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8月19日。最終日。8月のうちに旅行記を完成させよう。夜行の寝台は寝心地いいですねー。そんなことはない?自由席で明かりも消えないのに比べると極めて快適なんですが・・。でも必ず起きだして車内ぶらぶらするんですが。 外はすごい雨です。なんかさっきからずーっと電車が止まっている気がする。気の長い電車だ。(実はそうではなかったんですが)行きの「日本海」に乗っていたとき、やっぱり外を見ていました。金沢を過ぎたあたり、割と平たい平地の風景だったんですが、ぱっと向こうの空が明るくなり、見てみると花火が上がっていました。もちろん列車は花火のためにとまってくれませんので、花火は家やビルによって見えつ隠れつしながら視界右手から視界左手へと移ってゆきました。音はなく、ただきらきらと空に静かに輝く花火。目の前で大音量とともに見る華々しさとはまた別の美しさを感じました。その辺からスイッチがONになって自分のなかの非日常モードに突入していきました。見るもの全てが興味の対象です。全てが違って見えます。(全てといっても客観的に見たら偏っているのかもしれませんが)体力に任せてあちこち飛び回っていました。あの花火からもう1週間経つのか、と思うと本当に早い。そして自分は何を得たのかと考えるとただ遊んでいただけのような気もするし、とても多くのことを学んだ気もするし、よく分からない。少なくとも現地で吸った空気も食べた物も見た景色も全て自分の中に取り込まれて新しい自分を作っているのは確かで、気が付かないうちに自分は変わっているのではないかと思う。むしろ思うことにしている。・・・ちょっととりとめのない話になっているのはこれを書いている今が夜中で意識がぼーっとしているからかな。。夜は意識がなんとなくもやもやして気が付かないうちに半分空想のような思考回路になっていることが多いから。朝の4時25分には新潟の新津についているはず。いよいよ旅の終点が近いな、と思いつつ再び寝ます。 ・・・ ・・・朝の天気は晴れ。本州は晴れてるんだなあとまた今までの不満を感じつつ時計を見る。5時前。いつ駅出たんだろう。ほんとうにもう新潟すぎたのか?と何となくいぶかしがっているとしばらくして朝のアナウンスが入り、昨夜青森の局地的な大雨で2時間運転を見合わせていたとのこと。つまり、まだ新潟にもついていない。なんと。この列車寝台でスピードも遅いからまわりの特急には全て道をあけなくてはいけない。よって朝ほかの電車が動き出すとますます遅くなる。こりゃ困ったことだねえ。もともとの予定が22時間だったのがまる1日の24時間か。こんなに電車乗るのは初めてだな。曇に覆われていた昨日の北海道に比べて今見ている日本海の海の青いこと青いこと。眩しいです。この辺は鉄道が海の傍を走り、とても景色がいい。一度どこかのローカル駅で下りてぶらぶらしたいと思っているのですが、今回も眺めるだけ。午前10時に富山につく予定らしく、そこから特急に乗り換えた方が京都、大阪には早く着くとのこと。そのまま乗っててもよかったんですが、今日の夜は大阪で飲み会という無謀な過密スケジュールを組んでいて少しでも長く休むために早く京都に戻りたかったので富山で乗り換えることに。今回一緒になった同室のお二人と記念撮影をさせてもらいました。「また北海道で会えるといいね」次に会えるかどうか全くわかりませんが、今回お会いできてよかったです。 富山は、あちぃーーーですね。本州の暑さは異常だ。ホント。快晴も快晴。まさしく日本の夏。北海道にいるとき現地の人は今年は暑い今年は暑い、溶けそうだと、みんな言っていましたが、京都きたらみんな死んでしまいますよ!サンダーバードに乗り換え、結局京都に着いたのは14時。無事大阪にも行き、なんでそんなに黒いんだと突っ込まれ、無事旅行を終えることができました。 今回行きそびれた所は数知れず、次は是非そうしたところにも行きたいものです。例えば・・・北竜のひまわり畑! (こんなに長い旅行記になるとは思わなかった。お付き合いいただきました皆様、ありがとうございました。)
2006.08.31
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8月18日でっす。北海道にいる日という意味では今日が最後です。昼過ぎに電車乗っても京都につくのは明日の昼ですから、まだ先は長いとも言えます。予報どおり雨です。雨どころじゃないです。「大雨」です。昨日は快晴だったそうですが・・・雨に降られた宿のみなさん、雨連れてきてしまってすいません。涙~雨に濡れるのがへっちゃらになっていたのでまたしても強引にチャリで目的地に行こうと思ったのですが、そこまで拘るところではないと諭され、実際雨のせいで美瑛に変な印象もってしまうのも嫌だなとは少し思っていたので、今回はおとなしく帰ることにしました。美瑛・富良野といえば、超有名なのに、ほんと泊まっただけ・・・。(昨日は夜ついたから何もみてないし)でもまた色んな人と話ができて泊まっただけでも満足です。今度来る時までの慰みとして前田真三さんの写真集を一冊買いました。宿のすぐ近所にカントリーファームが一軒あって、そこだけでも見ていけばと言われたので、最後の観光としてそこの花畑を見て行きました。天気悪いにも関わらず、これはきれいでしたね。ああ、晴れていれば・・・。宿の人が手を振って見送ってくれて、最後だからとまた写真とっていると、電車に乗り遅れるよ、とせかされて急ぎ足で駅に向かいました。(2分前に到着) いったん旭川に向かい、そこから札幌に戻ります。なんかえらい懐かしいな。雨は止んだり降ったりの繰り返し。やっぱりここは都会だ。(頭の中はまだ広大な海と原野で埋まってますから)残っていることは、お土産を買うことだけです。駅前広場のまわりを2,3周ぐるぐるまわり、エスカレーターで上へ下へ。昼前には完了。荷物多くなりすぎ!最後にまたしてもラーメンを食べ、そして14時05分に札幌発大阪行きの寝台列車トワイライトエクスプレス号に乗り込みます。席は1階。外の景色見放題。わくわく。ホームに並んでいる人たちは皆札幌周辺に住んでいるわけですが、こっちはもうこの景色で見納めなものでついつい外をじーっと見てしまうわけです。窓の目の前にたっているこの女性とはもう会わないのかな・・などと勝手に考えてじーっと見つめてみると、ちらっとだけ向こうと目があってしまい、向こうはさっと目をそらす。苦笑。あんまりやると痛い人になるので2人位で・・・。(オイ!)列車が走り出します。しばらくの間は今までの回想に費やされます。なんせ来る時に一回同じ景色見てますからねえ。ああ、ここで降りたな。これご飯食べたあの喫茶店の屋根かな。あ、ここでスタンプ押した・・・ ・・・。しかしそうやって時間つぶしてもそこは北海道。まだまだ本州には入れません。ようやく室蘭か・・。青函トンネルに入るのは日没後か・・?などと想像します。B寝台はベッド4つで一つのボックスになっています。僕のところに来たのは3人。金沢から観光できた帰りの男性と、福井から帯広の親類を訪ねた帰りの女性。それぞれの北海道思い出話がしばらく続きます。夕食の受けつけがやってきましたが僕は高いので頼まず。9時以降は食堂が簡単なバーになり、食事もできるそうなのでその時行ってみようかな・・。車内営業のパンフレットを見てみます。モーニングタイム 洋/和食 1575円ランチ・ティータイム プレヤデスランチセット 2300円 うな重 1500円 コーラ 420円パブタイム 季節の野菜とイタリア産生ハムの取り合わせ 1155円 スモークチーズのカナッペ 787円 地鶏のから揚げ 525円 プレヤデスオリジナルワイン 1575円 生ビール 577円ダイナープレヤデス ディナーコース 12000円 日本海会席御膳 6000円なるほど、みんながびびるだけのことはある。オリジナルグッズ多いなー。ハンドタオル・レターセット・オリジナルキーホルダー・手鏡・チョロQ・懐中時計・ネクタイピン・オリジナルボールペン・オリジナル食器(5枚組)・ ・・・マニア心刺激しすぎだろ・・。笑さらにシャワー室もある。サロンカーもある。A個室ならビデオとオーディオが利用できる。「釣りばか日誌16」「デンジャラス・ビューティー2」「アイランド」寝台でスピードも出ないので、のんびり走ります。 渡島半島の海はオホーツクに似ていなくもない。国道をひた走る1台の自転車。チャリダーか・・。あ、こっち見た・・。室蘭は工業地帯独特の匂いと色を感じる。線路が幾本にもわかれ、貨物列車が何十と続く。と思うとトンネルに入り、抜けるとまた海すれすれの高台を電車は走り抜けていく。下には打ち寄せる白い波。各駅しか止まらない駅はもう草に覆われてどこが駅だか分からない・・。駒ケ岳と大沼・小沼。またしても霧がかかり、電車から見ても神秘的な雰囲気がする。段々と空も暗くなり、海もほぼんやりとかすみ出す。それと同時に国道のライトが輝きをます。函館につく頃にはもうほとんど外は真暗。もうすぐ青函トンネル。雨は次第に強くなっているようだ。ひたすら海沿いを走り続ける列車。海のはずの視界のかなたにとても明るい光が並んでいる。行きの時もみた。道路の灯?とその時は思ったが、明らかに違う。ああ、いさり火か。窓の左手奥に青や赤やオレンジ色の函館の灯が小さいながらもまだ見える。函館山も見えた。あそこに登ったのか・・。その陸の縁から、まばゆい白いいさり火が1,2,3,4,・・・ 等間隔で並んでいる。きれいだな・・。僕の向かいの女性の人と一緒に外を眺める。室内の明かりが邪魔なので僕がカーテンを頭に巻いて見ている。すると女性の人も面白がってカーテンをかぶって、二人で一緒に外を見ている。しばらくすると視界右手の奥にいさり火とはまた別の光の列が見えてくる。漁船ではない・・。街灯?ああ、あれは下北半島か。はるか本州の大地から発せられた光が海を渡って今僕の目に届いている。なんて面白いと思っていたが、よくよく考えるとどうだったんだろう。北海道の町の灯だったのかもしれない。それでもあれは青森の灯だったと心の中では思っていたい。サロンカーでくつろぐ。テレビは「釣りばか日誌」。9時になり、食堂がパブタイムに。向かいの彼女の「行こっか」の言葉で一緒に軽い食事に行く。ちょっと飲む。暫く席を外していた上の階の男性もうわさをすれば何とやらの絶妙のタイミングで食堂に現れ、3人で談笑。帯広の親類はそこでスナックを開いているそうで現地の美味しい食べものの話を聞いているともう少し食にこだわればよかったかなーと軽く後悔。男性の方ももう何回か北海道にはきたことがあるらしい。今回は道東を回っていたそう。部屋に帰ってくるともう青函トンネルも抜け、青森県。ここも当然一度は見た景色、降りた場所ですが、暗くて明かりもなくて外はなんのことやらわからない・・。青森駅もいつ通過したのかわからない・・。わからなくなったところで、時間も遅くなり、蒲団に入る。雨はまだ降っている。さようなら北海道。(見れなかった函館の夜景)
2006.08.31
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8月17日です。やっぱり雨です。だめだ。完全に雨男だ。むしろここ数日の傾向として午前は天気不良でも午後晴れることが多い。でも午後は移動なので(そろそろ札幌方面に移動しないと時間がない)。礼文島同様雨にも負けず風にも負けずママチャリ(!)を宿で借りて海岸をひた走ってやる~。クッチャロ湖周辺は湿原になっていて冬になると白鳥も訪れるらしい。(どちらかというと北海道は丹頂の方が有名ですね。)地図帳を広げて紋別~稚内周辺の沿岸部を見てみると、ひたすら海岸線が続いているだけ。ところどころ町がある。一応海沿いに道路もある。それだけ。観光ガイドブック見てもなんものってない。(ツーリングマップルだと平等に全部出てますが)8時過ぎに宿を出発。ライダーの方達とはここでお別れ。彼らはこれから宗谷岬を目指します。とりあえず海を目指して走っていると森の中の小道に入りこんでしまい、そのうち抜けるだとうと思っていると一向に抜けない。海岸と平行して走っているようだ。方角は北。雨も少々。礼文島で慣れてしまったので濡れようが何だろうが一切気にならず。ただ困るのはアブの多さ。ちょっとでも立ち止まるとすぐに集まってくる。 いちいち噛み付いてくる。これはたまらん。はよ出たい。30分ほど走るとようやく視界が開ける。背の低い草花に覆われた「荒野」がどーんと広がっている。なんだ、ここは??遠くから波の音。音のする方を向くと遠くに電柱が2本立っている。1本は傾いている。そこまで行こうかとも思ったけど、既に道は雑草の中に消滅しかけていて、さすがに断念。もとの道に戻る。所々きれいな花が咲いている。写真を撮ろうとするとここにもやっぱりアブがいる。それでも5秒我慢して頑張って撮る。刺されて足がむずむずしてきた・・。こういうのを原野っていうのか。全く予想していなかった風景。これもよく考えると北海道にはサロベツ原野とかもっと有名なところありますね。夜行で通りすぎちゃいましたけど・・。森の中からここまでずーっとオフロード。走りにくい。でもまだ午前中で元気だったので道が先へと続けば続くほどどんどん先に進んでしまいました。帰りがかなり悲惨なことになりましたけど・・・この中で一人ぽつねんといると時間感覚も距離感覚もなくなってしまうのです。前には先も見えないほどの長い長い道。後ろを振り返るとやっぱり果てしなく続く道の跡。これじゃ今更戻れません。しばらく行くと海へと向かう小道を発見。2分もすると砂浜に到着。もちろん人っ子一人いません。灰色の空と影のかかった青い海は水平線の向こうで混ざり合っている。風はどこか生ぬるい。時折海鳥がどこからか飛んできてどこかへと飛んでいく。砂の上に葉を広げている小さな植物。砂浜がキャンバス。まるで花のようで、それがいくつも並んで咲いている。今のところ朝から誰ともすれ違っていない。 元の道に再び戻り、なおも北上。右手には海。左手には原野。オホーツク海は冬には流氷がやってきます。網走周辺が有名ですが、最も早くやってくるのはこのあたりなんだそうです。大学の時に網走~知床に行って流氷に乗っかってきました。吹雪にも遭いました。あれは寒すぎた。 舗装された道に出くわす。海から離れて舗装路を行く。こんなに走りやすいのか。ちょっと感動。さて、この道もどこまで続くのか。いちおう地図はもらってきたけど、距離感覚が飛んでるのでどこまで来たのかよくわからない。この先に湖があるはずなので、そこまで行こう、そこまで行ったら帰ろうと思ってやってきたが、いつまでたっても出てこない。道は本当にまっすぐだった。逃げ水が見える。駐車していた工事用車両2台と、バイク2台にすれ違った。それだけ。わずかに晴れ間が出てきた。・・・ ・・・ようやく湖に到着。というか沼か。折り返し南に向かいます。もう3時間近く走っている。これだとバスの時間ちょっとやばいかも。しかし急ぐにはそろそろ体力が・・。疲れてきた。と言いつつも帰りは森を攻めるぜ、とわざわざ遠回り。途中カムイト沼に寄る。神の住む沼。若干霧がかかり、たしかに神秘的な沼。しかし、、、そんな雰囲気に浸っている暇はなく。・・・またしてもアブの大群。沼のほとりまで下りて眺めていると、足がやたらとむずむずする。はっと見やればなんと何十というアブが自分のまわりに群がっている。さすがにぎょっ。。写真とるどころの話じゃない。沼の桟橋をぴょんぴょん飛び跳ねながら走り回る。止まれない!!でも写真撮りたい!はい、止まる。1,2,3。その間に構図を決めてシャッターを切る。はい、ダッシュ。はい、止まる。1,2。パシャ。はい、走る。ああ、疲れる。神が住んでいるので人間はあんまり長居してはいけないようです。そそくさと立ち去りました。それでも足に至るところかまれた跡が。うう。あとはひたすら南に走るだけです。途中いくつも牧場を通りました。牛もたくさんいました。広いなあ。国道を行きます。ところどところあるバスの停留所。バス停の名前を見ます。全てかつての鉄道の駅名なんですね。20年ほど前までここまで線路が延びていました。天北線。線路跡は今ではサイクリングロードになってます。生い茂る雑草とアブがいやなので国道にしましたけど。電車があればバスのらんでもここまですぐこれたのに・・。かつての北海道に比べると鉄道の延びている地域はかなり減ってしまっています。残念です。浜頓別の宿には14時に帰り着きました。15時がバスの時間です。ぎりぎり。(後から計算してみたら往復で50kmは走っていました。)バスの停留所まで再び送っていただきました。大変親切にしていただき、本当にありがとうございます。またいつか来ます。(いつだろう)そして、今回の旅の定番です。帰り着いたら天気が晴れました。許せん。。バスから見る空は青空そのもので。殺意を覚えます。(でも暑くて走りにくかったかもしれない)JRの音威子府(おといねっぷ)駅から列車に乗り込み、南下します。いままで残り時間書いてませんでしたが、明日の昼過ぎに京都へ帰る寝台列車が出ます。あと1泊だけです。札幌に戻るか。結局美瑛(びえい)近くのとほ宿「おかせん里」に泊まることにしました。最寄駅は美馬牛(びばぎゅう)。(さぞかし馬と牛が美味しいのか?・・・)建物はトシカの宿もここもとてもきれい。ペンションみたいです。相部屋という違いだけか。そして本当に親切。リピーターの方が何人もおられましたが、その気持よくわかります。大学生で1ヶ月間日本をふらふらしている人もいました。さすがにその暇はもはやない・・。明日は帰る前に前田真三さんの拓真館にだけよりたいなと思うのですが、明日の予報はいまさら言われなくても「雨」。どうしたもんかな、と悩みつつ、山ほど置いてあるマンガを2時間ほど読み漁って午前1時過ぎに寝ました。(とても最後の晩って感じじゃないなー)おかせん里旅行記もあと2回で終わりです。(9月入っちゃうな)
2006.08.30
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8月16日旅行記いつになったら終わるのやら・・。「愛とロマンの8時間コース」に参加するので桃岩時間の5時半(だったかな)起床です。桃岩時間??ここは日本とは別世界です。当然時差があります。国内唯一!30分だけですけど。笑まあ、そういうことです。(なんじゃそりゃ)今日ばかりは礼文島も天気予報に屈し、朝から雨。シトシトシトシト。昨日からテンション低めなのがさらに低め。決めました。連泊は中止。8時間コースも4時間コースに変更!今から思うと連泊してもよかったかもしれないですが、今回はこういう旅だったということです。全ては一期一会。とりあえず車でスコトン岬まで向かい、そこからただひたすら歩きに歩いて桃岩荘YHまで戻るわけです。僕は4時間コースなので途中で山を降り、公共バスで港に戻り、午後の船便で稚内に戻ります。(8時間コースとは言いつつも実際は10時間以上かかるみたいです・・。)せいぜい腰の高さほどの草がひたすら生い茂っている草原地帯が続きます。気候が寒いので、標高がそれほどなくとも高山植物が生い茂っているのです。(先端がスコトン岬、その向こうに見えるのがトド島)晴れてたらこんな感じなんですが・・・。↑海どころか雨と霧で10m先も見えませんでした・・・。でもこの島がすごいのはまわりに人工物が一切ないのです。リゾート地としては見放されているのか?もしれませんが、見渡す限り丘陵地帯が続き木の電柱以外何の建物もない。海岸沿いに若干の家がかたまっているだけで内陸は自然のまま。その中を歩きます。参加者は4時間・8時間あわせて15人位。こんな場面ではみな自然と会話するようになります。経験者の言っていたことは当たっていましたね。一緒に汗を流しながら歩いていたら仲良くなるのに時間はかからないです。ライダーの方々は横浜とか大阪とか遠方からが多いですね。北海道は走ったら気持いいだろうな。ただ北海道は本州に比べて虫の数が半端じゃないので、それが問題だと言っていました。にゃるほど。風よけやミラーにばしばし当たるらしい。(これも晴れてたら、のイメージ映像。涙)稚内行きの船は13時半に出ます。(これは日本時間です)お昼代わりに食べたカニ汁は最高でした。そして締めは、YHの「お見送り」です。船の前で宿のヘルパーの方々が人目も一切はばからず、昨夜のお祭りと同じテンションでお別れの歌と踊りを披露します。こちらもみようみまねで船の上で踊ってます。(すこぶる怪しい)最後に踊りの講評が一言。「まだまだです。次は1週間は留まってしっかり練習しましょう。」は~い。この頃には気分もだいぶ上向いてきていて、しかも天気が回復し出して(!)、今更ああ惜しいなあと思いつつも、船は動き出します。一緒に4時間コースを歩いたおばちゃんが「坊や、元気でね~」坊やか・・・言われているうちが華か。YHの人たちはいつまでも「行ってらっしゃーい」と声を張り上げます。YHはみんなにとっての家であって、そこから出かけるのだから「さよなら」ではなく「行ってらっしゃい」なのです。こちらも大声で「行ってきまーす」、「また来るよー」と叫びます。姿が見えなくなるまで・・・じゃあなくて姿が見えなくなっても!(これも暗黙の慣例です)また行きます。今回はやや消化不良でしたが、それでも普段の日常と異なった経験をまたしてもすることになり、どうもこの島にくると「ジブンをぶっこわす」ことができるようです。船にはカモメがやっぱりたくさんついて来ました。 (お船は進むよ。どんぶらこ~。)・・・ ・・・稚内についたらまるで見計らったかのように快晴。昨日から僕がなんかしてるときだけ雨降ってる気がするのは気のせいですか???(夕日は除くも)まあ、この気のせいは旅行が終わるまで今後常に的中しましたが・・・。(いつから雨男になったんだろう)さて、行くところが決まってません。もやもやを振り払うために半ば強引に予定を変えて礼文島を後にしたのですが、特に次の目的地がありません。ここでふと思い出したのが宗谷岬に行ったときに見た果てしないオホーツク海の印象でした。もう少し、ゆっくり眺めてみたい、と「茫漠」な願望が湧き上がりオホーツク海沿岸の町を調べることにしました。コピーしてきた民宿・安宿ガイドを見ながら適当に電話します。名前が変わっていた「トシカの宿」にかけると、空いていたので泊まることに。バスで2時間ほどかかります。バスは稚内空港を横切り、山間部を抜けてオホーツク海の海沿いをひた走ります。道の長いこと長いこと。天気は相変わらず快晴。移動中晴れでもなあ・・。前回とはうってかわって、青く澄んだオホーツク海が広がっていました。果てしないのは変わらないんですが。何も考えず、ただ眺めていたい、そんな気分になりました。目的地であるトシカの宿はクッチャロ湖という湖の傍にあり、浜頓別という町にあります。バスが着いたのはちょうど日没の頃。夕日で空は染め上がっています。出迎えにきてくれた宿の人がクッチャロ湖に少しだけよってくれました。波のない静かな湖面に焼きつく真っ赤な空。これはすごかった。ここに来たことも間違いではなかった。 ここの宿は、いわゆる「とほ宿」という所です。やっぱりライダーさんが多く、バスできてたのは当然というべきか僕だけでした。バイクの話も面白かったですけどね。親子でツーリングしている人たちもいました。親父さんのかっこいいこと。その体格も豪放な人柄も。女性ライダーもいてオーラが出てました。笑YHもとほ宿も基本は相部屋。また団らんスペースもあるので同宿の人とゆっくり雑談することもできます。この日は大勢の人と話もできて、ああ旅っていいなあと実感。ジンギスカン食い放題、温泉にもつかれて満足満足でした。クッチャロ湖トシカの宿
2006.08.29
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8月15日の記事長すぎだな・・。桃岩荘YH、建物はかなりでかいです。ここだけは一発で予約取れたし、なるほど、これなら埋まらないな。(茶色いのが桃岩荘)この日はお盆の真っ盛り、ということでお祭りがありました。お風呂と食事もそこそこにすませ、皆いそいそと準備にかかります。で、かねてからの心配があたってしまいました。どんちゃん騒ぎって非常に苦手なんです。嫌なわけではないんですが、その輪に入るのが出来ないんです・・・。少人数だとゆっくり相手と話ができるので打ち解けられるんですが、このYH先ほども書いたとおり大きくて、泊まっている人も多い。しかもお祭りで慌しい。あんまり誰かとしゃべるといった雰囲気じゃないんです。一人で来ている人ももちろんいるんですが、ライダーばっかでライダー同士でしゃべってるし。これでは自分のペースにもってきようがないです。承知で来たんですけど。今の自分なら大丈夫だと思って。昔に比べたらかなり社交的になったつもりだったけど、やっぱり根っこの部分はかわってませんね。旅行に行き始めた理由の一つに色んな人と会って自分の対人関係の不得手を克服するというのもメインではなくとも確かにありました、が・・・。大勢の中で一人座っているときの気まずさ、久しぶりに味わいました。これを気に留めないほど僕は超然とはしていられない性格ですので。(場合によってはしてるんですけど・・・。それは何かに夢中になっているとまわりが全く見えなくなるので)帰ってきてから聞いた他の人々の意見を総合すると、まわりと打ち解けるには連泊して「愛とロマンの8時間コース」に参加するしかないということです。つまり宿にいる間は互いに親密にしている暇はないと。なるほどね。なんかどんどんテンションが下がる文章になってますが・・・もうしばらく下がります。苦笑お祭りまでまだ少し時間があります。気が付くと雨どころか外は晴れていました。そして目の前には大きな夕日が。ここ立地はめちゃいいやん!と、カメラを手にとりそそくさと下の海辺まで下りて行きました。ユースに泊まっている家族がお祭りとは別にバーベキューをしています。あとは岩に座ってじーっと海を眺めて青春している(笑)青年が一人だけです。遠くからははやくみんな集まれ~のスピーカ音。でもそれも次第に僕の耳には聞こえなくなって、波の音と太陽の赤さに意識は吸い込まれていったのです。一瞬だけでもこんな美しい景色を見れれば、そこは僕にとって来てよかった場所になるので、礼文島、やっぱり来てよかった。こうなると人間関係云々もどうでもよくなる。浜から少し先に浮かぶ岩礁にかもめが1羽。自分のすぐ隣の岩の上にも1羽。(人が近づいても全く逃げない!) 岩礁の上のかもめは赤く染まる海面の中で絶妙のシルエットになってます。よくそこに止まった、お前はすばらしい、ということで何枚かパシャパシャ。シャッターを切ります。夕日も沈み、気も落ち着いたところでやむなく(笑)お祭りに行きます。もちろん誰と話すわけでもなく。帰りたいなーと相当へこんでました。歌って踊るユースでしかもお祭りですから、歌いまくり、踊りまくりです。フルコースです。そのうち踊り出すと、みんなで手を繋いでまわったり何でもありです。笑となりのしかめっつらしたおじちゃんも子どものようにきゃっきゃ言っている小柄なおばちゃんも、わけもわからず飛び跳ねている男の子とも、一緒に踊ります。ここまでくるとさすがにへこんでいるどころではなくて一緒になって動き回ります。意外に楽しい・・。体を動かすとやっぱり気分変わるなあと最後は案外楽しめたのですが、はやくこの宿出たいなあ、連泊は止めようかなあという気持はまだくすぶらせつつとりあえず今日はこれでお休みです。
2006.08.28
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礼文島までは船で2時間くらいです。テレビでは駒大苫小牧の試合をやっていました。いや、小泉首相の演説だったかな?忘れました・・。天気は晴れたと思ったら曇ってきた。うーむ。かもめがどこまでもついてくる。しかも舟の甲板すれすれにまで近づいてくる。餌付けされてる、というわけでもないようだが。写真とってみたけれど、動いてるものなのでなかなかうまく行かなかった。今日泊まるのは今回初めてのユースホステル、しかもあの有名な桃岩荘YH。何が有名?若者が集い歌って踊る、昔ながら(?)のミーティングが今も残る稀有なユース。港に着くと、早速ユースのお出迎え。細かいやりとりは省略しますが、色んな意味で今夜への期待が膨らみます。荷物だけ預け、今日のうちに島内を回ることにしました。予報では天気は雨。時間もないので3時間ポッキリでレンタカーを借り、島の最北端スコトン岬へ・・。この島に上陸するのは10才のとき以来です。夏休みの自然体験教室みたいなものに参加したんだと思いますが、まあ思い出といっても、天気が悪いと夏でも寒いこの島に、半袖でいってしまったもんだから、やたら寒かった・・・持って行ったお金が169円しかなくなってしまって最後に島のケーキ屋さんにあった170円のショートケーキ(?)が買えなかった・・・とか。笑画像の岬のさきに小さな島が見えると思いますが、これはトド島という無人島。(トドはアシカの仲間で季節によって北海道にも南下してくるそうです)普通は行く人いないんですが、このときは行けたんです。しかもじゃんけんで勝ったから。笑スコトン岬のすぐ傍にはスコトン小学校という学校が数年前までありました。ここまで来て、廃校になっていたとは知らずショックでした。当時10才の僕はここに泊まっていたのです。今見るとまわりにはなんもないし、よくこんなところに学校作ったなあ、というのが正直な感想です・・。(下画像)トド島に行けた子どもたちは海で泳いだり花火したりして遊んだわけですが(おぼろげな記憶)、この辺、利尻昆布でも有名なように昆布だらけです。当時の僕にはうにょうにょした昆布が果てしなく続くこの海が気持悪くてしょうがなく、結局どうしても泳げませんでした。せめて昆布に報いたのは、岸辺ぎりぎりにはえていた昆布を一本、渾身の力でもってひっこぬいたことだけです・・。でかかった。スコトン小学校の校長先生は昆布などおかまいなしにどんどん海に入っていき、海底からウニをたーくさんとってきてその場で割って食べさせてくれました。で、ここでも駄目駄目な僕は、当時(今も)ぐちゃぐちゃしたものが嫌いだったので、このウニを食うことができませんでした。この話をするとほぼ全ての人が、「もったいない!」「行った意味がない!」「代わりに私が行きたかった!」とおっしゃいます。。。ハハハ。(苦笑)でもインパクトは強くて、他にも色々思い出はありますが、「礼文島」という名前は胸に刻み込まれていたわけです。別に今回そのときの校長先生に会ったとか、遂に昆布を克服して海で泳いだとか何もないんですが、14年振りに同じ場所に立って、自分も随分大きくなったなあと感慨にふけっていたのです。懐かしい。旅行に行くのに先立って、たまたま書店で手に取った雑誌に、「ジブンをぶっこわす夏。」なんていうテーマがついていて、礼文島のことも出ていました。子どもの時の経験はたしかに結構強烈だったかなと思います。さて、港に戻り、桃岩荘ユースに向かいます。ユースの人が迎えにきてくれるのですが、既に普通じゃない世界が始まっていました。笑いちいち書き出すときりがないんですよねー。もちろん演出150%なんですが、非日常の世界にどっぷり浸かれます。まずユースのお出迎えトラック、変な名前がついてます。(すいません、忘れました)んでこのトラック、最新鋭の音声認識装置がついているので声で指示しないと動きません。「発車、オーラーイ!!!」(!があと3つくらいつかないと動きません)また、スコトン岬からこの桃岩まで大体、歩くと8時間かかるそうです。島の散策コースとしてもちろんガイドブックにものっていますが、桃岩荘の中では、その名も、「愛とロマンの8時間コース」と言います。実際ユースのヘルパーさんの中には愛をはぐくんでしまった人もいるのでまんざらうそではない・・。当初は8時間歩くつもりだったんですけど、次の日雨が降っていたので、スコトン岬にももう行けたし敢えて愛とロマンを求めなくてもいいかなーということで4時間コースに変更してしまいました。もちろん4時間雨と霧の中でしたが。まあ、その辺の話も、また記事が長くなってしまったので次回ということで。(いや、単に書くのが疲れただけ。爆)
2006.08.27
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8月15日定刻通り午前5時46分に列車は稚内に着きました。予想通り何もありません。しかも雨ぱらついてるし。礼文島行きの船が出るのは10時25分です。宗谷岬行きのバスが出るのも8時30分です。まずは日本最北端の駅の写真を撮ります。小さい~。さらにもう先には続かない、線路の終わりをフィルムに収めます。しみじみ。。(といっても来るの2回目ですが)次にこれまで通り海に行きます。2分で着きます。有名?な北防波堤ドームがあります。70本もの円柱が並ぶ直線状の回廊とそれにかかる滑らかな円形アーチが美しい。そう聞いていました。いや、確かにそうなんですが、そのアーチの屋根の下に延々と続くテントの列、これは一体なんなんでしょう。テントの横には必ずバイク。ドームの傍には水が出るところもあって、なるほど、天然ライダーハウスになってしまっているのですね。・・・変なの。時刻表を見ると6時半に稚内近くにあるノシャップ(野寒布)岬行きのバスがあるようです。最北端ではないけれど、一応行っとくか。岬です。(当たり前!)少し晴れてきました。駅に戻り、朝飯を食い、ようやく宗谷岬へ向かいます。やっぱり岬です。(当たり前!)そして・・・・・・きたーー!やっぱり「宗谷岬」がスピーカーから流れている!○○最北端ときたら旅情を誘う演歌、これ常識ですね。笑あと、今後もしょっちゅう目にすることになるのですが、北海道ってライダーが本当に多いです。そしてライダーのためのライダーハウスも至るところにあります。ライダーハウスには泊まりませんでしたが、何人かライダーの方と話をする機会はありました。稚内から宗谷岬まではバスで30分もかかります。窓からの風景はひたすら海海海。天気が曇っていたせいもありますが「茫漠」という言葉がふさわしい、広大な海。かえって印象的でした。10時稚内帰着。10時25分東日本海フェリーでいよいよ今回の目的地礼文島に向けて出航しました。天気は快晴。いい感じ。思えば遠くへ来たもんだ~。この続きは次回の記事に回したいと思います。ひとまず船の上で休憩~。
2006.08.23
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8月14日昨日ようやく北海道入りしたわけですが、すぐに慌しく北上を開始します。モーニングコールのかいあって無事4時過ぎに強制的にたたき起こされ4時47分の東京から来た札幌行き寝台列車に途中乗車しました。(ちなみに今回は周遊切符使ってるので周遊ゾーンに入るまでにも途中で乗り降りが可能なのです。)函館まできたら札幌までは近いとどうしても思ってしまうのですが、これが遠いです。札幌まで4時間半かかります。そもそも今回は札幌手前でまた途中下車しましたが。白老という町にあるアイヌ民族資料館(白老ポロトコタン)に寄りたかったので。ポロトコタンという名前はポロト湖のほとりにあるコタン(村)という意味です。もっというとポロトは"大きな湖"なのでポロト湖って"大きな湖湖"で意味かぶってる気がしますが。残念ながらあまりいい印象はありません。日本によくあるテーマパークの一つというイメージしか抱けませんでした。これをもってアイヌ文化について云々するつもりは全くありませんが、この施設の運営の仕方は考える余地があると思います。ただ、じゃあどうするのと言われると難しいのですが。もともと興味をもって行ったところなので、博物館に展示されている品物はとても面白く拝見しました。旭川の方にもアイヌの集落があると後から聞きましたが現在でもあるのでしょうか。 札幌行きの電車がくるまでまた暇です。海岸行って海見て、かもめの写真とって、たまたま見つけたカメラ屋さんでフィルム買って、駅の近くの喫茶店で休憩して、ようやく札幌に向かいました。うたたねから目覚めて札幌についてみるといつの間にか天気が回復して超快晴!暑い・・。札幌は以前来たときよりもより都会になっている気がしました。デパートもあるし、ヨドバシカメラもあるし、広々とした本屋さんあるし(紀伊国屋、芸術関連の本がたくさんあって嬉しい。雑誌の種類も多い)。で、何で札幌に来たってショッピングしにきたわけではなくてモエレ沼公園という所に行きたかったのです。彫刻家であるイサム・ノグチが大地そのものをデザインした--大人も子どもも楽しめるユニークな公園だそうで、せっかくなので行きたい。が、有名なわりには交通の便がよくない。地下鉄とバスを乗り継いで40分以上はかかりました。とても大きな公園です。レンタサイクルで回りました。ガラスのピラミッドがそびえています。それ以外にもプレイグラウンドと名づけられた小高い山まであります。プールもあります。ときたま間欠泉が吹き出ています。そこからちょっと奥に入るとブランコやジャングルジムとか色々な遊戯具があるのですが、どれもその辺の公園のものとはわけが違う。これ以上言葉で説明できません。実際に見に行ってください。笑炎天下のもと、わたくしも子どもと一緒にスプリンクラーと戯れて完全に変な人状態になっていたわけですが、旅の恥はかき捨てと言いますし。この日もまたかなり日焼けしましたね・・。(さすがにブランコにはのれんかった・・)次は香川県にあるイサム・ノグチ庭園美術館に行ってみたいです。今日は札幌には泊まりません。夜行で稚内まで移動してしまいます。前にも書きましたが、北海道で乗った夜行列車の印象が今も残っているので、それを追体験したかったのです。発車は23時です。すごく暇です。でもいまさら時計台とか北海道大学とか、大通りにも特に行く気にならず。駅ビルのESTA内に、京都伊勢丹10階のラーメン小路と似たよーな札幌ラーメン共和国なるものが出現していたので店をはしごして腹と時間を埋める。昭和のレトロな雰囲気を再現した店内。日本全国どこに来てもあんまり変わりませんね。ちょっとがっかり。味は美味しかったです。駅ビル一階のスターバックスで本を一時間ほど読みふけり、ようやく電車に乗り込むことができました。そして夜中の北海道。カーテンの陰から外を眺めていました。結構明かり多いですね。笑町を外れても、大抵車道が着かず離れずで平行して走っているので、車道のライトがどこかに見えます。町に入れば自動販売機にコンビニの明かり。自動販売機って思っている以上にかなり明るいですよ。昔の自分の記憶があいまいだったのか、明かりも増えたのか。よくわかりませんが、何となく物思いにふけっているうちに寝てしまいました。明日起きたら稚内(わっかない)の筈です・・。
2006.08.22
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8月13日晴れ。当然暑い。寝坊!朝5時半に起きられなかった。津軽半島最北端。竜飛崎方面に行く電車は本数が極めて少ない。朝いちで乗らないと北海道に着くのが夜になってしまう。なのに目が覚めたら6時。ぐはぁ。もう一回寝よ。(コラ)8時過ぎの電車でのこのこ蟹田駅まで行く。竜飛崎方面に行く電車まで2時間近く待ち。しゃあないので海岸をひたすら散策。海はいつ見ても美しい。さらに市内をぐるぐる回る。荷物が重い~。特に見所がある町ではないけれど、逆にのどかな農村風景を発見することができた。写真撮ります撮ります。向日葵とります。なにかよくわからないけどきれいな花々たくさんとります。木の杭に止まっている1ぴきのトンボ。背景は野原と森。撮ります撮ります。笑それでも時間があまる。一軒だけ開いていた食堂に空腹に耐え切れず入りました。味もよくボリュームも多めで満足。出てくるのに時間かかったが(それがあとで問題になるのだが) おばちゃんに宅配のちらしを「記念にもってき」と言われもらった。「またおいで」 はい、ぜひ。(それがあとで問題になるのだが)電車がようやく出る。三厩(みんまや)到着。ここからさらにバスで40分ほどかかる。バスはずーっと海岸沿いを走る。海岸はこれもずーっと漁村が続きます。竜飛崎着。ん?きたーー。「津軽海峡冬景色」!歌詞が碑になって建ってます。歌がスピーカーからひたすらリピートされています。「ごらん、あれが竜飛崎。北のはずれよ~・・・」3回も聞いてるといい加減飽きます。それでもネタで歌碑をカメラでパシャッ。竜飛崎の灯台から下の海岸に下りることができます。それまでピンときませんでしたが、その下り道が結構急。眼下に広がるのはただ海ばかり。なるほど、太宰治が言うように、「あとは転がり落ちるだけ」か。晴天下ひたすら歩いたのでこの日だけで相当日焼けしました。青函トンネル記念館も大工事の様子が伝わってきてなかなか面白かったです。人間の力ってやっぱりすごいな。簡単に人間は無力なもんだとか科学はだめだとかとても言えない気がします。再び蟹田に戻り特急で函館に向かうことにしていたのですが、ふと蟹田でよった食堂のことを思い出しました。また行きたいな。でも駅にいる時間は10分しかありません。そうだ、宅配のちらしがあるではないか。このお店は店で食べる人より、先に注文しておいてあとからとりに来る人が多いのが昼間行って分かっていたので早速電話しました。「1時間後に着くのでとりに行きます。」で電車は時刻どおり蟹田に到着。といっても特急まで10分も間がないので駆け足でお店へゴー!「すいませーん。さきほど注文したやきそば取りにきたんですけどー。」すると帰ってきた返事は、主人「えーと、なんだったかいな」奥さん「あー、確かに受けた受けた」主人「まだやってないなあ」「時間ないですか」はい??「あ、じゃあもういいです」なんじゃそりゃー!!確かに行ったら店内は混んでました。でも1時間前の注文まだ手もつけてないってどういうことじゃー。たしかに10分の間に受け取るというリスクの高いことやってますけど、それでもあんまりじゃあございませんか。楽しみにしてたのですよ。僕の勝手な思いつきで頼んだだけなんだからそんなに怒るべきではないのか。いやでも店としてやっぱりどうなんだ・・・と悶々としながら青函トンネルを抜けることになってしまいました。。函館についたのは夜も9時近く!宿なし!早速探します。駅から目にとまったホテルに片っ端から電話します。歩くと時間かかるし。「空いてますか?」「空いてません」「空いてますか?」「空いてません」お、これはやばいな。でも結局2軒あるうちの1軒の東横インに1つのみ空きがありすべりこみセーフ。チェックインの手続きをしているととなりにやはり旅行者風の若者がやってきて「部屋はありませんか?」「申し訳ございません。本日は満室でございます」「そうですか・・」1軒1軒歩いて回ったらそりゃ時間かかるわな。勝ったな。(何に・・)函館の夜景、のポスターがちらりと目に留まりました。ああ、ここもかつて行ったな。雨降ってた覚えがあるが・・。10時までか。ぎりぎりだな。疲れたけど、よし、行ってみよう。チャンチャーンちゃかちゃかチャンチャンちゃかちゃかチャンチャンちゃかちゃかはい、着きました。(え、いつ?)路面電車乗って、終電間際のケーブルカー乗って。残念ながら函館山は霧に覆われていて、ケーブルカーの途中まではとてもきれいだったのですが、山頂についたらもうなんも見えん!でも、すいてたし、霧の中わずかに浮かび上がるいくつかの灯の明かりもきれいではありました。ホテル近くに戻るとラーメン屋があったのでそこで極めて遅い夕飯を食って寝ました(焼きそば食えなかったからね)。行列できてただけあってうまかった。明日はなんと4時20分起きなんですけどね。果たして起きれるんでしょうか。(もちろんモーニングコールを設定しましたけど。少しは学習します。)
2006.08.21
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8月12日8時半に青森着。晴れ。暑い。ここに降り立つのは3回目ですな。着いてから予定を考える。遅!行きたいのは竜飛崎と三内丸山遺跡。竜飛崎は交通の便が悪い。ガイドブックぱらぱら。棟方志功記念館。ああそうだった。青森じゃないか。よし、行こう!ん、青森県立美術館なんてのが設立されたのか。(遠くでビラを配っているおばちゃんが目に留まる)シャガール展やってるんだ。よし、それも行こう!竜飛崎は明日だな。観光案内所に行きます。「駅の近くで5000円以下のホテルないですか?」「空き状況聞いていただけますか?」「空いてますか。ありがとうございます。」はい、今日の宿は決まりました。上の写真雪かぶってますけどもちろん僕が行ったときは雪なんてありません。笑7月に出来たばっかのほやほやの美術館。外観だけじゃなくロッカールームとかも凝っていておもろい。シャガールの絵も彼のアメリカ亡命時代に焦点を当てているからなのか何か凄みを感じるものが多かった。美術館から15分ほど歩けばもう三内丸山遺跡です。知っておられる方も多いと思います。獲物を追って放浪生活をしていたという昔からの縄文人のイメージを根底から覆した巨大集落跡が見つかってからもう20年近く経つのでしょうか。今から4000~5500年前に栄え、長期にわたって定住生活をしていたことがわかっています。司馬遼太郎の「街道をゆく」にも書かれていますが、当時の東北地方は世界でも屈指の資源豊かな世界ではなかったかとも言われています。ここを訪れるのは2回目ですが、やっぱり雰囲気がいいです。ちなみに、、、下の画像もご存知の方多いと思いますが、この「遮光式土偶」なるものが発掘されたのも同じ青森県の亀ヶ岡遺跡なんですねえ。知りませんでした。(津軽半島の西側にあります)当時の青森は独特の文化を築き上げていたのですね。次は棟方志功記念館です。自伝「板極道」をちょろっと読んだことがあるだけでほとんど絵、板画については知らなかったので有名な作品も含めてじっくり見ることができてよかったです。「湧然する女人達達」、いいですね。名前の付け方が独特です。明日(旅行中での明日の意)は津軽半島最北端(本州最北端ではない)です。その先は北海道です。江戸時代までの日本の伝統的文化の最北はやはり青森までだったと考えられるので、北海道はアイヌも含めて異なった文化の匂いがします。こうやって少しずつ北上していくほうがその土地の雰囲気とか文化の変容を感じやすい気がします。旅情もかきたてられます。笑
2006.08.21
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8月11日 まあこの日は移動だけですな。午後6時半くらいに京都を出ました。旅の始まり始まり。さらば古都。北の果まで行ってきます。しみじみ。しかし・・・夕飯を買い込んでないじゃないか!車内販売は来るのか?腹減ったぞ!ってな感じで旅は始まったわけでして。寝台特急「日本海 24系」ほんとは直接札幌まで行くトワイライトエクスプレスに乗りたかったんですけど、キャンセルでないし、札幌で会う約束になっていた友達と結局会えなくなっちゃったし。というわけでひとまず青森へGO!
2006.08.21
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ただいま~。疲れた。焼けた。楽しかった。その日泊まる宿も次の行き先も(礼文島以外)決めずに放浪するスタイルが身についてしまったようです・・。色々回った。お盆中で列車の切符とるのと宿探すのに多少苦労しましたが。帰りは札幌から京都まで「トワイライトエクスプレス」に乗ってきました。とても豪華な列車として有名みたいですね。とはいっても個室だったわけでも、フランス料理フルコース注文したわけでもなく(16000円します!)、普通にB寝台取っただけで夕飯も朝飯も頼まなかったので他の「日本海」と値段は変わらないです。だが確かにベッドがちょっと高級だったな。。行きも帰りも夜行列車。電車おたくとまではいきませんが、電車乗っているのが好きなので景色さえよけれ何時間でも一向に気にならず。もし友達と一緒なら相手は退屈するでしょうが、僕は基本的に外ばっか眺めてます・・。でたまに気になると写真とったりもします(アングルや見栄えは無視)。行き先だけ列挙すると・・・11日:京都(→青森) 車中泊12日:(京都→)青森→青森県立美術館→三内丸山遺跡→棟方志功記念館→青森港 青森泊13日:青森→蟹田→竜飛崎→函館 函館泊14日:函館→白老、アイヌ民族博物館(ポロトコタン)→札幌→モエレ沼公園(→稚内) 車中泊15日:稚内→ノシャップ(野寒布)岬→宗谷岬→稚内→礼文島 礼文島泊16日:礼文島→稚内→浜頓別、クッチャロ湖 浜頓別泊17日:浜頓別→猿払、カムイト沼→浜頓別→音威子府→美瑛、美馬牛 美馬牛泊18日:美馬牛→札幌(→京都) 車中泊19日:(札幌→)富山(列車遅れのため乗り換え)→京都う~ん・・・移動距離が凄まじいな。もう少しゆっくりしてもよかったか。天気は晴れたり雨ふったりの繰り返し。今回の旅行の唯一の目的である礼文島は大昔、15年も前に行ったことがあったのでとても懐かしかったです。かつて泊まったスコトン小学校が数年前廃校になってしまっていたのは残念でしたが。天気が雨で連泊のところを1泊に切り上げたのですが、やっぱり行ってよかった。次回の記事からもう少し旅行のことを自身の整理のためにも書いていこうかなと。それにしても青森の大雨で列車が止まったりして、帰りの夜行列車に24時間乗ることになったのはさすがに長かったな。これじゃ海外以上だ。しかも家に戻って4時間後には飲み会参加したし。爆
2006.08.21
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行ってきま~す。
2006.08.10
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