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長いお返事ありがとうございました。 みみさん、 わたしは カウンセラーですよ。 (苦笑)(^0^!)あなたが 何を言おうと 「 愚痴 」とはとらえませんからご安心ください。 何でも 言いたい事を言ってください。判断するのは わたしです。 クライアントではありません。 あなたが 一生懸命書いたのは 状況説明です。 これは わたしにとりましては大変大事なことで 愚痴ではありませんよ 。 あなたは 慎重に言葉を選びながら 書いています。 「 祖母も母もいい人ということを前提に 書きます。 」 と書いています。ここですね、赤ランプ ぴかぴかは。毎日の生活のなかで いろいろなところで これがでてくるのでしょうか ?それは あなたの心のなかにある 「 人の目 」というものです。 ~と言ったら ~と思われるかもしれない。~をしたら ~と思われるかもしれない。 自分が本当に考えている事、したいことがあっても お母上を含む あなたの周囲に 上記のように ~と思われるかもしれない、思われるだろう、と考え 次のステップに進むことがむずかしくなるのではありませんか ? つまり 先へ進むのをむずかしくしているのです。あなたは 人よりいろいろ考えるひとでしょう。 ~したい、~してみようかなと思っても 心のどこかに 母はどう思うだろうか、 何と言うだろうか、同僚は ? 友人は ? と考えませんか ? 人の思惑のほうが 自身の希望より 先にくるし、大きい傾向にありませんか ? 次ぎには だから~しないほうがいい、という理由を考える傾向にありませんか ? カウンセリングにきて 最初に 「 わたしは 周囲からみたら 理想的な家庭の子供と言われています。 」という人もいます。 ちょっと待って,待って。理想的な家庭の子供が 何故 カウンセリングが必要な状態になるのでしょうか ? それは 世間体です。 よそからは そう思われていても 本人にとっては 大変な家庭だったわけです。聞く前にわかります。豊かな生活、高学歴の両親、成功している父親。。。。。ところが そこには 心というものがありませんでした。父親は 仕事が忙しく 子供たちは 毎日顔すらあわせない日も多かったようです。 その分 母親の負担はふえます。母親は 結婚した理由から 今の生活まで ずっと愚痴ります。母は父も責めます。 暴力沙汰もあります。 クライアントは 小さいときから 母に当たられて育ったひと。真ん中っ子が多いです。 どんなに頑張っても ほめてもらったことはありません。 ひとりのクライアントさんは 学校の成績がよくないということで 脳の検査に連れていかれたこともあります。母親が 脳に異常があるかもしれない、と思ってのことです。このトラウマが 今でも完全に消えていないのですよ。親に 精神異常と言われつづけ 医者に連れていかれたひともいます。 きょうだいのうちで クライアントだけが 母親から暴力をうけていたひともいます。世の中 信じ難い話がたくさんあります。 でも クライアントたちは文句も言えず けなげに耐えて頑張ってきたのです。 「 家のなかのことは ひとには言わない,言いたくない。」 これは 普通のリアクションです。 そして 苦しくなって もう前へ進めない状態にならなければ誰かに相談したいとは 思わないのです。 というか 思えない。お友達には さわりの部分を 話す事はあっても 全体は話しません。最初のカウンセリングで 全て さらけだすことができるひとは皆無です。 ゼロなのですよ。どなたも なにか 繕おう、としますね。 悪いことは言いたくないわけです。例えば ちょっとしたテストをしたりすることもありますが本心とは別に 理想的な答、くせのない答を選ぶ傾向にあります。ですから 本来であれば イエス にまるをつけるところを ノーのほうに まるつけたりもしてしまいます。人間 ひとに知られたくない事,隠しておきたいことは 誰にでもあります。勇気をふりおこして カウンセリングに来ても はじめて会うカウンセラーに 何でもかんでも言うことができるひとはいないのです。 ところで カウンセリングを受ける、ことにも とてもためらうのですよ。もちろん 未知の事ということもありますが いろいろ聞かれたくない、のです。隠しておきたい、知られたくない。。。。。。 そして少しずつわかっていきます。 ここでは 何だって 言っていいということが。 隠しておきたいことを 言ってしまったあとは 号泣します。 肩の力が抜けます。 ほっとします。そこまでが 最初のステージ。 吐き出すこと。次は 自分というものの確立にむかっての作業になります。 自分をつくりなおすことは 可能ですが 時として 痛みもともないます。だから 少しずつしかできないのです。 ジグザグ ジグザグ 進んでいくのです。 つづく
2012.07.30
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結婚をめぐって 母親との大けんか お母上のインフォメーションを読みました。みみさんは お母上の母親、つまり あなたのおばあちゃんですね。このかたは どんなひとでしたか ? そして お母上が育った家庭環境はいかがでしたか ? あなたが 例え 目をつぶって 結婚したとします。そうしますとね、 一時的に お母上は安心しますが また徐々に不満がでてくるようになります。今度は あなたの夫にたいする不満です。 これは いろんな方面にわたります。気が利かない、頭が悪い、出世しない、遊んでばかりいる、夫の親 にたいする不満 。。。。。 夫になったひとに 直接文句をいうひとも なかにはいますが娘のあなたに 不満をぶつける場合が多いです。「 あなたが ちゃんとしないから 夫が ~~ なのよ。」 あなたが八つ当たりされることは 結婚しようとかわりません。自分が手にいれることができなかった 本人が描いていた理想の 家庭を 娘には もって欲しいのです。理想って 何 ?夢って 何 ? みみさんは 長女でしょうか ?あなたが 小さいときから お母上は 自分の不満のはけ口を身近なところで ぶつけてきたわけです。自分が考えている事、思う事、したい事、全て 欲求不満。毎日が楽しくなかったのではないでしょうか ?わたしは 間違っていない。 正しい事をしているのに 何故わたしの思うようにならないのか ? この頑さが 欲求不満の原因ということに 気がついていないし気がつきたくもありません。 「 わたしは 正しい 」のですから。 人生ってね、 正しい、正しくないが関係ない世界もあります。自分は正しいと信じていることが 別のひとにとっては どうでもよかったり 正しくなかったりするわけです。 優秀な大学をでているひとは みんな出世するでしょうか ?ほんの一部が成功するだけです。日本でもそうですが アメリカでも同じです。たくさん勉強をして いい大学に行っても思うような人生になっていないひとのほうがうんと多いのです。 完璧に家事をこなし 育児をする女性を好む男性もいるしそれに息がつまる男性もいます。ばりばり仕事をこなして 出世するけど 家庭はかえりみない男性を好む 女性もいるし 頭のほうはイマイチ、出世も関係ないひとでも 家庭のことに尽してくれるやさしい男性を好むひとも いるわけです。 人生は 1+1=2の答えがでない 非科学的なものです。割り切れないものです。ひとそれぞれ 違った人生をおくります。 ベストは 自分の納得がいく人生です。 前回も書きましたが お母上にあなたが何を訴えようと 本人が自分は正しい、という考えから抜け出ることができない場合受入れてもらえることは不可能です。 これからのあなたの課題は 「 自分の人生 」をつくりあげていくことでしょう。 「 わたしは みみ、花子ではない。」あなたは 育っている段階で あんまりほめてもらったことがないのではないでしょうか ? 頑張っても 次は その上のゴールというもっと高いハードルがあったのではないでしょうか ? これは 本人にとっては つらいし、きついものがありますよね。 自分を知って 自分を受入れましょう。母親の人生の修正ではない「 わたしの人生 」を手にいれましょう。 自分にあった人生ですね。これって かなりむずかしいのですが 気分はいいものですよ。
2012.07.28
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結婚をめぐって 母親との大けんか お母上のインフォメーションを読みました。みみさんは お母上の母親、つまり あなたのおばあちゃんですね。このかたは どんなひとでしたか ? そして お母上が育った家庭環境はいかがでしたか ? あなたが 例え 目をつぶって 結婚したとします。そうしますとね、 一時的に お母上は安心しますが また徐々に不満がでてくるようになります。今度は あなたの夫にたいする不満です。 これは いろんな方面にわたります。気が利かない、頭が悪い、出世しない、遊んでばかりいる、夫の親 にたいする不満 。。。。。 夫になったひとに 直接文句をいうひとも なかにはいますが娘のあなたに 不満をぶつける場合が多いです。「 あなたが ちゃんとしないから 夫が ~~ なのよ。」 あなたが八つ当たりされることは 結婚しようとかわりません。自分が手にいれることができなかった 本人が描いていた理想の 家庭を 娘には もって欲しいのです。理想って 何 ?夢って 何 ? みみさんは 長女でしょうか ?あなたが 小さいときから お母上は 自分の不満のはけ口を身近なところで ぶつけてきたわけです。自分が考えている事、思う事、したい事、全て 欲求不満。毎日が楽しくなかったのではないでしょうか ?わたしは 間違っていない。 正しい事をしているのに 何故わたしの思うようにならないのか ? この頑さが 欲求不満の原因ということに 気がついていないし気がつきたくもありません。 「 わたしは 正しい 」のですから。 人生ってね、 正しい、正しくないが関係ない世界もあります。自分は正しいと信じていることが 別のひとにとっては どうでもよかったり 正しくなかったりするわけです。 優秀な大学をでているひとは みんな出世するでしょうか ?ほんの一部が成功するだけです。日本でもそうですが アメリカでも同じです。たくさん勉強をして いい大学に行っても思うような人生になっていないひとのほうがうんと多いのです。 完璧に家事をこなし 育児をする女性を好む男性もいるしそれに息がつまる男性もいます。ばりばり仕事をこなして 出世するけど 家庭はかえりみない男性を好む 女性もいるし 頭のほうはイマイチ、出世も関係ないひとでも 家庭のことに尽してくれるやさしい男性を好むひとも いるわけです。 人生は 1+1=2の答えがでない 非科学的なものです。割り切れないものです。ひとそれぞれ 違った人生をおくります。 ベストは 自分の納得がいく人生です。 前回も書きましたが お母上にあなたが何を訴えようと 本人が自分は正しい、という考えから抜け出ることができない場合受入れてもらえることは不可能です。 これからのあなたの課題は 「 自分の人生 」をつくりあげていくことでしょう。 「 わたしは みみ、花子ではない。」あなたは 育っている段階で あんまりほめてもらったことがないのではないでしょうか ? 頑張っても 次は その上のゴールというもっと高いハードルがあったのではないでしょうか ? これは 本人にとっては つらいし、きついものがありますよね。 自分を知って 自分を受入れましょう。母親の人生の修正ではない「 わたしの人生 」を手にいれましょう。 自分にあった人生ですね。これって かなりむずかしいのですが 気分はいいものですよ。
2012.07.28
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映画館での 乱射事件は 日本でも報道されていることでしょう。 12人とも15人ともいわれている死人がでています。そのうちの 3人は ガールフレンドを庇っての死ということでした。つまり ボーイフレンドの犠牲により 女性たちの命は助かった、ということです。 いつの世にも こういう男性がいるんですねえ。 まさしく ナイトです。
2012.07.26
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お母上と 結婚をめぐってケンカとのことですが これは 別に珍しいことではありませんね。親が心配しているのは事実です。 でも、でも、でも。。。。。。。 心配の根っこは 世間体ですか ?一番多いのがそうです。 世間にたいして。。。。。。「まだ 結婚していないのか」「まだ 孫がいないのか」尋ねるひとたちの全員がいじわるというわけではないのですが親が気にしていると こういう質問は ずきずき心にこたえます。何とかして 嫁にいかせなくちゃあ、とかね。 でも 考えてみてください。 結婚するのは 娘であって 親ではないのです。あなたのこころのなかのひっかかりを考えると 育った環境が大きく影響しています。 でも親はそうは思いたくないのです。自分は一生懸命育てたつもりですから 自分の思い通りにならないのは耐えられません。 何が気に入らないの ? お嫁にいったらいいじゃないの ? みんな 結婚してるじゃない。 あなたのほうが 頭もいいし、顔だっていいし、うちだっていいじゃないの。 いい加減にしなさいよ。わたしだって 安心したいのよ、などなど。 娘をなじります。 これからは この件でけんかはしないことです。その意味は 耐えなさい、ということではありませんよ。親と議論はしない、ということです。 こういう場合 議論したところでお互いが責め合うことにしかなりません。どこまでいっても 平行線です。 一本の道にならない議題ですからあえて 議論する意味がない、ということになります。議論して 傷ついてあとで 深く落ち込むより 平行線は平行線、一本にはならない、と心のなかで言い続けることです。 あなたの気持ちが 結婚に向いていないのではありませんが心の準備ができあがっていないのです。あなたが こころから 結婚しようと思うときが 結婚の時期であって 周囲のプレッシャーで決めることではありません。結婚の時期は ひとそれぞれで違ってきます。あなたの場合は 育った環境の影響で 結婚に対して とても慎重です。それでいいんですよ。 お母上とは これからもこういう状況に遭遇することでしょうがご心配ありがとう、その次の言葉は言わないことです。接点が まずないとわかっていることは 議論の対象にはなりません。 結論がでる議題ではありませんからね。 自分の一生は自分で、ということを 肝に銘じることです。お母上には あえて手紙を書いてみるというのは いかがでしょうか ?感謝の気持ちをまず書く事。 次は 結婚は自分も考えていることだけど自分の心は まだそこまで行っていない、ということを あんまり感情を入れずに書いてみてください。そして 最後に 今後 この話題は出さないでほしい。心配は ありがたいけど大好きで 尊敬している お母さんと議論はしたくない。 不愉快にさせてごめんなさい。 でも わたしも頑張って生きてみますから 見守ってください、こんな 文面でいかがでしょうか ? GOOD LUCK ! つづく
2012.07.25
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40数年もの友人が 癌で亡くなったことは ここでも書きました。 彼女の上司だったかたから思いがけないメールが届いていました。全く覚えのない 送り主の名前を目にしました。subject のところに 友人の名前が有りましたので 何だろうと思ってオープンしました。最初に 短い自己紹介がありましたので わかりました。 「 アリスが 亡くなったことは ご存知と思います。わたしは 彼女の机を整理していたところ メールアドレスと電話番号を書いた紙がありました。 わたしは すぐ思いました。これは 蛍のものではないかしら、と。そして このメールを送る事にしました。 あなたたちは 本当に長い間 お友達だったんですよね。アリスは オフィスで あなたのことを しょっちゅう話題にしていましたよ。 あなたは 彼女の特別の友人であり 自慢でした。蛍は 世界一すばらしい人。 わたしたちは ずーっとお友達だったのよ。いつも そう言っていましたよ。 だからわたしたちは あなたのことをよく知っていました。それを あなたに伝えたくて このメールを書きました。 」 わたしは このメールに涙しました。わざわざありがとうございました。 アリス、ありがとさん。 わたしたちは 本当の親友だったね。 娘たちも わたしのことは「 伯母 」だと言っていましたよね。 思い出がいっぱい。ロサンゼルスに行ってみたい、といい続けていたアリス。まだ 電話に出てきそうな気がしています。 リ~ン と電話の呼び鈴がなるやいなや 彼女は わたしが 「 こんにちは蛍です。というまえに 蛍 こんにちは 」と言っていたアリス。 今 天国で 痛みのない、ゆったり人生を送っているのかな。ああ あばあちゃんがいるよね。 寂しくはないよね。ケーキ焼いてる ? クッキーは ? これから 話すのは 夢のなかだね。
2012.07.24
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みみさんという若い女性の生き方、悩みを通じて多くの若い女性たちが 今 自分が悩んでいることが自分だけが苦しんでいることではないということがわかっていくと思います。 そのなかのわずかな人にとってでもいいですから 蛍ブログ が役にたって欲しいと思います。 みみさんもコメントに書いていますが みみさんへ、というタイトルがいやだった、と。 隠しておきたかったことが 表にでてくるのですから気分がいいはずはありません。 でも ブログを通して 自分を客観的にみるためには これは必要なことだと思い あえて みみさんへ、とした次第です。何とか 殻を破ってほしい。 違うもの,違うことがあることも知ってほしい。 違う壁の色もあるだろうし、 ドアの位置も違うこともあります。 ドアノブの高さも違うでしょう。固さも違うかもしれません。 これを どうして開けるか ?これが カウンセリングです。 きのうは 「 感謝の気持ち 」も大事ということを書きました。これに加えて 「 素直さ 」があります。 自分を変えたい、変えようとするときに とても大事な要素がこれです。何でも かんでも 突っかかって行かないことです。今までの 人生を思い起こしてください。うまくいかなかったことがたくさんありましたよね。 その原因は なんだったでしょうか ?そんなことあるもんか、ばかばかしい、 くだらない、と思ったことがたくさんありませんでしたか ? 変わろう、変わりたい、と思った時点で この考えは捨ててしまいましょう。「 もしかしたら 」と思って 掴んでみることです。 そうかもしれない、と思うことが大事です。肩肘張って 突っ張っていたことがあっても それは過去のこと。~を やってみようかな 、にかえてみましょう。 5年間悩んでいたことを 解決するのには また5年間 あるいは それ以上かかるかもしれませんが いい結果をだすことができるように努力をすれば 必ずそうなるのです。 この作業には 本腰をいれてかからないと 一生悩みは消えてはくれません。悩みを消すのは 自分しかいないのですから。親,兄弟,親戚,友人、教師など まわりには あなたのことを心配してくれるひとは必ずいることでしょう。 でも 答を出す事ができるのは 自分だけです。自分が納得できる答を探しだすことです。 無くなるもの、消えていく人がでてくることでしょうが恐れないことです。 つづく
2012.07.22
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みみさんの場合 変わりたい,変えたいという希望を強くもっていらっしゃることは ビッグプラスです。 心のケアで一番大事なところはそこなのです。 どんなに周りが騒ごうと どんな名医にかかろうと 本人にその気がなければ 心が健康になることはありません。本人がしあわせになりたい,なってみせる,と思い そのためになることを実行すれば 必ずいい結果をもたらすことができます。 本人の気持ち そして セラピーの実行です。それと もうひとつ。 「 感謝の気持ち 」ありがたい、という気持ちを いつでも、どこでも,誰にでも思えるようになると 毎日がラクになります。自分のなかにある張りつめていたものが ゆるみはじめると 自分もラクになりますし 周りがかわってきますよ。 道ばたに咲いている花にも 話しかけてみましょう。「 すごいね、頑張ってお花をつけてるじゃない。 ありがとう。わたしも頑張ろうっと。 」 スーパーのレジのところでも 帰り際に 言ってみましょう。「 ありがとう。 帰ってごちそうつくろうっと 」 とかレジのひとが かわいい髪飾りをつけていたり ネールがユニークだったりしたら ほめてあげましょう。 それまで ぶすっとしていた子がにこりとしますから。 相手の笑顔で こちらも おもわずにっこりです。 こういうことの実行は 意味のないことではないのです。 しっかり自分にかえってきますよ。 わたし自身のことをいいますとね、 わたしは 生きている、ということ自体がうれしいわけです。 ( 病気になる前は そうではありませんでしたよ。)それが すれ違う買い物客のなかには わかるひともいて 「 うれしそうねえ、何かいいことあったの ? 」とか 「 すばらしい笑顔ですねえ。わたしまで うれしくなっちゃったわ。ありがとう.」などと声がかかります。だてに ビッグスマイル倶楽部 なんてつけていないのよね。毎日の生活のなかでも 実行しなくっちゃ 看板に偽りあり、になりますからね。 理論、理屈の前に 小さなことの実行。 これが いい結果をもたらす小さな投資です。 みみさん、 思考回路の環状線、のことを ぱっと理解してくれてありがとうございました。 降り口は そこにあるんだけど でもなあ、と思っているうちに通過してしまった。。。。。 次で降りようか ?でもなあ、 ここで降りてもねえ、 また次。。。。あれっ 一周しちゃった、わたし 何してるんだろう、 もういい、ここで降りる,そこはいつも降りる場所だったりしてね。 蛍ブログファンのかたがたへみみさんへというタイトルのときは みみさんのコメントもあわせてお読みください。
2012.07.21
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何を先に書こうかな、と思いましたが。。。。。。 根っこの部分が弱い これは 自分で思っていることでしょうか ?周囲から 言われたことがあるのでしょうか ?それとも 両方でしょうか ? 自分では弱いと思っていても 周囲は違うように思っていることはよくあることです。 具体的な例を 言って頂きますと もっとつっこんだところで 説明ができます。 端的にいいますと これは 自分にたいする自信に ??? ではないでしょうか ? そうしますと 何かあると 「 これでよかったのかしら ? 」とか 「 わからない。。。。。 どうしよう 」といった展開になりがち。以前 わたしは ブログでも何度か書いていますが 自分では わからない、とおもっていることでも 深いところでは わかっていることが多いものなのです。 でも否定したい 何かがあるために いまいち ふんぎりがつかないし、ふみだせないわけです。 自分は弱いのではなく 強さがでることを拒んでいる何かは ありませんか ? ~したら 人に嫌われる。。。。。 ~したら 可愛くないと思われるのでは ????? ~したら 収入はどうなるの ? あるいは ~しなければ ◯◯になってしまうんではないかしら ?それは イヤだ、 怖い。。。。 etc そして 思考回路が 環状線になってしまっていたりしませんか ?降り口が見つかりませんよね。こういうとき カウンセラーと話す事はとてもいいことなのです。自分の本心もはっきりでてきます。( カウンセラーの質は 大事なことですが。。。。。 一応できると仮定した場合です。 ) 本心がはっきりわかったら 迷いは捨てる事です。あなたの場合 まじめに人生と向き合っている印象を受けていますが何事にも イマイチぱっとふんぎりがつけられない、といいますかこれでいいんだろうか、ああしたほうがいいんじゃないだろうか と迷いが多くはありませんか ? 行動の前に 長い思考 そしてその長い思考は 限りなく続いてしまう ?????そのうちに いやになってしまう、ということはありませんか ? 自分に自信をつけること、というより 自信をもつことが先決です。 「 わたしは まじめで一生懸命頑張っている人間だ。 必ず うまくいく。 すばらしい人生になっていく。わたしは すばらしい人間だ。」これを 毎日自分に言ってみましょう。 紙に書いてもいいです。 もちろん 蛍のボールセラピーをしてもいいです。自分で自分の意識をかえるのです。そしてそれは可能なのです。毎日くりかえしてください。 もちろん 何回してもいいんですよ。最低 3か月は続けるつもりでどうぞ。一日一回 一分の努力で 人生がかわりますよ。 しあわせな人生にかえることができる人は ここで 絶対 「 こんなくだらないことで わたしの人生がかわるわけはない。」と思わないのです。例え 一分でも 気をいれてね。音楽を聴きながら、物を食べながら、は X です。 真剣に 別の自分に言い聞かせるつもりで おやりください。このときは ほかのことは何も考えない事です。 お母上のことも職場のことも そのほか全て むこうのほうにおいてください。 必ず 自分が納得がいく人生になりますからね。大丈夫ですよ。 みみさんには できますよ。
2012.07.19
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先週 シルベスター スタローンの長男 セージが死亡しました。36歳でした。 その週末には ラスベガスで結婚する予定だったそうです。母親が 連絡がつかない息子の安否を気遣って お掃除のひと ( クリーニングレイディ )に 様子を見にいくように頼んだところ 死亡しているのがわかったようです。 しかも 死後何日かが経っていたようです。まだ 正式な検死の 結果はでていませんが 調査員がちょっと漏らしたところによると 死亡していた部屋の中にはいくつかの小さな袋が見つかった、とのことです。この袋には 白い粉が入っていたそうで コカイン か もしくは痛み止めの処方薬( つぶしたもの )だろう、ということです。 部屋いっぱいに ビールの空き缶があり、 大きなサイズ( 処方薬がはいっている大型の容器という意味で ビール瓶のサイズというようなものでは ありません。)の処方薬の 空の容器が60個も見つかったそうです。この処方薬は バイコディンとよばれているもので 中毒性をもっていますので 医者によっては 処方をやめています。手術後、けがなどの痛み止めに使用されていますが 傷が癒えてもこの薬をやめられないひとは多くいます。 部屋の散らかりようから かなりの期間 ひとりぼっちの生活をしていたのではないか、と憶測されています。 結婚をしようというひとが 結婚前の何日も婚約者と会わないことがあるでしょうか ? それだけではなく 何週間もひとりぼっちだったのではないか、とも言われると これまた 不思議なことです。もしかしたら 「 うつ 」状態だったかもしれません。 バイコディンは頭痛にも効果がありますので 気持ちをすーっとさせるために 使用した可能性もあります。それにしても 60個の薬の容器は多過ぎます。 同じ医者がこれだけのものを 一気に処方することは まずありません。薬の容器には 処方した医者の名前がありますので この医者も警察の取り調べを受けることになるでしょうが アルコールの量と薬の量 からしますと 「 自殺 」のセンもあり得ます。 36歳 まだ先があったのに。。。。。。。 ドラッグとアルコールは 決していっしょに摂取してはいけません。命取りになります。
2012.07.19
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この事件関係は これで最後にします。あとは 警察がどれだけ立件できるか、弁護士たちのかけひきになりますが どうぞ こういう事件があったことを忘れない様にしましょう。 10年後くらいには この加害者たちの人生、その家族のこと、被害者家族の生活状況を知りたいものです。 Do your part つまり あなたがしなければならないことをしてください。役割を果たすこと。 家庭には 家庭での役割があります。 学校には 学校の役割があります。市教育委員会には 委員会の役割があります。当然 警察にもあるわけです。 この役割、基本的なことがくずれているために起こった痛ましい事件です。 時として この役割を果たすのに 家庭と学校の協力も必要になりますし学校と教育委員会が共同で取り組まなければならないこともでてきます。この段階で 何らかの解決策を見いだすことです。今回は ここまで何もなされていなかったわけです。家族が警察に行っても ( 今回は 被害届けの受付もしてもらっていないとのことですが 。。。。。 ) 警察ができることは これまた決まっているわけです。警察としては とにかく 証拠が必要になってきます。ここのところの説明を 家族にはしたのでしょうか ? 今回の事件では「 自殺 」という結果になってしまいました。警察官のなかには とめられなかった、という悔いをもっているかたも きっといることと思います。もちろん 教師のなかにもいることでしょう。 いじめ事件は どうも教師全体には知らせていなかった、という不手際もあります。( というか 不手際しか見当たりませんね。 何もしようとしなかったし、したくもなかったことが明白です。 でも これは 刑事事件にはつながらないでしょう。 つまり 法的には罪には問えないのではないでしょうか ? ) 単に 隠蔽体質といっては片付けられない問題があります。隠してもいいことと そうしてはいけないことの区別もわからなかったわけです。 これは ひどい状態です。 教師たちの多くは PTAに頭があがらない、という話も聞いたことがあります。 しかし 考えてみてもください。 学校教育に関してはこれは 教師たちの 仕事ですよ。 PTAの顔色ばかりながめていては 自分たちがしなければならないこともできなくなります。PTAの役員 イコール 常識がある、インテリである、おもいやりがある、ということには つながりません。 もういちど 繰り返します。 Do your part. 家庭では 何がなされるべきか ?学校では 何がなされるべきか ? この事件シリーズでは 蛍ブログでは 「 母 」のことも 繰り返し 述べています。こういう事件のまえには 家庭では いろいろなことがわかっていなければなりません。 加害者の母達はどこで 何をしていたのでしょうか ?我が子は エンゼル(天使)と信じてあげるのは 大事ですが 客観的にみてみることも大切です。 我が子の言動、行動には 思い当たることはなかったのでしょうか ? この加害者たちのひとりひとりが してはいけないことをしてしまった、申し訳なかった、という気持ちをもつことを 心から願う次第です。
2012.07.18
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この種の事件では 異例ともいえる 日本の首相のコメントが発表されました。これは いいことです。 これで 関係各所 手抜きすることなく調査をせざるを得なくなった可能性は 若干あります。 ここまで 周囲の関係者、関係役所に 「 とんちんかん 」がそろい過ぎた、というのも珍しいことです。 担任教師,学校の校長、教頭などの管理職たちは 職務を忘れたとんちんかん教育委員会も それに負けず劣らず とんちんかん 学校に相談しなさい、 教師に相談しなさい、と言ったところで何人の教師、何箇所の学校が 対応できるのでしょうか ? ひさしぶりに この「 とんちんかん 」という日本語を思い出しました。 あっちも こっちも とんちんかん。 この 「 とんちんかん 」たちが 重ならなければ この子は生きていたかもしれません。教師が子供を守れなくて どうしますか ? とんちんかん、とんちんかん。 情けない話です。
2012.07.16
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人から見ると ささいなことのようでも 本人にとっては大問題ということもあります。 それが 悩み、と呼ばれるものです。 みみさん、先日のあなたのコメントには 自分が気にしていることが4つほど 書いてありました。 1。 根っこの部分が弱いと思う。2。 結婚をめぐって お母上との大げんか。3。 つきあう男性に こころを開く事ができない。 4。 寄ってくる男性は 既婚者ばかり。 若い女性のうち 25歳くらいまでは 結婚にたいして そうそうあわてませんが 28歳くらいになると じりじりしている女性は多いものです。 日本では 「 30の大台 」などという言葉もあったほどで 30前と30過ぎでは 世間体に若干違いがでてくるのは事実です。プロ意識の強い職業人の30歳は まだまだ先がある、と思えるでしょうが 技術もなく さほどの知識が要求されるわけではない職場の一従業員的な仕事をしているひとたちには 焦りが出始めるひとも多くいます。 同級生には こどもさんが ひとり、ふたりあるいは三人いるひともいたりします。 それなのに なんで わたしには恋人すらいない。。。。。。 この30前後を通過しますと 若干落ち着きます。 といっても 独身でいることを受入れた、ということでは 決してありません。せっつく周りが 少しあきらめて静かになっただけです。 次のざわざわ時期は 40がそこに見えるようになったときです。30前後とは違って この頃には 結婚したい、というより「 あと 何年 妊娠できるのだろうか ? 」という不安がでてきます。 これは 焦ります。 もう 好きだの、嫌いだのはそっちの端においてでも 結婚 → 妊娠 → 出産を選んでしまう傾向が 実に強くなります。 とにかく 子供は産んでおきたい。。。。。 「 いいお母さんになりたい 」ということではなく世間体を気にして 結婚、出産、家庭という形をとりたがるひとの多いこと。決して 自分の望む形でありませんが 何とか 周囲と肩を並べることができた、という安心感はうまれてきます。 つづく
2012.07.16
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騒動元の中学校の校長は 明らかに 弁護士と話しはじめていますね。 「 いじめとは思わなかった。 けんかと思っていた。 」一回,二回起こったこととでも言いたいのでしょうか ?知っていて 何もしなかったと、となると 激しく追求されることになりますが 認識がなかった、となると 別のことになります。校長が それで逃げると 総責任は担任におっかぶせたいのでしょうか ? 弁護士の仕事は 自分のクライアントを法的に守ることです。校長が相談をしている弁護士は この校長のためになることしかしません。 それが 仕事ですから。 担任も 即弁護士と相談するようになることでしょう。 自分の身を守るためです。 わたしの予想通りの展開になりつつあります。 本来は 「 いじめ事件 」のはずですが これからは どんどん本筋からはずれていくことになります。誰が どのような罪に問われるか、いかに逃げることができるか ?弁護士たちのかけひきが始まるのです。 そして 亡くなった生徒の親は思うことでしょう。 「 自分は いじめを認めてほしかっただけなのに。。。。。。 こういうことが二度と起こってほしくない、と思っていたのに。。。。。 」 親の悲しみ.苦しみ、悔しさ,情けなさは癒されません。それどころか 周囲は この親にとって 新たな苦痛をつくってしまうのです。 もし 事件の渦中にある中学校の関係者が このブログを読まれたらそのかたがたに お願いします。 親の心の支えになってあげてください。つきあいがなかったにしろ、あったにしろ 自分たちは あなたがたの横に、あるいは うしろにいますよ、ということを示してあげてください。言葉はいりません。 心で話してください。
2012.07.14
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自殺者と加害者が通っていた中学校の保護者会に関するニュースの一部をインターネットで見ました。 「 先生方 何にもわかっていない。 男の子ひとりなくなったというのに 何故 始まる前に全員で黙祷ができませんか 」という保護者の声がありました。そういうことを思いつくひとたちだったら ここまで事件は大きくなってはいなかったかもしれません。 教師としてではなく 人間的にも常識が欠如しています。 アメリカでは 特にスポーツイベントの場合 プレーヤー,コーチ,オーナーなど 関係者が死亡した場合は チームは黒い腕章をユニフォームに縫い付けます。 そして試合前は 観客も両チームいっしょに 黙祷をします。 東北地震のあと 自衛隊員のかたがたが 遺体を運ぶ際 手をあわせる姿を TVでみたアメリカ人の多くは 感動しました。 亡くなったひとに冥福を祈った後で遺体処理をする日本人はすばらしいですね、と実際 わたしも聞きました。 それが日本人です。 学校関係者たちは 頭の中は真っ白だったのでしょう。管理職にあるひとたちは 「 何でこういうことになったんだろう 」という疑問しかありませんから 生徒の死も忘れていますし黙祷なんて 思いもよらなかったことでしょう。保護者会の会長はいなかったのでしょうか ?このひとが提案してもよかったでしょうに。 別の保護者は 「 溝がある。 感覚のズレがある。質問に対するこたえがかえってこない。 」とも言っていました。実際のところ 質問の意味がわかっていないほど ぼんくら教員たちとは思えませんが 何をいったらいいのかがわからず 怖くなり 逃げたのでしょう。ホンモノのぼんくらであれば 教員はできませんからね。自分たちのせいにならないようには どうすればいいか ?もう 「 わしゃ 知らん 」では済まない事態になってしまっていますから自分をいかに正当化してこの事件を逃げ切るか、だけを考えていることでしょう。それとも すでに弁護士に相談に行っていますか。。。。。 事件がここまで来ると 弁護士の協力なしでは前へは進みません 。 法律と感情の間には 「 差 」があります。国民が感情で騒いでも 法的にそれが通らない事はたくさんあります。「 灰色 」で逃げる、というのがそこです。多分 こいつが犯人だろうと思われても 法的に罰することができないことがあります。 そうしますと この人間は 灰色ながら 無罪放免となるわけです。学校関係者 ( 校長,教頭,担任、生活指導係 )そして 市教育委員会は 強力な弁護士を雇うことです。 教育委員会のこれまでの言動から推測しますと 弁護士とすでにコンタクトしておりそのアドバイスをもとに とんでもない心のない答えをだしています。つまり 法的に逃げ場をつくっているわけです。こういう解釈だったというと 法的には通用する、というアドバイスをもらっていると思われます。 自分たちの保身のために 次は何を言うのでしょうか ? 自殺者の親が雇っている弁護士は どのようなかたかは知りませんが力不足ではないことを望みます。 いじめが原因になっている自殺ケースに足跡を残す弁護をなさってください。 頼みますよ。
2012.07.14
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情報が出ればでるほど 異常で不思議なことばかりです。いじめっ子の親あるいは 親たちによる校門の前のビラ配りをはじめ事情はどうであれ 自分の子供を正当化したがっていませんか ?アメリカでは この傾向が実に強いです。 犯罪を犯した人間の母親などが TVにむかって泣き叫びながら そんなことをする子ではない、いい子なんだ、と言うのです。アメリカでも 都市によっては 悪事をした子の親を罰することを法的に定めています。 この法律に関しては 多くの国民の同調を得ています。 もちろん 犯罪を犯したひとの親たちのなかには「 不公平 」と文句を言う人もいますが 子供の道徳的なしつけは家庭です。 学校は 教育の場であり 共同生活のありかたを学ぶというのが基本です。 何でもかんでも 学校にしてほしい、というのもアメリカの傾向ですが これは基本を忘れています。 家庭での生活環境、特に母親がどういう人間かが そのひとの一生を決める、といっても過言ではありません。 わたしは 長いあいだ スポーツイベントの業界に身をおいた人間です。特に フットボールの世界には 貧しい家庭の学生たちがたくさんいます。選手をリクルート中に ( わたしは ルクルートはしませんでしたけど )母親を説得したり、母親にイベントの説明をしたりする機会は 多々ありました。 不良息子も 決して少なくはない業界です。時に プレヤーとしては 将来のプロ級だけど ワルなので 日本まで連れていくのは 勧めない、と学校サイドからのアドバイスもありました。 大学としては 学校の管理が届かない日本で こういったプレーヤーたちの犯罪を心配するわけです。身体が大きいだけ 大きな被害を出してしまうこともあるわけです。 こういうケースでは わたしは 即母親とのコンタクトをとっていました。母親が何を言うか、どういう考えの持ち主かを知るためです。そして 最終決定をしていました。 わたしの判断で 狂ったことは皆無でした。こういう問題児( 実際は 大学4年生 )とは ロサンゼルスのホテルに到着した其の日か日本行きの飛行機のなかで 個人的に話す様にしていました。どの子も ちゃんとわかってはいるのですよ。 でも 若気の至りだったり 怒りのコントロールができなかったりして 問題を起こすつもりはなくても 起こしてしまった、といったところでした。 わたしは どのプレーヤーにも 母親の言葉、気持ちを伝えました。時には 手を握りながら、ハグもしていましたし、涙がでてきたりもしました。 結果ですか ? どの学生たちも わたしの期待を裏切ることなく一生懸命頑張ってくれました。学校も スタッフも 「 いい子だった 」ということに 驚きを隠せませんでした。 わたしは 当時から 母親のかくれた力を知っていました。 そして 心理学を学ぶなかで それを確信できました。 母親にちゃんとした常識、やさしさ、思いやり、豊かな愛情があれば例え 子供が一時的に道を誤ることがあっても 必ず戻ってきます。 母親が 自分勝手な考えしか持ち合わせない場合、やさしさもない、常識もない場合は 子供たちが その影響を受けずに育つことはほとんどありません。 この母親の母、つまり その子にとっては祖母も モンダイありのケースがほとんどです。 ずっと 心もようをたぐっていきますと わかります。 今回のいじめっ子と言われているお子様たちの 家庭環境をながめてみたいですね。 わたしが 言っていることが あてはまるかはまらないか,いかかでしょうか ? 母親は 子供を生むだけではなく 人間をつくる、のです。
2012.07.12
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これは ここまで 関係各所の不手際が重なると こういう最悪の事態になってしまうという 例です。 いじめ、ということが起こっている場合 担任教師は 逃げる事なくしっかり向き合う姿勢が求められます。いじめが起こっている イコール 担任のせい、ということではないのですから。担任が事実を 無視あるいは軽視するのではなく 教頭,校長、ベテラン教師たちが 皆で話し合いの場をもって 対処することです。担任のみならず 教師たちは まめに家庭訪問をすること。学校に 親を呼び出すのではありません。 教師が 家庭へ出向くのです。 そうすることによって 家の中が見えるのです。 そしてしっかり その家の 「 母の姿 」をみてください。母の学歴、経歴,家柄、肩書きは関係ありません。 母には 常識が通じますか ?母には やさしさがありますか ?ごはんは つくっていますか ?子供のはなしを きいているひとですか ? 小さいときの こどもの行動のいきつくところは 「 母 」なのです。 母を見ると 子供が見える これは 世界の常識なのです。 「 母が 子供をつくる 」母は 子供を産むだけではないのです。
2012.07.10
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この件に関して あきれかえるばかりの 関係各所,各自の取り組みかたに 言葉を失っています。 担任だった教師に お尋ねします。「 あなたの子供がいじめられている場合 笑ってやり過ごすことができますか ? 」 校長、教頭にお尋ねします。「 担任が こういう問題を真剣に取り組まないとき、あるいは 取り組みたくな い態度を見せている場合 責任者として 一歩踏み込むことはわずらわしいですか ? 」 教育委員会に人たちへも質問があります。大津市教育委員会は 21世紀のなかに存在していますか ?新聞,TVのニュースはしっかり見ていますか ? いじめ.自殺は全日本で起こっていることです。 教育のトップにいるあなたがたの頭の中には 何がありますか ? すくなくとも 教育という字はないでしょうね。 心という言葉を 聞いたことがありますか ?それは あなたがたにとっては 何でしょうか ?今も昔も 心無しの教育なんてあり得ないことです。 あなたがたには教育がわかっていない。 どうぞ 各々の身の振り方を 真剣に考えるときのようです。 警察のかたへ大津市がとれくらいのサイズの町かは 存じません。被害者が死亡しているので 何もできない、というアイディアはどこからきたものでしょうか ? 交通事故,殺人 など 死亡者がでたあとも捜査は継続します。 あなたがたの仕事は 市民を守ることが第一ではないのですか ? 最後に市長へあなたの頭脳の程度は 知る由もありません。あなたの仕事は 何ですか ? あなたは 何をしたいのですか ? 市民のために 何をしてあげたいですか? 何もしたくない ? じっと 市長室になかで 座っていますか ?座りっ放しの市長なんて 要りませんよ。 どういう経路で 市長になったか興味のあるところです。 市民の税金は その職業にたいして使われているはずです。仕事したくない ?したくないひとへ 残されている選択はただひとつ。みなさまには それがどういう意味をもつかおわかりですよね。 つづく
2012.07.09
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いじめを受けていたと言われる男子中学生の自殺をめぐり ようやく世間が動き出したような気配があります。しかも これはよそのかたがたの動きで いまだに 地元の関係者は 否定したい傾向のようですが。自分たちは 悪くない、することはしたじゃないか、という開き直りとおごり。お役所仕事です。 担任には 相談をしていたという証言があります。 担任は この子が友達のことでも話していると思っていたのでしょうか ? いじめられている光景を見て いじめっ子たちといっしょに笑っていた? それでは いじめは治まらないでしょう。 生徒たちには 罪の意識が低かったことでしょう。 学校の校長,教頭は 親のレポートには耳も貸さず 「 証拠がないのでわからない 」 大津市の教育委員会にいたっては 何をどこまで調べたか 自殺といじめの関係は不明、というわからない報告を平気でまとめあげる 。 警察も 調べようとしようともせず 勝手に 大した事はないと判断したのでしょうか ? 我々は 忙しい、学校のことは学校でやって欲しい。。。。。。 市長は 考える力も 行動する力も不足しているので 沈黙を守る事で嵐が過ぎるのを待ちたかったわけでしょうか ? こんな調子では 同級生が 匿名であろうと 一生懸命書いたことが注目 されることはなかったことでしょう。 生徒達が 冷やかしで面白半分で書く事はありません。 いじめっ子の親は 町の有力者でしょうか ?この人物に反すると 出世に支障がでてきますか ?それとも 裏道街道を歩く家庭のご子息たちだから いやがらせがこわかった ?もちろん 亡くなった坊やも 天使的なお子様ではなかったかもしれませんがいじめを苦にしていたという事実。 そして 自殺してしまった事実があります。 この事実に ほっかむりができるという大人達。しかも教育にかかわっているかたがたです。ひとひとりが 追いつめられて自殺したのですよ。 自分たちは するべきことはしましたよ。 わたしたちの責任ではありませんよ。 いじめ? そんなもん ありませんでしたよ。報告もないですよ。 自殺 ? 何ででしょうか ? 知りません 。 担任,学校,教育委員会,市長 全てが 心不在 いま 思っていることでしょう。 何で そんなことしでかしてくれたのか ? これで 自分の出世は終わったじゃないか ?迷惑だ、とばっちりだ。 この子の自殺のせいで 自分の人生 めちゃくちゃ になってしまった。。。。。。 いろいろなところで いじめ.自殺がおこっています。よそで起こったことだから 自分たちには関係ないとは思わないでください。 ひとごとではないのです。 日本の将来にかかわってもくることですよ。 子供の話を聞けないひとは 教師にならないように。子供のために 尽力できないひとは 校長に選ばれることは無しにしましょう。教育委員会が 立ち上がれなくてどうしますか ?あなたがたの 仕事は何ですか ?市長もいっしょに ほっかぶり ? 何か言ったら 選挙に響きますか ?おみかけは 随分お若そうですが ひとの心 おわかりでしょうか ?経験不足で 教育委員会のじじ、ばばとの会話は苦手ですか ? 皆さんが 実に無責任な対応です。 人間の命をそこまで軽く扱いますか ?
2012.07.07
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傷であれば 医者は目で確かめ 指で触って状態の確認をすることができます。しかし 心の痛み方は 見てもわからないし さわってもわかりません。医者は 患者の説明をもとに 病状を判断することになります。 あなたが 過去何ヶ月も処方してもらっている薬は 効果があがっていますか ? 自分に聞いてみてください。もし そうでなければ 今 飲んでいる薬は あなたの症状にはむいていない薬かもしれませんので 医者と話し合いの場をもつことをお勧めします。心のケアの分野に身をおく医者が もし 患者との会話に時間をとりたくないのであれば 別の医者を捜すことをお勧めします。 かかりつけの医者の見直し、 薬の見直しは 健康を取り戻すためには大事なことです。 あなたの健康は あなたの手のなかにあると思ってください。
2012.07.07
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このかたのお名前をご存知のかたは たくさんいらっしゃることでしょう。彼は アメリカの精神科医で その分野では トップの医者です。このかたの名前は 「 前世療法 」という著書を通して 一般的にも知れ渡りました。そのなかで 彼は ウツ病に関して こう述べています。 「 薬は 根本的な治療法ではないということがわかった。」 「 症状を 薬でおさえこんだり 隠したりするのではなく ちゃんと根治させる方法がある、ということを わたしは知っている。」 薬は 一時的に患者の気持ちを楽にすることはできても 完全解決策ではありません。前世退行は ひとによっては うさんくさい、と思います。でも 実際のところ それで救われているひともいるのです。元気になるためには 偏見を持ってはいけません。極端な話 藁にだってすがってみようと思う気持ちも 時には必要です。 自分の頭のなかで これはだめ、あれはいいと判断するのではなく 救われるためには 何だって試してみる、という気持ちも大切です。
2012.07.05
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胡蝶さんのお名前を知っていらっしゃるかたも大勢いらっしゃると思いますが わたしは つい最近はじめて you tubeにて 偶然出会いそれ以来 もう大ファンになっています。まず その色香です。 指先のさきまで 神経が行き届いているしぐさ。指が、手が 本当に生きているのです。 指も手も身体といっしょに演じているのです。 そして 足,足先の動き。ここにまで 神経がぴ~っと流れています。 実に あでやかで美しい流れを見せてくれます。 身体全体の動きは 言うに及ばず、 絵の中の1シーンにはめ込んであるような 生身の人間の所作があります。 古典ものから 歌謡舞踊まで 胡蝶さんは 一切気を抜かず真剣勝負で魅せてくれます。ここがまたすごいところです。 どの演目に対しても「 魅せる 」というところにフォーカスしています。古典ものだけの お師匠さんたちのなかには 歌謡舞踊を軽くみるかたがたがいますし、逆に 歌謡舞踊しか踊らないかたの所作には ? を感じることがあります。 しかも 曲の内容(情景)を 完全無視のケースもあります。 胡蝶さんのように 古典から 歌謡舞踊まで 魅せることができるかたはほとんどいないのです。 まさしく 本物のエンターテーナーです。 お衣装の豪華さにも うれしくなります。 You tubeの画面を通してもその品のよさ、質のよさが伝わってきますよ。 同じ you tube なかに 「怒られ侍」( 香取慎吾 )という収録があります。 これは 是非 みなさまにも観ていただきたいと思います。 胡蝶師匠の激しい怒り、でも筋道が通っている怒りを観る事ができます。 内弟子さんには 申し訳ありませんが お師匠さんのおっしゃる事ごもっともです。でも爆笑してしまいます。 この激しさ,情熱があるから あの踊りができるのだと思います。流れるような美しい踊りとこの激しい怒り。 実に すばらしい。踊るのも真剣勝負 そして 怒るのもまた真剣勝負。これで 胡蝶さんというエンターテーナーの生き様をのぞくことができます。 人生 真剣勝負。 あなたは 人生 真剣勝負ですか ?
2012.07.04
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友人の三女から郵便が来ていました。 いやな予感がしました。案の定 友人の死亡を知らせるものでした。わたしはせめて 今年いっぱいは、と祈っていました。 去年の秋でしたか、わたしは 友人から長い、長いメールを受け取りました。癌が再発したこと、今の医学のなかでは最新、最強の治療が始まったこと声があんまりでなくなったことなどが書いてありました。 わたしたちは 何十年来の友人関係にありました。彼女はアメリカ人でした。 最初は文通でした。わたしは日本でした。 わたしが アメリカに住む様になってもつきあいは続いていました。 はじめて 本人と会ったのは12月。 寒いシカゴでした。 20年数年ほど前だったでしょうか ?ご主人と娘3人ともはじめて会いました。 文通をはじめて 25年くらい経っていました。彼女の長女が 「 TV局に電話しようかとも本気で思ったわ.」と言っていました。 空港で別れる際 彼女は涙ぐみながら言いました。 「 わたしたちは本当の友人よね。姉妹以上かもしれない。」その後 彼女一家は アトランタに引っ越しました。その頃 わたしは仕事で頻繁にアトランタに行っていましたのでそこでまた何度も会いました。 しょっちゅう会わなくても 電話しなくて お互い気持ちは通じていました。 とにかく 何十年ものつきあいだったのですから。そのメールのなかには わたしは 蛍と出会って 本当にラッキーだった、と思うと書いてありました。 蛍は 世界一いいひとだわ。 今まで友達でいてくれて 心から感謝しているわ。 わたしは これを読んで 彼女は自分の運命を知っているということがわかりました。 それから 電話,カード,小包をおくり続けていました。6月のはじめにも話しましたが どうやら わたしの最後のお見舞いカードは死後届いたようです。 娘は 「 突然なくなってしまった 」と書いていました。 わたしは がっくり、気が抜けてしまっています。涙があふれます。 わたしにとって 今年16人目の死になります。
2012.07.02
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