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「丑寅の二人旅」 第32弾 西安・桂林・上海 6日間 4日目3月31日: 昨夜、西安から桂林に到着中国NO.1とも言われる景勝地の桂林、昔から有名だっただけに、最近は比較的新しい観光地西安兵馬傭、四川省の楽山大仏等に押され気味??ホテルから眺めた桂林も街桂林の名物「川下り」の川も見えます早速山水画の風景を堪能する川下り「璃江下り」へ(璃江の璃の字、偏が王でなくサンズイです)璃江下りの船、キャビンが二階建て、デッキは二階の半分と三階部分収納乗客数は100人程?船の船尾部分(3隻が並んでます)、ここに調理場があり、大きな中華鍋が設置されています近寄って来ている小舟は食材売りです小型の川下りの船もあります筏の上にキャビンとエンジンを積んだものその筏ですが、太い竹を組んだみたいですが、それにしてもどの舟の竹もあまりに綺麗に揃って・・・、もしかして竹に模した太い塩ビのパイプ??通常の璃江下りは4時間30分程度ですが、この小型はもっと短時間らしい釣り舟? 釣り筏?航行時間4時間30分、途中でランチタイム、バイキング・スタイル追加でアラカルトの川海老(手長海老)の唐揚を頼みます(写真紙コップの右上)この舟は水産物の食材を届けに来ました、川海老の配達??もう一品追加アラカルト「スイート・ポテト」(里芋の大学芋風)別の舟が食材の配達に、オバサンの手に里芋が!川下りは、桂林のほぼ市街地から桂林市郊外の陽朔県まで、およそ65km途中に幾つかの街並みがありますGood Shotポイントに来る度に一斉にカメラを構えますこちらは別の日本人ツアー団体の記念撮影桂林の土地、山口県秋吉台と同じカルスト地形、2億4千万年前に海底から隆起カルスト地形だから、秋芳洞みたいに鍾乳洞・鍾乳石が??下の写真、鍾乳洞内部に出来た鍾乳石(つらら石)が、乳洞壁が崩れた為に、外部に露出した???璃江下り目玉の山水画のショット5題をアップします小雨、若干の霧だと、風景が水墨画の様相を呈して来るらしいです(サントリー烏龍茶のCMに使われている風景、人民元20元札の絵柄に使用されている風景もあるのですが、ランチに夢中で撮影しそこなったみたいです)有名な「九馬画山」、山肌の模様に馬が9頭隠れている、9頭全てを見つけると幸せになるとか???(11頭見つけたけど!!)余談ですが、客室乗務員による船内販売、結構熱心です、だけど、トルコ石?/虎目石?を配したネックレス、最初の価格12,000円が川下り終了真際には1,000円に(1,000円になった途端に何人かが買ってました)最初の12,000円って?、何?裏通りの露天商でなく、一応国営会社なんですよね! 川下りクルージング会社は! - 4日目の2に続く -
2012.03.31
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「丑寅の二人旅」 第32弾 西安・桂林・上海 6日間 3日目3月30日:昨日の観光開始8:00からの予定が15:00からと遅れ、観光時間が大幅に短縮されています。まずは西安市街観光、城壁・城門元々の基礎は唐の長安城、現存する形に完成されたのは明の時代城壁周囲長14km、皇居周回ランニングコースが5kmだからかなり広い城壁高さは12m城壁は南北に少し短い正方形に近い囲み、十数個の門(東西南北に大きな四つの門)が配置大きな四つの門の一つ西門「安定門」西門内部から眺めた城壁西門、内部からの眺め西門、城壁外からの眺め城壁内西門付近にあった五人囃子みたいなモニュメントモニュメントが意味するところ分かりません!ガイドさんによれば女性が瘠せているので、唐時代を模したものではないとのこと 西安、シルクロードの出発地点、ここから西に旅立ちました。この西門を通ってシルクロードへと旅立ちました。 西門城壁外にあるシルクロードのモニュメント 画眉鳥でしょうか??泣き声を愛でているのか? 競っているのか? 鳥篭四つ運んでいます、中身は画眉鳥? カーテンを閉めているのは鳴かせない為?? 売り物???こちらは健康太極拳露天理髪店も繁盛してます絨毯工場シルクロードの名前の由来、絹の絨毯、絹の絨毯が西安から西に運ばれました絹の絨毯の発祥の地は西安?? 蚕・生糸の紡ぎ技術・絨毯の織り技術は西安から伝わった??有名な絨毯、トルコ絨毯・ペルシャ絨毯、その他インド、エジプトにも少なくともトルコ絨毯は、西安の絨毯が中間点トルコ/イスタンブールで西側(ローマの商人)に渡された事からトルコ絨毯と呼ばれたのが始まり。ペルシャのイスファハンもシルクロードの道草の範囲ですよね!と言う事で、絹の絨毯買っちゃいました、6畳サイズの大きい奴、流石に絹だから肌触り良いですよぉ!だけど、結構な値段です、旅行代金2人分より高いですぅ連凧が上がってました峡西省歴史博物館(せんせいしょう:峡の字が違います、偏が山でなくコザトです)流石に長安の時から国の中心だった西安、先史の殷・周から秦・漢・隋・唐・宋・明・清時代の文物が陳列駱駝、唐三彩でしょうか?馬、唐三彩でしょうね?武人、唐三彩ですよね?豚人?鳥人?羊人? 猪八戒の親戚でしょうか??中国史上最初の女帝「則天武后」の母の陵墓から出土した巨大獅子像大雁塔と三蔵法師像(塔の左手前の黒っぽいシルエット)寺の名前は慈恩寺、大雁塔は三蔵法師がインドから持ち帰った大量の経典を保存する為に建立三蔵法師自身も、一時期この寺の住職でした寺の境内に居た親鶏と雛碑林博物館、漢字が刻まれた石碑が林立するので碑林「碑」の字、右上の点がありません、政府から意にそぐわない指示を受けた作者が皮肉を込めて省いたとか!「大秦景教流行中国碑」、キリスト教の布教代表団との交流を記した碑石碑からの拓本です竹文字の石碑、竹の葉に模した文字訳あって、項羽に仕えていた関羽が劉邦に送った文、文字とは分からない様に竹の葉に模したとか?漢陽稜地下遺跡博物館漢景帝とその后の二つの陵墓の間にある地下抗をガラスで囲い博物館にしています秦始皇帝兵馬傭の埴輪に比べると極めて小さく30-50cm程度です。人の傭は、土の頭・胴体・脚に木の腕、布の服、皮の鎧を付けていましたが、土以外の全てが腐って消失、残ったのは両腕の無い裸体、それも痩せっぽちの体にオチンチンがしっかり付いているのが少し滑稽宦官の裸の傭もありました。人の傭以外に、犬(優しいのと獰猛なのと)、鶏、羊、山羊、馬、豚の傭も数多く出土下の写真、抗を覆ったガラスの上を歩いています。出土した多くの傭が展示されていましたが、デジカメの電池が切れましたぁ・・・電池が切れたところで、空路で西安から桂林へ、1時間40分程 - 4日目に続く -
2012.03.30
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「丑寅の二人旅」 第32弾 西安・桂林・上海 6日間 2日目3月29日:早朝04:00にホテル到着後2時間程の睡眠、09:00過ぎに再び上海空港に。昨日の霧で相当多くのフライトがキャンセルされた模様、チェックイン・カウンターは人で溢れています。並んで待つこと1時間、漸くカウンターに到着、ところがカウンターの端末に我々の予約データが入っていない。代理店の人、カウンターと航空会社事務所を行ったり来たり、漸く別のカウンター端末でデータが検証されたので、そちらにスーツケースを転がして並行移動。漸く乗れた待望の西安向け中国東方航空の飛行機西安着15:00、何はさて置き秦始皇帝稜の兵馬傭へこれまで発掘された坑は四つ、一番大きな第1坑、正面からの全景さすがに迫力があります!!兵士は皆東を向いています秦の始皇帝が全国を平定する直前は、周が衰退し春秋時代・戦国時代の群雄割拠の時代有力な国、魏とか楚とか、全て秦の東側に位置したとか、要は敵は全て東に居たからとの、ガイドさんの説明 第一坑側面からの眺め、多い所では38列に並んでいる既に2,000体ほどの兵馬傭が発掘・修復されており、全て発掘されると6,000体以上だとか同じ顔の傭はありません、製作者2人が向かい合って相手の顔を制作、全ての傭に字が刻まれている、製作者の名前らしいです第2坑か第3坑か、定かではありません第3坑だったら、司令塔なのかも???武人、鎧を着てます、石で作った鎧です傭の身長180cm、当時の人民の平均身長は155cmと推定されているので、大きめに作られています戦車車軸・車輪・台座部分は木製だったので、腐って消失第2坑/第3坑? 壊れた状態で出土した傭、これから復元??出土された直後の武人の傭(埴輪)の写真色が塗られていますが、空気に触れると急激に退色します多くの傭が未だ発掘されていないのは、退色を防ぐ技術が開発されるのを待っているとか???陳列館にある銅馬車のレプリカ(1/2サイズ)、始皇帝稜近くから発掘されました始皇帝が全国行脚に使用したらしいです夕食は西安名物の餃子宴、その後唐時代を模した唐歌舞踊ショー西安、中国の歴史上最も長い期間首都となった処???秦の時の地名は威陽(かいよう/威の字違いますが)、隋・唐・漢(前漢)時代の地名は長安舞踊の写真2題舞踊ショー最大の目玉、「千手観音」 - 3日目に続く -
2012.03.29
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「丑寅の二人旅」 第32弾 西安・桂林・上海 6日間 初日3月28日: 3月末になって漸く今年最初の旅、随分と遅い旅立ち(ん?)となりました。余談ですが、2月20日頃に「雪見露天風呂とローカル線の旅」と銘打って、上越線と飯山線(人気のローカル線)を乗り継いで越後湯沢と野沢温泉で雪見露天風呂を楽しむ旅を企画しましたが、今年の豪雪は半端ではなかった!連日ネットで路線の運行状況をチェック、飯山線、2日に一度は除雪の為運行一時停止の状態が続いていました宿のキャンセル料が発生する直前まで粘った挙句、旅行断念西安・北京(上海)のセット、桂林・広州(上海)のセットが良くあるツアー、偶然見つけた西安・桂林・上海セットのツアに跳び付きました成田17:00発の遅い出発、成田って、矢張り遠いです、ある面遅い出発は楽!!昨年?一昨年?成田スカイアクセス線が開通、武蔵野線東松戸からアクセス特急を乗り継いで成田へ、便利になりました、特急料金の要らない特急だからコストも安い。中国東方航空、初めての航空会社、1時間30分遅れで成田を離陸、前途多難の予感が予感的中!!上海到着1時間30分遅れの20:30、西安向け飛行機が居ません。未だ始発の青島空港を飛び立っていないとの事、外は霧が次第に深くなって来ている。散々待たされた挙句、深夜1:00にフライト・キャンセルが決定旅行会社の上海代理店の人が来て、翌日のフライト予約・本日の宿の確保・委託荷物の受け取りに駆けずり回ってくれましたが、彼に合わせてコチラも空港の1階から3階/右から左を行ったり来たり。ホテルに到着したのは明け方4:00です!!疲れました、兎に角寝ます!大幅に遅れているフライトを待つ間、トランプ博打に興じる中国人旅行者、左手にトランプ・右手にお札(その場面の撮影は難しい) - 2日目に続く -
2012.03.28
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