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久々の更新だ。今日は先生達と朝までトーク。内容は陰陽を超えた●人合一の道というものだと思う。陽の道の教えで代表されるのはF先生だが、陽の道で連想されるみなのイメージは暖かい、発展的、建設的、盛り上がる、直線的、苦しそう現実とリンクしている、と言ったものだった。そして、陽の道の入り口を示してくれたのが、斉藤一人だった。斉藤一人の教えはわかりやすい。斉藤一人の教えは実践しやすい。斉藤一人の教えの通り生きれば立派な信仰心を築く事ができる。しかし、一人の教えを実践しているのはいまや門下では北川村だけだ。F先生の教え-斉藤一人の教え=???そして、陰の道。陰の道で代表されるのは禅宗。見性成仏。クリシュナムルティなども陰の道の教えを説いている。陰の道のイメージは破壊、何もない、無、空、引き算といったものだった。陰陽を超えるためには両方必要。陰の道と陽の道を別々のものだと考えるのではなく陰の道の理解が深まればそれだけ陽の道の理解も深まる。振り子のような関係だという事を教えてもらいました。ふり幅が大きいほど大きな孤を描く。陽の道にも長所、短所があり陰の道にも長所、短所がある。そして、また自分は陽の道の『よ』の字も見てないなと強く実感した瞬間でもありました。
2006/02/09
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今日はムレスナからぎあんへ梯子しました。ムレスナにいるときはモリスエ侍と出口日出麿の話などして盛り上がっていました。いきがいシリーズをかなり気に入っているみたいでよかった。ぎあんではテスト勉強。大仏丸のたかお丸がいたので、いっしょに勉学に励んだ。明日はカシゾー、カーワと奈良で大仏を拾ってから究極のフレンチ『エッソンス・エ・グー』のランチへ行くので今から楽しみだ。その料理の質はさることながら僕は奥さんのサービスもとても楽しみだ。エッソンスにはいつもドキドキさせられる。テスト勉強の息抜きという事で行ってきます!
2006/01/21
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今日はテスト勉強しておりました。量子化学。正直よーわからん!超極小の世界。なんでそんなに小さな世界の事を考えるんだ!?んでそれを公式にするんだ?ぎあんでたっちに教えてもらってむっちゃわかりやすくてありがたかった。勉強しているときってわかりそうでわからんときってなんか楽しくないですか?わかりそうでわからん。わかりそうやのにわからん。以前先生がこうおっしゃってました。『宇宙というのは爆発(ビックバン)によって生まれた。 そして、人間が何か悟ると言うのも小さな爆発を起こしている。 そういった意味で宇宙と人間は相似形といえるね。』言葉はなんか違うかもしれないが。ちいさな気づきやセンスというのは驚きから生まれると昨日読んだ本に書いてありました。あーこうゆうもんか。とか思いだしたら黄色信号。驚きや感動から気づきが生まれる。気+つき=エネルギー日常で小さな変化を大切にしよう!!
2006/01/20
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学校でナッシュ均衡という数学の理論を習った。うーむ、よくわからない。なんだか気になったのでナッシュ均衡を作ったナッシュという人を描いた映画があるらしいので、それを見ることにしました。☆★☆★☆★☆★ジョン・ナッシュ。彼は数学者としては天才だったが、人好きあいがてんで駄目。数学好きの人嫌い。大学の友人からは変人扱い。そんな彼には一人の親友がいた。唯一気心を許せる友。そして、彼の姪(めい)である少女。『自分をわかってくれる友がいる。』彼はうれしかった。大学で論文も評価され始めドクターになり始めた頃、彼は数学の才能を見出され、アメリカの秘密政府の男(以下 男)にある仕事を依頼される。『ソ連が爆弾を隠している。どこあるかは 新聞の中に暗号解読のヒントがある。 ぜひ探して出してほしい。』正直危険な仕事・・・秘密の組織・・・命の危険も・・・ということはわかっていた。だが、彼は認められたい一心でその仕事を引き受けた。そんな彼にも恋人ができた。それはそれは美しい彼女。ナッシュはついに彼女と結婚できた。『なんて素敵な人生なんだ・・・』そう思えたのもほんのつかの間、ソ連のスパイが彼の命を狙いにやったきた。危うく助かるナッシュ。しかし、男は言う。『一度、引け受けたからには暗号解読の仕事は絶対最後までやってもらう。 逃げ出したら妻ともども命はないと思え。』恐怖に怯えるナッシュ。そんな彼を心配して妻は彼を病院に送ります。そこでわかった事は・・・・彼はなんと幻覚を見てしまうという病気だった。つまり親友、少女、男はすべて幻覚だったのだ!困惑するナッシュ。それもそのはず幻覚だと医者に告げられているときですら、彼ら三人は目の前にいるのだ。幻覚である親友、男はこう告げる。『妻を殺せ。さもなくばお前の命はない!』妻は言う。『あなた、幻覚よ!』妻に手をかけようとするナッシュ、そのとき彼はふと少女を見てある事に気がついた。『この子は出会ったときから全く成長していない! !!! 幻覚なんだ!!!』そして、妻は言う。 『現実と幻覚とをね、区別するのは頭ではないような気がする。 きっとここなのよ。』と言ってナッシュの手を取り自分の胸に押し当てた。それでも幻覚である三人は消えない。三人は語りかけてくる。そこで、彼は三人を無視した。それも徹底的に。来る日も来る日も無視し続けた。すると彼らはしだいに元気がなくなっていった。ジョン・ナッシュの人生から、三人は一生消えなかった。しかし、彼は妻と子供と幸せに暮らし、ノーベル賞をとるほどの偉大な業績を世の中に残し、今も大学で教鞭をとっている。☆★☆★☆★☆★この映画を見てピンと来た。これは自意識だ。自意識も同じようにきっと語りかけてくる。自意識がいろいろ語りかけてきても、無視をすればよい。無視をしておれば、しだいに腐る。外を腐らせ、内を磨く。それがビューティフルマインド。
2006/01/14
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今日は俳句で。冬深し 心も溶かす ムレスナティー冬の朝 肌を刺すのは 寒さかな一月の 友の言葉は かろやかだ獄中を 照らす光の 愛おしき
2006/01/11
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たけしが帰ってきていた。あのにおいと共に。偶然ムレスナへ行くとたけし、ヒデ、ひらきゅうがいた。ヒデとひらきゅうが話していたので、たけしといろいろ話しました。☆★☆★☆★☆★たけしは言った。『樟下村塾ていう団体がどういう団体か ホームページからはわからんから コラムや読書日記を書くのは苦労したわ。』『コラムや読書日記から むっちゃ何か表現したいという思いが伝わってこない。』といろいろ客観的に言ってくれたので、非常にありがたかった。それからは合気道の話、ロシアでもてたらしい話など、いろいろ聞いた。その後ひらきゅうが帰り、イトーさん、ヒデも交えていろいろ語りました。☆★☆★☆★☆★それから塾のバイトがあったので、みなと別れてバイトへ。バイトが終わると偶然樟葉駅のプラットホームで、ちことにーやんに出くわす。どうやら飯を食いに行くところだったらしい。『来る?』ここで会ったのもなにかのご縁、行かせていただきましょう。てことで目指すは三条『ポキート』。イタリアンレストランとバーを足して二で割ったような店でなんとも雰囲気のよいお店。シェフ曰く『早くのうちに終わってしまうレストランが多いなか、 夜遅くまで食べれる所が作りたかった。』カウンターに腰を掛ける三人。『お酒は?』『ラムで。』『割りますか?』『すとれーとで。』ちなみに僕は飲んだ事がなかった。一口くいっと飲む。ニヤッと思わず笑ってしまうほどキツイ。ポルチーニ茸のパスタ、平目のカルパッチョなど、単品でたくさん頼んだのだが、一番印象に残っているのは一皿の中に五種類のチーズ(パルミジャーノ、モッツァレラ、あとはわからません)が乗っかっておりそれを食べるというものでたいへんおいしかった。それからシェフを交えて四人でトーク。楽しい一日でした。
2006/01/05
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最近移動するときはできるだけ歩くように心がけています。以前は移動するときはできるだけ早く目的地につきたいからできるならチャリで移動していました。人間は目的ができると最短距離でそこへ近づこうとします。だから歴史を重ねるごとに交通手段は進化していきいまや新幹線のおかげで東京-大阪間は三時間で着いてしまいます。目的ができるとそこへ近づこうと焦ります。目的達成が早くなるぶんいろんな景色を見逃しがちになります。無駄かもしれないけど、無駄のなかにいろんなヒントがあるのかもしれません。無駄だと決めなければいいのです。☆★☆歩くようになるとあんまりゴチャゴチャ考える事が減り、元気になります。どうしても焦ってしまうときなんかはかなりゆっくり歩いているとしだいに落ち着いてきます。哲学者たちも考えが煮詰まったとき歩くことによってアイデアを練ったらしいですよ。アイドルがプロフィールに趣味は散歩と書いてあるとウソやろと思わずつっこんでいましたが少しだけ気持ちはわかりました。これからは続けていこうと思います。
2006/01/04
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どうしてゴシンギョウでいただいた空気を維持できないのかずっと考えていた。いかに維持するのか、すればいいのかを考えていた。すると空気を忘れ、元気もなくなっていた。☆★☆★☆★☆★うまく説明できるように、背景も含めて言葉で伝える事ができるようにと考えていた。論理的に、わかりやすく。しかし、それではなにも伝える事ができなかった。答えは単純だった。ここ最近みんなの前で話したり、Gトークをする機会が多かった。自分でもよくわからなくて、答えのない状態で話していた。すると、自然と空気はよくなった。(ような気がした。)維持するのではなく、刻々と移り変わっていく空気に合わせて語っていけば、よかったのだ。最初から答えなんてないのだから。暗ければ暖かく狭ければ広く分散していれば集めて。最初に答えはもらっていた。だからそれに近づけていけばいいのだ。☆★☆★☆★☆★今日、『南総里見八犬伝』(前編)がやっていてとてもおもしろかった。主演のタッキーは『義経』で覚えた立ち居振る舞いが様になっていていて、非常にかっこよかった。内容は戦国時代、里見家はある女に恨みを買い、強烈な呪いをかけられてその呪いのせいで土地は何年も不毛の時期が続き同盟いていた国に裏切られ、里見家のあるじは苦しみ、また民は苦しんでいた。そして、里見家の姫にも呪いがかけられ、男たちの怒り、憎しみ、怨念を集めて八人の子を腹に宿らせた。『彼らは世に生を受けたとき、人を殺し、物を盗み、 ありとあらゆる不幸をこの世にもたらすだろう。』と姫は女に告げられた。女は声高に笑った。そのとき、姫はためらいなく自分の腹を短刀でつきさし、こういった。『呪いなんてなかった・・・・』そのとき、姫の魂がすべてを包み込み八つの玉(魂)が生まれた。呪いは消えた。姫は死に、かわりに姫の大愛に包まれた八つの魂はこの世の悪を払うためにちりぢりになり生を受けた。そして、今八つの魂はお互いに惹かれあい集まりだした。☆★☆★☆★☆★人が集まるのに実は理由なんてないんだ。そこにいるからいるんだ。そのとき目の前にいる人が今、あなたにとって必要な人であり奇跡を起こすパートナーなんだ。だから考えるのではなく感じてほしい。瞬間、瞬間に選択肢が用意されている。どの選択肢を選ぶのも自分しだいなんだ。今日はそんな感じでした。
2006/01/02
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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします☆今年はシンプルに思ったことを表現する年にしていきたいなと思います。そこからなにか新しいものが生まれたらなぁと思います。あと現実は現実、精神は精神と変にごちゃごちゃにしないでおこうと思います。☆★☆★☆★☆★今日の昼、正月の番組で、あややが出ていた。なんでも、司会者の角さん(ちちんぷいぷいでお馴染みの)はあややのコンサートDVDを見ながら大晦日を過ごしたらしい。アイドルのコンサートDVDなんてたいてい早送りをしてしまう角さんだが、あややのコンサートDVDは最後まで、一度も早送りをしなかったらしい。その歌唱力、パフォーマンス性には非常に感動したとのこと。さすが、あやや。そして、あややに対してこういう質問があった。『紅白を見ているとき、よくあんな難しい振り付けができるなぁ と思うんですけど、自分の中でごちゃごちゃになったり、 ミスしたりする事はないんですか?』あやや『いやぁ、たくさんありますよ。 でも私はひとりですからね(グループで合わせる必要がない)、 これであってるんだ、ていう顔をするんです。 ミスしてしまった!と顔に出してしまっては駄目なので。 そうするとお客さんに気づかれないから 間違っていたとしてもそれでいいんです。』司会者『すごいですね。 プロの意識ですね。』ただのアイドルから聞ける言葉ではない。すんげぇすんげぇと思った。また、昨日のK-1に出ていたボビーが会場で発言するたびに他のコメンテイター達が爆笑。あややももちろん笑っていたのだが、口を手で隠して笑っていたのだ。他のコメンテイター達が大口開けて笑っているなか、その仕草がとても上品に見えた。コンサート等では満面の笑みで会場を包み込む。笑顔にさえTPOに分けてというより、その場の空気に合わせた仕草が素晴らしい。なんかこういうと新年早々、なんでこんなにあややをほめているのかわからないが、コンサートでの空気づくりがこれまた見事なのだ。何百回と歌った歌にそう何度も何度も気持ちを込めれるものではない。しかし、毎回毎回、歌詞の言葉にマッチした気持ちになり歌うのだ。そのとき、お客さんと全体との空気を見て歌う。だから、自己満足を超えて感動的なステージになるのだ。何が言いたいのかだんだん見えてきた。一度舞台に立つと間違いもあるだろう。失敗もあるだろう。それらもすべて必要なものなのだ。ハプニングですら肯定してしまえば、それもまた一つの物語になる。自分で否定してしまっては、会場と一体の空気も作れないし、物語もぶつぎれになる。ハプニングはハッピーニングなんだ。ということで今年は予想外の展開を楽しみ、作っていきたい。
2006/01/01
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昨日の塾で北極老人のお話。内容とずれるかもしれないけど、思いつくままに書きます。妙を女性から学べ。妙は刻々と変わっていくもの。それは移ろいやすい女性の心のようだ。女性の心をつかむ。人生に目標を持つことは重い荷物を背負い込むことだ。自ら足かせを増やすようなものだ。目標を持つということは宛て名違いの郵便物が自分の家に届くようなものだ。メールを送るとき、人と話をするとき、ごく普通の日常生活の中で相手と恋人という関係でなくても好きな異性でなくとも、ラブレターを書くような気持ちで書く。告白するような気持ちで話す。下心もなく、目的もなく、ただただ愛おしい。そんな気持ちで会話してみる。表現してみる。生きてみる。好いたはれたを超えた世界。惚れて惚れて惚れ抜いて。突き抜けた世界。そこには努力もなく、嫉妬もなく、満足感もない。過去、何千、何万、何億という夜を越えて『愛』が語りつがれてきた事だろう。それらの『愛』をすべて超越してしまっている。人類の歴史でこれほど明快かつ簡潔に『愛』が語られたことはおそらく初めてかもしれない。その時、まるで次元を超えた新しい『愛』が生まれてくる。その瞬間、瞬間にだ!目頭が熱くなり、涙が頬(ほお)したたり落ちる。涙とともに心の汚泥物が流れ落ち、かわりに歓喜が訪れる。『あぁ、自分の求めていたものはこれか・・・』魂が震えだす。目標を持たないとき、時間が止まる。目標を持つとき、黒い糸が体にぐるぐるまとわりつく。糸が切れた瞬間。一筋の光が見えた。それは稲妻だった。それは深い闇を切り裂いた。そして、光に包まれた。北極老人の言葉は真を含み、善を含み、美を含んでいた。というより生まれていた。生まれると同時に死に、死ぬと同時に生まれる。ときにリズミカルに、ときにポエティカルに。押し付けはなかった。『愛』という言葉では伝わらない。言葉を超えていた。だから『愛』があった。それは狭く重苦しい世界を丹念に炎で焼き尽くし胸に美しい花を開かせた。その花の香りがあまりにも香ばしい。人は真に目標を持たないとき名のない領域に触れる。それを、昔の人がタオと呼んでいたなんてどうだっていい。確かに世界が変わっていくことを確信したんだ。すべての言葉は『愛してる』という言葉は決して使わないラブレターだった。しかし、十分に伝わった。なにかが流入してくるのだ。言葉にすると陳腐だ!こんなものじゃない!こんなものじゃないんです。そのときの空気。門下のみなさま、また話します。
2005/12/28
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昨日できなかった直史の誕生日のお祝いをやりました。突然ですけどね。突然の方がいいかもね。歌を歌いました。『乾杯』の歌詞をみんなであれこれ考えてみたらいい歌詞になったね。もとの歌よりいい歌かも。歌っている自分が泣きそうになった。祝う方も祝われている方もともに気持ちが乗っているとすごく自然だった。よかったなぁ、直史君。年末の団体参拝でも気持ちを一つにそろえたいね。今日は学校があるのでもう寝ます。おやすみー。
2005/12/25
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今日はクリスマス・イブだ。クリスマス・イブの方が大事っていう説があるけど、なんでだろう。前夜祭じゃん。よくわかんねー。どうも、ムラッチです。☆★☆★☆★☆★今日は毎年恒例の塾でのクリスマス・パーティーだった。最初の乾杯で「今日はクリスマス・イブです。乾杯!」ならぬ「今日はエスタック・イブです。乾杯!」という寒いギャグを飛ばしていたのがあのおもしろいで有名なた○ちだという事は口が裂けても言えない。☆★☆★☆★☆★今日はいろんな人たちがいた。一人でウンチク語ってる懐かしい男がいた。おっさんだった。クリスマスやのに和服なんかい!っていうツッコミをせずにはいられない異様に姿勢のいい男がいた。モリスエザムライだった。会社やめた感ゼロむしろ行っとたんかい!って感じの男がいた。にーやんだった。不機嫌な大仏がいた。たかお丸だった。たまに行方がわからなくなる女の子がいた。おかんだった。マイケル!という事でむしろ自分からいじってほしそうな奴がいた。マヨだった。同じ顔のカップル?がツーペアいた。おとんとおかん、僕にちこだ。ドキドキさせる女の子がいた。ドキンちゃんだった。☆★☆★☆★☆★かつてないほどの人の数で塾ないはごったがえした。同時多発ゲロもあったけどドンマイ!クリスマス・パーティは楽しいものとなった。よっしー誕生日おめでとう!今年ももうわずか。がんばっていきまっしょい!
2005/12/24
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今日から塾講のバイトの冬期講習。一時間だけで科目は数学。高1の女の子が4人もいて一度しゃべり出すと収集がつかない。楽しいけどね。数学を通してなにか学んでほしいな。☆★☆★☆★☆★たんべのブログにもあったけど、僕のまわりでも就職どうしようと動き出している友達もチラホラと増えてきた。「とにかく動かないと」と言って情報収集にやっきになる人たちがいる。そんな人たちに言ってやりたい。「焦んな!」☆★☆★☆★☆★最近、人間はエネルギーがないとほんとにいかんとつくづく思う。エネルギーがないと空回りの連続だ。人間のエネルギーは有限でそれはまるで電池のように消費も早い。愚痴、泣き言、不平不満、妄念妄想etcエネルギーをよい事に使うのはいいけれど。無駄な消費は避けたいね。僕たちは自然からいろんな形でエネルギーをもらっている。食べ事や呼吸、美しい景色を見たときでも癒されてるのならきっとエネルギーをもらっているのだろう。自然にもっと感謝したいね。今日はクリスマス・パーティだ!
2005/12/23
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風邪はやっかいだね。動けない。動く気にもなれない。今日は一日家でボッーとするしかねぇと思っていた矢先、今しがたマイホームにモデムが届いたのだ!パソコンはもう一ヶ月以上も前に購入していたのだ。家でブログが書けると思い、ちょうど接続に成功したところです。やったーよ!これからどんどん更新していきますね。今日から冬季講習だ。夕方までには直したいな。
2005/12/23
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ガチャ!とドアを開けると辺り一面は・・・・雪!雪!雪!そう!辺り一面雪景色。すべてが白色に変わり気分はウキウキだ。こんなに大阪に雪が降ったの何年ぶりだろうか。普段と同じ場所、同じ時間でもまるで違う場所だ。風邪であまりしゃべれない。こういうときはなんだかブログが書きたくなる今日この頃。☆★☆★☆★☆★中庸について。『中庸っていうのは平々凡々というような単純な意味じゃないんよ。 中っていうのは中(あた)るって読むんよ。 じゃあ一体何に中るか? ツボに中る。 運がいいときっていうのは何をしてもツボに当たる。 タイミングがいいって事よ。 そのためにはエネルギーがいる。 正しい受験勉強をすればエネルギーがたまる。 そのためにも一度本気で受験勉強に打ち込んでみなさい。』受験生のときに聞いた先生の言葉です。この言葉を聞いたとき全然意味わからなかったけど、勉強がんばろうと心のロウソクに火のついた瞬間でした。☆★☆★中庸ってなんでしょう?原典にはこうありました。師曰く「人としての正しい道は本来やさしいはずなのに それがなかなか世間で実行されないのは、 私にはその理由がわかっている。 聡明な人は〔知恵にまかせて〕出過ぎたことをし、 愚かな者は〔よくわからないで〕そのまで実行がおよばないからだ。 人をしての正しい道が世間ではっきり認識されないのは、 私にはその理由がわかっている。 すぐれた人は〔才能にまかせて〕出過ぎた理解をし、 劣った者はそこまで理解が及ばないからだ。 人はだれでも飲食しないものはない。 だが、本当の味のわかるものはとぼしい。」うーむ。続く。
2005/12/22
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どうも、ムラッチです。風邪引いちゃいました。喉からくる風邪は治りが悪いね。みなさん、夜は暖かくして寝ましょうね。『つっちんの黄金太郎への道』にもあったようにこの前ムレスナで○層についての話になったのでその話をしようと思う。結論から言うと、簡単だ。嫌いなのだ。○層を意識している自分が。○層にとらわれている自分が。大学受験のとき自分の成績はあまり気にならなかった。愉快な仲間たちと本気で勉強に打ち込んでいるときは勉強が楽しくて仕方なかった。やればやるほど理解が深まり、壁を越えていけるのがうれしかった。あれだけ嫌いだったものが好きになれたのに感動した。第一志望には合格しなかったけど不思議と後悔はなかった。もちろん○層を上げたいって思いはある。けど、目標にとらわれ過ぎると楽しめなくなる。だから人に喜んでもらい、自分も楽しい。そんな日々を送りたいと思う。門下同士でゴ○○ギョウの事とかの話をするのは必要かなって思います。ではそろそろ昼休みなんでごはん食べてきます。
2005/12/21
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最近とんでもなく寒いっすね。こんなときは一家に一台つっちんがほしいですね。一気に部屋の温度が上がるらしいですよ。ゆうてね。どうも、ムラッチです。今日は塾でYさんに数3を教えていました。Yさんに質問される事はこれまでもたびたびあったんですが、その内容にある共通点があるんです。それは、問題を解く上で全く必要ない事をかなり深く考えています。どういうことか?空手や柔道で例えてみましょう。師匠が弟子に最初に型(かた)を教えます。師「よし、こういう基本の型があるんだ。 覚えていたらきっとどんな相手がきても、負けることはないよ。」弟子「いや、そんな型だけで大丈夫なんですか? 相手がその型に合わない攻撃をしてきたらどうするんですか? 例えば、相手がつっちんだったらどうするんですか? 攻撃が全部吸収されちゃうよ。 えーん。もっといろんな場合を考えないといけないよー」みたいな感じ。型というの数学であろうが空手であろうが、目的にたどり着くための最短コースを先人達の並々ならぬ努力で出来上がった集大成だと言っていい。その型自身を疑うより、覚えてしまった方が楽なのだ。Yさんは数学の問題を解く上で、すべてを理解し納得しようとする。それは不安からくるものだった。そして、彼女の質問に答えているとき、まるで自分をみているようななんだか不思議な気分になった。ゴ○○ギョウに対する姿勢に。どうにも頭で理解しようとしてしまう自分に。体で覚えた事ほど強いものはない。とっさのときに助けてくれる。という事を教えられてるような感じでした。
2005/12/17
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最近月がきれいですね。くっそっ寒いけど、まっくらな夜空によく映えてまばゆい。心が癒されますね。どうもお久しぶり。ムラッチです。最近よくすべりますね。以前は自他ともに認める(?)お笑い芸人ばりのギャグでドッカンドッカン笑かしていたのにここんとこすべりまクリスティーです。えっ!?すでにサブイって!?うっさい、ハゲ!!どうもお久しぶり。ムラッチです。最近映画「電車男」見ました。とても面白かった。純粋な恋愛映画でしたね。電車男の山田孝之はオタク役がはまっていて、よかったです。愛情表現が実に奥ゆかしかった。エルメス役の中谷美紀がかなりかわいかった。んで、他にも中谷美紀が出てるドラマ、映画が見てみたいと思い、見たのが「真夏のメリークリスマス」。んでこれまたこれがかなり直球の恋愛ドラマ。17年間離れて暮らしていた幼なじみの涼(竹之内豊)に恋心を抱き続けていた波流(はる)(中谷美紀)。実は二人は兄弟だった!その真実を知ったときの二人の葛藤とすれ違いがたまらなくせつない。よかったドラマベストスリーに入りますね。個人的にはドラマ、映画はテンポがよく、複数の物語が同時に進行しているのだけどつながりがありどんでん返しが連続のドラマチィックなものが好きです。昔の日本映画はすごいゆっくり物語が進むから見るのが苦痛になるときがある。そういった意味で「スターウォーズシリーズ」はとてもよかった。「エピソード3」はとんでもなくおもしろかった。ライトセーバーの戦い速すぎやろ!っていう驚きもあったけど、アナキンがダークサイドに落ちたのはなんともいえないくらい悲しかった。アナキンの心にある善と悪がぶつかりあい、最終的に欲望(力、権力)に流されてダークサイドに落ちてしまう。それは不安な心につけこみ、どんどん増殖してしだいに自分でコントロールできなくなってしまう。そういった人間の心理がよく描かれていました。今日はこのへんで!
2005/12/17
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けんかしました。と言っても殴り合いじゃないよ。殴り合いだと死んでました。バイト先の塾の塾長Mさんと。Mさんとはよく話しをする。と言ってもかなり社交辞令的な。年齢も僕よりふたもまわりも上で事教育界の事に関しては莫大な知識をもたれている。この日は樟下村塾で今月末に行われる日中韓問題について話していた。この問題は解決しないと言い切るMさん。いや文化という観点から解決するかもしれないと言う僕。『無駄だだ、君たちは自分の言いたい事を 言ってすっきりしたい年頃なんよ。』とMさんが言い僕が『そうやってあきらめる大人がいるから何も変わらないんですよ。』と言いました。すると『君はさっきから言葉のあげあし取りをしている。 いわば言葉遊びをしている。君の意見を言え! 君が言う幸せっていうのはなんや? 君からみてミキタニやホリエモンは幸せか?』と怒られました。『いや、幸せには見えません。 彼らは確かにお金持ちかもしれないけど、すごく目がギラついていて。 野心家の目というか。 彼らの幸せは積み重ねてできるものなんですよ。 僕はむしろ減らしていくほうに 幸せはあるんじゃないかなって思います。』と言うと『それが君の意見や! そういった君の幸せの尺度を言う事によって はじめて他の議論ができるんじゃないか?』みたいな話になりかなり白熱しました。確かに言葉の揚げ足とりになっていたかもしれない。でも感じてほしかった。幸せを。言葉や価値観で鎧を着ている。僕も。Mさんも。この日は初めて裸で相撲がとれたような気がしました。
2005/11/14
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最近学校で友達に手相を見せてもらう事が多くなった。この日も授業中見せてもらっていたのだが、・・・・・この線なんだっけ!?という事がままある。その時手相全体の雰囲気を見ることを忘れ部分にとらわれる事がままある。全体の印象が大事だ。このまえお好み焼き屋さん「よしえ」でもお客さんの手相を見せていただいた。ムラ「勉強してるんで、見せてください!」お客さん「いいよ。はい。」お客さんと手を取り合う僕。端から見たらおもしろい光景だ。ムラ「フム、フム、フム・・・・」お客さん「にいちゃん、どうでもいいけど、 手ごっつやらかいな、苦労してないやろ。」ムラ「はぁ、そうだと思います。」このときなぜか僕の中で衝撃が走った。僕は手に描かれている手相(形)ばかり、見ていたのだが、まさか手のやらかさとかいう概念がなかったので。その方の手は非常にしわしわで堅く相当苦労されているようだった。ご自身も趣味で四柱推命などの占いをされており、話が非常に盛り上がった。これからもドンドン勉強していこうと思う。
2005/11/09
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いつものように塾でコーヒーを淹れていた。するとどこからともなくお師匠があらわれた。そして、淹れたコーヒーを飲んでいただいた。師「うん、おいしいね。 でも、もっとおいしく誰でも淹れられるコーヒーの淹れ方が あるよ。」と言ってコーヒーの淹れ方を教えていただいた。技術的な事も教えてもらったが、ここでは精神的な話よりで。師「コーヒーを淹れるとき大事なのは 最初と最後なんよ。 最初は豆を挽(ひ)いた粉と熱湯が接触するとき。」と言ってキュ!と引き締まった空気になり、お師匠はコーヒーにお湯を注いだ。そして、お湯とコーヒーが・・・・接触!師「あとは力を抜いて コーヒーに全てをまかせる。 コーヒーを信じるんよ。」と言って、かしぞーやちこや僕とやわらいだ雰囲気で談笑。しばらくしてコーヒーから泡が立たなくなり、お湯が落ちきらない所でサッと引き上げた。そして、飲ましてもらうと「Oh! delicious!!」皆の顔がほころんだ。とても、飲みやすくまるで生き物みたいな力づよさがあった。師「ポイントは最初と最後。 最初と最後以外は力を入れたらあかんのよ。」なにかやろうとするとき頑張ってしまう。力んでしまう。結果素材(コーヒー)のよさを殺してしまう。コーヒーを淹れようとするのでなくコーヒーに任せる。みなさん、力を抜きましょう。さあ、これでコーヒーを淹れてみよう!きっとおいしくなると思うので、みんな飲んでね。というとプレッシャーになるので、期待しないでね 笑
2005/11/08
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今日はたんべの誕生日会だった。22歳おめでとう!サプライズだったのだけど、どうやら気づいているようだった。そりゃ気づくわなぁ。にゃお子亭のはつ巨大オモライス。タレが最高にうまかった。(にゃおちゃんにソースのことをタレといったら 『おじいちゃんやなぁー 笑』といって笑われた。えーん)ありがとうございます。話は変わるが最近ちゃんと料理をするようになった。しかしバリエーションがいかんせん少なく、月曜 カレー火曜 カレー水曜 トマトソースのパスタ木曜 カレー金曜 カレー・・・・みたいなほとんどカレーかよ!・・・・取り乱しました。またみんな食べにきてね。そして話を戻しますが、たんべ君、これからもより歯を輝かせた占い師になってくださいな。
2005/11/06
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今日は朝九時半に起床。今日は大橋さんが所属する黎明塾のハイキングに参加してきました。行き先は・・・・な、なんと、交野天神社。市民の森。バリ近所やん 笑少し遅刻をしてしまいましたが、なんとか間に合い樟葉駅を出発。50代以上の年配の方々がほとんどで総勢30名くらい。みなさんと楽しくトークをしながらいざ交野天神社へ。交野天神社の中には継体天皇即位記念で小さな社があるのですが、いかんせんボロい!あれはぜひとも修復するべきだと思います。そのあとは市民の森でお弁当タイム。黎明塾代表の井上さんの話を聞かせていただいた。『枚方市にはたくさん文化がある。 それをもう一度見直す必要があるんや。 それが百済寺や。 日本と韓国との共通の文化を見出すことで、 韓国とも仲良くできるんや。』次回樟下村塾では日中韓の問題を扱うのでタイムリーだと思い話を聞き入っていました。弁当タイムのあとは樟葉駅へ向かい再び歩き出しました。帰りは大橋さんとトーク。ネットラジオの事や次回樟下村塾(日中韓問題)の話をしました。大橋さんはカシゾーの日記にもあったように黎明塾の方々にも僕たち樟下村塾のメンバーにも素晴らしい気づかいで陰で今回のハイキングの支えとなってくれていました。ときおり見せるヨン様ばりの少しもの悲しそうな表情がまた素敵でした。これからもドンドン交流を深めたいと思います。(今日のタイトルは今回ハイキングに参加された方のギャグで、内容と関係ありません。)
2005/11/03
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お久しぶりっこ。最近斉藤一人の本を読みまくりマクリスティーです。どの本を読んでもいい事言ってます。その中で気になった言葉をひとつ。「苦しい時、困った時は 笑いな。 苦しいときに笑える奴がかっこいいんだよ。by斉藤一人」誰でも苦しいときはキツイ。苦しいときに笑う。確かににかっこいいですね。でもね・・・僕はもっとかっこいい奴を知ってますよ。それは時をさかのぼるほど五年前、僕が翁というあだ名を付けられる遥か昔の事です。大学受験塾ミスターステップアップで高校三年生の受験のときです。ヒデ、タッチ、おかん、TKCたちと受験勉強に励んでいました。そして、来るセンター試験当日を迎えました。現役のときは現役のときなりに勉強しましたが、結果は最悪でした。僕はタッチと採点していましたが、国語の点数が悪く特に古文・漢文はかなり悪かったです。「うわぁ、タッチの方がよかったらいややな。」なんて邪ま(よこしま)にも内心思いながらタッチの国語の採点に・・・結果は古典はかなり悪く、漢文に関しては0点でした。(センターで0点採る方が逆に難しい。笑)かける言葉が見当たらない・・・・おそるおそる彼の顔を覗き込むと、彼はこう言いました。「いやぁーー全然あかんかった。 古典なだけにこてん(古典)ぱんにやられた。 漢文なだけにちんぷんかんぶん(漢文)やったわ。 」・・・・・・・ぶっふぉ 笑かなりキレのあるダジャレで重く苦しい空気から一転、塾内は笑いの渦に巻き込まれました。このとき、正直かっこいいと思いました。悪い点数とって、へこんでるのが馬鹿みたいに思いました。そうして、彼は翌年も漢文0点という快挙を成し遂げたのです。笑(もちろん、過去問ではかなりいい点数が採れていました。 ステップアップでの勉強法で点数が上がらなかったというわけでは ないのであしからず。)苦しいときこそ人を笑わす。仮にもし今苦しいなら、困っているなら、その状況に似つかわしくない事をする。それがその状況を変えるきっかけになるのだと思います。ではでは。
2005/10/14
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『ある朝、出がけにゲタの鼻緒がプツンと切れてしまいました。 「あっ、出がけに鼻緒が切れるなんて、縁起が悪い」 と思った人は、否定的な人、「ツイてない人」です。「ただ鼻緒が切れただけだ。寿命だったんだな」 と思うぐらいでは、「普通の人」。「出がけに鼻緒が切れて良かった。 これが出先だったらひどい目にあっていたよ。 今ならすぐつなげるよ。」「あぁ、ツイてる。別のゲタでも履いていこう。」 と言える人が、「ツイてる人」です。 そう言うと、ああ、何でも肯定的にとればいいんだ、 とお考えになるかもしれません。 でも、私の考えはちょっと違います。 「ツイてる」と言うと、実際ツイてることが起きてしまうんです。』 (斉藤一人 「変な人が書いた驚くほどツイてる話」より抜粋)今日学校に行ってきました。久々に会う友達は皆、口々に「だるい、やばい、」を連呼していました。本人は意識していない分、完全に習慣化しておりわけもなくマイナスな言葉を発しています。いやな事、つらい事が起きたときこそ、プラスの言葉を発しましょう。「ツイてる、うれしい、すばらしい、愛してる。」今の教育に必要なのはまず、キレイな言葉づかいができるように指導する事だと思います。使う言葉が人生を決める。皆さん、肯定的な言葉を使いましょう。
2005/09/30
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今週の月曜日の話をしたいと思います。大学の友達で樟下村塾にもよく来てくれるM君。の彼女が京都の丹波口で絵を習っているそうで、その絵を教えてくれている方が、とてもおもしろい人だからぜひ遊びに来てみてと誘われておもしろそうと思いちょっくら出かけてきました。少々緊張ぎみの僕はM君に連れられその方(Iさん)とご対面。髭面でちょっと汚いけど、笑顔が素敵なおやじでした。ゴッホ、葛飾北斎、円山応挙などたくさんの画家の本に囲まれた部屋で、Iさんはとてもたくさん話をしてくれました。特に絵の事に関して話すときはとても楽しそうに熱く語ってくれました。Iさん「僕はその人が書いてる絵見たらその人がどんな人間かわかるんや。 絵にすべて現れる。 その人の個性がそこに現れるんや。 どこを観察してるかもよくわかる。 同じナスの絵書かしても ナスの光沢を強調して書くのか ナスが少し傷んでる所を緻密に書くのかみんなバラバラで おもしろいやろ?」 「素人さんの絵のほうがいい絵書きはるで。 学校(専門学校)行ったりすると逆にその人の個性が消えてまうからな。 勉強したらあかんねや。 こういう方法で書いたらうまくかけるとか思いだすやろ。 右脳で書くんや!絵は。 左脳で書いてどないすんねや。 素人さんは自由に書きはるやろ。 このバナナなんか僕が教えてる生徒が書いてんねんけど 特にええやろ?」と言って絵を見せてくれたけど正直言ってわからねーー!けどおもしろい。とても自由に書いていた。だってバナナじゃなかったもん 笑絵を習っている期間が長ければ長い人の絵ほど実物のバナナにより忠実に書いていた。あまりおもしろくない。Iさん「けど大人に絵書いてくださいってゆーたら みんな書きはらへんやろ? みんなうまく書こうとするからな。 そんなんいらんねや。 絵に必要なんは遊びごころや!」はいきました。僕は人の話を聞いているととても反論したくなるときがあるんですが、Iさんの話を聞いているときも反論したくなりました。が、このときは「うわっ!それって大事だな。」って思いました。というよりドキッとしました。樟下村塾にも遊びごころが必要だなと思いました。(くそ真面目集団でもよくないでしょう?)そういう意味でアンちゃん案に大賛成です。ではでは。
2005/09/09
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嫉妬、妬み、憎しみ、etc人は意識しようがしまいが心中に様々な思いを持つ。それらは決して満たされる事のない思いだ。しかし、騙されてはいけない!そんな思いなど元々無いのだから。20年間生きたら、その分だけ、価値観、考え、思いが形成される。30年間生きたら、その分だけ、価値観、考え、思いが形成される。それが「私」だ。「私」は求める。「私」は欲求する。私は「私」の奴隷になる。「私」は私にささやく。「もっと、ほしい。 まだ足りない。 もっともっと・・・・」しかし、勘違いしてはいけない。それはあなたではなく「あなた」なのだから!さて、あの夜私の中にあるつもりつもりった様々な思いは大雨とともに流されていった。そのとき、時間は止まりだした。「私」はいなかった。心は何も求めていなかった。求めてないから愛があった。先生が、安楽さんが、門下が皆愛しかった。心の声が止まり、全身全霊で大自然を感じようとすると夜の山々が深ーく、深く呼吸していた。それは父親のような力強さがあり、母親の包み込むような安心感があった。その息吹に触れるとなんともいえないようなうれしい気分になった。夜だけどなんだかすべてが輝いて見えた。空を見上げると満天の星空が私たちを祝福してくれていた。
2005/09/08
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ステップファミリーとともに美山ツアーに行ってきました。美山という土地はその名のごとく美しい山々に囲まれて・・・・って見えなーーい!!バケツをひっくり返したような大雨。安楽さんの家に到着してからも雨。晋也さんが作ってくれた最高においしい料理を食べているときも雨。雨、雨、雨。でも不思議といやな感じの雨ではなかった。食事をすまして、お酒を飲み、みんなで話しているとしだいに雨がやみはじめた。やがて先生、安楽さんを中心に外で話が始まった。先生が安楽さんにこうたずねた。「安ちゃんから見てここにいるみんなは幸せそうに見える?」安楽「いや、見えんね。」ここから安楽さんの話が始まった。安楽「自分がまず幸せにならんとなぁ。 自分が幸せになることが難しいんや。 自分が幸せじゃなくてどうやって人を幸せを導くんや。 今の世の中には幸せじゃない奴が多すぎる。 幸せじゃないやつが多いから問題が起きるんや。 幸せなやつと幸せなやつの間に問題が起きようがないやろ。」間違っていたらごめんなさい。(>_
2005/08/19
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おひさしぶりっこ!ムラッチです。本当に久々だ。夏休みに入り、学校にも行かなくなりました。・・・家にパソコンがねぇ!!今日はステップアップから更新しています。さて、今日の日記ではないですが、最近あった事です。にーやん、早川君が東京から帰ってきました。さすが早川君、あいかわらずの下ネタですねぇ。(~0~)そしてにーやん、久しぶり!会いたかったよ!その日の夜、僕、にーやん、メガネ君、かし、チキン、まな板さん、つっちんで東公園でお酒を買い、真夏の宴会が始まりました。最初にーやんがドンドン話を始めました。・カポエラへの思い・現在の仕事について話してくれたのですが、僕は正直納得いかねぇ!っていう思いにかられた。と同時に頭の中に理屈が走り出した。こーなるとにーやんと話をしても理屈の言い合いみたいになってしまってる部分が多分にあった。(その時はあまりそうは思わなかった。お酒の酔いのせいあったからか。)伝えたい事が伝わらない。そんなもどかしさがあった。この話を先生にすると『頭に訴えようとするからよ。人は理屈では動かんよ。感情に訴えかけないとね。』いうコメントを頂いた。その時、もっと感じたままをエモーショナルに伝える事が大切だった。詩人は月を見て花を愛で大自然を感じたままに言葉に表し表現する。杜甫や李白の漢詩を読んでいるとまるで中国の山川が情景として浮かび上がってくる。そのとき彼らが感じたものが蘇ってくる。以前勝田さんがこうおしゃってました。「歌を歌うときは詩に表わされている情景を思い浮かべ、 その詩心を気持ちにのせる事を大事にしているよ。」そのとき聞いた勝田さんの歌は歌詞が情景として浮かび上がり、魂にまで響き渡りました。人と話をするときも然り。感じた事を理屈をはさまず表現する。もちろんバットな思いはよくないけどとても大事な事だと思いました。
2005/08/10
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ぴーーーん ぽーーーん!むむっ!誰だ!夕方日の沈む頃、部屋でゆったりしているとチャイムが鳴った。ガチャ!とゆっくり扉を開けた。そこには若くて色黒の背広を着た男性がいた。会社入りたての新人さんみたいな感じだ。僕「はい?」新人「私ここらへんいったい水質調査をしているものなんですけど。 あなたの家はまだだと思うのですけど、ぜひ一度家に上がらせて もらって調査させてもらってもいいでしょうか?」僕「水質調査って・・・言われましても」新人「少しでいいんんで・・・お願いします!」かなり強引に入ってこられた。僕「いったい何をするんですか?水質調査って?」新人「いやまあ、お兄さん少し話しを聞いてくださいよ。」といって資料のようなものを見せられた。何かの営業か?その資料にはいろんな虫、学校の屋上にあるような貯水タンク、そしてそれを除き込むおっさんが写っていた。新人「このアパートの貯水タンクや水道管にもたくさんこのような 虫が住み着いているんですね。 だからこの水道から出る水やシャワーから出る水は非常に汚い! お兄さんはそんな水でお風呂入ったり シャワー浴びたりしてるんですよ。 もっというとね。 驚かんといてくださいや。」といって資料に載ってるおっさんを指差した。新人「貯水タンクにこのおっさんも入ってるんです!!」僕「・・・・・」新人「あれっ?おもしろくないですか?」おもしろくねーよ!っという言葉をグイッと飲み込んだ。僕「いや、あんまり・・・ っていうか一体なんなんですか? なにかの営業ですか? だとしたら僕は何も買いませんよ。」新人「いやちょっと待ってくださいよ。 まだ何も言ってないじゃないですか?」僕「でも何か売りにきたんでしょ? 何か言ってくださいよ。」新人「・・・・浄水器です。」そんな引っ張るとこなんかよ!それやったらさっさと言えよ!という言葉をグッと飲み込んで僕「それだったら最初からそう言えばいいじゃないですか? 水質調査って言われて家に入られたほうが 不信感がわいてよくないですよ。」新人「・・・そうですかねぇ」僕「そうですよ。でどんな浄水器なんですか?」新人「よくぞ聞いてくれました! うちの商品は○○っていってね、 お兄さんアルカリイオン水って知ってますか?」僕「知ってますよ。」新人「そう、それなんですよ!」普通やん!普通すぎるやん!笑僕「それって普通ですよね。」新人「・・・じゃあアルカリイオン水ってどのようなものかご存知ですか?」僕「いやわからないですけど、 どんなものか説明してくださいよ。」新人「いやっ・・・・ 僕は・・ ちょっと・・・ わかんないですね・・」わからんのかよ!笑何しにきてん 笑僕「あなた、いっちゃぁ悪いけど営業下手ですね。 こういうのってマニュアルか何かあるんですか?」新人「・・・いや、な・・な・ないですよ。」僕「そうなんですか、じゃあかなり営業成績に差が出るんじゃないですか?」新人「・・・そうですね。」僕「自分のとこの商品がいかにすごいかという事をもっとアピール すべきでしょう。 例えば 『ここまでは他社の商品と性能がいっしょなんですけど ここからが違うんです!』 みたいな感じのことを言えばちょっとは目を引くんじゃないですか? もっと工夫した方がいいですよ。」新人「そうか、そうですよね。 で今ねその説明の担当の者がこの近くで他の家を 回ってるんで、彼を呼んできたら説明を聞いてくれますか?」僕「説明は聞いてもいいけど、買いませんよ。 学生でいかんせんお金がないから。」新人「わっかりました。 じゃあ担当の者と連絡しますね。」と言って彼は外に出ました。電話をしているようだけど声が大きいから内容が聞こえてきた。新人「・・・・はい・・・・はい ・・・・・説明は聞いてくれると ・・・はい・・・いや学生さんで・・・ はい・・・いけそうなんで・・・」買わないって言ってるのになんでいけそうなんだ? 笑そして担当の人が来たけど、僕が買わなさそうな様子なのでさっさと引き上げていきました。いったいなんだったんだろ?変な新人さんでした。
2005/07/26
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住吉老人日記、最近の話の流れで思うこと。僕は師の考え方、話はパクる。いわばパクリ芸人だ。師の真実、貫いている事は継がない。いや、見ようともしていない。そもそもくそ受身だ。なにひとつリスクを負っていなかった。師の前でも。みんなの前でも。自分(という幻想)が死なない。何度でも蘇える。ヨミガエリだ。これから変えます。
2005/07/25
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この前の僕の日記の『サンデイ』だけど『サンデイ』ってどこやねん!!笑そんなファミレスありませんでした。『ジョイフル』の間違えでした。『サンデイ』は家の近くのスーパーですね。お恥ずかしい。 (*´ェ`*)ポッ そしてすみません。さて、この日はプログラミング法のテスト。プロ法は二年連続落としていて、今回は三度目の正直だ。持ちこみありのテストなのだが・・・・うーーーん、微妙。まあ、仕方ないわ。テストが終わるとすぐにタッチから電話が。「飯食いに行こう!」「行きます!」ちこも加わり3人でクチネッタへ。偶然にもマミちゃんが友達と来ていました。食事をすませてからはムレスナへ。やはりマミちゃんたちも来ていて、北川君もいて、後で村長も加わり、カウンターが満席になりました。カウンター以外は空いていて、カウンターは満席。あんまり見られない光景か?そして、Iとーさん、僕、北川君で話をする事に。テーマは「人に物を伝える。」ステッパーで合コンをしようと言う話から始まった。ちなみ僕は合コンは校ニのとき以来いってない。Iとーさん「合コンはすごい勉強になるよ。全く初対面の人とどこまで 盛り上がれるか? でも初対面の人と話を盛り上げる事っていうのはすごい重要。 特に人に物を伝える人間にとってはな。 伝えたい事があってもそれをいきなり伝える事はできない。 だから話のネタを沢山持っているほうがいいやろ?。 そう考えると自分の身の周りの事で無駄な事なんてない。 だから俺はどんなくだらないテレビでも新聞でもできるだけ目を 通すようにしてるよ。 後は観察すること。 今ムラッチと北川君と話をしながら、ヒデが横でしている話も 聞いてるし、カウンターの後ろのお客さんのグラスの量が 減ってきているなっていうのも見てるし。 働いているときもバスの音、椅子がギシギシ鳴る音とか 音もよく聞くようにしている。 すると赤いバスはプップッの鳴る音がうるさい。 緑のバスはこうとか特徴が見えてくる。 それもなにかに使えるかもしれへんやろ? そうやっていろいろアンテナをたくさん立てていると、 後でいろいろつながってくる。 だから一つも無駄の事はない。」バスの音まで聞いているなんて!書ききれなかったけど、たくさんのたとえ話を交えての貴重な話をしていただきました。一つの事に集中していると全体が見えなくなる。力が入りすぎると視界が狭くなる。力(りき)まず力を抜いてみよう。本を読む、映画を見る、人と話す等その世界に埋没すると全体が見えなくなる。「面白かったな。楽しかったな。」「面白くなかった。つまらなかったな。」ではなにも次に活かす事はできない。そう思ってテスト勉強もとりくみたいと思います。では、では!
2005/07/22
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起きたのは午後三時。いかん!寝すぎた。今日は明日のテストに備えて勉強を教えてもらうために京田辺にあるファミレス『サンデイ』で友達と待ち合わせ。テスト前になると『サンデイ』は学校からも近い事があって同志社の学生でごったがえす。タバコのにおいと若者の声でかなり雑然とした感じだ。中に入ると友達はすでに勉強していた。明日のテストは拡散工学だ。範囲は高校化学でもやった蒸留・抽出だ。蒸留装置・抽出装置を実際に設計する理論を覚えないといけない。普段全くやってないから急いでやらねば!その前に腹ごしらえだ。「ご注文は?」「唐揚げ定食で。」僕は定食屋やファミレスではいつも唐揚げ定食を食べる。お味の方は・・・?う・・うまい!!!んなわけねーよ!それは唐揚げというよりは油の塊だった。油の塊定食だ。さあ気を取り直して勉強だ。やたらとうるさいこのファミレス。ぜんぜん集中できないと思いきや意外と集中できる。むしろ後で家で勉強しているときの方が集中できなかった。それはノイズィな場所で勉強→自分のノイズが気にならない。静かな所→自分のノイズが気になる。みたいな感じでした。いろいろ場所を変えて勉強するのもいいかなって思います。では、see you!
2005/07/20
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12時くらいに起きる。最近スターウォーズの世界に埋没するムラッチです。三日でエピソード4,5,6,1,2を駆け足で見ました。今日もエピソード2の主用な部分だけ見ました。うーーん、おもしろい。その後ギアンへ。テスト勉強をしていました。すると高尾丸が現れました。しばし、トーク。その後塾講師のバイトへ。そこの塾長に「君の授業は一体感がない。わからん子を一人一人教えていてもラチがあかんよ。」と指摘されました。基本的にみんなやる気がない。かといって「今、勉強しとかないと将来が駄目になるぞ!」みたいな殺し文句ならぬおどし文句は口が裂けてもいえない。確かに一体感はない。みんなくちぐちにしゃべる。僕は「わからない!」という子にはつきっきりで教える。結果他の子がしゃべりだす。うーーん、全体授業は難しい。いろいろ試してみます。では!
2005/07/18
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次々と 泉のように 湧き出づる 言葉の玉の 数珠つなぎかな季語もなく 和歌というにも いえないがあまり形にこらぬもよきかな和歌日記 初挑戦 ということで聞いてくだされ はじまりはじまりー朝起きて しばらくすると 胃が痛い腹減りすぎて 胃酸ですぎかとりあえず 野菜ジュースを 飲んでからいやいやながら 学校へ行くいやいやと 思うていては つまらぬよ祈り直して 我が学びやへ同志社の 名前に負けて 学校に同志と呼べる ものは少なき少ないが せっかく出会って 話すなら深い話を したいものかないきなりに 深い話は できぬものつなぎの言葉を たくさん覚えよ場所変わり いきつけの店 ぎあんにてほっと一息 休息のとき胃が痛い くせにやめれぬ コーヒーはなかなか捨てれぬ 悪きくせかな門下でも 悪習慣に 気がつけば注意しあえる 仲でありたいそのときは 善言美詞の 言霊でうまい具合に 伝えたいものできるなら 言葉残さず 空気だけ残して注意 するがよきかな乱れたる 心のときに 見渡せば部屋の中は 散らかりにけり乱れたる 心を整う ためにまず整理整頓 掃除洗濯解のない 問いにあれこれ 気をつかう自分に酔うて 空気忘れるあれこれと 解なき問いに 迷うよりまず現実を 整えるべき現実を 整える ためにまず言葉づかいに 気をつかうべきべきべきと うるさくゆうたが おもしろく楽しく 愉快に 進みたいもの一日の 心を 和歌にしてみたがコロコロ変わり 行くはてもなき自然さえ 姿形を 変えるからその本質は どこにあるのかわからんよ わからぬままに 進みたい答え求める 心を沈めて最後まで 読んでもらえて ありがたしここでお別れ また会う日までおまけ東から 届く言葉に 励まされ微笑み 勇気づけらしかな
2005/07/11
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今日は運命学勉強会だ。その前にご飯を炊いて食べよう!水はエリックで、キパソを振りかけて炊く!待つこと30分。うん、うまい!!ご飯って本当にありがたいねぇ。そして、運命学勉強会へ。最初は暗記テスト。十二支の意味についてのテスト。続いて鑑定の練習。今日はタッチが鑑定者、たんべが客だった。師曰く「真理の言葉を吐け。 真理の言葉は経験に関係なく相手に通用する。」普段から言ってないと絶対とっさに出てこない。つーわけでたまになにか古典の言葉を紹介していきますね。今日は「君子の交わりは淡き水のごとし、小人の交わりは甘き蜜のごとし。」(君子の友人とのつき合い方は水のようにあっさりしていて情に溺れない。 小人のつき合いはベタベタしていてまるで蜜のようだ。)馴れ合いの関係では、成長や発展がない。話をすることによってお互いいい空気が残るような関係をつくっていきたいですねぇ。今日はこのへんで。あでぃおす!
2005/07/10
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「もし今、仮に北極老祖が現れて、『一分あげるからあなたが疑問に思っていることを 五つまで質問していい。そしたら、なんでも答えてやる。 一分以内じゃないと帰っちゃうよ。』 と言われたらなんて質問する?」みなさんなら何を質問しますか?なんでも教えてくれるそうですよ。素敵ですよね。今日、話の流れで先生にこう聞かれました。一分!?時間制限もあり僕はとっさに「人類の未来はどうなるのか?」「人間は思考が主になるのはどうしてか?」etc・・・とりあえず五つ考えて言ってみました。すると師曰く「それらの質問の答えは一つで答えられるよ。 今、考えてでた質問やから、一つ続きなんよ。 普段から考えている不断の問いはないの?」ガビーーン!!ねぇ! 笑バイト先で生徒に「いいか!疑問をつくれ!すぐに答えを聞いたら自分で考える力がなくなるぞ。」っていうてますやん!「無とは何か?」禅宗のお坊さんは修行中このような答えのでなさそうな公案を掃除したり、洗濯したり、料理したりする中で考え続けていた。「無とはエネルギーが集まった状態で・・・・ウンヌンカンヌン・・・」それは定義だ。「無」という言葉にいろいろ言葉を貼り付けただけだ。もっと「無」とはなにかを全身全霊で感じなければならない。表三郎曰く「その人の人生の大きさは疑問の大きさに比例する。」不断の問いをつくろう。疑問を煮詰めよう。ぐつぐつ煮よう。今夜はビーフシチューだ!ありがとうございました。
2005/07/09
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今日は樟下村塾読書会だった。メンバーは村長、たんべ、かーわ、川崎君、僕、そして初参加のたっち。(誕生日おめでとう!)ひとりひとりが「論語」を読んで感銘を受けた部分をみんなに紹介し、みんなで意見を言い合うという形式だ。「師曰く、・・・」といつものように始めていると、ガチャ!誰だ?むむっ!第五回樟下村塾にきていただいたYさんだ。なんと読書会にきてくれたのだ。わざわざきてくれてありがとうございます。Yさんは前回の樟下村塾に樟葉駅でのビラ配りでビラを受け取りやってきてくれたのだ。ビラ配りは無駄じゃなかった。やったー!さて、外部の方の参加があると読書会が非常に盛り上がる。「論語」に限らず本を読むときや人の話を聞くとき、自分の経験したこと、理解できることの範囲での解釈になってしまう。だから人の意見を聞かずに本だけ読んでいると独善的な理解になりやすい。実際僕は「そんな風に読んだ事はまったくなかった。」「それはおかしいやろ!?」といろいろ驚く事があるのですごく勉強になる。特にYさんの意見にはすごく新鮮なものを感じた。僕たちはけっこう読書会をやって「孔子ってすごい偉人だ。」と無意識に思って論語を読んでいるが、Yさんはそういった先入観がないからすごい素直な解釈をされていました。あんまり「孔子ってすげー!」とか思って読まない方が素直な理解になると思います。最後に僕がこの日紹介した言葉をここで紹介します。「心の欲する所に従って、矩(のり)を越えず。」(思うままにふるまってそれで道をはずれないようになった。)普通、人は思うまま、欲望のままに振舞えば、やることなすことめちゃくちゃになってしまいがちだ。思うままに振舞って、人の道に外れず、人を生かす。そんな孔子ってすげー!ありがとうございました。
2005/07/09
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記念すべき第五回はゲスト講演者に山本晋也さんを迎えてのものだった。晋也さんの風貌はというと・・・・いかつっ!!とび職の方のようで一見自然食にこっているような人ではなさそうだ。話の中で印象に残ったのが、選挙に投票に行くことより野菜を買う方がよっぽど大事だということだ。例えば、一つ78円のスーパーで売られているニンジンの含まれるビタミンの量が(1)含まれているとする。また、一つ200円の有機ニンジンに含まれるビタミンの量が(10)とする。(10)のビタミンが得るためには、前者のニンジンは十本(780円)買わなくてならないのだが、後者を一本(200円)買えばそれですむわけだ。一本の値段が高いのが有機ニンジンだが、結果的にたくさんのビタミンがとれる。消費者はどちらのニンジンを買ってもよいのが、そこには野菜市場ひいては日本の未来に対する意思が生まれる。ほんとうにいい野菜を育てる苦労は並々ならぬものだ。それを買ういうことは「この野菜は本当にいい野菜だ。 もっと食べたい。もっと作ってくれ。」という意思を示す。その野菜を作ってくれる農家を大事にしたい、もっと続けてくれという意思も含まれる。ただ食べれるから、うまいからといった話ではないのだ。だからこそ、消費者は自分が買う食品の「質」を問わなければならない。だからこそ、消費者は食に対する膨大な情報に踊らされてはいけない。だからこそ、消費者は食に対する目を肥やさなくてはならない。ただ「食べている」いやむしろ「食べさせられいる」と本当にいい「食」はいつのまにか姿を消してしまうかもしれない。僕の世代は「与えられる」ことに慣れすぎている。生まれたときからなんでもあった。食べるものも、家も、車も、電化製品も、情報も。それに対して「疑う」という事がなかった。当たり前だと思っていた。いいものに対する貪欲さを失っていた。晋也さんは言っていた。「世間はオーガニック、オーガニックっていうけど、 僕にとっては当たり前のことなんです。」当たり前ってなんだ?また講演会後にこう言っていた。「最近の若い子の芸術を見ると、自由でいいなぁって思うんだけれども どうもシャッキとしていないというかしまりがないというか。 自由過ぎると逆に自由がわからなくなる。 一回柵にいれられないとここまでが不自由、 ここからが自由っていうのわからんもんや。」自由ってなんだ!?うーーーむ、と考えさせられる第五回樟下村塾でした。
2005/07/02
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「樟下村塾です!よろしくお願いします!」ドンドンいこう!ガンガンいこう!うおっ!?かなり風貌がヤクザな人だ!グラサンにチョビ髭に高そうなバックを持ってはる。この前ブログに書いたからか?「樟下村塾です!よろしくお願いします!」と言いつつビラを渡す。ふぅーーー 汗どんどんいこう!がんがんいこう!十人連続で受け取ってもらえなくても気にしなーい。まさに不動の境地だ。「樟下村塾です!よろしくお願いします!」どんどんいこう!がんがんいこう!どんどんいこ・・・「お疲れさま!」といってビラを受け取ってくれた彼女はまさに『びゅーちぃふる』だった。気にしない。気にしない。つーかかわいいし!!
2005/06/30
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今朝授業中に「人脈がいっぱい」(中島孝志)という本を読んだ。その本の中に「人脈を広げるに当たって、人を選んではいけない。 選んだら選ばれる。」とあったのが印象的だった。ビラ配りも然り。人を選んでいるうちはいいビラ配りとはいえない。かわいいあの子には誰だって渡したいもんだ。例えヤクザのような人でも果敢に渡していかないと。それが人生最大の出会いになるかもしれない。さてそれは空気においても然り。師曰く「僕は本を読んでいるとき、ふいに話しかれられても 全然いいんよ。 集中なんかしてないからね。 その結果空気が変わったとしても その空気に融合していくだけやからね。」集中する事は一見いいことのように思えるが、実は視界が狭くなり、イライラ、不安を無理やりおさえこんでしまう。すると自分の周りにたくさんちりばめられている神様のメッセージを受け取ることができない。過去に光明体験、神秘体験をした人が頭打ちしてしまうのもその体験が自分の判断基準になり空気を選んでしまうからだ。少なくとも自分の目の周りに起こる事目の周りにいる人はたまたまの出会いではないのだ。それらの声に耳を傾けるとまた違った角度でものがみえたり視界が広がるかもしれない。P.Sもちろん空気は積極的に作っていくものだけどね。
2005/06/28
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第五回樟下村塾に向けてビラ配り開始だー。樟葉モールができてから受け取ってくれる率がよくなった。それとも夏の陽気のせいか?てか暑いわ。いい汗かくわ。大きな声で「樟下村塾でーーす。」っていうとたまに「うわっ!」って驚かれる方がいる。特に年配の方かな?大きな声も必要だけど、工夫も必要だ。けっこう噴水あたりに捨てられたりしているからそれもちゃんと拾わないとね。ビラ配り心配りも忘れずにっていうわけで今日も行ってきまーす。
2005/06/27
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この前、「ムラッチは空気をどのように感じるんですか? 感じるっていうことがいまいちわかりません。」と聞かれたのでそのことについて書こうと思う。普段、日常生活を営んでるいるうえでは人は必ず過去自分にあった出来事、事件(気持ちよかったり、傷ついた事)に大きく影響されて自分の考えや価値観がつくられてる。例えば一度、人にひどい裏切りを受けて「人ってこんなもんか。」と決めつけてしまえば、つねにそこから物をみてしまう。お金儲けしか考えていない商売人なら「お金になるか、ならないか。 これはお金になるぞぉーー。」という視点からすべて物をみてしまう。自分の価値観、世界観、立場を守る考えが自分を占拠しているときは「空気」は感じれないと思う。自分の価値観、経験は大きな偏りがあるにもかかわらず人はそこから迷いに迷い人生の選択肢を選びがちだ。そこに真実はない。それらが立ち去ると同時に「空気」がやってくる。この前の「悟りの八百屋あんらくさん」の話のときもそうだった。その場の「空気」と自分が融合する瞬間がある。そのとき思考が分離を起こさない。ノイズはあるが、川に流れるようにサラサラ消えいく。そのとき自分を捨てたという実感などなく、ただ感じる。ただそれはかなり繊細だ。ぎゅとすればすぐに消え去ってしまう。かといってそれはかなり凝縮された凄まじいエネルギーを感じる。人ひとりの運命だけでなく、なにか大きなものを変えてしまいそうなほどに。力強く、暖かい。今、僕たちに必要なのは論語に「過ちに気づいてもまだ改めない。それが過ちだ。」とあるように空気を感じても維持できない自分にこびりついている・人生の選択パターン・考え方、行動の癖に気づき、改めなければ次のステップにいけない。
2005/06/26
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齋藤孝の「呼吸入門」を読みました。呼吸とは吐く事。吐いて、吐いて、吐きまくるとあとは吸うしかなくなる。言葉も同じなのかもしれない。吐かないと消化不良を起こす。いままで喉まで出かかっている言葉をぐっと飲みこんでいました。なぜ?空気を壊すのこわいから?自分の幻想が壊れるのがこわいから?理由はさておきこないだあんちゃんと本音トークした。結果・・・お互いに幻想を持っていることが発覚。おまえそんなん思っとたんかーーーの連発。身内なのに?こんなに距離が近いのに?全部を言えばいいってもんじゃない。けどしょうもない幻想ならもっと壊しあおうぜ。そのほうが距離が近くなる。そのほうが幻想から生まれる信頼ではなく、本当の信頼関係が生まれる。幻想という殻はさぞかし心地いい。しかし長居しすぎた。ほら、進め、足!一歩踏み出せば、歩き出せるさ。
2005/06/24
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空気を作るのはうまく、語彙の数は多い、頭も相当いいと思われる斉藤孝。その斉藤孝を論破だ。これはいつも読書会でやってることだ。一人読書会だ。さて斉藤さんがやっている事といえば、音読、呼吸法、読書法、体を揺さぶる、偏愛マップを作る等、着眼点がおもしろい。著書もけっこうつまらない本もあるが、おもしろい本もある。単刀直入に言おう!斉藤さんの空気は非常に軽いのだが、「突き抜けた軽さ」ではないのだ。「突き抜けた軽さ」とはどんな困難や苦難がやってきても倒れないような安心感があるが、斉藤さんの軽さは吹けば飛ぶような軽さだ。それは斉藤さんが音読・呼吸法などいつも「型」から入る事と無関係でないと思う。音読・呼吸法などで得られる・ハイな感覚・高揚感は浅いのだ。真・善・美へ造詣が。マニュアル、型を作ることによって多くの人を幸せに導くことができ、または多くの子供の教育に役立つと思いますが斉藤さん自身に必要なのは・なにか一つを徹底的に極めること。・型を捨てること。そうでないと視点・切り口がおもしろいのだけれど、何をやってもある一定の所で頭打ちしそうな気がした。彼の中で完成しているものを一度捨てないといけないと思いました。まあかなりえらそうに言いましたが、僕自身にとって斉藤さんの講演会はとっても刺激的でした。講演会の最中は「自分もおもしろい文章が書きたい!」と思ったのですがそのときは明確に彼の言葉が残っているからでした。でもそんなもの普通はすぐに忘れるもの。しかし講演会が終わったその夜、彼の言葉を忘れても「文章が書きたい!」と思えたのは彼が「空気」を残したからだと思います。 樟下村塾での講演に限らずどんな場面、場所でもいい「空気」を残したいものですね。
2005/06/23
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今日は斉藤孝さんの講演会へ言って参りました。場所は大阪淀屋橋から徒歩五分。素敵な会場だった。今回の参加メンバーはたんべ、かしぞー、川崎君です。松というおもしろくないおばさんの前座が終わりいよいよ斉藤孝の番だ。登場していきなり斉藤「書くことにしても、話すことにしてもアイデアが必要なんですよ。」いきなり本題かよ!すこしかん高い声でペラペラしゃべりだしたからびっくりした。斉藤「ごめんなさいね。私前置きというものが嫌いで いきなり本題から話たいタイプなんです。 ダラダラ前置きする人いるでしょ? あーゆう人見ると頭弱いんだなって思っちゃいますね。」会場に笑いが起きる。一瞬で空気を作ったのはおみごと!って感じだった。さて、この講演会で斉藤孝が言いたかったこと、「書く力」を養うために必要な事とは?大きく三つに分けて・量・引用・再生だった。量とは?とにかく量をこなせ。量をこなさない内はうまくなりようがない。一文二文に言いたい事など収まりきるわけがない。その際メモを忘れるな。メモのない文は駄目だ。引用とは?書くに値することを書け。何気なく生きていたら書けない。書くに値するような一週間を過ごせ。書くとは公共性が必要となる。その際自分のエピソードを必ず入れる。自分のエピソードと世界をクロスさせる。つまり主観と客観をクロスさせる。そこではじめて教養面(例えばゲーテの言葉)からの引用を入れる。その引用であなたのセンスが試される。個人的な話でもゲーテなどの言葉を入れると読んでる側としては「お得感」が生まれる。再生とは?再生とは再構築だ。何気なく講演会で話を聞いたり本を読んでいてもそこからは何も得ることができない。それらを自分で一度表現してみよう。その際、自分のエピソードを絡めることを忘れずに。それが再構築だ。斉藤「じゃあ今から僕が今日講演会で話をした内容を 隣の人と一分半で話をしてもらいます。 あっ今不安だなって空気が伝わってきましたね 笑。 僕は普段、人の事は考えないけど 人のこういう空気にはね。 敏感なんですよ。」また会場に笑いが起こる。本当に空気を作るのがうまい。僕のパートナーは前座の松というおばさんの夫だった。やってみるとこれがけっこうおもしろい!一分半、見知らぬ人と適度な緊張感で話すのはなかなか刺激的だ。また、斉藤さんの私塾「斉藤メソッド」で斉藤さんが着ているTシャツも紹介していたが、黒Tに「上機嫌」と白文字で印刷されていた上機嫌Tシャツが、またまたおもしろく笑いをとっていました。講演会のレベルは僕がいままで行ったものの中でもっともクオリティーが高く、まさにベストクオリティー!!だった。さあ空気が軽く、表現は多彩、そしてユーモアのある斉藤孝。後編ではこのハゲッチが斉藤孝を斬る!のでお楽しみに!!
2005/06/23
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バイトに行くためにチコに定期を借りにムレスナへ行くと先生がいた。その隣になんか山男みたいな奴が・・・あんちゃんやん!!もちろん悟りの八百屋の方ではなく作家志望のひげの方だ。ほとんど話す暇もなく、バイトへ。今日はみんなテスト終わったばかりでやる気がなかった。その後数人としばしトーク。なぜか話は下ネタへ。全くついていけない!!笑うしかなかった。そしてドラッグの話に。枚方市では結構売られているらしい。その後塾へ行き樟下村塾の会報の宛名を書きに塾へ。気持ちを込めて書いてなかったので、書き直しました。では!
2005/06/20
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今日は塾で会報作りの会議だった。開始まで時間があったのでコーヒー牛乳を作ってみました!うーん。味の方はまずくはないのだが・・・。これから暑くなっていくので夏に向けて練習しよう。さてさて会報作りにはヒデ、たんべ、つっちん、しんちゃんが参加。やっぱり文章はなかなか読んでもらえないかもという事でわかりやすくバシッとした『理念』を作ろうという話になった。現段階で決まっているのは・志を育む場・世代を超えた学びの場・?(まだ決まってません。)これら三つを合わせて『日本の未来を創る場』でいこうという話になった。でかい!いう事が!!『作る』じゃなくなくて『創る』やし。でも『理念』があるほうがわかりやすい。樟下村塾とはどういうものか来ていただいた方、興味を持ってくれた方に説明することは必要不可欠だ。アゴラ、モモの家、エフエム枚方でよく聞かれたことと言えば1.「樟下村塾って一体どういった活動をしているのですか?」2.「第一回から第四回はどういった講演内容だったんですか?」3.「樟下村塾設立のきっかけや過程は?」4.「樟下村塾ってどういった方が参加、運営しているのですか?」5.「幕末の松下村塾との違いは?」6.「将来的にどういう方向にすすんでいきたいのですか?」これらの疑問に対して明確かつわかりやすい説明がいる。もちろん一貫した。僕自身は答えるときにコロコロ変わった部分があった。質問の聞かれ方、ニュアンスの違いによっては変える必要があるとは思います。村長とこれらの答えについてはよく考えてみんなにお知らせするのでみんな答えれるようにしましょう!!またどんな疑問がくるのかシュミレーションしてみよう。会議後はIとーさんと日本対メキシコの試合を見て寝ました。では!
2005/06/16
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今日は夜回り先生こと水谷修氏の講演会へ行ってきました。登場したとき手を合わせて拝んでいるのが印象的だった。「いいんだよ。やってしまった事は仕方ない。 今から罪を償えばいい。」 少年犯罪、ドラッグ、リストカット、性問題etc・・・ ありとあらゆる青少年の問題に関わる夜回り先生だが、 彼は基本的にはどんな子にも絶対怒らない。 「水谷はみんなに言いたい事がある。 みんな待つ事ができる人になれ。どんな子供にもすぐに怒ってはいけない。」 自分のことを「水谷」というのはけっこう引っかかる。 「今の子はみんなメールに救いを求める。 けど言葉に真実はない。 愛してる、愛してる、愛してるっていったってそんなのは愛してる とは言わないよ。 さみしいときにいっしょにいてあげればそれでいいんだよ。」 確かに待ってあげることはすごく必要かもしれないけど 全く怒らないのはよくないと思う。 とにかく一つ一つの事件に本当に子供と向き合っている姿勢が すごい。 覚悟もすごい。本田健の比べものにならない。 すべてを捨てて子供を救おうとしている。 講演中会場内が完全に静まりかえり、最後にはみんなシクシク泣き出した。 僕はというと・・・ 泣けない! 水谷修の空気は普通ではない。オーラもでかい。 自己満足でやってる感もない。 けど空気は重い。 「幸せー」 て感じじゃなかった。 使命感が強いのだが、自己犠牲の感も強い。 うむーーーなぜ? やり方に問題があるのかも。 まるで自分の身を削って相手に「はい、どうぞ」って言って渡す ような救い方だ。 夜回り先生の生徒にも話を聞いてみるとヒントになるかも。 帰りはかしぞー、たんべ、つっちんとクラクラで買ったパンに クラいつきました。 今日は考えさせらる講演会でした。
2005/06/13
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ちゃお!ムラッチです。今日のお昼は樟下村塾の会報のコラムの内容を考えておりました。が、ぜんぜん思いつかない!困った!ていうかむしろこらむった!『松下村塾と樟下村塾』という題で書こうと思っております。その後、イトーさんが置いていってくれたキムチと納豆とご飯を混ぜて食った。ばりうまっ!そして、運命学勉強会まで時間があったので岩清水へ。お祈りをすまし、御神籤を引いている際、宮司さんと話す事に。「岩清水って戦勝祈願に楠正成もお参りしているんですよね。」って話をふったら、宮司さんが「そうですよ。勝ったおりには記念にクスノキを 百本岩清水に寄付されたそうです。 今もエジソンの所に一番大きなのが残っているけど、 あれもそうですよ。」エーース!?楠木正成がクスノキ百本!?僕にはなんだかその事がとてもおかしく思えました。それ以上に楠木正成が寄付した木がいまなお残っている事に歴史を感じました。その他に清和天皇の血筋から清和源氏が生まれたというのは作られた可能性があるとか、神仏習合(岩清水神様は八幡大菩薩としても祭られています。)により、岩清水には100年くらい前までは神社だけどお坊さんの出入りが多くかなり権力を持っていたというような話などいろいろ聞かせてもらいました。また当時は都から見て比叡山が鬼門に位置していたのに対し、岩清水は裏鬼門に位置し都(京都御所)を守護してくれていたそうです。歴史知りお参りすればまた違う顔をのぞかす神も仏もその後運命学勉強会へ。覚える事が多くなってきたのでがんばるぞ!今日はこのへんで。
2005/06/05
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