。逃げられなかった人々は、体育館の屋根が崩落し、大火災が起きる中で命を落とした。そして犠牲者は300人あまりになった。しかし、2001年の9月11日のテロと同じように、事件に巻き込まれた近所の人々などや、遺体確認の困難さのためか、行方不明者が多数出た。 たった3日前は、楽しい新学期の始まりだった。それなのに、一変して安全なはずの学校が地獄と化した。やはり日本と同じように、「学校は地域に開かれた場所」という観念があったからなのだろうか。誰でも入れるようになっていれば、変質者やテロリストだって入ることができる、それが学校だと言っても過言ではないだろう。 この日記の冒頭の写真は、昨年9月7日付の朝日新聞に掲載されたもの。行方不明の子供たちの写真の下に、ロシア語でその子供の名前や年齢、服装などの特徴を記してある。これらの写真はお店のショーウィンドウに張られているようだ。行方不明の兄弟姉妹を探しに来た少女が、悲壮な表情でうつむくそばで、まだ幼い末っ子らしき幼児が、わけもわからず、ウィンドウの写真に手を伸ばしている。行方不明となっている子供たちは皆賢そうで可愛らしい。彼らの人生はまだこれからだった。その将来を、罪もないのに無残にもぎ取られてしまった。 1日のテレビでは、喪に服すベスランの街の様子を報道していた。それを見ながら、「あれから1年も経ったのか」と驚いた。同時に、あんなに遠く遠くの異国の事件ながら、わがことのように驚嘆し、悲しんだ1年前を思い出した。国は違っても、テロによって奪われた家族を嘆く気持ちは同じなのだ。もうその記事は無くなってしまったが、14歳ほどの旧友を失い、棺の前で嘆きにくれる少女たちの写真が忘れられない。嘆き悲しむある少女の横顔は、まるで古い西洋の宗教画に描かれたマリア像のようだった... 地図を見ても、北オセチア共和国は分からないほど小さい。しかしすぐそばにチェチェン人の国があり、トルコ・イラクと地続きだ。イラクのアルカイダ組織のリーダー、バサエフが昨年の事件に関わっているとされるが、事件から1年経っても捕まらない。ロシアはチェチェン人の独立を阻んで、多くのチェチェン人がロシア軍に殺された、という過去がある。だから彼らはイスラム過激派の流れをくむテロ組織アルカイダと合流し、ロシア人を襲撃するのだと言われている。 しかし憎悪の連鎖はどこかで断たないといけない。それにしても21世紀はなぜもこう、テロ事件が多くなってしまったのだろう。ロンドンのテロ事件もそうだし、実際今日、今度はイラクでスンニ派とシーア派の争いからパニックに陥った群集が、古代文明で有名なチグリス川に次々と落ち、また多くの人が命を失ったという。21世紀は始まったばかり。それなのに、どこか世紀末のような様相を見せている。不安で、恐ろしいことだと思う。
September 1, 2005
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