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昔マルボロの広告のキャッチコピーが斬新で印象に残っている。「出る杭は打たれ強い」「二兎追う者だけが二兎を得る」「果報は走って掴め」等々なかなかパンチが効いていて楽しかった。そこで自分はどうなのかなと考えてみた結果「出過ぎた杭は打たれない」というのが自分自身だと思った。私は昔(小学生)から人と同じことをするのが嫌い命令・強制されるのが嫌いという性格で、自分自身の意見を持っていてしっかり主張するタイプでした。そのため、大人(先生)からはめんどくさい人(生徒)と思われていたと思います。でもあまりにも尖りすぎているからなのか、なぜかあまり怒られることもなくむしろなぜか特別扱いをされるという経験をしています。実は社会人になってからもそうで、なぜか私だけのルール(私だけが許される・免除される)ができることはよくあります。でも周りからも反発もありません。あの人だから仕方ないなと思われている得な性格です。高校生の時も授業中に一般の生徒には問題集を配り勉強をさせている間(もちろん私な何もしません)に先生が来て「今何の勉強ならしたい?」と聞かれます。「うーん●●かな」というと私だけ別の課題資料が渡され違う勉強をします。数学・英語・古典・現代文、ほとんどの先生が私だけ違う勉強をさせてもらえていました。進学校でしたが、もちろん成績は最低でしたけど。大学も、社会人になってもこの傾向は同じで、納得できないことは絶対にしない平気で文句をいう、でも納得したら全力でやるという人間性だとなぜか先生・上司も協力的になってくれる人が多く(まあ頭ごなしにしても言うこと聞かないのでその方が効果的ではあります。結局うまく使われているとも言えます)自由に勉強や仕事をさせてもらえる機会が作れています。振り返って分析してみると、中途半端に反発するのではなく、少数派な意見であっても理屈をもって堂々としていると(出過ぎた杭になる)なぜか頭を打たれることがないんだなと感じます。出る杭は打たれる、出過ぎた杭は打たれない。中途半端に反発したり、気まぐれ・感情で反発すると頭を打たれます。どうせ出るなら精いっぱい出過ぎるくらいがちょうどいいってことだと思います。
2019.09.05
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アウトプットの大事さは前回書きましたが、このアウトプットを阻害する「間違えてはならない空気」があまりにも強すぎる。日本の教育でグローバルな人間を育てるために一番間違っている点は「一つの正解を求める」勉強法だと思います。子供が小学生の時に授業参観に行けばよくわかります。1,2年生の頃は、先生が質問をすればほぼ全員が手を上げます。もちろんわかっていない子も含めて。でも4年生くらいからは、正解がわかっている子しか手を上げません。10歳にしてすでに「間違えてはならない空気」を読んでいるのです。間違えた答えは恥ずかしいことという考えが刷り込まれています。これが社会人になって本領を発揮します。・思っていても言わない・間違えないように時間をかける・間違いを指摘されると反論するor不貞腐れる・ミスを恐れて挑戦しないはっきり言って成長のためにいいことはありません。普通に生きていてミスをしたからと言って死ぬわけではありません。でも大半の企業では日々のミスの積み上げが評価につながっているような例も多いです。そのため、だれもがミスをしない仕事をしようという気持ちが強すぎる。だからこそ、ミスを歓迎する空気を作ることが部下の成長には効果的です。ただ、社会人になるとこの空気に侵されている時間が長いため、払拭できるまで時間がかかります。ここは辛抱の時間です。ミスを責めず原因を探る、ミスという取り返しのつかないことは置いといて次に同じようなことが起こらない策を考えることが大事です。私が責めるとすれば、ミスしたことよりミスを誘発した気持ちだけです。「覆水盆に返らず」起こった間違いは元には戻せません。でもそれを良い経験だったとすることはできます。「あのミスがあったから成長できた」と感じさせることが大事です。ミスを起こした部下には必ず成長を感じさせるようにする。これをするだけで部下は必ず成長します。間違えてはならない空気を打破するためには哲学も重要です。哲学の答えは一つではありません。矛盾していることは間違えではないことをしっかり理解させることが大事です。とにかく日本社会にはびこる「間違えてはならない空気」これを打破することが私の使命だと思って頑張ります。
2019.09.03
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私は仕事で「とにかくアウトプットすること」と何度も言っています。このアウトプットとは、気が付いたこと、思ったことを言葉にする、文字にすることを指します。日本人はアプトプットが苦手な人種だと思います。世の中には「沈黙は金」「口は災いのもと」「阿吽の呼吸」「以心伝心」など口に出さずに気が付くことが美学のような言葉があふれています。日本に生活している限りこの影響を受けて育っているので思ったことを口にすることは実は想像以上に難しいようです。私は、人見知り・引っ込み思案(今では誰も信じてくれませんが)でした。今でいう空気が読めない人間で、人の感情を読み取った行動は苦手な人間でした。それで沢山苦労をしてきました。ただ唯一良かったのは、人の感情は読み取れないが、人の感情の変化にはよく気が付くところでした。そのため、「あー今のは良くなかったな」とか「今のは傷つけたんだな」とは感じることができたのでそのデータを蓄積することでなんとか生活はできていました。私が変わるきっかけは、高校生のころに出会った女の人がいたのですが、その女の人はアメリカ人と付き合っていました。話をしているときにその女の人が「知ってる、英語には『以心伝心』って言葉自体がないんだよ。だから思ったことは口にしないとわかってもらえないんだ」と言って説明をしてくれました。私からすると「目からうろこ」の言葉でした。そっか別に言わないとわからないっておかしいことじゃないんだ。と気が付きました。そこからは空気が読めないと言われてもかまわず言いたいことをいうようになりました。でも実際に言ってみると意外に不愉快にせずに済むことも蓄積された感情データベースで行えるようになっていきました。この「言わずにわかってくれ」という雰囲気は仕事でも問題だと思います。はっきり言ってわからに、意図を汲み取るのは確かに一つの能力ですが、しっかりと伝える力の方が大切だと思います。また、自分がしたいこと、なりたい姿をしっかりアウトプットすることが本当にそこに近づける第一歩だと思います。むかしある部下がいたのですが、その部下は「プライベートで会いたい人(芸能人)がいたら、とにかく出会った人に言いまくると必ず会えるんですよ。」と言っていました。実際一緒に写っている写真を見せてくれていました。実際誰かに言わないと現実にはならないし、黙って黙々とやるという日本の美学もわからないではありませんが、全ての人がそれができるとは限りませんし、私が出会ってきた人から判断するに、それができる人は世の中でごくわずかだと思います。だからとにかく「アウトプットが大事」これは口癖のように言っています。そして「勝手に推測するより聞け」これが大事です。私は聞かれたらどんなことでも答えます。この二つができるようになると飛躍的に仕事ができるようになるのです。
2019.09.03
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哲学哲学ってとっつきにくいかと思います。でも実はビジネスには非常に役に立つと思う哲学は答のない世界だから答えのないビジネスにはちょうど良い。日本の教育では答えを出す方法しか学ばないからこそ、哲学を学べば他の人からかなりのアドバンテージを得れる。私はロジカルシンキングよりラテラルシンキングが大事だと考えているが、過去記事:ロジカルシンキングって役に立つ?ラテラルシンキングをするうえで大事な「常識を疑う」という行為を鍛えるためにも哲学は役に立つというか哲学的な考えそのものだと思う。私の哲学の出会いは高校生の時にみた映画「星に想いを」(メグライアンとティムロビンス主演)でした。この映画の中で「矢は的に当たらない」というパラドックスの話が出てきます。その時パラドックスって面白いなーと思い、図書館(昔はネットがなかったから)でパラドックスの本を探したのがきっかけです。ちなみに「矢は的には当たらない」というパラドックスは、映画の中でも解説されますが、こういう理論です。矢が的に当たるまでには必ず矢と的の中点を通る、中点まで進んでも中点から的までの中点を必ず通る、中点は永遠に続くので的に当たらないはず。でも実際は的には当たるんですよね。だから常識で考えればあり得ない理論だという人も多いしそんなこと考えて意味あるの?と言われることもよくありました。でも一方方向からの見方をすれば間違っていない理論なんですよね。他にもアキレスのパラドックスなども同じようなものです。嘘つきのパラドックスなんて一生答えが出ない、どれもが正解でどれもが間違いってところが面白いです。様々な角度で答えを探し、正しいか検証をする、でもどこかで間違いにもなる。これが哲学でありその考えこそが答えのないビジネスにおいても役にたつところだと思う。人生も答えはない、是非みんな哲学を学んでほしいと思います。
2019.08.28
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カンはロジカルではないのか?今日はそこを考えてみたいと思います。カンとロジカルは対局のように言われます。なぜならカンはその良さをロジカルに説明できないことが多いからだと思います。つまり正しくは「ロジカルな思考でない」のではなく「ロジカルに説明できない思考」なだけだと思う。カンとはその人の知識や経験からロジカルに導き出した答えではあるがそれをうまく説明できないだけだと考えるべきだと思う。アインシュタインは答えが先に思い浮かびそこまでの解法を説明できなかったので勉強ができないと思われてたという逸話もあります。一世を風靡したウォークマンも趣味で開発したものを発売しようとして社内では録音機能がない商品は絶対に売れないと反対されたそうだ。iphoneも発売するときにipodと競合するような商品は売るべきではないと反対されたそうだ。でも両方とも経営者のカンとしては必ず売れるという確信があったと思う。でもそれをうまく説明できなかったのだろうもしくは、説得力のある説明はできなかったのだと思う。カンがロジカルではないのではなく、それを言っている人の知識や経験がしっかりあればそれは瞬間的にロジカルな思考で考えだされた立派なロジックに基づいたものだということです。ただし、その知識や経験が足りなければただのカンである場合もあります。またいくらロジカルに説明できたとしても全く考えが足りないものもあります。例えば以前仕事で店の店長に「一番売れている商品は何ですか?」と質問すると「○○(焼酎の銘柄)です」と言われたが、POSを確認するとカクテルであった。おそらく○○のほうが単価が高く売れた時の喜びも大きいのでそういう意識が高かったのだろうと思う。こういう思い込み(バイアス)が間違いを指摘される原因であり、それがカンはロジカルでないという感覚になるのだろう。私はゴリラ(小学生のころ)の時に母親から「屁理屈ばかり言わない」とよく言われていました。腹が立ったので辞書で調べると「頼りない理屈」「くだらない理屈」「常識的ではない理屈」とありました。でも私にとっては私なりの理屈であり、道理が通った理屈だと思っていたので次に母親から屁理屈だと言われた時に「僕の理屈は屁理屈ではない、僕なりの理屈だし、僕なりの常識です。でも一般的な常識(常識は辞書では多数派意見と書かれていた)ではないから、今後は少数意見と言ってほしい。」といったことがあります。それ以来母は「屁理屈」とは言わなくなり「それは少数意見です」と言ってくれたので今の私があるのだと思います。それが人間になる第一歩だったかもしれません。
2019.08.16
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ロジカルシンキングって巷ではよく言われるけど私としては役に立たせる方法は少ないと思う。何かの決定をするのであればロジカルシンキングで考えるよりラテラルシンキングで既成概念を取り払ってアイディアを出す ↓クリティカルシンキングで強みと弱みを分析し ↓ロジカルシンキングで説得方法を検討する。この方法でしかロジカルシンキングは役に立たないと思ってます。だってロジカルシンキングのロジックって何とでも作れるもんだと思う。自分の都合の良いデータなり話をもってきてロジカルに説明すればよいのだから。結局これが一番いいっていうのは「思い」や「感覚」のほうが優れていると思うから。ただ、ここにポイントはあって説得するためには相手のロジックを考える必要がある結局決定をする経営者なり経営層なりもロジカルに考えて決めてないからです。提案する側のロジックがどのような点なのかを把握できればより説得力の増す説明ができると思います。私が一番訓練が必要だと思うのはラテラルシンキングです。なぜなら日本の教育ではこの考え方は学べないからです。つまり馴染のない考え方だから意識して考えないとできないと思う。ここで大事なのは「前提条件」「定義」を考えることです。そのやり方はまた今度。
2019.08.15
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よくロジカルシンキングの本や話は聞きます。私も会社からロジカルシンキング講座などを受けさせらたことがあります。でも役に立ったと思うことがないんだけど誰か役に立った人は教えてください。私の感想としてはロジカルシンキングは過去の分析には使えるけど、将来の決定には役に立つ気がしない。上司や経営陣の説得には使えるけどそれは上司や経営陣が納得しやすい数字やロジックを使うだけの話なので説得感のある話し方ができる方法「口がうまくなる方法なのかな」としか思っていません。むしろ仕事で必要なのは「ラテラルシンキング」かな?と思う。ミッシーとか前提条件を決めなければ何十通りもできるんだからいっこうにミッシーにならない。一度セミナーのグループワークで別のロジックでミッシーを作ったら講師が驚いていた。だから仕事の生産性向上や能力向上にはラテラルシンキングが必要だと思う。前提条件を疑ってみる、常識を疑ってみることからもの事は変わるものだと思う。結果として常識的な方法に落ち着いたとしても一度はみ出して考えることが大事これは仕事だけではなく組織や一個人でも同様だと思う。例えば個人としては、「自分は○○だから」という固定概念に縛られている人は多い。その概念を変えることが人の成長につながるし組織も同じだと思う。だからラテラルシンキングを学ぶことが大事だが、残念ながら本はまだ少ないですね。セミナーも少ない状況ですが、きっと教えられる人が少ないんだろうなと思います。私は会社で自己啓発として「思考力向上セミナー」というのをやっています。今日はそこでいつも伝えている考え方を書いておきます。「できなかったという過去はあっても、できないという未来はない!!」この言葉は私が一番大事にしている言葉です。この言葉を心にとめて仕事や人生で行動してほしいと思っています。
2019.08.14
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マネジメント(management )とは?って様々な解釈がされてますが私はセミナーでは少し違った説明をしています。 セミナーでmanagementとは何ですか?と聞くと「管理すことです」とほとんどの人が答えます。 しかし、managementはmanageという言葉の名詞ですがmanageには「何とか〜する」という意味があります。 つまりマネージャーとは何とかする人でありマネジメントとは何とかするための方法だということです。 何とかするために管理をすることは一つの手法であり管理をすることが主ではないと説明します。 そのためマネージャーに必要な能力は「何とかする力」です。つまり部下の困ってること、苦手なことなど全体を把握して導く力と何かあったときに何とか上手く進める方法を探せる力と決断力が必要な要素だと教えています。 管理力だと説明すると行動管理などとイメージする人もいると思いますが行動管理でポジティブな感覚で行動できる人はあまりいません。 行動を管理するより的確なゴールと期日を設定して時折アドバイスをすることが大事です。この際上手く部下の性格、性質、得意、苦手を把握してゴールやアドバイスの間を考えるのが最適だと説明しています。 この辺の詳しい説明はまたしたいと思います。
2019.08.14
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母親は私が小さい時からなぜか敬語でした。父親に対しても基本敬語です。 学校をサボりたくて「頭が痛い」と言っても 「今日は休むのですか?」といった感じです。 勉強をしなくても「勉強しなさい」ではなく「勉強しなくていいのですか」でした。子供の頃はそれが普通だと思ってたのですが高校くらいになって彼女の家に遊びに行って会話を聞いていてタメ語なのにビックリ‼️ 家に帰って母親に「お母さんはなんで子供にも敬語なの?」と聞きました。 すると母は「小さい頃から一人の人間として扱ってたから敬語でした、子供だと扱ったつもりはなかったからかな」と言われました。 まあ、その時はよくわからず、「わかった」と終わらせました。 でも社会人になってよく分かりました。 私は、比較的早くから役職をもらえたのですがそうすると年上の部下ができます。私はどんなに自分の役職が上であろうと年上の人にはさん付けで呼び敬語で話します。中には呼び捨てや、命令口調の人も多いですがこれだけで人は動いてくれます。 以外に1、2歳の年の差だとできない人もいますがこれは大事なんだと思います。敬語を使う大事さを母から学べたのは良かったと思います。
2019.08.12
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わたしの父は少し視点が変わってるのかある日一緒にテレビでニュースを見てると、 「ゴリラ、今ニュースで旧日本軍の爆弾って言ってたよな、旧ってことは新があるってことは、自衛隊は新日本軍ってことになる、このテレビ局は今の自衛隊を軍と認めてるのか」 えー知らないよ、 「聞いてみる」 と言いだし、104で電話番号を聞きテレビ局に電話しだすし、結局曖昧に答えられ憤慨してました。 それから数年経ったある日、また父が街で英語で広島の地図を配ってたそうで、それをみたら海軍跡地に英語で旧と書いてあったそうで、その地図を作ってたNPO法人に乗り込み、海外の人が誤解するだろうって説明を求めたそうです。結局全部刷り直すことになり満足してました。 思い立ったら即行動ってところや、気になったらとことん追求するところは自分によく似てるなーと。 しかしポイントが面白いんですよね。 他にもあるのでまた今度100均のことでも書きまーす。
2019.08.11
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きよは父について書いてみようと思う。 私の父も少し変わってまして(まあ育てられたので当たり前かも) アメリカ旅行から帰ってきた父は興奮気味に 「ゴリラ、ナイアガラの滝は凄かったぞ」 ほーテレビで見たどやっぱり近くでみたら違うんだろうなー 「お父さん滝に近づく船にのったんだが、その船は50人は乗れるだよな、一人15ドルだから、一回で750ドル、日に20回はでてるだろうか最高1万5千ドルにはなるな、凄いだろ」 ってそれですか? 景色じゃないの?普通、凄いって稼ぎかよ 「でもさすがに許可とかあるんだろうなー」 許可って経営する気ですか? ちなみに父の職業は歯科医です。開業医だったので確かに経営者ですけど、確かに母親からは職人気質で経営に興味ないから困るとか言われてたのに。 そんな感じて父親からしたら景色より稼ぎに興味があったようです。 でもそんな父に似て私も小学6年の頃には、「この店席数が〇〇だから一人1500円食べたら〇〇円くらい1日稼げるよね」 とか言い出しました。 高校くらいになると友達に言うと変な目で見られてましたが、 社会人になるとその感覚も凄く役に立ちます。 人と違う視点で物事を感じる父に影響されてると感じます。 まあ、他にも旧日本軍で色々とありましたがそれは次回で。
2019.08.10
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私は昔から少し変わった子でした。とにかく人と同じことをするのが好きではなく、人と違うことをするタイプの人間でした。私が小学6年生の時に推薦で運動会の応援団長になりました。当時の応援団の伝統は337拍子の時に色手袋で応援するのが伝統でした。しかし私は「広島で応援ならしゃもじじゃろ」としゃもじで応援することを提案し、半ば強引にしゃもじで応援することにしました。(ちなみに広島ではしゃもじは「めし取る」ということで勝利につながるということで厳島神社ではしゃもじを奉納するのが習わしで当時の広島カープでもしゃもじが一般的でした)そこで私は団員(男子のみ)に家からしゃもじを2本持ってくるように指示をして、振り付けを考え毎日練習をすることにしました。運動会当日は私はしたり顔で今までと違う応援ができたことに満足をしていました。それから10何年たった時にふと母親とその当時の話をしていた時に母親が突然「あの時は保護者から大クレームでたいへんじゃった」と言い出しました。当時の私の家にはしゃもじが4本ほどあったため2本を学校に持って行っても特に問題はなかったのですが、他の家庭では2本ない家もあったそうで学校に持っていかれしかも土のグラウンドでの練習でドロドロになったしゃもじ(当時のしゃもじは木製でした)を持って帰るので食事をするときに困ったようです。そのため母親の元には他の親からの苦情が入ったようでした。ただ、私の母親はこの時まで一度も私にその話をしたことがありませんでしたし、何も言わず見守ってくれていました。その時は私もまだ子供もおらず「そうだったんだ、ごめんね」としか言えませんでしたが、子供ができた今ならそのことを子供に言わず好き勝手させることがどれだけ大変かわかります。高校生の時も、私は学校になじめず学校に行くと言って家を出ては学校に行かず遊びに行っていました。当然その当時は親にはばれていないと思っていました。そして3年生の最後の三者懇談で担任の先生から「良かったな卒業日数は足りなかったけど進路指導主任の先生が卒業させろと言ってくれたから卒業できるぞ」と言われました。私はその時まで自分が卒業日数が足りていないことを知らなかったため「なんで言ってくれなかったんですか?言ってくれたら学校来たのに」と先生に言いました。担任の先生は少し不可解な顔をしていましたが、母親は泣きながら「ありがとうございます」と言うので話はそれで終わってしまいました。私も無邪気に「じゃあ進路指導の先生に挨拶行ってくる」といってその場は別れ挨拶に行きました。おそらく学校から母親の元に私が学校に出席(週に2日は休んでいたので)していないことは伝わっていたのだと思います。それでも両親は一度も私にそのことを告げず学校に行かせようとはしませんでした。大学生の時も同様でした。私は大学に進学したは良いが、学校の雰囲気や学力レベルが合わないと感じ、2回ほど出席をした後は学校にも行かず家で引きこもり生活をしていました。夏休み明けにふいに母親から電話がかかってきて「学校はどう?もしよかったらワーキングホリデーという制度があるようだからどこか海外でも行って来たら。カナダとかオーストラリアなんかがあるらしいけど」私は、「カナダは冬寒いからいやだな、それならオーストラリアにするよ」といって、自分で調べてオーストラリアに行くことに決め、アルバイトをはじめたりビザを取得したりして翌年には学校を休学してオーストラリアに行きました。結果的にこのことが私の人生を変えることになるのですが、この時もおそらく学校から私が全く履修をしていないことは伝わっていたのだと思います。20年以上たった今でも母親はそのことを口にしませんが、本当によく我慢してくれていたと今は感謝しています。母親は昔から子供の自主性・責任を大事にして育ててくれていました。今ならそのための我慢がどれほど大変だったか理解できますし、それがあったからこその今の私があると思います。でもその当時はそんなことはわかることもなくただ、反発していた時期もありました。高校1年の時には私は夏休みに転校していった名古屋の友達の家に友人2人と自転車で行く計画を立てました。母親には「あんたお金はいくらくらい必要なのですか?」と聞かれたので、「うーん2週間くらいだから一日千円として1万⑤千円くらいかな?」と答えました。そうすると母親はきっちり1万5千円を出して「行っておいで」と言ってくれました。旅が始まって1日目、友人たちとその日寝る場所を橋の下に決めて夕食を食べに行きました。友人たちは4,5万は準備しているようで好きなものを注文していましたが、私はその店で最も安い食べ物を頼むしかその先やっていくお金はありません。その時初めてて「失敗した、もう少し多くもらっておけばよかった」と後悔をしました。2日目には私の祖母の家に泊まることにし、祖母の家まで走ります。夏の暑い日でのどは乾くけど、飲み物も変えませんのでガソリンスタンドを見つけては水をもらうということでなんとかお金をセーブするしかありません。3日目に祖母の家を発つとき祖母から「はいこれ、あなたのお母さんから連絡があって渡すように言われたから」と2万円を手渡してもらいました。その後は無事に旅ができ(そこからも節約生活は続けましたが)、名古屋で友達と名古屋城や長島スパーランドにも行くことができました。そのお金がなければ帰れなかったかもしれません。旅を終え、家にかえってから母親に「なんで足りないとわかっていたのにその時に渡してくれなかったの?」と聞きました。そうすると母親が「だってあんた1万5千円で大丈夫と言ったから、自分の言葉には責任を持ちなさい。ちゃんとおばあちゃんに頼んでおいたでしょ。」と言われました。小学生の時から母親はいつもこんな感じでした。私がこうしたいと言えば失敗することがわかっていながらそうさせてくれていました。ここもまた失敗することがわかっていながらあえて失敗させることで責任感を醸成させるということなのだと思います。社会人になり数年後に母親と話をしたときは「ほんとうにあんたは親のいうことを一度も聞いたことないよね」と言っていました。確かに私は両親から小さいことから人生の岐路の判断をするときに様々なアドバイスをしてもらいましたがことごとく両親の言ったようにしたことはありません。まして「昔から自分の責任で決めなさいって言ってじゃろ」と言って違う方向性にあえて進んでいたと思います。でも今になってみればたくさんの我慢をしてもらったおかげで今の自分があり、そして特色のある人間になれたのだと思います。そして自分が子供や部下を育てるときにこの経験が非常に生きていると感じます。成長をしてほしいと願うのであれば時には「我慢すること」そして「自己責任を感じるためにしっかり自分自身で決めさせること」が大事だと思います。ただ、その時大事なことは、アドバイスだけはしっかり行うこと、失敗する前に先回りをするのではなく、失敗した後にリカバリーすることに対して先回りすることです。
2019.08.08
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おとといと昨日amebaTVで左翼と右翼の話をしていた。聞いていて特に左翼の話に違和感を感じることがあった。確かに左翼という言葉は過激派を連想させるのでリベラルの方が良いとの意見はその通りである。しかしながら左高さんの反対派という考えは的を得ていないと思った。話の中で左翼は何でも反対して対案がないという話を対案なんてなくても反対することが大事だという話があったが、それは大きな間違いだと思う。私は左翼なのか右翼なのかを聞かれると正直どっちでもないが、リベラルなのかと聞かれたら超リベラルだと認識している。にも拘らずなで左翼の意見に違和感を感じるのかと考えた。左翼とはを調べると「より平等な社会を目指すための社会変革を指示する層」とウキペディアには書いてある。しかし、良く考えた結果として私の意見は左翼とは平等な社会の仕組みを目指す個の集まりであり、右翼とは組織によって社会を構成するために集まっている集団だと思う。そう考えると左翼思想の民進党が様々な意見で党がまとまらないのも当たり前だと思う。そもそも平等な社会なんて存在しない、存在するとすれば、平等な機会の創出だと思う。そしてそう考える人たちが集まってたまたま組織を形成するわけであって組織があって初めて自由を求めるのは左翼ではないのではないかと思う。そう考えると集団の力(多数決)が必要で、仕組みを作る国政の場に左翼が入る隙はそもそもないのではないかと思う。そのため、左翼の人たちは国政ではない集団として意見を言っているのだと思う。私も人として生きている限り機会は平等であるべきだと思うしそうしていきたいと考え行動しているつもりである。しかしながら人や社会は決して平等ではない。男と女、若者と年寄等平等でない状態が集まったのが世の中だと思う。その中ですべてを平等にするような考え方は違和感を覚えて当たり前である。例えば左翼として貧困問題を取り上げる人がいるが、それが機会(チャンス)が不平等である中で起きていることであれば是正する必要があると思うが、機会が平等であるのであればそれは個人の問題だとなってしまう。それを何が何でも平等にしようという考えは人間だけでなく動物で考えてもあり得ないことであり動物的に違和感を覚えるのだと思う。中学生のころ、ある番組を見ていて、女性の職業として「家事手伝い」と書いてあった(当時は良く書いてあった)何の職業なのかわからないので親に聞いてみたら「家で花嫁修行をしていること」と言われた。おかしくないか、男だと同じことをしても「無職」としか書かれないのに女だと「家事手伝い」ってと思ったことがある。この頃ジェンダーフリーの考え方が広まってきて女性の地位向上や、女性差別撤廃などと左翼の人たちがよく話題にしていたが、そもそも女性だけが差別されているわけではないと感じた時だった。映画館に行けばレディースデイがあり、女性だけが得をする日があるが男性が得をする日は存在していなかった。そこで私は地元で良くいく映画館(すごくいい映画館だった)にレディースデイがあってメンズデイがないのはおかしいと意見を出したところ、その映画館ではメンズデイ(月曜日)を作ってくれた。でも結果的にメンズデイはいつしかなくなった。作ったところでメンズデイではレディースデイのように集客につながらないからだろうと思う。つまり女性は自分自身の女性としての利益を最大限に活かす一方、男性はその機会を活かしきれていないのだろうと思う。この辺でそもそも平等な社会を作ることはメリットが見いだせない場合も多いのだと思う。しかしながら機会の平等を得てそれを上手く使えていないのはそれぞれの個人の問題だと思う。良く左翼の女性活動家が女性は会社で男と同じように扱われないと訴えるが、逆に男性と全く同じ条件で働いてもらおうとすると、女性は女性として限界があるのでそれを理解しないのはおかしいと言いだす。そもそも、男性と同じように扱ってほしいと思っている女性がどの程度いるのだろうと思うと決して多数派ではないにも関わらず文句だけを言っているようにしか感じない。そういうのであればちゃんと女性を説得して同じ意見を持っている多数派を構成してから話をしてほしいと思う。左翼のイメージが悪いのは何も連合赤軍のせいだけではなく、そもそも個の自由を求めるのであれば組織を先に作ってはいけないし、組織に縛られてはいけないのだと思う。そう考えると連合赤軍のように組織に縛ろうとする考え方を持った時点で左翼ではなく単なる過激派だと思うし、むしろ組織作りを目的としている右翼思想になるともいえる。つまりあくまでも個の自由を求める個人がたまたま集まっているだけであってそこに意見の対立や目的以外の部分で様々な意見があるのを認めるのが左翼なはずなのだから今の民進党のように党内で意見の対立があるのは自然だろうと思う。そういう意味で左翼は政党の枠組みにとらわれず、必要なことは共産党とも連携し考えが違部分は連携をしないと是々非々で行うことが自然なのだと思う。それを批判する左翼や左派は、私からすると左翼ではないと思うし、そうやってきちんと反対意見を言っていけばよいと思う。もちろん反対するだけでは何も生まれないのも事実なのでしっかり対案を示す必要があるが、左翼は思想が第一なのでそうしても抽象的な意見になるところが勿体ない部分だと思う。しっかり具体的なものを作って提示することが大事だが、個の自由を認める組織ではそれを引っ張っていくにはカリスマ性が必要となるので、それが過激派になりやすい点なのだと思う。世の中にカリスマ性を持った左翼思想の人間が出てくれればいいと思います。
2017.03.01
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最近映画について語る場面がありました。私が好きな監督にリュック・ベッソンがいます。リュック・ベッソン監督作品と言えば、日本では「LEON:レオン」が有名ですね。レオンはリュック・ベッソン監督のアメリカ映画の初めての作品です。そのため、公開当時は重要な部分をカットして公開するというアメリカ映画らしい(フランス映画とアメリカ映画の考え方の違いを確認する良い機会になりました。)暴挙がありましたが、半年ほどして完全版が公開され一安心です。私がリュック・ベッソン映画で初めて見た作品は「グランブルー」でした。その後ニキータと続き、レオンが公開されます。私はその前の作品の「サブウェイ」も大好きです。リュック・ベッソンのすごいと思うところは音楽の使い方です。リュック・ベッソン作品の大半で音楽を手掛けているのがエリック・セラです。正直このコンビは最強だと思います。何度も見ないと気が付かないかもしれませんが、役者の動きと音楽のシンクロ度合が半端ないのがリュック・ベッソン作品だと思います。例えばレオンでゲイリーオールドマン演じる「スタンスフィールド」がマチルダの家に押し入るシーン(最後にマチルダの父親と話をするシーンで指を鳴らすと音楽がぴったり止まったり、その前のビーズカーテンを開けるシーンでもそのアクションと音楽を合わせています)を見るとわかりますが、役者の動きと音楽がぴったり一致しています。リュック・ベッソン映画の他の映画でもこれは顕著に表れていて、フィフスエレメントでミラジョボビッチ演じる「リー・ルー」の戦闘シーンの動きとその裏で行われているオペラの演奏がぴったりシンクロしています。その辺はサブウェイでも同じなので、この監督はそんなとこまでこだわるんだなと思いました。リュック・ベッソン映画を見ていて学んだことは「細部にこそこだわる」べきだということでした。仕事でも、プライベートでもこの「細部にこそこだわる」ことが大事だと感じます。ここで大事なことは「細部にこだわる」ではなく「細部にこそこだわる」ことです。なぜ「こそ」が大事かというと・そんなに細かいことまでずっとこだわるなんて難しい(できない)・細部にだけこだわっても品質が落ちては感じないからです。よく、営業の人などは、靴と時計は良いものをつけろ!とか、小物はお金をかけたほうが良いなんて言いますよね。これも同じような考えだと思います。全身ユニクロでも、靴とか靴下とか、ちょっとしたところに良いものを身に付けるだけで少し違って見えるものです。逆に全身ブランドものに身を包んでいても鼻毛が出ているだけで幻滅されることもあります。まあ上記の例は、期待感が高まるだけに失望が大きくなるということもありますが、ここにポイントがあります。実際に仕事で資料を作るにしても、全てを完璧にすることなんて難しいし、そこまでやっていると神経が持ちません。でも、少し雑な資料えもちょっとした部分に細やかな気配りをちりばめるだけでなぜか評価が高くなることが良くあります。そもそも、そのようなちょっとしたところに気が付く人は「できる人」です。服装でもそうですが、本当におしゃれな人は流行を追わず、誰でも知っているブランドではなく玄人好みのブランドを使ったりしますよね。だからちょっとしたものに玄人好みのブランド品を使っていてもわかる人は本当におしゃれな人だけです。仕事でも同じです。そんなところと思っている部分に工夫がされていて、そのことに気が付く人は仕事ができる人だけです。100人いても本当にできる人は10%もいません。その他大勢の90人に認められても本当にできるひと10人に認められないと意味はなくないですか?逆にその他大勢の90人に認められなくても本当にできる人10人に認められた方が価値がありませんか?そう考えると、やるべきなのは「細部にこそこだわる」ことです。じゃあ具体的にどんなことにこだわったらいいの?と疑問がわくと思いますので私がしている一例を紹介します。例えばパワーポイントの資料を作成するのであれば、アニメーションを入れるなどの小手先の方法より、スライドマスタにこだわります。ベースをしっかり作りこみ、どのページを開いても表題が同じ位置にあるようにしたり、全体の色をコーポレートカラーにしたり、文字の大きさを揃えたり、フッターに企業名のロゴ(企業名をテキストで入れるだけではこだわれていません)を入れる等をします。内容の問題はおいておいて、ここにこそこだわるだけで、見る人が見ればよい資料に見えてきます。また、ワードで文章を作成するにしても、インデントをしっかり入れる。段落番号を自動設定しておく。などは必須だと思います(段落番号はワード知識がない人は逆にめんどくさいかもしれませんが)後で上司に添削を依頼する際などは、ここにこそこだわった方が「こいつできるな」と思います。私も部下の資料を受け取って添削・編集をしようとしたら、文章は続いているのに一番右で改行しているいたら、「こいつできないな」と感じてしまいます。これはあくまでも一例ですが、細かい部分だけでもしっかりこだわって仕事をした方が、全体を何となくまとめている人より仕事ができる(少なくてもできるようになるだろうなという期待感)と感じます。結果的に評価が上がって行きますし、へんに片意地を貼らないで仕事も生活もできるので余裕が生まれます。ぜひ細部にこそこだわって仕事や生活してみてください。
2017.02.01
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文科省の天下りのニュースがありました。それを見ると天下りは良くない ↓そんなことをした省庁はおかしい ↓責任問題だ!みたいなことになっています。でも良く考えてみると、そもそも「天下り」って本当に悪いの?と思ったりもします。天下りというシステムは、現在の各省庁の職歴の問題ですよね。同期入省して最終的に事務次官(最終役職)になれるのは一人、それ以外は退職する以外ないような状況が天下りに直結しています。一般の会社でも少なからずあると思いますが、一般人は転職という方法があります。しかしながら公務員という職種は少し特殊な仕事であり、変なプライドもあって一般企業では年齢・給与を考えると転職がすぐできるとは限りません。そうすると、自分が公務員として築いたスキルを使った仕事につこうと思うのは当然だと思います。(一般企業に勤めている人でも一定の年齢の人は同じように考えて転職しているはずです)その中で一般企業や省庁関連の団体が自身のスキルが活かせる場所になっているのです。ですので天下りがなくなることはないのではないかと思います。問題は「スキルが活かせる」ことにあると思います。一般企業などで、行政に対して許認可や補助金等を得ている場合は、「コネクション」というスキルがどうしても欲しいという状況が存在します。そんな時に元公務員として初めてスキルが活かせるのだと思います。天下り問題が大きくなった背景としては、省庁関連団体(税金が投入されていたりする)に高額の年収で特に仕事もしないのに雇われていて(税金泥棒)などと揶揄されるからでしょう。そもそも非営利団体だとか、公益社団法人だとか、利益を出すことを良しとしない風潮がこうさせているのでは?今回のように何か省庁に有利に交渉をする目的で民間に再就職をすることが対して問題になるのでしょうか?だってそれが本人が持っているスキルであり、そのスキルを欲しいと思う会社があるのであればそれでいいのでは?もちろん省庁が民間の企業・団体等に圧力をかけて椅子を確保していたりするのは大きな問題ですが、需要と供給が成り立っているのであれば大きな問題ではないのではと思います。なぜか公務員は公僕として品行方正でないといけないという思いが強すぎるのでは?学校の先生しかり、公務員しかり、ただの人です。しかも省庁に勤めている人は残業当たりまえ、夜中に変えれれば良いくらいの人も多い、そもそも今電通で問題になったような長時間労働なんて当たりまえ、それでも国民のためにという意識で頑張っている人も多いのが公務員です。その中で戦ってきて勝ち残った一握りの人が天下っているんですよ。問題にすべきは、そのようなシステムが出来上がっていることであって、実際の人がどう動いたなんて本当は重要なことではないと思います。最近のニュースはこのようなレトリックを使って世論誘導をしていると感じます。私は自身がやっているセミナーでこのようなレトリックに騙されず本質を考えるように教えてています。決してニュースをうのみにせず、この問題に隠れている本当の問題を考えることはビジネスにおいても大事な要素だと思います。ニュースで流れるある片方の見かたのみを考えるのではなく、その裏側や他の意見をしっかり聞いて判断をしてほしいと思います。
2017.01.24
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ゴリラは昔から洋楽好きです。中学生のころ、近くに米軍基地があり、上手く合わせるとラジオで米軍の放送が入ってました。そのため日本ではなかなか聞けない音楽を聞くことができました。昔はyoutubeもケーブルテレビもなく、たまにテレビでやるbillboardのランキング特集か衛星放送で年に1回のグラミー賞を見るくらいしか情報収集のすべがなかったのでラジオで何度も流れる曲を聴くのがすごく楽しみでした。なので20年以上の洋楽経験があります。しかも大ヒットでもない曲も知っています。洋楽を聞いていると日本の音楽シーンが数年遅れてくるのがわかります。PVなんかも、どっかでみたことあるなと思うものが多くあります。昔はyoutubeなんかなかったのでよっぽどビデオでも撮ってない限りわかりませんからね。なぜそのことを思いだしたかというとアリアナ・グランデの「Put your hearts up」https://www.youtube.com/watch?v=tC5phJ7g0gwを聞いていて「ん」と感じました。「どっかで聞いたことがあるな」と思いだしてみると1992年にヒットした4 Non Blondes の「 What's Up」という曲(https://www.youtube.com/watch?v=6NXnxTNIWkc)でした。ちなみにこの曲って結構テレビ等のVTRの裏でBGMとして使われることも多いです。なので聞いたことある人もいるんじゃないかな。「Put your hearts up」の44秒くらいからの曲が「what'sUP」の1分28秒からとほぼ一緒です。曲間も同じ雰囲気ですね。アメリカでは結構売れた曲なんで知っている人も多いんじゃないかと思いますけど、この辺はパクリというのかインパイヤーというのかわかりませんが、少し似すぎではないかと思います。レディーガガなんかは自分でマドンナにインスパイア-されていると言っていて公認されているんでいいんでしょうけど。他にも日本の曲でもどっかで聞いたことあるなというのも良くあります。まあ私も知り合いに音楽している人間がいますが、どうしても似たものができることがあるそうです。この辺はあまり目くじら立てて言わなくてもいいのかも?ただ、似過ぎていたら公表してもいいんじゃないかと思いますけどね。
2016.12.19
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仕事って自分にとってなんだと考えていますか?最近新卒内定者と話をする機会がありました。自分が新卒の時って15年前だなーって思いました。思い返してみると学生の時に考えていた「仕事とは」「社会人とは」って「生活するお金を稼ぐため」って考えてたなと思います。その為、ゴリラは良い生活をするためにと営業バリバリで歩合が多い会社に入りました。幸運にも(まあ実力もありましたが)初年度から結構稼がせてもらいました。でも実際に稼いで(月に3ケタの月もあり)みて満足感は少なかったんですよ。もちろん稼げる分拘束時間も長いし、周りの結構稼いでる人も多いし、まあこれだけ仕事をしたらこれくらいもらえるよなーって感じました。そこで営業を辞めたいと申し出たところ本社の企画部門はどうだということで本社に入れてもらいました。はっきりいって本社で事務仕事をしてみて思ったことは「営業の方が楽だー」ということでした。外回りの営業だったため、夏は暑いし、冬は寒いし、歩くんで足は痛いし、営業数字が悪ければ怒られるし。内勤だと、数字に追われることもないし、歩くこともないしエアコンも効いてるし、でも「きつい」と感じました。理由は簡単です、内勤の仕事って終わりがない(区切りがないかな?)んですよね。営業ってどんなにしんどくても一日が終われば、明日頑張るか、その月が悪くても来月頑張るか、って区切って気持ちをリセットできるんですよね。でも内勤って作業がづっと続く日々、成果も見えにくいし、一つの失敗が大きな問題になるし。正直営業の方が気持ちの面では楽だなって思ってました(今でもたまに思います)でもその中で色々な業務を経験させてもらって今ではこう考えるようになりました。「仕事とは自分を表現する道具だ」結局仕事をするということは一日の内で大半の仕事を、人生の時間の大半を仕事をしているんですよね。だからプライベートと仕事をと切り分けて考えるんではなくて、あくまでも仕事は自分の価値を証明するための場だと考えるようになりました。こう考えると、全ての仕事で自分の価値を証明できる方法を考えるようになりました。例えばコピーやスキャンを頼まれても、どうやったらきれいに早くできるかとかどんな仕事でも自分の価値を付加できるように考えるようになりました。結果として自分の価値を様々なところで証明でき、おかげで仕事も役職も給与もある程度通常より多くできるようになりました。まあ、ゴリラは役職とか興味ないので役職を超えた価値を感じてもらえてます。だから、例えば「仕事いきたくないな」とか「しんどいから休みたいな」とか考えることはありません。だって仕事に行く問うことは自分を証明する場に行くだけなので、仕事場にいくのみ遊びに行くのも一緒なので特にしんどいと感じなくなりました。だから、上司の無茶苦茶な注文でもなんとかやり遂げてこれたし、それがしんどいとは思わなかったですね。まあ、今までの無茶苦茶な注文内容に関してはまた機会があれば書きます。
2016.12.17
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いやー仕事が変わったり、仕事で色々巻き込まれたりして全く更新していませんでした。ついに40歳になりました。この40年間で色々と経験させてもらいました。たぶん普通の人が一生のうちで経験していないだろうことも経験(良くも悪くも)しました。その話は後日したいと思います。現在の会社では、社内でセミナーとかさせてもらってます。ブログを読み返すと、自分が言っていることがあまり変わっていないなーと感じますが、この部分は良く言えばぶれない考えということで、自分の経験をもとに考え方なんかを話させてもらってます。中間管理職になって部下のマネジメントをするようになってよりぶれない話が大事だなと思います。部下も日々成長してくれています。ここで「マネジメント」についてセミナーで説明していることを書きたいと思います。「マネジメントとはなんですか?」と聞くと「部下を管理することです。」という答えが返ってくることが多いです。マネジメント=管理 と考えている人が多いんだなーと感じます。ビジネス本もこのことを書いている本が多いですね。私はマネジメントとは「どうにか何とかすること」と考えています。マネジメントの語源は「マネイジ」という単語ですが、その単語の意味に「どうにか○○する」という意味があります。つまりマネジメントとは何とかやり遂げることであり、マネージャーとは自身の仕事の役割をやりきる人間の事であり、それをするためには部下の管理が必要になるだけだと考えています。つまり管理は手法であってマネジメントの目的ではないということです。セミナーでは、この説明をしたうえで、「何とかする力を身に着けなければいけない」といって、その力を身に付ける方法なんかを自分の経験を元に教えています。今は社内セミナーでしかできてませんが、これを仕事にしていければといのが思いです。
2016.12.16
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バンクーバーオリンピックの国母選手騒動について考えてみたいと思う。確かに服装等について、賛否両論があるのは分かる、教育的な立場で見た場合はTPOをわきまえていないと批判されても仕方が無いように思う。ただ、日の丸を背負ってとか日本の代表という考え方も少し考え方が変わってきたのかなという印象を受けた。国母選手は、オリンピックについて「大きな大会のうちの一つ」として考えていると話しているように、きっと国母選手にはオリンピックは国を背負った大会ではなく、日本人として自分の経歴の一つとして考えているのだろうと思った。日本人にはいまだオリンピックのアマチュア精神を良しとする考え方があるのだろう、しかしながら現在のオリンピックはプロ選手の出場が認められていて、国母選手もプロ選手である。プロ選手はもちろん、その競技一つで自分の稼ぎを稼ぎ生活していく人間である、もちろんスポンサー等から月々の給与をもらっている場合もあるだろうが、やはり競技や雑誌等に載ることで自信の価値を高めること、また競技の賞金で生活しているからプロである。特にスノボーのハーフパイプやサーフィン、スケボー等のいわゆる横乗り系スポーツでプロ選手にとって一番重要なことは、自分のスタイルであり、競技の結果である、特に違いがあると思うのは、アルペン選手が競技の結果のみが自分の成績であるのとは違い、横乗り系の場合は生活スタイルや言動も含めたスタイルが雑誌等に載るための要素であり、そのために自分のスタイルは必要だと思う。その点が今回のオリンピックの中でもその他の競技とは最も違う点ではないかと思う。国母選手からすれば、そのスタイルを貫き通しただけであり、それ以上でもそれ以下でもないのだろう、もちろんプロとしてオリンピックでのメダルは自分の価値を高めるためにはなるが、きっと日本のためにメダルを取りたいと考えたわけではないのだと感じる。批判する人の中には、「国がお金を出して派遣しているのにけしからん」というい人が要るが、確かにJOCがお金を出して派遣はしているが、メダルの期待が薄い種目の補助金は非常に少なく、その競技の団体がお金を出しているケースや、自費を出すケースもあるそうである、しかしながら国母選手はプロとして自分でスポンサーを掴み取り賞金や雑誌の掲載等のお金(要は自分自身で獲得したお金)で各国を転戦して結果を出したらたまたまオリンピックの代表に選ばれたということ。日本ではプロ選手というとすぐに野球を思い描くが、他のスポーツは野球やサッカーのように儲かる商売でもない、ほとんどの選手が何とか食べれている程度でバイトをしながらの選手だってたくさんいる世界だということを分かってほしいと思う。そんな中で結果を残してきた人間に対して国にとって恥ずかしいというほうが国として成長していない証拠みたいで逆に恥ずかしい。近年オリンピックでメダルを多く取るようになったオーストラリアや隣の韓国のように国を挙げてスポーツ選手を育成しているわけでもなく、選手たちは自分の力で強くなっているのだから、オリンピックに出場するために国がお金を出しているだけではありがたみは沸かないだろう。もし国母選手が、日本のスポーツ振興のために、国からの補助金でスポーツ続けていて今回の騒動が起こったなら確かに批判している人達の言うとおりであろう、もし国母選手のような事を起こさないようにしようと思うのなら、日本が国を挙げてスポーツに取り組むか、プロ選手を出さず、アマチュア選手で戦うべきである。
2010.02.18
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最近の報道はどうかと思うまず麻生首相に関する報道、確かに麻生首相は首相として失言は多い、漢字は読めない、話がころころ変わる、資質を問われるのは仕方が無い、でも、別にホテルでお酒を飲むののどこが悪いのかわからない、庶民感覚が無いという報道が目立つが、庶民感覚が必要なのかが疑問だ、確かに今の不況の時期に庶民の立場に立って政策を立てて欲しいと思うが、だからといって居酒屋に酒やご飯を食べに行けばそれが庶民なのか?一国の首相が毎日居酒屋やそこらへんの飲み屋でお酒を飲んでいたら世界から馬鹿にされると思うし、セキュリティ上も問題がある、セキュリティ上で飲み屋を貸しきるとかなればそれはそれで非難されるだろう、逆に庶民感覚で今だけを考えて政治をされることの方が問題(庶民感覚では消費税の増加はできないだろう)である、そういう意味では庶民感覚から離れた考えをもっている人でないと困る、なぜそこまで庶民感覚を求めるのかわからない、別に自分の金で飲み食いするなら、どこで飲もうがいいいし、むしろお金があるならお金を落としてもらいたいものだ、税金が使われているならそこは考えてほしいけど、あと病院の先生は常識がない人が多いなんて発言は全く正しいと思う、自分の身近に先生がいるのでよくわかるが、一般的なサラリーマンとかの常識はないし、大体先生、先生て呼ばれて、サービス産業のくせに威張り散らしている勘違いしている先生は多いと思う。だからなぜ非難されるかがわからないし、そんなこと報道しなくてもいいと思うのだが。問題は麻生首相にどうしてもこうするという信念が感じられないことが問題なのだろう、同じように小泉元首相も感覚的には同じ感じがするが、今にして思えば小泉改革のひずみもあり非難されるところもあるが、やることに一本筋が通っていた点ではこの人に勝る人はいないかもしれない、だからこそあれだけ人気があったんだし。あと定額給付金問題、確かに2兆円の使い道に関しては、他にも色々あるだろう、だけど反対している人が半数近くいる、ということはこの給付金を支給しても1兆円は残ることになるのだろうか、たぶん手元に来てめんどくさい人以外は、もらうものはもらうで受け取るんだろうな、そんな人はどんなに非難しても麻生首相や問題のあった航空幕僚長と同じで批判する資格はない、非難するなら受け取らなくて、ふるさと納税に寄付しなさい。自分はありがたくもらっておく、そして自民党には投票しない。だいたい最近のマスコミは本当のことを報道できるところが少ない、良くも悪くもジャーナリストとして自身の考え方を公表したうえで、視聴者とか読者とかに偏らない視点で報道をして欲しいものだ、読者や視聴者も自分の考えをきちんと持って報道をみて批判して欲しい、大体自分の考えも持たず、改善策も考えられない人が批判をするな、それでは最近の若者と対して変わらない。本当に最近のマスコミの堕落の結晶のように感じる。
2008.11.20
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最近民主党議員でマルチ販売をしている会社を擁護する発言を国会にして、そのマルチ販売を行っている会社から政治献金を受け取っていたことで非難されている議員がいるが、はっきり行って何が悪いことなのかわからない。政治献金や票固めを約束され、業界団体に対して有利なように発言を行う国会議員は山ほどいる。いわゆる郵政議員や省庁出身の議員だってそうだと思う。マルチ商法には確かに問題点もあり、法的にはグレーな部分もある会社もあるだろうが、法律的には違法ではない。郵政だとか、国交省ならいいのか、前々回の総理大臣はアパグループの代表と仲良くて耐震偽装問題を避けるために動いていたとかそんな話も出ているのに、そこは問題にならないのか!国会議員は立法を行うための議員なので、業界団体や会社組織が、自分たちに有利なような法改正や立法をお願いするのは当たり前の話で、当然そのために政治献金だってするだろう。もしこの議員が政治献金を公表せずもらっていたなら問題はあると思うが、政治資金報告書に記載しているのであれば問題は無いはず。むしろ報告書に記載のない献金をもらっている議員がどれくらいいることか。日本はすぐに政治献金が悪いとか企業と癒着しているとか問題にするけど、癒着していることが問題ならば省庁と癒着している族議員は問題ではないの?学生のころから、日本のやり方には問題があると思う、問題があればすぐにできなくする方法を検討して中途半端な手法で闇雲にしている、それならばどうどうとできる方法を考えて情報を公開して行うほうが全然健全だと思う。ちなみにアメリカではこのような自分の団体等に有利に働いてもらうことをロビー活動と呼ぶ、このロビー活動を行う人をロビイストと呼び、ロビー活動ができる人は基本的には登録制になっており、公表を行う必要がある。また法律も整備されている。日本でもロビー活動を行う会社ができたり、自称ロビイストの方々がいるみたいだが、どうせやるならきちんと明確に活動内容が公表され政治献金等が明確にされるほうが、有権者にはこの人はどの業界から献金を受けていて、どの業界に対して有利に運ぶかわかるほうがいいと思う、ちなみに今のアメリカ大統領のブッシュは石油会社や銃の業界団体から献金を受けていてもちろんロビー活動を受けているから、銃規制には反対するし、石油会社の有利にことを運ぶのはあたりまえ、でもそれが問題にならないのは、そんなことはわかっていてみんながブッシュを選んでいるからだ。じゃあ日本の首相は?麻生財閥の御曹司はどのくらい業界団体に貢献しているのか、ちなみに最近問題となったヤマト樹脂科学の納品問題では、麻生氏の甥等はからんでるとかのニュースが出ているし、麻生氏はマルチ商法で有名な会社の空気清浄機を使っているようだが、いろんなところで(影で)癒着しているのは想像できるが、その情報は出てこない、まあそう考えると族議員は癒着している業界団体が明確だからましかもしれないけど。あとどうしても企業とかと癒着してい賄賂をもらうのは仕方が無いと思っている大体国会議員の数が多すぎる、そして給与が少なすぎる。東京出身ならまだよいが、地方出身者は地元にも事務所がいるし、秘書も必要、昔議員から聞いたけど普通にやってたらお金が続かないそうだ。だから使ってもいない事務所を事務所としてお金を浮かせて、秘書を雇ったり、別のことに使ったりしてるわけ。だから提案です。国会議員は今の半分にする、そして今までの給与を倍にする。ロビー活動はきちんと法律を作り公開性にして、ロビー活動を健全化する法的処置と透明性を持たせる、そうすればそれは癒着ではなく、立派な企業や業界団体の代弁者として見えるわけで、それをふまえたうえで、有権者が投票すればいい投票したということは許したこととなるわけで、そうなればどうどうと企業や業界団体から世辞献金をもらえばいいのだ。もちろん企業と癒着して、法に触れることをもみ消したり、問題が発覚しないように圧力をかける行為は許されないことだと思う。でも今回のようにマルチ商法自体を擁護する発言に問題はないのではないか、国会の場で質問として業界団体の代弁をしており、献金を公表している限り問題はないと思う。料亭で業界団体や企業の代弁をして、影でこっそりいろんな便宜を図ってもらっている議員(久○さん)に比べれば全うな議員だと思うのは私だけでしょうか。
2008.11.06
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久しぶりに書きます。昨日ニュースを見ていたら、日本人の英語の学び方がよくないというシリーズをやっていました。確かに私も日本人の英語の学び方はよくないと思いますし、一昨日、昨日とあった、間違ってもいいから話をする、という考え方は正しいと思います。そもそも日本では正解を言わないといけないという勉強の仕方を英語だけではなく、他の授業でも行います。そこに日本人が勉強が出来ない(中学生までは世界トップクラスだが、大学生になるとランクが落ちる)原因があると思います。友達と日本語を話していて、文法やら、言葉使いを間違えず話す人はいないでしょ、だからコミュニケーションの道具としての英語なら間違っても全然通じる、しかし勉学、試験勉強としての英語では正解は一つしかないようにしてしまう。海外では例えば、数学にしても、回答の出し方を何通りも出す授業があったりするのですが、日本では一通りですよね。私は大学時代、家庭教師をしていて、中学生を教えていたのですが、英語に関しては、正解を作らず、「日本語の文章を書いて、これを説明する英語の文章を3つ考える」という問題を出していました、どんなに回りくどくてもいいから説明する英語を考えることがコミュニケーションとしては重要だと思ったからです。是非学校で英語を教えるなら、いつしか正解がない授業ではなく、伝わればいいという考え方の勉強を教えて欲しいものです。それと昨日のテレビで「文法は関係ない」という主張がなされていましたが、それには反対です。確かに文法を考えるとしゃべれなくなることはあるかと思いますが、それは先ほど行ったような、正解ではなくてもいいという考え方をしていればいいと思います。しかし日本の文法と英語の文法はまるっきり順序が違うので、その辺の意識は重要だと思います。昨日のテレビでは、インドやフィリピンの人が出てきて、文法の不必要性を行っていましたが、論点が違う気がします。中国語も韓国語も文法の語順は英語に近いものがあります、つまり【主語】から始まり、【動詞】がありその後【述語】が現れるというものです、日本の文法はまず、主語がない場合が多い、特に口語の場合はほとんど主語を言わないことが多い、これは日本人が相手を思いやる心(あうんの呼吸)をもっているからこそできる芸当で世界中では通用しないことです。英語なんて主語がなかったら、誰の話をしてるのか分からないらしい。なので自分の話をしていても主語がいることをまず覚えなければいけない、それと、日本人は動詞の前に、述語が来て最後に動詞がくる文法体をしていますが、この語順は世界でも少ないほうでしょう。だからこそ、日本人は英語を勉強する際にこの点に関しては勉強というか慣れをしていかないといけないと思います。でも慣れてしまえば簡単なもんです。あとは発音を歌を歌うことで勉強し、映画を見て、勇気を出して恥ずかしがらずに、話をすれば、すぐに英語をしゃべれるようになります。でも文部科学省には考えてほしいよな。
2006.10.25
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楽天リンクスで映画を英語で見るために英語を勉強したいが、なかなか出来ないという記事がありました。確かに、日本人は英語に対して苦手意識があるらしくせっかく中高大と7年間、今なら小学校も含めて10年以上勉強しているのにしゃべれないと思っている人間が多すぎます。実は、ちょっとしたコツとしゃべるときの注意でしゃべれるようになりますよ。実は私もブログの「タケ88フミ」さんのように映画を英語で理解したいという動機で勉強をしました。但し勉強といっても好きな映画の脚本の英語版を購入して何度も映画を見て字幕を覚えて比較するとか、洋楽の好きな歌の歌詞を訳したり、歌ってみたりを中学3年から、高校2年までしていました。その後大学に入ってワーキングホリデーでオーストラリアに行ったのですが、不思議と自分の英語は通じて、そんなに苦労することはありませんでした、私は特に「駅前留学」等の英会話教室に行ったわけでもなく、オーストラリアからかえって初めて英検を受けたくらいです。それまで、学校以外で誰かに英語を教えてもらったことはありません。ですから、現在世間で言われているような、「小学校から教育しないと」とか「英会話教室・留学行かないとしゃべれるようにならない」なんて迷信だと思います。確かにビジネス英語が必要で、英語を使って商談するなら、ちゃんと勉強したほうが言いと思いますが、日常で困らない程度の英語をしゃべりたいなら特に駅前留学なんかいらないと思いますよ。だって私が外国人と話しているのを友達が脇で聞いてると、いつも「そんなに簡単でいいの」といいます、なぜなら私がしゃべる英語はほとんど皆が知っている単語や文法ばかりで、特段難しい単語は使いません。大体が中学校で学んだ単語です。高校で勉強した文法なんてほとんど使いません。むしろオーストラリアやハワイでの学校で高校で覚えた熟語とかを「そんなの使わない」と否定されました。ほんとに必要なのは中学までの英語です。まずは英語を勉強する上で、理解しないといけないのでここに紹介します。まず第一は・苦手意識をなくすです、この苦手意識が最も需要で、最も難関です。日本人は、自分は英語が苦手だとほとんど人が思っていますが間違いです。ただ単に苦手だと思っているだけです。ほとんどの日本人が、自分の名前英語でしゃべれるし、簡単な言葉はやべれます、また日常で使う単語を普通に中学で英語を勉強した人なら覚えているはずです、ではなぜ英語をしゃべれないのでしょう。それは、苦手、通じないと思っているからです。まず理解して欲しいのは、日本人の発音は英語の発音とは全く違うということです。日本語は「母音語」英語は「子音語」だという事です。母音語とは母音を強く読む言語で、日本語を注意深く聞いていると母音が多いこと、また母音が強いことがわかります、例えば「食べた」という言葉を分解してローマ字にしてみます「tabeta」と書けますよね。日本語は必ず一文字一文字に母音が入ります、そしてそれぞれの母音「a・e・a」をはっきり発音することがわかります。それに対して英語では「catche」の様に、子音の後に母音が付かない言葉があります。英語では基本母音を発音しないので、読まないといけない母音にアクセント(強く発音するところ)が付きます。つまり英語は子音をしゃべる言語体で、母音をしゃべる言語体ではないという事です。つまり英語圏の人にとって母音を多く発音する日本語は非常に聞きにくい言葉であり、母音語で生活をしている日本人にとって英語は母音が少なく聞き取りにくい言葉になるといくことです、つまり発音が悪いのは仕方がないので、日本語英語で話をしたときに、英語圏の人は非常に聞き取りにくいのです、ここを理解することが重要です、日本人が英語で話をしたとします、そのときに相手はわからないそぶりをした時に、日本人は、まず「間違った単語かな」「文法がおかしいのかな」と思います、また発音が悪いのかなと思います。私が、オーストラリアで実際に友達の会話を聞いていると、別に使っている単語や文法は間違っていませんが、なぜか皆そう思う事が多いです、確かに発音は悪いと思いますが、通じないレベルではありませんよ。でも英語圏の人には母音が強い日本人の英語は聞き取りにくいのです、日本でも地方の訛りがある人の言葉がわかりづらいのと一緒です。ではどのように克服したら良いのでしょうか?それは、まず自信を持って、自分がしゃべっていることは間違っていないと思いましょう。そして英語の発音のコツを学んでください。コツは何か? それは、子音を強く発音することです。これを克服するのは時間が掛かるのですが、まずは大きくはっきりと発音をしてください。ちなみに私はこれを英語の歌を歌うことで克服しました(といっても好きでやっていたら自然に身に付いただけですが)。英語で歌詞カードを見ながら歌を歌っていると、日本語英語ではまずスピードについていけません。原曲と同じスピードで歌う事により自然に子音が強くなって行きます。またちゃんと歌おうとすると、舌が英語の舌使いになってきます。ここで最も重要なのが「歌詞カードを見る」事です。正しい英語を見ながら読むことで、正しい英語の発音を理解できます、はじめは、オールディーズやビートルズのようなゆっくりした歌がお勧めです。意外と「この単語はこんな風に発音するんだ」と驚くことになります。ちなみに私はその当時好きだったカントリーやマイケルジャクソンを歌っていました。あと英語独特のリンク(英語が重なって違う単語になること、最近良く使われるのが「check it out」 カタカナで表記すると「チェキラウ」(カタカナで覚えることは危険なので絶対にやめてくださいここでは表現上あえて行っています)です。チェック・イット・アウトが重なってチェキラウに変化します、英語の表現では良く出てきますが、英語の歌には頻繁にこのリンクが出てくるので覚えるには最適です。まだまだ書き足りないですが、また英語の発音について勉強のコツを紹介します。まずは皆さん6年間以上は勉強している英語は使える英語ですよ、ちゃんと正しく使えればあの勉強は無駄ではありません。良く考えてください、海外旅行に行って、日本語で道を聞いて答えてくれる人が何人います。日本人は英語で道を聞かれてもなんとなく答えられるでしょう。つまりほとんどの日本人が英語をしゃべる基礎を学んでいる証拠です、ようは応用力がないだけです。
2006.10.02
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またドラフト会議の季節になってきます。今年度から制度が変わるそうです。日本のドラフトが良くわからない、日本では指名に関してはウエバー制がとられているが、結局抽選(くじ)で決める方式が行われてきた、一見公平だが、チームの戦力を均等にする観点からいけば公平ではない、また昔の江川や元木の様に好きな球団から指名できなかったから入団しないなどのアホな事が起きる、交渉権を持ちながら交渉できないのはどうかと思う昨日のスポーツニュースでは、大リーグのドラフト制度と比較を行っていたが、大リーグよりNBA(アメリカプロバスケットボール)を参考にしたほうがいいのではないか。NBAではウエバー制をとっていて、昨年の下位チームから指名権がある(正確には交渉権)くじなどないから下位チームが優先的にいい選手と交渉できる制度である。これには、強いチームと弱いチームが何年かしたら入れ替わるようにするための制度である。但し強いチームが良い選手を取れないわけではない。裏技が使われる。それは下位チームがドラフトで実力のある新人を指名して入団と同時にトレードを行うのである。入団会見がそのままトレード会見になるのである、これで、有力な新人が欲しい指名下位(つまり昨年の上位チーム)チームでも有力な新人を手に入れることが出来るし、指名上位チームは実績を残している選手を取ることが出来て成績を残す可能性が高くなる、NBAの場合、上位指名選手は破格の契約金等が居るため下位でお金がないチームは、トレードでお金を浮かすことが出来る。もう一つ驚く制度は、来年のドラフトの指名権をトレードすることもできることがすごい。例えばシーズンの終わりかけでチームが低迷している、つまりドラフトで上位指名できるが新人より実績のある選手が欲しい場合はドラフト権をトレードの種として使用することが出来るのであるこれで、すでに有名な選手をたくさん保有してるチームは、選手を出して、上位指名を勝ち取ることも可能になる。この制度とチームの年間の総年俸に上限を設ける「サラリーキャップ制度」を導入することで有名な選手(年俸の高い選手)の保有が出来にくくする方法により、NBAでは8年から10年でチームの力が逆転するように出来ている、つまり野球の様に(大リーグも日本でも)常に一部の球団が優勝を争っているような事がおきないようになっている、但し確かにいつも上位にいるチームを存在しているが、それは巨人のようにお金で強くなっているのではなく、マネージメントで弱体化を避けているだけである。実際マイケルジョーダンがいたシカゴブルズもジョーダンが入るまでは、いつも最下位のチームでしたし(だからジョーダンを指名できたんだけど)ジョーダンが入って優勝できるチームになってジョーダンが引退したら、また最下位を争うチームになったように、いつも優勝できるチームが変わるようになっている、またアメリカのNFLも同じ制度を導入しているため、チームの勢力が時代と共に変化している(5年前まで最下位のチームが優勝争いをしている)ようなことがおきる、これはアメリカがフランチャイズの意識が高く、地域の活性化を考えているからだと思います。但し、良い選手が頻繁にトレードされるので、選手の愛着がなくなるというデメリットもあります。でも阪神のようにいつも最下位にいたチームがある年から優勝争いが出来るようになったり、するほうがもりあがるでしょ、だいたい日本の野球ではほとんどAクラスのチームとBクラスのチームが決まっていて面白くない、メジャーリーグも同じじゃない、日本球界もその辺を良く考えてフランチャイズの考え方を取り入れて欲しいものだ。まあただ巨人が嫌いなだけだけど、もしサラリーキャップ制度が出来たら、一番打撃をくらうのは巨人だし、若手育成が出来る広島が一番有利かも、そうすれば勢力が変わってくるでしょ、今はドラフトでもお金がないといい選手を取れないし金権政治と一緒でスポーツお金がないと強くなれないのは教育上よくない、つまりお金がない家で生まれた子は勝ち組になれないのと同じじゃないか。制度はなにがいいかわからないし、野球の制度だから海外の野球の制度と比べるなんて生もない事はやめて本当によくなる制度を必死で探せばいいのにと思う今日この頃です。
2006.09.22
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ジョンべネちゃん殺害事件の容疑者が逮捕されましたね。テレビでも大々的にやっています。今ネットでニュースを見ている人は多いと思いますが、まだ容疑は固まっておらず「推定無罪」の容疑者として報道されています。これはアメリカの司法制度がきっちりしており、早まった報道を規制しているから起こる現象です。では日本ではどうでしょうか?日本では確実に犯人として報道されるでしょう。かつて松本サリン事件がそうであったように。アメリカでは、判決が出るまでは、推定無罪なので犯人ではありません。せめて起訴されてから報道すべきではないでしょうか。松本サリン事件では、河野さんは、テレビや新聞社を訴えましたが、メディアは警察発表を基に報道したため訴えは棄却されてしまいました。もし和歌山のカレー事件も真須美容疑者が有罪でなかった場合はどうなるのでしょう?またメディアは訴えられても勝つことになると思います。はっきりいって、メディアも警察もこの「推定無罪」の考え方を浸透すべきです。無責任なメディアに没頭している人たちもある意味同罪だと思います。サリン事件の時は、確かニュース23だけが、報道を控えていたと思います。(もちろんオウムの犯行だと日本テレビはわかっていたためが)ただ独自性を出した日本テレビには賛成します。ニュースでは、スクープをほしがるし、ほかの局に負けたくない意識が働くためどうしてもセンセーショナルに書き立てる事が多いと思います。ただし、それに視聴率があいまって必要以上に報道をしてしまうのです。だから視聴者がもう少し頭を使い、考え見るニュースを選べば、そんな事はなくなるのです。今の日本のメディアははっきり言って視聴者を馬鹿にしているとしか思いません。また視聴者も馬鹿にされている事にまるで気がついていないのが現状です。もしジョンベネ事件が日本で起こったなら、推定無罪と言う言葉はまずかかれないでしょうし犯人と断定した報道がなされるのではないでしょうか。もう少しだけニュースを考えて見てみましょう。そしてニュースの裏側を考えて見ると、面白いですよ。実はゴリラ、一度報道関係の人と話をして、裏話を聞いてから報道の見方を改めました。この話はまたブログに書きます。
2006.08.21
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お盆休みは久しぶりにサーフトリップに行ってきました。最終日は台風のうねりが入り、かなり爆発状態、1日目に入った海岸は前日に高校生が流されたらしく、ヘリコプターが捜索をしていました。、見つかったのかな?基本的にサーフィンができる海岸はあまり泳ぐのには向いてないし、そこは遊泳禁止なのだが毎年、何人か流されている、何年か前も、その海岸に行くと、ちょうど人が流されたところでやっぱりヘリコプターが捜索をしていた。やっぱり自然をなめてはいけない。海といえば、日本の海は波消しブロック(テトラポットは商標であり、ソニーのウォークマンみたいなもの)ばかり、サーファーとしても、海に投入される波消しブロックは、ポイントの消滅につながるので気が気ではない、さらに、海の流れが変化するため、流されやすくなる場合もある。なぜ日本では波消しブロックが多いのだろう?ようは日本は対処療法しかしないからです。例えば、アメリカやハワイでは、海のそばに家が建っていますが、大波やハリケーンで被害があったとしてもそれを受け入れます、なぜなら、自然の驚異があるのをわかってその家を買っているんのだから、つまり自己責任なわけそれとは対照的に、日本で海のそばの家が被害にあったときは国や自治体の整備がなっていなかったとかの話になる、ゴリラからすれば、そんなに被害がいやなら、海の近くにすまなければいいのに。昨日の神戸で水道管の破裂で浸水したのは明らかに自治体の管理のせいだから非難すればいいが、自然のやることで国や自治体を攻めてどうする、はじめから海に近いところに住むなら、そのくらいのことは想定して覚悟して住みなさいといいたくなる。アメリカの西海岸では、なんと波消しブロックを排除する動きまである、自然の景観を損なう開発は、犯罪となるとの見解になったからだそうです。確かに後世の人に残すことができないものは現世の人間の罪になるのでしょう。だから。もし今あの有名な波の向こうに富士山が見える有名な絵を再現したら、波消しブロックばかりの海に富士山が浮かんでる感じになるんだろうなと思います。本当にサーファーとして海に行けば、砂浜がやせていっている事が実感として感じます。実は、本当の波消し効果があるのは遠浅の砂浜なのです。サーフィンしていれば感じるのですが、波が着て岸まで付く間に何度も崩れる事により、波の力がなくなり、最後はほとんど力ない波になります、砂浜がやせればそれだけ力が残ったまんま岸間でたどり着く事になります、幾ら波消しブロックを置いても、それにより砂浜がやせれば結果として波の力を消せないばかりか、それを補うためにさらに波消しブロックを置くという悪い連鎖になってしまいます。そのうち、日本の海岸線はなくなり、波消しブロックに覆われた国になることは想像できます。大きな沖ノ鳥島見たいになるんだろうな、それは現世の人間にとって後世の人間へ残す最大の罪なのかも知れません。サーフィンが国技となっているオーストラリアでは、海岸線を守るために何億もかけて砂を海に流し、砂浜を守る運動をしています。日本でもサーフライダーズファンデーションという団体が(http://www.surfrider.jp/)活動をしていますが、日本は一度決まった公共工事をとめることが難しくなかなか上手くいかないようです。皆さんももう一度自分が何ができるのかよく考えてください、後世の為に、今も自分が居る事をわすれず、考える目を持ってください、メディアに踊らされることなく、真実を見つける目を持ってください、考える力を持ってください。日本人一人一人がほんの少しだけでも考え、行動するだけで、変わっていきます。自分にはそんな力はないからと何もしないのは最悪です、本気で思えば世の中は変わります、自分の力を過小評価しないで欲しい。何でもできる、そう思って本気で考え、行動をすることで、世の中を変えることができることを実感して欲しいと思います。
2006.08.18
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8月15日は終戦の日でした。よくテレビ等のメディアでは終戦記念日という言葉を使っていますが、記念日という言葉が適切なのかどうかという話題が何年か前の広島で在りました。広島では終戦より原爆投下の日である8月6日のほうがどちらかというと重要な日で、「原爆記念日」と言う言葉がいいのかという意見がありました。確か、広島では記念日という言葉は使っていないと思います。ゴリラは実は広島出身なので、この8月6日は重要な日であるし、大切な日だと思います。特に海外に行った場合、広島という名前は東京と同じくらい有名な日本の土地の名前でした。もちろん世界ではじめに原爆が投下された街として。実際オーストラリアでブラジル人やスイス人とかと話していても広島の名前は世界に通っています。ただ、皆の話は、「まだ放射能は残っているの?}とか「本当に住んでも大丈夫なの?」とかの質問が多く、まだまだ世界にアピールできていないという気持ちがありました。もちろん広島の人は、原爆の悲惨さを世界に向けてアピールしていることはわかります、ただ広島で生まれ育った人間としては、原爆のことばかりを訴えていて、被害者意識が強いと感じます。もちろんじ甚大な被害があったのは事実ですし自分の周りでも、原爆症を持って生活している人がいるのはわかっています。ただ、本当に原爆(核兵器)を使わない世界にするためには、戦争自体をさせない活動をするべきです。現在戦闘が行われている地域は一つだけでは在りません。メディアにとらわれている人は、現在戦闘が行われているのはレバノンだけのような気がしますが、実際はイラク、アフガニスタンでも毎日の様に戦闘が行われているのです。また、ロンドンのテロ未遂事件のような、核兵器でのテロが起こる可能性も少なくありません。だからこそ、今広島や長崎の人間が原爆だけを訴えるのではなく、世界平和を訴える必要があるのでないでしょうか。ゴリラは、自衛権を放棄するのも一つの方法だと思います。もちろん政治家は反対するでしょうし、自国民を守れない国家は本当の国家なのか?という意見もあるでしょう。でも武器も持たない国を挑発や攻撃した国(人)は自動的に戦争を仕掛けた事になるでしょう。日本は自分を守ってもらうためにアメリカ軍に莫大な費用を使ってるんじゃないでしょうか。それならいっそ自国の防衛費を使って用心棒に守ってもらったらと思います。もしそうでない選択肢を持つのであれば、アメリカに頼らない力を持つべきだと思います。皆さんはどう思いますか。
2006.08.17
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今度の会社は会議が多い昨日は2つの会議が立て続けにあり、6時間は会議をしているなので、ほとんどの業務が会議資料の作成になっています。もちろん無駄な会議はないんだけど、結論を出すのが難しい。前の会社はほとんど会議もなく、一部の人間だけど考えて、結論は社長に持っていく形でした。まあその方が早く進むんだけど、責任が高くなるのと、周りが協力的になってくれない場合もあり、どちらがいいとはいえないかな?まあ会議とかブレーンストーミングとかは、いいものを作る場合に絶対に必要な要素なので、いいんだけど、ほんとに最近は会議が多い。早く決めて、先に進めたい。それはそうと、明日から盆休みです。最近はまたサーフィンに行っているので、明日から海にいけるといいなー伊良湖は波があるようだし。またサーフィンに行ったら報告しまーす。
2006.08.11
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久しぶりに更新します。転職して約4ヶ月が過ぎています。なんと組織変更があり、部署が変わります。しかもその部署の責任者になる事になりそう。営業を企画するんだけど、大体6つの事業があってそのバランスとシナジーを考えながら営業を企画しないといけないしかも、それが売上につながるわけだからすごく重たい。しかも入社して4ヶ月の人間に任せるか?普通?ゴリラは、以前の会社でも営業の企画を考えていたことはあるのでできないことはないが、なんせ売上規模が違う、軽く前の会社の3倍はある責任重大だしかし知恵と根性で売上を上げる考えはあります、なんせ寝る直前まで仕事のことを考えていますから。ニュースを見ても、番組を見ていても、仕事のヒントになりそうな話があるとつい反応してしまい、次の日ネットで調べる癖が付いてしまっています。あー職業病だーだから、ほとんどドラマとか見ないし、基本的にゆっくりしたいときは、スポーツしか見ない、そのほうがヒントを感じなくていいから。ゴリラの元部下も頑張って仕事を引き継いでいますが、その辺のところも引き継いでいて欲しいと思っています。ゴリラは、別に特別頭のいい学校に行っていたわけではないが、昔から、記憶力(いや正確には記憶していなが)がいい。多分記憶の引き出しの開け方が上手いだけなのかも知れないが、よく覚えている。昔訪問販売の営業をしていて、1件1件ピンポンを押して営業するんだけど他の人は、半年前回った地域をまた回るんだけど、ゴリラは出てきた人とか断りとか覚えているから、回りづらくて絶対同じ地域は回らないようにしていた、昔はただの物知りとしての能力しか活かせていなかったが営業企画とか事業企画とかの仕事は、情報量が物を言う仕事なのでこの能力が活きているかなと思います。
2006.08.03
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仕事が忙しいほとんど家に帰れていません。そんな日々がもう2週間を超えているいつおわるんだろう
2006.07.26
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転職した先の会社は色々な事業を展開しているんだけど、ゴリラは、事業戦略を考える部署にいる関係でさまざまな情報を見ておかないといけない、そこで、今進めている芸能関係を調べていると色々面白いサイトがあるので紹介しようと思う。まずは「芸能証券」↓http://www.gse.jp/芸能人を株に置き換えブログのアクセス数等で実際の株のように値動きをさせて人気ランクを図っています。上場市場も考えてあって5の市場があります、以下はその内容芸証1部・2部すでに世間一般に幅広く認知されている銘柄の市場です。上場にあたっては、実績、活動状況、メディアへの露出度、ファンクラブ、ホームページなどについて、上場基準を満たしているか芸能証券取引所が厳正に審査を行います。GASDAQ(ギャスダック)芸証1部・2部の上場基準よりおおむね緩やかな市場であるため、成長途上の一般芸能人のほか、ミュージシャン、スポーツ選手・文化人など、多様な銘柄が所属しています。上場にあたっては、芸能証券取引所が審査を行います。芸証シスターズ新興女性アイドルが所属する市場です。芸証1部・2部への昇格を目指します。「近くにいる妹のような存在」のイメージからシスターズと名づけられました。上場にあたっては、芸能証券取引所が審査を行います。芸証ペガサス新興お笑い芸人が所属する市場です。芸証1部・2部への昇格を目指します。ペガサスのように空高く羽ばたいてほしいとの願いから名づけられました。上場にあたっては、芸能証券取引所が審査を行います一度見てみてください。あとは、これは有名なブログだと思いますけど「きっこのブログ」↓http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/芸能関係の裏話も多く、どこでその情報を!と思うくらい、独自の情報があります。実際他の芸能関係の裏話を書いているブログやHPでもその情報を利用していることも多い。ブログ内で出版話が出てきているとの話があるので、楽しみのしています。次は「DTR」↓http://plaza.rakuten.co.jp/ewriweb/芸能プロダクションのそれぞれの関係を語ってあるブログですが、これを見たときは、あー芸能界ってそうなっていたのかと思わせる内容が入っています。実際どこまで本当なのかはわからないが、ゴリラの友人が音楽関係の仕事をしているので確認したけど、まあたいていはあたっているのかなって印象です。しかしバーニング系列がそんなに強いとは思ってもいませんでした。この辺のことを見てテレビやバラエティーを見ると、色々裏が見えてきて面白いですよ。まあドラマや芸能人に夢見ている人はブログを見ないほうがいいと思うけど。しかし、今流行のミクシィ、ゴリラはいまだにしたことがありません。なにせ、ミクシィの紹介メールを送ってくれる人がいないので、誰か送ってくださいーい!!
2006.06.28
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転職してやっと試用期間が終了しました。無事正社員となり、なんとか役職もいただきました。少しながら当初の設定給与から、少し増額してもらってよかったって感じです。ゴリラは前の会社が初めての会社だったため、少しどきどきものでした。話は変わりますが、先週の土日で家を整理していたら昔の給与明細が出てきた。前の会社の前半1年半は営業だったため、そのときの給料、なんと今よりだいぶ給料がいい!!まあ確かに歩合が付く給与体系で、そこそこの成績だったので悪くない給料をもらっていた記憶はある、今考えると、1月手取りで70万以上の月もあったような。でも生活はそんなに良かったような気がしないんだけどな。もし今月収が70万円だったら、いい生活ができるんだけどなーーーまあそんなことを考えても仕方がない、ゴリラが、前職の営業をやめた理由はその給料だから、はっきり言って歩合がつく営業会社で月収50万円以上の会社なんてよくある話で、会社の他の人でも100万円以上もらっている人もいたけど、はっきり言って、あの仕事だとそのくらいもらっても当たり前かなと思っていまった。でももし今のような仕事(サラリーマン)で月収70万円もらえたら、自分はすごいんじゃないかなと漠然と思い、内勤勤務を希望したのであります。しかしその道は遠いー、まあ自分の実力もあるんだろうけど、前の会社では結構重要な位置にいたような気がするのに、まああまり内勤には費用をかけない会社だったので仕方がないかなと思ったけど。ただその会社で内勤から営業を見ていたけど、本当の意味で給料だけで、モチベーションを保つのは難しいと実感しました、確かに新卒で入社にて、上手くいけば月収50万円以上なんか夢じゃないし、実際それを実現している人を目の当たりにすれば、モチベーションは上がっていく、但し長続きしない、それはなぜか?それはキャリアパスが存在しないから、確かに、営業の支店長やその上の役職に行ける道筋・規定は明確に存在するけど、その仕事内容が変わらない、まあ支店長になれば、一応マネージメントをするわけだけど、ただ単に営業数字をいかに目標に達するようにするかだけであってそれ以外は一切なし、入社して1年もたてばもし自分が支店長になっても、今とほとんど変わらない仕事をするのかーと思うと辞めたい気持ちが出てきても仕方がないと思う。内勤なんかは、役職が上がればその辺の仕事内容が変わっていくし、上の人間になれば、めんどくさい入力作業など部下に任せておいて、さらになにか利益につながるものを探していけるし、でもその会社の営業の支店長は、月の前半は部下に任せていても、後半目標に届かないと自分も営業をしないといけない、まあ任せているときに何をしているかといえば、サボっているだけですけど。そんなのを見てると、将来が感じないもんな。だからゴリラは内勤の時に提案をしたんだけど、うやむやにされたままです。まあもう会社変わったからいいけど。ちなみにゴリラが考えた人の臨時募集案について前の会社の人事の人が自分の手柄にしていました。それは、インターンシップ制度を利用する方法です。インターンシップ制度は学生が社会経験として企業で実際に業務を行う制度です。大きく別けて2通りあります。1.時給をもらってのインターンシップ2.無給でのインターンシップ当然無給のインターンシップは獲得が難しいですが。はっきり言って季節的に人員が必要なときは、役に立ちます。当然社会人になりたいことから、やる気はあります。上手くいけばそのまま入社してくれる可能性もあります。採用費の負担が減るわけです、しかもやり方によっては十分業務をさせることができます。その会社ではインターネットショッピングサイトのページ作成をさせたみたいですが、短期間で、費用が掛からず労働力を得れるインターンシップ制度は、可能性がたくさん在るように感じます。まあ単位とりたいためだけの学生は難しいですが。まあ何かの役に立ったんならそれでいいですけど。
2006.06.21
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実はゴリラは大のイングランドファン昨日(正確には今日か)の中継を見ていて久々に興奮しました。前のパラグアイ戦はなんとか勝てた って感じでしたが、今回はサッカーをしていたように感じます。大体パラグアイ戦なんてクラウチにボールをあげるだけ、しかもクラウチは審判に嫌われていたためすぐにファールになってしまう。途中で「判れよ」って何度テレビの前で叫んだことか。今回は格下のトリニダードドバゴ相手だけにかなり積極的に攻めていたし、サイドを上手く使ってせめていたように思います。後半は戦略的にベッカムをサイドバックの位置に下げてる戦略が大当たり、しかしクラウチは高さは魅力だが、ストライカーとしてはいまいちのような気がする。その点オーウェンの方がディフェンスをひきつける動きや、裏に出る動きには上手いものを感じる。点を取るだけがストライカーの仕事ではないんですよ。【にわかサッカーファンへ】ゴリラ的にはルーニーとオーウェンのツートップが見たいなと思っています。ちなみにゴリラは、もう10年以上前からのイングランドファンであります。なぜイングランドファンになったかと言うと、あの縦パス1本からの早いサッカースタイルに魅了されたからであります。ちなみにイングランドのプレミアリーグがプロリーグとして設立されたのは、なんとJリーグと同じ年でした。【豆知識】しかしベッカムは昔よりましになったね。いまだにフランス大会の時の退場が許せないけど、自分的にはメンバーはあのときのほうが上かなと思ったりします。やっぱりスコールズがいないのは痛い気がするけどね、真ん中がぽっこり空いてしますことも多いし、サイド以外で攻めてパスが出せる選手がいないね。それさえいれば優勝は夢でないと思うけど。現在は組織化されたサッカースタイルが確立されて、国ごとのサッカースタイルがなくなってきたように思います。昔は イタリア…1点を入れて後は守る(カテナチオ) ブラジル(南米)…華麗なパス回しと個人技のドリブル イングランド…縦パス1本からシュート オランダ…3トップの長攻撃型サッカー ドイツ …硬い守備と長身フォワードに落としてからのサイドへの展開 etc…見たいな感じになっているが、今では、南米サッカーと欧州サッカーみたいな感じになってしまっているような、まあドイツは前回のワールドカップでは見ていて面白くないほど単調な攻撃をしていたけど、(はっきり言って単調な攻撃を90分間できることはすごいと思う)今年はましなような気がします。そんなこんなでイングランド決勝リーグ出場決定だから、眠れない日々が続きます…zzzz
2006.06.16
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ニュースを見ていると今はワールドカップ、畠山容疑者の話が大半、しばらく前は村上ファンドだったかな。このニュースを見ていると、ほんとに事件はそれだけなの?と思う。世の中、毎日、どこかで事件が発生しているが、マスコミ特にワイドショーが取り上げるのは、センセーショナルで話題性にできそうな話だけだと思いませんか。いろんなニュースを見ているともっと大事な伝えなければならないニュースがあるじゃないかと思う。大体マスコミも独自性がなくなってきて、どのチャンネルつけても同じニュースをしてるし、どこも同じ、誰か、独自の、まったく違うニュースを流して欲しいものです。だって皆さんよく考えてみてください、豪憲君が殺された事件えは確かに子供がかわいそうだが、同時に、日本のどこかで、殺されたり、事故にあって死んでしまった人はたくさんいるんですよ。それなのにマスコミではその日になくなった人は豪憲君だけのような報道をしているのが問題ではないかと思うのです。確かに痛ましい事件ではあり、動機にはなぞが多いが、でもだからといって他の人は?と思って島します。冷たい言い方をすれば、豪憲君は視聴者の人からもかわいそうと思われるだけ、残された遺族も心強く感じる部分だけいいのではないか。その他の同じ日に子供を亡くした親達は、せいぜい身内や友達に慰めてもらうくらいしかできないのに。それほどマスコミは責任重大な仕事で、その報道の選択に間違いはないのかと思います。かつて筑紫哲也がNEWS23で1社だけ、真実がわからないので報道しませんといっていたことを覚えています。速報性を求められる今のマスコミの中で、真実性を貫いた筑紫哲也にはジャーナリズムを感じました。今のニュース番組は視聴者受けを狙って、元プロレス実況者やお笑いタレントを使っているが、本当の意味でレベルの高いものを出すためにはジャーナリストを出さないといけないし、ジャーナリストが出ていないニュース番組の視聴率が低いのは、我々日本国民のレベルの低さを世界に知らしめているようなものではないですか。娯楽性を求め視聴率を求め、それで本当のジャーナリズムは生まれてきません。少しでも皆さんのレベルが向上するように、しょうもない番組の視聴率が落ち、本物だけが生き残り世の中にしていきたいと日夜努力をしています。
2006.06.14
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日本惨敗!!ワールドカップが始まっていますが、日本は昨日惨敗でした。後半10分で3得点も入れられての惨敗、しかし、ゴリラの予想通りといえば予想通りもちろん日本が負けてうれしいわけではないですが、日本の実力を考えた場合はこんなもんかなという感じです。オーストラリア好きのゴリラは内心複雑で日本を応援しておりましたが、とにかくシュートを打たない!はっきりいって"パスは得点にはならないんですよ!!"ゴール前までせめておきながら、パスをまわしている姿にハラがたちました。なんで我も我もと思う選手がいないのだろう?積極的にゴールを狙う選手がいなかったように思います。後半はシュート本数はオーストラリアの3分の1ですよ。前半の1点も審判によってはファールの可能性もあるわけで、棚ぼた得点で満足しているようではなんともいけない。また、今日の朝のニュースとかも、"とりあえず、頑張りました見たいなコメントが多い"だからだめになるんだよ、フランス大会のときに城選手が空港で水をかけられたが、心無いファンとかいわれていたが、心無いファンとは、結果が残せなかった選手を心無く励ますファンではないのか、毎回ワールドカップでは日本の期待が高まり、1次予選は通過できるような感じで思っているが、それなら、選手は結果を残すべきで、残さなかった選手に対しては批判があってもいいと思う、今の日本に足らないのは、ファンがきちんと批判をし、きちんと褒めることだと思う。ふがいない試合をした場合はマスコミ各社もきちんと批判すべき、昨日の采配はジーコのせいではない、一番問題なのは中田だと思う、日本のスポーツの発展をとめているのはマスコミでしょう。日本がワールドカップで決勝に残るためにはマスコミのレベルアップが重要だと思う。
2006.06.13
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オーストラリアは不思議国です。ゴリラが住んでいたのは6~7年前ですが、日本と違って変わってることばかり、よく言えば「おおらか」悪く言えば「てきとう」な国でした。ちなみに実際のエピソードをある日友達とバスに乗った時(オーストラリアでは先に料金を払うシステム)50ドル札しか持ってなくて、運転手に渡したところ「おつりがないからいいよ」だって、ただで乗れちゃいました。その帰り、バス停に向かっていると、帰りのバスが出る寸前、友達と走って追いかけて、ちょうど信号で止まったバスに乗せてくれというと「バス停以外では人は乗せられない」と乗車拒否どうなってるんだ、てきとうなのか厳格なのかわからない、あとバスは上り口、降り口に黄色い線が引いてあり、そこに載ってると罰金を取られる、だからバスが満員のときは停留所にとまりません!よく考えたらいいシステムかも?日本では電車とか満員の場合駅員が押し込むもんね、そんなことがないところは「おおらか」なのかなと思う、基本的にオージーには心に余裕を感じる。日本と違うところは、マナーができているところ、若い子(高校生くらい)の子がバスでお年寄りに普通に席を譲ってるし、信号がない横断歩道でも、ほとんどの車が、渡りそうな気配を見せるだけで必ず止まってわたらしてくれます。あと、車の駐車は路上駐車が普通、縦列駐車のときなんて、前後の車にぶつけながら出たりしまします。バンパーはぶつかるためにあるようなもんなんだなと関心しました。ゴリラは基本的におおらか(てきとう)なため、オーストラリアは天国でした、日本に帰ってきたときは、オーストラリアに帰りたくて仕方がありませんでした、今もできることならオーストラリアで暮らしたいと思っています。オーストラリアでの文化の違い?は結構あります、また紹介していきます。
2006.05.31
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小学校で英語が義務化されるらしい!はっきり言って賛否両論あるとは思うがゴリラとしては「まったく必要なし」日本人が英語ができないのは、英語を試験勉強として勉強するからで、中学の英語を理解していれば問題はありません。ゴリラもオーストラリアに行くまで、いわゆる駅前留学なんかまったくしていなかったが、独自の勉強方だけで、まったく問題なく暮らすことはできました。逆にオーストラリアとかの現地で英語を勉強してると、なんて高校の英語の勉強が意味のないかを実感したものです、日本で勉強していた言葉が通じないですよ。英語を試験科目とするために、日本の教科書では、現在はまったく使われていない言語を使用しています、だってそうしないと覚える単語とか文法とかがないから。日本人は、高校に行った人なら、少なくとも6年間も英語を勉強しているわけで、50点以上とっていた人なら、問題なく暮らせます、ただ、発音の基本が違うため、ヒヤリング能力が低く、また発音が悪いため、外国の方には聞き取りにくい場合があります。日本人が英語で話をしていて、ほとんどの場合、外国の方から「わからない」といわれると、日本人は「選んだ単語がわるいのかな?」、「文法間違ってたかな?」と思う人が多いです。テストを受けるように考えるが、ゴリラがそばで聞いている限り、発音が悪いだけのことがほとんどです、日本人同士でも、聞き取りにくかった場合「なんていてるの?」って聞くでしょ。それと一緒なのに、間違ってるのかな?と思うから、どんどんしゃべれなくなる。だから自信を持ってしゃべっていれば話は通じることをわかってほしいなと思う。オーストラリアであったブラジル人がゴリラに「どこで英語を勉強したのか?どれくらいしたの」ってきくから、半年すんでただけだよ、と言ったら、「シャイじゃないんだね」って答えが返ってきた、日本人はシャイが多いからすぐに話をしなくなると、ブラジル人は、通じてようがそうでなかろうが、とにかくしゃべってくるもんね、それが勉強には一番いいといっていた。まったくそうのとおり、自信を持ってしゃべれば小学校から勉強する必要はありません。それより、学校で自信を持って生きていく方法を教えたほうがいいんじゃない。みなさんは小学校の高学年になるにしたがって、手を上げるのを嫌がったりしませんでしたか、いつのまにか、間違えることが"恥"いけないような教育を受けてきたからです。ゴリラの5,6年の先生はいい先生で、(数学が専門だったけど)算数の時間で、一つの回答方法でなく、何通りもの回答の仕方をさせる先生でした、だから回答を出すのに、どんなに回りくどいやり方でも間違いではなく、それをみんなに考えさせる先生でした。自分も家庭教師で勉強を教えているときは、特に英語等は、正解をいくつも出させる問題を作りました。文章作成問題なんかでは、正解は一つではないはずだし、それを一つしか(今勉強している文法)で書かないと正解じゃないなんて教育をするから英語がしゃべれないんだと思う。人生に正解なんてないし、自分に自信を持てば、自分が選択したものが正解なのだから。後は間違ったときに素直に反省できる心さえ持っていればそれで言いと思う。学校は勉強だけ教える塾ではないのだからその辺を教えてあげて欲しいな。もしゴリラが総理大臣とか文部科学大臣になったら、小学校で英語を教えなくても英語がしゃべれるようにできる自信はあるけどね。それで、もっと日本をしょってたつ人間を作るカリキュラムを作る自身はあります。文部科学省の人是非ゴリラを使ってください。
2006.05.19
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今日の記事で、あのブックオフの社長にパートから入社した女性が就任したとの記事が載ってました。創業から会社を知っていることや、パート・アルバイトがほとんどの事業展開で現場を知っている彼女に的があたったそうです。まあ今風に言うとサプライズ人事かな?日産のゴーン社長も現場の声を大事にしていたし、その辺ではいいんじゃないかなと思う。このような実力主義の社会は確かにいいかもしれないけど、日本社会では上手くいかない気がする。日本でも実力主義の会社は多いが、封建的、縦割りの日本社会において実力主義は難しいと思う。檻に入っていたころは、仲間のゴリラも実力主義の会社に魅力を感じていた(給料が上がるから)が実際人間界にでれば、その恩恵を得れるのは一部の実力のある人だけ、そのほかは薄給で我慢せざるを得ない、まあ不景気の時代に人件費という最大の敵を削減するためにはいい言葉だったかもしれないが、、今後の日本を考える上では考え直すべきではないかと思う。但しゴリラは、実力主義反対とか、封建社会反対とか言うつもりはない、中途半端な政策が良くないと思っている。例えば、完全実力主義にするなら、その評価制度や、評価に対しての意見を述べる場を作る必要があるし、上司や評価をする人間がリベラルで納得する評価基準を作る必要があると思う。中途半端に実力主義の会社では、本当に実力のある人間は逃げていきますよ(誰かさんきいてますか)また会社には、実力がない人間も必要だということもわからないといけないと思う、ホリエモンは実力、やる気がない人間は会社にいらないとか言っていたが、それは不可能な話だと思う、評価や売上に対して、すべての人に実力があって評価しようとしても、それを評価するだけのお金がないので、粉飾までして株価を上げ、その原資を作る、そんな構造があったんじゃないかな、歴史でみれば、豊臣秀吉が、戦の褒章を与える土地がなくなったので朝鮮半島に出て行ったのと似ている気がします。結局、会社が安定して成長するためには、一部の本当に実力ある人間が2割、そこそこ役に立つ人間が2割り、どうでもいい人間が6割はいないといけないのです。話は変わるが、会社の女の子にどんな女の人に憧れるのかと聞いたら、綺麗な人と答えていた、たとえ社会で成功した人でも、綺麗でなければぜんぜん憧れないそうです。女性にとってはそこが重要なのかな?と感じました。男は何に憧れるんだろう、ちなみにゴリラが憧れる歴史上の人物は 高杉晋作です。この前のテレビでは坂本竜馬の方が人気がありましたが、高杉晋作のように世の中を変える力を身につけていきたいといつも思っています。あとはソニーの故盛田社長かな?本とかテレビで見て、すばらしい人だと思いました。あれだけ、プライドとやさしさを持って会社を大きくできた人は少ないと思います。それでは今日はこの辺で
2006.05.17
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ゴリラはとうとう三十路になってしまいました。先月28日晴れて30歳を迎えました!!!はっきり言ってあまり実感はなかったが、それでも30代は結構ショックな気がする。実はゴリラは、檻の中に6年間もいた、しかも檻につかまるまで1年間逃げていたため、普通の人間より3年も長く檻で生活していた計算です、だから人間界に出てまだ4年しかたっていないのに、もう30歳、まあオスは30歳からとは言うが、おなかを見ると(ゲ!やば!)状態です(早く木登りでもしないと)だから檻の中ですごした時間が長い分人間界でがんばらないといけないわけですよ。ゴリラ分析としては、人間はだいたい4分類に分かれる(夏休みの宿題に例えます)1:夏休みの宿題をはじめにやってしまい後はゆっくり遊ぶタイプ(東大とか言っちゃうエリートタイプ、融通が利かないが一般的には順調な人生設計だと言われる)2:夏休みでところどころ宿題をするタイプ(なんとなくうまく世渡りができるタイプ、あまり目立たない)3:まったく宿題をせず、最後にまとめてするタイプ(だいたいやんちゃなタイプ、人間的には面白い人が多いが、上司としてはハラハラさせられる)4:宿題をするが最後までできない、もしくはしないタイプ(世間の落ちこぼれタイプ)ちなみにゴリラは3です、夏休み最終日は毎年徹夜でした。ゴリラとして、一番良くないと思っているのが4番のタイプ、特に部下に持つと最悪です(たいてい出世しなので上司にはなれません)、今の若い子にはこう言う子が多いですね。ゴリラは男の人生は夏休みの宿題のようだと思っています、勉強とか、仕事とかいつやるかは問題ではなく、提出日(夏休み最終日)にきちんと自分の課題をクリアできることが重要だと思ってます。だからニートとか騒いでいるが、いつ仕事を始めようがいいと思う、但し、夏休みのように先延ばしにすればするほど自分が追い込まれていって、ちゃんと期日までに提出するためにはものすごい大変です、だからニートとかフリーターとかなるのは、ちゃんと男としての課題をクリアする意識が低い人が増えたからじゃないかな?ゴリラは檻で長く過ごしたため人間界ではハンデを背負っていたので、普通の人以上に努力をしまいた、それは自分が人間の男として、課題をクリアするという意識が高かったからだと思います。今の若い人にもその辺を考えていって欲しいですね。
2006.05.12
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すいません!! 久しぶりに日記を書いてます。ずいぶん長く更新してませんでした。実は4月から転職して新しい会社に行き始めました。はじめの2ヶ月間は試用期間のためとにかくがんばらねば、せっかく上がった給料も低くなってしまっては意味がないと思いがんばってます。やはり会社が変わると仕組み・やり方が変わるので、その会社の雰囲気に合わせるまでに時間が掛かります。経理とか、法務とかの決まった仕事なら、職場や会社の考え方、トップの考え方なんかはあまり考える必要がなく、経理であれば数字、法務なら法律に照らし合わせればいいだけですが、ゴリラがやっている企画に関しては、会社の雰囲気やトップの考え方をリサーチして、最も効果的に企画が通せるようにすることが重要になってきます。その点では、会社になじむまでは、なかなか企画を出すことは難しいのですが、今後は、会社を良い方向に持っていけるように色々企画を考えてます。まだ今の段階では何もいえませんがまた機会があれば仕事の内容やゴリラが企画した内容なんかを出していきたいと思ってます。
2006.05.11
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ゴリラは、実は会社では新規事業を担当していまして、自分が提案した店舗があさってオープンします(とは言いながら転職するんですけどね)まあオープンは見届けるんでいいと思います。ただ、このオープンが大変!!今回は某大手スーパー系列のショッピングセンターの中に入るんだけど。オープン時期の正式発表がされない!!相手からは、24日がプレオープン、28日グランドオープンですと1ヶ月前に報告されたが、すぐに訂正→ 今春オープンで統一してください。てことで、余裕ぶっこいてたら、やはり前の通りオープンですと発表。そのときは、他の店舗からもポスター等で日時を使うので何度も確認をし会社でもその日時でプレスを報告することになっていたのにまたもやオープン日時は公表できないとの報告を受ける。とりあえず、24日よりオープンするつもりで準備を行うしかし、建物を見に行くと、まだ外の工事が終わっていない。はっきり言って24日までに工事が終わるとは思えない状況。超突貫工事をするしかないんじゃないのと言う状態。結局今日発表があり予定通りオープンを行うとの事。今回のケースはまれだとの事だけど、はっきり言っていいかげんにしてほしい!!準備とかプレスとかポスターとか、集客をするのに一番大事なのに、それができないなんてこっちの苦労も考えて欲しい、確かに大手企業で、もともと集客力もあるショッピングセンターだけに、人が来ない事はないと思うし、宣伝もするんだろうけど、ペースがつかめないとの大変です。あと工事自体にも制約が多すぎて思うようにできないし、もうこの大手ショッピングセンターに出店することはないでしょう。でもはやってくれたらいいなー。しかしこれで新規事業も3件目になるんですが、やはり1から何かを作るのは大変です、もちろん、すべてが1からではないし、ビジネスモデル自体はあるので、模倣すればいいだけなんだけど、別にその業界に詳しいわけでもないし、一つ一つすべて勉強していくわけで、その業態の店舗を視察したり(自費でその施設を利用する)怪しい電話で詳しく業務内容等を聞く(聞き出すコツはシークレットです、けど上手く聞くと、収益性とかお客の入りとか聞けます)などをしながら、その業態の知識を入れて、いろんな店舗の要素を取り入れていいものに仕上がるようにするのが仕事です。結構、毎回大変なんだけど、最近は大分となれてきました。次の仕事の内容も似たようなもんだから、仕事に関しては不安はないのがいいけど。もしなにか事業を起こそうと考えている人には少しはアドバイスできるようになってきたかなと思います。自分ではここでキャリアを積んでシンクタンクとか、コンサルになりたいと思ってます。これからが頑張りどきかな。
2006.03.22
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俺がオーストラリアに行ったのは、もう7年くらい前になる。結構人生観が変わったし、色々勉強になったのでちょっと紹介しまーす。ある日日本語のしゃべれるオージーのR君が日本人の金銭の考え方がおかしいと話をしてくれた。どういうことかと言うと。「日本人はすぐに日本円で高いか安いかを判断するけど、大事なのはその国で暮らしていてそれが高いか安いかではないのか」確かの言われてみればそうである、海外での買い物に以上に執念を燃やす日本人はすべて日本円を基準に考える、日本円で考えれば安いのか、高いのか、確かに観光できた場合はしかたもないけど、そこに暮らす限りは、そこの通貨でそこの物価で物事を判断しないといけないんだなと感じた。日本人観光客なんて日本円を基準に考えるから空港とかガイドに連れて行ってもらった先で結局高い買い物してるんだよね、よく空港なんかでチョコレートとか買っているけど、スーパー行ったら半額だよ、日本円にしてみれば安いのかもしれないけど、あんたそれじゃあぼったくられてるんだからね。確かにだから日本人は世界でぼったくられるんだろうなと思った。それからは、その国の物価に応じた感覚を持つようになったので、中国に行ってもスーパーや、コンビにを使うし、日本円にしてみれば500円くらいの食事でも、現地からしてみれば高い食べ物なので、もっと安いところを探すし。新婚旅行でも、買い物はスーパー、お土産もスーパー、ご飯はフードコートでした。だって日本人は日本ではお金使わないスーパーけち でも海外に行くとみんなこのときに使わないととか言いながら高い買い物をしている、俺なら、そんな買い物に旅行代金ほどかけるなら、もう一度旅行したほうがいいんじゃないと思う。とにかくそのオージーのR君の話を聞いて目から鱗のような感じでした。そこからやっと人間になれる糸口をみつけたのかもしれません。
2006.03.18
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今年はサーフィン復活!!去年は年間で5回ほどしか海にいけなかった。学生のころは毎週2回は海に行っていたけど、会社に入ってからはなかなか海に行く機会が減ってしまった。4月から会社を変わります。休みがあるかないかはわからないが、絶対復活します。最近久しぶりにサーフィンビデオを見てやる気とイメージトレーニングは欠かさずやっています。後は身体を鍛えて、夜の運転を我慢するだけ。車がきたら海に行ってきます。ちなみに会社の後輩で今はオーストラリアに行ったやつがいるけど、波がないなんてほざいている。オーストラリアでは、日本の胸肩くらいではフラットなんて言うだよね。その代わり頭以上のいい波が来たら、平日の昼間でも海は混んでいて、お前ら仕事はしてないのかよといいたくなる。ちなみに友達が働いていた小さな旅行代理店はオーナーがサーファーな為、波がいい日は休みになってました。今度から、昔オーストラリアにワーホリで行っていたときの体験談を通して日本とオーストラリアの違いなんかをお知らせしまーす。
2006.03.14
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ついに車買いました!!しかも新車です。今までマツダのボンゴフレンディーに5年のりました。サーファーには、ボンゴフレンディーは最高の車でしたが、以前はディーゼル車だったため、今回の車検を期に売ることにしました。ボンゴフレンディーは後ろの座席の下が開いていてそこにサーフボードをそのまま入れる事ができ重宝してました、関西のサーファーにはハイエースが人気だけど、後ろにベッド等を組むより楽にできて、なんでサーファーはこの車人気でないのかな?と思ってたけど、最近は海でもよく見かけるようになった、関西でこの車をはやらしたのは俺だね。今回は家の駐車場の関係でそこまで長い車が選べなかったため、色々探した結果X-トレイルに決定。この車は見た目は今の流行とは逆行して四角い形していてクールだし、近くで見なければアメ車に近い形しているし。サーフボードはそのまま何とかのるし、濡れたウエットスーツでそのまま乗れるし、フロントシートに座席ヒータがついていて冬にも良いし。妥協した結果この車が一番いい気がする。最近の流行で車がすべて丸っこくなっていくのが嫌でしかたない。ベンツのGクラスも今度は丸くてポルシェのカイエンみたいになってるし。ポルシェは丸くてももともと丸っこい形だからわかるが、あの四角いベンツGクラスが丸くなるのはショック、唯一レンジローバだけ四角い形が復活したけど。流行だからってすべてがいいわけじゃないよね。昔の形のほうがかっこいい場合もあるし、どの車も近未来にすると丸っこい流線型の形になるけどほんとに流線型が近未来なのかな?またリバイバルで箱型が流行る日がくるかもしれませんね。
2006.03.10
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今朝の新聞でしたのような記事がでてました。「弁護士なし・独学の旭川国保訴訟、1日に最高裁判決」北海道旭川市の無職杉尾正明さん(70)が、国民健康保険料の徴収方法を不服として起こした行政訴訟で1日に最高裁の判決が下るというものでした。弁護士も立てず独学で最高裁まで言ったことはすごいことだと感じます。ただ現在の日本の裁判制度を考えると、時間がかかりすぎだと思いませんか?この裁判でも、訴訟をおこしたのは1995年、最高裁の判決まで10年もかかっています。他の民事裁判でも10年以上かかっている裁判も少なくありません。少しでも早く結審ができるように裁判官の数を増やすため、数年前から司法試験への関門を低くするようになっていますが、なかなか即効性がなく試験に通っても、裁判官にならず、弁護士になれば意味がなくなる。そこで日本でも陪審員制度をとの声が上がり、今度日本でも裁判員制度が平成21年よりスタートします。裁判員制度パンフレットhttp://www.moj.go.jp/SAIBANIN/pdf/pamphlet-j.pdfまず陪審員制度では圧倒的に裁判のスピードが速くなります。なぜなら、例えばアメリカの陪審員は裁判の間は、家に帰ることができず、外の世界から隔離されます(裁判中の内容を外に漏らさないため、判断がゆがまないため)そのため、早く裁判を終わらせないと陪審員が家に帰れなくなるためスピードが早くなります。そのため陪審員制度や裁判員制度のように民間人が裁判にかかわる場合はスピードが速くなることが考えられます。但しゴリラが考えるには、この裁判員制度には問題があると思う、今回の制度では陪審員制度のように陪審員のみで判決をきめるのではなく、裁判官と協議を行い判決を考えることになっています。ただ問題なのは、日本の法制度では「無罪」「有罪」を決めることになっていることです。アメリカでは「有罪」か「有罪でないか」を決めることになっています。同じ様に聞こえますが、前提条件においてまったく違います。無罪とは読んで字の如し、罪はないと言うことです。つまり容疑者がその犯罪を「したか」「しなかったか」が問題となります。有罪でないとは、検察側が有罪を「立証できたか」「立証できなかったか」が問題となります。つまり通常陪審員制度ではそこが問題だと思います、実際その犯罪をやっていたか、やっていないかなんて判別することはできません。ただ容疑者がその犯罪を犯したことを検察側がきちんと証明できることが重要なのです。だからアメリカ等では、子供のころから推定無罪(疑わしきは罰せず)の精神をきちんと教育してあります。日本では「疑わしきは犯罪者」との風潮があるような気がします。この辺は三谷幸喜監督の「12人の優しい日本人」を見れば、確かに日本人とはこういう風に考えるよなと思います。その映画の中のせりふでもありますが、本当に犯罪をやっているか、いないかは誰にもわからないのです。あとは本当に犯罪を犯したかを立証できるかできないか、が大事であり、「疑わしきは罰せず」の精神がきちんと頭に入っていることが重要なのです。そのための教育を日本政府がしているようには感じないし、そのような制度自体を知っている人も少ないんじゃないかな。よく考えてください。もちろんこのブログを見ている人が何年後かにもしかしたら容疑者になるかもしれません。その時いに「疑わしくきは犯罪者」精神の人間に判断されたいですか?当然その人は犯罪を犯してなくても怪しいだけで、つかまったたどうします?だから日本政府、法務省にはもう少し啓蒙活動をしっかりして欲しいし、それ以前に今の自在に無罪だ有罪だなんて言っている国は少ないんじゃない。はっきり言って法治国家として恥ずかしい。だからゴリラは、少なからず法律をかじったことのある動物として、法務省とかに掛け合って変えていこうと思ってます。
2006.02.27
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トリノオリンピックも残るところあと少しとなりましたね。残念だけど予想通り、いまだメダルなし。安藤美姫はもう4回転ジャンプは飛べないんじゃないかと思う。多分体重が増えすぎたんだろう。別に太ったというわけでもなく、大人になるにつれて筋肉とか身長に合わせて体重が増えたんじゃないのかなっと思う。もしメダルが取れなければ浅田を出さなかったからと言うことになるんじゃないかな?浅田も、4年後に今と同じ様な成績を残せる可能性は安藤を見る限りないかもしれない。確かにオリンピックはアマチュアの祭典だから、そこまでメダルを目指すべきではないのかも知れないけど、やっぱり国の威信がかかっているし、他の国は絶対意識してると思う。だとしたら、その時に最も調子がいい選手が出るべきで、フィギュアに関しては浅田が出るべきだったと思う。まあ3人のうち誰かがメダルを取れればいいけど。日本のスポーツは成長しないなーと思う。野球も勝てないし、まして他のスポーツはほとんどだめだし(柔道のような日本のものは除いて)これだけの近代国家でここまでスポーツを重要視してないのは日本だけかも?お隣の韓国だって、オリンピック選手を育てるための機関があるし、オーストラリアやアメリカ、中国だってそれがある。日本はアマチュアが出てるからって力入れてなさ過ぎじゃない。だって日本オリンピック連盟だって、メダルの可能性が低い種目には派遣しないからもし出るなら自費で出てくださいらしいよ。プロなら自費でキャンプとかもいいかもしれないけど、アマチュアなんだよ。せめて旅費くらい出してあげたらと思うけど。その辺がおかしいと思うけどみんなどう思います。
2006.02.22
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ゴリラは映画を見るときには結構監督で見たりします。もちろん大作映画はあまり好きでないけど。監督の中で一番すきなのは、スタンリーキューブリックです。スタンリーキューブリック監督の好きなところは、その映画の本当の意味を見る人に考えさせるところだと思う。もちろん「2001年宇宙の旅」の特撮技術とか、「時計仕掛けのオレンジ」のデザイン性のよさとかもすごいものがあるけど、特にその映画全体を通しての映画の意味(多分にブラックユーモアだけど)を考えると、すごいものを感じる。なにも考えず映画を見てるとその映画の意味はわかりにくいけど、よく考えながら見ると、すごく関心させられる。「時計仕掛けのオレンジ」はバイオレンスが多く、一見するとそこばかり目立つけど、この映画の訴えてることは、暴力は良くないとかそんなことではないと思う。主人公は始め暴力や盗みを平気で繰り返す少年だが、ある家で人を殺しつかまってします、つかまって、公正施設に入り暴力に対して嫌悪感を感じるプログラムを強制させられ、暴力が振るえない身体になる(詳しくは映画を見て)、公正して施設を出る主人公は運悪く昔の悪友に捕まってしまい暴力を受ける、悪友から逃れ逃げ込んだ先は以前自分が殺した人の家で、犯人だとわかりその殺した人の旦那に逆に殺されてしまうと言うストーリですが、ここで監督が言いたいことだと感じたのは、人間は状況に応じては暴力を振るう生き物だということだと思う、最後に主人公を殺す老人は、暴力なんて振るったことがない人間なのに、殺された憎悪で人を殺してしまう逆にその主人公は、暴力を振るえない人間になったにもかかわらず殺されてしまう。もちろん過去のことを考えると殺されても仕方のない事かも知れないけど、人間を殺すことには代わりがなく、その理由は何であれ暴力を憎むのであればしてはいけないのだろう、だから人間とは状況に応じては人を殺すことを正当化してしまうし、主人公が殺すのも、その老人が殺すのも、行為自体は変わらないし、状況だって変わらないと思う。スタンリーキューブリックはそんな人間の本質を説明したかったんじゃないかと思う。この映画を見て主人公が殺されるのを見て 当然 と感じた人は、多分自分もその状況になれば同じ様にするかも知れないと思うひとでしょ。でもそれは正しいことなのだろうか。だってその主人公は本当につらい思いをして公正したのに(映画を見ればそのつらさがわかります)それを認めてくれないことも辛いと思う。特に日本人はなかなか過去を許さない人種だと思う。いつまでも過去を引きずって人を判断するしね。でも人間って過去ばかり見ててもつまらないし、本当の意味で人間を判断することができなんじゃないかと思うよ、もっと未来をみて生きていくほうがよっぽどプラスになるし、人間的にも大きくなれると思うけどな。皆さんはどうですか、とは言いながらゴリラも多少過去を引きずってますけどね。ちなみに、「2001年宇宙の旅」をみて皆さんはどう感じましたか?ゴリラは人間って結局こんな生き物なんだねと感じました。まだ見てない人はぜひ見て感想を聞かせてください。ちょっと堅い話になってしまったが、ゴリラの視点からは人間はそんな感じに思えたりします。
2006.02.20
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日本の音楽はいまいち聴く気がしない。なんでなんだろう?まずパクリが多い。昨日も友達の車に乗っていてその友達のCDを聞いていたら、どっかで聞いたことある曲だなーって思ったら、海外のアーティストの歌のパクリでした。その昔ドラゴンアッシュのある曲は、曲の始めとサビのインパクトがある部分はアメリカのバンド(スマッシングパンプキンズ)の曲そのまま、スマパン好きのゴリラは、友達の聞いていたドラゴンアッシュの曲を聴いて始めスマパンかと思いきや、聞こえてきたのは日本語、なんてことは良くある、洋楽好きでたくさん聞いていたら、結構パクリは多いよ、ただゴリラの友達の音楽をやっているやつから言わせれば、好きなアーティストの曲になぜかにてくるんだよなと言っていたので、それはそうかなと思うが、ちゃんとCDを発売しそれで飯を食っているんだから、もう少し考えたほうがいいんじゃない、70年代のフォークソング全盛期のころの方が独自性がありよっぽど日本の音楽シーンも成熟していたと思うよ。日本人のビデオクリップも大体どっかで見たことのある洋楽のビデオクリップのパクリだし、もう少し面白いビデオクリップを作れないものなのかなーと思う。日本人と洋楽のビデオクリップの違いは、まず日本人のビデオクリップでは、歌手が画面に出すぎ、海外でも歌手が出ているが、日本のは画面から歌手が消えることはほとんどない、まあMTVが主体の海外と番組で30秒程流れる程度の日本のビデオクリップの状況を考えると、どこを流されても歌手の顔を出しときたいんだろうけど、面白くないよね、最近は日本の曲でもストーリーがあるものが多くなってきたけど、明確すぎて面白みにはかけるしね、まあMTVを見ている人なら、ビデオクリップにも映画のように圧倒的に海外のほうがレベルは高いね。でも日本のものでもいいものはあるよ、ただそれが少ないだけ、だって海外ではビデオクリップの良さで人気が決まるし(MTVがセールスに影響するため)、だから金も時間もかけて作るからいいものが作れんるんだろうね。あと海外では、始めにアルバムを出し、その後ラジオで人気がでた曲をシングルカットするのが普通で、たまに超有名アーティストがシングルを先行して出すことはあってもほとんどない、日本はシングルをはじめに出し、後でアルバムをつくるよね、なんでそうなるのだろう?最近シングルを毎週?かなんか出す人がいたけど、ただの話題つくりだよね、だったらアルバムをだせばいいのにね。アメリカの場合まずアルバムが売れる、その後その中で人気がでた曲がシングルカットされて売れる、シングルを聞いた人がアルバムを買う、と言う図式ができており、セールスにつながっていると思う、だって日本でシングルを買ったてシングルのみで終わることもあるもんね、但しアルバムを買うことを考えたらシングルを何枚かかってもらうほうが結局は高く買ってもらえるのかな?日本のやり方のほうが儲かるのかな?なんて考えたりします。昔に比べれば、洋楽を聴く人も増えてきたけど、まだまだ少ないし大物や人気のあるものしか買わないよね。前なんか、アリシアキーズで女性アーティストがいるんだけど、デビュー当時から評価は高かったけど、日本ではほとんど売れてませんでした。それが発売から1年後にグラミー賞を取るや、レコードショップに行っても大々的に宣伝してるし、みんな いいよねー なんて言って買ってるし、一番むかつくのは、そういう時に安く売ってるんだよね、始めにゴリラが買ったときはたしか2300円くらいだったのに、そのときは1890円だったと思う、始めに買ったのが馬鹿みたい。しかもまた昔その曲を聞かせたのに何の反応も示さなかったやつが、いいよねーなんていってCDかてるんだよね。どこまで世間に動かされたら気がすむの本当に自分の価値観を持ったほうがいいですよ、世間に翻弄されるより、みんなを翻弄する方が面白いですよ。男が女にもてたいなら、自分の価値観をきちんと語れるようになったほうがいいと思うよ、世間の流れについていくだけの男なんて、顔がよければもてるんだろうが、もてたとしてもしょうもない女にだけですよ。本当に言い女は自分の価値観を持っていて、自分で判断ができる女です、本当に言い女にもてたかったらちゃんとした自分の価値観、判断をもったほうがいいですよ。まあバカ女にもてたいならミーハーでいいと思うけど。ゴリラは、せっかく人間になれたんだから、ぜひいい女にもてたいと思っています。
2006.02.18
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最近あんまり映画を見てない!!実はゴリラはものすごく映画が好きです。最近はあんまし映画を見る機会が減っていますが、昔はそれこそ毎日なんかの映画を見てました。但しゴリラが好きな映画は人間とは視点が違うため、少し理解されない部分がある、大体人間に好きな映画を聞くと、大作(タイタニックとか)がほとんどだがゴリラが好きな映画は、言ってもほとんどみんな知りません。ちなみにゴリラの好きな映画は、大笑いはしないが、どこか面白い微妙な映画がすきなのです。一番好きな映画と聞かれると困るが、結構好きな映画はイタリア人監督(ナンニモレッティ)の「親愛なる日記」この映画は主人公がナンニモレッティ自身で、自分が脚本を書き、自分が主演ししかも本名のまま映画監督の設定でやっている作品、内容的にはオムニバスで、第1話は自分の映画を批評した人へ復習する話、第2話はドラマにはまる人を描いた話、第3話はよく覚えてないが、第4話は自分の病気のこと、ちなみにこれを見たのは予備校生のとき、広島にある「サロンシネマ」と言う映画館、なんとこの映画館当時では日本初のリクライニングシートの映画館で近所にあったからよく行ってました。こんなシート前のシートまでも余裕があり、足を伸ばせて見れる、この映画館に行ったら他の映画館なんて苦痛でたまりません。しかも大手映画会社の系列ではないので、有名な映画(CMをするような)はほとんどできません、なのでヨーロッパ系の映画とかインディペンデント系の映画をよくやってました。そこでみた親愛なる日記に感動し、こんな面白い映画があるんだとさっそく外資系の某レコード屋に行ってこの映画を買おうとしたら、日本には入ってませんときたもんだ、せっかく他の人にこの感動を伝えたいと思ってたのにビデオを買えないんじゃ見せれないやっと、口で友達に説明するが面白さをわかってもらえない、やっぱり実際に見ないとわからないよと探すが手に入らない、仕方なくあきらめていたら、2001年同監督の「息子の部屋」がカンヌで金賞をとるや、なぜか日本で人気になり、ビデオ化されました。あんた親愛なる日記の公開は1993年ですよ、8年目でようやく販売ですか?もう一つの大好きな映画は「ブルーインザフェイス」ただの街のタバコ屋の話なんだけど、なんとなく面白くてなんとなくみてしまう映画です、ちなみにもう廃盤なので、どこかのビデオショップで探してみてください。この映画は映画が好きな人には人気がある映画だからきっとビデオ屋にあるんじゃないかな、ちなみにツタヤにはないと思う、ツタヤは人気があるビデオしか置かないから(それが人気があって成功してるんだけど)だから絶対に行きたくない、ほとんどゴリラが探す映画はありません。ちなみにゴリラは、たまたま中古ビデオのワゴンセールで見つけました!!見つけたときは感動で涙がこぼれました、今もたまに浸りたいときにはよく見てます。まだまだ映画の話はつきませんがまた書きます。
2006.02.15
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とうとうトリノオリンピックが始まりましたね。ゴリラはスポーツ大好きなので、どんなスポーツも見るんですけど。今回はゴリラ的予想では金メダルは取れてスピードスケートくらいじゃないかな。モーグルの上村なんてジャンプは上手いのかも知れないけどターンが上手くなく得点伸びないし、SBのハーフパイプも予選すら通過できないし。第一報道が良くない、本当の実力をちゃんと伝えるべきじゃない。上村なんてジャンプだけで金メダル取れるほど甘くないし、男子ハーフパイプも日本人がメダルに届くまでまだ時間かかると思うけど、報道を見る限りメダルは近い!みたいな感じ出し、だからみんな勘違いするんだよね。だいたい、オリンピックで負けたあと、「良くやりました」みたいな言い方がよくないと思う。たしかフランスワールドカップの時負けた選手にペットボトルを投げた人がいたけど、それはそれで正しいと思う。観客だって、お金かけて見に行って勝姿を見たいのに不甲斐ない試合だったらそう思うよ。海外なら負けた選手にそこまで優しくないぞ、サッカーの南米なんて負けて殺されるくらいだから、アメリカでもアメフトで負けたらけちょんけちょんだからね、日本くらいだよ、メダル期待していて、良く健闘しましたなんて、第一選手だっていやなはずだよ、自分がミスもなく完璧にできてそれで負けたんなら健闘したよなって気になるけど、全力出せなかった人に良くがんばりましたと言われても全然慰めになってないと思うよ。俺もスポーツをやってきたけど、自分で全力を出せなかった時にそんなことを言われてもうれしくないもんね、その辺が日本人が大舞台で活躍できない理由じゃないかな。プレッシャーがたりないんじゃない、そりゃプレッシャーをかけられたらはじめはつらいかも知れないけど、そのうちみんななれてくるよ。そうそう、あと頑張れって応援も日本人だけなんだよね。海外では、例えばフランスではアレ(行けと言う意味)とかアメリカだとゴーフォーイット(行け)とか言うだけで、頑張れとか言う抽象的な言葉はかけないよね。俺もスポーツしている時、頑張れって声援受けても、頑張ってるってって思ってたもん、それより、あと少しだぞ、とか、あと1本入れろとか具体的に応援してくれるほうがなんぼか気分がいいけどな、スポーツを真剣にしてたら頑張るのは当たり前で当たり前の事をしていてそれを言われても別にそれ以上頑張る気持ちににはなりません。ぜひ応援の仕方を変えましょう。あと長くなるけど、民放のLIVE中継っておかしくない?LIVEなのにCMが入って、日本人以外の人見れないし、そりゃ民放も出走順考えてCM入れるんだろうけど、サッカーとか野球とかCMの途中で点が入ってもわからないじゃん、それならとゴリラはいい方法考えました。LIVE中継の場合は画面右下くらいにずっとCMを入れるそうすれば、中継は切れることないし、CMを入れる企業も小さい画面だけどその分長時間CMを流せるし、テレビ局も広告料を取れるし、今ネット関係では一つの画面にたくさん広告があるんだから、同じ様にできれば問題解決。われながらいい方法を思いついたと思った。これから各テレビ局にこの方法を伝えてみようと思ってます。
2006.02.13
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