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紅葉台展望台からの風景の続きです。西南西の方角です。遠くに見えるのは南アルプスの山々です。手前には先ほど登ってきた道が見えますね。紅葉も綺麗です。こちらは南西の方角。逆光になってしまいましたが、大室山が見えます。そして一周して富士山。南に見えます。そして南東方面がこちら。山中湖がある方向です。さて、紅葉台の展望台を後にして、さらに先に進みます。10~15分ほど歩くとすぐに到着します。三湖台です。(続く)
2020.11.30
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紅葉台には、レストハウス兼展望台(有料)があります。お金を払うと手作りの地図を貸してくれます。こちらがその地図。360度が見渡せるようですね。こちらがその展望台。富士山がはっきりと大きく見えます。こちらは富士五湖の西湖。そして、本栖湖方面および青木ヶ原の樹海。どこまでも続く樹海の大きさにはびっくりしました。(続く)
2020.11.29
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赤い紅葉のトンネルを見上げながらしばらく歩きます。最後の急な階段を登りきると・・・最初の目的地である紅葉台のレストハウス兼展望台が見えてきました。頂上付近まで来ると、富士山もはっきりと見えてきます。縦のカット。そして、紅葉台の展望台に登ると・・・富士山の全容が姿を現します。(続く)
2020.11.28
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紅葉と大室山です。大室山をアップで撮影。伊豆半島の大室山に似ていますね。火山らしい形の山です。再び紅葉の道を歩いて、展望台のある場所へと登って行きます。色鮮やかな紅葉が続きますね。こちらはこれから色づく紅葉たち。緑と赤の競演。(続く)
2020.11.27
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鮮やかな紅葉の道は続きます。その紅葉の林の向こう側に何か見えます。富士山の輪郭が見えますね。林がまばらになっているところで、富士山を再度撮影します。結構近くに見えますね。足下を見ると・・・紅葉した落ち葉がちらほらと落ちています。次は赤い紅葉と富士山のツーショット。中央が富士山で、右端のほうにポコッと見える山が大室山です。(続く)
2020.11.26
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11月13日は、紅葉を求めて富士山麓まで行きました。初めはまばらだった紅葉も・・・登るにつれて赤くなってゆきます。上を見上げると、見事な紅葉。真っ赤に色づいています。まだまだ紅葉の道は続きます。(続く)
2020.11.25
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今年は「オアスペ」の解説本(『世紀の啓示書オアスペの謎を解く!』)と日本古史の本(『卑弥呼は二人いた』)を出したことによって、私はかなり肩の荷が下りました。オアスペの解説本がきっかけとなって、待望の完訳本が別の出版社から出ることになり、私も秋山氏と共に監修者の一人に加わったことは既にご紹介したとおりです。完訳本の第二巻が12月上旬に出版されますが、私もそこに推薦文を寄せています。来年二月に発売予定の第三巻でも、巻末資料用に「竹内文書とオアスペ」というテーマの原稿をまとめる予定です。その締め切りも12月末です。『卑弥呼が二人いた』は、「卑弥呼」がテーマというより、空白となっている日本古代創成史を埋めるために書かれた本です。これも以前から書いてほしいという要請があったり、書かなければいけないなと思っていたりした古代史解説本でした。今年1月に亡くなられた竹内睦泰氏が私にいろいろヒントをくれました。そのヒントから読み解く作業はかなり難航しましたが、一応決着をつけたつもりでいます。秋山氏も「完璧な本」と言ってくれましたので、私もホッとしている次第です。それはさておき、私が霊団みたいな存在から”要請”を受けているのは、これだけではありません。ウィリアム・バトラー・イエイツとステファン・マラルメ、それにジョン・オーブリーからも多分、本を書くように”催促”されております。1980年から一年間、イギリスのケント大学に留学しているときに、最初のころ"Six Characters in Search of an Author(作者を探す六人の登場人物)"という1921年に上演されたイタリアの劇作家ルイジ・ピランデルロの代表的な戯曲を課題として読まされました。不条理劇の先駆けとされる戯曲なのですが、今なら不条理というよりも結構リアルな話に響きます。非常に短い戯曲なので、不条理劇に興味をお持ちの方は是非お読みください。実はオカルトと文学、とくに不条理劇は切っても切れない関係にあります。芸術家や作家が気付いているように、現実的な理論が通用しない世界がそこにあるのです。上に挙げた三人についても、何かの機会に(もしかしたら秋山氏とともに)ご紹介できればなと思っている次第です。オアスペの解説本第二弾も出したいところですね。さて、江の島から撮影した写真の続きです。この山はおそらく神奈川県相模原市に近い高取山ですね。この山の後方に高尾山があります。丹沢山系の山並みが見えて、その左側に富士山が見えます。富士山の手間にあるのは、湘南平ですね。こちらは江の島の奥津宮。宗像三女神の長女タギリヒメをお祀りしております。八咫烏のお母さまですね。『オアスペの謎を解く!』で紹介した「三つ鱗」の紋章が手間に見ますね。こちらは伊豆七島の大島。漁船が行き交っています。江の島には猿田彦も祀られておりました。タギリヒメやタギツヒメの夫である大国主ことオオナムジとは、おそらくスメルを源流とする同郷人であったと思われます。
2020.11.24
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『オカルトの日本150年史』の企画が通ったのが、去年の10月下旬。そこから取材と執筆が始まり、ほぼ二カ月で原稿を書き上げて、出版したのが今年2月でした。そうしたら、2月の下旬に次の企画『しきたりに込められた日本人の呪力』が通って、それも二か月かかって書き上げ、6月に出版されました。その間、昨年10月初めには書き上がっていた原稿『オアスペの謎を解く!』の校正作業がやっと終わり、その本も6月に出版。その一か月前の5月下旬に企画が通っていた、長年の懸案であり悲願であった『卑弥呼は二人いた』を三か月で書き上げて、9月に上梓することができました。で、もう一つ6月の下旬に企画がとおっていた『巨石文明 超テクノロジーの謎』の原稿を三か月で書き上げ、現在校正作業中で12月に出版される予定です。本当に怒涛の一年でした。年間五冊出版されれば、私にとっては新記録です。でも、まだ作業は続きます。というのも、9月上旬に通った企画の取材・原稿執筆が現在進んでおり、その締め切りが約一か月後に迫っているからです。そのような過酷な日程の中、暇を見つけては外に出かけます。11月11日は江の島に行きました。そのとき江の島から撮影した富士山の写真です。この日は久しぶりに空気が透き通った快晴でした。疲れたときは、自然を愛でるに限りますね。
2020.11.23
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本日、ゲラ一校の著者校正終了。宅配便で出版社へ送りました。12月に出版予定の『巨石文明 超テクノロジーの謎:人類に問いかけられた最大・最後の古代神秘』のゲラです。ただし、写真だけでなくたくさん図表がありますから、これからが大変です。少し紅葉でも眺めて、休憩いたしましょう。11月13日に富士山のそばで出合ったモミジの写真です。綺麗に赤く染まっておりました。
2020.11.22
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弥彦、月山、日光を巡り、これで今回の旅は終わりです。一路東京方面へと向かいました。偶然にも瀬織津姫に関係する神社二か所にお参りするなど、やはり何らかの霊的なミッションがあったように感じられます。つまり、歴史の中で隠されているスセリビメやタカテルヒメらに思いを馳せ、古代の神々を癒す旅だったのではないかと思うんですね。もちろん私自身も癒されました。秋山氏も拙著『卑弥呼は二人いた』を読んで、多くの部族が癒された感じがするというような感想を述べていました。その証拠に、ほらこの通り。この日は一日中雨だったのが、最後に休憩した東北自動車道の加須?のサービスエリアでいきなり太陽が現れました。沈む寸前に現れたご来光という感じでした。それは綺麗でしたよ。私にとっては束の間の休息。ちょっとしたご褒美でした。この旅でお世話になった方々に心より御礼申し上げます。(終わり)
2020.11.21
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日光東照宮に参拝した間は、ずっと雨が降っておりました。そのおかげで、コケ類が水を吸って元気です。石灯籠がきれいに苔むしていますね。こちらは五重の塔。こちらは参道ですね。石垣にも苔がきれいに生えています。何と緑の綺麗なこと。雨の恩恵ですね。この後、東照宮のそばの、古物屋さんのような食堂でお昼を食べました。(続く)
2020.11.21
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最終日10月23日の朝です。霧雨で少し煙っています。奥の山はまるでピラミッドのようですね。神南備山であると思われます。この日は日光東照宮へと向かいました。日光東照宮に来るのは、もしかしたら小学生の頃の遠足以来かもしれません。東京で暮らしていると、日光と聞いただけでいろは坂の渋滞が目に浮かびます。雨で平日にもかかわらず、混んでいますね。ところで月山と日光と鎌倉と大島は一直線で結ばれたレイラインになっています。別に意図的にこのルートを選んだわけではないのですが、結果的にそうなっていました。偶然の神のなせる業ですね。時折、雨が激しく降ります。何とか無事にお参りを済ませました。(続く)
2020.11.19
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湯殿山の紅葉ともお別れです。最後にバス停から一枚撮影。下りはシャトルバスを利用しました。そして次に向かったのは、日光です。途中、磐梯山そばのサービスエリアで休憩。木の向こうに見えるのが、会津磐梯山ですね。さらに山間の道を南下します。このころから雨が降り出しました。そして着いたのが、日光市の川治温泉。雨に煙っていますね。この日も時間通りの午後5時ごろに旅館に着きました。旅館の部屋から見た川治温泉の景色です。(続く)
2020.11.18
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湯殿山神社までやって参りました。ご祭神は、オオヤマツミ、オオナムジ、スクナヒコナ。国つ神系、出雲系の神々ですね。奥の御滝神社では瀬織津姫も祭られているようです。瀬織津姫が出雲系の女神であったことが、ここからもわかりますね。終点のバス停がある広場から少し下った場所に本宮があります。ただし、ここから先は撮影禁止となっていますので、写真での紹介はできません。どのような神社かというと、この100メートルほど先に本宮があり、そこで裸足になります。そしてお祓い料500円を払って、紙人形を使ったお祓いをしてもらいます。お祓いの後、裸足のまま進むと、お湯がこんこんと湧き出る、大きな釣鐘のような形をした巨石が現れます。ご神体石ですね。大きさは4~5メートルはありそうでした。そして、そこが湯殿山神社の本宮となっています。社殿がないんですね。その後、65度のお湯があふれ出ているご神体石の脇を、熱いお湯を裸足で感じながら登って、ご神体石の上に出ます。そこには展望台があって、大鳥居や渡ってきた赤い橋など遠くまで見渡すことができるようになっています。終点のバス停から見る風景と基本的には同じですが、ご神体石の高みから見ると、余計に迫力があり、綺麗に見えます。参拝の後、足湯をしてのんびりと山の中の景色を楽しみました。一応、終点のバス停から見た風景を写真でご紹介しましょう。参拝が終わって、戻ったときに撮影しました。大鳥居もこのように見えます。綺麗な紅葉ですね。(続く)
2020.11.17
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モミジの紅葉を眺めながら、さらに湯殿山を登って行きます。お地蔵さんもいますね。「湯殿山 山姥」と書かれています。ところどころ、岩も露出していますね。遠くの山々もよく見えます。上の写真の中央上のほうには、先ほどの大鳥居が木々の間から頭を出しているのが見えます。ずいぶん登ってきました。(続く)
2020.11.16
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この鳥居をくぐって、湯殿山神社の本宮へと向かいます。薄曇りですが、紅葉がきれいです。湯殿山はちょうど紅葉の見ごろという感じでした。朱塗りの橋を渡ります。ちょうどこの辺りが中間地点でしょうか。しばし、色鮮やかな木々を見ながら、休憩いたしました。(続く)
2020.11.15
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午前6時半に早起きして撮影した後、午前7時半から朝食を食べていたら、雲っていた空から太陽が顔を出し、遠くの湯殿山を照らしました。その時の写真。すると、見る見るうちに全体的に陽が差してきたので、その一瞬をとらえて外に出て撮影します。陽の光が当たると、色が鮮やかになりますね。15分ほどの日の光でしたが、それでも十分に紅葉を楽しむことができました。その後、午前8時50分ごろ旅館を出発して、湯殿山に向かいます。宿屋のご主人に紹介してもらった、紅葉がきれいなルートをドライブします。綺麗に色づいておりました。20分ほどで湯殿山・休憩所の駐車場に到着。ここからはシャトル・バスでも行けるのですが、私たちは紅葉を楽しみながら歩いて湯殿山神社へ向かうことにしました。(続く)
2020.11.14
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前日(10月21日)は日が落ちてから五色沼に到着したので、撮影するには少し暗すぎました。そこで翌22日は早起きして、午前6時半に旅館の前の五色沼を撮影しました。こちらがその時の写真。曇りで陰っておりますが、十分綺麗です。五色沼と言われるだけあって、カラフルですね。こちらは地面。枯葉が何枚も緑の芝コケの上に落ちておりました。これでも十分綺麗ですが・・・薄日が差しただけでも、さらに色が鮮やかになります。(続く)
2020.11.13
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月山・湯殿山の麓の五色沼湖畔にある旅館に着いたのは、午後5時ちょっとすぎでした。今回の旅は、ほぼ定刻に旅館に着きます。五色沼の周辺はすっかり紅葉になっています。日が落ちてしまったので、色鮮やかとはゆきませんでしたが、それでもとても綺麗でした。」湖面に紅葉が映えていますね。上の写真で左奥に見えているのが、湯殿山です。写真には写っていませんが、月山は右の山の向こう側にあります。この日泊まった旅館です。7イワナの刺身のほか、山菜きのこ尽くしの夕食を、月山山麓のワインとともにいただきました。キノコ御飯の美味しかったこと!つい二回もおかわりをしてしまいました。旅館のご主人が忍者のような方で、この辺りの山菜・キノコ類のことを知り尽くしておりました。(続く)
2020.11.12
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羽黒山から下山する途中の風景です。すすきの向こうに出羽の山々が広がっています。この後、平野部へといったん戻ります。庄内平野から見た出羽山地の山々。上の写真が北西方向から見た月山ですね。羽黒山から見ると、南南東に位置します。月山の北の山々。山の名前はわかりませんでした。その両方を撮影します。右奥の山が月山です。そして北を見ると・・・奥に見えるのが、出羽山地最高峰の鳥海山(2236メートル)です。この後、鶴岡市内で給油して、月山の麓にある、この日の宿泊地へと向かいました。(続く)
2020.11.11
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出羽(いでは)神社の茅葺屋根の祭殿です。ご祭神は、イデハノカミとウカノミタマ。イデハノカミは土地神様だと思われます。ウカノミタマは穀物の神ですね。で、こちらは出羽神社の摂社。出羽三山神社の社伝によれば、崇峻天皇の皇子、蜂子皇子(能除太子)が開山したと伝えられています。 崇峻天皇が 蘇我氏 に 弑逆 された時、蜂子皇子は難を逃れて 出羽国 に逃れてきたそうです。雲がにわかに激しく動き始めました。ちょっと天気が崩れそうですね。お茶屋さんで一休み。出羽神社を後にしました。(続く)
2020.11.10
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東北の旅を続けましょう。日本海の風景です。新潟から日本海側を北上し、山形に入ります。その後、山の方角へと向かい、着いたのはこちら。出羽三山の一つ羽黒山です。この日は快晴で、空もとても青かったです。緑も綺麗に映えていますね。そして、こちらが・・・羽黒山山頂にある出羽神社の三神合祭殿。何と茅葺屋根の神社です。(続く)
2020.11.09
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秋山眞人氏による祓戸神社のオーブ写真鑑定をご紹介しましょう。メインの写真三枚はこちらです。これらを連続写真として秋山氏に見せたところ、次のように鑑定してくれました。▽祓戸神社のオーブについて秋山:太陽の反射だと言われてしまいますが、レンズの中の太陽光の乱反射を利用して、精霊が何かを示そうとしているように思います。あなた方に対して、プライベートなメッセージがあった。この場所とどうつながっているかということを導いている。虹色の玉以外に、特に左下に出ているグリーンの光の玉は武士系の霊を表します。武士階級が本格的に動き始めた時代というのは、それほど古くはありません。江戸においても実際の武士は三〇〇〇人くらいしかいなかったといわれています。その武士階級の人たちが、布施さんたちと何か縁があるということだと思います。この神社が伝承されてくる中で、その武家とどういうつながりがあったか、そこら辺を調べてみると、何か意味があるのではないでしょうか。この写真の中には、緑色の武士霊が出ているのが特徴です。虹色の玉は、この神様自体の性質を表わしています。虹はよく蛇と同じシンボルであるとされています。虹に虫偏が付くのは、蛇や長虫のことを指しています。蛇には、宇迦御魂(うかのみたま:食物、殊に稲をつかさどる神)のように、時代の閉塞感を突破して次の時代へ向かうという意味がある。宇迦御魂は、そういう変化、ブレークスルーするための神様です。そういうことが虹色の玉に表れているとみることができる。だから二つのことを教えています。一つは武士霊とつながりがあるんだよ、ということ。もう一つは、ここの神は何かをブレークスルーさせていくのだということです。ところどころ、かすかに物質化している聖霊も見受けられます。森の中で撮影すると、時々そういう聖霊が出てきます。 Q:江戸時代の武士ですか。秋山:わかりませんが、古い武家になると緑がもっと濃くなります。 Q:なぜ緑が武家なのですか。秋山:逆に言うと、緑色のオーラ(震のオーラで、シンボルは木。人間関係を広げるオーラ)を持っている性質の人が武家になりやすかったからです。緑のオーラを持っている人の性格を言うと、周りと協調してヒーリングをする能力を持っています。オーラ(AURA)という言葉でいうと、UのUNISON(統一力)が強い人たちです。当然、組織をまとめるには便利な人たちです。また、組織を守るにも便利な人たちでした。ただし、彼らは非常に理論を重んじるというか、自己説得を重んじる人たちでもあります。しっかりした理論とか、テキストをつくれば、結集して国を守ったり、制度を守ったりするのには非常に有能な人たちでした。そういう緑のオーラを持った性質の人が、武家社会の中では要求されていたということです。当然、違う色のオーラの人も入ってくるわけですが、武家社会の中では緑のオーラの人が圧倒的に勝ち抜きます。たとえば、農民は茶色のオーラ(坤で、シンボルは土。受容力のオーラ)の人が多かったのです。茶色のオーラの人は、暖色系ですから動くということに関してはパワーがあります。また、茶色は黄色と黒が融合した色ともいえます。黒は水にかかわる色で、水にかかわることで発展してゆきます。黄色は体を動かすことで発展してゆきます。水と土と体を動かすというテーマを持っている人たちであるともいえます。すると自然に、農民が多くなるのです。 Q:すると虹色は「巽」(シンボルは風。性質は自由)の龍のオーラなのですか。秋山:龍というか蛇です。十二支でも龍と蛇を分けています。同じにしてしまってはいけないんです。龍と蛇はちょっと違って、龍は蛇の霊系がさらに自由になった、自由度を神様的に増した存在です。だから神の乗り物なのです。蛇の場合は、とにかく突破する性質、突破者を表わしています。ブレークスルーの仕事をする人です。だから白蛇で表される宇賀神(宇迦御魂)は弁財天の頭の上にいて、常に新しく、水が地面を掘り下げていくように、あるいは穴を開けて行くように突き進んでゆきます。ですから宇迦御魂は、水(易の「坎」)にも象徴されます。水と風、つまり常に移動して勢いのあるものの象徴であるわけです。この後、精霊について話になります。秋山氏が精霊が写っているとした部分を拡大して紹介しましょう。ぼやけたようになっていて、何とも言えません。上の写真は木の葉が顔になっているように見えますね。この写真も怪しげです。木の裏側に妖精が隠れていそうです。光が縦に四本の線となっているのが不思議です。直線状に伸びているのは電線か何かだと思いますが、一カ所、電線がハレーションを起こしているように見えます。これは中央右側にうっすらと顔のようなものが見えるような気がします。以上です。これを参考にして、次を読み進みください。 Q:どこに精霊が写っているのですか。秋山:この辺とかこの辺です。よく見ると、いろいろわかります。少しずつ精霊のようなものが木立の光を利用して姿を現してきている感じがします。古い精霊は顔だけで出てきます。あとは象徴的なシンボルを見せる場合もあります。木の葉の木漏れ日を利用して(写真に)出てきます。それが重なった所の空間に、たとえ水晶玉に光を通したような歪んだ光が現れます。彼らはそうした空間に光の歪みを作り出すのです。色の出方が少し変になるのが特徴です。何となく、シャープな状態とぼやけた状態が入り乱れるようになる。この辺にも出ています。面白いですね。精霊とはこのように、木の葉の複雑模様とダブって出てくるのだという感覚を持つと、発見しやすくなります。ただし、写真を拡大すると乱れる場合もあります。この写真を見ると、精霊たちが集まる場所であることは間違いありません。精霊が物質化しやすい場所であると思います。西洋風にいえば、ノーム(地の神。小鬼)が集まる場所ということになります。ノーム的なものは、木漏れ日を利用して出てきやすいのです。何か具体的なメッセージのシンボルはないようですね。自然霊が現れてきている感じではあります。自然霊が出やすい場の形ができているということですね。そこだけちょっと粒子が荒くなるというか、ぼんやりとした感じになります。背後の光や葉の形を通じて、うまくそれらを加工して彼らはメッセージを送ってくるのです。綺麗に出ることは稀ですけどね。ものすごく綺麗に森の中に顔が出る場合もあります。石垣のところに色が変わってはっきりと顔が出ている場合もあります。そういう場合はその石に意味があるわけです。それは、その石に注目しなさいというメッセージです。 Q:今回の写真にはメッセージ性はなかった?秋山:今調べた限りではメッセージ性はなかったように思われますが、こういう場所に縁がありますねというメッセージは読み取れます。精霊を含め、こうしたものがたくさん写るということは、その場所が、パワーが集中する場所であることを示しています。 Q:お堂が紫色の光に包まれているようにも見えますが。秋山:光のバランスでよくそうなることがあるから霊的なモノとは必ずしも言えません。自然色が黄色味がかっているから、黒いところは紫っぽく見えてしまうのです。錯覚の場合もあります。以上です。オーブの性質を色から判断するという秋山氏の方法が面白かったです。精霊も虫眼鏡を使って見つけてくれました。非常に参考になりました。ありがとうございました。
2020.11.08
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今月は新刊『巨石文明 超テクノロジーの謎』の校正作業と、その次の本の取材・原稿執筆で多忙となりますが、弥彦・月山の旅のブログを再び続けましょう。祓戸神社のオーブの写真鑑定も後日ご報告いたします。さて、祓戸神社を参拝し、お隣の誠月堂で玉兔を買った後、北の出羽三山を目指しました。新潟市内では面白い瓦を発見。何となく沖縄のシーサーに似ていますね。ここから日本海に出て、そのまま海岸線を北上します。途中、道の駅で休憩。日本海が良く見えます。快晴ですね。以前、新潟から富山にドライブしたことはありましたが、新潟から山形に移動するのは多分初めてです。さらに北上を続けました。(続く)
2020.11.07
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アマゾンで新刊が告知されましたね。今度の本は『巨石文明 超テクノロジーの謎』です。「5000年前の遺構の、日本と世界の不思議な共通点とは」という副題がついています。こちらです。出版予定は、12月21日で、出版社はいつものように河出書房新社。今回は私が本文を書き、秋山氏が解説を担当しております。見たこともないような巨石の写真が満載される予定です。
2020.11.06
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実は今回の旅は、『異次元ワールドとの遭遇』でもご紹介したひめのさんと喜楽さんとご一緒したのですが、祓戸神社を参拝した後、ひめのさんの妖怪アンテナならね神様アンテナが「ピピピ」と反応して、神社のすぐ隣にある「老舗のお菓子屋さんに入れ~」という指令が来ます。こちらがそのお菓子屋さん。「玉兔(たまうさぎ)」という弥彦名物の和菓子を製造・販売している誠月堂です。地元の新聞にも大々的に取り上げられたことがある、創業100年の老舗だそうです。こちらがその玉兔。兔と弥彦の神との由来が書かれています。このお店のおばあさまがいい味を出しておりました。月とウサギと瀬織津姫。何か秘密が隠されているように思いませんか。祓戸神社のすぐ隣です。是非一度お立ち寄りください。ところで、本日秋山氏に祓戸神社のオーブの写真を鑑定してもらいました。非常に面白い解釈でした。その結果は、後日ご報告いたします。(続く)
2020.11.04
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旅館をチェックアウトした後、昨日行けなかった、瀬織津姫が祭られているという祓戸神社にお参りに行きました。こちらがその鳥居です。神社本殿です。社の辺りが紫色に見えますね。参拝した後、いつものように光が差し込んできました。次の写真には、レンズによる光学的な乱反射かもしれませんが、虹色の光の玉が写っています。もちろん虹色の光の玉も綺麗なのですが、そのほかにもたくさんオーブらしき光の玉が写っていますね。特に注目されるのは左下の鳥居のところに写っている大きなオーブです。次のカットをお見せしましょう虹色の光の玉はそのままの位置にほぼとどまっていますが、左下の鳥居のところにいるオーブは相対的に右にかなり移動していることがわかります。一方、虹色の光の玉の右上に写っている二つのオーブらしき光の玉は相対的に左に移動しています。続いて最後の写真をご覧ください。虹色の光の玉はほとんど消えてなくなり、左下のオーブだけは最後まではっきりとうつっておりました。これらの写真については、秋山眞人氏に鑑定してもらいましょう。(続く)
2020.11.03
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弥彦神社の後、瀬織津姫が祭られているという祓戸神社に向かったのですが、神社の前に着いたときには真っ暗闇。日を改めて、明朝お参りすることになりました。神社前で撮影した三日月です。この日(20日)は、弥彦神社そばの老舗旅館に宿泊。ゴートゥートラベルの恩恵があって、35%割引に15%分のクーポン券をもらいます。結構お得感があります。泊まった部屋は大正ロマン風の趣のあるフロアーでした。蓄音機も飾ってあります。翌21日朝。この日も快晴でありました。(続く)
2020.11.02
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奥の宮参拝後、麓の弥彦神社にお参りしたころには日が暮れていました。午後5時ごろの弥彦神社です。非常に落ち着いた、綺麗な神社ですね。狛犬。スリムな狛犬で、形もちょっとユニークです。門をくぐって参拝します。三つ巴の変わった紋がありますね。拝殿でお参りします。この後、観光客がほとんど行くことのない、変わった神社に向かいました。(続く)
2020.11.01
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