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東京オペラシティコンサートホール 19:00〜 3階右側 J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻 〜前奏曲とフーガ第1番 ハ長調 BWV846 カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」BWV992 モーツァルト:ピアノ・ソナタ第17(16)番 変ロ長調 K.570 ハイドン:アンダンテと変奏曲 へ短調 Hob.XVII:6 ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob.XVI:52 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調 op.53 「ワルトシュタイン」 ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109 <アンコール> J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988 〜アリア ピアノ:アンドラーシュ・シフ 最近毎年のように来てくれるシフ。今回は秋の初め....の筈が、都内は日中30℃越え。昔はこんなことなかったんですけれどもねぇ。少なくとも暑さ寒さも彼岸まで、だったのに...... シフは今回はこの公演と、日曜日のミューザ川崎での公演。最近のシフの公演で採用されている、演目を事前に決めない、知らせないスタイル。プログラムを見たら、「予習」が出来ない、という声が一部にあったそうで.......はい?予習?アホな....... プログラムのインタヴューでは、シフ曰く「私自身が考案したもの」だそうですが、リヒテルも、たとえば「リストプログラム」みたいな形で曲目までは決めずにリサイタルをやってましたし、アルゲリッチも自分が弾く曲は決めずに、というスタイルを採ったことはあったので、まぁ、そこまでは......いいんですけどね。というか、そういうスタイルは昔からあるよね、ということであってね。予習が出来ない?何を言っているのやら.....むしろ新鮮に音楽を聴けるのではないかと思うんですけれどもね。むしろシフの解説が入るので、下手に予習なんかするよりよほど面白く聴けると思うのですが。 いや、もっと言うと、そもそも最近のシフのレパートリーは概ね決まっていて、本人も段々絞り込まれていると言っているくらい。しかもその大半は何処かで聞いているような曲なのだから、何の予習が必要なものなのかと。あまりみっともないことは言わないで欲しいというものかと。 実のところ、今回のリサイタルで演奏された曲も、確かに何処かで聞いたことある曲ばかりです。平均律の第一曲はともかく、2曲目のカプリッチョは去年と同じ。モーツァルトは去年所沢で弾いてるし、ハイドンのソナタは2017年に弾いているし、ベートーヴェンもop.109は2011年と2014年に弾いている。 そうなんですよね。マンネリとは言わないし、弾きたいものを弾いているのだからそれでいいじゃないかとも言えるのだけれども.... 実はシフはこの間夏休みにザルツブルクに行って聞いています。その時のプログラムは、ゴールドベルク変奏曲のアリア、フランス組曲第5番、モーツァルトの小さなジグ、ブラームスの間奏曲、シューマンのダヴィッド同盟舞曲集、半音階幻想曲とフーガ、メンデルスゾーンの厳格な変奏曲、テンペスト。日本での曲目は、割と似通ってますかね..... ただ、これも、大体がレパートリーの中ではある。無論レパートリー自体は広いし、こういうプログラムをその場なのかどうか、作れるのは凄いんですが..... ちなみにこのザルツブルクのリサイタルは、シフ所有のピアノフォルテで、ライプツィヒをテーマにしたプログラム、ということではありました。ベートーヴェンは.....どうなんだっけか。関係してるのかしら?ライプツィヒと。まぁ、それはともかく。 演奏は良かったです。ただ、最近、シフの演奏を聞いていると、時々違和感を感じることがあるのですよね。多分こちらが勝手に記憶しているのと違ってたり、拍を拾い損ねてたりするのだろうと思うのですが、時々迷走しているように感じることがあるのですよね。それは傍に置くとして、まぁ、納得の演奏。特にベートーヴェンはずっと聞いていたいような演奏。シフの弾く最後の三つのソナタは、ずっと聞いていたいくらいですが、op.109は、本人も好きなんでしょうね。 終演は22時過ぎ。これもお約束。今回は一番安い筈のB席で、それでも8,000円したのですけれども、これはあれかしら。コンサートホールの残業代が入っているのかしら...... 演目は見ての通り古典派で終わってますので、ミューザ川崎ではロマン派に振った内容になるのかしらね。 一つだけ。不満じゃないんですけれども。シフのリサイタル、凄くいいと思うんですよ。ただ、正直、最近あまり他にいいリサイタルを聞けていないような気がする昨今、ちょっとね、リヒテルとか聞きたいなと思うんですよ。いや、生で、って意味ではないので、CD聞きゃいいじゃないか、というだけの話ではあるんですけれど、でも、ちょっとそう思ってしまう部分が、なきにしもあらずという。何かね、リヒテル的なものが聞きたいなぁ、というね。上手く言えないんですけれども。
2023年09月30日
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東フィルはシーズンが暦年ベース。このくらいの時期から来シーズンの情報が来るはず.....と思っていたら、届きました。 8公演。それはまぁいつも通り。来年は、チョン・ミュンフンが3回、バッティストーニが2回。いや、チョン・ミュンフン、2回でいいんだけどな......皆好きねぇ........後は3人で一回づつ。ダン・エッティンガーが久々に登壇。ブルックナーの4番をやるそうです。ふむ。後はプレトニョフと、出口大地。昨年だったかハチャトゥリアンコンクール優勝という触れ込みで登場して以来の登壇。演目的にはハチャトゥリアン、コダーイと、ファジル・サイの書いたヴァイオリン協奏曲.....なんだそれ。ただ、出口大地自身は、この冬の東フィルの第九を任されているので、むしろ定期的に登場、と言っていいんでしょうかね。もう一人はプレトニョフ。まだ呼ぶんだ......これは行かない。まぁ、来年は行かないのが1公演で済むといえば済む。 まず、最近の東フィルの傾向と言えなくもないですが、ソリストが出る協奏曲が少ない。独奏者は1月のプレトニョフの回で、ピアニストのマルティン・ガルシア・ガルシアがグリーグを弾く。あとは、10月の出口大地の回で、服部百音。但し、実際には賑やかなラインナップなのではありますがね。 チョン・ミュンフンは来年は2月に「田園」と「春の祭典」、6月にトゥーランガリラ、9月にはヴェルディのマクベスの演奏会形式。またオペラをやるのはチョン・ミュンフン........いいけどさ、バッティストーニにも振らせようよ........ そのバッティストーニは、3月にカルミナ・ブラーナ。なるほど。もう一回が11月にマーラーの7番「夜の歌」をやります。なるほど.........まぁ、いいけどね.........わからんでもないけどな........カルミナ・ブラーナは楽しみですね。 プレトニョフはやっぱり聞きに行きません。昨年、ポジションを持っていたロシア・ナショナル響と縁が切れて、今はスイスでラフマニノフ・オーケストラみたいなのを作って活動しようとしているらしいですが、ねぇ。正直まともなニュース・ソースで報じられているわけでもなく、そこまで真面目に調べる気もないですが、例によってウクライナ問題で沈黙を保っているのは相変わらずの様子。であれば、関わり合いにはなりたくない、というか近寄りたくないですしね。若い人は知らないけれど、冷戦の終焉とロシアの混乱を目にしてきた限りでは、あの年代の、一応のポジションを持ったロシア人にはなんの同情心も湧かないのですよ。 The Guardianが今年のエディンバラ・フェスティヴァルでのションパン・プロの演奏会の評を載せていますが、まぁ、元々あそこは点が辛いのだけれど、にしても辛いねぇ。5点中の3点という評ではないなぁ。まぁ、それでも、相手にしてもらえるだけいいのじゃないかと思うけれども。
2023年09月29日
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NHKホール 18:00〜 3階右手 R・シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」op.28 ブルレスケ ニ短調 <独奏アンコール> シューベルト:楽興の時 第3番 ハ短調 op.90-3 R・シュトラウス:交響的幻想曲「イタリアから」 op.16 ピアノ:マルティン・ヘルムヒェン NHK交響楽団 指揮:ファビオ・ルイージ この日はダブルヘッダーで、初台での「二人フォスカリ」を観た後でこちらへ。初台からはバス一本で公園通り上り詰めたところで降りられるので便利。とはいえオペラ公演でダブルヘッダーは時間が合わなかったりするのですが、なにしろ「二人フォスカリ」は割と短いオペラなのでね。 9月の最初の定期演奏会の初日、ということはシーズン開幕、指揮は主席指揮者ということで、賑々しく......となるかと思いきや、まぁしょぼいこと。特別感がないのはともかくとして、3階席はかなり空いている。特に、空いてるなぁと思って買った右手、センターブロックを外れたところはガラガラ以上の空きっぷり。2割入ってなかったんじゃないか。センターブロックだって空きは多かったようで。 やっぱり、みんな、ファビオ・ルイージ、嫌いなんですかね。じゃぁ誰ならいいんだよ、と。ちょっとキレ気味に問い詰めたくなってくる気はします。別に自分もそれほど好きなわけではないにせよ、加えて今日のこのプログラムではあるにせよ、とはいえ、もうちょっとみんな聴きにきてもいいんじゃないの?いや空いてるのは有り難いんだけどさ。 R・シュトラウス・プロ、ということになりますが、若い頃の作品に寄った内容です。ティルはまぁまぁ聞くことはあるけれど、あとの二曲はあまり演奏されることは多くないように思います。特に後半の「イタリアから」とか、聞いたの初めてかも知れません。 で、どうだったか........ ティルは、まぁ、こういう曲だよね、というのを外さない演奏。こういうプログラムだと、そうか、一曲目に来ちゃうのか、という気はしますが、知名度的には一番知られている曲でしょうし。まぁ、面白くていいんじゃないの、という。 ブルレスケ。あまり演奏されることは多くないですが、とはいえ、R・シュトラウスのピアノ協奏曲というのはこれしかないので、聞くことはありますね。ピアニストのヘルムヒェンはあまり知らない人で、何度かN響とやったりもしているようですが、多分初めてなんじゃないかと。堅実な演奏といった感じ。ただ、まぁ、その割にこういう曲なのもちょっとアレかなぁと。軽い曲というわけではないですけれども、ちょっと勿体無いかも知れないですね。 で、後半の「イタリアから」。まぁ、なんというか、R・シュトラウス版の「イタリア奇想曲」、但しテンション高め、みたいなところでしょうか。鬼のパンツはいいパンツ、だし。いやそこはフニクリ・フニクラって言わなきゃいけないのか?まぁ、いいんですけどね....面白いし....... そうですねぇ。正直言うと、面白つまらない、というところになるでしょうか。 いや、演奏がつまらない、とは言いません。悪くはない。瞠目するほどではなかったと思うけれど、そこにあまり不満はない。むしろ、曲として、浅いというか、上っ面での面白さはあるけれど.........というところでしょうか。その先に行きようがない、というのか。 まぁ、プログラムの問題、と言えるかも知れないですね。ファビオ・ルイージ、指揮者としてはいいと思うんですが、ただ、ちょっと趣味が渋過ぎるきらいはあるかも知れません。思えば就任公演からしてヴェルディのレクイエム、というのは、凄く正しいと思うんだけれど、N響的にはウケが悪いですよね。正直、ベートーヴェンとブラームスとブルックナーやっときゃあんまり文句言われないと思うんですよ。でもやらないでしょうね。つまんないから。なんでN響ってそういう人ばっかり呼んじゃうのかな。いや、凄く正しい選択だと思うんですけれどね。でも、集客的には、こうなっちゃうんじゃないかなぁと。デュトワ然り、アシュケナージ然り、ヤルヴィ然り、毎々「ど真ん中じゃない人」なんですよね。あれは面白いといえば面白いんだけど、ね。
2023年09月18日
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すみだトリフォニー 15:00〜 3階左側 モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ序曲 ピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271「ジュノーム」 ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲第1番 ピアノ協奏曲第1番ハ短調op.35 ピアノ:小曽根真 新日本フィルハーモニー交響楽団 指揮:井上道義 井上道義。来年一杯で引退するんだそうです。まぁ、確かに、その頃には80目前なので、そういうことを考えてもおかしくはないかもね、というお歳ではあります。そういうふうには見えないけどね..... で、このタイトルです。確かにある種の特別演奏会ではあるので、いいんですが。ほぼほぼ小曽根真の協奏曲を聴く会という体でしょうか。やはり小曽根ファンが沢山。うん。まぁ、自分もそうではあるんですけれどもね。 ドン・ジョヴァンニ序曲。うわ、重ったい。重っ苦しい、とまでは言わないけれど、最近の例にはハマらないのは確かとはいえ、現代オケとしても、これはかなり重たい。こういうのは久々に聴いた気がします。まぁ、でも、そうだねぇ。そもそも井上道義という人はこういう方向性の人だったかも。あまり一生懸命聞いている訳ではないのですけれども、新日とか聞いてると時々出会しますのでね。第九を聞いたのは去年のN響で、その時も書いたのですけれども、あの時、演奏は、まぁ、らしい演奏で、というのは、確かに生き生きとして、しかし十分に鳴らしつつ、という、今度の演奏にも通じるようなもので、加えて思いの外丁寧で、まぁそれはいいのだけれど、帰りがけにどこぞの人の会話が耳に入りまして。「井上道義は面白いよね。尾高忠明なんかはなんか退屈というかつまんないよね」とかなんとか。まぁ個人的にはそれは全然違うだろ、というか、尾高忠明を全然わかってないな、と思うのだけれども、一方で、井上道義もちょっと誤解されてるよね、とも思うのですよね。 多分、井上道義という人は、このドン・ジョヴァンニだって、考えがあってこうだろうという組み立ての上に成っている人だと思うんですよ。たとえば今時のオペラハウスでこの序曲で始まってしまうと、ちょっと全編保たないんじゃないかという気がします。オケもだけど、それ以上にオペラ全体が。重過ぎて。だけど、井上道義はぎっちり鳴らしてくる。これは演奏会だから。この後ジュノームだし。だから、この曲はこうやる。多分そういうことなんじゃないかと思います。いや、言えば、「これでオペラ全編でもやるよ」って言うかもしれないけれど。 でも、世間に言う井上道義って、多分、個性的で「面白い」指揮者なんじゃないかと思うんですよね。確かにこの人奇を衒ったようなところはあるけれど、それは少なからず企画としてそう見えるのであって、やってる中ではむしろ大真面目なんですよ。以前やった日比谷公会堂でショスタコーヴィチの交響曲全曲演奏する、みたいなのも、半ば色物的に見えたけれど、あれだって当人はショスタコーヴィチ愛と日比谷公会堂愛を表に出しただけであって、内容的には大真面目なんですよ。受け取る方が歪めてしまうのかな。そういう意味では、岩城宏之が挑んだ大晦日にベートーヴェンの交響曲全曲振る、というのもそんな気がします。ま、それはともかく。 ジュノームと後半のショスタコーヴィチの協奏曲は、小曽根真の独奏。勿論今となっては十八番で、例によって小曽根節を散りばめた演奏で、その点では期待に違わず、良かったのではありますが......ちょっと考えてしまいましたですかね。 小曽根真がクラシックに挑戦しだしたのはもう30年近く前からだそうで、自分が初めて生で聞いたのも、ゲイリー・バートンとのデュオで、アルバムVirtuosoを出した頃の、クラシック楽曲の演奏を含めた物だったので、それ以来ジャズの人だけどクラシックもやる、という位置付けなんですよね。で、いわゆる小曽根ファンというのは、その辺も含めてとはいえやはりジャズピアニスト・エンターテイナーの小曽根真、なんですよね。それはいいんだけれど。 一般に。クラシックを聞いていて、同じ人が同じ曲を演奏するのを何度も聞く、というのはあまりないのです。そもそもそんなに通わないですからね。私が一番聞いていそうなピアニストはそういう意味では多分小曽根真で、だから、ジュノームもショスタコーヴィチも、2度目か3度目か、そういうことになります。というか、小曽根真のスタイルは、この2曲に限らず、必ずカデンツァの部分を中心に、オリジナルにない和声、響き、イディオムを入れてくるのですが、で、それを楽しみに皆聴きに来ているので、それはいいんですけれども。ただ.......私もそうなんですよ。それを聴きに来て、それを楽しんでいるのは確かなんです。ただ、何処かに、既視感を感じるのですよね。それは、いわゆる小曽根ファンと思しき人達の反応を見ているとよく分かる。つまり、反応も同じなんです。既視感が強い。マンネリ、というには、あまりにも音楽がフレッシュに響くとは思うのですが。でも.......これって、予定調和でないかいな? 小曽根真の弾くクラシック楽曲のどこに面白さがあるかといえば、「そこになかったもの」なんだと思うんですね。そこになかったものを見出す新しさ。新しさ、と言ってしまうと陳腐に聞こえるけれども、でも、そうすることで地平を拡げてきたというのはあると思うのです。それは聞く側にとってもそうだし、小曽根真自身にとってもそうだと思うんです。 でも、「また」ジュノームとショスタコーヴィチ。毎回同じではないかも知れないけれども、繰り出されるお馴染みの方向性のイディオム。それを安心して熱狂する小曽根ファン。お分かりだと思いますが、大体が自分のことを棚に上げて聴衆に辛く当たる私としては、この最後の「お馴染みの熱狂」が少々気持ち悪いんですね。君らもう何度も聞いてるんじゃないの?このパターン、このスタイル、この方向のイディオムは、と。 いや、それで何が悪いというわけではないんです。これはこれで間違いではない。でも、ねぇ。このコンサートは、「井上道義・ザ・ファイナル」シリーズなんです。主役は井上道義。その井上道義との演奏歴を振り返る形でのこの選曲は、確かに間違いではない。ないけれど、なればこそ、例えばモーツァルトは他の何かやったことのないもの、でも良かったんじゃないかと思うんです。何故なら、「新しいもの」を追い求めたのが小曽根真の挑戦だったと思うし、井上道義という人もそういう人だったと思うので、別にとんでもないものを持ってくるべきとは言わないけれども、何か新しいものを、出来れば既存のスタイルからまた外れたようなものをやってみても良かったんじゃないかな、と、今回は思ったのです。 簡単に言ってくれる、という話ではあるんですけれどもね。そんなの簡単に出来りゃ苦労はしないよ、と。でも、井上道義との、まぁ、これが本当に最後とはならないんだろうけれども、もう一歩先に何か出していってくれないかな、とは思うんですよね。勝手な話ではありますけれども。
2023年09月18日
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新国立劇場 14:00〜 4階右手 フランチェスコ・フォスカリ:入江隼人 ヤコポ・フォスカリ:藤田卓也 ルクレツィア・コンタリーニ:佐藤亜希子 ヤコポ・ロレダーノ:田中大輝 バルバリーゴ:及川尚志 ピザーナ:中桐かなえ ファンテ:井出司 セルヴォ:石井敏郎 二人の息子:岡本瞬、普久原傑人 藤原歌劇団合唱部、新国立劇場合唱団、二期会合唱団 東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:田中祐子 演出:伊香修吾 なんだかんだ1ヶ月以上ぶりのエントリーです。 夏休みは4年ぶりに渡欧してきました。今年はザルツブルク一択、経路はともかく事実上単純往復です。 色々思うところはありましたけれども。オペラはあまり見なかったし、見たものもそれほど良くはなかったような。ムーティ指揮のウィーン・フィルは流石になるほどという出来ではありましたが。シフのリサイタルも、まぁ、良かったかな。そんな感じです。色々変わってしまったこともあれば、変わってないこともあり。 日本で聞くのは結局それ以来です。藤原歌劇団も久しぶりだけれど、「二人のフォスカリ」とは。流石に日本初演というわけではないだろうと思いますが、私は日本で聞いたことはありません。そもそも海外でもあまりやらない演目だと思います。録音も少ない筈だし。私が知っているのは、昔々、Philipsがヴェルディの初期の作品を纏めて録音集を作った時のものくらいじゃなかったかと思います。恐らくは、それと、何年か前のヴェルディ生誕200年の時に映像が撮られているはずで、それくらいじゃないかと。前者は昔聴いていて、演目の割に出演者が良かった筈なのと、なかなかに重厚な響きの音楽なのが面白かったのをよく覚えています。とはいえその後は聞く機会はあまりなく。実のところ私は日本では実演は聞いたことないんじゃないかと思います。数年前にザルツブルクで演奏会形式でやったことがあって、この時はバリトンに転じているドミンゴが総督役を歌っていて、なるほどいい声だったなという覚えがあります。ヴェルディ初期の作品で、登場人物が少ない分少数精鋭で充実した音楽が、ヴェルディらしく特に低声に付いているので、地味に思われる作品ながら面白いのですよ。再来月に新国主催でやるシモン・ボッカネグラも楽しみですが、二人のフォスカリなんて滅多に聞く機会がないので結構楽しみにしていました。 まず、こっから?と言われそうですが。お客。4階席だったんですけれどね。人のことは言えないが、お年寄りの男性がメインだったのですよ。それはいいんだけどさ。普通4階席といえばそれなりに反応がいいというものなのですが、率直に言って御通夜みたいな反応。皆さん棺桶に両足もう突っ込んでるんじゃないの?それともあなた達拍手すると死ぬ厨二設定でもあるの?みたいな。 なんなんでしょうねあれは。最近って実はあんなものなの?それとも藤原だから?いや、例によってぶらぼおおおおおおとか騒いでる人は一部に居るんだけれど、そもそも皆これがなんなのかさっぱり理解してなかったんじゃないかなと。確かに。このオペラ、録音も殆どないし、アリアとかなんとか抜粋して取り上げられる部分も殆どないので、耳慣れない、聞いたことない、というのはあるのかも知れないですけれども。でもさぁ。聞けば、演奏はともかく、それなりに面白いと思うよ?なんでそんな薄い反応なの?結局、知らないものには反応できないということなの?それも随分と情けない話だと思うのですけれどもね。予習しないとわかんない、みたいなのって。 で、演奏ですが、ただ、まぁ、正直いうと、ちょっとがっかりです。 ええとね。まず合唱。上記の通り、藤原と新国と二期会の合同だそうで、で、誰がどうなのか分からないですが、冒頭の合唱がもうカタカナ発音丸出しなんですよね。Silenzio....Mistero....と歌っているのだけれど、正直言うと、カタカナにも聞こえ難いという......しれんつお......みすてろ.......というような...... ねぇ。この2語だけなんですよ?もうちょっとさぁ.......沈黙が...とか、秘密が.....みたいな風なことを思いながら歌いましょうよ、っていう基本的なことがね.......もうどこの誰がとか分からないからなんともだけどさ......これでもうすっかりがっかり。 で、歌手。メインは、総督たる親父フォスカリ、流刑の憂き目に遭う息子フォスカリ、息子の嫁、まぁこんなもの。仇敵ロレダーノを入れても4人なんだけれども。 まず、テノール役の息子フォスカリですが、これがねぇ。声はある、ということなんでしょう。声は大きい。でも、歌になってない。雑なんですよね。ヴェルディ初期のオペラは、確かにちょっと聞くと単純に聞こえるかも知れないけれど、その分わかりやすいので、丁寧にやるべきだと思うんです。どうせ放っておいても声は良く聞こえるように書いてあるんだから、丁寧に歌えばいいのに。まして東京文化会館よりよほど歌手には楽に声が届く新国なのだから、なんで無理に力押しにしようとするのか。一瞬「これPA入ってる?」と思ってしまいましたよ。久々。 総督役ですが、こちらも、まぁもうちょっとちゃんと歌ってはいるものの、やはり声に頼るというか、雑味は否めない。まぁ、それでも、一応聞けはしましたけれどもね。ただ、やっぱり、もうちょっと深くやってほしかったかなぁ。なんといってもこのオペラ、やっぱり、総督が主役なのだから。 他は、まぁ、特筆することはないかなと。 オケは、まぁ、それなりに締まってはいました。こちらも悪くはないけど特筆するほどのことはないかなと。 演出。これも、悪くはないと思います。例によって演出ノート的なものは読まないようにしているので後で読んだのですが、「ヴェネツィア共和国が現代まで続いている」という設定だそうで、そう聞くとちょっとトンデモっぽい設定に聞こえますが、見てる方としては、中世ヴェネツィアの話なのに総督以外どうして今っぽい衣装なの?お金ないのかなやっぱり.....とか思ってたのですけれどもね。 演出ノートを読む限り、演出家は、このオペラの本義を政治的なところに見たということで。つまり、公人としての総督と私人としての父親という二つの立場の間に引き裂かれる悲劇、という読み方なのだそうで。なので、この舞台を「現代まで続くヴェネツィア共和国」とすることにトンデモな部分はあるけれど、それによってこのテーマの現代性を生かそうとした、と、言ってみればそういうことでしょうか。 まぁ、トンデモといえばトンデモですけれどもね。ただ、舞台自体は非常に簡素なもので、そういう意味での政治性というものをうまく抽出して描き出しているので、それほどの違和感はありません。成功かと言われるとなんともで、そもそもそういうことこの日のお客はわかっているのかどうか。わかる気もないようなお客ばっかりだったんじゃないかという気はしますけれども。ただ、演出として、決して失敗ではなかったと思います。 ただ、今時のオペラ公演だと、こういう時は何処かの歌劇場と共同制作みたいにすると思うのですが、これはそういう形をとっていないので、その辺やっぱりお金はなかったんだろうなぁと。でも、その中でよくやっているとは思いますけれどもね。なんでもかんでも共同制作すりゃいいってもんじゃないのよ。いくら共同でやっても所詮アマチュアじゃダメなんだよね。 まぁ、総じていうなら、微妙ではあるよね......
2023年09月10日
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